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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B29C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B29C
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  B29C
管理番号 1020388
異議申立番号 異議1998-72811  
総通号数 14 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-01-13 
種別 異議の決定 
異議申立日 1998-06-02 
確定日 1999-07-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第2690258号「射出成形同時絵付け用シート及びそれを用いた絵付け方法」の請求項1ないし4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第2690258号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第2690258号は、平成5年6月22日に出願されたものであって、平成9年8月29日にその特許の設定登録がなされ、その後渡辺由里子、千野肇、三菱レイヨン(株)、日本写真印刷(株)及び戸川公二より特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成10年12月15日に訂正請求がなされ、平成11年4月7日に訂正拒絶通知がされ、同日に前記訂正請求書の補正がなされ、さらに平成11年5月12日に再度訂正拒絶通知がされ、同日に前記訂正請求書の補正がなされたものである。
II.訂正の適否
1.訂正の内容
上記平成11年5月12日付けの手続補正書による訂正請求書の補正は、訂正請求された明細書の特許請求の範囲の2ヶ所にある「10mm幅に切断した該シート」を「50μm厚さのものを10mm幅に切断した該シート」と補正し、さらに訂正明細書の4頁の【0012】及び【0013】の「10mm幅に切断した該シート」を「50μm厚さのものを10mm幅に切断した該シート」に、同12頁の【0029】の「10mm幅」を「50μm厚さ、10mm幅」と補正するものであって、これらの補正は訂正請求において請求された特許請求の範囲を減縮し、その特許請求の範囲の補正に伴い、これに整合させるために発明の詳細な説明を補正するものであって、不明りょうな記載の釈明を目的とするものであるから、特許法第131条第2項の訂正請求書の要旨を変更するものにはあたらない。
また、上記平成11年4月7日付けの手続補正書による訂正請求書の補正は、訂正明細書の5頁の【0014】の「本発明において、引っ張り速度とは、[(伸びを測定する時点t2におけるチャック間距離-伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)÷(伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)]
ただし0≦t1<t2である。」を
「本発明において、引っ張り速度とは、
[(伸びを測定する時点t2におけるチャック間距離-伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)÷(伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)1÷(t2-t1)×100
ただし0≦t1<t2である。」と補正するものであって、前記補正前の引っ張り速度は誤記であることは明らかであるから、当該補正は訂正明細書の誤記の訂正を目的とするものであって、特許法第131条第2項の訂正請求書の要旨を変更するものにあたらない。
したがって、請求された訂正の内容は、上記2度の手続補正により補正された訂正請求書の記載からみて、次のとおりのものである。
▲1▼(a)特許請求の範囲の
「【請求項1】射出成形同時絵付け方法に用いられる成形用絵付けシートであって、該シートは降伏点を持つ素材から形成されておりかつ10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの降伏点以降の応力値が0.6kg以上である同時絵付け用シート。」と請求項2及び請求項4を削除し、「【請求項3】上記成形用絵付けシートであって、更に10mm幅に切断した該シートを7%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの値(200%モジュラス値)であって100℃〜120℃の値が0.3kg以下である請求項1又は2記載の同時絵付け用シート。」を、「【請求項1】予め加熱軟化せしめた絵付けシートを雌型キャビティ内周面に沿うように延伸密着させた後、雌雄両金型を型締めし、溶融樹脂を注入充填せしめる方式の、射出成形同時絵付け方法に用いられる絵付けシートであって、該シートは降伏点を持つ素材から形成されており、かつ50μm厚さのものを10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの降伏点以降の荷重が0.6kg以上であり更に50μm厚さのものを10mm幅に切断した該シートを7%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの値(200%モジュラス値)であって100℃〜120℃の値が0.3kg以下である射出成形同時絵付け用シート。」と訂正し、
▲2▼さらに、【0001】の「及びそれを用いた絵付け方法」を削除し、【0010】の4行目の「ことにあり、またその絵付けシートを用いた絵付け方法を得る」と【0011】の3行目の「及びそれを用いた絵付け方法」を削除し、【0012】の4行目の「応力値」を「荷重」に訂正し、同5〜7行目の「であること、降伏点を持たない素材で形成される場合には、10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張る時の10%伸び以降の応力値が0.6kg以上」を削除し、さらに【0012】及び【0013】中の「10mm幅に切断した該シート」を「50μm厚さのものを10mm幅に切断した該シート」に、【0013】5行目の「応力値」を「荷重」に訂正し、【0014】の末行に「本発明において、引っ張り速度とは、
[(伸びを測定する時点t2におけるチャック間距離-伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)÷(伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)1÷(t2-t1)×100
ただし0≦t1<t2である。」を挿入し、【0015】1行目の「応力値」を「荷重」に、【0016】1,8及び11行目、【0017】5,7,11,13及び14行目、【0018】10及び11行目、及び【0029】9行目の「応力値」を「荷重」に訂正し、さらに【0029】の「10mm幅」を「50μm厚さ、10mm幅」と訂正する。
2.訂正の適否判断
1)本件訂正において、明細書の特許請求の範囲を前記(a)のように訂正することは、「射出成形同時絵付け方法」を「予め加熱軟化せしめた絵付けシートを雌型キャビティ内周面に沿うように延伸密着させた後、雌雄両金型を型締めし、溶融樹脂を注入充填せしめる方式の射出成形同時絵付け方法」に限定し、「10mm幅に切断した該シート」が「50μmの厚さ」であると限定し、さらに「請求項1及び請求項2記載の」を「請求項1」に相当する降伏点を持たない素材に係るもののみに限定するものであるから、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするもに、さらに「応力値が0.6kg」、「値(200%モジュラス値)」は「荷重が0.6kg」、「荷重(200%モジュラス値)」の誤記であることは明らかであるから誤記の訂正を目的とするものに該当する。
そして、当該事項のうち上記方式の射出成形同時絵付け方法は願書に添付された明細書の【0004】及び【0005】に、「10mm幅に切断した該シートが50μmの厚さ」であることは【0021】に記載され、また「応力値が0.6kg」、「値(200%モジュラス値)」の応力値と値が「荷重」であることは、表1及び表2のY軸の単位がkgと記載されていることから、前記訂正(a)は願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内のものであり、かつ特許請求の範囲を実質上拡張し又は変更するものであるとも認められない。
さらに、明細書の発明の詳細な説明を前記▲2▼のように訂正することは、【0014】の訂正を除くいずれのものも特許請求の範囲の訂正に伴い、これに整合させるために明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正するものであって、明りょうでない記載の釈明を目的とするものに相当し、【0014】の訂正事項は引っ張り速度の計算式を示したものであり、この計算式は当業界においては周知のものであり、かつ願書に添付した明細書に記載された引っ張り速度の単位と矛盾するものでないから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものに相当するから、これらの訂正は願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内のものであり、かつ特許請求の範囲を実質上拡張し又は変更するものであるとも認められない。
2)次に、訂正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下、「訂正後の本件発明」という。)が、本件出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうかについて、以下で検討する。
当審で通知した取消理由は、(a)本件特許に係る発明は大工研報及び実験報告書を参考にすれば、刊行物1〜6に記載された発明であると認められるから、本件特許は特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたか、または(b)本件特許は、本件特許明細書の記載に不備があり、特許法第36条第4項若しくは第5項及び第6項の規定に違反してなされたというものであるから、以下に訂正後の本件発明について、前記理由を検討する。
(a)について
取消理由で引用した刊行物等には以下の事項が記載されている。
刊行物1(特開平2-95817号公報)
ア.「成形性の良好なプラスチックの離型フィルムの離型面に接着して残留するマット剤含有インキの印刷層、離型後は成形品側へ移行する剥離剤層、絵柄印刷層、接着剤層および基材シートを順に設けてなる成形用シート」(特許請求の範囲(1))
イ.「厚さ45μの低結晶性ポリエステルフィルム「F-86」(東レ製)に、アクリル-ウレタン系の離型層を設けて離型フィルムを用意した。・・・この積層体と厚さ0.5mmのABS樹脂シート「A201」(三宝樹脂工業製)とを200℃に加熱したロールで熱圧着し、本発明の成形シートを得た。得られた成形シートを射出成形用金型内に配置して予備成形し、ついでABS樹脂「KU-600」(住友ノーガタック製)を射出して一体化した。」(4頁右上欄7行〜左下欄5行)
刊行物2(特開平3-247427号公報)
ウ.「熱可塑性樹脂フィルム基材上に装飾層を設けてなり、射出成形用金型内に装着してから射出成形を行って射出成形品表面に少なくとも上記装飾層を転移付着せしめる射出成形同時絵付け用化粧材」(特許請求の範囲1〜4行)、
エ.「離型層を片面に設けた厚さ38μmのポリエステルフィルム基材(ダイアホイルGH38)」(3頁左下欄3〜4行)
刊行物3(特開昭56-151542号公報)
オ.「而して上記の転写シートにおいて基材シート1としては、熱成形性を有するプラスチックフィルム、例えば未延伸ナイロン、未延伸ポリエステル、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネートなどを適用することが出来、就中無延伸ナイロン、ポリ塩化ビニルフィルムが基材シートの材料として特に好ましい。」(2頁右上欄下より5〜左下欄4行)
カ.「第2図示のような射出成形金型のコア(雄金型)(6)又はキャビティー(雌金型)(7)に第3図示の如く転写シート(5)をその接着剤層(4)面を射出成形金型のゲート(10)の方へ向けて装着する。」(第2頁右下欄13〜16行)
刊行物4(特開平5-32071号公報)
キ.加飾フィルムを加熱軟化させ、真空および/または圧空手段により金型内面に沿うように予備成形を行った後、型締めして溶融樹脂を他方の金型側より射出して成形品表面に加飾していた。」(【0002】5〜9行)
ク.「ベースフィルム1としては、・・・アクリルフィルム・・・を使用する。」(【0010】1〜7行)
刊行物5(プラスチックフィルムレジン材料総覧’89,p.423-427)
ケ.「「アクリプレン」三菱レイヨンが昭和50年以来製造販売しているアクリル樹脂(ポリメチルメタクリル樹脂)のフィルムである。・・・
表3 アクリプレンの品種および仕様
品種 タイプ 面状態 厚み 用途例
艶 艶消し (μ)
HBS 一般タイプ ○ ○ 35〜100 印刷
」(423頁左欄2行〜425頁表3)
コ.「その他アクリプレンには非常に色あざやかな印刷ができることを生かして、印刷したアクリプレンをABSと共にインサート射出成型して、光沢のあるきれいな製品が作られている。」(427頁左欄19〜22行)
刊行物6(特開平2-215511号公報)
サ「厚み0.5〜2.0mmのポリカーボネートシートに所定の遮光性部を正方形状の所定位置に多層印刷等により形成する。・・・真空成型法によってプラグ(Plug)でマーク部を抑えつつ予備成形する。・・・それぞれの打抜き片が2箇所程度の細い連結部で結合した形で連結された打抜き片を製造する・・・金型キャビティーの所定部に打ち抜き片を装着し、遮光性の樹脂組成物を射出成形する。」(5頁左上欄5〜16行)
大工研法327〜329、408号
シ.(1)「三宝樹脂.工業製ABSシート[A-201]0.5mm厚」、(2)「ダイヤホイル製ポリエステルフィルム[GH38]38μm厚」、(3)「東レ合成フィルム製無延伸ナイロンフィルム「レイファン1401」40μm厚」(4)「三菱レイヨン製アクリルフィルム125μm厚」のフィルムについて、試験片(幅10mm、長さ100mm)を試験温度50℃、引張速度30%/秒で引っ張ったとき、それぞれ(1)「降伏点有り、破断時荷重12,7kgf」、(2)「降伏点の有無:確認できず、10%伸び時荷重 3.4kgf」、(3)「降伏点の有無:確認できず、10%伸び時荷重 0.9kgf」(4)「降伏点の有無:有り、破断時荷重 4.3kgf」との結果を示した旨
実験報告書(三菱レイヨン株式会社作成)
ス.「4.実験方法 下記の条件で、高温環境下での引張試験を実施する。
4・1.サンプル▲1▼アクリプレンHBS001(35μ)
▲2▼アクリプレンHBS001(50μm)
▲3▼アクリプレンHBS001(100μm)
▲4▼三菱エンジニアリングプラスチックス(株)製ポリカーボネートシート ユーロピロンFE-2000(500μm)
▲5▼三宝樹脂工業製ABSシートA-201(500μm)
4・2.(条件1)【請求項1,2】の条件
装置・・・(株)島津製作所AUTOGRAPH AG-1000D
雰囲気温度:50℃

(条件2)【請求項3】の条件
装置・・・東洋精機製STROGRAPH-T
雰囲気温度100,(110:▲4▼PC,▲5▼ABSのみ)120℃

5.実験結果
□条件1の結果は図1,2の荷重-伸び線図に示すとおり、何れのサンプルも降伏点を示し、降伏点以降の荷重は0.6kgf以上を示した。
□条件2の結果は、図3の様になり、PC(500μm)は200%伸びる前に破断し、HBS001(100μm)、ABSは200%モデュラスが0.3kgfを越え、HBS001(35,50μm)は0.3kgf以下を示した。(1頁14行〜最下行)
訂正後の本件発明(前者)と上記刊行物1〜4記載の発明(後者)を対比すると、後者はいずれも射出成形同時絵付け方法に用いられる射出成形同時絵付け用シートに係り(上記ア〜ク参照)、前者と同一の技術分野に属するものであるが、該樹脂シートがそれぞれ上記大工研報に係る報告書記載のとおりの物性を有する(上記シ参照)としても、刊行物2および3記載の樹脂シートについては、前者における要件の1つである降伏点を確認できないものであり、さらに後者のいずれにも前者における構成要件の1つである200%モジュラス値は記載されていず、また該モジュラス値を確認できる実験データも示されていない。
したがって、前者が刊行物1〜4に記載された発明であるとすることはできない。
次に、訂正後の本件発明(前者)を刊行物5記載の発明(後者)と対比する。後者はインサート射出成形用アクリプレンシート(品種:HBS、厚味:35〜100μ)に係るものであって(上記ケ、コ参照)、そのシートの物性は三菱レイヨン(株)の提出した実験成績証明書に記載されている(上記ス参照)。そして、当該証明書は私人の作成したものであるも、何ら技術常識に反する記載は見あたらないから信用するにたりるものと認められ、後者のシートの内35,50μmのものが証明書記載のとおり前者のシートの物性を有するものである。
しかしながら、後者のインサート射出成形とは、別工程で真空成形を施したフィルムを射出成形金型へ装着してから射出成形するものであるから(必要なら、″特集 新素材・新材料に対応する成形技術″ 1992年7月号 p.36-37参照)、後者は、射出成形金型内で絵付けシートを成形する前者とは成形の方式を異にするものであり、前者が刊行物5に記載された発明であるとすることはできない。
さらに、訂正後の本件発明(前者)を刊行物6記載の発明(後者)と対比すると、後者は射出成形同時絵付け方法に用いられる射出成形用絵付けシートに関し、該シートは三菱レイヨン(株)の提出した実験成績証明書に記載されたとおり、30%/秒の速度で引張るときの降伏点以降の荷重は前者の範囲内のものであるものの、200%モジュラス値は破断により測定できないものであるから、両者は200%モジュラス値が相違しており、前者が刊行物6に記載された発明であるとは認められない。
したがって、訂正後の本件発明が大工研報や実験報告書を参照しても、刊行物1〜6に記載された発明であるとすることはできない。
(b)について
訂正後の本件発明に関し
1)降伏点を持つ素材と持たない素材を積層したシートは、降伏点を持つシートに該当するか持たないシートに該当するか不明瞭である点については、積層体フィルム自体5が降伏点を有するものなら前記素材に該当し、
2)「荷重0.6kg以上」なる限定のみで上限値の限定がない点について、明細書には当該範囲内で訂正後の本件発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されているから上限値を規定すべき理由はないし、
3)30%/秒なる引張速度の定義付けがなされていないので不明である点については、上記したとおり訂正請求書において規定され明りようなものとなったし、
4)同時絵付けシートとシートb、cについては、前記訂正請求書で訂正され、前者の用語の不統一は解消し、後者は比較例のシートb,cとなり、
5)200%モジュラス値は、100〜120℃の値が0.3kg以下であって、100℃または120℃の何れかの値が0.3kg以下というものでなく、さらに前記0.3kg以下は上限値の限定をしたものであって、上記2)と同様の理由で下限値を限定すべき理由はないし、
6)応力値0.6kg、値(200%モジュラス値)については上記訂正請求書で、厚さ10mm幅で50μmのものにつき荷重0.6kg、荷重(200%モジュラス値)に訂正されたので、本件明細書に記載不備はない。
また、下記のとおり本件特許異議申立の理由及び証拠によっても、訂正後の本件発明を特許すべきでないとすることはできず、他に訂正後の本件発明が特許出願の際独立して特許を受けることができないとすべき理由を発見しない。
III.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正請求は、特許法等の一部を改正する法律(平成六年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第2項、同条第3項で準用する第126条第2〜4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。
IV.特許異議申立の判断について
1.(1)渡辺由里子の異議申立て
甲第1号証(特開平5-58098号公報)及び甲第2号証(湯本編″飽和ポリエステル樹脂ハンドブック”日刊工業新聞社(1989),p694-695,698-699,786-787)を提出し、▲1▼訂正前の本件発明1は甲第2号証の記載を参照すれば甲第1号証に記載された発明であり、▲2▼本件発明1〜4は甲第1及び2号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、訂正前の本件発明1〜4に係る特許は特許法第29条第1項第3号または同条第2項の規定に違反してなされたものであり、さらに、▲3▼本件明細書に、シートbは物性が本件発明1の範囲内のものであるのに予備成形性が不足していることが記載されている点、さらに公知の同時絵付けシートとの比較例が記載されていない点で明細書の記載に不備があり、本件特許は特許法第36条第4項若しくは第5項及び第6項の規定に違反してなされたものであるとして、本件特許を取り消すべきであるとする特許異議の申立を行った。
(2)判断
甲第1号証には「二軸延伸ポリエステルに、少なくとも絵柄層を積層してなる射出成形同時絵付け用転写箔であって、ベースフィルムである二軸延伸ポリエステルフィルムのASTM-D-3763で測定した衝撃強度が80kgf・mm以上、破断伸び率が流れ方向及び横方向ともに120%以上であることを特徴とする、射出成形同時絵付け用転写箔」(特許請求の範囲)が記載され、甲第2号証の図13.28にPETは降伏点を持つ素材であって降伏点以降の応力値が120kg/cm2以上であること(699頁)が、図13.110にインモールド転写方式の図(786頁)が示されているものの、これらのいずれにも訂正後の本件発明の構成要件である「シートを70%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの荷重(200%モジュラス値)の100℃〜120℃における値が0.3kg以下である」(以下「構成a」という)ことについての記載も示唆もない。
2.(1)異議申立人 千野肇
甲第1号証(特開昭64-40400号公報)及び甲第2号証(実用プラスチック用語辞典 第三版 p.225(1989))を提出して、訂正前の本件発明1,2及び4は甲第1号証記載の発明であるから、訂正前の本件発明1,2及び4は特許法第条29条第1項第3号の規定に違反するとして、本件特許を取り消すべきであると主張している。
(2)判断
甲第1号証には、「ジカルボン酸成分としてイソフタル酸単位が1モル%以上50%以下であるポリエステルからなるフィルムであって、そのフィルムの平均屈折率が1.598以下であり、且つ該フィルムの面配向度が0.050以上、0.140以下であり、且つ該フィルムの溶融点が、8cal/g以下であることを特徴とする転写フィルム用ポリエステルフィルム」(特許請求の範囲)が記載され、甲第2号証には、「降伏点とは材料に応力を加えて変形させる過程で、応力が次第に増していくと応力のわずかな増加につれ、又は全く増加することなしにヒズミが急激に増加し始める点に達し、この点を降伏点という」ことが記載されている。そして、異議申立人は前記甲第1号証の実施例2の記載により作成した75μのフィルムを10mm幅に切断し、50℃、30%/秒の速度で引張試験した時の荷重が6.6kgfであり、100%伸長時の強度は9.9kgfであった旨を記載している。
しかしながら、前記甲号証のいずれにも訂正後の本件発明の構成要件である構成aについて記載も示唆もされていない。
3.(1)異議申立人三菱レイヨン(株)
甲第1号証(上記刊行物5)、甲第2号証(日経ニューマテリアル,1992年,p.22〜25)、甲第3号証(異議申立人に係る樹脂開発センターで作成した実験報告書)、甲第4号証(上記刊行物6)及び甲第5号証(上記刊行物1)を提出し、訂正前の本件発明1、3及び4は、甲第3号証の記載を参照すれば、甲第1,4及び5号証記載の発明であるか、同号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、同じく本件発明2は前記甲1,4及び5号証記載の発明に基づいて容易に発明できたものであるから、本件特許は特許法第29条第1項第3号及び同条第2項の規定に違反してなされたものであること、及び本件明細書には、降伏点を持たない素材としてシートcの記載はあるものの、該シートは請求項2記載の発明の物性を有するものでなく、この点について請求項2記載の発明が当業者の容易に実施できる程度に記載されているといえず、また、明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2には、応力値の単位をKgと記載するが、該単位はKg/単位面積が正しく、該応力値が荷重の誤記であるとしても、いずれの請求項にも厚さが規定されていないので、当該記載はいずれにしても不明瞭であり、さらに請求項3に係る200%モジュラス値の値とは、単位がKgと記載されているので荷重であると認められるものの、厚さの規定がないので不明瞭であり、シートbは追従性の悪いことが記載されているにもかかわらず、請求項1記載の発明の実施例であると記載された点が不明瞭であるから本件特許明細書には不備があり、本件特許は特許法36条第4項若しくは第5項及び第6項の規定に違反してなされたものである旨の主張をしている。
そして、上記甲第2号証には、「表面処理、・・・フィルムやシートを金型にインサートして、射出成形と同時に加飾・高機能化する手法が生産性の向上や新しい意匠性の付与の意味から脚光を浴びている。」(22頁左欄5〜10行)、「さらに深絞りに対応するため、事前にフィルムを加熱して真空成形により予備成形した後に射出成形する手法が大日本印刷(サーモジェクト法 図15)や日本写真印刷(ハイインモールド法)によって開発された。」(22頁中欄11〜16行)、「三菱ガス化学はポリカーボネート(PC)のシートを成形品の形状に打ち抜いて、金型にインサートして同時射出成形する方法(CFI:Coated Film Insert)を開発した。」(23頁中欄12行〜右欄3行)と記載されている。
甲第1,3,4及び5号証については、上記II.2.2.)(a)についてに示したとおりの理由で、訂正後の本件発明が前記甲各号証に記載されたものといえない。また、同号証のいずれにも「構成a」について記載も示唆もないから、訂正後の本件発明が前記各号証の記載に基づき当業者が容易に発明できたものということはできない。また、甲第2号証にも構成aについての記載も示唆もないから、前記甲第1,3〜5号証記載の発明に甲第2号証記載の発明を組み合わせてみても、訂正後の本件発明を容易に想到しうるということはできない。
また、本件明細書の記載不備は訂正請求により訂正された明細書において、上記II.2.2)(b)に記載したとおり解消している。
4.(1)異議申立人日本写真印刷(株)
甲第1号証(”工業材料”Vol.40 No.9(平成4年)p.31-37)、甲第2号証(刊行物2)及び甲第3号証(特開昭4-75085号公報)を提出して、訂正前の本件発明1〜4は甲第1〜3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に違反しており、さらに本件特許明細書に不備があり、本件特許は特許法36条第4項若しくは第5項及び第6項の規定に違反してなされたものであるから本件特許は取り消されるべきであるとの異議の申立を行った。
(2)判断
甲第1号証には、「サーモジェクトは、ラミネートタイプと転写タイプがあるが原理はいずれの場合も同じであり、射出成形金型内でフィルム(あるいはシート)を金型形状に予備成形(真空圧空成形)し、型締め後射出成形を行うというものである。従来、別工程で真空成形を施したフィルムを射出金型へ装着してから射出成形するインサート成型法も行われていたが、サーモジェクト法は予備成形を射出金型内で行い、一貫工程とした方法である。」(32頁右欄下より6行〜33頁4行)と記載され、甲第3号証には、「本発明の転写箔(1)は、第1図に図示した如く基材層(10)/転写層(11)といった構成の転写箔が用いられる。基材層(10)としては、成形同時転写時に箔切れ等を生じないものが必要であり、引張破断強度が100kg/mm2以上でなおかつ破断伸度が200以上であるフィルムが用いられる。具体的には、二軸延伸高密度ポリエチレン・・・等の二軸延伸ポリエチレンフィンが用いられる。」(2頁右上欄12〜16行)、「本発明は同時成形転写方法において用いられる転写箔に関し、深絞り成形したときでも箔切れすることのない転写箔に関するものである。」(1頁左下欄12〜14行)と記載されているが、各甲号証のいずれにも訂正後の本件発明の構成aに関する記載も示唆もない。
また、本件特許明細書の記載不備は上記II.2.2)bについてにおいて記載したとおりすべて解消している。
5(1)異議申立人戸川公三
甲第1号証(刊行物1)、甲第2号証{異議申立人 日本写真印刷(株)の甲第1号証と同じ}、甲第3号証(特公平4-19924号公報)、甲第4〜6号証(刊行物2〜4と同じ)、甲第7号証{″合成樹脂″Vol.37,No.5,(’91年発行)p.36-43}、甲第8号証(JIS 電気用ポリエステルフィルム JISC2318-1972{昭和47年改訂)p.1-4}、甲第9号証{″プラスチック読本″(1971年)p.249}、甲第10号証(商品カタログ「ルミラー 二軸延伸ポリエステルフィルム」)甲第11号証(商品カタログ「テイジンテトロンフィルム」、’85年)、甲第12〜14号証(取消理由で引用した大工研報)、甲第15号証(大工研報第335号)、甲第16号証(取消理由で引用した大工研報)及び甲第17号証(特開平7-1825号公報)を提出し、訂正前の本件発明1、2及び4は甲第12〜16号証の記載を参考にすれば甲第1〜11分証に記載された発明であるか、またはこれらの甲号証に記載された発明に基づいて容易に発明できたものであるから、訂正前の本件発明1,2及び4に係る特許は特許法第29条第1項第3号または第2項の規定に違反するものであり、訂正前の本件発明3は甲第17号証に記載された発明と同一であるから、当該特許は特許法第39条第第1項の規定に違反してなされたものであり、さらに本件特許明細書に不備があり、本件特許は特許法36条第4項若しくは第5項及び第6項の規定に違反してなされたものであるとして、本件特許は取り消されるべきであるとの異議の申立を行った。
(2)判断
甲第1、2、12〜14、16号証には上記したとおりの技術事項が記載され、甲第3号証には、「転写シートを射出成形金型中に置き、樹脂を射出して成形するとともに成形品の表面に絵柄を転写する成形品の射出同時絵付け方法において、厚さ38μのポリエステルフィルム(東レ「ルミラー」)を基体シートとする」(2欄17行〜6欄40行)旨が、甲第7号証には、「サーモジェクト法における特徴は、ラミネート用シートあるいは転写箔を射出成形のキャビティ内で予備成形した後、射出成形する事にある。シートの熱晟形性は温度に対するシートの抗張力と破断伸び率により評価しておく必要がある」(38頁右欄2行〜39頁右欄8〜10行)旨が、甲第8号証には、ポリエステルフィルムの引張強さと伸び率の試験法について記載され、甲第9号証には、「引張り速度の影響 引張り速度が大きくなれば、一般に降伏応力、引張り強さは大きくなり、伸びは小さくなる傾向が認められる」(249頁左欄6〜9行)ことが、甲第10号証に「引張り強度曲線の温度による変化・・・(38μ)の”ルミラー”を-20〜+200℃の温度で測定したときの引張り強度伸度曲線は、図3に示す通りです。測定法はJIS C2318-72です。」(4頁)と、甲第11号証にはテトロンフィルム タイプ:S-50(MD)について引張り強さと伸びの温度依存性を示すグラフが、甲第15号証には資料SUS304 t=0.1について試験し、引張り試験において測定した最大荷重、破断時伸び、破断時荷重及び変化状体が記載されているが、いずれにも訂正後の本件発明に係る「構成a」について記載も示唆もされていない。
また甲第17号証には、「転写箔が成形される温度周辺にて、200%モジュラス強度が5〜15Kg/cm2の範囲となる温度領域が30℃以上あり、且つ厚みが80μm以下のポリ塩化ビニルフィルムからなる基材シートを用いたこととを特徴とする成形性転写箔」(特許請求の範囲の請求項1)が記載されているが、訂正後の本件発明の構成aについては記載されていない。
また、特許明細書の記載不備は上記II.2.2)bについてに記載したとおり解消している。
したがって、異議申立人の主張はいずれも採用できず、本件特許異議申立の理由及び証拠によって本件特許を取り消すことができない。
また、他に本件請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
射出成形同時絵付け用シート及びそれを用いた絵付け方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】予め加熱軟化せしめた絵付けシートを雌型キャビティ内周面に沿うように延伸密着させた後、雌雄両金型を型締めし、溶融樹脂を注入充填せしめる方式の、射出成形同時絵付け方法に用いられる絵付けシートであって、該シートは降伏点を持つ素材から形成されており、かつ50μmの厚さのものを10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの降伏点以降の荷重が0.6kg以上であり、更に50μmの厚さのものを10mm幅に切断した該シートを7%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの荷重(200%モジュラス値)の100℃〜120゜Cにおける値が0.3kg以下である射出成形同時絵付け用シート。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は射出成形同時絵付け用シートに関する。
【0002】
【従来の技術】
射出成形同時絵付け法とは、射出成形の際に雌雄金型間に挿入した絵付け用シートをキャビティ内に射出注入する熔融樹脂と一体化させ、成形体表面に絵付けをする方法であり、用いる絵付け用シートの違いにより、ラミネート印刷法又は転写印刷法と呼ばれている。すなわち、ラミネート印刷法においては、基材フィルム及び絵柄層からなる絵付け用シートの全層が成形体表面に接着一体化して化粧層となる貼合わせ絵付け用シート(ラミネートシート)が用いられ、転写印刷法においては、成形体表面に一体化した絵付け用シートのうち基材フィルムのみを剥離し、絵柄層などの転写層を成形体側に残留させ化粧層とする転写シートが用いられる。
【0003】
射出成形同時絵付け方法の一例を転写シートを用いる場合について、図2、図3を参照して説明する。この装置60は、雌金型70とこの雌金型70の側方に対向配置された雄金型80とを備えている。雌金型70は、得るべき成形体の外形に対応するキャビティ72が設けられるとともに、その内部に上記キャビティ72に開口する吸気孔74が設けられていて、シリンダなどからなる進退装置75により雄金型80に対して接近-離隔する方向に進退動せしめられるようになっている。また、雄金型80は、上記キャビティ72内に挿入されるコア部82を有し、その内部に溶融樹脂の注湯孔(ゲート)84が設けられている。そして、必要に応じて、上記雌金型70と雄金型80との間に進退可能に熱盤90が配される。
【0004】
かかる装置60を用いて射出成形と同時に絵付けを行うには、まず、雌金型70の側方に絵付け用の転写シート100を対向配置し、この転写シート100を必要に応じて上記熱盤90により100℃〜120℃程度で加熱軟化させ、次いで、転写シート100を雌金型70と熱盤90との間に挟んでキャビティ72の開口面を閉じ、雌金型70に設けられた吸気孔74を通じて真空引きを行うとともに、熱盤90に設けられた通気孔を通じて圧空供給を行う。両金型は通常30〜50℃程度に加熱されている。
【0005】
それにより、転写シート100は図2に示される如くに、キャビティ72の内周面に沿うように延伸せしめられて密着する。この工程は一般に予備成形と呼ばれており、通常100〜120℃程度にシートを軟化させまた最大200%程度まで延伸させる。
続いて、熱盤90を退避させたもとで、図3に示される如くに、雌金型70を前進させることにより、雄金型80と合体させて型締めを行った後、雌金型70と雄金型80との間に形成されるキャビティ空間に雄金型80に設けられた注湯孔84を通じて溶融樹脂を注入充填して射出成形を行う。
【0006】
それにより、雌金型80内の転写シート100が注入樹脂(成形体P)と一体化して貼り付き、射出成形完了後に型開きを行うと、型内から外表面に転写シート100が貼着された成形品が取り出される。
後工程において、成形体S外表面に一体化した転写シート100のうちの基材フィルムのみを剥離し、絵柄層などの転写層を成形体S側に残留させて転写層となすことにより絵付けが完了する。
【0007】
上記の記載から分かるように、このような射出成形同時絵付け方法においては転写シート100が予備成形時にあるいは熔融樹脂の射出時に、キャビティ72の内周面に沿うように延伸せしめられて密着し得ること(成形性)、その際に、転写シートが圧空作用によりあるいは熔融樹脂の圧力、剪断応力による引っ張りなどによって金型形状に沿うために最低必要な量以上には伸ばされて変形しないことがよい成形品を得るための重要な要件となる。このことは、転写シートの代わりにラミネートシートを用いる場合も同様であり、特に、奥行きの深い金型を用いるような成形においては、転写シートあるいはラミネートシートに深い絞りがなされることから重要な要件となる。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
従来、好ましい成形性が得られるように、転写シート及びラミネートシートの基材フィルムとしては、熱成形性の良い、ポリ塩化ビニル(PVC)、アクリルニトリル・ブタジエン・スレチン共重合体(ABS)などが用いられているが、特に深い絞りを必要とする場合などにおいて、予備成形時の圧空成形により、さらには射出成形時の射出熔融樹脂の熱及び圧力により、絵付け用シートに過度の変形、流動、破れなどが生じる場合があり、また、樹脂注入ゲートのまわりのフィルムが射出樹脂によって伸ばされフィルムが成形品に食い込む場合があった。
【0009】
そのような基材フィルムの破損、変形を防止するために、従来、金型温度を低くすることが行われているが、急冷にともない成形品に内部応力が残留し、成形後にソリが生じるなど必ずしも満足した結果が得られていない。一方、基材フィルムに対しても、素材となるフィルムを種々選択すること、その厚みを適切なものとすること、添加する可塑剤の量や種類を調整すること、樹脂の重合度を調整すること、などを通して良好な成形性を持つ絵付けシートを得るための改善がなされてきているが、いまだ成形性を十分に満足した絵付けシートが得られているとは言いがたい。
【0010】
本発明の目的は、従来用いられている任意の金型を用いて通常の条件下で深い絞りのある射出成形同時絵付けを行うような場合であっても、その予備成形時及び射出整形時において、過度の変形、流動、破れなどが生じることのない絵付け用シートを得ることにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記の課題を解決しかつ目的を達成するために、本発明者らは射出成形同時絵付け用シートについて鋭意実験と研究を行った。その過程を通じて、良い成形性を有し予備成形時或いは射出成形時に破損などを生じない絵付け用シートを得るためには、樹脂が射出される環境下で引張り速度が一定値となるように荷重を負荷した場合における絵付け用シートの持つ応力と伸び(歪み)との関係が特定の関係にあること、及び好ましくは絵付け用シートを予備成形するときの環境下でかつ引張り速度が一定の条件下で所定の伸び(200%)を生じさせる場合の荷重と温度との関係(200%モジュラス)が特定の関係にあることが必要であることを知覚した。
【0012】
本発明は上記の知覚に基づくものであり、さらに実験と研究を重ねることにより、射出成形同時絵付け方法に用いられる成形用絵付けシートとして、それが降伏点を持つ素材で形成される場合には、50μmの厚さのものを10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの降伏点以降の荷重が0.6kg以上であることが、所期の目的を達成するための条件であることを確認した。
【0013】
さらに、好ましくは、50μmの厚さのものを10mm幅に切断した該シートを7%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの荷重(200%モジュラス値)であって100℃〜120℃の値が0.3kg以下である場合には、特に予備成形時の成形性に優れていることを確認した。
すなわち、上記荷重と200%モジュラス値の数値範囲と射出成形時の絵付けシートの過度の伸び、変形の有無及び予備成形時の絵付けシートの成形性の良否とに相関関係があることを見出し、また、上記のような物性値を持つ同時絵付け用シートを用いることにより、良好な絵付けをなす射出成形同時絵付け方法を実施できることも確認した。
【0014】
本発明において、成形用絵付けシートとは、基材シートと転写層あるいは印刷絵柄層などからなるいわゆる絵付けシート全体を指しているが、基材シートの厚みに対して転写層あるいは印刷絵柄層の厚みはきわめて薄いものであり、熱的挙動、力学的挙動ともに基材シートの物性値が同時絵付け用シート全体の挙動を決定するものであることから、実質的に基材となるシートのみを指すものと解しても差し支えない。
本発明において、引っ張り速度とは、
〔(伸びを測定する時点t2におけるチャック間距離-伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)÷(伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)〕÷(t2-t1)×100
ただし0≦t1<t2である。
【0015】
本発明が所期の目的を達成するのは、前記のようにその荷重及び200%モジュラス値が所定の要件を満足すれば十分である。従って、本発明の実施に際して同時絵付け用シート(あるいは基材シート)を構成する素材は直接的には任意であり、通常の射出成形同時絵付けを行うのに用いられる素材は前記した条件を満足する態様で用いられることを条件としてすべて適用可能である。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール、エチレン-酢酸ビニル共重合体などのビニル系樹脂、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル樹脂、ポリメタアクリル酸メチルなどのアクリル樹脂、などを単独であるいは積層して適宜用いることができる。
【0016】
これらの樹脂シートに所望の200%モジュラス値、降伏点以降の荷重を賦与せしめるための方法としては、樹脂の力学的、熱的物性を調整する公知の方法を適用すればよい。
例えは、ポリ塩化ビニル樹脂の場合を例にとれば、その重合度、可塑剤量(及び種類)、及び/又は共重合化(酢酸ビニルなどとの)である。一般に、
・〔可塑剤量;多、重合度;低、塩化ビニル以外の単量体の共重合比;多〕の場合・・・・・・・上記200%モジュラス値→低下
降伏点以降の荷重 →低下、であり、
・〔可塑剤量;小、重合度;高、塩化ビニル以外の単量体の共重合比;小〕の場合・・・・・・・上記200%モジュラス値→増加
降伏点以降の荷重 →増加、となる。
【0017】
ただし、可塑性は可塑剤の種類によっても依存し、一般にフタル酸ジオクチルの方がトリクレジルフオスフェートよりも、上記値は増加する。
また、ポリエチレン樹脂の場合は、
・(低結晶度)高圧ポリエチレンの場合・上記200%モジュラス値→低下
降伏点以降の荷重 →低下
・(高結晶度)低圧ポリエチレンの場合・上記200%モジュラス値→増加
降伏点以降の荷重 →増加
であり、さらに、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンチレフタレートなどの熱可塑性線型ポリエステルの場合は、
・延伸倍率;小・・・・・上記200%モジュラス値→低下
降伏点以降の荷重 →低下
・延伸倍率;大・・・・・上記200%モジュラス値→増加
降伏点以降の荷重 →増加
などであり、これら手法を用いて、前記の荷重、モジュラス値が所定の範囲内に入るように調整する。
射出成形に用いる金型の態様、熔融樹脂の種類なども通常のものをすべて適用可能であり、特に制限はない。
【0018】
【実施例】
以下、実施例及び比較例により本発明を説明する。
〔実施例及び比較例、その1〕
1.表1及び表2に示す物性値を持つ3枚のシートa.b.cを用意した。
すなわち、表1は、10mm幅のシートに対して同一温度環境下(50℃)で引張り速度が一定値(30%/秒)となるように荷重を負荷した場合の応力-歪み曲線(S-S曲線)である。また、表2は、同じシートに対して引張り速度が一定(7%/秒)の条件下で所定の伸び(200%)を生じさせる場合の荷重と温度との関係(200%モジュラス)を示すグラフである。表1及び表2から、シートa.bは降伏点を有していて降伏点以降の荷重は0.6kg以上であり、シートCは降伏点は有しておらず10%伸び以降の荷重が0.6kg以下であることがわかる。また、100℃及び120℃での200%モジュラス値は、シートa、cは0.3kg以下であり、シートbは0.3kg以上であることがわかる。シートa.b.cの素材は、ポリ塩化ビニルであり、その重合度、可塑剤、厚みはそれぞれ、表3の通りである。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
2.上記各シートに対して以下の構成にグラビア印刷を施して転写フィルムA、B、Cを得た。
印刷インキ
離型層・・・・イソシアネートを硬化剤とする2液硬化型ポリウレタン樹脂にシリカを3重量部添加したものを、3μm(乾燥時)塗布した。
剥離層・・・・アクリル系(昭和インク ハクリ46-7)
絵柄層・・・・アクリルと塩化ビニル酢酸ビニル共重合体との混合物(昭和インク BC-72)
接着剤層・・・・アクリル(昭和インク HS-32)
【0023】
3.上記の各転写フィルムA、B、Cを400mm×125mmに裁断し、図1に示すような波型状の形状を持つ金型(雌型)に対して、以下の条件下で予備成形を行った。
成形条件
加熱 熱盤の設定温度 180℃
熱盤-フィルム間非接触 離間距離 15mm
加熱時間 10秒
フィルム温度 110℃
真空圧空成形 上記加熱後、金型(雌型)から真空引き、熱盤より加圧を行い金型内面に予備成形を行った。
【0024】
4.予備成形性を判定した。
フィルム 成形性
A ○
B ×
C ○
フィルムBは、波状部分の形状において一部金型から浮いている部分があり、形状の追従性が不足していた。
【0025】
5.上記成形後に、以下の条件で射出成形を行った。
射出樹脂 ポリスチレン(住友化学 エスブライトM566)
樹脂温度 210℃
金型温度 50℃
射出時間 3秒
冷却時間 20秒
ゲート 6箇所
金型解放後、成形品をフィルムからはがし表面に絵柄をもつ成形品を得た。各成形品の表面性状を目視により観察した。
転写フィルムAによる成形品・・・良好
転写フィルムBによる成形品・・・予備成形されなかった部分(波状部分の形状において一部金型から浮いていた部分)が破れてフィルムが成形品に食い込んでいた。
転写フィルムCによる成形品・・・ゲートの周りのフィルムが射出成形によって伸ばされ、フィルムが成形品に食い込んでいた。
【0026】
6.検討
上記の観察結果から、転写フィルムBは予備成形性が不足であり、転写フィルムCは予備成形後フィルムが伸びやすいために、50℃の金型上で射出樹脂の流れにより伸ばされてしまうことが分かる。
7.次に、図1に示した金型から波状部分をなくした金型を用いて、同じ成形を行った。
【0027】
8.予備成形性を判定した。
フィルム 成形性
A ○
B ○
C ○
【0028】
9.各成形品の表面性状を目視により観察した。
転写フィルムAによる成形品・・・良好
転写フィルムBによる成形品・・・良好
転写フィルムCによる成形品・・・ゲートの周りのフィルムが射出成形によって伸ばされ、フィルムが成形品に食い込んでいた。
【0029】
10.検討
上記の観察結果から、射出成形後ゲート付近のフィルムのしわをなくすためには、金型温度50℃により50℃程度に暖められるシートの引張り強度が0.6kg以上(50μmの厚さ、10mm幅)必要であり、複雑な形状の成形性をだすためには100℃〜120℃の200%モジュラスが0.3kg以下(50μmの厚さ、10mm幅)でなければならないことが分かる。
転写フィルムBは200%モジュラス値が0.3kg以上であることがら形状が複雑な成形品に追従しない結果をもたらしており、転写フィルムCは降伏点以降の荷重が0.6kg以下であることから熔融射出樹脂によりフィルムが伸ばされる結果をもたらしているものと推測される。
【0030】
【発明の効果】
成形性の良い射出成形同時絵付け用シートを得ることができ、また該シートを用いた射出成形同時絵付け方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
成形に用いた金型を示す断面図及び一部拡大図。
【図2】
射出成形同時絵付け方法による成形工程を示す図。
【図3】
射出成形同時絵付け方法による成形工程を示す図。
【符号の説明】
70…雌金型、72…キャビティ、80…雄金型、84…ゲート、90…熱盤、100…転写フィルム、P…熔融樹脂
 
訂正の要旨 ▲1▼訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1乃至3に係る記載
「【請求項1】射出成形同時絵付け方法に用いられる成形用絵付けシートであって、該シートは降伏点を持つ素材から形成されておりかつ10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの降伏点以降の応力値が0.6kg以上である同時絵付け用シート。
【請求項2】射出成形同時絵付け方法に用いられる成形用絵付けシートであって、該シートは降伏点を持たない素材から形成されておりかつl0mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの10%伸び以降の応力値が0.6kg以上である同時絵付け用シート。
【請求項3】上記成形用絵付けシートであって、10mm幅に切断した該シートを7%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの値(200%モジュラス値)であって100℃〜120℃の値が0.3kg以下である請求項1又は2記載の同時絵付け用シート。
【請求項4】請求項1ないし3いずれか記載の同時絵付け用シートを用いた射出成形同時絵付け方法。」を
「【請求項1】予め加熱軟化せしめた絵付けシートを雌型キャビティ内周面に沿うように延伸密着させた後、雌雄両金型を型締めし、溶融樹脂を注入充填せしめる方式の、射出成形同時絵付け方法に用いられる絵付けシートであって、該シートは降伏点を持つ素材から形成されており、かつ50μmの厚さのものを10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの降伏点以降の荷重が0.6kg以上であり、更に50μmの厚さのものを10mm幅に切断した該シートを7%/秒の速度で200%まで伸ばしたときの荷重(200%モジュラス値)の100℃〜120℃における値が0.3kg以下である射出成形同時絵付け用シート。」と変更する。
▲2▼訂正事項b明細書「発明の詳細な説明」
(a)【0001】第1行目「及びそれを用いた絵付け方法」を削除する。
(b)【0010】第4行目[ことにあり、またその絵付けシートを用いた絵付け方法を得る」を削除する。
(c)【0011】第3行目「及びそれを用いた絵付け方法」を削除する。
(d)【0012】第4行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(e)【0012】第5〜7行目「であること、降伏点を持たない)素材で形成される場合には、10mm幅に切断した該シートを50℃の環境下で30%/秒の速度で引っ張るときの10%伸び以降の応力値が0.6kg以上」を削除する。
(f)【0013】第2行目「ときの値」を「ときの荷重」に変更する。
(g)【0013】第5行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(h)【0015】第1行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(i)【0016】第1、8、11行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(j)【0017】第5、7、11.13、14行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(k)【0018】第10、11行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(l)【0129】第9行目「応力値」を「荷重」に変更する。
(m)【0014】末行に
「本発明において、引っ張り速度とは、〔(伸びを測定する時点t2におけるチャック間距離-伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)÷(伸びを測定する時点t1におけるチャック間距離)〕÷(t2-t1)×100
ただし0≦t1<t2である。」と補正する。
(n)制訂正明細書の第4ページの【0012】及び【0013】に記載の「10mm幅に切断した」を「50μmの厚さのものを10mm幅に切断した」に変更する。
(o)訂正明細書の第12ページの【0029】の4行目及び5行目に記載の「(10mm幅)」を「(50μmの厚さ、10mm幅)」に変更する。
異議決定日 1999-06-03 
出願番号 特願平5-150888
審決分類 P 1 651・ 531- YA (B29C)
P 1 651・ 113- YA (B29C)
P 1 651・ 121- YA (B29C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 加藤 友也  
特許庁審判長 石橋 和美
特許庁審判官 仁木 由美子
喜納 稔
登録日 1997-08-29 
登録番号 特許第2690258号(P2690258)
権利者 大日本印刷株式会社
発明の名称 射出成形同時絵付け用シート及びそれを用いた絵付け方法  
代理人 安田 徹夫  
代理人 伊藤 克博  
代理人 平木 祐輔  
代理人 大島 正孝  
代理人 平木 祐輔  
代理人 金田 暢之  
代理人 早川 康  
代理人 石橋 政幸  
代理人 渡辺 勝  
代理人 若林 忠  

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