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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H02K
審判 全部申し立て 2項進歩性  H02K
審判 全部申し立て 発明同一  H02K
審判 全部申し立て 特174条1項  H02K
管理番号 1064487
異議申立番号 異議2001-70369  
総通号数 34 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-02-13 
種別 異議の決定 
異議申立日 2001-01-29 
確定日 2002-08-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第3072504号「電動機の回転子」の請求項1ないし3に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3072504号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
特許第3072504号(以下「本件」という。)の請求項1乃至3に係る発明は、平成8年7月18日に特許出願され、平成12年6月2日にその発明について設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人樋口守孝より特許異議の申立てがなされ、平成13年5月25日に取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成13年7月23日に特許異議意見書が提出されたものである。
そして、本件の請求項1乃至3に係る発明はその特許請求の範囲の請求項1乃至3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
(請求項1)「各極における断面形状が略V字形または略C字形の磁石を凹
部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子において、
前記磁石における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、この切り欠いた部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差しない範囲とし、この切り欠いた部分が前記鉄心によって埋められていることを特徴とする電動機の回転子。」(以下「本件発明1」という。)
(請求項2)「前記磁石における凹部側縁部の切り欠いた部分は、磁石両端に直線状に設けるとともに、両端のものが同一直線上で切り欠いてあることを特徴とする請求項1に記載の電動機の回転子。」(以下「本件発明2」という。)
(請求項3)「前記磁石は、各極において凹凸の方向を揃えて多重に埋め込まれていることを特徴とする請求項1または2に記載の電動機の回転子。」(以下「本件発明3」という。)

2.申立の理由の概要
特許異議申立人樋口守孝は、
(1)本件発明1乃至3は、甲第1号証(米国特許第4924130号明細書)、甲第2号証(国際公開第92/01326号パンフレット)、甲第3号証(実願平5-11418号(実開平6-66277号)のCD-ROM)、甲第4号証(日経メカニカル,日本,日経BP社,1996年 6月24日,第483号,フロントページ及び第51〜55頁)及び甲第5号証(実願昭62-191072号(実開平1-96769号)のマイクロフィルム)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、
(2)本件発明1乃至3は、甲第6号証(特願平8-99721号(特開平9-289746号))の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件の発明者が甲第6号証の特許出願に係る発明をした者と同一であるとも、本件出願の時において、本件出願人が甲第6号証の出願人と同一であるとも認められないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができず、
(3)平成11年12月7日付けでした手続補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、
(4)本件の請求項2の記載が、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないから、本件の請求項1乃至3に係る発明の特許は、特許法第113条第1号、第2号又は第4号に該当すると認められるから、取り消されるべきである旨主張している。

3.甲第1乃至6号証記載の発明
(1)甲第1号証記載の発明
甲第1号証には、
1欄13行乃至15行に、“This invention refers to reluctance synchronous electric machine fed by an electronic power circuit by vectorial control of the feed current.”(決定訳:本発明は、ベクトル制御されるリラクタンスシンクロナス機(モータ&発電機)に関するものである。)、
2欄40行乃至3欄6行に、“In view of the above, the object of this invention is to allow a more favorable exploitation of the characteristics of a system comprising a reluctance electric machine and the pertinent electronic power circuit (inverter) intended for feeding the machine, by avoiding the need for proportioning the inverter in view of a dimensioning power much greater than the active power required. The conception on which the invention is based is to foresee for the rotor a particular structure which, in the nominal conditions of operation, gives rise to a reduced value (tending to null) of the magnetic flux along the quadrature axis, which gives a negative contribute to the produced torque and corresponds to a voltage component along the direct axis, which increases the amplitude of the voltage when a mechanical power is generated.
The object of the invention is attained by means of reluctance synchronous electric machine having a rotor with an axial magnetic segmentation comprising axial layers of ferromagnetic material alternated with intercalary layers of non-ferromagnetic material, characterized in that some permanent magnets are inserted within said intercalary non-ferromagnetic layers, with an orientation such as to give rise to a magnetic flux along the direction of the quadrature axis and in the sense opposite the magnetic flux produced by the quadrature component of the current which flows through the stator windings.
Preferably said permanent magnets are proportioned in such a way that the magnetic flux produced by them has equal amplitude and sense opposite the magnetic flux produced by the quadrature component of the current which flows through the stator windings when the machine is in the nominal conditions of operation. ”(決定訳:先に述べたように、本願発明の目的はリラクタンスシンクロナス機を駆動させるために必要な駆動電源容量よりも、さらに大きい電源容量のインバータを使用することなくリラクタンスシンクロナス機とインバータを最適な状態で使用出来るようにすることにある。本発明の基本となる考えは、定格運転状態で発生するq軸磁束(無駄な磁束)が負のトルクとd軸方向の無効電圧を発生させるのを押さえるための特徴あるロータ構造にある。本願発明の目的は、強磁性体から成る層と非磁性体からなる層を交互に配置されて成るリラクタンスシンクロナス機によって達成される。この非磁性層には永久磁石が挟み込まれてあり、この永久磁石の磁束はq軸磁束と対抗するように反対方向に磁化されている。この永久磁石の作る磁束は、定格運転状態でステータ巻線に流れるq軸電流によって発生するq軸磁束と大きさが同じで反対方向であることが好ましい設定である。)、
第6欄第13-19行に、“In the embodiment according to FIG.5, the ferromagnetic sheets L which from a part of the axial laminations are not curved, but they are bent according to a polygonal shape. In this case the intercalary spaces I are formed by plane segments, and permanent magnets M shaped as plane plates may be easily inserted into the intercalary spaces I.”(第5図に示す実施例においては、軸方向積層の1枚である磁性シートLは曲線状ではなく多角形状に曲がっている。この場合、挿入スペースIは平面部によって構成され、おそらく、平板状の永久磁石Mは挿入スペースIに容易に挿入される。)と、
また、第8欄第25-40行に、“When the intercalary non-ferromagnetic layers I of the magnetic segmentations of the rotor are substantially closed towards the magnetic gap (bottom portion of the diagram of FIG.7), whatever may be the width of the ferromagnetic layers L which separate the intercalary non-ferromagnetic layers I, the desired condition is attained when the pitch PR of the magnetic segmentations of the rotor (measured at the magnetic gap) is equal to the pitch PS of the stator slots (also measured at the magnetic gap), or to a multiple thereof. As it may be understood, this is a particular case of the former condition, obtained when the width of the intercalary layers I at the magnetic gap is reduced to null, whereby (only at the magnetic gap) the width LL of the ferromagnetic layers L occupies the entire pitch PR of the magnetic segmentations of the rotor. ”(回転子磁気分割の挿入非強磁性層Iの幅が実質的に磁気空隙に向かって閉じている場合(FIG7の図面の下の部分)、挿入非強磁性層Iで切り離された強磁性層Lの幅に関わらず、回転子磁気分割の(磁気空隙にて測定した)ピッチPRが(同じく磁気空隙にて測定した)固定子スロットのピッチPSに等しいか、あるいは、その倍数に等しいことにより所望の条件が達成される。(磁気空隙においてのみ)強磁性層Lの幅LLが回転子磁気分割のピッチPRの全体を占めることによって、挿入層Iの幅が磁気空隙にて零に減少する場合が、前記の条件の特別な場合であることが理解できる。)
と記載され、第7図の図面の下の部分には挿入層Iの幅が磁気空隙にて零に減少する点が図示されており、また、第3乃至6図には、複数の平板状の磁石Mを間隔を空けて、各極における断面形状が全体として略V字形または略C字形に凹部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んだ磁石挿入層Iを設けた電動機の回転子が図示されているから、甲第1号証には、
「複数の平板状の磁石を間隔を空けて、かつ、端部を空洞として磁石を埋め込むように各極における断面形状が全体として略V字形または略C字形に凹部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んだ磁石挿入層を設けた電動機の回転子において、前記磁石挿入層における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側縁部に面取りを設けた電動機の回転子。」(以下「甲第1号証記載の発明」という。)
が開示されていると認めることができる。

甲第2号証記載の発明
甲第2号証には、第8頁第20-24行に、「図4は、回転子7がブラシレスモータ20の内部にある時の該回転子7の磁力線の流れを示している。永久磁石30のN極より出た磁力線は、前記ブリッジ26を通りS極に達するが、ブリッジ26は幅が十分小さく設定されているので、容易に飽和磁束密度に達する。」という記載があり、また、図4には、永久磁石縁部の両側に面取りが設けられていることが図示されているから、「磁石を鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子において、前記磁石における縁部の両側に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、この切り欠いた部分が前記鉄心によって埋められている電動機の回転子。」(以下「甲第2号証記載の発明」という。)が開示されていると認めることができる。

甲第3号証記載の発明
甲第3号証には、段落【006】に「図4は、第4の実施例を示す断面図である。この例は、第3の実施例を第2の実施例と同様にしたもので、V字状のスリット45a,45b,45cを設けてある。ただし、この場合は、スリット45aの端部はギャップ面46とほぼ平行にしてある。永久磁石71a,71b,71cは、各スリット45a,45b,45cと相似形にし、V字の底部で左右に2分割してある。」という記載があり、また、図4には外周側の永久磁石71aの凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に切り欠いた部分が設けられていることが図示されているから、「各極における断面形状が略V字形の磁石を凹部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子において、前記外周側の磁石における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に切り欠いた部分を設けるとともに、この切り欠いた部分が前記鉄心によって埋められている電動機の回転子。」(以下「甲第3号証記載の発明」という。)が開示されていると認めることができる。

甲第4号証記載の発明
甲第4号証には、第52頁の右下欄第10〜14行に「あらかじめ永久磁石の断面形状を打ち抜いた、厚さ0.5mm程度のステンレス製円盤を積層して、打ち抜き部分に永久磁石を埋め込む(図3)。」という記載があり、第52頁の図3には永久磁石の断面形状を打ち抜いた薄板の円盤を積層し、打ち抜き部分に永久磁石を埋め込んだ様子が写真で示されており、また、第52頁右下欄第21行〜第53頁左下欄第16行には、「東芝は、従来、ロータとして円弧型に配置していた永久磁石を逆円弧状の配置に転換することにより[図4(a)]、モータの効率を定格時(高速回転時)で約4%、実用上使用頻度の高い中・低速域の運転条件ではそれ以上の効率改善を実現したという。円断面中、四つに分割されたそれぞれの磁石からの磁束が、機械角で60°に相当するステータコイルの通電区間(磁界を発生する巻き線部分)に集中するように検討した結果、逆円弧の磁石配列を見い出した[図4(b)]。円弧配列の場合、四つに分割された磁石のそれぞれの磁束密度は、機械角90°に渡ってほぼ均一に分布してしまう。逆円弧配列により従来の円弧配列に比べ有効磁束量を約20%増加できた。」という記載があり、第53頁左上の図4の右側には「磁石逆円弧配置」の様子が図示されている。そして、前記図3、図4から永久磁石の凸部側縁部及び凹部側縁部には交差しない範囲で面取りが設けられ、また、該面取り部分と鉄心との間には空隙が設けられていることが認められるから、甲第4号証には、「各極における断面形状が略C字形の磁石を凹部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子において、前記磁石の凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側縁部に面取りを設け、この切り欠いた部分は交差しない範囲とし、この切り欠いた部分に空隙が設けられた電動機の回転子。」(以下「甲第4号証記載の発明」という。)が開示されていると認めることができる。なお、甲第4号証のフロントページの写真及びイラストと、第53ページの図4(a)<磁石逆円弧配置>の図面とからでは、永久磁石の縁部の面取りについて凹部側縁部の面取りと凸部側縁部の面取りとのどちらが大きいかまでは断定することはできず、また甲第4号証の他の記載からみても凹部側縁部の面取りと凸部側縁部の面取りとのどちらが大きいかまでは明確ではないから、甲第4号証に「永久磁石の縁部で切り欠いた面取りは凹部側縁部が凸部側縁部の面取りよりも大きいこと」が示されているとは認めることができない。

甲第5号証記載の発明
甲第5号証には、第2頁第6〜8行に「従来の回転電機の回転子は以上のように構成されているので、回転子の高速回転に伴う遠心力によりマグネットが飛び散るという問題点があった。」と、また、第2頁第17〜19行に「この考案においては、先端をL字形に曲げた押圧部材がマグネットの内径に設けた面取部にはまり込む。」と記載があり、第1図には略C字形の永久磁石の凹部側縁部及び凸部側縁部に面取りが設けられことが図示されているから、「各極における断面形状が略C字形の磁石を凹部側が内側を向くように鉄心の表面に固定して構成する電動機の回転子において、前記磁石における凹部側縁部に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側縁部に面取りを設けた電動機の回転子。」(以下「甲第5号証記載の発明」という。)が記載されているものと認めることができる。

甲第6号証の記載
甲第6号証には、段落【0011】に「図1において、1はロータであり、珪素鋼板から成るロータコア2、ロータコア2内に各極毎に半径方向に平列させて2層に埋め込んだ永久磁石3、及び回転軸4にて構成されている。永久磁石同期電動機は、このロータ1の回転軸4を軸受(図示せず)回転自在に支持するとともに、ロータ1の外周を取り囲むように配設されたステータ巻線(図示せず)に電流を流して回転磁界を形成し、ロータ1を回転駆動するように構成されている。」と、段落【0012】に「ステータ巻線に流れる電流による磁束がロータ1内部を通り抜ける通路には、永久磁石3を貫通してその積層方向に通り抜けるd軸方向のフラックスパスと、永久磁石3に沿ってd軸と電気角が直交する方向にロータコア2を通り抜けるq軸方向のフラックスパスとがあり、5は永久磁石3、3間の第1のq軸フラックスパス、6はロータ外周と半径方向外側の永久磁石3の間の第2のq軸フラックスパスである。」と、また、段落【0022】に「なお、上記実施形態ではロータに永久磁石を2層に埋め込んだものを例示したが、3層以上の多層構造のロータに適用しても同様の効果が得られる。」と記載されている。そして、図2には、内周側の永久磁石における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、この切り欠いた部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差しない範囲とした点、及び、外周側の永久磁石における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、この切り欠いた部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差する範囲とした点が図示されている。

4.当審の判断
4-1.異議申立理由1について
4-1-1.本件発明1について
ところで、異議申立人は、異議申立理由1において、甲第1号証記載の発明を主引用例とし本件発明1と甲第1号証記載の発明の一致点、相違点を摘示し、かかる相違点は甲第2号証記載の発明乃至甲第5号証記載の発明から当業者が容易に想到できたものである旨主張するが、甲第1号証記載の発明である前示「複数の平板状の磁石を間隔を空け、かつ、端部を空洞として磁石を埋め込むように、各極における断面形状が全体として略V字形または略C字形に凹部側が外側を向くように鉄心内に磁石挿入層を設けた電動機の回転子において、前記磁石挿入層における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側縁部に面取りを設けた電動機の回転子。」との発明の磁石の形状・配置は、前示甲第1号証の記載によればq軸磁束を打ち消すとの技術的課題を解決するために考慮されているものであって、かかる技術的課題が、各極における断面形状が全体として略V字形またはC字形の磁石挿入層に磁石を間隔を空けることなく、また、その端部を空洞とすることなく、すなわち、断面形状が略V字形またはC字形の磁石を採用し、磁石挿入層に埋め込むことによっても解決することが可能であると断定できる技術的理由は見当たらないのであるから、そうであれば、甲第1号証記載の発明には略V字形または略C字形の磁石の採用を妨げるべき事情が存在するということができる。
そうすると、本件発明1の容易推考性の判断に当たっては、本件発明1と同様に各極における断面形状が略C字形の磁石を凹部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子である甲第4号証記載の発明を主引用例として本件発明1と甲第4号証記載の発明の相違点につき検討するのが妥当な判断手法というべきなのである。
そこで検討するに、本件発明1と甲第4号証記載の発明とを対比すると、両者は「各極における断面形状が略C字形の磁石を凹部側が外側を向くように鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子において、前記磁石における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側縁部に面取りを設けた電動機の回転子。」の点で一致し、(1)本件発明1が凹部側縁部の切り欠いた部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差しない範囲としたのに対し、甲第4号証記載の発明はかかる構成を備えていない点、(2)本件発明が凹部側縁部の切り欠いた部分が鉄心によって埋められているのに対し、甲第4号証記載の発明は凹部側縁部の切り欠いた部分に空隙が設けられている点で相違する。
そこで、前記各相違点について検討する。
A.相違点(1)について
本件特許明細書の、「図1のように構成した回転子1aを図12に示したものと同じ固定子5内へ配置して電動機を構成し、回転子の進み角θ=10゜及びθ=20゜の場合における固定子磁束の流れをそれぞれ図2及び図3に示す。図2に示すθ=10゜の状態は従来例における図16の状態に対応しており、固定子鉄心6の特定の歯部8aから回転子鉄心2aへ入る固定子磁束は、符号12で示される従来の流路が新たに生じることになって、磁石3aを挟んで磁路が分散されることになる。」(特許公報段落【0019】)、「また、図3に示すθ=20゜の状態は従来例における図17の状態と対応しており、固定子鉄心6の特定の歯部8bから回転子鉄心2aへ入る固定子磁束は、符号13で示される従来の流路が新たに生じることになって、磁石3dを挟んで磁路が分散されることになる。これら図2及び図3に示す現象は、回転子1aの各磁石3a〜3dの回転子外周部と近接するすべての端部において同様に生じており、この結果、固定子と回転子間の固定子磁束による磁気吸引力回転子1aの回転方向と反回転方向とに分散され、回転子1aに作用するコギングトルク成分が減少する。」(同【0020】)、「本発明によれば、固定子鉄心の歯部と回転子鉄心との間で流出入を行う固定子磁束が、磁石が回転子外周部と近接する部分において特定の方向へ偏ることなく分散して流出入を行うようになり、磁気的吸引力が分散されて回転子に作用するコギングトルク成分が減少する。この結果トルクリップルが緩和されて電動機の運転に伴う振動、騒音を大幅に低減することができる。」(同段落【0029】)との記載によれば、本件発明1が相違点(1)にかかる構成を採用したのは、該構成によって磁石を挟んで磁路を分散される現象を利用してコギングトルクを減少させるという技術的課題を解決するためと認められるところ、異議申立人が前記相違点にかかる構成が示されていると主張する甲第5号証はこの構成を何ら示すものではない。
甲第5号証記載の発明は、前示のとおりマグネットの飛び散りが発生するのを回避するためのものであって、第1図には極数分に分割されたマグネットの形状として凹部側縁部に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側部に面取りを設けた形状が示されているが、図示された形状からは面取りに切り欠いた部分の何れが大きいかまでは把握できるものではない。
すなわち、明細書に添付された図面は明細書に記載された技術内容を理解するために供される限度で記載して足りるのであって、設計図面のような正確な形状・寸法までを要求されるものではないのであるから、このことを前提に甲第5号証の第1図に接すれば、面取りに切り欠いた部分の何れが大きいかまでは断定できないのである。
のみならず、甲第5号証記載の発明の技術的課題は前示のとおりマグネットの飛び散りが発生するのを回避するものであって、そのための構成は本件発明1のように各極における略C字形の磁石がその凹部側が外側を向くように構成されているものではなく、ましてや、鉄心内に埋め込んで使用するものでもないのであって、本件発明1が解決しようとする前示技術的課題を示唆するものではないから、甲第5号証記載の発明から本件発明1の前記相違点(1)にかかる構成が導き出させるものということもできない。
また、甲第1号証記載の発明、甲第2号証記載の発明及び甲第3号証記載の発明には本件発明1の前記相違点にかかる構成が記載されていないし、また、これを示唆するところもない。
B.相違点(2)について
前示の甲第2号証記載の発明及び甲第3号証記載の発明には、磁石における縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設け、この切り欠いた部分に鉄心を埋める技術が示されており、かかる技術を甲第4号証記載の発明に適用できないとする技術的理由は何ら存在するものではないから、本件発明1の相違点(2)にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。
そして、本件発明1は、前記相違点(1)にかかる構成によって、「本件発明によれば、固定子鉄心の歯部と回転子鉄心との間で流出入を行う固定子磁束が、磁石が回転子外周部と近接する部分において特定の方向へ偏ることなく分散して流出入を行うようになり、磁気吸引力が分散されて回転子に作用するコギングトルク成分が減少する。この結果トルクリップルが緩和されて、電動機の運転に伴う振動、騒音を大幅に低減することができる。」(特許明細書【段落0029】)という甲第1号証乃至甲第5号証に記載されたものから予測することのできない作用効果を奏するものである。
したがって、本件発明1は甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、これに反する特許異議申立人の主張は採用することができない。

4-1-2.本件発明2について
本件発明2が本件発明1を引用し、磁石の切り欠いた部分について、「磁石両端に直線状に設けるとともに、両端のものが同一直線上で切り欠いてある」との構成を付加限定するものであることは請求項2の記載に照らして明らかである。
前示4-1-1.のとおり本件発明1が甲第1号証乃至甲第5号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、本件発明2も当然に甲第1号証乃至甲第5号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいうことはできず、これに反する特許異議申立人の主張は採用できない。

4-1-3.本件発明3について
本件発明3が本件発明1または本件発明2を引用し、本件発明1または本件発明の磁石について、「各極において凹凸の方向を揃えて多重に埋め込まれている」との構成を付加限定するものであることは請求項3の記載に照らして明らかである。
前示4-1-1.、4-1-2.のとおり本件発明1及び本件発明2が甲第1号証乃至甲第5号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、本件発明2も当然に甲第1号証乃至甲第5号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいうことはできず、これに反する特許異議申立人の主張は採用できない。

4-2.異議申立理由2について
4-2-1.本件発明1
本件発明1が各極の磁石の層数につき何ら限定するものでないことは請求項1の記載に照らして明らかであり、本件発明1と各極の磁石の層数が二層であることを必須の構成要件とする先願発明との発明の同一性の判断における両者の対比の限度では、本件発明1の各極の磁石の層数を二層と限定して解釈するのが妥当というべきであり、このことを前提に本件発明1と先願発明とを対比すると、両者は「各極における断面形状が略C字形の磁石を凹部側外側を向くように鉄心内に埋め込んで構成する電動機の回転子において、前記磁石における凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分に面取り状に切り欠いた部分を設けるとともに、凸部側縁部にも面取りを設け、この切り欠いた部分が前記鉄心によって埋められている電動機の回転子。」の点で一致し、本件発明1の面取り状に切り欠いた部分が二層ともに凹部側縁部の回転子外周に近接する部分の面取り状に切り欠いた部分が凸部側縁部の面取りより大きく、且つ、交差しない範囲としてあるのに対し、先願発明は外周側(第一層)の磁石の凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分の面取り状の切り欠いた部分が凸部側縁部の面取りより大きく、且つ、交差し、内周側(第二層)の磁石の凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分の面取り状の切り欠いた部分が凸部側縁部の面取りより大きく、且つ、交差しない範囲とされている点で相違する。
そこで、前記相違点について検討する。
本件発明1と先願発明とが実質的に同一であるといえるには、前記相違点にかかる構成が課題解決のための具体化手段における微差であることを要し、また、具体化手段における微差といえるには両者の発明が解決しようとする課題が共通し、そして、それぞれの具体化手段の技術的意義が明確に把握できるものでなければ微差であることの評価はできないいうべきところ、先願明細書には本件発明1の前示の技術的課題について何ら示すものではなく、さらに、先願発明の前示の外周側(第一層)の磁石の凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分の面取り状の切り欠いた部分が凸部側縁部の面取りより大きく、且つ、交差し、内周側(第二層)の磁石の凹部側縁部の回転子外周部に近接する部分の面取り状の切り欠いた部分が凸部側縁部の面取りより大きく、且つ、交差しない範囲とする構成の技術的意義についても何ら記載するものではなく、このような発明の技術的課題、その構成の技術的意義が明確に把握できない先願発明を基礎にして本件発明1の前記相違点にかかる構成が具体化手段における微差であるとはいうことができない。
したがって、本件発明1は先願発明と同一であるとも、実質的に同一であるともいえない。

4-2-2.本件発明2
前示4-2-1.の本件発明1と先願発明の同一性判断と同旨の理由により、本件発明2は先願発明と同一であるとも、実質的に同一であるともいえない。

4-2-3.本件発明3
前示4-2-1.の本件発明1と先願発明の同一性判断と同旨の理由により、本件発明3は先願発明と同一であるとも、実質的に同一であるともいえない。

4-3.異議申立理由3について
特許異議申立人は、特許異議申立書の第8頁第24〜27行において、「平成11年12月7日付けでした手続補正は、「この切り欠いた部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差しない範囲とし、」とする補正項目が含まれる。しかしながら、この補正項目は出願時に添付された明細書又は図面から直接かつ一義的に導き出せる事項ではない。」旨を主張しているが、本件の願書に最初に添付された明細書の【請求項2】には、「前記磁石における凹部側縁部の切り欠いた部分は、凸部側縁部の面取りと交差しない範囲としたことを特徴とする請求項1に記載の電動機の回転子。」と、段落【0024】には、「また実施例に示すような略V字形や略C字形の磁石は、図1及び図4に示すように、その凸部側縁部34,36と回転子外周に沿った磁石の端部を形成する線18,19とは鋭角を形成するため、一般に凸部側縁部34,36の端部には面取り部16,17が設けられる。従って本発明における磁石の凹部側縁部33,35の面取り部20,21を設ける範囲は、上記凸部側縁部34,36の面取り部16,17と交差しない範囲とすることが望ましく、これにより磁石の縁部に鋭角部が生じることがなく、磁石の欠け等が防止できる。」という記載があり、また、本件の願書に最初に添付された図面である、【図1】〜【図3】に図示されているだけでなく、【図8】(a)及び【図9】(a)には、従来例である【図8】(b)及び【図9】(b)に図示された磁石形状と比較して、明確に、凹部側の切り欠き部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差しない範囲とした磁石の形状が図示されているから、「この切り欠いた部分は凸部側縁部の面取りよりも大きく、且つ、交差しない範囲とし、」とする補正項目はこれらの記載及び図面から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項であると認めることができる。したがって、平成11年12月7日付けでした手続補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとする、特許異議申立人の主張は、採用することができない。

4-4.異議申立理由4について
特許異議申立人は、特許異議申立書の第9頁第2〜11行において、「本件請求項2記載の発明は、焼結磁石等の金型を利用する永久磁石の発明である。本件請求項2記載の発明は、磁石の成形過程で利用する成形金型の平坦受け面と、磁石の凹部側縁部の面取り部とを対応させることで、磁石の歩留まりを向上し、製造時間を短縮したものである。しかし、このような効果は、磁石の凹部側縁部の面取り部に切削加工をしない成型により得られた焼結磁石に限られるものであり、切削加工をした焼結磁石や、回転子の磁石埋め込み穴に充填することで成型するボンド磁石においてはこのような効果は得られない。請求項2記載の発明は、切削加工をした焼結磁石や、ボンド磁石を用いた場合も含んだ権利範囲となっており、不明確である。」旨を主張している。しかしながら、本件の請求項2の「前記磁石における凹部側縁部の切り欠いた部分は、磁石両端に直線状に設けるとともに、両端のものが同一直線上で切り欠いてあることを特徴とする請求項1に記載の電動機の回転子。」という記載により、本件発明2の磁石の構成は明確に規定されており、特許を受けようとする発明は明確であると認めることができる。そして、磁石の材質、製造方法として、「磁石の凹部側縁部の面取り部に切削加工をしない成型により得られた焼結磁石」を選択した場合には、「成形過程で利用する成形金型の平坦受け面と、磁石の凹部側縁部の面取り部とを対応させることで、磁石の歩留まりを向上し、製造時間を短縮」する効果が得られることは、本件発明2の有利な効果を示すものでり、本件発明2が明確である以上、磁石の材質や製造方法が特定されていないことを理由に特許法第36条第6項第2号の要件を満たしていないということはできない。
また、本件明細書の段落【0025】には「また上記面取り部20,21の面取り角度は、固定子磁束をスムーズに回転子鉄心へ誘導できる範囲であれば特に制約を設ける必要はないが、面取り部20,21を図示するような直線状に設ける場合は、磁石の両端のものを同一直線上で切り欠くように形成すれば磁石の製造を容易にし、且つ磁石材料も削減できる効果がある。」と記載されており、本件発明2は発明の詳細な説明に記載したものであるから特許法第36条第6項第1号の要件を満たしており、請求項2の記載が簡潔でないということはできないから特許法第36条第6項第3号の要件を満たしていると認めることができる。(なお、特許法第36条第6項第4号の「その他通商産業省令で定めるところにより記載されていること。」という要件を満たしていないと認めることもできない。)
したがって、本件の請求項2の記載が、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないとする特許異議申立人の主張は採用することができない。

5.むすび
以上のとおり、特許異議申立の理由及び証拠によっては、本件請求項1乃至3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1乃至3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2002-08-06 
出願番号 特願平8-221659
審決分類 P 1 651・ 161- Y (H02K)
P 1 651・ 121- Y (H02K)
P 1 651・ 537- Y (H02K)
P 1 651・ 55- Y (H02K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 仁科 雅弘  
特許庁審判長 大森 蔵人
特許庁審判官 岩本 正義
紀本 孝
登録日 2000-06-02 
登録番号 特許第3072504号(P3072504)
権利者 アイチ-エマソン電機株式会社
発明の名称 電動機の回転子  
代理人 池田 敏行  
代理人 中村 敦子  
代理人 岩田 哲幸  
代理人 岡田 英彦  

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