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審決分類 審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1049905
異議申立番号 異議2000-74014  
総通号数 25 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-10-27 
確定日 2001-08-13 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3053537号「脳機能改善剤」の請求項1〜4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3053537号の請求項1〜4に係る特許を維持する。 
理由 1.手続きの経緯
本件特許第3053537号の請求項1〜4に係る発明は、平成6年11月8日に特許出願され、平成12年4月7日に特許権の設定の登録がされた。その後、特許異議申立人日本ファミリーケア株式会社、特許異議申立人山田理により特許異議の申立てがされ、取消理由が通知された後、意見書提出の指定期間内である平成13年7月5日に明細書の訂正請求がされた。

2.訂正請求について
(1)訂正の内容
訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1〜4の
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」
の記載(4箇所)を
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」
と訂正する。

訂正事項b
明細書の[課題を解決するための手段]の欄中の
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDよるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」
の記載(4箇所)を
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」
と訂正する。

訂正事項c
明細書の[作用]の欄中の
「…、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」
の記載(3箇所)を
「…、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」
と訂正する。

(2)訂正の適否
訂正事項aについて
ホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によってレシチン(ホスファチジルコリン)とL-セリンからホスファチジル-L-セリンを生成させる反応では、原料レシチンの構成脂肪酸鎖はホスファチジル-L-セリンに保存されることが知られている。そして、本件明細書の記載からみて、本件の特許請求の範囲の請求項1〜4に係る発明においては、上記転移反応を利用するものであることが明らかである。そうすると、訂正前の特許請求の範囲の「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン、菜種レシチン、及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」との記載は、「…、 前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン、菜種レシチン、及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」を意味するものと認められるものの、その点が明りょうであるとはいえない。訂正事項aは、この点を明りょうとするものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。

訂正事項b及びcについて
訂正事項b及びcは、明細書の詳細な説明の欄の【課題を解決するための手段】及び【作用】の欄における上記訂正事項aに対応する記載を同様に訂正するものであり、訂正事項aについて上記に示したとおり、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。

そして、訂正事項a〜cは、明細書に記載した事項の範囲内での訂正であり、特許請求の範囲を実質的に拡張し、又は変更するものでもない。

したがって、本件訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する同条第126条第2項から第3項の規定に適合するので、訂正を認める。

3.特許異議の申立てについて
(1)申立ての理由の概要
特許異議申立人日本ファミリーケア株式会社は、甲第1号証及び甲第2号証を提出して、本件特許の請求項1〜4に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものであるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、また請求項1〜4の記載は、特許を受けようとする発明が明確であることを定めた特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないので、特許法第113条第1項第2号および第4号の規定により取り消されるべきものである旨を主張している。
また、特許異議申立人山田理は、甲第1号証〜甲第5号証を提出して、本件特許の請求項1〜4に係る発明は、甲第1号証及〜甲第5号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものであるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第1項第2号の規定により取り消されるべきものである旨を主張している。

(2)本件特許の請求項1〜4に係る発明
上記2.に示したように本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1〜4に係る発明は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定された次のとおりのものである。

【請求項1】 ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、 前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたことを特徴とする脳機能改善剤。
【請求項2】 ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理された飽和脂肪酸鎖であることを特徴とする脳機能改善剤。
【請求項3】 リゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、 前記リゾホスファチジル-L-セリンが、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたことを特徴とする脳機能改善剤。
【請求項4】 リゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記リゾホスファチジル-L-セリンが、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理された飽和脂肪酸鎖であることを特徴とする脳機能改善剤。」

(3)特許異議申立人が提出した甲各号証について
a.特許異議申立人日本ファミリーケア株式会社が提出した甲各号証の記載

甲第1号証 (Biochimica et Biophysica Acta,488(1977)36-42)
「L-セリンの存在下でホスホリパーゼDの触媒作用によるホスファチジル基の転移反応によりワンステップでホスファチジルコリンよりホスファチジルセリンを合成した。」(第36頁「要旨」欄)
「ホスホリパーゼDの触媒によるホスファチジル転移反応は、卵黄ホスファチジルコリンと共にl-セリンの存在下に実施した」(第37頁33〜34行)
「ホスファチジル基の転移後生成したホフファチジルコリンとホスファチジルセリンとの間には、脂肪酸組成における相違は観察されなかった。」(第40頁第2〜4行)

甲第2号証 (FunctonaI Role of Phospholipids in Exocytosis, by Rajiv Nayar, Chapter II ,p36〜46, The University of British Columbia, November 1983)
「ホスホリパーゼDを利用し卵黄及び大豆のPSをそれぞれのPCから合成した(Comfuries and Zwaal,1971)。ホスホリパーゼD触媒によるホスファチジル転移反応は、卵黄PC又は大豆PCと共に過剰のL-セリンの存在下で実施した。」(第40頁9〜12行)

b.特許異議申立人山田理が提出した甲各号証
甲第1号証 (Nature,vol.260,p.331〜333,March 25,1976)
「ホスファチジルセリンのリボソーム類の薬理学的効果」(タイトル)
「牛脳から抽出したホスファチジルセリンの純度は、シリカゲルGおよびクロロホルムーメクノールー水(65:35:4、容量比)を用いた薄層クロマトグラフィーでチェックした。」(第832頁、左欄11〜15行)
「図1は、血液および隣組織中の遊離グルコース含量に及ぼすホスファチジルセリンのリボソーム製剤の影響を示す。」(第332頁、左欄26〜27行)
「ホスファチジルセリン類については、精製した大豆ホスファチジルセリン類で調製されたりポソーム類はごくわずかの活性又は非活性であった。そして、これは極性頭部のアシル鎖および構造の役割を示唆する」(第332頁、左欄38〜41行)。

甲第2号証(独国公開特許第4117629号公報)
「本発明に基づき、動物実験の結果から、一般式(1)で表される、化学的に明確な対称的1,2一置換ホスファチジルセリンを、脳能力-及び思考機能の喪失があらわれる諸疾患、例えばパーキンソン病、アツルハイマー病、・・・・・等の病的老化過程の治療に使用することが好適であると予想される。」(明細書第3頁、11〜17行)

甲第3号証(特開平6-279311号公報)
「[化1](式省略)で表わされるホスファチジルセリン誘導体又はその薬学上許容しうる塩を有効成分とするプロテインキナーゼCアイソザイムβ又はγの活性化剤。」(特許請求の範囲の請求項1)。
「牛脳ホスファチジルセリンは、種々の脂肪酸から構成される混合物であり、構成脂肪酸組成を特定した場合に、どのような活性が発現するかは全く調べられていない。」(明細書第2頁右欄第38〜41行)
「上記一般式[1]で表わされるホスファチジルセリン誘導体のうち、飽和脂肪酸より構成されるホスファチジルセリン(以下、飽和型ホスファチジルセリンとも称する)や不飽和度が1である脂肪酸残基を2位に有するものは活性が弱く、また、高度不飽和脂肪酸であるイコサぺンタエン酸残基を有するものも活性が低く、特定の不飽和脂肪酸を2位に有することが強い活性の発現に必須であることが認められた。」(明細書第3頁右欄49行〜第4頁左5欄6行)
「本発明のプロテインキナーゼC活性化剤は、中枢神経障害(記憶障害等)を伴う老人性痴呆症、特にアルツハイマー病の治療剤として期待される。(第6頁右欄2〜4行)

甲第4号証(特開昭63一36792号公報)
「酵素によるリン脂質の製造方法として、リン脂質にホスホリバーゼDを任意の受容体の存在下に作用させ、ホスファチジル基転移反応を利用して目的とする塩基を持つリン脂質を製造する技術は公知である」(明細書第1頁右下欄13〜17行)。
実施例1には、参考例1で得た大豆PCおよびPEの濃縮物(PC68%、PE17%、PA7%、PSは含まない)とL-セリンとを、キャベツホスホリバーゼDの存在下で反応させ、反応生成物(PC48%、PE14%、PAIl%、PS24%)を得たことが開示されている。(明細書第5頁左上欄6行〜右欄4行)

甲第5号証(特開平2-79990号公報)
「ストレプトマイセス属の微生物を起源とするホスホリパーゼDを用いて、ホスファチジルコリンとセリンを反応させることを特徴とするホスファチジルセリンの製造方法。」(特許請求の範囲の第1項)
実施例1には、卵黄リン脂質より精製したホスファチジルコリンとL‐セリンとを、ホスホリパーゼDを用いて反応させ、95.2%のホスファチジルセリンを含有するリン脂質を得たことが開示されている。(明細書第3頁、右下欄5行〜第4頁左上欄3行)。

(4)対比・判断
a.特許法第29条第2項違反について
イ.請求項1に係る発明
特許異議申立人山田理が提出した甲第1号証には、牛脳から抽出したホスファチジルセリンが、脳組織中のグルコース含量を増大させる効果があることが(図1)、甲第2号証には、一般式(I)で表わされる化学的に明確にされた1,2-置換ホスファチジルセリン又はその塩が脳能力機能障害等の治療薬として使用できることが、甲第3号証には、[式1]のホスファチジルセリンがプロテインキナーゼCアイソザイムβ又はγの活性化剤であり、中枢神経障害を伴う痴呆症の治療剤として期待されることが、それぞれ開示されている。そして、甲第1号証において牛脳由来のホスフフチジルセリンは活性を示すが大豆から精製したホスフフチジルセリンはほとんど活性を示さないこと、甲第2号証において化学的に明確な特定の構成脂肪酸を有するホスファチジルセリンを選択していること、及び甲第3号証において構成脂肪酸による活性の相違を認識して特定の構成脂肪酸よりなるホスファチジルセリンを用いることからみて、ホスファチジルセリンの脳機能改善活性にとって、構成脂肪酸が重要なファクターであることが認められる。
しかしながら、甲第1〜3号証には、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチン由来のホスファチジルセリンについては、わずかに甲第1号証に大豆から精製したホスファチジルセリンについて記載があるのみであり、しかも、それはほとんど活性を示さないとしているのであるから、牛脳由来のホスファチジルセリン以外の天然のホスファチジルセリンや天然由来の構成脂肪酸鎖を有するホスファチジルセリンが、十分な脳機能改善活性を有することを期待できる格別の根拠は見出せない。
そうすると、特許異議申立人日本ファミリーケア株式会社が提出した甲第1、2号証や特許異議申立人山田理が提出した甲第4、5号証に記載されているように、大豆レシチンや卵黄レシチンから、L-セリンの存在下でホスホリパーゼDを作用させる転移反応によってそれぞれの原料に由来する構成脂肪酸鎖を有するホスファチジル-L-セリンを製造することが公知であったとしても、それらの生成物が十分な脳機能改善活性を有することを予期できたとはいえず、本件請求項1に係る発明が、上記甲各号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものと認めることはできない。
ロ.請求項2〜4に係る発明
請求項2〜4に係る発明は、請求項1に係る発明の構成要件に加え、それぞれ、請求項2に係る発明については「構成脂肪酸鎖が水素添加された」という要件を、請求項3に係る発明については「1位又は2位の脂肪酸鎖が切除された」という要件を、請求項4に係る発明については「構成脂肪酸鎖が水素添加された」及び「1位又は2位の脂肪酸鎖が切除された」という要件を、更に含む発明であるので、上記イ.における請求項1についての判断と同様の理由により、上記甲各号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものと認めることはできない。

b.特許法第36条違反について
特許異議申立人日本ファミリーケア株式会社は、請求項1〜4の記載は構成脂肪酸が転移反応によって生成されるものであるとも受け取れる部分があるので、発明が不明確である旨を主張しているが、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正請求がされ、上記2.(2)に示したように当該訂正は認められるので、訂正明細書においては特許異議申立人が主張する明細書の記載不備は解消している。

4.むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1〜4に係る発明についての特許を取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1〜4に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
脳機能改善剤
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたことを特徴とする脳機能改善剤。
【請求項2】 ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理された飽和脂肪酸鎖であることを特徴とする脳機能改善剤。
【請求項3】 リゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記リゾホスファチジル-L-セリンが、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたことを特徴とする脳機能改善剤。
【請求項4】 リゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記リゾホスファチジル-L-セリンが、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理されている飽和脂肪酸鎖であることを特徴とする脳機能改善剤。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は例えば脳機能を改善させる組成物に関し、アルツハイマー病やパーキンソン病のような痴呆症の予防や治療に有効な組成物である脳機能改善剤に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
ブルニ(A.Bruni)らはウシの脳から抽出したホスファチジルセリンをマウスの尾静脈に注射すると、脳内グルコース濃度が対照群の約4倍に上昇することを報告している(Nature,vol.260,p.331,1976)。また、このウシの脳から抽出したホスファチジルセリンを12週間経口投与することによって、記憶力の低下を示した老齢ラットの行動を改善することが報告されている(A.Zanotti et al.,Psychopharmacology Berl.,vol.99,p316,1989)。
【0003】
更に、ヒトでの臨床試験でも、ウシ脳ホスファチジルセリンがアルツハイマー病や老年期の記憶障害に有効なことが二重盲検-プラセポ試験で報告されている(P.J.Delwaide et al.,Acta Neurol.Scand.,vol.73,p.136,1986; R.R.Engel et al.,Eur.Neuropsychopharmacol.,vol.2,p.149,1992;T.Cenacci et al.,Aging Clin.Exp.Res.,vol.5,p123,1993)。
【0004】
このように脳内グルコース濃度の増加を示すウシ脳ホスファチジルセリンはラットやヒトの脳機能改善効果を示す。従って、脳内グルコース濃度の上昇は脳機能改善作用物質を選ぶ際の指標と考えられるが、一方では先程上げたブルニらの論文によれば大豆から抽出されたホスファチジルセリンには、このような作用はないと報告されており、脳機能の改善作用の発現にはホスファチジルセリン中の脂肪酸組成が重要と考えられている。
【0005】
即ち、ウシ脳から抽出されたホスファチジルセリンは、その構成脂肪酸鎖について、1位にステアリン酸鎖,2位にオレイン酸鎖が多いと言う極めて特異的な脂肪酸鎖の構成を有しており、この特異な構成脂肪酸鎖を有することが脳機能の改善作用の発現に必要であると考えられていた。
【0006】
一方、最近、合成法で得られた特定の脂肪酸組成を有するホスファチジルセリンがプロテインキナーゼCアイソザイムの活性化作用に基づき、老人性痴呆症に対しての用途が期待できるとした特許出願が行われているが、インビボ(in vivo)で有効性を確認したものではない(特開平6-279311号公報)。
【0007】
一方、リゾ型のホスファチジルセリンについては、ウシ脳PSから誘導されたされた、リゾホスファチジル-L-セリンが、脳内或いは血中グルコース上昇作用を示すことが報告されている(H.W.Chang et al.,Br.J.Pharmacol.,vol.93,p.611,1988)。
【0008】
このように、従来は、ウシ脳から抽出されたホスファチジルセリンがその特徴的な構成脂肪酸の組成に基づき、脳内グルコース上昇作用を示すと考えられていた。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
前述のように、従来の文献等では、ウシ脳から抽出されたホスファチジルセリン或いはそのリゾ型についてしか脳内グルコース上昇作用は知られていなかった。しかしながら、ウシ脳から抽出されたホスファチジルセリンはウシ1頭分の脳から約1gしか得られないので、コスト面でも、量的供給面でも大きな制限があることは明白である。
【0010】
本発明者らは、鋭意研究の結果、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンを原料に酵素によるホスファチジル転移反応を用いて製造したホスファチジル-L-セリン、および、更にホスホリパーゼA2で処理して得られたリゾホスファチジル-L-セリンが、強い脳内グルコース上昇作用及び記憶障害回復効果を有していることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
即ち、本発明は、コスト面や供給面で問題がなく、脳機能改善を行こなうことのできる脳機能改善剤を得ることを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本請求項1に記載された発明に係る脳機能改善剤では、ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたものである。
【0013】
本請求項2に記載された発明に係る脳機能改善剤では、ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理された飽和脂肪酸鎖であるものである。
【0014】
本請求項3に記載された発明に係る脳機能改善剤では、リゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記リゾホスファチジル-L-セリンが、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたものである。
本請求項4に記載された発明に係る脳機能改善剤では、リゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記リゾホスファチジル-L-セリンが、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理されている飽和脂肪酸鎖であるものである。
【0015】
【作用】
本発明の脳機能改善剤では、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成された転移型ホスファチジル-L-セリン又はその塩をを有効成分とするものであるため、脳内グルコース濃度を増加させることができる。従って、投与された被験体の脳機能を改善する効果を有する。
【0016】
また、別の本発明の脳機能改善剤では、ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分として含み、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成され、前記構成脂肪酸鎖が水素添加処理された飽和脂肪酸鎖である水素添加型ホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分とするものであるため、同様に、脳内グルコース濃度を増加させることができる。従って、投与された被験体の脳機能を改善する効果を有する。
【0017】
更に別の本発明の脳機能改善剤では、1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたホスファチジル-L-セリンからなり、前記ホスファチジル-L-セリンは、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたか、又は、この構成脂肪酸鎖を更に水素添加処理して飽和脂肪酸鎖とされているリゾホスファチジル-L-セリン又はその塩を有効成分とするものであるため、同じく、脳内グルコース濃度を増加させることができる。従って、投与された被験体の脳機能を改善する効果を有する。
【0018】
以上のように、本発明に係る脳機能改善剤では、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチン由来の転移型ホスファチジル-L-セリン,水素添加型ホスファチジル-L-セリン,及び,リゾホスファチジル-L-セリンは、後述する脂肪酸鎖の組成を有しており、脂肪酸鎖の組成と脳機能改善効果(脳内グルコース濃度の上昇効果)との関係は必ずしも明確でないが、少なくとも、後述する実施例で効果を確認した範囲では、有効であることが認められた。
【0019】
また、本発明の転移型ホスファチジル-L-セリン,水素添加型ホスファチジル-L-セリン,及び,リゾホスファチジル-L-セリンの塩は、薬学上許容し得る塩の形で用いればよい。具体的には、ナトリウム塩,カリウム塩,マグネシウム塩,アンモニウム塩,リン酸塩,塩酸塩,硫酸塩等があるが、ナトリウム塩,カリウム塩が好ましい。
【0020】
更に、本発明の転移型ホスファチジル-L-セリン,水素添加型ホスファチジル-L-セリン,及び,リゾホスファチジル-L-セリンの投与は、静脈内投与でも経口投与でも有効である。また、他のリン脂質、糖、タンパク質等の賦形剤を混ぜて、扱い易さや保存性を向上させたカプセル状や顆粒剤に加工しても良い。更に、安全性の点でも問題がないので、日常摂取する飲食品中に配合し、脳機能障害の軽減や予防に使用することもできる。
【0021】
本発明に係る転移型ホスファチジル-L-セリン,水素添加型ホスファチジル-L-セリン,及び,リゾホスファチジル-L-セリンは、何れも大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンを原料にホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応を用いて製造することができる。
【0022】
具体的には、本発明の転移型ホスファチジル-L-セリン,水素添加型ホスファチジル-L-セリン,及び,リゾホスファチジル-L-セリンの製造は、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンを原料に用い、この原料レシチンをそのまま又は水素添加処理して、L-セリンの存在下、ホスホリパーゼDで処理することにより、本発明の転移型又は水素添加型ホスファチジル-L-セリンを得ることができる。また、得られた転移型ホスファチジル-L-セリンに水素添加処理を行っても得ることができる。更に、リゾホスファチジル-L-セリンは得られた転移型又は水素添加型ホスファチジル-L-セリンの1又は2位の脂肪酸鎖を切除することにより得られる。また、大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンを処理して得られたリゾレシチンを原料に前述の処理を行うことによっても得られる。これによって、切除コストも安価に提供可能であり、また供給面での量的問題もない。
【0023】
原料として用いる大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチンについては、特に制限はなく、何れも市販のものなどが利用できる。また、転移反応に使用するホスホリパーゼDとしては、キャベツ由来のもの、放線菌由来のものなど、L-セリンの存在下でレシチン,水素添加レシチン又はリゾレシチンに作用してホスファチジル-L-セリンを生成することのできるものが利用できる。
【0024】
具体的な転移反応の方法は、公知の文献や公報(例えば、特開昭63-245685号公報)を参考にすればよいが、酢酸エチル等の有機溶媒の存在下に行うと、変換収率も高く、後処理も簡便である。
【0025】
また、転移反応で得られた転移型ホスファチジル-L-セリンは適当な精製処理工程に付し、不純物を除いて用いることが望ましいが、投与上の問題や効果を阻害するような問題がない限り、原料由来や生成工程での不純物を含んだまま用いても良い。
【0026】
【実施例】
実施例1.転移型ホスファチジル-L-セリンの製造
実施例1-1.大豆レシチンを原料とする製造
大豆レシチン(PC80,BOLEC,Croklaan b.v.,オランダ)50gと、大豆油10gを300ccバイアル瓶に取り、50mlの酢酸エチルを加えて溶解させた。ここに0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶解したL-セリン溶液(0.30g/ml)20mlを加えて混合した後、放線菌由来のホスホリパーゼD溶液(500u/ml,(株)ヤクルト本社製)15mlを加え、スターラーで攪拌しながら50℃で5時間反応させた。
【0027】
熱湯中で酵素を失活させてから、反応液を氷冷して2層に分離させ30分間放置後、上層を除去し、残りの下層をクロロホルムで抽出してから減圧固化した。この標品5gに対してクロロホルム15mlを加えて溶解したものをシリカゲル(Silica gel 60,MERCK)を充填したカラム(Φ32mm×300mm)にアプライし、室温でクロロホルム-メタノール(4:1)を100ml/時間の流速で流して転移型ホスファチジル-L-セリンを含む画分を分取した。
【0028】
実施例1-2.卵黄レシチンを原料とする製造
卵黄レシチン(PL-100LE,キューピー(株)製)を基質に、実施例1-1.の大豆レシチンと同様の方法で転移型ホスファチジル-L-セリンを製造した。
【0029】
実施例1-3.菜種レシチンを原料とする製造
菜種レシチン(リノール油脂(株)製)1.2kgに85%エタノール4.8kgを加え、ヒスコトロンを用いて充分にホモゲナイズした後、室温で2時間静置して分離した上清を減圧乾固し、エタノール可溶画分約300gを得た。その一部(120g)に酢酸エチル600gを加えて攪拌・混合し、5℃で一晩静置した。この操作により沈殿した酢酸エチル不溶画分を減圧乾固した結果、ホスファチジルコリン含量の高い菜種レシチン(分画菜種レシチン)が約70g得られた。
【0030】
この分画菜種レシチンを実施例1-1.の大豆レシチンと同様の方法でホスファチジル-L-セリンを製造した。
【0031】
実施例2.水素添加型ホスファチジル-L-セリンの製造
実施例2-1.水素添加型レシチンを原料とする製造
水素添加大豆レシチン(レシノール S-10EX,日光ケミカルス(株))を基質に、実施例1-1.の大豆レシチンと同様の方法で水素添加型ホスファチジル-L-セリンを製造した。
【0032】
実施例2-2.転移型ホスファチジル-L-セリンの水素添加による製造
実施例1-1.で得られた1gの大豆由来の転移型ホスファチジル-L-セリンをn-ヘキサン15gとエタノール3gの混合液に溶解し、ここに0.15gの10%パラジウムカーボンを加え、室温・常圧条件下で振盪しながら約5時間水素添加を行った。
【0033】
実施例3.リゾホスファチジル-L-セリンの製造
実施例3-1.ホスファチジル-L-セリンからの製造
実施例1〜2より得られた各ホスファチジル-L-セリン300mgを6ccバイアル瓶に取り、酢酸エチルを1.2ml、0.25Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)を0.20ml、蒸留水を1.2ml、ブタ膵臓ホスホリパーゼA2(11,200IU/ml,ノボ・ノルディスク社製)を0.02ml加えて良く混合し、50℃で16時間反応させた。熱湯中に20分間浸漬して酵素を失活させた後、3.0mlのアセトンで3回洗浄操作を行った後、沈殿部を回収して風乾し、リゾホスファチジル-L-セリンを得た。
【0034】
実施例4.各種ホスファチジル-L-セリンの脂肪酸鎖の組成
実施例1〜3で得られた各種ホスファチジル-L-セリンの脂肪酸鎖の組成の分析を行った。具体的には、生物化学実験法9脂質分析法入門(藤野康彦著、学会出版センター)に従って、メチルエステル化した試料をキャピラリーGLCにより分析した。結果を以下の表1に示す。尚、表中、「PS」はホスファチジル-L-セリンを、「16:0」はパルミチン酸,「18:0」はステアリン酸,「18:1」はオレイン酸,「18:2」はリノール酸,「18:3」はリノレイン酸を示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1に示すように、ウシ脳から抽出されたホスファチジル-L-セリンの脂肪酸はステアリン酸とオレイン酸が大半を示すのに対して、卵黄レシチンを原料に製造した転移型ホスファチジル-L-セリンではパルミチン酸とオレイン酸が、植物レシチンを原料に製造した転移型ホスファチジル-L-セリンではパルミチン酸とリノール酸が多く、ウシ脳ホスファチジル-L-セリンとはかなり異なっていることが判った。
【0037】
実施例5.経口投与による脳内グルコース濃度上昇効果の試験
(1)投与試料の作成;
大豆レシチンを原料にホスファチジル基転移法により製造したホスファチジル-L-セリン(大豆転移PS)或いは大豆レシチン20mgに対して250mMリン酸緩衝液(pH7.9)を1ml加え、ポッター型ホモゲナイザーで乳化してから超音波で処理(0℃、8分間)した。
【0038】
(2)試料の投与;
乳化物調整後2時間以内に1.0ml/40g(500mgPS/kg)を胃ゾンデを用いてICR系マウス(♂,体重約35g)に対して経口的に投与した。
【0039】
(3)脳の急速冷凍;
投与後所定の時間(30分〜4時間)が経過してから断頭屠殺して、頭部を液体窒素中に落として急速冷凍した。
【0040】
(4)凍結脳の採取;
凍結したマウスの頭部を解剖用ノミで正中線で半分にした後、解剖用ノミで前後、上下の脳以外の組織を取り除いて脳を取り出した。
【0041】
(5)凍結脳からの抽出;
凍結脳の全量を秤量(300〜400mg)後、液体窒素を満たした乳鉢中で粉末化し、100mgに対して0.3N過塩素酸を0.5ml加えて中和し、過塩素酸カリウムの沈殿を遠心除去して上清を凍結保存し、グルコース定量に供した。
【0042】
(6)脳グルコースの定量;
ヘキソキナーゼ法定量キットを用いて凍結脳抽出液のグルコース量を測定した。結果を次の表2に示す。
【0043】
【表2】

a vs b:p<0.05(チューキーの多重比較)
【0044】
表2に示すように、大豆転移型ホスファチジル-L-セリンの経口投与により脳内グルコース濃度は投与後30分で非投与の約4倍に上昇(P<0.05,チューキーの多重比較)し、その後、時間と共に減少し、投与4時間後には非投与のレベルに回復した。
【0045】
実施例6.静脈内投与による脳内グルコース濃度上昇効果の試験
(1)各種リゾホスファチジル-L-セリンの調製;
実施例1或いは実施例2で製造したホスファチジル-L-セリン300mgに酢酸エチルと0.1Mトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)を各1.20ml加えて、レシターゼTM10L(ノボノルディスク社製,11,200U/ml)を0.02ml加えて良く混合し、50℃で14時間反応させた後、遊離した脂肪酸をアセトンで洗浄して除去した。
【0046】
(2)投与試料の調製;
各種リゾホスファチジル-L-セリン2.0mg或いは6.0mgに対して250mMリン酸緩衝液(pH7.9)を1ml加え、ボッター型ホモゲナイザーで乳化してから超音波で処理(0℃、8分間)した。
【0047】
(3)試料の投与;
乳化物調製後2時間以内に1.0ml/40g(30mg PS/kg)をICR系マウス(♂,体重約35g)の尾静脈に投与した。
【0048】
(4)脳の急速凍結
投与後30分に断頭屠殺して、頭部を液体窒素中に落として急速凍結した。
【0049】
(5)凍結脳の採取;
凍結脳からの抽出、及び脳グルコースの定量に関しては実施例5と全く同様に行った。結果を次の表3に示す。
【0050】 【表3】

A vs B vs C:p<0.01(チューキーの多重比較)
【0051】
表3に示すように各種リゾPSはウシ脳リゾホスファチジル-L-セリンと同様にマウスの脳内グルコースを有意に上昇させた。
【0052】
実施例7.スコポラミン誘発記憶障害の改善
各群10頭の雄性ラット(SD系,体重約300g)にスコポラミン溶液(3.0mg/ml緩衝液)及び各種PS溶液(60mg/ml緩衝液)をそれぞれ1.0ml/kgずつ腹腔内に投与し、投与20分後にラット用ステップスルー・ゲージ(室町機械(株))の明室におき、約10秒後に明室と暗室とを仕切るドアを開けてラットが暗室に入った直後に2秒間の電気刺激(4mA,100V,直流)を与えた。そして、投与後24時間後に再びラットを明室におき、四肢が暗室に入るまでの時間(反応潜時)を最大5分間まで計測した。この反応潜時が長いほど、電気刺激を受けた経験を良く記憶していると判断される。
【0053】
【表4】

*:5分以内に暗室に移行した動物数/全動物数
a vs b:p<0.01(マン・ホイットニーのU検定)
A vs B:p<0.01(ノンパラメトリック多重比較)
【0054】
表4に示すように、各種PSはウシ脳PSと同程度にスコポラミン誘発記憶障害の改善効果を有していた。
【0055】
以上のように、ウシ脳から抽出されたホスファチジル-L-セリン以外でも、また静脈注射だけでなく経口投与でも脳機能改善効果があるとの本発明の知見により、
(1)脳機能改善に有効なホスファチジル-L-セリンを経口で摂取できるため、苦痛なく容易に連続摂取が可能となった。
(2)リン脂質分解酵素(ホスホリパーゼD)によりホスファチジル基転移反応を利用して脳機能改善に有効なホスファチジル-L-セリンを安価に、大量に製造できるようになった。
【0056】
【発明の効果】
本発明は以上説明したとおり、ホスファチジル-L-セリンの構成脂肪酸鎖が大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチン由来の転移型ホスファチジル-L-セリンを主成分とするものであるため、脳内グルコース濃度を増加させることができる。従って、投与された被験体の脳機能を改善する効果を有する。
【0057】
また、別の本発明では、ホスファチジル-L-セリンの構成脂肪酸鎖が水素添加された大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチン由来の水素添加型ホスファチジル-L-セリンを主成分とするものであるため、同様に、脳内グルコース濃度を増加させることができる。従って、投与された被験体の脳機能を改善する効果を有する。
【0058】
更に別の本発明では、ホスファチジル-L-セリンの構成脂肪酸鎖が大豆レシチン,菜種レシチン,又は卵黄レシチン由来の転移型ホスファチジル-L-セリン又は水素添加型ホスファチジル-L-セリンの1位又は2位の脂肪酸鎖が切除されたリゾホスファチジル-L-セリンを主成分とするものであるため、同じく、脳内グルコース濃度を増加させることができる。従って、投与された被験体の脳機能を改善する効果を有する。
 
訂正の要旨 訂正の要旨
訂正事項a
明りょうでない記載の釈明を目的として、特許請求の範囲の請求項1〜4の
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」
の記載(4箇所)を
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」
と訂正する。
訂正事項b
明りょうでない記載の釈明を目的として、明細書の[課題を解決するための手段]の欄中の
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDよるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」
の記載(4箇所)を
「…、前記ホスファチジル-L-セリンが、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」
と訂正する。
訂正事項c
明りょうでない記載の釈明を目的として、明細書の[作用]の欄中の
「…、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来し且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成された構成脂肪酸鎖を有すること…」
の記載(3箇所)を
「…、大豆レシチン,菜種レシチン,及び卵黄レシチンからなる群から選ばれた少なくとも1種の原料レシチンに由来した構成脂肪酸鎖を有し、且つホスホリパーゼDによるホスファチジル基転移反応によって生成されたこと…」
と訂正する。
異議決定日 2001-07-23 
出願番号 特願平6-297998
審決分類 P 1 651・ 121- YA (A61K)
P 1 651・ 534- YA (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 岩下 直人  
特許庁審判長 竹林 則幸
特許庁審判官 深津 弘
宮本 和子
登録日 2000-04-07 
登録番号 特許第3053537号(P3053537)
権利者 株式会社ヤクルト本社
発明の名称 脳機能改善剤  
代理人 佐藤 正年  
代理人 佐藤 年哉  
代理人 赤岡 迪夫  
代理人 佐藤 正年  
代理人 佐藤 年哉  

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