• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 出願日、優先日、請求日 無効とする。(申立て全部成立) C22C
審判 一部無効 1項3号刊行物記載 無効とする。(申立て全部成立) C22C
管理番号 1074512
審判番号 審判1994-19733  
総通号数 41 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1981-12-03 
種別 無効の審決 
審判請求日 1994-11-24 
確定日 2003-01-20 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第1400032号「高硬度工具用焼結体およびその製造法」の特許無効審判事件についてされた平成12年6月7日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成12(行ケ)年第256号平成14年6月6日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第1400032号の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 [1]手続の経緯
1.本件特許第1400032号発明は、昭和56年3月16日に、昭和51年12月21日に出願された特願昭51-154570号(以下、「原出願」という。)の分割出願として出願され、昭和57年10月22日に特公昭57-49621号として出願公告され、昭和62年9月28日にその特許権の設定の登録がなされ、平成6年11月24日に、本件審判請求人より無効審判が請求され、平成9年5月16日に「特許第1400032号発明の明細書の特許請求の範囲第1項、第5項ないし第7項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決がなされた。
2.本件審判の被請求人は、平成9年(行ケ)第158号として審決取消請求訴訟を提訴するとともに、平成10年5月7日に平成10年審判第39035号として、本件特許第1400032号についての訂正審判を請求し、平成10年12月2日に「特許第1400032号発明の明細書及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり訂正することを認める。」との審決(平成10年12月24日審決確定)がなされ、そして、平成11年3月3日に、前記平成9年(行ケ)第158号審決取消請求事件について、「特許庁が、平成6年審判第19733号事件について平成9年5月16日にした審決を取り消す。」との判決言渡がなされた。
3.そして、平成11年9月17日付の当審からの審尋に対して、本件審判請求人より平成11年12月10日付の審判事件回答書が提出され、さらに、本件審判請求人より平成12年1月17日付の口頭審理陳述要領書が、また、被請求人より平成12年2月4日付の口頭審理陳述要領書が提出され、そして、平成12年2月16日に特許庁審判廷において口頭審理が行われ、平成12年6月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされた。
4.本件審判請求人は、平成12年(行ケ)第256号として審決取消請求訴訟を提訴し、そして、平成14年6月6日に、「特許庁が平成6年審判第19733号事件について平成12年6月7日にした審決を取り消す。」との判決言渡がなされた。
[2]本件発明
本件特許第1400032号発明は、平成10年審判第39035号においてその訂正が認められた明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項、第4項及び第5項に記載されたところを要旨とするものと認められ、そして、その特許請求の範囲第1項には次のとおり記載されている。
「1.立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を第1の結合相とし、Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として、該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。」(以下、「本件発明」という。)
[3]当事者の主張
1.請求人の主張
平成12年2月16日の口頭審理における当事者の陳述によれば、請求人は、その無効事由として、
「本件特許第1400032号の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下、「本件発明」という。)は、特許法第29条第1項第3号に該当する」旨主張し、証拠として、甲第1号証(特開昭53-77811号公報)及び甲第3号証(特開昭55-31517号公報)を提出している。
そして、請求人の前記主張の根拠は、
「本件発明は、原出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、「原出願当初明細書」という。)に記載された発明ではないから、本件出願は原出願の適法な分割出願であるとはいえず、特許法第44条に規定される出願日のそ及は認められない。
よって、本件出願の出願日は、現実の出願日である昭和56年3月16日となる。
そうであれば、本件発明は、本件出願の出願日前に国内で頒布された刊行物である甲第1号証、甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。」というにある。
2.被請求人の主張
被請求人は、「本件発明は、原出願当初明細書に記載された範囲内のものであって、本件出願は原出願の適法な分割出願であるから、特許法第29条第1項第3号には該当せず、請求人の主張には理由がない。」と主張する。
[4]当審の判断
1.分割の適否、本件出願の出願日
「本件発明が、原出願当初明細書に記載された発明であるとはいえない。」という請求人の主張の具体的な理由の一つは、
「本件発明の「第1の結合相が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であること」との記載について、原出願当初明細書には、「結合相の主となる成分は耐熱性化合物相でありこれ等金属相は焼結体中の体積比で耐熱性化合物相の量以下とする必要がある。」との記載がある。
しかし、第1の結合相の下限含有割合「50体積%」は、原出願当初明細書の記載からみれば、第2の結合相が「金属相」以外で構成された場合の下限限定根拠とはなり得ず、また、第1の結合相の上限含有割合「99.9体積%」は、原出願当初明細書に「焼結体全体に占める割合で、かつAlの割合で0.1重量%以上とする」という記載があるだけであり、この記載が、第1の結合相の上限限定根拠とはなり得ない。
したがって、本件発明における第1の結合相の体積割合について、原出願当初明細書の記載事項との間に整合性がない。」(平成12年1月17日付口頭審理陳述要領書第4頁下から9行〜5頁17行参照)というものであるから、この点について以下に検討する。
(1)本件発明における第2の結合相について
本件発明は、本件明細書の特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの高硬度工具用焼結体であって、その特許請求の範囲第1項の記載によれば、第1、第2の結合相のうち、第1の結合相については、結合相中の体積で50%以上99.9%以下であるとされているが、第2の結合相をなす「Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」(以下、「・・・Al化合物」と略す場合もある。)の体積割合については、特許請求の範囲に直接的な規定はない。
しかし、結合相における第1の結合相の体積が50%〜99.9%であるということは、結合相の残部、即ち、第1の結合相以外の部分が、0.1%以上50%以下の範囲にあることは自明の理であるから、本件発明は、第1の結合相以外の結合相である第2の結合相の体積割合として、「0.1%以上50%以下」の範囲を含むものであると一応解することができ、そうであれば、本件発明は、例えば、第1の結合相と第2の結合相の体積割合がそれぞれ50%であるような焼結体を含むということになる。
なお、本件明細書の「原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失なわない範囲で含有することができる。また前記した耐熱性化合物以外Al2O3、AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある。」(確定審決とともに訂正明細書が掲載された平成10年審判第39035号の審決公報の第27頁右欄20行〜25行参照)との記載は、本件発明の結合相が「耐熱性化合物」及び「・・・Al化合物」以外の第3成分ないし第3成分の相を含む場合のあることを示唆しているが、これら第3の成分は、本件発明の構成において必須成分とされているものではないうえ、それが含有される場合においても、発明の詳細な説明において不可避的混入物や副生成物と位置づけられているところからみて、その量は、少量にとどまるものと認められる。
そうすると、上記第3の成分の存在を考慮に入れたとしても、第1の結合相と第2の結合相を必須の構成とする本件発明は、結合相中における第2の結合相の体積割合が上限値で50%に近いものを包含するものというべきである。
(2)原出願当初明細書の記載事項
原出願当初明細書には、以下の事項(ア)〜(ケ)が記載されている。
なお、記載箇所の指摘は、原出願の公開公報(特開昭53-77811号公報。以下、「原公報」という。)の該当箇所の指摘によって行う。
(ア)「(1)立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し残部が周期率表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を主体としたものからなり、この化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなすことを特徴とする高硬度工具用焼結体。・・・
(4)連続した結合相をなす化合物が周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物を主体としたものからなり、焼結体中にAlもしくはSi、もしくはこの双方を重量で0.1%以上含有しこのAlもしくはSiが上記第4a族金属MとM-Al,M-Si相図上に存在する金属間化合物の形で結合相中に存在することを特徴とする特許請求の範囲(1)項記載の焼結体。」(原公報1頁左下欄5行〜右下欄5行の特許請求の範囲第1項、4項)
(イ)「・・・、また切削用途にはCBNを金属Coなどで結合した焼結体が一部に使用されている。このCBNを金属で結合した焼結体は切削工具として使用した場合、結合金属相の高温での軟化による耐摩耗性の低下や、被削材金属が溶着し易い為に工具が損傷するといった欠点がある。本発明は、このような金属で結合した焼結体でなく、高強度で耐熱性に優れた硬質金属化合物を結合相とした切削工具等の工具用途に適した新らしいCBN焼結体に関するものである。」(同2頁右上欄15行〜左下欄4行)
(ウ)「発明者等は、・・・CBNと種々の耐熱性化合物の複合焼結体を作成した。目的とした複合焼結体を得る為の耐熱性化合物に要求される特性は、先ず高強度であること、及び複合焼結体とした場合に前記したCBNの有する熱伝導率が高いという特徴を維持する為に組合せる耐熱性化合物自体も熱伝導の高いものが要求される。このような耐熱性化合物としては周期率表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物、もしくはこれ等の相互固溶体化合物が考えられる。」(同2頁左下欄15行〜右下欄7行)
(エ)「本発明による焼結体の非常に注目すべき、また本発明を有用ならしめる特徴として前記耐熱性化合物が焼結体組織上で連続した相をなすことが挙げられる。・・・このような組織を有する焼結体を得る為にはCBNの含有量を体積で80%以下とする必要があることが実験の結果明らかになった。本発明による焼結体中のCBN相量の下限は体積で40%までである。」(同3頁左上欄15行〜右上欄7行)
(オ)「本発明による焼結体ではCBNの結合体として前記した耐熱性化合物を用いるものであるが、更に必要により耐熱性化合物以外のNi、Co、Fe等の金属相を第3相として含むものであっても良い。但し結合相の主となる成分は耐熱性化合物相でありこれ等金属相は焼結体中の体積比で耐熱性化合物相の量以下とする必要がある。」(同4頁右上欄9行〜15行)
(カ)「本発明の焼結体の原料として使用するCBNは・・・超高圧下で焼結する場合においても、・・・この間の加熱によって六方晶型窒化硼素への逆変態を起す可能性もある。このような場合に前記した六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果があると考えられる。発明者等は、この考えに基いて特にAl、Siについて効果を確認する実験を行なった。Al、Siを添加する方法としては・・・相対的に過剰なMとAl又はSiを反応せしめてM-Al、M-Si相図上に存在する金属間化合物・・・を生成させ、この粉末をCBNと混合する結合材原料とした。この方法では加えたAl、Siが結合材中に均一に分散した状態となり、小量の添加で、その効果が発揮される。別の方法としては、あらかじめM-Al、M-Si間の金属間化合物粉末を作成して原料混合時に加えてもよい。・・・このようにして作成したAl、Siを添加した焼結体と、これ等を含まない焼結体とを比較してみた。焼結体を研摩して組織観察を行なうとAl、Siを含む焼結体の方が・・・CBN粒子と結合相との結合強度が強いと考えられる。また切削工具として性能を比較すると、やはりAl,Siを含有する方が耐摩耗性、靱性ともに優れていた。尚、このような効果が現れるのは焼結体中に重量%0.1%以上のAl又はSiを含む場合であった。本発明による焼結体は高硬度で強靱性を有し、耐熱、耐摩耗性に優れており、切削工具以外に・・・等の工具用途にも適したものである。」(同4頁左下欄3行〜5頁左上欄3行)
(キ)「実施例4
平均粒度7μのCBN粉末を用いて、これを体積で60%残部が第2表のものからなる混合粉末を作成した。(但し、第2表中、No.Hとして記載された結合材体積%は、TiN0.73 35%、Al3Ti 5%である。)実施例1と同様にしてMo製容器に入れた混合粉末型押体を第2表の条件で焼結した。(但し、第2表中、No.Hとして記載されたものの焼結条件は、圧力40Kb、温度1100℃である。)焼結体をダイヤペーストで研摩し組織観察を行ない、又X線回折により結合相の状態を調べたところ、Hの焼結体は結合相がTiNを主体とし、小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物からなっており、」(同5頁右下欄下から2行〜6頁左上欄下から7行)
(ク)「実施例5
平均粒度1μのTiN0.73粉末と平均粒度30μのAl粉末を重量で各々90%、10%の割合に配合しV型ブレンダーを用いて混合した。この混合粉末を1t/cm2の圧力でペレットに型押成型し、真空炉中で1000℃に加熱し、30分間保持した。これを粉砕して粉状としX線回折によって調べたところ、TiN以外にTiAl3、TiAl及びTi2AlNと思える回折ピークが得られ、金属Alは検出されなかった。このAl化合物を含むTiN粉末を体積で40%と、平均粒度7μのCBN粉末60%を混合し、Mo製の容器に詰め、実施例1と同様にして、外径7mm、高さ3.5mmの焼結体を得た。」(同6頁左上欄下から3行〜右上欄10行)
(ケ)「実施例6
平均粒度1μのTi(C0.4,N0.4)0.8粉末に重量で平均粒度30μのAl粉末を2%を加工、以下実施例5と同様にしてAl化合物を含むTi(C,N)粉を作成した。この粉末と平均粒度4μのCBN粉末を体積%で各々65%、35%に配合し、実施例1と同様にして外径10mm、厚み1mmの焼結体を作成した。」(同6頁左下欄2〜8行)
(3)検討
本件発明における第2の結合相についての上記(1)の認定を前提として、本件発明が原出願当初明細書に記載されていたかどうかを検討する。
上記摘示(ア)〜(ケ)によると、原出願当初明細書には、高硬度工具用焼結体において、「耐熱性化合物」である「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物」の相の量を、「焼結体中の体積比」で、「Ni、Co、Fe等の金属相」の量以上のものとすること、すなわち、「耐熱性化合物相」(本件発明の第1の結合相)と「金属相」との体積比の関係が記載されていることが認められる。
しかし、上記「Ni、Co、Fe等の金属相」が、「Ti2AlNまたはAlと第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」を相としたものを意味するものでないことは明らかである。
そして、上記記載事項以外に、耐熱性化合物相(本件発明の「第1の結合相」)と「・・・Al化合物」の相(本件発明の「第2の結合相」)との体積割合に関連する記載が原出願当初明細書に存在するかどうかを更に検討すると、アルミニウムを加えた焼結体原料で作成した焼結体に関しては、実施例4の焼結体H、実施例5及び実施例6に関する記述が存するのみであること、及び、実施例4の焼結体Hについては、「Hの焼結体は結合相がTiNを主体とし、小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物からなっており、」として、焼成した焼結体の結合相中におけるAl化合物の量に関して「小量の」という記載があるが、実施例5及び6については、焼結体原料となる耐熱性化合物粉末中に添加するAl化合物又はAlの重量について記載されているのみで、焼成した焼結体の結合相中でAl化合物がどのような形で存在するか及びその量(体積)についての記述はないことが認められる。
これらの記載内容を総合すると、原出願当初明細書に記載された焼結体中の結合相中に存在する「・・・Al化合物」の具体的な量(体積)は、必ずしも明らかでないものの、「小量」である旨の記載(実施例4のH)、及び原料粉末中に添加されたAl化合物又はAlの重量(実施例5、6)から判断して、焼結体生成後の結合相中に占めるAl化合物の体積は、比較的少量にとどまるものであって、耐熱性化合物の体積に到底比肩し得るようなものではないと認められる。
なお、原出願当初明細書に記載された耐熱性化合物相(第1の結合相)と「金属相」との体積比の関係が、耐熱性化合物相と「・・・Al化合物」の体積比に当てはまるものでもないことも明らかである。即ち、原出願当初明細書において「耐熱性化合物以外のNi,Co,Fe等の金属相を第3相として含むものであっても良い。」と記載された「金属相」は、従来技術の「CBNを金属などで結合した焼結体」における結合相としての金属相と共通するものであると考えられ、その量も焼結体中の体積比であらわされているのに対し、原出願当初明細書に記載された技術において焼結体原料中にAl化合物を加える目的は、「六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果があると考えられる。」(摘示(カ))と記載されているとおり、触媒作用を有する元素を原料中に加えることにあり、またその量も「尚、このような効果が現れるのは焼結体中に重量%0.1%以上Al又はSiを含む場合であった。」(摘示(カ))として、重量%で表示されているものであって、「Ni,Co,Fe等の金属相」と「Al化合物」とは、その目的・作用において全く異なるものと認められるからである。
してみると、原出願当初明細書には、「4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、珪化物もしくはこれらの混合物又は相互固溶体」(耐熱性化合物)を第1の結合相とし、「Ti2AlNまたはAlと第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」を第2の結合相とし、第1、第2の結合相を合わせた「結合相」において、第1の結合相をなす耐熱性化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下とするもの、即ち、第2の結合相をなす「・・・Al化合物」が結合相中の体積で数十%から50%に近い相当部分を占めるようなもの、が記載されていたとすることはできない。
(4)まとめ
そうすると、本件発明は、原出願当初明細書に記載されていない発明を包含するものであるから、本件発明に係る出願は、特許法第44条第1項に規定する「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とするもの」とは認められないので、同条第2項の規定の適用は認められない。
よって、本件発明に係る出願は、原特許出願の時にしたものとみなすことはできず、本件発明に係る出願の出願日は、現実の出願日である昭和56年3月16日となる。
2.本件発明の新規性について
前記「[4]1.分割の適否、本件出願の出願日」で述べたとおり、本件発明に係る出願の出願日は昭和56年3月16日になるところ、請求人が提出した甲第1号証(本件出願の原出願に係る公開公報である特開昭53-77811号公報)の頒布日は、昭和53年7月10日であるから、甲第1号証は、本件発明に係る出願の出願前に日本国内で頒布された刊行物である。
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、前記「[4]1.(2)原出願当初明細書の記載事項」に摘記した記載事項(ア)〜(ケ)が記載されている。
そして、摘示(キ)によれば、実施例4に示される「Hの焼結体」は、「体積比で、CBN粉末が60%、残部(40%)がTiN0.73 35%、Al3Ti 5%の結合材からなる混合粉末を圧力40Kb、温度1100℃で焼結した焼結体であって、その結合相の状態は、結合相がTiNを主体とし、小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物からなっている」旨が記載され、また、摘示(ア)によれば、「結合相は焼結体中で連続した結合相」をなし、「焼結体中にAl・・・が上記第4a族金属MとM-Al・・・相図上に存在する金属間化合物の形で結合相中に存在する」のであり、さらに、摘示(カ)によれば、「本発明による焼結体は高硬度で・・・切削工具以外に・・・等の工具用途にも適したものである」とされている。
したがって、甲第1号証の記載事項(キ)、(ア)、(カ)を総合すれば、甲第1号証の実施例4に示された「Hの焼結体」として、「CBNを含有し残部がTiNを主体とする結合相からなり、Al3Tiから得られる小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物が結合相中に存在し、該結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、結合相の主体がTiNであることを特徴とする高硬度工具用焼結体。」(以下、「引用発明」という。)が開示されているものと認められる。
(2)本件発明と引用発明との対比
本件発明と引用発明とを対比するに、引用発明における「CBN」、「TiN」、「Al3Ti」及び「小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物」は、それぞれ、本件発明の「立方晶型窒化硼素」、「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物」、「Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物」及び「Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られる化合物」にそれぞれ相当するから、本件発明と引用発明とは、「立方晶型窒化硼素を含有し残部が周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を結合相の主体とし、Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を存在させ、該結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が結合相中の主体であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。」で一致する。
そして、以下の点で、両者に一応の相違が認められる。
相違点1;
本件発明は、高硬度工具用焼結体における立方晶型窒化硼素の含有量について、「体積%で80〜40%」としているのに対して、引用発明ではこれが明らかでない点。
相違点2;
本件発明は、高硬度工具用焼結体における結合相について、「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物」を第1の結合相と、また、「Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物」を第2の結合相と、それぞれ区別しているのに対して、引用発明では、「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物(具体的には、「TiN」)を主体とし、Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物(具体的には、「小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物」)」を結合相と呼び、第1の結合相と第2の結合相とを区別していない点。
相違点3;
本件発明は、高硬度工具用焼結体における焼結体組織について、「第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」としているのに対して、引用発明では、「結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」とされているだけであって、「第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」ているか否か明らかでない点。
相違点4;
本件発明は、高硬度工具用焼結体における、周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物の体積割合、即ち、第1の結合相の体積割合について、「結合相中の体積で50%以上99.9%以下である」としているのに対して、引用発明ではこれが明らかでない点。
(3)相違点について
上記相違点1〜4について、以下に検討する。
相違点1について;
焼結体を製造する際、焼結用原料としての混合粉末中の含有成分の体積割合は、通常、焼結操作によって変化し、焼結後の焼結体における含有成分の体積割合とは必ずしも一致するものではないが、引用発明においては、焼結体製造用原料である混合粉末中には、比較的反応性の低い材料であるCBNが60体積%含有されているのであるから、焼結操作を経た後であっても、焼結体HにおけるCBNの体積割合は、混合粉末中でのそれ(60体積%)から大幅に変化するとは認められない。
そうすると、甲第1号証には、焼結体HにおけるCBNの含有量が数値として明確にされていないとしても、本件発明でいうCBNの含有量範囲、即ち、「立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し」という条件を実質的には満足しているものといえる。
なお、この点については、甲第1号証に記載された実施例4(摘示(キ)参照)と全く同一内容のものが、本件発明の実施例1(確定審決とともに訂正明細書が掲載された平成10年審判第39035号の審決公報の第28頁左欄「実施例1」)参照)として本件明細書中に記載されていることからも明らかである。
したがって、相違点1は、実質的な相違点ではない。
相違点2について;
引用発明でいう結合相、即ち、「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物(具体的には、「TiN」)を主体とし、Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物(具体的には、「小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物」)」のうちの、「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物(具体的には、「TiN」)」とは、正に本件発明にいう「第1の結合相」を構成する成分であり、また、引用発明でいう「Ti2 AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物(具体的には、「小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物」)」とは、本件発明にいう「第2の結合相」を構成するAl化合物であることは明白である。
つまり、引用発明でいう「結合相」とは、本件発明に即して表現すれば、「第1の結合相を主体とし、小量の第2の結合相からなる」相であって、この「第1の結合相を主体とし、小量の第2の結合相からなる」相の全体を「結合相」と表現したものであるといえる。
そうであれば、相違点2は、引用発明における結合相の構成成分を、それぞれ区別して「第1の結合相」、「第2の結合相」と表現したか否かという単なる表現上の差異であって、実質的な相違ではない。
相違点3について;
前記「相違点2について」で述べたように、引用発明でいう結合相とは、本件発明にいう「第1の結合相」及び「第2の結合相」の全体を結合相と呼んだものに相当し、また、引用発明では、「結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」ているのであるから、引用発明における焼結体組織を、本件発明に即して表現すれば、「第1の結合相及び第2の結合相の全体が焼結体組織中で連続した結合相をなし」ということになる。
そして、上記引用発明における焼結体組織は、本件発明でいう「第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし」という焼結体組織と何ら異なるものでない。
したがって、相違点3は、実質的な相違ではない。
相違点4について;
引用発明でいう「周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が結合相中の主体」及び「小量のTi2AlN、TiAl、TiAl3と思われる化合物」)」とは、引用発明における結合相中では、第1の結合相が大きな割合を占め、第2の結合相の占める割合は少ないということを表現したものであるといえる。
そうすると、結合相中における第1の結合相と第2の結合相との割合を仮に数値で表現したとすれば、第1の結合相の体積割合は少なくとも50%以上ということになるから、引用発明における第1の結合相の体積割合は当然に50%以上であり、これは、本件発明でいう第1の結合相の体積割合に関する「結合相中の体積で50%以上99.9%以下である」という数値範囲の下限の条件を満足しているといえる。
一方、引用発明が、本件発明の「結合相中の体積で・・99.9%以下である」という第1の結合相の数値範囲の上限の条件を満たすかは、甲第1号証の記載から直ちに明らかであるとはいえない。
しかしながら、本件明細書には、甲第1号証に記載された実施例4と全く同一内容のものが本件発明の実施例1として記載され、そして、本件発明の実施例である以上、その実施例1における焼結体の第1の結合相は、「結合相中の体積で・・99.9%以下である」という条件を、当然満たしているはずである。
そうであれば、本件発明の実施例1と全く同一内容である甲第1号証に記載された実施例4における焼結体(即ち、引用発明)にあっても、その第1の結合相は、「結合相中の体積で・・99.9%以下である」という条件を満たしていると認めるのが相当である。
したがって、引用発明における第1の結合相の割合は数値として明確にされていないとはいえ、第1の結合相の割合は、少なくとも、「結合相中の体積で50%以上99.9%以下である」という本件発明の数値範囲を満足するものであるから、相違点4は、実質的な相違ではない。
(4)まとめ
上記(3)で検討したとおりであるから、相違点1〜4は、いずれも、本件発明と引用発明との実質的な相違とは認められない。
したがって、本件発明は、本件特許に係る出願の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
[5]まとめ
以上のとおり、本件発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
高硬度工具用焼結体およびその製造法
(57)【特許請求の範囲】
1.立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を第1の結合相とし、Al,Siまたは、これらを含む合金、化合物を第2の結合相として、該第1,第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記4a,5a,6a族金属の化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。
2.連続した結合相をなす化合物又は混合物が周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物を主体としたものからなる特許請求の範囲1項記載の焼結体。
3.連続した結合相をなす化合物がWCを主体としたものからなる特許請求の範囲1項記載の焼結体。
4.連続した結合相をなす化合物が周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物を主体としたものからなり、焼結体中にAlもしくはSi、もしくはこの双方を重量で0.1%以上20%以下含有することを特徴とする特許請求の範囲1項記載の焼結体。
5.立方晶型窒化硼素粉末と周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物の粉末、及びAl,Siまたはこれらを含む合金、化合物の粉末を混合し、これを粉末状でもしくは型押成型後、超高圧装置を用いて圧力20Kb以上、温度700℃以上の高圧、高温下で焼結せしめることを特徴とする立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し、残部が周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物、または相互固溶体化合物が結合相中で体積で50%以上99.9%以下であり、更にAl,Si又はこれらを含む合金、化合物からなり、これと前記周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなす高硬度工具用焼結体の製造法。
6.立方晶型窒化硼素粉末と周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物をそれぞれMC1±X,MN1±X,M(C,N)1±Xの形で表わしたときに(MはTi,Zr,Hfの金属を示し、Xは原子空孔または相対的に過剰の原子の存在を示す)1±Xの値が0.97以下0.40以上であるこれ等化合物の粉末、及びAl,Siまたは、これらを含む合金、化合物の粉末を混合し、これを粉末状でもしくは型押成型後、超高圧装置を用いて20Kb以上、温度700℃以上の高圧、高温下で焼結せしめることを特徴とする立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し、残部が周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物を主体とした化合物が結合相中で50体積%以上99.9%以下であり、更にAl,Si及びこれらを含む合金、化合物からなり、これと前記周期律表第4a族金属の炭化物、窒化物、炭窒化物とが焼結体組織中で連続した結合相をなす高硬度工具用焼結体の製造法。
7.周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物をそれぞれMC1±X,MN1±X,M(C,N)1±Xの形で表わしたときに(MはTi,Zr,Hfの金属を示し、Xは原子空孔または相対的に過剰の原子の存在を意味する)1±Xの値が0.97以下0.40以上であるこれ等化合物粉末にAl粉末又はSi粉末またはそれらの化合物粉末の双方を加え600℃以上の温度で真空もしくは不活性ガス雰囲気中で、これ等を反応せしめM-Al,M-Si相図上に存在する金属間化合物を生成させ、立方晶型窒化硼素粉末と上記したAl,Siを含む化合物粉末を主体とした粉末を混合し、これを粉末状もしくは型押成型後、超高圧装置を用いて20Kb以上、700℃以上の高圧、高温下で焼結せしめることを特徴とする立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し、残部が焼結体組織中で連続した結合相をなす化合物とからなり、該化合物は周期律表第4a族のTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物、炭窒化物を主体としたもので、焼結体中にAlもしくはSiもしくはこの双方を重量で0.1%以上20%以下含有せる高硬度工具用焼結体の製造法。
【発明の詳細な説明】
立方晶型窒化硼素(Cubic BN以下CBNと略す)はダイヤモンドに次ぐ高硬度の物質であり、超高圧高温下で合成される。現在既に研削用砥粒として使用されており、また切削用途にはCBNを金属Coなどで結合した焼結体が一部に使用されている。このCBNを金属で結合した焼結体は切削工具として使用した場合、結合金属相の高温での軟化による耐摩耗性の低下や、被削材金属が溶着し易すい為に工具が損傷するといった欠点がある。本発明は、このような金属で結合した焼結体でなく、高強度で耐熱性に優れた硬質金属化合物を結合相とした切削工具等の工具用途に適した新らしいCBN焼結体に関するものである。
CBNは工具材料として見た場合に、高硬度であると共に、熱伝導率が極めて高いという特徴を有している。切削工具を例として考えると、切削時の刃先温度は他の条件が同じであれば工具材料の熱伝導度が高いほど低くなり、工具の摩耗に対して有利となる。またフライス切削等の断続的な切削を行なう場合は、工具に加熱、急冷の熱衝撃が加わり、これによる熱き裂が生じる。この場合においても工具の熱伝導度が高い場合は工具表面と内部の温度差が小さくなり、き裂が発生し難くなる。発明者等は、このようなCBNの優れた特徴を生かして、更に切削工具等の工具に要求される高強度の焼結体を得ることを目的としてCBNと種々の耐熱性化合物の複合焼結体を作成した。目的とした複合焼結体を得る為の耐熱性化合物に要求される特性は、先ず高強度であること、及び複合焼結体とした場合に前記したCBNの有する熱伝導率が高いという特徴を維持する為に組合せる耐熱性化合物自体も熱伝導の高いものが要求される。このような耐熱性化合物としては周期律表第4a,5a,6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物、又これらの混合物もしくはこれ等の相互固溶体化合物が考えられる。これ等の化合物に共通して言えることは硬度が高く、高融点であり、更にこれ等化合物が酸化物に比較して金属的な物性を有していることである。特に、これ等化合物の熱伝導度は金属に近い値を示す。耐熱性や強度の点からみると酸化物の中でAl2O3は優れた性質を有しており、常温近辺での熱伝導度も比較的に高いが、第1図に示すように高温下で熱伝導率が著しく低下する。これは切削工具等の高温での特性が問題になる用途では大きな欠点である。これに対して前記した化合物は第1図にその一例を示すように高温下ではむしろ熱伝導率は高くなるものが多い。このようにして選択された耐熱性化合物とCBNの複合焼結体を製造する方法は、先ず、CBN粉末と、この耐熱性化合物粉末の1種もしくは2種以上をボールミル等の手段を用いて混合し、これを粉状でもしくは常温下で所定の形状に型押成型し、超高圧装置を用いて高圧、高温下で焼結する。用いる超高圧装置はダイヤモンド合成に使用されるガードル型、ベルト型等の装置である。発熱体には黒鉛円筒を用い、その中にタルク、NaCl等の絶縁物をつめてCBNの混合粉末型押体を包む。黒鉛発熱体の周囲にはパイロフェライト等の圧力媒体を置く。焼結する圧力、温度条件は第2図に示した立方晶型窒化硼素の安定領域内で行なうことが望ましいが、この平衡線は必ずしも正確には分っておらず、一つの目安にすぎない。又CBNと組合わせる耐熱性化合物の種類によって条件は変え得るが、目的とする焼結体を得るには圧力20Kb以上、温度700℃以上の高圧、高温下で焼結する必要がある。
本発明による焼結体の非常に注目すべき、また本発明を有用ならしめる特徴として前記耐熱性化合物が焼結体組織上で連続した相をなすことが挙げられる。即ち、本発明の焼結体では強靱な耐熱性化合物が、あたかもWC-Co超硬合金中の結合相である金属Co相の如く、高硬度のCBN粒子間の隙間に侵入して連続した結合相の状態を呈し、このことにより焼結体に強靱性が付与せしめられたものである。このような組織を有する焼結体を得る為にはCBNの含有量を体積で80%以下とする必要があることが実験の結果明らかになった。
なおチルドロール等の高硬度材の切削に用いる工具として使用する場合は焼結体中のCBN相量は体積%で40%以上であることが望ましく、CBN相量は用途によって変えることができる。第6図は後述する本発明の実施例2により得られた焼結体の組織を示したもので1500倍拡大の顕微鏡写真である。図中黒く見えるCBN粒子の間隙には白く見える相のTiNを主成分とする結合相が浸入して緻密な焼結体となっている。このような組織を呈する理由は、高温下でCBNに比し相対的に変形し易いTiNが焼結中にCBN粒子間に侵入していく為と考えられる。
工具としての用途を考えると、本発明焼結体のCBNの結合相耐熱性化合物としては周期律表第4a族に属する遷移金属、即ちTi,Zr,Hfの炭化物、窒化物及びこれ等相互の固溶体化合物、または周期律表第6a族中のWの炭化物、WCが特に好適である。これ等は現在切削工具等に用いられるWC基超硬合金やサーメットの硬質耐摩耗性成分として使用されており、耐摩耗性に優れ、高強度の化合物である。
Ti,Zr,Hfの炭化物、窒化物及びこれ等の相互固溶体が本発明の結合相耐熱化合物として優れている他の理由は、例えば窒化物を例にとると、これ等金属の窒化物はMN1±xの形で示され、(MはTi,Zr,Hfの金属を示し、Xは原子空孔または相対的に過剰の原子の存在を意味する。)M-N相図上で広い存在範囲を有する。焼結体の原料としてこのMN1±xのXが種々異なるものを使用して焼結体を試作した結果、Xの値がある範囲内では特に優れた焼結性を有することを見出した。この理由について以下検討してみる。
工具材用として考えた時、特に切削工具用途では、焼結体の結晶粒の大きさは、数ミクロン以下が望ましい。
ミクロンまたはミクロン以下の微粉は、かなり多量の酸素を含有している。一般に、この酸素は粉末表面に、ほぼ水酸化物の形に近い化合物の形で存在するのが大部分である。この水酸化物の形に近い化合物は加熱時分解してガスとなって出てくる。焼結される物質が密封されていない時には、このガスを系外に出すのは困難ではない。しかし本発明の如く、超高圧下で焼結する場合には、発生したガスは、加熱系外に脱出することは殆んど不可能である。一般にかかる場合には、予め脱ガス処理をする事が粉末冶金業界では常識であるが脱ガス処理温度が十分高く出来ない場合には問題である。本件は、まさにそれに当る。即ち、CBNの低圧相への変態を考えると加熱温度に上限がある。
微粉末の脱ガス過程としては、温度と共に次の各段階がある。まず低温では物理吸着しているものと吸湿水分が除去される。次いで化学吸着しているもの及び水酸化物の分解が起る。最後に酸化物が残る。
CBNの場合1000℃位までは安定であるので、最低でもこの温度位には予め加熱出来る。従って、予め脱ガス加熱すれば残留ガス成分は酸化物の形で残っていると考えてよい。逆に言えばガス成分はなるべく焼結体中に残したくないのだから、水および水素を全て除去することは予備処理として行なうのが好ましい。
本発明では、この考えの下に全て1000℃以上の脱ガス処理を真空中でしている。
MN1±xを加えた時、何故焼結体として良好なものが得られるかは次の如くと考えられる。即ち、CBN粉末表面には酸化物、多分B2O3の形のものが存在する。このB2O3とMN1±xの(‐X)部分に相当するMが反応した場合には、
B2O3+4M→MB2+3MO
となりガスを発生しない。そしてMOはMNと同一結晶構造を有し、相互固溶体を形成する。ここにMN1±xで表わされるTi,Zr,Hf窒化物が特に優れた焼結性を示す理由があると考えられる。このことは窒化物に限らず、MC1±xの形で示される炭化物、又はM(C,N)1±Xで示される炭窒化物、又はMとして2種以上の金属を含む上記した化合物についても言えることである。発明者はMN1±x,MC1±x,M(C,N)1±Xの形でTi、Zr,Hfの化合物を示した時に(1±X)の値が0.97以下のこれ等化合物を原料とした場合に焼結性が優れていることを確認した。
本発明で使用するこれ等化合物の(1±X)の値の下限は大体0.40である。0.40未満となるとこれ等化合物は単相ではなくTi,Zr,Hf等の金属相が共存した状態となり、この金属相量が多いと得られた焼結体の硬度が低下し、耐摩耗性が悪くなる。本発明による焼結体ではCBNの第1の結合相として前記した耐熱性化合物を用いるものであるが、さらに第2の結合相としてAl,Siまたはこれらを含む合金、化合物を第1の結合相に含有させることを特徴とする。これら第1および第2の結合相は焼結体組織中で均一に混合して連続した結合相をなし、該耐熱性化合物が結合相中で50〜99.9%体積%を占める。すなわち、結合相の主となる成分は耐熱性化合物でありこれ等金属相は焼結体中の体積比で耐熱性化合物相の量以下とする必要がある。それ以上では焼結体の耐熱性、耐摩性が低下し、工具としての性能が失なわれる。
この場合、原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi,Co,Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失なわない範囲で含有することができる。
また前記した耐熱性化合物以外Al2O3,MgO,AlN,Si3N4等の化合物も結合相の副成分として本発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有しても良い。また本発明による焼結体ではCBNの合成に使用され、高温、高圧下で六方晶型窒化硼素及びCBNに対して溶解性を有すると信じられる元素、例えばLi等のアルカリ金属、Mg等のアルカリ土類金属、Pb,Sn,Sb,Al,Cd,Si等を添加物として含むものであっても良い。
本発明の焼結体の原料として使用するCBNは六方晶型窒化硼素を原料として超高圧下で合成されたものである。従ってCBN粉末中には不純物として六方晶型窒化硼素が残存している可能性がある。また、超高圧下で焼結する場合においても、結合材がCBNの個々の粒子間に侵入するまではCBN粒子は外圧を静水圧的に受けておらず、この間の加熱によって六方晶型窒化硼素へ逆変態を起す可能性もある。このような場合に前記した六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果があると考えられる。発明者等は、この考えに基いて特にAl、Siについて効果を確認する実験を行なった。Al,Siを添加する方法としては第4a族の窒化物を例にとると、このMN1±xなる化合物で(1±X)が0.97以下のものにAl又はSi又は、この双方を所定量加え混合した後、600℃以上に真空中又は不活性雰囲気中で加熱してMN1±xの相対的に過剰なMとAl又はSiを反応せしめてM-Al,M-Si相図上に存在する金属間化合物(例えばMがTiの場合TiAl3,TiAl等)を生成させ、この粉末をCBNと混合する結合材原料とした。
第4図にAl-Tiの相状態図、第5図にSi-Tiの相状態図を参考のために示す。
例えば、第4図のAl-Ti相図では上記のTiAl3,TiAlの他にAl2Ti,AlTi2,AlTi3の金属間化合物が生成し得ることが示されている。
この方法では加えたAl,Siが結合材中に均一に分散した状態となり、小量の添加で、その効果が発揮される。別の方法としては、あらかじめM-Al,M-Si間の金属間化合物粉末を作成して原料混合時に加えてもよい。これは結合材化合物を炭化物、炭窒化物とする場合も同様である。このようにして作成したAl,Siを添加した焼結体と、これ等を含まない焼結体を比較してみた。
焼結体を研摩して組織観察を行なうとAl,Siを含む焼結体の方が研摩面においてCBN粒子が焼結体より剥離することが少なく、CBN粒子と結合相との結合強度が強いと考えられる。また切削工具として性能を比較すると、やはりAl,Siを含有する方が耐摩耗性、靱性ともに優れていた。尚、このような効果が現れるのは焼結体中に0.1重量%以上のAl又はSiを含む場合であった。
Al又はSiの含有量の上限は焼結体中に重量で20%までであり、それ以上では焼結体の硬度が低下し、耐摩耗性が悪くなる。特にAl又はSiが過剰で焼結体の結合相中に純粋なAl,Siの形態で存在すると焼結体の硬度は著しく低下する。
本発明による焼結体は高硬度で強靱性を有し、耐熱、耐摩耗性に優れており、切削工具以外に線引きダイスや皮剥ぎダイス、ドリルビット等の工具用途にも適したものである。
以下、実施例を述べる。
実施例1
平均粒度7μのCBN粉末を用いて、これを体積で60%、残部が第1表のものからなる混合粉末を作成した。

この混合粉末にカンファーを2%加え、外径10mm、高さ1.5mmに型押成型した。これをステンレス製の容器中に挿入した。この容器を真空炉中で10-4mmHgの真空度で1100℃に20分間加熱して脱ガスした。これをガードル型超高圧装置に装入した。圧力媒体としてはパイロフイライトを、ヒーターとしては黒鉛の円筒を用いた。尚、黒鉛ヒーターと試料の間はNaClを充てんした。これを第1表に示した条件で焼結した。保持時間は30分である。得られた焼結体は外径約10mm、厚さは約1mmであった。これをダイヤモンド砥石で平面に研削し、更にダイヤモンドのペーストを用いて研磨した。X線回折により結合相の状態を調べたところ、Aの焼結体は結合相がTiNを主体とし、小量のTi2AlN,TiAl,TiAl3と思われる化合物からなっている。
実施例2
平均粒度1μのTiN0.73粉末と平均粒度30μのAl粉末を重量で各々90%、10%の割合に配合しV型ブレンダーを用いて混合した。この混合粉末を1t/cm2の圧力でペレットに型押成型し、真空炉中で1000℃に加熱し、30分間保持した。これを粉砕して粉状としX線回折によって調べたところ、TiN以外にTiAl3,TiAl及びTi2AlNと思える回折ピークが得られ、金属Alは検出されなかった。このAl化合物を含むTiN粉末を体積で40%と、平均粒度7μのCBN粉末60%を混合し、Mo製の容器に詰め、実施例1と同様にして、先ず圧力を55Kbにあげ、のちに温度を1400℃に上げ、30分間保持したのち温度を下げ、圧力を除々に下げて、外径7mm、高さ3.5mmの焼結体を得た。この焼結体をダイヤモンド線引きダイスを作成する場合と同様の加工方法を用いて穴径1.0mmのダイスに仕上げた。
比較の為に超硬合金及び市販されている金属Coでダイヤモンド粉末を結合したダイヤモンド焼結体を用いて同一形状のダイスを作成した。このダイスを用いてW線の線引きテストを行った。ダイスに供給されるW線材を約800℃に予熱した条件でテストした結果、本発明のダイスでは3tonの伸線が可能であったが、超硬合金製ダイスでは200Kg、焼結ダイヤモンドダイスは1tonの伸線量でいずれもダイスが摩耗して寿命となった。
実施例3
平均粒度1μのTi(C0.4,N0.4)0.8粉末に重量で平均粒度30μのAl粉末を2%加え、以下実施例2と同様にしてAl化合物を含むTi(C,N)粉を作成した。この粉末と平均粒度4μのCBN粉末を体積%で各々65%、35%に配合し、実施例1と同様にして外径10mm、厚み1mmの焼結体を作成した。但し、焼結時の圧力は50Kbで温度は1150℃とした。焼結体をダイヤモンド切断刃を用いて切断し、切削チップを作成し、これを鋼の支持体に鑞付けした。比較のために平均粒径3μのCBNを金属Coで結合した市販品のCBN焼結体で同一形状の切削工具を作成し、第3図に示す形状のSCr3種の熱処理した鋼を切削した。図においてAは32mmφ、Bは12mm、Cは196mm、矢印はバイトDの切削方向を示す。
比較の為に金属CoでCBNを結合した市販のCBN焼結体で作成した工具もテストした。切削条件は切削速度60m/min切込み0.15mm、送り0.12mm/revである。切削テスト結果は、本発明焼結体では第3図の被削材を20本切削して未だ切削可能であったが、比較の為に用いた市販のCBN焼結体工具では1本切削した時点で刃先に欠けを生じた。
実施例4
平均粒度3μのCBN粉末を体積で60%と残部が第2表の組成の結合材粉末とを混合した。この混合粉末をモリブデン製の容器に充填した。以下実施例1と同様にして第2表に示した圧力、温度で10分間保持して焼結した。いずれも充分緻密な焼結体が得られ、そのビッカース硬度は第2表の値を示した。

【図面の簡単な説明】
第1図は本発明の焼結体の特徴を説明するもので、CBN及び各種化合物の熱伝導度の温度に対する変化を示したものである。第2図は本発明の焼結体の製造条件に関するもので立方晶型窒化硼素の圧力、温度相図上での安定存在領域を示すのである。第3図は本発明焼結体の効果を説明する切削性能テストに用いた被削材形状を示すもので、用いた工具及び切削テストの内容は実施例3に詳細を記した。第4図は本発明の結合相の化合物である、Al-Ti化合物を示す相状態図、第5図は同様にTi-Si相状態図である。第6図は本発明焼結体の組織上の特徴を示す倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
a・・・・・立方晶窒化硼素安定域
b・・・・・六方晶窒化硼素安定域
 
訂正の要旨 訂正の要旨
審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2002-11-26 
結審通知日 2002-11-29 
審決日 2002-12-10 
出願番号 特願昭56-38159
審決分類 P 1 122・ 113- Z (C22C)
P 1 122・ 03- Z (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 相沢 旭  
特許庁審判長 影山 秀一
特許庁審判官 松本 悟
平塚 義三
酒井 美知子
三浦 悟
登録日 1987-09-28 
登録番号 特許第1400032号(P1400032)
発明の名称 高硬度工具用焼結体およびその製造法  
代理人 久保田 穣  
代理人 久保田 穣  
代理人 檜山 典子  
代理人 佐野 健一郎  
代理人 鴨井 久太郎  
代理人 富田 和夫  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ