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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F01L
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  F01L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  F01L
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  F01L
管理番号 1044475
異議申立番号 異議2000-70308  
総通号数 22 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-03-05 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-01-27 
確定日 2001-01-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第2925945号「内燃機関用バルブの製造方法」の請求項1ないし4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第2925945号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 【1】手続きの経緯
本件特許第2925945号の発明についての出願は、平成6年8月24日に特許出願されたものであって、その請求項1〜4に係る発明は、平成11年5月7日にその特許権の設定登録がなされたものであるが、この請求項1〜4に係る特許に対して、フジオーゼックス株式会社より特許異議の申立てがなされ、その後、2度の取消理由通知がなされ、2度目の取消理由通知に対し、その指定期間内である平成12年12月8日に訂正請求がなされたものである。

【2】訂正の適否についての判断
ア.訂正の要旨
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を、「析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に20〜500℃の温度範囲内で、内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする内燃機関用バルブの製造方法」と訂正する。
(2)訂正事項2
上記訂正事項1に伴って、願書に添付した明細書の段落【0007】の「内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイスの内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施すことを特徴とする。」(特許公報第2頁第3欄第38〜41行)を、「内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする。」に訂正する。
(3)訂正事項3
上記訂正事項1に伴って、願書に添付した明細書の段落【0016】の「図1にハッチングで示した部分Aが、図1に点々で示した部分Bに移動するように鍛造加工が行なわれる。」(特許公報第第3頁第5欄第22〜24行)を、「図1にハッチングで示した部分A(加工前における傘部フェイス部5の相当部分の外周上方縁隅部)が、図1に点々で示した部分B(加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部)に移動するように鍛造加工が行なわれる。」に訂正する。
イ.訂正の目的の適否及び拡張・変更の存否
(1)上記訂正事項1は、願書に添付した明細書の段落【0016】の「図1に2点鎖線で示した形状が、鍛造加工後の状態であって、このときの鍛造加工では、特に、バルブ3のフェイス部5に相当する部分にすべり変形が生じるようにして行なわれる。つまり、図1にハッチングで示した部分Aが、図1に点々で示した部分Bに移動するように鍛造加工が行なわれる。」(特許公報第3頁第5欄第19〜24行)の記載、及び図面の図1に示された部分A、部分Bに関する記載に基づくものであって、特許請求の範囲の減縮に該当し、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、かつ、当初明細書または図面から直接的かつ一義的に導き出せるものであって、新規な事項を含まない。
(2)上記訂正事項2及び3は、上記訂正事項1に伴って、発明の詳細な説明の記載を特許請求の範囲の記載に整合させるものであって、明りょうでない記載の釈明にあたり、かつ、新規の事項を含まない。
ウ.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、及び第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

【3】特許異議の申立てについての判断
ア.申立ての理由の概要
特許異議申立人は、証拠として甲第1号証(特開昭60-201016号公報)、甲第2号証(特開平4-209913号公報)、甲第3号証(大矢根守哉監修「塑性加工学」第5版、[株式会社養賢堂、昭和62-4-20発行]P6〜7、P34〜37)、甲第4号証の1(東京理科大学理工学事典編集委員会編「理工学事典」、[株式会社日刊工業新聞社、1996年3月28日発行]P764)、甲第4号証の2(斉田重紀「わかり易い機械講座9 塑性加工(1)」第1版[株式会社明現社、昭和49-4-10発行]、P4〜15)、甲第5号証(加藤哲男編「電気製鋼」第54巻第4号、[大同特殊鋼株式会社中央研究所内電気製鋼研究会、昭和58-11-31発行]P297〜302)を提出し、請求項1に係る発明は甲第1号証又は甲第2号証記載の発明であるか、あるいは甲第1〜3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、請求項2に係る発明は甲第2号証記載の発明であり、また、請求項3、4に係る発明は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反して特許されたものであるから、本件特許を取り消すべき旨主張している。
さらに、明細書に開示される図1の部分Aが全体として部分Bに移動するように鍛造またはロール加工を行うことは不可能であり、さらに、特許請求の範囲の請求項1に記載される「スベリ変形」は、当業者が一般的に用いる用語ではなく、その意味が明らかでないために、特許請求の範囲の記載が不明りょうであるから、本件特許は特許法第36条第4項及び第5項の規定に違反して特許されたものでもあるとして、本件特許を取り消すべき旨主張している。
イ.訂正明細書の請求項1〜4に係る発明
訂正明細書の請求項1〜4に係る発明は、訂正請求された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1〜4に記載されたとおりのものである。
「【請求項1】析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に20〜500℃の温度範囲内で、内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする内燃機関用バルブの製造方法。
【請求項2】前記鍛造またはロール加工の加工率を、前記傘部フェイスの外周側で20〜80%に設定するとともに、前記傘部フェイスの内周側で10〜30%に設定することを特徴とする請求項1記載の内燃機関用バルブの製造方法
【請求項3】前記鍛造またはロール加工の後に、400〜700℃の温度範囲で、120〜300分の熱処理を施すことを特徴とする請求項1または2記載の内燃機関用バルブの製造方法。
【請求項4】前記素材にTi,Al,Nbなどの時効硬化元素を含有させることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の内燃機関用バルブの製造方法。」
ウ.各甲号証記載の発明
特許異議申立人が証拠として提出した甲第1〜5号証には、それぞれ、次の事項が記載されている。
・甲第1号証;
「本発明のエンジンバルブは、第3図に示すように、頭部4、軸部5および軸端部6のすべてが単一鋼材(実施例としてはNi基超合金80Aを使用)で作られており、弁フェース部2、軸部5および軸端部6には機械的加工硬化が施してある。この機械的加工硬化とは、先ずオーステナイト系耐熱鋼、超合金等を溶体化処理し、次いで、プレス、ハンマーおよびロール等の機械加工および型工具を用いて冷間もしくは温間で少なくとも弁フェース部2,軸部5および軸端部6を塑性変形させ、加工硬化させた上で更に時効硬化させることによって硬度を高めたものである。」(第2頁右上欄第6〜16行)
・甲第2号証;
「従来においても類似の発想による排気弁の製作が行われており、その一つにナイモニック80A(以下「NCF80A」という)製の排気弁が挙げられる。これは、NCF80Aの時効硬化性を利用したものであり、NCF80Aを温間鍛造した後に時効硬化せしめ、耐食性・耐摩耗性及び靱性の優れた排気弁を得ようとするものである。ここで、温間鍛造するのは歪エネルギを付与するためであり、これによって析出が促進され高硬度を得ることが可能となる。」(第2頁左上欄第4〜13行)、
「本発明方法では、以下のごとき材料を使用する。まず、排気弁本体には価格、市場性を考慮して耐熱ステンレス鋼を使用する。例えばJIS SUH31又はこれの同等品等である。次にシート部には例えばインコネル718等のNi基高合金又はこれの同等品を使用する。」(第2頁左下欄第16行〜右下欄第1行)、
「本発明方法では、シート部に該当する鍛造粗地部分を前記インコネル718等を配置したクラッド部とすると共に、該クラッド部の反対側部分を第1図(イ)に示す如く突出成形せしめるのである。これは、温間加工を鍛錬が必要なシート部1のみに限定し、加工に要する力を減少させるためである。」(第2頁右下欄第8〜14行)、
「本発明方法では、この回転鍛造加工を閉塞せずに開放して行い、第1図(ロ)に示すように、加工部にバリ5を生成せしめるようにするのである。かかる如くすることにより、インコネル718の高変形抵抗によるプレス能力の不足を回避できると共に、インコネル718に必要な量の歪量を容易に与えることが可能となるのである。」(第3頁左上欄第3〜10行)
上記記載、及び、図面の第1図及び第5図の記載からみて、甲第2号証に記載される排気弁の鍛造加工は、シート部に該当する鍛造粗地部分が外周方向へ一様に延びて突出し、その厚みが延びた分だけ全体的に薄くなる変形態様であるものと認められる。
・甲第3号証;
「室温での下降を冷間鍛造、約700℃まで素材を加熱した加工を温間加工(warm working)と名付けている。」(第6頁第15〜16行)、
「再結晶温度以下での鍛造を広義に冷間鍛造(cold forging)と云うが、通常室温での鍛造を冷間鍛造、再結晶温度以下に加熱した場合には温間鍛造(warm forging)と呼ぶ。」(第35頁第11〜13行)
・甲第4号証の1;
「滑り slip【材料】単結晶に引張り応力が働く場合、弾性変形領域をこえると塑性による永久変形が現れる。これはせん(剪)断応力成分に基づき、各々の結晶において滑りやすい面ならびに滑りやすい方向に沿って滑りを生じるためである」(第764頁)
・甲第4号証の2
「塑性変形は、その大部分がすべりによる変形である」(第10頁第22行〜第11頁第1行)
・甲第5号証;
「2.新しいバルブ材料の開発 / 舶用ディーゼルエンジン用の高性能バルブ材料の開発に当っては、Ni基超合金のNimonic80Aを基本組成に選定した。これは耐高温酸化性の優れたニクロム-20%Cr-Niに強化元素として2.2%Tiおよび1.2%Alを添加した代表的な耐熱合金で、ジェットエンジンおよびガスタービン部品として古くから使用されてきた。 / (1)析出硬化量の増大 / この合金の強化機構は、Ni、(Al,Ti)の組成を有する金属間化合物γ相の析出効果によるもので、炭化物に比較し、硬化能が大きい。したがって第1表に示したように新しい合金DS Alloy80AではTiおよびAlを適宜増量して、析出硬化量の増大をはかった。」(第298頁左欄第3〜17行)、
「冷間加工率を上げると面心立方の基地は著しく加工硬化し、50%圧延材ではHV400まで上昇する。これに時効処理を施すと、γ相の析出硬化によりさらに硬度が高くなり、50%圧延材のピーク硬さはHV480にも達する。」(第299頁左欄第2〜6行)
エ.対比・判断
そこで、特許異議申立人が主張する特許法第29条第1項、第2項の規定違反について検討する。
訂正明細書の請求項1に係る発明(以下、「本件訂正発明1」という。)と上記甲第1〜5号証に記載された各発明とを対比すると、甲第2号証に記載された発明の鍛造加工による変形は、シート部に該当する鍛造素地部分が外周方向へ一様に延びて突出し、その厚みが延びた分だけ全体的に薄くなる変形態様であり、また、甲第1号証、甲第3〜5号証には、加工前後における具体的な変形態様はなんら記載されていないから、甲第1〜5号証に記載された発明は、本件訂正発明1の構成に欠くことができない事項である「(傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けて生じる)スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であ」る点(以下、「構成A」という。)を備えていない。
そして、本件訂正発明1は、当該「構成A」を備えることにより、明細書記載の「本発明にかかる内燃機関用バルブの製造方法によれば、傘部フェイスの硬度が大幅に向上するので、燃料残滓による圧痕が非常に付き難くなり、耐吹き抜け性が向上すると同時に、耐摩耗性も大きく向上する。」(特許公報第4頁第7欄第29〜32行参照)という顕著な効果を奏するものである。
よって、本件訂正発明1は、甲第1〜5号証に記載された発明であるとも、これら甲第1〜5号証記載の発明から容易に発明をすることができたものともいえない。
また、訂正明細書の請求項2〜4に係る発明は、本件訂正発明1に新たな構成を付加して、本件訂正発明1を限定したものであるから、訂正明細書の請求項2〜4に係る発明は、本件訂正発明1と同様、甲第1〜5号証に記載された発明であるとも、これら甲第1〜5号証に記載された発明から容易に発明をすることができたものともいえない。
次に、特許法第36条第4項及び第5項の規定違反について検討する。
訂正明細書の段落【0016】に記載される「図1にハッチングで示した部分A(加工前における傘部フェイス部5の相当部分の外周上方縁隅部)が、図1に点々で示した部分B(加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部)に移動するように鍛造加工が行なわれる。」ことは、鍛造加工を行った場合、部分Aがそっくり部分Bに移動することを意味するのではなく、むしろ、部分Aは、図1において、部分Aの下辺に接するフェイス部に相当する部分及び部分Bの右辺に接する傘部に相当する部分の各表面に近い層の素材と混じり合い、これらが部分Aの一部と混じり合った状態で部分Bに移動すると解することが、当業者にとって技術常識であり、かつ、「(移動する)ように」の解釈として妥当である。そして、このように解することを妨げる特段の技術的事情が存在するものとは認められない。
したがって、段落【0016】における上記記載を、当業者が容易に理解できないものであるとすることはできないし、また、当該記載を不明りょうであるとすることもできない。
また、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載される「スベリ変形」は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であるスベリ変形であるから、「スベリ変形」という用語が当業者にとって一般的に用いられない用語であっても、その意味は上記のように明らかである。
したがって、特許請求の範囲の請求項1の記載を不明りょうであるとすることはできない。

【4】結論
以上のとおりであるから、特許異議申立人の主張する理由及び証拠方法によって、本件請求項1〜4に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜4に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件請求項1〜4に係る発明についての特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
内燃機関用バルブの製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に20〜500℃の温度範囲内で、内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、
前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、
この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする内燃機関用バルブの製造方法。
【請求項2】 前記鍛造またはロール加工の加工率を、前記傘部フェイスの外周側で20〜80%に設定するとともに、前記傘部フェイスの内周側で10〜30%に設定することを特徴とする請求項1記載の内燃機関用バルブの製造方法。
【請求項3】 前記鍛造またはロール加工の後に、400〜700℃の温度範囲で、120〜300分の熱処理を施すことを特徴とする請求項1または2記載の内燃機関用バルブの製造方法。
【請求項4】 前記素材にTi,Al,Nbなどの時効硬化元素を含有させることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の内燃機関用バルブの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
この発明は、内燃機関用バルブの製造方法に関し、特に、バルブの傘部フェイスの硬度を向上させることができる製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
内燃機関用の吸,排気バルブの傘部フェイスは、バルブシートと接触して燃焼室を開閉するために、耐磨耗性や高温耐食性が要求されており、このような要求に応えるべく、傘部フェイスにステライト6,12,20などのCo基材料の盛金や、Colmonoy♯6などのNi基材料の盛金が施されていた。ところが、近時の内燃機関においては、燃焼の高温化が促進されており、このような盛金では、耐久性が十分に満足されないという問題があった。
【0003】
そこで、特公昭60-34607号公報や特公昭64-8699号公報には、内燃機関のバルブの耐磨耗性や高温耐食性を改善する技術が開示されている。前者の公報に開示されている技術は、特定組成比率の析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に、最終熱間加工終了温度が700〜900℃で、加工率25〜75%の熱間加工を施し、引き続いて、650〜825℃の温度条件で熱処理を施すことを要旨としており、後者の公報に開示されている技術は、強析出硬化型耐熱合金を材料とし、傘部を700〜900℃の温度範囲で加工率20%以上の鍛造により成形し、時効硬化処理を施すことを要旨としている。
【0004】
しかしながら、これらの公報に開示されている技術には、以下に説明する技術的な課題があった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
すなわち、上記公報に開示されている技術によると、耐磨耗性や高温耐食性が向上するものの、その平均的な硬度は、ビッカース硬度で420程度であって、この程度の硬度では、硬度が不足していて、傘部フェイスへ燃焼残渣が食い込み、圧痕が比較的早期に発生して、耐吹き抜け性が悪化するという問題があり、特に、低質の燃料を使用するディーゼルエンジンにおいては、十分な性能を発揮することができなかった。また、吸気弁に上記技術を適用した場合にも、硬度不足から耐磨耗性の向上が満足できるものではなかった。
【0006】
本発明は、このような従来の問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、耐吹き抜け性と耐磨耗性とを十分に向上させることができる内燃機関用バルブの製造方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、本発明は、析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に20〜500℃の温度範囲内で、内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする。
ここで、傘部フェイスにスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す際の温度条件を20〜500℃の範囲内に規定する理由は、20℃(室温)未満の温度条件では、鍛造またはロール加工が困難になること、また、500℃を越える温度条件では、鍛造またはロール加工が焼き鈍し状態になって、傘部フェイスの硬度が上げられないことから、前記温度範囲内での鍛造またはロール加工を施す必要がある。
【0008】
この時の鍛造またはロール加工の加工率を、傘部フェイスの外周側で20〜80%に設定するとともに、傘部フェイスの内周側で10〜30%に設定することができる。すべり変形が生じる鍛造またはロール加工の加工率は、これを大きくすればする程硬度は上昇するが、加工率が10%未満の場合には、硬度の上昇効果が十分得られず、また、加工率が80%を越えると、硬度上昇が急激に大きくなり、加工が困難になるだけでなく、素材の靱性劣化が顕著になるので、加工率は、10〜80%の範囲内に設定することが望ましい。
【0009】
この場合、傘部フェイスの外周側の加工率を内周側よりも大きくすると、外周側の硬度上昇が大きくなり、圧痕の発生が少なくなる。傘部フェイスの内周側の加工率の上限は、30%を越えないことが望ましい。その理由は、加工率を上げると、前述した如く硬度が上昇するものの、素材の靱性が低下し、バルブの欠損事故に繋がるため、加工率を30%以下に抑えることが望ましい。
【0010】
本発明の製造方法では、前記鍛造またはロール加工の後に、400〜700℃の温度範囲で、120〜300分の熱処理を施すことができる。このような熱処理を施すと、傘部フェイスの硬度が上昇するとともに、加工歪みの均一化が図られる。この場合、400℃未満の温度では、硬度の上昇効果が十分得られず、また、700℃を越えると、焼き鈍し状態になって同様に硬度の上昇効果が不十分になる。
【0011】
さらに、本発明の製造方法では、前記素材にTi,Al,Nbなどの時効硬化元素を含有させることができる。このような時効硬化元素を素材に含ませておくと、バルブを内燃機関に使用したときに、700℃程度の温度になると、時効特性が生かされて、運転中に硬度アップを図ることができる。
【0012】
【作用】
上記構成の内燃機関用バルブの製造方法によれば、析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に20〜500℃の温度範囲内で、内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイスの内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施すので、傘部フェイスの硬度を向上させることができる。また、傘部フェイスの内周側から外周側に向けてスベリ変形をさせると、硬度の向上範囲を、外周側で深く、かつ、内周側で浅くすることができる。
【0013】
また、請求項2の構成によれば、鍛造またはロール加工の加工率を、前記傘部フェイスの外周側で20〜80%に設定するとともに、前記傘部フェイスの内周側で10〜30%に設定するので、傘部フェイスの外周側を内周側よりも高硬度にすることができる。
さらに、請求項3の構成によれば、鍛造またはロール加工の後に、400〜700℃の温度範囲で、120〜300分の熱処理を施すので、傘部フェイスの硬度をより一層向上させることができる。さらにまた、請求項4の構成によれば、素材にTi,Al,Nbなどの時効硬化元素を含有させるので、運転中に傘部フェイスの硬度をより一層向上させることができる。
【0014】
【実施例】
以下本発明の好適な実施例について添附図面を参照して詳細に説明する。図1から図9は、本発明にかかる内燃機関用バルブの製造方法の一実施例を示している。同図に示す製造方法は、図1に実線で示したように、弁棒1と、この弁棒1の先端側に傘部2が一体に形成されたバルブ3を製造する方法であって、傘部2の背面側には、首部4に連なり、内燃機関のバルブシートと当接するフェイス部5が形成されている。
【0015】
本発明の製造方法では、まず、図1に点線で示すような形状に素材が加工される。このとき使用される素材は、析出硬化型Ni基合金であって、例えば、NCF80AやNCF751などが使用される。所定形状に形成された素材は、図1中の1点鎖線に示す形状に切削加工され、その後、型にセットされて、鍛造加工が施される。
【0016】
図1に2点鎖線で示した形状が、鍛造加工後の状態であって、このときの鍛造加工では、特に、バルブ3のフェイス部5に相当する部分にすべり変形が生じるようにして行なわれる。つまり、図1にハッチングで示した部分A(加工前における傘部フェイス部5の相当部分の外周上方縁隅部)が、図1に点々で示した部分B(加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部)に移動するように鍛造加工が行なわれる。
このときの鍛造加工は、例えば、室温(20℃)で行なわれ、鍛造加工の加工率は、例えば、フェイス部5の外周側5aに相当する部分で20〜80%、フェイス部5の内周側5bの相当する部分で10〜30%に設定される。
【0017】
この場合の加工率は、鍛造加工前のフェイス部5に相当する部分の高さをh0とし、フェース部5の外周側5aに相当する部分の加工後の高さをh1、フェイス部5の内周側5bの相当する部分の加工後の高さをh2とすると、(h0-h1)/h0×100%および(h0-h2)/h0×100%として求めることができる。
【0018】
このような鍛造加工が施されたバルブ中間品は、その後外周部分に切削加工を施して、図1に実線で示した最終製品バルブ3に加工される。図2および図3は、素材としてNCF80Aを用い、フェイス部5の外周側5aに相当する部分の加工率を約37%、フェイス部5の内周側5bの相当する部分の加工を約12%に設定し、室温ですべり変形が生じるように鍛造加工したバルブ完成品の金属組織の拡大写真である。
【0019】
図2は、鍛造加工を施したバルブ完成品の縦断面のマクロ組織の拡大写真であって、バルブのフェイス部となる部分にすべり変形の線が認められる。図3は、図2の複数の部分のミクロ組織の拡大写真であって、図4に符号1で示したスベリ線に近接した部分の写真が図3(A)であり、同符号2で示したフェイス部の表面側に相当する部分の写真が図3(B)であり、同符号3で示したスベリ変形に関係しない部分の写真が図3(C)である。
【0020】
図3の各写真を見ると明らかなように、すべり変形に関係しない部分では、緻密で組織的な金属結晶の結合が認められ、スベリ線に近接した部分では、金属結晶に乱れが認められ、表面側では、金属結晶が変形を受けていることが認められる。本発明者らは、このような金属結晶の変化が硬度を向上させることに寄与しているものと推定している。
【0021】
そこで、本発明者らは、上記金属組織写真を撮影するために試作したバルブ完成品の硬度試験を試みた。図5に示したものがこの硬度試験の試験結果である。この硬度試験では、同一素材を使用して、スベリ変形が生じない方法で加工したバルブ完成品についても硬度試験を行なった。図6は、その硬度試験の結果を示している。
【0022】
この硬度試験では、図5に示すように、バルブ完成品のフェイス部相当部分の中心と、その前後1.5mmおよび3mmの点にそれぞれ測定点を設定し、これらの各測定点における表面部および深さが0.5,1,2,3,4,5mmの点についてビッカース硬度計で硬度を測定した。図5に示した硬度試験の結果を見ると、本発明の製造方法では、ビッカース硬度が500以上の測定点が非常に多く認められるが、図6の場合には、最高値が400にも達していない。また、図5では、硬度パターンは、フェイス部の外周側に相当する部分が、内周側に相当する部分よりも高くなっているが、図6ではこのような傾向が認められない。
【0023】
さらに、図5では、フェイス部の外周側に相当する部分で、表面から深い範囲までビッカース硬度が500以上の部分が認められ、内周側に相当する部分では、ビッカース硬度が500以上の部分は、比較的浅い範囲に留まっている。この硬度試験から明らかなように、本発明の製造方法のようにスベリ変形が生じるような鍛造加工を施すと、硬度が大幅に向上することが確認された。
【0024】
図7〜図9は、上記バルブ中間品(加工率は同一ではない)に所定の熱処理(時効処理)を施し、その前後の硬度変化を測定した結果を示している。この試験では、素材としてNCF80Aと、本出願人が開発した材料であるNMC490(40Ni-25Cr-Ti-Al-Nb)とを使用した。また、硬度の測定点は、図9に示した3点P1,P2,P3 とし、これらの各測定点P1,P2,P3 において表面からの距離が6mmの点までビッカース硬度を測定した。
【0025】
時効処理は、温度を500℃,600℃,700℃とし、これらの温度条件で5時間処理した。図7,8において、白抜き○,△,□で示したのが時効処理前のビッカース硬度であり、黒●,▲,■で示したのが時効処理後のビッカース硬度である。図7,8の試験結果を見ると明らかなように、時効処理を施すと、各部においてビッカース硬度が上昇することが認められ、硬度アップが最も上昇したのは、NCF80Aが500℃で、NMC490が600℃であった。
【0026】
図10は、すべり変形を生じさせた本発明のバルブと、一般的に吹き抜け性が最も高いと評価されている盛金材料Colmonoy♯6を使用したバルブとをそれぞれ製造し、これらの市場試験を試みた際の試験結果を示している。この試験では、直径の異なる複数のバルブを複数個ずつ製造し、実際に使用される船舶用内燃機関に装着して、吹き抜けが発生するまでの運転期間を測定した。
【0027】
図10において、白抜き○で示したものが本発明の製造方法で得られたバルブであり、黒●がColmonoy♯6を盛金したバルブである。この試験結果から明らかなように、本発明にかかる製造方法で得られたバルブは、いずれの径においても約6000時間を経過しても全く吹き抜けが認められないが、Colmonoy♯6を盛金したバルブでは、2000時間経過の前後において吹き抜けが発生していて、本発明の製造方法で得られるバルブの耐吹き抜け性が大幅に向上することが判る。
【0028】
なお、上記実施例では、スベリ変形を起こさせる加工手段として、型を使用する鍛造加工を例示したが、本発明の実施は、これに限定されることはなく、例えば、ロール加工によってスベリ変形を起こさせても上記実施例と同等の作用効果が得られる。
【0029】
【発明の効果】
以上、実施例で詳細に説明したように、本発明にかかる内燃機関用バルブの製造方法によれば、傘部フェイスの硬度が大幅に向上するので、燃焼残渣による圧痕が非常に付き難くなり、耐吹き抜け性が向上すると同時に、耐磨耗性も大きく向上する。また、本発明では、傘部フェイスの内周側から外周側に向けてスベリ変形をさせるので、硬度の向上範囲を、外周側で深く、かつ、内周側で浅くすることができ、バルブ寿命を大幅に延長することが可能になる。
【0030】
また、請求項2の構成によれば、傘部フェースの外周側と内周側との加工率を変えることにより、硬度バランスを任意に設定することができるとともに、外周側の加工率を内周側よりも高くすると、外周側で硬度が高くなって、圧痕が非常に発生し難くなるとともに、内周側の靭性を高く保つことができるので、欠損事故も低減できる。
【0031】
さらに、請求項3の構成によれば、すべり変形を生じさせる鍛造またはロール加工により硬度を向上させた上に、時効処理によりさらに硬度が向上するので、耐磨耗性や耐吹き抜け性をより一層顕著に改善することができる。またさらに、請求項4の構成によれば、運転中においてより一層の硬度アップが図れるので、バルブ寿命を延長することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明にかかる内燃機関用バルブの製造方法の一実施例の加工過程を示す説明図である。
【図2】
本発明の製造方法ですべり変形を発生させた状態の金属組織の図面代用拡大写真である。
【図3】
図2の要部における金属組織の図面代用拡大写真である。
【図4】
図3の図面代用拡大写真の撮影箇所の説明図である。
【図5】
本発明の製造方法ですべり変形を発生させた状態での硬度試験の測定結果を示す説明図である。
【図6】
スベリ変形を発生させないで加工した状態での硬度試験の測定結果を示す説明図である。
【図7】
本発明の製造方法ですべり変形を発生させた後に、熱処理を施した場合の、熱処理の前後における硬度試験の測定結果を示す説明図である。
【図8】
本発明の製造方法で図6に示したものと別の材料ですべり変形を発生させた後に、熱処理を施した場合の、熱処理の前後における硬度試験の測定結果を示す説明図である。
【図9】
図6,7に示した硬度試験の測定点の説明図である。
【図10】
本発明の製造方法で得られたバルブと、従来の製造方法で得られたバルブとを市場試験した時の耐吹き抜け性の試験結果を示すグラブである。
【符号の説明】
1 弁棒
2 傘部
3 バルブ
5 フェイス部
5a フェイス部外径側
5b フェイス部内径側
 
訂正の要旨 (訂正の要旨)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を、特許請求の範囲の減縮を目的として、「析出硬化型Ni基合金を素材として使用し、この素材に20〜500℃の温度範囲内で、内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする内燃機関用バルブの製造方法」と訂正する。
(2)訂正事項2
上記訂正事項1に伴って、発明の詳細な説明の記載を特許請求の範囲の記載に整合させるために、明瞭でない記載の釈明を目的として、願書に添付した明細書の段落【0007】の「内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイスの内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施すことを特徴とする。」(特許公報第2頁第3欄第38〜41行)を、「内燃機関のバルブシートと接触する傘部フェイス部の相当部分の内周側から外周側に向けてスベリ変形が生じる鍛造またはロール加工を施す内燃機関用バルブの製造方法であって、前記スベリ変形は、加工前における前記傘部フェイス部の相当部分の外周上方縁隅部(A)が、加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部(B)に移動するような変形態様であり、この際の加工率を内周側よりも外周側で大きくなるようにすることを特徴とする。」に訂正する。
(3)訂正事項3
上記訂正事項1に伴って、発明の詳細な説明の記載を特許請求の範囲の記載に整合させるために、明瞭でない記載の釈明を目的として、願書に添付した明細書の段落【0016】の「図1にハッチングで示した部分Aが、図1に点々で示した部分Bに移動するように鍛造加工が行なわれる。」(特許公報第第3頁第5欄第22〜24行)を、「図1にハッチングで示した部分A(加工前における傘部フェイス部5の相当部分の外周上方縁隅部)が、図1に点々で示した部分B(加工後に外周下方縁より徐々に膨らむような張出し部)に移動するように鍛造加工が行なわれる。」に訂正する。
異議決定日 2000-12-26 
出願番号 特願平6-220776
審決分類 P 1 651・ 531- YA (F01L)
P 1 651・ 113- YA (F01L)
P 1 651・ 534- YA (F01L)
P 1 651・ 121- YA (F01L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 八板 直人  
特許庁審判長 西野 健二
特許庁審判官 田村 嘉章
清田 栄章
登録日 1999-05-07 
登録番号 特許第2925945号(P2925945)
権利者 日鍛バルブ株式会社
発明の名称 内燃機関用バルブの製造方法  
代理人 竹沢 荘一  
代理人 八木 秀人  
代理人 倉持 裕  
代理人 中馬 典嗣  
代理人 八木 秀人  

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