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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない C12N
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備 無効としない C12N
審判 全部無効 発明同一 無効としない C12N
審判 全部無効 産業上利用性 無効としない C12N
管理番号 1094524
審判番号 無効2001-35414  
総通号数 53 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1992-02-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-09-26 
確定日 2004-02-03 
事件の表示 上記当事者間の特許第2918895号発明「組換え型DNA由来ボルデテラ毒素サブユニット類似体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
(1)本件特許第2918895号の請求項1〜5に係る発明についての出願は、昭和63年8月26日(パリ条約による優先権主張1987年9月4日、1988年8月17日、ともに米国)に国際出願され、平成11年4月23日にその発明について特許権の設定登録がなされ、この特許に対して、平成13年9月26日付けで、アヴェンティス パスツール リミテッドより特許無効審判が請求され、被請求人より答弁書が提出され、平成14年6月5日に口頭審理を行って、事件の争点整理をした後、平成14年8月5日付で、請求人から弁駁書並びに上申書が、また、平成14年8月5日付並びに9月13日付で、被請求人から上申書が提出されたものである。
II.本件発明
本件請求項1〜5に係る発明(以下「本件発明1〜5」という。)は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された、以下のとおりのものである。
【請求項1】 百日咳毒素のサブユニットS1のアミノ酸残基を毒素中和レベルの抗体を誘発させる能力を維持しつつ百日咳毒素に関連する酵素活性をなくさせるか減少させることができる他のアミノ酸残基に置換することにより修飾した百日咳毒素のサブユニットS1を含み、少なくともN-末端から9番目のアルギニン(アルギニン9)が他のアミノ酸に置換されている、百日咳ワクチンの調製に使用され実質的に毒性を有しなく免疫学的に活性なポリペプチド。
【請求項2】 前記アルギニンがリシンに置換されている請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】 前記置換がアルギニン残基をコードするコドンの部位特異的突然変異誘発によってなされたものである請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項4】 百日咳毒素のサブユニットS2,S3,S4及びS5の少なくとも一つを更に含む請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項5】 請求項1ないし4のいずれかのポリペプチドの有効量を含有する免疫用ワクチン組成物
III.当事者の主張の概要
1.請求人の主張の概要
請求人は、本件特許の請求項1、2、3、4及び5に係る各発明について、「これらの特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の甲第1号証ないし甲第21号証及び甲第20号証の2を提出して、その理由を、概略、次のとおり主張している。
A.無効理由1
本件特許の請求項1〜5に係る各発明は産業上利用することができる発明に該当せず、特許法第29条柱書きの規定に違反して特許されたものであるから、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
B.無効理由2
本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明にはこれらの発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、これらの発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえず、更に本件特許に係る請求項1〜5の記載は、発明の詳細な説明に記載された事項に基づいておらず、更に、発明の構成に欠くことができない事項が記載されているとはいえず、特許法第36条第3項、並びに第4項及び第5項に規定する要件を満たしていないから、同法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。
C.無効理由3
本件特許の請求項1〜5に係る各発明は第1優先権(米国出願第094307号)を享受できず、従って、甲第18号証に記載された発明により新規性がなく、特許法第29条2の規定により特許を受けることができないものであるから、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。

甲第1号証:Burnette et al.,Bio/Tech 6:699-706,June 1988
甲第2号証:Pizza et al.,EP 0396964 B1
甲第3号証:Rappuoli et al.,Bact.Vaccines and Local Immun.Ann Sclavo 1-2,183-189.1986
甲第4号証:Nicosia et al,Infect.Immun.55:963-967,Apr.1987
甲第5号証:Loch et al.,Infect.Immun.55:2546-2553,Nov.1987
甲第6号証:Pizza et al.,Science 246:497-500,1989
甲第7号証:Pizza et al.,In Bacterial Protein Toxins.Zbl.Bakt.Suppl.19.Stuttgart:1990,507-518
甲第8号証:Rappuoli et al.,Tib Tech 9:232-237,July 1991
甲第9号証:Rappuoli et al.,FEMS Microbiol.Immunol.105:161-170,1992
甲第10号証:Burnette,Vaccine Research and Developments,Vol.1:142-193
甲第11号証:Bartley et al.,PNAS 86:8353-8357,Nov.1989
甲第12号証:Burnette,Royal Society of Medicine(1992)Vol.85,285-287
甲第13号証:Burnette,Infect.Immun.(1992)Vol.60:2252-2256
甲第14号証:Burnette,Biologicals(1993)Vol.21:12-13
甲第15号証:Burnette,Supramolecular Structure and Function,Balaban Publishers,Rehovoth,Israel,March 1994,149-163
甲第16号証:Burnette,Recombinant and Synthetic Vaccines(1994)、369-387
甲第17号証:Curent Opinion in Biotechnology(1991)Vol.2:882-892
甲第18号証:イギリス特許出願番号第27489号(1987)明細書
甲第19号証:米国特許出願第07/094307号明細書
甲第20号証:ヨーロッパ特許公開第0332115号(A2)明細書
(甲第20号証の2:特開平2-2383号公報:甲第18号証のイギリス特許出願を基礎とする優先権主張を伴う日本国特許出願の公開公報)
甲第21号証:ヨーロッパ特許第0306318号の異議事件にかかるオールド博士の宣誓書
2.被請求人の主張の概要
被請求人は、「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の乙第1号証ないし乙第19号証及び参考資料1ないし参考資料3を提出している。

乙第1号証:Olanderら,Microbial Pathogenesis(1991)10:159-164
乙第2号証:Runeberg-Nymanら,Vaccines(1990)90:425-428
乙第3号証:Arciniegaら,Infection and Immunity(1991)59:3407-3410
乙第4号証:Pittman,Pediatric Infectious Disease(1984)467-486
乙第5号証:Loosemoreら,Infection and Immunity(1990)58:3653-3662
乙第6号証:Rappoli,Rappuoliら,Immunobiology(1992)184:230-239
乙第7号証:Tamuraら,Biochemistry 21:5516-5522(1982)
乙第8号証:Satoら,Infection and Immunity(1984)46:422-428
乙第9号証:Nicosiaら,Proc.Natl.Acad.Sci.83:4631-35(1986)
乙第10号証:LochtおよびKeith,Science 232:1258-1264(1986)
乙第11号証:Stibitzら,Gene 50:133-140(1986)
乙第12号証:Storsaeterら,Vaccine(1998)16:1907-1916
乙第13号証:Cherryら,Vaccine(1998)16:1901-1906
乙第14号証:ジェフリー・エフ・ミラー博士(Ph.D.)の経歴
乙第15号証:請求人アベンティス(コノート)及びアムジェン間の米国におけるインターフェレンス事件第104147号において提出されたジェフリー・エフ・ミラー博士(Ph.D.)の供述書及びその翻訳
乙第16号証:本件特許の対応ヨーロッパ特許EP0306318に対し請求人の被承継人コノート・ラボラトリーズ・リミテッドが提出した異議申立に対する決定及びその抄訳
乙第17号証:請求人アベンティス(コノート)及びアムジェン間の米国におけるインターフェレンス事件第104147号において提出されたジョン・コリアー博士(Ph.D.)の供述書及びその翻訳
乙第18号証:ジョン・コリアー博士(Ph.D.)の経歴
乙第19号証:Satoら,Infection and Immunity(1987)55:909-915
参考資料1:化学大辞典、東京化学同人、1989年10月20日発行、第1384頁
参考資料2:W.R.Taylor,J.Theor.Biol.,119:205-218(1986)
参考資料3:S.French and B.Robson,J.Mol.Evol.,19:171(1983)
IV.当審の判断
1.無効理由1について
(1-1)請求人の主張
請求人は、「本件発明のS1類似体が単独でワクチンの活性成分に要求される毒素中和レベルの抗体を誘導し得るという特性を有するものであることが実証されておらず、またこの点は本願明細書の記載や当該技術における技術文献から自明ではない。しかも、「免疫防御」と「毒素中和レベルの抗体の誘導」とは直接的な関係にない。更に、ホロトキシンの形態として初めてかかる特性を発揮できるにもかかわらず、S1類似体を用いたホロトキシンの形成と、得られたホロトキシンの有する機能についてもなんら実証されておらず、しかも、この点についても本願明細書の記載や当該技術における技術文献から自明ではない」から、本件発明のペプチド及びワクチン組成物は、本件明細書において目的とされる「百日咳ワクチンの調製」を達成することができないので、本件発明1〜5は、特許法第29条柱書きに規定する産業上利用することができる発明に該当せず、特許を受けることができないと主張している。
(1-2)特許明細書の記載
(1-2-1)サブユニットS1及びS1類似体について
本件特許明細書には、百日咳菌(Bordetella pertussis)の毒素(PTX)のサブユニットS1及びS1類似体について、「本発明は、少なくともBordetella外毒素のサブユニットS1をコードする部分、あるいは上記部分の断片又は誘導体よりなる組み換えDNA分子を提供するが、ここで上記部分あるいは断面又は誘導体は、(a)毒素中和レベルの抗体を引き出す(誘発する)ことができ、(b)実質的には能原性部分を含まない生物学的活性を有するポリペプチドをコードする。ポリペプチドS1サブユニットまたはそのサブユニット類似体はpertussis毒性に対して免疫防御を提供する際に重要であることが公知の主要エピトープよりなる。毒素中和レベルの抗体はpertussis毒性に対する免疫防御を示す。部位特異的突然変異誘発により実質的には酸素的に(注.「酵素的に」の誤記と認められる。)不活性であるサブユニットS1の類似体が生じる。」(特許掲載公報4欄13〜25行)、「単独で、又はPTXの他のサブユニットと組み合わせて用いるS1類似体は、未改変の天然型サブユニット又は組み換え由来サブユニット中に存在する反応原性成分により発症するおそれのある副作用に有効で且つ大いにそれを低減するワクチン産物を提供する。」(同5欄13〜18行)と記載され、具体的にS1サブユニットを得る手法について、「従来の報告とは異なり、全プラスミドは一連のE.coli汎化発現ベクターから作製された。従来の技術の図1に示される制限部位を用いて個々のpertussis毒素サブユニット遺伝子セグメントを単離した。上流制限部位はサブユニットのシグナルペプチド含有型の発現に関する開始コドンのすぐ内側かまたはサブユニット類似体のメチオニル成熟系の発現に関するサブユニットの成熟、プロセシング形のアミノ末端残基に関するコドンのすぐ内側であった。」(同8欄45行〜9欄3行)、「合成オリゴヌクレオチドを使用して、遺伝子セグメントを、合成プロモータ及びリボゾーム結合部位の下流の至適距離の位置で発現プラスミドに挿入した。」(同9欄8〜11行)、「種々のプラスミド構築物でE.coliFM5細胞を形質転換…」(同9欄21行)、「S1発現プラスミド(pPTX S1/1)を含有するE.coli細胞を工業的規模で供給バッチ10リットル発酵器中で42℃で誘導した場合、それらは、SDS-PAGEにおいて真性PTX S1と同時に移動する約26000ダルトンの主要細胞内蛋白質を産生した。部分アミノ酸配列分析により、このポリペプチドが成熟S1サブユニットを予測させるアミノ末端配列を有することが確認された。その蛋白質はWesternブロットにおけるマウス抗S1モノクローン抗体との反応性により免疫化学的にS1と同定された。」(同9欄40〜50行)、「供給バッチ処理に対する発酵条件を改良した結果、実質的に完全な成熟型へのプレS1のプロセッシングが生じた。」(同10欄16〜17行)と記載され、また、その類似体を得る手法について「部位特異的変異誘発技術を用いて、切頭型の類似体を作成した。」(同13欄20〜21行)と記載されている。また、S1サブユニットの免疫活性について、「組み換えS1によるマウスの免疫防御:粗製組み換えS1,精製組み換えS4,及び適当な対照物質で免疫化したマウスに、B.pertussisマウス有毒株18323による脳内チャレンジを施し、チャレンジ後45日間の死亡率を採点した(第6図)。50μgの試験物質(市販pertussisワクチンの1:35希釈液100μl)を腹腔内注射してマウスを免疫した:接種後21日目に同量を注射してブーストし、成育可能B.pertussis菌株の脳内チャレンジにより7日後にチャレンジした(3×104細菌/動物)。組み換え調製物には活性なホロ毒素が欠如しているため防御は予測されなかったけれども、意外にも非免疫化対照に対してrS1免疫化動物に関する生存時間の増大が認められた。さらに、アジュバント含有rS1を投与された多数のマウスはチャレンジに対して完全に防御された:アジュバント含有rS4で免疫したマウスは、良好な抗体反応を示した(図5参照)けれども、非免疫化マウスより良好に防御されはしなかった。別の予備実験では、アジュバント含有rS1はチャレンジに対する用量-反応防御を引き出すと思われた。脳内チャレンジアッセイにおける不完全防御は、免疫化物質中に活性ホロ毒素がなかったことによるものと考えられる:にもかかわらず、この予備試験で達成された防御は、組み換えS1蛋白質がサブユニットワクチン材料としての能力を有していることを立証するものである。その後の研究からは、B.pertussisマウス有毒株18323による脳内チャレンジに対する防御は確証されていない。」(同12欄43行〜13欄18行)と記載され、第6図には、B.pertussisによるi.c.誘発後14日目までの各種免疫マウスの生存率が示され、5日目までは全てのマウスが生存し、免疫を行わない場合、及びrS4と完全フロイントアジュバント(CFA)とで免疫した場合は、6日目に全てのマウスが死亡し、百日咳毒素、百日咳毒素とCFA、及び、市販ワクチンで免疫した場合は、それぞれ14日後も90〜100%が生存するのに対し、遺伝子組換の手法を用いて大腸菌を宿主として発現させた、配列は野生型と同じ、非置換のrS1で免疫した場合には、6日〜8日後に約60%が生存し、10日後に約40%が生存し、12日後には全てが死亡すること、rS1とCFAとで免疫した場合は、6日後に約75%、8日後に約60%、10日後に約40%が生存し、12日〜14日後には約30%が生存することが見て取れる。また、S1類似体については、「S1類似体 蛋白質工学技術及び部位特異的変異誘発技術を用いて、切頭型の類似体を作成した。バリン7とプロリン14を境界とする領域がS1分子のADP-リボース転移酵素作用に必要な領域であることが分かった。マウスにおいて毒素作用から受動保護するモノクローン抗体と結合する抗原決定基(すなわち保護応答の引き出しに関係する抗原決定基)がバリン7とプロリン14を境界とする領域の中に少なくとも部分的に存在する。バリン7とプロリン14を境界とする領域のS1分子の変異誘発によって酵素作用を欠くS1類似分子が保護性抗原決定基を保持したままで生成された。保護性抗原決定基は百日咳毒素に対する免疫保護を与える上で重要である。1種類またはそれ以上のアミノ酸の置換及び/または欠失も含めたバリン7からプロリン14の改変により、毒素中和レベルの抗体を引き出すことができ且つ実質的に反応原性成分を含まないS1類似体生成物が得られる。」(同13欄19〜35行)と記載され、得られたS1類似体の特性について、「各調製物を分析して…毒性B.pertussisによる脳内攻撃からマウスを受動的に保護することが知られているモノクローン抗体IB7に結合する能力を調べた。また、ADPリボース転移酵素活性についても評価した。その結果を表2に示す。」(同21欄2行〜22欄4行)、「S1類似体4-1(Arg9→Lys)は中和性mAb IB7との反応性を保持したままで転移酵素活性はほとんど、あるいは全く示さなかった。定量法において4-1蛋白質の量を増大しても、認められる酵素活性の量はごくわずかにすぎなかった(第8A図)。測定を繰り返し行った結果、S1類似体の固有ADPリボース転移酵素活性が少なくとも5000以下の活性割合に低下した。単残基置換の変異体に関連するNADグリコヒドロラーゼ活性の測定を行った結果(第8B図)、ADPリボース転移酵素活性の評価から得られたのと同様のパターンを得た。S1類似体4-1は検出可能なグリコヒドロラーゼ活性をほとんど、あるいは全く示さず、この活性の大きさが少なくとも50〜100以下の活性割合に低減していることが分かった。」(同21欄30〜42行)と記載され、表2には、サブユニットS1の9位ArgをLysに置換した変性S1(S1類似体4-1)をコードするpPTX S1(6A-3/4-1)によって形質転換されたFM5細胞により生成された蛋白質調製物が、ADPリボース転移酵素活性が-であり、抗体IB7との結合性が+であることが記載されている。本件特許明細書には、さらに、「受動保護性モノクローン抗体に結合する能力(すなわち主な保護性抗原決定基を保持する)を有し、毒性作用の主要標識(ADPリボース転移酵素)を欠落することができるため、第7図に示すようにクローンpPTX S1(6A-3/4-1)によって生成された組み換えS1類似体分子及びその改変体は単独で、あるいは他のPTXサブユニットと組み合わせて完全で経済的なサブユニットワクチンとして使用できる。アルギニン9をリシンで置換したクローンpPTX S1(6A-3/4-1)によって生成されたS1類似体は、完全なサブユニットワクチンに必要な所望特性を有するrS1類似体の実例である。」(同21欄43行〜22欄32行)と記載されているが、当該rS1類似体の免疫活性について具体的なデータ等は記載されていない。そして、本件特許明細書には、「現存の無細胞性ワクチンはS1,S2,S3,S4,S5のサブユニットの含有する。培養した哺乳類細胞において百日咳毒素によって生じる形態的な変化は、最近になってS1サブユニットの特性であることが証明されたが、この効果はBオリゴマーの存在時にしか示されていない。ここに記載する予備研究によって、主要な保護性抗原決定基は保持するが毒性作用を欠くrS1類似体を用いた単一サブユニットワクチンの可能性が証明されている。」(同22欄37〜45行)と記載されている。
そして、これらの事項は、「S1類似体4-1(Arg9→Lys)は〜この活性の大きさが少なくとも50〜100以下の活性割合に低減していることが分かった。」(特許掲載公報21欄30〜42行)という記載事項を除いて、本件の第1優先権基礎出願(1987年9月4日)の明細書にも記載されている。また、上記公報21欄30〜42行の記載事項は、本件の第2優先権基礎出願(1988年8月17日)の明細書に記載されている。
(1-2-2)ホロトキシン(ホロ毒素)及び半組換えホロ毒素について
本件特許明細書には、S1類似体、及びこれと他のサブユニットを組み合わせて用いることについて、「S1類似体もサブユニットS2,S3,S4,S5と組み合わせての用途を有する。これらのサブユニットはS1への免疫応答を増大すると共に、自身で保護性抗原決定基を有することができる。S1サブユニット類似体を含むワクチンがさらにボルデテラ外毒素の前記サブユニットS2,S3,S4,S5およびそれらの混合物の少なくとも1つを含むことも本発明の範囲に該当する。サブユニットS2,S3,S4,S5は、百日咳菌から誘導しても良いし、あるいは遺伝子工学的に得られたサブユニットおよびそれらの類似体とすることができる。」(同22欄46行〜23欄4行)と記載されており、当該事項は、第1優先権基礎出願(1987年9月4日)の明細書にも記載されている。
また、本件特許明細書には、S1又はS1類似体と天然型Bオリゴマーとからの半組み換えホロ毒素の形成について、「S1/1-4類似体とS1/1の生物学的活性の評価 …未配列の組み換えS1蛋白質と類似体S1/1-4(上述のようにArg9-Lys置換と天然配列のアスパルチルアスパルテートアミノ末端残基を含む)とをE.coli生成細胞から個々に単離した。」(同23欄11〜17行)、「S1のArg9-Lys変異の生物学的活性を評価するために、変異体類似体と天然型配列の組み換えS1蛋白質を関連させて百日咳ホロ毒素種にする必要があった。高度に精製した百日咳毒素Bオリゴマー(毒素サブユニットS2,S3,S4,S5の五量体構造)が…D.Burnsから提供された。2種類のS1サブユニット種を下記の方法によりBオリゴマーとここに関連させてホロ毒素分子を形成した。等モル量の組み換えS1種とBオリゴマーを2Mの尿素、10mMの燐酸カリウム溶液(pH7.5)において結合して、37℃で30分間温置した。ネイティブなアクリルアミドゲルにおける電気泳動によってホロ毒素の形成を評価した(第10図)。ゲル1、組み換えS1/1と天然型オリゴマー。ゲル2、組み換えS1/1-4と天然型Bオリゴマー。ゲル3、天然型Bオリゴマー。ゲル4、天然型B.pertussisホロ毒素。ゲル5、組み換えS1/1。これらのゲルが示すように、ホロ毒素種は天然型Bオリゴマーと組み換えS1/1または組み換えS1/1-4のいずれかとの組合せから組み立てられたものであった。」(同23欄47行〜24欄16行)と記載され、第10図には、天然型Bオリゴマーと組み換えS1/1又は組み換えS1/1-4の組合せについてのネイティブ、非還元性、非変性ポリアクリルアミドゲルのオートラジオグラムが示され、それによれば、ゲル1とゲル2のオートラジオグラムには、ゲル3、ゲル5とそれぞれ同様の位置にバンドが存在することに加え、ゲル4と同様の位置にもバンドが存在することを見て取ることができる。また、本件特許明細書には、当該半組み換えホロ毒素の特性について、「次に半組み換えホロ毒素(Bオリゴマー+S1/1または類似体S1/1-4)の検査を、試験管内でのチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞の集塊応答を引き出す能力に関して行った。この応答は百日咳毒素の細胞変性の尺度であることが証明されている。」(同24欄17〜21行)、「第11図はこのような分析の結果を示したものであり、特に興味が持たれるのはS1/1-4類似体に関するパネルG、H、Jである。S1/1-4類似体単独とS1/1-4類似体及びBオリゴマーから形成したホロ毒素の1600倍希釈液が細胞集塊がないことを示しているのに対し、200倍希釈液は相当量の集塊を示している。パネルAは200倍緩衝希釈液のみで処理した細胞である。パネルBは200分の1の希釈度のBオリゴマーのみを用いての処理である。この希釈度ではある程度の集塊が認められるが、これは精製後に残留する天然型S1サブユニットの汚染によるものである。パネルBは同一の穴(パネルI)の別の領域と比較することが可能であり、希釈度200倍のBオリゴマー標品の集塊作用があることを明確に示している。パネルCは希釈度200分の1の市販の天然型S1サブユニットで処理した細胞である。パネルDは希釈度2000分の1の市販の天然型百日咳ホロ毒素であり、百日咳毒素が培地中のCHO細胞に対して劇的な細胞変性効果をもつことを示している。パネルEは希釈度2000分の1の天然型配列の組み換えS1サブユニットである。パネルFはBオリゴマーと結合して2000倍に希釈したS1/1を示す。CHO細胞集塊作用は天然型ホロ毒素の場合と同じ程度に劇的であり、Bオリゴマー及び組み換えS1蛋白質とホロ毒素の関連を示す物理的ゲル結果(上記)を支持するものである。パネルGはArg-Lys変異体S1/1-4自身はCHO細胞に対して何の作用もないことを示している。パネルHはS1/1-4類似体とBオリゴマーから形成したホロ毒素の希釈度が1600分の1の時、CHO細胞の集塊がないことを示している。希釈度200分の1(パネルJ)でS1/1-4含有ホロ毒素のある程度の集塊が見られるが、類似体S1種が集塊作用に与える影響は、同じ希釈度のBオリゴマーに比較して無視し得るものであると考えられる(パネルI)。」(同24欄33行〜25欄15行)と記載され、第11図には、光学顕微鏡により細胞クラスターの存在に関して調べた細胞単層の写真が示されており、それによると、パネルB、C、E、G、Hは、集塊が少なく、パネルA(緩衝液のみ)と同程度の状況であり、パネルDとFは集塊が大であり、IとJは同程度の集塊を示すことが見て取れる。そして、本件特許明細書には、「初期の実験は、CHO細胞の集塊現象を引き出すために必要な各種百日咳毒素種の有効濃度を定量するために行われてきた。これまでの結果から、市販の百日咳毒素も組み換えS1/1を含むホロ毒素も0.25〜0.30ng/ml程度の低濃度で細胞集塊を生じたのに対し、S1/1-4類似体を含むホロ毒素は、集塊作用を引き出すのに少なくとも10〜25ng/mlの濃度を要することが明らかになった。これらの結果は、百日咳濃度の細胞特性作用がそのS1サブユニットの一部分の中に存在し、その酵素作用と直接関係することを確認するものである。さらに重要なこととして、これらの実験から、部位特異的突然変異誘発によって誘導された特定の組み換え毒素サブユニットから、比較的毒性の低い百日咳毒素分子を形成することができる。」(同25欄16〜30行)と記載されている。
そして、これらの事項は、本件の第2優先権基礎出願(1988年8月17日)の明細書にも記載されている。
(1-3)当審の判断
(1-3-1)S1類似体単独の免疫活性について
本件特許明細書には、本件発明のS1類似体4-1が単独でワクチンの活性成分に要求される毒素中和レベルの抗体を誘導し得るという特性を有することを示す実施例は記載されていない。
しかしながら、本件特許明細書には、S1類似体4-1と同じく遺伝子組換の手法を用いて大腸菌を宿主として発現させた、配列は野生型と同じ、非置換の組換S1(rS1)の免疫活性について、「B.pertussisマウス有毒株18323による脳内チャレンジを施し、チャレンジ後45日間の死亡率を採点」する試験において、「意外にも非免疫化対照に対してrS1免疫化動物に関する生存時間の増大が認められた」こと、「さらに、アジュバント含有rS1を投与された多数のマウスはチャレンジに対して完全に防御された」こと、一方、「アジュバント含有rS4で免疫したマウスは、良好な抗体反応を示したけれども、非免疫化マウスより良好に防御されはしなかった」ことが記載され、「別の予備実験では、アジュバント含有rS1はチャレンジに対する用量-反応防御を引き出すと思われた。…この予備試験で達成された防御は、組み換えS1蛋白質がサブユニットワクチン材料としての能力を有していることを立証するものである。」と記載されており、また、本件特許明細書に添付した第6図から、上記試験において、免疫を行わない場合、及びrS4と完全フロイントアジュバント(CFA)とで免疫した場合は、6日目に全てのマウスが死亡したのに対し、非置換のrS1で免疫した場合には、12日後には全てが死亡したものの、6日〜8日後には約60%が生存し、10日後には約40%が生存したこと、更に、rS1とCFAとで免疫した場合は、6日後に約75%、8日後に約60%、10日後に約40%が生存し、12日〜14日後には約30%が生存したことが見て取れる。そして、本件特許明細書には、「その後の研究からは、B.pertussisマウス有毒株18323による脳内チャレンジに対する防御は確証されていない」(特許掲載公報13欄16〜18行)とも記載されているが、被請求人の提出した乙第1号証乃至乙第2号証によれば、本件出願後の別人の研究においても、上記試験結果と同様に、「枯草菌BacS1で分泌蛋白質として得られたS1の免疫原性を更に詳しく分析した。…良いアジュバントを投与した場合、BacS1は天然型PTと結合する抗体を誘発させてその作用を中和し、マウスを百日咳菌の致死感染から防御する。」(乙第1号証160頁14〜21行)、「BacS1抗血清は、PT抗血清で観察されるCHO抗体価より低いにもかかわらず、良好なCHO抗体価を示した。…中和抗体を含む血清はマウスを致死感染から防御することができた。BacS1抗血清は、低希釈度でありさえすれば変わらず防御することができた。」(乙第2号証426頁、表の下3〜19行)という結果が得られていることからみても、非置換のrS1には、上記試験の14日目においても90〜100%のマウスの生存率を示した天然のPTX(百日咳毒素)及び市販のワクチンよりも劣るものの、百日咳菌の脳内チャレンジに対し、持続する、ある程度の防御、免疫活性があるとするのが相当と認められる。そして、このことは、非置換のrS1は、保護性抗原決定基を有しており、当該保護性抗原決定基の作用で百日咳ワクチンの調製に使用し得る程度に毒素中和レベルの抗体を誘導したと考えるのが自然である。
一方、本件特許明細書の表2には、サブユニットS1の9位ArgをLysに置換した変性S1(S1類似体4-1)が、ADPリボース転移酵素活性が-であり、また、百日咳菌の脳内チャレンジに対する防御活性を有することが知られている抗百日咳防護モノクローナル抗体である抗体IB7との結合性は非置換rS1と同様に+であることが記載されている。
そして、S1類似体4-1は、上記非置換のrS1と同様の製法で製造される、同程度の大きさのポリペプチドであり、かつ、上記表2に記載されているように、抗百日咳防護モノクローナル抗体との結合性を保持するものであることからみて、上述の非置換rS1が有していると考えられる当該防護モノクローナル抗体の抗原決定基についての立体構造が上記置換によっても保存されているとするのが相当と認められるので、非置換rS1と同様に、S1類似体4-1単独で毒素中和レベルの抗体を誘導し得、それにより百日咳ワクチンの調製に使用し得るとするのが相当と認められる。
この点について、請求人は、甲第1号証の「S1サブユニットがそれ自身においてマウスを防御する抗体応答を誘発することは明らかではない。」という記載、及び、甲第12号証、並びに、甲第14号証〜甲第16号証の「S1サブユニットは、単独では、実験動物で毒素中和抗体を誘発せず、防御性の免疫応答を誘導することができなかった」旨の記載を引用し、また、甲第2号証、甲第3号証、及び甲第6号証乃至甲第9号証の「大腸菌で発現させた組換えS1(あるいは組換えS1類似体)はインビボ(マウス)で防御性の抗百日咳抗体の形成を誘導することができなかった」旨の記載、並びに、甲第4号証、甲第9号証の「防御は個々のサブユニットにはなく、完全に組み立てられた百日咳毒素に存在する立体配置のエピトープによって介在される」旨の記載を引用して、組み換えS1サブユニット及びその類似体は単独では毒素中和レベルの抗体を誘発できないと主張している。なお、請求人は甲第5号証をも引用しているが、同号証の請求人による引用箇所には、組み換えS2サブユニットで免疫されたマウスにおいて、百日咳菌による脳内チャレンジに対し顕著な防御が観察されなかったことが記載されているだけであり、組み換えS1については特になにも記載されていない。
しかしながら、上記甲第1号証、甲第12号証、及び、甲第14号証〜甲第16号証は、本件発明の発明者であるバーネットを著者の一人とするものであり、いずれも本件の第1優先権主張日以後に刊行されたものであるが、甲第1号証には、請求人の引用する「S1サブユニットは重要なエピトープを含む、これに対するモノクローナル抗体はマウス脳内チャレンジに対してマウスに受動免疫性を与えることが示された。我々の組み換えS1はこのモノクローナル抗体との反応性を維持しているが、それ自身においてマウスを防御する抗体応答を誘発することは明らかではない。」(703頁右欄下2行〜704頁左欄5行)という記載に続いて、「しかしながら、ヒトにおいて病気に対する防御性を与える百日咳トキソイド(無毒化された毒素)調製物も、マウス脳内チャレンジアッセイにおいては満足する結果が得られないことを銘記すべきである。かくして、この効能試験の妥当性と適切性についての疑問が提示される。事実、ロビンソンとアイアンスは補助的な免疫原量の活性毒素をトキソイドに加えることにより、マウスの保護効果が増大することを示した。これはおそらく保護抗体の血液脳関門の血管透過性を増加することによるものである。我々の研究室における予備試験の結果は、有意なレベルのマウスの保護が、免疫工程を調整することにより、また、それ自体では保護を与えないほどの少量の毒素を加えることにより、組み換え百日咳サブユニットによって成し遂げられるであろうことを示唆する。」(704頁左欄5〜20行)と記載されているから、甲第1号証は、本件発明の発明者自身がS1サブユニットには防御性の免疫応答を誘導する能力がないことを認めたものというよりは、むしろマウス脳内チャレンジ法が防御抗体応答誘発試験には不適切であることを述べていると解するのが相当であって、非置換のrS1に百日咳菌に対するある程度の防御、免疫活性があることを否定するものとはいえない。また、甲第12号証、及び甲第14号証〜甲第16号証の上記記載は、いずれも甲第1号証を引用して記載されたものであるから、甲第1号証と同様に、非置換のrS1に百日咳菌に対するある程度の防御、免疫活性があることを否定するものとはいえない。よって、これらの甲号証の記載は、本件特許明細書の「組換えS1が単独で毒素中和レベルの抗体を誘導した」ことを示す記載と矛盾するものではないというべきである。
また、甲第2号証乃至甲第4号証、及び、甲第6号証乃至甲第9号証は、スクラボS.p.Aのラプオリらの研究について報ずるものであるが、甲第3号証に「大腸菌でのPTオペロンの発現に対する試みは不成功であった。我々は融合生産物として5つのサブユニットのそれぞれを高レベルに大腸菌で発現することに成功した。精製されたサブユニットは、PT活性の中和または毒性の百日咳菌を用いた脳内チャレンジにおけるマウスの防御を行うことのできる抗体を誘導することはできなかった。」(187頁下4行〜188頁2行)と、また、甲第2号証に「これらのペプチドは、バクテリオファージMS2ポリメラーゼの98アミノ酸末端配列に融合した蛋白質として発現された。」(3頁50〜54行)、「in vivo(マウス)での試験の際に、このペプチドによって防御性の抗百日咳抗体の形成を誘導することは不可能であり、これは、おそらく天然分子において想定されるのと同じ立体構造をこのペプチドが示すことができないためである。」(3頁55行〜4頁2行)と記載されているように、いずれもサブユニットを融合蛋白として発現させたときに、当該サブユニットが毒性中和抗体を誘導できなかったことを示すものである。一方、本件発明は、(1-2-1)で引用した本件特許掲載公報8欄45行〜9欄3行、9欄8〜11行、9欄21行、9欄40〜50行及び10欄16〜17行に記載されているとおり、サブユニットを融合蛋白ではなく、本来のサブユニットと同様に成熟蛋白として発現させているから、これらの甲号証の「融合蛋白質としてのサブユニットが毒性中和抗体を誘導できなかった」旨の記載は、本件特許明細書の「組換えS1が単独で毒性中和レベルの抗体を誘導した」ことを示す記載と矛盾するものとはいえない。
請求人は、また、毒素中和レベルの抗体誘発と免疫防御性は直接関係ないとも主張している。
しかしながら、上述のとおり、本件特許明細書には非置換のrS1に百日咳菌に対するある程度の防御、免疫活性があることが示されており、当審は、rS1と同程度の大きさを有するS1類似体にも抗百日咳防護抗体に対する反応性を保持した共通の免疫エピトープが保存されていると推定し、当該S1類似体についても非置換rS1と同様の活性があるとするのが相当であると認定したのであるから、請求人の上記主張を考慮しても、当審の上記認定は変更されない。
(1-3-2)S1類似体を用いたホロトキシンについて
審判請求人は、甲第12号証の「我々は毒性活性の可能性のある低減と防御的免疫原性を評価するために、ホロトキシンの再構築を行う義務がある。」(286頁左欄下3行〜右欄1行)という記載、及び甲第17号証の「組み換え百日咳菌から分泌された遺伝子対応のトキソイドは精製され、ヒトボランティアにおいて安全性と免疫原性が評価された。免疫原性の評価は、トキソイドが高力価の毒素中和抗体を誘発することができるだけでなく、有意な記憶性の細胞応答を与えることができることを明らかとした。」(887頁右欄22〜33行)という記載を引用し、また、甲第10号証の「毒素は…どこで、どのようにそのサブユニットがホロトキシンの形態に組み立てられるのかについては明らかではない。」(147頁図1下12〜14行)という記載、甲第11号証の「組み換えホロトキシンと天然のホロトキシンの間における構造上の同一性の確認には、物理的及び免疫学的な評価が更に要求される。」(8356頁左欄下13〜11行)という記載、並びに、甲第13号証の「残念ながら、毒素は組み換え大腸菌では組立、分泌されず、又、ホロトキシンのin vitroでの組立は十分な生産物を未だ産出していない。」(2255頁左欄17〜20行)、及び、「…現在利用できるBオリゴマーを得るための方法は、商業的な規模での生産において実用的ではない。」(2255頁左欄27〜34行)という記載を引用して、S1サブユニットは他のサブユニットとともにホロ毒素を形成して初めて毒素中和レベルの抗体を誘発できるものであり、また、一般にS1類似体が他のサブユニットとホロ毒素を形成するとは必ずしもいえないところ、本件特許明細書は、(1)本件のS1類似体+Bオリゴマーがホロ毒素を形成するであろうことを開示しておらず、また、(2)本件のS1類似体によるホロ毒素が毒素中和レベルの抗体を誘発できたかどうかを開示していないから、本件特許明細書には、本件発明1〜5が記載されているとはいえない旨、主張している。
しかしながら、上述のとおり、本件発明のS1類似体は単独でワクチンの活性成分に要求される毒素中和レベルの抗体を誘発し得るという特性を有するとするのが相当である。そして、本件発明1〜5、特に本件発明4の「百日咳毒素のサブユニットS2,S3,S4及びS5の少なくとも一つを更に含む請求項1に記載のポリペプチド。」という記載は、免疫活性ポリペプチドがS1類似体に加えてサブユニットS2〜S5を全て含むとは記載されておらず、ホロトキシンの形態をとるとも記載されていない。また、本件特許明細書には、S1類似体と他のサブユニットを組み合わせることについて、「S1類似体もサブユニットS2,S3,S4,S5と組み合わせての用途を有する。これらのサブユニットはS1への免疫応答を増大すると共に、自身で保護性抗原決定基を有することができる。S1サブユニット類似体を含むワクチンがさらにボルデテラ外毒素の前記サブユニットS2,S3,S4,S5およびそれらの混合物の少なくとも1つを含むことも本発明の範囲に該当する。」と記載されており、この記載からみても、本件発明1〜5において、免疫活性を有するポリペプチドはホロトキシンを形成することを特に要件とはしておらず、また、S1類似体と組み合わせて用いる際のサブユニットS2〜S5の役割は、あくまでS1類似体の免疫応答を補助する程度のものであることが認められる。そして、その程度の寄与であれば、ホロトキシンの形態をとらずとも、単にS2〜S5から選ばれる他のサブユニットをS1類似体と併用することによってもある程度は得られることが期待でき、少なくとも、そのような併用により、S1類似体単独に由来する免疫応答が損なわれることはないとするのが相当と認められる。
(1-3-3)まとめ
以上のとおり、本件特許明細書の記載から、本件のS1類似体は単独でワクチンの活性成分に要求される毒素中和レベルの抗体を誘導し得る免疫原性を有しているとするのが相当と認められ、また、本件発明1〜5は、免疫学的に活性なポリペプチドがホロトキシンの形態をとることを必須の前提とはしないものであるといえるから、本件特許明細書に、S1類似体、並びにS1類似体と他のサブユニットからなる変性ホロトキシンの免疫活性について確認した実施例が記載されていないことをもって、「本件発明は、その目的である百日咳ワクチンの調製を達成することができず、産業上利用することができる発明に該当しない」ということはできない。
2.無効理由2について
(2-1)請求人の主張
請求人は、本件明細書の発明の詳細な説明には、S1類似体の脳内チャレンジでの結果が記載されておらず、また、S1類似体をどのようにして用いることでワクチン成分としての用途が確保できるかについて(変性ホロトキシンの形成とその特性について)何ら記載されていないから、本件発明1〜5について、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえず、また、本件発明のポリペプチドについての請求項1〜4の「毒素中和レベルの抗体を誘導し得る」旨の記載は、発明の詳細な説明に記載された事項に基づいておらず、更にまた、ワクチン組成物についての請求項5には、免疫防御に必要なホロトキシンの形態をとっていることが記載されていないから、本件請求項1〜5には発明の構成に欠くことができない事項が記載されているとはいえないので、本件明細書の記載は、特許法第36条第3項、並びに第4項及び第5項に規定する要件を満たしていないと主張している。
(2-2)当審の判断
(1-3)で上述したとおり、本件特許明細書の記載に基づき、S1類似体4-1は、他のサブユニットと組み合わせなくとも、それ単独で毒素中和レベルの抗体を誘導し得、それにより百日咳ワクチンの調製に使用し得るとするのが相当と認められ、また、本件発明1〜5は、免疫学的に活性なポリペプチドがホロトキシンの形態をとることを必須の前提としないものであるといえる。
してみると、本件特許明細書に、S1類似体の脳内チャレンジでの結果が具体的に記載されておらず、また、S1類似体と他のサブユニットからなる変性ホロトキシンの免疫活性について確認した実施例が記載されていないことをもって、本件明細書の発明の詳細な説明が、本件発明1〜5について、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されていないとはいえない。
また、本件発明1〜5におけるポリペプチドが「毒素中和レベルの抗体を誘導し得る」ことが発明の詳細な説明に記載された事項に基づいていないとはいえず、本件発明5においてポリペプチドがホロトキシンの形態をとることが発明の構成に欠くことができない事項であるとはいえないから、本件請求項1〜5の記載が、発明の詳細な説明に記載された事項に基づいておらず、発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないとはいえない。
3.無効理由3について
(3-1)請求人の主張
請求人は、本件発明1〜5は第1優先権(1987年9月4日)を享受できず、従って、審査の基準日は1988年8月17日以降となるところ、本件発明1〜5はコノート特許の優先権証明書(1987年11月24日出願のイギリス特許出願明細書)に記載された発明により新規性がないから、特許法第29条2の規定により特許を受けることができない旨、主張している。
(3-2)当審の判断
請求人のこの主張は、本件発明1〜5における免疫学的に活性なポリペプチドはS1類似体を成分とするホロ毒素を形成している必要があるが、当該変性ホロ毒素については、オールド博士の宣誓書(甲第21号証)にも述べられているとおり、本件の第1優先権主張の基礎となる米国特許出願第07/094307号の明細書(甲第19号証)に記載されているとはいえないから、本件発明1〜5は第1優先権を享受することができず、その結果、特許法第29条の2の規定の適用にあたっては、昭和63年(1988年)11月24日に出願され、平成2年1月8日に出願公開された、出願人コノート ラボラトリイズ リミテッドによる特許(特願昭63-297152号(以下、コノート出願という。)、特開平2-2383号(甲第20号証の2))の出願当初の明細書とその優先権主張の基礎となる出願の明細書(甲第18号証として提出した1987年11月24日出願のイギリス特許出願第27489号明細書)に共通して記載されている事項については、当該コノート出願が本件の特許出願の日前の特許出願として扱われることとなるところ、当該コノート出願に係る上記両明細書には当該ホロ毒素について記載されているから、本件発明1〜5は、先願明細書に記載された発明と同一であり、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであって、無効とすべきものである、との主張と解せられる。
(3-2-1)しかしながら、(1-3)で上述したとおり、本件発明のS1類似体4-1は単独でワクチンの活性成分に要求される毒素中和レベルの抗体を誘導し得るという特性を有するとするのが相当である。また、本件発明1〜5、特に本件発明4の「百日咳毒素のサブユニットS2,S3,S4及びS5の少なくとも一つを更に含む請求項1に記載のポリペプチド。」という記載は、免疫活性ポリペプチドがS1類似体に加えてサブユニットS2〜S5を全て含むとは記載されておらず、ホロトキシンの形態をとるとも記載されていないところ、本願の第1優先権主張の基礎となる出願の明細書(甲第19号証)と本件特許明細書には、S1類似体と他のサブユニットを組み合わせることについて、共通して、「S1類似体もサブユニットS2,S3,S4,S5と組み合わせての用途を有する。これらのサブユニットはS1への免疫応答を増大すると共に、自身で保護性抗原決定基を有することができる。S1サブユニット類似体を含むワクチンがさらにボルデテラ外毒素の前記サブユニットS2,S3,S4,S5およびそれらの混合物の少なくとも1つを含むことも本発明の範囲に該当する。」と記載されており、この記載からみると、本件発明1〜5において、免疫活性を有するポリペプチドはホロトキシンを形成することを特に要件とはしておらず、また、S1類似体と組み合わせて用いる際のサブユニットS2〜S5の役割は、あくまでS1類似体の免疫応答を補助する程度のものであることが認められる。そして、その程度の寄与であれば、ホロトキシンの形態をとらずとも、単にS2〜S5から選ばれる他のサブユニットをS1類似体と併用することによってもある程度は得られることが期待でき、少なくとも、そのような併用により、S1類似体単独に由来する免疫応答が損なわれることはないとするのが相当と認められる。そして、上記(1-3)の認定の根拠となった本件特許明細書の記載事項は、本件の第1優先権主張の基礎となる出願の明細書(甲第19号証)にもすべて記載されている。
よって、本件発明1〜5は、いずれも、本件の第1優先権主張の基礎となる出願の明細書に記載されているといえるから、第1優先権を享受できるというべきである。
(3-2-2)また、甲第18号証には、遺伝子組み換えの手法により毒性のない百日咳ホロトキシンを得ることについては記載されているものの、S1の9位のArgを変異させた百日咳ホロトキシン変異体に関連しては、S1サブユニット遺伝子をDNA操作する例として9位のArgをGluに置換することが示されている(5頁のTable.I)だけであり、実際に9位のArgを変異させたホロトキシン変異体を作製したことは記載されていない(6頁のTable.II)。そのうえ、甲第20号証の2には、Arg9→Glu変異ホロトキシンにおいては免疫優性(イムノドミナント)S1エピトープが維持されていない(原生型PTの+++++に対して、+/-)ことが記載されている(18〜19頁の表1a、表1b及び19頁右上欄12〜14行)から、甲第18号証において9位のArgを変異させるものとして唯一示された当該Arg9→Glu変異ホロトキシンは、本件発明でいう「百日咳毒素のサブユニットS1のアミノ酸残基を毒素中和レベルの抗体を誘発させる能力を維持しつつ百日咳毒素に関連する酵素活性をなくさせるか減少させることができる他のアミノ酸残基に置換することにより修飾した百日咳毒素のサブユニットS1を含み、百日咳ワクチンの調製に使用され実質的に毒性を有しなく免疫学的に活性なポリペプチド。」に該当しないものである。
よって、「百日咳毒素のサブユニットS1のアミノ酸残基を毒素中和レベルの抗体を誘発させる能力を維持しつつ百日咳毒素に関連する酵素活性をなくさせるか減少させることができる他のアミノ酸残基に置換することにより修飾した百日咳毒素のサブユニットS1を含み、少なくともN-末端から9番目のアルギニン(アルギニン9)が他のアミノ酸に置換されている、百日咳ワクチンの調製に使用され実質的に毒性を有しなく免疫学的に活性なポリペプチド」は、上記コノート出願に係る優先権証明書(甲第18号証)と出願当初明細書(甲第20号証の2)に共通して記載されているとはいえない。
してみると、上記コノート出願は、本件発明1〜5について、本願の先願として扱われるべきものではない。
V.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張および証拠方法によっては、本件発明1〜5の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2003-09-03 
結審通知日 2003-09-08 
審決日 2003-09-24 
出願番号 特願昭63-507460
審決分類 P 1 112・ 532- Y (C12N)
P 1 112・ 14- Y (C12N)
P 1 112・ 161- Y (C12N)
P 1 112・ 531- Y (C12N)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 眞壽田 順啓
特許庁審判官 佐伯 裕子
種村 慈樹
登録日 1999-04-23 
登録番号 特許第2918895号(P2918895)
発明の名称 組換え型DNA由来ボルデテラ毒素サブユニット類似体  
代理人 石橋 政幸  
代理人 金田 暢之  
代理人 廣瀬 隆行  
代理人 小林 純子  
代理人 片山 英二  
代理人 古橋 伸茂  
代理人 小林 浩  
代理人 黒田 薫  
代理人 伊藤 克博  

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