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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) H04N
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備 無効とする。(申立て全部成立) H04N
管理番号 1023563
審判番号 審判1999-35001  
総通号数 15 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1980-05-21 
種別 無効の審決 
審判請求日 1998-12-28 
確定日 2000-09-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第1323546号発明「色信号出力回路」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第1323546号発明の特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1 手続きの経緯
本件特許第1323546号に係る発明についての出願は、昭和53年11月15日に出願され、昭和61年6月27日にその発明について特許の設定登録された。 その後平成10年12月28日、その特許について無効審判申立人 株式会社ナナオより無効審判の請求がなされた。

2 特許発明の要旨について
本件発明の要旨はその特許請求の範囲に記載されたとおりの次のものである。
「1)グリットが共通に接続された3電子銃を有するカラー映像管と、3色の色信号をそれぞれ増幅する3つの増幅器と、これら増幅器を駆動する第1の直流電源と、第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源と、各増幅器毎に設けられ、対応する増幅器の出力に接続される入力端子と対応する電子銃のカソードに接続される出力端子とを各有し、入力端子に供給される信号をその直流レベルをシフトして出力端子に伝達する3つの直流レベルシフト装置と、各直流レベルシフト装置毎に設けられかつ第2の直流電源に接続され、直流レベルシフト装置におけるレベルシフト量を第2の直流電圧の範囲内で互いに独立して調整する3つの調整装置とからなることを特徴とする色信号出力回路。」
なお、実施態様として以下の2)ないし4)が記載されている。
2)上記調整装置は分割端子を有し、第2の直流電源電圧を分割して可変の分割電圧を分割端子に発生する可変分割手段からなり、上記直流レベルシフト装置は入出力端子間に挿入されたコンデンサと、出力端子と可変分割手段の分割端子との間に接続されたスイッチとからなることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の色信号出力回路。
3)上記スイッチはトランジスタからなることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の色信号出力回路。
4)上記スイッチは直列接続されたトランジスタとダイオードとからなることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の色信号出力回路。」

3 請求人の求めた審決及び主張
審判請求人は、本件特許第1323546号を無効とする、審判費用は、被請求人の負担とする趣旨の無効審判を請求し、証拠方法として下記の書証をもって以下に示す3つの無効理由により本件特許は無効にされるべきであると主張する。

甲第1号証 特許第1323546号登録原簿の写し
甲第2号証 特公昭60-50112号公報
甲第3号証 特開昭49-131539号公報
甲第4号証 テレビ技術1971年9月号臨時増刊、昭和46年9月15日発行
甲第5号証 特開昭55-67285号公報
甲第6号証 全テレビ(ビデオ)回路図集、第17集、電波新聞出版部、昭和58年7月25日、第121,138,139頁

3.1 無効理由1について
1)昭和58年12月26日付けの手続き補正書(以下第1回補正という)における、本件特許の明細書の特許請求の範囲第1項の「入力端子」、「出力端子」、「調整装置」、請求項2の「スイッチ」、「分割端子」、「分割電圧」および「可変分割手段」、並びに詳細な説明の「第1〜第4グリッドは共通化され」(前掲手続き補正書の第3頁第3行、即ち本件公告公報(甲第2号証)第2頁第3欄第1行に相当)は、出願当初の明細書および図面に記載されていないものであるから、これらは要旨変更である。
また、「スイッチ」が特許請求の範囲第3項および第4項にいう2通りの実施態様を取りうる点」については、出願当初の明細書および図面に記載されていないものであるから、これらは要旨変更である。
2)昭和59年10月29日付け手続き補正書(以下第2回補正という)における、特許請求の範囲請求項1の「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」の点については、出願当初の明細書及び図面には記載されていなかったのであるから、これは要旨変更である。
3)したがって、特許法第40条により本件発明の出願日は、より最新の手続き補正書が受理された昭和59年10月29日とすべきところ、本件特許の公開公報である甲第5号証(特開昭55-67285号公報)と甲第6号証(全テレビ(ビデオ)回路図集、第17集、電波新聞出版部、昭和58年7月25日、第121,138,139頁)を組み合わせて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、本件特許は無効である。

3.2 取消理由2について
1)本件発明は甲第3号証(特開昭49-131539号)及び甲第4号証(テレビ技術1971年9月号臨時増刊、昭和46年9月15日発行)を組み合わせて容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、本件特許は無効である。
これを詳説すれば、以下のとおりである。
本件特許発明と、甲第3号証に記載された引用発明とを対比すると、後者の陰極線管41、映像増幅用トランジスタ11、16、20、直流電源端子22、端子42からの直流電圧は、それぞれ前者のカラー映像管、3つの増幅器、第1の直流電源、第2の直流電源に対応しており、後者の結合コンデンサ23、26、29、ダイオード24、27、30、可変抵抗25、28、31は、前者の3つの直流レベルシフト装置に対応し、後者の可変抵抗25、28、31は、前者の3つの調整装置に対応している。そうすると、前者が「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」を使用するのに対し、後者が直流電源端子22、端子42の各電圧の大小が不明である点においてのみ相違し、他のすべての点において実質的に一致している。
一方、甲第4号証には、映像出力用のトランジスタTR8(本件特許発明の構成要件「3色の色信号をそれぞれ増幅する3つの増幅器」に相当)を駆動する直流電圧(同構成要件の増幅器を駆動する第1の直流電源に相当)を90Vとし、ブラウン管VIのカソードに供給する直流電圧(同構成要件の直流レベルシフト調整用の第2の直流電源に相当)を300Vとすることにより、本件特許発明の「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」の点が明瞭に記載されている。
ここで、甲第4号証の技術は、モノクロテレビに関するものであり、ブラウン管VI が1電子銃のみを有するモノクロ用ブラウン管であって、カラー映像管(CPT)でない点が異なるが、かかる相違点は、甲第4号証に記載の引用発明を本件特許発明に適用するに際し、この適用を妨げる根拠とはならない。
本件特許発明の目的は、広帯域化された色信号出力回路を提供することにあり、本件特許発明の効果のうち、増幅器8R、8G、8Bの直流電圧を低くでき、消費電力を低下でき、負荷抵抗の抵抗値を小さくでき、したがって、増幅器8R、8G、8Bを構成する半導体素子の耐電圧を小さくして広帯域化を経済的に行なえる点、増幅器8R、8G、8Bの負荷抵抗の抵抗値を小さくできるので、カットオフ周波数を高くして通過帯域を広げることができる点は、すべて本件特許発明の構成要件「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」に依存しており、これらの点は、各色の増幅器8R、8G、8BからCPT1のカソードに至る各色信号の回路が互いに独立であることからして、甲第4号証のモノクロテレビにおいても、全く同等に成立することが自明である。
なお、本件特許発明の効果のうち、カットオフ電圧のばらつき吸収のための調整が増幅器8R、8G、8Bに対して悪影響を与えず、増幅器8R、8G、8Bの動作点を最適に設定でき、増幅器8R、8G、8Bの特性差も小さくできる点は、カラーテレビ特有の効果であるが、この点は、甲第3号証に記載の引用発明により当然に実現し得る。 甲第3号証の発明も、コンデンサ23、26、29を介し、映像増幅用トランジスタ11、16、20(増幅器8R、8G、8Bに相当)と、陰極線管41のカソード36、37、38とが直流的に完全に分離されており、本件特許発明と同等に構成されている。
2)また、本件発明は以下のとおり、甲第3号証のみに基づき容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定により拒絶すべきものである。
すなわち、甲第3号証には、第1図として、映像増幅用トランジスタ11、16、20用の直流電源端子22(本件特許発明の第1の直流電源に対応)と、陰極線管41のカットオフ電圧調整用の直流電圧を供給する端子42(本件特許発明の第2の直流電源に対応)とを別個に設ける陰極線管調整装置が記載されている。
また、第1図の回路の動作説明として、「ブランキングの行なわれた信号は、トランジスタ11、16、20のコレクタより取出されるが、エミッタの可変抵抗13、17、21を調整すれば信号の振幅を調整できる。その信号はコンデンサ23、26、29で直流分をカットし、ダイオード24、27、30で直流再生を行なう。再生量は(可変)抵抗25、28、31により調整できる。」と記載され(甲第3号証第2頁左上欄20行〜右上欄6行)、「以上のように本発明によれば、 カットオフ及びホワイトバランスの調整が独立して行なえる。・・・さらに直流再生量やドライブ量を任意に設計できるなどの工業的価値の高いものである。」(同頁左下欄10〜16行)と記載されている。
さらに、第2図として、スクリーングリッド電圧Vsg=A(一定)の場合の陰極線管41のグリッド・カソード間電圧Vg1‐kと陽極電流Ipとの関係が図示されており、カットオフ電圧Vglcut =V6と V1<V6との場合を比較すると、同一陽極電流I0を流すに必要なドライブ電圧はVD5とVDI<VD5となり、同一のI0 を得るためには、Vg1‐kが小さい程ドライブ電圧が少なくて済むことが記載されている。
また、第3図として、スクリーングリッド電圧Vsg=AをVsgl<Aに変化させることにより、カットオフ電圧V3 をVI<V3 に移動させ、同時にカットオフ電圧V4、V5をVIの近傍に移動させ得ることが図示されており、その点が説明されている(同ページ石上欄20行〜左下欄3行)。なお、甲第3号証には、このようにしてカットオフ電圧V3をVI にまで移動させると、ドライブ量を最小にすることができ、陰極線管のカットオフ電圧がVI〜V6までばらつくとしても、単一の陰極線管を見る限り、その特性がV3〜V5のように近接している場合が多く、上記のように調整するとよい旨が記載されており、第4図として、スクリーングリッド電圧Vsgによるカットオフ電圧Vglcut の変化の様子が示されている(同頁左下欄3〜9行)。
以上の甲第3号証の記載内容から、次の各点が明らかである。すなわち、甲第3号証第2図において、VDI<V1、VD5<V6 であるから、ドライブ電圧VD1、VD5は、それぞれ対応するカットオフ電圧V1 、V6 より小さくてよいことがわかる。そこで、このときの映像増幅器の所要ダイナミックレンジ、すなわち映像増幅器の電源電圧は、陰極線管のカットオフ電圧の最大許容値V6より小さくてよいことが明らかである。
一方、陰極線管のカットオフ調整用の直流電圧は、カットオフ電圧の最大許容値V6を考慮して、少なくともV6以上に設定することが必要である。よって、甲第3号証には、直流電源端子22から供給する映像増幅器用の直流電圧よりも端子42から供給するカットオフ調整用の直流電圧を大きくすること、すなわち、本件特許発明の構成要件「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」の点が明瞭に示唆されている。
したがって、 本件特許発明は、甲第3号証のみに基づき容易に発明できたものであり特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

3.3 無効理由3について
本件特許の明細書は、以下の通り多数の記載不備があり、特許法第36条第4項または第5項に規定する要件を満たしていない。
3.3.1 特許請求の範囲第1項(必須要件項)に関して
1)「グリット」は、意味不明である。
2)「第1の直流電源」は、明細書の発明の詳細な説明に全く記載されておらず、具体的に何を指すのか不明である。これについては、発明の詳細な説明や、本件特許発明の実施例を示す第3図のどこにも明示がない。
3)「第2の直流電源」も、明細書の発明の詳細な説明に全く記載がなく、具体的に何を指すのか不明である。「第2の直流電源」とは、電源電圧VB1、VB2のいずれを供給する電源をいうのか、または甲第2号証第5欄第30〜31行の「直流電圧VB1、VB2間電圧」または同第6欄第2行の「VB1、VB2間直流電圧」を供給する電源をいうのか、全く不明である。
4)「第2の直流電圧」とは、具体的に何を指すのか、不明である。
5)「調整装置」も、具体的に何を指すのか不明である。

3.3.2 特許請求の範囲第2項に関して
1)「分割端子」、「分割電圧」、「可変分割手段」も、具体的に何を指すのか不明である。発明の詳細な説明には、これらの用語が全く記載されておらず、説明されていない。
2)「スイッチ」も不明瞭である。発明の詳細な説明には、「スイッチ」に関して、「スイッチとして動作するトランジスタ21」の一文が存在するだけであり(甲第2号証第6欄21〜22行)、この記載からは、スイッチとして動作するトランジスタ21の説明がなされていても、「スイッチ」そのものの説明が全くなされていない。

3.1.3 特許請求の範囲第3項、第4項に関して
それぞれの「スイッチ」が不明瞭であることは、前述のとおりである。

4 被請求人の求めた審決及び反論
被請求人は、「本件請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、その理由としては請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件発明の特許は無効とすることができない旨以下の通り反論する。
4.1 取消理由1についての反論
(1)第1回補正に関して
甲第5号証(本件発明の公開公報)には「3電子銃を有するカラー映像管と、カラー映像管の各カソードに各原色信号をそれぞれコンデンサを介して供給する3つの原色信号増幅器と、コンデンサとカソードとの各接続点にそれぞれ接続されて各原色信号の直流分を互いに独立に再生する3つの直流再生器とからなる色信号出力回路。」(甲第5号証、特許請求の範囲第1項)、「本発明では、原色信号増幅器とカラー映像管のカソードとの間にコンデンサを接続するとともにコンデンサとカソードとの各接続点に直流再生器を接続し、再生される直流電圧を調整することによりカラー映像管のばらつきを吸収するようにしたものである。」(甲第5号証、第3頁左上欄第1行日から同頁同欄第6行目)。と記載されている。これら記載から、それぞれの構成要件は接続点を備えていることは明らかであり、その接続点を「入力端子」、「出力端子」と言い換えたものである。
また、同号証には「直流再生器10Rによって再び直流分が再生されて CPTのカソードに供給される。カソードに供給される原色信号の直流分電圧の調整は可変抵抗器22の調整によって行なうことができるので、この調整により電子銃のカットオフ電圧のばらつきを吸収することができる。」(甲第5号証、第3頁右上欄第4行目から同頁同欄第10行目)、「すなわち、電子銃のカットオフ電圧のばらつきを直流再生器10R、l0G、10Bの調整により行なうようにしたので、増幅器8R、8G、8Bにおいて上記ばらつきを吸収する必要がなく、このため増幅器8R、8G、8Bの電源電圧や負荷抵抗値を必要以上に大きくしなくてよい。」(甲第5号証、第3頁右上欄第10行目から同頁同欄第15行目)と記載されているが、これら記載から、直流再生器10R、 l0G、10Bが直流レベルシフト装置におけるレベルシフト量の調整に用いられることは明らかであり、これを、直流再生器10R、l0G、10Bに対する上位概念を「調整装置」と補正を行ったものである。
更に、同号証には「直流再生器10R、l0G、10B は、それぞれ黒レベル期間に発生するクランプパルスによってオンし、クランプパルス期間以外はオフするトランジスタ21」(甲第5号証、第3頁左上欄第15行目から同頁同欄第18行目)、「トランジスタ21の逆耐圧保護を行なうダイオード23を含む。」(甲第5号証、第3左上欄第20行目から同頁右上欄第1行目)と記載されており、また、甲第5号証第3図には直流再生器10R、l0G、10B中のそれぞれトランジスタ21とダイオード23が記載されているが、この記載に基づき、特許請求の範囲第2項の上位概念「スイッチ」の点、当該スイッチが同第3項、第4項にいう2通りの実施態様をとり得るのであるから、出願当初の明細書、図面に基づくものである。
出願当初の明細書には、「電子銃の第1グリッドが共通でアース電位に設定される。」(甲第5号証第1頁右下欄第13行〜第14行)と記載されているが、当業者にとって各グリッドが共通にされることは自明である。

(2)第2回補正に関して
甲第5号証の第1図は、従来の色信号出力回路図であるが、この回路において、特に出力トランジスタ3R、3G、3Bには1つの電源電圧Vccが供給され、上記電源電圧Vccを用いてCPT1のカットオフ電圧の調整が行われていた。(甲第5号証第2頁左上欄第8行目から同頁左下欄第1行目)
そして、上記のように調整した場合、次のような問題点のあることが記載されている。
1)「第2図に示すように出力トランジスタ3R、3G、3Bのコレクタ電圧は入力信号レベルに応じ、カットオフ電位とゼロ電位間を変化する。このためCPT1のカットオフ電圧のばらつきが大きく、電源電圧Vccが低い場合は、出力トランジスタ3R、3G、3Bの振幅可能範囲は著しく狭いものとなり高出力は得られない」(甲第5証第2頁左下欄第8行目から同欄第15行目)。
2)「カットオフ電圧のばらつきを十分に吸収し、出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作範囲を広げるために電源電圧Vccを増加すれば負荷抵抗2R、2G、2B、出力トランジスタなどの損失が増大し経済的ではない。」(甲第5証第2頁左下欄第15行目から同欄第19行目)。
3)「電源電圧Vccを増加し負荷抵抗2R、2G、2Bを大きくすることにより出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作電流を少なくし、損失を増加させずに出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作電圧範囲を拡大した場合カソード入力容量、出力トランジスタ3R、3G、3Bの出力容量その他配線などの浮遊容量と負荷抵抗2R、2G、2Bで決定される出力回路系のカットオフ周波数が抵下し、高解像度の画面は得られない」(甲第5証第2頁左下欄第19行目から同頁右下欄第8行目)。
4)「電源電圧Vccが増加した場合、出力トランジスタ3R、3G、3Bのコレクタ・エミッタ間に印加される電圧も増加するが、一般にトランジスタのコレクタ・エミッタ間の耐圧が増加するにつれてトランジスタの高周波特性の良好なものが製造しにくい傾向にあるため、トランジスタが高価となり経済的でなくなると同時に広帯域化も困難になり高解像度の画面は得られない」(甲第5証第2頁右下欄第9行目から同頁右下欄第17行目)。
上記1)から4)で挙げた問題点は、1つの電源電圧Vcc を供給することによって、次の2つの課題を解決しようとするために生じるものである。
(a)CPT1のカットオフ電圧のばらつき調整、及び
(b)色信号出力回路の広帯域化
なお、本件発明での作用効果については、次のとおり甲第5号証に記載されている。
「(a)CPT1のカットオフ電圧のばらつき調整」については、「すなわち、電子銃のカットオフ電圧のばらつきを直流再生器10R、l0G、10Bの調整により行なうようにしたので、増幅器8R、8G、8Bにおいて上記ばらつきを吸収する必要がなく、このため増幅器8R、8G、8Bの電源電圧や負荷抵抗値を必要以上に大きくしなくてよい。」(甲第5号証第3頁右上欄第10行目から同欄第15行目)
「さらに、カットオフ電圧のばらつき吸収のための調整が増幅器8R、8G、8Bに対して悪影響を与えないので、増幅器8R、8G、8Bの動作点を最適に設定でき、増幅器8R、8G、8Bの特性差も小さくできる。」(甲第5号証第3頁左下欄第20行目から同頁右下欄第4行目)
「(b)色信号出力回路の広帯域化」については、「電子銃のばらつきを増幅器8R、8G、8B以外で吸収するようにしたため、増幅器8R、8G、8Bの電源電圧を従来のものに比べて抵くでき、消費電力を抵下でき、また、負荷抵抗の抵抗値も小さくできるため増幅器8R、8G、8Bの広帯域化が容易になる。また電源電圧が低いため増幅器8R、8G、8Bを構成する半導体素子も耐電圧が小さいものを使用でき広帯域化を経済的に行なうことができる。」(甲第5号証第3頁左下欄第11行目から同欄第19行目)

ところで、出力トランジタに1つの電源電圧Vcc を供給した場合、前記Vccは、CPT1のカットオフ電圧ばらつき調整分と出力トランジスタ駆動電圧分を含んでいるものである。
そこで、本件特許発明では、上記(a)、(b)の課題を同時に解決するため、上記電源電圧を2つに分け(第1の直流電源電圧と第2の直流電源電圧と称す。)、上記(a)を解決するための電源電圧(第2の直流電源電圧)と上記(b)を解決するための電源電圧(第1の直流電源電圧)をそれぞれ供給する。すなわち、甲第2号証の増幅器8R、8G、8Bに供給する電源電圧(第1の直流電源電圧)を低くすることで上記(b)を解決したものである。さらに、CPT1のカットオフ電圧のばらつき調整をするため、コンデンサ及びコンデンサとカソードとの各接続点に設けた直流再生器10R、l0G、10Bに、増幅器8R、8G、8Bに供給する電源電圧と異なる電源電圧(第2の直流電源電圧)を供給することで、上記(a)を解決した。
換言すると、上記第1の直流電源電圧と第2の直流電源電圧の関係は、甲第5号証第1図、及び第2図の出力トランジスタに供給されていた1つの電源電圧Vccを課題毎に2つの電源電圧に分け、駆動電源電圧の低い色信号出力回路を提供するために増幅器に供給する電源電圧を低くした(第1の直流電源電圧)。
これによって、第2の直流電源電圧は、CPT1のカットオフ電圧のばらつき調整をするために十分な電源電圧を供給しているのであり、第1の直流電源電圧と第2の直流電源電圧の大きさの関係は、第2の直流電源電圧より第1の直流電源電圧が低くなり、言いかえれば、本件特許発明の特許請求の範囲第1項の構成要件の「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」の関係になる。
以上から「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」は、甲第5号証に記載されていた技術内容であって、要旨変更とはいえない。
なお、仮に上記補正が要旨変更である場合、甲第5号証、甲第6号証を組み合わせて本件発明が容易に推考されるという請求人の主張については争わない。(第1回口頭審理調書)

4.2 無効理由2に対する反論
(1)甲第3号証には直流レベルシフトの調整装置は示されているが、電源電圧を異ならせることに関しては全く示されていない。また、色信号出力回路の広帯域化すなわち負荷抵抗の低抵抗化について記載がない。
甲第3号証に以下の記載が認められる。
「次に可変抵抗35について説明する。第2図は陰極線管41のグリッド・カソード間電圧Vg1-kと陽極電流lpとの関係を示す特性図であり、スクリーングリッド電圧Vsg=A(一定)の場合のものである。陰極線管41のヵットオフ電圧VgloutがV6とV1の場合を比較すると同一陽極電流I0を流すに必要なドライブ電圧はVD5とVDIであり、VD5>VDIである。従って、同一の10を得るためにはVg1-kは小さいほどドライブ電圧が少なくてすむことになる。今、ある陰極線管内の三本のビームのカットオフ電圧がV3、V4、V5であったとすると.V3を第2図の点に置かずにV1点にまで移動させる。するとV4もV5も平行に0点の方向に近づく。この条件がドライブ量が最小である。陰極線管のカットオフ電圧はV1〜V6までばらつくとしても単一の陰極線管を見る限り、その特性はV3〜V5のように近接している場合が多いので、上記のように調整するとよい。」(甲第3号証第2頁右上欄第10行目から同頁左下欄8行目)
この記載から、ドライブ電圧が少なくなるように調整することが知られる。この記載には甲第3号証はカソード側の電圧を増幅器側より高くするという考えはなく、電圧を少なく、言いかえれば電圧を小さくするものであると解釈すべきものである。
他方、本件特許発明と甲第4号証を比較してみると、本件特許発明はカラーの映像管の色信号出力回路を対象としているのに対して、甲第4号証はモノクロテレビに関するものである。従って、甲第4号証のものは本件発明の特許請求の範囲の以下の構成要件を備えていない。
1)甲第4号証のものは「グリットが共通に接続された3電子銃を有するカラー映像管」を備えていない。甲第4号証のものは、モノクロテレビを対象にしたものであり、カソード1つが開示されているのみである。
2)甲第4号証のものは「3色の色信号をそれぞれ増幅する3つの増幅器」を備えていない。甲第4号証は、1つのトランジスタTRのみ開示されている。
3)甲第4号証のものは「これら増幅器を駆動する第1の直流電源」を備えていない。甲第4号証は、1つのトランジスタTRに供給する90Vが開示されているのみで、構成要件2でいう3つの増幅器(複数の増幅器)を対象に90Vを供給しているものではない。
4)甲第4号証のものは 「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」を備えていない。第1の直流電源は3つの増幅器を駆動するのに用いられるものであるが、甲第4号証は1つのトランジスタTR8のみに供給する90Vが開示されているため、第2の直流電源は開示されていない。
5)甲第4号証のものは 「各増幅器毎に設けられ、対応する増幅器の出力に接続される入力端子と対応する電子銃のカソードに接続される出力端子とを各有し、入力端子に供給される信号をその直流レベルをシフトして出力端子に伝達する3つの直流レベルシフト装置」を備えていない。甲第4号証は、モノクロテレビを対象にしたものであり、複数の増幅器、またそれら増幅器に対応した直流レベルシフト装置が開示されていない。
6)甲第4号証のものは「各直流レベルシフト装置毎に設けられかつ第2の直流電源、に接続され、直流レベルシフト装置におけるレベルシフト量を第2の直流電圧の範囲内で互いに独立して調整する3つの調整装置」を備えていない。
甲第4号証は、モノクロテレビを対象にしたものであり、複数の直流レベルシフト装置、或いは直流レベルシフト装置におけるレベルシフト量を第2の直流電圧の範囲内で互いに独立して調整する3つの調整装置は開示されていない。すなわち、甲第4号証は、技術分野が異なり、かつ本件特許発明と同じ、又は類似の課題を有しない。従って、両証拠を組み合わすことはできない。
請求人は、甲第4号証は「映像出力用のトランジスタTR8(本件特許発明の構成要件2の色信号を増幅する増幅器に相当)を駆動する直流電圧(同構成要件3の増幅器を駆動する第1の直流電源に相当)を90Vとし、ブラウン管VIのカソードに供給する直流電圧(直流レベルシフト調整用の第2の直流電源に相当)を300Vとすることにより、本件特許発明の構成要件「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」が明瞭に記載されている。」と主張する。
確かに90Vと300Vという違いは確認できるが、しかし、なぜこのような差異を設けたのか、或いは甲第4号証記載の回路図、説明がないため動作を理解することができない。輝度調整用のR316とR715の回路構成から考えて、明らかに第1直流電源の方が第2直流電源より高い直流電源になっている。
また、モノクロ技術と全く関係ない赤、緑、青からなる3色の特性のばらつきを調整するような記載がなく、さらには色信号出力回路の広帯域化すなわち負荷抵抗の低抵抗化についての記載はなく、本件特許発明を容易に推考できるとは言えない。
請求人は甲第3号証と甲第4号証の組合せを主張するが、仮に甲第4号証に本件特許発明の「第2直流電源」の記載があったとしても、これらの組合せを示唆する記載は全くなく、また甲第4号証にはカラー映像管に適用できる根拠も全くない。従って、両者の記載から、本件特許発明のような、色信号出力回路を広帯域化するために増幅器の負荷抵抗の抵抗値を小さくできるようにし、そのためカラー映像管の各電子銃毎にカットオフ電圧のばらつきを吸収するのに充分な電源電圧に接続された、直流レベルシフトの調整装置を設けるとともに増幅器を駆動する電源電圧を直流レベルシフト調整用電源電圧よりも低くした構成を容易に推考できたものであるとは考えられない。また、色信号出力回路の広帯域化すなわち負荷抵抗の低抵抗化についても全く言及されていない。

(2)請求人は本件発明が甲第3号証のみから容易に発明し得たものであると追加して主張する(平成11年12月7日付けの請求人の上申書)が、この主張は審判請求の理由の要旨変更であるが、念のため、上記の請求人の主張について以下のとおり反論する。
本件発明は色信号出力回路を広帯域化するためカットオフ周波数を決定する増幅器の負荷抵抗の抵抗値を小さくできるようにしたものであり、このためカラー映像管の各電子銃毎にカットオフ電圧のばらつきを吸収するのに充分な電源電圧に接続された、直流レベルシフトの調整装置を設けるとともに増幅器を駆動する電源電圧を直流レベルシフト調整用電源電圧よりも低くしたものである。
これに対して、甲第3号証には直流レベルシフトの調整装置は示されているが、電源電圧を異ならせることに関しては全く示されていない。甲第3号証においては電圧の大小関係については全く不明である。したがって、本件発明の電源電圧の関係に相当する構成が示されていない、しかも色信号出力回路の広帯域化すなわち負荷抵抗の低抵抗化については全く言及されていない。したがって、甲第3号証は、本件発明の技術課題およびその解決手段を開示するものではなく、また示唆するものでもない。
さらに、本件発明と甲第3号証のものを比較すると、直流レベルシフト装置に関して以下のとおり相違点がある。
映像信号は、交流信号に加え直流成分と言われる部分を信号中に持っている。すなわち、カラーブラウン管(CPT)では、直流動作点が黒レベルを決定するため、直流分の設定、および安定性は性能そのものを左右する重要な要素である。
そして、本件特許発明の直流レベルシフト装置は設定される直流電圧が安定的に設定できるものである。
この点について、甲第3号証を検討してみると、甲第3号証記載の「直流再生」は、流れる電流によって設定される直流電圧が大きく変動し、正確なカットオフ電圧が設定できないばかりか、色バランスも崩れてしまうため、本件特許発明が狙う広帯域の忠実な映像信号の再生には適用できないものであり、本件特許発明とは全く異なるものである。
すなわち、甲第3号証の動作を検討すると以下のようになる。
甲第3号証の第1図において、信号の直流再生はダイオード24、27、30によって行われる。カソードに至る前にトランジスタ6によってブランキング信号を与えられ、クランプレベルとなる。このため、甲第3号証はピーククランプ方式を採用している。この方式の場合、クランプのタイミング、レベルなどに対する安定性が問題となる。
さらに、甲第3号証の第1図の回路は、可変抵抗器の中点にコンデンサが接続されておらず、クランプ電流に対するインピーダンスが高く、中点の電圧はクランプ電流により大きく変動するため、クランプ電圧が安定せず、正確な黒レベルの再生は期待できない。このため、クランプレベルの電圧が安定しない。
以上のことから本件発明の「直流レベルシフト装置」は、甲第3号証に記載のものと明らかに異なる。
従って、「第2電源電圧が第1電源電圧より電圧が高い」点および本件発明の構成要件である「各増幅器毎に設けられ、対応する増幅器の出力に接続される入力端子と対応する電子銃のカソードに接続、される出力端子とを各有し、入力端子に供給される信号をその直流レベルをシフトして出力端子に伝達する3つの直流レベルシフト装置」は、甲第3号証に記載されておらず、かつ示唆もされていないので、甲第3号証から容易に発明できたと言うことはできない。

4.3 無効理由3に対する反論
4.3.1 請求項1に関連して
1) グリットについては「グリットが共通に接続された3電子銃を有するカラー映像管」については、「第1図において、1はカラー映像管(以下CPTと省略する)・・・一般に最近のインライン型のCPTでは組立精度を上げるため、赤、緑、青のそれぞれの電子銃の第1〜第4の各グリッドは共通化され、カソードのみが電子銃毎に独立して設けられる。」(甲第2号証の第1頁第2欄第15行目から第2頁第3欄第2行目)に記載されている。 「グリット」とは、英語の「grid」をカタカナ表記にした際の単なる表記上の違いであり、別段意味を異ならせるものではない。 従って、「グリット」とは、3電子銃に共通に接続される「グリット」、又は「グリッド」をいうものである。さらに、グリットが共通に接続された3電子銃を有するカラー映像管1は甲第2号証の第1図及び第3図に記載されている。
2)「これら増幅器を駆動する第1の直流電源」については、例えば、甲第2号証の第2頁第4欄第20行目、25行目、38行目の電源電圧Vccを供給する電源が第1の直流電源に相当する。或いは甲第2号証の第3頁第6欄第9行目から10行目の「増幅器8R、8G、8B の電源電圧」を供給する電源が第1の直流電源に相当する。
3)「第2の直流電源」については、第3図に示される直流電圧VB1を供給する電源である。これは甲第2号証第3頁第5欄第30行、同第6欄第2行に記載されているとおりである。
4)「第2の直流電圧」については、甲第2号証第3図から、直流レベルシフト装置(30R、30G、30B )毎に設けられかつ第2の直流電源(直流電圧VB,)に接続され、直流レベルシフト装置(30R、30G、30B )におけるレベルシフト量を第2の直流電圧(直流電圧 VB,)の範囲内で互いに独立して調整する3つの直流分設定器(10R、l0G、10B)がこれに相当する。
5)「調整装置」については、甲第2号証第3図から、直流レベルシフト装置(30R、30G、30B )毎に設けられかつ第2の直流電源(直流電圧VB1)に接続され、直流レベルシフト装置(30R、30G、30B )におけるレベルシフト量を第2の直流電圧(直流電圧 VB1)の範囲内で互いに独立して調整する3つの直流分設定器(10R、l0G、10B)がこれに相当することがわかる。
また、前記調整装置については、例えば甲第2号証に「赤色信号について説明すると、増幅器8Rによって増幅された赤原色信号はコンデンサ9により直流分が除かれ、直流分設定器l0Rによって再び直流分が再生されてCPTのカソードに供給される。」(第3頁第5欄第41行目から同頁第6欄第1行目)と記載されている。
4.3.2 請求項2に関連して
1)分割端子、分割電圧、可変分割手段については、例えば甲第2号証の第3図から、クランプ電圧調整用可変抵抗器22は分割端子を有し、第2の直流電源電圧を分割して可変の分割電圧を分割端子に発生する可変分割手段に相当する。
また、「直流電圧VB、VB2問電圧を分圧するクランプ電圧調整用可変抵抗器22」(甲第2号証第3頁第5欄第30行目から同頁同欄第32行目の)に記載されている。
上記直流レベルシフト装置は入出力端子間に挿入されたコンデンサと、出力端子と可変分割手段の分割端子との間に接続されたスイッチとからなる」については、例えば甲第2号証の第3図から、直流レベルシフト装置(30R、30G、30B )は入出力端子間に挿入されたコンデンサ(9)と、出力端子と可変分割手段の分割端子との間に接続されたスイッチ(トランジスタ21(およびダイオード23))がこれに相当する。
「直流分設定器10R、lOG、10B は、それぞれ黒レベル期間に発生するクランプパルスによってオンし、クランプパルス期間以外はオフするトランジスタ21と、直流電圧VB,、 VB2間電圧を分圧するクランプ電圧調整用可変抵抗器2 2と、トランジスタ21の逆耐圧保護を行なうダイオード23を含む。すなわち、コンデンサ9と直流分設定器10R、l0G、10Bとからなる直流レベルシフト装置30R、30G、30B 」(甲第2号証第3頁第5欄第27行目から同頁同欄第35行目)に記載されている。
請求人は、「スイッチ」に関して、甲第2号証第3頁第6欄第21行目から同頁同欄第22行目の「スイッチとして動作するトランジスタ21」の一文が存在するだけであり、この記載からは、スイッチとして動作するトランジスタ21の説明がなされていても、「スイッチ」そのものの説明が全くなされていないと主張するが、「スイッチとして動作するトランジスタ21」については、明らかに「直流分設定器10R、10G、10B は、それぞれ黒レベル期間に発生するクランプパルスによってオンし、クランプパルス期間以外はオフするトランジスタ21」(甲第2号証第3頁第5欄第27行目から同頁同欄第30行目)にも記載があり、請求人の主張は誤りである。

4.1.3 請求項第3項、第4項について
「上記スイッチはトランジスタからなる」の点については、「直流分設定器10R、 l0G、10Bは、それぞれ黒レベル期間に発生するクランプパルスによってオンし、クランプパルス期間以外はオフするトランジスタ21」(甲第2号証第3頁第5欄第27行目から同頁同欄第30行目)、また「スイッチとして動作するトランジスタ21」(甲第2号証第3頁第6欄第21行目から同頁同欄第22行目)の記載から明らかである。
さらに、「上記スイッチは直列接続されたトランジスタとダイオードとからなる」の点については、「トランジスタ21の逆耐圧保護を行なうダイオード23を含む。」(甲第2号証第3頁第5欄第32行目から同頁同欄第33行目)、また、「さらに出力端子35と電源との間にトランジスタ21とダイオード23とが直列接続されているため、トランジスタ21のコレクタ・エミッタ間容量とダイオード23のアノード・カソード間容量との直列合成容量はスイッチとして動作するトランジスタ21を設けただけの場合のコレクタ・エミッタ容量よりも小さくできる。すなわち、ダイオード23はトランジスタ21の逆耐圧保護を行うとともに出力端子35に接続される容量の低下を行なう。」(甲第2号証第3頁第6欄第17行目から同頁同欄第26行目)の記載から明らかである。

5 当審の判断
5.1 無効理由1についての判断
本件の出願手続きの経緯を精査するに本願明細書の公開時までに補正はなかったものと認められるから出願当初の明細書は本件公開公報の内容と同一であるものと認められる。また、本件についての2回の補正について、要旨変更が認められる場合、出願日が繰り下がることにより、甲第5号証と甲第6号証に基づいて本件発明が容易に発明できたとする点について当事者の間に争いはない。そこで要旨変更の点について検討する。
(1)第1回補正に関して
甲第5号証(本件発明の公開公報)には以下の記載が認められる。
「3電子銃を有するカラー映像管と、カラー映像管の各カソードに各原色信号をそれぞれコンデンサを介して供給する3つの原色信号増幅器と、コンデンサとカソードとの各接続点にそれぞれ接続されて各原色信号の直流分を互いに独立に再生する3つの直流再生器とからなる色信号出力回路。」(甲第5号証、特許請求の範囲第1項)、
および「本発明では、原色信号増幅器とカラー映像管のカソードとの間にコンデンサを接続するとともにコンデンサとカソードとの各接続点に直流再生器を接続し、再生される直流電圧を調整することによりカラー映像管のばらつきを吸収するようにしたものである。」(甲第5号証、第3頁左上欄第1行日から同頁同欄第6行目)。
この記載から、この発明が接続点を備えていることは明らかであるが、その接続点を「出力端子」とし、コンデンサへの入力点を入力端子とするレベル変換回路を想定することは、当初明細書の記載に実質的変動をもたらすものとはいえず、要旨変更であるということはできない。
また、同号証の「直流再生器10Rによって再び直流分が再生されて CPTのカソードに供給される。カソードに供給される原色信号の直流分電圧の調整は可変抵抗器22の調整によって行なうことができるので、この調整により電子銃のカットオフ電圧のばらつきを吸収することができる。」(甲第5号証、第3頁右上欄第4行目から同頁同欄第10行目)、および「すなわち、電子銃のカットオフ電圧のばらつきを直流再生器10R、l0G、10Bの調整により行なうようにしたので、増幅器8R、8G、8Bにおいて上記ばらつきを吸収する必要がなく、このため増幅器8R、8G、8Bの電源電圧や負荷抵抗値を必要以上に大きくしなくてよい。」(甲第5号証、第3頁右上欄第10行目から同頁同欄第15行目)の記載から、直流再生器10R、 l0G、10Bが直流レベルシフト装置におけるレベルシフト量の調整に用いられることは明らかであるから、直流再生器10R、l0G、10Bに対して「調整装置」とすることが要旨変更であるとはいえない。
さらに、同号証には「直流再生器10R、l0G、10B は、それぞれ黒レベル期間に発生するクランプパルスによってオンし、クランプパルス期間以外はオフするトランジスタ21」(甲第5号証、第3頁左上欄第15行目から同頁同欄第18行目)、「トランジスタ21の逆耐圧保護を行なうダイオード23を含む。」(甲第5号証、第3左上欄第20行目から同頁右上欄第1行目)と記載されており、加えて、甲第5号証第3図には直流再生器10R、l0G、10B中のそれぞれトランジスタ21とダイオード23が記載されている。
該トランジスタ21が電子的な「スイッチ」であることは当業者に明らかであるが、その実施態様は、スイッチとしてトランジスタ21を含むものとして理解できるものである。従って、この点で要旨変更があるものともいえない。

(2)第2回補正に関して、即ち、甲第5号証(本件特許の公開公報)に「第2の直流電源の電源電圧が第1の直流電源の電源電圧よりも高い」の点について
甲第5号証に「第2の直流電源の電源電圧が第1の直流電源の電源電圧よりも高い」点について何ら明示的記載のないことについては当事者間に争いはない。
ところで、甲第5号証には、以下の記載があるものと認められる。
「第1グリッドが共通でアースに設定されるCRT(明細書にはCPTと記載されているが、CRTの誤記であることは明らかである)において、その光出力はカソード・第1グリッド間電圧に依存する。赤、緑、青の特性にばらつきが生じており、光出力の立ち上がり電圧が異なる。各色のドライブ電圧の零から変化に対して各電子銃とも同時に光出力を出す必要がある。光出力が立ち上がる電圧(カットオフ電圧)の調整はドライブ調整と共に白バランス調整の一部であり、カットオフ電圧の調整が不完全であると、画面の暗い部分での白色の再現性が劣化する」(甲第5号証第1頁右下欄12行乃至第2頁左上欄第7行)
この記載によれば、各色信号の立ち上がり電圧(カットオフ電圧)のばらつきが大きいことが明らかである。
「第2図に示すように出力トランジスタ3R、3G、3Bのコレクタ電圧は入力信号レベルに応じ、カットオフ電位とゼロ電位間を変化する。このためCRT1のカットオフ電圧のばらつきが大きく、電源電圧Vccが低い場合は、出力トランジスタ3R、3G、3Bの振幅可能範囲は著しく狭いものとなり高出力は得られない。」(甲第5号証第2頁左下欄第8行目から同欄第15行目)。
「カットオフ電圧のばらつきを十分に吸収し、出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作範囲を広げるために電源電圧Vccを増加すれば負荷抵抗2R、2G、2B、出力トランジスタなどの損失が増大し経済的ではない。電源電圧Vccを増加し負荷抵抗2R、2G、2Bを大きくすることにより出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作電流を少なくし、損失を増加させずに出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作電圧範囲を拡大した場合カソード入力容量、出力トランジスタ3R、3G、3Bの出力容量その他配線などの浮遊容量と負荷抵抗2R、2G、2Bで決定される出力回路系のカットオフ周波数が低下し、高解像度の画面は得られない。
また、電源電圧Vccが増加した場合、出力トランジスタ3R、3G、3Bのコレクタ・エミッタ間に印加される電圧も増加するが、一般にトランジスタのコレクタ・エミッタ間の耐圧が増加するするにつれてトランジスタの高周波特性の良好なものが製造しにくい傾向にあるため、トランジスタが高価となり経済的でなくなると同時に広帯域化も困難になり高解像度の画面は得られない。
発明の目的は上記した従来技術の欠点をなくし、駆動電源電圧が低い色信号出力回路を提供するにある」(甲第5号証第2頁左下欄第15行乃至右下欄末行)。
これら記載によれば、カットオフ電圧のバラツキを吸収するために電源電圧Vccを増加すること及び電源電圧Vccを増加すると負荷抵抗2R、2G、2B、出力トランジスタなどの損失が増大する等のデメリットがあること、コレクタ・エミッタ間の耐圧が低いトランジスタは経済的で、広帯域化が可能である。
「すなわち、電子銃のカットオフ電圧のばらつきを直流再生器10R、10G、10Bの調整により行うようにしたので、増幅器3R、3G、3Bにおいて上記ばらつきを吸収する必要がなく、このため増幅器3R、3G、3Bの電源電圧や負荷抵抗値を必要以上に大きくしなくてよい。」(甲第5号証第3頁右上欄第10行〜同欄17行)
この記載によれば、本件発明の色信号出力回路によれば駆動電源電圧が低いという作用効果を奏することが記載されているといえる。
さらに「以上述べたように本発明によれば、電子銃のばらつきを増幅器8R、8Q、8B以外で吸収するようにしたため、増幅器3Bの電源電圧を従来のものに比べて低くでき、消費電力を低下でき、また、負荷抵抗の抵抗値も小さくできるため増幅器3R、3Q、3Bの広帯域化が容易になる。また電源電圧が低いため増幅器3R、3Q、3Bを構成する半導体素子も耐電圧が小さいものを利用でき広帯域化を経済的に行なうことができる。」(甲第5号証第3頁左下欄第11行〜同欄第19行)と記載されていることが認められる。
以上の記載を総合すると、
1)各色信号の立ち上がり電圧(カットオフ電圧)がばらつきが大きいこと、
2)このばらつきを吸収するため、また出力トランジスタ3R、3G、3Bの動作範囲を広げるために電源電圧Vccを増加すると負荷抵抗2R、2G、2B、出力トランジスタなどの損失が増大する等のデメリットがあること
3)この色信号出力回路によれば駆動電源電圧が低いという作用効果を奏すること
4)この発明では電子銃のカットオフ電圧のばらつきを直流再生器10R、10G、10Bの調整により行うようにしたので、増幅器3R、3G、3Bにおいて上記ばらつきを吸収する必要がなく、このため増幅器3R、3G、3Bの電源電圧や負荷抵抗値を必要以上に大きくしなくてよいこと
が記載されていることが認められる。
換言すれば、カットオフ電圧のばらつきを吸収するためにCRTのカソードに対して大きい信号を供給すること、従ってこの為の電源電圧を大きくすることが望ましい、および映像増幅用電源は低くすることが望ましいと言う技術的要望が記載されていたと認められる。
そして直流電圧VB1,VB2間電圧を増幅器3R、3G、3Bの電源電圧より大きくすることは、上記要望に基づいて技術常識に従って行う設計的事項であり、自明な事項とすべきである。
すなわち、「第1の直流電源よりも電圧が高い第2の直流電源」の点については、甲第5号証には明示的には記載されていないが、発明の目的、作用効果の点からみて当業者が技術常識に従って、実質的に記載されていたと解することができるものといえる。
以上のとおりであるから、要旨変更があるとはいえず、請求人の主張は採用できない。

5.2 無効理由2についての判断
(1)本件発明の要旨と本件発明の概要について
本件発明の要旨は前掲のとおりのものである。
(本件発明の課題)
本件発明は、インライン型のCRTにおいてはグリッドが共通化されており、カソードのみが電子銃毎に独立して設けられている。CRTの光出力特性はカソードと第1グリッド間の電圧に依存する。その特性は、甲第2号証の第2図に示される通りで、赤・青・緑の特性に電子銃の組立精度に起因するバラツキがあるため、白バランス調整のためにカットオフ電圧の調整をしなければならない。
ところで本件発明の従来回路(第1図)においては「出力トランジスタのコレクタの電圧は入力信号レベルに応じ、カットオフ電位とゼロ電位間を変化する。このためCRTのカットオフ電圧のばらつきが大きく、電源電圧Vccが低い場合は、出力トランジスタ3R,3G,3Bの振幅可能範囲は著しく狭いものとなり高出力は得られない。反対にカットオフ電圧のばらつきを十分に吸収し、出力トランジスタ3R,3G,3Bの動作範囲を広げるために電源電圧Vccを増加すれば負荷抵抗2R,2G,2B、出力トランジスタなどの損失が増大し経済的ではない.このため電源電圧Vccの増加にともなって負荷抵抗2R,2G,2Bの抵抗値を大きくすることにより出力トランジスタ3R,3G,3Bの動作電流を少なくし、損失を増加させずに出力トランジスタ3R,3G,3Bの動作電圧範囲を拡大した場合カソード入力容量、出力トランジスタ3R,3G,3Bの出力容豊、その他配線などの浮遊容章と負荷抵抗3R,3G,3Bで決定される出力回路系のカットオフ周波数が低下し、高解像度の画面は得らない.
さらに、電源電圧Vccが増加した場合、出力トランジスタ3R,3G,3Bのコレクタ・エミツタ間に印加される電圧も増加するが、一般にトランジスタのコレクタ・エミツタ間の耐圧が増加するにつれてトランジスタの高周波特性の良好なものが製造しにくい傾向にあるため、トランジスタが高価となり経済的でなくなると同時に広帯域化も困難になり高解像度の画面は得られない。」という問題点がある。
(本件発明の構成)
上記の目的を達成するために、本件発明は特許請求の範囲の請求項1に記載された構成を採用したものである。
(本件発明の効果)
電子銃のばらつきを増幅器8R.8G,8B以外で吸収するようにしたため、増幅器8R,8G,8Bの直流電圧を従来のものに比べて低くでき、消費電力を低下でき、また、負荷抵抗の抵抗値も小さくできる.したがって、直流電圧が低いため増幅器8R,8G,8Bを構成する半導体素子も耐電圧が小さいものを使用でき広帯域化を経済的に行なうことができる。また、カットオフ電圧のばらつきとは無関係に増幅器8R,8G,8Bの負荷抵抗の抵抗値を小さくできるので、CRTの入力容量、トランジスタ21のコレクタ出力容量等の容量値とともに決まるカットオフ周波数を高くすることができ、通過帯域を広げることができる.さらに、カットオフ電圧のばらつき吸収のための調整が増幅器8R,8G,8Bに対して悪影響を与えないので、増幅器8R,8G,8Bの動作点を最適に設定でき、増幅器8R,8 G,8Bの特性差も小さくできる.
これらによれば、以下のことが明らかである。即ち、
従来回路では CRTのカソードへの直流供給と色信号増幅作用を兼ねたトランジスタ(3R,3G,3B)のための電源回路を1つ設けていた。
これに対し、 本件発明は、被請求人の主張するように(a)CRTのカットオフ電圧のばらつき調整、及び(b)色信号出力回路の広帯域化の目的を有するものである。そして本件発明は、増幅器8R、8G、8Bに供給する電源電圧(第1の直流電源電圧)を低くすることで上記広帯域化(b)を解決し、さらに、コンデンサ及びコンデンサとカソードとの各接続点に設けた直流再生器10R、l0G、10Bに、増幅器8R、8G、8Bに供給する電源電圧と異なる電源電圧(第2の直流電源電圧)を供給することで、CRTのカットオフ電圧のばらつきを調整(a)したものである。
即ち、本件発明においては、CRTのカソードへ黒レベルの直流分を供給するための直流再生器のための電源回路と色信号増幅用トランジスタ(8R,8G,8B)のための電源回路とを設けて構成したものと認められる。
(2)甲第3号証の認定について
甲第3号証のものは、3ビーム1電子銃の陰極線管電圧調整装置であって、カソードがR、G、Bの3つに分離されている本件発明と同様に構成されている。
そして甲第3号証には次の記載があるものと認められる。
「本発明は3ビーム1電子銃の陰極線管の調整装置に関するものであり、良好な画像が得られるように調整できる装置を提供しようとするものである。
3ビーム1電子銃陰極線管はコントロールグリッドとスクリーングリットは1つづつであり、カソードのみがR、G、Bの3つに分離されている。従って、従来のようにスクリーングリットの電圧をそれぞれ調整して陰極線管を調整することはできない。本発明はカソードのみでそれぞれ独立して調整しようとするものであり」(甲第3号証第1頁左下欄第15行乃至右下欄第6行)
「トランジスタ6のエミッタよりパルスが各トランジスタ11、16、20のエミッタに供給され、ブランキングが行なわれる。これにより無信号時の画面の明るさを制御することができ、また同期信号の大きさに関係なく一定の黒レベルが得られる。
ブランキングの行なわれた信号はトランジスタ11、16、20のコレクタより取出されるが、エミッタの可変抵抗13、17、21を調整すれば信号の振幅を調整できる。その信号はコンデンサ23、26、29で直流分をカットし、ダイオード24、27、30で直流再生を行なう、再生量は抵抗25、28、31により調整できる。可変抵抗13、17、21は一色だけ最大又は最小であることが判明しておれば2つを可変抵抗にし、1つを固定抵抗にできる。」(同書第2頁左上欄第14行乃至右上欄第9行)
即ち、映像信号は映像増幅トランジスタによって増幅されて出力される。
また、「以上のように本発明によれば従来の3電子銃陰極線管と同様にカットオフおよびホワイトバランスの調整が独立して行なえる。またカットオフ電圧がほぼ揃うのでコントラストの揃った画像が得られる。さらに直流再生量やドライブ量を任意に設計できるなど工業的価値の高いものである。」(同書左下欄第10行乃至第15行)と記載されているが、これによれば、直流再生はダイオードで行い、再生量は抵抗で調整する、即ちCRTのカットオフ電圧を調整するのはCRTのカソードに結合するダイオードと抵抗と第2電源から構成される直流再生器の出力である。
結局、甲第3号証においても、直流再生器用の電源回路および映像増幅トランジスタ用の電源回路と併せて2つの電源回路を設けて構成しているものと認められる。

(3)本件発明と甲第3号証のものとの対比について
本件発明と甲第3号証のものは、共に色信号出力回路である。
前示のとおり、本件発明も甲第3号証に示されるものも、グリッド(後記のとおりグリッドの誤記と認められる)が共通に接続された3電子銃を有する3つの増幅器を有する点、直流再生器の出力により黒レベルを調整し、色信号はこれとは直流的に分離し映像増幅器に入力する構成を有する点で同一である、言い換えれば、直流再生器用の電源回路と映像増幅トランジスタ用の電源回路とを直流的に分離して構成した点で一致している。
両者を更に詳細に比較すると、
1)甲第3号証のトランジスタ11,16,20は本件発明の増幅器に相当する。
2)甲第3号証の電源電圧Vccが本件発明の増幅器を駆動する第1の直流電源である。
3)甲第3号証のダイオード24,27,30、可変抵抗器25,28,31で構成されるものが本件発明でいう直流レベルシフト装置に相当する。
4)甲第3号証の可変抵抗器25,28,31が本発明のレベルシフト量を調整する調整装置である。
5)甲第3号証の電源電圧42が本発明の第2電源に相当する。
そうすると、本件発明と甲第3号証のものは「グリッドが共通に接続された3電子銃を有するカラー映像管と、3色の色信号をそれぞれ増幅する3つの増幅器と、これら増幅器を駆動する第1の直流電源と、第2の直流電源と、各増幅器毎に設けられ、対応する増幅器の出力に接続される入力端子と対応する電子銃のカソードに接続される出力端子とを各有し、入力端子に供給される信号をその直流レベルをシフトして出力端子に伝達する3つの直流レベルシフト装置と、各直流レベルシフト装置毎に設けられかつ第2の直流電源に接続され、直流レベルシフト装置におけるレベルシフト量を第2の直流電圧の範囲内で互いに独立して調整する3つの調整装置とからなることを特徴とする色信号出力回路。」である点で一致するが、
本願発明においては「第2電源は第1の直流電源よりも電圧が高い」のに対して、甲第3号証においてはこれが明記されていない点で相違する。
(4)相違点の判断について
前示のとおり、甲第3号証には、本件発明の基本構成である、映像信号を扱う映像増幅トランジスタのための電源および直流再生器のための電源との2つの電源をもって構成するという技術思想が開示されており、技術思想としては本件発明も甲第3号証のものも同一である。
前掲の相違点は、これら2つの電源電圧について、本件発明では「第2電源は第1の直流電源よりも電圧が高い」と規定しているのに、甲第3号証のものにおいては2つの電源電圧の関係について明示がないというものである。
ところで、甲第3号証において端子22の電圧(V22、第1の直流電源に相当する)と端子42の電圧(V42、第2の直流電源に相当する)の関係は、 V42<V22、V42=V22、V42>V22のいずれかしか存在しないことは明らかである。
そして前掲のとおり、カットオフ電圧はCRTのカソードに印加する直流再生器の直流電源電圧V42で調整されるものであり、V42はCRTに求める特性により決定されるものである。
これに対し、第1の電源電圧V22は映像信号に関係するもので、「ブランキングの行なわれた信号はトランジスタ11、16、20のコレクタより取出されるが、エミッタの可変抵抗13、17、21を調整すれば信号の振幅を調整できる。」(甲第3号証第2頁左上欄末行〜右上欄第5行)との記載及び第1図からすると、直流電源22からコレクタ抵抗を介してコレクタ電圧を得、エミッタの可変抵抗で調整されるものであり、第1の電源電圧V22は、映像増幅器、映像信号に対する条件によって決定されるものである。すなわち電源電圧V22と電源電圧V42は、映像信号と映像増幅器に求める条件、CRTに求める条件により決定される設計的事項であるといえる。
さらに、甲第4号証には白黒テレビジョン回路図が示されており、カラーテレビジョンである本件発明とは異なるが、コンデンサーC312により直流分がカットされ、CRTのカソード側で調整されている点で本件発明と一致している。そしてこの甲第4号証には、電圧90Vが抵抗、インダクタンスを経て映像増幅器TR8のコレクタに供給されること、電圧300Vが抵抗等を経てCRTのカソードに供給されることが記載されているものと認められる。この甲第4号証のものにおいては、映像増幅器の電源電圧90Vが本件発明の第1電源の電圧に相当し、コンデンサーにより直流分がカットされCRTのカソード側に供給される電圧300Vが本件発明の第2電源に相当する事も明らかである。そうすると、テレビジョンにおいて、第2電源電圧が第1電源電圧より高い実施例が示されているといえる。また、一般的に増幅器を含む電子回路においては後段の電源電圧が高いことが言えるから、カラーテレビジョンであるという理由で第2電源電圧を第1電源電圧より高く設計することを妨げる事情があるとも認められない。
以上のことから、相違点である第1と第2の直流電源の関係は上記の技術的事項によって決定される設計的事項であり、さらに甲第4号証に示されるように第2電源電圧を第1電源電圧より高くする点に困難性があるものとは認められない。
よって本件発明は甲第3号証及び甲第4号証に基づいて容易に発明できたと認められる。
1)なお、被請求人は本件発明と甲第3号証のものとの相違点について「第2電源は第1の直流電源よりも電圧が高い」点以外に「色信号出力回路の広帯域化すなわち負荷抵抗の低抵抗化」(被請求人の11年9月の上申書第4頁1-2.3)があると主張するが、これは、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり採用できない。
2)また、被請求人は「直流レベルシフト装置」に関する本件発明と甲第3号証のものとの相違点を主張するが、実施例のレベルでは相違しているとしても、特許請求の範囲には上記相違点を生じる具体的な構成が記載されていない。即ち被請求人のこの主張は特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。
3)被請求人は、甲第3号証の記載によれば「ドライブ電圧が少なくなるように調節される」ことが知られ、従って、甲第3号証にはカソード側の電圧を増幅器側の電圧より高くするという考えはないと主張する。(平成11年11月8日第9頁の2-2.2)
しかし、甲第3号証の関連する記載は同証第4図の記載と併せて考えると、スクリーングリッドを変化させることによりドライブ電流を少なくするように調整することが良いと解されるに止まり、これ以上にカソード側の電圧を増幅器側の電圧より高くするという考えが示されているものとはいえない。
4)加うるに、被請求人は甲第4号証を甲第3号証に組み合わせることはできない旨縷々主張するが、甲第4号証で摘示する点は前示のとおり「テレビジョンにおいて、第2電源電圧が第1電源電圧より高い実施例が示されている 」という一般的な技術的事項であって、これを甲第3号証のものに適用できないと言うことはできない。よって被請求人の上記主張は採用できない。
5)さらに、被請求人は「輝度調整用R316(250KΩ)とR715(820KΩ)の回路構成から考えて、明らかに第1の直流電源の方が第2の直流電源より高い直流電源になっている。」(平成11年7月15日付け上申書第5頁第1行〜第3行、平成11年9月28日付け上申書第6頁第5行〜第7行)及び「・・・カソードに印加される電圧は上記のように約70V以下である。」(平成11年11月8日付け上申書第8頁第23行)とし、カソードに直接印加される電圧より第1の直流電源の電圧の方が高いと主張する。
しかし、本件の明細書(甲第2号証)の第3図における第2の電源電圧VB1、VB2も抵抗11を介して直流レベルシフト回路に接続されているものであって、カソードに直接印加される電圧を第2電源電圧としているものではない。よって、上記被請求人の主張は採用できない。
なお、本件発明は甲第3号証のみから容易に発明できたと言う請求人の主張について付言する。被請求人はこの主張は請求の理由の要旨変更であると反論するが、この主張については特許法第153条第1項の規定に従って審理を行うこととした。そして被請求人は当該理由につき平成12年1月28日付けの上申書第6頁ないし第13頁において反論を行っているところである。また、当事者間に無効審判請求日についての争いがあるので付言すると、特許法第19条は「その提出の期間が定められているものを郵便により提出した場合」を規定しているのである。これを本件においてみると、本件は無効審判であって、提出期間の定めのないものであるから第19条の適用はなく、請求書が特許庁に到達した日をもって、審判請求日と解すべきである。

5.3 無効理由3について
例えば、グリットに関し検討すると、 本件の発明の公開公報を参照するに、詳細な説明においては「グリッド」と記載されており(例えば、甲第5号証第1頁右下欄第13行、第15行等)、特許請求の範囲のグリットはグリッドの誤記であることは明白である。
さらに、請求人は、「第1の直流電源」、「第2の直流電源」、「調整装置」等々について縷々明細書の不備を指摘している。確かにこれらについては、正確さ、明確性、統一性を欠いたものであって、明細書として望ましいこととは言えない。また、補正によって、次々に曖昧な根拠をもって当初の表現とは別異の表現を用いている点で、明細書としての難点があり、理解しにくいものといえる。しかし当業者は、これら表現によっても 一応発明を理解でき、特許請求の範囲を確定できるのである。
よって、特許法第36条第4項及び第5項に規定する要件を満たさないとして、本件発明を無効にする程度に 明細書の詳細な説明、特許請求の範囲の記載が不明確であるとはいえない。
したがって、請求人の主張は採用できない。

6 結論
以上のとおりであるから、本件発明は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効となすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2000-07-03 
結審通知日 2000-07-14 
審決日 2000-07-27 
出願番号 特願昭53-139895
審決分類 P 1 112・ 532- Z (H04N)
P 1 112・ 121- Z (H04N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 村井 誠次山崎 達也  
特許庁審判長 水谷 好男
特許庁審判官 小林 秀美
谷川 洋
登録日 1986-06-27 
登録番号 特許第1323546号(P1323546)
発明の名称 色信号出力回路  
代理人 松田 忠秋  
代理人 稲毛 諭  
代理人 中村 守  
代理人 井坂 光明  

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