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審決分類 |
審判 一部無効 1項3号刊行物記載 訂正を認める。無効としない C22C 審判 一部無効 2項進歩性 訂正を認める。無効としない C22C |
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管理番号 | 1080497 |
審判番号 | 無効2002-35256 |
総通号数 | 45 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1996-01-16 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2002-06-19 |
確定日 | 2003-05-12 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第3211569号発明「エッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板とその製造法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
1.手続の経緯 本件特許第3211569号の請求項1〜3に係る発明についての出願は、平成6年6月28日に出願され、平成13年7月19日にその発明について特許の設定登録がなされたものである。無効審判の請求以後の手続の経緯を摘示すると、以下のとおりである。 無効審判の請求 平成14年6月19日 答弁書 平成14年9月10日 訂正請求 平成14年9月10日 口頭審理陳述要領書(請求人側) 平成14年11月15日 口頭審理陳述要領書(被請求人側) 平成14年12月2日 口頭審理 平成14年12月6日 2.訂正の適否 2-1.訂正の内容 訂正の内容は以下のとおりである。 ・訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に係る記載「重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜0.10%、Sbを0.10%以下(0を含む)、残部実質的にFeからなり、結晶粒のアスペクト比が1.3以上50以下、ビッカース硬度が200〜280であることを特徴とするエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。」を「重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜0.10%、Sbを0.10%以下(0を含む)、残部実質的にFeからなり、結晶粒のアスペクト比が1.3以上9.5以下、ビッカース硬度が200〜280であることを特徴とするエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。」に訂正する。 ・訂正事項2 段落0008における記載「1.3以上50以下」を「1.3以上9.5以下」に訂正する。 ・訂正事項3 段落0015における記載「この値が1.3以上であることにより、本発明で意図するエッチング性が得られる。しかしながら、50を超えると加工性が劣化するため、アスペクト比は1.3〜50とした。」を「この値が1.3以上であることにより、本発明で意図するエッチング性が得られる。従って、本発明においてアスペクト比の下限は1.3とした。しかしながら、50を超えると加工性が劣化するため、アスペクト比の上限は50を超えるものではない。」に訂正する。 ・訂正事項4 段落0031の表1における「区分」欄の「本発明例」を「本発明例及び参考例(*)」に、同「材料No.」欄の「5」「6」「9」「10」「11」「13」を「5*」「6*」「9*」「10*」「11*」「13*」にそれぞれ訂正する。 ・訂正事項5 段落0033の表2における「区分」欄の「本発明例」を「本発明例及び参考例(*)」に、同「材料No.」欄の「5」「6」「9」「10」「11」「13」を「5*」「6*」「9*」「10*」「11*」「13*」にそれぞれ訂正する。 ・訂正事項6 段落0038における記載「 表2から、本発明の成分規定、アスペクト比および硬度とも満足する材料No.1〜13の各試験材は、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)に優れていることが分かる。」を「 表2から、本発明の成分規定、アスペクト比および硬度とも満足する材料No.1〜4、7、8及び12の各試験材は、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)に優れていることが分かる。」に訂正する。 ・訂正事項7 段落0046の表3における「区分」欄の「本発明例」を「本発明例及び参考例(*)」に、同「材料No.」欄の「23」「29」「35」を「23*」「29*」「35*」にそれぞれ訂正する。 ・訂正事項8 段落0050の表5における「区分」欄の「本発明例」を「本発明例及び参考例(*)」に、同「材料No.」欄の「23」「29」「35」を「23*」「29*」「35*」にそれぞれ訂正する。 ・訂正事項9 段落0052における記載「本発明で規定した製造条件で製造した材料は、本発明で意図する所要の粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を満足している。」を「本発明で規定した製造条件で製造したNo.20〜22、24〜28,30〜34、36及び37の材料は、本発明で意図する所要の粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を満足している。なお、アスペクト比が50を超えるものではないが、9.5を超える材料を参考例として列挙した。」に訂正する。 ・訂正事項10 段落0060の表7における「区分」欄の「本発明例」を「本発明例及び参考例(*)」に、同「材料No.」欄の「46」「51」「56」を「46*」「51*」「56*」にそれぞれ訂正する。 ・訂正事項11 段落0064の表9における「区分」欄の「本発明例」を「本発明例及び参考例(*)」に、同「材料No.」欄の「46」「51」「56」を「46*」「51*」「56*」にそれぞれ訂正する。 ・訂正事項12 段落0066における記載「本発明で規定した製造条件で製造したNo.43〜57の材料は、本発明で意図する所要の粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を満足している。」を「本発明で規定した製造条件で製造したNo.43〜45、47〜50、52〜55及び57の材料は、本発明で意図する所要の粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を満足している。なお、アスペクト比が50を超えるものではないが、9.5を超える材料を参考例として列挙した。」に訂正する。 ・訂正事項13 段落0069における記載「加工性が得られていない。また、材料No.60の材料は、1次焼鈍温度が本発明の規定の上限を超えており、そのため組織が粗粒化し、結晶粒径は本発明の規定値を超えており、所要の硬度、エッチング性および表面処理性が得られていない。」を「また、材料No.60の材料は、1次焼鈍温度が本発明の規定の上限を超えており、そのため組織が粗粒化し、結晶粒径は本発明の規定値を超えており、所要の硬度、エッチング性および表面処理性が得られていない。」と訂正する。 ・訂正事項14 段落0078における記載「図1(a)のグラフにアスペクト比と硬度の関係を、Cの含有量と結晶粒径をパラメターとして示し、また図1(b)のグラフにアスペクト比とエチングファクターの関係を、Cの含有量と結晶粒径をパラメターとして示した。このグラフからアスペクト比と硬度の組み合わせにおいて加工性の良好な範囲があり、またアスペクト比とエチングファクターの関係組み合わせにおいてエッチング性の良好な範囲があることが分かる。」を「図1(a)のグラフにアスペクト比と硬度の関係を、Cの含有量と結晶粒径をパラメータとして示し、また図1(b)のグラフにアスペクト比とエッチングファクターの関係を、Cの含有量と結晶粒径をパラメータとして示した。このグラフからアスペクト比と硬度の組み合わせにおいて加工性の良好な範囲があり、またアスペクト比とエッチングファクターの関係組み合わせにおいてエッチング性の良好な範囲があることが分かる。」と訂正する。 ・訂正事項15 段落0079における記載「【図面の簡単な説明】【図1】(a)はアスペクト比と硬度の関係を示すグラフ、(b)はアスペクト比とエチングファクターの関係を示すグラフである。【図2】エチングファクターの概念を示す説明図である。」を「【図面の簡単な説明】【図1】(a)はアスペクト比と硬度の関係を示すグラフ、(b)はアスペクト比とエッチングファクターの関係を示すグラフである。【図2】エッチングファクターの概念を示す説明図である。」と訂正する。 2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・ 変更の存否 訂正事項1は、アスペクト比の上限「50」を「9.5」に限定したものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、アスペクト比の上限「9.5」は、本件明細書の段落0033における表2に開示されている8.0〜12.0のうち、材料No.3に記載のアスペクト比「9.5」を上限としたものであるから、訂正事項1は願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 訂正事項2〜12は、訂正事項1に整合させるものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、また、訂正事項1と同様に、 願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 ・訂正事項13は、段落0068の記載「加工性は得られていない。」と重複した記載を削除するものであるから、不明瞭な記載の釈明を目的とするものであり、また、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 ・訂正事項14および訂正事項15は、誤記である「パラメター」、「エチングファクター」をそれぞれ「パラメータ」、「エッチングファクター」に訂正するものであるから、誤記の訂正を目的とするものであり、また、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 2-3.訂正の適否についての結論 以上のとおりであるから、上記の訂正請求は、特許法第134条第5項の規定によって準用する特許法第126条第2項乃至第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。 3.本件発明 上記2.で示したように上記訂正が認められるから、本件請求項1〜3に係る発明(以下これらをそれぞれ「本件発明1」、「本件発明2」、「本件発明3」という)は、上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。 ・本件発明1(請求項1に係る発明) 「重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜0.10%、Sbを0 .10%以下(0を含む)、残部実質的にFeからなり、結晶粒のアス ペクト比が1.3以上9.5以下、ビッカース硬度が200〜280で あることを特徴とするエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度 低熱膨張合金薄板。」 ・本件発明2(請求項2に係る発明) 「Ti、Zr、Nb、Si、Y、W、Mo、Mn、Mg、Al、Cuおよ びCaのうちの少なくとも1種以上を重量%で0.001〜0.10% 含有することを特徴とする請求項1に記載のエッチング性と表面処理性 に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。」 ・本件発明3(請求項3に係る発明) 「結晶粒径が2〜20μmである請求項1ないし請求項2記載のエッチン グ性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。」 本件発明1〜3は、シャドウマスク、アパーチャグリルおよびリードフレーム等の材料として使用されるエッチング性と表面処理性に優れた電子用Fe-Ni系合金薄板に関するものであり(段落0001、0007)、3つの特性、即ち、高強度であって、優れたエッチング処理性と表面処理性(Agメッキ性や黒化処理性)を具備するものである(段落0003〜0007)。そして、これら3つの特性を具備するために、 合金組成として、 (イ)本件発明1では、重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜 0 .10%、Sbを0.10%以下(0を含む)、残部実質的にFe からなり、 (ロ)本件発明2では、前記の成分に加えて、Ti、Zr、Nb、Si、Y 、W、Mo、Mn、Mg、Al、CuおよびCaのうちの少なくとも1 種以上を重量%で0.001〜0.10%含有する ものである。 また、本件発明1〜3はいずれも、結晶粒のアスペクト比に関する構成を有しており、「結晶粒径の長軸と短軸との比を示すアスペクト比の制御は、高硬度を得るためおよび優れたエッチング性を得るために必要であ」るとして(段落0015)、結晶粒のアスペクト比を1.3以上9.5以下とするものである。 さらに、本件発明1〜3はいずれも、「本合金で対象とする電子用Fe-Ni系合金で要求される所要の硬度はHV 200以上である。この範囲以内でも硬度が高いほど、電子部品の薄肉化が達成されるが、HV 280を超えると、打抜き加工、折り曲げ加工などの加工性が劣化する」として(段落0016)、ビッカース硬度(HV)を 200〜280とするものである。 以上のとおり、本件発明1及び本件発明2では、合金組成、結晶粒のアスペクト比及びビッカース硬度が規定されるものである。 そして、本件発明3は、本件発明1あるいは本件発明2の構成を有し、さらに結晶粒径の構成として、結晶粒径を2〜20μmとするものである。 本件発明1〜3の構成を請求人がしたのと同様に表記すると以下のようになる。 構成A:「重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜0.10%、 Sbを0.10%以下(0を含む)、残部実質的にFeからなり 、」 前記の成分に加えて、 構成E:「Ti、Zr、Nb、Si、Y、W、Mo、Mn、Mg、Al、 CuおよびCaのうちの少なくとも1種以上を重量%で0.0 01〜0.10%含有する」 構成B:「結晶粒のアスペクト比が1.3以上50以下、」 (訂正前) 構成B’:「結晶粒のアスペクト比が1.3以上9.5以下、」 (訂正後) 構成C:「ビッカース硬度(HV)が 200〜280である」 構成D:「エッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金 薄板」 構成F:「結晶粒径が2〜20μmである」 4.請求人の主張について 請求人は以下の無効理由1〜3を主張し、証拠方法として、甲第1号証乃至甲第3号証を提出した。 無効理由1:本件請求項1〜3に係るは、甲第1号証に記載された発明で あるので、本件請求項1〜3に係る発明についての特許は特 許法第1項第3号の規定に違反してされたものである。 無効理由2:本件請求項1〜3に係る発明は、甲第2号証および甲第3号 証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ とができたものであるから、本件請求項1〜3に係る発明に ついての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされ たものである。 無効理由3:本件請求項1〜3に係る発明は、甲第1号証〜甲第3号証に 記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが できたものであるから、本件請求項1〜3に係る発明ついて の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたも のである(口頭審理調書「当事者双方1」参照)。 証拠方法 甲第1号証:欧州特許出願公開第0567989A1号 甲第2号証:特開平6-172928号公報 甲第3号証:特開平4-160112号公報 4-1.無効理由1について 本件発明1〜3について、請求人は甲第1号証に基づいて以下のように主張している。 『エッチング穿孔性に優れたシャドウマスク材として、甲第1号証のTable1の例えば、B1合金は合金組成が「重量%でNiが35.93%、Nbが0.98%、Cが0.0034%」であり、Table2には、この材料のHVは230であり、平均アスペクト比は30以上であることが示されているので、甲第1号証に記載の発明は、訂正前の本件発明の構成A〜Cを満足する。また、構成Eについては、甲1号証のClaim3にNb,Ti,Zr,Mo,V,W,Be,Si,Al,Taの少なくとも1種を0.001〜3%含有させることが記載されているので、甲第1号証に記載の発明は構成Eも満たしている。甲第1号証に記載の発明は、エッチング性の改善を目的としているが、表面処理性は低Cと0%でも良いSbで達成されるので(本件明細書段落0014、0038〜0044参照)、低CであってSbを含有しない組成を有する甲第1号証に記載のものは優れた表面処理性を必然的に有するものである。そして、高強度化については、甲第1号証に記載のものは、本件発明で規定する硬さを満足しているので、高強度化も達成しており、構成Dを満足すものである。結晶粒径については、甲第1号証に記載のものの金属組織を示すFIG.1(a)から、本件明細書の段落0017に記載のインターセクトにて読みとるとその結晶粒径は約7μm程度である。 このように、甲1には、構成A〜D、構成A〜E、あるいは構成A〜Fを備えるシャドウマスク用材料が記載され、訂正前の本件発明1〜3は甲第1号証に記載のものと同一である。 また、訂正後の低領域のアスペクト比の合金薄板は、従来より公知のものに過ぎない。』 4-2.無効理由2について 本件発明1〜3について、請求人は甲第2号証および甲第3号証に基づいて以下のように主張している。 『甲第2号証には、エッチング性に関するリードフレーム材として、甲第2号証の表1の例えば試験片No.1はFe-42%Niの合金組成を有し、構成Aに類似した構成(以下これを構成A’という)を備え、また、HVが236であり、アスペクト比は、No.1等の合金の金属組織写真である図1(a)から50以下であることが読みとれる。結晶粒径についても甲第2号証に記載の発明の金属組織を示す図1(a)から、本件明細書の段落0017に記載のインターセクトにて読みとるとその結晶粒径は約7μm程度であるので、甲第2号証に記載の発明は構成A’を有し構成B、C、D、Fを満足するものである。また、図1(b)にその金属組織が示される比較材料bのアスペクト比は1.5〜3程度であり、本件発明1のアスペクト比と硬さは従来合金が備えていたものでもある。 甲3号証には、エッチング加工性と封着性に優れる高強度リードフレーム材について、甲第2号証と組み合わせて考える技術が記載されている。その特許請求の範囲の請求項1には、エッチング加工性及び封着生に優れる高強度リードフレム材として、C:0.015%以下、Si:0.001〜0.15%、Mn:0.1〜1.0%、P:0.01%以下、S:0.005%以下、O:0.010%以下、N:0.005%以下、Ni:33〜55%が含まれ、残部がFe及び不可避的不純物から成る合金材料が示され、この合金材料は構成A、及び構成Eを満足する。また、同請求項2には、Co、Cr、Mo、W、V、Nb、Ta、Ti、Zr、Hfの1種以上を合計で0.01〜5%、同請求項3には、Cu、Al、Be、Mg、Caの1種以上を合計で0.01〜5%をそれじれ含有することが記載されているので、甲第3号証に記載のものは構成A及び構成Eを満足する。 甲第2号証に従来技術として記載されているように(段落0002)、Cはリードフレーム材では低いレベルで管理すべきものであり、C量が0.001〜0.1%程度は一般常識レベルである。そして、高強度とエッチング性を併せ持つ甲第3号証に記載されたC量を甲第2号証に記載の発明に組み合わせることは当業者には容易である。また、甲第3号証の特許請求の範囲に記載されている元素のうち、Co、Cr、Mo、W、V、Nb、Ta、Ti、Zr、Hf、Cu、Al、Be、Mg、Caは強度向上の作用があることが記載されているが、本件発明2についての請求項2に示される元素の作用効果と同一である。 以上のことから、本件発明1〜3は甲第2号証及び甲第3号証に記載のものから容易になし得るものである。』 4-3.無効理由3について 本件発明1〜3について、請求人は甲第1号証乃至甲第3号証に基づいて以下のように主張している。 『本件発明1〜3は特許法第29条第2項の規定に基づき特許を受けることができないものである。』(請求人が提出した口頭審理陳述要領書第9頁下から2行目〜第10頁1行および口頭審理調書における「当事者双方1」参照) 5.被請求人の主張について 被請求人は、本件発明の構成Bに関して、訂正請求により本件発明1〜3の結晶粒のアスペクト比を「1.3以上50以下」から「1.3以上9.5以下」(即ち構成B’)に訂正し、無効理由1、2について以下のように主張している。 5-1.無効理由1ついて 『本件発明1〜3は結晶粒についてそのアスペクト比を特定の範囲(1.3以上9.5以下)に規定したことを第1の特徴とするものであり、明瞭な結晶粒界を示す組織を有するものである。一方、甲第1号証に記載のものは、繊維状組織を有するものであって、該繊維状組織を有する材料は明瞭な結晶粒界を認めがたいものである。なるほど、甲第1号証には良好なエッチング性を得るためにアスペクト比を3以上、望ましくは10以上にすることが記載され、本件発明のものと文言上重複している。しかし、明瞭な結晶粒界の認めがたい材料の平均アスペクト比と明瞭な結晶粒界の存在を前提とする本件発明のアスペクト比とは単純に比較できるものではない。また、本件発明と甲第1号証ではアスペクト比の定義が異なっているので、甲第1号証に本件発明のアスペクト比が開示されているとはいえず、本件発明が甲第1号証に照らして、新規性を有することは明白である。また、甲第1号証には、本件発明の特徴である、明確な結晶粒界の存在を前提とし、その結晶粒のアスペクト比を特定範囲、すなわち、1.3以上9.5以下となるように制御することにより、エッチング性のみならず、電子用高強度低熱膨張合金として要求される所要の硬度を確保しながら同時に優れた加工性を有する点については、記載されていないし、示唆もされていないので、本件発明は甲第1号証に記載された発明ではないのみならず、甲第1号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易になし得たものでもない。』 5-2.無効理由2について 『甲第2号証に記載の発明は明瞭な結晶粒界をもたない繊維状の圧延組織を有するものであって、甲第2号証には、本件発明の第1の特徴である明確な結晶粒界の存在を前提とし、アスペクト比を1.3以上9.5以下とする構成については記載も示唆も見出せない。甲第3号証にはアスペクト比の制御については、開示も示唆も一切認められない。また、明瞭な結晶粒界が認めがたい圧延組織を示す甲第2号証の図1(a)から結晶粒径を読みとることは検鏡測定者の主観によるところが大きいと考えられ、請求人の主張は失当である。したがって、本件発明1〜3は甲第2号証及び甲第3号証に記載のものに基づいて当業者が容易になし得たものではない。』 5-3.無効理由3について 無効理由3については、請求人から具体的な根拠は示されていないが(請求人が提出した口頭審理陳述要領書第9頁下から2行目〜第10頁1行および口頭審理調書における「当事者双方1」参照)、これに関連して、被請求人は以下のように主張している。 『本件発明1〜3は、当業者であっても甲第1号証に基づき容易に想到し得るものではないことは明白である。』(被請求人が提出した答弁書第7頁末行〜第8頁1行)、『甲1のFIG.(b)に記載のF1はビッカース硬度が117であり、ここに開示された従来組織が単に低領域のアスペクト比を有することをもって本件発明の新規性、進歩性が否定されないことはいうまでもない。』(被請求人が提出した口頭審理陳述要領書第6頁下から3行目〜第7頁3行) 6.各号証について 6-1.甲第1号証(欧州特許出願公開第0567989A1号)につ いて 以下において甲第1号証を「甲1」という。なお、請求人は甲1の翻訳文として特開平6-279946号公報(以下これを甲1-jという)を提出して、同公報の記載を援用しているので、甲1の記載と同じ内容あるいはほぼ同じ内容が記載された甲1-jの記載箇所を適宜掲載した。 甲1には、以下の事項が記載されている。 摘示1:本発明はシャドウマスク用Fe-Ni系アンバー合金に関し、特に エッチング性に優れるシャドウマスク材料、その中間材料、前記シ ャドウマスク材料の製造方法、ならびにこれらのシャドウマスク材 料を用いた陰極線管に関するものである。(第2頁1〜4行)、 (甲1-j段落0001) 摘示2:Table1にまとめて示すように、A,B1〜B16,・・・,E1 〜E5の各種のFe-Ni系アンバー合金を、真空誘導溶解、鋳造 し、次いで1100〜1100℃で鍛造と熱間圧延を行って、所定 厚みの熱間圧延コイルとした。次いで、表面を酸洗、研磨後、Ta ble2〜4のそれぞれ前駆材料欄に示す冷間圧延およびこれに続く 焼鈍を施してそれぞれ前駆材料を調製した。ここでTable3のF1 〜F6の各材料は、Aと同じ素材を用いたものである。続いて、 Table2〜4のそれぞれの仕上材料欄に示す圧延率の冷間圧延を施 して厚みを0.15mmとし、次いでTable2〜4の仕上材料欄に 示す焼鈍を施した。0.15mm厚仕上材は熱アルカリ脱脂して、 所定のパターンのフォトレジストをマスキング処理後、FeC l3溶液(42ボーメ,60℃)にてスプレーエッチングしシャドウ マスクを得た。(第7頁19行〜第10頁4行)、(甲1-j段 落0027) 摘示3:Table1には、材料B1の合金組成が重量%でNi:35.93% ,強化元素としてのNb:0.98%、B:0.0002%(2p pm)、不純物としてのC:0.0034%、S:0.0014% 、P:0.0022%、O:0.0018%、N:0.0012% 、そして、残部鉄からなることが示されており、Table2には、材 料B1のHVが230、平均アスペクト比が30以上であることが 示されている。 摘示4:強化元素:0.001-3重量% Nb、Ti、Zr、Mo、V 、W、Be、Si、Al、Taからなるグループの元素を1種また は2種以上をシャドウマスク材料の強化元素として添加しても良い 。その添加合計量が0.001重量%未満ではその効果が達成され ない。3重量%を越えて添加すると・・・エッチング性を著しく阻 害するため0.001〜3重量%に限定する。より好ましくは0. 1〜1.5重量%である。(第4頁29〜39行)、(甲1-j段落 0016) 摘示5:B、Mg、Ca等は、熱間加工改善元素である。Fe-Ni系合金 は熱間加工性が劣り、これの改善のため、B、Mg、Ca等を微量 添加すると良い。添加量が0.0001%未満では効果がなく0. 001%を越えると・・・エッチング性を阻害するため0.001 %以下に限定する(第4頁56行〜第5頁5行)、(甲1-j段落 0017) 摘示6:Table1には、熱間加工改善元素のB、Mg、Caのいずれをも含 有しないシャドウマスク材料B8〜10、B14〜16、E2〜E 5が示されている。 摘示7:「本発明材料は・・・FIG.1(a)のように繊維状の圧延組織 を有し、明瞭な結晶粒界が認めがたかった。」(第10頁20〜23 行)、(甲1-jの段落0008) 摘示8:結晶粒の平均アスペクト比が3未満では良好なエッチング性が得ら れず、結晶粒の平均アスペクト比は3以上とし、望ましくは10以 上の十分に繊維状に伸びた圧延組織がよい。なお、結晶粒の平均ア スペクト比とは、板幅方向に垂直な断面内での検鏡で、結晶粒の圧 延方向とそれに直角方向の最大寸法の比を、各結晶粒について求め 、それを平均したものである。実際的には、上記断面内の適当倍率 の写真上に板厚方向に一直線を引いて、その直線が横切った結晶粒 (両端が写真内に収まったもの)のうち、目視で大面積のものから 順に10個選び、それぞれ上記寸法の比を算術平均したものとする 。(第6頁10〜18行)、(甲1-j段落0020) 摘示9:Table1には、材料Aの合金組成が重量%でNi:35.94%、 不純物としてのC:0.0015%、S:0.0010%、P:0 .0009%、O:0.0010%、N:0.0010%、そして 、残部鉄からなることが示されている。 摘示10:Table2には、材料A1〜A5のHVが167〜181であり、 アスペクト比が30以上であることが示されている。 摘示11:Table4には、比較材料F1〜F6のHVが114〜129であ り、アスペクト比が1〜1.5であることが示されている。 摘示12:これに対し、F1〜F6の比較材料は、A材料と同一材であり、 成分的に問題ないものであるが、前駆材料欄に示したような、不 適正な冷間圧延条件(F1,F5,F6)もしくは、不適正な焼 鈍条件(F2,F5,F6)により、立方体組織の発達が不十分 となるか、または、仕上材料欄に示したような不適正な冷間圧延 条件(F1,F3,F5,F6)もしくは、仕上げ材料欄に示し たような不適正な焼鈍条件(F4,F6)により、立方体組織が 壊されており、その結果、最終のシャドウマスク材料の状態は、 従来と同様の再結晶組織、または不十分な繊維状圧延組織となっ てしまい(非繊維状はまたは再結晶組織面積率100%、平均ア スペクト比 1〜1.5)、エッチング面の表面粗さ値 Raは 0.63〜0.75μmと粗く、また、マスクむらを有するも のとなっている。(第17頁18〜26行)、(甲1-j段落0034 ) 摘示13:Table1には、材料B2〜B16およびE1〜E5の合金組成が 重量%でNiを35.88〜36.13%、強化元素としてTi 、Zr、Mo、V、W、Be、Si、Al、Ta、Nbの1種あ るいは2種の元素を強化元素として、0.49〜1.16%、不 純物としてCを0.0010〜0.0077%、Sを0.000 7〜0.0084%、Pを0.0017〜0.0091%、Oを 0.0009〜0.0078%、Nを0.0006〜0.009 3%、熱間加工性改善元素としてB、Mg、Caを0〜0.00 07%(0〜7ppm)含有し、残部が鉄からなることが示され ている。 摘示14:Table2〜4には、材料B2〜B16およびE1〜E5のHVが 205-239、平均アスペクト比がいずれも30以上であるこ とが示されている。 6-2.甲第2号証(特開平6-172928号公報)について 以下において甲第2号証を「甲2」という。 甲2には、以下の事項が記載されている。 摘示15:本発明は、リードフレーム用Fe-Ni系合金に関し、特に優れ たエッチング性を有するリードフレーム材料およびその製造方法 に関するものである。(段落0001) 摘示16:表1には、「本発明材料」A1〜A4の合金組成がNiを42重 量%含有し、残部がFeであり、HVが225〜236であるこ とが示されている。また、同表には「本発明材料」B1〜B4の 合金組成がNiを50重量%含有し、残部がFeであり、HVが 232〜243であることが示されている。さらに同表には、重 量%でNiを42%含有し、Nb、Ti、Zr、Mo、V、W、 Beの中から1種をNb、Ti、Mo、V、Wにおいては1%、 Zr、Beにおいては0.5%含有し、残部がFeであるFe- Ni系合金からなり、HVが248〜259の範囲内である「本 発明材料」が示されている。そして、いずれの「本発明材料」も 、非繊維状又は再結晶組織面積率が0〜13%であることが示さ れている。 摘示17:「なお、本発明においてFe-Ni系合金とは、Ni30〜60 %を含み、残部は不純物を除いて、実質的にFeからなる合金の みならず、エッチング性を劣化させない範囲で材料の強化や熱間 加工性の改善、または介在物の形態制御などの目的で添加される Nb、Ti,Zr,Mo,V,W,BeやB,Ca,Mg等を単 独または複合添加したものを含むものである。」(段落0007) 摘示18:「本発明材料は・・・図1aのように繊維状圧延組織を有し、比 較材料bのような明瞭な結晶粒界が認めがたいことが特徴であ る。」(段落0006) 摘示19:「【従来の技術】・・・従来よりさらにエッチング加工性、特に 高エッチングファクタのリードフレーム材料の要求が高まってい る。従来、エッチング加工性を改善するリードフレーム材料とし て、特開平2-270941号や特開平2-285054号等の ように、組成的な改善として、C,O,N等の不純物元素を低減 させたり、組織的な改善として、結晶方位や結晶粒度を小さく特 定することにより、エッチング性を向上させることが提案されて いる。」(段落0002) 摘示20:表1には、「比較材料」A5〜A7の合金組成がNiを42重量 %含有し、残部がFeであり、HVが121〜125であること が示されている。また、同表には「比較材料」B5〜B7の合金 組成がNiを50重量%含有し、残部がFeであり、HVが14 5〜153であることが示されている。 6-3.甲第3号証(特開平4-160112号公報)について 甲第3号証(以下これを「甲3」という)には、以下の事項が記載されている。 摘示21:「この発明は、エッチング加工性、封着性並びに成形加工性に優 れ、かつ高強度を有したリードフレーム材の製造方法に関するも のである。」(第2頁左上欄10〜12行) 摘示22:「リードフレーム材として比較的好ましいとされてきたFe-N i系合金において、そのC,Si及びPの含有量を、さらにはN 含有量をも特定の低い値に制限した場合には、該合金のエッチン グ速度は顕著に改善されるようになる。」(第3頁左上欄下から 2行目〜同頁右上欄3行) 摘示23:「リードフレーム材中のC含有量が0.015%を超えると鉄炭 化物の生成が起こり、これがリードフレームのエッチング性を害 する。従って、C含有量の上限を0.015%と定めたが、C含 有量は低ければ低いほど良く、出来れば0.005%以下にまで 抑制するのが望ましい。」(第4頁右上欄5〜11行) 摘示24:「Fe-Ni系合金リードフレーム材を製造するに際し、重量割 合にてC:0.015%以下,Si:0.001〜0.15%, Mn:0.1〜1.0%,P:0.01%以下、S:0.005 %以下,O:0.010%以下、N:0.005%以下,Ni: 33〜55%が含まれ、残部がFe及びその他の不可避的不純物 から成る合金を素材とすると共に・・・最終冷間圧延の加工度を 40〜85%に調整することを特徴とする、エッチング加工性及 び封着性に優れた高強度リードフレーム材の製造方法。」(特許 請求の範囲の請求項1) 摘示25:「素材として、更にCo,Cr,Mo,W,V,Nb,Ta,T i,Zr及びHfの1種以上を合計で0.01〜5.0重量%含 み、残部がFe及びその他の不可避的不純物から成る合金を使用 する、請求項1に記載のエッチング加工性及び封着性に優れた高 強度リードフレーム材の製造方法」(特許請求の範囲の請求項2 ) 摘示26:「素材として、更にCu,Al,Be,Mg及びCaの1種以上 を合計で0.01〜5.0重量%含み、残部がFe及びその他の 不可避的不純物から成る合金を使用する、請求項1又は2に記載 のエッチング加工性及び封着性に優れた高強度リードフレーム材 の製造方法」(特許請求の範囲の請求項3) 7.対比・判断 7-1.無効理由1について 甲1には、エッチング性に優れるシャドウマスク材として、合金組成が重量%でNiを35.93%、強化元素としてNbを0.98%、不純物としてCを0.0034%、Sを0.0014%、Pを0.0022%、Oを0.0018%、Nを0.0012%、熱間加工性改善元素としてBを2ppm含有し、残部が鉄からなり、HVが230、平均アスペクト比が30以上である材料B1の発明が記載されている(摘示1〜3)。以下、この発明を「甲1発明」という。 本件明細書の段落0008〜0010に記載されているように、本件発明1、2は、3つの特性(高強度、優れたエッチング性と表面処理性)を具備することを目的として、合金組成についての構成(構成A、構成E)、結晶粒のアスペクト比(以下これを「アスペクト比」という)に関する構成(構成B’)、ビッカース硬度(HV)についての構成(構成C)を備えるものであるので、以下において構成A,E構成B’及び構成Cについて、本件発明1、2と甲1発明を対比する。 ・合金組成(構成A、E)について、 本件明細書には、本件発明1、2が不純物としてはSb以外のものを含有するかどうかについては記載されていないが、合金の溶製においてはS、P、O、Nの混入は避けられず、本件発明においてもS、P、O、Nを不純物として甲1発明と同程度は含有していると考えられる。また、甲1発明が熱間加工性改善元素として含有しているBは、Bなどの熱間加工改善元素を含有しない材料が記載されていることから明らかなように必須の含有成分ではない(摘示5、6)。これらのことを踏まえて、本件発明1、2と甲1発明を対比すると、Ni、C、Sbについて両者は重複するが、Nbの含有量に関して、本件発明1、2では0.10重量%以下であるのに対し、甲1発明では0.98重量%含有しているので、構成Aと構成Eについて両者は相違する。 ・アスペクト比(構成B’)について アスペクト比については、本件発明1、2が1.3〜9.5であるのに対し、甲1発明では30以上であるので、両者は相違する。 なお、被請求人は、結晶粒に関して、(イ)甲1発明では明瞭な結晶粒が認めがたい(摘示7)、(ロ)アスペクト比の定義が本件発明と甲1発明では異なっている、と主張しているが、(イ)については、甲1発明の結晶粒の組織写真FIG.1(a)では結晶粒界は認められるので、甲1発明に関する表現「明瞭な結晶粒界が認めがたい」は明瞭さについて相対的なものを表しているとみる他はなく、結晶粒が認められないことを意味するものではない。(ロ)のアスペクト比の定義については、被請求人は、本件発明でのアスペクト比は、すべての結晶粒を対象としたものであるのに対し、甲1発明でのそれは結晶粒の大面積なものから10個選んでそのアスペクト比を平均したものであるから(摘示8)、両者はアスペクト比の定義がまったく異なると主張している。しかし、極めて多数の検査・測定対象に対してサンプリングを行って検査・測定することが有効であると認められるから、それぞれの定義による測定方法によって、アスペクト比の値が大きく異なるとは考えがたく、また、両発明で採用された測定方法によって、アスペクト比の値が異なることを裏付けるものは全く示されていないので、甲1に記載されている「平均アスペクト比」は本件発明のアスペクト比と同等のものといえる。 ・ビッカース硬度(構成C)について HVについては本件発明が200〜280であるのに対し、甲1発明では230であるので、両者は重複する。 以上のように、本件発明1、2と甲1発明はHVの値については共通するが、材料の合金組成とアスペクト比については相違するので、本件発明1、2は甲1発明と同一であるとはいえない。したがって、請求人の無効理由1についての主張は採用できない。 甲1には、強化元素について、「Nb、Ti、Zr、Mo、V、W、Be、Si、Al、Taからなるグループの元素を1種または2種以上をシャドウマスク材の強化元素として添加しても良い。その添加合計量が0.001重量%未満ではその効果が達成されない。3重量%を越えて添加すると・・・エッチング性を著しく阻害するため0.001〜3重量%に限定する。より好ましくは0.1〜1.5重量%である。」と記載されており(摘示4)、強化元素については0.001〜3重量%の範囲で規制することが示されている。 そして、Table1、2には強化元素を含有しておらず、強化元素以外の合金組成が甲1発明とほぼ同じである材料A1〜A5(Ni:35.94%、C:0.0015%、S、P、O、Nを0.0009-0.0010%、残部Fe)も記載されているが、この材料のHVは167〜181であり、アスペクト比はやはり30以上である(摘示9、10)。このように、強化元素は硬度を上昇させて強度を高めるために添加されており、甲1発明(HV230)は強化元素を含有しない材料A1〜A5に比べて、HVの値が49〜63上昇している。一方、本件発明においてもNbが硬度を高めて材料を強度化するために含有されているが、表面処理性を劣化させないために、0.10重量%以下に規制されている(本件特許明細書の段落0014)。このような元素は添加されることにより炭化物や金属間化合物が生成されることにより効果作用を発揮するものであり、概ね含有量の増大にともなって材料の硬度(HV)も増大すると考えられる。それゆえ、甲1発明において、Nb含有量を本件発明のように0.10重量%以下に低減すると(甲1発明のほぼ1/10以下の含有量である)、材料のHVはかなり減少するものと考えられる。 また、甲1には、アスペクト比について、「結晶粒の平均アスペクト比が3未満では良好なエッチング性が得られず、結晶粒の平均アスペクト比は3以上とし、望ましくは10以上の十分に繊維状に伸びた圧延組織がよい。」(摘示8)と記載されているものの、甲1発明のアスペクト比は30以上であり、本件発明のアスペクト比(1.3〜9.5)と大きくかけ離れている。そして、甲1には、アスペクト比が1.5より大きく30未満の材料の具体例は記載されておらず、甲1のTable4には、アスペクト比が低領域の材料としては、比較材料のF1〜F5が記載されているのみである。この材料の合金組成は材料Aと同じであり、強化元素を含有しないものであるが、アスペクト比が1〜1.5であって、本件発明のアスペクト比と重複する(摘示11、12)。しかし、この材料は、従来と同様の再結晶組織、又は不十分な繊維状圧延組織となってしまい(非繊維状または再結晶組織面積率100%)、そのHVの値は材料A1〜A5(HVが167〜181)よりも低く、114〜129であり、本件発明のHVの1/2程度であり、しかもエッチング性は劣っている(摘示11)。 そうであってみれば、甲1発明において、Nbを0.10重量%以下に低減し、かつ、アスペクト比を1.5〜9.5程度の低領域に下げれば、HVが大幅に下がることになり、材料の高硬度化は達成できなくなると考えられる。 結局、甲1には、本件発明と同じアスペクト比(1.3〜9.5)程度であって、かつ、本件発明と同じHVの値(200〜280)程度の硬度を有する材料については記載されていないし、示唆されてもいない。 また、甲1のTable1〜4には、甲1発明と同様のエッチング性に優れるシャドウマスク材料として、合金組成が重量%でNiを35.88〜36.13%、強化元素としてTi、Zr、Mo、V、W、Be、Si、Al、Ta、Nbの1種あるいは2種の元素を強化元素として、0.49〜1.16%、不純物としてCを0.0010〜0.0077%、Sを0.0007〜0.0084%、Pを0.0017〜0.0091%、Oを0.0009〜0.0078%、Nを0.0006〜0.0093%、熱間加工性改善元素としてB、Mg、Caを0〜7ppm含有し、残部が鉄からなり、HVが205〜239、平均アスペクト比がいずれも30以上である材料(B2〜B16、E1〜E5)の発明が記載されているが(摘示12、13)、この発明についても、甲1発明と同様の構成を有しているのであるから、本件発明1、2と対比すると、甲1発明と同様に、HVの値については共通するが、材料の合金組成とアスペクト比については相違するので、本件発明1、2はこの発明と同一であるとはいえない。したがって、この発明についても、請求人の無効理由1についての主張は採用できない。 以上のとおり、本件発明1、2は甲1発明と同一ではない。また、甲1には、本件発明と同じアスペクト比(1.3〜9.5)程度であって、かつ、本件発明と同じHVの値(200〜280)程度の硬度を有する材料については記載も示唆もされていないので、本件発明1、2は、甲1に記載された発明であるとはいえない。 本件発明3は、本件発明1、2に、結晶粒径の構成F(結晶粒径が2〜20μmである点)が付加されたものであるから、本件発明3は、本件発明1、2と同様に、甲1に記載された発明であるとはいえない。 7-2.無効理由2について 上記の摘示15、16に示されるように、甲2には、リードフレーム用Fe-Ni系合金材料に関し、特に優れたエッチング性を有するリードフレーム材料の発明として、「重量%でNiを42%含有し、残部がFeであるFe-Ni系合金からなり、HVが225〜236である」か、「重量%でNiを50%含有し、残部がFeであるFe-Ni系合金からなり、HVが232〜243である」リードフレーム材料であって、非繊維状又は再結晶組織面積率が0〜13%である繊維状組織のもの(以下これを「甲2発明」という)が記載されている。 まず、本件発明1と甲2発明とを、合金組成、アスペクト比およびHVについて対比する。 ・合金組成(構成A)について 本件発明はCを0.001〜0.10重量%含有するのに対して、甲2発明はCを含有していないので、合金組成(構成A)について両者は相違する。 ・アスペクト比(構成B’)について アスペクト比については、本件発明1が1.3〜9.5であるのに対し、甲2発明ではアスペクト比は特定されていない。 なお、被請求人は、結晶粒に関して、甲2発明では明瞭な結晶粒が認めがたいと主張しているが、甲2発明の結晶粒の組織写真図1(a)では結晶粒界は認められるので、甲2発明に関する表現「明瞭な結晶粒界が認めがたい」は明瞭さについて相対的なものを表しているとみる他はなく、結晶粒が認められないことを意味するものではない(摘示18)。 ・ビッカース硬度(構成C)について HVについては本件発明1が200〜280であるのに対し、甲1発明では225〜236又は232〜243であるので、両者は重複する。 以上のとおり、本件発明1と甲2発明とは、HVの値については重複するが、合金組成とアスペクト比については下記のとおり相違する。 (イ)Cの含有量について、本件発明1はCを0.001〜0.10重量%含有するのに対して、甲2発明はCを含有していない。 (ロ)アスペクト比について、本件発明1、2は1.3〜9.5であるのに対し、甲2発明ではアスペクト比は特定されていない。 以下にこの点を検討する。 甲2には、C量について摘示19に示したように、従来技術の説明において、C等の不純物元素を低減させて、エッチング性を改善することが記載されてはいるが、甲2発明材料がCをどの程度含有するのかについては記載されていない(甲2発明の実施例の合金組成が表1に示されているが、Cの具体的な含有量は不明である)。通常、Cは合金の溶製時に混入することは避けられないことや、甲2にCの含有量や不純物について格別の記載がないことを考慮すると、甲2発明は、Cを不純物として含有していると考えられる。 甲3には、エッチング加工性、封着性並びに成形加工性に優れかつ高強度を有したリードフレーム材に関し、Cについて、「C,Si及びPの含有量を、更にはN含有量をも特定の低い値に制限した場合には、該合金のエッチング速度が顕著に改善される」、「リードフレーム中のC含有量が0.015%を超えると・・・エッチング性を害する。・・・C含有量は低ければ低いほど良く、出来れば0.005%以下にまで抑制するのが望ましい。」と記載されている(摘示21〜23)。 そうであってみれば、甲2発明において、Cの含有量を本件発明1と重複する0.015重量%以下の程度に規制することは、甲2や甲3に記載のものから、当業者が容易になしえるものである。 次に(ロ)のアスペクト比についてであるが、請求人は、『図1(a)は甲1号証と同じ繊維状組織であり、これのアスペクト比は甲第1号証と同様レベルの30以上であり、比較材料の図1(b)についても1.5〜3程度であり、甲第2号証で示す発明材料だけでなく、従来合金が有する硬さとアスペクト比を兼備したものが本件発明1である。』旨の主張している(審判請求書第12頁17〜20行)。 してみると、図1(a)は、甲2発明材料の断面金属ミクロ組織写真であるから、甲2発明材料のアスペクト比は30以上ということになり、本件発明1のアスペクト比を大きく上回るものであり、甲2発明は、アスペクト比を30以上の繊維状組織とすることにより、HVを225〜236、232〜243としたものと認められる。また、請求人の主張しているように、甲2の図1(b)に示されるものから比較材料のアスペクト比が1.5〜3程度であるとはにわかには判断できないが、仮にそうであったとしても、甲2の表1における「比較材料」であるA5〜A7、B5〜B7は、HVがそれぞれ121〜125、145〜153であって、本件発明のHVの値(200〜280)を大きく下回っている(摘示20)。 以上のとおり、甲2の記載によれば、アスペクト比を30以上の繊維状組織とすることによりHVを200〜280とすることは当業者が容易になし得るといえるが、アスペクト比を小さくして、本件発明1と重複する3程度とすれば、HVは200を大きく下回ってしまうものであるから、HVが200〜280であって、かつ、アスペクト比が1.3以上9.5以下のエッチング性の良好な材料を得ることを当業者が容易になし得たとはいえない。 また、甲3にも、C量を0.015%以下に低減することは記載されているものの、HVが200〜280であって、かつ、アスペクト比が1.3以上9.5以下のエッチング性の良好な材料について記載も示唆もされていないから、甲3を参照しても上記の判断は変わらない。 そうであってみれば、本件発明1は、甲2及び甲3に記載の発明から、当業者が容易になし得たものではない。 本件発明2は本件発明1に構成Eが付加されたものである。甲3には、重量割合でSiを0.001〜0.015%、Mnを0.1〜1.0%含有するFe-Ni系合金のリードフレーム材(摘示24)や、さらにこの材料にCo,Cr,Mo,W,V,Nb,Ta,Ti,Zr,Hfの1種以上を合計で0.01〜5%を含有するもの(摘示25)やCu,Al,Be,Mg,Caの1種以上を合計で0.01〜5.0%を含有するもの(摘示26)が記載されているから、構成Eを付加することを当業者が容易になし得るとしても、本件発明2は、「アスペクト比が1.3以上9.5以下、ビッカース硬度が200〜280である」点で本件発明1と構成が共通するから、本件発明1と同様の理由により、甲2及び甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たとはいえない。 本件発明3は、本件発明1、2に、結晶粒径の構成F(結晶粒径が2〜20μmである点)が付加されたものであるから、本件発明1と同様に、甲2及び甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たとはいえない。 以上のとおりであるから、請求人の無効理由2についての主張は採用できない。 7-3.無効理由3について すでに述べた甲1及び甲2の記載によれば、アスペクト比を30以上とすることにより、HVを200〜280とすることは当業者が容易になし得るといえるが、アスペクト比を小さくして、本件発明1〜3と重複する程度とすれば、HVは200を大きく下回ってしまうのであるから、「アスペクト比が1.3以上9.5以下、ビッカース硬度が200〜280である」本件発明1〜3は、甲1〜3に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たとはいえない。したがって、請求人の無効理由3についての主張は採用できない。 5.むすび 以上のとおりであるから、請求人の主張および証拠方法によっては、本件の請求項1ないし3に係る発明の特許を無効とすることはできない。審判に関する費用については、特許法第169条第2項に規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 エッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板とその製造法 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜0.10%、Sbを0.10%以下(0を含む)、残部実質的にFeからなり、結晶粒のアスペクト比が1.3以上9.5以下、ビッカース硬度が200〜280であることを特徴とするエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。 【請求項2】 Ti、Zr、Nb、Si、Y、W、Mo、Mn、Mg、Al、CuおよびCaのうちの少なくとも1種以上を重量%で0.001〜0.10%含有することを特徴とする請求項1に記載のエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。 【請求項3】 結晶粒径が2〜20μmである請求項1または請求項2記載のエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板。 【請求項4】 請求項1または請求項2または請求項3に記載の成分組成からなる合金薄板を、冷延して焼鈍する工程を経て製造するに際して、冷延率を25〜95%とし、焼鈍を焼鈍温度300〜650℃、昇温速度10℃/秒以上の条件で施すことを特徴とするエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板の製造方法。 【請求項5】 請求項1または請求項2または請求項3に記載の成分組成からなる合金薄板を、1次冷延して1次焼鈍した後、2次冷延して2次焼鈍する工程を経て製造するに際して、1次冷延の冷延率を50%以上とし、1次焼鈍を焼鈍温度650〜1000℃、焼鈍時間0.5〜300秒、昇温速度10℃/秒以上の条件で施すこととともに、2次冷延の冷延率を25〜95%とし、2次焼鈍を焼鈍温度300〜650℃、昇温速度10℃/秒以上の条件で施すことを特徴とするエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板の製造方法。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】この発明は、シャドウマスク、アパーチャグリルおよびリードフレーム等の材料として使用されるエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板およびその製造法に関する。 【0002】 【従来の技術】重量%で30〜50%のNiを含有量するFe-Ni系合金は、ICパッケージ用のリードフレームやTV受像用のシャドウマスクの材料として使用されている。 【0003】現在、リードフレームはICの高集積化にともない、多ピン化、薄肉化が図られており、それにともなって、その材料に対しても高強度化が要求されている。また、TV受像管用としてのシャドウマスク、アパーチャグリルも、高鮮度高画質化というニーズがあり、同様にその材料に対しても薄肉高強度化が要求されている。 【0004】また、これらの電子材料は、良好な表面処理性が求められており、リードフレームではAgメッキ性が、シャドウマスクおよびアパーチャグリルでは黒化処理性が良好なことが求められている。このような要望に対する材料としては、リードフレーム材として、特開平3-166340号公報に開示されたFe-Ni-Co系合金がある。 【0005】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上述した従来のFe-Ni-Co系合金には、次のような問題点があった。すなわち、Coが添加されているため、硬度は高くなるものの、加工にともないマルテンサイトが生成されるので、エッチング性および表面処理性に劣る。 【0006】また、Coを添加しているので、高価である。さらには、シャドウマスクやアパーチャグリル用材料としての高強度性に欠ける。 【0007】この発明は、従来技術の上述のような問題点を解消するためになされたものであり、エッチング性および表面処理性に優れるとともに、高強度である電子用Fe-Ni系合金薄板およびその製造法を提供することを目的としている。 【0008】 【課題を解決するための手段】この発明に係るエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板は、(1)重量%でNi:30〜50%、C:0.001〜0.10%、Sbを0.10%以下(0を含む)、残部実質的にFeからなり、結晶粒のアスペクト比が1.3以上9.5以下、ビッカース硬度が200〜280であるものである。 【0009】(2)また、上記成分に加えて、Ti、Zr、Nb、Si、Y、W、Mo、Mn、Mg、Al、CuおよびCaのうちの少なくとも1種以上を重量%で0.001〜0.10%含有するものである。 【0010】(3)さらに、上記(1)ないし(2)に加えて、結晶粒径が2〜20μmであるものである。 【0011】(4)さらにまた、この発明に係るエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板の製造方法は、上記成分組成からなる合金薄板を、冷延して焼鈍する工程を経て製造するに際して、冷延率を25〜95%とし、焼鈍を焼鈍温度300〜650℃、昇温速度10℃/秒以上の条件で施すものである。 【0012】(5)また、上記成分組成からなる合金薄板を、1次冷延して1次焼鈍した後、2次冷延して2次焼鈍する工程を経て製造するに際して、1次冷延の冷延率を50%以上とし、1次焼鈍を焼鈍温度650〜1000℃、焼鈍時間0.5〜300秒、昇温速度10℃/秒以上の条件で施すこととともに、2次冷延の冷延率を25〜95%とし、2次焼鈍を焼鈍温度300〜650℃、昇温速度10℃/秒以上の条件で施すものである。 【0013】 【作用】この発明において、合金薄板の成分組成および材質について限定した理由を、以下に述べる。 【0014】(1)化学成分 Ni:シャドウマスク、アパーチャグリルおよびリードフレーム等に必要な低熱膨張特性が得られる範囲として、30〜50重量%とした。 C:本合金の加工硬化を高めるための必須元素である。しかし、0.001%未満ではその効果が乏しく、0.10%超えではエッチング性、黒化処理性およびメッキ性といった表面処理性が劣化することから、Cの含有範囲は0.001〜0.10重量%とした。なお、表面処理性の面からのより好ましい範囲は0.01%以下である。 Sb:本合金においては不純物元素であり、表面処理性にとって有害な元素である。0.10%超えではリードフレーム材としてのAgメッキ性が劣化し、シャドウマスクやアパーチャグリル材としての黒化処理性が劣化するので、0.10重量%を上限とした。なお、表面処理性からのより好ましいレベルは、0.01重量%以下である。 Ti、Zr、Nb、Si、Y、W、Mo、Mn、Mg、Al、CuおよびCa:少なくとも1種以上で0.001%以上含有することで、本合金の加工硬化を高めることができ、高硬度な薄板が得られるが、0.10%を超えると表面処理性が劣化するため、含有範囲を0.001〜0.10重量%とした。 【0015】(2)アスペクト比 結晶粒径の長軸と短軸との比を示すアスペクト比の制御は、高硬度を得るためおよび優れたエッチング性を得るために必要であり、この値が1.3以上であることにより、本発明で意図するエッチング性が得られる。従って、本発明においてアスペクト比の下限は1.3とした。しかしながら、50を超えると加工性が劣化するため、アスペクト比の上限は50を超えるものではない。なお、アスペクト比とは、圧延方向断面を観察して、圧延方向の粒径を長軸、板厚方向の粒径を短軸とし、その比を示す値である。 【0016】(3)硬度 本合金で対象とする電子用Fe-Ni系合金で要求される所要の硬度はHV200以上である。この範囲以内でも硬度が高いほど、電子部品の薄肉化が達成されるが、HV280を超えると、打抜き加工、折り曲げ加工などの加工性が劣化するため、硬度の範囲はHV200〜280とした。 【0017】(4)結晶粒径 本合金において、高強度を達成するためには、結晶粒径の制御を行うことが好ましい。結晶粒径が20μmを超えると、本発明で意図する高強度および表面処理性が安定して得られない。一方、製造技術の面から見て製造可能な結晶粒径は2μmである。そのため、結晶粒径は2〜20μmが好ましい。また、上記範囲であれば、本発明で意図する高強度および表面処理性が得られるが、結晶粒径が小さいほど良好な特性が得られる。ここでいう結晶粒径は、圧延方向断面において圧延方向軸と45°の角度をなす方向をインターセクトして得られる値である。 【0018】次に、この発明に係るエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度Fe-Ni系合金薄板を、冷間圧延-焼鈍の工程で製造する場合に、製造条件を限定した理由を述べる。 【0019】(1)冷延率 25%未満では、アスペクト比が1.3以上とならず、高硬度および良好なエッチング性が得られない。また、95%を超えると、結晶粒が過度に展伸し、加工性が劣化する。したがって、冷延率は25〜95%とした。 【0020】(2)焼鈍温度 300℃未満の焼鈍温度ではひずみが取れず、残留応力が解消されないので、良好なエッチング性(高エッチングファクター)が得られず、加工性に劣る。焼鈍温度が650℃を超えると再結晶し、硬度およびエッチング性が低下する。したがって、焼鈍温度は300〜650℃とした。 【0021】(3)昇温速度 10℃/秒未満では回復が生じ、高硬度が得られないので、昇温速度は10℃/秒以上とした。 【0022】次に、この発明に係るエッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度Fe-Ni系合金薄板を、1次冷間圧延-1次焼鈍-2次冷間圧延-2次焼鈍の工程で製造する場合に、製造条件を限定した理由を述べる。 【0023】(1)1次冷延率 50%以上とすると、熱延板の混粒組織が解消され、組織が整粒状となり、エッチング性が向上するので、1次冷延率は50%以上とした。 【0024】(2)1次焼鈍温度 650℃未満では十分に再結晶せず、良好な加工性が得られない。また、1000℃を超えると再結晶粗粒化してしまい、粒径が20μmを超えることから、2次冷延後でも高硬度が得られず、かつ良好なエッチング性が得られないので、1次焼鈍温度は650〜1000℃とした。 【0025】(3)1次焼鈍時間 0.5秒未満では再結晶化せず、300秒を超えると粗粒化してしまうので、1次焼鈍時間は0.5〜300秒とした。 【0026】(4)1次焼鈍昇温速度 10℃/秒未満では回復が生じ、高硬度が得られないので、昇温速度は10℃/秒以上とした。 【0027】(5)2次冷延率 25%未満では、アスペクト比が1.3以上とならず、高硬度および良好なエッチング性が得られない。また、95%を超えると、結晶粒が過度に展伸し、加工性が劣化する。したがって、1次冷延率は25〜95%とした。 【0028】(6)2次焼鈍温度 300℃未満の焼鈍温度ではひずみが取れず、残留応力が解消されないので、良好なエッチング性(高エッチングファクター)が得られず、加工性に劣る。焼鈍温度が650℃を超えると再結晶し、硬度およびエッチング性が低下する。したがって、1次焼鈍温度は300〜650℃とした。 【0029】(7)2次焼鈍昇温速度 10℃/秒未満では回復が生じ、高硬度が得られないので、昇温速度は10℃/秒以上とした。 【0030】 【実施例】 実施例1 表1に示す材料No.1〜13の本発明合金薄板および材料No.14〜19の比較合金薄板を得るために、それぞれの材料No.に対応する合金成分を有する合金を電気炉で溶解、精錬後、材料No.1〜4、6、7、14〜19は、鋼塊にしてから分塊圧延をし、また材料No.5、8〜13は連続鋳造法によりスラブとした後、熱間圧延して板厚2.5mmの熱延板とした。 【0031】 【表1】 【0032】そして、得られた熱延板のスケールを除去した後、1次冷延を冷延率75%で行ない、次いで焼鈍温度860℃、保持時間12秒、昇温速度20℃/秒の1次焼鈍を行った。さらに2次冷延を冷延率85%で行なった後、焼鈍温度450℃、昇温速度30℃/秒で2次焼鈍を行い、それぞれの材料の特性値を調査した。その結果を表2に示す。 【0033】 【表2】 【0034】なお、表2における粒径およびアスペクト比は、リニアーインターセクト法で求めた。また、硬度は材料の板面の硬度をビッカース硬度(HV)で示し、エッチング性の指標であるエッチングファクターは、図2に示すように、被エッチング材21を、d1の径の開口22aを有するレジストフィルム22でレジストしてエッチングしたときに、被エッチング材21に生成されるエッチング部23の最大径をd2、エッチング深さをHとしたときに、(1)式で示される数値である。 【0035】 Ef=2H/(d2-d1)…………(1) すなわち、エッチングファクターが大きくなるほど、エッチング孔が必要以上に大きくならないとともに、深くエッチングできるのである。 【0036】また、Agメッキ性については、溶剤脱脂した後、電解脱脂して酸処理後、厚さ0.5μmのCuストライクメッキを行い、その上に厚さ2μmのAgメッキを施した合金薄板を、大気中で450℃の温度で5分間加熱し、メッキ層のフクレ発生の有無を50倍に拡大して調べたものである。 【0037】また、表面処理性のうち、黒化処理性は、試験材を590℃で5分間加熱した後の表面酸化膜の黒色度で判断した。 【0038】表2から、本発明の成分規定、アスペクト比および硬度とも満足する材料No.1〜4、7、8及び12の各試験材は、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)に優れていることが分かる。特に、CおよびSbの含有量の少ない材料No.1および2の材料は、表面処理性が一段と優れていることが分かる。 【0039】材料No.5〜13の材料は、CおよびSbに加えて、Ti、Zr、Nb、Si、Y、W、Mo、Mn、Mg、Al、CuおよびCaのうちの少なくとも1種以上を成分規定内で添加したものであるが、他の発明合金に比較して、高い硬度が得られていることが分かる。これらの発明合金に対して、比較材の材料No.14の材料は、Cの含有量が本発明の成分規定の下限値未満であり、所要の硬度が得られていない。 【0040】比較材の材料No.15の材料は、Cの含有量が本発明の成分規定の上限値を超えるものであり、硬度が本発明の規定の上限値を超えるとともに、エッチング性、表面処理性および加工性が劣っている。 【0041】比較材の材料No.16の材料は、Sbの含有量が本発明の成分規定の上限値を超えるものであり、表面処理性が劣っている。 【0042】比較材の材料No.17の材料は、粒径が本発明の成分規定の上限値を超えるものであり、硬度が低いとともに、エッチング性、表面処理性が劣っている。 【0043】比較材の材料No.18の材料は、アスペクト比が本発明の規定の下限値未満であり、所要の硬度が得られていないとともに、エッチング性、表面処理性が劣っている。 【0044】比較材の材料No.19の材料は、アスペクト比が本発明の規定の上限値を超えており、硬度が本発明の規定を超え、優れた加工性が得られていない。以上のように、本発明で目的とする粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性は、本発明の成分規定を満たしたときのみ、達成されることが分かる。 【0045】実施例2 成分組成が表1の合金No.1、3および5に対応する熱延板を素材として、冷延および焼鈍を表3および表4の条件で行い、材料No.20〜42の冷延材を製造した。材料No.20〜25、38、39が合金No.1に対応するもの、材料No.26〜31、40が合金No.3に対応するもの、材料No.32〜37、41、42が合金No.5に対応するものである。 【0046】 【表3】 【0047】 【表4】 【0048】なお、表3は本発明で規定した製造条件であり、表4は本発明で規定した製造条件から外れる製造条件である。 【0049】このようにして製造した試験材について、表2で説明したのと同じようにして、特性値を調査した。その結果を表5および表6に示す。 【0050】 【表5】 【0051】 【表6】 【0052】表5の材料は本発明で規定した製造条件で製造したものであり、表6の材料は本発明で規定した製造条件から外れた製造条件で製造したものである。表5から明らかなように、本発明で規定した製造条件で製造したNo.20〜22、24〜28,30〜34、36及び37の材料は、本発明で意図する所要の粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を満足している。なお、アスペクト比が50を超えるものではないが、9.5を超える材料を参考例として列挙した。 【0053】これに対して、表6に示す材料No.38の材料は、冷延率が本発明の規定値の下限未満であり、アスペクト比が低く、その結果硬度およびエッチング性が所要のレベルに達していない。 【0054】また、材料No.39の材料は、冷延率が本発明の規定値の上限を超えており、アスペクト比が高く、その結果硬度が高過ぎて、良好な加工性が得られていない。 【0055】また、材料No.40の材料は、昇温速度が本発明の規定の下限未満であり、このため回復現象が生じ、硬度が所要の値に達していない。 【0056】また、材料No.41の材料は、焼鈍温度が本発明の規定の下限未満であり、そのため硬度が本発明の規定の上限を超えており、所要のエッチング性および加工性が得られていない。 【0057】また、材料No.42の材料は、焼鈍温度が本発明の規定の上限を超えており、そのため硬度が本発明の規定の下限未満であるとともに、良好な表面処理性が得られていない。 【0058】以上のように、本発明において目的とするアスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を得るためには、本発明における製造条件の規定も重要な要件である。 【0059】実施例3 成分組成が表1の合金No.1、3および5に対応する熱延板を素材として、1次冷延、1次焼鈍および2次冷延、2次焼鈍を表7および表8の条件で行い、材料No.43〜68の冷延材を製造した。材料No.43〜47およびNo.58〜62が合金No.1に対応するもの、材料No.48〜52およびNo.63〜65が合金No.3に対応するもの、材料No.53〜57およびNo.66〜68が合金No.5に対応するものである。 【0060】 【表7】 【0061】 【表8】 【0062】なお、表7は本発明で規定した製造条件であり、表8は本発明で規定した製造条件から外れる製造条件である。 【0063】このようにして製造した試験材について、表2で説明したのと同じようにして、特性値を調査した。その結果を表9および表10に示す。 【0064】 【表9】 【0065】 【表10】 【0066】表9の材料は本発明で規定した製造条件で製造したものであり、表10の材料は本発明で規定した製造条件から外れた製造条件で製造したものである。表9から明らかなように、本発明で規定した製造条件で製造したNo.43〜45、47〜50、52〜55及び57の材料は、本発明で意図する所要の粒径、アスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を満足している。なお、アスペクト比が50を超えるものではないが9.5を超える材料を参考例として列記した。 【0067】これに対して、表10に示す材料No.58の材料は、1次冷延率が本発明の規定値の下限未満であり、熱延での粗粒・混粒組織が十分解消されておらず、結晶粒径が本発明の規定の上限を超えているため、所要のエッチング性は得られていない。 【0068】また、材料No.59の材料は、1次焼鈍温度が本発明の規定の下限未満であり、そのため材料が十分に再結晶化されず、良好な加工性は得られていない。 【0069】また、材料No.60の材料は、1次焼鈍温度が本発明の規定の上限を超えており、そのため組織が粗粒化し、結晶粒径は本発明の規定値を超えており、所要の硬度、エッチング性および表面処理性が得られていない。 【0070】また、材料No.61の材料は、1次焼鈍時間が本発明の規定の下限未満であるため、硬度が低く、エッチング性および加工性も悪い。 【0071】また、材料No.62の材料は、1次焼鈍時間が本発明の規定の上限を超えているため、硬度が高すぎてエッチング性および表面処理性が悪い。 【0072】また、材料No.63の材料は、1次焼鈍における昇温速度が本発明の規定の下限未満であり、そのため回復が生じ、硬度が低く、エッチング性も悪い。 【0073】また、材料No.64の材料は、2次冷延率が本発明の規定値の下限未満であり、硬度が低く、エッチング性も悪い。 【0074】また、材料No.65の材料は、2次冷延率が本発明の規定値の上限を超えており、硬度が高すぎるとともに、加工性も悪い。 【0075】また、材料No.66の材料は、2次焼鈍温度が本発明の規定値の下限未満であるので、硬度が高く、所要のエッチング性および加工性が得られていない。 【0076】また、材料No.67の材料は、2次焼鈍温度が本発明の規定値の上限を超えており、硬度が低く、エッチング性も悪い。 【0077】また、材料No.67の材料は、2次焼鈍における昇温速度が本発明の規定の下限未満であり、そのため回復が生じ、硬度が低い。 【0078】以上のように、本発明において目的とするアスペクト比、硬度、エッチング性および表面処理性(Agメッキ性)を得るためには、本発明における上記のような製造条件の規定も重要な要件である。図1(a)のグラフにアスペクト比と硬度の関係を、Cの含有量と結晶粒径をパラメータとして示し、また図1(b)のグラフにアスペクト比とエッチングファクターの関係を、Cの含有量と結晶粒径をパラメータとして示した。このグラフからアスペクト比と硬度の組み合わせにおいて加工性の良好な範囲があり、またアスペクト比とエッチングファクターの関係組み合わせにおいてエッチング性の良好な範囲があることが分かる。 【0079】 【発明の効果】この発明により、エッチング性および表面処理性に優れるとともに、高強度である電子用高強度Fe-Ni系合金薄板を提供することができる。 【図面の簡単な説明】 【図1】(a)はアスペクト比と硬度の関係を示すグラフ、(b)はアスペクト比とエッチングファクターの関係を示すグラフである。 【図2】エッチングファクターの概念を示す説明図である。 |
訂正の要旨 |
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審決日 | 2003-03-31 |
出願番号 | 特願平6-146060 |
審決分類 |
P
1
122・
121-
YA
(C22C)
P 1 122・ 113- YA (C22C) |
最終処分 | 不成立 |
特許庁審判長 |
奥井 正樹 |
特許庁審判官 |
松本 悟 平塚 義三 |
登録日 | 2001-07-19 |
登録番号 | 特許第3211569号(P3211569) |
発明の名称 | エッチング性と表面処理性に優れた電子用高強度低熱膨張合金薄板とその製造法 |
代理人 | 堀内 美保子 |
代理人 | 堀内 美保子 |
代理人 | 鈴江 武彦 |
代理人 | 中村 誠 |
代理人 | 田邊 義博 |
代理人 | 鈴江 武彦 |
代理人 | 中村 誠 |