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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D06M
管理番号 1078003
異議申立番号 異議2002-72657  
総通号数 43 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-03-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-10-29 
確定日 2003-05-19 
異議申立件数
事件の表示 特許第3279442号「撥水剤組成物及び撥水剤物品並びに撥水処理方法」の請求項1ないし6に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3279442号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第3279442号の請求項1〜6に係る発明は、平成6年9月8日に特許出願され、平成14年2月22日にその特許権の設定登録がなされ、その後、旭硝子株式会社より特許異議の申立てがなされたものである。

2.特許異議申立てについての判断
(1)本件発明
本件の請求項1〜6に係る発明(以下、「本件発明1〜6」という。)は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された次のとおりのものである。
「 【請求項1】 下記(a)成分0.1〜5重量%、(b)成分90〜99.8重量%及び(c)成分0.1〜5重量%を含有することを特徴とする撥水剤組成物。
<(a)成分> 下記モノマー(1)、モノマー(2)及びモノマー(3)を重合して得られるフッ素樹脂
モノマー(1):一般式(I)で表されるアクリル酸もしくはメタクリル酸、又はこれらのエステル。
CH2=CR1(COOR2) (I)
〔式中、
R1:HまたはCH3基を示す。
R2:Hを示すか、アリール基で置換していてもよい直鎖もしくは分岐鎖の炭素数1〜22のアルキル基もしくはアルケニル基を示すか、又は直鎖もしくは分岐鎖の炭素数1〜20のアルキル基もしくはアルケニル基で置換していてもよいアリール基を示すか、又は炭素数3〜8のシクロアルキル基を示す。〕
モノマー(2):ヒドロキシアルキル基(アルキル基の炭素数2〜3)を有する、アクリル酸エステル又はメタクリル酸エステル。
モノマー(3):パーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステル。
<(b)成分> 炭素数1〜3のアルコール
<(c)成分> 可塑剤及び/又はフッ素含有界面活性剤
【請求項2】 (a)成分が、下記モノマー(1')、前記モノマー(2)及び前記モノマー(3)を、全モノマーに対してモノマー(1')30〜70重量%、モノマー(2)15〜30重量%及びモノマー(3)15〜40重量%の割合で重合して得られるフッ素樹脂である請求項1記載の撥水剤組成物。
モノマー(1'):アクリル酸イソブチル、メタクリル酸イソブチル、アクリル酸メチル及びメタクリル酸メチルからなる群より選ばれる少なくとも2種以上。
【請求項3】 (a)成分のフッ素樹脂を構成するモノマー(2)とモノマー(3)の重量比が、〔モノマー(2)〕/〔モノマー(3)〕=1/3〜3/1である請求項1又は2記載の撥水剤組成物。
【請求項4】 (b)成分がエタノールである請求項1〜3のいずれかの項記載の撥水剤組成物。
【請求項5】 請求項1〜4のいずれかの項記載の撥水剤組成物を、その内部に充填した液体をその外部へ噴霧する装置を具備した容器の中へ、充填してなる撥水剤物品。
【請求項6】 請求項5記載の撥水剤物品を使用し、請求項1〜4のいずれかの項記載の撥水剤組成物を、撥水処理されるべき対象物に対し噴霧することを特徴とする撥水処理方法。」

(2)特許異議の申立ての理由の概要
異議申立人は、証拠として、下記の甲第1〜4号証を提示して、本件発明1〜6は、甲第1〜4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、と主張している。
甲第1号証:特開昭50-140387号公報
甲第2号証:特開昭59-59778号公報
甲第3号証:特開昭58-126372号公報
甲第4号証:特開平6-49319号公報

(3)甲号各証の記載内容
甲第1号証(特開昭50-140387号公報)には下記の記載がある。 1-イ:「炭素数3〜20個のポリフルオロアルキル基含有の重合し得る化合物、親水性基含有の重合し得る化合物、及び一般式CH2=CR3CN(但し、式中のR3は水素原子又はメチル基を示す)で表わされる化合物を構成単位として含む共重合体からなる汚れ離脱型撥水撥油剤が、誘電率8〜45の高誘電率有機溶剤・・・に溶解されてなる汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物。」(特許請求の範囲)、
1-ロ:高誘電率有機溶剤として、「本発明において使用される高誘電率有機溶剤としては、誘電率8〜45を有するメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、の如きアルコール類・・・アセトン、塩化メチレンなどが例示され・・・誘電率15〜35程度を有するものが、特に好ましく採用され、具体例としてはメタノール、エタノール、イソプロパノール、エチルセロソルブ、アセトンなどがある。誘電率が小さい有機溶剤では、本発明における特定の共重合体を溶解させることが困難であり、均一溶液を形成し得ない」(第2頁左下欄14行〜右下欄7行)、
1-ハ:親水性基含有の重合し得る化合物として、「本発明において・・・親水性基含有の重合し得る化合物としては・・・アクリル酸、メタクリル酸・・・の如きカルボキシル基(-COOH)を有する重合性カルボン酸、重合性カルボン酸のアルキレンオキサイド付加物、・・・水酸基含有重合性化合物・・・などがあげられ得る。本発明においては、・・・一般式CH2=CR1COO(CH2CH2O)nR2 (但し、式中のR1は水素原子又はメチル基、R2は水素原子又はメチル基、nは1〜50の正数を示す)に相当する特定のアクリレート又はメタクリレート・・・」(第3頁左下欄7行〜同頁右下欄18行)、
1-ニ:その他の重合し得る化合物について、「本発明における共重合体は、前記のポリフルオロアルキル基含有の重合し得る化合物、親水性基含有の重合し得る化合物・・・の他に、・・・アクリル酸又はメタクリル酸のアルキルエステル・・・の如きポリフルオロアルキル基を含まない重合し得る化合物の一種又は二種以上を、共重合体の構成単位として・・・共重合させることも可能である。」(第4頁右下欄最下行〜第5頁左上欄14行)、
1-ホ:「実施例1〜5及び比較例1〜3
C8F17CH2CH2OCOCH=CH255重量%、アクリロニトリル20重量%、CH2=C(CH3)CO2(CH2CH2O)25H20重量%、CH2=CHCONHCH2OC4H95重量%からなる共重合体を、下記第4表に示す種々の誘電率を有する有機溶剤に室温で、0.6重量%濃度になる様に溶解せしめた。得られる有機溶液をスプレーガンにより、ポリエステルジャージー布に・・・噴霧し・・・熱処理した。処理された布の撥油性、撥水性、汚れ脱離性能を測定し、下記第4表にまとめて示す。」(第6頁右下欄下から12行〜最下行)、
1-へ:第7頁左上欄の第4表には、有機溶剤として、実施例2にメタノール、実施例3にエタノールを用いた実施例が示されている。

甲第2号証(特開昭59-59778号公報)には下記の記載がある。
2-イ:「1.フッ素系撥水撥油剤0.05〜5重量%及び塩素系溶剤99.95〜95重量%からなる配合原液に、4〜10の炭素数を有するジカルボン酸のジ低級アルキルエステル、・・・のエステル化物を含有せしめることを特徴とする撥水撥油処理用組成物。・・・4.エステル化物の含有量がフッ素系撥水撥油剤及び塩素系溶剤からなる配合原液100重量部当り0.001〜5重量部の・・・撥水撥油処理用組成物。」(特許請求の範囲第1〜4項)、
2-ロ:「本発明者らは、・・・フッ素系撥水撥油剤及び塩素系溶剤に、特定のエステル化物を配合することによりシミ残りが著しく改良されることを見出し」(第2頁左上欄18行〜同頁右上欄1行)、
2-ハ:特定のエステル化物について、「本発明においては、前記フッ素系撥水撥油剤及び塩素系溶剤からなる配合原液に、炭素数4〜10のジカルボン酸と低級アルコールとのジエステル、・・・のエステル化物を配合せしめるものである。・・・これらエステル化物として具体的には、・・・ジブチルアジペート、ジイソブチルアジペート、ジブチルフタレート、・・・などがあげられる。」(第3頁左上欄2行〜右上欄6行)、
2-ニ:第4頁左下欄の実施例と第5頁左上欄には実施例1に1,1,1-トリクロロエタン 99・5重量%を含む配合原液100重量部に各種添加剤(表-4)を0.5重量部加えた例が示され、その表-4よれば0.5重量%の添加剤について比較例の無添加のものとエチルアルコールがそれぞれシミ残りの判定値が1であるのに対し、実施例のジイソブチルアジペートが5、ジブチルフタレートが4と優れていることが示されている。

甲第3号証(特開昭58-126372号公報)には下記の記載がある。
3-イ:「1 (a)炭素数3〜21のパーフルオロアルキル基を側鎖に有するフッ素系重合体と(b)・・・フッ素系力チオン界面活性剤とが共存せられていることを特徴とする・・・処理用組成物。 2 前記(a)のフッ素系重合体100重量%に対して前記(b)のフッ素系力チオン界面活性剤が0.1〜40重量%含有せられている特許請求の範囲第1項記載の組成物。・・・4 前記組成物が水溶液または水分散液であり・・・の方法。」(特許請求の範囲第1〜4項)、
3-ロ:「本発明者らは、フッ素樹脂を均一に布帛に浸透または付着させる目的で種々の界面活性剤を検討したところ、従来の炭化水素系界面活性剤や非カチオン系含フッ素界面活性剤を用いるばあい、フッ素樹脂の機能である撥水撥油性がいちじるしく阻害されるが、フッ素系力チオン界面活性剤を用いるばあい、撥水撥油性が阻害されないばかりか逆にそれを向上させる効果があることを見出し、」(第2頁左下欄2〜10行)、
3-ハ:フッ素系力チオン界面活性剤について、「・・・フッ素系力チオン界面活性剤・・・としてはフロラード(住友スリーエム(株)製)・・・などがあげられる。」(第3頁右上欄下から7行〜最下行)。

甲第4号証(特開平6-49319号公報)には、下記の記載がある。
4-イ:「(A)(a)炭素数6〜12のアルキル基を有するパーフルオロアルキルアクリレート系単量体、2〜40mol% (b)上記(a)と共重合可能なカルボキシル基を有するα、β-エチレン性不飽和単量体、0.1〜15mol% (c)上記(a)、(b)と共重合可能なヒドロキシル基を有するα、β-エチレン性不飽和単量体、0〜25mol% (d)上記(a)、(b)、(c)と共重合可能な上記以外のα、β-エチレン性不飽和単量体、97.9〜45mol%からなる単量体組成物を界面活性剤を用いて水中に乳化分散させ、分散粒子の粒径を0.3μm以下の微粒となしてからラジカル重合して得られた含フッ素アクリル系共重合体水性エマルジョンと、(B)カチオン性水溶性高分子化合物と、からなる含フッ素系水性撥水撥油組成物。」(特許請求の範囲請求項1)、
4-ロ:「本発明者らは、繊維への定着性に優れ、しかも安定な含フッ素系水性撥水撥油組成物について鋭意研究を重ねた結果、カチオン性水溶性高分子化合物を併用すると組成物が、安定であり、しかも繊維への定着性が著しく向上し繊維に優れた撥水撥油性を付与することを見出した。」(段落【0006】)、
4-ハ:「カチオン性界面活性剤は、本発明で用いる含フッ素アクリル系共重合体水性エマルジョンに用いても効果はなかった。」(段落【0005】)、
4-ニ:「β-(パーフルオロオクチル)エチルアクリレート(AE800)55.2g(25mol%)、n-ブチルメタクリレート(n-BMA)39.4g(65mol%)、2-ヒドロキシエチルメタクリレート(2-HEMA)5g(9mol%)、メタクリル酸(MAA)0.36g(1mol%)を・・・単量体混合液とし・・・単量体プレエマルジョンを得た。・・・単量体プレエマルジョンを・・・反応を終了させた。 得られた含フッ素アクリル系共重合体水性エマルジョン」(段落【0025】)。

(4)対比・判断
(ア)本件発明1について
甲第1号証には、炭素数3〜20個のポリフルオロアルキル基含有の重合し得る化合物、親水性基含有の重合し得る化合物、及び一般式CH2=CR3CN(但し、式中のR3は水素原子又はメチル基を示す)で表わされる化合物を構成単位として含む共重合体である汚れ離脱型撥水撥油剤が誘電率8〜45の高誘電率有機溶剤に溶解されてなる汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物が記載されており(上記記載1-イ参照)、本件発明1の撥水剤組成物と甲第1号証の汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物を比較すると、下記(A)〜(C)の点で相違している。
(A)本件発明1の撥水剤組成物においては(a)成分のフッ素樹脂が一般式(I)CH2=CR1(COOR2)で表されるアクリル酸もしくはメタクリル酸、又はこれらのエステルであるモノマー(1)とヒドロキシアルキル基(アルキル基の炭素数2〜3)を有する、アクリル酸エステル又はメタクリル酸エステルであるモノマー(2)とパーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステルであるモノマー(3)とを重合して得られるフッ素樹脂であるのに対し、甲第1号証の汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物においては、本件発明1の(a)成分に相当する共重合体が炭素数3〜20個のポリフルオロアルキル基含有の重合し得る化合物、親水性基含有の重合し得る化合物、及び一般式CH2=CR3CN(但し、式中のR3は水素原子又はメチル基を示す)で表わされる化合物を構成単位として含む共重合体である点。
(B)本件発明1の撥水剤組成物においては、(b)成分である有機溶剤が炭素数1〜3のアルコールであるのに対し、甲第1号証の汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物においては、本件発明1の(b)成分に相当する有機溶剤が高誘電率有機溶剤である点。
(C)本件発明1の撥水剤組成物においては、(c)成分である可塑剤及び/又はフッ素含有界面活性剤を含有しているのに対し、甲第1号証の汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物においては、この(c)成分に相当する成分を含有していない点。
そこで、上記相違点(A)〜(C)について以下検討する。

相違点(A)におけるフッ素樹脂の構成について:
甲第1号証の「炭素数3〜20個のポリフルオロアルキル基含有の重合し得る化合物」は本件発明1の「パーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステルであるモノマー(3)と『炭素数3〜20のポリフルオロアルキル基を含有する(メタ)アクリル酸エステルモノマー』で重複している。
また、甲第1号証の一般式CH2=CR3CNで表される化合物(アクリルニトリル)を本件発明1では必須のモノマー成分としていないが、本件特許明細書の段落【0017】に「本発明のフッ素樹脂は、上記モノマー(1)、モノマー(2)及びモノマー(3)以外の他の共重合モノマーを共重合させることもできる。この場合、共重合モノマーとしては、例えば・・・アクリロニトリル、・・・アクリルアミド、メタアクリルアミド、・・・等が例示され、1種又は2種以上用いてもよい。」と記載されているように任意成分としてアクリルニトリルが例示されているから、このモノマー成分について両者に実質的な差異はない。
そして、甲第1号証には、親水性基含有の重合し得る化合物として例示されている中に、アクリル酸、メタクリル酸等の如き重合性カルボン酸、一般式CH2=CR1COO(CH2CH2O)nR2 (式中のR1、R2は水素原子又はメチル基、nは1〜50の正数)で表される重合性カルボン酸のエチレンオキサイド付加物が記載され(上記記載1-ハ参照)、また、ポリフルオロアルキル基含有の重合し得る化合物、親水性基含有の重合し得る化合物の他に共重合させることも可能である化合物として、アクリル酸又はメタクリル酸のアルキルエステルが例示されている(上記記載1-ニ参照)。このアクリル酸又はメタクリル酸若しくはそれらの酸のアルキルエステルは本件発明1の一般式で表されるアクリル酸若しくはメタクリル酸、又はこれらのエステルであるモノマー(1)に含まれ、また甲第1号証の一般式で表されるアクリル酸、メタクリル酸のエチレンオキサイド付加物中のnが1でR2が水素原子であるものはヒドロキシエチル基を有しているので、本件発明1のヒドロキシアルキル基(アルキル基の炭素数2〜3)を有する、アクリル酸エステル又はメタクリル酸エステルであるモノマー(2)に含まれる。
してみると、甲第1号証の汚れ離脱型撥水撥油剤の共重合体のモノマー成分として、本件(a)成分のフッ素樹脂の重合に用いられるモノマー(1)〜(3)のすべてが示されている。
そして、甲第4号証には、含フッ素系水性撥水撥油組成物の含フッ素アクリル系共重合体共重合体の具体例として、製造例1にβ-(パーフルオロオクチル)エチルアクリレート(本件発明1のモノマー(3)に相当する)とn-ブチルメタクリレート(本件発明1のモノマー(1)に相当する)と2-ヒドロキシエチルメタクリート(本件発明1のモノマー(2)に相当する)とメタクリル酸(本件発明1のモノマー(1)に相当する)の単量体混合物から重合して得られる含フッ素アクリル系共重合体水性エマルジョンが記載されており(上記記載4-ニ参照)、水性エマルジョンとして用いられる含フッ素系水性撥水撥油組成物の含フッ素アクリル系共重合体として本件発明1のポリマー(1)〜(3)を重合して得られるフッ素樹脂自体はすでに知られていたのであるから、溶液形態での使用に適用する甲第1号証の汚れ離脱型撥水撥油剤においても、親水性基含有の重合し得る化合物として一般式中nが1であるアクリル酸、メタクリル酸のエチレンオキサイド付加物とアクリル酸又はメタクリル酸を選び、若しくは他の重合し得る化合物としてアクリル酸又はメタクリル酸のアルキルエステルを選んでそれらを組合わせることにより、本件発明1のモノマー(1)〜(3)を重合して得られるフッ素樹脂を想起することが当業者にとって格別困難であるとはいえず、上記相違点(A)に挙げられた本件発明1のパーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステル系のフッ素樹脂の構成は、甲第1号証の記載から容易に導き出せるものといえる。

相違点(B)の溶剤の相違について:
甲第1号証には、特定の高誘電率有機溶剤の具体例の中にメタノール、エタノール、イソプロパノールが例示されている(上記記載1-ロ参照)ので、甲第1号証の特定の高誘電率有機溶剤には本件発明1の炭素数1〜3のアルコールが包含される。
しかし、そのアルコールの配合の作用、効果についてみると、本件発明1において、本件特許明細書の段落【0025】及び炭素数1〜3のアルコールを他の成分(たとえばトリクロロエタン)に置き換えた比較例と本件発明1の実施例の記載からみて、本件発明1の炭素数1〜3のアルコールは撥水性の持続性及びシミ残り抑制の向上に関連するものといえるのに対し、甲第1号証のものはポリフルオロアルキル基含有の汚れ離脱型撥水撥油剤を溶解させるための溶剤にすぎない(上記記載1-ロ参照)。しかもその汚れ離脱性能とは撥水撥油剤処理した後に、繊維織物等に付着した汚れが洗濯などにより脱離除去され易さを示すものであって、本件発明1の撥水剤組成物を処理した際に生じる衣料等への撥水剤組成物自体によるシミの発生を抑制するシミ残り抑制とは異なるものである。してみると、両者のアルコールの配合の作用、効果は明らかに相違しているおり、甲第1号証には炭素数1〜3のアルコールとシミ残り抑制及び撥水性の持続性との関連については記載も示唆もされていないのであるから、撥水性能の持続性及びシミ残り抑制に優れる、炭素数1〜3のアルコールを含む撥水剤組成物を想起することが容易であるとはいえない。
また、甲第2号証には、シミ残りを改良するために、フッ素系撥水撥油剤0.05〜5重量%及び塩素系溶剤99.95〜95重量%からなる配合原液に、4〜10の炭素数を有するジカルボン酸のジ低級アルキルエステルからなるエステル化物を、配合原液100重量部当たり0.001〜5重量部含有せしめた撥水撥油剤処理用組成物が記載されている(上記記載2-イ、2-ロ参照)が、有機溶剤としては塩素系溶剤が示されているにすぎない。なお、表-4には比較例として、トリクロロエタン99.5重量%を含む配合原液にエチルアルコールを0.5重量%配合した例が示されているが、添加剤としてエチルアルコールを0.5重量%配合する場合のシミ残りの判定値は添加剤が無添加の場合と同様に1である(上記記載2-ニ参照)から、エチルアルコールの配合によりシミ残り抑制効果の向上が示唆されているものではない。
してみれば、甲第2号証には炭素数1〜3のアルコールを溶剤として用いること及び炭素数1〜3のアルコールとシミ残り抑制及び撥水性の持続性との関連については記載も示唆もされていない。
さらに、甲第3号証及び甲第4号証には、パーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステルフッ素系撥水撥油剤の溶剤として、水系の例が示されている(上記記載3-イ、4-イ参照)のみで炭素数1〜3のアルコールを用いること及び炭素数1〜3のアルコールとシミ残り抑制及び撥水性の持続性との関連については記載も示唆もされていない。
以上のことから、撥水性能の持続性及びシミ残り抑制に優れる撥水剤組成物を得る目的で、甲第1号証に記載の汚れ離脱性能に関する、撥水撥油剤の有機溶液組成物の高誘電率有機溶剤溶媒の中から炭素数1〜3のアルコールを選択し、パーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステル系の特定のフッ素樹脂とを組合わせることは、甲第1号証の記載事項に甲第2〜4号証の記載事項を参照しても、当業者が容易に導き出せるとはいえない。

相違点(C)の(c)成分の有無について:
甲第2号証には、前記相違点(B)で示したとおりの撥水撥油剤処理用組成物が記載され、フッ素系撥水撥油剤及び塩素系溶剤に特定のエステル化物を配合することによりシミ残りが著しく改良されることが示されている。
そして、その特定のエステル化物として具体的に示されているジブチルアジペート、ジイソブチルアジペート、ジブチルフタレート(上記記載2-ハ参照)は、本件発明1における(c)成分である可塑剤として例示されているものであるから、甲第2号証には、パーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステル若しくはメタクリル酸エステル等の共重合体からなるフッ素系撥水撥油剤と塩素系溶剤に更に本件発明1でいう可塑剤化合物を配合すること及びその配合によりシミ残りが改良される効果が生じることは記載されている。
しかし、甲第2号証のものは塩素系溶剤を必須の構成とするものであり、炭素数1〜3のアルコールを必須の構成とする有機溶媒の異なる本件発明1においても甲第2号証の塩素系溶剤に可塑剤化合物を配合する場合のシミ残りが改良される効果が同様に奏されることは甲第2号証に示唆されておらず、またこのことを予測し得る根拠は見いだせないから、塩素系溶剤を含むフッ素系撥水撥油剤に関する技術手段を炭素数1〜3のアルコールを含むフッ素系撥水撥油剤に適用することを想起することが容易であるとはいえない。
また、甲第3号証には、パーフルオロアルキル基を側鎖に有するフッ素系のアクリル酸エステル類を重合させたフッ素樹脂にフッ素系力チオン界面活性剤を配合することが記載され、該フッ素系力チオン界面活性剤としてフロラード(住友スリーエム(株)製)が挙げられており(上記記載3-イ、3-ロ参照)、本件発明1でもフッ素含有界面活性剤としてフロラードFC-170C(住友スリーエム)が例示されていることからみれば、甲第3号証のフッ素系力チオン界面活性剤は本件発明1のフッ素含有界面活性剤に包含されるものと解される。
しかし、甲第3号証でフッ素系力チオン界面活性剤を用いるのは、フッ素樹脂を均一に布帛に浸透または付着させる目的で界面活性剤を用いる場合の撥水撥油性が著しく阻害されるのを防ぐとともに、撥水撥油性を向上させるものである(上記記載3-ロ参照)のにすぎないので、撥水性能の持続性及びシミ残りの抑制を目的として、フッ素系撥水撥油剤溶液組成物にフッ素系界面活性剤を配合することを想起することが容易であるとはいえない。
さらに、甲第4号証には、特定の含フッ素アクリル系共重合体水性エマルジョンとカチオン性水溶性高分子化合物とからなる含フッ素系水性撥水撥油組成物及びカチオン性水溶性高分子化合物の併用により該組成物が安定で、繊維への定着性が著しく向上し、繊維に優れた撥水撥油性を付与することができることが記載されている(上記記載4-イ、4-ロ参照)。
しかし、甲第4号証のカチオン性水溶性高分子化合物はカチオン性界面活性剤に比較して優れている旨示され(上記記載4-ハ参照)、カチオン性界面活性剤と別個のものとして認識していること、また本件発明1のフッ素含有界面活性剤としてカチオン性水溶性高分子化合物が含まれることを示唆する記載は見当たらないことからみると、甲第4号証のカチオン性水溶性高分子化合物が本件発明1のフッ素含有界面活性剤に包含されるとはいえない。
しかも、甲第4号証にはカチオン性水溶性高分子化合物の併用と撥水性能の持続性及びにシミ残りの抑制との関連性については記載も示唆もされていないので、甲第4号証に記載のカチオン性水溶性高分子化合物に代えてフッ素含有界面活性剤を、撥水性能の持続性及びシミ残り抑制の改善を目的としてフッ素系撥水撥油剤溶液組成物に配合することを想起することが容易であるとはいえない。
以上のことから、撥水性能の持続性及びシミ抑制に優れる撥水剤組成物を得る目的で、甲第1号証に記載の撥水撥油剤の有機溶液組成物として、パーフルオロアルキル基を有する、アクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステル系の特定のフッ素樹脂に、溶媒として炭素数1〜3のアルコールを選択し、更に甲第2号証に記載の特定のエステル化物又は甲第3号証に記載のフッ素系カチオン界面活性剤を配合して、又は甲第4号証に記載のカチオン性水溶性高分子化合物に代えてフッ素含有界面活性剤を配合して、本件発明1の撥水剤組成物を導き出すことが容易に想起できるとはいえない。

そして、本件発明1は「本件発明1のモノマー(1)〜(3)からなる特定のフッ素樹脂と炭素数1〜3のアルコールと可塑剤及び/又はフッ素含有界面活性剤とを組み合わせる」という構成を備えることによって、本件特許明細書の段落【0025】及び実施例と比較例に記載されているように、撥水効果が優れ、その持続性が高く、且つ処理対象物にシミ残りがないという効果を奏するものであると認められる。
したがって、本件発明1は上記甲第1〜4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

なお、異議申立人は、甲第1号証には本件発明1のフッ素樹脂と炭素数1〜3のアルコールとからなる撥水剤組成物が記載され、甲第2号証には甲第1号証の構成とは異なっているフッ素樹脂溶液に本件発明1と同一の可塑剤化合物を配合せしめ、シミ残り抑制効果を得ることが記載されており、フッ素樹脂の構成や溶剤が異なっていても撥水剤組成物に使用されていることが公知の添加剤(すなわち、可塑剤化合物)を使用することはそれらの相違によらず当業者が容易になし得るものであり、また甲第2号証の可塑剤を付加するシミ残りが抑制される効果は甲第1号証に記載の撥水撥油剤の有機溶液組成物においても発揮されると主張している。
しかし、甲第1号証の実施例2及び3に唯一具体的に記載されている、汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物としてC8F17CH2CH2OCOCH=CH255重量%、アクリロニトリル20重量%、CH2=C(CH3)CO2(CH2CH2O)25H20重量%、CH2=CHCONHCH2OC4H95重量%からなる共重合体とメタノール、エタノールからなる組成物が記載されている(上記記載1-ホ参照)にすぎず、この具体例の汚れ離脱型撥水撥油剤の共重合体は、本件発明1におけるモノマー(1)(アクリル酸もしくはメタクリル酸、又はこれらのエステル)を共重合体の構成単位として含まない点、またモノマー(2)の炭素数が2〜3のヒドロキシアルキル基でない点で明らかに異なっているので、本件発明1のフッ素樹脂と炭素数1〜3のアルコールとを組合わせた汚れ離脱型撥水撥油剤の有機溶液組成物が具体的に記載されているとはいえない。
そして、本件特許明細書に記載の、同じジイソブチルアジペートを配合し、溶媒のみが相違している、本件発明1の実施例15(イソプロパノール)と比較例15(トリクロロエタン、甲第2号証のものに相当する)を比較すると撥水性、持続性及びシミ残り抑制において実施例15の方が比較例15のものより優れていると解されることからみても、本件発明1の炭素数1〜3のアルコールに可塑剤を組合わせたことによるシミ残り抑制及び撥水性の持続性の効果は甲第2号証の塩素系溶媒と可塑剤の組合わせた場合のものから予測し得るものとはいえない。
また、異議申立人はフッ素樹脂の構成や溶剤が異なっていても撥水剤組成物に使用されていることが公知の添加剤(すなわち、可塑剤化合物)を使用することはそれらの相違によらず当業者が容易になし得る旨を単に述べるにとどまり、その裏付けとなる根拠は何も示していないから、異議申立人のこの点についての主張は採用しない。

(イ)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、いずれも、本件発明1の上記特定の構成を発明の主要な構成とし、更に本件発明1を技術的に限定するものであるから、上記と同様の理由により、甲第1〜4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(ウ)本件発明5、6について
本件発明5及び6は本件発明1〜4のいずれかの撥水剤組成物を使用することを発明の構成としている撥水剤物品及び撥水処理方法に係る発明であるから、上記と同様の理由により、甲第1〜4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)むすび
以上のとおりであるから、本件発明1〜6に係る特許は、特許異議申立ての理由及び証拠によっては特許を取り消すことはできない。
そして、他に本件発明1〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、本件発明1〜6に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない出願に対してされたものとは認められないから、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2003-04-22 
出願番号 特願平6-214583
審決分類 P 1 651・ 121- Y (D06M)
最終処分 維持  
特許庁審判長 鐘尾 みや子
特許庁審判官 井上 彌一
鈴木 紀子
登録日 2002-02-22 
登録番号 特許第3279442号(P3279442)
権利者 花王株式会社
発明の名称 撥水剤組成物及び撥水剤物品並びに撥水処理方法  

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