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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) F04B
管理番号 1080732
審判番号 無効2001-35121  
総通号数 45 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1987-09-08 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-03-28 
確定日 2003-07-01 
事件の表示 上記当事者間の特許第1797153号発明「揺動斜板型圧縮機におけるワツブルプレ-トの揺動傾斜角制御機構」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第1797153号発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
本件特許第1797153号発明(昭和61年3月3日出願、平成4年11月26日出願公告、平成5年10月28日設定登録。以下、「本件発明」という。)の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方、吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と、吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し、吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け、同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ、吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し、同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨む如く設けると共に、上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し、その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取付けて成る揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構。」

これに対して、平成13年3月28日に、カルソニックカンセイ株式会社(以下、「請求人」という。)より、この特許を無効にすることについて審判が請求され、平成13年5月8日にその審判請求書の副本が特許権者(以下、「被請求人」という。)に送達された。

2.請求人の主張
請求人は、本件発明の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、本件発明は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、したがって、本件発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたと主張し、証拠方法として、甲第1号証(特開昭58-158382号公報)、甲第2号証(特開昭60-259777号公報)を提出している。

3.被請求人の主張
一方、被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、との審決を求め、その理由として、本件発明は、甲第1、2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件発明の特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたという請求人の主張は失当である旨主張している。

4.甲第1、2号証記載の発明
甲第1号証(特開昭58-158382号公報)には、次の事項が記載されている。
(1)「吸引および排出空洞(114および124)とクランクケース(129)とを有することにより、作動時に可変吸引および排出圧力がそれぞれの空洞内に発生しクランクケース内に圧力が発達し吸引圧力に対して制御されクランクケースと吸引および排出空洞との連通によりコンプレツサ排気量を変化せしめる排気量可変コンプレツサにおいて、排気量制御手段(130)は吸引圧力(114)と排出圧力(124)の双方に応答しそして増大する吸引および排出圧力に伴つてコンプレツサ排気量、従つて排気流量を増大せしめるようにクランクケース圧力(129)を吸引圧力に対して制御するように作動することを特徴とする排気量可変コンプレツサ。」(特許請求の範囲第1項)
(2)「特許請求の範囲第1項または第2項のコンプレツサにおいて、前記排気量制御弁手段(130)は、各々吸引圧力と排出圧力の双方に応答してクランクケース(129)と吸引(114)および排出(124)空洞との間に制御された選択的な連通を与えてクランクケース圧力の前記制御を行なう互いに協力し合うクランクケース抽気弁手段(244)およびクランクケース・チヤージ弁手段(268)を含むことを特徴とする排気量可変コンプレツサ。」(特許請求の範囲第3項)
(3)「特許請求の範囲第1項ないし第3項のいずれかのコンプレツサにおいて、前記排気量制御手段(130)はそれぞれ吸引圧力(114)と排出圧力(124)とに応答してクランクケース(129)と吸引(114)および排出(124)空洞との間に制御された選択的な連通を与えてクランクケース圧力の前記制御を行なう互いに協力する脱気したベローズ手段(186)およびボール弁手段(268,270)を含むことを特徴とする排気量可変コンプレツサ。」(特許請求の範囲第4項)
(4)「特許請求の範囲第1項ないし第4項のいずれかのコンプレツサにおいて、前記排気量制御弁手段(130)はクランクケース(129)と吸引空洞(114)との間に選択的な連通を与えて両者間に所定の排出-吸引圧力差においてゼロ圧力差が存在するようにして最大コンプレツサ排気を行なわせ、且つより高い排出-吸引圧力差においてクランクケースと排出空洞(124)との間に選択的に連通を与えてクランクケース吸引圧力差が上昇せしめられてコンプレツサ排気量、従つて排出流量を、増大する吸引および排出圧力に伴つて減少せしめるようにすることを特徴とする排気量可変コンプレツサ。」(特許請求の範囲第5項)
(5)「コンプレツサ内の中央にはシリンダ・ブロツク20およびクランクケース24においてそれぞれラジアル針軸受28および30により駆動軸26が支持され、」(第3頁左下欄第6〜9行)
(6)「シリンダ42は駆動軸26に平行に延び、各シリンダ内にはシール46を有するピストン44が往復摺動運動可能に装着されている。別のピストン桿48が各ピストン44の後側を駆動軸26のまわりに受容された非回転リング形ウオブル板50に連結している。」(第3頁右下欄第3〜8行)
(7)「最大直径孔部分136は半径方向口144とヘツド22内の通路146とを介して、同じくコンプレツサのヘツド内にある吸引空洞114に対して開口している。それに隣接する直径のより小さな孔部分138はヘツド22の半径方向口148、弁板108の口150、シリンダ・ブロツク20の通路152および154、駆動軸26の中央軸方向通路156およびこれと交差する半径方向通路158、駆動板枢軸ピン74の1つの中央軸方向通路160を介して、且つウオブル板50を越えて駆動板ジヤーナル66に沿つて且つまたそのスラスト針軸受70を介して、クランクケースの内部129に対して開口している。(第2図および第3図参照)。それに隣接する直径のより小さな孔部分140もクランクケース24の内部129に対して、ヘツド22の半径方向口162、弁板108の口164およびシリンダ・ブロツク20の通路166を介した直接のルートで開口している。それに隣接する直径の最小な孔部分142は段状弁本体孔の閉鎖端136においてヘッドの半径方向口168を介して排出空洞124に対して直接開口している。」(第5頁右下欄第4行〜第6頁左上欄第7行)
(8)「ベローズ186は、該ベローズの外部とベローズ・カバー170の内部とにより形成されベローズ・カバー170の半径方向口194を介して制御弁ハウジング132の吸引圧力連通口144に対して連続的に開口する包囲環状圧力制御セル192内の圧力変化に応じて伸縮するように脱気される。ベローズ内には圧縮コイルばね196が配置されてベローズの2つの剛性端部材188と190との間に延びている。このように捕捉されているばね196は常時ベローズを出力桿191上に外向き力を発生する伸張した位置に維持する。出力桿191はベローズの収縮時に内側座部材188の盲孔202内を案内されて移動しうるようにその内端においてテーパしている。出力桿191の外部の反対端206は尖つており、作動弁ピン部材210の結合用ポケット208内に着座している。作動弁ピン部材210はその反対端に縮小した弁針心棒部分212を形成され、ベローズ186の内方に弁ハウジング孔133内に装着された段状スプール形円筒形弁本体218に形成された中央軸方向孔216内をその中間の一定直径部分または長手214に沿つて往復運動をなしうるように密封的に摺動自在に支持されている。」(第6頁右上欄第17行〜右下欄第2行)
(9)「弁本体218の中間部分を貫通する中央孔216はベローズに最も近いその端において端ぐり236と接合し、該端ぐりはベローズ圧力制御セル192に対し、従つてコンプレツサ吸引管に対し開口しているより大きな端ぐり238と接合する。端ぐり236は、作動弁ピン部材部分214のまわりに延び、1対の直径方向に整列した半径方向口242により室232に、従つてクランクケースに連結された環状クランクケース抽気弁通路240を形成する。大径の端ぐり238はクランクケース抽気弁通路240に対して開口しており、作動弁ピン部材210上にそのベローズ端において形成された拡大円筒形頭部244を摺動自在に支持している。この拡大弁ピン部材頭部はクランクケース抽気を制御するように作動するものであつて、その目的のためにテーパ段部246をそなえており、そこでそれは長い円筒形ピン部分214と接合している。テーパ段部246は、弁本体端ぐり236と238の間の段部を形成する円錐形弁座248と係合して、第4図に示し、且つ後に詳述するごとく、クランクケース抽気弁通路240を閉鎖する弁フエースを与える。あるいはまた、弁フエース246は弁座248から離れてまずクランクケース抽気弁通路240を端ぐり238に対して開口せしめることができ、次いで更に僅かな移動により弁頭部244が端ぐり238内の環状溝249を開放する。溝249は同じく端ぐり238内の1対の長手方向に延びる通路250に対して開口しており、該通路はかかる弁運動と同時にクランクケース抽気弁通路240をベローズ圧力制御セル192に、従つてコンプレツサ吸引空洞114に連結する上で効果的である。弁本体218内の中央孔216はその反対端においてより大径の弁本体孔252と接合し、該孔252は作動弁ピン部材部分214から延びるテーパ段部253により一端において閉鎖され他端においてクランクケース・チヤージ本体部材254を受容している。このクランクケース・チヤージ弁本体部材254は弁本体孔252内にプレス嵌めされてその一側に且つ弁本体内に、作動ピン部材部分214のまわりに延び弁本体の半径方向口258を介して外方に位置する室234に対して、従つてクランクケースに対して開口している空洞256を形成している。クランクケース・チヤージ弁本体部材254はまた小径弁本体部分224およびそのOリングシール230と協働して、弁ハウジング孔の閉鎖端135と共に、弁ハウジングの半径方向168を介してコンプレツサ排出空洞124に対して開口する室260を形成する。」(第7頁右上欄第6行〜右下欄第20行)
(10)「低圧力でアキユミユレータ18を出たガス状冷媒はコンプレツサの吸引空洞114に進入してコンプレツサの排出空洞124へ排出され、次いでコンプレツサのウオブル板角度に依存するある割合いでコンデンサ12へ排出される。同時に、吸引圧力のガス状冷媒はコンプレツサにおいてベローズ・セル192に伝えられて脱気したベローズ186に作用するが、このベローズ186は吸引圧力の減少に応じて膨脹してそれに作用し、作動弁ピン部材210の第4図示位置へ向けての移動を促しクランクケース抽気弁口240を閉鎖すると同時にクランクケース・チヤージ弁口266を開放する力をベローズ出力桿191上に与える。一方、コンプレツサにおけるガス状冷却剤排出圧力は同時に弁室260に伝えられてベローズ膨脹に抗してボール弁装置268,270に作用し、第3図に示すごとくクランクケース・チヤージ弁口266の閉鎖と同時にクランクケース抽気弁口240の開放を促す。これらの可変圧力付勢は、クランクケース・チヤージ弁口266を閉鎖し同時にクランクケース抽気弁口240を開放してゼロ・クランクケース吸引圧力差を確立することにより通常最大コンプレツサ排気を行なわせるように通常制御弁装置130を調節する作用をなすばね付勢に加えてのものである。」(第8頁右下欄第16行〜第9頁右上欄第3行)
上記記載事項によると、甲第1号証には、
「駆動軸26の軸方向に揺動可能に支承されたウオブル板50を有し、前記ウオブル板50の傾斜角を制御してピストン44のストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、吸引空洞114と連通するベローズ圧力制御セル192と、排出空洞124と連通する室260を対向配置し、ベローズ圧力制御セル192には伸縮性のベローズ186で区画されたベローズ186内の室を設け、同ベローズ186内の室にはベローズ圧力制御セル192内の吸入圧と対向する方向に付勢する圧縮コイルばね196を介装させ、室260にはクランクケース・チヤージ弁口266を間に存して空洞256を区画形成し、同空洞256より半径方向口162,口164,通路166を延設させてその先端部がクランクケース129に臨む如く設けると共に、上記伸縮性のベローズ186に一端を連結させた作動弁ピン部材210を延設し、その他端部を室260内に臨ませるとともに同他端部にはクランクケース・チヤージ弁口266と対向させてボール弁要素268,270を取付け、吸引空洞114と連通するベローズ圧力制御セル192には弁座248を間に存してクランクケース抽気弁通路240を区画形成し、該クランクケース抽気弁通路240より半径方向口148を延設させてその先端部がクランクケース129に臨む如く設けると共に、作動弁ピン部材210の下端を出力桿191を介してベローズ186に連結させて延設し、ベローズ圧力制御セル192内に臨ませるとともに、該下端には弁座248と対向させて拡大円筒形頭部244を設けて成る揺動斜板型圧縮機におけるウオブル板の揺動傾斜角制御機構。」
の発明(以下、「甲第1号証記載の発明」という。)が記載されていると認められる。

甲第2号証(特開昭60-259777号公報)には、次の事項が記載されている。
(11)「内部にクランク室、低圧側空間及び高圧側空間を画成したハウジングと、該ハウジング内に回転自在に設けられた駆動軸と、前記ハウジング内に設けられ内部に前記駆動軸を中心として該駆動軸と軸線を略平行にして互いに円周方向に所定間隔を存して内部が前記低圧側空間及び高圧側空間に連通可能な複数のシリンダを配設したシリンダブロックと、前記クランク室内に位置して前記駆動軸にこれと一体回転自在でその軸線方向に滑動自在に第1の支点を構成するピボットを介して支持された揺動板と、該揺動板と係合し該揺動板の回転に伴い前記シリンダ内を往復動するピストンと、前記駆動軸にこれと一体回転自在に嵌着されており一端面が前記揺動板の一側面に当接して前記駆動軸から半径方向に離隔した位置で前記揺動板を支持するための第2の支点を構成する腕部材とを具備し、圧縮及び吸入行程にある前記ピストンの反力の合力と該ピストンに背圧として作用する前記クランク室の内圧との差により、前記揺動板の傾斜角度を前記第2の支点を中心として前記駆動軸に対して軸線方向に変化させることによって、吐出容量を変化し得る如くなし、更に前記定圧側空間とクランク室とを、絞りを有する第1通路を介して連通すると共に、前記高圧側空間とクランク室とを、第2通路を介して連通し、該第2通路の開度を制御する制御装置を設けたことを特徴とする可変容量型揺動板式圧縮機。」(特許請求の範囲第1項)
(12)「前記制御装置は、ソレノイドを有し該ソレノイドの付勢状態に応じて前記第2通路を全開する位置と全閉する位置とに択一的に切換制御される電磁弁と、前記揺動板の傾斜角度を検出する検出手段と、該検出手段の出力信号と所定のパラメータを表す信号とに応じて前記ソレノイドの付勢状態を制御する制御信号を出力する電子制御手段とからなる特許請求の範囲第1項または第2項記載の可変容量型揺動板式圧縮機。」(特許請求の範囲第3項)
(13)「前記検出手段は、前記揺動板の傾斜動に応じて変位し、該揺動板の傾斜角度に応じた値を有する信号を出力するポテンショメータからなる特許請求の範囲第3項記載の可変容量型揺動板式圧縮機。」(特許請求の範囲第4項)
(14)「また前記シリンダヘッド1bの内部には前記駆動軸4の軸線Cの延長上に前記揺動板14の傾斜角度の検出手段をなすポテンショメータ34が内設され、その摺動子34aはスプリング34bによって前記駆動軸4側に押圧され、該駆動軸4の小径の軸孔4bに遊嵌され軸方向の大径の軸孔4aに内嵌された前記内部スライダ21に当接され、該内部スライダ21の軸方向の変位に追従し得るようになっている。第6図はこの圧縮機の制御系の構成を示しており、前記クランク室3と低圧側空間281とはオリフィス(絞り)35を介在した第1通路36によって連通されている。該オリフィス35の断面積は圧縮行程にある前記シリンダ5とピストン6との間隙を通って前記クランク室3に漏洩するブローバイガスの流量の可能な最大値に少なくとも等しい流量、または好ましくは僅かに超える流量でクランク室3から低圧側空間281(例えば吸入室28)にブローバイガスを流出させ得るような値に設定される。従って、このオリフィス35の存在により圧縮機のあらゆる運転状態においてクランク室3の内圧は揺動板14の傾斜角度を制御すべく変化可能であり、また、後述する電磁弁37が閉塞状態にあるときは常にクランク室3の内圧が減少傾向にある。尚、第6図においては上記ブローバイガスの流路に符号35aを付して図式的に示してある。また前記クランク室3は途中に電磁弁37を介装した第2通路38によって高圧側空間291(例えば吐出室29)に連通されている。そして前記ポテンショメータ34の出力部は電子制御手段をなす電子制御装置(ECU)39の入力部に、該電子制御装置39の出力部は前記電磁弁37のソレノイドに接続されている。該電磁弁37は常開型で、電子制御装置39がソレノイドを消勢する時第2通路38を全開し、電子制御装置39がソレノイドを付勢する時第2通路38を全閉する。前記ポテンショメータ34、電磁弁37、及び電子制御装置39により、前記第2通路38の開度を制御する制御装置が構成されている。」(第6頁左下欄第10行〜第7頁左上欄第9行)
(15)「そして揺動板14の傾斜角度に対応するポテンショメータ34の出力信号は電子制御装置39に入力され、電子制御装置39はポテンショメータ34の出力信号と空気調和装置の熱負荷、エンジンの回転数等種々のパラメータとに応じて電磁弁37に制御信号を出力する。即ち前記揺動板14の傾斜角度はポテンショメータ34によって検知され、この傾斜角度に対応する圧縮機の吐出容量が、圧縮機に要求される吐出量と等しくなった時、電子制御装置39は電磁弁37を開弁する。よってクランク室3は高圧側空間291と通路38を介して連通され高圧側空間291の高圧がクランク室3内に導かれてクランク室3の内圧の減少は止まり、揺動板14の傾斜角度の増加も止まる。高圧の導入によりクランク室3の内圧が上昇し揺動板14の傾斜角度が減少すればポテンショメータ34がこれを検知し、電子制御装置39は電磁弁37を閉弁してクランク室3と高圧側空間291との連通を遮断する。このためクランク室3の内圧はオリフィス35より低圧側空間281に流出されて減少し揺動板14は傾斜角度増加の方向に作動される。上記作動が繰り返されて圧縮機はその吐出容量が空気調和装置の熱負荷と対応するように運転される。」(第7頁右下欄第3行〜第8頁左上欄第7行)
(16)「空気調和装置の熱負荷が増加或いは減少し、圧縮機の吐出量が該熱負荷に必要な吐出容量以下に低下または超過した場合、電子制御装置39が電磁弁37を開閉制御し、圧縮機の吐出容量が空気調和装置の熱負荷に必要な吐出量を超過した場合はクランク室3の内圧を上昇させて揺動板14の傾斜角度を減少させ、上記と逆の場合はクランク室3の内圧を減少させて揺動板14の傾斜角度を増加させるように制御する。」(第8頁左上欄第11〜19行)
(17)「また、圧縮機のあらゆる運転状態において、圧縮機の運転中シリンダ5とピストン6との間隙からクランク室3内に漏洩するブローバイガスは、十分な開口断面積のオリフィス35を介して常時低圧側空間281に流出される。従って、電磁弁37を閉弁したとき、クランク室3の内圧は常に減少方向にある。このためクランク室3の内圧の制御は高圧側空間291をクランク室3に連通する電磁弁37の開閉制御のみで常に行うことができる。」(第8頁右上欄第10〜19行)
(18)「本発明の圧縮機では、揺動板の傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行うため、クランク室の内圧は急速に上昇されて、圧縮機のカットオフが迅速に行われ、特に車輌の加速、登坂時等において、エンジンの全出力を車輌の駆動力にふり向けたい時に圧縮機のカットオフを素早く対応させることができる。また高圧のクランク室への導入は構造が簡単な単一の弁装置でなされるから制御が容易となり、低コストである。」(第10頁左上欄第17行〜右上欄第9行)
上記記載事項によると、甲第2号証には、
「駆動軸4の軸方向に揺動可能に支承された揺動板14を有し、前記揺動板14の傾斜角を制御してピストン6のストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、クランク室3と低圧側空間281とを常時連通する第1通路36を設ける一方、高圧側空間291とクランク室3とを連通する第2通路38を設けると共に、空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され、該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け、該クランク室3の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行なうことができるようにして成る揺動斜板型圧縮機における揺動板の揺動傾斜角制御機構。」
の発明(以下、「甲第2号証記載の発明」という。)が記載されていると認められる。

5.対比
本件発明と甲第1号証記載の発明とを対比する。
甲第1号証記載の発明の「駆動軸26」は本件発明の「ドライブシャフト」に相当する。以下同様に、「ウオブル板50」は「ワッブルプレート」に、「ピストン44」は「ピストン」に、「吸引空洞114」は「吸入チャンバー」に、「ベローズ圧力制御セル192」は「吸入圧力室」に、「排出空洞124」は「吐出チャンバー」に、「室260」は「吐出圧力室」に、「ベローズ186」は「隔膜」に、「ベローズ186内の室」は「設定圧力室」に、「圧縮コイルばね196」は「ばね」に、「クランクケース・チヤージ弁口266」は「弁座」に、「空洞256」は「ポート」に、「半径方向口162,口164,通路166」は「供給通路」に、「クランクケース129」は「クランク室」に、「作動弁ピン部材210」は「弁杆」に、「ボール弁要素268,270」は「開閉弁」に、それぞれ相当する。
してみると、両者は、
「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と、吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し、吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け、同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ、吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し、同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨む如く設けると共に、上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し、その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取付けて成る揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
相違点;本件発明が、クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設けるのに対して、甲第1号証記載の発明が、吸入チャンバーと連通する吸入圧力室には弁座248を間に存してクランクケース抽気弁通路240を区画形成し、該クランクケース抽気弁通路240より半径方向口148を延設させてその先端部がクランク室に臨む如く設けると共に、弁杆の下端を出力桿191を介して隔膜に連結させて延設し、吸入圧力室内に臨ませるとともに、該下端には弁座248と対向させて拡大円筒形頭部244を設ける点。

6.当審の判断
上記相違点について検討する。
甲第2号証記載の発明の「駆動軸4」は本件発明の「ドライブシャフト」に相当する。以下同様に、「揺動板14」は「ワッブルプレート」に、「ピストン6」は「ピストン」に、「クランク室3」は「クランク室」に、「低圧側空間281」は「吸入チャンバー」に、「第1通路36」は「通路」に、「高圧側空間291」は「吐出チャンバー」に、それぞれ相当する。
してみると、甲第2号証記載の発明は、ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方、吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けると共に、空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され、該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け、該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行なうことができるようにして成る」構成を具備するものと認められる。
すなわち、甲第2号証記載の発明は、「ワッブルプレートの傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」技術思想を開示していると言える。
そして、甲第1号証記載の発明も甲第2号証記載の発明も、「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機」である点でその技術分野を共通するものであるから、甲第1号証記載の発明において、上記甲第2号証記載の発明の構成並びに技術思想を考慮して、「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける」構成を付加し、「吸入チャンバーと連通する吸入圧力室には弁座248を間に存してクランクケース抽気弁通路240を区画形成し、該クランクケース抽気弁通路240より半径方向口148を延設させてその先端部がクランク室に臨む如く設けると共に、弁杆の下端には弁座248と対向させて拡大円筒形頭部244を設ける」構成を排除して、本件発明のような構成とすることは、必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得ることにすぎないものと認める。

なお、被請求人は、平成13年7月6日付け審判事件答弁書、平成13年10月4日付け口頭審理陳述要領書において、概略以下(イ)ないし(ホ)のとおり主張する。
しかしながら、当該主張(イ)ないし(ホ)は、いずれも、下記する理由により失当である。
(イ)『本件特許発明の課題は、冒頭でも認定したとおり、甲第1号証に対応する米国特許第4428718号を従来の技術の一つとし、この従来の機構ではワッブルプレートの揺動傾斜角を速やかに変化させる事が出来なかったため、これを解決することにある。
こうであるから、甲第1号証に本件特許発明の課題が開示されているはずはなく、現に開示も示唆もない。このため、本件特許発明の発明者らが米国特許第4428718号の機構の不具合を発見したのが初めてであることもわかる。
また、甲第2号証記載の発明は、上記の認定どおり、電磁弁という外部制御のみを行なう手段によって、圧縮機のカットオフを素早く対応させることを課題としており、やはり本件特許発明の課題の開示も示唆もない。本件特許発明も甲第2号証記載の発明もともに同一の米国特許第3861829号を従来技術として挙げていながら、このように課題に相違を有するのは、本件特許発明と甲第2号証記載の発明とが異なる方向での制御機構の開発を意図したからであろう。
さらに、本件特許発明の課題は当業者にとって自明のものであったり、容易に着想し得るものでもない。
よって、甲第1号証記載の発明と甲第2号証記載の発明とを組み合せることはできないはずである。
また、仮に両者を単に組み合せた場合、都合のよい要件だけを残しつつ余分な要件を排除して本件特許発明が得られるとの論理付けも不可能である。』(答弁書第15頁第13行〜第16頁第3行)
<当審の判断>
(i)甲第1号証に、「ワッブルプレートの揺動傾斜角を速やかに変化させる事が出来る様にする(コントロールバルブの切り替え時にデッドポイントを生ずる事無くスムーズに切り替える事が出来る)」という本件発明の課題が、開示も示唆もされていないことは、被請求人の主張するとおりである。
しかしながら、甲第2号証記載の発明は、ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方、吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けると共に、空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され、該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け、該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行なうことができるようにして成る」構成を具備するものであり、「ワッブルプレートの傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」技術思想を開示するものであるから、甲第1号証記載の発明において、当該構成並びに技術思想を考慮して、本件発明のような構成とすることは、上記課題の認識の有無とは関係なく、必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得るものと認められる。
(ii)甲第2号証には、成る程、(本発明の目的)の欄に「本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、クランク室に高圧側から高圧を直接導入することにより極めて迅速にカットオフすることが可能な可変容量型揺動板式圧縮機を提供することを目的とするものである。」(第3頁左下欄第12〜16行)、(作用)の欄に「ここで車輌の加速時または登坂時等において車載エンジンの出力の一部をすべて車輌の駆動力にふり向けたい場合、電子制御装置39は電力の供給を停止して電磁弁37は開弁され高圧側空間291の高圧は第2通路38を通じて即座にクランク室3に導入されてクランク室3の内圧は上昇し揺動板14は急速に最小傾斜位置に変化され、圧縮機はアイドル状態になって圧縮機に消費されるべきエンジンの駆動力は車輌の駆動力に加勢され、よって車輌の加速性または登坂性が増大される。」(第8頁左上欄第20行〜右上欄第9行)との記載がある。
しかしながら、甲第2号証には、上記カットオフ時以外の圧縮機の通常の制御状態時について、(作用)の欄に「空気調和装置の熱負荷が増加或いは減少し、圧縮機の吐出量が該熱負荷に必要な吐出容量以下に低下または超過した場合、電子制御装置39が電磁弁37を開閉制御し、圧縮機の吐出容量が空気調和装置の熱負荷に必要な吐出量を超過した場合はクランク室3の内圧を上昇させて揺動板14の傾斜角度を減少させ、上記と逆の場合はクランク室3の内圧を減少させて揺動板14の傾斜角度を増加させるように制御する。」(第8頁左上欄第11〜19行)と記載するものであり、甲第2号証記載の発明は、「ワッブルプレートの傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」技術思想を開示するという当審の判断に何等誤りはない。

(ロ)『本件特許発明はいわば甲第1号証記載の発明を改良すべくなしたものである。そして、甲第1号証記載の発明や米国特許第3861829号記載の発明の改良に際し、本件特許発明はこれらと同じ内部制御の構成をもつのに対し、甲第2号証記載の発明はこれらとは全く別の制御形態である外部制御の構成をもっている。こうであるにもかかわらず、請求人は、本件特許発明と甲第1号証記載の発明との相違点が甲第2号証に開示されているとしており、それを甲第1号証記載の発明に採用して本件特許発明のようにすることが容易になし得るとしているのである。
本件特許発明は、クランク室と吸入室との間に制御弁を有しない通路(固定逃し孔)を積極的に設けることにより、吐出室とクランク室との間の供給通路の制御弁と相俟って、全体としてクランク室圧力の内部制御をスムーズに行なうようにしているのである。この本件特許発明のように、制御機構は各機能部品の組み合せの統合として、ある機能を果たすものであり、その一部の構成が公知とはいえ、それを直ちに採用できることには到底ならない。特に、その一部の構成が全く別の制御形態において公知である場合には、なおさらである。
具体的には、外部制御をなす甲第2号証記載の「常時連通する第1通路36」を内部制御をなす甲第1号証記載の発明に採用するにしても、甲第1号証記載の各機能部品をどのように組み合せるべきかは不明である。組み合せの仕方はどこにも開示がなく、それどころか、上述のように、甲第1号証と甲第2号証とには互いを組み合せることの開示も示唆もないのである。本件特許発明の構成の一部が甲第2号証記載の発明に存在するというだけで、本件特許発明の構成が容易に得られるという理由付けは、本件特許発明を見てから言っているに過ぎない。』(答弁書第16頁第4〜25行)
<当審の判断>
甲第2号証には、「可変容量型揺動板式圧縮機において、吐出量を制御するために揺動板の傾斜角度を変化させる手段として、クランク室内の冷媒圧力を制御する方法は米国特許No.3,861,829号等により公知である。」(第2頁右下欄第15〜19行)、「しかして、上述の特許にかかる揺動板式圧縮機においては、クランク室と冷凍サイクルの低圧側とを接続する導管の中途に該導管内の圧力に応動するダイヤフラム弁を配設し、冷凍サイクルの熱負荷の減少により導管内の冷媒圧力が低下するとダイヤフラム弁がクランク室と冷凍サイクル低圧側との連通を絞るように作動し、その結果クランク室内ではシリンダとピストンとの間からクランク室内に洩れるブローバイガスの導管を介して低圧側に流出する流量が少なくなって圧力が上昇し揺動板の傾斜角度が減少し吐出量が減少するようにしている。反対に、冷凍サイクルの熱負荷の増加により導管内の冷媒圧力が上昇すると上記と逆にクランク室内の圧力が減少し揺動板の傾斜角度が増加し吐出量が増加するようになっている。このため急速に吐出量を減少させたい時、(例えば圧縮機を車載のエンジンに直結した場合、加速、登坂時など一時的に圧縮機負荷を遮断し、全エンジン出力を車載の駆動力にふり向けたい時、)導管の中途に介されている開閉弁(零ストローク弁)を閉じ、クランクケースと低圧力との連通を遮断すればよいが、この場合、遮断してからシリンダとピストンとの間からクランク室に洩れるブローバイガスによりクランク室圧が上昇するのを保つことになり急速な圧縮機の容量減少が得られないという欠点がある。」(第3頁右上欄第5行〜左下欄第10行)、「本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、クランク室に高圧側から高圧を導入することにより極めて迅速にカットオフすることが可能な可変容量型揺動板式圧縮機を提供することを目的とするものである。」(第3頁左下欄第12〜16行)との記載がある。
これらの記載からみて、被請求人の言う外部制御の構成を持つ甲第2号証記載の発明は、同じく被請求人の言う内部制御の構成を持つ従来技術である米国特許第3861829号明細書記載の発明の欠点を改良するものであり、してみると、被請求人の言う内部制御の構成を持つ甲第1号証記載の発明において、外部制御の構成を持つ甲第2号証記載の発明を考慮することは、必要に応じて当業者が適宜なし得るものと認められる。
そして、甲第2号証記載の発明は、ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方、吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けると共に、空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され、該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け、該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行なうことができるようにして成る」構成を具備するものであり、「ワッブルプレートの傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」技術思想を開示しているのである。

(ハ)『目的(課題)の非予測性
甲第1号証発明及び甲第2号証発明のいずれにも、本件発明の目的(課題)の予測性は認められていない。従って、目的(課題)の非予測性がある故に、目的(課題)を達成(解決)する手段、つまり構成の予測性がなく、進歩性は肯定されるのである。
・・(略)・・
このように、甲第1号証発明が有する課題を発見して、内部制御弁を排出空洞(吐出チャンバー)124からクランクケース(クランク室)129への冷媒ガスの流入の制御に限定し、クランクケース(クランク室)129と吸引空洞(吸入チャンバー)114との間の内部制御弁(内部制御による容量制御機構においてmustであったもの)を積極的に取り除き、クランクケース(クランク室)129から吸引空洞(吸入チャンバー)114への冷媒ガスの流出を内部制御弁によらず常時流出する通路を設けたところに本件発明の特徴がある。
・・(略)・・
このように、甲第1号証及び甲第2号証のいずれにもかかる問題点が開示又は示唆されていないことは、本件特許出願当時当業者が本件発明における構成C-4の排除と構成Bの付加を容易に想到できないことを意味している。』(陳述要領書第9頁第12行〜第11頁末行)
<当審の判断>
上記(イ)についての判断(i)と同様である。
さらに付言すれば、本件発明が甲第1号証記載の発明及び甲第2号証記載の発明に基いて当業者が容易に発明できた(以下、「容易推考性」という。)か否かを検討するに際し、少なくとも、甲第1号証記載の発明及び甲第2号証記載の発明の発明者の意図や背景がどのようなものであるかは、本来無関係なものであって、甲第1号証記載の発明及び甲第2号証記載の発明を当業者の視点で本件発明との対比の限度においてどのように把握できるかが問題であるから、現実に記載された課題にいくらかの相違があっても、それをもって直ちに容易推考性を否定する根拠とはならない。さらに、本件発明の課題又は発明に至る経緯に特定の発明の欠点の発見があり、その欠点の発見に困難性があったとしても、当業者が容易に発明できたものはその容易推考性が否定されるものではない。

(ニ)『目的の相違性
・・(略)・・
本件発明は「クランク室と吸入室を常時連通する通路」を設ける前に、甲第1号証発明から「クランクケース抽気弁手段244及びクランクケース抽気弁口240に関する一切の機構」を排除していることを全く無視した議論である。かかる抽気弁機構の排除は、決して甲第2号証発明の開示する「迅速なカットオフ」という目的から容易に想到されるものではない。甲第2号証発明においては、電磁弁が採用されており、その電磁弁は空気調和装置の揺動板の傾斜角度及び熱負荷、エンジン回転数等種々のパラメータに応じた信号により電子制御装置(ECU)を介して駆動される。甲第2号証は、電気的に検知する対称として「空気調和装置の揺動板の傾斜角度及び熱負荷、エンジン回転数等種々のパラメータ」を開示しているが、甲第2号証発明は「迅速なカットオフ」をその目的としていることに限定して考えれば、甲第2号証発明は吸入圧と吐出圧の双方をパラメータとして検知することは考えられない。また甲第2号証発明の目的を離れて、「熱負荷」を電気的に検知するとしても、吐出圧の検知は行なわれていない。従って、甲第2号証発明が開示する一つの電磁弁にヒントを得て、吸入圧と共に吐出圧をも検知する2つの内部制御弁を1つの内部制御弁に置き換えることは容易に想到されるとは言い難い。
・・(略)・・
特に甲第2号証発明の電磁弁はON/OFF弁(全開・全閉弁)であるので、弁が開いたときの作用効果はクランク室の圧力を「即座に」上昇させ、揺動斜板の傾斜角を「急速に」小さくすることである(甲第2号証8頁左上欄20行目から右上欄9行目)。これに対して、甲第1号証発明及び本件発明の内部制御弁は、吸入圧及び吐出圧の影響を受けて中間開度をとるので、その弁自身の作用効果は甲第2号証発明の電磁弁のそれとは大きく異なるものである。
・・(略)・・
本件発明において1つの内部制御弁を採用した目的は、以前にも説明したように、甲第1号証発明が内在的に有する「デッドポイント」の解消である。それに対して、甲第2号証発明の1つの電磁弁の採用は、これまた以前にも説明したように、迅速なカットオフを目的としている。』(陳述要領書第12頁第1行〜第13頁第9行)
<当審の判断>
甲第2号証には、「本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、クランク室に高圧側から高圧を導入することにより極めて迅速にカットオフすることが可能な可変容量型揺動板式圧縮機を提供することを目的とするものである。」(第3頁第12〜16行)、「ここで車輌の加速時または登坂時においては車載エンジンの出力の一部をすべて車輌の駆動力にふり向けたい場合、電子制御装置39は電力の供給を停止して電磁弁37は開弁され高圧側空間291の高圧は第2通路38を通じて即座にクランク室3に導入されてクランク室3の内圧は上昇し揺動板14は急速に最小傾斜位置に変化され、圧縮機はアイドル状態になって圧縮機に消費されるべきエンジンの駆動力は車輌の駆動力に加勢され、よって車輌の加速性または登坂性が増大される。」(第8頁左上欄第20行〜右上欄第9行)との記載があることからみて、甲第2号証記載の発明が、「迅速なカットオフ」をその目的とすることは、被請求人の主張するとおりである。
しかしながら、甲第2号証には、カットオフ時以外の圧縮機の通常の制御状態について「空気調和装置の熱負荷が増加或いは減少し、圧縮機の吐出量が該熱負荷に必要な吐出容量以下に低下または超過した場合、電子制御装置39が電磁弁37を開閉制御し、圧縮機の吐出容量が空気調和装置の熱負荷に必要な吐出量を超過した場合はクランク室3の内圧を上昇させて揺動板14の傾斜角度を減少させ、上記と逆の場合はクランク室3の内圧を減少させて揺動板14の傾斜角度を増加させるように制御する。」(第8頁左上欄第11〜19行)との記載があるのであり、甲第2号証において注目する技術事項は正にこの点である。
そして、甲第2号証記載の発明は、ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方、吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けると共に、空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され、該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け、該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行なうことができるようにして成る」構成を具備するものであり、「ワッブルプレートの傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」技術思想を開示しているのである。

(ホ)『効果の相違性
本件発明の主たる効果は次のようなものである。
「特に本発明にあっては単動のコントロールバルブ(開閉弁)によってワッブルプレートの揺動傾斜角を変化させる様にした事により、上記の様にコントロールバルブ(開閉弁)の切り替え時にデッドポイントを生ずる事無くスムーズに切り替える事が出来る(中略)に至った。」(本件特許公報6頁左欄3行目から11行目)
つまり、本件発明は、甲第1号証発明が内在的に有していた問題点(課題)を解消するのであるから、ワッブルプレートの揺動傾斜角をスムーズに大きくしたり小さくしたりする効果を奏する。
これに対して、甲第2号証発明の主たる効果は次のように記載されている。
「本発明の圧縮機では、揺動板の傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を(中略)クランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行なうため、クランク室の内圧は急速に上昇されて、圧縮機のカットオフが迅速に行なわれ、特に車輌の加速、登坂時等において、エンジンの全出力を車輌の駆動力にふり向けたい時に圧縮機のカットオフを素早く対応させることができる。」(同号証10頁左上欄17行目から右上欄9行目)
甲第2号証発明は、車輌が加速されているとき、又車輌が登坂しているときなどにおいて、エンジンの全出力を車輌の駆動力にふり向け、圧縮機のカットオフ(つまり、アイドル状態にすること)を素早く対応させる効果を有する。換言すれば、クランク室の内圧を早急に上昇させて揺動板の傾斜角を小さくさせる効果を狙ったものである。
請求人は本件発明と甲第2号証発明は同様な効果を有していると主張する(弁駁書11頁4、5行目)が、その主張は正しくない。このように、本件発明と甲第2号証発明は、その出発点である課題において異なっているので、その効果も当然にして異なるのである。』(陳述要領書第13頁10行〜第14頁第7行)
<当審の判断>
甲第2号証には、被請求人の引用する第10頁左上欄第17行〜右上欄第6行の記載「本発明の圧縮機では、揺動板の傾斜角度、即ち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行うため、クランク室の内圧は急速に上昇されて、圧縮機のカットオフが迅速に行われ、特に車輌の加速、登坂時等において、エンジンの全出力を車輌の駆動力にふり向けたい時に圧縮機のカットオフを素早く対応させることができる。」と共に、第8頁左上欄第11〜19行の記載「空気調和装置の熱負荷が増加或いは減少し、圧縮機の吐出量が該熱負荷に必要な吐出容量以下に低下または超過した場合、電子制御装置39が電磁弁37を開閉制御し、圧縮機の吐出容量が空気調和装置の熱負荷に必要な吐出量を超過した場合はクランク室3の内圧を上昇させて揺動板14の傾斜角度を減少させ、上記と逆の場合はクランク室3の内圧を減少させて揺動板14の傾斜角度を増加させるように制御する。」がある。
これらの記載からみて、カットオフ時以外の通常の圧縮機の制御状態において、甲第2号証記載の発明は、「冷房負荷の変動に対応してワッブルプレートの揺動傾斜角を速やかに変化させる」という効果を奏するものと認められる。
また、「ワッブルプレートの揺動傾斜角をスムーズに大きくしたり小さくしたりする」という効果については、甲第1号証記載の発明の内部制御弁が、吸入圧及び吐出圧の影響を受けて中間開度をとるものであることからみて、甲第1号証記載の発明に甲2号証記載の発明を適用するに当たり当業者が予測し得る範囲内のものと言える。

さらに、本件発明と第一に対比する発明を甲第2号証記載の発明とした場合について、以下、付加的に検討する。
本件発明と甲第2号証記載の発明とを対比すると、両者は、
「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し、前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において、クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方、クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構を設けて成る揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
相違点;クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構に関し、本件発明が、吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と、吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し、吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け、同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ、吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し、同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨む如く設けると共に、上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し、その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取付けて成るのに対して、甲第2号証記載の発明が、吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けると共に、空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され、該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け、該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行なうことができるようにして成る点。
この相違点について検討するに、甲第1号証記載の発明は、クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構に関し、「吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と、吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し、吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け、同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ、吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し、同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨む如く設けると共に、上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し、その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取付けて成る」構成を具備するものと認められる。
そして、甲第2号証記載の発明において、クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構に関し、上記甲第1号証記載の発明の構成を採用して、本件発明のような構成とすることは、必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得ることにすぎないものと認める。

7.むすび
以上のとおり、本件発明は、甲第1、2号証記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとり審決する。
 
審理終結日 2001-11-19 
結審通知日 2001-11-22 
審決日 2001-12-04 
出願番号 特願昭61-46020
審決分類 P 1 112・ 121- Z (F04B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 石橋 和夫  
特許庁審判長 西野 健二
特許庁審判官 亀井 孝志
舟木 進
登録日 1993-10-28 
登録番号 特許第1797153号(P1797153)
発明の名称 揺動斜板型圧縮機におけるワツブルプレ-トの揺動傾斜角制御機構  
代理人 岩崎 幸邦  
代理人 中村 友之  
代理人 中村 敬  
代理人 山本 光太郎  
代理人 永島 孝明  
代理人 丸山 裕一  

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