• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C30B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C30B
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  C30B
管理番号 1024501
異議申立番号 異議1998-73477  
総通号数 15 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-10-09 
種別 異議の決定 
異議申立日 1998-07-21 
確定日 2000-09-27 
異議申立件数
事件の表示 特許第2700773号「シリコン単結晶の引上げ方法」の特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第2700773号の特許を維持する。 
理由 I.手続の経緯・本件発明

1.手続の経緯
本件特許第2700773号発明は、平成6年12月6日(パリ条約による優先権主張1993年12月16日、1994年4月28日:ドイツ国)に特許出願され、平成9年10月3日に、特許の設定登録がなされたところ、西塚保遠(以下、「申立人」という。)より特許異議の申立てがなされ、取消理由が通知され、特許異議意見書が提出されたものである。

2.本件発明
本件特許の請求項1に係る発明は、願書に添付した明細書(以下、「特許明細書」という。)の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。
「るつぼ中に収容されたシリコン溶融体をその垂直方向にある特定の速度で引上げるシリコン単結晶の引上げ方法であって、下記(I)式で算出される最大引上げ速度(Vcrit)を越えない速度で引き上げることを特徴とするシリコン単結晶の引上げ方法。
Vcrit=f×G ・・・(I)
(式中、fは値13×10-4cm2 /K(温度:単位℃)・分を有する比例係数、Gは単位〔K(温度:単位℃)/cm〕であり、成長する単結晶の固相/液相の境界領域の軸方向の温度勾配、最大速度Vcritは単位〔cm/分〕である。)」

II.特許異議申立ての理由の概要

申立人は次の1、2の理由により、請求項1に係る発明の特許は取り消されるべきものである旨主張している。

1.特許法第29条第2項違反
本件特許の請求項1に係る発明は、下記の甲第1、2号証に記載された発明又は下記の甲第1〜7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

甲第1号証:КРИСТАЛЛОГРАФИЯ,34[2](1989),p.461-469
甲第2号証:応用物理,第60巻第8号(1991),p.766〜773
甲第3号証:日本結晶成長学会誌,第19巻第4号,p.38〜40
甲第4号証:特公昭57-50759号公報
甲第5号証:特公昭58-1080号公報
甲第6号証:特公昭57-40119号公報
甲第7号証:特開昭63-256593号公報

2.特許法第36条違反
本件特許は、特許法第36条第4項及び第5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

III.対比・判断

III-1.特許法第29条第2項違反について

1.甲第1〜7号証の記載事項
(1)甲第1号証(記載事項の特定は、明白な誤記を除いては、特許異議申立人提出の甲第1号証の翻訳文に基づく)
(1-1) 翻訳文第1頁下から第10〜2行
「ケイ素の内部におけるミクロ欠陥の形成に関する問題の中で未だ決着がついていないのは、支配的な固有点欠陥の本性、その濃度、移動度(易動度)、ならびにミクロ欠陥間の、そしてミクロ欠陥と他種の点欠陥との間の相互作用の可能性、に関係する事項である。…(中略)…種類の異なる欠陥を生じている区域を隔てる「無欠陥」帯の存在[7〜10]、熱に対するその高い安定性[11]、結晶の硬化時に離断前線に隣接するD欠陥域の出現[8]、の様な他の実験的事実は、格子間ケイ素原子濃度と空孔濃度とが同程度であることを前提にして初めて説明できる[8、12]。」
(1-2) 翻訳文第2頁第1〜13行
「固有格子間原子の濃度(Ci)が空孔濃度(Cv)を上回る場合にはA欠陥及びB欠陥が現れ、逆にCi<Cvである場合にはD欠陥が現れる。…(中略)…報告[12]に、成長条件(成長速度Vの大きさ及び晶出前線近傍における温度勾配の軸方向成分G0の大きさ)と固有点欠陥の種類及び濃度との、したがってまた新たに発生するミクロ欠陥の種類との関係が明記されている。それによると、結晶中でξ=V/G0<ξtの時、格子間ケイ素原子が優越し、ξ>ξtの時空孔が優越する(ξt=3.3・10-5cm2/s・K)。ξの大きさに対するミクロ欠陥の種類の依存性が、[7]において浮遊帯溶融の場合に就き実験的に確かめられた。」
(1-3) 翻訳文第3頁第3〜9行
「諸研究[3、7、8]の実験結果は、炭素含有量[C]及び酸素含有量[Oi]が共に≦1016cm-3であって、浮遊帯溶融法によって成長させた結晶に就いて得られたものである。チョクラルスキー法によって成長させた結晶([C]=(2〜5)・1016cm-3、[Oi]=(0.5〜1.2)・1018cm-3)でも、同様にミクロ欠陥の種類切り替わり(V増加時にはA欠陥からA’欠陥へ、V減少時にはA’欠陥からA欠陥へ)が観察される[9、10]。これもA’欠陥が(A欠陥同様)明らかに格子間的性格を持つとはいえ、支配的固有点欠陥の種類の切り替わりの帰結であると考えられる[9]。」
(1-4) 翻訳文第3頁第14〜19行
「今回の研究の目的は、今日知られているミクロ欠陥形成モデルを、チョクラルスキー法による大型Si結晶の成長の場合に応用出来るか否か、実験的に検証するにある。このため、V及びG0の変化時におけるミクロ欠陥の切り替わり条件を研究し、V及びG0の固定時における晶出後に急冷を被った結晶の内部で成長するミクロ欠陥帯の幾何学的性状を分析し、(文献に記載されている、又今回の研究で得られた)実験結果を既知のミクロ欠陥形成モデルと比較する。」
(1-5) 翻訳文第3頁第20行〜第5頁第20行
「実験方法 直径約8cmの、無転位Si結晶を重さ10kgの原料から(圧力8〜10torrの)Ar雰囲気中でチョクラルスキー法によって成長させた。…(中略)…
実験結果とその考察 ミクロ欠陥の種類の切り替わりに対応する臨界速度(これをV0で表す)の値を決定するために、種々の長さlでVを段階的に変えて成長させた一連の結晶に就いて研究した。…(中略)…図3の分析から、結晶の中心域におけるG0の値(GC)及び周辺域におけるG0の値(GP)の比ならびに結晶の長さ沿いのその変化の傾向は少なくとも定性的には、結晶内部で観察されるミクロ欠陥分布像及びlに対するV0の依存性を、報告[12]のモデルの枠内で説明することができる。…(中略)…GCとGPのこの様に大きな差の下で結晶がV=V0を以て成長するならば、その中心域では「空孔的な」成長状態(ξ=V/GC>ξt)が、又その周辺域では「格子間的な」成長状態(ξ=V/GP≦ξt)がそれぞれ実現される。これに対応してこの様な結晶の中心部ではA′欠陥が、そして周辺部ではA欠陥が、それぞれ現れるに違いない。」
(1-6) 翻訳文第5頁第24行〜第6頁第6行)
「さてこれから、被験結晶内部でミクロ欠陥の種類の切り替わる条件(量ξcr)を決定し、そしてこれを浮遊帯溶融法によって成長させた結晶に就いて得られた量ξtと比較しよう。…(中略)…今、晶出前線から約2cmの長さの区間においてlに就き平均した値GをG0として取って量ξcr=V0/G0を計算すれば、ξcrが(l0=5cmに対する)値2.9・10-5cm2/s・Kから(l0=40cmに対する)値3.7・10-5cm2/s・Kまでの範囲内で得られ、これはξtの値に近い。報告[7]から引用した、G0に対するしきい値速度(限界速度)V0の依存性を図5に示す。このグラフには、本報告で得られた実験点も記入してある(+印)。同図から明らかなとおり、これらの点は純粋な結晶に対して作図した、上記依存性を表す直線の延長線上にうまく乗っている。」
(1-7) 翻訳文第7頁第18〜24行
「V=0.5mm/minの場合には(図6、δ及びг)既に、「無欠陥」帯によって隔てられる両ミクロ欠陥存在域に分かれている。Cuのデコレーション後のトポグラム(図6、δ)では、両域のミクロ欠陥は同じように見えるが、しかしエッチングを施すと差異が認められる。すなわち、離断前線に隣接する区域1ではA′欠陥に特有のエッチング図形が現れる。区域2のミクロ欠陥は大きさが20〜40μmのエッチピットであってその平均密度は約104cm-2である。高温焼きなまし後も、両域に違いが現れる(図6、г)。」
(1-8) 翻訳文第7頁第27〜30行
「[8]及び[12]に対応して、離断前線に隣接する区域1におけるミクロ欠陥は空孔起源であってA′欠陥に類似するのに対し、区域2のミクロ欠陥は格子間起源であってB欠陥又はA欠陥に類似する、と考えられる。」
(1-9) 翻訳文第9頁第8〜11行
「今回の報告の中で述べた結果は、筆者らの見解によれば、欠陥形成過程の初期段階が不純物に依存しないことを物語っている。換言すればCやOの濃度が晶出前線の近くで十分高くても、いずれか支配的な種類(形式)の固有点欠陥が、専らパラメータξによって記述される結晶成長条件にのみ依存して確定するのでる。」
(1-10) 甲第1号証第466頁図5
報告[7](浮遊帯溶融法によるもの)から引用した、G0に対するV0の依存性を示す図であり、V0/G0が略3.3×10-5cm2/s・Kの直線を境にしてミクロ欠陥が切り替わること及びCZ法による実験結果(「+」で表示)が前記直線上に乗っていることがそれぞれ認められる。
(1-11) 甲第1号証第466頁図6
V=0.8mm/min及びV=0.5mm/minで成長させ、晶出後急冷を施した場合の結晶下部におけるミクロ欠陥の分布を示す図であり、図δには、リング状の帯域を挟んで区域1と区域2とが存在する様子が示されている。

(2)甲第2号証
(2-1) 第766頁左欄第1〜22行
「Si結晶中の欠陥を考える場合、Si結晶が世の中の電子材料として使用されている種々の結晶の中で最も完全性の高い事を念頭に置く必要がある。…(中略)…このように完全性の高い結晶中に酸素不純物は〜1×1018atoms/cm3(20ppm)の高い濃度で含まれている…(中略)…本論文では、…(中略)…最近の話題にもなっている、(1)酸素析出速度、(2)リング状に分布することを特徴とする熱酸化誘起積層欠陥(0SF)核の形成、(3)酸化膜耐圧特性の劣化の原因となる欠陥、をとりあげる。」
(2-2) 第768頁左欄第11行〜同頁右欄第9行
「3.2 リングOSF 熱酸化誘起積層欠陥(Oxidation Induced Stacking Fault、OSFと略称)がデバイス活性領域に存在すると、リーク電流の増大などの原因となることが知られており、発生の少ないウエハーが望まれている。ここで述べるリングOSFとは、図4にその例を示すように、ウエハー中心にコンパスの針を立て2つの同心円を描いたかのようなシャープな境界を有し、この同心円の中だけに高密度(2000〜3000個/cm2)でOSFが発生するものである。…(中略)…OSFの成長は、熱酸化処理によって酸化膜とSiの界面から放出される格子間Si原子が内部に拡散し、その過飽和分が酸素析出物の周囲に凝集して生じたものと理解されている。」
(2-3) 第769頁右欄下から第2行〜第770頁左欄第6行
「図5において、リングゾーンの現れる結晶育成条件を示したが、この図は酸素濃度をある濃度に固定した場合、高速で引き上げても低速で引き上げてもリングは発生せず、その中間で引き上げた場合に発生することを示している。すなわち、酸素濃度が一定になるように制御しながら、引き上げ速度を高速側から低速側に徐々に変えていくと、ある速度からリングが発生しやがて消滅していくことを意味する。」
(2-4) 第771頁左欄第22行〜第772頁第16行
「リングOSFは中間の引き上げ速度において発生する。図13の結果にこのウエハーのリングゾーンを重ねてみると、実線で示すようになる。すなわち、耐圧が劣化するゾーンはリングゾーンに一致する。ただし、耐圧の劣化はリングゾーンのみでなく、その内側全域において生じている。そこで、リングゾーンの内側と外側の違いをCuデコレーション法により調べた。…(中略)…模式図で示すように、リングゾーン(III)を挟んで5つの領域に分けられる。すなわち、リングゾーンの両側に欠陥の多い領域が存在し、その外側で欠陥が減少している。この詳細をエッチング法により調べた結果を図15に示す。エッチピットの寸法から大小2種類に分類され、それぞれについての密度を示した。リングゾーンには大きなピットのみ存在し、小さなピットは存在しない。また、大きなピットはII、III、IV、Vの領域に存在するがIの領域には存在しない。以上の実験結果から酸化膜耐圧特性と欠陥との関係を推察すると、図15中の大きなピットとして観察される欠陥が酸化膜耐圧の特性劣化に関与しているように思われる。リングゾーンの内側全域が劣化することと良く対応する。また、低速引き上げ結晶は、これまで述べたように、全領域がリングゾーンの外側、すなわちI領域に相当するため、耐圧特性の劣化は生じない。」

(3)甲第3号証
(3-1) 第38頁左欄本文第1行〜同頁右欄第3行
「A欠陥(Aスワール) FZシリコン単結晶のA欠陥は別名スワール欠陥と呼ばれ、…(中略)…A欠陥領域には酸化雰囲気中で熱処理することによりOSF(略)が発生することが確認されている。A欠陥とD欠陥の発生は成長速度に依存する。…(中略)…A欠陥の正体はTEMを用いた直接観察により図2に示すような格子間型転位ループであることがわかっている。」
(3-2) 第38頁右欄第20行〜第39頁左欄第16行
「D欠陥 A欠陥が結晶の成長速度を遅くした場合に発生するのに対して、D欠陥は成長速度を速くすると発生する。…(中略)…D欠陥の分布の特徴は結晶の中心部からその領域に広がっていること、…(中略)…D欠陥の発生メカニズムについてはA欠陥の場合と反対に、成長速度が速い場合に界面でつくられた空孔が外方拡散できずに冷やされて結晶内に凍結されると考えることができる。」
(3-3) 第39頁図3
D欠陥が結晶中心部に存在すること。

(4)甲第4号証
(4-1)第3欄第19〜23行
「この発明は、保護ガス雰囲気中でSi融液からSi単結晶棒を引上げ製造するに際し、成長するSi単結晶の結晶内温度900℃〜500℃間を通過するに要する時間を4時間未満とすることを骨子としている。」
(4-2) 第3欄第26行〜第4欄第10行及び第2図
熱処理による結晶欠陥の発生は、単結晶棒育成時の冷却速度に大きく影響され、冷却速度を従来より速くすることにより結晶欠陥の発生が少なくなること。
(4-3) 第6欄第4〜8行
「成長するSi単結晶の結晶内温度900℃〜500℃を通過する時間を4時間未満とするためには、この温度間を、一定の冷却速度で通過させる場合には900-500/4=100℃/時間を超える冷却速度で冷却すればよい。」
(4-4) 第7欄第31行〜第8欄第21行及び第6図
より大きな温度勾配を得るために、単結晶棒12に対するSi融液4、ルツボ5、黒鉛ヒータ7等の高温部からの輻射熱をさえぎる輻射熱しゃへい板14を設けると共に、育成する単結晶棒12の周囲に冷却水を流す冷却筒15を付加すること

(5)甲第5、7号証
溶融物及びるつぼ器壁からの輻射熱を、冷却手段を備えた金属性遮蔽部材で遮蔽することにより単結晶の引き上げ速度を高めること

(6)甲第6号証
溶融物及びるつぼ器壁からの輻射熱を輻射スクリーンで遮蔽することにより単結晶の引き上げ速度を高めること
(以下では、甲第1〜4号証について摘記した事項(1-1)〜(4-4)を「摘記事項(1-1)〜(4-4)」という。

2.本件発明の構成と効果について
本件発明は、次の実験式で示される最大引上げ速度(Vcrit)を越えない速度でシリコン単結晶を引き上げるという構成を採用することにより、積層欠陥(OSF)リングがなく、優れたGOI(ゲート酸化物の完全性)を有するシリコンウエハを与える単結晶棒を引き上げることができるという効果を奏するものである(特許明細書【0015】参照)。
Vcrit=f×G ・・・(I)
式中、
f=13×10-4cm2 /K・分
G=成長する単結晶の固相/液相の境界領域の軸方向の温度勾配〔K/cm〕
Vcrit=最大引上げ速度〔cm/分〕
(但し、Kは温度で単位は℃)

3.本件発明と甲第1号証記載の発明との対比
(1)一致点
摘記事項(1-5)によれば、甲第1号証には、シリコンの結晶をチョクラルスキー法によって引き上げたことが記載されており、また、チョクラルスキー法とはるつぼ中に収容されたシリコン溶融体から垂直方向に特定の速度でシリコン単結晶を引き上げる方法であることは当業者には自明のことである。
そうすると、本件発明と甲第1号証に記載の発明とは、次の構成の点で一致する。
<一致点>
「るつぼ中に収容されたシリコン溶融体をその垂直方向にある特定の速度で引上げるシリコン単結晶の引上げ方法」
(2)相違点
本件発明は、次の(I)式、
Vcrit=f×G ・・・(I)
(式中、fは値13×10-4cm2 /K(温度:単位℃)・分を有する比例係数、Gは単位〔K(温度:単位℃)/cm〕であり、成長する単結晶の固相/液相の境界領域の軸方向の温度勾配、最大速度Vcritは単位〔cm/分〕である。)
で算出される最大引上げ速度(Vcrit)を越えない速度で引き上げる点を構成要件としているのに対し、甲第1号証には、このような実験式については記載がない点。

4.相違点についての検討
摘記事項(1-2)によれば、甲第1号証には、結晶中において、固有格子間原子の濃度(Ci)が空孔濃度(Cv)を上回る場合にはA欠陥及びB欠陥が現れ、逆にCi<Cvである場合にはD欠陥が現れること及び浮遊帯溶融法による結晶成長においては、結晶中でξ=V/G0<ξtの時、格子間ケイ素原子が優越し、ξ>ξtの時空孔が優越することが実験的に確かめられたことが記載されている(ここで、ξt=3.3・10-5cm2/s・K)。
また、摘記事項(1-6)によれば、甲第1号証には、チョクラルスキー法において、被験結晶内部でミクロ欠陥の種類の切り替わる条件(量ξcr)を実験によって決定したところ、晶出前線から約2cmの長さの区間においてlに就き平均した値GをG0として取った量ξcr=V0/G0を計算すれば、ξcrが(l0=5cmに対する)値2.9・10-5cm2/s・Kから(l0=40cmに対する)値3.7・10-5cm2/s・Kまでの範囲内で得られたことが記載されている。
更に、摘記事項(1-7)、(1-8)及び(1-11)によれば、甲第1号証には、結晶の内部は、「無欠陥帯」によって隔てられている空孔起源のミクロ欠陥であるA’欠陥に類似する欠陥を有する区域1と格子間原子起源のミクロ欠陥であるB欠陥又はA欠陥に類似する欠陥を有する区域2とがあることが記載されている。
上記のことからすると、甲第1号証には、ミクロ欠陥の種類の切り替わる条件として、ξcr=V0/G0が(2.9〜3.7)・10-5cm2/s・K(すなわち、V0=(2.9〜3.7)・10-5[cm2/s・K]×G0)であること及び結晶内部には、空孔起源のミクロ欠陥を有する領域と格子間原子起源のミクロ欠陥を有する領域とを隔てる無欠陥帯があることが示されているが、甲第1号証には、積層欠陥(OSF)についての言及がない。
また、仮に甲第1号証において言及がある「無欠陥帯」が本件特許明細書にいう「積層欠陥リング」に対応するものであるとしても、本件発明は、この「積層欠陥リング」のない結晶を引き上げることを目的として、前記実験式に見られるように、
Vcrit=f×G
すなわち、
Vcrit[cm/分]=13×10-4[cm2/K・分]×G[K/cm]
で表される最大引き上げ速度を超えない速度で引き上げるという構成を有するものであるが、甲第1号証には、上記のとおり、引き上げ速度については、
V0=(2.9〜3.7)・10-5[cm2/s・K]×G0[K/cm]
という式が与えられているが、この式は、ミクロ欠陥の種類の切り替わる速度を示しているのみであって、本件発明におけるように、積層欠陥(OSF)リングを消滅するべく、その最大引き上げ速度を規定したものではなく、また、この式における係数「(2.9〜3.7)・10-5[cm2/s・K]」(=(17.4〜22.2)×10-4[cm2/K・分])は、本件発明における係数「13×10-4[cm2/K・分]」とは数値的に異なるものである。
従って、積層欠陥(OSF)リングの発生を防ぐことを目的として、その最大引き上げ速度を「Vcrit[cm/分]=13×10-4[cm2/K・分]×G[K/cm]」を超えない速度で引き上げるという本件発明の構成については、甲第1号証は示唆を与えるものではない。
また、甲第2号証には、OSFリングの発生原因及びOSFリングは引き上げ速度に依存して発生することがそれぞれ記載されている(摘記事項(2-2)〜(2-4)参照)が、甲第2号証からは、OSFリングの発生を防ぐために、その最大引き上げ速度を「Vcrit=f×G」、すなわち、「Vcrit[cm/分]=13×10-4[cm2/K・分]×G[K/cm]」を越えない速度で引き上げるという本件発明の構成についての知見を得ることはできない。
甲第3号証には、FZ法によるシリコン単結晶に発生するA欠陥とD欠陥についての記載があるが、前記相違点に係る本件発明の構成を示唆する記載はない。
甲第4〜7号証には、CZ法によって結晶を引き上げるに際して、単結晶棒の温度勾配を高めるために溶融物及びるつぼ器壁からの輻射熱を遮蔽する遮蔽板及び冷却手段を設けることについては記載があるが、前記相違点に係る本件発明の構成を示唆する記載はない。
以上のとおり、甲第1〜7号証のいずれにも、最大引き上げ速度を「Vcrit[cm/分]=13×10-4[cm2/K・分]×G[K/cm]」を越えない速度で引き上げるという本件発明の構成を示唆する記載はないのであるから、甲第1〜7号証を相互に勘案しても、前記相違点に係る本件発明の構成については当業者が容易に想到し得たとすることはできない。

III-2.特許法第36条違反について

1.申立人の主張の概要
本件発明は、式「Vcrit=f×G」で算出される最大引上げ速度(Vcrit)を越えない速度で引き上げることを行うことを構成要件としており、この式によると、本件発明が目的とするシリコン単結晶の高速引上げを可能にするためには「G」の値を大きくすることが必要であるが、請求項1には、Gを大きくするための具体的手段が記載されておらず、また、発明の詳細な説明中には、Gの値についての具体的な記載が一切ない。
従って、本件特許は、特許法第36条第4項及び同条第5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2.判断
特許明細書の発明の詳細な説明中には、積層欠陥(OSF)リングの発生を防ぐことのできる最大引き上げ速度は「G」に依存し、それは、Vcrit[cm/分]=13×10-4[cm2/K・分]×G[K/cm]という式で表されること、従って、積層欠陥(OSF)リングの発生を防ぐには、引き上げを前記Vcritを越えない速度で行う必要があることが記載されている。
すなわち、積層欠陥(OSF)リングの発生を防ぐために、単結晶シリコンの引き上げをVcrit[cm/分]=13×10-4[cm2/K・分]×G[K/cm]という式で表される最大速度を越えない速度で行うという発明が記載されている。
そして、請求項には、特許権者が特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載するとされている(特許法第36条第5項第2号)ところ、特許権者は、上記の記載事項に基づいて、請求項1に、特許を受けようとする発明の構成を記載したものと認められる。
そうすると、請求項1には、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるとすることができるし、また、請求項1には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているものとすることができる。
また、発明の詳細な説明中には、「G」の値については具体的な記載はないが、実験式「Vcrit=f×G」が成立することを前提とすれば、「Vcrit」を実験的に求めることにより、「G」の値は算出することができるから、「G」の値についての具体的な記載がないことを以て、当業者が本件発明を実施することができる程度の発明の詳細な説明中に本件発明の構成が記載されていないとすることはできない。
申立人は、請求項1に、「G」の値を大きくするための具体的手段が記載されていない旨主張するが、前述のように、「G」の値を大きくするための具体的手段を特定することを要しない発明も発明の詳細な説明中に記載されているのであり、また、特許権者は、「G」の値を大きくするための具体的手段を特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項とはしなかったのであるから、申立人の前記主張は採用できない。
付言するに、特許明細書の【0011】には、「引上げ装置が最大引上げ速度Vcritで運転できるように、特に、軸方向の温度勾配、特に成長する単結晶の固相/液相の境界領域の軸方向の温度勾配ができるだけ高いことが重要である。シリコンの結晶化の間に生じた熱が結晶化部分の前面から効率的に除去できることを助成する構造的な特徴を持つ引上げ装置が提供されることが必然的である。」との記載があり、そのような構造的な特徴を持つ引き上げ装置に関する記載として、
【0011】に、「成長する単結晶の冷却が、るつぼの側壁からまたは溶融体表面から生じる熱放射により遅延させられることを防止しなければならない。この効果を有する構造的な特徴の例は、先行技術によってすでに知られている。これらは、熱的に覆うシールドとして成長する単結晶の周りに配置される装置部品である。」、
【0012】に、「西ドイツ特許DE?2821481号明細書は、熱放射を反射するポット形カバーを記載しており、そして溶融体、るつぼおよびるつぼ側の空間は結晶の引上げの間じゅう覆われ、その結果溶融体から発生するガスが溶融体上に還流して戻ることを効率的に防止できる。このカバーは成長する単結晶の軸方向の温度勾配を増大させるから、本発明によれば、前記カバーを有する引上げ装置を用い、成長する単結晶が溶融体表面からもるつぼの側壁からも覆われない引上げ装置を使用した場合に可能となる引き上げ速度よりも高い最大引上げ速度Vcritでシリコン単結晶を引上げることができる。」、
【0013】に、「単結晶を熱的に覆うシールドが積極的に冷却されるならば、成長する単結晶の軸方向の温度勾配は更に増大する。したがって、最大引上げ速度Vcritもまた更に上げることができる。この目的のために、引上げ装置は、例えば、ある特定の温度範囲で成長する単結晶の停滞時間を制御するため、西ドイツ特許出願DE?A39 05 626号明細書に開示された冷却皿の原型によって製造される熱的シールドを備えつけることができる。」
【0014】に「単結晶を囲み、熱的に遮蔽する作用を有するシールドが使用されるならば、シールドの下端がそれに触れることなくできるだけ密接に成長する単結晶の固相/液相の境界に接近することが有利である。1〜200mm、好ましくは20〜200mmの下端/相境界空間を越えないならば、固相/液相境界の領域における温度勾配の増大は特に効果的である。」
という記載がそれぞれあり、「G」を大きくするための具体的手段についても、本件特許明細書中には当業者が実施し得る程度に記載されているとすることができる。

IV.むすび

上記のとおりであるから、本件発明についての特許は、特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては取り消すことはできない。
また、他に本件発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、平成6年法律第116号附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、上記のとおり決定する。
 
異議決定日 2000-09-06 
出願番号 特願平6-329839
審決分類 P 1 651・ 534- Y (C30B)
P 1 651・ 531- Y (C30B)
P 1 651・ 121- Y (C30B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 平塚 政宏天野 斉  
特許庁審判長 酒井 正己
特許庁審判官 唐戸 光雄
能美 知康
登録日 1997-10-03 
登録番号 特許第2700773号(P2700773)
権利者 ワッカー・ジルトロニク・ゲゼルシャフト・フュア・ハルブライターマテリアリエン・アクチェンゲゼルシャフト
発明の名称 シリコン単結晶の引上げ方法  
代理人 添田 全一  
代理人 萩野 平  
代理人 深沢 敏男  
代理人 佐々木 清隆  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ