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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C09D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09D
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C09D
管理番号 1024860
異議申立番号 異議1997-70173  
総通号数 15 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1988-12-20 
種別 異議の決定 
異議申立日 1997-01-23 
確定日 1999-08-04 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第2516218号「インク組成物およびそれを用いる記録方法」の特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第2516218号の特許請求の範囲第1項ないし第2項に記載された発明についての特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第2516218号は、昭和62年6月15日に特許出願され、平成8年4月30日にその特許の設定登録がなされ、その後に、田中英博、黒木斉および滝口嘉三より特許異議の申立てがなされ、それに基づく取消理由が通知され、その指定期間内である平成9年9月2日に意見書と共に訂正請求書が提出され、さらに訂正拒絶理由が通知され、その指定期間内である平成11年3月10日に手続補正書が提出されたものである。
2.本件訂正請求について
(イ)訂正の内容
訂正請求書による訂正事項は次のとおりである。
[1]特許請求の範囲第1項及び第2項における「色剤」を「染料」と訂正し、「インク組成物が下記(1)式の条件を満たす」を「インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たす」と訂正する。
[2]明細書第4頁第11行〜第12行(特許公報3欄37行〜40行)の「色剤、湿潤剤………インク組成物。」を「(1)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とする水性インク組成物。」と訂正する。
[3]明細書第9頁第11行(特許公報5欄41行)の「色剤」を「染料」と訂正する。
[4]明細書第18頁第1行(特許公報8欄39行)、第2行(特許公報8欄40行)、第19頁第15行(特許公報9欄20行)および第16行(特許公報9欄20行〜21行)の「(室温)」を「[室温(25℃)]」と訂正する。
(ロ)手続補正書による補正
手続補正書による補正事項は、次のとおりである。
[1]訂正請求書に添付された訂正明細書を補正して、特許請求の範囲を次のとおりに訂正する。
「(1)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とする水性インク組成物。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49(1)
(2)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物を用いた記録方法において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たす水性インク組成物であって、これを用いて、ステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に印字することを特徴とする記録方法。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(CP)]=44〜49(1)」
[2]訂正請求書に添付された訂正明細書を補正して、訂正明細書第2頁下から7〜4行に「すなわち、本発明は、………インク組成物。」とあるを「すなわち、本発明は、(1)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とする水性インク組成物。」と訂正する。
[3]訂正請求書に添付された訂正明細書を補正して、訂正明細書第2頁下から3行に「42〜49」とあるを「44〜49」と訂正する。
(ハ)手続補正書による補正の適否
補正事項[1]は、訂正後の特許請求の範囲の(1)式の数値「42〜49」を「44〜49」に減縮するものであるから、訂正後の特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、願書に添付した明細書(特許公報5欄39〜40行)に「(1)式の値が44〜47の時に特に好ましい結果が得られる」と記載されているから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものである。
補正事項[2]は、誤記の訂正を目的とするものである。
補正事項[3]は、補正事項[1]により補正された特許請求の範囲の記載と明細書の発明の詳細な説明における記載との整合をはかるものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
したがって、当該補正は適法に補正されたものであって、訂正請求書の要旨を変更するものではい。
(ニ)訂正請求の適否
補正後の訂正事項[1]は、特許請求の範囲における「色剤」を「染料」に限定し、また、特許請求の範囲に「インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり」を挿入して特許請求の範囲におけるインク組成物を限定し、さらに、特許請求の範囲の(1)式の数値「42〜49」を「44〜49」に減縮するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書には、「色剤は特に限定されるものではなく、従来から知られている染料が使用できる」(特許公報5欄41〜42行)、「r0の値は36〜48dyne/cmが適当であり」(特許公報5欄24行)、「(1)式の値が44〜47の時に特に好ましい結果が得られる」(特許公報5欄39〜40行)と記載されているから、当該訂正事項は願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものである。
訂正事項[2]および[3]は、訂正事項[1]により訂正された特許請求の範囲の記載と明細書の発明の詳細な説明における記載との整合をはかるものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって、上記[1]の訂正と同様に願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものである。
訂正事項[4]は、「室温」は通常25℃を意味するのは明らかであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものである。
そして、いずれの訂正も実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、しかも後記するように、訂正後の特許請求の範囲の記載により特定される発明が特許出願の際に独立して特許を受けることができない発明であるとも認められない。
したがって、本件訂正請求は、特許法第120条の4第2項第1号および第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同法第120条の4第3項において準用する同法第126条第2項および第3項に規定する要件を満たすものであり、本件訂正は適法なものと認めることができる。
3.本件発明の認定
訂正後の発明の要旨は、補正された訂正明細書の特許請求の範囲第1項および第2項に記載された次のとおりのものと認める。(以下、これらの発明を「本件第1発明」および「本件第2発明」という。)
「(1)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とする水性インク組成物。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(CP)]=44〜49(1)
(2)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物を用いた記録方法において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たす水性インク組成物であって、これを用いて、ステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に印字することを特徴とする記録方法。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49(1)」
4.特許異議申立てについて
(1)異議申立て理由の概要
特許異議申立人の田中英博は、甲第1〜4号証を提出し、本件第1発明は甲第1〜4号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当し、また、本件第1発明および第2発明は、甲第1〜4号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に該当するので、本件特許を取り消すべきものと主張している。
特許異議申立人の滝口嘉三は、甲第1〜7号証を提出し、本件第1発明は甲第1〜4号証に記載された発明であり、本件第2発明は甲第1〜3号証に記載された発明であって、各々特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当し、また、本件第1発明は、甲第1〜4号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件第2発明は、甲第1〜3号証および甲第5〜7号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであって、各々特許法第29条第2項の規定に該当するので、本件特許を取り消すべきものと主張している。
特許異議申立人の黒木斉は、本件特許明細書は記載に不備があり特許法第36第4項又は第5項に規定する要件を満たしていないから、本件特許を取り消すべきものと主張している。
(2)甲各号証の記載事項
特開昭57-67676号公報(特許異議申立人田中英博が提出した甲第1号証、昭和57年4月24日発行 以下、「刊行物1」という。)には、特定の一般式を有するフルオレセイン誘導体から成る着色剤を含む水性インクジェット記録用インク組成物の発明が記載されており(特許請求の範囲)、その具体例として、フルオレセイン着色剤4重量部とエチレングリコール15重量部とジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル1重量部とN-メチル-2-ピロリドン0.5重量部および水を加えて全量を100重量部とするインク組成物が記載されている(実施例2)。
特開昭57-92065号公報(特許異議申立人田中英博が提出した甲第2号証、昭和57年6月8日発行 以下、「刊行物2」という。)には、特定の一般式で表され、且つ1分子当り2〜8個のスルホン基を有する染料を少なくとも1種含むインクジェット記録用インクの発明が記載されており(特許請求の範囲)、その具体例として、イオン交換水75.8wt%とポリエチレングリコール200を15.0wt%とN-メチル-2-ピロリドン3.0wt%とジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル1.0wt%とソジウム・オマジン0.2wt%および染料5.0wt%から成るインクが記載されている(実施例6)。
特開昭58-101171号公報(特許異議申立人田中英博が提出した甲第3号証および特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第3号証、昭和58年6月16日発行 以下、「刊行物3」という。)には、特定の一般式で表される化合物(着色体)が含有されているインクジェット記録用インクの発明が記載されており(特許請求の範囲)、その具体例として、着色体3重量部とエチレングリコール25重量部とプロピレングリコール5重量部とジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル2重量部とチオグリコール酸アンモン1重量部および水64重量部から成るインク組成物(実施例11)および同様のインク組成物(実施例19)が記載されている。
特開昭58-217569号公報(特許異議申立人田中英博が提出した甲第4号証および特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第2号証、昭和58年12月17日発行 以下、「刊行物4」という。)には、アゾ染料やアントラキノン染料などの染料の水酸基における水素原子が-(CH2-CH2-O)nH基(但しn=1〜18)で置換された染料を少なくとも一種含有することを特徴とするインクジェット記録用インクの発明が記載されており(特許請求の範囲第1項)、その具体例として、上記染料3重量部とポリエチレングリコール(#400)20重量部とグリセリン5重量部とジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル2重量部および水残部から成るインク組成物(実施例3)、および同様のインク組成物(実施例2、6、18、21)が記載されている。
「Journal of Colloid and Interface Science,vol.66,No.1,1978年8月発行、第55頁〜第67頁」(特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第1号証 以下、「刊行物5」という。)には、「ジェットの毛管不安定性を利用したインクの動的表面張力の決定法」(表題)について記載されており、グリセリン水溶液とインクジェットプリンター用インクを試験液として用いて実験を行ったこと(第55頁、要約部分)、インクP44はカーボンブラックを含有し、インクA014-CはFe3O4の小粒子を含有すること(第59頁右欄第3行〜右欄第24行)、インクP44の粘度(20℃)は3.76cpであり、インクA014-Cの粘度(20℃)は11.2cpであること(第59頁、表I)、インクP44の動的表面張力(20℃)は38.8〜39.09であること(第62頁、表IV)およびインクA014-Cの動的表面張力(20℃)は29.5〜31.06であること(第63頁、表VI)が記載されている。
特開昭59-22972号公報(特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第4号証、昭和59年2月6日発行 以下、「刊行物6」という。)には、特定の一般式で示される化合物およびポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルを含有するインクジェット記録用インク組成物の発明が記載されており(特許請求の範囲第1項)、その具体例として、Direct Black-32を3.0重量%とエチレングリコール40重量%とジエチレングリコール10重量%とトリエチレングリコール10重量%とジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル5重量%とポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル系化合物1.0重量%と炭酸カリウム0.2重量%および蒸留水35.8重量%から成るインク組成物が記載されている(実施例3)。
「紙パ技協誌vol.13,No.4,第32頁〜第36頁1959年発行」(特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第5号証 以下、「刊行物7」という。)には、「上質紙の品質について」と題する総説が記載され、ここに挙げられた上質紙のサイズ度は全て10秒より大きいことが示されている(表1〜4、表6〜7)。
「日本工業規格JIS P 8122」(特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第6号証 以下、「刊行物8」という。)には、紙のステキヒト・サイズ度試験方法(昭和29年5月22日制定)が記載されている。
特開昭61-16885号公報(特許異議申立人滝口嘉三が提出した甲第7号証、昭和61年1月24日発行 以下、「刊行物9」という。)には、記録用紙のステキヒトサイズ度が10秒以上のインクジェット記録用紙の発明が記載されており(特許請求の範囲)、ステキヒトサイズ度を10秒以下にすると吸収性はよくなるがドットの滲み率が大きくなるため、高解像度を要求するインクジェット用紙としては不適当であることが記載されている(第4頁左上欄第9行〜第12行)。
5.特許異議申立てについての当審の判断
(1)本件特許発明は、各刊行物に記載された発明であるか否か
刊行物1〜4および6には、染料とエチレングリコールのような湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、更にジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテルを含有する水性インク組成物の発明が記載されている。
本件第1発明と刊行物1〜4および6記載のインク組成物の発明とを対比すると、各々は染料と湿潤剤および水を含有するインクジェット用インク組成物の発明である点で一致しているが、本件第1発明が「その寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49」の条件を満たすことを規定しているのに対して、刊行物1〜4および6に記載のインク組成物の発明は、そのような規定を何らなしていない点で相違している。
したがって、本件第1発明は、この相違点により刊行物1〜4および6に記載の発明と実質的に異なる発明を構成するものと認められ、本件第1発明は、これらの刊行物に記載の発明と同一であるとはいえない。
また、本件第1発明と刊行物5に記載の水性インク組成物の発明を対比すると、両発明は、インクジェット用インクの発明である点で軌を一にするものであるが、本件第1発明が染料を含有しているのに対して、刊行物5に記載の水性インク組成物の発明は染料を含有せず顔料(カーボンブラックやFe3O4)を含有している点で相違し、さらに、本件第1発明が「その寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49」の条件を満たすことを規定しているのに対して、刊行物5に記載のインク組成物の発明においては、前記で摘記した刊行物の記載事項の「インクP44の粘度(20℃)は3.76cpであり、インクA014-Cの粘度(20℃)は11.2cpであること(第59頁、表I)、インクP44の動的表面張力(20℃)は38.8〜39.09であること(第62頁、表IV)およびインクA014-Cの動的表面張力(20℃)は29.5〜31.06であること(第63頁、表VI)」からして、刊行物5に記載のインクは、動的表面張力が本件第1発明の36〜48dyne/cmの条件を満たすものであるが、[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]の値はいずれも44未満であり、本件第1発明の[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49」の条件を満たさず、この点においても本件第1発明と刊行物5に記載の発明とは相違している。
したがって、本件第1発明は、これらの相違点により刊行物5に記載の発明と実質的に異なる発明を構成するものと認められ、本件第1発明は、この刊行物に記載の発明と同一であるとはいえない。
さらに、刊行物7〜9にはサイズ度ないしステキヒトサイズ度に関する記載はなされているものの、水性インク組成物の粘度や動的表面張力についての記載は何らなされていないので、本件第1発明とこれらの刊行物に記載の発明が同一であるとはいえない。
次に、本願第2発明は、本願第1発明のインク組成物を用いることを主要な構成とする記録方法の発明であるから、上記と同様な理由により、刊行物1〜9に記載された発明とは同一ではない。
よって、本願第1および第2発明は、特許法第29条第1項第3号に該当する発明ではない。
(2)本件特許発明は、各刊行物に記載された発明から当業者が容易になしえた発明であるか否か
上述のとおり、刊行物1〜4および6〜9には、本件第1発明が構成とする「その寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49を満たす」について何ら記載されてなく、刊行物5には、動的表面張力が36〜48dyne/cmであるインク組成物は記載されているものの、染料の使用およびインク組成物が「[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49を満たす」ことについて何ら記載されてなく、一方、本件第1発明は、染料を使用し「その寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49を満たす」ことを主要な構成とすることにより、乾燥性が高く、にじみ等のない鮮明な画像を得ることができ、しかも噴射応答性等のインクジェット記録法に要求される特性にも優れているインク組成物を提供するという顕著な効果を奏するものである。
したがって、本件第1発明は、刊行物1〜9に記載された発明に基づいて当業者が容易になしえたものではない。
次に、本願第2発明は、本願第1発明のインク組成物を用いることを主要な構成とする記録方法の発明であるから、上記と同様な理由により、刊行物1〜9に記載された発明に基づいて当業者が容易になしえたものではない。
よって、本願第1および第2発明は、特許法第29条第2項に該当する発明ではない。
(3)本件明細書に記載の不備があるか否かについて
訂正明細書の記載事項について、特許異議申立人黒木斉の主張に沿って検討する。
[イ]「寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)」(特許請求の範囲)について
異議申立人は、寿命0msecの動的表面張力は測定することができず、技術的に把握できない値であると主張しているが、訂正明細書第4頁第3行〜第4行に「寿命0msecの表面張力は実際には測定できないので図で0secに外挿して、0msecの動的表面張力γ0を求める。」と記載されているとおり、寿命0msecの動的表面張力は直接測定することができないが、0sec以上の値で測定した図で0secに外挿して求められるものであり、技術的に充分把握できる値であるから、異議申立人の主張は妥当ではない。
[ロ]「寿命0msecの表面張力は実際には測定できないので図で0secに外挿して………求める」(特許公報3欄49行〜4欄47行)について
異議申立人は、図から外挿して求めた値では主観が入り線の引き方により値が異なり、特定された寿命0msecの動的表面張力を客観的に求めることはできず、また、第2図のドデシルスルホン酸ナトリウムの水溶液は本件のインク組成物とは関係のない溶液であり、本件発明の寿命0msecの動的表面張力をグラフから外挿して求める具体的な方法が記載されていないと主張している。
しかし、外挿法は、例えば高分子化合物の極限粘度の測定等において用いられるように化合物や組成物などの測定手段として確定した一般的手法であり、外挿法であるから主観が入り客観的に求めることができないとするのは合理的ではない。また、第2図のドデシルスルホン酸ナトリウムの水溶液は標準例を示したものと解され、本件発明の寿命0msecの動的表面張力をグラフから外挿して求める具体的な方法が記載されていないとしても、外挿法は化合物や組成物などの測定手段として確定した一般的手法であるから、本件発明のインク組成物においても、第2図のドデシルスルホン酸ナトリウムの水溶液の標準例を参考に当業者が外挿法で容易にその寿命0msecの動的表面張力を求めうるとするのが妥当である。
[ハ]「動的表面張力は、振動ジェット法、メニスカス落下法、最大泡圧法等により測定される………他の測定法は不安定ジェット法である」(特許公報4欄27行〜49行)について
異議申立人は、振動ジェット法、メニスカス落下法、最大泡圧法、不安定ジェット法で測定した場合、各測定法で同一の動的表面張力の値が得られるか不明であると主張しているが、一般に測定法により僅少の誤差が生じるのは不可避かつ普遍的なものであって、この誤差は通常は許容しうるものであり、また、測定値として容易に修正しうるものであるから、この主張も妥当なものではない。
[ニ]「不安定ジェット法では………寿命0.02〜0.2msecの動的表面張力が測定できる。従ってこの測定法で測定された値は寿命0の動的表面張力とほぼ同一の値となる」(特許公報5欄13行〜16行)について
異議申立人は、寿命0msecと0.02〜0.2msecとでは、測定する時と時間の長さが異なり、両者の動的表面張力の値は同一ではないと主張しているが、寿命0msecと0.02〜0.2msecとでは、測定する時と時間の長さが当然異なるものであるとしても、両者の動的表面張力の値はほぼ同一であり差が無視できる程度に小さい近似値であると解されるのであって、これをもって記載が不備とはできず、この主張も採用できない。
[ホ]「本発明の実施例の動的表面張力の値はすべてこの不安定ジェット法により、0.05〜0.15msecの寿命の表面張力を測定したものである。」(特許公報5欄16〜18行)および表1の動的表面張力r0について
異議申立人は、実施例における動的表面張力の測定値と寿命0msecの動的表面張力の値とは同一でないと主張しているが、上記の[ニ]で述べたように、寿命0msecの動的表面張力と実施例における動的表面張力の測定値は同一ではないとしても、両者の値はほぼ同一であり差が無視できる程度に小さい近似値であると解され、この測定値をもって寿命0msecの動的表面張力と近似しても実質的な不都合は生じないものと見なされるから、この主張も同様に採用できない。
[ヘ]「[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)]=44〜49」(特許請求の範囲)について
異議申立人は、動的表面張力と粘度の和が42〜49(訂正明細書において44〜49と訂正された)であるために、寿命0msecの動的表面張力と粘度の値は各々が例えば0〜49の範囲までも含み、一方、発明の詳細な説明において寿命0msecの動的表面張力の値は36〜48dyne/cmであるべきとされているから(特許公報5欄24〜30行)、本件特許請求の範囲に本件特許発明の効果が得られない範囲まで含まれることになると主張しているが、訂正明細書において特許請求の範囲に寿命0msecの動的表面張力の値は36〜48dyne/cmであると規定され、この規定に応じて上記式の44〜49の範囲内で粘度の値も定まるから、もはやこの主張は妥当でない。
[ト]「不安定ジェット法によるWeberの式」(特許公報5欄2行)について
異議申立人は、式中の定数C、Tの意味及び値が不明であり、温度が不明のため粘度η、密度ρの値が不明であると主張しているが、刊行物5にも記載されているように、不安定ジェット法においてWeberの式を利用することは本件特許の出願前既に当業者が行っているところであり、当業者であれば式中のC(定数)、T(補正係数)、粘度η、密度ρを適宜容易に設定いうるものであり、この主張も採用しえない。
[チ]「[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+〔粘度(cp)](特許請求の範囲)について
異議申立人は、動的表面張力と粘度の温度が実施例では室温となっており室温は特定された温度でないから、当式において動的表面張力と粘度の客観的な値をもとめることができないと主張しているが、当業者にとって室温とは通常25℃を意味し、また、訂正明細書において、室温は室温(25℃)に訂正されたので、この主張も採用できない。
[リ]「ステキヒトサイズ度が10秒以上の紙」(特許請求の範囲)について
異議申立人は10秒以上では上限がなく、材質的に浸透性のない紙までも含まれて本件特許発明の効果が確認されていない範囲まで含まれると主張しているが、本件第2発明はステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に本件第1発明のインク組成物を印字することにより、乾燥性が高くにじみのない鮮明な画像を形成することを特徴とし、ステキヒトサイズ度が10秒以上の上限を特に必要とする発明ではないから、この上限が規定されていないことをもって明細書の記載が不備であるとはいえない。
以上により、本件訂正明細書の記載に不備があると認めることはできない。
6.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立人の主張する理由および挙証によって本件特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
インク組成物およびそれを用いる記録方法
(57)【特許請求の範囲】
(1)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とする水性インク組成物。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+[粘度(cp)]=44〜49 (1)
(2)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物を用いた記録方法において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たす水性インク組成物であって、これを用いて、ステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に印字することを特徴とする記録方法。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+[粘度(cp)]=44〜49 (1)
【発明の詳細な説明】
[技術分野]
本発明は一般筆記記録分野に有用なインク組成物、とくにインクジェット記録に好適なインク組成物およびその使用法に関する。
[従来技術]
従来よりインクに界面活性剤や多価アルコール、多価アルコール誘導体を添加して、インクの乾燥性を向上せしめることあるいは目詰りを防止することが提案されている。たとえば、特公昭60-34992(特開昭55-29546)にはインクの界面活性剤によりインクの表面張力を低下せしめて乾燥性を高めることが提案されている。界面活性剤の添加により確かに静的表面張力は低下し、わずかな乾燥性向上の効果がある。しかしながら、このようなインクではステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に対して印字した場合明細書に記されているような乾燥性向上の効果はなく、期待する乾燥性向上の効果を得るには、少なくとも2wt%以上の界面活性剤を添加する必要がある。界面活性剤は水、溶剤いずれにも溶解しにくく、このような高濃度に添加すると、使用環境の変化により界面活性剤が液媒体と分離したり、析出してきたりする。また界面活性剤をインクに添加することにより一般に泡立ちが生じ易く、プリンター内やインクの製造工程においてトラブルを生じ易い欠点もある。
また特公昭51-40484には多価アルコール、多価アルコールのエステルおよびそれらの両方をインクに用いることが開示されている。しかしこの実施例に記載されているインクはいずれも50dyne/cm以上の動的表面張力を示すものであり、乾燥性は十分なものではない。
さらに特公昭62-13388には多価アルコールと多価アルコール誘導体の両方を用いることが示されているが、これにも界面活性剤が添加されており前記のような欠点がある。また実施例1にはジエチレングリコールモノブチルエーテル6wt%、グリセリン10wt%をインクに含有させた例があるが、このようなインクではジエチレングリコールモノブチルエーテルの含有量が高すぎて画像にじみが発生し鮮明な画像は得られない。
[目的]
そこで本発明は乾燥性が高く、にじみ等のない鮮明な画像を形成し得て、なおかつ目詰りを生じることがなく、また、保存安定性にもすぐれたインク組成物を提供することを目的とするものであり、また本発明はこのインク組成物を用いる記録方法を提供することを目的とするものである。
[構成]
本発明者は従来より上記特性を有するインク組成物について研究を重ねてきたが、インクの紙への浸透速度は静的表面張力ではなく動的表面張力に影響されることを見出し、このことに着目して本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とするインク組成物。
[寿命0msecの動的表面張力(dyne/cm)]+[粘度(cp)]=44〜49…(1)、
また(2)上記インク組成物を用いて、ステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に印字することを特徴とする記録方法である。
上記したように、本発明はインクの表面張力と粘度の関係が(1)式の関係にあるとき、ステキヒトサイズ度で10秒以上の紙に印字した時に乾燥性および画像の鮮明性が満足されるものとなることを見出し完成されたものである。
従来の水性インクはその動的表面張力が水の表面張力が高いためにステキヒトサイズ度が10秒以上の紙に印字した町に十分な乾燥性が得られなかった。またエタノール、メチルイソブチルケトン等の有機溶剤を主液媒体としたインクは逆にその動的表面張力が低過ぎるため、紙に印字した時の乾燥は著しく速いが、得られる画像はにじみがあったり濃度が低かったりするために鮮明性に欠けていた。
従来より界面活性剤の添加によりインクの表面張力を低下せしめ、紙へのインクの濡れ性を高めることにより、インクの紙中への浸透速度を高めることによって乾燥性を向上しようとする試みはあった。しかしながらこの方法では満足の得られる結果は得られない。その原因の一つは界面活性剤で低下するのは一般にデュ・ヌイ法(リング法)、吊板法で測定されている静的表面張力であり、界面活性剤の添加は動的表面張力の低下にほとんど効果をもたない。本発明者はインクの紙中への浸透速度は静的表面張力とは関係なく動的表面張力で決定されることを見出した。
動的表面張力は振動ジェット法、メニスカス落下法、最大泡圧法等により測定されるが、振動ジェット法による測定法はRaymond Defay,
etal,J.Colloid Sci.13 553(1958)等に記載されている。振動ジェット法はインクの浸透に関係する比較的短い寿命の表面張力を測定するのに適した方法である。測定は楕円形のノズルから噴出するジェットの形状の観測により行なうものである。第1図において波長λ、最大半径rx、最小半径riを測定し、
Sutherlandの式

から動的表面張力rdを求める。
第2図はドデシルスルホン酸ナトリウムの0.3wt%水溶液の測定例である。寿命0msecの表面張力は実際には測定できないので図で0secに外挿して、0msecの動的表面張力γ0を求める。
動的表面張力の他の測定法は不安定ジェット法である。この方法は例えば電歪素子によりジェット法に対して軸対称な変位を加え、円形のノズルからのジェットの吐出の仕方を観測することにより
Weberの式

からγ0を求めるものである(第3図)。
不安定ジェット法ではジェットの流速を10〜30m/secにして測定できるため、0.02〜0.2msecの寿命の動的表面張力が測定できる。従ってこの測定法で測定された値は寿命0の動的表面張力とほぼ同一の値となる。本発明の実施例の動的表面張力の値はすべてこの不安定ジェット法により、0.05〜0.15msecの寿命の表面張力を測定したものである。
粘度は回転粘度計、細管通過型粘度計等で測定できる。ほとんどのインクジェット用インクはニュートン流体であり、測定法による差はない。本発明の実施例ではE型の回転粘度計を叩いて測定した。
γ0の値は36〜48dyne/cmが適当であり、より好ましくは38〜45dyne/cmである。これ以下の値では低表面張力の有機溶剤を主液媒体として用いたのと同様に乾燥性は高いが画像にじみが発生したり、画像濃度が低下したり、画像の色調が変化し、鮮明な画像が得られない。またこれ以上の値のインクではサイズのきいた紙に印字した時に十分な乾燥速度が得られない。
我々は鋭意研究の結果、画像の乾燥性と画像の鮮明性との関係が動的表面張力のみで決定されるものではなく、インクの粘度との相関も有することを発見し、インクの(1)式の物性範囲内にコントロールすることにより最適な画像が得られるインクを得た。すなわち粘度の高いインクではその逆となる。これは粘度の高いインクはそれだけ浸透速度が遅くなるために、より低表面張力にする必要があると考えられる。
(1)式の値が44〜47の時に特に好ましい結果が得られる。
本発明に使用できる色剤は特に限定されるものではなく、従来から知られている染料が使用できる。水性インクに対してはカラーインデックスにおける酸性染料、直接染料、塩基性染料、反応性染料が用いられる。
具体的な例として水性インクに用いられる染料としては、
C.I.アシッドイエロー17、23、38、42、44、79、142
C.I.ダイレクトイエロー1、12、24、26、33、44、50、86、142、144
C,I,フードイエロー3、4
C.I.アシッドレッド1、8、13、14、18、26、27、35、37、42、52、82、85、87、89、92、97、106、111、114、115、134、186、249、254、289
C.I.ダイレクトレッド1、4、9、13、17、20、28、31、39、80、81、83、89、225、227
C.I.フードレッド7、9、14
C.I.ダイレクトオレンジ26、29、62、102
C.I.アシッドブルー9、29、45、80、92、249
C.I.ダイレクトブルー1、2、6、15、22、25、71、76、78、86、87、90、98、163、165、202
C.I.フードブルー1、2
C.I.アシッドブラック1、2、7、24、26、94
C.I.ダイレクトブラック19、22、32、38、51、56、71、74、75、77、154
C.I.フードブラック2
が好ましい例として挙げられる。
また水以外の液体を主液媒体としたインクには
C.l.ソルベントイエロー1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、14、16、17、26、27、29、30、35、39、40、46、49、50、51、56、61、80、86、87、89、96
C.l.ソルベントオレンジ12、23、31、43、51、61
C.l.ソルベントレッド1、2、3、16、17、18、19、20、22、24、25、26、40、52、59、60、63、67、68、121
C.l.ソルベントブルー2、6、11、15、20、30、31、32、35、36、55、58、71、72
C.l.ソルベントブラック3、10、11、12、13
が好ましい染料の例として挙げることができる。
これらの染料はインク中に1.5〜5wt%添加することが好ましい。
湿潤剤としてはエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール200、300、400、600、1500、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコールが水性インクの場合は、その染料溶解性の高い点、蒸発速度の小さい点、平衡水分量の大きい点等で最も好ましいものである。
多価アルコール以外の湿潤剤としてはN-メチル-2-ピロリドン、1,3-ジメチルイミダゾリジノン、トリエタノールアミンが好ましく使川できるものである。
これらの湿潤剤は1種又は多種をインク中にその総量として5〜95wt%、好ましくは15〜65wt%添加される。
前記の染料および湿潤剤、水を主成分として成る従来のインクはその動的表面張力r0が50dyne/cm以上のものである。前記の染料の中には静的表面張力をこれ以上に低下せしめるものもあるが、これは主として染料中の不純物の効果による低下と推定され、動的表面張力に大きな効果を及ぼさない。
水性インクにおいてその動的表面張力を低下せしめるにはジエチレングリコールモノフェニルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル等の多価アルコールのエーテル類を添加するが、それらが水への溶解性が高いこと、沸点が高いこと染料の溶解性が高い点等において好ましい。特に好ましいものはジエチレングリコールモノブチルエーテルである。
多価アルコールのエーテル類においてもそれ自体の表面張力が著しく低いにもかかわらず動的表面張力の低下には効果が小さいものがある。例えばエチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジプチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル等である。これらを水性インクに添加して動的表面張力を所望の値にするためにはインク中に5wt%以上の添加が必要となるが、これらの多価アルコールのエーテル類は多価アルコール類に比較して沸点が低く湿潤作用が小さいので水性インク中に多量にいれるのは好ましくない。
従って多価アルコールと前記の動的表面張力を低下せしめる効果の大きい多価アルコールのエーテル類をその重量比において8〜15となるように、またその合計量が15wt%以上となるように添加するのが好ましい。15%以下では長期間印字を休止した時に目詰りを生じ易いからである。また多価アルコールの一成分として少なくともグリセリンをインク中に2wt%含むことが好ましい。何故なら同様に長期間印字を休止した時にグリセリンを含むインクでは目詰りを生じにくいからである。
有機溶剤を液媒体とするインクにおいてはエチレングリコール、ジエチレングリコールなどの多価アルコール、アミノエタノール、アセトアニリド、ホルムアミド等の比較的表面張力の高いものとアセトン、メタノール、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等の通常用いられる低表面張力の溶剤とを混合して液媒体として用いることにより好ましく本発明のインクが得られる。
本発明には以上の化合物の他、必要に応じて従来より知られている任意の化合物を添加できる。
例えば防腐防黴剤としてはデヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸ナトリウム、2-ピリジンチオール-1-オキサイドナトリウム、安息香酸ナトリウム、1,2-ベンゾチアゾリン-3-オン、ペンタクロロフェノールナトリウム等が本発明に使用できる。
pH調整剤として調合されるインクに悪影響をおよぼさずにインクのpHを制御できるものであれば任意の物質を使用することができる。
その例としてジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどのアミン、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属元素の水酸化物、水酸化アンモニウム、4級アンモニウム水酸化物、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩などがあげられる。
キレート試薬としては例えばエチレンジアミン四酢酸ナトリウム、ニトリロ三酢酸ナトリウム、ヒドロキシエチルエチレン、ジアミン三酢酸ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウム、ウラミル二酢酸ナトリウムなどがある。
防錆剤としては例えば酸性亜硫酸塩、チオ硫酸ナトリウム、チオグリコール酸アンモン、ジイソプロピルアンモニウムニトライト、四硝酸ペンタエリスリトール、ジシクロヘキシルアンモニウムニトライトなどがある。
その他目的に応じて水溶性紫外線吸収剤、水溶性赤外線吸収剤、水溶性高分子化合物、染料溶解剤、界面活性剤などを添加することができる。
これらの添加物はインク中にその添加量が1wt%以下であればインクの動的表面張力、粘度には大きな影響を与えない。
実施例1
C.I.ダイレクトブラック19 2wt%
グリセリン 7wt%
ジエチレングリコール 15wt%
ジエチレングリコールモノブチルエーテル 2wt%
ソルビン酸ナトリウム 0.2wt%
水 残量
上記の組成物を約50℃に加熱して撹拌溶解した後、孔径1μmのフィルターで濾過することによりインクを作製した。インクの粘度は2.2c.p.[室温(25℃)]、動的表面張力r0は43.5dyne/cm[室温(25℃)]であった。(1)式の値は45.7である。
このインクを用いて下記の試験を行なった。
1)画像の鮮明性
荷電制御型のインクジェットプリンター、リコーワードプロセッサー・リポート5600J用インクジェットプリンターに試験用インクを充填し、印字を行ない、画像にじみ、色調、濃度を目視により総合的に判定した。
紙としてステキヒトサイズ度15秒のボンド紙、ステキヒトサイズ度17秒のPPC用紙、ステキヒトサイズ度17秒のストックフォーム紙の3種を使用した。いずれの紙種においても鮮明性に優れた場合に○と判定した。
2)画像の乾燥性
印字後の画像に一定時間後濾紙を押し付けインクが濾紙に転写しなくなるまでの時間を測定した。3種の紙でいずれも10秒以内で乾燥した場合に○と判定した。
3)噴射応答性
インクを充填したプリンターを印字休止したまま2ヵ月間放置した後印字をした時に正常に印字できた場合を○と判定した。
結果を表-1に示した。
実施例2
C.I.アシッドレッド92 3wt%
グリセリン 4wt%
トリエチレングリコール 18wt%
ジエチレングリコールモノブチルエーテル 2.5wt%
ソルビン酸ナトリウム 0.2wt%
水 残量
実施例1と同様に上記組成のインクを作製した。粘度は2.3c.p.[室温(25℃)]、動的表面張力r0は42.3dyne/cm[室温(25℃)]、(1)式の値44.6であった。このインクも実施例1と同様に試験した。
実施例3
C.I.フードブラック2 3wt%
グリセリン 4wt%
トリエチレングリコール 18wt%
エチレングリコールモノフェニルエーテル 2.5wt%
デヒドロ酢酸ナトリウム 0.3wt%
水 残量
r0=43.6dyne/cm、粘度2.3c.p.
(1)式の値45.9
実施例4
C.I.フードブラック2 3wt%
グリセリン 4wt%
ジエチレングリコール 15wt%
N-メチル-2-ピロリドン 4.5wt%
ジエチレングリコールモノブチルエーテル 1.5wt%
ピリジンチオール-1-オキサイドナトリウム 0.2wt%
水 残量
r0=44.7dyne/cm 粘度2.3c.p
(1)の値47.0
実施例5
C.I.ダイレクトブラック19 3wt%
グリセリン 10wt%
ジエチレングリコール 35wt%
N-メチル-2-ピロリドン 5wt%
ジエチレングリコールモノブチルエーテル 5wt%
1,2-ベンゾチアゾリン-3-オン 0.1wt%
水 残量
r0=39.2dyne/cm 粘度=6.7c.p
(1)式の値 45.9
このインクは直径約60μmのノズルを有するカイザー型のオンディマンド・インクジェットプリンターにて印字を行ない実施例1と同様のテストを行なった。
比較例1
実施例1においてジエチレングリコールモノブチルエーテルを添加せず、その分ジエチレングリコールを増量した(15wt%→17wt%)インクを同様に作製して同様にテストを行なった。
比較例2
実施例1においてジエチレングリコールモノブチルエーテルの添加量を1.0wt%としその分ジエチレングリコールを増量した(15wt%→16wt%)インクを同様に作製して同様にテストを行なった。
比較例3
実施例1においてジエチレングリコールモノブチルエーテルの添加量を6wt%まで増量し、その分ジエチレングリコールの添加量を減じた(15→11wt%)インクを作製し同様にテストした。
比較例4
比較例1においてドデシル硫酸ナトリウムを1.0wt%添加し、ジエチレングリコールをその分減じたインクを作製しテストした。このインクの従来から測定されている静的表面張力の値は26.5dyne/cmであったが、乾燥性の改善効果はなかった。
比較例5
比較例2においてノニオン化フッ素系界面活性剤を0.5wt%添加し、その分ジエチレングリコールを減じたインクを作製しテストした。その静的な表面張力は25.2dyne/cmであったが乾燥性の改善効果はなかった。
比較例6
実施例2においてジエチレングリコールモノブチルエーテルに代えてN-メチル-2-ピロリドンを添加したインクを同様にテストした。
比較例7
実施例3においてジエチレングリコールモノブチルエーテルに代えてジエチレングリコールモノエチルエーテルを添加したインクを作製し同様にテストを行なった。
比較例10
実施例5においてジエチレングリコールモノブチルエーテルの添加量を1.5%に減らし、代わりにジエチレングリコールを増量(35→38.5wt%)したインクを作製し、実施例5と同様にテストをした。

[効果]
以上の説明から明らかなように、本発明の構成によるインク組成物は、ステキヒトサイズ度が10秒以上というサイズ度の高い紙に対しても乾燥性が高く、にじみ等のない鮮明な画像を得ることができ、しかも噴射応答性等インクジェット記録法に要求される特性にもすぐれている等顕著な効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
第1図は振動ジェット法による動的表面張力の測定法を示す図、第2図はドデシルスルホン酸ナトリウムの0.3wt%水溶液の測定例を示す図、第3図は不安定ジェット法による動的表面張力の測定法を示す図。
 
訂正の要旨 訂正の要旨
[1]特許請求の範囲第1項及び第2項における「色剤」を「染料」と訂正し、「インク組成物が下記(1)式の条件を満たす」を「インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たす」と訂正し、(1)式の「42〜49」を「44〜49」に訂正する。
[2]明細書第4頁第11行〜第12行(特許公報3欄37行〜40行)の「色剤、湿潤剤………インク組成物。」を「(1)染料、湿潤剤及び水を含有するインクジェット用インク組成物において、該インク組成物がその寿命0msecの動的表面張力が36〜48dyne/cmであり、かつ下記(1)式の条件を満たすことを特徴とする水性インク組成物。」と訂正する。
[3]明細書第4頁下から7行(特許公報3欄42行)の「42〜49」を「44〜49」と訂正する。
[4]明細書第9頁第11行(特許公報5欄41行)の「色剤」を「染料」と訂正する。
[5]明細書第18頁第1行(特許公報8欄39行)、第2行(特許公報8欄40行)、第19頁第15行(特許公報9欄20行)および第16行(特許公報9欄20行〜21行)の「(室温)」を「[室温(25℃)]」と訂正する。
異議決定日 1999-07-12 
出願番号 特願昭62-146929
審決分類 P 1 651・ 113- YA (C09D)
P 1 651・ 121- YA (C09D)
P 1 651・ 531- YA (C09D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中島 庸子  
特許庁審判長 吉村 康男
特許庁審判官 小島 隆
谷口 浩行
登録日 1996-04-30 
登録番号 特許第2516218号(P2516218)
権利者 株式会社リコー
発明の名称 インク組成物およびそれを用いる記録方法  
代理人 小松 秀岳  
代理人 小松 秀岳  
代理人 加々美 紀雄  
代理人 旭 宏  
代理人 加々美 紀雄  
代理人 旭 宏  

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