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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60R
管理番号 1052776
審判番号 不服2000-6566  
総通号数 27 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1997-12-09 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2000-05-02 
確定日 2002-01-28 
事件の表示 平成 8年特許願第161011号「乗員保護装置の起動制御装置」拒絶査定に対する審判事件[平成 9年12月 9日出願公開、特開平 9-315261]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願の発明
本願は、平成8年5月30日の出願であって、その出願に係る発明は、平成11年11月26日付で手続補正された明細書における、特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項によりそれぞれ特定される次のとおりのものと認める。
【請求項1】「車両に加わる衝撃の大きさに対応した車両衝撃信号に基づいて乗員保護装置の起動を制御する起動制御信号を得る乗員保護装置の起動制御装置であって、
時系列信号である前記車両衝撃信号を直列-並列変換する直列-並列変換手段と、
複数の入力端及び複数の出力端を有し、直列-並列変換した前記車両衝撃信号を前記入力端より並列入力して、複数の演算定数を用いた積和演算を行なって、その演算結果として得られる信号を各出力端からそれぞれ出力する積和演算回路と、
を備え、
該積和演算回路から出力される前記信号から前記起動制御信号を得ると共に、
前記積和演算回路における前記複数の演算定数としては、
(a)予め用意された時系列信号である学習用車両衝撃信号を直列-並列変換し、
(b)複数の積和演算素子を備え、複数の入力端及び複数の出力端を有すると共に、前記複数の積和演算素子の演算定数を調整することが可能な学習用積和演算回路の各入力端に、直列-並列変換した前記学習用車両衝撃信号をそれぞれ並列入力して、前記学習用積和演算回路における前記複数の積和演算素子によりそれぞれ演算定数を用いた積和演算を行ない、
(c)演算結果として前記学習用積和演算回路の各出力端から出力され、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定するための信号及び前記車両が衝突した際の衝突形態を識別するための信号を含む複数の出力信号と、前記学習用車両衝撃信号に対応して、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定するための信号及び前記車両が衝突した際の衝突形態を識別するための信号として理想の信号が出力されるように、予め用意された複数の理想出力信号と、の各誤差がそれぞれ所定の値となるように、前記学習用積和演算回路における前記複数の積和演算素子の演算定数を調整し、
その調整の結果として得られた前記複数の積和演算素子の演算定数を用いる乗員保護装置の起動制御装置。」
【請求項2】「請求項1に記載の乗員保護装置の起動制御装置であって、
前記積和演算回路の各出力端から出力される前記複数の信号のうちの一つの信号は、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定する信号であることを特徴とする乗員保護装置の起動制御装置。」
【請求項3】「請求項1に記載の乗員保護装置の起動制御装置であって、
前記積和演算回路の各出力端から出力される前記複数の信号は、前記車両が衝突した際に、その衝突形態を識別することが可能な信号を含むことを特徴とする乗員保護装置の起動制御装置。」
【請求項4】「請求項1に記載の乗員保護装置の起動制御装置であって、
前記車両衝撃信号は、前記車両に加わる加速度を区間積分して得られる信号であることを特徴とする乗員保護装置の起動制御装置。
【請求項5】「請求項1に記載の乗員保護装置の起動制御装置であって、
前記車両衝撃信号に基づいて、車両衝突であるか悪路走行中であるかを判別するための判別信号を導き出す判別手段と、
前記積和演算回路から出力される前記信号が前記乗員保護装置を起動すべきであることを示し、かつ、前記判別手段により導き出される前記判別信号が車両衝突であることを示している場合に、前記起動制御信号として、前記乗員保護装置を起動する信号を出力する起動制御信号出力手段と、
をさらに備える乗員保護装置の起動制御装置。」

2.引用例とその記載事項の概要
これに対し、原査定の理由において、本願の上記出願前に頒布された刊行物として引用されたものは、次のとおりである。
特開平6-92199号公報(以下、「第1引用例」という。)
実願昭62-126327号(実開昭64-32255号)のマイクロフィルム(以下、「第2引用例」という。)

2.1 上記第1引用例には、「神経回路網による衝突状態予測システム」に関して、第1及び第2図、表2と共に、次のイ〜ルの記載がある。

イ、「本発明は、衝突時の衝突波形を学習入力データとして神経回路網に入力し、学習を済ませた神経回路網を判定回路として利用し、実際の衝突時に適正なタイミングでエアバッグを展開させるための予測を行うものである。」(【0016】)

ロ、「[神経回路網]神経回路網は、脳神経系を構成するニューロネットワークの情報処理メカニズムを模して開発された情報処理システムである。神経回路網はニューロンに相当する多数のプロセッシングエレメント(Processing Elements、以下PEと記す。)が同時に動作する並列処理機能を備えている。・・・PEは図2に示したように多入力-出力素子からなり、...素子の関数演算では、まず複数の入力値xiに対して重み係数wiが乗じられる。そしてその総和(X=Σxi・wi)に対応した所定の伝達関数の出力値f(x)が出力される。...神経回路網の入力側に入力された入力値の他に、出力側に出力された学習希望出力値により学習を行うバックプロパゲーション(Back Propagation、以下BPと記す。)手法が適用されている。・・・希望出力値(教師データ)を入力値(学習データ)にフィードバックする際に、伝達関数の微分係数を各PEの実出力値と希望出力値との差(誤差)に乗じる。そして上述の重み係数wiを次々と更新して希望出力と実際の出力との誤差関数を極小化させる。すなわち、系のエネルギ減少方向に向け、誤差が極小となるようにエネルギー状態を変化させていき、最終的に系が平衡状態になるまで学習を繰り返す。・・・出力層で得られたPEの出力値と希望出力値とが比較される。そのときの誤差を求め、誤差が収束するまで繰り返し計算が行われる。この繰り返し計算を1サイクルとして、入力層に入力するデータを入力データセットの中からランダムに抽出して同様の繰り返し計算が実行される。そしてあらかじめ設定しておいた許容誤差内のしきい値を得たら、そのときの各PEの重み係数を求めて学習を完了させる。本実施例は、TTFを予測するための変位予測回路と、エアバッグ点火ON/OFFデータ識別回路の2系統の神経回路網を備えている。」(【0017】〜【0020】)

ハ、「(変位予測回路の学習計画)上述のBP手法を適用した変位予測回路の学習計画を説明する。
(1)加速度センサからの衝突波形の収集
・・・自動車Cの前部に搭載された加速度センサSFで検知されたアナログ量の衝突波形を・・・ディジタルデータに変換する。そしてこのディジタルデータをサンプリング間隔(Δt)で、サンプリング範囲(ΔT)にわたり衝突波形データとして収集する。・・・」(【0021】)

ニ、「(2)衝突波形データの加工(前処理)
パラレル入力インタフェース21を介して転送入力された衝突波形データを2回積分し、変位データ(dカーブデータ)を求める。本実施例では変位データを求めるのに上述の神経回路網の一部の層を利用している。つまり図1に示したように重み係数wi=1とした2階層分の中間層を積分層2a、2bとして使用している。
パラレル入力インタフェース21により衝突波形データを並列データとして入力層1に入力し、2回積分に相当する繰り返し加算を神経回路網で実行する。これにより積分層2bからの出力値として一連の変位データ列が得られる。・・・」(【0022】)

ホ、「(3)神経回路網の構造
本実施例における神経回路網は図1に示したような階層構造からなる。
入力層1はn個(本実施例ではn=64に設定されている)のPEを横に1列に並べた構造である。さらにこの入力層1の出力側には上述の積分層2a、2bのPEが直列に結合されている。この積分層2a、2bで得られた変位データのPE値は・・・m個(本実施例ではm=300に設定されている)のPEを横に1列に並べた変位予測回路の出力層4に出力される。
さらに入力層1の出力値はそのまま他の隠れ層5にも出力される。そしてこの他の隠れ層5に接続された1個のPEのエアバッグ展開識別回路の出力層6に後述する識別信号が出力される。」(【0023】)

ヘ、「(5)学習の手法、学習データの個数
本実施例では互いに連続性を保持した一連の離散変位データは、神経回路網の入力層のPEの数(n)に等しいデータ数ごとに区分される。
時系列にある一連の離散変位データは連続してn個のシリアルデータ形式で抽出される。そしてn個のデータが1組のデータセットとして取り扱われる。このデータセットはまず並列データに変換され、神経回路網の入力学習データとして入力層のn個のPEにそれぞれ入力される。これと同時に上述のn個の変位データに引き続いて発生するるm個の変位データが並列データに変換され、希望出力データとして出力層に入力される。」(【0027】)

ト、「同表中、○印を付したケースでは、神経回路網の学習のために入力データ、希望出力データをともに採用した。・・・」(【0035】)

チ、「(エアバッグ展開識別回路の学習計画)上述の変位予測回路の神経回路網を用いて学習が完了すると、予測出力データとして搭乗者頭部の5インチ前方変位に相当するスレショルド値が得られた時点が30ms後のT5”を意味している。すなわちスレショルド値到達を認識した現時点がTTFに他ならない。・・・このエアバッグ展開識別回路では、あらかじめエアバッグ展開可否の限界波形に相当する複数の加速度データが学習データとして用いられている。学習はエアバッグ展開限界波形をもとに、その波形のもととなる衝突がエアバッグを作動させるべきレベルに達しているか否かについて行われる。そして変位予測回路で得られるTTF予測とは別に、エアバッグ展開の可否が1、0等の識別信号として出力層6に出力される。この識別信号をもとに衝突波形形状をもとにインフレータ点火のON/OFFを判定できる。したがって、この識別信号と前記変位予測回路の出力TTFとを論理回路22に入力して、両方の信号の論理積を求め、いずれの場合にも点火ONとなる場合にのみエアバッグのインフレータ23に点火指令が出力される。これにより軽度の衝突の場合にはエアバッグが誤動作展開するのを防止することができる。」(【0036】〜【0039】)

リ、「この加速度センサSで検知されたアナログ加速度データはサンプルホールド回路、A-D変換器を備えた信号変換部20でA-D変換され、パラレル入力インターフェイス21を介することで第6図に示したように所定のウィンドウWinを構成する並列データセットに逐次変換される」(【0041】)

ヌ、「ある時点で衝突が起こると、加速度センサSに衝撃加速度データが入力され、信号変換部20、パラレル入力インタフェース21を経て神経回路網にその加速度データが所定のウィンドウWinkに入力される。・・・このときのウィンドウWinkのデータセットの最後の時刻がTTFとして出力される。さらに求められたTTFと前記エアバッグ展開識別回路の識別信号との論理積が論理回路22で求められる。・・・このようにして本実施例では、T5”になる30ms前の時点でT5”を正確に予測でき、そのときのTTFを採用してエアバッグ展開の可否を判断することができる。また、この判断は学習済みデータにより自己組織化された神経回路網により行われる。」(【0042】〜【0043】)

ル、「しかしながら、表2のケースA-10のように要求TTFがエアバッグを点火しないように設定された”OFF条件”であっても、計算上は・・・TTFも以下のように求まる。・・・このような長時間のTTFはエアバッグを展開する必要のない低速時に発生することが多い。・・・ところが、表2のケースB-8のようにTTF=45msの場合でもエアバッグの点火を要するという”ON条件”の要求TTFが設定されている場合もあり、一様に時間的制限を採用することもできない。」(【0037】)

2.2 次に、上記第2引用例には、「悪路走行時のエアバッグ誤爆防止シ ステム」に関して、次の記載がある。

ヲ、「本考案に係る悪路走行時のエアバッグ防爆防止システムは、・・・路面情報を判断装置13に入力し、悪路走行によるエアバッグ14の誤爆を防止するようにしたシステムである。・・・悪路走行によるエアバッグの誤爆を防止することができる。」(第4頁第7行〜第5頁第2行)

3.請求項1の発明と上記第1引用例記載の発明との対比判断
3.1 請求項1の発明(以下、本願発明という)と上記第1引用例の上記記載事項を対比する。

3.1.1 「エアバッグ」と「乗員保護装置」について
「エアバッグ」は、乗員保護装置の1つであるので、第1引用例の「エアバッグ」は、本願発明の「乗員保護装置」に相当する。そして、第1引用例記載の発明は、エアバッグを起動制御するものであることは明らかで、本願発明と実質上、同様に、「乗員保護装置の起動制御装置」を開示するものといえる。

3.1.2 「パラレル入力インターフェース」と「直列-並列変換手段」について
第1引用例の上記ハに記載された「アナログ量の衝突波形」を「ディジタルデータに変換」して、「サンプリング間隔(Δt)でサンプリング範囲(ΔT)にわたり衝突波形データとして収集」されるものは、時系列化した車両衝突波形信号といえるので、本願発明の「時系列信号である前記車両衝撃信号」に相当する。第1引用例の上記リの記載にあるように「パラレル入力インターフェース21」を介してアナログ加速度データが並列データセットに逐次変換されていることから、第1引用例の「パラレル入力インターフェース21」は、「シリアルデータ形式」で抽出されるデータセットを「並列データに変換」するための、「直列-並列変換手段」を含むものとみるべきである。

3.1.3 「神経回路網」と「積和演算回路」について
次に、第1引用例の上記ロ記載の、「神経回路網」が備える「多数のプロセッシングエレメント」は、本願発明の「複数の積和演算素子」に相当しており、神経回路網で行われる「重み係数」を用いた積和演算は、積和演算回路で行われる「演算定数」を用いた「積和演算」を行うことに相当するといえる。したがって、上記「神経回路網」は、本願発明の「積和演算回路」に相当するし、同引用例の上記イで言及されている「学習を済ませ」る前の「神経回路網」は、本願発明でいう「学習用積和演算回路」に相当することになる。そして、神経回路網の「入力層」、「出力層」は、n個又はm個以上の「PEを横に1列に並べた構造」をもつところから本願発明の「複数の入力端及び複数の出力端」に相当する。
また、第1引用例上記ヌの、神経回路網により行われる演算結果として出力される「識別信号」は、「演算結果として得られる信号」であると共に、「積和演算回路から出力される前記信号(演算結果として得られる信号)」といえるし、同じく上記チの、当該「識別信号」が、「TTF」と共に「論理回路22に入力」される結果として出力される、「エアバッグのインフレータ23」の「点火指令」は、エアバッグの「起動制御信号」といえるから、「積和演算回路から出力される前記信号」から「起動制御信号」を得ることについては、本願発明と第1引用例記載の発明との間で相違するところがない。

3.1.4 演算定数に係る本願発明の構成(a)について
第1引用例上記ヘの「(5)学習の手法、学習データの個数」に関する、「時系列にある...n個のシリアルデータ形式で抽出される。そしてn個のデータが一組のデータセットとして取り扱われる。そして、まず並列データに変換」されるという記載は、本願発明(a)でいう、「予め用意された時系列信号である学習用車両衝撃信号を直列-並列変換し」と同義である。

3.1.5 演算定数に係る本願発明の構成(b)について
また、第1引用例記載の「神経回路網」も、本願発明(b)でいう「複数の積和演算素子を備え、複数の入力端及び複数の出力端を有すると共に」、「各入力端に、直列-並列変換した前記学習用車両衝撃信号をそれぞれ並列入力して、前記学習用積和演算回路における前記複数の積和演算素子によりそれぞれ演算定数を用いた積和演算を行な」うものといえることは前述(上記3.1.3)のとおりである。そして、上記ロのとおり、「重み係数wiを次々と更新して」、「誤差関数を極小化」させる「各PEの重み係数を求め」る以上、第1引用例の発明も「複数の積和演算素子の演算定数を調整することが可能」なものであることは自明である。

3.1.6 演算定数に係る本願発明の構成(c)について
更に、第1引用例の上記ロの「入力値(学習データ)」は、同じく上記イで「衝突時の衝突波形を学習入力データとして神経回路網に入力」としているところから、本願発明の「学習用車両衝撃信号」に相当する。そして上記ロの「希望出力値(教師データ)を入力値(学習データ)にフィードバックする際に、・・・重み係数wiを次々と更新して希望出力と実際の出力との誤差関数を極小化させ、・・・最終的に系が平衡状態になるまで学習を繰り返す。そしてあらかじめ設定しておいた許容誤差内のしきい値を得たら、そのときの各PEの重み係数を求めて学習を完了させる」という記載は、本願発明における(c)の構成のうちの、「演算結果として前記学習用積和演算回路の各出力端から出力され、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定するための信号」を含む「複数の出力信号」と、「学習用車両衝撃信号に対応して、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定するための」「予め用意された複数の理想出力信号」との「誤差」が、「所定の値となるように、前記学習用積和演算回路における前記複数の積和演算素子の演算定数を調整」することを意味しているといえる。

3.2 一致点及び相違点
以上の対比の結果からみて、本願発明と第1引用例記載の発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

3.2.1 一致点
「車両に加わる衝撃の大きさに対応した車両衝撃信号に基づいて乗員保護装置の起動を制御する起動制御信号を得る乗員保護装置の起動制御装置であって、
時系列信号である前記車両衝撃信号を直列-並列変換する直列-並列変換手段と、
複数の入力端及び複数の出力端を有し、直列-並列変換した前記車両衝撃信号を前記入力端より並列入力して、複数の演算定数を用いた積和演算を行なって、その演算結果として得られる信号を各出力端からそれぞれ出力する積和演算回路と、
を備え、
該積和演算回路から出力される前記信号から前記起動制御信号を得ると共に、
前記積和演算回路における前記複数の演算定数としては、
(a)予め用意された時系列信号である学習用車両衝撃信号を直列-並列変換し、
(b)複数の積和演算素子を備え、複数の入力端及び複数の出力端を有すると共に、前記複数の積和演算素子の演算定数を調整することが可能な学習用積和演算回路の各入力端に、直列?並列変換した前記学習用車両衝撃信号をそれぞれ並列入力して、前記学習用積和演算回路における前記複数の積和演算素子によりそれぞれ演算定数を用いた積和演算を行ない、
(c')演算結果として前記学習用積和演算回路の各出力端から出力され、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定するための信号、を含む複数の出力信号と、前記学習用車両衝撃信号に対応して、前記乗員保護装置を起動するか否かを決定するための信号として理想の信号が出力されるように、予め用意された複数の理想出力信号と、の各誤差がそれぞれ所定の値となるように、前記学習用積和演算回路における前記複数の積和演算素子の演算定数を調整し、
その調整の結果として得られた前記複数の積和演算素子の演算定数を用いる乗員保護装置の起動制御装置。」である点。

3.2.2 相違点
「積和演算回路の各出力端から出力」される信号と、「理想の信号が出力されるように、予め用意された複数の理想出力信号」との「誤差がそれぞれ所定の値となるように」、「前記複数の積和演算素子の演算定数を調整」するための学習の対象として、本願発明では、「車両が衝突した際の衝突形態を識別するための信号」が含まれ、当該「衝突形態を識別するための信号」による学習の結果として得られた演算定数を用いるとされるのに対し、第1引用例記載の発明では、当該「衝突形態を識別するための信号」を学習の対象とすることと、当該学習の結果として得られた演算定数を用いることについての明確な言及がない点。

4.相違点に関する当審の判断
第1引用例記載の発明における、「TTF」は、上記ヌの記載から明らかなように、エアバッグ展開の可否を判断するための信号の1つとして用いられているが、当該エアバッグ展開の可否の判断に関して、上記ルにおける、「表2のケースA-10のように要求TTFがエアバッグを点火しないように設定された”OFF条件”であっても、計算上は・・・TTFも以下のように求まる。・・・このような長時間のTTFはエアバッグを展開する必要のない低速時に発生することが多い。・・・ところが、表2のケースB-8のようにTTF=45msの場合でもエアバッグの点火を要するという”ON条件”の要求TTFが設定されている場合もあり、一様に時間的制限を採用することもできない」という記載がある。
上記の記載に加えて、第1引用例の表2において、「正面、左側方、右側方、ポール」といった、それぞれの衝突形態に対応して、エアバッグ展開条件を変化させていることが示されている点を勘案すると、第1引用例では、エアバッグ展開の可否を判断するに際しての、車両衝突形態を識別することの重要性が示唆されているといえる。
また、車両衝突の際の、エアバッグ展開可否の判断において、衝突形態を識別する信号をその判断のための1つとして用いることは、原査定の理由でも指摘があるように、従来周知の技術である(例えば、特開平6-32198号公報、特開平6-1199号公報参照。)。
そうすると、第1引用例記載の発明において、エアバッグ展開可否の判断を適確に行えるように、演算定数を調整するための学習の対象として、「車両が衝突した際の衝突形態を識別するための信号」を含めると共に、その調整の結果としての演算定数を用いるようにすることは、格別困難であるとはいえない。
また、本願発明の「衝突形態を示す信号を用いることによって、事前に、積和演算回路46が有効に働くか否かを容易にチェックすることができる。また、車両衝突が生じた際に、上記した衝突形態を示す信号をメモリなどに記憶させることによって、車両衝突後に、どのような衝突形態で車両衝突が起きたかを容易に検証することができる」という作用効果は、第1引用例記載の発明及び上記周知技術から、当業者が容易に予測しうる程度のものである。
したがって、本願発明は、上記第1引用例記載の発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.請求項2〜5の発明についての当審の判断
5.1 請求項2〜4の発明について
請求項2に係る発明で規定される「乗員保護装置を起動するか否かを決定する信号」は、第1引用例で「識別信号」として記載され(上記2.チ、リ参照)、請求項4に係る発明で規定される「車両に加わる加速度を区間積分して得られる信号」は、同じく「パラレル入力インタフェース21を介して転送入力された衝突波形データを2回積分」した、「変位データ(dカーブデータ)」(同ニ参照)として、それぞれ上記第1引用例に記載されている。
また、請求項3に係る発明で規定される「衝突形態を識別することが可能な信号」については、上記4で検討したように、格別のものとはいえないから、請求項2〜4の発明は、いずれも上記第1引用例記載の発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.2 請求項5に係る発明について
第2引用例には、上記ヲで指摘したように、エアバッグの誤爆を防止するために、悪路走行中であることを判別して、車両衝突である場合のみに、乗員保護装置を起動する旨が記載されている。
第1引用例記載の発明と第2引用例記載の発明とは、共に、エアバッグの起動制御に関する技術であり、第1引用例記載の発明において、車両衝突であるか悪路走行中であるかを判別し、車両衝突である場合に、乗員保護装置を起動する事項を付加することは格別困難であるとはいえない。
また、「悪路走行中にエアバッグ装置を起動させる可能性は少ない。」(本願細書【0092】)という請求項5に係る発明の作用効果は、上記第1及び第2引用例記載の発明及び上記周知技術から、当業者が容易に予測しうる程度のものである。
したがって、請求項5に係る発明は、上記第1及び第2引用例記載の発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
6.むすび
以上のとおり、本願各請求項の発明は、いずれも、本願の出願前に頒布された刊行物である上記第1及び第2引用例記載の発明及び上記周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願各請求項の発明については、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-11-12 
結審通知日 2001-11-20 
審決日 2001-12-04 
出願番号 特願平8-161011
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B60R)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 藤井 昇渡邉 洋三澤 哲也  
特許庁審判長 神崎 潔
特許庁審判官 刈間 宏信
大熊 雄治
発明の名称 乗員保護装置の起動制御装置  
代理人 五十嵐 孝雄  
代理人 下出 隆史  

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