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審決分類 |
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 C23C 審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備 C23C |
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管理番号 | 1041051 |
異議申立番号 | 異議1999-74298 |
総通号数 | 20 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1995-03-20 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 1999-11-24 |
確定日 | 2000-11-29 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第2894168号「圧力変調成膜方法」の特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第2894168号の特許を維持する。 |
理由 |
〔一〕 本件特許は、平成5年(1993)9月7日に出願され(特願平5-222632号)、平成11年3月5日に特許権の設定の登録がされ(特許第2894168号。請求項の数 1)、平成11年5月24日に特許掲載公報が発行されたものである。 これに対して、平成11年11月24日付けで、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、取り消すべきであるとの特許異議の申立てがされた。 当審は、平成12年6月23日付けで、本件特許は、特許法第36条第4項及び第5項に規定する要件を満たしていない出願(拒絶の査定をしなければならない特許出願)に対してされたものであるから、取り消すべきものであるとの取消理由を通知した。 これに対して、本件特許権者は、平成12年7月3日付けで、本件特許の明細書の訂正を請求した。 〔二〕 本件特許の願書に添付した明細書(以下では、本件特許明細書という。)の記載 なお、付記した頁、欄及び行は、特許掲載公報による。 (1) 特許請求の範囲の記載 「【請求項1】 気相からの薄膜合成に用いる成膜容器内の圧力を時間的に変動させることによって適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を複合化する成膜方法。」 (2) 発明の詳細な説明の記載 (イ)【0001】【産業上の利用分野】(1欄) 「本発明はコンピューターデバイスや様々なセンサーなどに利用するためのμmスケールあるいはそれ以下のスケールで深さ方向に結晶構造や組成を制御した薄膜の作製方法に関する。」 (ロ)【0006】(【従来の技術】の一部)(3欄) 「これら2つの成膜方式の概括的特徴を表1に示す。ここでは圧力領域を特定して区別したが、数値はあくまでも便宜的なものである。要は、成膜に寄与する気相成分が基板に到達するまでに他の気相成分とほとんど衝突しない場合はビーム型成膜の特徴を有し、衝突回数が多くなるほど気相合成型成膜の特徴が現れるのである。」 (ハ)【0027】【表1】 (4頁) 成膜方式の分類と特徴 │ │ ビーム型膜 │ 気相合成型成膜 │ │ 圧力 │ 低い │ 高い │ │ │ (10-3Torr以下)│(10-2Torr以上) │ │ 平均自由行程 │ 長い │ 短い │ │ │ (10cm以上) │ (1cm以下) │ │ ガス衝突頻度*│ 少ない │ 多い │ *注:「ガス衝突頻度」は薄膜の原料となるガス分子(イオン、ラジカル等も含む)相互の衝突頻度 (ニ)【0008】(【発明が解決しようとする課題】の一部)(3欄) 「従来の成膜技術では、成膜中の圧力は一定に保たれているから、1つの成膜容器でビーム型成膜と気相合成型成膜とを同時に複合化することはできない。また、成膜容器内部のガスの平均自由行程や、ガス分子同志の衝突頻度も一定であるから、2つの成膜方式それぞれにおいて安定に利用できるイオンやラジカルを、相互に混合して反応させることは不可能である。このために、合成する膜の微細な結晶構造や組成を制御するには限度があった。」 (ホ)【0009】(【発明が解決しようとする課題】の一部)(3欄) 「一方、ビーム型成膜と気相合成型成膜を交互に繰り返して積層構造の膜を合成しようとすると、従来の方法では基板を搬送して別々の成膜容器で処理する必要があった。その結果、装置は大型化かつ高額化し、かつ、成膜には直接寄与しない搬送行程の時間的ロスが、プロセス全体の効率を低下させた。」 (ヘ)【0010】(【課題を解決するための手段】の一部)(3欄) 「本発明では、前述の問題を解決するため時間的圧力変動(以下「圧力変調」とする)をかけた成膜空間を創出する。圧力変調の範囲はビーム型成膜と気相合成型成膜それぞれが有効な圧力範囲をカバーして、圧力範囲の上限付近で気相合成型成膜が、下限付近でビーム型成膜が有効に作用するようにする。低い圧力領域と高い圧力領域に保つ時間を調節することでビーム型成膜と気相合成型成膜の寄与率を任意に設計選択できる。」 (ト)【0011】(【課題を解決するための手段】の一部)(3〜4欄) 「圧力変調は、短寿命のラジカルを失活させずに取り扱えるよう、真空工学的に可能な限り高速で行うことが望ましい。具体的には、真空ポンプの吸気口の開口率を機械的に高速制御し、ガス導入のタイミングをこれに同期させるとよい。開口率を制御するためのシャッターの構造はコンダクタンスが大きく、高速動作が可能であるならばどのようなものでもよい。なお、圧力変調の範囲によっては、シャッターが真空バルブと同様のシール性能を有する必要はない。シャッター全開時と全閉時のコンダクタンスの比率が十分に大きければ実用可能である。」 (チ)【0012】(【課題を解決するための手段】の一部)(4欄) 「圧力増加のためにはシャッターを閉じた状態でガスの導入を行う。反対に、圧力減少はガス導入を止めてシャッターを開けばよい。ガス供給側の圧力を大きくして短時間に導入バルブから大量のガスを入れると増加速度は大きくなる。シャッターのコンダクタンスと真空ポンプの排気速度が大きいほど圧力減少速度は大きくとれる。当然のことながら、いずれの場合にも、成膜容器の容積と排気速度との相対比が小さいほど圧力増減速度は大きくなる。」 (リ)【0013】〜【0015】(【作用】)(4欄) 「【0013】*1 圧力の変動速度が早いので、圧力変化直前まで成膜空間や基板表面にあったラジカルやイオンが滞留しているところへ、異なる圧力領域で生成されたラジカルやイオンが供給される。この結果、本来異なる圧力領域に別々に存在していたラジカルやイオンの混合及び反応が促進される。 【0014】*2 一つの成膜容器内でビーム型成膜と気相合成型成膜を交互に実現できるので、基板の搬送が不要でプロセスの効率が著しく高くすることができる。 【0015】*3 圧力変調の圧力変動幅と周期を調節すれば、2つの成膜方式による膜の境界層の混合状態及び結合状態やその厚みを高い自由度で設定できるので、膜と基板だけでなく、傾斜組成及び界面での反応励起により積層膜相互の密着力を大きくできる。」 ただし、上記中、*n(n=1、2、3)は、原文中のアラビア数字nを丸で囲んだ記号を変更したものである。 (ヌ)【0016】(【実施例】の一部)(4欄) 「(実施例1)同一形状の扇形の穴をあけた2枚の直径230mm、厚み1mmのアルミ合金製円盤の一方を固定し、他方をパルスモーターで回転制御することにより、開閉速度50msecの真空シャッターを作製した。この真空シャッターと排気速度5000L/secの油拡散ポンプの吸気口に取り付けた。」 (ル)【0017】(実施例1の一部)(4欄) 「この排気システム2組を容積10Lの成膜容器に接続し、シャッターの開閉と電磁弁によるガス導入のタイミングを調節できるようにした。さらに成膜容器にはECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を取り付けた。」 (ヲ)【0018】(実施例1の一部)(5欄) 「ビーム発生装置励起部に2vol.%に希釈されたエタノールガスを含む水素を導入して圧力を80Torrに保った。このシステムを作動させ、ECRプラズマ装置内に水素ガスを電磁弁でシャッターの開閉に同期させてパルス状に導入した。時定数3msecの高速応答性の電離真空計で成膜容器内圧力変化を測定したところ、図2の圧力変調曲線が得られた。圧力変調周期約200msec、変調範囲は9.8x10-4〜1.3x10-2Torrであった。」 (ワ)【0019】の一部(5欄14〜16行) 「この圧力変調をかけた析出場でシリコン基板上に、ECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を同時に作動させて成膜実験を行った。」 (カ)【0019】〜【0021】の概略 圧力変調した実施例1と圧力変調しない比較例1及び同2とでは、生成する炭素膜の組成及び構造に違いがある。 (ヨ)【0022】〜【0024】(実施例2)の概略 圧力変調パターンをかえながら成膜を継続することによって、積層構造の炭素膜を作製した。得られた積層構造膜は、基板及び相互間で強固に付着している。 (タ)【0025】(実施例3) 対向ターゲット式スパッタ装置とビーム発生装置とを併用して、立方晶窒化ほう素膜を作製した。 〔三〕 訂正請求についての判断 (1) 訂正請求の内容 特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として、本件特許明細書の特許請求の範囲を下記のとおり、訂正する。 「【請求項1】 気相からの薄膜合成に用いる成膜容器内で、圧力の時間的変動を高速で繰り返すことにより、適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる成膜方法。」 以下では、上記(1)に示した特許請求の範囲の構成の発明を本件訂正請求発明という。 (2) 訂正請求の適法性の判断 以下では、上記(1)の訂正請求を(a)「成膜容器内で、圧力の時間的変動を高速で繰り返すことにより、」及び(b)「適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる」の部分に分けて、その適法性を判断する。 A. 独立特許要件以外の要件 (a) 本件特許明細書の特許請求の範囲の「成膜容器内の圧力を時間的に変動させることによって」を「成膜容器内で、圧力の時間的変動を高速で繰り返すことにより、」と訂正する点 (i) 訂正の目的の点 圧力の時間的変動を高速で繰り返すことは、圧力を時間的に変動させる態様を限定するものであるから、本件訂正請求は、上記(a)の訂正の点で、特許請求の範囲を減縮する訂正を請求するものであると認められる。 したがって、本件訂正請求の目的は、上記(a)の訂正の点で、特許法第120条の4第2項ただし書き第1号に規定する目的に該当していると認められる。 (ii) 明細書の記載事項の範囲内である点 上記〔二〕(2)(ヘ)、同(ト)、同(リ)及び(ヲ)に摘示したように、本件特許明細書の段落【0010】、【0011】、【0013】及び【0018】には、「時間的圧力変動(以下「圧力変調」とする)をかけた成膜空間を創出する」、「圧力変調は、短寿命のラジカルを失活させずに取り扱えるよう、真空工学的に可能な限り高速で行うことが望ましい」、「圧力の変動速度が早い」、かつ、「時定数3msecの高速応答性の電離真空系で成膜容器内圧力変化を測定したところ、図2の圧力変調曲線が得られた。圧力の変調周期約200msec、変調範囲は9.8x10-4〜1.3x10-2Torrであった」と記載されていたのであるから、圧力の時間変動を高速で繰り返していたと記載されていたと認められる(単に、「繰り返す」という語が記載されていなかっただけである)。 したがって、本件訂正請求は、上記(a)の訂正の点で、本件特許明細書及び図面に記載した事項の範囲内で、訂正を請求するものであると認められる。 (iii) 特許請求の範囲の実質拡張、変更の点 「成膜容器内で、圧力の時間的変動を高速で繰り返す」ことによって、本件特許発明の目的及び効果に関して、なんらかの変更があったとは認められないから、本件訂正請求は、上記(a)の訂正の点で、実質上本件特許の特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるとは認められない。 (iv) 上記(ii)及び(iii)によれば、本件訂正請求は、上記(a)の点で、特許法第120条の4第3項で準用する特許法第126条第2項及び第3項に規定する要件を満たしていると認められる。 (b) 本件特許明細書の「適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を複合化する」を「適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる」と訂正する点 (i) 訂正の目的の点 本件特許明細書の特許請求の範囲の「複数の成膜方法を複合化する」の記載は、その記載中の「複合化」が本件特許明細書中で明確に定義されていないから、明りょうでない記載であると認められる。 上記〔二〕(2)(ヘ)に摘示したように、本件特許明細書の段落【0010】には、「圧力変調の範囲はビーム型成膜と気相合成型成膜それぞれが有効な圧力範囲をカバーして、圧力範囲の上限付近で気相合成成膜が、下限付近でビーム型成膜が有効に作用するようにする。低い圧力領域と高い圧力領域に保つ時間を調節することでビーム型成膜と気相合成型成膜の寄与率を任意に設計選択できる。」と記載され、また、上記〔二〕(2)(ワ)に摘示したように、本件特許明細書の段落【0019】には、「この圧力変調をかけた析出場でシリコン基板上に、ECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を同時に作動させて成膜実験を行った。」と記載されているから、本件特許明細書の記載によれば、「複数の成膜方法を複合化する」という明りょうでない記載は、「複数の成膜方法を同時に実行させる」ことを意味していると認められる。 そうすると、本件訂正請求は、上記(b)の訂正の点で、明りょうでない記載を釈明することを目的とする訂正を請求するものであると認められる。 したがって、本件訂正請求の目的は、上記(b)の訂正の点で、特許法第120条の4第2項ただし書き第3号に規定する目的に該当している。 (ii) 明細書の記載事項の範囲内である点 上記(i)で摘示した段落【0019】の「ECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を同時に作動させて成膜」するとの記載によれば、本件特許明細書の特許請求の範囲の、適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を「複合化する」という記載は、上位概念的記載ではあるけれども、適用圧力領域の異なる複数の異なる成膜方法を「同時に実行させる」ことを直接的かつ一義的に指していたものと認められるから、本件訂正請求は、上記(b)の訂正の点で、本件特許明細書に記載した範囲内においてする訂正を請求するものであると認められる。 (iii) 特許請求の範囲の実質拡張、変更の点 「適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる」ことによって、本件特許発明の目的及び効果に関して、なんらかの変更があったとは認められないから、本件訂正請求は、上記(b)の訂正の点で、実質上本件特許の特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるとは認められない。 (iv) 上記(ii)及び(iii)によれば、本件訂正請求は、上記(b)の点で、特許法第120条の4第3項で準用する特許法第126条第2項及び第3項に規定する要件を満たしていると認められる。 B. 独立特許要件 (a) 引例〔特開昭63-172201号公報(本件特許異議の申立人が提示した甲第1号証〕の記載 (イ)特許請求の範囲 (ロ)実施例1(2欄右上欄の部分) 「 屈折率1.49のアクリル樹脂(ポリメチルメタクリレート)製の基板を用い、基板表面に、酸化セリウム(CeO2)を蒸着源として、真空度1x10-5Torrの条件で蒸着を行ない、膜厚1/4λ0(λ0=780nm)の酸化セリウム膜(CeO2;nd=2.10)を形成した。 次にチャンバ内に酸素を3〜6x10-4Torr導入し、酸化セリウム膜の上に、酸化ケイ素(SiO)を蒸着源として蒸着し、膜厚1/4λ0のSiOx膜(nd=1.45)を積層させ、2層反射防止膜を形成した。」 (b) 本件引例発明の認定 上記(a)(ロ)によれば、本件引例記載の実施例では、気相からの薄膜合成に用いる成膜容器内の圧力を時間的に変動させて、2層反射防止膜を成膜していることが認められる。 そうすると、本件引例には、 の発明が記載されていると認められる。 以下では、上記構成の発明を本件引例発明という。 (c) 本件引例発明との対比 本件訂正請求発明と本件引例発明とを比較すると、本件訂正請求発明は、「圧力の時間的変動を高速で繰り返すことにより、適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる」点で、本件引例発明と相違していると認められる。 そして、本件引例には、上記相違点の工夫を示唆する記載はみあたらない。 そうすると、本件特許発明は、本件引例発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。 他に本件訂正請求発明が本件特許の出願の際独立して特許を受けることができない理由を発見しない。 (d) したがって、本件訂正請求は、特許法第120条の4第3項で準用する特許法第126条第4項に規定する要件を満たしていると認められる。 C. 以上A.及びB.に述べた理由によって、本件訂正請求は、適法な訂正請求であって、認めるべきものである。 D. 以下では、本件訂正請求発明を本件訂正特許発明という。 〔四〕 本件特許を維持する理由 本件訂正特許発明は、上記〔三〕B.に示した理由と同一の理由によって、本件引例発明(本件特許異議の申立人が提示した甲第1号証)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができた発明であるとは認められない。 他に、本件特許を取り消すべき理由(本件特許の出願について拒絶の査定をすべき理由)を発見しない。 〔五〕 したがって、本件訂正請求を認め、平成6年法律第116号の附則第14条に基づく平成7年政令第205号の第4条第2項の規定により、本件特許を維持すべきものと認め、結論の通り決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 圧力変調成膜方法 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 気相からの薄膜合成に用いる成膜容器内で、圧力の時間的変動を高速で繰り返すことにより、適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる成膜方法。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】 本発明はコンピューターデバイスや様々なセンサーなどに利用するためのμmスケールあるいはそれ以下のスケールで深さ方向に結晶構造や組成を制御した薄膜の作製方法に関する。 【0002】 【従来の技術】 基板上に薄膜を形成させるには数々の方式がある。減圧した容器ヘガスを導入して励起分解させる、あるいは真空中で固体原料を溶融して蒸気を発生させたり、さらに、イオン化するなどである。 薄膜の結晶構造や組成を制御するには、様々な手段がある。その中でも、作製時の圧力は重要なパラメーターの一つである。例えば、高周波スパッタリング法では、一般に、使用ガスの圧力を増加させるほど析出膜の構造が粒状から柱状に変化することが知られている。 【0003】 圧力は真空容器内を飛行するガス分子の平均自由行程λと下式の関係を有する。 λ=1/(4√2πr2n) rは分子半径、nはガス分子の密度である。nは圧力に比例するので、圧力とλには反比例の関係がある。 【0004】 従来の成膜技術を圧力領域で整理すると、大きく2つの方式に分類される。一つは、圧力の低いところ(概ね10-3Torr以下)、すなわち気体分子の平均自由行程が長いところで粒子を飛行させ、他の気体分子と衝突相互作用させることなく基板へ到達せしめて成膜する方式である。ここでは便宜的にビーム型成膜と呼ぶ。代表的な例に電子線加熱蒸着やMBE法がある。 【0005】 もう一つは、圧力の高いところ(概ね10-2Torr以上)すなわち気体分子が相互に衝突しあう環境下で粒子を基板へ到達せしめて成膜する方式である。ここでは便宜的に気相合成型成膜と呼ぶ。高周波スパッタリング法、マイクロ波プラズマCVD法などの例がある。 【0006】 これら2つの成膜方式の概括的特徴を表1に示す。ここでは圧力領域を特定して区別したが、数値はあくまでも便宜的なものである。要は、成膜に寄与する気相成分が基板に到達するまでに他の気相成分とほとんど衝突しない場合はビーム型成膜の特徴を有し、衝突回数が多くなるほど気相合成型成膜の特徴が現れるのである。 【0007】 【発明が解決しようとする課題】 成膜に寄与するラジカルやイオンの生成、消滅に関する動力学は圧力領域によって異なる。従って、表1に示した2つの成膜方式にはそれぞれに適したラジカルやイオンがある。概括的に述べると、ビーム型成膜では、ガス分子同志の相互衝突が少ないので、衝突によって失活しやすいラジカルやイオンの利用に向いている。これに対して気相合成型成膜は、衝突を繰り返すことで活性化状態を維持できるラジカルやイオンの利用に適している。 【0008】 従来の成膜技術では、成膜中の圧力は一定に保たれているから、1つの成膜容器でビーム型成膜と気相合成型成膜とを同時に複合化することはできない。また、成膜容器内部のガスの平均自由行程や、ガス分子同志の衝突頻度も一定であるから、2つの成膜方式それぞれにおいて安定に利用できるイオンやラジカルを、相互に混合して反応させることは不可能である。このために、合成する膜の微細な結晶構造や組成を制御するには限度があった。 【0009】 一方、ビーム型成膜と気相合成型成膜を交互に繰り返して積層構造の膜を合成しようとすると、従来の方法では基板を搬送して別々の成膜容器で処理する必要があった。その結果、装置は大型化かつ高額化し、かつ、成膜には直接寄与しない搬送工程の時間的ロスが、プロセス全体の効率を低下させた。 【0010】 【課題を解決するための手段】 本発明では、前述の問題を解決するため時間的圧力変動(以下「圧力変調」とする)をかけた成膜空間を創出する。圧力変調の範囲はビーム型成膜と気相合成型成膜それぞれが有効な圧力範囲をカバーして、圧力範囲の上限付近で気相合成型成膜が、下限付近でビーム型成膜が有効に作用するようにする。低い圧力領域と高い圧力領域に保つ時間を調節することでビーム型成膜と気相合成型成膜の寄与率を任意に設計選択できる。 【0011】 圧力変調は、短寿命のラジカルを失活させずに取り扱えるよう、真空工学的に可能な限り高速で行うことが望ましい。具体的には、真空ポンプの吸気口の開口率を機械的に高速制御し、ガス導入のタイミングをこれに同期させるとよい。開口率を制御するためのシャッターの構造はコンダクタンスが大きく、高速動作が可能であるならばどのようなものでもよい。なお、圧力変調の範囲によっては、シャッターが真空バルブと同様のシール性能を有する必要はない。シャッター全開時と全閉時のコンダクタンスの比率が十分に大きければ実用可能である。 【0012】 圧力増加のためにはシャッターを閉じた状態でガスの導入を行う。反対に、圧力減少はガス導入を止めてシャッターを開けばよい。ガス供給側の圧力を大きくして短時間に導入バルブから大量のガスを入れると増加速度は大きくなる。シャッターのコンダクタンスと真空ポンプの排気速度が大きいほど圧力減少速度は大きくとれる。当然のことながら、いずれの場合にも、成膜容器の容積と排気速度との相対比が小さいほど圧力の増減速度は大きくなる。 【0013】 【作用】 ▲1▼ 圧力の変動速度が早いので、圧力変化直前まで成膜空間や基板表面にあったラジカルやイオンが滞留しているところへ、異なる圧力領域で生成されたラジカルやイオンが供給される。この結果、本来異なる圧力領域に別々に存在していたラジカルやイオンの混合及び反応が促進される。 【0014】 ▲2▼ 一つの成膜容器内でビーム型成膜と気相合成型成膜を交互に実現できるので、基板の搬送が不要でプロセスの効率を著しく高くすることができる。 【0015】 ▲3▼ 圧力変調の圧力変動幅と周期を調節すれば、2つの成膜方式による膜の境界層の混合状態及び結合状態やその厚みを高い自由度で設定できるので、膜と基板だけでなく、傾斜組成及び界面での反応励起により積層膜相互の密着力を大きくできる。 【0016】 【実施例】 (実施例1) 同一形状の扇形の穴をあけた2枚の直径230mm、厚み1mmのアルミ合金製円盤の一方を固定し、他方をパルスモーターで回転制御することにより、開閉速度約50msecの真空シャッターを作製した。この真空シャッターと排気速度5000L/secの油拡散ポンプの吸気口に取り付けた。 【0017】 この排気システム2組を容積10Lの成膜容器に接続し、シャッターの開閉と電磁弁によるガス導入のタイミングを調節できるようにした。さらに成膜容器にはECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を取り付けた。ECRプラズマ発生装置には電磁弁を通してガスをパルス的に導入できるようにした。ビーム発生装置は、先端に200μmの細孔を有する試験管底型の石英ガラス管内部にタングステンフィラメントが取り付けられた構造とし、フィラメントを2000℃に加熱することで熱分解させたガスをビーム化した。以上のECRプラズマ発生装置、ビーム発生装置を結合させて、真空シャッターとガス導入用電磁弁を同期させる図1のシステムを作った。 【0018】 ビーム発生装置励起部に2vol.%に希釈されたエタノールガスを含む水素を導入して圧力を80Torrに保った。このシステムを作動させ、ECRプラズマ装置内に水素ガスを電磁弁でシャッターの開閉に同期させてパルス状に導入した。時定数3msecの高速応答性の電離真空計で成膜容器内圧力変化を測定したところ、図2の圧力変調曲線が得られた。圧力の変調周期約220msec、変調範囲は9.8×10-4〜1.3×10-2Torrであった。 【0019】 この圧力変調をかけた析出場でシリコン基板上に、ECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を同時に作動させて成膜実験を行った。2時間の析出実験後、基板を取り出したところ表面に金属光沢を有する膜が1.0μmの厚みで形成された。オージェ電子分光では炭素のピークのみが検出され、ラマン分光分析ではグラファイトの他にダイヤモンドに起因するピークが同時に検出された。 【0020】 (比較例1) 実施例1と同じ方法で圧力変調をかけずに、成膜容器の圧力9.8×10-4TorrでECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を同時に作動させ、2時間の成膜実験を行った。シリコン基板上に形成された膜の厚みは約1.9μmあった。ラマンスペクトルでは乱層構造の多いグラファイト膜の形成が確認されたが、ダイヤモンドに起因するピークは認められなかった。 【0021】 (比較例2) 実施例1と同じ方法で圧力変調をかけずに、成膜容器の圧力L3×10-2TorrでECRプラズマ発生装置とビーム発生装置を同時に作動させ、2時間の成膜実験を行った。シリコン基板上に形成された膜の厚みは約0.4μmあった。そのラマンスペクトルは1500cm-1付近にピークを持つブロードな形状を示すi-Cのほかにダイヤモンドに起因するピークが検出されたが、グラファイト成分は認められなかった。 【0022】 (実施例2) 実施例1で用いた装置により、原料ガスに水素ガスで2vol.%に希釈したCH4ガスを用い、積層構造の炭素膜の作製を試みた。 まず圧力を2×10-2Torrに保ってECRプラズマ発生装置のみによる成膜を4時間行った。その直後に6時間の圧力変調成膜を行った。このとき、図3に示すように、圧力変調の繰り返しパターンをパターンAから始まって中間でパターンB、最終でパターンCとなるよう低圧力領域Lと高圧力領域Hの時間比率(L/H)を段階的に増加させた。これにより、10-4Torr台でビーム発生装置が、10-2Torr台でECRプラズマ発生装置が有効に作動し、その割合を調節することで構造変化が徐々に進行するよう設定した。その直後に圧力を2×10-4Torrに保ってビーム発生装置のみによる成膜を3時間行った。 【0023】 こうして作製した膜の断面構造を透過型電顕で調べたところ、シリコン基板上にダイヤモンド膜が約0.5μm形成されていることが確認され、その上にグラファイトとダイヤモンド層の混合した膜が約2μm形成されていた。さらにその上にはグラファイト層構造の発達した炭素膜が約4μm形成されていることを確認した。 【0024】 このような3層の積層構造からなる膜は相互に強固に付着しており、基板を破断しても剥離は認められなかった。膜を斜めに研磨して得られた研磨面で、深さ方向に圧力変調をかけて作製した領域のラマンスペクトルを調べたところ、基板側から表面側にかけてダイヤモンドに起因するピークは徐々に小さくなる一方で、グラファイトのピークはこれと逆の傾向を示した。 図4は、以上の結果をもとに描いた試作膜の構造の模式図である。 【0025】 (実施例3) 対向ターゲット式スパッタ装置へ水素を5vo1.%混入したアルゴンガスを導入し、900Wの高周波を加えて金属ボロンのスパッタを行った。これに加えて実施例2で用いたビーム発生装置に80Torrの窒素ガスを導入し、内部のフィラメントを2000℃に加熱することで発生する窒素ラジカルビームをシリコン基板表面に照射した。実施例1で用いた真空排気システムにより最高圧力1×10-2Torr、最低圧力1×10-4Torr、周期200msecの圧力変調を加えた。5時間の成膜後、IRスペクトルによる分析と走査型電子顕微鏡観察から膜厚500nmの多結晶の立方晶窒化硼素膜が形成されていることが確認された。 【0026】 (比較例3) 実施例3と同じ対向ターゲット式スパッタ装置にボロンのターゲットを装着した。装置にアルゴン95vol.%、水素5vol.%の混合ガスを導入して圧力を3×10-3Torrに保ち、900Wの高周波を加えた。ビーム発生装置により、実施例3と同様の条件で窒素ラジカルビームを発生させ、ビームの照射方向をシリコン基板に合わせた。5時間の連続運転後、基板上に形成された膜は厚みが800nmあったが、大気中に取り出して数時間後に剥離が起こった。膜のIRスペクトル分析の結果、六方晶窒化硼素がわずかに含まれていたが、立方晶窒化硼素は検出できず、残りは金属ボロン膜であることが判明した。 【0027】 【表1】 【0028】 【発明の効果】 ▲1▼ 高速の圧力変動によってこれまで不可能だった化学反応を促進して新奇な組成や構造を有する薄膜が合成できる。 ▲2▼ 一つの成膜容器で異なる圧力領域の成膜プロセスの複合化がはかれるので、プロセス全体の効率が高められ、製品のコストダウンが可能になる。 ▲3▼ 膜と基板の界面を高度に制御した傾斜機能膜の合成ができる。 以上のように、本発明は応用範囲が広く、様々な高機能性薄膜の合成が行えるので、産業上極めて有用である。 【図面の簡単な説明】 【図1】 圧力変調用排気システムを取り付けた試作成膜装置のフローシート。 【図2】 圧力変調曲線のグラフ。 【図3】 圧力変調曲線のグラフ。 【図4】 試作膜構造模式図。 【図面】 |
訂正の要旨 |
(訂正の要旨) 本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の「 気相からの薄膜合成に用いる成膜容器内の圧力を時間的に変動させることによって適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を複合化する成膜方法。」を特許請求の範囲を減縮し及び明りょうでない記載を釈明することを目的として、「 気相からの薄膜合成に用いる成膜容器内で、圧力の時間的変動を高速で繰り返すことにより、適用圧力領域の異なる複数の成膜方法を同時に実行させる成膜方法。」と訂正する。 |
異議決定日 | 2000-11-08 |
出願番号 | 特願平5-222632 |
審決分類 |
P
1
651・
531-
YA
(C23C)
P 1 651・ 534- YA (C23C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 種村 慈樹 |
特許庁審判長 |
吉田 敏明 |
特許庁審判官 |
唐戸 光雄 能美 知康 |
登録日 | 1999-03-05 |
登録番号 | 特許第2894168号(P2894168) |
権利者 | 昭和電工株式会社 |
発明の名称 | 圧力変調成膜方法 |
代理人 | 矢口 平 |
代理人 | 矢口 平 |