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審決分類 |
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 C03B 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C03B 審判 全部申し立て 2項進歩性 C03B |
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管理番号 | 1002194 |
異議申立番号 | 異議1999-71503 |
総通号数 | 3 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1993-05-14 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 1999-04-23 |
確定日 | 1999-10-20 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第2814795号「石英ガラスの製造方法」の請求項1ないし2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第2814795号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 |
理由 |
1.手続きの経緯と発明の要点 本件特許第2814795号は、平成3年10月25日に出願され、平成10年8月14日に設定の登録がなされたものである。その特許発明は、平成10年10月27日に発行された特許公報に掲載された明細書及び図面の記載よりみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。 「【請求項1】『屈折率のばらつきΔn=10-5程度の光学的に不均質な石英ガラス』を、SiO2の粉末又は塊で作った母型の中で0〜10kg/cm2の加圧下で熱処理することを特徴とする『Δn=10-6程度以下の光学的に均質な石英ガラス』の製造方法。 【請求項2】特許請求の範囲第1項において、処理する温度は1800℃以上2200℃以下、雰囲気はHe、N2,Ar、H2もしくはその混合ガスであることを特徴とする『均質な石英ガラス』の製造方法。」 本件発明は、「紫外線リソグラフィー等装置に使われる光学素子(例えばレンズ)に有用な石英ガラスの製造方法」に関し、「この種のガラスは、高度に均質な屈折率分布をもつことが不可欠である」とされており、とりわけ、「近年の紫外線リソグラフィ装置に使用される光学素子」は、「紫外域の高透過率性」と共に、「屈折率のばらつきがΔn=10-6程度以下の光学的に均質なものが求められ」、そのため、従来、その解決手段として、「熱処理の条件(圧力、処理温度、降温時間等)を調整することにより、光学的に均質な石英ガラスを得ようとする試みがなされている」ところ、「例えば、大気圧下で1800℃〜2200℃に昇温し熱処理を行なうと、試料(熱処理前の石英ガラス)中央部の屈折率の不均一分布は少なくなる」が、その一方では、「試料の周辺部にΔn=10-4程度の変質層と呼ばれる不均質な部分ができ」、「この部分をレンズとして使用することは出来ないので、中央部のみを削り取って用いる」ことになるが、「これでは、下記のような問題」、すなわち、 「▲1▼試料である石英ガラスは高価なものであり、その試料のうち中央部のみレンズとして使用するのでは、最終製品はさらに高価なものとなる。 ▲2▼近年の紫外線リソグラフィーでは、レンズのの解像度を高める必要があり、レンズを大口径化してNAを大きくすることが急務とされているが、中央部のみの均質化では、大口径のレンズを製造することが出来ない。 ▲3▼変質層が、中央部の屈折率の分布にも影響を与える恐れがある」といった問題が「生じる」ことから、「本発明の目的は、このような問題点を解決することにあり、変質層のない、光学的に均質な(Δn=10-6程度以下の)大きな塊の石英ガラスを製造」しようとするにあり(【0001】ないし【0007】)、そのために「変質層」が生ずる原因について鋭意研究した結果、 「この変質層」は、熱処理の際、試料の外側と内側との降温速度の違いに起因して生ずるものであること、すなわち、「熱処理後は、試料全体が均一に降温していくことが望ましいが」、実際には「試料の外側と内側で降温速度が違うため、降温後に図1(a)のような温度分布ができ、それが屈折率の分布として現れ」、「特に、厚み方向(レンズとして用いるときの光軸方向)からみたときの試料周辺部には等温線の本数は多くなり、この部分に屈折率の値の大きな変質層が形成される」原因の一つであること、 あるいは、該熱処理における「試料内部からのガス放出、雰囲気からのガス拡散」にも原因の一端があるとの知見を得、前示構成に基づく解決手段は、この原因に対する対策を鋭意研究した結果、その「熱処理をする際にSiO2の粉末又は塊で作った母型の中に試料を置くことにより、試料である石英ガラスの広い範囲で均質性の良化が実現すること」、「さらに、このような母型を用いれば、試料を外型および雰囲気と直接触れさせずに熱処理することが可能であり、変質層の形成が抑えられる」との知見を得、この知見に基づいて「本発明をなすに至った」ものである。(【0008】、【0009】) すなわち、「試料である石英ガラスと母型であるSiO2は、高温で保持しているときには共に熔融状態にあり、これらの物性は非常に近い」関係にあり、またその「試料と母型の降温時の温度分布は図1(b)のように」、「つまり、変質層を形成すると思われる温度勾配の急な部分(等温線の多い部分)は母型のSiO2の方にあり、試料の石英ガラスは中央部から周辺部の広範囲にわたって均質化がなされる」ことによる、「あるいは、母型には微小の気泡が無数混入しているが、この気泡が断熱効果をもつことにより試料内の温度の分布が緩和される」ことによるものであると「推測される」ものであり、その結果、「本発明にしたがって熱処理を行った後は、試料のほぼ全体にわたって光学的に均質な石英ガラスが得られる。」ものである。(【0011】、【0012】) ここに、「原料(試料)としてΔn=10-5程度の石英ガラスを用いる」と限定した理由は、屈折率のばらつきがこれより大きい「Δn=10-4程度」では、ばらつきの値を大きくしている原因たる「粒状構造や脈理を取り除くことはできない。」からである。(【0015】) 2.異議申立人の主張の概要 異議申立人(東京都新宿区西新宿1丁目22番2号 信越石英株式会社)の主張の概要は、 その主張の第1は、 (i)本件請求項1及び2に係る特許発明は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第3号証乃至甲第5号証を参酌すれば甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号または同条第2項の規定によって特許を受けることができない発明であり、その特許は、取り消されるべきである、というものであり、 また、その主張の第2は、 (ii)本件特許明細書には、記載不備があり、特許法第36条に規定する明細書記載要件を備えていないものであるから、その特許は、取り消されるべきものである、というにある。 3.甲各号証の記載内容 甲第1号証(特開昭63-218522号公報)には、 「(1)歪みを含む石英ガラスを不活性ガス雰囲気内で1200℃以上に加熱することを特徴とする石英ガラス中の歪みの除去方法。 (2)不活性ガスが希ガス及び窒素ガスの中から選ばれたガスまたはその混合ガスである特許請求の範囲第1項記載の石英ガラス中の歪みの除去方法。 (3)石英ガラスの周囲に石英ガラスに対して不活性な粉末を充填する特許請求の範囲第1項または第2項記載の石英ガラス中の歪みの除去方法。 (4)石英ガラスの周囲に充填する粉末がSiO2、C、SiC、安定化ZrO2の粉末である特許請求の範囲第3項記載の石英ガラス中の歪みの除去方法。」が記載され(特許請求の範囲)、 この「歪みの除去方法」の発明において、その処理の対象とする歪のある石英ガラスとしては、「光デバイス、光通信用ファイバ、光学用部品(窓、レンズプリズム、紫外線用素子等)及びマスク用基板等に使用される石英ガラス」が例示され(公報第1頁右欄)、「本発明は、歪みを含む石英ガラスを不活性ガス雰囲気内で1200℃以上に加熱し結晶化を起こすことなく、さらに歪み除去前の形状を保ったまま石英ガラス中の歪みを除去することを特徴とする石英ガラス中の歪みの除去方法である。」こと(公報第2頁左下欄下段)、 「加熱温度は1200℃以上であることが必要である。1200℃未満では歪みを取除くのに十分な石英ガラスの流動、拡散が生じない。」こと、「不活性ガスとしては、例えば希ガスおよび窒素ガスの中から選ばれたガスまたはその混合ガスを好適に使用できる。」こと(公報第2頁右下欄下段)、 「1500℃以上で加熱する場合は、石英ガラスが流動性を持つため形状の変化が極めて大きくなる。これを防止するためには石英ガラスの周囲に石英ガラスに対して不活性な粉末を充填する。充填する粉末はたとえばSiO2、C、SiC、ZrO2、の粉末を使用する。これらの粉末を充填することで完全に初期形状を保つことができる。」こと(公報第3頁左上欄第5行ないし第11行)、その加熱温度について「実施例」では、「1200℃から・・・1900℃までの温度で加熱を行った。加熱時間は、すべて1hrとした」こと(公報第3頁右上欄)、が記載されている。 甲第2号証(特開昭63-195137号公報)には、 「(1)脈理を含む石英ガラスを不活性ガス雰囲気内で、1500℃以上に加熱し、かつ10MPa以上に加圧することを特徴とする石英ガラス中の脈理の除去方法。 (2)不活性ガスが希ガスもしくは窒素またはその混合ガスである特許請求の範囲第1項記載の石英ガラス中の脈理の除去方法。 (3)石英ガラスの周囲に石英ガラスに対して不活性な粉末を充填する特許請求の範囲第1項または第2項記載の石英ガラス中の脈理の除去方法。 (4)石英ガラスの周囲に充填する粉末がSiO2、C、安定化ZrO2である特許請求の範囲第3項記載の石英ガラス中の脈理の除去方法。 (5)石英ガラスの周囲に充填する粉末の粒度が50μm〜5mmである特許請求の範囲第3項または第4項記載の石英ガラス中の脈理の除去方法。」が記載され(特許請求の範囲)、 「本発明は光デバイス、光通信用ファイバ、光学用部品(窓、レンズプリズム、紫外線用素子等)、マスク用基板等に使用される石英ガラスのうち脈理を含有する石英ガラス中の脈理の除去方法に関するものである。」こと(公報第1頁右欄)、 「本発明の方法は、脈理を含む石英ガラスを不活性ガス雰囲気内で軟化させ同時に圧力を加え、粘性をもたせた攪拌効果をもたせることで、脈理除去を行うものである。」こと、 「脈理の除去の難易は、石英ガラスの大きさおよびその強さに左右されるが、処理温度を1500℃以上、処理圧力を10MPa以上とすることにより、比較的短時間で脈理が除かれる。」こと、 「雰囲気としては、高温、高圧にするためアルゴンガスを使用するのが一般的であるが、他の希ガスもしくは窒素またはその混合ガスでもよい。 さらに、石英ガラスの周囲に石英ガラスに対して不活性な粉末、たとえばSiO2、C、SiC、安定化ZrO2等の粉末を充填することにより、石英ガラスの初期形状をより完全に保ったまま短時間で脈理を除去することができる。」こと(公報第2頁左上欄ないし右上欄)、が記載されている。 甲第3号証(特開昭62-158121号公報)には、 「(1)光学的性質が不均質なガラスを高圧ガス雰囲気中で加熱することを特徴とするガラスの均質化方法。 (2)珪酸含有率が95%以上である高珪酸質ガラス及び石英ガラスを均質化する特許請求の範囲第1項記載のガラスの均質化方法。 (3)ガラスを1800℃以上好ましくは2200℃〜2400℃において2気圧以上好ましくは5〜25気圧の高圧ガス雰囲気中で加熱することを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載のガラスの均質化方法。 (4)高圧ガス雰囲気がアルゴン、チッ素、ヘリウムのいずれかもしくはその混合ガスであることを特徴とする特許請求の範囲第3項に記載のガラスの均質化方法。」が記載され(特許請求の範囲)、この均質化処理に供される光学的に不均質なガラスとしては、「天然石英ガラス柱(HerasilIII)」や「合成石英ガラス(SuprasilII)」が記載されている。(公報第2頁右下欄、同第3頁右上欄) 甲第4号証(「Journal of Non-Crystalline Solids」vol.5(1970)p.123-175、North-Holland Publishing Co.、1970年発行)は、“PROPERTIES AND STRUCTURE OF VITREOUS SILICA.I(ガラス状シリカIの性質と構造)”と題する技術報文から抜粋した図面(第127頁Fig.2、第133頁Fig.6)であって、Fig.2には、石英ガラスの温度と容積の関係を示すグラフが、そして、Fig.6には、仮想温度と屈折率nとの関係を示すグラフがそれぞれ記載されている。 甲第5号証(信越石英株式会社、「信越石英石英ガラス総合カタログ」p.27、1991年9月発行)には、『光学用石英ガラスの特性一覧表』が掲載され、表中には、各種品級の光学用石英ガラスについて、多数に及ぶ各種物性、特性が記載され、その特性の一つに『均一性最大屈折率変動(Δn)』の値も示されている。 4.当審の判断 主張(i)について: 本件請求項1ないし2に係る発明(以下、本件発明という)と甲各号証とを対比すると、 本件発明は、変質層のない、屈折率のばらつきΔnに基づき、光学的均質度が特定の値以下の、高い均質度を有する、すなわち、「Δ=10-6程度以下の光学的に均質な」、大きな塊の石英ガラスを得る方法を提供しようとするものであり、その解決手段として、出発石英ガラスを、屈折率のばらつきΔnに基づいて、Δnが特定の値のものを選定し、これを、SiO2の粉末又は塊で作った母型の中で0〜10kg/cm2の加圧下で熱処理するものであって、この技術的手段を講ずることによって、従来、光学ガラスの均質化手段として採用されていた熱処理自体によって引き起こされる二次的問題、試料周辺部に変質層が生成する現象、を抑制することが出来、光学的に均質な大きな塊の石英ガラスを製造することが出来る方法を提供しようというものであることは叙上のとおりである。 これに対して、甲第1号証には、歪を含む石英ガラスを熱処理することによって、歪を除去し、光学的に均質なものを得るという、光学ガラスの分野においては一般的にすぎない目標が記載されているにすぎず、そこには、本件発明において意図している、屈折率のばらつきΔnに基づき、「Δn=10-6程度以下」の石英ガラスを得るという特有なねらいについては記載するところはない。 また、その講じている解決手段も、甲第1号証の解決手段は、歪を含んだ石英ガラスを対象とし、これを熱処理するというものにすぎず、そこには、本件発明で講じている、出発原料を、Δnの値に基づいて、「Δn=10-5程度」のものを選定することについては、少なくとも記載するところはない。 ただ、甲第1号証には、その熱処理が、1500℃以上の場合に、試料の流動変形を防止するため試料周囲にSiO2粉末等の不活性粉末を充填して熱処理するという態様があり、これを、本件発明と対比すると、本件発明の「SiO2の粉末・・・で作った母型の中で・・・熱処理する」事項に相当し、両者は、この点では共通しているものの、この場合においても、その処理される出発材料は、単に歪みを含んだものを対象としているにすぎず、そこには本件発明で講じている、Δnの値に基づく出発材料の選定については記載がない以上、この特定の原料選定を要件事項としている本件発明が、この原料の選定について記載のない前示事項を以て、そこに本件発明が記載されているとすることはできない。 本件発明は、その特有な要件事項に基づく解決手段によって、変質層のない、Δn=10-6程度以下の光学的に均質な、大きな塊の石英ガラスを得ることが出来るという特有な作用効果が奏せられるものであることは叙上のとおりであり、甲第1号証には、本件発明の特有な作用効果について、これを示唆する記載はない。 してみれば、甲第1号証を以て、そこに、本件発明が記載されている、とすることはできないし、また、これより容易に発明することができたもの、とすることもできない。 甲第2号証には、脈理を含む石英ガラスを不活性雰囲気内で、1500℃以上に加熱し、且つ10MPa以上に加圧することにより、脈理を除去する方法が、記載され、本件発明とは、石英ガラスを熱処理し、これによって、均質な石英ガラスを得ようとする上位概念においては、共通しているところはあるが、そこには、本件発明の「Δn=10-6程度以下」の石英ガラスを得ようとする特有なねらいについて示唆する記載はなく、また、そのために、本件発明において講じている、出発原料を、Δnの値に基づき、「Δn=10-5程度」の屈折率のばらつきを有するものを選定し、これを、SiO2の粉末又は塊で作った母型の中で、熱処理する、という特有な解決手段についてもこれを示唆する記載はないし、この特有な解決手段によって奏せられる本件発明の特有な作用効果についても、これを示唆する記載はない。 してみれば、本件発明は、その特有なねらいと解決手段および作用効果についてこれを示唆する記載のない甲第2号証に基づいて、容易に発明することができたもの、とすることはできない。 異議申立人は、本件発明と甲第1号証ないし甲第2号証との、発明のねらいとするところあるいはこれに基づく技術思想の違いについて、この違いは、甲第3号証ないし甲第5号証に示唆されており、本件発明は、甲第1号証ないし甲第2号証に、甲第3号証ないし甲第5号証を結び付けることによって容易に発明することができたものである、とも主張しているものである。 しかしながら、甲第3号証ないし甲第5号証を検討しても、その何れにも、本件発明特有のねらいと技術思想についてこれを示唆する記載があるとすることはできない。 すなわち、甲第3号証に記載するところは、光学的性質が不均質なガラスを高圧ガス雰囲気中で加熱することにより、ガラスを均質化する方法が記載され、この方法において対象とするガラスには、石英ガラスも含まれていること、熱処理条件は、1800℃以上の温度で、アルゴン、チッ素、ヘリウム、もしくはその混合ガス雰囲気によることが記載されているにすぎず、本件発明とは、石英ガラスを熱処理し、これによって均質な石英ガ ラスを得ようとする上位概念において、互いに共通するにすぎず、そこには、「Δn=10-6程度以下」の石英ガラスを得ようとすること、そのため、出発材料を、Δnの値に基づき、「Δn=10-5程度」のものを選定し、これをSiO2の粉末又は塊で作った母型の中で熱処理すること、について、これを窺わせる記載はない。 甲第4号証のFig.2、及びFig.6は、それぞれ、石英ガラスの温度と容積との関係、及び石英ガラスの仮想温度と屈折率との関係を、示しているだけで、そこに、本件発明特有のねらいとこれを解決するための特有な解決手段とについて、これを示唆する記載がある、とすることはできない。 これについて、異議申立人は、次のように述べているものである。 すなわち、Fig.2は、「石英ガラスの溶融状態及び固化した状態の温度と容積の関係を表すグラフ」を示しているものであって、グラフ中、「V字状の曲線」は、「溶融状態のガラスの温度-容積曲線」を示し、「左下がりの直線」は、「固化した状態のガラスの急冷却及び徐冷却の場合の温度と容積の関係を示」し、「横軸のtgf及びtgsはそれぞれ急冷却及び徐冷却の場合のガラス転移温度」を示しているものであり(異議申立書第7頁下第3行ないし第8頁第2行)、 これによると、「石英ガラスでは急冷却と徐冷却でガラス転移温度、すなわち仮想温度に差が出ること、従ってそれに対応してガラスの容積も相違することが分かる。例えば曲線のピークの左側で見ると、急冷却の場合のtgfは徐冷却の場合のtgsよりも大きく、これに対応する容積は急冷却の場合が徐冷却の場合より小さい。ある一定の大きさの石英ガラス体を想定した場合、その表面近傍は急冷却されるが中心部は徐冷却される。これに、上記現象を当てはめてみると溶融したガラスが固化する際に表面の容積よりも内部の容積が大きくなり、表面近傍には引っ張り応力が、内部には圧縮応力が作用することとなる。この応力に応じて石英ガラスが変位し、歪みが発生する。これが甲第1号証にいう歪みを有する石英ガラスの状態である。ピークの右側についても応力の作用する方向が逆になるだけで、この仮想温度に差が出ることと、内部に歪みを生ずることとは全く同一である。」(異議申立書第8頁下第9行ないし第9頁第3行)、 Fig.6は、「仮想温度の関数としての屈折率nの関係を表すグラフを示す。ここで仮想温度とは、溶融状態のガラスがその状態を保って固化したその温度を意味し、Fig.2のそれぞれのガラス転移温度に相当するものである。また、Fig.6のグラフのピーク(1500℃)がFig.2の最小値に対応する。」(異議申立書第8頁第2行ないし第8頁第6行)、このグラフからは、「仮想温度と共に石英ガラスの屈折率nが変化することが分かる。従って、甲第1号証にいう歪みを有する石英ガラスはその表面近傍と内部で仮想温度に差がある(仮想温度の分布がある)ものであるが、これはとりもなおさずFig.6から明らかなように屈折率nに差がある(分布ある)ことを意味し、すなわち、「石英ガラス体に『歪みを有する』ということは必然的に『屈折率分布を有する』ということであり、逆に『歪みを除去する』ということは『屈折率の分布をなくす、即ちΔnを小さくする』ということとなる。」(異議申立書第9頁第4行ないし第11行)、というものである。 しかしながら、Fig.2、Fig.6の記載内容とその技術的意義が、前掲摘示のとおり、異議申立人の述べているとおりであるとしても、そこからは、本件発明の特定のΔn値を有するものを製造しようというねらいやそのためにΔnの値に基づいて原料を選定し、これを特定の材質に基づく母型によって熱処理することによって解決することについてまで、これを直接的に窺うことはできず、Fig.2、Fig.6を以て、本件発明が示唆されている、あるいは、本件発明と甲第1号証ないし甲第2号証との差異が示されている、とすることもできない。 甲第5号証には、光学用石英ガラスの特性として、最大屈折率変動Δnの値を10-6程度に設定したものが記載されてはいるが、この特性を持ったものを製造するために、どのような手段を講ずべきかについては、示唆する記載はなく、そこに、Δnについて特定の値を有するものの製造方法に係る本件発明について、これが記載されている、とすることはできない。 以上、甲第3号証ないし甲第5号証は、本件発明のねらいとするところとそのねらいを達成するための解決手段について、これを示すものではなく、また、本件発明と甲第1号証ないし甲第2号証との差異を示すものでもない。 以上のとおりであるので、主張(i)の理由と証拠によっては、その申し立てられた請求項1ないし2の各発明の特許は、これを取り消すことはできない。 主張(ii)について: 明細書の記載不備について、異議申立人の指摘するところは、発明の要件事項としている屈折率のばらつきΔnについて、「Δn=10-5程度」、「Δn=10-6程度以下」と記載しているが、これは、極めて不明瞭、あいまいな記載であり、発明が明確且つ十分に記載されているとはいえない、というものである。〔異議申立書第12頁(D)記載不備の理由〕 しかしながら、10-5程度の数値が、10-4と10-6との間に存する数値であること、同じく、10-6程度の数値が、10-5と10-7との間に存する値であることは自明の理とするところであって、各数値とも特定可能であり、不明瞭、あいまいである、との主張は当たらないし、これによって、発明が実施できない、とする特段の事情も見出すこともできない。 してみれば、主張(ii)の理由によって、本件特許を取り消すことはできない。 5.むすび したがって、本件特許異議申立は、これを理由あるものとすることができない。 また、他に本件各請求項に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 1999-09-22 |
出願番号 | 特願平3-279635 |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C03B)
P 1 651・ 534- Y (C03B) P 1 651・ 113- Y (C03B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 深草 祐一、大工原 大二 |
特許庁審判長 |
石井 勝徳 |
特許庁審判官 |
野田 直人 森竹 義昭 |
登録日 | 1998-08-14 |
登録番号 | 特許第2814795号(P2814795) |
権利者 | 株式会社ニコン |
発明の名称 | 石英ガラスの製造方法 |
代理人 | 鈴木 憲七 |
代理人 | 福井 宏司 |
代理人 | 曾我 道照 |
代理人 | 長谷 正久 |
代理人 | 曾我 道治 |
代理人 | 古川 秀利 |
代理人 | 池谷 豊 |
代理人 | 望月 孜郎 |