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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H04S
管理番号 1028038
異議申立番号 異議2000-71043  
総通号数 16 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-02-14 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-03-13 
確定日 2000-11-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第2947441号「音像定位処理装置」の請求項1ないし3に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第2947441号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 1.本件発明
本件特許第2947441号の【請求項1】乃至【請求項3】に係る発明(平成5年7月30日出願、平成11年7月2日設定登録)(以下、「本件発明1」乃至「本件発明3」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の【請求項1】乃至【請求項3】に記載された事項により特定される下記のとおりのものである。
「【請求項1】 受聴者に対して略対称の位置に配設された一対のトランスジューサから音響信号を再生して、前記一対のトランスジューサの位置とは異なる位置で、かつ、前記受聴者に対して略対称の2箇所の位置に異なる音像を定位させる音像定位処理装置であって、
入力された第1及び第2の信号から和信号と差信号とを生成する手段と、前記和信号を処理する第1のフィルタと、前記差信号を処理する第2のフィルタと、前記第1及び第2のフィルタで処理された信号から和信号と差信号とを生成して前記一対のトランスジューサから出力する手段とからなり、
前記第1及び第2のフィルタの伝達特性P,Nを、
P=(F+K)/(S+A)
N=(F-K)/(S-A)
(ただし、Sは一対のトランスジューサから受聴者の同じ側の耳までの伝達特性、Aは一対のトランスジューサから受聴者の反対側の耳までの伝達特性、Fは音像を定位させたい位置から受聴者の同じ側の耳までの伝達特性、Kは音像を定位させたい位置から受聴者の反対側の耳までの伝達特性)と設定したことを特徴とする音像定位処理装置。
【請求項2】受聴者に対して略対称の位置に配設された一対のトランスジューサから音響信号を再生して、前記一対のトランスジューサの位置とは異なる位置に音像を定位させる音像定位処理装置であって、
入力信号を反転する手段と、前記入力信号を処理する第1のフィルタと、前記反転された信号を処理する第2のフィルタと、前記第1及び第2のフィルタで処理された信号から和信号と差信号とを生成して前記一対のトランスジューサから出力する手段とからなり、 前記第1及び第2のフィルタの伝達特性P,Nを、
P=(F+K)/(S+A)
N=(F-K)/(S-A)
(ただし、Sは一対のトランスジューサから受聴者の同じ側の耳までの伝達特性、Aは一対のトランスジューサから受聴者の反対側の耳までの伝達特性、Fは音像を定位させたい位置から受聴者の同じ側の耳までの伝達特性、Kは音像を定位させたい位置から受聴者の反対側の耳までの伝達特性)と設定したことを特徴とする音像定位処理装置。
【請求項3】複数の音像定位位置に応じた伝達特性を記憶する手段と、所望の音像定位位置に応じた伝達特性を第1及び第2のフィルタに設定する手段とを有し、音像定位位置を移動自在としたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の音像定位処理装置。」



2.申立ての理由の概要
特許異議申立人 田村 典子 は、証拠として甲第1号証(米国特許第4893342明細書)、甲第2号証(J.Audio ENG.Soc., Vol.37, No.1/2, 1989 January/February 「Prospects for Transaural Recording」 DUANE H. COOPER AND Jerald L.BAUCK)を提出し、「本件発明1」乃至「本件発明3」は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、特許を取り消すべき旨主張している。



3.引用刊行物記載の発明
当審が通知した取消理由に引用された
刊行物1(米国特許4893342号明細書 (異議申立人提示の甲第1号証))には以下の記載がある。
(1)ステレオ音響処理装置の一例としてシャフラ-(Shuffer)回路の例がFig1Cに示されている。このシャフラー回路150は、直接のクロストーク・チャンネル155と反転されたクロストーク・チャンネル156からなり、左の加算回路158と右の加算回路160とに接続されている。左の加算回路158は、直接のLchオーディオ信号と反転されたクロストーク信号とを加算し、その加算出力をデルタ(△)フィル夕162に接続している。右の加算回路160は、直接のRch信号と直接のLch信号とを加算し、その加算結果をシグマ(Σ)フィル夕164に接続している。そして、△フィル夕162の出力は、左の加算回路166に直接接続され、反転出力は右の加算回路170に接続されている。Σフィル夕164の出力は、それぞれ加算回路166,170に直接接続されている。各加算回路166、170の出力は、聴取者176に対し一定の角度Φで配置された一組のスピーカ172、174に供給される。(第6欄第66行〜第7欄第17行参照)

(2)図1A、図1B、図1Cの構成は等価であって、図1Bにおける直接経路での伝達関数を計算すると、それは(1/S)/(1-C2)でありS’=S/(S2-A2)と等価でスピーカ信号を得る。同様に、クロス経路での伝連関数を計算すると、(C/S)(1-C2)であり、A’=-A/(S2-A2)と等価でスピーカ信号を得る。これらS’とA’の伝達関数は、図1Aで使用されるものと同じ関数であり、△フィル夕を(S’1-A’)/2とし、Σフィル夕が(S’+A’)/2に等しいとすれば等価なものが図1Cと示すような構成とすることができ、それぞれ伝達関数は、(1/2)(S-A)及び(1/2)(S+A)である。ここで、各式の1/2は省略でき、△フィル夕の伝達特性は1/(S-A)と表すことができ、Σフィル夕の伝達特性は1/(S+A)と表現することができる。(第7欄第18行〜第45行参照)

(3)音響経路の伝達関数AとSが示されている図1Bにおいて、Le143での左耳信号は、伝達関数S2/(S2-A2)を経由して経路Sを経てマイクロホン114からの信号が入力され、これに経路Aを介して伝達関数-A2(S2-A2)が加えられる。マイクロホン116から同じ耳Le143に入力される信号の伝達関数は、AS/(S2-A2)で、-AS/(S2-A2)を加えることなくヌル(null)の伝達関数を得る。この解析は、それぞれの耳が両方のスピーカを聞くことができるにも拘わらず、そのために意図された信号のみを受け取るというクロストーク・キャンセルを示している。(第7欄第47行〜第63行参照)


刊行物2(J.Audio ENG.Soc., Vol.37, No.1/2, 1989 January/February 「Prospects for Transaural Recording」 DUANE H. COOPER AND Jerald L.BAUCK (異議申立人提示の甲第2号証))には以下の記載がある。
(1)クロストーク-キャンセルフィル夕についての記載があり、このクロストークーキャンセルフイル夕の一つとして、アタルーシユローダー(Atal-Schroeder)フィル夕についての記載がある。

(2)アタルーシュローダー(Atal-Schroeder)フィル夕は、Fig1(a)に示されるような構成を備え、Fig1(a)において、Sは音源(スピーカ)から同じ側の耳への伝達関数を示し、Aは反対側の耳への伝達関数を表す。ここで、Fig1.(a)の構成で、音響的な配置は対象であり、スピーカLFから耳への伝達関数は、スピーカRFに対するものに等しく、C=-A/Sという表記がクロスする経路でのフィル夕に対して使用でき、左上に入力された信号は、変化されることなくリスナの左耳に到達され、他方、すなわち右上に人力された信号は、変化されることなくリスナの右耳に到達されるとの記載がある。(第6頁左欄第39行〜第50行)

(3)伝達関数Sより伝達関数Aの方が大きな遅延を伴い、Cは因果律となる。ここで、Cは、FIRデジタルフィル夕やトランスバーサルなアナログフィル夕として実現でき、C2についても同様である。そのとき1/(1-C2)は、循環ループ中にC2を置いて実現される。最後のフィル夕1/Sは、両チャンネルで同じ大きな遅延を含んだそのインバルス応答により、因果関係の表現が得られるとの記載がある。(第6頁左欄第50行〜第6頁右欄第6行)

(4)アタルーシュローダ-(AtalSchroeder)フィル夕は、ラテイス(Lattice)型のフィル夕と等価であることが記載されている。アタルーシュロ-ダーフィル夕はの方式は、クロス経路のフィル夕が A’= A/(S2一A2) であり、同じ経路のものが S’= S/(S2一A2) であるとすると、ラティス型のフィル夕と等価である。これらは、図1に示される音響マトリクスに対し逆となる2×2マトリクスのマトリクス要素(対角要素にS’で、反対角にA’)となる。
シャフラ-(shumer)型のフィル夕は、図2から明らかなように、フティス型に等価である。両方が正で入力の和に対するフィル夕がP’と表記され、差( 一方の入力が負での和)に対するフィル夕がN’と表記される。同等なものとしては、 N’=(S’-A’)/2 及び P’=(S’+A’)/2 である必要がある。2での除算は、均一な3dBのロスで設計された和差ネットワークにでは省略されるので、一般性を損なわずに、 N’=1/N=1/(S-A) 及び P’=1/P=1/(S+A) と書くと、要素N’及びP’を対角にもつシャフラー型フィル夕の伝達関数マトリクスは、要素N=S-AとP=S+Aを有する和・差の耳発音に対する対角音響マトリクスの逆となる。(甲第2号証の第6頁右欄第18行〜第7頁左欄第5行)


刊行物3(特開平04-030700号公報)には以下の記載がある。
(1)音像定位手段1では、HL、HRの各パラメータWを適当に設定することによって任意の位置に音像を定位させることができるが、・・・・・音像を定位位置に変更させる場合、各パラメータを変更する必要がある。しかし、このようなパラメータを変更すると、音声信号に雑音が生じるという問題点があった。
本願発明は、音像定位を変更させても、雑音の発生しない音像定位装置を提供することを目的とする。(第3頁右下欄20行目〜第4頁左上欄10行目)

(2)音像定位手段22、23のパラメータを固定とし、乗数C2、C3を1とすれば、入力端子56、57の音声信号の音像は所定の位置に定位した状態で放声される。また、音像定位手段21、24のパラメータを可変とし、乗数C1、C4を第1の実施例の乗数C.CXのように変化させると、雑音が生じることなく、入力端子55の音声信号の音像を徐々に移動させることができる。(第5頁右下欄16行〜第6頁左上欄3行目)

(3)この実施例では後方のスピーカを設ける替わりに、音像設定手段102、103、104を設け、これに信号Sを供給している。・・・・・これらは、各音像が点線で示したスピーカの位置に定位するようにパラメータが設定されている。・・・・・受聴者Mは2つのスピーカSPL、SPRしか設けていないにも拘わらず、信号L、Rを前方から、信号Sを後方からそれぞれ聞くことができ、受聴者を包むような音場を提供できる。(第7頁左下欄2〜19行目)

(4)2チャンネルのスピーカによって明確な音像を受聴者の周囲の任意の方向に定位させることができ、しかも、この音像を雑音を発生することなく移動させるることができる。(第9頁左上欄第4行〜7行目)


刊行物4(実願平 2-128400号(実開平 3-128400号)のマイクロフィルム)には以下の記載がある。
(1)クロストークキャンセル回路37は、バイノーラルフィルタ回路35からの出力信号SL(ω)およびSR(ω)から互いのクロストーク成分をキャンセルするもので、実際にはイコライザ回路37cが第7図の加算器5に、イコライザ回路37fが加算器7に接続されている。なお、第7図における他の構成は第1の構成と同様である。
・・・(中略)・・・
第8図ではSチャンネル信号でLおよびRチャンネル・スピーカ17,21を駆動してSチャンネルスピーカ29aの虚像音を形成する構成を示すものである。
図において、ダミーヘッド23のは背後に配置した左のSチャンネルスピーカ29aからダミーヘッド23の左側及び右側マイクロフォン25、27までの伝達関数をHL1(ω)とHR1(ω)としたとき、GL1(ω)=HL1(ω)/H1(ω)、GR1(ω)=HR1(ω)/H1(ω)の関係にあると考え、Sチャンネル信号をバイノーラルフィルタ回路35のフィルタ回路35aの伝達関数GL1(ω)でフィルタ処理し、Sチャンネル信号をフィルタ回路35bの伝達関数GR1(ω)でフィルタ処理し、これらフィルタ回路35a、35bからの出力信号SL(ω)=GR1(ω)S1(ω)でLおよびRチャンネル・スピーカ17、21を駆動すれば、Sチャンネルスピ-カ29aの虚像を形成できる。(第22頁第9行目〜第23頁第17行目)



4.対比・判断
「本件発明1」と、当審が通知した取消理由に引用された各刊行物を比較すると、刊行物1のFig1Cに示される回路構成には、
“左の加算回路158と右の加算回路160を備え、左の加算回路158は、直接のLchオーディオ信号と反転されたクロストーク信号とを加算し、その加算出力をデルタ(Δ)フィルタ162に接続し、右の加算回路160は、直接のRch信号と直接のLch信号とを加算し、その加算結果をシグマ(Σ)フィルタ164に接続している。”記載があり、ここで、
“左の加算回路158と右の加算回路160”は、「本件特許1」の「第1及び第2の信号から和信号と左信号とを生成する手段」に相当し、“デルタ(Δ)フィルタ162及びシグマ(Σ)フィルタ164”は、「本件特許1」の「左信号を処理する第2のフィルタ及び和信号を処理する第1のフィルタ」に相当する。
また刊行物2にも略同様な回路構成があることから、
刊行物1、2(以下、「引用例A」という。)には、
「受聴者に対して略対称の位置に配設された一対のトランスジューサから音響信号を再生する音響処理装置であって、入力された第1及び第2の信号から和信号と差信号とを生成する手段と、前記和信号を処理する第1のフィルタと、前記差信号を処理する第2のフィルタと、前記第1及び第2のフィルタで処理された信号から和信号と差信号とを生成して前記一対のトランスジューサから出力する手段とからなる音響処理装置」の構成がある点で一致するものの、以下の点で相違する。
(1)「音響信号を再生して、一対のトランスジューサの位置とは異なる位置で、かつ、受聴者に対して略対称の2箇所の位置に異なる音像を定位させる」音像定位処理の概念の記載がない点
(2)音像定位処理の概念を実現するために、「(上記)和信号を処理する第1のフィルタと、差信号を処理する第2のフィルタの各伝達特性P,Nを、
P=(F+K)/(S+A)
N=(F-K)/(S-A)
(ただし、Sは一対のトランスジューサから受聴者の同じ側の耳までの伝達特性、Aは一対のトランスジューサから受聴者の反対側の耳までの伝達特性、Fは音像を定位させたい位置から受聴者の同じ側の耳までの伝達特性、Kは音像を定位させたい位置から受聴者の反対側の耳までの伝達特性)と設定」する構成がない点

また、同様に、刊行物3、4(以下、「引用例B」という。)には、上記3.からみて、
「受聴者に対して略対称の位置に配設された一対のトランスジューサから音響信号を再生して、前記一対のトランスジューサの位置とは異なる位置で、かつ、前記受聴者に対して略対称の2箇所の位置に異なる音像を定位させる音像定位処理装置であって、入力された信号を処理する第1のフィルタと、第2のフィルタと、前記第1及び第2のフィルタの伝達特性を変更する事で音像位置を定位する音像定位処理装置」の構成があるものと認められるものの、以下の点で相違する。
(3)「引用例B」の音像作成信号は、サラウンドスピーカ用の信号であるのに対し、「本件発明1」の第1、第2の信号は一対のトランスジューサ用のステレオ信号と解される点
(4)「引用例B」はサラウンド信号専用に回路を分離してフィルタ回路を構成しているが、「本件発明1」の回路構成はこのようなものでない点
(5)上記(2)と同様の伝達特性式を持つ構成がない点

そこで判断するに、
「本件発明1」と「引用例A」とは、回路構成で類似するものの音像定位の概念がなく、技術分野の共通性で「引用例B」に記載の前記概念を採用するにしても第1、第2フィルタの伝達特性を
P=(F+K)/(S+A)
N=(F-K)/(S-A)
と数式限定まで当業者が容易に導き出し得るものでない。
また、「引用例B」への「引用例A」の組合を検討するも、「引用例B」はサラウンド信号及びその信号処理回路で音像定位を構成するもので、音像定位作成回路が相違する。さらに、第1、第2フィルタの伝達特性を
P=(F+K)/(S+A)
N=(F-K)/(S-A)
と数式限定で導き出せるものでなく、「本件発明1」のようにすることは当業者が容易に想到し得るものでない。

そして、「本件発明1」は、上記各相違点により、受聴者に対して略対称の位置に配設された一対のトランスジューサから音響信号を再生して、前記一対のトランスジューサの位置とは異なる位置で、かつ、前記受聴者に対して略対称の2箇所の位置に異なる音像を定位させることが可能となり、しかも2つのフィルタと加算器(減算器)構成でハードウェアを簡素化できるという明細書記載の顕著な効果を奏するものと認められるものである。

また、「本件発明2、3」に関しては、いずれも「本件発明1」の主要構成要素である伝達特性式を含むもので、この点で上記したように明確な相違点を有するものである。


5.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件発明についての特許を取り消すことができない。また、他に本件発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2000-10-17 
出願番号 特願平5-208871
審決分類 P 1 651・ 121- Y (H04S)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大野 弘  
特許庁審判長 江畠 博
特許庁審判官 石川 伸一
小池 正彦
登録日 1999-07-02 
登録番号 特許第2947441号(P2947441)
権利者 日本ビクター株式会社
発明の名称 音像定位処理装置  

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