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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効としない A61M
管理番号 1087373
審判番号 無効2000-35352  
総通号数 49 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1989-12-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-07-03 
確定日 2003-01-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第1930016号「血液成分分離方法」の特許無効審判事件についてされた平成13年 4月17日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成13(行ケ)年第0248号平成13年12月25日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1. 手続きの経緯
(1)本件特許第1930016号に係る出願は、昭和63年6月23日に出願され(特願昭63-153465号)、平成6年8月10日における出願公告(特公平6-59305号)を経て、平成7年5月12日に特許権の設定登録がなされたものである。
(2)その後、平成12年7月3日に、本件特許に対して特許の無効の審判が請求され、平成12年10月10日付け訂正請求書により願書に添付した明細書の訂正が請求され、平成13年4月17日に、訂正を認める、請求項1に係る発明についての特許を無効とするとの審決がなされたところ、審判被請求人はこれを不服として、平成13年5月30日に、東京高等裁判所に出訴した(平成13年行(ケ)248号)。
(3)出訴後、本件特許については、平成13年8月27日に、願書に添付した明細書の訂正を求める訂正の審判が請求され(訂正2001-39139号)、平成13年11月29日に、訂正を認めるとの審決がなされ確定したところ、東京高等裁判所において、審決取消の判決(平成13年12月25日判決言渡)があったので、本件についてさらに審理することとし、平成14年9月12日に口頭審理がなされた。

2.本件発明
上記訂正の審判において、訂正を認めるとの審決が確定しており、本件特許に係る発明は、訂正後の明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの次のものと認められる。
「白血球血小板除去フィルターの上流側に採血バッグが接続され該白血球血小板除去フィルターの下流側には第1及び第2の2つの血液成分分離用バッグが無菌的に接続されてなる血液成分分離用バッグ装置を用いて、
前記採血バッグに採取された血液を前記白血球血小板除去フィルターに通して予め白血球及び血小板を除去して前記第1の血液成分分離用バッグに赤血球および血漿を得た後に、
白血球血小板除去フィルターと第1の血液成分分離用バッグを切り離し、
遠心分離を行い、比重差により分離された上清の血漿を前記第2の血液成分分離用バッグに移すことにより、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿の2つの血液製剤を前記血液成分分離用バッグに分取する方法。」

3. 当事者の主張
(1) 請求人の主張
審判請求人は、本件発明の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの趣旨の審判を請求し、その理由として、本件発明は、本件出願前に頒布された甲第2ないし第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とすべきであると主張し、証拠方法として以下に示す甲第1号証ないし甲第7号証を提出している(なお、このほかに、参考資料1ないし6を提出。)。
甲第1号証;特公平6-59305号公報(本件特許明細書及び図面)
甲第2号証;Vox Sanguinis Vol.27(1974年)、 第21から第28頁
甲第3号証;特開昭60-193468号公報
甲第4号証;米国特許第4596657号明細書
甲第5号証;特公昭61-30582号公報
甲第6号証;特開昭55-141247号公報
甲第7号証;「赤十字血液センター業務標準・技術部門」、日本赤十字社血 液事業部、昭和54年10月1日発行、第35から56頁
参考資料1;二之宮景光編「成分輸血療法の実際」、株式会社南山堂、19 85年4月1日発行、第18から24頁、第117から153 頁
参考資料2;今堀和友外1名監修「生化学辞典第2版」、株式会社東京化学 同人、1990年11月22日、第288から289頁(顆粒 球の項)
参考資料3;平成3年3月8日最高裁判所判決[昭和62年(行ツ)第3号]
参考資料4;笹川しげる外1名著「身近な血液ゼミナール」株式会社 講談 社、昭和62年、第83〜98頁
参考資料5;特開平3-158168号公報
参考資料6;特開平6-24995号公報

なお、本件発明は、本件出願前に頒布された甲第2号証刊行物に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当し、特許を受けることができないものであるとの主張は撤回された(口頭審理調書)。

(2) 被請求人の主張
一方、被請求人は、本件発明と甲第2号証に記載された発明とは、用いる装置が異なり、採血した血液を通すフィルターが異なり、更に分取した血液成分が異なるものであり、甲第2号証記載の発明に甲第3ないし7号証記載の各発明を適用したとしても、本件発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない旨主張している。

4. 各甲号証に記載の発明
上記甲第2号証には次のように記載されている。
(イ)「白血球除去血液の必要性は高まっており、HL-A(組織適合性抗原)に覆われた白血球と血小板を除去する簡単で経済的な方法を開発するよう、輸血用血液提供業者に強い要請が出されている。」(第21頁本文第1〜4行、なお、記載事項については請求人の提出した翻訳文による。以下同じ。)
(ロ)「ナイロン繊維フィルターが開発され、また、最近、木綿繊維フィルターを用いて新鮮血を濾過すると、かなりの数の白血球が吸着できるとして薦められている。」(第21頁本文第14〜16行)
(ハ)「この方法で調製される白血球除去血液は幾つかの欠点がある:フィルターを通過してしまう白血球の絶対数は、400mlの血液1単位当たり、およそ5×108個の白血球である・・・・・;そして、ヘパリン抗凝固剤はこのようにして得られた血液製剤の有効期間を48時間に限定してしまう。」(第22頁第2〜7行)
(ニ)「濾液中の白血球量を減少させ、白血球除去濃厚赤血球の保存期間を延長させる観点から、我々は標準のCPD添加プラスチックバッグ中に採取された血液の処理方法を検討した。」(第22頁第8〜10行)
(ホ)「現在のところ、我々が日常実施しているのは、ヘパリン添加新鮮血から白血球除去濃厚赤血球を調製する方法である・・・・。血液が温かいうちに(採血後10分以内に)、採血した400mlのヘパリン添加血液を市販のナイロン繊維フィルターを通して濾過し、プラスチック移送容器に移した。血液は機械的な力や熱を加える事なしに、10-15分以内にフィルターから流出する。当該移送バッグを密封し、HALTERMAN等の操作基準[9](1,500Gで3分間)に従って、標準的な低温遠心分離器を用いて遠心分離を行う。遠心後に、上澄の血漿、バフィーコート、そして赤血球沈降層の初流30mlを他の移送バッグに移す。残りの白血球除去濃厚液は密封して輸血用にする。」(第22頁「材料と方法」の項第1〜11行)
(ヘ)「基本的に同じ方法を用いて、ヘパリンを添加せずに標準的なCPD添加プラスチックバッグに採取した新鮮血から白血球除去濃厚赤血球を調製した。」(第22頁「材料と方法」の項第12〜14行)
(ト)「さらに、2日間と7日間4℃で保存された正常のCPD添加血液を・・・・加温した後、フィルターを通し、上記処理を行った。」(第22頁「材料と方法」の項第14〜16行)
(チ)「白血球除去ヘパリン添加新鮮血
・・・元の赤血球の75%以上は回収され、白血球は3%以下で、・・・」(第23頁第2〜6行)
(リ)「白血球除去CPD添加新鮮血
赤血球の損失と白血球の除去はヘパリン添加血液と同等かそれ以上のように見える。・・・・濾過と遠心による血小板数の減少は・・・・初期値の94.5%の血小板が除去されたものに等しい。」(第23頁第7〜21行)
(ヌ)「白血球除去CPD添加保存血
・・・赤血球の損失は25%未満である。・・・残存白血球数は・・・・新鮮CPD血液よりも幾分多い、しかしヘパリン添加血液と同等である。」(第23頁第22〜27行)
(ル)「無菌試験
新鮮な間に調製された白血球除去CPD添加の2単位と7日間保存後濾過し遠心分離処理された6単位とについて、貯蔵期間の終了する21日目に細菌汚染の試験を行った。何れの培地も細菌の繁殖の兆候を示さなかった。」(第25頁第11〜15行)
(ヲ)「CPD添加新鮮血を用い濾過と短時間の遠心分離処理をして血漿とバフィーコートを除く方法は、その他のより複雑な白血球除去方法の結果に比較して、よりよい製品を提供できる。」(第26頁第16〜19行)
(ワ)「血小板もこの方法で効率的に除去される。」(第26頁第19行)
(カ)「この処理操作は何れの血液バンクの技術者でも市販の設備を用いて実施可能であり、血液が採血してあれば所要時間は30分を超えることはない。」(第26頁第19〜22行)
(ヨ)「ほとんど閉じた系でなされるという利点があり、フィルターと移送バッグの結合時における最小の汚染の可能性がわずかに伴うだけである。予備的な無菌試験の成績では白血球除去CPD添加血液は、21日間の保存後も無菌性を保っていた。」(第26頁第22〜25行)
(タ)「ナイロン繊維カラムによる白血球の除去に影響する因子については殆ど知られていない。…CPD添加新鮮血のpHは7.2で保存中に酸性側に傾く速度は遅い。このpHではリンパ球も顆粒球も同じようによく除去される。しかしながら、白血球のナイロン繊維カラムへの付着性に影響する他の未知の要因があるに違いない。」(第27頁第5〜9行)

そして、「ヘパリンを添加した採血液400mlを市販のナイロン繊維フィルターで濾過し、プラスチックの移送バッグに移した」(上記(ホ)参照)との記載からみて、甲第2号証に記載のものは、「ナイロン繊維フィルターの上流側に標準的なCPD添加プラスチックバッグが接続され該フィルターの下流側にはプラスチックの移送バッグが接続されてなる」ものを用いて血液成分を分取するものであること、
「ほとんど閉じた系でなされるという利点があり、フィルターと移送バッグの結合時における最小の汚染の可能性がわずかに伴うだけである。」(上記(ヨ)参照)との記載からみて、フィルターと移送バッグとは、個別に用意され、濾過時に結合されるものであること、
「当該移送バッグを密封し、HALTERMAN等の操作基準(1,500Gで3分間)に従って、標準的な低温遠心分離器を用いて遠心分離を行う。遠心後に、上澄の血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30mlを他の移送バッグに移す。残りの白血球除去濃厚液は密封して輸血用にする。」(上記(ホ)参照)との記載からみて、移送バッグと他の移送バッグとが接続されている状態で遠心分離処理が行われるものではないこと、
「ナイロン繊維フィルターが開発され、また、最近、木綿繊維フィルターを用いて新鮮血を濾過すると、かなりの数の白血球が吸着できるとして薦められている。」(上記(ロ)参照)、「当該移送バッグを密封し、HALTERMAN等の操作基準(1,500Gで3分間)に従って、標準的な低温遠心分離器を用いて遠心分離を行う。遠心後に、上澄の血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30mlを他の移送バッグに移す」(上記(ホ)参照)、「赤血球の損失と白血球の除去はヘパリン添加血液と同等かそれ以上のように見える。・・・・濾過と遠心による血小板数の減少は・・・・初期値の94.5%の血小板が除去されたものに等しい。」(上記(リ)参照)との記載からみて、「ナイロン繊維フィルターに通して予め白血球、血小板を除去した後に、移送バッグに移して当該バッグを密封し、遠心分離を行い、比重差により分離された血液成分を他の移送バッグに分取」する工程を備えたものであること、
及び、「ほとんど閉じた系でなされるという利点があり、…」(上記(ヨ)参照)との記載からみて、用いる装置は無菌状態に接続されるものであることが、それぞれ、認められるから、上記(イ)ないし(タ)の記載を総合すると、甲第2号証には次の発明(以下、「甲第2号証発明」という。)が記載されているものと認められる。
「ナイロン繊維フィルターの上流側に標準的なCPD添加プラスチックバッグが接続され該ナイロン繊維フィルターの下流側には移送バッグが無菌状態に接続されてなる血液成分分離用装置を用いて、
前記CPD添加プラスチックバッグに採取された血液をナイロン繊維フィルターに通して予め白血球及び血小板を除去して移送バッグに赤血球、バフィーコート、血漿を得た後に、
ナイロン繊維フィルターと移送バッグを分離し、
遠心分離を行い、比重差により分離された上澄の血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30mlを他の移送バッグに移すことにより、白血球除去濃厚液並びに血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30mlからなる上澄を前記二つの移送バッグに分取する方法。」

また、甲第3ないし甲第7号証には次の記載が認められる。
(甲第3号証)
(イ)「白血球および血小板等が捕捉され、赤血球および血漿が通過し、」(第4頁右上欄第12〜13行)
(ロ)「第5図は、本発明の白血球除去フィルターによるフィルター装置の一使用態様を示すものである。人体から採集された血液は、採血バッグ16から落差圧により、回路17を通り、本発明の白血球除去フィルターによるフィルター装置18に供給される。」(第4頁右下欄第1〜6行)
(甲第4号証)
(イ)「採血針(22)及び柔軟チューブ(20)を通じて血液を採取する採血バッグ(12)の下流側に少なくとも2つのバッグ(14,16)を接続し、採血バッグ(12)と一方のバッグ(16)との間に白血球除去フィルター(26)を組み込んだ血液成分分離装置」(第2欄第59行〜第3欄第14行、記載事項については、請求人の提出した翻訳文による。以下、同じ。)
(ロ)「1つの閉じた多連バッグ系」(第1欄第56〜59行)
(甲第5号証)
(イ)「最近使用されている唯一の真に無菌の輸送システムは容器をチューブと予め接続し次いで全組立体を減菌することを含む。これは非柔軟性であり且つ費用がかかる。」(第5欄第31〜34行)
(甲第6号証)
(イ)「血液成分の採集、分離、貯蔵のための多くの各種方法および装置が知られている。現在最もよく使用されている方法としては、周知の”フエンウオル(Fenwal)”タイプのクローズド化された減菌の血液嚢システムが利用されている。・・・・(しかし、この場合システムはその時完全にクローズド化されていないので汚染危険のおそれがある。)」(第2頁右下欄第10行〜第3頁左上欄第17行)
(ロ)「したがって、本発明に係る血液嚢システムは、頂部および底部の両方に流出口を有する血液採集嚢からなり、この流出口は遮断されうる導管を介して少なくとも1つの付加血液嚢に接続されている。
血液穿刺採血/血液貯蔵に適するクローズド化血液嚢システムは、1つの採集嚢と2つのおそらく相互に連絡された移送嚢とからなる。各嚢は好ましくは”環”状に連結され、すなわち採集嚢の上部および下部の各流出口は移送嚢に連結され、2つの移送嚢は相互に連結される。」(第4頁左上欄第6〜16行)
(甲第7号証)
「…(ロ)遠心分離を終えた親バッグを…(ニ)親バッグ側連結チューブの封を開き、血漿等を子バッグ(I)に移行させる。…(ヘ)図12のA点とB点をシールし切りはなす。(ト) 子バッグ(I)、子バッグ(II)を遠心する。…」(第42〜43頁の(2)トリプルバッグの項、なお、第43〜44頁の(3)クォドラップルバッグの項にも同様の記載あり。)

5. 甲第2号証発明との対比
(1)バッグ及び分離工程について
本件発明と甲第2号証発明とを対比すると、後者における「標準的なCPD添加プラスチックバッグ」は、採取された血液を封入するものであるから、前者における「採血バッグ」に相当し、また、後者における「移送バッグ」及び「もう一つの移送バッグ」は、血液成分の分離用に用いられるものであるから、後者における「第1の血液成分分離用バッグ」及び「第2の血液成分分離用バッグ」に、それぞれ相当する。
また、両者とも、「フィルターに通して予め白血球及び血小板を除去して前記第1の血液成分分離用バッグに血液成分を得る」工程、「フィルターと第1の血液成分分離用バッグを切り離す」工程、及び、「遠心分離を行い、比重差により分離された上清を前記第2の血液成分分離用バッグに移す」工程の順に操作を進めるものである。
すなわち、血液成分分離用バッグ装置を構成する採血バッグ及び血液成分分離用バッグ並びに血液成分分離工程については、両者に、何ら異なるところがない。

(2)フィルターについて
(i)本件特許明細書には次のように記載されている。
(い)「白血球血小板除去フィルターとは、血液中の白血球および血小板は捕捉するが他の血液成分すなわち血漿、赤血球は捕捉しないフィルターであり、繊維状物質…を充填したフィルターを用いる事ができる。…フィルター素材の形態としては、繊維状のものが白血球および血小板の捕捉効率が良く推奨できる。」(本件特許公告公報(甲第1号証)第4欄第9〜16行)
(ろ)「上記白血球血小板除去フィルターは、例えば繊維状物質の集合体である不織布をフィルターの主要材料として容器に充填して用いるが、白血球および血小板の捕捉効率をより良くする為に不織布表面を白血球、血小板捕捉高分子でコーティングする事もできる。繊維の直径は、0.3μmから20μm程度の物が用いられ、繊維の素材としては、合成繊維、再生セルロースの様な合成繊維、綿の様な天然繊維、無機繊維等が用いられる。中でも合成繊維、例えば…ナイロン…等の繊維が好ましく用いられる。」(同第4欄第20〜30行)
(ii)上記(い)及び(ろ)の記載からすると、「ナイロン繊維フィルター」は、白血球および血小板を捕捉し得るものであるから、甲第2号証発明においても、同じ繊維を用いている以上、白血球及び血小板が除去されていることは明らかである。
しかしながら、上記甲第2号証には、「ナイロン繊維カラムによる白血球の除去に影響する因子については殆ど知られていない。…CPD添加新鮮血のpHは7.2で保存中に酸性側に傾く速度は遅い。このpHではリンパ球も顆粒球も同じようによく除去される。しかしながら、白血球のナイロン繊維カラムへの付着性に影響する他の未知の要因があるに違いない。」(記載(レ))と記載されているし、本件特許明細書の上記(ろ)の記載からすると、フィルター部材の構造によっても捕捉効率が異なるのであるから、同じ材質の「繊維フィルター」を用いたからといって、捕捉効率が同じ、すなわち、濾過後の成分が同じであるとは限らない。
一方、全く同一のフィルターを同1条件で使用すれば、濾過後の成分は同じであるはずであり、逆に、条件を同じくして濾過後の成分が異なれば、使用するフィルターは異なるといえるから、本件発明と甲第2号証発明とで(本件発明において濾過条件が特定されているわけではないから、両者の濾過条件に差があるとはいえない。)、濾過後の成分が同じであるかどうかについてみることとする。
(iii)本件特許明細書には次のように記載されている。
(い)「本発明を用いる事により、全血から完全に無菌的に白血球および血小板を除去した濃厚赤血球、血漿を簡単な操作で得る事ができる様になった。」(本件特許公告公報(甲第1号証)第6欄第10〜12行)
(ろ)「白血球、血小板を除去した血液製剤が得られる為、微小凝集物の発生も少なく、溶血等も少なくなった。」(同第6欄第17〜19行)
(は)「輸血用血液成分中に含まれる白血球および血小板を除去する目的に使用される白血球血小板除去フィルターが近年開発されて来ている。これらの白血球血小板除去フィルターは全血または成分毎に分離された血液成分中の白血球、血小板を効効率良く除去する事ができるので、輸血を受ける患者にとっては副作用が抑えられ、非常に喜ばれている。」(同第3欄第5〜11行)
上記(い)及び(ろ)の記載からすると、「血液製剤」である「白血球血小板除去血漿」は、完全に白血球および血小板を除去したものであって、上記(は)の記載からすると、これが「輸血用」に供されるものであることは明白である。
他方、甲第2号証発明においては、第2の血液成分分離用バッグに得られる上澄は、「血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30ml」を含むものであり、「バフィーコート及び赤血球沈降層の初流」を含んでいることから、そのままでは、「輸血用」に供されないものであることは明らかである。
(iv)そうすると、本件発明と甲第2号証記載の発明とでは、フィルターにより濾過された後の成分が、「白血球血小板除去濃厚赤血球」及び「白血球血小板除去血漿」の2成分であるか、「赤血球」、「バフィーコート」及び「血漿」の3成分であるかにおいて相違し、その結果として、両者において、第2の血液成分分離用バッグに得られる上澄の成分が異なっているというべきである。そうであれば、濾過条件に違いはないのであるから、上記相違が生じたのは、本件発明と甲第2号証発明とで、用いるフィルターが実質的に異なっていることに由来するものといわざるを得ない。

(3)血液製剤について
「白血球除去濃厚液」は、白血球、血小板の除去された赤血球を主たる成分とするものであるから、後者における「白血球血小板除去濃厚赤血球」に相当する。
しかし、「血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30ml」を含むものが、「白血球血小板除去血漿」に相当するものではないことは上述したとおりである。
なお、請求人は、参考資料4ないし6を提示し、「血液製剤」なる用語については、必ずしも、直接輸血に供されるもののみをいうのではなく、それの分画により、輸血用に供される成分を得るようにしたものをも含むように広義に解釈すべきであると主張し、そうであれば、甲第2号証発明において得られる上清成分も、「血液製剤」である点で変わりはない旨主張している(口頭審理調書参照)。
しかしながら、被請求人の提示した、「喜多村悦史著「第二版 血液の基礎知識-血液事業の歴史と方向-」都市文化社、1999年2月20日発行、第51〜53頁」にも記載されているとおり、「血液製剤」なる用語は、「直接輸血に供される」ものの意味で、すなわち狭義に解釈して用いることがあるのも事実であり、「血液製剤」なる用語の意味は、一義的には定まらないものというべきである。
そこで、本件発明において、「血液製剤」が、広義、狭義、いずれの意味で用いられているかを、発明の詳細な説明の記載を参酌してみてみると、上述したとおり、本件発明において、「血液製剤」とは、「直接輸血に供されるもの」をいうものと解すべきであり、この解釈からすると、甲第2号証発明において得られる上澄は、「血液製剤」の範疇には入らないというべきであるので、請求人の主張は採用できない。
また、請求人は、用いるフィルター及び濾過後の遠心分離工程に相違がない以上、得られる血液成分に違いがないはずであり、甲第2号証発明でいうバフィーコート層は、本件発明においては、遠心条件により、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿のいずれかに含まれることになる旨を主張するが(口頭審理調書)、上述したように、用いるフィルターに相違がないとはいえず、他に、請求人の主張を首肯し得るに足る証拠は見当たらないから、請求人のこの主張は採用できない。

(4)一致点、相違点
以上を、まとめると、本件発明と甲第2号証発明との一致点、相違点は次のとおりであると認められる。
(一致点)
「フィルターの上流側に採血バッグが接続され該フィルターの下流側には第1の血液成分分離用バッグが無菌的に接続されている血液成分分離用装置を用いて、
前記採血バッグに採取された血液を前記フィルターに通して予め白血球及び血小板を除去して前記第1の血液成分分離用バッグに血液成分を得た後に、
前記フィルターと第1の血液成分分離用バッグを分離し、
遠心分離を行い、比重差により分離された上清を第2の血液成分分離用バッグに移すことにより、白血球血小板除去濃厚赤血球及び上清を前記血液成分分離用バッグに分取する方法。」
(相違点)
(A-1)前者においては、方法を実施するにあたり、「フィルターの上流側に採血バッグが接続され該フィルターの下流側には第1及び第2の2つの血液成分分離用バッグが無菌的に接続されてなる血液成分分離用バッグ装置」を用いるもの、すなわち、採血バッグとフィルターと第1及び第2の血液成分分離用バッグが一体接続された装置を用いるものであるのに対し、後者においては、「フィルターの上流側に採血バッグが接続され該フィルターの下流側には第1の血液成分分離用バッグが無菌的に接続されてなる血液成分分離用装置」を用いるもの、すなわち、採血バッグとフィルターと第1の血液成分分離用バッグは一体接続されているものの第2の血液成分分離用バッグが接続されていない装置を用いるものである点
(A-2)フィルターが、前者においては、「白血球血小板除去フィルター」であるのに対し、後者においては、「ナイロン繊維フィルター」である点
(B)第2の血液成分分離用バッグに得られる上澄が、前者においては、「血液製剤」である「白血球血小板除去血漿」であるのに対し、後者においては、「血漿、バフィーコート、及び赤血球沈降層の初流30ml」である点

6. 相違点についての判断
(i)本件発明は、「白血球血小板除去フィルター」を、「上流側に採血バッグが接続され」、かつ、「下流側には第1及び第2の2つの血液成分分離用バッグが接続され」という、特定の接続構造とした「血液成分分離用バッグ装置」を用いて、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿の2つの血液製剤(直接輸血に供することができる血液製剤)を得るものであるところ、甲第2号証発明は、用いるフィルターも含め、血液成分分離用装置の具体的構造が異なっており、また、血液成分分離用バッグに得ようとする成分(特に、第2の血液成分分離用バッグに得ようとする上清は、直接輸血に供することができないものである。)も異なっており、甲第2号証発明に基いて、本件発明を、当業者が容易に想到し得たということはできない。
(ii)なるほど、本件訂正明細書には、「輸血用血液成分中に含まれる白血球および血小板を除去する目的に使用される白血球血小板除去フィルターが近年開発されて来ている。これらの白血球血小板除去フィルターは全血または成分毎に分離された血液成分中の白血球、血小板を効効率良く除去する事ができるので、輸血を受ける患者にとっては副作用が抑えられ、非常に喜ばれている。」(本件特許公告公報(甲第1号証)第3欄第5〜11行)と記載されており、この記載からすると、本件発明における白血球血小板除去フィルター自体が新規のものであるとはいえないから、甲第2号証発明において、かかる白血球血小板除去フィルターを用いれば、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿が得られる可能性は否定できない。
しかしながら、本件発明は、特定の接続構造とした「血液成分分離用バッグ装置」を用いて、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿の2つの血液製剤を分取しようとするものであり、仮に、甲第2号証発明において、「白血球血小板除去フィルター」を用いることが容易であるとしても、甲第2号証発明が、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿の2つの血液製剤を同時に得ようとするものでない以上、上記の「血液成分分離用バッグ装置」を用いることまでをも示唆しているということはできない。
(iii)さらに、他の証拠についてみると、甲第3号証は、「フィルターにより白血球、血小板等を捕捉して、赤血球、血漿が主となる、白血球除去濃厚赤血球を得る」ことを、甲第4号証は、「血液成分分離用バッグ装置を用い、まず、遠心分離を行って、赤血球と血漿と血小板からなる上澄みとに分離し、血漿と血小板とはフィルターを介さずに連結バッグに移送し、赤血球は、白血球除去フィルターを介して他の連結バッグに移送するようにする」ことを、甲第5号証は、「血液バッグを、血漿及び小板の如き血液分離成分を保持するために必要なサテライトバッグに無菌的に接続する」ことを、甲第6号証は、「袋中で血液を遠心分離し、上層部(血漿、血小板)を上側から別の袋に、下層部(赤血球)を下側から別の袋に移送する」ことを、また、甲第7号証は、「親バッグから子バッグへの成分の移送後、親バックと子バッグとを切り離す」ことを、それぞれ、開示するものの、いずれも、白血球血小板除去濃厚赤血球及び白血球血小板除去血漿の2つの血液製剤を分取することを目的とした発明ではなく、上記相違点を示唆しているとはいえない。
(iv)そして、本件考案によれば、「全血から完全に無菌的に白血球および血小板を除去した濃厚赤血球、血漿を簡単な操作で得る事ができる様になった。」、「更に遠心分離操作を行なう際、白血球血小板除去フィルターを取り外してしまう事が可能な為、遠心時に白血球血小板除去フィルターが破損したり、血液成分分離用バッグが破損される事が無い為非常に安全な血液成分分離システムとする事ができた。」という、従来技術によっては奏されない効果が奏されるものと認められる。
(v)してみると、本件発明が、甲第2ないし第7号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものということはできない。

7. むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-03-27 
結審通知日 2001-04-06 
審決日 2001-04-17 
出願番号 特願昭63-153465
審決分類 P 1 112・ 121- Y (A61M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山中 真  
特許庁審判長 梅田 幸秀
特許庁審判官 千壽 哲郎
和泉 等
登録日 1995-05-12 
登録番号 特許第1930016号(P1930016)
発明の名称 血液成分分離方法  
代理人 辻 邦夫  
代理人 辻 良子  
代理人 清水 猛  
代理人 伊藤 穣  
代理人 武井 英夫  
代理人 鳴井 義夫  

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