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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
管理番号 1071777
異議申立番号 異議2000-73324  
総通号数 39 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-08-13 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-09-01 
確定日 2002-11-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3016703号「被覆硬質部材」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3016703号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 1.手続きの経緯
本件特許第3016703号発明は、平成7年1月31日に特許出願され、平成11年12月24日にその特許の設定登録がなされたものである。
これに対して、特許異議申立人エムエムシーコベルコツール(株)及び東芝タンガロイ(株)より特許異議申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成13年4月5日付けで訂正請求がなされたが、この訂正請求に対し訂正拒絶理由通知がなされ、(なお、この間、特許権者から平成14年5月14日付け訂正請求書が提出されたが、この訂正請求は不適法なものであるから、平成14年7月25日付けで特許法第120条の6第1項で準用する特許法第133条の2第1項の規定により手続却下の決定がなされている)、その後、再度取消理由通知がなされ、平成14年10月17日付け訂正請求書が提出されたものである。
2.訂正の適否についての判断
(1)訂正事項
平成14年10月17日付け訂正請求は、特許請求の範囲の減縮と明りょうでない記載の釈明を目的として、訂正請求書に添付した全文訂正明細書のとおり、すなわち次の訂正事項a乃至訂正事項fのとおり訂正するものである。
(イ)訂正事項a:請求項1を次のとおり訂正する。
「【請求項1】基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴とする被覆硬質部材。」
(ロ)訂正事項b:特許明細書の段落【0006】の「すなわち、本発明の被覆硬質部材は基体表面にPVDまたはCVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が1.5以上であることを特徴としている。」を、
「すなわち、本発明の被覆硬質部材は、基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴としている。」と訂正する。
(ハ)訂正事項c:特許明細書の段落【0010】の「Iaの値は1.5以上」を「Iaの値は2.3以上」と、段落【0015】の「1.5以上」を「2.3以上」とそれぞれ訂正する。
(ニ)訂正事項d:特許明細書の表1の本発明例8及び本発明例12を削除し、表1中の本発明例9、10、11をそれぞれ本発明例8、9、10と訂正する。
(ホ)訂正事項e:特許明細書の表2の本発明例8及び本発明例12を削除し、表2中の本発明例9、10、11をそれぞれ本発明例8、9、10と訂正する。
(ヘ)訂正事項f:特許明細書の段落【0014】の「本発明材7〜12」を「本発明材7〜10」と訂正する。
(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
訂正事項aは、請求項1の記載の「1.5以上」を「2.3以上」とし、「PVDまたはCVD法」を「PVD法」とすると共にこの「PVD法」を特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当し、しかも特許明細書に記載した事項の範囲内でなされたものであるから新規事項の追加に該当せず、また当該訂正によって実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
また、訂正事項b乃至訂正事項fは、請求項1の減縮に伴って、請求項1の記載と発明の詳細な説明との整合性を図るものであるから、明りょうでない記載の釈明に該当し、しかも特許明細書に記載した事項の範囲内でなされたものであるから新規事項の追加に該当せず、また当該訂正によって実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
(3)むすび
したがって、上記訂正は、平成6年改正法附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年改正法による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。
3.本件訂正発明
上記訂正は、これを認容することができるから、訂正後の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件訂正発明1及び2」という)は、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴とする被覆硬質部材。
【請求項2】前記皮膜の層とAlN、周期律表4a、5a、6a族の炭化物、窒化物、炭窒化物、のうち1つから選ばれる層を2層以上の多層としたことを特徴とする請求項1記載の被覆硬質部材。」
4.特許異議申立てについて
4-1.特許異議申立人エムエムシーコベルコツール(株)について
(1)特許異議申立ての理由の概要
特許異議申立人は、証拠方法として甲第1号証乃至甲第4号証を提出して、本件請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証及び甲第3、4号証に記載された発明と構成を同じくするものであるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであると主張している。
(2)証拠及びその記載内容
特許異議申立人が提出した甲第1号証乃至甲第4号証には、それぞれ次の事項が記載されている。
甲第1号証:特公平5-67705号公報
(a)「基材表面に耐摩耗性皮膜を形成するに当たり、
(AlxTi1-x)(NyC1-y)
但し 0.56≦x≦0.75
0.6 ≦y≦1
で示される化学組成からなり、膜厚が0.8〜10μmの耐摩耗性皮膜を、蒸発源としてカソードを用いるアーク放電方式によって形成することを特徴とする耐摩耗性皮膜形成方法。」(特許請求の範囲)
(b)「本発明は、フライス加工工具等の表面に、密着性の優れた耐摩耗性皮膜を効率良く形成する方法に関するものである。」(第1頁第1欄第14〜16行)
(c)「実施例1
・・・成膜に当たっては、ヒータによって基材温度を400℃に加熱保持したまま、基材に-70Vのバイアス電圧を印加すると共に、装置内に高純度N2ガスを7×10-3torrまで導入し、アーク放電を開始して基材表面に膜厚4μmの皮膜を形成した。(中略)
実施例2
Al0.7Ti0.3カソードを用いた以外は、実施例1と同1条件で成膜を行なった。成膜した膜厚は3.8μmであり、膜組成は(Al0.7Ti0.33)Nであった。」(第3頁第6欄第6行〜第32行)
甲第2号証:「神戸製鋼技報」1991年発行、第41巻第3号、p.9-13
(a)「膜形成は、蒸発源としてTiまたはTi1-xAlx(x=0.25〜0.85)合金をカソードとしたアーク放電によりカソード物質を蒸発させ、N2ガスとの反応性イオンプレーティング法によりおこなった。カソードアークイオンプレーティング法の原理を第1図に示す。」(第9頁右欄第11〜15行)
(b)「1.2 (Ti1-xAlx)N系膜
第5図は、N2分圧を4×10-1Paとした時の(Ti1-xAlx)N(x=0〜0.85)膜のX線回折結果を示す。この結果から、TiNへのAl固溶度の増加にしたがって、0<x<0.7間では、TiNと同一のB1型結晶構造(立方晶)であることがわかる。」(第10頁右欄第3〜8行)
(c)「第5図(Ti1-xAlx)N膜(x=0〜0.85)のX線回折結果」には、(Ti0.3Al0.7)N皮膜の「I(200)/I(111)」が「約1.9」である回折パターンが開示されている。
(d)「TiNへAlを添加したときの耐摩耗性に与える影響をTi-N系膜と比較して調べた。各種コーティング超硬チップの切削性能を切削時間に対するフランク摩耗幅で評価した結果を第9図に示す。・・・第9図にみられるように(Ti,Al)Nは優れた耐摩耗性を有することがわかった。これは、高硬度であることのほかに、切削中に発生する高温状態で膜最表面に形成されるアモルファスAl酸化物の保護膜が(Ti,Al)Nの酸化の進行を抑制しているためと考えられる。」(第11頁左欄第14〜25行)
甲第3号証:特開平3-17251号公報
(a)「(1)TiCxN1-x(但し0≦x≦0.6)で示される化学組成からなり、膜厚が0.3〜6μmの皮膜層が基材表面に形成されると共に、(AlyTi1-y)(NzC1-z)(但し0.05≦y≦0.75、0.8≦z≦1)で示される化学組成からなり、膜厚が0.6〜8μmの皮膜層が最上層に形成され、少なくとも2層からなることを特徴とする耐摩耗性皮膜。」(特許請求の範囲の請求項1)
(b)「Tiカソード電極およびAlyTi1-y(y=0.05〜0.175)の組成のカソード電極を用い、カソードアーク方式イオンプレーティング装置の基板ホルダーに超硬合金製チップ(WC-10%Coを主成分とする)を取り付けた。(第4頁右下欄第9〜13行)・・・装置内に高純度N2ガスを5×10-2Torrまで導入し、アーク放電を開始し、基板表面にTi(CxN1-x)系皮膜層(第1皮膜層)、中間層および(AlyTi1-y)(NzC1-z)系皮膜層(表面層)の順に積層して各種の皮膜を形成した。(第4頁右下欄第18行〜第5頁第3行)・・・第1表より明らかな様に、比較例に比べて本発明例はいずれも耐摩耗性に優れていた。」(第5頁右下欄第1〜2行実施例1参照)
(c)「本発明は以上の様に構成されているので、TiNを基本としたTi(C,N)系皮膜元来の良好な基材密着性を有すると共に、表面層が、IIIb族の窒化物であるAlNにTiが固溶した皮膜層である為、耐熱性、熱伝導性等に関し、AlNに近似した優れた特性が発揮される。」(第6頁右下欄第5〜10行)
甲第4号証:特開平1-252304号公報
(a)「炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、および高速度鋼のうちのいずれかで構成された硬質材料基体の表面に、炭化チタン、炭窒化チタン、および窒化チタンのうちの1種の単層または2種以上の複層からなる平均層厚:0.5〜10μmの付着強化層を介して、TiとAlの複合炭化物、複合炭窒化物、および複合窒化物のうちの1層の単層または2種以上の複層からなる平均膜厚:0.5〜5μmの硬質被覆層を形成してなる表面被覆硬質材料製切削工具。」(特許請求の範囲)
(b)「基体として、重量%で、WC-9%Co-8%TiC-10%TaCからなる組成を有するWC基超硬合金で構成され、かつJIS・SNG432の形状をもった切削チップを用意し、この切削チップの表面に、まず、化学蒸着装置(第1表にはCVDで示す)および物理蒸着装置の1つであるイオンプレーティング装置(第1表にはPVDで示す)を用い、通常の条件で、それぞれ第1表に示される組成および平均層厚を有する付着強化層を形成し、引続いて別途用意したイオンプレーティング装置にて、同じく第1表に示される組成および平均層厚の硬質被覆層を形成することによって本発明表面被覆硬質材料製切削工具(以下、本発明被覆切削工具という)1〜10をそれぞれ製造した。」(第2頁左下欄第18行〜同頁右下欄第12行)
(c)第3頁第1表には、TiN,TiC,TiCN等の付着強化層と、(Ti,Al)N,(Ti,Al)C,(Ti,Al)CN等の硬質被覆層を積層した切削工具が記載されている。
(d)「第1表に示される結果から、本発明被覆切削工具1〜10は、いずれもすぐれた耐摩耗性を有し、かつ硬質被覆層の付着性がすぐれているので、欠けやチッピングの発生がなく、すぐれた切削性能を示す。」(第3頁左下欄第10〜14行)
(3)当審の判断
(3-1)本件訂正発明1について
甲第1号証乃至甲第4号証の証拠のうち、本件訂正発明1のIa値である「Ia=I(200)/I(111)」について示唆する証拠は、甲第2号証のみであり、他の証拠には、このIa値に関する何らの示唆も見当たらないから、甲第2号証について検討する。
甲第2号証の上記(a)及び(b)によれば、甲第2号証に記載の「(Ti1-xAlx)N系膜」は、基材WC上にアークイオンプレーティング法によって形成されているから、甲第2号証には、「基体表面にPVD法によってTiとAlの窒化物である(Ti1-xAlx)N系膜を被覆してなる被覆硬質部材」が記載されていると云うことができる。また、甲第2号証の上記(c)によれば、(Ti1-xAlx)N系膜の一具体例が(Ti0.3Al0.7)N皮膜であり、そしてこの皮膜の回折パターンによれば「I(200)/I(111)」が「約1.9」であると云うことができる。
そうすると、甲第2号証には、本件訂正発明1の記載ぶりに則って整理すると、「基体表面にPVD法によってTiとAlの窒化物である(Ti0.3Al0.7)N皮膜を被覆してなる被覆硬質部材において、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、Ia=I(200)/I(111)で表されるIa値が約1.9である被覆硬質部材」の発明(以下、「甲2発明」という)が記載されていると云える。
そこで、本件訂正発明1と甲2発明とを対比すると、本件訂正発明1は、そのIa値が「2.3以上」であるから、甲2発明とIa値の点で相違していることは明らかである。
次に、この相違点について検討すると、甲第2号証には、I(200)とI(111)が示された「回折パターン」が数種類図示され、その中にI(200)とI(111)の比が「約1.9」を示すパターンが偶々1例図示されているだけであり、したがって、この証拠には、Ia値を「2.3以上」とすることで硬質皮膜の密着性を改善するという本件訂正発明1の知見について示唆する何らの記載もないから、Ia値自体を操作することは当業者といえど容易に思い付くことではなく、したがって「約1.9」を偶々示すだけの具体例のIa値を「2.3以上」とすることは当業者といえど容易に想到することができないと云うべきである。
してみると、本件訂正発明1は、甲第1号証及び甲第3、4号証に記載された発明であるとすることができないし、また、甲第1号証乃至甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともすることができない。
(3-2)本件訂正発明2について
本件訂正発明2は、請求項1を引用してなるものであるから、本件訂正発明1と同様の理由により、甲第1号証及び甲第3、4号証に記載された発明であるとすることができないし、また、甲第1号証乃至甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともすることができない。
4-2.特許異議申立人東芝タンガロイ(株)について
(1)特許異議申立ての理由の概要
特許異議申立人は、証拠方法として甲第1号証乃至甲第3号証を提出して、本件請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証乃至甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであると主張している。
(2)証拠及びその記載内容
特許異議申立人が提出した甲第1号証乃至甲第3号証には、それぞれ次の事項が記載されている。
甲第1号証:特開平2-194159号公報
(a)「基材表面に耐摩耗性皮膜を形成するに当たり、
(AlxTi1-x)(NyC1-y)
但し 0.56≦x≦0.75
0.6 ≦y≦1
で示される化学組成からなり、膜厚が0.8〜10μmの耐摩耗性皮膜を、蒸発源としてカソードを用いるアーク放電方式によって形成することを特徴とする耐摩耗性皮膜形成方法。」(特許請求の範囲)
(b)「本発明は、フライス加工工具等の表面に、密着性の優れた耐摩耗性皮膜を効率良く形成する方法に関するものである。」(第1頁左下欄第15〜17行)
(c)「実施例1
・・・成膜に当たっては、ヒータによって基材温度を400℃に加熱保持したまま、基材に-70Vのバイアス電圧を印加すると共に、装置内に高純度N2ガスを7×10-3torrまで導入し、アーク放電を開始して基材表面に膜厚4μmの皮膜を形成した。(中略)
実施例2
Al0.7Ti0.3カソードを用いた以外は、実施例1と同1条件で成膜を行なった。成膜した膜厚は3.8μmであり、膜組成は(Al0.7Ti0.33)Nであった。」(第3頁右下欄第10行〜第4頁左上欄第16行)
甲第2号証:「神戸製鋼技報」1993年発行、第43巻第3号、p.23-26
(a)「1.1 (Ti1-xAlx)N系膜の形成
膜形成にもちいた陰極アークイオンプレーティング装置の概略を第1図に示す。・・・アーク放電を発生させ、蒸発粒子とN2との反応蒸着法により(Ti1-xAlx)N膜を形成した。(Ti1-xAlx)N膜の形成条件を第1表に示す。」(第23頁左欄下から6行〜右欄6行)
(b)第23頁第1表には、形成条件として、
「バイアス電圧 -100V」、「N2ガス圧 4×10-1Pa」、「基板 Pt、WC」などが開示されている。
(c)「N2ガス圧力4×10-1Paで合成した(Ti1-xAlx)N膜(x=0〜0.85)のX線回折パターンを第2図に示す。各回折線にみられるとおり、この結晶はAl固溶度0≦x≦0.7の広い範囲にわたってTiNと同一の立方晶B1構造を示すことがわかった。しかしx=0.7で少量のウルツ鉱(Wrutzite)型に近い未同定相が検出され、さらにAlの増加によりx=0.85でウルツ鉱構造を示した。ただし回折強度の変化は膜形成時の結晶方位の配向によるものである。金属成分Ti1-xAlxに対するN組成比はXPS測定からほぼ1であることが確認できた。」(第24頁左欄第15〜24行)
(d)「第2図(Ti1-xAlx)N膜(x=0〜0.85)のX線回折パターン」には、(Ti0.3Al0.7)N皮膜の「I(200)/I(111)」が「約1.7」である回折パターンが開示されている。
(e)「TiNにAlNを固溶させることによる耐摩耗性に与える影響をコーティング超硬チップをもちいた切削試験から調べた。・・・この結果から純TiNコーティングにくらべて、(Ti,Al)Nは優れた摩耗状態を示すことがわかった。」(第26頁左欄第14〜24行)
甲第3号証:特開平6-136514号公報
「【請求項1】工具母材表面に形成される耐摩耗性多層型硬質皮膜構造であって、TiCx N1-x (但し0≦x≦0.6 )で示される化学組成からなる皮膜層と、(Aly Ti1-y)( Nz C1-z )(但し0.56≦y≦0.75,0.6 ≦z≦1)で示される化学組成からなる皮膜層が交互に隣接して4層以上積層され、且つ全皮膜層厚が0.6 〜12μmであることを特徴とする耐摩耗性多層型硬質皮膜構造。」(第2頁【請求項1】参照)
(3)当審の判断
(3-1)本件訂正発明1及び2について
甲第1号証乃至甲第3号証の証拠のうち、本件訂正発明1のIa値である「Ia=I(200)/I(111)」について示唆する証拠は、甲第2号証のみであり、他の証拠には、このIa値に関する何らの示唆も見当たらない。
そして、この甲第2号証は、特許異議申立人エムエムシーコベルコツール(株)が提出した上記甲第2号証とその内容が殆ど同じものであるから、本件訂正発明1及び2は、上記「4-1.(3)」の項で述べたと同様の理由により、甲第1号証乃至甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることができない。
5.むすび
したがって、特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては、本件訂正発明1及び2についての特許を取り消すことはできない。
また、他に本件訂正発明1及び2についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、上記のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
被覆硬質部材
(57)【特許請求範囲】
【請求項1】 基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴とする被覆硬質部材。
【請求項2】 前記皮膜の層とAlN、周期律表4a、5a、6a族の炭化物、窒化物、炭窒化物、のうち1つから選ばれる層を2層以上の多層としたことを特徴とする請求項1記載の被覆硬質部材。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用範囲】
本発明は耐摩耗性、耐欠損性に優れた切削工具、及び耐摩工具として用いられる被覆硬質部材に関する。
【0002】
【従来の技術】
切削工具や耐摩工具の耐摩耗性、耐欠損性向上のために基体表面に物理蒸着法(以下、PVDと称する。)や化学蒸着法(以下、CVDと称する。)によりTi、Zr等の炭化物、窒化物、炭窒化物の硬質膜を利用した被覆硬質部材が多く用いられている。特にPVD法で作製された被覆硬質部材は成膜温度が500℃以下と低いため、皮膜と母材の反応が殆どなく母材強度を活かすことができる。そのため現在ではフライス切削用スローアウエイチップ、エンドミルなどに多く用いられている。
【0003】
しかしながら、最近では高硬度材の切削や切削速度の高速化が進んでおり、前記Ti、Zr等の炭化物、窒化物、炭窒化物では耐熱性が劣るため刃先が高温になると皮膜が劣化して切削寿命が短い。そこで耐酸化性に優れている(Ti、Al)N膜が注目されるようになり開発が進められている。この膜は前記硬質膜よりも耐熱性に優れており刃先が高温になる高速切削の領域でも優れた性能を発揮し、さらにビッカース硬度も2300〜3000と硬く耐摩耗性にも優れている。また、改善案としてTi/Alの比率を限定した特公平5-57705号や(Ti、Al、Zr)N、(Ti、Al、V)Nといったさらに多次元化した皮膜に関する特許(米国特許4871434号)も提案されている。
【0004】
更に、PVD、CVD法などで基体上にTi、Zr等の炭化物、窒化物を形成した場合、基体表面の結晶性、及び成膜装置でのガス雰囲気、条件により特定の面に配向した皮膜を得ることができる。特開昭56-156767号公報には、超硬合金またはサーメットの基体表面に被覆されたTi、Zr、Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物の皮膜の結晶性が(200)面に強く配向されてなる被覆硬質合金について記載されている。
このようにして形成される皮膜の結晶配向性を制御することにより膜特性を向上させることが出来、被覆硬質合金の耐摩耗性、耐欠損性は改善される。
【0005】
【発明が解決しようとしている課題】
よって、前記(Ti、Al)N膜についてはTi/Al比により皮膜の特性も変わるため、高硬度の膜を得ることが難しい。さらに皮膜の結晶配向性について検討されたことはなく、皮膜と基体との密着性に問題がある。本発明は、前記問題点を解決したものであり硬質部材上にTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆させる場合に、皮膜の結晶配向性を最適にすることにより密着性を向上させ耐摩耗性、耐欠損性に優れた被覆硬質部材の提供を目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、超硬部材表面にTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系の窒化物を被覆して皮膜の結晶配向性と基体との密着性について検討を行った結果、最適な結晶配向面があることを見い出した。すなわち、本発明の被覆硬質部材は、基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴としている。
また、前記皮膜の層とAlN、周期律表4a、5a、6a族の炭化物、窒化物、炭窒化物のうち1つから選ばれる層を2層以上の多層としたことを特徴としている。
【0007】
【作用】
表1に、各種合金ターゲットを用意してアークイオンプレーティング法により、バイアス電圧値を中電圧(50〜100V)、高電圧(150〜200V)、反応ガス(窒素)圧力10‐1Paの条件で各種皮膜を3μm作製し、前記Ia値が異なる場合のスクラッチ試験機による臨界荷重値の評価結果を示す。尚、成膜に用いた基体は84WC-3TiC-1TiN-3TaC-9vol%Co組成の超硬工具である。
【0008】
【表1】

【0009】
ところで、表1より、Ia=I(200)/I(111)の値はバイアス電圧値により調節することが可能である。中電圧と低バイアス電圧値では適当なイオン衝撃のために残留圧縮応力も小さく密着性に優れているが、高バイアス電圧値にするとイオン衝撃が大きくなって残留圧縮応力も大きくなり膜は剥離し易くなる。しかしながら逆に50V未満の低バイアス電圧値では充分なイオン衝撃が得られないために膜は剥離してしまう。そのため、本検討に用いたアークイオンプレーティング装置では、中電圧を最適バイアス電圧値とした。
【0010】
これから、どの皮膜においてもIa=I(200)/I(111)が1.5を越えると臨界荷重値が大きくなり密着性が向上することがわかる。このことから、Iaの値は2.3以上と決定した。本発明は前記窒化物の他に炭化物、炭窒化物にも適用することができる。また本発明はTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物にも適用することができる。さらにまた本発明は皮膜を形成する基体を限定するものではなく、WC超硬合金やサーメット、ハイス、或いは耐摩合金等用途に応じて適宜選択すれば良い。以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
【0011】
【実施例】
84WC-3TiC-1TiN-3TaC-9vol%Coの組成になるように市販の平均粒径2.5μmのWC粉末、同1.5μmのTiC粉末、同TiN粉末、同1.2μmのTaC粉末をボールミルにて96時間混合し、乾燥造粒の後、SEE42TNのスローアウェイチップをプレスし、焼結後、所定の工具形状に加工した。
【0012】
このチップ上にアークイオンプレーティング法により各種合金ターゲットを用意して、表2に示すような皮膜を形成した。そしてこれらの被覆超硬工具を以下の切削条件によりフライス切削試験を行い最大摩耗量が0.2mmに達するまでの切削長を求めた。その結果を表2に併記する。
被削材 SKD61
切削速度 250m/min
送り 0.2mm/刃
切り込み 2.0mm
切削油 なし
工具形状 SEE42TN-G9Y
【0013】
【表2】

【0014】
表2より、本発明材7〜10はいずれも従来材よりも最大摩耗量が0.2mmに達するまでの切削長が延びるという優れた耐摩耗性を有し、かつ皮膜の密着性が優れているため従来材でみられたようなチッピングやカケが少なく優れた切削性能を示している。
【0015】
【発明の効果】
本発明の被覆硬質部材はX線回折パターンの強度比Ia=I(200)/I(111)が2.3以上の皮膜を有することにより、基体との密着性を向上させ耐摩耗性に優れ格段に長い寿命が得られるものである。
 
訂正の要旨 訂正の要旨
本件訂正の要旨は、本件特許第3016703号発明の特許明細書を平成14年10月17日付け訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり、すなわち、特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として、次の訂正事項(a)乃至(f)とおりに訂正するものである。
(イ)訂正事項a:請求項1を次のとおり訂正する。
「【請求項1】基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴とする被覆硬質部材。」
(ロ)訂正事項b:特許明細書の段落【0006】の「すなわち、本発明の被覆硬質部材は基体表面にPVDまたはCVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が1.5以上であることを特徴としている。」を、
「すなわち、本発明の被覆硬質部材は、基体表面にPVD法によってTiとTi以外の周期律表4a、5a、6a族、Alの中から選ばれる2元系、ないし3元系の炭化物、窒化物、炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材において、前記PVD法はアークイオンプレーティングで、皮膜のX線回折パターンにおける(200)面のピーク強度をI(200)、(111)面のピーク強度をI(111)としたときに、次式
Ia=I(200)/I(111)
で表されるIa値が2.3以上であることを特徴としている。」と訂正する。
(ハ)訂正事項c:特許明細書の段落【0010】の「Iaの値は1.5以上」を「Iaの値は2.3以上」と、段落【0015】の「1.5以上」を「2.3以上」とそれぞれ訂正する。
(ニ)訂正事項d:特許明細書の表1の本発明例8及び本発明例12を削除し、表1中の本発明例9、10、11をそれぞれ本発明例8、9、10と訂正する。
(ホ)訂正事項e:特許明細書の表2の本発明例8及び本発明例12を削除し、表2中の本発明例9、10、11をそれぞれ本発明例8、9、10と訂正する。
(ヘ)訂正事項f:特許明細書の段落【0014】の「本発明材7〜12」を「本発明材7〜10」と訂正する。
異議決定日 2002-10-18 
出願番号 特願平7-34612
審決分類 P 1 651・ 113- YA (C23C)
P 1 651・ 121- YA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 宮澤 尚之  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 野田 直人
唐戸 光雄
登録日 1999-12-24 
登録番号 特許第3016703号(P3016703)
権利者 日立ツール株式会社
発明の名称 被覆硬質部材  
代理人 富田 和夫  
代理人 鴨井 久太郎  

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