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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効としない G03C
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない G03C
審判 全部無効 特29条特許要件(新規) 無効としない G03C
管理番号 1062287
審判番号 無効2000-35205  
総通号数 33 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1987-06-04 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-04-18 
確定日 2001-05-23 
事件の表示 上記当事者間の特許第1822375号発明「ポジ型感放射線性樹脂組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯、本件発明
1-1.手続の経緯
出 願 昭和61年6月30日
(国内優先権主張日 昭和60年8月7日)
出願公開 昭和62年6月4日
(特開昭62-123444号)
出願公告 平成3年3月27日
(特公平3-22619号)
特許異議の申立 平成3年6月10日〜(12件)
異議決定 平成5年11月2日
特許査定 平成5年11月2日
設定登録 平成6年2月10日
無効審判請求 平成12年4月18日
答弁書 平成12年8月3日
弁駁書 平成12年12月4日
1-2.本件特許発明の要旨
本件特許第1822375号に係る発明の要旨は、特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものである。
「1 アルカリ可溶性樹脂100重量部と1,2-キノンジアジド化合物5〜100重量部をモノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤に溶解してなることを特徴とするポジ型感放射線性樹脂組成物。」(以下、本件特許発明という。)

2.請求人の主張の概要
これに対して、請求人は、本件特許発明は全体として発明が完成されていないというべきであるから、本件特許は特許法第29条第1項柱書きの規定に違反してされたものであり、また、本件特許発明は本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、さらに、本件特許は明細書の記載が不備で特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない特許出願にされたものであると主張して、本件特許は無効とされるべきであると主張している。

3.発明未完成について
3-1.請求人の主張
(i)本件特許発明は、「モノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤」を用いることを構成に欠くことができない事項とし、その溶剤の内容に関し、発明の詳細な説明の項において、「本発明においては、モノオキシモノカルボン酸エステル類に他の溶剤を溶剤全量の例えば70重量%未満程度…の範囲で混合することができる。」と説明している。
しかしながら、その溶剤の性能すなわちアルカリ可溶性及び1,2-キノンジアジドを溶解したときに微粒子の発生数が低いこと(これによって本件特許発明の進歩性が認められている)については、オキシモノカルボン酸エステルとして2-オキシプロピオン酸エチル(実施例1)、2-オキシプロピオン酸メチル(実施例2)、2-オキシ-2-メチルプロピオン酸エチル(実施例3)、2-オキシ-3-メチルブタン酸メチル(実施例4)、オキシ酢酸エチル(実施例5)をそれぞれ単独で用いた場合について確認されているだけで、他の溶剤と混合した場合については全くその確認がなされていない。
ところで、一般に溶剤の溶質に対する溶解性能は、複数のファクターによって左右され、その中で最も重要なファクターが溶解パラメーターであることは、甲第1号証(ウエズレー・エル・アーチャー著,「インダストリアル・ソルベンツ・ハンドブック(Industrial Solvents Handbook)」,第297〜309ページ)及び甲第2号証(「ジャーナル・オブ・ペイント・テクノロジー(J.Paint Tech.)」,第38巻,第496号,第269〜280ページ(1966年5月))に記載されているとおり、当業者間に周知の事実である。
そして、甲第1号証第298ページ溶剤混合物の溶解パラメーターの欄(特に式19.2 δblend=Φ1δ1+Φ2δ2+… )に示されているように、樹脂に対する溶剤混合物の溶解パラメーターδblendは、各溶剤成分の固有の溶解パラメーターδと、その容積分率Φにより変わり、かつ甲第2号証表3、表4に示されるように各溶剤のもつ溶解パラメーターは6.6〜16.1の範囲に広くまたがっている。
また、本件特許発明において、混合し得る他の溶剤として列挙されている化合物のうち、アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物に対する溶解性という観点からみれば、酢酸エチル、トルエン、キシレンなどは溶剤として不適当であることは、当業者間によく知られていることであり、これらを70重量%近くまで混合したものがモノオキシモノカルボン酸エステル類のみを用いた場合と同様の溶剤能力を示し得ないことは、当業者に自明のことである。
これらの事実から判断すれば、アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物とを溶解する場合に、溶剤としてモノオキシモノカルボン酸エステル類のみを用いた場合と、これを他の溶剤と混合して用いた場合とで全く同じ溶解能力を示すとは、とうてい考えられない。
すなわち、本件特許発明において、溶剤としてモノオキシモノカルボン酸エステル類を単独で用いた場合とモノオキシモノカルボン酸エステル類と全量の70重量%近くまでの割合で他の溶剤とを混合して用いた場合とで全く同じ結果を示すとは、理論上とうてい認めることができず、モノオキシモノカルボン酸エステル類を単独で用いた場合の結果をもってモノオキシモノカルボン酸エステル類を他の溶剤と混合して用いた場合の結果を推測することはできない。
したがって、本件特許発明における「モノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤」が「モノオキシモノカルボン酸エステル類と70重量%未満程度の他の溶剤との混合物」を包含する意味で用いられているのであれば、その混合物について実験的に効果確認をしなければならないことになるが、本件特許明細書には、それに関する確認データは全く記載されていないので、本件特許出願時において、モノオキシモノカルボン酸エステル類と他の溶剤との混合物を溶剤として用いた場合については、発明がなされていなかったと認めざるを得ない。
してみると、本件特許発明は、その特許出願時において、「発明をした」と認められない技術内容を包含し、全体として発明未完成と認められるので、特許法第29条第1項に定める特許要件を備えていない。
(ii)また、本件特許明細書の特許請求の範囲には、本件特許発明における溶剤に含有させる化合物が、「モノオキシモノカルボン酸エステル類」という非常に広範囲の上位概念で記載されている。
しかしながら、甲第3号証(昭和48年5月10日12版,株式会社朝倉書店発行,小竹無二雄監修,「大有機化学第5巻,脂肪族化合物IV」,内表紙,第1ページ,第11〜21ページ及び奥付)から明らかなように、本件特許の出願時よりもはるか以前の昭和34年7月20日においてさえも、モノオキシモノカルボン酸の一部のモノオキシ飽和カルボン酸だけで以下に示す多数の化合物が知られている。
グリコール酸 HOCH2COOH
乳酸 CH3CH(OH)COOH
α-オキシ-n-酪酸 CH3CH2CH(OH)COOH
α-オキシイソ酪酸 (CH3)2C(OH)COOH
α-オキシ-n-吉草酸 CH3(CH2)2CH(OH)COOH
α-オキシイソ吉草酸 (CH3)2CHCH(OH)COOH
2-オキシ-2-メチルブタン酸 CH3CH2C(CH3)(OH)COOH
α-オキシ-n-カプロン酸 CH3(CH2)3CH(OH)COOH
α-オキシイソカプロン酸 (CH3)2CHCH2CH(OH)COOH
2-エチル-2-オキシブタン酸(C2H5)2C(OH)COOH
2-オキシ-3,3-ジメチルブタン酸 CH3C(CH3)2CH(OH)COOH
2-オキシ-2-メチルペンタン酸 CH3(CH2)2C(CH3)(OH)COOH
2-オキシ-5-メチルヘキサン酸(CH3)2CH(CH2)2CH(OH)COOH
2-オキシ-2,4-ジメチルペンタン酸(CH3)2CHCH2C(CH3)(OH)COOH
α-オキシパルミチン酸 CH3(CH2)13CH(OH)COOH
セレブロン酸、フレノシン酸 CH3(CH2)19CH(OH)COOHと
CH3(CH2)21CH(OH)COOHと
CH3(CH2)23CH(OH)COOHと
の混合物
ヒドロアクリル酸 HOCH2CH2COOH
β-オキシ酪酸 CH3CH(OH)CH2COOH
β-オキシイソ酪酸 HOCH2CH(CH3)COOH
β-オキシ-n-吉草酸 CH3CH2CH(OH)CH2COOH
β-オキシイソ吉草酸 (CH3)2C(OH)CH2COOH
α-エチルヒドロアクリル酸 HOCH2CH(C2H5)COOH
オキシピバル酸 HOCH2C(CH3)2COOH
3-オキシ-2-メチルペンタン酸 CH3CH2CH(OH)CH(CH3)COOH
コリノマイコール酸 CH3(CH2)14CH(OH)CH(C14H29)COOH
そして、これらのモノオキシモノカルボン酸の性質が、この二つの因子(アルコールとカルボン酸)の組合せ方によって左右され、両者の性質の相乗、相殺作用によって特異な性質を示すことが多いのは、甲第3号証に記載されているように周知の事実である。
したがって、当然のことながら、これらのモノオキシモノカルボン酸の誘導体であるエステル類についても同様のことがいえる。
一方、ポジ型感光性含有塗布液については、甲第5号証(特開昭59-155838号公報)に記載されているように、その安定性は溶質と溶剤との相互関係が重要な要因となり、溶剤の溶質溶解力が大きく、かつ溶質が長期間安定に保たれることが要求され、また、感光性化合物すなわち1,2-キノンジアジド化合物及び被膜形成材料すなわちアルカリ可溶性樹脂の両者に対して、強い溶解力を有し、その濃度に関係なく均一な溶液を形成し、均一かつ平滑な塗膜を提供する溶剤を、それぞれの溶質に応じて選択することが必要とされている。
してみると、前記したそれぞれ物性の異なる多数のモノオキシモノカルボン酸のそれぞれのエステルのすべてが、あらゆるアルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物の組合せについて同等の効果を示すということは、当業者の常識から判断してとうてい考えられないことであり、特定のアルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物に対して、どのモノオキシモノカルボン酸エステルが溶剤として適しているか否かは、実際に適用して、その結果を確認してみなければ全く分からないことということができる。
しかるに、本件特許明細書には、2-オキシプロピオン酸エチル、2-オキシプロピオン酸メチル、2-オキシ-2-メチルプロピオン酸エチル、2-オキシ-3-メチルブタン酸メチル、オキシ酢酸エチルのオキシ酢酸、オキシプロピオン酸、オキシブタン酸及びオキシペンタン酸のエステルのような炭素数5以下の脂肪族飽和モノオキシモノカルボン酸のエステルの一部を用いた場合の効果確認がなされているだけで、それ以外の脂肪族飽和又は不飽和モノオキシモノカルボン酸エステルや、脂環族、芳香族のモノオキシモノカルボン酸についての効果確認は全く行われていない。
したがって、本件特許明細書の特許請求の範囲には、本件特許発明の目的を達成し得ないものないし効果が不明なものを包含する広範囲の発明について特許権の保護を求めるように記載されているので、本件特許発明は、全体として発明が完成されていないというべきであり、特許法第29条第1項に定める特許要件を備えていない。
3-2.判断
(i)について
本件特許発明の「ポジ型感放射線性樹脂組成物」における「モノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤」は、「アルカリ可溶性樹脂100重量部と1,2-キノンジアジド化合物5〜100重量部を溶解してなる」ものであるから、アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物に対する溶解性という点からみて不適当であるとされる、酢酸エチル、トルエン、キシレンなどを70重量%近くまで混合したものが、「アルカリ可溶性樹脂100重量部と1,2-キノンジアジド化合物5〜100重量部を溶解」しなかったとしても、それらは本件特許発明における「モノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤」にはもともと当たらないものである。
また、モノオキシモノカルボン酸エステル類にアルカリ可溶性及び1,2-キノンジアジドに対する溶解性という点からみて適当な他の溶剤を混合した場合、その混合量が比較的少量であるならば、保存安定性について微粒子の発生数が低いことは充分起こり得ることであり、そのような他の溶剤を70重量%近くまで混合した場合でも、微粒子の発生数が低いことが起こり得ることについては、溶解性についての(保存安定性についてではない)請求人の議論によっても、その可能性を否定することはできない。(なお、請求人も、溶解性という点からみて適当な他の溶剤を混合した場合に本件特許明細書に記載の効果が奏せられないという例を実際に示していない。)したがって、本件特許明細書に、溶解性という点からみて適当な他の溶剤を混合した場合について、実験的に確認するデータが記載されていないからといって、特許請求の範囲に記載された「モノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤」について、発明が完成されていなかったとはいえない。
(ii)について
本件特許明細書には、請求人が主張するように、2-オキシプロピオン酸エチル、2-オキシプロピオン酸メチル、2-オキシ-2-メチルプロピオン酸エチル、2-オキシ-3-メチルブタン酸メチル、オキシ酢酸エチルのような炭素数5以下の脂肪族飽和モノオキシモノカルボン酸のエステルの一部についての効果確認がなされているだけで、それ以外の脂肪族飽和又は不飽和モノオキシモノカルボン酸エステルや、脂環族、芳香族のモノオキシモノカルボン酸についての効果確認は行われていない。しかし、これら効果確認が行われたものは、溶剤としてのモノオキシモノカルボン酸エステル類としては代表的なものである。そして、上記以外の化合物を用いた場合でも、保存安定性について微粒子の発生数が低いことが起こり得ることについては、その可能性を否定することはできない。(なお、請求人も、実施例に記載された以外の化合物を用いた場合に本件特許明細書に記載の効果が奏せられないという例を実際に示していない。)したがって、本件特許明細書に、実施例に記載された以外の化合物を用いた場合について、実験的に確認するデータが記載されていないからといって、特許請求の範囲に記載された「モノオキシモノカルボン酸エステル類」について発明が完成されていなかったとはいえない。

4.進歩性について
4-1.請求人の主張
アルカリ可溶性樹脂100重量部と1,2-キノンジアジド化合物5〜100重量部とを、アルコール、エステル、エーテル、ケトン、特にエタノール、2-エトキシエチルアセテート、n-ブチルアセテート、4-ブチロラクトンやシクロペンタノンのような有機溶剤に溶解したポジ型感放射線性樹脂組成物は、甲第4号証(特開昭58-37641号公報)及び甲第5号証(特開昭59-155838号公報)に記載され、本件特許の出願前に公知である。
したがって、本件特許発明は、モノオキシモノカルボン酸エステル類を含む溶剤を用いた点でのみ、公知のポジ型感放射線性樹脂組成物と相違していると認められる。
ところで、溶剤に関する最も権威ある技術専門書の一つとして当業者間で認められている甲第6号証(1984年5月10日第5刷,株式会社講談社発行,浅原照三外編,「溶剤ハンドブック」,内表紙,第830〜831ページ及び奥付)には、モノオキシモノカルボン酸エステルに属する乳酸エステルが掲載されているので、モノオキシモノカルボン酸エステルは、溶剤として当業者間に周知のものということができる。
そして、実際上も甲第7号証ないし甲第11号証に記載されているように、乳酸エステルは感光性組成物を包含する各技術分野にわたって広く溶剤として用いられている。
しかも、甲第12号証(特開昭51-28001号公報)及び甲第13号証(米国特許第3,589,898号明細書)には、乳酸エステルは、アルカリ可溶性樹脂及び1,2-キノンジアジド化合物を成分とするポジ型感放射線性樹脂組成物の溶剤としても使用しうることが開示されている。
すなわち、甲第12号証には、フェノール-アルデヒド樹脂を成分として含む感光性被覆を基材上に形成させるために用いる溶剤として乳酸エチル、乳酸ブチルのような乳酸エステルが例示され、実際に乳酸エチルを用いた実施例が記載されている(例3)。また、この被覆を形成するためのポジ型感光剤の例は、甲第13号証に記載されていると説明されており、この甲第13号証には、ナフトキノン-1,2-ジアジド-5-スルホニルクロリドとフェノールホルムアルデヒドとの縮合物を含む溶液から感光性被覆を形成し、これを紫外線で画像形成露光したのち、アルカリ現像した例(例1)が記載されている。
また、本件特許発明におけるアルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物との使用割合も従来のものとの間に特に差異は認められない。
してみると、本件特許発明は、甲第4号証及び甲第5号証に記載されている公知のポジ型感放射線性組成物における溶剤として、周知溶剤の中から各種分野において用いうることが知られ、しかも甲第12号証及び甲第13号証により本件特許発明における組成のものにも使用しうることが十分に示唆されている乳酸エステルすなわちモノオキシモノカルボン酸エステルを選択し、構成事項としたものと認められるが、このようなものは、当事者ならば容易に発明することができるというべきである。
また、本件特許発明については、アルカリ可溶性樹脂及び1,2-キノンジアジド化合物を溶剤に溶解させた場合、これを放置すると微粒子が生成し、解像性の低下、集積回路作製時の歩留りの悪化の原因となっていたのを、モノオキシモノカルボン酸エステルを溶剤とすることにより微粒子の発生数を低下させることができたという点が特有の効果として挙げられている(本件特許公告公報第16欄第20〜25行)。
しかしながら、甲第14号証(嶋谷聡作成の立会実験報告書)から明らかなように、アルカリ可溶性樹脂として、クレゾールノボラック樹脂(群栄化学工業株式会社製,m-クレゾール/p-クレゾール(重量比)=42.5/57.5)100重量部と1,2-キノンジアジド化合物として2,3,4,4′-テトラヒドロキシベンゾフェノンの1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸エステル23重量部を用い、両者を本件特許発明の実施例1で用いられている2-オキシプロピオン酸エチルと市販品中で用いられているエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートと甲第5号証の発明で用いられているシクロペンタノンにそれぞれ溶解して調製したポジ型感放射線性樹脂組成物について、40℃で1か月間保存した場合、2-オキシプロピオン酸エチルの粒径0.5μm以上の微粒子の発生個数はシクロペンタノンのそれよりも若干低いが、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテートのそれとほとんど同じであり、粒径0.2〜0.3μm及び粒径0.3〜0.5μmの微粒子の発生個数は、むしろ2-オキシプロピオン酸エチルの方が、シクロペンタノンやエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートよりも著しく高くなっている。
したがって、本件特許発明においても、溶剤としてモノオキシモノカルボン酸エステルを用いたことにより、従来のものに比べ予想外の効果を奏したものとはとうてい認め難く、この点においても本件特許発明の進歩性は否定されるのを免れない。
結局のところ、本件特許発明は、公知のポジ型感放射線性樹脂組成物における溶剤を、単に溶剤として用い得ることが周知の化合物であるモノオキシモノカルボン酸エステル類に変え、あるいはその公知の溶剤にモノオキシモノカルボン酸エステル類を配合し、それにより当然予想しうる効果を奏したにすぎないものと認められるが、このようなものは当業者ならば容易に発明することができたと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4-2.甲第4号証ないし甲第13号証に記載された発明
【甲第4号証】特開昭58-37641号公報
「1,2-キノンジアジド縮合生成物、ならびに…複素環式化合物である増感剤を含有するポジ作用レジスト組成物」(特許請求の範囲第1項)
「感光性キノンジアジド縮合生成物を含有するポジ作用レジストはいずれも本発明の増感剤と共に用いられる。たとえば、下記式のエステル化剤と縮合したフェノール-ホルムアルデヒド樹脂、…がきわめて有用である。…上記式中R1およびR2の一方はN2であり、他方はOである。これらキノンジアジド系縮合生成物の例は文献…により周知である。
上記の主としてポリマーであるエステルのほかに、他の化合物たとえばモノマーまたはバインダーがレジスト組成物に含有されていてもよい。このようなモノマーの有用な例には…キノンジアジドスルホン酸エステル、特にジヒドロキシベンゼンおよびトリヒドロキシベンゼンから製造されたもの、たとえば1,3,5-トリヒドロキシベンゼンでエステル化された1,2-ナフトキノンジアジドスルホン酸…トリヒドロキシベンゾフェノンのキノンジアジドスルホン酸エステルが含まれる。」(第3ページ左下欄下より1行〜第4ページ左上欄第7行)
「有用な溶剤には、アルコール、エステル、エーテルおよびケトン、ならびに特にエタノール、2-エトキシエチルアセテート、n-ブチルアセテート、4-ブチロラクトンならびにそれらの混合物が含まれる。」(第4ページ左下欄下より5〜1行)
「露光したのちこれにより形成された潜像を、露光組成物を適宜な現像液で処理することにより現像する。有用な現像液にはポジ作用レジストのための普通のアルカリ現像液、たとえば水酸化ナトリウムまたはリン酸ナトリウムを含有するものが含まれる。…」(第4ページ右下欄第12〜20行)
「実施例1
以下のとおり貯蔵組成物を調製した。
アメリカヘキストから“アルバノル429K”
の商品名で得られるクレゾール-ホルムアルデ
ヒド系ノボラック型樹脂(バインダー) 22.6g
トリヒドロキシベンゾフェノンのキノンジア
ジドスルホン酸エステル(感光性化合物) 4.1g
酢酸-2-エトキシエチル(溶剤) 62.0g
酢酸-n-ブチル(溶剤) 6.2g
混合キシレン 5.1g
10gずつの別個の貯蔵組成物に表Iの増感剤2.5ミリモルずつを別個に添加した。…露光し画像を形成させた。水酸化テトラメチルアンモニウムを含有…水性アルカリ現像液を用いて潜像を現像した。…
表I
実施例 増感剤 …
対照A なし …
対照B ベンゾトリアゾール …
対照C …
1 ポリクロロベンゾトリアゾール…

実施例1は対照のいずれとも比較して現像速度が著しく改善されたことを明示している。」(第5ページ左上欄下より5行〜左下欄下より4行)(注;この例におけるアルカリ可溶性樹脂100重量部当たりのキノンジアジド化合物の量を求めると18.1重量部になる。)
【甲第5号証】特開昭59-155838号公報
「キノンジアジド基を有するポジ型感光性化合物及び塗膜形成材料をシクロペンタノンに溶解して成るポジ型感光性塗膜形成用組成物」(特許請求の範囲第1項)
「本発明のポジ型感光性材料含有塗布液は、感光性化合物、被膜形成材料及びこれらを溶解する溶剤から構成される溶液であって、そのポジ型の感光性を与える感光性化合物としては、例えばオルトベンゾキノンジアジド、パラベンゾキノンジアジド、オルトナフトキノンジアジド、オルトアントラキノンジアジド基などを有するキノンジアジド基含有化合物類が挙げられる。…しかしこれらの基は、安定性が極めて悪いので、その安定化のために、例えば、ナフトキノン-(1,2)-ジアジド-(2)-5-スルホナートのように、フェノール性の水酸基をエステル化するなどの手段が採用されている。…
他方、上記のようなポジ型感光性化合物を溶剤に溶解して塗布液を調製した場合、その溶液が保存の間に分解して光感度が低下したり、あるいはいったん溶解した感光性化合物が再結晶化して析出し、溶液の均一性をそこなうという欠点があった。溶液の安定性は、溶質と溶剤との相互関係が一つの重要な要因をなすものであるが、溶剤の溶質溶解力が大きくかつ溶質が長期安定に保たれることが必要である。そしてポジ型感光性材料含有塗布液の場合には、感光性化合物及び被膜形成材料の両者に対して強い溶解力を有し、その濃度に関係なく均一な溶液を形成し、均一かつ平滑な塗膜を提供しうることが重要であり、それぞれの溶質の種類に応じて好適な溶剤が選択される。ポジ型感光性材料含有塗布液用溶剤としては、極めて広い範囲の有機溶剤を使用できることが知られているが、実用的にはシクロヘキサノン、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテートが好ましい溶剤として用いられている。しかしながら、シクロヘキサノンを溶剤とする塗布液においては、その保存中に感光性化合物が徐々に分解して感光性を低下するし、また、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート溶剤は、その溶液の長期保存の間に感光性化合物が再結晶化する欠点が解消できず、いずれも十分に満足しうるものとはいえなかった。したがって、当該技術分野では、長期の保存後にも感光性が低下せず、かつ均一で平滑な塗膜を形成しうる安定なポジ型感光性材料含有溶液が要望されていた。」(第1ページ右下欄下より6行〜第2ページ左下欄第4行)
「本発明の組成物に用いられるキノンジアジド基を含有するポジ型感光性化合物としては、例えばオルトベンゾキノンジアジド、…及びそれらの誘導体、例えばオルトナフトキノンジアジドスルホン酸エステルのような核置換誘導体類を挙げることができ、またオルトキノンジアジドスルホニルクロリドと水酸基又はアミノ基をもつ化合物…との反応生成物類も包含される。」(第2ページ左下欄下より6行〜右下欄第11行)
「本発明の組成物に用いられる被膜形成材料としては、アルカリ可溶性の樹脂類が好ましく、例えばフェノール又はクレゾールなどとアルデヒド類とを縮合して製造されるノボラック樹脂、…を挙げることができる。」(第2ページ右下欄第14〜第3ページ左上欄第3行)
「上記感光性化合物と塗膜形成材料との使用割合は、通常、重量比で1:2〜1:10の範囲である。…一般に、好ましい感光性化合物対被膜形成材料の配合割合は重量比で1:2.5〜1:5.5の範囲である。」(第3ページ左上欄第5〜16行)(注;この重量比を塗膜形成材料すなわちアルカリ可溶性樹脂100重量部当りの感光性化合物すなわち1,2-キノンジアジド化合物の量に換算すると10〜50重量部、好ましくは18.2〜40重量部になる。)
「実施例1及び比較例1
シクロペンタノン75gに2,3,4-トリヒドロキシベンゾフェノン1molとナフトキノン-(1,2)-ジアジド-(2)-5-スルホニルクロリド3molとの反応物5g及びフェノールノボラック樹脂20gとを溶解し、これを0.45μmのメンブランフィルターでろ過し、ポジ型感光性塗布液を調製した。…経時試験の結果は、ろ過後2400時間経過してもゲル状物は確認できず、全く安定な塗布液であることが認められた。
これに対し、溶剤としてシクロペンタノンに代えて、従来用いられているエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートを用いたほかは全く同様にして調製した塗布液について同様に試験した結果、この液はろ過後約120時間で多数のゲル状物が認められた。」(第4ページ左上欄第2行〜右上欄第6行)
「比較例2
エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート75gに2,2′ ,4,4′-テトラヒドロキシベンゾフェノン1molとナフトキノン-(1,2)-ジアジド-(2)-5-スルホン酸クロライド3molとの反応物5g及びフェノールノボラック樹脂20gとを溶解し、ろ過して前記の経時試験を行ったところ、24時間でゲル状物の発生を認めた。
実施例2
比較例2のエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートの代わりにシクロペンタノン75gを用いた以外は比較例2と同様にして溶液を調製し、経時試験を行った結果、ゲル状物の発生は1200時間まで認められなかった。」(第4ページ右上欄第7〜20行)
「比較例3
エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート75gに2,2′,4,4′-テトラヒドロキシベンゾフェノン1molとナフトキノン-(1,2)-ジアジド-(2)-5-スルホニルクロリド4molとの反応物5g及びフェノールノボラック樹脂20gとを溶解し、ろ過した後、経時試験を行った結果、24時間でゲル状物の発生を認めた。
実施例3
比較例3のエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートの代わりにシクロペンタノンを使用して同様の操作を行った結果、170時間までゲル状物は認められなかった。」(第4ページ左下欄第1〜13行)
「比較例4
シクロヘキサノン75gに2,3,4-トリヒドロキシベンゾフエノン1molとナフトキノン-(1,2)-ジアジド-(2)-5-スルホン酸クロライド3molとの反応物5g及びフェノールノボラック樹脂20gを溶解し、0.45μmのメンブランフィルターを通して、ポジ型感光性塗布液を調製した。このものを比較例1と同様に経時試験を行った結果2400時間まで、ゲル状物は認められなかった。
また、この塗布液を、メチルセロソルブにて希釈し、…400nmの波長の吸光度の変化を測定した結果、経時とともに小さくなっていることから、ジアジド基の分解が確認できた。
実施例4
比較例4のシクロヘキサノンの代わりにシクロペンタノン用いて、同様に吸光度の変化を測定した結果、約2000時間後における400nmの波長の吸光度の変化がみられず、従ってジアジド基の変化がほとんどないことが分かった。」(第4ページ左下欄第14行〜右下欄第14行)
「比較例5
エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート75gに2,3,4-トリヒドロキシベンゾフェノン1molとナフトキノン-(1,2)-ジアジド-2-(5)-スルホン酸クロライド2molとの反応物5g及びフェノールノボラック樹脂20gとを溶解し、これを0.45μmのメンブランフィルターでろ過し、ポジ型感光性塗布液を調製した。このものを、…塗布し、…乾燥し、SEM断面写真を観察した結果、SiO2上面とSi面での膜厚差が大きく、またステップの部分の膜厚がうすく、カバーリングが乏しかった。
実施例5
比較例5のエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートの代わりにシクロペンタノン75gを用いて同様の操作を行った所、SiO2面とSi面の膜厚差が少なく、ステップの部分のカバーリングも良いことが確認された。」(第4ページ右下欄下より6行〜第5ページ左上欄第16行)
【甲第6号証】浅原照三外編,「溶剤ハンドブック」,株式会社講談社,1984年5月10日第5刷発行,第830〜831ページ
「429 乳酸エステル」という項目の、表1(物性表)には、「乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸ブチル、乳酸ペンチル」が列挙され、本文には以下のように記載されている。
「乳酸メチルは水および有機溶剤によく溶ける。ニトロセルロース、アセチルセルロースなどをよく溶解し、ラッカーの溶剤に用いられる。
乳酸エチルは水、アルコール、ケトン、エステル、炭化水素に可溶である。ニトロセルロース、アセチルセルロースなどのラッカー溶剤として用いられる。また錠剤用滑剤にも使われている。
乳酸ブチルは水には溶けにくい(4.36g/100ml,25℃)。ラッカーや印刷用インキの溶剤として用いられる。
乳酸ペンチルは無色または淡黄色のブランデー臭液体である。アルコール、ケトン、エステル、炭化水素に溶ける。コーパルエステル、乳香樹脂、ニトロセルロース、シェラックなどを溶かし、またアルコールと混合してアルキド樹脂の溶剤として使われる。また種々のセルロースに対する可塑剤としても使われる。」
【甲第7号証】特開昭54-84728号公報
「脂肪族炭化水素系溶剤及びエステル系溶剤を主成分とする有機電子写真感光層上のトナー画像の消去液」(特許請求の範囲第1項)
「エステル系溶剤が乳酸エステルである特許請求の範囲第1項記載のトナー画像の消去液」(特許請求の範囲第3項)
「有機電子写真感光体の感光層を変質させることなくトナー画像のみ消去する溶剤としては、脂肪族炭化水素系溶剤、特に炭素数6個以上の飽和炭化水素系溶剤とこれに相溶するエステル系溶剤との混合溶剤が好適である。炭素数6個以上の常温で液状の飽和脂肪族炭化水素系溶剤としては…。次にエステル系溶剤としては、脂肪族炭化水素系溶剤と相溶し、化学的に安定な、例えば酢酸n-ブチル、酢酸n-アミル、…乳酸メチル、乳剤エチル、乳酸n-ブチル等が使用可能であるが、特にOH基を持つ乳酸のエステルが好ましい。」(第3ページ右下欄第10行〜第4ページ左上欄14行)
「消去液
n-デカン 92g
乳酸メチル 8g」(第5ページ左上欄第3〜5行)
「消去液
アイソパーE 90g
乳酸n-ブチル 10g」(第5ページ右下欄第13〜15行)
「消去液
n-オクタン 85g
乳酸エチル 5g
n-オクチルアルコール 10g」(第6ページ右上欄下より4〜1行)
【甲第8号証】特開昭59-108037号公報
「樹脂塗装用プライマー」(発明の名称)
「非スチレン型(メタ)アクリル酸エステル系樹脂及び溶剤を主成分とする主剤(a)、エポキシ樹脂及び溶剤よりなる硬化剤(b)、及び希釈剤(c)から成る樹脂塗装用プライマーにおいて、(a)、(b)及び(c)の少なくとも1つの構成分が乳酸低級アルキルを含有しており、(a)、(b)及び(c)の混合時(塗装時)に、全溶剤分及び希釈剤分の総量に対する該乳酸低級アルキルの含有率が25重量%以上であり、そして芳香族性溶剤の存在量は20重量%以下であることを特徴とする樹脂塗装用プライマー」(特許請求の範囲)
「主剤(a)中の溶剤分の組成(%)
乳酸エチル(32.0)、エタノール(25.0)、イソプロピルアルコール(12.0)、酢酸エチル(8.0)、シクロヘキサノン(2.0)、n-ヘプタン(15.0)、ソルベントナフサ(6.0)」(第3ページ左下欄下より6〜1行)
「希釈剤(c)の組成(%)
乳酸エチル(50)、エタノール(45)、シクロヘキサノン(5.0)」(第3ページ右下欄第10〜12行)
「主剤(a)中の溶剤分の組成(%)
乳酸エチル(19.3)、イソブタノール(20.8)、エタノール(17.4)、n-ブタノール(8.7)、メタノール(1.5)、トルオール(14.6)、シクロヘキサノン(1.9)、酢酸エチル(7.8)、エチルセロソルブ(1.6)、ブチルセロソルブ(6.4)」(第4ページ左上欄第10〜16行)
「希釈剤(c)の組成(%)
乳酸エチル(40.0)、エタノール(32.0)、酢酸エチル(10.0)、シクロヘキサノン(5.0)、酢酸ブチル(8.0)、メチル・イソブチルケトン(5.0)」(第4ページ右上欄第4〜8行)
「希釈剤(c)の組成(%)
酢酸エチル(10.0)、エタノール(35.0)、乳酸エチル(40.0)、シクロヘキサノン(5.0)、セロソルブアセテート(10.0)」(第4ページ左下欄下より7〜4行)
【甲第9号証】特開昭61-289019号公報
「美爪エナメル除去剤」(発明の名称)
「ソヂウム・モンモリロナイトの水膨潤ゲル体にニトロセルローズ易溶で100℃以上の沸点を有する親水性有機溶剤を混合して成る、揺変性を持つゲル状またはペースト状の美爪エナメル除去剤及びその製造法に関する。」(特許請求の範囲第1項)
「…親水性有機溶剤としては、ラクトン類のγ-ブチロラクトン…、酸アミド類のテトラメチル尿素…、エステル類の乳酸メチル、乳酸エチル、エチレングリコールモノアセテート、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、アルコールエーテル類のメチルセロソルブ、…のそれぞれ、または混合して用いることができる。」(特許請求の範囲第2項)
「実施例 (1) (2) (3)
水膨潤ソジウム・モンモリロ
ナイトゲル 実質分6% 20 22 18
各種有機溶剤
プロピレンカーボネート 50 55 53
アセトン 20 10 15
乳酸エチル 3 2
酢酸ブチル 2
スクワラン 7 7 7
ビタミンE 3 3 3」(第2ページ右上欄第8〜17行)
【甲第10号証】特開昭52-30504号公報
「(a)…有機溶剤可溶性で水不溶性のポリビニルフォルマール樹脂および
(b)かかるポリビニルフォルマール樹脂に対する光増感剤および架橋剤である有機溶剤可溶性アリールジアジド化合物の混合物を有機溶剤に溶解した溶液からなり、…感光性耐蝕被膜組成物。」(特許請求の範囲第1項)
「溶液に対して使用される適当な有機溶剤は、例えば、アセトニトリル、ジメチルアセトアミド(DMAC)、プロピオニトリル、アニリン、ジメチルホルムアミド、エチルラクテート、1,4-ジオキサン、N-メチル-2-ピロリドンおよびこれらの混合物を含有する。」(第4ページ右下欄第13〜18行)(注;「エチルラクテート」は「乳酸エチル」と同じ)
第7ページ左下欄の「第II群の溶剤:適度な水素結合」の表中の第16番目の溶剤名欄に「メチルラクテート」(注;「乳酸メチル」と同じ)が記載されている。
【甲第11号証】特開昭59-37539号公報
「支持体上に、少なくとも(A)(a)一般式(I)…で表される芳香族ジカルボン酸単位、(b)スルフォネート塩の基を有するジカルボン酸単位、および(c)一般式(II)…で表されるジオール単位を含有する光架橋性ポリエステル、
(B)少なくとも2個の付加重合性末端不飽和二重結合を有するエチレン性不飽和化合物、(C)光重合開始剤、および、
(D)少なくとも2個のカルボキシル基を含有する脂肪族カルボン酸またはその無水物から成る感光層を有する事を特徴とする感光性平版印刷版。」(特許請求の範囲第1項)
「好適な溶媒は、光架橋性ポリエステルの組成及び分子量によって異なるが、スルフォネート塩の基を有するジカルボン酸単位の含有率が低い場合には、…
一方、スルフォネート塩の基を有するジカルボン酸単位の含有率が高い場合には、水、ジアセトンアルコール、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸-n-ブチル、乳酸-i-ブチル等のケトアルコール及びヒドロキシ基含有脂肪酸エステル類も有効となる。」(第8ページ右下欄下より6行〜第9ページ右上欄第6行)
【甲第12号証】特開昭51-28001号公報
「基材上の感光被覆及びその製造法」(発明の名称)
「少なくとも一方の表面上に感光性成分及び親油性樹脂を混合物状で含む被覆を有する基材からなり、該被覆はそれが基材に近くなるほど感光性成分に富み且つ基材から離れた被覆の表面上で親油性樹脂に富み、そしてそれらの間で勾配のある組成を有するようなものにした感光製品」(特許請求の範囲第1項)
「I.感光性成分、親油性樹脂、該感光性成分が可溶な低沸点溶媒及び該親油性樹脂が可溶であるが該感光性成分が実質上不溶である高沸点溶媒の溶液を形成し、
II.次いでこの溶液を基材に被覆し、
III.前記低沸点溶媒が前記高沸点溶媒の前に最初に実質上蒸発せしめられるように被覆から溶媒を蒸発させる工程からなる、基材に近いほど感光性成分に富み且つ基材から離れた被覆の表面上で親油性樹脂に富み、そしてそれらの間で勾配のある組成を有する感光被覆を基材上で製造する方法。」(特許請求の範囲第2項)
「この被覆を作るためにはネガチブ作用型かポジチブ作用型のいずれかの感光剤を使用し得る。ネガチブ型作用型感光剤の例は、下記に示す。ポジチブ型感光剤の例は、米国特許第…号及び第3,589,898号に記載されているものである。」(第4ページ右上欄第1〜5行)
「本発明に従う印刷版及び製品を製造するための被覆用組成物を作るために、前述の水溶性の感光性ジアゾ反応生成物と配合できる合成樹脂は、業界で普通に知られ使用されている多くの樹脂を包含する。…
前記の因子を実質的に満足することがわかったのみならず良好な安定性、実質上又は完全に水性の現像剤による現像の容易性、高品質の画像形成及び異例なほどの印刷寿命を有するプリセンシタイズ平版用印刷版を製造するのにも利用できる樹脂の種類の中には、エポキシド、フェノール化合物、特にフェノール性アルデヒド、アクリル系、ポリアミド、ポリスチレン系、ポリ塩化ビニル系及びポリ酢酸ビニル系である。その他の好適な樹脂は、ポリエステル、ポリアセタール、ポリスルフィド及びポリウレタンである。…
エポキシドの例は、…。
フェノール樹脂、特にフェノール-アルデヒド樹脂の例は、例えばフェノール類、クレゾール、レゾルシン又はフロログルシンとホルムアルデヒド又はアセトアルデヒドとの縮合生成物である。この樹脂は、酸性媒質中で縮合されるノボラック型であってもよく、又はアルカリ性媒質中で縮合されるレゾール型のものであってもよい。…。
ポリアミド系の例は、…。」(第5ページ右上欄下より2行〜第6ページ左上欄第17行)
「工程2の溶液を形成するためのに樹脂組成物を溶解するのに使用し得る高沸点溶媒は第一の溶液のために選定した溶媒よりも少なくとも約5℃だけ高い沸点を有し、しかも樹脂の溶液を感光性成分と低沸点溶媒との第一の溶液と混合したときに相溶性で均質な溶液を形成するようなものである。その例は、乳酸エチル、シクロヘキサノン、ベンジルアルコール、乳酸ブチル、エチレングリコール、メチルセロソルブアセテート、酢酸イソブチル、酢酸アミル、メチルイソブチルケトン、セロソルブなどである。」(第7ページ右下欄第2〜12行)
「例1
I.30部のメチルセロソルブ(沸点124℃)に、p-ジアゾフェニルアミン硫酸塩のパラホルムアルデヒド縮合生成物とベンゼンスルホン酸の生成物2重量部を溶解した。
II.70部のシクロヘキサノン(沸点155℃)に6部のエポキシ樹脂(…)を溶解した。
III.I及びIIで調製した溶液を混合し、…アルミニウム基材の表面に被覆するのに使用した。溶液I及びIIの混合物からの被覆は浸漬法により適用し、800°Fで2分間乾燥した。…従来のオフセット印刷機に取りつけて何千部の満足できる印刷を生じるのに適した平版印刷版を生じた。
例2

例3
例1の方法を繰り返した。ただし、工程IIにおける樹脂のための溶媒は60部の乳酸エチル(沸点154℃)であった。例1におけるように、何千部のコピーを印刷するのに適した平版印刷版が製造された。」(第11ページ右上欄第2行〜左下欄第14行)
【甲第13号証】米国特許第3,589,898号明細書
「オルトナフトキノン-1,2-ジアジド又はオルトベンゾキノン-1,2-ジアジドを含む感光性の被膜であって、強い光を露光することにより吸収域が500nmを超える色調に変化するホトクロミック化合物を版の露光後現像前において像を背景から区別するのに充分な量で存在するよう全体にわたって分散した被膜をその上にもつ支持体を含むポジ型プリセンシタイズ平版用印刷版」(Claim1.第2欄第30〜39行)
「実施例1
ナフトキノン-1,2-ジアジド-5-スルホニルクロリドとフェノールホルムアルデヒド樹脂(Alnovol 429)との縮合生成物を英国特許第711625号明細書に記載されているように調製した。縮合生成物を2-メトキシエタノールに溶かして5%の溶液とし、この溶液に1重量%の2,2′,4′-ジニトロベンジルピリジンを加えた。次いでその溶液を…アルミニウム板に塗布し、乾燥した。…このように形成された感光板を紫外光を用い原版に像様露光した。露光後すぐに露光されて青色となった背景から黄色の像が視覚上弁別された。次いで水性アルカリ溶液例えばリン酸トリナトリウム水溶液で板を拭って青色の背景領域を取り除くことにより像を現像した。」(第1欄第61行〜第2欄第15行)
4-3.対比・判断
まず、本件特許発明と甲第4号証に記載された発明ないし甲第5号証に記載された発明とを比較すると、
本件特許発明と甲第4号証に記載された発明ないし甲第5号証に記載された発明とは、
ともに「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物を溶剤に溶解してなるポジ型感放射線性樹脂組成物」であって、アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物との配合比も一致している。
しかし、アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物を溶解する溶剤が、
本件特許発明では「モノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤」であるのに対し、甲第4号証に記載された発明ないし甲第5号証に記載された発明では、他の溶剤が開示されている点で相違している。
甲第6号証ないし甲第11号証の記載によれば、「乳酸メチル」、「乳酸エチル」、「乳酸ブチル」などの「モノオキシモノカルボン酸エステル類」が溶剤としては良く知られたものであることが認められる。しかし、これらは、甲第4号証ないし甲第5号証に記載された発明のような「ポジ型感放射線性樹脂組成物」を形成するための「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物」を溶解するための溶剤としては開示されていないし、そのように用いることが示唆されているわけでもない。
また、甲第12号証には、平版印刷版等の製造において親油性樹脂が可溶であるが感光性成分(具体的にはネガ型感光剤であるジアゾ化合物)が実質上不溶である高沸点溶媒の例として「乳酸エチル」や「乳酸ブチル」が開示されているが、これらを、本件特許発明のような「ポジ型感放射線性樹脂組成物」を形成するための「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物」を溶解する溶剤として用いることは、開示されていないし、示唆もされていない。なお、甲第12号証には、「ポジチブ型感光剤の例は、米国特許第3,589,898号に記載されているものである」との記載はあるが、甲第12号証に開示されている「乳酸エチル」や「乳酸ブチル」は、親油性樹脂が可溶であるが感光性成分(具体的にはネガ型感光剤であるジアゾ化合物)が実質上不溶である高沸点溶媒の例として開示されているにすぎず、甲第12号証により甲第13号証に記載されているとされるポジ型感光剤である「オルトナフトキノン-1,2-ジアジド又はオルトベンゾキノン-1,2-ジアジド」あるいは「ナフトキノン-1,2-ジアジド-5-スルホニルクロリドとフェノールホルムアルデヒド樹脂との縮合生成物」に対する溶剤として、「乳酸エチル」や「乳酸ブチル」が甲第12号証に開示や示唆がされているわけではない。
結局、「乳酸メチル」、「乳酸エチル」、「乳酸ブチル」などの「モノオキシモノカルボン酸エステル類」は、溶剤としては良く知られたものであることは上記各甲号証に記載された発明における開示から認められるが、これらを、甲第4号証ないし甲第5号証に記載された発明のような「ポジ型感放射線性樹脂組成物」を形成するための「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物」を溶解する溶剤として用いることは、甲第6号証ないし甲第13号証には開示されていないし、示唆もされていない。
ところで、請求人は、甲第14号証を示し、本件特許発明の効果は従来のものに比べて優れたものではない旨主張している。
すなわち、本件特許発明の実施例で用いられている2-オキシプロピオン酸エチルと甲第5号証の発明の実施例で用いられているシクロペンタノンと甲第5号証において比較例で用いられているエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートとにつき、微粒子の発生個数を比較して、2-オキシプロピオン酸エチルの粒径0.5μm以上の微粒子の発生個数はシクロペンタノンのそれよりも若干低いが、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテートのそれとほとんど同じであること、粒径0.2〜0.3μm及び粒径0.3〜0.5μmの微粒子の発生個数が、むしろ2-オキシプロピオン酸エチルの方がシクロペンタノンやエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートよりも著しく高くなっていることを、指摘している。
しかし、2-オキシプロピオン酸エチルは、ピンホール密度に影響する粒径0.5μm以上の微粒子の発生個数については、甲第5号証の発明の実施例で用いられているシクロペンタノンと比較しても同程度以上の効果を示したのであるから、アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物を溶解させてなるポジ型レジストにおいて、従来から課題でありその他の溶剤では解決できなかった保存安定性の問題を、従来そのようなレジストには用いられてはいなかったモノオキシモノカルボン酸エステル類を溶剤として用いることにより解決できた本件特許発明の効果を否定することはできない。
なお、甲第5号証において比較例で用いられているエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートは、ゲル状物の発生が生じることから、もともと「ポジ型感放射線性樹脂組成物」を形成するための「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物」を溶解する溶剤としては貯蔵安定性が良くないものであり、比較する対象としては適当でない。また、本件特許発明においては微粒子の発生はピンホール密度との関係で意味があるものであり、2-オキシプロピオン酸エチルが粒径0.2〜0.3μm及び粒径0.3〜0.5μmの微粒子の発生個数が高かったとしても、本件特許発明におけるピンホール密度には特に影響を与えているとは認められないので、この点で本件発明の効果を否定することはできない。
すなわち、本件特許発明は、上記甲各号証からは予期できない本件特許明細書記載の効果を奏するものと認められる。
したがって、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第4号証ないし甲第13号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

5.明細書の記載不備について
5-1.請求人の主張
本件特許明細書の実施例1及び8〜13においては、1,2-キノンジアジド化合物として、エチレングリコール-ジ(3,4,5-トリヒドロキシベンゾエート)-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸ペンタエステル、2,2-ビス(2,3,4-トリヒドロキシフェニル)プロパン-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸ペンタエステル、モリン-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸テトラエステル、2,2′ 4,4′-テトラヒドロキシベンゾフェノン-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸テトラエステル、ケルセチン-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸テトラエステル、1,8-ビス(2,3,4-トリヒドロキシベンゾイル)オクタン-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸ペンタエステル、及び2,3,4,4′-テトラヒドロキシベンゾフェノン-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸トリエステルをそれぞれ用いている。
ところで、一般に1分子中に複数の反応活性基が存在する多官能性化合物においては、分子中の各反応活性基における反応性が相互に異なるため、化学反応の進行状況に伴ない、その反応性の差異に応じて、各反応段階における反応生成物は、確率的な割合で生成した複数の化合物の混合物として得られることが、化学的な常識となっている。したがって、ポリヒドロキシ化合物のような多官能性化合物と1,2-キノンジアジドスルホニルクロリドのような単官能性化合物との反応においては、後者を化学量論量よりも少ない割合で反応させた場合、換言すれば前者のヒドロキシル基の数よりも少ない数の1,2-キノンジアジドスルホニル基をもつエステルを形成させようとした場合には、未反応物から全ヒドロキシル基が1,2-キノンジアジドスルホニル基によって置換されたエステルまでの、置換割合の異なる複数のエステルの混合物が生成することは明らかである。
これらは、甲第15号証(特願昭59-239330号(特公昭62-28457号)の特許異議申立事件において、日本合成ゴム株式会社が提出した特許異議申立理由補充書副本)において、本件特許権者自身が主張し、田中康之の実験報告書によって実証済みの事実である。
しかるに、前記した実施例1及び実施例8〜13において用いられている1,2-キノンジアジド化合物は、いずれもその製造原料であるポリヒドロキシ化合物のヒドロキシル基の数よりも少ない1,2-キノンジアジドスルホニル基によって置換されているものであり、単一生成物としては得られないものであることを前記のごとく特許権者自身が認めているにも拘らず、単一化合物として用いたことになっている。ところで、このように通常の方法では化学常識上、入手不可能と認められる試料を用いた場合には、その製造方法を明記しなければならないが、本件特許明細書には、これらの1,2-キノンジアジド化合物の製造方法について一切記載されていないので、第三者がそれを追試して効果を確認することができない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明について、当業者が容易に実施しうる程度にその効果が記載されているとは認められないし、むしろ特許権者自身がその存在を否定している1,2-キノンジアジド化合物を用いて行ったとする実施例自体著しく信ぴょう性を欠くものであって、これに基づいてなされた本件特許発明の効果は非常に疑わしいものというべきである。
以上の点において、本件特許はその出願時に施行されていた特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものと認められる。
5-2.判断
本件特許明細書の実施例1及び8〜13において用いられているペンタエステル、テトラエステル、トリエステルの記載は、被請求人が提出した乙第2号証(特開昭60-163043号公報)の記載(特に、実施例1(2)感光体の合成、第1表の記載)を参酌すると、ポリヒドロキシ化合物1モルに対し1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホニルクロリドをそれぞれ5モル、4モルおよび3モル反応させて得られたものを、出願当時慣用的に呼称したものであるとするのが妥当であるので、本件特許明細書には当業者が容易に実施しうる程度に本件特許発明およびその効果が記載されていると認められ、本件特許明細書には特許法第36条第3項の規定に違反する記載不備はない。
6.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることができない。審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-03-19 
結審通知日 2001-03-30 
審決日 2001-04-10 
出願番号 特願昭61-153849
審決分類 P 1 112・ 1- Y (G03C)
P 1 112・ 531- Y (G03C)
P 1 112・ 121- Y (G03C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 阿久津 弘  
特許庁審判長 高橋 美実
特許庁審判官 森 正幸
矢沢 清純
登録日 1994-02-10 
登録番号 特許第1822375号(P1822375)
発明の名称 ポジ型感放射線性樹脂組成物  
代理人 阿形 明  
代理人 須藤 阿佐子  
代理人 花岡 巌  
代理人 大島 正孝  
代理人 高崎 仁  
代理人 新保 克芳  

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