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審決分類 審判 訂正 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) 訂正する C23C
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正する C23C
審判 訂正 特120条の4、2項訂正請求(平成8年1月1日以降) 訂正する C23C
審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正する C23C
管理番号 1095347
審判番号 訂正2003-39276  
総通号数 54 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1999-09-07 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2003-12-25 
確定日 2004-03-03 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3336943号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3336943号に係る明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3336943号に係る発明は、平成10年2月27日に特許出願されたものであって、請求項1〜4に係る発明につき平成14年8月9日に特許権の設定登録がされた後、平成15年6月2日に審判請求人である新日本製鐵株式会社から請求項1〜4に係る発明の特許を無効とする審判請求がなされた(特許無効審判事件2003-35229)。これについて、平成15年11月27日に、請求項1〜3に係る発明は甲第1号証(特開昭58-104966号公報)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたもので、請求項4に係る発明は甲第1号証及び甲第3号証(特開平9-165647号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、請求項4に係る発明は特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるとの理由で、請求項1〜4に係る発明の特許を無効とするとの審決がなされた。その後、平成15年12月24日に、原告であるJFEスチール株式会社が、新日本製鐵株式会社を被告として、審決を取り消すことを請求の趣旨とする訴状が東京高等裁判所に提出された(平成15年(行ケ)575号)。
本件審判の請求は、平成15年12月25日になされたもので、その請求の趣旨は、特許第3336943号の明細書を審判請求書に添付した明細書のとおりに訂正することを求めるものである。

2.請求の趣旨
本件審判の請求の趣旨は、特許第3336943号の明細書を審判請求書に添付した明細書のとおり、すなわち、下記(1)、(2)のとおりに訂正することを求めるものである。
(1)請求項1及び2の「キレート形成基を有する樹脂」を「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」に訂正する。
(2)明細書の段落【0009】及び【0010】に記載の「キレート形成基を有する樹脂」を「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」に訂正する。

3.当審の判断
「2.請求の趣旨」の訂正事項(1)は、請求項1及び2の「キレート形成基を有する樹脂」を「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」に訂正するものであるが、請求項1及び2に係る発明は、「1.手続の経緯」に記載されているとおり、甲第1号証に記載された発明で特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであるとの理由で、その特許を無効とするとの審決がなされたものである。
当該特許無効審判事件の審決において、請求項1及び2に係る発明と甲第1号証に記載された発明とが同一であると判断する際、甲第1号証の特許請求の範囲の「ポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂」について、「ポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂の好適なものとして、摘記事項(1c)に『水酸基含有エチレン性不飽和単量体(例えば・・・)、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体(例えば・・・)及びその他の共重合可能な不飽和単量体(例えば・・・)を共重合して得られる水酸基当量260〜2600、好適には370〜1,300及び数平均分子量約2000〜約10,000、好適には約5,000〜約50,000を有するアクリル系樹脂』が、そして上記アクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させることが記載されている。すなわち、ポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂として、水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるものが記載されている。」(審決第8頁第26〜38行)と記載されており、さらに「水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるもの」としてのポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂について、「甲第1号証記載の発明のポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂にはカルボキシル基が存在しているとするのが妥当である。」(審決第9頁第24〜26行)、「カルボキシル基が存在している甲第1号証記載の発明のポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂は、キレート形成基を有する樹脂である。」(審決第9頁第36〜38行)と判断している。すなわち、「水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂」が、請求項1及び2に係る発明における「キレート形成基を有する樹脂」に相当するとしている。
したがって、訂正事項(1)は、訂正前の「キレート形成基を有する樹脂」から、甲第1号証に記載された事項の「水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂」を除く形式となっている。
ところで、平成15年10月22日公表の日本国特許庁審査基準によれば、第III部明細書、特許請求の範囲又は図面の補正、第I節新規事項、4.特許請求の範囲の補正、4.2各論、(4)除くクレームには、「なお、次の(i)(ii)の『除くクレーム』とする補正は、例外的に、当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。(i)請求項に係る発明が、先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該重なりのみを除く補正。・・・(説明)上記(i)における『除くクレ-ム』とは、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特許法第29条第1項第3号第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。」との記載がある。この補正についての基準を参酌すれば、訂正事項(1)は、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特許法第29条第1項第3号に係る先行技術として頒布刊行物に記載された事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することに相当するため、当初明細書等に記載した事項の範囲内ですることとなる。

(i)特許法第126条第1項について
「2.請求の趣旨」の訂正事項(1)は、請求項1及び2の「キレート形成基を有する樹脂」を「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」に訂正するものであり、請求項1、2に係る発明に包含される一部の事項のみを、請求項1、2に記載された事項から除外するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。
また、「2.請求の趣旨」の訂正事項(2)は、訂正事項(1)と整合を図るものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。
よって、訂正事項(1)及び(2)は、特許法第126条第1項の規定に適合するものである。

(ii)特許法第126条第2項について
訂正事項(1)については、願書に添付した明細書又は図面には「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」ことは示されていないものの、上記のとおり、平成15年10月22日公表の日本国特許庁審査基準によれば、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。
訂正事項(2)についても、同様に、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。
よって、訂正事項(1)及び(2)は、特許法第126条第2項の規定に適合するものである。

(iii)特許法第126条第3項について
訂正事項(1)及び(2)ともに、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
よって、訂正事項(1)及び(2)は、特許法第126条第3項の規定に適合するものである。

(iv)特許法126条第4項について
訂正事項(1)は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正で特許法第126条第1項ただし書第1号に該当するものであるから、訂正後の特許請求の範囲に対して、さらに特許法126条第4項について検討する。
訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1〜4の記載(以下、「訂正発明1」〜「訂正発明4」という。)は次のとおりである。
「【請求項1】鋼材の表面に、キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)を固形分として2-50%と、Cu,Ni,Cr,Al,Mo,Pの化合物から選択された少なくとも1種以上を金属換算で0.03-15重量%と、顔料と、塗料調製剤とを含有してなる処理皮膜を1-100μmの膜厚で形成してなることを特徴とする錆安定化表面処理鋼材。
【請求項2】鋼材の表面に、モリブデン酸又はモリブデン酸塩の1種以上をMo換算で0.02-7重量%と、りん酸又はりん酸塩、ポリリン酸塩の1種以上をP換算で0.02-7重量%と、キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)を固形分として3-75重量%と、顔料と塗料調製剤とを含有してなる処理皮膜を1-100μmの膜厚で形成してなることを特徴とする錆安定化表面処理鋼材。
【請求項3】前記処理皮膜に更にCu,Ni,Cr,Alの化合物から選択された少なくとも1種以上を金属換算で0.07-7重量%を含有することを特徴とする請求項2に記載の錆安定化表面処理鋼材。
【請求項4】前記鋼材が、重量%で、P:0.03〜0.15%,Ni:0.4〜4%,Mo:0.1〜1.5%を含有し、かつS:0.02%以下、Cr:0.1%以下に限定されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか記載の錆安定化表面処理鋼材。」
そこで、訂正発明1〜4を、先の特許無効審判事件の審決において特許法第29条1項第3号又は同条第2項の規定を適用する際の刊行物として採用した甲第1号証(特開昭58-104966号公報)、甲第3号証(特開平9-165647号公報)と対比、判断して、訂正発明1〜4が特許出願の際独立して特許を受けることができるものか否かを検討する。

(iv-1)各甲号証の記載事項
甲第1号証(特開昭58-104966号公報)には、以下の事項が記載されている。
(1a)「耐候性鋼材表面に、固形分重量で
(a)Cuの単体もしくはCu含有化合物及び/又はP含有化合物 0.1〜10重量%
(b)防錆顔料 0.1〜10重量%
及び
(c)塩素化ポリオレフイン樹脂、アミン又はポリアミド硬化型エポキシ樹脂及びポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂から選ばれる少なくとも一種の常温硬化型樹脂 15〜35重量%
を必須成分として含有する表面処理塗料を塗布することを特徴とする耐候性鋼材の表面処理方法。」(特許請求の範囲)
(1b)「安定化錆の形成を促進せしめることができ、且つ腐食環境下においても安定化錆が形成するまでは充分な腐食抑性能を有する塗膜を形成せしめることのできる表面処理塗料を開発して、前記欠点のない処理方法を確立すべく鋭意研究を重ねた結果、塗膜形成材料として特定の樹脂を用い、これに安定化錆の促進的形成に寄与するCu及びPの単体もしくは化合物と浮錆の発錆をコントロールすることのできる防錆顔料を特定量併用して得られる表面処理塗料が、耐候性鋼材の安定化錆層形成速度と腐食環境に対する塗膜の腐食抑制能とを適度に調整し、耐候性鋼材に浮錆を発生せしめることなく安定化錆を形成することができるすぐれた表面処理能を有することを見い出し、本発明の完成に至ったものである。」(第2頁右下欄第3〜末行)
(1c)「さらに、ポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂として好適なものは、水酸基含有エチレン性不飽和単量体(例えば、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレートなど)、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体(例えばアクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、フマル酸など)及びその他の共重合可能な不飽和単量体(例えばスチレン、ビニルトルエン、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミド、アクリルニトリル、酢酸ビニルなど)を共重合して得られる水酸基当量260〜2600、好適には370〜1,300及び数平均分子量約2000〜約10,000、好適には約5,000〜約50,000を有するアクリル系樹脂である。
上記アクリル系樹脂を硬化させるために用いられるポリイソシアネートとしては、脂肪族系、指環式系又は芳香族系のポリイソシアネートでポリウレタンの製造に際し通常使用されているものがそのまま使用され、例えば1,6-ヘキサメチレンジイソシアネート、1,3-シクロヘキシレンジイソシアネート、トルエンジイソシアネート、キシレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネートなどが挙げられる。」(第4頁左下欄第9行〜右下欄末行)
(1d)「さらに、該表面処理塗料には、必要に応じて、通常の塗料添加物、例えば、ベンガラ、フエライト等の酸化鉄粉末;バリタ、クレー、タルク等の体質顔料;カーボンブラック、酸化チタン等の着色顔料;第3級アミン類、フエノール類、有機錫化合物(ジブチル錫ラウレートなど)、アルカリ金属の水酸化物又は脂肪酸塩等の硬化促進剤;シリコン油等の界面活性剤;微粉シリカ等の流動性調節剤;等を通常使用されている量で含ませることもできる。」(第5頁右上欄第8〜末行)
(1e)「かくして形成される表面処理塗料の耐候性鋼材への塗布は、一般の塗料と同じ手法及び器具を用いて行なうことができる。例えば、酸洗またはブラスト処理により除錆した鋼板または鋼構造部材に刷毛またはスプレー塗装等の通常の塗装法により膜厚が20〜50μになるように塗布する。得られる塗膜は常温で放置して乾燥硬化させればよい。」(第5頁左下欄第1〜7行)
(1f)表-1には、成分(a)として、亜酸化銅、リン酸第2銅が記載されている。
(1g)「また、本発明において(b)成分として使用される防錆顔料としては、鉄や鋼の防錆のために従来から使用されているものがいずれも使用可能であり、例えば、・・・モリブデン酸亜鉛等のモリブデン酸塩・・・等の防錆顔料が挙げられ、これらはそれぞれ単独もしくは2種以上組合せて使用することができる。」(第3頁右下欄第6〜末行)
(1h)「本発明で用いる表面処理塗料は基本的には、上記(a)、(b)及び(c)の3成分を有機溶剤に溶解乃至分散させることにより製造することができる。」(第5頁左上欄第12〜14行)
甲第3号証(特開平9-165647号公報)には、以下の事項が記載されている。
(4a)「重量%で、C:0.15%以下、Si:0.7%以下、Mn:0.1〜2%、P:0.03〜0.15%、S:0.02%以下、Al:0.01〜0.1%、Cr:0.1%以下、Ni:0.4〜4%、Cu:0.1〜0.4%、Mo:0.1〜4%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする溶接構造用鋼材。」(請求項1)
(4b)「本発明は、海岸地域に建設される橋梁や鉄塔などの塩水が関与した腐食環境で用いられる溶接構造物に適した、耐候性に優れた低合金鋼からなる溶接構造用鋼材に関する。」(【0001】)
(4c)「本発明によれば、0.05mdd以上10mdd未満の塩分が飛来刷る環境において、高い耐候性を有し、かつ実用的な溶接性を有する溶接構造用鋼を経済的に得ることができる。」(【0028】)

(iv-2)対比・判断
訂正発明1について
訂正発明1は、上記のとおり、甲第1号証に記載された事項を除外しているから、甲第1号証に記載された発明ともはや同一ではない。次に、訂正発明1と甲第1号証に記載された発明とが同一でなくなった事項、すなわち、訂正発明1における「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」の特定事項について、当業者が容易になし得たものかどうか検討する。
甲第1号証、甲第3号証のいずれにも、鋼材の表面に処理皮膜を形成する錆安定化表面処理鋼材において、その処理皮膜に関して「キレート」自体の記載は何もなく、そして、その処理皮膜に「キレート形成基を有する樹脂」として含有させること、すなわち、キレート形成基をその処理皮膜中に含有させようとすること、及びその理由が記載されているわけではない。その処理皮膜に「キレート形成基を有する樹脂」を含有させることについての記載もない。また、甲第1号証には、摘記事項(1c)によれば、鋼材の表面に処理皮膜を形成する錆安定化表面処理鋼材における処理皮膜に、水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を含有させることが記載されており、このポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂が、カルボキシル基を有することにより、結果的に「キレート形成基を有する樹脂」に相当するものになるにしても、そのようなキレート形成基をそれ以外の樹脂にも付与して、処理皮膜中に含有させることを動機付けるものではない。そして、訂正発明1は、その処理皮膜に「キレート形成基を有する樹脂」を含有させることにより、明細書に「本発明では、樹脂の基本骨格にキレート形成基を有する樹脂成分が使用される。キレート形成基を有する樹脂は、界面に鋼溶出イオンを固定、濃化して均一な安定錆層を形成すると推定される。」【0024】と記載されているとおりの甲第1号証及び甲第3号証からは予期し得ない作用を有し、それにより「本発明の処理皮膜を、乾燥膜厚で1〜100μm塗布することにより、海塩粒子飛来環境等の激しい腐食環境でも、流れ錆や浮き錆が殆ど発生せず、外観上極めて優れた効果を発揮する。これは、本発明に係るキレート形成基を有する樹脂は、界面に鋼溶出イオンを固定、濃化して均一な安定錆層を形成すると推定される。特に、モリブデン酸(塩)と(ポリ)りん酸(塩)との組合せで 飛躍的効果を発揮する。そして、Cu、Ni、Cr、Alの添加することにより、安定錆層の生成速度を増進する。」(【0040】)と記載されているとおりの甲第1号証及び甲第3号証からは予期し得ない効果を奏するものである。
したがって、訂正発明1は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものではない。

訂正発明2について
訂正発明2についても、上記のとおり、甲第1号証に記載された事項を除外しているから、甲第1号証に記載された発明ともはや同一ではない。そして、訂正発明2と甲第1号証に記載された発明とが同一でなくなった事項、すなわち、訂正発明2における「キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)」の特定事項については、訂正発明1と同じ理由により、当業者が容易になし得たものでない。
したがって、訂正発明2は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものではない。

訂正発明3及び4について
訂正発明3は訂正発明2を引用し、訂正発明4は訂正発明1〜3のいずれかを引用し、各々さらに具体化、限定した発明であるから、訂正発明3及び4はいずれも、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものではない。

よって、訂正発明1〜4はいずれも、甲第1、3号証に記載された発明からは、特許法第29条第1項又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえず、また、特許無効審判事件2003-35229に係るその他の証拠等からも、特許法第29条第1項又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。そして、その他に、訂正発明1〜4について、特許出願の際独立して特許を受けることができないとする理由もない。したがって、特許法第126条第4項の規定に適合するものである。

4.むすび
以上のとおり、本件審判の請求は、特許法第126条第1項ただし書第1号ないし第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第2項ないし第4項の規定に適合する。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
錆安定化表面処理鋼材
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】鋼材の表面に、キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)を固形分として2-50%と、Cu,Ni,Cr,Al,Mo,Pの化合物から選択された少なくとも1種以上を金属換算で0.03-15重量%と、顔料と、塗料調製剤とを含有してなる処理皮膜を1-100μmの膜厚で形成してなることを特徴とする錆安定化表面処理鋼材。
【請求項2】鋼材の表面に、モリブデン酸又はモリブデン酸塩の1種以上をMo換算で0.02-7重量%と、りん酸又はりん酸塩、ポリリン酸塩の1種以上をP換算で0.02-7重量%と、キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)を固形分として3-75重量%と、顔料と塗料調製剤とを含有してなる処理皮膜を1-100μmの膜厚で形成してなることを特徴とする錆安定化表面処理鋼材。
【請求項3】前記処理皮膜に更にCu,Ni,Cr,Alの化合物から選択された少なくとも1種以上を金属換算で0.07-7重量%を含有することを特徴とする請求項2に記載の錆安定化表面処理鋼材。
【請求項4】前記鋼材が、重量%で、P:0.03〜0.15%,Ni:0.4〜4%,Mo:0.1〜1.5%を含有し、かつS:0.02%以下、Cr:0.1%以下に限定されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか記載の錆安定化表面処理鋼材。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、橋梁や鉄塔、建築、海洋構造物等に使用される鋼材の防食表面処理における、生成促進作用を有する表面処理鋼材に係り、更に詳しくは、P、Ni、Mo等の合金元素を添加してなる、いわゆる耐候性鋼を中心として、鋼材を無塗装で使用する場合に、鋼材表面に防食的保護作用を有する耐候性安定錆層を早期に促進生成させ、かつ安定錆形成過程および形成後の美観喪失を伴わない、生成促進作用を有する錆安定化表面処理鋼材に関する。
【0002】
【従来の技術】橋梁や鉄塔、建築、海洋構造物等に使用される鋼材は、そのままでは腐食により赤錆や黄褐色の浮き錆、流れ錆を生じ、景観を損なうばかりでなく、腐食による肉厚減少により構造物としての強度低下を来すので、何らかの防食対策が必要である。これら構造物の防食対策としては従来塗装工法が一般的であり、長期耐久性を高めた重防食塗装も知られているが、塗装コストが高い上、耐用年数に限りがあり、定期的な塗り替えが必要であることからメンテナンスコストも高いという問題がある。
【0003】一方、鋼材にP、Cu、Cr、Ni等の元素を少量添加することにより、大気中において、数年で腐食に対して保護性のある錆(安定錆)を形成し、その後の腐食速度が極めて少ない鋼材として耐候性鋼が知られている。耐候性鋼は、安定錆形成後は無塗装で永続的に防食効果が持続するいわゆるメンテナンスフリー鋼で、近年、橋梁や鉄塔等の構造物に対する採用が増えてきている。
【0004】しかし安定錆が形成されるまでには数年かかるため、その期間中に赤錆や黄錆等の浮き錆や流れ錆びを生じてしまい、外見的に好ましくないばかりではなく、周囲環境の汚染原因になる場合もある。また、海岸部の海塩粒子飛来環境や融雪塩散布地域では安定錆が形成されにくく、そのため、利用可能な地域が制限されると言う問題がある。
【0005】そこで、これらの問題を解決するため、たとえば特公昭56-33991号公報では下層に安定錆成分を含有する樹脂層、上層に耐候性、耐腐食性等に優れた樹脂層を設けた、2層被覆による表面処理方法が開示されている。
【0006】また、特公昭53-22530号公報では、安定錆形成成分を含有する樹脂皮膜を施すことにより流れ錆びを生じるこなく安定錆を形成する方法が開示されている。さらに、特許2666673号では安定錆形成促進作用を有する有機樹脂により被覆された鋼材について開示されている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】しかし、上記従来技術のうち、特公昭56-33991号公報による方法では、流れ錆びの防止は可能であるが、防食性が高いため発錆速度が遅く、安定錆形成に時間がかかるという問題がある。特公昭53-22530号公報による方法では、腐食性の激しい環境、特に塩分飛来環境では、流れ錆びの防止が不十分であるという問題がある。特許2666673号でも同様に腐食性の激しい環境、特に塩分飛来環境では、安定錆形成能力に劣るという欠点がある。またこれらの公報に共通して、安定錆形成過程において、樹脂被覆の劣化に伴い、被覆の割れや剥離等の外観不良の問題が解決されていない。
【0008】本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであって、特に、腐食性の激しい環境においても耐候性鋼や普通鋼等の表面あるいはその錆び層の表面に、赤錆等の浮き錆や流れ錆を生じることなく安定錆を早期に形成し、かつ安定錆形成過程および形成後において、その外観を損なうことのない、錆安定化表面処理鋼材を提供するものである。
【0009】
【課題を解決するための手段】(1)本発明は、鋼材の表面に、キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)を固形分として2-50%と、Cu,Ni,Cr,Al,Mo,Pの化合物から選択された少なくとも1種以上を金属換算で0.03-15重量%と、顔料と、塗料調製剤とを含有してなる処理皮膜を1-100μmの膜厚で形成してなることを特徴とする錆安定化表面処理鋼材。
【0010】(2)鋼材の表面に、モリブデン酸又はモリブデン酸塩の1種以上をMo換算で0.02-7重量%と、りん酸又はりん酸塩、ポリリン酸塩の1種以上をP換算で0.02-7重量%と、キレート形成基を有する樹脂(水酸基含有エチレン性不飽和単量体、カルボキシル基含有エチレン性不飽和単量体、及びその他の共重合可能な不飽和単量体を共重合して得られる水酸基当量260〜2600を有するアクリル系樹脂をポリイソシアネートで硬化させるポリイソシアネート硬化型アクリル系樹脂を除く)を固形分として3-75重量%と、顔料と塗料調製剤とを含有してなる処理皮膜を1-100μmの膜厚で形成してなることを特徴とする錆安定化表面処理鋼材。
【0011】(3)前記処理皮膜に更にCu,Ni,Cr,Alの化合物から選択された少なくとも1種以上を金属換算で0.07-7重量%を含有することを特徴とする(2)に記載の錆安定化表面処理鋼材。
【0012】(4)前記鋼材が、重量%で、P:0.03〜0.15%,Ni:0.4〜4%,Mo:0.1〜1.5%を含有し、かつS:0.02%以下、Cr:0.1%以下に限定されることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれか記載の錆安定化表面処理鋼材である。
【0013】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
(適用可能鋼材)本発明においては、適用可能な鋼材は特に限定するものではない。普通鋼に対しても効果が認められるが、耐候性鋼のような、P、Ni、Mo等の元素を少量含有する低合金鋼に対して特に有効である。また、処理り面はブラスト処理等で表面のスケールや錆を落とした状態が好ましいが、必ずしもこの必要はなく、錆層の表面に処理を行っても効果が見られる。
【0014】本発明の鋼材として好適な耐候性鋼について、その成分の添加理由及び添加範囲限定理由を以下に説明する。
P:Pはこの発明において重要な元素であり、安定錆の生成を促進し、かつ安定錆が形成された後の鋼の耐食性を更に向上させる効果を有している。そのため、必要量添加する。0.03%未満の添加では耐食性の向上に効果がなく、0.15%を越える添加では溶接性が劣化するので、0.03〜0.15%とする。
【0015】S:Sは耐食性に有害な元素であるので、0.02%以下とする。
Cr:Crは、塩分の多い環境において、安定錆の生成を阻害し、かつ孔あき腐食を助長する効果がある。そのため、0.1%以下添加する。
【0016】Ni:Niはこの発明において必須の元素であり、Moとの共存により塩分の多い環境においても安定錆の生成を促進し、かつ安定錆が生成した後の鋼の耐食性を更に向上させる効果がある。0.4%未満の添加では効果がないが、4%を超える添加では、経済性の点で不利であり、また、ベイナイト組織が生じ易くなり、機械的特性、特に、靭性が劣化するので、0.4〜4%とする。
【0017】Mo:Moは、この発明において必須の元素であり、Niとの共存により塩分の多い環境においても安定錆の生成を促進し、かつ安定錆が生成した後の鋼の耐食性を更に向上させる効果がある。0.1%未満の添加では効果がないが、1.5%を超える添加では、経済性の点で不利であり、また、ベイナイト組織が生じ易くなり、機械的特性、特に、靭性が劣化するので、0.1%〜1.5%とする。
【0018】具体的な鋼材を例示すると、P,Ni,Mo,S,Crを上記の添加範囲に限定するとともに、更に重量%にて、C:0.15%以下、Si:0.7%以下、Mn:0.2%〜1.5%、Al:0.01〜0.1%、Cu:0.2〜0.4%を含有し、かつ必要により、Ca:20〜100ppm、Ti:0.005%〜0.1%、V:0.005〜0.1%、Nb:0.005〜0.1%、B:0.0003〜0.001%から選択された1種または2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる鋼材である。この鋼材において、各添加元素の添加理由、添加範囲限定理由は以下の通りである。
【0019】C:Cは所定の強度を確保するために添加するが、0.15%を越えると溶接性および靱性が劣化するので、上限を0.15%とする。
【0020】Si:Siは製鋼時の脱酸剤および強度向上元素として添加するが、過剰に添加すると靭性が著しく低下するので、0.7%以下とする。
【0021】Mn:Mnは所定の強度を確保するために0.2%以上添加する。しかし、過剰に添加するとベイナイト組織が生じやすくなり、機械的特性、特に靱性が劣化するので、1.5%以下とする。
【0022】Al:Alは製鋼時の脱酸剤として0.01%以上添加するが、過剰に添加すると腐食の起点となる介在物が生じやすくなるので、0.1%以下とする。
【0023】Cu:Cuは、安定錆が形成された後、錆を安定な状態に維持する効果を有しているため、0.2%以上添加する。0.4%を越える添加では効果が飽和し、かつ経済性の点で不利であるので、0.4%以下とする。
(処理皮膜1)
(1)この鋼材表面もしくは鋼材錆層の表面の処理皮膜は、キレート形成基を有する樹脂と、Cu、Ni、Cr、Al、Mo、Pの化合物と、顔料と、塗料調整剤とを含有している。
【0024】(キレート形成基を有する樹脂)本発明では、樹脂の基本骨格にキレート形成基を有する樹脂成分が使用される。キレート形成基を有する樹脂は、界面に鋼溶出イオンを固定、濃化して均一な安定錆層を形成すると推定される。好適なキレート形成基としては、アミノ酸基、カルボキシル基、ジチオカルバミン酸基、ポリアミノ基、チオール基、チオウレイド基、ジチオ酸基、β―ジケトン基、ヒドロキサムオキシム基、及びこれらの塩の中から選ばれた少なくとも一種または二種以上である。
【0025】具体例を挙げれば、樹脂の基本骨格にキレート形成基を有する樹脂成分としては、イミノジ酢酸基、アミノ酸基、オキシム基、アミドキシム基、オキシン基、グルカミン基、アミノリン酸基、ジチオカルバミン酸基、チオ尿素基、β-ジケトン、ポリアミン、クリプタンド、クラウンエーテル等、単独でキレート形成可能な官能基及び骨格、及びシッフ塩基と水酸基、アゾ結合と水酸基、アゾ結合とカルボン酸、アミンとリン酸、アミンとチオカルボン酸、アミンとチオカルボニル基、カルボニル基と水酸基等、複数の官能基によりキレート形成可能な部位を、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体、アクリルニトリル-ジビニルベンゼン共重合体、エチレンイミン重縮合体、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ブチラール樹脂、ビニル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂等の基体樹脂中に導入した樹脂成分である。
【0026】また、キレート形成基を有する有機樹脂成分の処理皮膜に対する添加割合は2〜50重量%であることが好ましい。これ未満の範囲であると流れ錆防止効果に劣り、またこれを超えるの範囲であっても効果は変わらない。
【0027】(Cu、Ni、Cr、Al、Mo,Pの化合物)また、本発明においては、前記処理皮膜にCu、Ni、Cr、Al、Mo,Pの化合物の一種以上を、金属換算で0.03〜15重量%含有する。このことで、一層安定錆生成促進効果が向上する。これは、これらイオンが、鉄イオンの安定錆への変態効果、および安定錆粒子の微細効果を有することによるものと考えられる。それらの含有率が0.03重量%未満であると、安定錆層の形成促進効果が不十分となり、15重量%を越えて添加しても、効果は変わらなくなる。これらの金属イオンまたは化合物の供給形態は、不溶性塩を形成せず、また安定錆生成を阻害する塩素イオンを含有しないものであれば、いかなる形態であっても構わない。
【0028】(顔料、塗料調整剤)また、本発明の処理皮膜中には、上記の成分以外に、他の有機樹脂成分、各種顔料、塗料調整剤等を加えるのがよい。有機樹脂成分としては、特に限定するものではないが、常温にて塗膜形成可能な樹脂が好ましく、具体的にはブチラール樹脂、エポキシ樹脂、ビニル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂等を適用できる。加熱により効果や成形、融着等が必要な樹脂は施工上好ましくない。
【0029】各種顔料、塗料調整剤としては、固形分の沈降・分離を抑制する分散剤、塗布面のタレ防止用増粘剤、ベンガラ、タルク、シリカ等の無機顔料、縮合多環系、フタロシアニン系などの有機顔料を適宜添加することが出来る。
【0030】また上記樹脂を塗料化する場合には溶媒として有機溶剤ばかりでなく、水溶性塗料やエマルジョン塗料のような水系塗料としてもよい。
(処理皮膜の膜厚)また、処理皮膜の乾燥膜厚は1〜100μmとする。この範囲未満であると塩素イオンや流れ錆防止効果が劣り、この範囲を超えると、下地鋼材に対する保護効果が過剰になりすぎ、安定錆形成に時間がかかる。
【0031】本発明の処理皮膜を、乾燥膜厚で1〜100μm塗布することにより、海塩粒子飛来環境等の激しい腐食環境でも、流れ錆や浮き錆が殆ど発生せず、外観上極めて優れた効果を発揮する。これは、本発明に係るキレート形成基を有する樹脂は、界面に鋼溶出イオンを固定、濃化して均一な安定錆層を形成すると推定される。特に、Cu、Ni、Cr、Al、Mo、Pの添加とすることにより、安定錆層の生成速度を増進する。
【0032】(処理方法)本発明の処理方法においては、公知の塗装方法、即ちエアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り等により処理することが可能で、処理方法に特に制限はない。また、特に加熱・焼き付け等の処理も不要であるため、工場施工、現地施工いずれも対応可能である。
【0033】(処理剤2)
(2)この鋼材表面もしくは鋼材錆層の表面の処理皮膜は、モリブデン酸、モリブデン酸塩と、りん酸、りん酸塩、ポリりん酸塩と、キレート形成基を有する樹脂と、必要により添加される、Cu、Ni、Cr、Alの化合物と、顔料と、塗料調整剤とを含有している。
【0034】(モリブデン酸またはモリブデン酸塩の一種以上と、燐酸または燐酸塩、ポリ燐酸塩の一種以上)モリブデン酸またはモリブデン酸塩の一種以上と、燐酸または燐酸塩、ポリ燐酸塩の一種以上との添加は、均一な安定錆形成に寄与する。これらを添加することにより、欠陥数が著しく少ない安定錆が、早期に形成されることは全く予期せぬ効果であるが、このような効果が得られる理由を推定するとすれば、まず所定の酸性溶液とすることで鋼材の腐食が促進され、鉄イオンが溶出するが、モリブデン酸イオンとリン酸イオンの存在により、鉄イオンが固定化され微細で均一な安定錆の形成が促進されるものと推測される。
【0035】モリブデン酸またはモリブデン酸塩の一種以上は、Mo換算で0.02〜7重量%、燐酸または燐酸塩、ポリ燐酸塩の一種以上は、P換算で0.02〜7重量%含有する。Mo含有量が0.02重量%未満であると安定錆の形成が促進されず、7重量%を越えて添加しても効果は変わりない。モリブデンの供給形態としては、pH1〜6の範囲の溶液において可溶性で有れば特に限定されず、例えばモリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム、モリブドリン酸塩等が挙げられる。
【0036】P含有量が0.02重量%未満であると、安定錆の形成が不十分で、7重量%を越えて添加しても効果は変わりない。Pの供給形態としては、オルト燐酸、メタ燐酸、またはピロ燐酸をはじめとするポリ燐酸、およびそれらの塩や燐酸エステル類が使用される。
【0037】さらに、この処理皮膜は、キレート形成基を有する樹脂を固形分として3〜75%含有し、残部、顔料と塗料調整剤から成る。これ未満の範囲であると流れ錆防止効果に劣り、またこれを超える範囲であっても効果は変わらない。他の点については、前述した「キレート形成基を有する樹脂と、Cu、Ni、Cr、Al、Mo、Pの化合物と、残部顔料、塗料調整剤からなる処理皮膜」と同様なので、ここでの説明は省略する。
【0038】また、本発明においては、前記処理皮膜にCu、Ni、Cr、Alのイオンまたは化合物の一種以上を、金属換算で0.07〜7重量%含有することで、一層安定錆生成促進効果が向上する。これは、これらイオンが、鉄イオンの安定錆への変態効果、および安定錆粒子の微細効果を有することによるものと考えられる。それらの含有率が0.07重量%未満であると、安定錆層の形成促進効果が不十分となり、7重量%を越えて添加しても、効果は変わらなくなる。これらの金属イオンまたは化合物の供給形態は、不溶性塩を形成せず、また安定錆生成を阻害する塩素イオンを含有しないものであれば、いかなる形態であっても構わない。
【0039】(処理皮膜の膜厚)処理皮膜の乾燥膜厚は1〜100μmとするのがよい。この範囲未満であると塩素イオンや流れ錆防止効果が劣り、この範囲を超えると、下地鋼材に対する保護効果が過剰になりすぎ、安定錆形成に時間がかかる。
【0040】本発明の処理皮膜を、乾燥膜厚で1〜100μm塗布することにより、海塩粒子飛来環境等の激しい腐食環境でも、流れ錆や浮き錆が殆ど発生せず、外観上極めて優れた効果を発揮する。これは、本発明に係るキレート形成基を有する樹脂は、界面に鋼溶出イオンを固定、濃化して均一な安定錆層を形成すると推定される。特に、モリブデン酸(塩)と(ポリ)りん酸(塩)との組合せで飛躍的効果を発揮する。そして、Cu、Ni、Cr、Alの添加することにより、安定錆層の生成速度を増進する。
【0041】
【実施例】次に、本発明を実施例に基づき説明する。本発明の実施例に用いた試験鋼の化学成分を表1に示す。表1のAは普通鋼、Bは耐候性鋼を示す。また有機樹脂塗料の主な構成成分であるベース樹脂、キレート形成基を有する樹脂として選定したものを表2に示す。
【0042】供試鋼材は、試験鋼を150mm×70mm×6mmとし表面をブラスト処理したものである。表3-1〜表3-5に各試験片の作成条件および試験結果について示す。
【0043】処理剤についてはハケ塗り、有機樹脂塗料についてはエアレススプレーにて塗装した。この試験片を三重県津市の暴露試験場にて1年間暴露した。暴露場は、海岸から約200mの所である。
【0044】1年間暴露した後、外観観察により流れ錆の有無および被膜の状況を確認した。さらに、フェロキシルテストにより錆層の欠陥数を測定、テープ剥離テストにより浮き錆量を測定した。テープ剥離テストは、50mm×50mmのテープを使用し、試験片の同一箇所で3回繰り返して、剥離した浮き錆の合計量とした。また、苛性ソーダにより、残存している処理被膜と錆とを除去し、腐食重量減少を測定した。なお、フェロキシルテスト結果は、発色点数100個/dm2未満を「○」、100個/dm2以上200個/dm2未満を「△」、200個/dm2以上を「×」とし、テープ剥離テスト結果は0.01g未満を「○」、0.01g以上0.05g未満を「△」、0.05g以上を「×」とした。
【0045】本発明の実施例では、海岸付近の厳しい腐食環境の暴露にも関わらず、いずれもフェロキシルテストによれば、錆層の欠陥が少なく、腐食減量も少なく、またテープ剥離試験の結果から浮き錆が殆ど見られないことから、被膜下に安定錆が形成されつつあることが確認でき、また流れ錆の発生や塗膜の割れ、剥離等も無く、極めて良好な外観を保持していた。特に、Mo,Pの両方を添加したものは(請求項2の発明に相当する)、これらの効果が特に優れていることが確認された。
【0046】また、本発明の処理方法は耐候性鋼上に施したもの(No.20.21)が効果が高いが、普通鋼(No.1-19,No.22-23)でも十分な効果が見られることが確認できた。一方、比較例に示したように、乾燥膜厚が薄すぎて本発明の範囲から外れるもの(No.24)は流れ錆があり、腐食減量が多く、フェロキシルテスト、テープテストの結果が良好とは言えない。厚すぎて本発明の範囲から外れるもの(No.25)は、フェロキシルテスト、テープテストの結果が良好とは言えない。また、Cu,Ni,Cr,Alなどを添加していないもの(No.26,No.30)、添加しているもののその添加量が少なく、本発明の範囲から外れるもの(No.27、No.28)は、流れ錆があり、腐食減量が多く、フェロキシルテスト、テープテストの結果も不良であった。有機樹脂皮膜中にキレート形成基を有する樹脂を含まないもの(No.29)は、流れ錆が見られ、腐食減量が多く、フェロキシルテスト、テープテストの結果も良好とはいえない。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【0052】
【表6】

【0053】
【表7】

【0054】
【発明の効果】本発明の処理皮膜を、乾燥膜厚で1〜100μm塗布することにより、海塩粒子飛来環境等の激しい腐食環境でも、流れ錆や浮き錆が殆ど発生せず、外観上極めて優れた効果を発揮する。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2004-02-20 
出願番号 特願平10-48106
審決分類 P 1 41・ 853- Y (C23C)
P 1 41・ 841- Y (C23C)
P 1 41・ 832- Y (C23C)
P 1 41・ 856- Y (C23C)
最終処分 成立  
特許庁審判長 城所 宏
特許庁審判官 池田 正人
影山 秀一
市川 裕司
三崎 仁
登録日 2002-08-09 
登録番号 特許第3336943号(P3336943)
発明の名称 錆安定化表面処理鋼材  
代理人 中村 誠  
代理人 河野 哲  
代理人 河野 哲  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 中村 誠  

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