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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F16J
管理番号 1048605
異議申立番号 異議1999-70472  
総通号数 24 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-05-10 
種別 異議の決定 
異議申立日 1999-02-10 
確定日 2001-11-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第2789151号「回転用シール」の請求項1及び2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第2789151号の請求項1及び2に係る特許を取り消す。 
理由 I.手続の経緯

特許第2789151号(平成4年10月21日出願、平成10年6月12日特許権の設定登録。)の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」及び「本件発明2」という。)についての特許は、特許異議申立人 イーグル工業株式会社(以下、「申立人」という。)より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成11年7月30日に訂正請求がなされ、訂正の拒絶の理由が通知され、その指定期間内である平成13年7月23日に手続補正がなされたものである。


II.訂正の適否についての判断

1.平成13年7月23日の手続補正についての判断
当該手続補正は、平成11年7月30日付けの訂正請求書及び訂正明細書(以下、「原訂正請求書」及び「原訂正明細書」という。)の記載を補正するものであって、その内容は、以下のとおりである。
(1)補正の内容
イ.補正事項イ
訂正明細書の特許請求の範囲の記載について、原訂正明細書では、
「【請求項1】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、該回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には流体漏れ防止機構を備えたエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を一体に有していることを特徴とする回転用シール。」とあるのを、
「【請求項1】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、流体収納室側に内鍔部が形成された環状保持部材を備えると共に、該保持部材の内側に、上記回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記保持部材の内鍔部の流体収納室側端面に沿って設けられる連結片部と、上記保持部材の外周面に沿って設けられると共に上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には凹凸周部が形成されているエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を有し、上記連結片部と、外周当接片部と、エレメント圧接片部と、シールリップ部と、を一体化して、保持部材に固着したことを特徴とする回転用シール。」と補正する。
なお、アンダーラインは、対比の便のため当審で付した。
ロ.補正事項ロ
訂正明細書の特許請求の範囲の記載について、原訂正明細書では、
「【請求項2】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、流体収納室側に内鍔部が形成された環状保持部材を備えると共に、該保持部材の内側に、上記回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記保持部材の内鍔部の流体収納室側端面に沿って設けられる連結片部と、上記保持部材の外周面に沿って設けられると共に上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には凹凸周部が形成されているエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を有し、上記連結片部と、外周当接片部と、エレメント圧接片部と、シールリップ部と、を一体化して、保持部材に固着したことを特徴とする回転用シール。」とあるのを、全て削除する。
ハ.補正事項ハ
訂正請求書の訂正の要旨a)及びb)に係る記載を、補正事項イ及びロと整合するように補正する。
ニ.補正事項ニ
訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を、補正事項イ及びロと整合するように補正する。
(2)補正の内容についての検討
補正事項イは、請求項1に係る発明の構成要件である「エレメント圧接片部」について、原訂正請求書及び原訂正明細書において、「上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部」とあるのを、「上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には流体漏れ防止機構を備えたエレメント圧接片部」と訂正するとしていたものを、これに換えて、原訂正明細書の請求項2と同じ内容に訂正するものと、内容を実質的に変更しようとするものである。
これは、下記の訂正事項a(訂正請求書では、訂正の要旨a)となっている。)の内容を、他のものと交換的に変更するものであることが明らかである。
また、補正事項ロは、請求項2に係る発明の構成要件である「エレメント圧接片部」について、「上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部」とあるのを、「上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には凹凸周部が形成されているエレメント圧接片部」と訂正するとしていたものを、これに換えて、請求項2自体を削除して訂正するものと、内容を実質的に変更しようとするものである。
これは、下記の訂正事項b(訂正請求書では、訂正の要旨b)となっている。)の内容を、他のものと交換的に変更するものであることが明らかである。
さらに、補正事項ハ及びニは、補正事項イ及びロに伴って、原訂正請求書及び原訂正明細書の記載を変更するものであって、補正事項イ及びロと同様に、下記の訂正事項c(訂正請求書では、訂正の要旨c)となっている。)の内容を、他のものと交換的に変更するものであることが明らかである。
してみると、この補正は、原訂正請求書及び原訂正明細書で示していた訂正事項を他のものと交換的に変更するものであるから、結局、原訂正請求書の要旨を変更するものというべきであって、特許法第120条の4第3項において準用する同法第131条第2項の規定に適合しないので採用できない。

2.訂正の内容
(1)訂正事項a
本件特許第2789151号に係る願書に添付した明細書(以下、「特許明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載について、
「【請求項1】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、該回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を一体化に有していることを特徴とする回転用シール。」とあるのを、
「【請求項1】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、該回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には流体漏れ防止機構を備えたエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を一体に有していることを特徴とする回転用シール。」と訂正する。
なお、アンダーラインは、対比の便のため当審で付した。
(2)訂正事項b
特許明細書の特許請求の範囲の請求項2の記載について、
「【請求項2】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、流体収納室側に内鍔部が形成された環状保持部材を備えると共に、該保持部材の内側に、上記回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記保持部材の内鍔部の流体収納室側端面に沿って設けられる連結片部と、上記保持部材の外周面に沿って設けられると共に上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を有し、上記連結片部と、外周当接片部と、エレメント圧接片部と、シールリップ部と、を一体化して、保持部材に固着したことを特徴とする回転用シール。」とあるのを、
「【請求項2】ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、流体収納室側に内鍔部が形成された環状保持部材を備えると共に、該保持部材の内側に、上記回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し、該第1シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記保持部材の内鍔部の流体収納室側端面に沿って設けられる連結片部と、上記保持部材の外周面に沿って設けられると共に上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には凹凸周部が形成されているエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部と、を有し、上記連結片部と、外周当接片部と、エレメント圧接片部と、シールリップ部と、を一体化して、保持部材に固着したことを特徴とする回転用シール。」と訂正する。
なお、アンダーラインは、対比の便のため当審で付した。
(3)訂正事項c
特許明細書の段落【0006】の記載について、訂正事項a及びbと同様に訂正する。

2.訂正についての検討
訂正事項a及びcは、いずれも、請求項1及び2に係る発明の構成要件である「エレメント圧接片部」をより限定して特定するために「低圧側端面には流体漏れ防止機構を備えた」を付加するものであって、この限りにおいて、特許請求の範囲を減縮するものである。
しかしながら、この付加して特定された事項である「上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には流体漏れ防止機構を備えたエレメント圧接片部」は、少なくとも、特許明細書及び図面に直接的に記載されていない。
そして、特に「流体漏れ防止機構」の技術的意義は、流体の漏れを防止できる各種の態様を含む概念であることが明らかである。
確かに、特許明細書及び図面には、「凹凸周部を形成することにより、流体の漏れを防止できること」が記載されているが、流体の漏れを防止できる各種の態様を含む概念である「流体漏れ防止機構」が「凹凸周部を形成すること」以外に「エレメント圧接片部」においてどのように具現化されるのか全く記載されていない。
してみると、「上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着し、かつ低圧側端面には流体漏れ防止機構を備えたエレメント圧接片部」は、特許明細書及び図面の記載から、当業者が直接かつ一義的に導き出せる事項ではないというべきであって、訂正事項a及びcを含む訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない。
また、訂正明細書の請求項1に係る発明(以下、「訂正発明1」という。)は、平成13年5月14日付けで通知した訂正の拒絶の理由により、本件の出願の前に頒布された刊行物に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明することができたものであるから、出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3.訂正の適否についてのむすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成11年改正前の特許法第120条の4第3項で準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書の規定に適合しないので、また、同法第126条第3項の規定にも適合しないので、当該訂正は認められない。


III.特許異議の申立について

1.通知した取消しの理由の概要
平成11年5月12日付けで通知した取消しの理由の概要は、次のとおりである。
「本件発明1及び2は、いずれも、引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項第の規定により拒絶されるものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、いずれも、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してなされたものと認められ、取り消すべきと認める。
引用例1:実願昭63-121616号(実開平 2- 43562号)のマイクロフィルム
引用例2:実願昭55- 43002号(実開昭56-144860号)のマイクロフィルム 」

2.本件発明
本件特許第2789151号の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載されたとおりのものである(上記II.2.(1)訂正事項a及び(2)訂正事項bの欄参照)。

3.引用例に記載された発明
(1)引用例1
引用例1には、「リップ型シール」に関する発明が記載されていて、次のような技術的事項が記載されている。
イ.「ゴム製シールリップの外径装着部に略筒状の金属製補強体が埋設され、PTFE製シールリップの外径端部が、前記外径装着部の後端から露出した前記金属製補強体の後端を内径側に屈曲したカシメ部と、前記外径装着部の前端内周に位置する前記ゴム製シールリップの基部との間で固定されたリップ型シールにおいて、前記外径装着部内を延びる金属製補強体の前端に、前記外径装着部の前端面に近接して位置するバックアップ部が形成され、さらにこのバックアップ部の内径から後方へ延びる段差部を介して内径側に延び、前記PTFE製シールリップの外径端部前面と対接する前記基部の後面に近接して位置するシールリップ支持部が形成されてなることを特徴とするリップ型シール。」(実用新案登録請求の範囲)
ロ.「なお、以下の文中「前方」とは…密封対象流体(20)側をいい、「後方」とは…大気(21)側をいう。」(第2頁第15行〜第3頁第3行)
ハ.「ゴム製シールリップ(1)の内径端部(4)およびPTFE製シールリップ(5)の内径端部(7)が…シャフト(16)の外周面と摺接し、冷凍機油や冷媒からなる密封対象流体(20)がシャフト(16)の軸周に沿って大気(21)側へ漏洩するのを阻止する。」(第4頁第4〜10行)
ニ.「上記構成のリップ型シールは、その装着状態において、外径装着部(2)の外周面(2b)がハウジング(13)の内周面に圧接し、前記外径装着部(2)の前端面(2a)が前記ハウジング(13)内周面の軸線方向中途に形成された軸線と直角な壁面(14)に圧接し、さらに前記外径装着部(2)の後面から露出した金属製補強体(8)の後端のカシメ部(9)が前記ハウジング(13)内周面に嵌め込まれたスナップリング(15)に圧接することによって位置決め固定されている。」(第12頁第2〜11行)
ホ.「また、…シールリップ支持部(19)は、ゴム製シールリップ(1)の基部(3)…と前記カシメ部(9)との間に挟持されたPTFE製シールリップ(5)、バックアップリング(11)および引き抜き用フランジ部材(12)に対する固定力を向上させるのに役立っている。すなわち、…PTFE製シールリップ(5)の外径端部(6)は、前記バックアップリング(11)とシールリップ支持部(19)の間に強く挟圧された形となって、シャフト(16)と…PTFE製シールリップ(5)の共廻りが防止される。…しかも、前記シールリップ支持部(19)によって前記基部(3)とPTFE製シールリップ(5)の外径端部(6)の圧接力が増大することから、該両者(3)(6)間を経由する漏れ経路も遮断される。」(第13頁第2行〜第14頁第8行)
これらの記載事項及び引用例1記載の全趣旨によれば、引用例1には、次のとおりの2つの発明(以下、それぞれ、「引用発明1」及び「引用発明1′」という。)が記載されていると認めることができる。
<引用発明1>
「ハウジング(13)とシャフト(16)の間に介装されるリップ型シールであって、該シャフト(16)の外周面に摺接する内径端部(7)を有するPTFE製シールリップ(5)を配設し、該PTFE製シールリップ(5)よりも密封対象流体(20)側にゴム製シールリップ(1)をさらに付設して、該ゴム製シールリップ(1)が、上記ハウジング(13)内面に漏れ経路を遮断するように圧接する外径装着部(2)と、上記PTFE製シールリップ(5)の密封対象流体(20)側端面に漏れ経路を遮断するように圧接する基部(3)の延長部と、上記シャフト(16)の外周面に摺接する内径端部(4)と、を一体的に有しているリップ型シール。」
<引用発明1′>
「ハウジング(13)とシャフト(16)の間に介装されるリップ型シールであって、密封対象流体(20)側にシールリップ支持部(19)が形成された金属製補強体(8)を備えると共に、該金属製補強体(8)の内側に、上記シャフト(16)の外周面に摺接する内径端部(7)を有するPTFE製シールリップ(5)を配設し、該PTFE製シールリップ(5)よりも密封対象流体(20)側にゴム製シールリップ(1)をさらに付設して、該ゴム製シールリップ(1)が、上記金属製補強体(8)のシールリップ支持部(19)の密封対象流体(20)側端面に沿って設けられる基部(3)の第1延長部と、上記金属製補強体(8)の外周面に沿って設けられると共に上記ハウジング(13)内面に漏れ経路を遮断するように圧接する外径装着部(2)と、上記シールリップ支持部(19)の大気(21)側端面に沿って設けられると共に上記PTFE製シールリップ(5)の密封対象流体(20)側端面に漏れ経路を遮断するように圧接する基部(3)の第2延長部と、上記シャフト(16)の外周面に摺接する内径端部(4)と、を有し、上記シールリップ支持部(19)の密封対象流体(20)側端面に沿って設けられる基部(3)の第1延長部と、外径装着部(2)と、基部(3)の第2延長部と、内径端部(4)と、を一体的に、金属製補強体(8)に固着したリップ型シール。」
(2)引用例2
引用例2には、「回転軸用シール」に関する発明が記載されていて、次のような技術的事項が記載されている。
イ.「(1) 中央部に回転軸9への挿着係合孔2を有し且つ該挿着係合孔周辺表面の円周に沿って渦巻状の筋状切れ目3を有してなる可撓性シール部材1,1′の外周壁部4,4′を両側が開放したケース5に固定支持するとともに、該筋状切れ目を有する挿着係合孔周辺の各々を同一の内側後方に彎曲させ、回転軸への挿着時に該渦巻状の筋状切れ目3,3によって形成される鋸歯部または鱗部8,8が該回転軸表面と摺擦係合するように構成してなることを特徴とする回転軸用シール。」(実用新案登録請求の範囲の請求項1)
ロ.「本考案は内燃機関のクランクシャフトその他一般に油等の流体が内在飛散したケース内で回転する軸体のための摺擦シール構造の改良に関する。」(第2頁第7〜9行)
ハ.「本考案の摺擦シールは以上のようにシール部材が渦巻状からなる筋状切れ目を回転軸との摺擦表面に切り込んであるので、…効果的なポンピング作用が得られとともに、かかる構造のシール部材が図のように同方向に彎曲して二重構造(必要に応じてそれ以上に)設けられているので外側に配置したシール部材が外部からの砂塵の侵入を阻止することにより防塵効果が得られる。」(第5頁第17行〜第6頁第7行)
これらの記載事項及び引用例2記載の全趣旨によれば、引用例1には、次のとおりの発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認めることができる。
<引用発明2>
「ハウジングと回転軸9の間に介装される回転軸用シールであって、上記回転軸9の外周面に摺接する鋸歯部8を夫々有する内側後方のシール部材1と外側シール部材1′を配設した回転軸用シール。」

4.本件発明1と引用発明1の対比・判断
本件発明1と引用発明1を対比すると、引用発明1の「ハウジング(13)」は、その技術的意義からみて、本件発明1の「ハウジング」に相当し、同様に、「シャフト(16)」は「回転軸部材」に、「リップ型シール」は「回転用シール」に、「ゴム製シールリップ(1)」は「弾性シール部材」に、「ハウジング(13)内面に漏れ経路を遮断するように圧接する外径装着部(2)」は「ハウジング内面に密接する外周当接片部」に、「密封対象流体(20)側」は「流体収納室側」に、「PTFE製シールリップ(5)の密封対象流体(20)側端面に漏れ経路を遮断するように圧接する基部(3)の延長部」は「第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部」に、「シャフト(16)の外周面に摺接する内径端部(4)」は「回転軸部材の外周面に摺接するシールリップ部」に、「一体的に有し」は「一体化に有し」に、それぞれ相当すると認められる。
そして、本件発明1の「溝付シールリップ部」と引用発明1の「内径端部(7)」とは、「シールリップ部」の限度において一致し、本件発明1の「第1シールエレメントと第2シールエレメント」とは、「シールエレメント」の限度において一致していると認められる。
してみると、本件発明1と引用発明1の対比における一致点及び相違点は、次のとおりである。
<一致点>
ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、該回転軸部材の外周面に摺接するシールリップ部を有するシールエレメントを配設し、該シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記ハウジング内面に密接する外周当接片部と、上記シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に摺接するシールリップ部と、を一体化に有している回転用シール。
<相違点>
イ.シールエレメントの態様について、本件発明1では、「回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し」となっているのに対し、引用発明1では、「回転軸部材(シャフト(16))の外周面に摺接する内径端部(7)を有するPTFE製シールリップ(5)を配設し」となっている点(以下、「相違点イ」という。)。
ロ.弾性シール部材の摺接の態様について、本件発明1では、「回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部」となっているのに対し、引用発明1では、「回転軸部材(シャフト(16))の外周面に摺接するシールリップ部(内径端部(4))」となっていて、略線接触状に摺接するか否か不明である点(以下、「相違点ロ」という。)。
以下、この相違点について検討する。
<相違点の検討>
イ.相違点イについて
引用例2には、「ハウジングと回転軸9(回転軸部材)の間に介装される回転軸用シール(回転用シール)であって、上記回転軸9(回転軸部材)の外周面に摺接する鋸歯部8(シール部材溝付シールリップ部)を夫々有する内側後方のシール部材1(第1シールエレメント)と外側シール部材1′(第2シールエレメント)を配設した回転軸用シール(回転用シール)。」(「引用発明2」)が記載されていることは、前示のとおりであって、該引用発明2と本件発明1と対比すると、引用発明1の「回転軸9」は、その技術的意義からみて、本件発明1の「回転軸部材」に相当し、同様に、「回転軸用シール」は「回転用シール」に、「鋸歯部8を夫々有する内側後方のシール部材1と外側シール部材1′」は「シール部材溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメント」に、それぞれ相当すると認められるので、結局、引用例2には、「ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールにおいて、上記回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを配設する」という技術思想が記載されていると認めることができる。
そして、引用例2には、「シール部材1(第1シールエレメント)と外側シール部材1′(第2シールエレメント)」の二重構造のシール部材を必要に応じてそれ以上に増加することか可能である」旨記載されていて(記載事項ハ参照)、引用発明2のように「ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールにおいて、上記回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを配設」したものにおいても必要に応じてさらにシール部材を増加することが可能である旨示唆されているに照らせば、引用発明1の「PTFE製シールリップ(5)の内径端部(7)」を「溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメント」とすることを妨げる特段の事情があるとも認めがたい。
(現に、本件発明に係る審査において提示された本件と同一の特許権者に係る特開平4-157264号公報の記載に照らしても、回転用シールにおいて、弾性シール部材と溝付シールリップ部を有するシールエレメントとを組み合わすこと自体を妨げる事情はない。)
また、弾性シール部材は、静止時において密封性を確保しやすいことも自明のことであり、さらに、回転用シールにおいて、回転軸とのなじみが完了する前において回転停止時に密封性を確保する必要があるという課題は、従来周知のことである(特開平1-112081号公報、特開昭63-312569号公報参照)。
してみると、相違点イに係る本件発明1の構成要件は、引用発明1に引用例2に記載された技術思想を適用することにより、当業者が容易に想到できたものというべきである。
ロ.相違点ロについて
弾性シール部材の摺接の態様として、面圧を高めるために、シールリップ部を回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するように設けることは、従来周知の技術的事項である。
そして、引用発明1において、シールリップ部を回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するように設けることを妨げる特段の事情も見当たらない。
してみると、相違点ロに係る本件発明1の構成要件は、引用発明1に引用例2に記載された技術思想を適用する際に、当業者が必要に応じて適宜想到できた設計的事項というべきである。
さらに、これらの相違点イ及びロに係る本件発明1の構成要件により、当業者の予測を超えた効果が生じるとも認めがたい。
なお、権利者は、平成11年7月30日付けの特許異議意見書において、「弾性シール部材が回転軸部材の静止時にその密封性を発揮する予備的なシールであるのに対し、引用発明1のシールは、ゴム製シールリップとPTFE製シールリップの両方によって、回転軸部材の静止時および回転時の密封性が常に確保される構成であり、本件発明とは異なっている旨」主張しているが、本件の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるから、採用できない。
したがって、本件発明1は、本件の出願の前に頒布された刊行物である引用例1及び2に記載された発明並びに従来周知の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項第の規定により拒絶されるものであると認められる。

5.本件発明2と引用発明1′の対比・判断
本件発明2と引用発明1′を対比すると、引用発明1′の「ハウジング(13)」は、その技術的意義からみて、本件発明1の「ハウジング」に相当し、同様に、「シャフト(16)」は「回転軸部材」に、「リップ型シール」は「回転用シール」に、「シールリップ支持部(19)」は「内鍔部」に、「金属製補強体(8)」は「環状保持部材」に、「ゴム製シールリップ(1)」は「弾性シール部材」に、「ハウジング(13)内面に漏れ経路を遮断するように圧接する外径装着部(2)」は「ハウジング内面に密接する外周当接片部」に、「密封対象流体(20)側」は「流体収納室側」に、「大気(21)側」は「低圧側」に、「基部(3)の第1延長部」は「連結片部」に、「基部(3)の第2延長部」は「エレメント圧接片部」に、「PTFE製シールリップ(5)の密封対象流体(20)側端面に漏れ経路を遮断するように圧接する基部(3)の第2延長部」は「第1シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部」に、「シャフト(16)の外周面に摺接する内径端部(4)」は「回転軸部材の外周面に摺接するシールリップ部」に、「一体的に有し」は「一体化に有し」に、それぞれ相当すると認められる。
そして、本件発明2の「溝付シールリップ部」と引用発明1′の「内径端部(7)」とは、「シールリップ部」の限度において一致し、本件発明2の「第1シールエレメントと第2シールエレメント」とは、「シールエレメント」の限度において一致し、
してみると、本件発明2と引用発明1′の対比における一致点及び相違点は、次のとおりである。
<一致点>
ハウジングと回転軸部材の間に介装される回転用シールであって、流体収納室側に内鍔部が形成された環状保持部材を備えると共に、該保持部材の内側に、上記回転軸部材の外周面に摺接するシールリップ部を有するシールエレメントを配設し、該シールエレメントよりも流体収納室側に弾性シール部材をさらに付設して、該シール部材が、上記保持部材の内鍔部の流体収納室側端面に沿って設けられる連結片部と、上記保持部材の外周面に沿って設けられると共に上記ハウジング内面に漏れ経路を遮断するように密接する外周当接片部と、上記内鍔部の低圧側端面に沿って設けられると共に上記シールエレメントの流体収納室側端面に密着するエレメント圧接片部と、上記回転軸部材の外周面に摺接するシールリップ部と、を有し、上記内鍔部の流体収納室側端面に沿って設けられる連結片部と、外周当接片部と、エレメント圧接片部と、シールリップ部と、を一体化して、保持部材に固着した回転用シール。
<相違点>
イ′.シールエレメントの態様について、本件発明2では、「回転軸部材の外周面に摺接する溝付シールリップ部を夫々有する第1シールエレメントと第2シールエレメントを、流体収納室側と低圧側に順次配設し」となっているのに対し、引用発明1′では、「回転軸部材(シャフト(16))の外周面に摺接する内径端部(7)を有するPTFE製シールリップ(5)を配設し」となっている点(以下、「相違点イ′」という。)。
ロ′.弾性シール部材の摺接の態様について、本件発明2では、「回転軸部材の外周面に略線接触状に摺接するシールリップ部」となっているのに対し、引用発明1′では、「回転軸部材(シャフト(16))の外周面に摺接するシールリップ部(内径端部(4))」となっていて、略線接触状に摺接するか否か不明である点(以下、「相違点ロ′」という。)。
以下、これらの相違点について検討する。
<相違点の検討>
イ′.相違点イ′について
相違点イ′は、本件発明1と引用発明1の対比における相違点イと実質的に変わるところがない。
してみると、相違点イ′に係る本件発明2の構成要件は、上記相違点イの検討における理由と同様な理由により、引用発明1′に引用例2に記載された技術思想を適用することにより、当業者が容易に想到できたものというべきである。
ロ′.相違点ロ′について
相違点ロ′は、本件発明1と引用発明1の対比における相違点ロと実質的に変わるところがない。
してみると、相違点ロ′に係る本件発明2の構成要件は、上記相違点ロの検討における理由と同様な理由により、引用発明1′に引用例2に記載された技術思想を適用する際に、当業者が必要に応じて適宜想到できた設計的事項というべきである。
さらに、これらの相違点イ′及びロ′に係る本件発明2の構成要件により、当業者の予測を超えた効果が生じるとも認めがたい。
したがって、本件発明2は、本件の出願の前に頒布された刊行物である引用例1及び2に記載された発明並びに従来周知の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により拒絶されるものであるから、本件発明2に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してなされたものと認められる。

6.むすび
以上のとおりであるから、本件発明1及び2は、いずれも、本件の出願の前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができた発明であって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、本件発明1及び2についての特許は、いずれも、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
したがって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2001-09-20 
出願番号 特願平4-308285
審決分類 P 1 651・ 121- ZB (F16J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 秋月 均  
特許庁審判長 舟木 進
特許庁審判官 氏原 康宏
清水 信行
登録日 1998-06-12 
登録番号 特許第2789151号(P2789151)
権利者 三菱電線工業株式会社
発明の名称 回転用シール  
代理人 野本 陽一  

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