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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B32B
管理番号 1081323
異議申立番号 異議2000-74490  
総通号数 45 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1993-02-23 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-12-15 
確定日 2003-05-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3053669号「熱線遮断膜」の請求項1ないし5に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3053669号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3053669号の請求項1〜4に係る発明についての出願は、平成3年7月5日に出願(優先日:平成2年11月27日 特願平2-321273号 国内優先権主張出願 日本)され、平成12年4月7日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、特許異議申立人 日本板硝子株式会社及び加藤澄江より特許異議の申立てがなされ、平成13年3月30日付け取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成13年6月12日に意見書が提出されるとともに、訂正請求がなされ、その後、訂正拒絶理由が通知され、その指定期間内である平成14年6月13日に手続補正書が提出されたものである。

2.訂正の適否についての判断
2-1.訂正請求に対する補正の適否について
特許権者は、手続補正書により訂正請求書の(3)訂正の要旨の訂正事項dを削除する補正をするものであり、当該訂正請求に対する補正は、訂正請求書の要旨を変更するものでなく、特許法第120条の4第3項において準用する同法第131条第2項の規定に適合する。
なお、手続補正書(2)の「(3)訂正の趣旨の丸3訂正事項dを削除する。」との記載において、趣旨は「要旨」、丸3の表記が丸4の誤記であることは明らかであるから、上記のとおり解し、判断した。(丸付き数字は、丸n(nは数字)と標記した。)

2-2.訂正の内容
特許権者が求めている訂正の内容は、以下の訂正事項a.ないしc.のとおりのものである。
訂正事項a.:
特許請求の範囲の請求項1に係る記載の「基体上に酸化物膜、・・・ことを特徴とする熱線遮断膜。」を、「基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、膜厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜。」に訂正する。
訂正事項b.:
特許請求の範囲の請求項2を削除し、特許請求の範囲の「請求項3」を「請求項2」に訂正するとともに、旧請求項3における「請求項2記載の」を「請求項1記載の」に訂正し、
特許請求の範囲の「請求項4」を「請求項3」に訂正するとともに、旧請求項4における「請求項2記載の」を「請求項1記載の」に訂正し、
特許請求の範囲の「請求項5」を「請求項4」に訂正するとともに、旧請求項5における「請求項1、2、3または4記載の」を「請求項1、2または3記載の」に訂正する。
訂正事項c.:
明細書の【0006】に係る記載の「【課題を解決するための手段】
本発明は、上述の課題を解決すべくなされたものであり、・・・ことを特徴とする熱線遮断膜を提供する。」という記載を、
「【課題を解決するための手段】
本発明は、上述の課題を解決すべくなされたものであり、基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、膜厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜。」に訂正する。
なお、訂正事項c.において、訂正前の「【課題を解決するための手段】」という記載を含めて「本発明は、・・・熱線遮断膜。」と訂正するとしているが、「【課題を解決するための手段】」という記載を誤って削除してしまったものと認められるので、当合議体の職権で「本発明は、・・・」の前に「【課題を解決するための手段】」という項を加筆し、訂正の内容とした。

2-3.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記訂正事項a.に関する記載として、願書に添付した明細書(以下、「特許明細書」という)の発明の詳細な説明の、段落【0010】には、「酸化物膜(B)の膜厚は、特に限定されないが、熱線遮断膜全体の色調、可視光透過率を考慮すると、200Å〜700Åが望ましい。」、段落【0011】には、「酸化亜鉛は、薄い膜に分割して酸化亜鉛1層の膜厚を薄くしたほうが、膜の周辺からの酸の影響に耐えやすい。したがって、具体的な膜構成としては、ZnO/SnO2 /ZnOや、SnO2 /ZnO/SnO2 のような3層系や、ZnO/SnO2 /ZnO/SnO2 /ZnOや、SnO2 /ZnO/SnO2 /ZnO/SnO2 のような5層系、同様に交互に積層した7層系、9層系などのように構成して、酸化亜鉛1層の膜厚を200Å以下、好ましくは180Å以下とするのがよい。特に好ましくは100Å以下として上記5層系で構成するのが望ましい。」と記載されていることから、酸化物膜(B)の膜厚を、「膜厚が200〜700Å」、交互に積層された3層以上からなる「多層膜」」に限定する訂正、また、酸化亜鉛を主成分とする膜の膜厚を、「膜厚が200Å以下」と限定する訂正は、願書に添付された明細書に記載された事項の範囲内において酸化物膜(B)を限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当するものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項b.の、訂正前の請求項2を削除する訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当するものであり、また、訂正前の請求項3、4及び5の請求項番号を繰り上げてそれぞれ請求項2、3及び4に訂正するとともに、引用請求項番号を整合させる訂正は、明りょうでない記載の釈明に該当するものであって、ともに新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項c.は、上記特許請求の範囲請求項1〜請求項4の訂正に整合させるために特許明細書を訂正するものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とする特許明細書の訂正に該当するものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

2-4.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する平成六年法改正前の第126条第1項ただし書き、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件特許発明
上記2.において詳述したように訂正は認められるから、本件特許第3053669号に係る発明は、平成14年6月13日付け手続補正書に補正された平成13年6月12日付け訂正請求書により訂正された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし請求項4に記載された事項により特定されるとおりのものと認める。
「【請求項1】
基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、膜厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜。
【請求項2】
前記酸化物膜(B)は、酸化亜鉛を主成分とする膜、酸化錫を主成分とする膜、酸化亜鉛を主成分とする膜、と交互に積層された3層、5層、7層、または9層からなる多層膜を有することを特徴とする請求項1記載の熱線遮断膜。
【請求項3】
前記酸化物膜(B)は、酸化錫を主成分とする膜、酸化亜鉛を主成分とする膜、酸化錫を主成分とする膜、と交互に積層された3層、5層、7層、または9層からなる多層膜を有することを特徴とする請求項1記載の熱線遮断膜。
【請求頂4】
前記金属膜(A)はAgを主成分とする金属膜であることを特徴とする請求項1、2または3記載の熱線遮断膜。」

4.特許異議申立ての理由の概要
(1)特許異議申立人 加藤 澄江(以下、「申立人A」という)は、証拠として下記甲第1〜第7号証を提出し、訂正前の本件請求項1、5に係る発明(以下、「本件発明1又は5」という)は、甲第1、2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、
また、訂正前の本件請求項1〜5に係る発明(以下、本件発明1〜5という)は、甲第1〜第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、取り消されるべきものである旨の主張をしている。

甲第1号証:特開昭59-76534号公報(以下、刊行物1という)
甲第2号証:特開平2-239135号公報(以下、刊行物2という)
甲第3号証:特開昭63-134232号公報(以下、刊行物3という)
甲第4号証:特開昭56-51354号公報(以下、刊行物4という)
甲第5号証:特開昭61-111940号公報(以下、刊行物5という)
甲第6号証:特公昭59-7351号公報(以下、刊行物6という)
甲第7号証:早川茂他1名著「薄膜化技術」,第148〜153頁,共立出版株式会社,1988年4月5日(以下、刊行物7という)
参考資料:実験報告書

(2)特許異議申立人 日本板硝子株式会社(以下、「申立人B」という)は、証拠として下記甲第1〜第5号証を提出し、訂正前の本件請求項1、5に係る発明(以下、「本件発明1又は5」という)は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、
また、訂正前の本件請求項1〜5に係る発明(以下、本件発明1〜5という)は、甲第1〜第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、取り消されるべきものである旨の主張をしている。

甲第1号証:特開昭59-76534号公報(申立人Aの甲第1号証に同じ)
甲第2号証:特開昭62-41740号公報(以下、刊行物8という)
甲第3号証:特開昭61-111940号公報(申立人Aの甲第5号証に同じ)
甲第4号証:特開昭55-16555号公報(以下、刊行物9という)
甲第5号証:”Crystallographic Character of ZnO Thin Film Formed at Low Sputtering Gas Pressure”,Japanese Journal of Applied Physics Vol.21,No.2,February,1982,pp264-271および翻訳文(以下、刊行物10という)

(3)各刊行物(甲第各号証)の記載事項
刊行物1:
(1-a)「本発明は透明基板上の低放射率コーテイングに関するものであり、特に銀層と上に在る金属酸化物の抗反射層とを有する低放射率銀コーテイングおよびこの種のコーテイングの製造に開するものである。」(第3頁左上欄16〜20行)
(1-b)「上記のような抗反射金属酸化物層の間にはさまれた銀層から成る銀コーテイングは伝導率が高いだけでなく、放射率が低く、すなわち、短波赤外線および可視光線を通り抜ける間に入射する大部分の赤外線を反射する。」(第3頁右下欄9〜13行)
(1-c)「銀層上の抗反射金属酸化物層は、可視光吸収が低い金属酸化物から成ることが好ましく、例えば、酸化スズ、酸化チタン、酸化亜鉛、・・・が好ましい。この理由は、これらが与える抗反射性の他に、耐久性が良く、機械的損傷から保護された銀層を与えるために役立つからである。・・・。所望により、単一の金属酸化物層を使用する代りに、全体の厚さが何じような、すなわち、通常は10〜80nm、特に20〜60nmの異なる金属酸化物の2層またはこれ以上の一連の層を用いることができる。」(第5頁右上欄8行〜同頁左下欄8行)
(1-d)「実施例3 厚さが4mmの一枚のフロートガラスをコーティングのために用意して洗浄後乾燥し、・・・スズ陰極からガラス表面に、酸化スズを反応的にスパッターし、30nm厚さの酸化スズ層を与えた。次いで、・・・酸化スズの上に酸化亜鉛を反応的にスパッターし、15nm厚さの酸化亜鉛層を与えた。次いで、・・酸化亜鉛の上に・・・銀層をスパッターし・・・銅をスパッターした。最後に、それぞれ15nm厚さと30nm厚さの酸化亜鉛および酸化スズの層を、2.5×10-3トルにて酸素雰囲気の存在で金属陰極から銅の上に順に反応的にスパッターした。得られた被覆生成物は放射率が0.08、光透過率が80%であつた。」(第7頁左下欄15行〜同頁右下欄15行)
(1-e)「1. 連続して、(i) 透明なガラスまたはプラスチツクの基板の上に、5〜30nm厚さの銀の層をスパツターし、(ii) 銀の上に、0.5〜10nm厚さの層に等しい量の銀とは別の追加の1種または複数種の金属をスパツターし、(iii) 銀および追加の金属の上に、酸素または酸化ガスの存在で、1または複数の抗反射金属酸化物層を反応的にスパツターする各工程から成る陰極スパツターによつて、透明なガラスまたはプラスチツク材料の基板上に低放射率コーテイングを製造する方法。
8. 1または複数の抗反射層を、銀の層をスパツターする前に基板の上にスパツターする特許請求の範囲第1〜7のいずれか1項記載の方法。
9. 銀の層の前にスパツターした抗反射層が酸化スズ、酸化チタン、(随意に酸化スズを用いてドープした)酸化インジウム、酸化ビスマスまたは酸化ジルコニウムである特許請求の範囲第8項記載の方法。
10. 銀の層の前にスパツターした1または複数の抗反射金属酸化物層の全厚が20〜60nmである特許請求の範囲第8または9項記載の方法。
12. (a)ガラス基板の上に、酸素または酸化ガスの存在でスズの反応性スパツターによつて30〜50nm厚さのSnO2の抗反射層を溶着し;(b) 前記抗反射層の上に8〜12nm厚さの銀層をスパツターし;(c) 前記銀層の上に1〜5nm厚さの銅層に等しい量の銅をスパツターし;次いで(d)酸素または酸化ガスの存在で、スズの反応性スパツターによつて30〜50nm厚さのSnO2の抗反射層を形成するようにコーテイングに溶着する各工程から成る陰極スパツターによつて、透明なガラス基板上に低放射率コーテイングを製造する方法。」(特許請求の範囲第1、8、9、10及び12項)

刊行物2:
(2-a)「1. 透明下部被覆及び透明上部被覆の間にサンドイッチされた銀の反射層を有する多層被覆を担時するガラス材料の基体において、銀層に対する下部被覆が金属酸化物の少なくとも一つの層を有し、銀層に対する上部被覆が、チタン、アルミニウム、不銹鋼、ビスマス、錫及びそれらの二つ以上の混合物からなる群から選択した犠牲金属の酸化物の層・・・、15nm以下の厚さを有する酸化亜鉛の層、及び酸化錫、酸化ビスマス・・・及びそれらの二つ以上の混合物からなる群から選択した金属酸化物の最上部上被覆層を含有することを特徴とする被覆基体。
3. 下部被覆が二つ以上の異なる金属酸化物を含有する請求項1又は2記載の被覆基体。
6. 上部被覆の酸化亜鉛層が5〜15nmの範囲の厚さを有する請求項1〜5の何れかに記載の被覆基体。
8. 下部被覆が銀層の直ぐ下に付着した酸化亜鉛の層を含む請求項1〜7の何れかに記載の被覆基体。
16. 上部被覆が酸化亜鉛層と前記最上層の間に付着させた酸化錫の層を含み、かかる最上層が二酸化チタンの層である請求項1〜15の何れかに記載の被覆基体。」(特許請求の範囲請求項1、3、6、8、及び16)
(2-b)「しかしながら添加材料の選択、及びそれらをガラスに付与する順序には複雑な問題がある。何故なら選択した材料にとつて一つの品質を改良する傾向があるが一つ以上の他の品質を低下させる傾向があるからである。これはひいてはかかる他の品質についての悪い効果を修正するため更に別の層を要求することになる。」(第3頁下左欄5〜12行)
(2-c)「本発明は、腐蝕に対し銀を保護するばかりでなく、ガラス材料自体及び銀層の性質によりその上に与えられる如きガラスの光学的性質に悪い影響をもたらすことのないように、銀反射層を有するガラスシートのための保護層の組合せを設ける問題の解決を目的としている。」(第4頁上右欄6〜11行)
(2-d)「上部被覆中の犠牲金属上の酸化亜鉛のこの薄層の位置も重要である。別の要因は酸化亜鉛が犠牲バリヤー層を通つて拡散し、銀の不動態化を行いうることにある。又酸化亜鉛の存在は、犠牲金属の酸化が完了する間銀の酸化が避けられるように、犠牲金属の酸化を増強する。前記酸化亜鉛層は非常に緊密であり、大気酸素が銀層へと侵入することを実質的に防止するよう形成できる。」(第5頁上左欄2〜10行)
(2-e)「前述した限定された厚さを有する酸化亜鉛の上部被覆層は良好な光透過性を有し、又その下の層への酸素の侵入に対するバリヤーとしても作用する。金属酸化物の最上層は高度に透明で非反射性であり、下層に対し、良好な耐化学性及び耐候性を有する保護バリヤーを提供する。」(第6頁上右欄18行〜下左欄4行)
(2-f)「被覆の犠牲金属層上の酸化亜鉛の層の有利な効果は、この酸化亜鉛層を本発明の本質的な特長にする。それにも拘らず、酸化亜鉛の一定の負の特長は、酸化亜鉛の全量をできる限り低く保つことを必要とする。例えば酸化錫と比較すると、酸化亜鉛は化学的抵抗に劣り、耐候性に劣る傾向がある。例えば、酸化亜鉛の層を含む被覆は、たとえ、不透明化層を酸化亜鉛の上に置いても、ガラス材料の基体の外面のために一般には使用できない・・・これらの層は大気条件に耐性がないからである。・・・二重ガラスパネルの内面に使用するだけの用途を有するにすぎない。」(第6頁右下段10行〜第7頁上左欄4行)
(2-g)「本発明は、上部被覆酸化亜鉛層の厚さを選択するに当つて、隣接層に対し良好な保護を与えるのに要する最低の量と、被覆に物理的弱さと化学的反応性を導入することを避けるための最大量との間のバランスに衝突する。・・・最大の許容しうる厚さ15nmであり、・・・最も好ましい厚さは7〜13nmの範囲である。」(第7頁下左欄6〜13行)
(2-h)「好ましくは上部被覆は、前記酸化亜鉛層及び前記最上部層の間に付着させた酸化錫を含有する、かかる最上部層は二酸化チタンである。・・・別の中間層は被覆のすぐ下の層に摩耗に対する追加の保護を与え、上部被覆中の他の金属酸化物の厚さを比例的に減ずるならば、それは被覆の光学的性質を著しく変えることはない。・・・酸化亜鉛及び酸化錫は、相互に実質的に同じ屈折率を有する、従って光学的見地からは層の厚さにおいて何ら調整することなく相互に交換することができる。」(第8頁下左欄2〜18行)
(2-i)実施例においては、上部被覆層として二酸化チタンに変換するためのチタン/酸化亜鉛/酸化錫の例(実施例2)と、二酸化チタンに変換するためのチタン/酸化亜鉛/酸化錫/二酸化チタンの例(実施例1,3)が示されている。(第9〜10頁、実施例1〜3)

刊行物3:
(3-a)「透明基板上に基板側から順次透明酸化物の第1層、銀の第2層、透明酸化物の第3層、銀の第4層、透明酸化物の第5層からなる5層コーティングが設けられた赤外反射物品において、該銀層の厚みが110Å以下であり、可視光線透過率が70%以上であることを特徴する高透過率を有する赤外反射物品。」(特許請求の範囲)
(3-b)「実施例1 ガラス基板を真空槽にセットし、・・・基板上に第1層としてZnOの膜を形成した。・・・第2層としてAgの膜を形成した。・・・次いで、第1層と同じ条件でZnOの第3層を約800Å形成した。次いで第2層と同じ条件でAgの第4層を約100Å形成した。次いで第1層と同じ条件でZnOの第5層を約400Å形成した。」(第3頁上右欄17行〜下左欄11行)

刊行物4:
(4-a)「(1) 透明な成形物基板の少なくとも片面に、金属薄膜層を含む選択透過膜を設け、成形物基盤との反対側の該選択透過膜の上に中間層及び有機物系の透明保護層を設けてなる積層体において、前記中間層が次式 R1Si(OR2)3 ・・・ で表される有機シラン化合物からなることを特徴とする積層体。」(特許請求の範囲第1項)
(4-b)「本発明は耐久性の優れた選択的光透過性の積層体に関する。選択的光透過性積層体は、例えば可視光に対しては透明であるが、遠赤外線に対しては反射能を有するものである。」(第1頁下右欄4〜8行)
(4-c)「本発明において、可視域での透過率を高めるため、あるいは接着性改善のため、透明高屈折率を持つ誘電体薄層を金属薄膜層の上に積層することができる。ここに、高屈折率誘電体とは・・・二酸化チタン,・・・酸化スズ,・・・酸化亜鉛・・・等が挙げられる。この中でも、一酸化チタン、・・・酸化亜鉛が透明性や膜形成速度の点より好ましく」(第3頁上左段19行〜同頁上右段12行)

刊行物5:
(5-a)「1 (a)透明な非金属基材と、(b)該基材表面上に付着された亜鉛とスズとからなる合金の酸化反応生成物からなる透明な第1の透明フィルムと、(c)該第1の合金酸化物フィルム上に付着された透明な金属フィルムと、(d)該金属フィルム上の付着された亜鉛とスズとからなる合金の酸化反応生成物からなる第2の透明フィルムとからなる高透過率で低放射率の製品。」(特許請求の範囲第1項)
(5-b)「通常用いられる金属酸化物フィルムのうちで、酸化亜鉛と酸化ビスマスとは充分には耐久性がなく、酸及びアルカリの両方に可溶であり、・・・酸化スズもまたより一層の耐久性を有するが、銀フィルムの核生成に好適な表面を与えず、高抵抗でかつ低透過率となる。」(第5頁上右欄14行〜同頁下左欄6行)

刊行物6:
(6-a)「ガラス基板上に酸化亜鉛薄膜を20ミクロンの厚みに形成すると、酸化亜鉛の結晶構造による応力がガラス基板に加わり、ガラスが割れる場合があり、膜厚を十分に大きくとることが困難であった。この原因は、酸化亜鉛の結晶構造によるものと考えられる。酸化亜鉛は酸素と亜鉛が共有結合(II-IV結合)により結合し、その結果は六方晶系である。・・・酸化亜鉛の結晶軸配向性が悪くなるとともに、応力が増大し、膜厚が大きくなるとその応力にガラスが耐えられずに割れるものと考えられる。・・・ガラスが割れないようにするためには、酸化亜鉛薄膜の応力がガラスに影響しないようにすることが必要である。」(第1頁2欄16〜36行)
(6-b)「本発明は、上記のような応力を緩衝する酸化亜鉛薄膜を得ることを目的とし、・・・ガラス基板11上に酸化亜鉛12を多層に形成し、酸化亜鉛12の間には他の物質の層13を形成した酸化亜鉛薄膜を得るものである。」(第1頁2欄37行〜第2頁3欄6行)
(6-c)「上記の酸化銅の層によって酸化亜鉛の結晶構造による応力を和らげ吸収してガラス基板に及ばないようにするものである。その層を形成する材料はいかなるものでも良いが、・・・銅、マグネシウム、カルシウム等が良い。」(第2頁4欄1〜7行)

刊行物7:
(7-a)「6.2酸化物薄膜の形成 A. ZnO圧電薄膜」の章に、「ZnO結晶は六方晶形で、c軸が基板に垂直に成長すると、六方晶形の(0001)面が表面に現れる。・・・図6.1にその結晶構造を示す。」(第149頁第4〜6行)
(7-b)「(1)c軸配向膜 ガラス板のような非晶質の基板を用い、高周波スパッタで蒸着する。この場合、スパッタ蒸着中の基板の温度を100〜200℃程度に保つと、c軸配向した多結晶のZnO薄膜が成長する。」(第150頁第12〜14行)
(7-c)「図6.6に示すように、基板位置をアノード中央部をさけて配置する8,55)。この場合、基板をターゲットの側面においてもよい。また、図6.7に示すような同心球電極構造にしても、再現性よくc軸配向膜が形成される。」(第153頁3〜5行)
(7-d)図6.6と図6.7には、スパッタ装置の電極構造とZnOスパッタ膜のX線回折パターンと題し、ZnOスパッタ膜のX線回折パターンが示され、六方晶ZnOの(002)回折線の回折角2θの値がほぼ34°と35°の間にあることが示されている。(図6.6、図6.7)

刊行物8:
(8-a)「(1)ガラス板の表面に金属酸化物からなる第1層を直流スパッタリングによって形成し、この第1層の表面に無酸化雰囲気において直流スパッタリングを施すことで貴金属からなる第2層を形成し、更に第2層の表面に金属酸化物をターゲットとし無酸化雰囲気若しくは酸素分圧が低い雰囲気において直流スパッタリングを施すことで金属酸化物からなる第3層を形成するようにしたことを特徴とする熱線反射ガラスの製造方法。
(3)前記第1層及び第3層を構成する金属酸化物は酸化スズ、酸化スズを含む酸化インジウム、酸化亜鉛、・・・前記第2層を構成する貴金属は銀、金、銅・・・ことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項のいずれかに記載の熱線反射ガラスの製造方法。」(特許請求の範囲第1、3項)
(8-b)実施例の欄には、ガラス板の表面に、金属酸化物からなる第1層としてAl2O3を含むZnO層、貴金属からなる第2層としてAg層、金属酸化物からなる第3層としてAl2O3を含むZnO層を形成した例が記載されている(第2頁左下欄18行〜第3頁右下欄1行)

刊行物9:
(9-a)「酸素を含む雰囲気中で亜鉛または酸化亜鉛をスパッタする酸化亜鉛薄膜の製造方法において、亜鉛と同時にリチウム及び亜鉛よりイオン半径の小さい3価以上の金属をスパッタして、リチウム及び該金属を含む酸化亜鉛薄膜を得ることを特徴とする酸化亜鉛薄膜の製造方法。」(特許請求の範囲)
(9-b)弾性表面波装置に用いる圧電材料の酸化亜鉛薄膜において、「このガラスが割れる原因を調べてみると、酸化亜鉛薄膜の結晶構造にその原因のあることが分つた。酸化亜鉛は六方晶系の構造で、酸素と亜鉛が交互に層を成しており、そこに過剰な酸素が入り込むと結晶構造に歪みを生ずる。この歪みが内部応力となつてガラス基板に加わり、ガラス基板が割れるものである。・・・過剰な酸素を除去すれば良いが、今度はガラス基板と酸化亜鉛薄膜の密着性が悪化し、剥離するようになった。・・・結晶構造の歪みを緩和して内部応力を減少させながら、ガラス基板との密着性を十分維持した酸化亜鉛薄膜を得ることを目的とするものである。」(第2頁上左欄6行〜上右欄2行)
(9-c)「本発明は、歪みを吸収するために亜鉛よりもイオン半径の小さい3価以上の元素を含む酸化亜鉛薄膜を製造するものである。・・・亜鉛のイオン半径0.71Åに対して、リチウムは0.68Å・・・ホウ素B、アルミニウムAl、シリコンSiであり、・・・亜鉛のそれよりも小さい。・・・内部応力を緩和できることにもなる。」(第2頁上右欄15行〜同頁下左欄12行)

刊行物10:
(10-a)「酸化亜鉛薄膜は、超音波変換器・・・良く材料である。・・・多くの種類の基板上にZnO薄膜が形成されている。ZnO薄膜を形成する際の重要な点は、通常はある分布角度の範囲内で基板に垂直であるc軸配向性を制御することである。・・・知られたこの論文は、ZnO薄膜のc軸配向性及びその他結晶の特性に対する、膜厚及びスパッタリングガス圧の影響に関するものであり、これによりc軸がその配向性について(影響を)受ける機構についても考察する。」(部分訳文第1頁3〜15行)
(10-b)「しかし、スパッタリングガス圧を4×10-2Torr,他の条件を上記と同様とすると、ZnO薄膜は剥がれなかった。この結果から、スパッタリングガス圧を5×10-3Torrとして形成したZnO薄膜は、スパッタリングガス圧を4×10-2Torrとして形成したZnO薄膜よりも大きな内部応力を有し、この内部応力が圧縮であるということが結論づけられた。」(同上第2頁8〜12行)

5.当審の判断
5-1.申立人Aの特許異議申立てについて
5-1-1.特許法第29条第1項第3号違反について
(1)本件発明1と刊行物1記載の発明
刊行物1には、摘示記載(1-a)〜(1-f)の記載によれば、
「透明なガラスまたはプラスチック材料の基板上に、1種または複数種の抗反射金属酸化物層を形成し、当該金属酸化物層上に銀層及び追加の金属層を形成し、当該銅層の上に異なる金属酸化物(酸化亜鉛及び酸化スズ)の2層またはこれ以上の一連の層からなる、全厚みが20〜60nmの抗反射金属酸化物多層膜を形成してなる低放射率コーテイングを形成した基板」の発明(以下、刊行物1記載の発明という)が記載されているものと認められる。
本件発明1と刊行物1記載の発明とを対比すると、刊行物1記載の発明の「基板」、「1種または複数種の抗反射金属酸化物層」、「銀層及び追加の金属層」、「異なる金属酸化物の2層またはこれ以上の一連の層からなる抗反射金属酸化物多層膜」、及び「低放射率コーテイングを形成した基板」は、それぞれ、本件発明の「基体」、「酸化物膜」、「金属膜」、「多層膜」、及び「熱線遮断膜」に相当するから、
両者は、「基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された3層からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された酸化物膜(B)は、異なる金属酸化物の2層またはこれ以上の一連の多層膜を有する熱線遮断膜」の点で一致し、以下の点で相違している。
相違点1:本件発明1では酸化亜鉛を主成分とする膜厚が200Å以下であると特定されているのに対し、刊行物1記載の発明では酸化錫の厚みについて規定されているが酸化亜鉛層については特に規定するところがない点、
相違点2:本件発明1の多層膜からなる酸化物膜(B)が酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜であるのに対し、刊行物1記載の発明では異なる金属酸化物の2層またはこれ以上の一連の多層膜と記載している点。
そこで、上記相違点について検討する。
相違点1について、摘示記載(1-d)によれば、刊行物1には実施例として、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成される、異なる金属酸化物の2層またはこれ以上の一連の酸化物膜の例として、膜厚が450Åであって、15nmの膜厚の酸化亜鉛層と、30nmの膜厚の酸化錫層とからなる多層膜からなっている特定のものが記載されているだけであるが、相違点1の酸化亜鉛を200Å以下としたものが記載されているものと認められるから、本件発明1と刊行物1記載の発明とは実質的に相違するものとは認められない。
相違点2について、刊行物1には、酸化物膜(B)として、異なる金属酸化物の2層からなる多層膜またはこれ以上の一連の酸化物膜との記載はあるが、一連の酸化物膜との記載がされているだけで、実質的な記載がなく、しかも、上記したように実施例に酸化亜鉛層と酸化錫層との2層からなる多層膜が記載されているのみで、本件発明1のような酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜について記載も示唆もされていないし、外側の多層膜として交互に積層することが当該技術分野において周知慣用の技術であるとも認められない。
よって、本件発明1は刊行物1に記載された発明とすることはできない。
(2)本件発明1と刊行物2記載の発明について
刊行物2には、摘示記載(2-a)〜(2-i)の記載によれば、
「透明又は半透明なプラスチツク又はガラス質材料のガラス材料の基体上に、二つ以上の異なる金属酸化物層からなる透明下部被覆及び透明上部被覆の間にサンドイツチされた銀の反射層を有する多層被覆を担持し、当該上部被覆が、合計膜厚が30〜45nmの範囲であって、2〜12nmの範囲の厚さの犠牲金属の酸化物の層、5〜15nmの範囲の厚さを有する酸化亜鉛の層及び酸化錫、二酸化チタンから選択した金属酸化物の最上部上部被覆層を含有する層からなる被覆基体」の発明(以下、刊行物2記載の発明という)が記載されているものと認められる。
本件発明1と刊行物2記載の発明とを対比すると、刊行物2記載の発明の「ガラス材料の基体」、「二つ以上の異なる金属酸化物層からなる透明下部被覆」、「銀層」、「透明上部被覆」、及び「被覆基体」は、それぞれ、本件発明の「基体」、「酸化物膜」、「金属膜」、「多層膜」、及び「熱線遮断膜」に相当するから、
両者は、「基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された3層からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された合計膜厚が30〜45nmの範囲の酸化物膜(B)は、5〜15nmの範囲の厚さの酸化亜鉛層と、酸化錫層の最上部上部被覆層とからなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜」の点で一致し、以下の点で相違している。
相違点:本件発明1の多層膜からなる酸化物膜(B)が酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜であるのに対し、刊行物2記載の発明では酸化亜鉛層と酸化錫層との2層からなる多層膜である点。
そこで、上記相違点について検討する。
刊行物2には、摘示記載(2-e)、(2-i)によれば、実施例の酸化物膜(B)として、酸化亜鉛層と下層である酸化亜鉛層の耐化学性及び耐候性を有する保護バリヤーを与える最上層被覆層としての酸化錫層とからなる多層膜を形成した例が記載されているが、摘示記載(2-d)、(2-g)、(2-h)を見る限り、酸化亜鉛の銀層に対する位置が重要であり、また、酸化亜鉛層の負の特長を低くすることを指向することが記載されていることから、本件発明1のような酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜について記載も示唆もされていないし、上部被覆を交互に積層することが当該技術分野において周知慣用の技術であるとも認められない。
よって、本件発明1は刊行物2に記載された発明とすることはできない。

(3)本件発明4と刊行物1又は2記載の発明について
本件発明4は、請求項1に係る発明に技術的に限定を加えたものであり、本件発明1と同様の理由により刊行物1又は刊行物2に記載された発明とすることはできない。

5-1-2.特許法第29条第2項違反について
(1)本件発明1について
本件発明1と刊行物1又は2記載の発明とを対比すると、上記5-1-1.(1)及び(2)において記載したように、下記の点で少なくとも相違しているものと認められる。
相違点:本件発明1の多層膜からなる酸化物膜(B)が酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜であるのに対し、刊行物2記載の発明では酸化亜鉛層と酸化錫層との2層からなる多層膜である点。
そこで、上記相違点について更に検討する。
甲第3号証には、摘示記載(3-a)、(3-b)によれば、透明基板上に基板側から順次透明酸化亜鉛の第1層、銀の第2層、透明酸化亜鉛の第3層、銀の第4層、約400Åの透明酸化亜鉛の第5層からなる5層コーティングが設けられた赤外反射物品である熱線反射ガラスが記載され、本件発明1の基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n=2)からなる熱線遮断膜が記載されているのみで、酸化物膜(B)として酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、それらを交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
甲第4号証には、摘示記載(4-a)〜(4-c)によれば、透明な成形物基板の少なくとも片面に、金属薄膜層を含む選択透過膜を設け、成形物基板との反対側の該選択透過膜の上に中間層及び有機物系の透明保護層を設けてなる耐久性の優れた選択的光透過性の積層体において、酸化チタン、酸化亜鉛などの透明高屈折率を持つ誘電体薄層を金属薄膜層の上に積層することが記載されているのみで、酸化物膜として酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、それらを交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
刊行物5には、摘示記載(5-a)、(5-b)によれば、単に基材、金属酸化物層、金属層、金属酸化物層とからなる高透過率で低放射率の製品で、金属酸化物層として亜鉛とスズとからなる合金の酸化物を用いたものが記載されているのみで、酸化物膜として酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、それらを交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。それだけでなく、本件発明1における酸化亜鉛層の1層の膜厚を200Å以下とすることについても記載がない。
刊行物6には、摘示記載(6-a)〜(6-c)によれば、酸化亜鉛の結晶構造に基づいて生じる応力を緩和するために酸化亜鉛と銅、マグネシウム、カルシウムなどの他の物質層(応力を和らげ吸収する酸化銅層)とを交互に積層(5層)させることが開示されているだけであって、本件発明のような熱線遮断膜に関するものでなく、酸化物膜として酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、それらを交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
刊行物7には、ZnO膜の結晶構造が示され、ZnO結晶が六方晶形で、(0002)面が基板表面と平行であり、ZnO膜のc軸配向膜のX線回折法による(002)回折線の回折角2θのピークの値がほほ34°と35°の間にあることが記載されているだけであって、本件発明のような熱線遮断膜に関するものでなく、酸化物膜として酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、それらを交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。それだけでなく、酸化亜鉛層の1層の膜厚を200Å以下とすることについても記載がない。
さらに、甲各号証の何れにも酸化亜鉛の内部応力と、金属膜の劣化防止、膜の耐湿性の向上、耐酸性の向上との関連について記載も示唆もされていない。
そして、本件発明1は、上記構成を採用することにより、本件特許明細書に記載の、耐湿性および耐酸性が改善された熱線遮断膜を提供でき、単板での取扱が容易になり、単板での室内長期保存が可能になるとともに、合わせガラスとした場合では中間膜に含まれる水分によって劣化しにくく耐久性が向上するという効果を奏するものである。
したがって、上記相違点は、刊行物1ないし刊行物7に基づいて当業者が容易に想到し得るものとは認められないから、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第7号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2ないし本件発明4について
本件発明2ないし本件発明4は、請求項1に係る発明に技術的に限定を加えたものであるから、本件発明1と同様に上記(1)に記載した理由により甲第1号証ないし甲第7号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。

5-2.申立人Bの特許異議申立てについて
5-2-1.特許法第29条第1項第3号違反について
(1)本件発明1又は本件発明4と刊行物1に記載の発明について
甲第1号証は上述したように申立人Aが提出した甲第1号証と同じ刊行物であるから、上記5-1-1.(1)及び(3)において記載した理由により、本件発明1又は本件発明4は刊行物1に記載された発明とすることはできない。

5-2-2.特許法第29条第2項違反について
(1)本件発明1について
本件発明1と刊行物1記載の発明とを対比すると、上記5-1-1.(1)において記載したように、下記の点で少なくとも相違しているものと認められる。
相違点:本件発明1の多層膜からなる酸化物膜(B)が酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜であるのに対し、刊行物2記載の発明では酸化亜鉛層と酸化錫層との2層からなる多層膜である点。
そこで、上記相違点について更に検討する。
刊行物5には、摘示記載(5-a)、(5-b)によれば、単に基材、金属酸化物層、金属層、金属酸化物層とからなる高透過率で低放射理の製品で、金属酸化物層として亜鉛とスズとからなる合金の酸化物を用いたものが記載されているのみで、酸化物膜として酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、それらを交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
刊行物8には、摘示記載(8-a)、(8-b)によれば、酸化亜鉛を主成分とする酸化物膜、Agなどの貴金属層、酸化亜鉛を主成分とする酸化物膜からなる熱線反射ガラスが記載されているのみで、酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
刊行物9には、摘示記載(9-a)〜(9-c)によれば、弾性表面波装置に用いる圧電材料に関するもので、本件発明のような熱線遮断膜と全く異なる技術分野であり、応力緩和をするために亜鉛よりイオン半径の小さい元素を含む酸化亜鉛薄膜が記載されているのみで、酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
刊行物10には、ZnO薄膜のc軸配向性及びその他結晶の特性に対する膜厚、及びスパッタリングガス圧の影響に関するもので、熱線遮断膜に関するものでないだけでなく、酸化亜鉛と酸化錫を採用すること、そして、交互に積層して上記相違点の構成とすることについて全く記載も示唆もするところがない。
さらに、甲各号証の何れにも酸化亜鉛の内部応力と、金属膜の劣化防止、膜の耐湿性の向上、耐酸性の向上との関連について記載も示唆もされていない。
そして、本件発明1は、上記構成を採用することにより、本件特許明細書に記載の、耐湿性および耐酸性が改善された熱線遮断膜を提供でき、単板での取扱が容易になり、単板での室内長期保存が可能になるとともに、合わせガラスとした場合では中間膜に含まれる水分によって劣化しにくく耐久性が向上するという効果を奏するものである。
したがって、上記相違点は、刊行物5、刊行物8ないし刊行物10に基づいて当業者が容易に想到し得るものとは認められないから、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2ないし本件発明4について
本件発明1ないし本件発明4は、請求項1に係る発明に技術的に限定を加えたものであり、本件発明1と同様の理由により甲第1号証ないし甲第5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。

6.むずび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1ないし請求項4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし請求項4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件発明についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱線遮断膜
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、模厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜。
【請求項2】
前記酸化物膜(B)は、酸化亜鉛を主成分とする膜、酸化錫を主成分とする膜、酸化亜鉛を主成分とする膜、と交互に積層された3層、5層、7層、または9層からなる多層膜を有することを特徴とする請求項1記載の熱線遮断膜。
【請求項3】
前記酸化物膜(B)は、酸化錫を主成分とする膜、酸化亜鉛を主成分とする膜、酸化錫を主成分とする膜、と交互に積層された3層、5層、7層、または9層からなる多層膜を有することを特徴とする請求項1記載の熱線遮断膜。
【請求頂4】
前記金属膜(A)はAgを主成分とする金属膜であることを特徴とする請求項1、2または3記載の熱線遮断膜。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は耐久性、特に耐酸性の優れた熱線遮断膜に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
基体表面に酸化物膜、Ag膜、酸化物膜を順に積層した3層からなる膜、または酸化物膜、Ag膜、酸化物膜、Ag膜、酸化物膜を順次積層した5層からなる膜等の(2n+1)層(n≧1)からなる膜は、Low-E(Low-Emissivity)膜と呼ばれる熱線遮断膜であり、かかるLow-E膜を形成したガラスは、Low-Eガラスと呼ばれている。
【0003】
これは、室内からの熱線を反射することにより室内の温度低下を防止できる機能ガラスであり、暖房負荷を軽減する目的でおもに寒冷地で用いられている。また、太陽熱の熱線遮断効果も有するため、自動車の窓ガラスにも採用されている。透明でありかつ導電性を示すため、電磁遮蔽ガラスとしての用途もある。導電性プリント等からなるバスバー等の通電加熱手段を設ければ、通電加熱ガラスとして用いることができる。
【0004】
おもなLow-Eガラスとしては、ZnO/Ag/ZnO/ガラスという膜構成を有するものが拳げられる。しかし、ZnOは耐酸性も不十分であるため、空気中の酸性物質によって劣化する不安があった。また、このようなLow-E膜では、耐擦傷性、化学的安定性などの耐久性に欠けるため、単板で使うことができず、合わせガラスまたは複層ガラスにする必要があった。特に耐湿性にも問題があり、空気中の湿度や合わせガラスとする場合の中間膜に含まれる水分により、白色斑点や白濁を生じる。このようなことから、単板での保管やハンドリングに注意を要していた。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、従来技術が有していた上記の欠点を解決し、耐久性、特に耐湿性や耐酸性の優れた熱線遮断膜を提供しようとするものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上述の課題を解決すべくなされたものであり、基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、膜厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜を提供する。
【0007】
図1に本発明の熱線遮断膜の代表例の断面図を示す。図1(a)は、3層からなる熱線遮断膜の断面図、図1(b)は、(2n+1)層からなる熱線遮断膜の断面図である。1は基体、2は酸化物膜、3は金属膜、4は酸化亜鉛を主成分とする膜と酸化錫を主成分とする膜とを有する多層膜である酸化物膜(B)である。本発明における基体1としては、ガラス板の他、プラスチック等のフィルムや板も使用できる。
【0008】
本発明における酸化物膜(B)について説明する。酸化物膜(B)として、酸化亜鉛を主成分とする膜を少なくとも1層と、酸化錫を主成分とする膜を少なくとも1層有する多層膜を用いると、耐酸性に優れた熱線遮断膜を実現できる。酸化錫は、耐酸性に優れ、屈折率等の光学的性質は酸化亜鉛とほぼ等しいので、このように従来の酸化亜鉛膜の一部を酸化錫で置換することにより、光学性能は維持したまま、従来より耐酸性に優れた酸化物膜(B)を構成できる。一方、スパッタリング法、特に直流スパッタリング法により成膜する際、酸化亜鉛膜は、酸化錫より高速で成膜できるため、上記耐酸性と成膜速度とを考慮しながら、酸化物膜(B)の膜構成および膜厚を決めればよい。
【0009】
酸化物膜(B)は、酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜以外の膜を有していてもよい。例えば、本発明の熱線遮断膜を内側にしてプラスチック中間膜を介してもう1枚の基体と積層して合わせガラスとする場合に、かかるプラスチック中間膜との接着力の調整、もしくは、耐久性向上の目的で、中間膜と接する層(基体から最も離れた層)として、100Å以下の酸化物膜(例えば、酸化クロム膜)を形成してもよい。
【0010】
酸化物膜(B)の膜厚は、特に限定されないが、熱線遮断膜全体の色調、可視光透過率を考慮すると、200Å〜700Åが望ましい。積層数及び1層の膜厚は、装置に応じて選べばよく特に限定されない。また、各層の膜厚がそれぞれ異なってもよい。
【0011】
酸化亜鉛は、薄い膜に分割して酸化亜鉛1層の膜厚を薄くしたほうが、膜の周辺からの酸の影響に耐えやすい。したがって、具体的な膜構成としては、ZnO/SnO2/ZnOや、SnO2/ZnO/SnO2のような3層系や、ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnOや、SnO2/ZnO/SnO2/ZnO/SnO2のような5層系、同様に交互に積層した7層系、9層系などのように構成して、酸化亜鉛1層の膜厚を200Å以下、好ましくは180Å以下とするのがよい。特に好ましくは100Å以下として上記5層系で構成するのが望ましい。成膜時の生産性を考慮すると、各層の成膜速度に比例した膜厚に調整し、全体で450Å程度の上記5層系の積層膜が好ましい。
【0012】
酸化物膜(B)を酸素含有雰囲気中で反応性スパッタリングにより成膜する場合は、金属膜(A)の酸化を防ぐために、まず金属膜(A)上に酸素の少ない雰囲気中で薄い金属膜もしくは酸化不充分な金属酸化物膜を形成するのが望ましい。この薄い金属膜は、酸化物膜(B)の成膜中に酸化されて酸化物膜となる。したがって上述の酸化物膜(B)の好ましい膜厚は、かかる薄い金属膜が酸化されてできた酸化物膜の膜厚も含んだ膜厚である。本明細書において、金属膜3上に形成する酸化物膜に関しても、同様である。
【0013】
成膜条件によるが、酸化錫膜は、比較的、低内部応力、特に、7.0×109dyn/cm2以下の内部応力の低い膜を形成しやすい。酸化亜鉛膜は、やはり成膜条件によるが、比較的、高内部応力の膜が形成されやすい。そこで、本発明のように、酸化物膜(B)を、これらを組み合わせた膜で構成すると、酸化物膜(B)全体として、内部応力の低い膜を容易に得られやすい。
【0014】
酸化物膜(B)の内部応力が高いと、かかる酸化物膜の膜歪の緩和による膜の破損や膜はがれ等によって、空気中の湿度や合わせガラスとする場合の中間膜に含まれる水分により、金属膜(A)の劣化、具体的には、白濁や斑点が起こりやすいが、このように、内部応力が低ければ、かかる劣化を防止でき、膜の耐湿性が大幅に向上する。具体的には、多層からなる酸化物膜(B)全体の内部応力が、1.1×1010dyn/cm2以下であれば耐湿性向上に大きな効果があるので好ましい。
【0015】
特に、酸化亜鉛の内部応力が低ければ、膜の周辺からの酸の影響によっても膜が剥れにくくなるので、耐酸性および上述の耐湿性の点からも、酸化亜鉛の内部応力が低いことが好ましい。酸化亜鉛を主成分とする膜は、六方晶系であり、かかる膜の内部応力と、CuKα線を用いたX線回折法による六方晶酸化亜鉛の(002)回折線の回折角2θ(重心位置)とがほぼ対応しており、かかる回折角2θ(重心位置)が33.88°から35.00°までの間の値、特に、34.00°から34.88°までの値であれば、なお好ましい。回折角2θが34.44°以下の値は圧縮応力、34.44°以上の値は引張応力、を示す。
【0016】
膜の内部応力は、膜の成膜条件により大きく異なり、低内部応力の膜を成膜するときは、成膜条件を精密に制御する必要がある。膜の内部応力を低減化できる傾向を示す方法としては、成膜時(特にスパッタリング法による場合)の成膜雰囲気の圧力(スパッタ圧力)を高くする、成膜中に基板加熱を施す等、成膜条件を変える方法や、成膜後に加熱処理を施す方法等が挙げられる。それぞれの具体的な条件は、成膜装置に応じて選べばよく、特に限定されない。
【0017】
酸化亜鉛膜に、酸化状態でZn2+よりイオン半径の小さい他の元素を添加すると、成膜条件によりかなりのバラツキがあるが、その膜の内部応力を低減できる傾向がある。酸化錫膜についても、同様な傾向がある。
【0018】
ZnO膜に、酸化状態でZn2+よりイオン半径の小さい他の元素を添加(ドープ)する場合の、添加元素としては、Al、Si、B、Ti、Sn、Mg、Cr等が挙げられる。したがってこれらのうちから少なくとも1種をドープしたZnOを主成分とする膜も、ZnO膜と同様に使用できる。ドープ量は、Al、Si、B、Ti、Sn、Mg、Crのうち少なくとも1種を、Znとの合計量に対して、原子比で10%以上としても、内部応力低減効果は変わらないことが多いので、10%以下程度で十分である。このような、他の元素をドープしたZnO膜についても、六方晶酸化亜鉛の(002)回折線の回折角2θ(重心位置)に関して、ZnO膜と同様のことがいえる。
【0019】
酸化物膜(B)以外の酸化物膜2の材料は、特に限定されない。ZnO、SnO2、TiO2、これらの2種以上を含む積層膜、これらに他の元素を添加した膜等が使用できるが、さらに、生産性を考慮すると、ZnO膜、SnO2膜、ZnOとSnO2とを交互に2層以上積層させた膜、Al、Si、B、Ti、Sn、Mg、Crのうち少なくとも一つをZnとの総量に対し合計10原子%以下添加したZnO膜が好ましい。
【0020】
色調、可視光透過率を考慮すると、酸化物膜2は200Å〜700Åであることが望ましい。積層膜の場合、合計200Å〜700Åであればよく、それぞれの層の膜厚は限定されない。
【0021】
特に、酸化物膜、金属膜、酸化物膜、金属膜、酸化物膜、という5層構成、あるいは5層以上の膜構成の熱線遮断膜の場合、最外層の酸化物膜(B)以外の酸化物膜2も内部応力が1.1×1010dyn/cm2以下の膜を用いることが望ましい。
【0022】
本発明における金属膜3としては、Ag膜、またはAu、Cu、Pdのうちの少なくとも一つを含むAgを主成分とする膜などの、熱線遮断性能を有する膜が使用できる。金属膜3は、かかる熱線遮断性能を有する金属膜の他に、各種の機能を有する金属層を有していてもよい。例えば、熱線遮断性能を有する金属膜と酸化物膜(B)や酸化物膜2との間の接着力を調整する金属層や、熱線遮断性能を有する金属膜からの金属の拡散防止機能を有する金属層等が挙げられる。これらの機能を有する金属層を構成する金属の例としては、Zn、Al、Cr、W、Ni、Tiや、これらのうち2種以上の金属の合金等が挙げられる。
【0023】
これらの金属層を含む金属膜3全体の膜厚としては、熱線遮断性能及び可視光透過率等とのかねあいを考慮して、50Å〜150Å、特に100Å程度が適当である。
【0024】
【作用】
酸化物膜(B)に、酸化錫を主成分とする膜を導入することにより、耐酸性が大きく向上する。比較的内部応力の低い膜を形成しやすい酸化錫を主成分とする膜を導入することにより、酸化物膜(B)全体として1.1×1010dyn/cm2以下の低内部応力の膜を得やすく、これにより従来の熱線遮断膜に比べて耐湿性も著しく改善される。これは、酸化物膜の低内部応力化により、酸化物膜が破損しにくくなり、湿気による劣化が抑えられるためと考えられる。
【0025】
【実施例】
(実施例1)
Zn、Sn、Agの金属ターゲットをそれぞれ用いて、Ag膜はAr雰囲気中で直流スパッタリング法により、SnO2膜、ZnO膜は酸素含有雰囲気中で反応性直流スパッタリング法により、ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO/Ag/ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO/ガラスという膜構成の熱線遮断膜を作製した。Agは100Å、ZnO、SnO2はいずれも1層90Åであった。かかる熱線遮断膜付きガラスの可視光線透過率は86%、エミッシビティは0.06であった。
【0026】
この熱線遮断膜付きガラスを1規定の塩酸に浸漬するという耐酸性試験を行った。浸漬後2分までは変化がなかったが、3分後には、膜の端から一部茶色っぽく変色しはじめ、5分後には、膜の一部に剥離している部分が見られた。
【0027】
(比較例1)
Zn、Agの金属ターゲットをそれぞれ用いて、Ag膜はAr雰囲気中で直流スパッタリング法により、ZnO膜は酸素含有雰囲気中で反応性直流スパッタリング法により、ZnO/Ag/ZnO/ガラスという膜構成の熱線遮断膜を作製した。Agは100Å、ZnOは450Åであった。かかる熱線遮断膜付きガラスの可視光線透過率は86%、エミッシビティは0.06であった。
【0028】
この熱線遮断膜付きガラスを1規定の塩酸に浸漬するという耐酸性試験を行った。浸漬直後から膜が剥離し始め、5分後には、熱線遮断膜が全部ガラスから剥離し、消失した。
【0029】
(実施例2)
RF(高周波)スパッタリング法により、ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO/Ag/ZnO/ガラスという膜構成のLow-E膜を作製した。Agは100Å、Agとガラスの間のZnOは450Å、Agの上のZnOおよびSnO2膜はいずれも1層90Åであった。ZnO及びAgはZnO及びAgターゲットをArガスでスパッタリングし、SnO2はSnO2ターゲットをArとO2との混合ガスでスパッタリングして得た。スパッタ圧力、基板温度、ZnO及びAg成膜の際のスパッタ電力は上記実施例と同様である。SnO2成膜の際はスパッタ電力密度は1W/cm2、Ar:O2ガス流量比は8:2であった。
【0030】
上記と同様の条件で作製した、ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO膜の内部応力は9.2×109dyn/cm2であった。
【0031】
かかる熱線遮断膜について、50℃、相対湿度95%の雰囲気中に6日間放置するという耐湿試験を行った。耐湿試験後の外観は、ごく微小の斑点は見られたものの、目立った白色斑点及び白濁は観察されず良好であった。耐湿試験後の膜表面のSEM写真において、膜表面に、ひびわれ、しわ、剥離はほとんど観察されなかった。
【0032】
上記熱線遮断膜を形成したガラスを、膜を内側にして、プラスチック中間膜を介してもう1枚のガラス板と積層して合わせガラスとした。かかる合わせガラスについても同様の耐湿試験を行った。耐湿試験14日目でも白濁や斑点は全く生じていなかった。
【0033】
(実施例3)
上記実施例2と同様の方法により、ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO/Ag/ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO/ガラスという膜構成の熱線遮断膜を作製した。Agは100Å、ZnOおよびSnO2膜はいずれも1層90Åであった。ターゲット及びスパッタリングガス、スパッタ圧力、基板温度、パワー密度は実施例2と同様であった。
【0034】
この条件で作製した、ZnO/SnO2/ZnO/SnO2/ZnO膜の内部応力は9.2×109dyn/cm2であった。
得られた熱線遮断膜の耐湿性は、上記実施例2と同様良好であった。
【0035】
(比較例2)
上記実施例と同様の方法により、ガラス基板上にZnO膜、Ag膜、ZnO膜をそれぞれ450Å、100Å、450Åの膜厚で、順次積層させた。ターゲットは、ZnO、Agを用い、Arガスによりスパッタリングを行った。スパッタ圧力、基板温度、スパッタ電力密度は実施例2と同様である。
【0036】
得られた熱線遮断膜をX線回折法で調べたところ、ZnO(002)回折線の回折角2θ(重心位置)は33.78°であった。この条件で作製したZnO膜の内部応力は1.5×1010dyn/cm2であった。
【0037】
耐湿試験後の熱線遮断膜は、全面がうすく白濁しており、直径1mm以上のはっきりした白色斑点もかなり見られた。
耐湿試験後のSEM写真によれば、膜表面全体にわたって、ひびわれがひろがっており、膜の破損が著しいことがわかった。
【0038】
上記熱線遮断膜を形成したガラスを、膜を内側にして、プラスチック中間膜を介してもう1枚のガラス板と積層して合わせガラスとした。かかる合わせガラスについても同様の耐湿試験を行った。耐湿試験14日目には白濁や斑点がはっきり認められた。
【0039】
【発明の効果】
本発明による熱線遮断膜は、耐酸性および耐湿性が大きく改善されている。このため、単板での取扱が容易になると考えられる。また、単板での室内長期保存が可能になる。さらに、自動車用、建築用熱線遮断ガラスの信頼性向上につながる。また、合わせガラスとした際にも中間膜が含有している水分によって劣化することがないので、自動車用、建築用等の合わせガラスの耐久性が向上する。
【0040】
本発明の熱線遮断膜は、金属膜を有しているため、熱線遮断性能とともに導電性もある。したがって、本発明の熱線遮断膜は、この導電性を利用して、種々の技術分野に使用できる。例えば、エレクトロニクス分野においては、電極として(太陽電池の電極などにも使用できる)、また、通電加熱窓においては、発熱体として、窓や電子部品においては、電磁波遮蔽膜として、使用できる。場合によっては、本発明の熱線遮断膜は、基体の上に、各種の機能を有する膜を介して形成することもできる。このような場合には、本発明の熱線遮断膜の各膜の最適膜厚を選択するなどにより、その用途に応じて、光学性能を調節できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明による熱線遮断膜をガラス上に形成した熱線遮断ガラスの一例の断面図
【符号の説明】
1 基体
2 酸化物膜
3 金属膜
4 酸化物膜(B)
 
訂正の要旨 ▲1▼訂正事項a
特許請求の範囲の【請求項1】に係る記載の「基体上に酸化物膜、………ことを特徴とする熱線遮断膜。」を、
「基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、膜厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜。」に訂正する。
▲2▼訂正事項b
特許請求の範囲の請求項2を削除し、
特許請求の範囲の「請求項3」を「請求項2」に訂正するとともに、旧請求項3における「請求項2記載の」を「請求項1記載の」に訂正し、
特許請求の範囲の「請求項4」を「請求項3」に訂正するとともに、旧請求項4における「請求項2記載の」を「請求項1記載の」に訂正し、
特許請求の範囲の「請求項5」を「請求項4」に訂正するとともに、旧請求項5における「請求項1、2、3または4記載の」を「請求項1、2または3記載の」に訂正する。
▲8▼訂正事項c
明細書の【0006】に係る記載の
「【課題を解決するための手段】
本発明は、上述の課題を解決すべくなされたものであり、………ことを特徴とする熱線遮断膜を提供する。」を、
「本発明は、上述の課題を解決すべくなされたものであり、基体上に酸化物膜、金属膜、酸化物膜、と交互に積層された(2n+1)層(n≧1)からなる熱線遮断膜において、基体から見て、基体から最も離れた金属膜(A)の反対側に形成された膜厚が200〜700Åの酸化物膜(B)は、膜厚が200Å以下の酸化亜鉛を主成分とする膜と、酸化錫を主成分とする膜とが交互に積層された3層以上からなる多層膜を有することを特徴とする熱線遮断膜を提供する。」に訂正する。
異議決定日 2003-04-23 
出願番号 特願平3-191064
審決分類 P 1 651・ 121- YA (B32B)
P 1 651・ 113- YA (B32B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中島 庸子  
特許庁審判長 石井 淑久
特許庁審判官 鴨野 研一
田口 昌浩
登録日 2000-04-07 
登録番号 特許第3053669号(P3053669)
権利者 旭硝子株式会社
発明の名称 熱線遮断膜  
代理人 田中 久喬  
代理人 鎌田 耕一  

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