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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) F16H
管理番号 1074524
審判番号 審判1998-35035  
総通号数 41 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1987-12-19 
種別 無効の審決 
審判請求日 1998-01-23 
確定日 2002-10-29 
事件の表示 上記当事者間の特許第1928400号発明「自動変速機の制御装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第1928400号発明の特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第1928400号に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、昭和61年6月10日に特許出願(特願昭61-134269号)され、平成6年8月3日に出願公告(特公平6-58141号)され、平成7年5月12日に設定登録されたものである。
これに対し、審判請求人 トヨタ自動車株式会社(以下、「請求人」という。)は、証拠として甲第1号証ないし甲第8号証を提出し、本件の結論と同旨の審決を求め、被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は審判請求人の負担とする。」との審決を求めた。
<証拠方法>
甲第1号証:特開昭60-146948号公報(昭和60年8月2日公開)
甲第2号証:特開昭53-137376号公報(昭和53年11月30日公開)
甲第3号証:特開昭60-169330号公報(昭和60年9月2日公開)
甲第4号証:特開昭61-99748号公報(昭和61年5月17日公開)
甲第5号証:特開昭53-35866号公報(昭和53年4月3日公開)
甲第6号証:特開昭58-89434号公報(昭和58年5月27日公開)
甲第7号証:書籍「自動車技術」Vol.31,No.7,1977(社団法人自動車技術会発行)の第610頁から第614頁(昭和52年7月1日頒布)
甲第8号証:ドイツ特許公開第3122901号公報(1982年12月30日公開)及びその部分的な和訳文
II.請求人及び被請求人の主張
1.請求人の主張
請求人の主張の概要は、次のとおりである。
(1)「走行状態検出手段」によって得られた走行状態に基づいて「制御手段」により自動変速機の変速段を制御し、さらにその「制御パターン」を道路情報に基づいて変更することは、甲第1号証ないし甲第5号証に記載されているように周知の技術である。
(2)その道路情報を「ナビゲーション装置」および「現在位置検出手段」によって得ること及びその道路情報によって車両の駆動装置を直接制御することが、甲第6号証あるいは甲第8号証に記載されているように公知の技術である。
(3)自動変速機の制御のための道路情報をセンサによらずに得ること、あるいは予め記憶している情報(すなわちナビゲーション装置)から検出する、との技術的課題が甲第1号証や甲第5号証あるいは甲第6号証に記載されているように本件発明の出願前に認識されていた。
(4)本件発明を構成している装置あるいは手段がそれぞれ出願前に知られており、また本件発明の技術的課題(目的)が既に当業者に認識されていたのであるから、その目的に沿って甲各号証の発明を組み合わせて本件特許発明とすること、すなわちナビゲーション装置で道路情報を得て自動変速機の制御パターンを変更するように構成し本件発明とすることに、特に困難さはない。
(5)結局、本件発明は、甲第1号証ないし甲第8号証に記載された発明に基づいていわゆる当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、したがって本件特許は、特許法第123条第1項の規定により無効とされる。
2.被請求人の主張
被請求人の主張の概要は、次のとおりである。
(1)甲第6号証記載の車速コントローラ及び甲第8号証記載の駆動装置が共に自動変速機を含むと解することはできないから、甲第1号証ないし甲第5号証と甲第6号証又は甲第8号証とを組み合わせて自動変速機の制御にナビゲーション装置を用いるという動機は得られない。
(2)甲第6号証がセンサをナビゲーション装置に置き換えることを示唆していると解しても、その置き換えの対象となったセンサと自動変速機の制御パターンの変更に使用されるセンサとに共通性がない以上、たとえ当事者が甲第6号証の存在を知ったとしても、自動変速機という技術分野に関連する共通性もないということも相俟って、甲第1号証ないし甲第5号証載の道路情報(自動変速機の制御に用いられるもの)をセンサに代えてナビゲーション装置で得ることには到底想到できない。
(3)ナビゲーション装置によって得られる道路情報は限られたものであるために、単なる「道路情報」というキーワードでもってナビゲーション装置自動変速機に短絡的に結び付けることには無理がある。
(4)本件発明は、出願当時、ナビが誤差を含んでいることが当業者に周知であって、ナビゲーション装置の情報に誤差ないしは暖昧さがあっても、これを自動変速機と組み合わせ、その情報に基づいて自動変速機を制御するという制御態様をとれば、運転者に違和感を与えることなく車両の走行性能を向上させることができるという知見に基づいてなされたものである。
現在の道路状況、車両の現在位置の周囲の状況という表現は、その絶対値の誤差を含めたものである。
このような自動変速機を制御対象として選択することの優位性なり動機なりを示唆するところが甲各号証にない以上、たとえ当業者であっても、自動変速機に甲第6号証記載発明を適用することを容易に想到することができるものではない。
(5)仮に自動変速機に甲第6号証記載発明を適用することを想到することができたとしても、本件発明は、A.変速段、B.変速制御パターン、C.変速時間(変速時油圧、変速トルクダウン量等)のうち、Bの変速制御パターンを制御対象としたものであるが、そのその動機が必要になるところ、その動機を与えるような記載は甲各号証のいずれにもない。
(6)甲第8号証には本件発明と同様の課題を解決する類似の技術手段が開示されているということができないから、甲第1号証ないし甲第5号証記載の道路情報(自動変速機の制御に用いられるもの)をセンサに代えて甲第8号証のナビゲーション装置で得ることにはできない。
(7)すなわち、甲各号証には、本件特許発明の技術的課題「ナビゲーション装置に予め記憶されている道路情報に基づいて、自動変速機の車両の走行状態に応じた変速制御を補正することにより、・・・自動変速機の変速段を車両の走行状態と路面状況との双方でもって良好に変速制御する」を示唆するところがない。また、甲各号証には、本件発明の特徴的な構成、即ちナビゲーション装置の道路情報を用いて自動変速機の制御パターンを変更することは開示も示唆もされていない。
本件発明は、この特徴的な構成を備えることにより、自動変速機の変速段を適切に制御して、ハード構成を新たに追加することなくエミッションの悪化を招くことなく且つ運転者に違和感を与えることなく、車両の走行性能の向上を図ることができる、という甲各号証記載の発明からは得られない特有の効果を奏するものである。
従って、たとえ当業者であっても、甲各号証記載の発明に基づいて、本件発明の技術的課題を新たに想定し、甲第1号証ないし甲第5号証に記載されている発明において、その道路情報を得る手段として甲第6号証又は甲第8号証に記載のナビゲーション装置を採用して本件発明を得ることは、到底なし得るものではない。
III.当審の判断
1.本件発明
(1)本件発明の要旨
本件発明の要旨は、その明細書の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。 「車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と、該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに、車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置と、車両の現在位置を検出する現在位置検出手段と、該現在位置検出手段の出力を受け、車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。」
(2)本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果
本件発明に係る特許公告公報(特公平6-58141号公報)によれば、その明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のように記載されていると認められる。
▲1▼技術的課題(目的)
イ 「自動変速機での変速は、上記車両の走行状態に加えて車両周囲の道路状況に応じても制御するのが好ましく、例えばカーブ走行中は車両の走行状態に拘わらず変速を禁止するのが望ましく、また低摩擦係数路(低μ路)では変速時でのトルクの急変化に伴って車輪の横すべりが生じるのを抑制すべく運転者の意志によっても無理な変速を行わないのが望ましい。」(公告公報2欄13行〜3欄4行)
ロ 「道路状況に応じて変速制御を行う場合、車両の走行路面の状況を検出して変速制御を行う構成を採用することが考えられるが、この考えでは、路面状況を検出する多くのセンサを必要とし、価格性の点で欠点が生じる。」(公告公報3欄8行〜11行)
ハ 「本願発明は斯かる点に鑑みてなされたものであり、特に車両の走行を誘導するためのナビゲーション装置があることに着目し、その目的は、上記ナビゲーション装置に予め記憶されている道路情報に基いて、自動変速機の車両走行状態に応じた変速制御を補正することにより、多くのセンサを要することなく、自動変速機の変速段を車両走行状態に(「と」の誤字)路面状況の双方でもって良好に変速制御することにある。」(公告公報3欄12行〜19行)
▲2▼構成
ニ 「上記目的を達成するため、・・・第1図に示すように、・・・走行状態検出手段204と、・・・自動変速機3の変速段を制御する制御手段210とを設ける。さらに・・・ナビゲーション装置50と、・・・現在位置検出手段65と、・・・上記制御手段210による自動変速機3の制御パターンを変更する変更手段211とを設ける構成としたものである。」(公告公報3欄21行〜32行)
ホ 「上記コントローラ49は、第5図に示す如く車両の走行を誘導するナビゲーション装置50の一部として構成されている。・・・また、上記コントローラ49には、CD-ROM57が装填されるCDプレーヤ58が・・・信号の授受可能に接続され、」(公告公報3欄9行〜20行)
へ 「上記CD-ROM57の内部には、予め、車両の整備要領および、道路の制限速度や駐車禁止等の各付加情報、並びに車両の走行誘導に必要な情報、例えば第6図に示す如き区分地図61や、主要な地名,学校,病院及び道路舗装の有無、高速道路と普通道路との区別、直線路とカーブ路との区別、平地と高地の区別、若しくは整地と悪路ないし低μ路との区別が各々上記区分地図61の座標系において正確に記憶されていて、該CD-ROM57の車両整備要領は・・・放送される一方道路情報がCPU51に入力されてRAM52に記憶される。」(公告公報3欄22行〜33行)
ト 「車両の現在位置の周囲に関するナビゲーション装置50の道路情報に応じて、高地走行時には変速線図を強制的に高出力要求モードにし、カーブ走行中は変速を禁止し、また低μ路走行時には2段のシフトダウン制御を行わないように上記制御手段210の制御パターンを変更する」(公告公報7欄29行〜34行)
チ 「その他、例えば山間地では前進4速(オーバードライブ)の移行を禁止してもよい。この場合には、前進第3速と第4速相互間での頻繁な変速動作に伴なう切換ショックを防止でき、山間地での走行性能の向上を図ることができる。」(公告公報8欄17行〜21行)
▲3▼作用効果
リ 「車両周囲の道路状況はナビゲーション装置50に予め内蔵した道路情報を利用しているので、道路状況検出用の多くのセンサを別途に設ける必要がなく、その分、低コスト化が可能である。」(公告公報8欄17行〜21行)
ヌ 「頻繁な変速動作に伴なう切換ショックを防止でき、山間地での走行性能の向上を図ることができる。」(公告公報8欄19行〜21行)
ル 「道路状況検出用の各種センサを設けることなく、自動変速機の変速段を適切に制御することができ、車両の走行性能および安全性の向上を図ることができる。」(公告公報8欄34行〜36行)
2.甲第1号証ないし甲第8号証に記載された技術的事項及び発明
(1)甲第1号証ないし甲第5号証に記載された技術的事項及び発明
▲1▼甲第1号証には、特殊なセンサ類も追加せずにECTマイクロコンピュータのプログラム変更だけで登坂路を検出して、変速パターンを自動的に切換える自動変速制御装置に関する発明について、▲2▼甲第2号証には、水銀スイッチを坂路検出手段として、自動変速機の変速点を変更するようにしたした自動変速機用変速制御装置に関する発明について、▲3▼甲第3号証には、角速度センサより曲路走行の有無を判定する検出手段の曲路検出信号に応じて変速パターンを補正するようにした自動変速制御装置に関する発明について、▲4▼甲第4号証には、ワイパースイッチや雨滴センサを路面摩擦係数の低下を知得する知得手段として、自動変速機の変速点を低μ路パターンと高μ路パターンに変更させるようにした変速制御装置に関する発明について、▲5▼甲第5号証には、車両の傾斜度の検出を不要にし、運転者の操作態様によりエンジンブレーキを必要とする状態が検知されたとき自動変速機の減速比が大きくなるように指令を発するようにした自動車の自動変速機用制御装置に関する発明について、記載されていると認められる。
これらの記載された発明を本件発明と対比してみると、検出又は知得の対象となっている「登坂路」、「坂路」、「曲路」、「路面摩擦係数」及び「エンジンブレーキを必要とする状態」は、少なくとも、本件発明の技術的課題(目的)でいうところの「道路状況」に相当し、また、制御の対象となっている「変速パターンを切換える」、「変速点を変更する」、「変速パターンを補正する」、「変速点を低μ路パターンと高μ路パターンに変更させる」及び「自動変速機の減速比が大きくなる」は、本件発明の「自動変速機の制御パターンを変更する」に相当するものと認められる。
なお、被請求人は、制御対象としての「自動変速機の制御パターン」は、「A.変速段」及び「C.変速時間(変速時油圧、変速トルクダウン量等)」を排除した「B.変速制御パターン」を意味する旨主張しているが、通常の技術的意味及び上記III.1.(2)で説示した「本件発明の▲1▼技術的課題(目的)、▲2▼構成、▲3▼作用効果」に照らしてみても、本件発明の「自動変速機の制御パターン」を被請求人の主張のように限定的な意味と解する合理的な理由がない。
してみれば、これら甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明からみて、本件発明の出願前に次のような発明(以下、「公知発明A」という。)が公知であると認めることができる。
<公知発明A>
車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と、該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに、
車両の現在位置の道路状況を検出するセンサ又は他の目的のセンサ等と、該センサ又は他の目的のセンサ等の出力を受け、車両の現在位置の道路状況に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。
(2)甲第6号証に記載された技術的事項及び発明
甲第6号証には、車両用制御装置に関する発明について記載され、その特許請求の範囲に、「走行路の走行環境に応じた車両各部の最適制御状態に相当する制御モードを予め記憶する記憶装置と、車両の現在の走行位置を検出する位置検知装置と、該位置検知装置からの検出出力を取り込み、車両の現在の走行位置に対応する制御モードを前記記憶装置より読み出し出力するメモリコントローラと、該メモリコントローラから出力される制御モードに基づいて車両各部を制御するコントローラとから構成されていることを特徴とする車両用制御装置。」と記載され、その技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のように記載されている。
▲1▼技術的課題(目的)
イ 「本発明は・・・・具体的には走行路の走行環境に応じて車両の各部を最適状態に制御する車両用制御装置に関する。
従来この種の車両用制御装置にあっては現在の車両の走行環境を各種センサの検出出力により判定し、この判定結果に基づいて車両各部の制御を行っていた。
しかしながらセンサ出力は一般に誤差が大きくセンサの検知できない環境要因も多いため走行環境に応じた車両各部の最適制御は困難であるという欠点があった。
本発明の目的は現在の走行環境を検出することなく車両各部を最適状態に制御することが可能な車両用制御装置を提供することにある。」(公開公報1頁左下欄16行〜右下欄9行)
▲2▼構成
ロ 「また10は車両の走行地域の地図等の表示情報及び走行環境、即ち走行路の各区間における制限速度、道路状態(舗装状態)、あるいは工場地帯、見通しが悪い山岳部等の外部環境に応じて車両各部を最適制御するための制御モードが走行路の各位置に対応して記憶されている外部メモリであり、」(公開公報2頁左上欄18行〜右上欄3行)
ハ 「メモリコントローラ30はメモリコントロールパネル40のキー操作により外部メモリ10に格納されている地図等の表示データ及び走行路の走行環境に応じた車両各部制御状態を指示するための制御モードデータをRAM20に転送し且つ表示部7に走行地域の地図を描出させると共に、車両走行中にあっては前記加算器8からの加算信号を取り込み車両の現在地に応じた各種の制御モードをRAM20より読み出し、各コントローラ50-1、50-2、50-3に出力する。」(公開公報2頁右上欄13行〜左下欄3行)
ニ 「またコントローラ50‐1は車速を制御する車速コントローラ、50-2はヘッドライトビームの切換制御を行うヘッドライトコントローラ、50-3はエアコンディショナの冷暖房、内外気の切換等を制御するエアコンとローラである。尚、コントローラは説明の便宜上、3つしか挙げていないが実際には上記以外の各種のコントローラが設けられている。」(公開公報2頁左下欄8行〜15行)
ホ 「車両の現在位置P1、P2、・・・・・を示す現在位置信号をメモリコントローラ30及び表示部7に出力する。・・・・これらのコントローラ50-1、50‐2、50-3は指定された制御モードに基づいて車両各部を走行路の走行環境に応じて最適状態に制御する。」(公開公報3頁左上欄2行〜11行)
▲3▼作用効果
ヘ 「本発明では走行路の走行環境に応じた各部の最適制御状態を予め記憶しておき、一方現在の走行位置を検出することによって記憶された車両各部の制御状態を再現して車両を制御するように構成したので本発明によれば走行路の走行環境に応じて車両を最適状態に制御し得る。」(公開公報3頁左上欄20行〜右上欄6行)
これらの記載された技術的事項と本件発明を対比してみると、該甲第6号証に記載の「車両の現在の走行位置を検出する位置検知装置の検出出力を取り込み」、「車両の現在の走行位置に対応する」及び「車両の走行地域の地図等の表示情報を予め格納している外部メモリ」は、それぞれ、本件発明の「車両の現在位置を検出する現在位置検出手段の出力を受け」、「車両の現在位置の周囲に関する」及び「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」に相当する。
そして、同甲第6号証に記載の「車両の現在の走行位置に対応する走行路の各区間における制限速度、道路状態(舗装状態)、あるいは工場地帯、見通しが悪い山岳部等の外部環境」は、その通常の意味及び本件発明に係る明細書の記載に照らしてみて、本件発明に係る明細書に記載された「車両の現在位置の周囲に関する道路情報」の対象を意味することが明らかであり、さらに、同甲第6号証に記載の「外部環境に応じた車両各部制御状態を指示するための制御モードデータに基づいて車両各部を制御すること」は、結局、「道路情報」に応じて「車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御すること」と解することができる。
してみれば、甲第6号証には、「現在の車両の走行環境をその検出出力により判定し、この判定結果に基づいて車両各部の制御することに用いられていた各種センサを使用することなく、走行路の走行環境に応じて車両の各部を最適状態に制御する車両用制御装置を提供すること」を目的とした、次のような発明(以下「甲第6号証発明」という。)が記載されていると認められる。
<甲第6号証発明>
車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置と、車両の現在位置を検出する現在位置検出手段と、該現在位置検出手段の出力を受け、車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御することを特徴とする車両用制御装置。
(3)甲第7号証に記載された技術的事項
甲第7号証には、「3.速度制御系」として「3.3トランスミッション」及びその具体的な例として「(3)自動変速機」が記載されている。
(4)甲第8号証に記載された技術的事項及び発明
甲第8号証には、自動ナビゲーション装置による検出信号が駆動装置の制御信号に使用される「陸上及び水上を移動可能な車両の自動ナビゲーションシステム」に関する発明について記載されている。
3.本件発明と公知発明A、甲第6号証発明との対比
(1)本件発明と公知発明Aとの対比
本件発明と公知発明Aとを対比すると、上記III.1.(2)で説示した「本件発明の▲1▼技術的課題(目的)、▲2▼構成、▲3▼作用効果」からみて、公知発明Aの「道路状況に応じて」は、本件発明の「道路情報に応じて」に相当し、また、両者とも「車両の現在走行する道路に関する道路状況」を得るために「車両の現在走行する道路に関する情報」を得ていると解することができるので、両者の一致点及び相違点は以下のとおりである。
<一致点>
車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と、該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに、車両の現在走行する道路に関する情報を得て、該情報に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段と、を備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。
<相違点>
本件発明は、車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置と、車両の現在位置を検出する現在位置検出手段と、該現在位置検出手段の出力を受け、車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えているのに対し、公知発明Aは、車両の現在位置の道路状況を検出するセンサ又は他の目的のセンサ等と、該センサ又は他の目的のセンサ等の出力を受け、車両の現在位置の道路状況に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えている点。
(2)本件発明と甲第6号証発明との対比
本件発明と甲第6号証発明とを対比すると、両者の一致点及び相違点は以下のとおりである。
<一致点>
車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置と、車両の現在位置を検出する現在位置検出手段と、該現在位置検出手段の出力を受け、車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい特定の個所を予め決められた態様で制御することを特徴とする車両用制御装置。
<相違点>
▲1▼ 本件発明は、車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と、該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えているのに対し、甲第6号証発明は、このような構成を有するか否か不明である点。
▲2▼ 本件発明は、ナビゲーション装置の道路情報に応じて制御する対象が自動変速機の制御パターンの変更であるのに対し、甲第6号証発明は、自動変速機の制御パターンを変更することを含むか否か不明である点。
本件発明と公知発明A、甲第6号証発明とを対比したそれぞれの一致点及び相違点を検討すると、少なくとも、公知発明Aの車両の現在位置の道路状況を検出又は知得する手段に、甲第6号証発明の車両の現在位置の周囲に関する道路情報を得るためのナビゲーション装置の技術思想を適用すれば、本件発明になるものと認めることができる。
4.公知発明Aへの甲第6号証発明の適用について
以下、公知発明Aへ甲第6号証発明を適用することが当業者にとって容易にできることか否かについて検討する。
上記III.1.(2)▲1▼の本件発明の技術的課題(目的)における「イ 自動変速機での変速は、車両の走行状態に加えて車両周囲の道路状況に応じても制御するのが好ましく、例えばカーブ走行中は車両の走行状態に拘わらず変速を禁止するのが望ましく、また低摩擦係数路(低μ路)では変速時でのトルクの急変化に伴って車輪の横すべりが生じるのを抑制すべく運転者の意志によっても無理な変速を行わないのが望ましい。」ということは、自動変速機の変速制御の技術的課題(目的)として、従来周知のものである。
そして、公知発明Aは、このような従来周知の技術的課題(目的)を前提として、「車両周囲の道路状況」を、運転者の五感を介して知得するものでなく、直接的又は間接的に検出又は知得すべく「センサ等の手段」を設け、該「センサ等の手段」の出力を受け、自動的に自動変速機の制御パターンを変更するようにしたものであって、上記III.1.(2)▲1▼本件発明の技術的課題(目的)のロにおいて指摘されているものと同様のものと認められる。
また、本件発明は、公知発明Aと同じように上記従来周知の技術的課題(目的)を前提として、「車両周囲の道路状況」を、公知発明Aのような「センサ等の手段」を介して知得するものでなく(「多くのセンサを要することなく」と記載されている。)、直接的又は間接的に検出又は知得することをその技術的課題(目的)として、「ナビゲーション装置」を用いたものと認められる。
一方、甲第6号証発明は、「現在の車両の走行環境をその検出出力により判定し、この判定結果に基づいて車両各部の制御することに用いられていた各種センサを使用することなく、走行路の走行環境に応じて車両の各部を最適状態に制御する車両用制御装置を提供すること」をその技術的課題(目的)として「ナビゲーション装置」を用いていることは、上記III.2.(2)で説示したとおりである。
換言すれば、甲第6号証発明は、該発明の前段階において、「車両周囲の道路状況」を運転者がその五感を介して知得し、運転者の意志によって車両の各部に対して必要な制御を行っていたものに対して、該「車両周囲の道路状況」を運転者の五感を介して知得することなく、機器によって直接的又は間接的に検出又は知得し、運転者の意志によることなく、自動的に車両の各部に対して必要な制御を行ったものということができる。
そして、甲第6号証においては、直接的又は間接的に検出又は知得する手段として、センサについて開示すると共に、該センサに比較して有利な効果を奏するものとして、「ナビゲーション装置」を開示し、該「ナビゲーション装置」を発明の構成要素として記載されている。
しかも、甲第6号証発明においては、「ナビゲーション装置」を介して知得する対象が「道路情報」であることが明らかであり、また、車両の走行を誘導するといった通常の「ナビゲーション装置」の機能からみても、自動変速機の制御パターンを変更するのに必要な道路情報である、「坂路」、「曲路」又は「路面摩擦係数(「舗装状態」から推測可能)」の有無や状態等を該「ナビゲーション装置」から得ることは、当業者にとって格別困難なことではない。
してみれば、自動的に自動変速機の制御パターンを変更するに必要な道路情報を直接的又は間接的に検出又は知得する手段として「センサ」を含めて多様なものがあることを示す公知発明Aと、車両の各部を最適に制御するために「センサ」を用いることなく「ナビゲーション装置」を用いた甲第6号証発明とを示す公知文献に接した当業者であれば、公知発明Aへ甲第6号証発明を適用することは、通常着想することができるものと認められる。
なお、これに関し、被請求人は、上記II.2.(1)ないし(7)のように主張しているが、その各々について、次の(1)ないし(7)のとおりにいえるから、このような被請求人の主張は、いずれも採用することができない。
(1)甲第6号証には、甲第6号証発明の車速コントローラが自動変速機を含むと明確に記載されていないものの、これをもって甲第6号証発明の「ナビゲーション装置」を公知発明Aに適用することを阻害する原因があるとすることができない。
(2)通常の「ナビゲーション装置」の機能に照らしてみれば、甲第6号証に記載された道路情報が「制限速度、道路状態(舗装状態)、あるいは工場地帯、見通しが悪い山岳部」に限定されなければならないとか、該道路情報を検知又は知得するセンサがダストセンサ、臭気センサ、騒音センサ等に限定されなければならないといった特段の事情もない。
(3)道路情報にナビゲーション装置によって検出することはできないものがあっても、自動変速機の制御パターンを変更するのに必要な道路情報である「坂路」、「曲路」文は「路面摩擦係数(「舗装状態」から推測可能)」の有無や状態等を「ナビゲーション装置」から得ることが可能であることは当業者であれば容易に予測できる範囲のことである。
(4)本件発明が「ナビが誤差を含んでいること」を前提としたものであるという合理的な根拠がない。
(5)本件発明は、A.変速段、B.変速制御パターン、C.変速時間(変速時油圧、変速トルクダウン量等)のうち、Bの変速制御パターンを制御対象としたものであるという合理的な根拠がない。
(6)ナビゲーション装置を用いた自動運転は、運転者が行うべき道路情報の検知又は知得をするナビゲーション装置が行っているとみることができる。(ここでは、甲第8号証に記載された発明の適用については判断しない。)
(7)被請求人の問題とする運転者への違和感は、具体的な制御態様の設計や特定の条件によって左右される問題であって、被請求人が指摘している発明の本質的な問題ではない。
特に、公知発明A及び甲第6号証発明に係る公知文献に記載された「センサ」、技術的課題(目的)や作用効果の不一致に関する被請求人の主張については、当業者が公知文献に記載された公知技術を組み合わせて新規の構成とする際の推考容易性を判断する場合に、それを組み合わせる目的若しくは技術思想又はその組み合わせに係る新規の構成の作用効果等が、細部にわたってすべて当該文献に記載又は示唆されていなければ、推考が容易でないとすることはできず、当該文献に接した当業者であれば通常着想することができ、又は予測することができる範囲のものは、そこに記載又は示唆されていることを要しないといえるから、当該被請求人の主張は採用することができない。
5.むすび
以上のとおりであるから、本件発明は、甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるので、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当する。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 1999-02-15 
結審通知日 1999-02-23 
審決日 1999-03-02 
出願番号 特願昭61-134269
審決分類 P 1 112・ 121- Z (F16H)
最終処分 成立  
前審関与審査官 川上 益喜  
特許庁審判長 舟木 進
特許庁審判官 西村 敏彦
神 悦彦
登録日 1995-05-12 
登録番号 特許第1928400号(P1928400)
発明の名称 自動変速機の制御装置  
代理人 渡辺 丈夫  
代理人 竹内 宏  
代理人 前田 弘  

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