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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01R
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 G01R
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01R
管理番号 1376489
審判番号 不服2020-7711  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-09-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-06-04 
確定日 2021-07-26 
事件の表示 特願2015-191541「電流測定装置およびそれを備えた磁気共鳴測定システム」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月 6日出願公開、特開2017- 67546〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年9月29日の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。

令和 元年 5月29日付け:拒絶理由通知書
令和 元年 8月 2日 :意見書、手続補正書の提出
令和 元年12月12日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 2月10日 :意見書、手続補正書の提出
令和 2年 3月31日付け:拒絶査定(同年4月7日送達、以下「原査定」という。)
令和 2年 6月 4日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 2年 8月11日 :前置報告書
令和 2年10月29日 :上申書の提出


第2 令和2年6月4日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和2年6月4日にされた手続補正を却下する。

[補正の却下の決定の理由]
1 補正の内容
令和2年6月4日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲についてした補正であり、この補正により、以下に示すとおり、本件補正前の請求項1が、本件補正後の請求項1に補正された。

<本件補正前の請求項1>
「 【請求項1】
直流電源から負荷へと供給される電流を測定するための電流測定装置であって、
電子スピン共鳴スペクトルまたは電子常磁性共鳴スペクトルと磁気パラメータとが既知であり常磁性を示す標準物質が内部に設けられた共振器と、
巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内であり、前記直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を前記共振器に印加可能に構成されたコイルと、
電磁波を前記共振器に照射可能に構成された光源と、
前記弱磁場が前記共振器に印加され、かつ、前記光源からの電磁波が前記共振器に照射された場合に、前記標準物質の電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により前記共振器から出力される電磁波を検出する検出器と、
前記検出器からの信号に基づいて、前記標準物質の共鳴周波数を算出する信号処理部とを備え、
前記信号処理部は、前記検出器からの信号に基づいて算出された共鳴周波数から、前記標準物質の共鳴周波数と前記コイルを流れる電流との間で予め規定された対応関係を用いて、前記コイルを流れる電流を算出する、電流測定装置。」

<本件補正後の請求項1>
「 【請求項1】
直流電源から負荷へと供給される電流を測定するための電流測定装置であって、
電子スピン共鳴スペクトルまたは電子常磁性共鳴スペクトルと磁気パラメータとが既知であり常磁性を示す標準物質が内部に設けられた共振器と、
前記直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を地磁気に対して略直交する方向に前記共振器に印加可能に構成されたコイルと、
電磁波を前記共振器に照射可能に構成された光源と、
前記弱磁場が前記共振器に印加され、かつ、前記光源からの電磁波が前記共振器に照射された場合に、前記標準物質の電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により前記共振器から出力される電磁波を検出する検出器と、
前記検出器からの信号に基づいて、前記標準物質の共鳴周波数を算出する信号処理部とを備え、
前記信号処理部は、前記検出器からの信号に基づいて算出された共鳴周波数から、前記標準物質の共鳴周波数と前記コイルを流れる電流との間で予め規定された対応関係を用いて、前記コイルを流れる電流を算出する、電流測定装置。」
(下線は、補正箇所を示す。)


2 補正の目的
本件補正は、本件補正前の「巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内であり、前記直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を前記共振器に印加可能に構成されたコイル」から、「巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内であり」という事項を削除するものであるから、特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当するものとはいえない。また、上記補正は、請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明を目的とする補正にも該当しない。
よって、本件補正は、特許法17条の2第5項各号のいずれを目的とするものではない。

なお、本件補正は、本件補正前の「弱磁場を前記共振器に印加可能に構成されたコイル」について、その弱磁場を印加する方向が「地磁気に対して略直交する方向」であるものに限定するものを含み、かつ本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一のものであるから、本件補正が、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であるとして、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかについても念のため検討する。


3 独立特許要件の判断
(1)本願補正発明
本願補正発明は、本件補正後の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものと認める。

(2)引用文献に記載された発明の認定等
ア 引用文献2に記載された事項と引用発明の認定
(ア)引用文献2に記載された事項
原査定の拒絶の理由に引用され、本願の出願前の平成27年2月2日に頒布された刊行物である特開2015-20027号公報(以下、原査定において引用された順番に従って、この文献を「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。下線は当審が付したもので、以下同様である。

「【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明に係る超電導コイルの駆動システムにおいては、高温超電導線材で構成された超電導コイルと、この超電導コイルに接続された励磁用の主電源と、この主電源に直列または並列に接続され、前記主電源によって前記超電導コイルが励磁された後に前記主電源に替わって前記超電導コイルの磁界を一定に保つように前記超電導コイルに電流を流す電流保持用電源とを備えたものである。」

「【0029】
実施の形態4.
図5は、この発明を実施するための実施の形態4における超電導コイルの駆動システムの模式図である。図5は、磁界の安定動作状態で主電源1を続端子7a、7bで切り離した構成を示している。
【0030】
図5に示したように、本実施の形態の超電導コイルの駆動システムでは、超電導コイル3a、3bと直列に空芯超電導コイル25を設置している。この空芯超電導コイル25は、極低温に保持するために断熱容器27の内部に設置されている。この空芯超電導コイル25は、超電導線内の磁化の影響を発生磁界に与えにくい、例えば20μmφ程度の極細フィラメントで構成されたNbTi超電導線を用いたものである。空芯超電導コイル25には、この空芯超電導コイル25が発生する中心部の磁界を核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)の原理を用いてNMR信号として検知するプローブ23が設置されている。このプローブ23は、電流保持用電源10に接続されている。プローブ23で検知された磁界は、電流保持用電源10にフィードバックされる。電流保持用電源10は、プローブ23からフィードバックされた磁界の検出値に基づいて超電導コイル3a、3bを流れる電流値を制御する。
【0031】
このように構成された超電導コイルの駆動システムでは、空芯超電導コイル25とプローブ23とによって超電導コイル3a、3bを流れる電流を高精度に計測できるので、電流保持用電源10は所定の電流値を高精度に維持することができる。
【0032】
空芯超電導コイル25の中心磁界Boは、通常このコイルを流れる通電電流Iに比例するので、中心磁界Boを測定すれば通電電流Iが測定できる。」

「【図5】



(イ)引用発明の認定
上記(ア)の記載事項を総合すると、引用文献2には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「超電導コイル3a、3bの磁界を一定に保つように前記超電導コイル3a、3bに電流を流す電流保持用電源10から、前記超電導コイル3a、3bに流れる電流を高精度に計測できる超電導コイルの駆動システムであって(【0006】、【0031】)、
前記超電導コイル3a、3bと直列に設置した空芯超電導コイル25と(【0030】)、
前記空芯超電導コイル25に設置され、前記空芯超電導コイル25が発生する中心部の磁界を核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)の原理を用いてNMR信号として検知するプローブ23と(【0030】)を備え、
前記プローブ23は、電流保持用電源10に接続されており、プローブ23で検知された磁界は、電流保持用電源10にフィードバックされ、電流保持用電源10は、プローブ23からフィードバックされた磁界の検出値に基づいて超電導コイル3a、3bを流れる電流値を制御するものであり(【0030】)、
前記プローブ23で検知された前記空芯超電導コイル25の中心磁界Boにより、通電電流Iを測定する(【0032】)、
超電導コイルの駆動システム。」

イ 引用文献1に記載された事項の認定
(ア)引用文献1に記載された事項
本願の出願前の平成13年9月26日に頒布された刊行物である特開2001-264401号公報(以下、原査定において引用された順番に従って、この文献を「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0006】すなわち本発明は、磁気共鳴により生じる静磁場に平行な方向の磁束の変化を検出する工程を含むことを特徴とする磁場測定方法を提供するものである。より具体的には、常磁性種に、周波数を掃引しながら電磁波を照射し、これにより生じる静磁場に平行な方向の磁束の変化を検出することにより磁気共鳴周波数を決定し、該周波数より静磁場の絶対値を求める工程を含むことが好ましい。また、本発明では、電磁波として低周波マイクロ波乃至ラジオ波を用いることが好ましい。また、本発明は、常磁性種、該常磁性種に電磁波を照射する手段、静磁場に平行な方向の磁束の変化を検出する手段を少なくとも備えており、上記磁場測定方法を実施するための磁場測定器も提供する。
【0007】
【発明の実施の態様】以下において、本発明の方法および装置について具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の記載する例に限定されることはない。本発明の方法は、磁気共鳴下で生じる縦方向(z-軸、つまり静磁場に平行な方向)の磁束の変化を検出する工程を含む点に特徴がある。このような特徴を有するLODESR法は磁気共鳴条件下で照射電磁波に変調を施し、そのことにより生ずる、電子スピンの反転による縦方向の磁束の変化を変調周波数でロックイン検出することにより、電子スピンを観測する計測方法である。本発明では、常磁性種に、照射コイルを用いて電磁波を周波数を掃引しながら照射し、かつ、電磁波の振幅または位相変調を行い、これにより生じる磁束の変化を検出することにより、磁気共鳴周波数を決定し、この周波数より静磁場の絶対値を求めることが好ましい。照射コイルおよび検出部は、いずれも磁気共鳴周波数にその特性は依存しないため、広範囲における計測が可能となる。また、電磁波の振幅または位相変調を用いるため、検出部自体が磁界を発生しないので、高精度計測が可能である。」

「【0009】本発明で用いられる常磁性種には、いかなるものを用いてもよいが、装置の感度、精度を上げるためには、電子スピン濃度を高濃度にできるもの、そして、スペクトル線幅の狭いものが望ましい。例えば、1,1-ジフェニル-2-ピクリルヒドラジル(DPPH)、フタルシアニンモノリチウムなどが好適である。」

「【0017】(1)磁場測定器の作成
図1に、本実施例で作成・使用した磁場測定器のブロックダイアグラムを示す。常磁性種1にはDPPHを用いた。直径1mmの銅線を用いて、外径8mmの一回巻コイルを作成し、常磁性種に電磁波を照射するための照射コイル2として用いた。この照射コイル2の内部に30mgのDPPHを配置した。信号源3にはシンセサイズド信号発生器(アンリツ、MG3633A)を用いた。電磁波変調方式には振幅変調のひとつであるオンオフ変調を採用し、その変調にはピンスイッチ4(ミニサーキット、ZYSWA)を用いた。信号源3より発生した電磁波は、関数発生器5によって制御されるピンスイッチ4によって変調された後、電力増幅器6(R&K、A1000-1S-M)にて増幅され、照射コイル2に給電される。変調周波数は1.3MHzとした。
【0018】検出コイル7には、一対の鞍型検出コイルを用いた。これは外径30mm、内径20mmの円形スパイラル鞍型コイルであり、直径0.3mmのすず鍍金処理した銅線を15巻したものである。これを外径35mmの石英管表面に張り付けて鞍型にした。この検出コイル7は常磁性種1および照射コイル2の外側に設置した。
【0019】z-軸の磁束の変化により一対の検出コイル7に誘起された信号は、低域通過フィルタ8(ミニサーキット、SLP-5)で変調電磁波を取り除いた後、2台の前置増幅器9(NF、SA-230F5)で増幅し、差分を差動増幅器10(NF、5303)で差動増幅し、ロックイン増幅器11(PARC、5202)により変調周波数でLODESR信号としてロックイン検出されるようにした。
【0020】(2)磁場測定
磁場測定器の照射コイル、常磁性種、および検出コイルを静磁場内に入れ、静磁場強度を計測した。静磁場の発生にはヘルムホルツ型電磁石(RE-3XL、日本電子)を用いた。電磁石の静磁場強度はガウスメータ(ML-IVマグネットラボ)を用いて測定した。ガウスメータの精度は±1.5%である。計測条件は以下のとおり。掃引開始周波数,10MHz;掃引終了周波数,300MHz;掃引時間,30秒;変調周波数,1.3MHz;照射電力,300MHzで0.4W。
【0021】静磁場強度をそれぞれ表1の(a)?(e)に記載されるとおりに設定してLODESR信号を測定した結果を図2に示す。LODESR信号のピークとなる周波数を読み取った結果を表1に示す。
【0022】
【表1】


【0023】LODESR信号のピークが出現する共鳴条件は理論的には以下の式で表される。
【数1】hν=gβH
上式において、hはプランク定数、νは電磁波の周波数、gは物質固有の値であり、βはボーア磁子とよばれる定数であり、Hは磁場強度である。従ってこの式を使って、読み取った周波数から磁場強度を算出することができる。
【0024】上式を用いて求めた磁場強度は表1に示すとおりである。この値はガウスメータによる観測値と±1.5%以内で一致した。このように本発明の方法および装置を用いれば、単一の装置で10mT以下の広範囲の領域の磁場強度を計測することが可能である。
【0025】さらに、前述の(d)の静磁場条件下で、掃引幅を4MHzに変更して計測を行い、ピーク付近のスペクトル(バンド幅、1MHz)を最小自乗法で2次式近似して、正確なピーク周波数を求めた。この手法を用いて算出した磁場強度の誤差は、5回の連続測定において±0.017μTであった。このように本発明の方法および装置は極めて高精度であることが示された。したがって、表1に示したガウスメータによる測定値とLODESR信号のピーク周波数から求めた静磁場強度との差異は、ガウスメータの精度(±1.5%)に起因するものと考えられる。」

「【図1】



(イ)引用文献1に記載された事項の認定
前記(ア)を総合すると、引用文献1には、次の事項が記載されているものと認められる。

<引用文献1記載事項>
「磁場測定器の照射コイル、常磁性種(DPPH)、および検出コイルを静磁場内に入れ(【0017】、【0020】)、
前記常磁性種(DPPH)に、前記照射コイルを用いて電磁波を周波数を掃引しながら照射し、これにより生じる電子スピンの反転による縦方向の磁束の変化を検出することにより、磁気共鳴周波数νを決定し(【0007】)、
前記決定した磁気共鳴周波数νから、
【数1】hν=gβH(hはプランク定数、gは物質固有の値、βはボーア磁子とよばれる定数。)
の式を用いて、磁場強度Hを算出する磁場測定器(【0020】、【0023】)。」

ウ 引用文献3に記載された事項の認定
(ア)引用文献3に記載された事項
本願の出願前の平成21年8月27日に頒布された刊行物である特開2009-193708号公報(以下「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0034】
また、図6(図1)においては、電流センサ収納部13を導電体10の板面に対して垂直方向に折り返して形成するとともに、端子保持部11における端子装着方向が前記電流センサ収納部13の折り返し方向と垂直になるようにされている。これによれば、本実施形態の自動車用バッテリーのように、鉛直方向に向いたバッテリー端子3aに電流センサ一体型バッテリーターミナル1が端子保持部11を介して装着される場合に、電流センサ収納部13の折り返し方向が水平方向に沿うようになる。そしてこれにより、検出されるべき電流センサ収納部13でその折り返し方向に対して垂直に発生する磁力線(磁界)mと水平方向を向く地磁気とが垂直となる(直角に交差する)ため、当該地磁気が電流検出に与える妨害効果を効果的に排除できる。具体的には、自動車用バッテリーにおける地磁気の強度(磁束密度)は、0.03mT(ミリテスラ)程度である。一方、当該自動車用バッテリーの充放電電流は約10Aであり、この場合は、電流センサ一体型バッテリーターミナル1で検出される磁界の磁束密度は数mTであって、(地磁気の磁束密度/検出される磁界の磁束密度)は、1/100以下となって殆ど電流検出への影響はないといえる。ところが、自動車用バッテリーの仕様が変更される等して、充放電電流が1A?2Aとなると、前記(地磁気の磁束密度/検出される磁界の磁束密度)は、1/10程度になるため、このような場合には、地磁気がホールIC14aによる電流検出に影響を及ぼす状況が想定されることから、図6(図1)に示した構成が有効となる。」

上記記載からみて、(地磁気の磁束密度/検出される磁界の磁束密度)が、1/100以下の場合と比べて、1/10程度になる場合、すなわち、検出される磁場が弱磁場になるほど、ホールIC14aによる電流検出において地磁気の影響が無視できなくなることが読み取れる。

(イ)引用文献3に記載された事項の認定
前記(ア)を総合すると、引用文献3には、次の事項が記載されているものと認められる。

<引用文献3記載事項>
「検出される磁界が、地磁気と垂直になる(直角に交差する)ようにすることで、電流検出に地磁気が与える妨害効果を効果的に排除すること。また、検出される磁場が弱磁場になるほど、地磁気の影響が無視できなくなること。」

エ 引用文献4?7に記載された事項と技術常識の認定
(ア)引用文献4に記載された事項
当審において新たに引用され、本願の出願前の平成4年9月8日に頒布された刊行物である特開平4-252978号公報(以下「引用文献4」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0004】
【発明が解決しようとする課題】ホール素子や磁気抵抗素子等のセンサを用いた場合の測定範囲はせいぜい数ガウス?数十キロガウスのオーダーであり、微小磁界の測定はできなかった。また従来のセンサを用いた方法では空間分解能が悪いという問題があった。
【0005】弱い磁界を測定する方法としては、パーマロイ等の磁心に検出巻線を巻回したフラックスゲートをセンサとして用いて、該フラックスゲートに被測定磁界が印加されたときに生じる検出巻線の出力の変化から磁界を測定する方法が知られている。
【0006】また核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサや、電子スピン共鳴(ESR)を利用したセンサを用いる方法、或いはジョセフソン効果の磁界による干渉性を利用して磁界を高感度で測定する超伝導量子干渉計[スクイド(SQUID)と呼ばれる。]を用いる方法も知られている。スクイドを用いれば、10-9[Gauss] 程度までの小さな磁束密度を測定することができる。」

(イ)引用文献5に記載された事項
当審において新たに引用され、本願の出願前の昭和63年8月16日に頒布された刊行物である特開昭63-197203号公報(以下「引用文献5」という。)には、以下の事項が記載されている。

(4頁右上欄4行?左下欄5行)
「第1図は本発明による磁性物体を探索するための装置を図式的に示す。この装置は、装置の近傍における磁場の勾配の少なくともP個の成分を測定するための測定手段2(Pはその中で探索装置が移動する空間の次元数に等しい整数)と、磁場勾配の少なくとも三つの測定成分に依存するスカラー関数である所定の判定基準を記憶するための手段4と、装置近傍に存在する磁場の関数としての前記判定基準の最大値に対応する空間の方向を決定するための計算手段6と、任意ではあるが測定手段2と計算手段6の間に設置してあるアナログ-ディジタル変換器8とから成る。
測定手段は、例えば磁場のモジュラスの勾配を測定するように設計され得る。この場合勾配はベクトルであって、測定手段2は核磁気共鳴(NMR)磁力計又は電気常磁性共鳴(EPR)磁力計といった合計磁場磁力計によって構成され得、各々の磁力計が磁場モジュラスを測定する。従って勾配の各成分は異なる二点での二つのモジュラスの測定値の相違によって得られる。」

(ウ)引用文献6に記載された事項
当審において新たに引用され、本願の出願前の平成12年3月3日に頒布された刊行物である特開2000-65910号公報(以下「引用文献6」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、磁気共鳴測定装置及び測定方法及び共振器に係り、特に、周波数変調を用いて高感度に電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance :ESR)又は核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)を測定する磁気共鳴測定装置及び測定方法、及び、主に磁気共鳴測定に用いることのできる共振器に関する。磁気共鳴には、ESRとNMRを含む。ESRは、電子のスピンが示すもので、主にマイクロ波等の高い周波数(例えば10GHz等)で、弱い磁束密度(例えば0.3T程度等)でおこる。これに対し、NMRは、原子核のスピンが示すもので、主に低い周波数(例えば30MHz等)で、強い磁束密度(例えば数T程度等)でおこる。以下の説明では、一例として、ESRを中心に説明するが、これらESRとNMRは物理現象としては同様のものであるので、本発明は、これら両者に適用することができる。
【0002】
【従来の技術】一般に、ESR法は、電子が有する磁気モーメントの運動を利用して、フリーラジカルのような不対電子をもつ原子や分子について測定する方法である。通常、電子は、原子又は分子軌道に対をなして含まれるが、遷移金属イオンやラジカルでは、それらの軌道に例えば1個の電子のみが存在する場合がある。このような電子を不対電子という。ESRの応用分野は、化学、物理学、生物学、及び医学等のように広範囲にわたる。最近、生体に自然発生するフリーラジカル(不対電子をもつ分子)が、癌や老化等に関係しているのではないかと言われ、医学や生物学などの分野で話題になっている。フリーラジカルは、化学反応性が高いため、ESRはこれを非破壊的に測定する現在唯一の有効な方法である。」

(エ)引用文献7に記載された事項
当審において新たに引用され、本願の出願前の平成15年5月7日に頒布された刊行物である特開2003-126061号公報(以下「引用文献7」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0036】さらに上記実施形態では、画像診断装置としてMRI装置を説明したが、電子スピン共鳴を利用して被検体を画像化する装置(ESR装置)についても同様に適用できる。ESR装置は、MRI装置に比べ、静磁場強度が低くてもよいので容易に実現できる。またESRは表面状態の描出に優れているので、マイクロサージェリーの目的に応じてMRIかESRを選択することが可能である。」

(オ)技術常識の認定
上記引用文献4?7にも記載されているように、核磁気共鳴(NMR)は、磁場が印加された場合の原子核のスピンが示す共鳴現象であるのに対して、電子スピン共鳴(ESR)は、磁場が印加された場合の電子のスピンが示す共鳴現象であり、共鳴周波数や磁束密度の大きさに違いがあるにしても、物理現象としては同様のものであって、いずれも「磁気共鳴」という物理現象の範疇に含まれるものである。
そして、核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサと、電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサは、いずれも磁気共鳴という物理現象を利用したものであり、一方が適用可能な装置には、他方も同様に適用可能である。
そうすると、次の事項は技術常識であると認められる(以下「技術常識A」という。)。

<技術常識A>
「核磁気共鳴(NMR)と、電子スピン共鳴(ESR)は、いずれも磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴という物理現象の範疇に含まれるものであり、核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサと、電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサは、いずれも磁気共鳴を利用したものであり、一方が適用可能な装置には、他方も同様に適用可能であること。」

オ 引用文献8に記載された事項と技術常識の認定
(ア)引用文献8に記載された事項
当審において新たに引用され、本願の出願前の平成10年5月15日に頒布された刊行物である特開平10-123072号公報(以下「引用文献8」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、誘電体導波路とファブリ・ペロー共振器を組み合わせた誘電体導波路付き共振器を開発するに至った。すなわち、本発明は、ファブリ・ペロー共振器、およびファブリ・ペロー共振器に挿入された1本または2本の波動エネルギー導入または導出用誘電体導波路からなる誘電体導波路付き共振器を提供するものである。本発明で用いる誘電体導波路の波動エネルギー伝送部分の少なくとも一部は、未焼成または不完全焼成のポリテトラフルオロエチレン成形物で形成されているのが好ましい。本発明の誘電体導波路付き共振器は、電子スピン共鳴測定装置、発振器、誘電体の誘電率測定装置およびtan δ測定装置など多くの用途に用いることができる。」

「【0021】1/f ノイズを低減させるために、通常の電子スピン共鳴測定装置と同様に、磁場変調コイルにより低周波交流磁場を重畳させながら磁場掃引し、電流変化の変調周波数成分のみをロックイン検出器で検出する手段を利用することもできる。磁場変調コイルにかかる交流磁場の周波数は0.1HZ ?10MHz 程度、好ましくは50?100 kHZ にする。さらに試料に照射する電磁波として一定周波数・振幅波形の他に、振幅変調、周波数変調、位相変調あるいはパルス変調された波形を用いて、時間変化情報を引き出したり1/f ノイズを低減してもよい。」

「【0024】本発明の電子スピン共鳴測定装置によれば、ファブリ・ペロー共振器中に挿入することができる試料を広く測定することができる。すなわち、常磁性体や強磁性体等の不対電子を含む物質をはじめとする様々な試料を測定することができる。例えば、鉄酸化物などの強磁性体;アルカリ金属、銅、アルミニウム等の金属;グラファイトやカーボンファイバー;シリコン、ゲルマニウム、ガリウム/砒素等の半導体;アルカリハライド結晶、石英等の色中心;チタン、バナジウム、マンガン、鉄、コバルト、銅、カドニウム等の金属錯体;MMAや酢酸ビニル等の高分子化合物;DPPH、TEMPOL、TANOL等のスピンラベル剤やスピンプローブ剤等の有機ラジカル;TTF塩やTCNQ塩等の有機金属;HRPやヘモグロビン、フェレドキシン等の金属酵素、金属蛋白および血液;ビタミンC、E、K、NADPH等のビタミンおよび補酵素;メラニンや過酸化脂質等を含む血液成分、組織および食品;歯や骨、貝、サンゴ等の化石、鉱物、石炭および石油;ダイヤモンド、ルビー、真珠等の宝石を測定対象とすることができる。上述のように、本発明の電子スピン共鳴測定装置は、特に微小生体試料の分析に有用である。例えば、生体そのものや、生体から分離または採取された組織、体液、細胞またはそれらの懸濁液を分析することができる。生体内に存在するフリーラジカルや遷移金属等の常磁性種が、癌、炎症性疾患、腫瘍、脳血管疾患および心筋梗塞などの各種疾患を誘起したり悪化させることが明らかにされている。このため現在では、生体内細胞レベルの微小領域における常磁性種の検出や分析の必要性は極めて高くなっている。したがって、本発明の電子スピン共鳴測定装置は、常磁性種の生理作用に関する研究や、常磁性種が関与する疾患の診断、治療および予防に応用しうるものである。特にWバンド領域における測定は、水や酸素のような障害物質による吸収の影響が少ないため極めて有用である。」

(イ)技術常識の認定
上記引用文献8に記載されているように、次の事項は技術常識であると認められる(以下「技術常識B」という。)。

<技術常識B>
「電子スピン共鳴測定装置に用いられる共振器には、振幅変調又は位相変調された電磁波を照射する常磁性体(DPPH)の試料が挿入されること。」

(3)対比
ア 本願補正発明と引用発明の対比
本願補正発明と引用発明を対比する。
(ア)引用発明の「超電導コイル3a、3bの磁界を一定に保つように前記超電導コイル3a、3bに電流を流す電流保持用電源10」は、コイルに流れる電流と当該コイルが発生する磁界は比例関係にあることを踏まえると、一定の磁界を発生させるには、その電流も一定、すなわち直流電流であることは明らかであるから、本願補正発明の「直流電源」に相当する。
また、引用発明の「超電導コイル3a、3b」、「前記超電導コイル3a、3bに流れる電流を高精度に計測できる超電導コイルの駆動システム」は、それぞれ本願補正発明の「負荷」、「負荷へと供給される電流を測定するための電流測定装置」に相当する。
よって、引用発明の「超電導コイル3a、3bの磁界を一定に保つように前記超電導コイル3a、3bに電流を流す電流保持用電源10から、前記超電導コイルに流れる電流を高精度に計測できる超電導コイルの駆動システム」は、本願補正発明の「直流電源から負荷へと供給される電流を測定するための電流測定装置」に相当する。

(イ)引用発明の「空芯超電導コイル25」は、「超電導コイル3a、3bと直列に設置」されており、「電流保持用電源10」から「超電導コイル3a、3b」に流れる電流は「空芯超電導コイル25」にも流れていることは明らかである。また、当該電流によって「空芯超電導コイル25が発生する中心部の磁界」は「プローブ23」にて検知しているから、当該磁界が「プローブ23」に印加されていることは明らかである。
よって、引用発明の「前記超電導コイル3a、3bと直列に設置した空芯超電導コイル25」と本願補正発明の「前記直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を地磁気に対して略直交する方向に前記共振器に印加可能に構成されたコイル」は、「前記直流電源からの電流が流れることによって発生する磁場を印加可能に構成されたコイル」という点で共通する。

(ウ)上記(2)エの「(オ)技術常識の認定」において認定した技術常識Aを参酌すると、引用発明の「核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)」と本願補正発明の「電子スピン共鳴」または「電子常磁性共鳴」は、いずれも「磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴」という物理現象の範疇に含まれる。
そして、引用発明の「核磁気共鳴」「の原理を用いてNMR信号として検知するプローブ23」と本願補正発明の「電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により」「出力される電磁波を検出する検出器」は、「磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴を利用した検出器」という点で共通する。
また、引用発明は、「前記プローブ23で検知された前記空芯超電導コイル25の中心磁界Boにより、通電電流Iを測定する」ものであるから、本願発明と「前記検出器からの信号に基づいて、前記コイルに流れる電流を算出する」点で共通する。
よって、引用発明の「前記空芯超電導コイル25に設置され、前記空芯超電導コイル25が発生する中心部の磁界を核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)の原理を用いてNMR信号として検知するプローブ23を備え、前記プローブ23は、電流保持用電源10に接続されており、プローブ23で検知された磁界は、電流保持用電源10にフィードバックされ、電流保持用電源10は、プローブ23からフィードバックされた磁界の検出値に基づいて超電導コイル3a、3bを流れる電流値を制御するものであり、前記プローブ23で検知された前記空芯超電導コイル25の中心磁界Boにより、通電電流Iを測定する」ことと、本願補正発明の「電子スピン共鳴スペクトルまたは電子常磁性共鳴スペクトルと磁気パラメータとが既知であり常磁性を示す標準物質が内部に設けられた共振器」及び「電磁波を前記共振器に照射可能に構成された光源と、前記弱磁場が前記共振器に印加され、かつ、前記光源からの電磁波が前記共振器に照射された場合に、前記標準物質の電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により前記共振器から出力される電磁波を検出する検出器と、前記検出器からの信号に基づいて、前記標準物質の共鳴周波数を算出する信号処理部とを備え、前記信号処理部は、前記検出器からの信号に基づいて算出された共鳴周波数から、前記標準物質の共鳴周波数と前記コイルを流れる電流との間で予め規定された対応関係を用いて、前記コイルを流れる電流を算出する」ことは、「磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴を利用した検出器とを備え、前記検出器からの信号に基づいて前記コイルを流れる電流を算出する」という点で共通する。

イ 一致点及び相違点
上記アの検討を総合すると、本願補正発明と引用発明の両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点1、2において相違する。

<一致点>
直流電源から負荷へと供給される電流を測定するための電流測定装置であって、
前記直流電源からの電流が流れることによって発生する磁場を印加可能に構成されたコイルと、
前記磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴を利用した検出器とを備え、
前記検出器からの信号に基づいて、前記コイルを流れる電流を算出する、電流測定装置、である点。

<相違点1>
本願補正発明は、「前記磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴」が「電子スピン共鳴」又は「電子常磁性共鳴」であり、
「電子スピン共鳴スペクトルまたは電子常磁性共鳴スペクトルと磁気パラメータとが既知であり常磁性を示す標準物質が内部に設けられた共振器」と、
「直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を」「前記共振器に印加可能に構成されたコイル」と、
「電磁波を前記共振器に照射可能に構成された光源」と、
「前記弱磁場が前記共振器に印加され、かつ、前記光源からの電磁波が前記共振器に照射された場合に、前記標準物質の電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により前記共振器から出力される電磁波を検出する検出器」と、
「前記検出器からの信号に基づいて、前記標準物質の共鳴周波数を算出する信号処理部」を備え、
「前記信号処理部は、前記検出器からの信号に基づいて算出された共鳴周波数から、前記標準物質の共鳴周波数と前記コイルを流れる電流との間で予め規定された対応関係を用いて、前記コイルを流れる電流を算出する」ものであるのに対して、
引用発明は、「前記磁場が印加された場合に生じる磁気共鳴」が「核磁気共鳴」であり、本願発明のような構成を備えていない点。

<相違点2>
「コイル」に「発生する磁場」の方向が、本願補正発明では「地磁気に対して略直交する方向」であるのに対して、引用発明では、どの方向であるのか不明な点。

(4)当審の判断
ア 相違点についての判断
上記相違点1、2について併せて検討する。

引用文献1には、前記(2)イの「(イ)引用文献1に記載された事項の認定」において示したとおり、常磁性種に、照射コイルを用いて電磁波を周波数を掃引しながら照射し、これにより生じる電子スピンの反転による縦方向の磁束の変化を、検出コイルにより検出することにより、磁気共鳴周波数νを決定し、前記決定した磁気共鳴周波数νから、
hν=gβH(hはプランク定数、gは物質固有の値、βはボーア磁子とよばれる定数。)
の式を用いて、磁場強度Hを算出する磁場測定器が記載されている。
そして、引用文献1に記載された事項の「常磁性種(DPPH)」は、本願補正発明の「電子スピン共鳴スペクトルまたは電子常磁性共鳴スペクトルと磁気パラメータとが既知であり常磁性を示す標準物質」に相当する。
また、引用文献1に記載された事項では、「常磁性種(DPPH)」に対して、電磁波を周波数掃印しながら照射し、磁気共鳴を示す周波数を決定しており、前記(2)オの「(イ)技術常識の認定」において示した技術常識Bも踏まえると、このような共鳴現象を生じさせる装置としての「共振器」を備えていることは明らかである。そして、このような共鳴現象を生じさせる装置としての共振器の内部に「常磁性種(DPPH)」が設けられていることも自明である。よって、引用文献1に記載された事項の「検出コイル」は、本願補正発明の「前記標準物質の電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により前記共振器から出力される電磁波を検出する検出器」に相当する。
さらに、引用文献1に記載された事項の「電磁波を周波数を掃引しながら照射」する「照射コイル」と本願補正発明の「電磁波を前記共振器に照射可能に構成された光源」とは、照射する電磁波の周波数が異なるのみであり、いずれも「電磁波を前記共振器に照射可能に構成された照射手段」である点で共通する。
そして、引用文献1に記載された記載事項において、磁気共鳴周波数νから、式を用いて磁場強度Hを算出していることから、本願補正発明の「前記検出器からの信号に基づいて、前記標準物質の共鳴周波数を算出する信号処理部」に相当する構成を有していることは明らかであるといえる。

ここで、本願明細書の【0042】には、
「より詳細に説明すると、電流Iと静磁場Hとの対応関係は高精度に計算可能であるので、電流測定装置20に含まれる各構成要素の加工精度または位置ずれ等による誤差を考慮して校正をさらに行なうことで、電流Iと静磁場Hとの対応関係を予め取得しておくことができる。そのため、静磁場H_(0)と共鳴周波数ν_(0)との対応関係を取得しておけば、静磁場H_(0)および共鳴周波数ν_(0)から電流Iを算出することが可能になる。」
と記載されており、当該記載から、本願補正発明は、「共鳴周波数ν_(0)」から「静磁場H_(0)と共鳴周波数ν_(0)との対応関係」に基づいて「静磁場H_(0)」をまず求めてから、その「静磁場H_(0)」から「電流Iと静磁場Hとの対応関係」に基づいて「コイルを流れる電流を算出」しているものと理解される。

そうしてみると、引用発明と、引用文献1に記載された記載事項とは、いずれも磁気共鳴現象を用いて磁界を検出するものであり、かつ、前記(2)エの「(オ)技術常識の認定」において技術常識Aとして示したとおり、
「核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサと、電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサは、いずれも磁気共鳴を利用したものであり、一方が適用可能な装置には、他方も同様に適用可能であること。」
は、当業者にとっての技術常識であるから、引用発明の「核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサ」に代えて、引用文献1に記載された「電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサ」を用いることにより、上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
その際、引用文献6の【0001】に記載の「ESRは、電子のスピンが示すもので、主にマイクロ波等の高い周波数(例えば10GHz等)で、弱い磁束密度(例えば0.3T程度等)でおこる。これに対し、NMRは、原子核のスピンが示すもので、主に低い周波数(例えば30MHz等)で、強い磁束密度(例えば数T程度等)でおこる。」ことを踏まえれば、コイルによって発生する磁界の大きさや、共振器に照射する電磁波の周波数の大きさを、「電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサ」に応じたもの、すなわちコイルが発生する磁場を弱磁場とし、共振器に照射する電磁波の周波数をそれに応じた最適なものに変更することは当然なされることにすぎない。
そして、弱磁場を検出する際には地磁気の影響を考慮すべきであり、検出される磁界が、地磁気と垂直になる(直角に交差する)ようにすることで、地磁気が与える妨害効果を効果的に排除できることも、前記(2)ウの「(イ)引用文献3に記載された事項の認定」において示したとおり、格別困難性があるものではないから、上記相違点2に係る本願補正発明の構成は、引用発明において「核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサ」に代えて、「電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサ」とした際に、当業者が当然考慮すべき設計事項にすぎない。

したがって、上記相違点1、2に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用発明、引用文献1、3に記載された事項及び技術常識A、Bに基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

そして、本願補正発明によって奏される効果は、引用発明、引用文献1、3に記載された事項及び技術常識A、Bから当業者が予測し得る程度のものにすぎない。

よって、本願補正発明は、引用発明、引用文献1、3に記載された事項及び技術常識A、Bに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

イ 請求人の主張について
(ア)請求人の主張
請求人は、審判請求の理由及び上申書において、次の主張をしている。
<主張1>
(審判請求書6頁5?13行)
「このように、引用文献2に記載の発明では「1T以上の高磁界」が空芯超電導コイル25の中心磁界Boとして必要とする旨が記載されているのに対し、引用文献1に記載の発明は「10mT以下の低磁場強度」の測定を目的とするものです。つまり、引用文献1に記載の発明と引用文献2に記載の発明とでは、各々が前提とする磁場強度が大きく異なります。したがいまして、審査官殿ご指摘のように、引用文献2に記載された空芯超電導コイル25の中心磁界Boの測定により通電電流Iを測定するとの技術を引用文献1に記載された低磁場強度の測定に適用した場合には、引用文献1に記載の発明の本来の目的に反することになりますので、この適用には阻害要因が存在すると言うべきであります。」

<主張2>
(審判請求書7頁14?17行)
「引用文献3の段落[0034]においても、低磁場強度測定に際して「コイルを流れる電流と、地磁気を除いた中心磁界とが比例する」との関係の利用に関連する事項は開示も示唆もされておりませんので、当該記載も引用文献1と引用文献2とを組み合わせる動機付けを当業者に与えるものではありません。」

<主張3>
(上申書4頁20?33行)
「電子スピンによる磁化の成分は、静磁場に平行な方向(縦磁化)と、静磁場に垂直な方向(横磁化)とで異なります。
引用文献1の請求項1には「磁気共鳴により生じる静磁場に平行な方向の磁束の変化を検出する工程を含む」と記載されています。また、引用文献1の段落[0007]には「本発明の方法は、磁気共鳴下で生じる縦方向(z-軸、つまり静磁場に平行な方向)の磁束の変化を検出する工程を含む点に特徴がある」と記載されています。このように、周波数掃引法を用いる引用文献1に記載の発明では、静磁場に平行な方向の磁束変化(縦磁化)が検出されます。
これに対し、パルス法を用いる補正後の請求項1に係る本願発明において、静磁場に垂直な方向に生じる磁化(横磁化)が検出されます。
上記(C)の手順のように引用文献2の空芯超伝導コイル25が発生させた中心磁界Boの強度を引用文献1の磁場測定器を用いて測定したとしても、補正後の請求項1に係る本願発明とは異なる測定結果が得られます。引用文献1,2の構成にさらに引用文献3の構成を組み合わせた場合であっても同様です。」

(イ)請求人の主張について

<主張1について>
請求人は「引用文献1に記載の発明と引用文献2に記載の発明とでは、各々が前提とする磁場強度が大きく異な」るから、阻害要因が存在すると主張している。
しかしながら、前記「ア 相違点についての判断」において示したとおり、「核磁気共鳴(NMR)を利用した磁界センサと、電子スピン共鳴(ESR)を利用した磁界センサは、いずれも磁気共鳴を利用したものであり、一方が適用可能な装置には、他方も同様に適用可能であること」は技術常識であり、また、引用文献6の【0001】に記載のように、ESRが弱い磁束密度でおこり、NMRが強い磁束密度(例えば数T程度等)でおこることも知られていることから、引用発明に引用文献1に記載の事項を適用する際に、前提とする磁場強度が大きく異なることのみをもって阻害要因が存在するとはいえない。
したがって、当該主張1は採用できない。

<主張2について>
引用文献3の【0034】に記載されているように、検出される磁場が弱磁場になるほど、地磁気の影響が無視できなくなることが知られており、また測定対象の電流が発生する磁場に地磁気が含まれていないことは明らかであるから、検出した磁場から電流を検出する場合に、当該磁場から地磁気を除くようにすべきことは当然考慮されるべきものにすぎない。
したがって、当該主張2は採用できない。

<主張3について>
請求人は「パルス法を用いる補正後の請求項1に係る本願発明において、静磁場に垂直な方向に生じる磁化(横磁化)が検出されます。」と主張しているが、本件補正後の請求項1には「静磁場に垂直な方向に生じる磁化(横磁化)」を検出することについて、何も記載されておらず、当該主張1は、請求項に記載された事項に基づくものでない。
したがって、当該主張3は採用できない。

(5)まとめ
以上のとおり、本件補正は、特許法17条の2第5項の規定に違反するものであり、同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。
また仮に、本件補正が、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であるとしても、本件補正は、特許法17条の2第6項で準用する同法126条7項の規定に違反するものであり、同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明
本件補正は上記第2において説示したとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、令和2年2月10日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

「 【請求項1】
直流電源から負荷へと供給される電流を測定するための電流測定装置であって、
電子スピン共鳴スペクトルまたは電子常磁性共鳴スペクトルと磁気パラメータとが既知であり常磁性を示す標準物質が内部に設けられた共振器と、
巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内であり、前記直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を前記共振器に印加可能に構成されたコイルと、
電磁波を前記共振器に照射可能に構成された光源と、
前記弱磁場が前記共振器に印加され、かつ、前記光源からの電磁波が前記共振器に照射された場合に、前記標準物質の電子スピン共鳴または電子常磁性共鳴により前記共振器から出力される電磁波を検出する検出器と、
前記検出器からの信号に基づいて、前記標準物質の共鳴周波数を算出する信号処理部とを備え、
前記信号処理部は、前記検出器からの信号に基づいて算出された共鳴周波数から、前記標準物質の共鳴周波数と前記コイルを流れる電流との間で予め規定された対応関係を用いて、前記コイルを流れる電流を算出する、電流測定装置。」


第4 原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由のうち、本願発明についての進歩性欠如に係る理由(理由1)は、次のとおりである。

本願発明は下記の引用文献1、2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。



引用文献1. 特開2001-264401号公報
引用文献2.特開2015-20027号公報(主たる引用例)


第5 引用文献に記載された発明の認定等
引用文献2に記載された発明は、前記第2の3(2)アの「(イ)引用発明の認定」において、引用発明として示したとおりであり、引用文献1に記載された事項は、前記第2の3(2)イの「(イ)引用文献1に記載された事項の認定」において認定したとおりである。
また、当審で認定した技術常識A及びBは、前記第2の3(2)エ及びオにおいて認定したとおりである。


第6 対比
本願発明は、本願補正発明(前記第2の3の「(1)本願補正発明」参照。)の「前記直流電源からの電流が流れることによって発生する弱磁場を地磁気に対して略直交する方向に前記共振器に印加可能に構成されたコイル」について、「地磁気に対して略直交する方向に」という限定を省くとともに、「巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内であり」という限定を付加するものである。
したがって、本願発明と引用発明の両者は、上記相違点1に加えて、以下の相違点3において相違し、その他の点で一致する。

<相違点3>
本願発明では、「前記共振器に印加可能に構成されたコイル」の「巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内であ」るのに対して、引用発明では、そのような構成を有さない点。


第7 判断
1 相違点1について
上記相違点1については、前記第2の3の「(4)当審の判断」の「ア 相違点についての判断」において示した理由と同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものである。

2 相違点3について
コイルの巻き数をどの程度とするかは、コイルが発生する磁場の大きさやコイルの直径に応じて当業者が適宜になし得たことにすぎず、弱磁場を発生させる場合において「巻き数が1巻きから多くとも6巻きの範囲内」とすることは格別困難性があるものでない。

3 小括
したがって、上記相違点1、3に係る本願発明の発明特定事項は、引用発明、引用文献1に記載された事項及び技術常識A、Bに基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

そして、本願発明によって奏される効果は、引用発明、引用文献1に記載された事項及び技術常識A、Bから当業者が予測し得る程度のものにすぎない。


第8 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明、引用文献1に記載された事項及び技術常識A、Bに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について審理するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。




 
審理終結日 2021-05-06 
結審通知日 2021-05-18 
審決日 2021-06-03 
出願番号 特願2015-191541(P2015-191541)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G01R)
P 1 8・ 57- Z (G01R)
P 1 8・ 575- Z (G01R)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山崎 仁之  
特許庁審判長 居島 一仁
特許庁審判官 濱野 隆
濱本 禎広
発明の名称 電流測定装置およびそれを備えた磁気共鳴測定システム  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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