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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C01G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C01G
管理番号 1377766
異議申立番号 異議2019-700382  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-10-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-05-13 
確定日 2021-07-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6422133号発明「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6422133号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?4〕、〔5?11〕について訂正することを認める。 特許第6422133号の請求項1?6、8及び9に係る特許を維持する。 特許第6422133号の請求項7、10及び11に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6422133号に係る出願は、2015年(平成27年) 8月20日(優先権主張 2014年 8月28日)を国際出願日とする出願であって、平成30年10月26日にその請求項1?11に係る発明について特許権の設定登録がされ、同年11月14日に特許掲載公報が発行され、その後、全請求項に係る特許に対して、令和 1年 5月13日に特許異議申立人 安東 和恭(以下、「申立人」という。)により甲第1?2号証を添付して特許異議の申立てがされ、同年 7月22日付けで当審より取消理由が通知され、その指定期間内である同年10月15日に特許権者より意見書の提出並びに訂正の請求(以下、「一次訂正請求」という。)がされ、同年11月20日に特許権者より手続補正書(方式)が提出され、令和 2年 1月 6日に申立人より意見書が提出され、同年 1月30日付けで当審より訂正拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年 3月11日に特許権者より意見書及び手続補正書が提出され、同年 4月21日付けで当審より取消理由(決定の予告)が通知され、その指定期間内である同年 8月 6日に特許権者より意見書の提出並びに訂正の請求(以下、「二次訂正請求」という。)がされ、同年10月12日に申立人より意見書が提出され、同年12月 1日付けで当審より取消理由(決定の予告)が通知され、その指定期間内である令和 3年 3月 1日に特許権者より意見書の提出並びに訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされ、同年 5月 7日に申立人より意見書(以下、「申立人意見書」という。)が提出されたものである。

第2 本件訂正請求による訂正の適否
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の訂正事項からなる(当審注:下線は訂正箇所である。)。
なお、本件訂正請求がされたので、一次訂正請求及び二次訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の


(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」を、
「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1の
「192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、」を、
「192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1の「水素イオン濃度」を「25℃における水素イオン濃度」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5の


(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」を、
「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項5の
「192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、」を、
「192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)」に訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項5の「水素イオン濃度」を「25℃における水素イオン濃度」に訂正する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項5の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、」を「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、」に訂正する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項5の
「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体を製造するための焼成工程の後に、水洗工程を有し、
上記水洗工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする」を、
「以下の工程1?6の後に、(7.水洗)工程を有し、
(1.原料の溶解)原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥のいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。
上記(7.水洗)工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄すること、
さらに、以下の工程8,9を有すること、
(8.脱水)ニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量が1.0重量%以下になるまで、水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物を除く。
(9.焼成)脱水工程の後に、300℃から800℃の温度でニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。
を特徴とする」に訂正する。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項5の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」を「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」に訂正する。

(11)訂正事項11
特許請求の範囲の請求項7、10、11を削除する。

(12)訂正事項12
特許請求の範囲の請求項8の「脱水工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、請求項7に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」を「(8.脱水)工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、請求項5または6に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」に訂正する。

(13)訂正事項13
特許請求の範囲の請求項9の「脱水工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、請求項7に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」を「(8.脱水)工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、請求項5または6に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」に訂正する。

(14)訂正事項14
本件特許明細書の【0012】の
「(発明1)以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】

(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下であることを特徴とする、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明2) 発明1のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
(発明3) 発明2のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
(発明4) 発明3のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
(発明5) 以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化2】

(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である、
ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体を製造するための焼成工程の後に、水洗工程を有し、
上記水洗工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする、
ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明6) 水洗工程を、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して50?100%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする、発明5のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明7) 水洗工程の後に、さらに、脱水工程を有することを特徴とする、発明5または6のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明8) 脱水工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、発明7のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明9) 脱水工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、発明7のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明10) さらに、水洗工程の後に脱水工程を有し、該脱水工程の後に焼成工程を有することを特徴とする、発明5?9のいずれかのニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明11) ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体を製造するための焼成工程を、原料の溶解工程、沈殿工程、ろ過・洗浄工程、乾燥工程、粉体混合工程の後に行うことを特徴とする、発明5?10のいずれかのニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。」を、
「(発明1)以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下であることを特徴とする、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明2)発明1のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
(発明3)発明2のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
(発明4)発明3のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
(発明5)以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化2】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
以下の工程1?6の後に、(7.水洗)工程を有し、
(1.原料の溶解)原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥のいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。
上記(7.水洗)工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄すること、
さらに、以下の工程8,9を有すること、
(8.脱水)ニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量が1.0重量%以下になるまで、水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物を除く。
(9.焼成)脱水工程の後に、300℃から800℃の温度でニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。を特徴とする、リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明6) 水洗工程を、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して50?100%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする、発明5のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明8) 脱水工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、発明5または6のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明9) 脱水工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、発明5または6のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」に訂正する。

(15)訂正事項15
本件特許明細書の【0036】の


(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」を、
「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に訂正する。

(16)訂正事項16
本件特許明細書の【0058】の
「[実施例2]
水洗工程で、焼成物150gに75g(焼成物の50重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例3]
水洗工程で、焼成物150gに50g(焼成物の33重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例4]
水洗工程で、焼成物150gに30g(焼成物の20重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例5]
水洗工程で、焼成物150gに200g(焼成物の133重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例6]
水洗工程で、焼成物150gに250g(焼成物の167重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[比較例1]
実施例1の水洗工程を行わず、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を比較品とした。
[比較例2]
水洗工程で、焼成物150gに7.5g(焼成物の5重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件で比較用のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例7]
より大きいスケールでニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。水洗工程では、焼成物2000gに2000g(焼成物の100重量%)の水を加え攪拌、濾過した。分離されたケーキを真空乾燥を行わずそのまま、マッフル炉を用いて酸素気流中500℃で5時間焼成した。そのほかの条件は実施例1と同じとした。こうしてニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を得た。
[実施例8]
大型電気炉を用いて酸素気流中500℃で焼成した点以外は実施例7と同じ条件で、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例9]」を、
「[参考例2]
水洗工程で、焼成物150gに75g(焼成物の50重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例3]
水洗工程で、焼成物150gに50g(焼成物の33重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例4]
水洗工程で、焼成物150gに30g(焼成物の20重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例5]
水洗工程で、焼成物150gに200g(焼成物の133重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例6]
水洗工程で、焼成物150gに250g(焼成物の167重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[比較例1]
実施例1の水洗工程を行わず、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を比較品とした。
[比較例2]
水洗工程で、焼成物150gに7.5g(焼成物の5重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件で比較用のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例7]
より大きいスケールでニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。水洗工程では、焼成物2000gに2000g(焼成物の100重量%)の水を加え攪拌、濾過した。分離されたケーキを真空乾燥を行わずそのまま、マッフル炉を用いて酸素気流中500℃で5時間焼成した。そのほかの条件は実施例1と同じとした。こうしてニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を得た。
[参考例8]
大型電気炉を用いて酸素気流中500℃で焼成した点以外は参考例7と同じ条件で、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例9]」に訂正する。

(17)訂正事項17
本件特許明細書の【0062】の
「【表1】

」を
「【表1】

」に訂正する。

(18)訂正事項18
本件特許明細書の【0064】の
「【表2】

」を
「【表2】

」に訂正する。

訂正前の請求項2?4は、直接的又は間接的に請求項1を引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項1?4は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
また、訂正前の請求項6?11は、直接的又は間接的に請求項5を引用するものであって、請求項5の訂正に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項5?11は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
そして、訂正事項14?18による明細書の訂正は、訂正事項1?4による請求項1?4の訂正と訂正事項5?13による請求項5?11の訂正とに伴って、特許請求の範囲と発明の詳細な説明との整合を図るための訂正であり、一群の請求項1?4の全てと一群の請求項5?11の全てとについてする訂正である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1及び5について
訂正事項1及び5は、いずれも、訂正前の請求項1及び5において、


」という一般式(2)と、「(ただし式(2)中、0.90<x<1.10、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」の記載とが整合しておらず、明確でない、との記載不備があり、また、上記一般式(2)は、ニッケルリチウム金属複合酸化物の一般式はLiNiO_(2)で表される、との技術常識とも整合しておらず、明確でない、との記載不備があったところ、ニッケルリチウム金属複合酸化物の一般式とただし書きとを、技術常識に基づいて、「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)」、「(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」に訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、酸素の原子数比である「1.7-2.2」を「2」とする訂正は、酸素の原子数比を更に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項である特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1及び5による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2及び6について
訂正事項2及び6は、いずれも、訂正前の請求項1及び5における「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の密度の測定条件が明確でない、との記載不備があったところ、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の密度の測定条件を、本件特許明細書の【0061】の記載に基づいて明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、また、訂正事項2及び6による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3及び7について
訂正事項3及び7は、いずれも、訂正前の請求項1及び5における「水素イオン濃度」を測定する際の温度が明確でない、との記載不備があったところ、「水素イオン濃度」を測定する際の温度を、本件特許明細書の【0064】の記載に基づいて明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、また、訂正事項3及び7による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4、8及び10について
訂正事項4、8及び10は、いずれも、訂正前の請求項1及び5における「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の用途を、本件特許明細書の【0056】の記載に基づいて、「リチウムイオン電池正極活物質用」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項である特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項4、8及び10による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項9について
訂正事項9は、訂正前の請求項5における「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体」の意味が明確でない、との記載不備があったところ、本件特許明細書の【0039】?【0052】の記載に基づいて、「前駆体」の意味を明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項9は、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程に係る発明特定事項を特定して、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法の工程を更に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項である特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項9による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項11について
訂正事項11は、それぞれ、請求項7、10及び11を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項である特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない

(7)訂正事項12及び13について
訂正事項12及び13は、それぞれ、訂正事項9の訂正に伴って、請求項8及び9の記載を請求項5の記載に整合させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項12及び13は、それぞれ、訂正事項11の訂正に伴って、訂正前の請求項8及び9における選択的引用請求項の一部を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項である特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項12及び13による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(8)訂正事項14?15について
訂正事項14?15は、いずれも、訂正事項1?13の訂正に伴って、本件特許明細書の記載を特許請求の範囲の記載に整合させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(9)訂正事項16?18について
訂正事項16?18は、いずれも、特許請求の範囲の発明特定事項を満たさないか、満たすか否かが明らかでない本件訂正前の「実施例2」?「実施例4」、「実施例7」?「実施例9」を、「参考例2」?「参考例4」、「参考例7」?「参考例9」とするものであり、更に、訂正事項17は、【表1】から「比較例3」を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項である明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

なお、本件の全請求項について特許異議の申立てがされたので、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の独立特許要件の規定は適用されない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?4〕、〔5?11〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
本件訂正が認められることは上記第2に記載のとおりであるので、本件特許の請求項1?6、8及び9に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?6、8及び9に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、「本件発明1」?「本件発明6」、「本件発明8」及び「本件発明9」といい、まとめて「本件発明」という。)。
「【請求項1】
以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下であることを特徴とする、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
【請求項2】
請求項1に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項3】
請求項2に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
【請求項4】
請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
【請求項5】
以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化2】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
以下の工程1?6の後に、(7.水洗)工程を有し、
(1.原料の溶解)原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥のいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。
上記(7.水洗)工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄すること、さらに、以下の工程8,9を有すること、
(8.脱水)ニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量が1.0重量%以下になるまで、水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物を除く。
(9.焼成)脱水工程の後に、300℃から800℃の温度でニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。
を特徴とする、リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項6】
水洗工程を、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して50?100%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする、請求項5に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項7】(削除)
【請求項8】
(8.脱水)工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、請求項5または6に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項9】
(9.脱水)工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、請求項5または6に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)」

第4 取消理由及び審尋の概要
当審が令和 1年 7月22日付け、令和 2年 4月21日付け及び令和 2年12月 1日付けで通知した取消理由をまとめて整理すると、その概要は、以下のとおりである。
なお、本件特許異議の申立てにおける特許法第29条第1項第3号及び第2項についての申立理由は、下記4において、特許法第36条第6項第1号についての申立理由は、下記2(2)イ、ウにおいて、特許法第36条第6項第2号についての申立理由は、下記1(1)において、全て採用した。

1 特許法第36条第6項第2号について
(1)本件訂正前の請求項1?11における「一般式(2)」中に「x」が記載されておらず、括弧書きにおける「0.90<x<1.10」の数値限定の意味が不明である。
また、「一般式(2)」のLiの原子数比は「1」であり、Ni、Co、Alの原子数比が総和で「1」に限定されていることからみれば、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」のOの原子数比が「1.7-2.2」の範囲で変動するとは認められない。
したがって、本件訂正前の請求項1?11に係る発明は明確でない。

(2)同一の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を「192MPaの圧力」、「240MPaの圧力」で圧縮したとしても、プレス機に充てんする粉体の量、加圧時間が特定されない場合、結果として得られる密度がそれぞれ「3.30g/cm^(3)以上」、「3.46g/cm^(3)以上」となるか否かを一義的に判断することはできないから、加圧圧力のみが特定され、プレス機に充てんする粉体の量、加圧時間が特定されない本件訂正前の請求項1?11の発明特定事項により、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定したことにはならないので、本件訂正前の請求項1?11に係る発明は明確でない。

(3)同一の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を2gだけ100gの水に分散させたとしても、水温が特定されない場合、結果として得られる「上澄の水素イオン濃度」が「pHで11.0以下」となるか否かを一義的に判断することはできないから、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を2gだけ100gの水に分散させることのみが特定され、水温が特定されない本件訂正前の請求項1?11の発明特定事項により、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定したことにはならないので、本件訂正前の請求項1?11に係る発明は明確でない。

(4)「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体」(以下、「前駆体」という。)の意味するところが本件訂正前の特許明細書(以下、「訂正前明細書」という。)中に記載されていないから、本件訂正前の請求項5?11に係る発明は明確でない。

(5)本件訂正前の請求項11に係る発明は、「請求項5?10のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。」に係るものであるが、本件訂正前の請求項5?10に係る発明は、いずれも、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。」に係るものであるから、本件訂正前の請求項5?10に係る発明と本件訂正前の請求項11に係る発明の発明特定事項が合致しないので、本件訂正前の請求項11に係る発明は明確でない。

(6)以上のとおり、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

2 特許法第36条第6項第1号について
(1)用途について
本件訂正前の請求項1及び5?11においては、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」がリチウムイオン二次電池に用いられることが特定されていないから、本件訂正前の請求項1及び5?11に係る発明は、課題とは無関係の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」も包含するので、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。

(2)課題解決の可否について
ア 水洗工程の水量について
(ア)訂正前明細書の実施例(以下、「訂正前実施例」という。)は、いずれも、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗することで製造したものといえるが、訂正前実施例3は、「LiOHの含有量」について、訂正前実施例4は、「pH」及び「LiOHの含有量」について、訂正前実施例9は、「240MPaの圧力で圧縮した際の密度」について、本件訂正前の請求項1?11の発明特定事項を満たさない。
また、訂正前実施例3、4、8及び9が、「192MPaの圧力で圧縮した際の密度」について、本件訂正前の請求項1?11の発明特定事項を満たすか否かは明らかでなく、訂正前実施例2?4、7、8は、「240MPaの圧力で圧縮した際の密度」について、本件訂正前の請求項1?11の発明特定事項を満たすか否かは明らかでない。

(イ)そうすると、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗することで「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を製造したとしても、
「二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である」
との発明特定事項を満たし、課題を解決するものとはいえないから、本件訂正前の請求項1?11に係る発明は課題を解決しないものを包含し得るので、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。

イ 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成について
(ア)訂正前実施例において、本件訂正前の請求項1?11で特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されているとはいえない。
このため、訂正前明細書の記載に接した当業者は、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が本件訂正前の請求項1?11で特定される組成を満たすことにより、課題を解決できることを認識できない。

(イ)また、仮に、訂正前実施例において、本件訂正前の請求項1?11で特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されているとしても、訂正前明細書の記載に接した当業者は、訂正前実施例により製造された一種類の組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」から、本件訂正前の請求項1?11で特定される全ての組成範囲の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」に拡張ないし一般化して課題を解決できることを認識できない。

(ウ)したがって、訂正前明細書の記載に接した当業者は、本件訂正前の請求項1?11に係る発明により課題を解決できることを認識できない。

ウ 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性について
(ア)訂正前実施例においては、製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性が定量的に測定されていないから、当業者は、本件訂正前の請求項1?11に係る発明によって、リチウムイオン二次電池に用いられる正極活物質の単位体積当たりの放電容量及び放電容量保持性が比較例とされた従来技術に比べて有意に改善され、課題を解決できることを認識できず、このことは、訂正前明細書の【0052】?【0055】の記載に左右されない。

(イ)また、後記甲第1号証([0013]、[0035]?[0038])によれば、焼成物を水洗した後、濾過、乾燥してリチウムニッケル複合酸化物を得る際、粉末に含まれる水が大量に蒸発する段階(第一段階)において、多量の水を含む状態でリチウムニッケル複合酸化物が90℃を超える温度に達すると、乾燥後のリチウムニッケル複合酸化物の電気導電性を大きく損ねてしまうのであるが、訂正前実施例は、焼成物を水洗した後、濾過、乾燥してリチウムニッケル複合酸化物を得る際、粉末に含まれる水が大量に蒸発する段階において、多量の水を含む状態のリチウムニッケル複合酸化物が、表層への影響を抑制するために好ましいとされる80℃を超える温度に達するものであるから、訂正前実施例は、乾燥後のリチウムニッケル複合酸化物の電気導電性を大きく損ねるものと強く推認されるので、訂正前明細書の記載に接した当業者は、訂正前実施例による「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が課題を解決できることを認識できないので、本件訂正前の請求項1?11に係る発明により課題を解決できることを認識できない。

(3)「前駆体」について
本件訂正前の請求項5?11に係る発明の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体を製造するための焼成工程の後に、水洗工程を有し、」との発明特定事項について、訂正前明細書の【0049】には、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を水洗することが記載されており、「前駆体」を水洗することは記載されていないので、本件訂正前の請求項5?11の発明特定事項と訂正前明細書の発明の詳細な説明の記載事項が合致しない。
また、訂正前明細書には、そのほかに「前駆体」の意味するところが記載されるものでもないので、本件訂正前の請求項5?11の発明特定事項と訂正前明細書の発明の詳細な説明の記載事項が合致しないから、本件訂正前の請求項5?11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。

(4)「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程について
二次訂正請求により訂正された本件特許明細書(以下、「二次訂正明細書」という。)の実施例1には、本件発明に係る「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の発明特定事項を満足する製造方法として、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程が、ケーキの水分含有量が1重量%以下になるまで脱水してから酸素気流中500℃で5時間焼成するものが記載されているのに対して、二次訂正請求により訂正された請求項5に係る発明は、上記「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程に係る発明特定事項を有しないから、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の発明特定事項を満足する製造方法に関して、二次訂正請求により訂正された請求項5の発明特定事項と、二次訂正明細書の記載事項とが合致しない。
このため、二次訂正請求により訂正された請求項5?11の記載はサポート要件に適合しない。

(5)以上のとおり、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

3 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
(1)「前駆体」について
訂正前明細書の【0040】?【0049】、【0051】、【0057】?【0058】から、「前駆体」を、焼成工程により生成するとされる「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」のことと解釈した場合、訂正前実施例1においては、水洗工程の前の焼成工程(以下、「前焼成」という。)によって「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」なる「前駆体」がそれぞれ単独で生成するものといえるが、技術常識からみれば、前焼成において「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」がそれぞれ単独で生成するとは考え難いので、当業者は、前焼成で「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」なる「前駆体」がそれぞれ単独で生成するとされる「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法を実施することができないから、訂正前明細書の発明の詳細な説明は、本件訂正前の請求項1?11に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

(2)「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法について
ア 訂正前明細書には、訂正前実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成が記載されておらず、また、上記2(2)ア(ア)に記載したのと同様の理由により、訂正前実施例からは、いかなる条件を満足することで本件訂正前の請求項1?11の発明特定事項を満たす「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を製造できるのかを理解できない。
また、訂正前実施例においては、訂正前実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性が定量的に測定されていないし、訂正前実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性を定量的に測定することなく、本件発明の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を正極活物質に用いたリチウムイオン電池では放電容量と放電容量保持性の改善が期待できることは疑いようがないということはできない。

イ そうすると、訂正前明細書に記載された訂正前実施例と出願時の技術常識を考慮しても、課題を解決する「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を製造するために、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であると認められるから、本件特許明細書が、物の発明にあっては、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて、その物を生産でき、かつ、使用できるように、方法の発明にあっては、その方法を使用できるように、それぞれ具体的に記載されているということはできない。

(3)以上のとおり、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

4 特許法第29条第1項第3号(新規性)及び第2項(進歩性)について
訂正前発明1?10は、後記甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
訂正前発明11は、後記甲第1号証に記載された発明及び第2号証の記載事項に基づいて、あるいは、甲第1号証に記載された発明及び甲第1?2号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本件特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消されるべきものである。

5 審尋について
二次訂正請求により訂正された発明に係る「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」は、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄する「(7.水洗)」工程に加えて、ケーキの水分含有量が1重量%以下になるまで脱水する「(8.脱水)」工程及び300℃から800℃の「(9.焼成)」工程を経て製造することにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の密度等に係る発明特定事項を満足できるものとも推認されるが、これについて意見があれば釈明されたい。

6 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2011/016372号
甲第2号証:特開2010-70427号公報

第5 取消理由及び審尋についての当審の判断
1 特許法第36条第6項第2号について
(1)本件発明1は、
「以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)…(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」
との発明特定事項を有するものであって、「一般式(2)」自体明確であり、更に「一般式(2)」と「(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)」の記載の間に矛盾点や不整合な点は存在しないから、本件発明1は明確である。
更に、このことは、本件発明5及び本件発明1、5を直接的又は間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9についても同様であるから、本件発明1?6、8及び9は明確であるので、第4の1(1)の取消理由は理由がない。

(2)本件発明1は、
「192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)」
との発明特定事項を有するものであって、プレス機に充てんする粉体の量及び加圧時間が特定されるものであるから、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定できるので、本件発明1は明確である。
更に、このことは、本件発明5及び本件発明1、5を直接的又は間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9についても同様であるから、本件発明1?6、8及び9は明確であるので、上記第4の1(2)の取消理由は理由がない。

(3)本件発明1は、
「上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、」
との発明特定事項を有するものであって、pHを測定する際の水温が「25℃」に特定されるものであるから、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定できるので、本件発明1は明確である。
更に、このことは、本件発明5及び本件発明1、5を直接的又は間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9についても同様であるから、本件発明1?6、8及び9は明確であるので、上記第4の1(3)の取消理由は理由がない。

(4)本件発明5は「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体」との発明特定事項を有するものではなく、本件発明5の「前駆体ケーキ」は、「(3.濾過・洗浄)」工程で得られる「水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる」ものをいうことが明らかであるから、本件発明5及び本件発明5を直接的又は間接的に引用する本件発明6、8及び9は明確であるので、上記第4の1(4)の取消理由は理由がない。

(5)本件発明11は削除されたので、上記第4の1(5)の取消理由は理由がない。

(6)上記(1)?(5)によれば、特許法第36条第6項第2号についての取消理由はいずれも理由がない。

2 特許法第36条第6項第1号について
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識し得る範囲内であるか否か、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし課題を解決できると認識し得る範囲内であるか否かを検討して判断されるべきものであるので、以下、上記観点に基づいて検討する。
(1)本件発明の課題
ア 本件特許明細書には以下の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。また、「…」は記載の省略を表す。以下、同様である。)。
「【0007】
リチウムイオン電池の正極活物質としては、LNCO(Li、Ni、Coの複合酸化物),特にLNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質も検討されている。LNCAOの単位重量当たりの放電容量はコバルト系正極活物質よりも大きく、190mAhg-1を超える。しかしながら、これらの活物質自身の密度が低く電極密度を増大させることが困難であることから、単位体積当たりの放電容量を向上させることが出来なかった。
【0008】
リチウムイオン電池の体積当たりの放電容量と、放電容量保持性には、正極活物質の破壊強度や加圧密度が関連することは、特許文献1,2,3に記載されている。…しかしながら、これらの先行技術ではLNCAO型ニッケル系正極活物質について検討されていない。

【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、放電容量と放電容量保持性が優れたリチウムイオン電池用のLNCAO型正極活物質を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者は、LNCAO系正極活物質粒子の破壊強度、圧縮密度を、電池放電容量と電池放電容量維持性に適した範囲に制御することのできる手段を探索した。…すなわち、本発明では、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物を水洗することにより、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の二次粒子の破壊強度、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の圧縮密度を電池性能に適する範囲に制御できることを見出した。」

イ そして、上記アの本件特許明細書の記載によれば、従来、リチウムイオン電池の正極活物質として、LNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質が検討されているが、これらの活物質自身の密度が低く電極密度を増大させることが困難であることから、単位体積当たりの放電容量を向上させることができなかったものである。
また、リチウムイオン電池の体積当たりの放電容量と放電容量保持性には、正極活物質の破壊強度や加圧密度が関連することは知られていたが、LNCAO型ニッケル系正極活物質の破壊強度や加圧密度については検討されていなかったのであり、本件発明は、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を水洗することにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の二次粒子の破壊強度、圧縮密度を電池性能に適する範囲に制御することで、放電容量と放電容量保持性が優れたリチウムイオン電池用のLNCAO型正極活物質を提供するものである。

ウ 上記イによれば、本件発明は、LNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質の密度が低く電極密度を増大させることが困難であることから、単位体積当たりの放電容量を向上させることが出来ず、更に、LNCAO型ニッケル系正極活物質において、リチウムイオン電池の体積当たりの放電容量と放電容量保持性に関連する破壊強度や加圧密度について検討されていなかった、という課題(以下、「本件課題」という。)を解決するものであって、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を水洗することにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の二次粒子の破壊強度、圧縮密度を電池性能に適する範囲に制御することで、本件課題を解決するものと認められる。

(2)用途について
本件発明1は、「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」との発明特定事項を有し、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」がリチウムイオン二次電池に用いられることが特定されているから、本件課題とは無関係の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を包含するものではなく、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識し得る範囲内であるものといえるので、発明の詳細な説明に記載された発明というべきである。
そして、このことは、本件発明5、6、8及び9についても同様であるので、上記第4の2(1)の取消理由は理由がない。

(3)課題解決の可否について
ア 水洗工程の水量について
(ア)本件発明は、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を水洗することにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の二次粒子の破壊強度、圧縮密度を電池性能に適する範囲に制御することで、本件課題を解決するものと認められることは、上記(1)ウに記載のとおりであって、本件特許明細書の【0040】?【0052】によれば、本件発明においては、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、10?300重量%の水で水洗する「(7.水洗)」工程、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程を含む、1?9の工程を経て製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が、本件発明1の、「二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である」、との発明特定事項(以下、「物性要件」という。)を満足することで、本件課題を解決するものといえる。
そして、そのようにして製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の「物性要件」は、「(7.水洗)」工程の水量のみならず、少なくとも「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程の処理条件にも左右されると推認されるから、本件特許明細書の【0057】?【0064】に記載される、20?50重量%の水で水洗する参考例2?4(以下、「本件参考例」という。)が上記「物性要件」を満たさないか、又は上記「物性要件」を満たすか否かが明らかでないとしても、このことから直ちに、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、20?50重量%といった少ない水量の水で水洗することで製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が、上記「物性要件」を満たさないものとなるということはできない。

(イ)上記(ア)によれば、本件特許明細書の記載に接した当業者は、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗する「(7.水洗)」工程、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」を含む、1?9の工程を経て製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」であって、上記「物性要件」を満足する「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」により、本件課題を解決できることを理解する。

(ウ)そうすると、上記「物性要件」を有する本件発明1は、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識し得る範囲内であるものといえるから、発明の詳細な説明に記載された発明というべきである。
そして、このことは、本件発明5及び本件発明1、5を直接的又は間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9についても同様であるから、上記第4の2(2)アの取消理由は理由がない。

イ 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成について
(ア)上記(1)アの本件特許明細書の記載によれば、本件発明は、一般的なLNCAO型ニッケル系正極活物質に係るものであって、特段、組成に特徴を有するものとはいえない。
また、本件特許明細書の記載に接した当業者は、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗する「(7.水洗)」工程、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」を含む、1?9の工程を経て製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」であって、上記「物性要件」を満足する「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」により、本件課題を解決できることを理解することは、上記ア(イ)に記載のとおりである。

(イ)上記(ア)によれば、本件発明は、一般的なLNCAO型ニッケル系正極活物質に係る「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が上記「物性要件」を満足することを技術的特徴とするものといえ、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成に技術的特徴を有するものではないから、本件発明における「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成は、従来使用されるものと同等の一般的なものに過ぎないと解するのが妥当であり、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件発明は、従来使用されるものと同等の一般的な組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が上記「物性要件」を満足することで、本件課題を解決するものと理解する。

(ウ)してみれば、本件特許明細書の【0057】?【0064】に記載される実施例(以下、「本件実施例」という。)に、組成が明らかでなく、かつ特定の1つの組成の実施例が開示されているのみであるとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、上記「物性要件」を有する本件発明1、5及び本件発明1及び5を直接的または間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9により本件課題を解決できることを理解できるから、上記ア(ウ)に記載したのと同様の理由により、本件発明1?6、8及び9は発明の詳細な説明に記載された発明というべきであるので、上記第4の2(2)イの取消理由は理由がない。

ウ 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性について
(ア)本件特許明細書の記載に接した当業者は、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗する「(7.水洗)」工程、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」を含む、1?9の工程を経て製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」であって、上記「物性要件」を満足する「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」により、本件課題を解決できることを理解することは、上記ア(イ)に記載のとおりであるから、当業者は、本件実施例において製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性が定量的に測定されていないとしても、本件発明1、5及び本件発明1及び5を直接的または間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9により本件課題を解決できることを理解する。

(イ)なお、甲第1号証([0013]、[0035]?[0038])には、焼成物を水洗した後、濾過、乾燥してリチウムニッケル複合酸化物を得る際、粉末に含まれる水が大量に蒸発する段階(第一段階)において、多量の水を含む状態でリチウムニッケル複合酸化物が90℃を超える温度に達すると、乾燥後のリチウムニッケル複合酸化物の電気導電性を大きく損ねてしまうことが記載される一方、本件特許明細書の【0057】、【0058】、【0062】、【0064】によれば、本件実施例は、水洗工程の後分離されたケーキを100℃でケーキの水分含有量が1重量%以下になるまで真空乾燥を行うものであり、甲第1号証において電気導電性を大きく損ねてしまうとされる、多量の水を含む状態でリチウムニッケル複合酸化物が90℃を超える温度に達したものといえるが、本件実施例は上記「物性要件」を有するものであるから、甲第1号証の記載にかかわらず、本件課題を解決できるものである。

(ウ)上記(ア)、(イ)によれば、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件実施例において「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性が定量的に測定されていないとしても、本件発明1、5及び本件発明1及び5を直接的または間接的に引用する本件発明2?4、6、8及び9により本件課題を解決できることを理解できるから、上記ア(ウ)に記載したのと同様の理由により、本件発明1?6、8及び9は発明の詳細な説明に記載された発明というべきであるので、上記第4の2(2)ウの取消理由は理由がない。

(4)「前駆体」について
本件発明5、6、8及び9は、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体前駆体を製造するための焼成工程の後に、水洗工程を有し、」との発明特定事項を有するものではなく、その発明特定事項は、本件特許明細書の明細書の発明の詳細な説明の記載事項と合致するので、本件発明5、6、8及び9は発明の詳細な説明に記載された発明というべきである。
したがって、上記第4の2(3)の取消理由は理由がない。

(5)「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」工程について
本件発明5、6、8及び9は、「(8.脱水)ニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量が1.0重量%以下になるまで、水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物を除く。(9.焼成)脱水工程の後に、300℃から800℃の温度でニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。」、との発明特定事項を有するから、「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の発明特定事項を満足する製造方法に関して、本件発明5、6、8及び9の発明特定事項と、本件特許明細書の本件実施例の記載事項とは合致するので、本件発明5、6、8及び9はサポート要件に適合するというべきである。
したがって、上記第4の2(4)の取消理由は理由がない。

(6)小括
よって、特許法第36条第6項第1号についての取消理由はいずれも理由がない。

3 特許法第36条第4項第1号について
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者が明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があることを要し、方法の発明にあっては、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用することができる程度の記載があることを要するので、以下、上記観点に基づいて検討する。
(1)「前駆体」について
本件発明5、6、8及び9は、「(6.焼成)」工程において「前駆体」を製造するものではなく、また、本件特許明細書の【0040】?【0051】、【0057】?【0058】によれば、本件発明は、「(3.濾過・洗浄)」工程で水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる「前駆体ケーキ」を得て、「(4.乾燥)」工程で「前駆体ケーキ」を乾燥し、「(5.粉体混合)」工程で乾燥後の「前駆体粉末」に水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合し、「(6.焼成)」工程で混合物を酸素存在下で焼成するものであるから、本件特許明細書の【0046】?【0048】の「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」を、焼成工程により生成する「前駆体」と解する余地はない。
そうすると、本件発明は、焼成により「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」なる「前駆体」がそれぞれ単独で生成するものではないから、当業者は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を生産でき、かつ、使用できるし、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法を使用することができるので、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合するというべきである。
したがって、上記第4の3(1)の取消理由は理由がない。

(2)「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法について
ア 本件実施例に、組成が明らかでなく、かつ特定の1つの組成の実施例が開示されているのみであるとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、上記「物性要件」を有する本件発明1?6、8及び9により本件課題を解決できることを理解できることは、上記2(3)イ(ウ)に記載のとおりであり、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件実施例において製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性が定量的に測定されていないとしても、本件発明1?6、8及び9により本件課題を解決できることを理解できることは、同ウ(ウ)に記載のとおりである。

イ そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1?6、8及び9の発明特定事項を満たす実施例として、本件実施例1、5及び6が記載されているのであり、このことと上記アによれば、当業者は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件課題を解決できる「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を生産でき、かつ、使用できるし、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法を使用することができるので、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合するというべきである。
したがって、上記第4の3(2)の取消理由は理由がない。

(3)小括
よって、特許法第36条第4項第1号についての取消理由はいずれも理由がない。

4 特許法第29条第1項第3号及び第2項について
(1)甲第1号証の記載事項及び甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証には、以下(1a)?(1d)の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。)。
(1a)「[請求項1]次の式(1)
Li_(b)Ni_(1-a)M_(a)O_(2) …………(1)
(式中、Mは副成分であり、Ni以外の遷移金属元素、2族元素、または13族元素から選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは、0.01≦a≦0.5、bは、0.9≦b≦1.1である。)で表される正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物を製造する方法であって、
下記(イ)?(ハ)の工程を含むことを特徴とする正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物の製造方法。
(イ)主成分としてニッケルを、かつ副成分として他の遷移金属元素、2族元素、または13族元素から選ばれる少なくとも1種の元素を含有するニッケル水酸化物またはニッケルオキシ水酸化物を調製するか、或いは引き続き得られたニッケル水酸化物またはニッケルオキシ水酸化物を焙焼してニッケル酸化物を調製するかのいずれかの方法により、ニッケル水酸化物、ニッケルオキシ水酸化物またはニッケル酸化物から選ばれるニッケル化合物を用意する。
(ロ)前記ニッケル化合物中のニッケルと副成分の合計量に対してリチウム化合物中のリチウム量がモル比で1.00?1.15になるように、ニッケル化合物とリチウム化合物とを混合した後、酸素雰囲気下、最高温度が650?850℃の範囲で焼成する。
(ハ)前記(ロ)で得られた焼成物を水洗した後、濾過、乾燥してリチウムニッケル複合酸化物を得る際、乾燥を二段階で行い、第一段階の乾燥を、リチウムニッケル複合酸化物中の水分(気化温度300℃で測定した水分率)が1質量%以下になるまでは90℃以下で行い、その後、第二段階の乾燥を120℃以上で行う。
・・・
[請求項7]請求項1?6のいずれか一つに記載された製造方法により得られることを特徴とする正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物。」(請求の範囲)

(1b)「[0056](実施例1)
以下のニッケル水酸化物を調製する工程、ニッケル酸化物を調製する工程、焼成工程、及び水洗乾燥工程の一連の工程によって、リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を製造し、さらにこれを正極材料とするコイン電池を作製しインピーダンスにて評価した。なお、焼成後のリチウムニッケル複合酸化物の各金属成分のモル比が、Ni:Co:Al:Li=0.82:0.15:0.03:1.02となるように各原料を秤量した。
[0057](1)ニッケル水酸化物を調製する工程
まず、硫酸ニッケル六水和物(和光純薬製)、硫酸コバルト七水和物(和光純薬製)、及び硫酸アルミニウム(和光純薬製)を上記モル比となるよう混合し水溶液を調製した。この水溶液をアンモニア水(和光純薬製)および苛性ソーダ水溶液(和光純薬製)と同時に、50℃に保温された水をはった吐出口付攪拌反応槽中に滴下した。ここで、pHを11.5に保持し、滞留時間が11時間となるよう制御した反応晶析法により、1次粒子が凝集した球状の水ニッケル酸化物粒子を製造した。
[0058](2)焼成粉末を調製する工程
得られたニッケル水酸化物に、上記組成となるように水酸化リチウム一水和物(和光純薬製)を加え、Vブレンダーを用いて混合した。得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で600℃で3時間仮焼した後、760℃で20時間本焼成した。その後、室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い一次粒子が凝集した球状焼成粉末を得て、その組成を分析した。組成の分析結果を表1に示す。
[0059](3)水洗乾燥工程
得られた焼成粉末に、純水を加えて濃度を1200g/Lとしたスラリーを50分間撹拌して水洗した後、濾過して取り出した粉末を焼成粉末の温度80℃で15時間保持(乾燥の第1段階)しながら真空乾燥を行った。焼成粉末の水分率が1質量%以下となったことを確認後、さらに焼成粉末の温度を150℃に上げて本乾燥を行い、リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を得た。なお、乾燥後の水分率は、0.05質量%であった。また、乾燥後の焼成粉末の比表面積を測定した。比表面積の測定結果を表2に示す。」

(1c)「[0072](実施例8)
焼成工程における本焼成の温度を850℃としたこと以外は実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。結果を表1、2に示す。」

(1d)「[0081]
[表1]



イ 上記ア(1a)によれば、甲第1号証には「正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物の製造方法」が記載されており、上記ア(1b)によれば、当該「正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物の製造方法」は、「ニッケル水酸化物を調製する工程」、「ニッケル酸化物を調製する工程」、「焼成工程」、及び「水洗乾燥工程」の一連の工程によって、リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を製造するものである。
また、上記ア(1a)によれば、甲第1号証には、上記「正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物の製造方法」により得られる「正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物」に係る発明が記載されているといえる。

ウ そして、上記ア(1c)、(1d)の実施例8に注目すると、甲第1号証には、
「正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物を製造する方法であって、
下記(1)?(3)の工程からなる正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物の製造方法により得られる、水洗前化学組成がLi_(1.02)Ni_(0.83)Co_(0.14)Al_(0.03)O_(2)であり、水洗後化学組成がLi_(0.95)Ni_(0.83)Co_(0.14)Al_(0.03)O_(2)である、正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物。
(1)ニッケル水酸化物を調製する工程
焼成後のリチウムニッケル複合酸化物の各金属成分のモル比が、Ni:Co:Al:Li=0.82:0.15:0.03:1.02となるように各原料を秤量した、硫酸ニッケル六水和物(和光純薬製)、硫酸コバルト七水和物(和光純薬製)、及び硫酸アルミニウム(和光純薬製)を混合して水溶液を調製し、この水溶液をアンモニア水(和光純薬製)および苛性ソーダ水溶液(和光純薬製)と同時に、50℃に保温された水をはった吐出口付攪拌反応槽中に滴下し、ここで、pHを11.5に保持し、滞留時間が11時間となるよう制御した反応晶析法により、1次粒子が凝集した球状の水ニッケル酸化物粒子を製造する。
(2)焼成粉末を調製する工程
得られたニッケル水酸化物に水酸化リチウム一水和物(和光純薬製)を加え、Vブレンダーを用いて混合し、得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で600℃で3時間仮焼した後、850℃で20時間本焼成し、その後、室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い一次粒子が凝集した球状焼成粉末を得る。
(3)水洗乾燥工程
得られた焼成粉末に、純水を加えて濃度を1200g/Lとしたスラリーを50分間撹拌して水洗した後、濾過して取り出した粉末を焼成粉末の温度80℃で15時間保持(乾燥の第1段階)しながら真空乾燥を行い、焼成粉末の水分率が1質量%以下となったことを確認後、さらに焼成粉末の温度を150℃に上げて本乾燥を行い、リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を得る。」の発明(以下、「甲1発明」という。)、
及び、
「水洗前化学組成がLi_(1.02)Ni_(0.83)Co_(0.14)Al_(0.03)O_(2)であり、水洗後化学組成がLi_(0.95)Ni_(0.83)Co_(0.14)Al_(0.03)O_(2)である、正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物を製造する方法であって、
下記(1)?(3)の工程からなる、正極活物質用リチウムニッケル複合酸化物の製造方法。
(1)ニッケル水酸化物を調製する工程
まず、焼成後のリチウムニッケル複合酸化物の各金属成分のモル比が、Ni:Co:Al:Li=0.82:0.15:0.03:1.02となるように各原料を秤量した、硫酸ニッケル六水和物(和光純薬製)、硫酸コバルト七水和物(和光純薬製)、及び硫酸アルミニウム(和光純薬製)を混合して水溶液を調製し、この水溶液をアンモニア水(和光純薬製)および苛性ソーダ水溶液(和光純薬製)と同時に、50℃に保温された水をはった吐出口付攪拌反応槽中に滴下し、ここで、pHを11.5に保持し、滞留時間が11時間となるよう制御した反応晶析法により、1次粒子が凝集した球状の水ニッケル酸化物粒子を製造する。
(2)焼成粉末を調製する工程
得られたニッケル水酸化物に水酸化リチウム一水和物(和光純薬製)を加え、Vブレンダーを用いて混合し、得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で600℃で3時間仮焼した後、850℃で20時間本焼成し、その後、室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い一次粒子が凝集した球状焼成粉末を得る。
(3)水洗乾燥工程
得られた焼成粉末に、純水を加えて濃度を1200g/Lとしたスラリーを50分間撹拌して水洗した後、濾過して取り出した粉末を焼成粉末の温度80℃で15時間保持(乾燥の第1段階)しながら真空乾燥を行い、焼成粉末の水分率が1質量%以下となったことを確認後、さらに焼成粉末の温度を150℃に上げて本乾燥を行い、リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を得る。」の発明(以下、「甲1’発明」という。)が記載されているといえる。

(2)対比・判断
(2-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比した場合、本件発明1と甲1発明とは、少なくとも、以下の点で相違する。
相違点1:本件発明1は、上記「物性要件」に係る発明特定事項を有するのに対して、甲1発明は上記「物性要件」に係る発明特定事項を有するか否かが明らかでない点。

イ 判断
(ア)以下、上記アの相違点1について検討すると、本件特許明細書の【0039】?【0052】によれば、本件発明1は、「(7.水洗)」工程で水洗し、「(8.脱水)」工程において水含有量を1.0重量%以下とした後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、「(9.焼成)」工程において300℃から800℃の温度で焼成して、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」とするものである。
一方、甲1発明は、「(3)水洗乾燥工程」において、水洗後、真空乾燥を行い、焼成粉末の水分率が1質量%以下となったことを確認後、さらに焼成粉末の温度を150℃に上げて「本乾燥」を行い、リチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を得るものである。
そして、甲1発明の「本乾燥」は本件発明の「(9.焼成)」工程に相当するから、本件発明1と甲1発明とは、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の製造方法が、少なくとも、「(9.焼成)」工程の加熱温度について相違する。

(イ)更に、「(9.焼成)」工程の加熱温度は、製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の「二次粒子の破壊強度」等の物性に影響を及ぼすことが推認されるので、「(9.焼成)」工程の加熱温度が本件発明1とは異なる甲1発明が上記「物性要件」を満たすものとはいえないから、上記相違点1は実質的な相違点である。
そうすると、本件発明1と甲1発明との間には実質的な相違点が存在するので、そのほかの相違点について検討するまでもなく、本件発明1が甲1発明であるとはいえない。

(ウ)更に、甲1発明において、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を、上記「物性要件」を有するものとする動機付けは存在しないから、甲1発明において、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることを、甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、本件特許の優先日における周知技術に基づいて、当業者が容易になし得るものではないので、そのほかの相違点について検討するまでもなく、本件発明1を、甲1発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、甲1発明及び本件特許の優先日における周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(エ)上記(イ)、(ウ)によれば、本件発明1が甲1発明であるとはいえないし、本件発明1を、甲1発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、甲1発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2-2)本件発明2?4について
本件発明2?4は、直接的または間接的に本件発明1を引用するものであって、本件発明2?4と甲1発明とを対比した場合、いずれの場合であっても、上記(2-1)アの相違点1の点で相違する。
すると、上記(2-1)イ(イ)及び(ウ)に記載したのと同様の理由により、そのほかの相違点について検討するまでもなく、本件発明2?4が甲1発明であるとはいえないし、本件発明2?4を、甲1発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、甲1発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2-3)本件発明5について
ア 上記(2-1)アと同様にして本件発明5と甲1’発明とを対比すると、本件発明5と甲1’発明とは、少なくとも、以下の点で相違する。
相違点1’:本件発明5は、上記「物性要件」に係る発明特定事項を有するのに対して、甲1’発明は上記「物性要件」に係る発明特定事項を有するか否かが明らかでない点。

イ そして、上記アの相違点1’は上記(2-1)アの相違点1と実質的に同じものであるから、上記(2-1)イ(イ)及び(ウ)に記載したのと同様の理由により、そのほかの相違点について検討するまでもなく、本件発明5が甲1’発明であるとはいえないし、本件発明5を、甲1’発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、甲1’発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2-4)本件発明6、8及び9について
本件発明6、8及び9は、直接的または間接的に本件発明5を引用するものであって、本件発明6、8及び9と甲1’発明とを対比した場合、いずれの場合であっても、上記(2-3)アの相違点1’の点で相違する。
すると、上記(2-3)イに記載したのと同様の理由により、そのほかの相違点について検討するまでもなく、本件発明6、8及び9が甲1’発明であるとはいえないし、本件発明6、8及び9を、甲1’発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、甲1’発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)小括
したがって、本件発明1?6、8及び9は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、又は、甲第1号証に記載された発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないので、特許法第29条第1項第3号及び第2項についての取消理由はいずれも理由がない。

5 審尋について
審尋における当審の判断に対応するように訂正され、本件発明に係る「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」は、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄する「(7.水洗)」工程に加えて、ケーキの水分含有量が1重量%以下になるまで脱水する「(8.脱水)」工程及び300℃から800℃の「(9.焼成)」工程を経て製造することにより、上記「物性要件」に係る発明特定事項を満足できることが明らかとなった。

6 申立人意見書について
(1)申立人意見書の主張の概要
申立人意見書の主張の概要は、以下のとおりである。
(1-1)特許法第29条第1項第3号、第2項について
本件発明1?6、8及び9は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1号証に記載された発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(1-2)特許法第36条第6項第2号について
ア 第1の理由
本件発明5の「前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。」との発明特定事項は、「1重量%程度」の意味が不明確であるので、本件発明5は明確でない。

イ 第2の理由
本件特許明細書の【0045】?【0048】によれば、本件発明の「(6.焼成)」工程により、「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」が得られる一方、「(6.焼成)」工程の後の「(7.水洗)」工程では、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」である「LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2)」を洗浄するのであるから、「(6.焼成)」工程で得られる生成物と、「(6.焼成)」工程の後の「(7.水洗)」工程で水洗を行う「ニッケルリチウム金属複合酸化物」が相違するので、訂正により本件発明5に導入された「(1.原料の溶解)」工程?「(6.焼成)」工程と「(7.水洗)」工程との関連性が明らかでなく、本件発明5の発明特定事項同士の関連がないので、本件発明5は明確でない。

(1-3)特許法第36条第6項第1号について
ア 第1の理由
「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して20%?50%の水量で洗浄する本件参考例2?4は上記「物性要件」を満たさず、水洗工程における水の量が50%以下の場合には目的物が得られないのであるから、水洗工程における水の量を50%よりも多くすることは必須の要件であるのに、本件発明5、6、8及び9は係る発明特定事項を含まないので、サポート要件を満たさない。

イ 第2の理由
本件実施例には、組成が明らかでなく、かつ特定の1つの組成の実施例が開示されているのみであり、組成に関して本件実施例を本件発明1?6、8及び9まで拡張ないし一般化できないので、本件発明1?6、8及び9はサポート要件を満たさない。

ウ 第3の理由
本件実施例においては放電容量や放電容量維持率について何ら評価を行っていないから、当業者は、本件発明1?6、8及び9により課題を解決できることを理解できない。
また、本件特許明細書の【0010】には、「本発明は、放電容量と放電容量保持性が優れたリチウムイオン電池用のLNCAO型正極活物質を提供することを課題とする。」と本件発明の課題が明記されており、令和 2年 8月 6日付け意見書の5頁下から9行目?6頁3行目における、特許権者の「本件発明の課題は、二次粒子の破壊強度、圧縮密度、水分散液のpH、水分散液のLiOH含有量の全てを調節することにあり、LNCAO粉末において特定の放電容量や放電容量保持率を観測することは、本件発明の課題として理解されるべきでない」旨の主張は本件特許明細書の記載に基づくものではなく、妥当性を欠いているから、本件発明1?6、8及び9はサポート要件を満たさない。

(2)当審の判断
(2-1)特許法第29条第1項第3号、第2項について
「(9.焼成)」工程の加熱温度が本件発明1とは異なる甲1発明が上記「物性要件」を満たすものとはいえないこと、及び、甲1発明において、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を、上記「物性要件」を有するものとする動機付けは存在しないことは、上記4(2)(2-1)イ(イ)、(ウ)に記載のとおりであるから、本件発明1?6、8及び9が、甲第1号証に記載された発明であるとも、甲第1号証に記載された発明及び本件特許の優先日時点における周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないので、申立人の上記(1)(1-1)の主張は採用できない。

(2-2)特許法第36条第6項第2号について
ア 第1の理由について
本件特許明細書の【0043】?【0044】によれば、本件発明5は、「(4.乾燥)」工程の後に、「(5.粉体混合)」工程において、乾燥後の前駆体粉体に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合するものである。
そうすると、「(4.乾燥)」工程の「1重量%程度」の意味は、乾燥後の前駆体粉体に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合できる範囲であって、測定値が「1重量%」といえる範囲の水分量を意味していることが明らかであるので、本件発明5は明確であるというべきである。

イ 第2の理由について
本件特許明細書の【0046】?【0048】の「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」を、焼成工程により生成する「前駆体」と解する余地はなく、本件発明は、焼成により「LiCoO_(2)」、「LiAlO_(2)」、「LiNiO_(2)」なる「前駆体」がそれぞれ単独で生成するものではないことは、上記3(1)に記載のとおりである。
そして、本件発明においては、「(6.焼成)」工程により、最終的に「一般式(2)」で表される「ニッケルリチウム金属複合酸化物」が生成することは明らかであるから、「(6.焼成)」工程で得られる生成物と「(7.水洗)」工程で水洗を行う「ニッケルリチウム金属複合酸化物」が相違するものではない。
すると、訂正により本件発明5に導入された「(1.原料の溶解)」工程?「(6.焼成)」工程と「(7.水洗)」工程との関連性は明らかであり、本件発明5の発明特定事項同士の関連がないとはいえないので、本件発明5は明確であるというべきである。

ウ 上記ア、イによれば、本件発明5は明確であるというべきであるので、申立人の上記(1)(1-2)ア、イの主張はいずれも採用できない。

(2-3)特許法第36条第6項第1号について
ア 第1の理由について
(ア)本件特許明細書の記載に接した当業者は、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗する「(7.水洗)」工程、「(8.脱水)」工程及び「(9.焼成)」を含む、1?9の工程を経て製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」であって、上記「物性要件」を満足する「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」により、本件課題を解決できることを理解することは、上記2(3)ア(イ)に記載のとおりである。
また、20?50重量%の水で水洗する本件参考例2?4が上記「物性要件」を満たさないか、又は上記「物性要件」を満たすか否かが明らかでないとしても、このことから直ちに、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、20?50重量%といった少ない水量の水で水洗することで製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が、上記「物性要件」を満たさないものとなるということはできないことは、上記2(3)ア(ア)に記載のとおりであるから、水洗工程における水の量を50%よりも多くすることが必須の要件であるとはいえない。

(イ)そして、焼成後の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、その重量に対して10?300重量%の水で水洗する「(7.水洗)」工程を含む、1?9の工程を経て製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」であって、上記「物性要件」を満足する「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を製造する製造方法は、本件発明5、6、8及び9の製造方法にほかならず、このことと上記(ア)によれば、本件発明5、6、8及び9はサポート要件に適合するというべきである。

イ 第2の理由について
本件実施例に、組成が明らかでなく、かつ特定の1つの組成の実施例が開示されているのみであるとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、上記「物性要件」を有する本件発明1?6、8及び9により本件課題を解決できることを認識できることは、上記2(3)イ(ウ)に記載のとおりであるから、本件発明1?6、8及び9はサポート要件に適合するというべきである。

ウ 第3の理由について
本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件実施例において製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の放電容量及び放電容量保持性が定量的に測定されていないとしても、本件発明1?6、8及び9により本件課題を解決できることを認識できることは、上記2(3)ウ(ウ)に記載のとおりであり、このことは、令和 2年 8月 6日付け意見書の5頁下から9行目?6頁3行目における特許権者の主張が本件特許明細書の記載に基づくものといえるか否かに左右されるものでもないから、本件発明1?6、8及び9はサポート要件に適合するというべきである。

エ 上記ア?ウによれば、本件発明1?6、8及び9はサポート要件に適合するというべきであるので、申立人の上記(1)(1-3)ア?ウの主張はいずれも採用できない。

(3)小括
よって、申立人意見書における申立人の主張はいずれも採用できない。

第6 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び申立人の主張する特許異議の申立理由によっては、本件発明1?6、8及び9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?6、8及び9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項7、10及び11に係る特許は、本件訂正により削除されたため、本件特許の請求項7、10及び11に係る特許に対して申立人がした特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明はニッケルリチウム金属複合酸化物粉体、これを含むリチウムイオン電池正極活物質、該活物質を用いたリチウムイオン電池正極、該正極を用いたリチウムイオン電池、及び上記ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォン、タブレット型パソコン等の小型電子機器の普及により、ユーザーが屋外で長時間これら小型電子機器を携帯し利用することは、もはや一般的になっている。そのため、これら小型電子機器の電源である電池には長時間の使用に耐える高容量の電池であることが求められており、そのような要求を満たすリチウムイオン二次電池が盛んに研究開発されている。同時に、スマートフォン、タブレット型パソコン等の小型電子機器の更なる高機能化、高性能化が図られており、そのような高機能・高性能小型電子機器では消費電力の増大が避けられない。したがって、電池の高容量化への要求がますます高まっている。
【0003】
また、近年は、エネルギー受給に対する危機意識や環境志向の高まりによって、風力発電、メガソーラー発電、家庭用太陽光発電と言った、従来型の集中型発電所とは異なる独立分散型発電設備の設置が増えている。しかしながら、風力発電、太陽光発電等の自然エネルギーを利用した発電設備が従来の発電施設に比べて電気供給の安定性に劣るという問題は、未だ解決されていない。2011年3月11日に発生した東日本大震災、その後に引き起こされた原子力発電所停止にかかる給電状況の悪化以来、地震等の災害発生時に事業所や家庭単位の電力確保が重要であることが広く認識されるようになってきた。このため、消費地点単位で電源を確保する定置用蓄電池に注目が集まっている。しかしながら、現在の技術によれば、このような定置用蓄電池によって電気容量を確保するためには非常に大きな蓄電設備が必要とされる。このため、日本の住宅環境においてはそのような蓄電設備は、現時点では実用性を欠く。
【0004】
更に自動車産業においては、エネルギー効率のよい電気自動車、ハイブリッド自動車に注目が集まり、これらの自動車の開発が盛んに行われている。しかしながら、電池容量の不足による航続距離の不十分さ、加えて市中における充電設備の絶対的不足という問題は解決されていない。そのため、現時点では、電気エネルギーだけで動く電気自動車は、ハイブリッド自動車ほどには普及していない。
【0005】
上述のような、電子機器、電力確保、自動車などの産業を支える共通の製品の一つがリチウムイオン電池である。上述のような問題点に共通する原因が、リチウムイオン電池の体積当たりの容量が足りないことにある。リチウムイオン電池の体積当たりの容量が足りないという問題を引き起こす大きな要因は、リチウムイオン二次電池に用いられる正極活物質の単位体積当たりの放電容量が小さいことである。
【0006】
リチウムイオン電池の正極活物質としては、コバルト酸リチウム(LCO)に代表されるコバルト系正極活物質が用いられてきた。コバルト酸リチウムを用いて電極を作製すると、電極密度は1立方センチメートル当たり3.9gを超える大密度を達成できる。しかしその一方、コバルト酸リチウム自身の放電容量は実質150mAh/g程度と低い。
【0007】
リチウムイオン電池の正極活物質としては、LNCO(Li、Ni、Coの複合酸化物),特にLNCAO(Li、Ni、Co、Alの複合酸化物)に代表されるニッケル系正極活物質も検討されている。LNCAOの単位重量当たりの放電容量はコバルト系正極活物質よりも大きく、190mAhg-1を超える。しかしながら、これらの活物質自身の密度が低く電極密度を増大させることが困難であることから、単位体積当たりの放電容量を向上させることが出来なかった。
【0008】
リチウムイオン電池の体積当たりの放電容量と、放電容量保持性には、正極活物質の破壊強度や加圧密度が関連することは、特許文献1,2,3に記載されている。特許文献1には、LCO系正極活物質の組成と平均粒子径を制御することによって、該活物質の破壊強度を調節することが記載されている。特許文献2には、正極活物質の原料であるNi-Co水酸化物のNi原子とCo原子の量比と粉体特性を制御することにより得られるLNCO型正極活物質の圧縮強度を調節することが記載されている。特許文献3には、活物質の製造において特殊な噴霧乾燥方法を用いることによってLNMCO型正極活物質の加圧密度を調節することが記載されている。しかしながら、これらの先行技術ではLNCAO型ニッケル系正極活物質について検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】 特開2004-220897号公報
【特許文献2】 特開2001-80920号公報
【特許文献3】 特開2012-253009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、放電容量と放電容量保持性が優れたリチウムイオン電池用のLNCAO型正極活物質を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者は、LNCAO系正極活物質粒子の破壊強度、圧縮密度を、電池放電容量と電池放電容量維持性に適した範囲に制御することのできる手段を探索した。その結果、驚くべきことに、従来技術で提案されてきた、原料の選択や活物質の粒子径を直接制御する特殊な方法でない、簡易な手段を見出した。すなわち、本発明では、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物を水洗することにより、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の二次粒子の破壊強度、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の圧縮密度を電池性能に適する範囲に制御できることを見出した。
【0012】
本発明は以下のものである。
(発明1)以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下であることを特徴とする、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
(発明2)発明1のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
(発明3)発明2のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
(発明4)発明3のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
(発明5)以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化2】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
以下の工程1?6の後に、(7.水洗)工程を有し、
(1.原料の溶解)原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥のいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。
上記(7.水洗)工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄すること、
さらに、以下の工程8,9を有すること、
(8.脱水)ニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量が1.0重量%以下になるまで、水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物を除く。
(9.焼成)脱水工程の後に、300℃から800℃の温度でニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。
を特徴とする、リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明6)水洗工程を、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して50?100%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする、発明5のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明8)脱水工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、発明5または6のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
(発明9)脱水工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、発明5または6のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【発明の効果】
【0034】
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、体積当たりの放電容量が高く、放電容量保持性に優れている。
【0035】
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を構成するニッケルリチウム金属複合酸化物は、以下の一般式(2)で表される化合物である。
【0036】
【化3】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
【0039】
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、以下の方法により製造することができる。
【0040】
(1.原料の溶解)原料としては、一般式(1)を構成する金属の、硫酸塩、硝酸塩などの可溶性金属塩を用いることができる。硝酸塩を用いた場合、硝酸性窒素を含む廃液処理にコストがかかるため、硝酸塩の使用は工業的には好ましくない。通常は一般式(1)を構成する金属の硫酸塩が用いられる。本発明の低アルカリ性LNCAO系正極活物質の製造方法では、まず、原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
【0041】
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
【0042】
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純粋で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
【0043】
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥などのいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
【0044】
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
【0045】
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。焼成により、以下の反応が起こる。
【0046】
【化5】
4Co(OH)_(2) + 4LiOH + O_(2)
→ 4LiCoO_(2) + 6H_(2)O
【0047】
【化6】
Al(OH)_(3) + LiOH
→ LiAlO_(2) + 2H_(2)O
【0048】
【化7】
4Ni(OH)_(2) + 4LiOH + O_(2) →
4LiNiO_(2) + 6H_(2)O
【0049】
(7.水洗)本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造では、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物を水洗する。焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物を、その重量に対して10?300重量%、好ましくは20?300重量%、さらに好ましくは50?100重量%の水で水洗する。使用する水の量がこの範囲であれば水洗の効果が十分であり、所望の粒子破壊強度を得ることが出来、電池性能が良好となる。
【0050】
(8.脱水)水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物は、多量の水分を含む。水洗工程
の後の脱水工程では、ニッケルリチウム金属複合酸化物の水分を除く。脱水は濾過にて行う。あるいは脱水は濾過と、これに続く真空乾燥にて行う。脱水工程を経て、ニッケルリチウム金属複合酸化物の水分の大部分が除かれる。乾燥後のニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量は、次の焼成工程の効率に適する程度であればよく、通常は1.0重量%以下、好ましくは、0.5重量%以下、さらに好ましくは0.1重量%以下である。粗取り後の水分値がこの範囲であれば、電池性能が良好となり、乾燥工程における生産効率上無駄が生じることもなく好ましい。
【0051】
(9.焼成)脱水工程の後に、ニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。焼成の温度は300℃から800℃である。この際の焼成温度がこの範囲であれば、水分の除去が十分となり、活物質の結晶構造破壊が発生することもなく、電池性能が良好となる。
【0052】
上記1?9の工程を経て、本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体が完成する。上述の水洗工程を有する製造方法によって、本発明では二次粒子の破壊強度と圧縮密度が制御されたニッケルリチウム金属複合酸化物粉体が得られる。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体をリチウムイオン電池正極活物質として用いると、活物質を電極上に高密度で配置でき、電池性能が向上する。
【0053】
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の優れた物性は、その製造方法において上述の(7.水洗)工程を設けたことに起因すると考えられる。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の放電特性は、上記水洗を行わなかったものと比較して劣化しない。即ち、上記水洗によって、結晶層間からのリチウムイオン脱離のような、放電特性を悪化させる事象は起きないと推測できる。しかも、本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の粒径分布は、上記水洗を行わなかったものと比較して大きな変化は無い。即ち、上記水洗によって、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の凝集或いは粒子破壊のような好ましくない事象も起きないと推測できる。
【0054】
このように、本発明では、放電特性や粒子特性を悪化させることなく、正極活物質材料の破壊強度や圧縮密度を制御することに成功した。従来、リチウムイオン電池正極活物質の水洗によって種々の弊害が懸念されてきたにもかかわらず、本発明でこのような成果が得られたことは驚くべきものである。
【0055】
本発明では、さらに、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体に含まれる電池性能にとって好ましくない成分が低減されている。好ましくない成分としては、例えば、正極剤スラリーのゲル化を引き起こすLiOHなどのアルカリ性Li化合物、が挙げられる。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体に含まれるLiOHの量は滴定による測定の結果、0.1重量%未満に低減されている。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体2gを100gの水に分散させた上澄のpHは11.0未満に低減されている。
【0056】
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体は、リチウムイオン電池の正極活物質として利用できる。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体のみでリチウムイオン電池の正極活物質を構成してもよいし、本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体に、その長所が発現する程度の量で他のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を混合してもよい。例えば、本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物50重量部と、本発明以外のリチウムイオン二次電池用正極活物質を50重量部を混合したものを正極活物質として用いることができる。リチウムイオン電池の正極を製造する場合には、上述の本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を含む正極活物質、導電助剤、バインダー、分散用有機溶媒を加えて正極用合剤スラリーを調製し、電極に塗布する。
【実施例】
【0057】
[実施例1]
硫酸ニッケル及び硫酸コバルトを溶解させた水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を加え、生じた沈殿を濾過、洗浄、乾燥した。水酸化ニッケル-水酸化コバルト共沈物を得た。得られた水酸化ニッケル-水酸化コバルト共沈物に水酸化リチウムと水酸化アルミニウムを粉体で混合し焼成原料を得た。この焼成原料を酸素気流中、780℃で焼成した。焼成物を水洗工程に搬送した。
【0058】
水洗工程では、焼成物150gに150g(焼成物の100重量%)の水を加え攪拌、濾過した。分離されたケーキを100℃でケーキの水分含有量が1重量%以下になるまで真空乾燥を行った。得られた乾燥ケーキをマッフル炉中で酸素気流中500℃で5時間焼成し、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を得た。
[参考例2]
水洗工程で、焼成物150gに75g(焼成物の50重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例3]
水洗工程で、焼成物150gに50g(焼成物の33重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例4]
水洗工程で、焼成物150gに30g(焼成物の20重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例5]
水洗工程で、焼成物150gに200g(焼成物の133重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例6]
水洗工程で、焼成物150gに250g(焼成物の167重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[比較例1]
実施例1の水洗工程を行わず、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を比較品とした。
[比較例2]
水洗工程で、焼成物150gに7.5g(焼成物の5重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件で比較用のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例7]
より大きいスケールでニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。水洗工程では、焼成物2000gに2000g(焼成物の100重量%)の水を加え攪拌、濾過した。分離されたケーキに真空乾燥を行わずそのまま、マッフル炉を用いて酸素気流中500℃で5時間焼成した。そのほかの条件は実施例1と同じとした。こうしてニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を得た。
[参考例8]
大型電気炉を用いて酸素気流中500℃で焼成した点以外は参考例7と同じ条件で、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[参考例9]
生産用実機電気炉を用いて酸素気流中500℃で焼成した点以外は参考例7と同じ条件で、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[比較例3]
ShenZhen TianJiao Technology 社製リチウムイオン電池用正極活物質(商品名 NCA1301-1ZS)を比較品として評価した。
【0059】
実施例で得られた本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体と、比較例で得られた比較用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体について、以下の評価を行った。
【0060】
(二次粒子の破壊強度)ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の微少量を微少圧縮試験器(島津微少圧縮試験器MCT-510)の下部加圧板の上に微少量散布し、顕微鏡で観察しながら1粒子ずつ圧縮試験を行って、粒子の破壊強度を測定した。測定結果を表1に示す。
【0061】
(加圧密度)粉体プレス器としては、リケン精機製 P-16B型プレス器を使用した。粉体プレス用ダイとしては、International crystal laboratories社製 ダイ(13mmKBR Die 内径13mm)を用いた。ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体1.00gを正確に秤量し、粉体プレス用ダイに設置した。粉体プレス器にて5分間加圧した。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出した。算出結果を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
また、上記実施例、比較例で得られたニッケルリチウム金属複合酸化物粉体のpH値ほかの分析結果を表2に示す。
【0064】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0065】
ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体、これを用いたリチウムイオン二次電池用正極活物質は、近年の要求である小型電子機器等の二次電池に対する高容量化を満足するとともに、電気自動車用大型二次電池、定置型蓄電池に用いられる電源として求められる高容量化、小型化も満足し、工業上非常に有意義なものである。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化1】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下であることを特徴とする、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体。
【請求項2】
請求項1に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を含むことを特徴とする、リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項3】
請求項2に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いることを特徴とする、リチウムイオン電池用正極。
【請求項4】
請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極を備えることを特徴とする、リチリウムイオン電池。
【請求項5】
以下の一般式(2)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物からなり、
【化2】
LiNi_(1-y-z)Co_(y)Al_(z)O_(2) ・・・(2)
(ただし式(2)中、0.01<y<0.15、0.005<z<0.10である。)
二次粒子の破壊強度が80MPa以下の範囲であり、
192MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.30g/cm^(3)以上であり、
240MPaの圧力で圧縮した際の密度が3.46g/cm^(3)以上であり、
ただし、上記密度は以下の加圧密度の算出方法によって求めた値であり、
(加圧密度:上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体1.00gを正確に秤量し、内径13mmの粉体プレス用ダイに設置して5分間加圧し、上記ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体を圧縮する。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出する。)
上記ニッケルリチウム金属複合酸化物が、その2gを100gの水に分散させた際の上澄の25℃における水素イオン濃度がpHで11.0以下であり、そのLiOHの含有量が0.1重量%以下である、
リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
以下の工程1?6の後に、(7.水洗)工程を有し、
(1.原料の溶解)原料である硫酸ニッケル、硫酸コバルトのそれぞれを水に溶解する。
(2.沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムとアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
(3.濾過・洗浄)沈殿物を濾過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
(4.乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥のいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
(5.粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウム粉末を加え、剪断力をかけて混合する。
(6.焼成)混合物を酸素存在下で焼成する。
上記(7.水洗)工程において、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して10?300%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄すること、
さらに、以下の工程8,9を有すること、
(8.脱水)ニッケルリチウム金属複合酸化物の水含有量が1.0重量%以下になるまで、水洗後のニッケルリチウム金属複合酸化物を除く。
(9.焼成)脱水工程の後に、300℃から800℃の温度でニッケルリチウム金属複合酸化物を焼成する。
を特徴とする、リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項6】
水洗工程を、ニッケルリチウム金属複合酸化物の重量に対して50?100%の重量の水でニッケルリチウム金属複合酸化物を洗浄することを特徴とする、請求項5に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項7】(削除)
【請求項8】
(8.脱水)工程において濾過による脱水を行うことを特徴とする、請求項5または6に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項9】
(8.脱水)工程において濾過による脱水と真空乾燥を行うことを特徴とする、請求項5または6に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の製造方法。
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-06-29 
出願番号 特願2016-545470(P2016-545470)
審決分類 P 1 651・ 851- YAA (C01G)
P 1 651・ 121- YAA (C01G)
P 1 651・ 113- YAA (C01G)
P 1 651・ 536- YAA (C01G)
P 1 651・ 537- YAA (C01G)
P 1 651・ 853- YAA (C01G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 壷内 信吾  
特許庁審判長 宮澤 尚之
特許庁審判官 金 公彦
伊藤 真明
登録日 2018-10-26 
登録番号 特許第6422133号(P6422133)
権利者 ユミコア
発明の名称 ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体及びその製造方法  
代理人 井澤 幹  
代理人 井澤 洵  
代理人 井澤 洵  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  
代理人 茂木 康彦  
代理人 井澤 幹  
代理人 三谷 祥子  
代理人 三谷 祥子  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  
代理人 茂木 康彦  

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