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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07D |
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管理番号 | 1074122 |
審判番号 | 不服2000-12269 |
総通号数 | 41 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1998-05-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2000-08-07 |
確定日 | 2003-03-17 |
事件の表示 | 平成 9年特許願第242598号「神経筋遮断剤」拒絶査定に対する審判事件[平成10年 5月26日出願公開、特開平10-139763]について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯・本願発明 本願は、1991年7月12日(パリ条約による優先権主張:1990年7月13日 イギリス)を国際出願日とする特願平3-512229号の一部を平成9年9月8日に新たな特許出願としたものであって、その請求項1〜3に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された次のとおりのものであると認める。 「【請求項1】 他の幾何異性体および光学異性体を5%w/w未満でしか含まない1R-cis,1′R-cisアトラキュリウム塩。 【請求項2】 生理学的に容認しうる請求項1の1R-cis,1′R-cisアトラキュリウム塩。 【請求項3】 1R-cis,1′R-cisアトラキュリウムメシレート塩またはベンゼンスルホネート塩である請求項2の1R-cis,1′R-cisアトラキュリウム塩。」 2.当審の拒絶理由 当審において、平成14年3月19日付で通知した拒絶の理由の概要は、本願発明は、本願の優先権主張の日前の1984年に頒布されたEur. J. Med. Chem. - Chem. Ther., 19(5), (1984), pp.441-450(以下、「引用例」という)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。 3.引用例 引用例には、次の旨の記載がある。 (1)一般式(3)でn=5(nは、式中央のメチレン部位)の化合物であるアトラキュリウム塩には、2つのテトラヒドロパパベリン部(tetrahydropapaverine unit)にC(1)部位とN(2)部位の4つの不斉中心があり、本来は異性体の数は16であるが、化合物分子のシンメトリーにより、10の異性体が存在すること。それぞれの異性体は、2つのC1-N2結合に関する立体配置(シス、トランス)とともに、C(1)部位の立体配置により規定することができること。一般式(3)でnが2および5の化合物に対応する、C1部位でRR体、SS体、RS体の立体配置を持つ立体異性体の四級塩が調製され、それぞれにおいて、Scheme1に示されるように、RR、SS、RS/メソ体製品(product)は、それぞれ、3種、3種、4種の異性体の混合物であること。これらの製品は、その成分たる異性体に分離されていないこと(These products have not been separated into their component isomers(第442頁左欄第4行〜第5行))。それらの神経筋遮断活性は、ネコを使用して測定され、NMRおよびHPLCにより決定された(±)アトラキュリウム塩でのデータを基にした、それぞれの異性体の見積値に相関させたこと。(第441頁左欄第1行〜第442頁左欄第9行) ![]() (2)「(±)アトラキュリウムベシレートの2つのH-8プロトンシグナルの相対強度は、シス/トランス異性体比が約3.0であることを示す。しかしながら、通常の90MHz NMRによっては、異性体比を正確に決定できない。・・・他方、斯かる比は、高速液体クロマトグラフィーによって、より正確に決定することができ、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は、シス-シス-、シス-トランス-、トランス-トランス-異性体に、それぞれ帰することができる3つのピークを与える(図2)。」(第442頁右欄第40行〜第50行) 「アトラキュリウムジベシレート分離の高速クロマトグラム」(第444頁、図2標題部) (3)「高速液体クロマトグラフィーは、RR-、SS-、RS-/メソ-異性体混合物の全異性体量、およびシス-シス、シス-トランス、トランス-トランス異性体比を決定するのにも使用された(表2)。これらは、90MHz NMRスペクトルにより得られた3.0、3.0、3.2というシス/トランス比によって、確認された。(High pressure liquid chromatography has also been used to determine the total isomer content and cis-cis, cis-trans and trans-trans isomer ratios of the RR-, SS-, RS-/meso-isomer mixtures (Table II) and these are confirmed by the cis/trans ratios of 3.0, 3.0 and 3.2 obtained from the 90MHz NMR Spectra.)」(第443頁左欄第7行〜末行) (4)アトラキュリウムジベシレートのRR体中で、全異性体量が88.0であり、1R-シス 1’R-シス/1R-シス 1’R-トランス/1R-トランス 1R’トランス異性体比が、10.7/6.5/1.0であること。R-シスの割合が76.5%で、R-トランスの割合が23.5%であること。(第447頁、第2表) (5)「CDCl3中のアトラキュリウムベシレート異性体の400 MHz 1H NMR部分スペクトラム。H8部位のみ示されている。上部の軌跡(a)は、(±)アトラキュリウムベシレートの典型的な産品からのものである。中央の軌跡(b)は、RR異性体からのものである。・・・」(第445頁、図3標題部) (6)神経筋遮断活性が既知の方法に従って測定されたこと。個々の異性体のヨウ化物、メタンスルホネート、ベンゼンスルホネート塩の活性に、実質的な差異がなかったこと。表1、表2は、一般式(3)でnが2および5の化合物のRR体は、対応するSS異性体よりも、神経筋遮断活性が高く、アトラキュリウム塩(一般式(3)でn=5)の場合RR異性体とSS異性体との活性比が2.5であること。(第446頁右欄第16行〜第35行) アトラキュリウムジベシレートのRR体のPD50値が0.103±0.008であること。RR体、RS/メソ体、SS体(それぞれ100%として計算)の、ツボクラリンを100とした活性は、231、133、89であること。(第447頁、表2) (7)アトラキュリウム類(series)のRR異性体塩が、SS異性体よりも高い活性を示すことは、関連するいくつかの事例と一致すること。密接に関連するノルコラリジン メチオダイド(norcoralydine methiodide)の4種の立体異性体の活性は、(R)-シス>(R)-トランス>(S)-トランス>(S)-シスの順であること。この活性の強さの順番は、四級中心および分子構造(β面)に対し立体特異的であるアニオン性受容体に結合するイオン対に一致すること。イソツボクラリンはツボクラリンより高い活性を奏するが、イソツボクラリンは(R)-シス-ノルコラリジン メチオダイドと同じように受容体への高い適合性を示す立体化学特性を有し、ツボクラリンは(S)-トランス体に関連づけられること。実験モデルは、一般式(3)の化合物(n=2および5)の(R)-シスのみが、(R)-シス-ノルコラリジン メチオダイドと同じ立体配置と立体配座を有すること。従って、アトラキュリウム異性体の中で最も活性なものは、分子構造上、(R)-シス-ノルコラリジン メチオダイドに密接に対応している(R)-シス体から主に成り立っていること。RR体の高活性は、R-シス部位を高い割合で含有することと一致し、アトラキュリウム塩のRR体、RS/メソ体、SS体の活性の相違(表2)は、自明のようであること。(第446頁右欄下から第10行〜第448頁左欄第12行) 4.対比・判断 (1)引用例には、一般式(3)でnが5であるアトラキュリウム塩のC(1)部位がRRの立体配置を有する異性体が合成され、試験されたこと(3.(1)及び(5)参照);RR体はシスーシス、シス-トランス、トランス-トランスの3種の異性体の混合物であること(3.(1)参照);RR-アトラキュリウム ジベシレートの3種の異性体比は、1R-シス 1’R-シス/1R-シス 1’R-トランス/1R-トランス 1’R-トランスが、10.7/6.5/1.0であること(3.(4)参照)が、記載されている。 (2)そうすると、本願特許請求の範囲第1項に記載の発明(以下、「本願発明」とする)と引用例に記載された発明とを比べると、両者は、1R-シス 1’R-シスアトラキュリウム塩である点で一致し、本願発明は、「他の幾何異性体および光学異性体を5%w/w未満でしか含まない」ことを特定するのに対して、引用例記載の発明では、このような特定がなく、本願発明の特定割合を超える割合で他の異性体を含有している点で相違する。 (3)上記相違点について検討する。 (4)表2には、RR-アトラキュリウム ベシレートをHPLCで処理することにより、1R-シス 1’R-シス体を他の異性体(1R-シス 1’R-トランス及び1R-トランス 1’R-トランス)から分離しうるピークとして確認したことが明確に示されている(3.(3)及び(4)参照)。 そして、HPLCは成分分析のみならず、成分分離にも慣用されている手段であって、HPLCにより分離したピークが観察されたということは、HPLCによってそれらピークに含有される化合物を実際に分離することができることを意味することは明らかである。そうしてみると、RR体をHPLCによって処理することによりそれぞれ異なるピークとして分離されている、RR体中の3種の異性体を分離することは当業者が容易に想到し得ることであり、そのよう過程を繰り返すことにより、所望の純度の1R-シス 1’R-シス-アトラキュリウム ベシレートを得ることに格別の技術的困難性を認めることはできない。 (5)そして、引用例には、アトラキュリウムの神経遮断活性について、RR異性体はSS異性体より活性が高いこと(3.(6)参照);アトラキュリウム類の異性体の中でも最も活性が高いものは(R)シス体から主に成り立っていること、RR体がSS体より活性が高いことは(R)シス部位を高い割合で含有することと一致すること(3.(7)参照)が記載され、1R-シス 1’R-シス体の活性が高いこと(3.(7)参照)が示唆されているでのあるから、RR体をHPLCに付して各異性体を分離し、その結果、「他の幾何異性体および光学異性体を5%w/w未満でしか含まない1R-シス 1’R-シスアトラキュリウム塩」を得ることに格別の困難性を見出せない。 (6)以上の点に関し、審判請求人は、「しかしながら、(引用例)には、アトラキュリウム塩のRR体、SS体およびRS/meso体のそれぞれのHPLCの結果を示すプロファイルが全く記載されていない。そして、Table2のデータは、引用文献2の443頁の右欄の1行目から444頁の右欄の最下行に記載されているように、あくまでHPLCのデータおよびNMRのデータから推定したものであっで、実際に1R-cis,1’R-cis異性体を分離したわけでもなく、単離したわけでもない。このことは、上記したように、(引用例)の442頁の左欄の4〜5行目に、These products have not been separated into their component isomersと記載され、RR体、SS体およびRS/meso体のそれぞれついては、それらの構成成分である異性体に分離できなかったことが明記されていることから、明らかである。」(審判請求書、手続補正書第6頁第6行〜第16行、;同趣旨は、審判請求書、手続補正書第5頁第5行〜第12行、当審拒絶理由通知に対する意見書第3頁第8行〜第16行でも主張されている)、「このことは、(引用例)の447頁の右欄の5行目から6行目の、NMR and HPLC evidence, although not completely unequivocal, now implies that ・・・との記載からも判るように、引用文献2の著者自身も認めているのである。」(審判請求書、手続補正書第5頁第12行〜第15行)と主張する。 (7)しかしながら、技術文献に必ずしも全てのデータの開示があるわけではないことは自明のことであるから、HPLCのプロファイルがなかったことのみをもって、表2のデータを推測値であるとはすることができない。逆に引用例では、(±)アトラキュリウムベシレートをHPLCで処理することにより、そのシス-シス-、シス-トランス-、トランス-トランス-異性体に、それぞれ帰することができる3つのピークを確認し、その上で、「高速液体クロマトグラフィーは、RR-、SS-、RS-/メソ-異性体混合物の全異性体量、およびシス-シス、シス-トランス、トランス-トランス異性体比を決定するのにも使用された」とするもの(上記3.(2)〜(4)参照)であるから、審判請求人の斯かる主張は採用することができない。 (8)ここで、審判請求人は引用例第442頁左欄の第4行〜第5行、“These products have not been separated into their component isomersの記載を指摘し、異性体は分離できなかったのだから、表2のデータが推測値であることを主張するものであるが、当該部分には、「分離できなかった」というような可能・不可能の文意が含まれていないことは明らか(3.(1)参照)であるから、審判請求人の斯かる主張は失当である。 (9)そして、審判請求人は、引用例第447頁右欄第5行〜第6行の、NMR and HPLC evidence, although not completely unequivocal, now implies that ・・・の記載にも言及するものであるが、当該記載は、異性体の単離を実際に行っていなかったことを示唆するものであるとしても、表2のデータは、化学構造上類似した化合物のNMRデータを参考にして、推測によりとりまとめられたものである、とまですることはできない。 (10)なお、仮に、表2のデータが、実測値そのものではないとしても、引用例には、(±)アトラキュリウムベシレートをHPLCで処理することにより、シス-シス-異性体/シス-トランス-異性体/トランス-トランス-異性体に分離できることが示されている(3.(2)参照;なお、審判請求人も、HPLCによるシス-シス異性体の分離を認めているところである(審判請求書、手続補正書第5頁第1行〜第2行)。)から、引用例で実際に使用されているRR-アトラキュリウムベシレート(3.(1)及び(5)参照)を、HPLCによって、シス-シス-異性体/シス-トランス-異性体/トランス-トランス-異性体に分離し、所望の純度のものを得ることに、格別の困難性を認めることができない。 (11)さらにまた、審判請求人は、「本願明細書の[表1]には、他の異性体を5%w/w未満しか含まない1R-cis,1’R-cisアトラキュリウム塩は、他の異性体を含む従来のアトラキュリウム塩((±)-アトラキュリウム塩)に比べて、強い神経筋遮断効力を有し、更には副交感(迷走)神経および交感神経の刺激に及ぼす作用が低く副作用が従来のアトラキュリウム塩よりも少ないことが明らかにされています。(引用例)には、R-cis体が他の異性体よりもより高い活性を有することが記載されているとしても、1R-cis,1’R-cisアトラキュリウム塩が副交感神経よび交感神経の刺激に及ぼす作用が低く副作用が低いことについては、全く何らの記載も示唆もなされておりません。」(当審拒絶理由に対する意見書第4頁第4行〜第12行)と主張する。 (12)しかしながら、引用例には、アトラキュリウム塩のRR-体は、R-シス部位を高い割合で含有するがために、高い活性を奏することが示されている(3.(6)、(7)参照)から、引用例の記載によれば、高活性を奏する異性体を得ようとする当業者は、アトラキュリウム塩の各種異性体の中から、1R-シス 1’R-シス体を当然に選択するものである。当該技術分野では、各種異性体の奏する作用、副作用の大きさは、異性体毎に相違していることは自明な事項であるから、高い薬理活性を有するものとして当然に選択される異性体の副作用が、他よりも低いことを見出したことのみをもって、当業者に予想外の格別顕著な効果とすることはできない。 5.むすび したがって、本願は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 よって結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2002-10-21 |
結審通知日 | 2002-10-22 |
審決日 | 2002-11-06 |
出願番号 | 特願平9-242598 |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(C07D)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 大宅 郁治 |
特許庁審判長 |
竹林 則幸 |
特許庁審判官 |
横尾 俊一 守安 智 |
発明の名称 | 神経筋遮断剤 |
代理人 | 歌門 章二 |
代理人 | 浅村 皓 |
代理人 | 長沼 暉夫 |
代理人 | 浅村 肇 |