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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B05C
管理番号 1056642
異議申立番号 異議2000-73701  
総通号数 29 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2000-08-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-09-28 
確定日 2002-01-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3048145号「塗付装置用超硬合金製塗付工具」の請求項1〜9に係る発明の特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3048145号の請求項1〜7に係る発明の特許を維持する。 
理由 1.本件の経緯
本件特許第3048145号は、平成11年2月15日に出願され、平成12年3月24日に設定登録されたものであり、その後、森田繁太郎から特許異議の申立がなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成13年10月30日に訂正請求がなされたものである。

2.設定登録時の本件発明
設定登録時の本件発明は、本件特許公報に掲載された本件明細書の特許請求の範囲に記載された次のものである。
[請求項1]塗付装置に具備されて被塗付物体の表面に塗付膜が塗付されるように設計された塗付工具であって、該塗付工具は、該塗付膜を塗付させるための塗付先端部を備えており、該塗付工具の少なくとも該塗付先端部が超硬合金からなり、該超硬合金は、コバルトを主成分とする結合相を2〜16重量%と、残部の炭化タングステンを主成分とする硬質相とを含有しており、該超硬合金は、硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0(HRA)以上〜94.0(HRA)以下からなり、該硬さをX(単位:HRA)と表し、該超硬合金の保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、該保磁力が60X-5100≧Y≧50X-4320の範囲を満足する塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項2]上記塗付先端部は、塗付液が流出される流出口がスリット状に形成されている請求項1に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項3]上記超硬合金は、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の少なくとも1種を、該超硬合金全体に対して0.05〜2重量%含有している請求項1または2に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項4]上記結合相は、該結合相中の75重量%以上がコバルトであり、残部がタングステン、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の1種以上を含有しており、かつ上記超硬合金全体に対する含有量が3〜12重量%でなる請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項5]上記硬質相は、実質的に炭化タングステンからなる請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項6]上記硬質相は、該硬質相中の98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有する請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項7]上記立方晶構造化合物は、平均粒径が1μm以下でなる請求項6に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項8]上記炭化タングステンは、平均粒径が1.5μm以下でなり、かつ90%以上が平均粒径±0.5μmの範囲にある均一粒径からなる請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項9]上記塗付工具は、磁気記録媒体の被膜作製に用いられる請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。

3.特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、甲第1号証(特開平10-15460号公報)、甲第2号証(特開平10-57869号公報)、甲第3号証(特開昭57-84771号公報)、甲第4号証(特開平2-265673号公報)、甲第5号証(特許第3029106号公報)、甲第6号証(「World Directory and Handbook of HARDMETALS and HARD MATERIALS、第6版」、INTERNATIONAL CARBIDE DATA発行、Copyright1975〜1996、HANDBOOKpage97,DIRECTORYpageD11、D15、D63,D64,D78,D79,D122,D123,D163,D164,D190,D212,D213,D219,D529)、及び、甲第7号証(特開平6-114316号公報)を提出して、本件請求項1〜9に係る発明は、甲第1〜7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである旨、主張する。

4.訂正請求の適否
4-1.訂正事項
(イ)本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の「硬質相とを含有しており、」と「該超硬合金は、」の間に、「該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、」を挿入する。
(ロ)本件明細書の特許請求の範囲の請求項5及び6を削除する。
(ハ)請求項7〜9の請求項番号を二つづつ繰り上げ、また、請求項7(訂正後の請求項5)、請求項8(訂正後の請求項6)、及び請求項9(訂正後の請求項7)における、「請求項6に記載の」、「請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の」及び「請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の」を、「請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の」、「請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の」、「請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の」と、それぞれ、訂正する。
(ニ)本件明細書の特許請求の範囲の請求項8(訂正後の請求項6)中の「上記炭化タングステンは、平均粒径が1.5μm以下でなり、」を、「上記炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下でなり、」と訂正する。
(ホ)本件明細書の段落[0009]の「不可避不純物からなり、」と「該超硬合金は、」の間に、「該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、」を挿入する。
(ヘ)本件明細書の[0021]、[0022]、[0023]及び[0024]の各段落中に記載されている、「本発明品1〜7」を、それぞれ、「本発明品1〜5」と訂正する。
(ト)本件明細書の段落[0027]の表1、段落[0028]の表2、及び、段落[0029]の表3における、本発明品6の行と本発明品7の行の記載を削除する。
(チ)本件明細書の段落[0028]の表2における、「500〜355」(本発明品1)、「350〜230」(本発明品4)、及び、「180〜80」(比較品3)を、それぞれ、「510〜355」、「360〜230」、及び、「210〜105」と訂正する。

4-2.訂正の目的について
上記(イ)の訂正は、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1において、硬質相につき、「実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有する」と、その成分、又は、成分と結晶構造を規定し、硬質相の規定を下位概念のものに限定するものであり、また、炭化タングステンにつき、「平均粒径が1.1μm以下である」と、その平均粒径を規定し、炭化タングステンの規定を下位概念のものに限定するものであって、いずれのものも、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
上記(ロ)の訂正は、特許請求の範囲の請求項5及び6を削除するものであって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
上記(ハ)の訂正は、特許請求の範囲の請求項5及び6を削除したことに伴って、請求項の表示番号を整合し、又は、請求項の記載本文において引用する請求項の番号を整合させるものであり、いずれのものも、特許請求の範囲の明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
上記(ニ)の訂正は、炭化タングステンにつき、「平均粒径が1.1μm以下である」と、炭化タングステンの平均粒径の規定を、その範囲内で更に限定するものであって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
上記(ホ)〜(ト)の訂正は、上記(イ)及び(ニ)の訂正により、発明を特定する事項が限定されることになったことに伴って、発明の詳細な説明の記載を整合させるものであって、発明の詳細な説明の明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
上記(チ)の訂正は、段落[0028]の表2中の硬さ(HRA)と、保磁力Yに関する60X-5100≧Y≧50X-4320という計算式とからみて、明らかに誤っている「硬さからの許容範囲」の数値を、その計算式により求められる値に是正するものであって、誤記の訂正を目的とするものに該当する。

4-3.新規事項、拡張・変更について
上記(イ)、(ニ)及び(ホ)の訂正中、硬質相の成分及び結晶構造に関する訂正は、訂正前の本件明細書の特許請求の範囲の請求項5及び6等に基づくものであり、また、炭化タングステンの平均粒径の数値については、訂正前の本件明細書の特許請求の範囲の請求項8、及び、訂正前の段落[0028]の表2における平均粒径の数値(1.1μm)の記載等に基づくものであるから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものである。
また、上記(ロ)、(ハ)、及び、(ヘ)〜(チ)の訂正は、発明を特定する事項が限定されることになったことに伴って、発明の詳細な説明の記載を整合させるものであり、又は、誤記を訂正させるだけのものであって、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであることは明らかである。
そして、上記(イ)〜(チ)の訂正は、その内容からみて、実質上特許請求の範囲を拡張したり変更したりするものではないことは明らかである。

4-4.訂正請求の結論
以上のとおり、上記訂正は、特許法第120条の4の第2項の第1号、第2号、又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、また、同条第3項で準用する同法第126条第2項及び第3項の規定に適合するものであるから、当該訂正は認める。

5.訂正後の本件発明
本件請求項1〜7に係る発明は、平成13年10月30日付け訂正請求により訂正された明細書の、特許請求の範囲の請求項1〜7に記載された次のとおりのものである。
[請求項1]塗付装置に具備されて被塗付物体の表面に塗付膜が塗付されるように設計された塗付工具であって、該塗付工具は、該塗付膜を塗付させるための塗付先端部を備えており、該塗付工具の少なくとも該塗付先端部が超硬合金からなり、該超硬合金は、コバルトを主成分とする結合相を2〜16重量%と、残部の炭化タングステンを主成分とする硬質相とを含有しており、該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、該超硬合金は、硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0(HRA)以上〜94.0(HRA)以下からなり、該硬さをX(単位:HRA)と表し、該超硬合金の保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、該保磁力が60X-5100≧Y≧50X-4320の範囲を満足する塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項2]上記塗付先端部は、塗付液が流出される流出口がスリット状に形成されている請求項1に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項3]上記超硬合金は、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の少なくとも1種を、該超硬合金全体に対して0.05〜2重量%含有している請求項1または2に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項4]上記結合相は、該結合相中の75重量%以上がコバルトであり、残部がタングステン、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の1種以上を含有しており、かつ上記超硬合金全体に対する含有量が3〜12重量%でなる請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項5]上記立方晶構造化合物は、平均粒径が1μm以下でなる請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項6]上記炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下でなり、かつ90%以上が平均粒径±0.5μmの範囲にある均一粒径からなる請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
[請求項7]上記塗付工具は、磁気記録媒体の被膜作製に用いられる請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。

6.特許異議申立人の主張についての検討
以下、訂正後の明細書に記載される本件請求項1〜7に係る発明に対する主張として検討することとする。
(請求項1について)
甲第1号証(特開平10-15460号公報)には、「塗付装置に具備されて被塗付物体の表面に塗付膜が塗付されるように設計された塗付ダイにおいて、該塗付ダイは、該塗付膜が塗付されるためのスロット先端部を備えており、該塗布ダイの少なくとも該スロット先端部は、Coおよび/またはNiを主成分とする結合相:3〜15重量%と、WとCoおよび/またはNiと炭素とを含む複合化合物でなる分散相:5〜50重量%と、残部が炭化タングステンと不可避不純物からなり、該結合相は、該結合相全体に対し、Wを5〜25重量%固溶していることを特徴とする塗付装置用硬質焼結合金の塗付ダイ。」(特許請求の範囲の請求項1)に関する発明が記載されており、また、その段落[0011]には、「これらの結合相および分散相の他に、必要に応じて含有することができる本発明の塗付ダイを構成している硬質相は、周期律表の4a、5a、6a属元素の炭化物、炭窒化物、窒化物およびこれらの相互固溶体の中の1種以上からなる結晶構造が立方晶系化合物でなり、」と記載されており、さらに、その表5にはそこでの発明品1〜7及び比較品1〜5の硬質焼結合金の抗折力(MPa)および硬さ(HRA)等を試験したことが示されている。
しかし、甲第1号証に記載された発明における硬質焼結合金は、炭化タングステンや立方晶系化合物の他に、WとCoおよび/またはNiと炭素とを含む複合化合物でなる分散相を含む点で、本件請求項1に係る発明における超硬合金と組成が相違しており、しかも、甲第1号証には、その硬質焼結合金の保磁力について示すところはない。
甲第2号証(特開平10-57869号公報)には、「塗付装置に具備されて被塗付物体の表面に塗付膜が塗付されるように設計された塗付ダイにおいて、該塗付ダイは、該塗付膜が塗付されるためのスロット先端部を備えており、該塗布ダイの少なくとも該スロット先端部は、Coおよび/またはNiとWとを主成分とする結合相:3〜15重量%と、WとCoおよび/またはNiと炭素とを含む複合化合物でなる分散相:5〜50重量%と、残部が炭化タングステンと不可避不純物からなることを特徴とする塗付装置用硬質焼結合金製塗付ダイ。」(特許請求の範囲の請求項1)に関する発明が記載されており、また、その段落[0011]には、「これらの結合相および分散相の他に、必要に応じて含有することができる本発明の塗付ダイを構成している硬質相は、周期律表の4a、5a、6a属元素の炭化物、炭窒化物、窒化物およびこれらの相互固溶体の中の1種以上からなる結晶構造が立方晶系化合物でなり、」と記載されており、さらに、その表5にはそこでの発明品1〜7および比較品1〜5の硬質焼結合金の抗折力(MPa)及び硬さ(HRA)等を試験したことが示されている。
しかし、甲第2号証に記載された発明における硬質焼結合金は、炭化タングステンや立方晶系化合物の他に、WとCoおよび/またはNiと炭素とを含む複合化合物でなる分散相を含む点で、本件請求項1に係る発明における超硬合金と組成が相違しており、しかも、甲第2号証には、硬質焼結合金の保磁力について示すところはない。
甲第3号証(特開昭57-84771号公報)には、「所定の走行経路に沿って連続的に移動している可撓性帯状支持体の表面に近接せしめたスロット先端部から、塗布液を連続的に押出して前記支持体の表面に前記塗布液を塗着するとゝもに、前記スロット先端部に隣接するドクターエッジにより前記塗着液を所望する厚さにメタリングするエクストルージョン型塗布装置において、前記ドクターエッジが、三角状の断面形状をもって前記支持体の表面に向け突出するドクター面を有して成り、前記ドクター面が前記支持体を略三角形状に屈曲せしめるように近接して、前記塗着液のメタリングを行うことを特徴とする塗布装置。」(特許請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、その[実施例]の欄には、ドクターエッジ部材質としてSUS-27及び超硬合金が使用されたこと、並びに、該超硬合金がロックウェルAスケールで硬度が88度以上である旨(第6頁右上欄6〜9行)が示されている。
しかし、甲第3号証には、硬質焼結合金の具体的な組成が記載されていないし、しかも、その保磁力についても示すところはない。
甲第4号証(特開平2-265673号公報)には、「連続的に走行する可撓性支持体表面に塗布ヘッドのスロット先端部を近接させながら塗布液を塗布する塗布装置において、前記塗布ヘッドは少なくともそのスロット先端部が平均粒径5μm以下の炭化物結晶を結合してなる超硬合金により構成されていることを特徴とする塗布装置。」(特許請求の範囲)に関する発明が記載されており、その第3頁右上欄第3〜17行には、「即ち、本発明の塗布ヘッドは、その平均粒径が5μm以下のWC結晶をCo等の結合金属によって結合した超硬合金により構成される。そこで、該塗布ヘッドを所望の形状に切削加工した後、ダイヤモンド等の研磨砥石により前記塗布ヘッドのドクターエッジ部及びバックエッジ部表面を精密に研磨し、前記結合金属によって結合されている前記WC結晶が削ぎ落とされたとしても、前記ドクターエッジ部及びバックエッジ部表面のWC結晶が抜け落ちた跡であるヌケは小さくなるので、前記塗布ヘッド先端の欠けも小さく少なくなる。ここで、好ましいWC結晶の平均粒径としては、粒径3μm以下、更に好ましくは粒径1.5μm以下のWC結晶からなる超硬合金を用いることが望ましい。」と記載されているものの、甲第4号証には、超硬合金の硬度および保持力について示すところはない。
甲第6号証(「World Directory and Handbook of HARDMETALS and HARD MATERIALS、第6版」、INTERNATIONAL CARBIDE DATA発行、Copyright1975〜1996、HANDBOOKpage97,DIRECTORYpageD11、D15、D63,D64,D78,D79,D122,D123,D163,D164,D190,D212,D213,D219,D529)には、
「報告されたロックウェルHRAとビッカースHV硬度値の対照」(HANDBOOKpage97のFig.6.12のグラフを参照)、及び、A/mとOe(エルステッド)等の換算係数(DIRECTORYpageD529を参照)が示されており、また、Barton Carbide Tooling Ltd.を始めとして各社の炭化物焼結体の組成や硬度(HV)および保磁力(KA/m)等の基礎的データ(DIRECTORYpageD11〜D219を参照)が示されていて、上記のグラフ及び換算係数を用いて計算してみると、前述の各社の炭化物焼結体の内のあるものは、本件請求項1でいうところの超硬合金の組成の規定、炭化タングステンの平均粒径の規定、そして、硬さX(HRA)と保磁力(エルステッド)の規定を満たすものがあることが解る(特許異議申立書に添付された別表第1〜3頁や平成13年10月30日付け意見書第7〜12頁の表1〜9を参照)。
しかしながら、甲第6号証は、塗布工具の用途への適用については、示唆するものは何もなく、本件請求項1でいうところの超硬合金の組成の規定、炭化タングステンの平均粒径の規定、そして、硬さX(HRA)と保磁力(エルステッド)の規定を満たす炭化物焼結体が、塗布工具として好適であることを示すものではない。
甲第7号証(特開平6-114316号公報)には、「連続的に走行する可撓性支持体の表面に塗布液が塗布されると共に、該支持体に塗布される塗布液の塗布量が金属エッジで規制されるようにした塗布装置において、前記金属エッジは、コバルトの他に0.5〜1.0%のクロムが結合金属として含まれている超硬合金からなることを特徴とする塗布装置。」(特許請求の範囲の請求項1)に関する発明が記載され、また、その第3図には塗布先端部に塗布液が流出される流出口をスリット状に形成した塗布工具が示されるが、甲第7号証には、超硬合金の硬度および保持力等について示すところはない。
なお、甲第5号証(特許第3029106号公報)は、本件出願前に頒布された刊行物には該当せず、したがって、本件請求項1に係る発明の進歩性を否定する証拠にはなり得ないものである。

そして、本件請求項1でいう「該超硬合金は、コバルトを主成分とする結合相を2〜16重量%と、残部の炭化タングステンを主成分とする硬質相とを含有しており、該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上の炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、」という超硬合金の組成の規定については、本件明細書の段落[0013]〜[0015]で詳しくその意義が記載されているところであり、
また、本件請求項1でいう「該超硬合金は、硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0(HRA)以上〜94.0(HRA)以下からなり、該硬さをX(単位:HRA)と表し、該超硬合金の保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、該保磁力が60X-5100≧Y≧50X-4320の範囲を満足する」という規定については、本件明細書の段落[0017]で、
「以上のような組成成分で構成されている超硬合金からなる本発明の塗付工具は、合金特性としての硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0HRA未満になると耐摩耗性の低下が著しく、逆に94.0HRAを越えて高くなるとエッジ部分に微小損傷が生じ易くなること、および製造方法が困難になることから、90.0〜94.0HRAと定めたものである。また、この硬さをX(単位:HRA)と表し、本発明の塗付工具における保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、保磁力(Y)が60X-5100≧Y≧50X-4320の式から外れる範囲、すなわちY>60X-5100の範囲になると、炭化タングステンの粒度分布が不均一になる傾向になること、結合相中の不純物が多く含有される傾向になることから、強度および靱性の低下が顕著となり、エッジ部分の微小損傷が発生し易くなる。逆に、Y<50X-4320の範囲になると、耐摩耗性および耐腐食性の低下が顕著となり、エッジ部分の変形損傷が進行し易くなる。」と説明されていて、その理由の概略が記載されており、また、本件明細書の段落[0021]〜[0029]における[実施試験]によれば、前記硬さと保持力の規定を満たすところの本発明品1〜5が前記規定を満たさない比較品1〜4に比べて、浸漬腐食性及び摩擦摩耗性に優れていることが示されているものであり、そして、炭化タングステンの平均粒径が1.1μm以下という規定を満たす場合においては、その効果が一層顕著なものとなることが訂正前の同段落の記載からみて明らかなことである。

なお、
(1)平成13年10月30日付意見書に添付された東芝タンガロイ株式会社技術本部の児玉浩亨氏が作成した実験成績証明書によれば、Y≦60X-5100、Y≧50X-4320という不等式を導いた理由およびその根拠となった実験1〜3が示されており、特に、その実験3によれば、超硬合金中のWCの粒度分布が広くなる場合及びCoの分布が不均一になる場合は、硬さは少ししか低下しないが、保磁力が大きく低下し、それと共に、浸漬腐蝕試験および摩擦摩耗試験の結果が悪くなるということが分かるものであるから、塗布工具の特性を表すファクターとして硬さと保磁力との関係式を採用することの技術的意義は理解し得るものであり、また、その実験3の結果から、塗布工具の特性は、甲第4号証でいうように単純にWC結晶の平均粒径に依存するだけでないことが解るものである。
(2)特許異議申立人は、「超硬合金が、コバルトを主成分とする結合相を2〜16重量%と炭化タングステンを主成分とする硬質層からなり、該超硬合金の硬度がロックウェル硬度のAスケールで90.0〜94.0」であれば、その超硬合金の保持力は、本件請求項1の規定ないしは甲第5号証の発明の規定を通常満たすものである旨、主張するが、上記実験成績証明書の実験3によれば、超硬合金の保持力は、該超硬合金中のWCの粒度分布及びCoの分布に大きく依存することが明らかであって、特許異議申立人のいうように構成成分と硬度とのみに依存するものではなく、したがって、この主張は当を得ないものである。

そうすると、本件請求項1に係る発明においては、塗布装置用超硬合金製塗布工具について、Y≦60X-5100、Y≧50X-4320という保持力と硬さとの関係の規定を採択することにより、浸漬腐蝕性、摩擦摩耗性等の性能が悪いものを排除し、塗布工具として特性が良好なものを選択することができたものであると認められ、したがって、保磁力についての記載がない甲第1〜4号証及び甲第7号証と、及び、塗布工具としての用途を示すものではない甲第6号証との記載を総合したところで、「硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0(HRA)以上〜94.0(HRA)以下で、かつ、硬さをX(単位:HRA)と表し、超硬合金の保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、保持力が60X-5100≧Y≧50X-4320の範囲を満足する」ところの超硬合金を、塗布装置用塗布工具に用いると好適であることが容易に導き出せるものではないから、本件請求項1に係る発明は、甲第1〜4号証、甲第6号証、及び甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(請求項2〜7について)
また、本件請求項2〜7に係る発明は、本件請求項1を引用し、その構成の全てを具備するものであり、したがって、請求項1に係る発明について説示したり上記理由と同じ理由により、本件請求項2〜6に係る発明は、甲第1〜4号証、甲第6号証、及び甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7.結び
以上のとおりであるから、平成13年10月30日付け訂正は認める。
そして、本件請求項1〜7に係る特許は、特許異議の申立の理由および証拠によっては取り消すことができない。
また、他に、本件請求項1〜7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
塗付装置用超硬合金製塗付工具
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】塗付装置に具備されて被塗付物体の表面に塗付膜が塗付されるように設計された塗付工具であって、該塗付工具は、該塗付膜を塗付させるための塗付先端部を備えており、該塗付工具の少なくとも該塗付先端部が超硬合金からなり、該超硬合金は、コバルトを主成分とする結合相を2〜16重量%と、残部の炭化タングステンを主成分とする硬質相とを含有しており、該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a,5a,6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、該超硬合金は、硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0(HRA)以上〜94.0(HRA)以下からなり、該硬さをX(単位:HRA)と表し、該超硬合金の保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、該保磁力が60Xー5100≧Y≧50Xー4320の範囲を満足する塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【請求項2】上記塗付先端部は、塗付液が流出される流出口がスリット状に形成されている請求項1に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【請求項3】上記超硬合金は、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の少なくとも1種を、該超硬合金全体に対して0.05〜2重量%含有している請求項1または2に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【請求項4】上記結合相は、該結合相中の75重量%以上がコバルトであり、残部がタングステン、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の1種以上を含有しており、かつ上記超硬合金全体に対する含有量が3〜12重量%でなる請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【請求項5】上記立方晶構造化合物は、平均粒径が1μm以下でなる請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【請求項6】上記炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下でなり、かつ90%以上が平均粒径±0.5μmの範囲にある均一粒径からなる請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【請求項7】上記塗付工具は、磁気記録媒体の被膜作製に用いられる請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の塗付装置用超硬合金製塗付工具。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、プラスチック,紙,金属箔,金属板,ガラスなどの支持体に代表される被塗付物体の表面に、無機物質と有機物質との混在した液状物質でなる塗付液を塗付するための塗付装置に設置されて、塗付液が排出されるノズル、またはダイコーター,コーターダイ,ドクターエッジと呼称されている塗付工具に代表される超硬合金製塗付工具に関し、特に紙またはプラスチックなどのフイルム,デイスク,シート,テープ,ドラム状の被塗付物体の表面に、フエライトなどの磁性粒子を含む溶液,ハロゲン化銀などの写真感光材の粒子を含む溶液,コピー紙などの紙の表面に被覆される溶液に代表される塗付液を塗付し、塗付膜を形成するための装置に具備され、塗付膜が塗付されるような構造に形成されてなる塗付装置用超硬合金製塗付工具に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来から被塗付物体の表面に感熱性膜、導電性膜、低反射導電膜、紫外線防止膜、電磁波防止膜、保護膜または磁性膜に代表される各種の被膜を被覆することが行われている。これらの中でも、ビデオ用,オーディオ用のフイルム,デイスク,シート,テープ,ドラムに代表される磁気記録媒体は、プラスチックなどの被塗付物体の表面に磁性粒子を含む塗付膜を塗付するために各種方式でなる塗付装置が用いられている。これらの塗付装置に設置されて、塗付膜となるための塗付液が流出されるような構造に形成された塗付工具がある。ここでは、ダイコーター,コーターダイまたはドクターエッジと呼称されている塗付工具を代表例として、以下に説明する。
【0003】
この塗付工具のうち、主として塗付先端部により、塗付液の流出量を調整および制御しながら、連続的に走行する被塗付物体に塗付液を均一な厚さで塗付させる塗付工具がある。この塗付工具の塗付先端部は、形状精度,面精度,刃こぼれのないシャープエッジが要求されると同時に、塗付液中の無機物質でなる硬質分散粒子による摩耗と樹脂,溶媒などの各種添加剤による腐食が著しいため、耐摩耗性,耐食性,潤滑性の向上が望まれている。
【0004】
そこで近年では、塗付先端部に超硬合金を使用すること、またはそれに関連した提案が行われている。しかしながら、従来の超硬合金を塗付先端部に採用した場合においても、開発当初に対して高速塗付化への移行と、樹脂,溶媒などの各種添加剤および硬質分散粒子の変遷がなされていること、さらには被膜を積層に被覆するという被膜構成の変遷に伴って、複数のスリットを有する構成、または一工程で複数の塗付工具が使用される構成になってきていることから、耐摩耗性,耐腐食性とも満足できなく、短寿命であるという問題がある。この問題を改善しようとして提案されている代表的なものに、特開昭57ー84771号公報,特開平2ー265673号公報,特開平2ー265674号公報および特開平6ー114316号公報がある。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
塗付工具に超硬合金を適用した先行技術のうち、特開昭57ー84771号公報には、ロックウェルAスケールで88以上の硬さを有する超硬合金をドクターエッジ(塗付先端部に相当する部分)でなる塗付工具を具備した塗付装置が開示されている。また、特開平2ー265674号公報には、Co含有量が15重量%以下で、硬さが83HRA〜89HRAである超硬合金をドクターエッジとする塗付工具を具備した塗付装置が開示されている。これら両公報に開示の超硬合金を塗付先端部に使用すると、従来の鋼製塗付先端部に対比して耐摩耗性および耐腐食性が改善されるものの、塗付速度,塗付液の変遷による影響と、特に塗付液中に磁性粉末、硬質セラミックス粉末、ダイヤモンドライクカーボンなどの高硬質物質を含有している場合には、塗付先端部から塗付液が流出されるときに、塗付液中の高硬質物質によるアブレーション摩耗と脂肪酸や硫黄含有有機物などによる腐食摩耗とにより、塗付先端部に微小損傷が生じ、その結果被塗付物体に被覆される被膜表面の平滑度が低下し、実用不可能になるという問題がある。
【0006】
本発明の先行技術として挙げた特開平2ー265673号公報には、平均粒径1.5μm以下のWCとCoからなる超硬合金、またはこれらに必要に応じて平均粒径5μm以下のTi,Ta,Nbの炭化物が添加された超硬合金製のドクターエッジを具備した塗付装置について開示されている。同公報に開示の超硬合金は、面精度,刃立性などの点で良好なものの、耐腐食性が満足されず、かつ上述と同様に被塗付物体や塗付液との滑り性(潤滑性)が劣り、短寿命になるという問題がある。さらに、特開平6ー114316号公報には、Coに0.5〜1.0%のCrを含有させた結合相でなる超硬合金のドクターエッジを具備した塗付装置が開示されている。同公報に開示の耐腐食性の超硬合金は、CoにCrを添加した結合相により耐腐食性が改善されているものの、腐食と摩擦摩耗およびアブレーション摩耗との相乗作用から短寿命になるという問題がある。
【0007】
本発明は、上述のような問題点を解決したもので、具体的には、炭化タングステンの粒度分布を均一にして、炭化タングステンと結合相とを均一分散および均一混在させることにより、結合相分布のむらをなくし、強度、硬さ、靱性、耐摩耗性、潤滑性を高めるとともに、さらに必要に応じて結合相中にNi,Cr,V,Cr3C2,VCの中の少なくとも1種を固溶させることにより、耐腐食性,耐摩耗性および潤滑性を大幅に向上させて、被塗付物体上に形成される被膜表面の面精度を高め、被膜表面に生じるスジ状の欠陥を極力抑制し、長寿命を達成させた塗付装置用超硬合金製塗付工具の提供を目的とするものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、塗付装置に具備される超硬合金製塗付工具について、寿命延長を検討していたところ、炭化タングステンを主成分とする硬質相と結合相とでなる超硬合金における硬質相の粒度分布を均一にすること、特に炭化タングステンの粒径を微細にし、かつその粒度分布を均一とし、硬質相と結合相とを均一分散および均一混在させると、硬質相と結合相との分布むらがなくなり、塗付液中の樹脂や有機溶液などに対する耐腐食性が向上すること、硬質相の粒度分布、特に炭化タングステンの粒径および粒度分布は、ほぼ超硬合金の保磁力に影響されること、炭化タングステンの粒度分布と粒径は、結合相量などを考慮した場合に超硬合金の保磁力と硬さの関係として換算されること、超硬合金の保磁力と硬さとの値を一定に保つと、強度、硬さ、靱性、耐摩耗性、潤滑性を高めることができて、その目的が達成されるという知見を得て、本発明を完成するに至ったものである。
【0009】
すなわち、本発明の塗付装置用超硬合金製塗付工具は、塗付装置に具備されて被塗付物体の表面に塗付膜が塗付されるように設計された塗付工具であって、該塗付工具は、該塗付膜を塗付させるための塗付先端部を備えており、該塗付工具の少なくとも該塗付先端部が超硬合金からなり、該超硬合金は、コバルトを主成分とする結合相を2〜16重量%と、残部が炭化タングステンを主成分とする硬質相と不可避不純物からなり、該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a,5a,6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、該超硬合金は、硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0(HRA)以上〜94.0(HRA)以下からなり、該硬さをX(単位:HRA)と表し、該超硬合金の保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、該保磁力(Y)が60Xー5100≧Y≧50Xー4320の式を満足する範囲にあるものである。
【0010】
【発明の実施の態様】
本発明の塗付工具が設置される塗付装置は、ブラウン管パネルなどのガラス表面を塗付するための塗付装置、オーデイオ装置、ビデオ装置、コンピュータ装置などに付随する磁気記録に用いられるフイルム,デイスク,シート,テープ,ドラムなどの表面に磁性膜が被覆されてなる磁気記録媒体を作製するための塗付装置,またはファクス用紙,コピ用紙、写真フイルムなどの表面を塗付するための塗付装置などであり、無機物質と有機物質とを含有する塗付液が塗付される装置ならば特に制限されるものではない。
【0011】
この塗付装置に具備される本発明の塗付工具は、少なくとも塗付先端部を備えており、この塗付先端部の形状としては塗付液が流出される状態に形成されておればよく、具体的には塗付液の流出する側の端面に孔状の流出口が少なくとも1個形成されて、噴霧状に塗付液を流出させることが可能になっている場合、または同端面にスリット状の流出口が形成されて、線状〜面状に塗付液を流出させることが可能になっている場合を代表例として挙げることができる。このうち、塗付先端部は、塗付液の流出する側の端面にスリット状の塗付液流出口が形成されていると、磁気記録媒体などのテープ状の被塗付物体を作製することが容易になり、好ましいことである。磁気記録媒体を作製するための塗付装置に具備される塗付工具の場合には、このスリット状の塗付液流出口は、目的とする被膜厚さにより調整する必要があり、特に、10μm〜1mmのスリット幅であることが好ましいことである。
【0012】
この塗付先端部を構成している超硬合金は、クロム、バナジウム、炭化クロム、炭化バナジウムの中の少なくとも1種を、超硬合金全体に対し,0.05〜2重量%含有している場合には、製造工程における炭化タングステンの粒成長の抑制効果と、実用時における樹脂、高級脂肪酸などの腐食促進物質に対する耐腐食性効果の向上が顕著になることから好ましいことである。
【0013】
この超硬合金は、実質的には結合相と硬質相とで構成されており、このうち結合相は、具体的には、例えばCo,Ni,Co-Ni,Co-Cr,Co-CrーC,Co-V,Co-VーC,Co-Cr-V,Co-W,Ni-Cr,NiーCr-V,Ni-W,Co-Ni-Cr,Co-NiーW,Co-W-M,Ni-W-MまたはCo-Ni-W-M(但し、MはCr,Mo,Vの2種以上の元素を表わす)の中の1種からなる組成成分を代表例として挙げることができる。これらの結合相のうち、結合相に対して75重量%以上のCoと、残部がCr,Cr-C,Mo,V,V-C,Wの1種以上の固溶元素を25重量%以下固溶した結合相の場合には硬質相の粒径および粒度分布の調整が容易であることから好ましく、特にCrの固溶した結合相でなる場合には合金の耐腐食性、耐摩耗性に優れることから好ましい。この結合相量は、合金全体に対して2重量%未満になると、強度・靱性が低下して研削加工が困難となり、また巣孔残留による硬さの低下と加工面精度の劣化を引起こし、逆に16重量%を超え多くなると硬さ低下による耐摩耗性劣化が顕著となるために、2〜16重量%と定めたものである。この結合相量は、耐アブレーション摩耗性、耐腐食摩耗性、耐摩擦摩耗性、およびエッジの耐微小損傷性から、特に、超硬合金全体に対し3〜12重量%含有していることが好ましいことである。
【0014】
この結合相の他に、本発明の塗付工具としての超硬合金を構成している硬質相は、実質的に炭化タングステンのみからなる場合、または主成分の炭化タングステンと、その他周期律表の4a,5a,6a族金属の炭化物、窒化物、炭酸化物、窒酸化物およびこれらの相互固溶体の中の少なくとも1種の立方晶構造化合物とでなる硬質相からなる場合を挙げることができる。これらのうち、実質的に炭化タングステンのみからなる硬質相の場合には、靱性および強度に優れることから好ましく、硬質相に対して炭化タングステンを98重量%以上と、周期律表の4a,5a,6a族金属の炭化物、窒化物、炭酸化物、窒酸化物およびこれらの相互固溶体の中の少なくとも1種の立方晶構造化合物とでなる硬質相からなる場合には、炭化タングステンの粒径調整が容易になること、硬度および耐摩耗性を高める傾向になることから好ましいことである。
【0015】
これらの硬質相のうち、立方晶構造化合物の硬質相は、結晶学的に立方晶構造からなる化合物であり、具体的には、例えばTiC,ZrC,HfC,TaC,NbC,VC,(W,Ti)C,(W,Ti,Ta)C,(W,Ti,Ta,Nb)C,Ti(C,N),Zr(C,N),(W,Ti)(C,N)の中の少なくとも1種を代表例として挙げることができる。この立方晶構造化合物は、超硬合金の強度を低下させる傾向になり、それを抑制させるために1μm以下の平均粒径にすることが好ましく、できるだけ均一な粒径とし、かつ均一に分散している場合には強度および靱性に優れることから好ましいことである。
【0016】
硬質相の主成分として存在する炭化タングステンは、平均粒径が1.5μm以下でなり、かつ90%以上が平均粒径±0.5μmの範囲にある場合、特に平均粒径+1μmの粒径が炭化タングステン全体に対し5%以下でなると、塗付先端部の表面精度および刃立性などを向上させる効果を有することから好ましいことである。
【0017】
以上のような組成成分で構成されている超硬合金からなる本発明の塗付工具は、合金特性としての硬さがロックウエル硬度のAスケールで90.0HRA未満になると耐摩耗性の低下が著しく、逆に94.0HRAを越えて高くなるとエッジ部分に微小損傷が生じ易くなること、および製造方法が困難になることから、90.0〜94.0HRAと定めたものである。また、この硬さをX(単位:HRA)と表し、本発明の塗付工具における保磁力をY(単位:エルステッド)と表したときに、保磁力(Y)が60Xー5100≧Y≧50Xー4320の式から外れる範囲、すなわちY>60Xー5100の範囲になると、炭化タングステンの粒度分布が不均一になる傾向になること、結合相中の不純物が多く含有される傾向になることから、強度および靱性の低下が顕著となり、エッジ部分の微小損傷が発生し易くなる。逆に、Y<50X-4320の範囲になると、耐摩耗性および耐腐食性の低下が顕著となり、エッジ部分の変形損傷が進行し易くなる。
【0018】
本発明の塗付工具は、形状的には、特に制限を受けることなく、上述の組成成分の超硬合金により作製すればよく、ダイコーター用の塗付先端部としての代表例として、図1,図2および図3を示すことができる。この図1は、本発明の塗付工具として例示した概略的斜視図であり、図2は、図1の塗付先端部のスロット幅に対し、平行方向からの概略の縦断面図である。図3は、図2の変形例として示した概略の縦断面図である。これらの図1,図2および図3における符号1は、塗付先端部であり、符号2は、塗付液が押出されるスロット部(排出口)であり、符号3は、塗付液を溜めておくポケット部である。さらに、これらの図1〜3は、排出口部分を超硬合金製とし、その他の母体部分を鋼製とし、これら両者を接合する構造にすることも、コスト面からは好ましいことである。
【0019】
本発明の塗付工具は、以下の実施試験で詳述するように市販の各出発原料粉末を用いて従来からの粉末冶金法を応用して作製することができる。製造方法上の重要点は、具体的には、まず、できるだけ低温炭化法により得られた炭化タングステン粉末で、かつ微細で均一な粒度分布を有する炭化タングステン粉末を出発原料として用いること、その他の出発原料粉末も同様な傾向とし、かつ不可避不純物の少ない出発原料粉末を選定する。次に、製造工程における重要点は、配合組成においては、低炭素領域とすること、混合工程においては、混合粉砕を強化するとともに混合中の不純物の混入を避けること、焼結工程においては焼結温度をできるだけ低温にすることなどを挙げることができる。
【0020】
【作用】
本発明の塗付工具は、超硬合金を構成している結合相含有量と、この合金の特性である硬さおよび保磁力の関係により、合金中の炭化タングステンの粒径が微細で、かつ粒度分布が均一に保持されており、その結果耐磨耗性、特に耐アブレーション摩耗の向上作用をし、さらに合金の表面精度が高められ易く、合金の刃立性および潤滑性を向上するという間接的作用を有しているものである。また、本発明の塗付工具は、超硬合金を構成している結合相中にクロム、炭化クロム、バナジウム、炭化バナジウムの中の少なくとも1種が固溶されていると、上述の作用の他に硬質相の粒成長を抑制し、硬質相の微細化と粒度分布の均一化を高める作用および耐腐食性を顕著に高める作用が付加されること、結合相中にWが多量に固溶されていると、強度,靭性および耐腐食性を改善する作用をし、より一層の潤滑性,耐摩耗性,面精度,刃立性および耐腐食性を高める作用となっているものである。
【0021】
【実施試験】
まず、出発原料粉末として、平均粒子径が0.7μmの炭化タングステン粉末(以下、「f-WC」と記す)と、平均粒子径が1.5μmの炭化タングステン粉末(以下、「m-WC」と記す)と、平均粒子径が1.2〜1.8μmの範囲にあるCo、Cr3C2、VC、TaC、TiC、NbC、Niの各粉末を用いて、表1に示した本発明品1〜5用の配合組成成分に秤量し、ステンレス製ポットにアセトン溶媒と超硬合金製ボールとともに装入し、72時間の混合粉砕後、乾燥して混合粉末を得た。これらの混合粉末を金型に充填し、2ton/cm2の圧力により、約直径10mm×高さ30mm形状と約13mm×13mm×5mm形状の超硬合金が得られるように圧粉成形体を作製し、この圧粉成形体をアルミナとカーボン繊維からなるシート上に設置し、雰囲気圧力10Paの真空中で、表1に併記した温度でもって1時間加熱保持し、本発明品1〜5の超硬合金を得た。
【0022】
本発明品1〜5で使用した出発原料粉末の他に、平均粒子径が4.5μmのWC(以下、「L-WC」と記す)と、fーWCとmーWCとL-WCを1:1:3に混合したWC(以下、「mx-WC」と記す)との出発原料粉末を追加し、表1に示した比較品1〜4用の配合組成成分とした。その他の製造工程のうち、混合粉砕時間を24時間とした以外は本発明品1〜5と同様とし、焼結温度を表1に併記した条件とし、比較品1〜4の超硬合金を得た。
【0023】
こうして得た本発明品1〜5および比較品1〜4の各超硬合金試料を#230のダイヤモンド砥石で湿式研削加工し、直径10mm×高さ30mmの形状と13mm×13mm×5mm形状の超硬合金に作製した。これらの試料のうち、13mm×13mm×5mm形状の超硬合金の各試料を用いて、ロックウエル硬度計による硬さ(HRA)とドイツ製保磁力測定器による保磁力(単位:エルステッド)を求めて、その結果を表2に示した。
【0024】
また、同形状試料の13mm×5mmの一端面をラップ加工し、金属顕微鏡および走査型電子顕微鏡にて組織観察し、各試料の炭化タングステンの平均粒径を表2に併記した。また、これら各試料のうち、本発明品1〜5は、炭化タングステンの粒度が均一であり、結合相の分散が良好であったのに対し、比較品1〜4は、炭化タングステンの粒度が不均一であり、結合相の分散が悪く、結合相のプールが観察された。さらに、同形状の各試料を、記録媒体の表面被膜を構成する磁性体被膜として、従来から実用されている二硫化ジベンジル、ベンゾチアゾール、高級脂肪酸および結合剤樹脂などを含有する溶液中に常温で30日間浸漬した後、光学顕微鏡により腐食の状態を観察し、その腐食試験結果を表3に併記した。このときの腐食試験結果は、以下の符号により表示した。{表記符号と腐食状況は、◎:全く腐食なし、○:僅かに腐食(やや曇有り)、△:腐食有り(曇有り)、×:著しい腐食(色調変化有り)}
【0025】
次に、直径10mm×高さ30mm形状の超硬合金試料の外周と一端面をラップ加工し、これらをピンとして使用し、鋼板上にポリエチレンフタレート製厚膜が被覆されたデイスクを用いて、ピンーデイスク式摩擦摩耗試験機により記録媒体の被膜作製に相当する簡易試験を行った。この簡易試験条件は、ピンとデイスクとの間に1mmのクリアランスを持たせて、このクリアランス中に常時、二硫化モリブデン粉末、アルミナ粉末、フエライト粉末、二硫化ジベンジル、ベンゾチアゾール、高級脂肪酸および結合剤樹脂などを含有する溶液が存在する状態でピンをデイスク上で回転させて、72時間後のピンの端面部腐食および摩擦摩耗状態を観察し、その結果を表3に併記した。このときのピンーデイスク試験結果は、以下の符号により表示した。{表記符号と損傷状況は、◎:全く損傷なし、○:僅かに損傷、△:損傷有り、×:著しい損傷}
【0026】
以上の簡易試験結果に基づいて、本発明品2,3,4および比較品2,3について、それぞれと同一組成の混合粉末を用い、プレス成形,予備成形,焼結,研削加工の工程を経て図1に概略図として示した塗付装置用の塗付先端部を含む塗付工具を製作した。これらの塗付工具を、従来から実用されている磁気テープ用塗付装置に着装し、磁性記録媒体の磁性体膜を含む被膜作製試験を行い、被塗付物体である磁気テープに塗付させた塗付膜におけるスジの発生状況と塗付工具の塗付先端部でのエッジの微小損傷状態などから判断した寿命評価は、比較品3の寿命時間を1とした場合に、比較品2が約1.2倍、本発明品4が約2.0倍、本発明品3が約2.4倍、本発明品4が約2.8倍であった。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【発明の効果】
本発明の塗付工具は、従来の超硬合金製塗付工具に対比して、塗付液中に含有されている脂肪酸、極圧添加剤、防錆剤などによる耐腐食性および耐腐食摩耗性に優れること、塗付液中に含有されている磁性粉末、硬質セラミックス粉末などによる耐アブレーション摩耗性に優れること、さらに塗付液の排出口部分の塗付先端部エッジにおける耐微小損傷性に優れること、これらが総合された効果として、実用された場合に、被塗付物体の表面荒れを抑制できること、被塗付物体の表面上のスジ発生を抑制できることから、長寿命であるという優れた効果を有している。
【図面の簡単な説明】
【図1】は、実施試験において、実用試験を試みたときの、塗付工具の概略を例示した斜視図である。
【図2】は、図1のスリット幅に対する平行方向からの縦断面図である。
【図3】は、図2の変形例として示した縦断面図である。
【符号の説明】
符号1は、塗付先端部。
符号2は、塗付液が押出されるスロット部(排出口)。
符号3は、塗付液を溜めておくポケット部。
 
訂正の要旨 訂正の要旨
特許第3048145号の明細書を、次の(イ)〜(チ)のとおり訂正する。
(イ)特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の請求項1の「硬質相とを含有しており、」と「該超硬合金は、」の間に、「該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、」を挿入する。
(ロ)特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の請求項5及び6を削除する。
(ハ)明瞭でない記載の釈明を目的として、請求項7〜9の請求項番号を二つづつ繰り上げ、また、請求項7(訂正後の請求項5)、請求項8(訂正後の請求項6)、及び請求項9(訂正後の請求項7)における、「請求項6に記載の」、「請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の」及び「請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の」を、「請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の」、「請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の」、「請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の」と、それぞれ、訂正する。
(ニ)特許請求の範囲の減縮を目的として、本件明細書の特許請求の範囲の請求項8(訂正後の請求項6)中の「上記炭化タングステンは、平均粒径が1.5μm以下でなり、」を、「上記炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下でなり、」と訂正する。
(ホ)明瞭でない記載の釈明を目的として、本件明細書の段落[0009]の「不可避不純物からなり、」と「該超硬合金は、」の間に、「該硬質相は、実質的に炭化タングステン、または98重量%以上が炭化タングステンであり、残部が周期律表の4a、5a、6a族金属の炭化物、炭窒化物、炭酸化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の立方晶構造化合物を含有し、炭化タングステンは、平均粒径が1.1μm以下であり、」を挿入する。
(ヘ)明瞭でない記載の釈明を目的として、本件明細書の[0021]、[0022]、[0023]及び[0024]の各段落中に記載されている、「本発明品1〜7」を、それぞれ、「本発明品1〜5」と訂正する。
(ト)明瞭でない記載の釈明を目的として、本件明細書の段落[0027]の表1、段落[0028]の表2、及び、段落[0029]の表3における、本発明品6の行と本発明品7の行の記載を削除する。
(チ)誤記の訂正を目的として、本件明細書の段落[0028]の表2における、「500〜355」(本発明品1の行)、「350〜230」(本発明品4の行)、及び、「180〜80」(比較品3の行)を、それぞれ、「510〜355」、「360〜230」、「210〜105」と訂正する。
異議決定日 2001-12-20 
出願番号 特願平11-35147
審決分類 P 1 651・ 121- YA (B05C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 早野 公惠  
特許庁審判長 多喜 鉄雄
特許庁審判官 唐戸 光雄
西村 和美
登録日 2000-03-24 
登録番号 特許第3048145号(P3048145)
権利者 東芝タンガロイ株式会社
発明の名称 塗付装置用超硬合金製塗付工具  

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