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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない B66C
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない B66C
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 無効としない B66C
管理番号 1080748
審判番号 無効2000-35582  
総通号数 45 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-04-05 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-10-20 
確定日 2003-07-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第2833679号発明「重量物吊上げ用フック装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
(1)本件特許第2833679号の請求項1ないし6に係る発明(以下、「本件特許発明1ないし6」という。)についての出願は、平成4年9月11日に特許出願され、平成10年10月2日にそれらの発明について特許の設定登録がなされた。
(2)請求人株式会社スーパーツールは、平成12年10月20日付けで、本件特許発明1ないし6の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、という趣旨の無効審判を請求した。
(3)これに対して、被請求人は、平成12年12月26日付けで答弁書を提出した。

2.請求人の主張の概要
請求人は、証拠として、甲第1号証(特許第2833679号公報)、甲第2号証(新村出編、「広辞苑 第2版」、株式会社岩波書店、昭和47年10月16日、第2版第6刷発行、第1249頁)、甲第3号証(本件特許第2833679号の願書に最初に添付した明細書及び図面)、甲第4号証(平成8年3月22日付け意見書)、甲第4号証の1(平成8年3月22日付け手続補正書)、甲第5号証(平成10年2月17日付け補正案のファクシミリ)、甲第5号証の1(平成10年2月19日付けの応対記録)、甲第6号証(平成10年6月29日付け補正案のファクシミリ)、甲第7号証(平成10年7月23日付け手続補正書)、甲第8号証(特許第2833671号の願書に最初に添付した明細書及び図面の1991年7月13日付けファクシミリ)、甲第9号証(本件特許発明のフック装置シリーズの最初のフックの見積図面)、甲第10号証(被請求人作成の、請求人及び被請求人間のやりとりの時系列説明)、甲第11号証(吉藤幸朔著、「特許法概説 第8版」、有斐閣、昭和63年5月20日、第8版第1刷発行、第74頁〜第77頁)、甲第12号証(実願昭61-163379号(実開昭63-67585号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和63年5月7日特許庁発行))、甲第13号証(平成8年1月11日付け拒絶理由通知書)、甲第14号証(特開昭55-82814号公報)及び甲第15号証(意匠登録第870522号公報)を提出し、平成12年10月20日付け審判請求書、平成13年2月27日付け口頭審理陳述要領書及び平成13年2月27日付け口頭審理調書に基づき、以下に示す旨の理由により無効にされるべきであると主張している。

(1)理由1(特許法第36条第4項、第5項違反)
請求項1には、「(iv)-1」として、「前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、」と記載されており、また、「(iv)-2」として、「前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり、」と記載されている。
ところが、本件特許明細書及び図面(「甲第1号証」参照)には、仮想略平行線が実際どのように引かれるのか記載されていない。
そして、本件特許明細書及び図面の記載をみると、フックの後端部(32,32′)は、フック先端部(31)の反対側のフックの湾曲部分から後方に屈曲した二股構造のみを指すと解せられるところ、二股構造(32,32′)の内側、及び、フックの先端部(31)の内側に接する仮想略平行線は存在しない。仮想略平行線が存在しない以上、仮想略平行線と略平行となる、ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分も存在しない。
すなわち、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面には、(iv)-1及び(iv)-2の事項を具体的に実現する手段が記載されていないから、本件特許発明1は、(イ)発明の詳細な説明に、当業者が容易に実施できる程度に構成を記載していないばかりか、(ロ)特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものではなく、(ハ)特許請求の範囲の記載が、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではない。
したがって、本件特許発明1、及び該発明の構成を構成の一部とする本件特許発明2ないし6についての特許は、特許法第36条第4項及び第5項第1〜2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

(2)理由2(特許法第29条第2項違反)
本件特許の請求項1に記載の「(iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、」及び「(iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり、」は、平成10年7月23日付け手続補正により追加された事項であるが、該事項は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていない。
したがって、上記手続補正は、明細書又は図面の要旨を変更するものであるから、本件特許出願は、上記手続補正書提出時の平成10年7月23日にしたものとみなされるべきものである。
また、甲第8号証(特許第2833671号の願書に最初に添付した明細書及び図面の1991年7月13日付けファクシミリ)及び甲第9号証(本件特許発明のフック装置シリーズの最初のフックの見積図面)の扱いについて、甲第10号証に記載されている請求人と被請求人とのやりとりの経緯をみると、平成3年9月下旬に両者の交渉は決裂しており、遅くとも平成3年10月1日には、請求人は甲第8号証及び甲第9号証の内容に関して秘密を保持すべき義務を有さないことになった。したがって、甲第8号証及び甲第9号証記載の発明は、平成3年10月1日時点で公然知られた発明となっている。
そして、甲第8号証には、請求項1記載の発明の構成要件のうち、「(iii).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるときに、前記フック支持体(1)と前記フック(3)をロック状態とするロック(4)であって、前記ロック(4)は、前記フック(3)の後端部(32,32')の二股空間内に配設されたものであり、」及び「(v).前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに、前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって、前記抜去用ロック(6)は、前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)とから構成されたものである、」を除く本件特許発明1の構成が全て記載されている。また、上記構成要件(iii)は甲第15号証に、上記構成要件(v)は甲第12号証に、それぞれ記載されており、さらに請求項1記載の構成要件「(ii).フック(3)の後端部(32,32')が二股構造であり、該二股構造の空間内に配置された前記フック支持体(1)の略中央部(13)を貫通し、該後端部(32,32')間に誇設した接合ピン(2)を介して前記フック支持体(1)に対して回動自在に配設されたフック(3)、」は甲第9号証にも記載されていると認められる。したがって、甲第8号証に甲第9号証、甲第12号証及び甲第15号証を組み合わせることで、本件特許発明1は当業者が容易に発明をすることができたものである。
また、請求項2記載の発明の構成要件「二股構造のフック(3)の後端部(32,32´)の空間内に配設されたロック(4)の端部(41)が、バネ体(5)の弾発によりフック支持体(1)の略中央部(13)に当接するものである」、請求項3記載の発明の構成要件「ロック(4)の端部(41)が、フック支持体(1)の略中央部(13)に設けた凹部(14)に係合してロック状態となる」及び請求項4記載の構成要件「ロック(4)の操作レバー(42)が、フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)により係合解除されたとき、フック(3)の後端部(32,32´)から突出するものである」については、甲第14号証又は甲第15号証に記載されている。
さらに、請求項5記載の構成要件「ロック(4)の操作レバー(42)が、フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)により係合解除され、かつ、フック(3)の背部(33)をフック支持体(1)の側部(15)の方向に反転回動させたとき、二股構造のフック(3)の後端部(32,32´)間の空間内に収納するものである」については甲第15号証に、また、請求項6記載の構成要件「抜去用ロック(6)が、フック支持体(1)側のワイヤー固定部(12)の近傍部位に配設された抜去用ロック本体(61)と、前記抜去用ロック本体(61)を係止するためのフック(3)側に配設された係止部(62)とから構成されるものである」については甲第12号証に、それぞれ記載されていると認められる。
したがって、本件特許発明2ないし6は、甲第8号証、甲第9号証、甲第12号証、甲第14号証及び甲第15号証に記載された発明から、当業者が容易に発明することができたものである。
よって、本件特許発明1ないし6についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

3.被請求人の主張
被請求人は、上記理由1及び理由2に対して、以下のとおりの旨主張している。(平成12年12月26日付け答弁書、平成13年2月27日付け口頭審理陳述要領書、平成13年2月27日付け口頭審理調書)

(1)理由1(特許法第36条第4項、第5項違反)に対して
本件特許の明細書に記載不備は存在しない。

(2)理由2(特許法第29条第2項違反)に対して
請求項1に記載の(iv)-1及び(iv)-2の事項は、本件特許の願書に最初に添付した明細書又は図面に実質的に記載されていたから、平成10年7月23日付け手続補正は明細書又は図面の要旨を変更するものではなく、本件特許の出願日は繰り下がらない。
また、請求人は、甲第8号証及び甲第9号証の内容に関して秘密を保持すべき義務を有しており、甲第8号証及び甲第9号証記載の発明は、本件特許の出願前に公然知られた発明ではない。
そして、本件特許発明1ないし6は、甲第8号証、甲第9号証、甲第12号証、甲第14号証及び甲第15号証に記載された発明から、当業者が容易に発明することができたものではない。

4.本件特許発明
本件特許発明1ないし6は、本件特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された次のとおりのものである。

【請求項1】 吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ、重量物を吊上げるためのフック(F)において、前記フック装置(F)が、
(i).先端部に脱落防止部(11)、後端部にワイヤー固定部(12)を有するフック支持体(1)、
(ii).フック(3)の後端部(32,32')が二股構造であり、該二股構造の空間内に配置された前記フック支持体(1)の略中央部(13)を貫通し、該後端部(32,32')間に誇設した接合ピン(2)を介して前記フック支持体(1)に対して回動自在に配設されたフック(3)、
(iii).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるときに、前記フック支持体(1)と前記フック(3)をロック状態とするロック(4)であって、前記ロック(4)は、前記フック(3)の後端部(32,32')の二股空間内に配設されたものであり、
(iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は、前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき、
(iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、
(iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり、及び、
(v).前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに、前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって、前記抜去用ロック(6)は、前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)とから構成されたものである、
ことから成ることを特徴とする重量吊上げ用フック装置。
【請求項2】 二股構造のフック(3)の後端部(32,32´)の空間内に配設されたロック(4)の端部(41)が、バネ体(5)の弾発によりフック支持体(1)の略中央部(13)に当接するものである請求項1に記載の重量物吊上げ用フック装置。
【請求項3】 ロック(4)の端部(41)が、フック支持体(1)の略中央部(13)に設けた凹部(14)に係合してロック状態となる請求項2に記載の重量物吊上げ用フック装置。
【請求項4】 ロック(4)の操作レバー(42)が、フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)により係合解除されたとき、フック(3)の後端部(32,32´)から突出するものである請求項2に記載の重量物吊上げ用フック装置。
【請求項5】 ロック(4)の操作レバー(42)が、フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)により係合解除され、かつ、フック(3)の背部(33)をフック支持体(1)の側部(15)の方向に反転回動させたとき、二股構造のフック(3)の後端部(32,32´)間の空間内に収納するものである請求項4に記載の重量物吊上げ用フック装置。
【請求項6】 抜去用ロック(6)が、フック支持体(1)側のワイヤー固定部(12)の近傍部位に配設された抜去用ロック本体(61)と、前記抜去用ロック本体(61)を係止するためのフック(3)側に配設された係止部(62)とから構成されるものである請求項1に記載の重量物吊上げ用フック装置。

5.甲第1号証〜甲第15号証の記載事項
甲第1号証〜甲第15号証には、以下の事項が記載ないし示唆されている。

(1)甲第1号証(特許第2833679号公報)
甲第1号証には、
(イ)上記「4.本件特許発明」に記載の【請求項1】〜【請求項6】の記載内容、
(ロ)「【問題点を解決するための手段】本発明を概説すれば、本発明は、吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ、重量物を吊上げるためのフック(F)において、前記フック装置(F)が、
(i).先端部に脱落防止部(11)、後端部にワイヤー固定部(12)を有するフック支持体(1)、
(ii).フック(3)の後端部(32,32')が二股構造であり、該二股構造の空間内に配置された前記フック支持体(1)の略中央部(13)を貫通し、該後端部(32,32')間に誇設した接合ピン(2)を介して前記フック支持体(1)に対して回動自在に配設されたフック(3)、
(iii).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるときに、前記フック支持体(1)と前記フック(3)をロック状態とするロック(4)であって、前記ロック(4)は、前記フック(3)の後端部(32,32')の二股空間内に配設されたものであり、
(iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は、前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき、
(iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、
(iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり、及び、
(v).前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに、前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって、前記抜去用ロック(6)は、前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)とから構成されたものである、ことから成ることを特徴とする重量吊上げ用フック装置に関するものである。」(段落【0011】)、
(ハ)「図1は、本発明の第一実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。図示されるように、フック装置(F)は、フック支持体(1) 、フック(3) 、ロック(4) 、抜去用ロック(6) の主要な構成要素から成る。なお、図1は、後述するようにフック(3) の後端部が二股構造になっているために、その一部を切欠いて二股空間部の構造を示しており、更にフック(3) がロック状態にあるときと略180゜反転回動させたときの状態を示している。」(段落【0015】)、
(ニ)「本発明のフック(3) は、ロック状態時に前記フック支持体(1) の脱落防止部(11)と共働して鉄板などの重量物が脱落しないようにするフック先端部(31)、フック背部(33)、及び前記フック支持体(1) の略中央部(13)を遊嵌させ、かつ後述するロック(4) を収納することができる十分な空間を有する二股構造のフック後端部(32,32')から成るものである。図示されるように、フック(3) は、二股構造の後端部(32,32')から背部(33)、先端部(31)に至る形状が所望のフック形状をしているものである。」(段落【0017】)、
(ホ)「本発明のフック装置の第1の大きな特徴点は、ロック(4) が解除されたとき、フック(3) の先端部(31)とフック支持体(1) の脱落防止部(11)との開口幅略180゜という極めて大きな開口幅に設定できるという点である。図1には、前記したようにロック(4) を解除、フック(3) が略180゜反転回動した状態が示されている。このような状態は、本発明において容易に達成することができる。即ち、ロック状態を解除、例えばロック(4) の操作レバー(42)をその自重にさからう方向に反転させてロック状態を解除すると、フック(3) は図示のように略180゜反転回動させることができる。その際、ロック(4) の操作レバー(42)は、フック支持体(1) の略中央部(13)の周側形状(円弧形状)の関係で反転角度が大きくなるとともにフック後端部(32,32')間の二股空間部に収納されるようになる。なお、本発明においては極力、開口幅を大きくするということから、フック(3) の背部(33)が、フック支持体(1) の側部(15)に当接できるようにすることが好ましい。(後略)」(段落【0019】)、
と記載されている。
また、これらの記載等を参酌すると、甲第1号証の【図1】には、
(ヘ)「フック先端部31の内側に接して描いた線分と、フック先端部31と対向するフックの内側に接して描いた線分とは、仮想略平行線をなしており、フック3とフック支持体1は、前記フック3とロック4のロックが解除されて前記フック3が前記フック支持体1の脱落防止部11に対して反転回動されたとき、前記フック支持体1の脱落防止部11が、前記仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、ワイヤー固定部12の中心と接合ピン2の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されている。」点が示唆されているものと認められる。

(2)甲第2号証(新村出編、「広辞苑 第2版」、株式会社岩波書店、昭和47年10月16日、第2版第6刷発行、第1249頁)
(イ)「「接す」とは、「直線もしくは曲線が、他の曲線と一点において接線を共有する。また曲面が他の曲面と一点において接平面を共有する」を意味する。」(【接す】の項参照)

(3)甲第3号証(本件特許第2833679号の願書に最初に添付した明細書及び図面)
(イ)「図1は、本発明の第一実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。図示されるように、フック装置(F)は、フック支持体(1) 、フック(3) 、ロック(4) 、抜去用ロック(6) の主要な構成要素から成る。なお、図1は、後述するようにフック(3) の後端部が二股構造になっているために、その一部を切欠いて二股空間部の構造を示しており、更にフック(3) がロック状態にあるときと略180゜反転回動させたときの状態を示している。」(段落【0015】)
(ロ)「本発明のフック(3) は、ロック状態時に前記フック支持体(1) の脱落防止部(11)と共働して鉄板などの重量物が脱落しないようにするフック先端部(31)、フック背部(33)、及び前記フック支持体(1) の略中央部(13)を遊嵌させ、かつ後述するロック(4) を収納することができる十分な空間を有する二股構造のフック後端部(32,32')から成るものである。図示されるように、フック(3) は、二股構造の後端部(32,32')から背部(33)、先端部(31)に至る形状が所望のフック形状をしているものである。」(段落【0017】)
(ハ)「本発明のフック装置の第1の大きな特徴点は、ロック(4) が解除されたとき、フック(3) の先端部(31)とフック支持体(1) の脱落防止部(11)との開口幅略180゜という極めて大きな開口幅に設定できるという点である。図1には、前記したようにロック(4) を解除、フック(3) が略180゜反転回動した状態が示されている。このような状態は、本発明において容易に達成することができる。即ち、ロック状態を解除、例えばロック(4) の操作レバー(42)をその自重にさからう方向に反転させてロック状態を解除すると、フック(3) は図示のように略180゜反転回動させることができる。その際、ロック(4) の操作レバー(42)は、フック支持体(1) の略中央部(13)の周側形状(円弧形状)の関係で反転角度が大きくなるとともにフック後端部(32,32')間の二股空間部に収納されるようになる。なお、本発明においては極力、開口幅を大きくするということから、フック(3) の背部(33)が、フック支持体(1) の側部(15)に当接できるようにすることが好ましい。(後略)」(段落【0019】)

(4)甲第4号証(平成8年3月22日付け意見書)、甲第4号証の1(平成8年3月22日付け手続補正書)
(イ)「前記、参考第2図には、フック内側から延びる線分(X線)、フック先端部内側から延びる線分(X1線)、及びフックを反転回動させた後、フック支持体と一体構造の脱落防止部の内側から延びる線分(Z線)が示されています。(中略)本願発明の重量物吊上げ用フック装置において、いずれの場合も、線分Z線がフック内側から延びる線分(X線)を越えるようにフック支持体の脱落防止部が反転回動できるものであります。別言すれば、本願発明のフック装置は、フック先端部とフック脱落防止部との間に形成される開口幅を極めて大きく設定できる構造のものであります。(中略)引用文献1のフックは、参考第4図〜第5図に示されるように、その構造上、Z線がX線を越えるまでに反転回動させることができません。別言すれば、引用文献1のフックにおいては、Z線がフックの開口幅(X-X1)の内部にあり、フック先端部と脱落防止部との間に形成される開口幅が極めて小さいものであります。」(甲第4号証の第6/11頁6行〜29行)
(ロ)「フック先端部の内側に接して描いた線分X1と、フック先端部と対向するフックの内側に接して描いた線分Xとは、仮想略平行線をなしており、フックとフック支持体は、前記フックとロックの係合が解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき、前記フック支持体の脱落防止部が、前記仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線X、X1とが略平行になるように配設されている。」(甲第4号証の参考第2図参照)
(ハ)「(iv)前記ロック(4)により前記フック支持体(1)と前記フック(3)のロック状態が解除されたとき、前記フック支持体(1)と前記フック(3)は、前記フック(3)が略180°反転回動し、前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係をとるものであり」(甲第4号証の1の第1/3頁14行〜17行)

(5)甲第5号証(平成10年2月17日付け補正案のファクシミリ)、甲第5号証の1(平成10年2月19日付けの応対記録)
(イ)「(iv)-1.前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して略180°反転回動されたとき、前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接するように配設され、かつ、
(iv)-2.前記フック(3)と前記フック支持体(1)の当接時に、前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設されたものであり、」(甲第5号証の第4/4頁6行〜13行)
(ロ)「審査官は、平成10年2月17日付け補正案につき、不備を指摘した。」(甲第5号証の1の第1/4頁参照)

(6)甲第6号証(平成10年6月29日付け補正案のファクシミリ)
(イ)「(iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は、前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき、
(iv-1).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、
(iv-2).前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されること、」(第9/10頁4行〜12行)

(7)甲第7号証(平成10年7月23日付け手続補正書)
(イ)「(iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は、前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき、
(iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、
(iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり、」(第1/2頁13行〜20行)

(8)甲第8号証(特許第2833671号の願書に最初に添付した明細書及び図面の1991年7月13日付けファクシミリ)
甲第8号証には、
(イ)「フック支持体(1)を所定の間隔をもった二枚の鋼板製とし、フック(3)を二枚の鋼板間で回動自在に配設したものである請求項1項に記載の重量物吊上げ用フック装置。」(【請求項8】)、
(ロ)「図1は、本発明の第一実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。(中略)図示のフック(3)は、その後端部(32)がフック支持体(1)に跨設されるように二また状になっているものである。」(第5頁14行〜26行)、
(ハ)「本発明のフック装置における最大の特徴は、ロック解除されたとき、フック先端部(31)と脱落防止部(11)との開口幅を大きくできるという点である。」(第6頁6行〜7行)、
(ニ)「図7は、本発明の第二実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。(中略)フック支持体(1’)は、図示される形状の二枚の鋼製板から成り、フック(3’)を狭持するものである。」(第7頁12行〜16行)、
と記載されている。
また、これらの記載等を参酌すると、甲第8号証の【図1】には、
(ホ)「フック先端部31の内側に接して描いた線分と、フック先端部31と対向するフックの内側に接して描いた線分とは、仮想略平行線をなしており、フック3とフック支持体1は、前記フック3とロック4の係合が解除されて前記フック3が前記フック支持体1の脱落防止部11に対して反転回動されたとき、前記フック支持体1の脱落防止部11が、前記仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、ワイヤー固定部12の中心と接合ピン2の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されている。」点が、
甲第8号証の【図7】には、
(ヘ)「フック3’とフック支持体1’は、前記フック3’とロック4’の係合が解除されて前記フック3’が前記フック支持体1’の脱落防止部11’に対して反転回動されたとき、前記フック支持体1’の脱落防止部11’が、前記フック3’の先端部31’の内側及び後端部32’の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、ワイヤー固定部12’の中心と接合ピン2’の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されている。」点が示唆されているものと認める。

(9)甲第9号証(本件特許発明のフック装置シリーズの最初のフックの見積図面)
(イ)図面には、「湾曲した「背部」、該背部の先端に設けた「先端部」、及び、該先端部の反対側に該背部に接続して設けられ後方に屈曲した二股構造の「後端部」からなる「フック」、並びに、先端部に「脱落防止部」、後端部に「ワイヤー固定部」及び中央部分に「接合ピン用孔」が設けられた「フック支持体」」が示唆されているものと認められる。

(10)甲第10号証(被請求人作成の、請求人及び被請求人間のやりとりの時系列説明)
(イ)「平成3年3月末ごろ・・・野口康夫氏の自宅にて・・・フックとロッドの設計図面を渡し、見積りと下請け製造メーカー探しを依頼しました。・・・
平成3年6月5日・・・野口氏の自宅を訪ね、・・・株式会社秋山(平成8年8月末日、廃業)を通じて・・・株式会社スーパーツール・・・へ、フック・ロッドの鍛造見積り書をしていたようで、株式会社秋山名義の見積り書が、のファクシミリで送られて来た物を貰いました。・・・
平成3年6月11日・・・株式会社スーパーツール・東京支店を訪ねました。・・・(当時、在職)取締役部長兼東京支店長辰己宏(当時、在職)東京支店・支店長代理村上光任・・・両氏が応対に出られ、フックの材質、製造個数、納期、支払い、入手ルート、特に売り渡し価格等の話合いを午後4時近くまで交渉を致しました・・・
平成3年7月13日・・・スーパーツール東京支店、安川氏より電話があり、パテント料の試算をしたいので、出願書類をスーパーツール本社、技術課の川口課長へFAXして欲しいと連絡してきましたので送りました。・・・
平成3年9月下旬・・・交渉は打切りとなりました。・・・
平成4年4月27日・・・野口商店にて、(株)秋山の営業の平井氏にスーパーツールへ渡っている図面を返すように連絡してもらいました。・・・
平成4年5月13日・・・スーパーツールから何の返事も無い為、東京支店の安部氏へ弊社から渡っている図面や出願書類を返却するようFAXしました。」
(平成3年3月末ごろ〜平成4年5月13日の項)

(11)甲第11号証(吉藤幸朔著、「特許法概説 第8版」、有斐閣、昭和63年5月20日、第8版第1刷発行、第74頁〜第77頁)
(イ)「特定人であったから発明を知ることができた場合においても、その後において秘密を守る義務が解除されたときは、彼はそのときから不特定人となり、したがって、彼の知っている発明は公然知られた発明となり3)、また彼がそれを使用すれば、公然実施をされた発明(次述(iv)参照)となる4)。特定人から不特定人への転換ということができよう。」(第75頁18行〜21行)
(ロ)「秘密にすべき関係 その発明について特に黙秘の義務を課せられた場合だけでなく、社会通念上又は商慣習上、秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ、かつ、これを期待することができると認むべき関係又は状況にある場合をも含むとすべきである。東京高判昭30.8.9行裁集6巻8号2007頁(精紡機事件)。特許庁審決昭44.5.10参考集(2)81頁(遠隔同調方式事件)は、上記趣旨を判示する。後者は、発注会社と受注会社の担当者のみが出席し、特別の技術内容を討議した打合会での出席者は、守秘義務があるとする。」(第75頁25行〜30行)
(ハ)「4)判決 東京高判昭49.6.18無体集6巻1号170頁(壁式建造物事件)は、「調査研究委託契約に基づき、委託者(出願人)が委託者に発明を実施して建てた住宅の所有権を譲渡するとともに各種の調査研究資料をも提供したことにより、それまでに有していた委託者の守秘義務は消滅したと認めるのが相当である。したがって、本願発明は本件住宅の譲渡及び使用により公然実施されたものであることが明らかである」旨を判示する。最高裁もこれを支持する(昭50.6.12取消集昭50年91頁)。」(第75頁34行〜第76頁2行)

(12)甲第12号証(実願昭61-163379号(実開昭63-67585号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和63年5月7日特許庁発行))
(イ)「本考案は自動はずしフックの改良に関し、」(第2頁4行)
(ロ)「図中1は、上部に吊下部2を設け、下部を下方に開いた二股状部分3とした吊垂本体であり、(中略)4は、(中略)フックの一時保持手段である。」(第6頁10行〜18行)
(ハ)「9は、上部を頭部10とし、下部をフック部11としてなるとともに、(中略)
頭部10先端内側にはフック部11の開放端12を略上方へ位置づけして前記一時保持手段4の係止用段部5に係止可能な係止突部13を設け、かつフック部11の開放端12対向側外縁にはフック部11下方向へ開放した係止段部14を設けて該二股状部分3に軸着したフックである。」(第6頁19行〜第7頁6行)
(ニ)「15は、該フック9の係止段部14に、フック部11の開放端12を略下方へ位置づけして係止しうる爪片16を先端にして該二股状部分3の前記一時保持手段4の下位に基端を軸着してなるフックの位置保持手段」(第7頁7行〜11行)
(ホ)「フック9は、頭部10先端内側の係止突部13を一時保持手段4の係止用段部5に係止させ」(第7頁13行〜14行)
(ヘ)「この吊下された自動はずしフックに対して、フック9の係止突部13を(中略)係止用段部5に係止させることによって、第1図並びに第3図の実線状態で示すようにフック部11の開放端12を略上方へ位置づけしてフック9を吊垂本体1に保持させる。」(第8頁14行〜20行)
(ト)「荷重を所定の位置に移動させて、地面等に下ろせば、(中略)第4図に示すようにフック部11の開放端12を略下方へ位置づけしてフック9の係止段部14に位置保持手段15の爪片16が係止するまで回動し、この回動終端または回動過程において荷重を懸吊したロープが離脱する。」(第9頁14行〜第10頁1行)

(13)甲第13号証(平成8年1月11日付け拒絶理由通知書)
(イ)「引用文献1には、先端部に脱落防止部、後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体、フックの後端部が二股構造であり、該二股構造の空間内に配置されたフック支持体の略中央部を貫通し、後端部間に誇設した接合ピンを介してフック支持体に対して回動自在に配設されたフック、フック支持体の脱落防止部とフックの先端部が略当接関係にあるとき、フック支持体とフックをロック状態とするロックであって、ロックはフックの後端部に二股空間内に配設されるものであり、フック支持体とフックのロック状態が解除されたとき、フックが略180°反転回動し、フックの背部がフック支持体の背部に略当接する関係位置をとるフック装置が記載されている。引用文献2には、フックがフック支持体に対して回動可能なフック装置において、フックがフック支持体の背部に向かって反転回動したときに位置関係を維持するための抜去用ロックを有し、抜去用ロックがフック支持体に配設された抜去用ロック本体とフックに配設された係止部から構成される点が記載されている。(中略)1.特開昭55-82814号公報 2.実願昭61-163379号(実開昭63-67585号)のマイクロフィルム」(請求項1の備考欄及び引用文献等一覧)

(14)甲第14号証(特開昭55-82814号公報)
(イ)「フック1はフック本体2とUリンク3とから成る。Uリンク3には閉鎖部材4がある。フック本体2とUリンク3は軸5を介して相互に回動可能に結合されている。本体2とUリンク3の間には停止装置6がある。」(第2頁左上欄最終行〜右上欄4行)
(ロ)「フック本体2は、第3図、7図、8図の実施例においてUリンク3を回動可能に収容するためにU字形の端部9を有する。該端部10と10の間にUリンク3が保持されている。」(第3頁右上欄11行〜14行)
(ハ)「停止装置6はボルト19から成り立っている。(中略)ボルト19はばね21の力が加わっており、このばね21はボルト19を閉鎖位置においてUリンク5と本体2の係合部22中で押圧する。」(第3頁右下欄1行〜8行)
(ニ)「第3図の態様がより詳細に示すように、停止装置6には調整部材7があり、この調整部材によって案内20におけるボルト19の軸方向移動が行われる。調整部材7は本質的に、連結部材24を介してボルト19に固定されているスライダから構成されている。」(第3頁右下欄13行〜18行)
(ホ)「スライダ7は手で動かし易いように特にフック1の外側に設けてある。スライダ7は、第1図のフックの場合にも設ける事が出来る。」(第4頁左上欄2行〜4行)

(15)甲第15号証(意匠登録第870522号公報)
(イ)「A-A線断面図」には、「フックの後端部が二股構造となっており、該二股空間内にロックが配設されている状態」が示唆されているものと認められる。
(ロ)「フックを開いた状態の正面図」には、「フックの背部がフック支持体の側部の方向に反転回動した状態」が示唆されているものと認められる。

6.対比・判断
(1)理由1(特許法第36条第4項、第5項違反)について
(a)フックにおける「後端部」の位置
本件特許発明のフックにおいて、「後端部」が示す範囲について、請求人は、平成13年2月27日付け口頭審理調書の添付図(本件特許明細書及び図面の【図1】に「A」を書き入れた図面)における線Aより上部の「二股構造」のみがフック後端部であると主張し、被請求人は、フック後端部は上記線Aの上部の部分から線Aより下部の部分まで及ぶと主張している(平成13年2月27日付け口頭審理調書を参照)。
そして、本件特許明細書及び図面には、フック後端部が「二股構造」であることは記載されているが、フック後端部の範囲が、上記線Aの上部に限定されるか下部まで及ぶかについて明確に説明している記載はない。
しかし、『二股』とは一般的に、「もとが一つで、末の二つに分れたもの」を指すと認められる(新村出編、「広辞苑」、第1978頁、株式会社岩波書店、昭和33年7月15日、第1版第5刷発行)。また、上記『二股』と同義である『二又』が、一つの状態である『もと』の部分と、間に空間を有して二つに分れた『末』の部分と、から構成されるものであることは、当業者にとって技術常識である(「JIS用語辞典 機械編」、財団法人日本規格協会、1984年8月25日第2版第1刷発行、第482頁の番号5910「二又」及び第493頁の付図57)。
そうすると、「二股構造」とは、二つに分かれた「末」の部分と二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分を有する構造と解される。そして、当該構造を上記口頭審理調書の添付図に当てはめてみると、上記線Aの上部は、後端部(32,32′)の二つに分かれた「末」の部分であり、上記線Aより下部(ただし、「背部(33)」は除く)は、二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分であると認められる。つまり、「二股構造」は、フック(3)の上記線Aの上部から上記線Aを越えて下方に延びた部分までを含む範囲に相当し、当該範囲がフックの「後端部」が示す範囲となると認められる。

(b)「仮想略平行線」について
上記「6.(1)(a)フックにおける「後端部」の位置」に記載したように、フックの「後端部」は、上記口頭審理調書の添付図における線Aよりも下部にまで及ぶものであると認められるから、当該後端部の線Aより下部であってフックの先端部(31)と対向する部分であるフックの後端部の内側に引いた接線と、フックの先端部(31)の内側に引いた接線とは、仮想略平行線を形成するものと認められる。
そして、本件特許明細書及び図面の【図1】をみれば、フック(3)がフック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき、脱落防止部(11)が上記仮想略平行線の内側に存在しないように配設されていること、及び、ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と上記仮想略平行線とが略平行になるように配設されていることは明らかである。
このことは、願書に最初に添付した明細書に記載されていた「ロック(4)が解除されたとき、フック(3)の先端部(31)とフック支持体(1)の脱落防止部(11)との開口幅略180°という極めて大きな開口幅に設定できる」という技術的事項を、先行技術との相違及び発明の構成に欠くことができない事項を明確にすることを目的として、最終的に(iv)-1及び(iv)-2記載の事項に補正したという、本件特許の願書に最初に添付した明細書から本件特許明細書に至る審査経過(「5.(3)甲第3号証〜(7)甲第7号証」の摘記事項を参照)からも窺える。

(c)特許法第36条第4項及び第5項第2号について
上記「6.(a)フックにおける「後端部」の位置」及び「6.(b)「仮想略平行線」について」に記載されたように、本件特許発明1ないし6の構成に欠くことができない事項である、(iv)-1及び(iv)-2は、発明の詳細な説明及び【図1】に当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に記載されている。したがって、本件特許発明1ないし6が、発明の詳細な説明に、当業者が容易に実施できる程度に構成を記載していたものでないとも、特許請求の範囲の記載が、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでないとも、することはできない。

(d)特許法第36条第5項第1号について
本件特許明細書及び図面の段落【0011】には、本件特許発明1ないし6の構成に欠くことができない事項である、
「(iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は、前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき、
(iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が、前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32')の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され、かつ、
(iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と、前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり、」
が記載されている(「5.(1)甲第1号証」の摘記事項(ロ)参照)。したがって、本件特許発明1ないし6が、発明の詳細な説明に記載されたものではない、とすることはできない。

(e)むすび
したがって、本件特許発明1ないし6についての特許は、特許法第36条第4項及び第5条第1〜2号の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである、という請求人の上記主張は採用できない。

(2)理由2(特許法第29条第2項違反)について
(a)要旨変更(平成10年7月23日付け手続補正の適否)について
本件特許の願書に最初に添付した明細書及び図面の、【図1】及びこの図を説明する段落【0015】、【0017】、【0019】の記載は、本件特許公報の【図1】、段落【0015】、【0017】、【0019】と同じ記載内容である(「5.(3)甲第3号証」の摘記事項(イ)〜(ハ)を参照)。
してみれば、上記「6.(1)理由1(特許法第36条第4項、第5項違反)について」で述べた如く、(iv)-1及び(iv)-2として記載された、本件特許発明の構成に欠くことができない事項は、本件特許の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載されていたと認められるから、平成10年7月23日付け手続補正は、明細書又は図面の要旨を変更するものではない。

(b)本件特許の出願日の認定
上記「6.(2)(a)要旨変更(平成10年7月23日付け手続補正の適否)について」に記載したとおり、平成10年7月23日付け手続補正は、明細書又は図面の要旨を変更することなく適正になされたものであるから、本件特許の出願日は、平成4年9月11日であるものと認める。

(c)甲第8号証及び甲第9号証の公知性
被請求人作成の、請求人及び被請求人間のやりとりの時系列説明(甲第10号証)及び平成13年2月27日付け口頭審理調書からみて、
(イ)本件特許発明のフック装置シリーズの最初のフックの見積図面(甲第9号証)は、請求人が製造見積もりを行うため、平成3年4月12日に、被請求人から請求人へ渡っていたこと、
(ロ)本件特許発明のフック装置シリーズの最初の特許第2833671号の願書に最初に添付した明細書及び図面のファクシミリ(甲第8号証)は、請求人が実施許諾の検討等のために被請求人に求め、平成3年7月13日に、被請求人から請求人に送付されたこと、
(ハ)上記見積図面、上記明細書及び図面の内容に関し、守秘義務についての取り決めはなかったこと、
(ニ)平成3年9月下旬に、請求人及び被請求人に間で行われてきた実施許諾についての交渉が決裂したこと、
(ホ)平成4年4月27日及び平成4年5月13日に、被請求人は、請求人に対して、上記明細書及び図面のファックスの返却を求めたこと、
以上の事実を認めることができる。
そして、発明の内容が、発明者のために秘密を保つべき関係にある者に知られたとしても、特許法第29条第1項第1号にいう「公然知られた」には当たらないが、この発明のために秘密を保つべき関係は、法律上又は契約上秘密保持の義務を課せられることによって生じるほか、社会通念上又は商慣習上、発明者側の明示的な指示や要求がなくとも、秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ、かつ、期待される場合において生じるものであったというべきである。なぜなら、本件特許発明の実施許諾の交渉が行われていた当時においても、他者の営業秘密を尊重することは、一般的にも当然のこととされており、まして、発明の実施許諾交渉の当事者間においては、そのことがより妥当するものであったとされていたからであり、発明の実施許諾交渉の際に、発明者側において、その発明につき秘密を保持すべきことをいちいち相手側に指示又は要求し、相手側がそれを理解したことを確認するような過程を経なければ、当該発明の内容を相手側に開示できないとすれば、発明の実施許諾交渉の円滑迅速な遂行を妨げ、当事者双方の利益にも反することになったからである。
したがって、発明の実施許諾交渉を行う際には、当事者間において格別の秘密保持に関する合意又は明示的な指示や要求がなくとも、当事者が当該発明の内容を第三者に開示しないことが暗黙のうちに求められることは、十分あり得ることであるから、このような場合には、当事者は、社会通念上又は商慣習上、当該発明の内容につき秘密を保つべき関係に立つものといわなければならない。
本件に照らしてみるに、本件特許発明のフック装置シリーズの最初のフックの見積図面が、被請求人から請求人へ渡った当時、また、被請求人が請求人に対して、本件特許発明のフック装置シリーズの最初の特許第2833671号の願書に最初に添付した明細書及び図面をファクシミリにより送付した当時、上記見積図面並びに上記明細書及び図面の内容は、不特定人に公開されたものではないから、公然知られていない発明に当たるものである。また、本件特許出願発明の実施許諾の交渉に際して、請求人及び被請求人の間で、上記見積図面並びに上記明細書及び図面の内容についての秘密を保つ旨の取り決めはなかったものの、秘密を解除してよいとの合意や確認もなく、しかも、上記見積図面は製造見積もりのために請求人に渡ったものであり、上記明細書及び図面の送付は、実施許諾等の検討を目的として請求人から被請求人に要請したことからみると、請求人が社会通念上又は商慣習上からも秘密扱いとすることを期待し信頼して、被請求人が、上記見積図面を請求人へ渡し、また、上記明細書及び図面を請求人に送付したものと推認するのが相当である。また、実施許諾の交渉決裂後、被請求人が請求人に対して、当該見積図面並びに当該明細書及び図面のファクシミリの返却を求めたことからも、被請求人は秘密扱いとすることを請求人に期待していたことが窺える。
したがって、本件特許発明の実施許諾交渉の決裂後においても、被請求人は秘密保持の義務を有していたものと認められる。(なお、東京高裁平成11年(行ケ)第368号判決を参照。)
よって、甲第8号証及び甲第9号証に記載された発明は、本件特許出願前に日本国内で公然知られた発明であるとすることはできない。

(d)甲第15号証の公知性
上記「6.(2)(b)本件特許の出願日の認定」で述べたように、本件特許の出願日は、平成4年9月11日であり、一方、甲第15号証は平成5年6月17日発行のものであるから、甲第15号証に記載された発明は、本件特許出願前に日本又は外国において頒布された刊行物に記載された発明ではない。

(e)本件発明と甲第12号証及び甲第14号証記載の発明との対比判断
(イ)本件特許発明1について
上記「6.(2)(c)甲第8号証及び甲第9号証の公知性」及び「6.(2)(d)甲第15号証の公知性」に記載したとおり、甲第8号証、甲第9号証及び甲第15号証記載の発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物ではなく、特許法第29条第1項各号に規定する発明に該当しないため、本件特許発明1と甲第12号証及び甲第14号証記載の発明とのみ対比判断を行う。
甲第12号証に記載された発明は、甲第12号証の第4図からみて明らかなように、本件特許発明1の構成要件(iv)-1及び(iv)-2に相当する構成である、フック9が吊下本体1の抜け止め片に対して反転回動されたとき、抜け止め片19がフック9の先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設される構成、及び、吊下部2の中心と吊下本体1とフック9との軸着部の中心を結ぶ線分と、フック9の先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線とが略平行になるよう配設された構成を有していない。さらに、爪片16は、荷重懸吊用ロープをフックから離脱させるのに用いられるものであり、本件特許発明1の構成要件(v)のようなフック装置の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロックではない(「5.(12)甲第12号証」の摘記事項(ト)を参照)。
また、甲第14号証に記載された発明は、本件特許発明1の構成要件(iv)-1及び(iv)-2に相当する構成である、フック本体2が閉鎖部材4に対して反転回動されたとき、閉鎖部材4がフック本体2の先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設される構成、及び、Uリンク3の閉鎖部材4が設けられていない方の端部の中心と軸5の中心を結ぶ線分と、フック本体2の先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線とが略平行になるように配設された構成を有していない。さらに、本件特許発明1の構成要件(v)のようなフック装置の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロックに相当する構成も有していない。
してみれば、甲第12号証及び甲第14号証のいずれにも、本件特許発明1の構成に欠くことができない事項である、(iv)-1、(iv)-2及び(v)の「前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに、前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)」の構成についての記載がないものと認められる。また、甲第12号証及び甲第14号証に、上記構成を示唆する記載があるとも認められない。
そして、本件特許発明1は、上記構成を備えたことにより、脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より大きくすることができ、フックの脱着を容易に行うことができるという効果を奏するものである。
したがって、本件特許発明1は、甲第12号証及び甲第14号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ロ)本件特許発明2ないし6について
本件特許発明2ないし6は、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、上記本件特許発明1についての判断と同様の理由により、甲第12号証及び甲第14号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(f)むすび
したがって、本件特許発明1ないし6についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、特許を無効とすべきである、という請求人の主張は採用できない。

7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-03-29 
結審通知日 2001-04-13 
審決日 2001-04-24 
出願番号 特願平4-267923
審決分類 P 1 112・ 531- Y (B66C)
P 1 112・ 534- Y (B66C)
P 1 112・ 121- Y (B66C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中島 昭浩  
特許庁審判長 西川 恵雄
特許庁審判官 栗田 雅弘
清田 栄章
登録日 1998-10-02 
登録番号 特許第2833679号(P2833679)
発明の名称 重量物吊上げ用フック装置  
代理人 森 義明  
代理人 水野 喜夫  

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