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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G11C
管理番号 1097947
異議申立番号 異議2003-71430  
総通号数 55 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-05-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-06-03 
確定日 2004-03-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3351694号「磁性メモリ」の請求項1に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3351694号の請求項1に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3351694号の請求項1に係る発明は、平成8年10月28日に特許出願され、平成14年9月20日にその特許の設定登録がなされたところ、キヤノン株式会社により特許異議の申立てがなされ、平成15年8月18日付けで取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成15年10月28日に訂正請求がなされると共に意見書が提出されたものである。

2.訂正の適否についての判断
2-1.訂正の内容
特許権者が求めている訂正の内容は、以下のとおりである。(なお、以下における記載「Al2O3」の「2」と「3」は下付き文字の「2」と「3」を表す。)
(a)訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1の記載
「非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層された磁性メモリにおいて、前記スペーサ層が、絶縁体のA12O3からなることを特徴とする磁性メモリ。」
を、
「非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スぺーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリにおいて、
前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スペーサ層が、絶縁体のA12O3からなることを特徴とする磁性メモリ。」
と訂正する。
(b)訂正事項b
段落【0005】の記載
「本発明者は、かかる現象に着目し、非磁性層として絶縁体のA12O3を使用し、非磁性層の上下両面に配置される磁性層として垂直磁気異方性を有する磁性膜を使用し、各層に垂直な方向に電流が流れるよう積層構造の上下に電極を配置すれば、従来のように、膜面内で磁化容易軸の向きを制御するという工程上の困難性を伴わずに、高いS/Nを達成することができ、しかも、センス電流を膜面に垂直な方向に流すことができるので、セルを並列に配置することによる感度向上も期待できるとの着想を得て本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層された磁性メモリにおいて、前記スペーサ層が、絶縁体のA12O3からなることを特徴とする磁性メモリが提供される。」
を、
「本発明者は、かかる現象に着目し、非磁性層として絶縁体のA12O3を使用し、非磁性層の上下両面に配置される磁性層として垂直磁気異方性を有する磁性膜を使用し、各層に垂直な方向に電流が流れるよう積層構造の上下に電極を配置すれば、従来のように、膜面内で磁化容易軸の向きを制御するという工程上の困難性を伴わずに、高いS/Nを達成することができ、しかも、センス電流を膜面に垂直な方向に流すことができるので、セルを並列に配置することによる感度向上も期待できるとの着想を得て本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリにおいて、前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スぺーサ層が、絶縁体のA12O3からなることを特徴とする磁性メモリが提供される。」
と訂正する。
(c)訂正事項c
段落【0009】の記載
「【発明の効果】
以上詳細に説明したとおり、本発明によれば、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層された磁性メモリにおいて、前記スぺーサ層として、絶縁体のA12O3からを利用することにより、磁性層の成膜過程における磁化容易軸の向きの制御が容易であり、また、抵抗の変化が大きく感度の高い磁性メモリを得ることが可能となる。」
を、
「【発明の効果】
以上詳細に説明したとおり、本発明によれば、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリにおいて、前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スペーサ層が、絶縁体のA12O3からなるので、磁性層の成膜過程における磁化容易軸の向きの制御が容易であり、また、抵抗の変化が大きく感度の高い磁性メモリを得ることが可能となる。」
と訂正する。

2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(a)訂正事項aについて
上記訂正事項aは、「順次積層された磁性メモリ」を、特許明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0006】の記載「上記の積層体の側方には、情報記録用ワード線7が、各磁性層3,5の磁化容易軸と直交するように(紙面に垂直な方向に)配置されている。」、段落【0007】の記載「このような構成の磁性メモリにおいて、ワード線7に電流を流すと、電流に応じた磁界が発生し、第1及び第2の磁性層3及び5の磁化の向きを反転させ、情報の記録が行われる。図2は、図1の磁性メモリにおいて、ワード線7に紙面の表面から裏側へ向けて、十分な電流を流した状態を示す。このとき、ワード線7から発生する磁界は紙面上で時計回りであるため、第1及び第2の磁性層3及び5の向きは図中矢印で示したように、共に下向きとなる。…図3は、同じくワード線7に紙面の裏側から表側に向けて、保磁力の大きい第1の磁性層3の磁化の向きは反転させず、保磁力の小さい第2の磁性層5の磁化の向きのみを反転させる磁界を発生させるような電流を流した状態を示す。このとき、ワード線7から発生する磁界は紙面上で反時計回りであり、図中矢印で示したように、第2の磁性層5の磁化の向きのみ反転して上向きとなる。」及び図1〜3の記載に基いて、磁性メモリにおいて磁界を生じさせる構成とそれにより生じる磁界の態様を限定して、「順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリ」に訂正するものである。
段落【0007】に「磁界は第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる」との文言上の記載はないが、段落【0007】の記載を参酌して図1〜3に概略断面図が記載された磁性メモリをみると、ワード線7から発生される磁界は紙面上で時計回り或いは反時計回りであり、第1及び第2の垂直磁気異方性層3及び5の磁化の向きは図中矢印で示したような下向き又は上向きとなるのであるから、「磁界は第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる」ことは自明である。
また、上記訂正事項aは、「前記スペーサ層が、絶縁体のAl2O3からなる」を、特許明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0006】の記載「そして、これらの磁性層3,5は、その保磁力に差が設けられており、例えば、第1の磁性層3の保磁力が大きく、第2の磁性層5の保磁力が小さくなっている。このような保磁力の差は、例えば、Co基合金の組成や成膜条件を変化させることによって容易に実現することができる。」、段落【0007】の記載「図3は、同じくワード線7に紙面の裏側から表側に向けて、保磁力の大きい第1の磁性層3の磁化の向きは反転させず、保磁力の小さい第2の磁性層5の磁化の向きのみを反転させる磁界を発生させるような電流を流した状態を示す。」、段落【0008】の記載「第1及び第2の磁性層3及び5は、スパッタリング法による成膜中の基板加熱温度を変化させることにより、第1の磁性層の保磁力を大きく、第2の磁性層の保磁力を小さくしてある。この磁性メモリについて、前述したようにワード線7に2種類の磁界を発生させるような電流を流すことにより情報の記録を行ったところ、高い感度及び高いS/N比を有することが確認された。」に基いて、第2垂直磁気異方性層の第1垂直磁気異方性層との保磁力の大小関係を限定して、「前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スペーサ層が、絶縁体のAl2O3からなる」と訂正するものである。
したがって、この訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(b)訂正事項bについて
上記訂正事項bは、【課題を解決するための手段】の記載を、上記訂正事項aの特許請求の範囲の請求項1の記載の訂正に整合させる訂正を行うものである。
したがって、この訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(c)訂正事項cについて
上記訂正事項cは、【発明の効果】の記載を、上記訂正事項aの特許請求の範囲の請求項1の記載の訂正に整合させる訂正を行うものである。
したがって、この訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

2-3.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成15年法律第47号)付則第2条第7項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成15年法律第47号による改正前の特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する同法第126条第2、3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.特許異議の申立てについての判断
3-1.本件発明
本件請求項1に係る発明は、訂正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項(但し、該記載中の「保持力」は「保磁力」の誤記と認める。)によって特定されるとおりのものである。(2.2-1.(a)訂正事項aを参照。)

3-2.特許異議の申立ての理由の概要
特許異議申立人キヤノン株式会社は、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証(特開平4-23293号公報)、甲第2号証(「日本応用磁気学会誌、第20巻、第2号」第369頁〜第372頁及び第740頁、1996年4月1日発行)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第113条第2号の規定により取り消すべきものである旨主張している。

3-3.引用例に記載された発明
当審が通知した取消理由において引用した特開平4-23293号公報(以下「引用例1」という。)には、以下(A)〜(F)の事項が記載されている。
(A)「2つの磁性体が絶縁体層を介してトンネル接合されているメモリ素子と、前記トンネル接合素子と直列に接続されたトランスファーゲートと、前記磁性体の少なくとも1つに磁気的に結合できる程度に近接して配置された磁場発生回路とを有することを特徴とする磁気メモリセル。」(第1頁右下欄第8〜14行)
(B)「第15図は、本願発明の第7実施例に係るメモリセルの構成概念図であり、本発明の第3の発明に属する。60,62は磁性体であり、絶縁層64を介してトンネル結合している。66は磁場発生用コイルであり、68,70はそれぞれ、上記トンネル結合磁性素子72、磁場発生用コイル66と直列に結合されたスイッチングトランジスタである。リード線74,76は記録情報読み出し線であり、リード線78,80は情報記録.消去線である。また、リード線82,84はスイッチングトランジスタ用信号線である。絶縁層64を介して磁性体60,62がトンネル結合したトンネル結合素子72は、磁性体60,62間の磁気分極の相対関係に依存して、異なるコンダクタンスを持つ。」(第8頁右上欄第8行〜同頁左下欄第2行)
(C)「本メモリセルにデータを書き込む場合は次のようにして行う。例えば、上記トンネル結合素子72を構成する磁性体60及び62の磁化が平行の場合を初期状態、反平行の場合をデータが書き込まれた状態として、これをバイナリーデータの0,1に対応させる。この対応は逆でもよい。初期状態にあるトンネル結合素子72に、スイッチングトランジスタ70を導通させることにより、コイル66が発生する磁場によって、磁性体62の磁化を逆転させる。また、データを消去する場合は、コイル66により逆方向の磁場を発生させて、磁性体62の磁化を再度逆転させて、初期状態に戻せばよい。」(第8頁右下欄第8〜20行)
(D)「第16図は、トンネル結合素子72及び磁場発生コイル66の構成例を示すものである。磁性体60と62、及び絶縁体64によってトンネル結合素子を構成しており、軟磁性体86と磁性体62は磁気的に結合している。さらに、ハーフターンの導体88に流れる電流により軟磁性体86を磁化し、磁性体62に磁場を印加する。例えば、このような構成とすることによりメモリセルを平面化、小型化することができる。」(第9頁左上欄第6〜14行)
(E)「次に、上記磁気メモリに使用される磁性薄膜の第1の実施例を説明する。原子分率で22%のZr、残部が実質的にCoからなる合金ターゲットを用いて、RFスパッタ装置により石英基盤上に1μmの膜厚の薄膜を作成した。…この結果、得られた薄膜は膜面と垂直方向に容易磁化軸を持ち、…磁化特性を有していた。」(第9頁右上欄第1〜18行)
(F)「次に、他の磁性薄膜の実施例を説明する。上記第1実施例と同様の方法で表1に示す組成の磁性薄膜を作製した。得られる薄膜の磁化容易軸は全て膜面と垂直方向であった。…この磁性薄膜においても大きな保持力を有するので、上記実施例と同様の効果がある。」(第9頁左下欄第6行〜同頁右下欄第2行)
メモリにおいて、素子の電気的な接続のために電極を積層することが周知であり、上記(E)に、非磁性基板上(石英基盤上)に磁性薄膜を形成することも記載されているから、上記(A)〜(D)の磁気メモリセルにおいて、非磁性基板上に第1電極と磁性体62と絶縁体64と磁性体60と第2電極とを順次積層してトンネル結合素子72を形成することは自明のことである。
また、引用例1には、上記(E)、(F)のように、磁気メモリに使用される磁性薄膜の実施例として、膜面と垂直方向に容易磁化軸を持つもののみが提示されているから、上記(A)〜(D)の磁気メモリセルにおいて、トンネル結合素子72の磁性体62、60が垂直方向に容易磁化軸を持つことは明らかである。
さらに、第16図をみると、ハーフターンの導体88の大部分は、垂直方向に磁化容易軸を持つ磁性体62、60の容易磁化軸と直交して配置されていることが看取される。
上記(A)〜(D)の磁気メモリセルは、上記(D)のように、ハーフターンの導体88に流れる電流により軟磁性体86を磁化し、軟磁性体86に接続される磁性体62に磁界(磁場)を印加するものであり、軟磁性体86と磁性体62との接続面においては磁界が磁性体62の膜面内方向に平行ではあるが、磁性体62の一方の膜面に極めて近接して磁性体60が配置されていること、ハーフターンの導体88に流れる電流により発生される磁界の磁力線は連続しており閉じていなければならないこと、発生される磁界により垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62の磁化が反転されることを勘案すれば、発生される磁界が、垂直方向に容易磁化軸を有する磁性体62、60の膜面内方向に対して垂直の成分を有することは自明である。
したがって、上記(A)〜(F)の記載事項及び図面の記載から、引用例1には、
「非磁性基板上に、第1電極と、垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62と、絶縁層64と、垂直方向に容易磁化膜を持つ磁性体60と、第2電極とが順次積層されて、垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62、60が絶縁層64を介してトンネル結合したトンネル結合素子72を有し、
トンネル結合素子72は、垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62、60の磁化が平行か反平行かに依存して、異なるコンダクタンスを持ち、情報を記憶するものであり、
トンネル結合素子72の外部に、垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62、60の容易磁化軸と大部分が直交するようにハーフターンの導体88を配置し、ハーフターンの導体88に流れる電流により、磁性体62に接続された軟磁性体86を磁化して、垂直方向に容易磁化軸を有する磁性体62、60の膜面内方向に対して垂直の成分を有する磁界を発生させ、発生させた磁界によって垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62の磁化を逆転させる磁気メモリセル。」
との発明(以下「引用例1に記載された発明」という。)が記載されていると認められる。
同じく引用した「日本応用磁気学会誌、第20巻、第2号」第369頁〜第372頁及び第740頁、1996年4月1日発行(以下「引用例2」という。)には、以下(G)〜(I)の事項が記載されている。
(G)「一軸異方性を持つ強磁性膜は180°角度の異なる二つの安定状態がある.弱結合型サンドウィッチ膜では,2種類の磁性層が独立に振舞えるので,各々の一軸異方性膜の磁化方向で二通り,併せて零磁界下で四つの安定状態が存在する.これらの四つの安定状態はFig.3(b),(c)のように4種類の磁化の組み合わせに対応している.言い換えると,これらの四つの状態のうちのどちらかをとることで,同図に示すように,四進数の記憶が可能である.」(371頁左欄第13〜21行)
(H)「ワンビットセルにおいて実験的に四進数GMRメモリーが動作することを確認した.その構造はFig.1に示す二進数メモリーと同様であるが,近傍に設置したワード線が情報蓄積線と平行に配置されていることが異なる点である.ワード線に電流を流すと,容易軸方向に局部的な磁界が発生するが,この磁界は両磁性層の保持力の差を利用すれば四進数情報蓄積用の両磁性層への書き込みを別々に行うことができる.」(第371頁左欄第22〜28行)
(I)「上述までのGMRメモリーでは…SN比が非常に低くなると考えられる.この問題点に対し,筆者らは高SN比が実現できるスピン・トンネリング・メモリーを考案した.スピン・トンネル接合(強磁性体/絶縁体/強磁性体)では,3d電子がそのトンネル電流を担う.強磁性体の3d電子は分極しており,フェルミ面での上向きスピンと下向きスピンの状態密度が異なる.したがって,強磁性トンネル接合では,スピンの向きを保持したまま電子がトンネルするならば,両電極の磁化の状態によりトンネル電流が変化する.我々はCo/Al2O3/NiFeのCCP(Current‐Perpendicular-to-Plane結合を作製し,印加磁場に対して抵抗の変化を測定した結果,弱結合CIP(current-In-plane)素子と全く同様の記憶メカニズム,すなわち部分駆動特性曲線の傾きの前歴磁化状態に対する依存牲が確認できた.このことによりハード層(Co)を情報のメモリーにソフト層(NiFe)を読出しに用いることができる.このトンネリング接合に適する新たな構造としてFig.5に示す構造を考案した.…このメモリー構造は,3節で述べた出力が相対的に低い四進数メモリーに対しても,有効である.」(第371頁右欄第2行〜第732頁左欄第23行)
上記(G)、(H)の記載事項及び図面の記載から、引用例2には、
四進数GMRメモリーにおいて、情報を記録するためワード線に電流を流し磁性層の磁化容易軸方向に磁界を発生して2つの磁性層の磁化方向を設定するのに、両磁性層の保持力の差を利用して両磁性層の磁化方向を別々に設定すること
が記載されていると認められる。
また、上記(I)の記載事項及び図面の記載から、引用例2には、
スピン・トンネリング・メモリーにおいて、スピン・トンネル接合をなすための絶縁体としてAl2O3を用いること
も記載されていると認められる。

3-4.対比
本件請求項1に係る発明(以下「前者」という。)と引用例1に記載された発明(以下「後者」という。)とを対比すると、
(イ)後者の「容易磁化軸」は、前者の「磁化容易軸」に相当し、
(ロ)後者の「垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体62」、「垂直方向に容易磁化軸を持つ磁性体60」は、前者の「第1垂直磁気異方性層」、「第2垂直磁気異方性層」にそれぞれ相当し、
(ハ)後者の「絶縁層64」は、その機能からみて、前者の「スペーサ層」に相当し、
(ニ)後者の「ハーフターンの導体88」は、その機能からみて、前者の「情報記録用のワード線」と、情報記録用の導体として共通しており、
(ホ)後者の「磁気メモリセル」は、前者の「磁性メモリ」に相当している。
したがって、両者は、
「非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スぺーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用の導体を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に少なくとも大部分が直交するように配置して、前記情報記録用の導体に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直の成分を有する磁性メモリにおいて、前記スペーサ層が、絶縁体からなることを特徴とする磁性メモリ。」
である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
前者は、磁界を生じる情報記録用の導体が第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置されるワード線であり、生じる磁界が第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じ、第2垂直磁気異方性層が第1垂直磁気異方性層よりも保磁力が小さいものであるのに対して、後者は、磁界を生じる情報記録用の導体が第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に大部分が直交するように配置されるハーフターンの導体であり、第1垂直磁気異方性層に接続される軟磁性体86を介して磁界を生じさせており、生じる磁界が第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直の成分を有しているが前者のように垂直には生じておらず、第2垂直磁気異方性層が第1垂直磁気異方性層よりも保磁力が小さいものでもない点。
[相違点2]
前者のスペーサ層は、絶縁体のAl2O3であるのに対して、後者のスペーサ層は、絶縁体ではあるが材質は不明である点。

3-5.判断
[相違点1]について検討する。
引用例2に、四進数GMRメモリーにおいて、情報を記録するためワード線に電流を流し磁性層の磁化容易軸方向に磁界を発生して2つの磁性層の磁化方向を設定するのに、両磁性層の保持力の差を利用して両磁性層の磁化方向を別々に設定することが記載されている。
上記の引用例2に記載された事項が2つの磁性層の磁化が平行か反平行かに依存して情報を記憶する他の磁性メモリにも適用し得ることは明らかであるから、上記の引用例2に記載された事項を2つの磁性層の磁化が平行か反平行かに依存して情報を記憶する磁性メモリとして共通する後者に適用して、磁界を生じる情報記録用のワード線を配置して、磁界が第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸方向に生じるようにし、すなわち、第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じるようにし、第2垂直磁気異方性層と第1垂直磁気異方性層とで保磁力に差があるものとすることは、当業者が容易に推考し得たことである。そして、その際に、生じさせる磁界の方向と垂直方向に導線を配置して電流を流し磁界を生じさせることが周知であり、また、第2垂直磁気異方性層と第1垂直磁気異方性層とで保磁力に差があるものとするのに第2垂直磁気異方性層が第1垂直磁気異方性層よりも保磁力が大きいものとするか小さいものとするかの何れかであり小さいものとすることは当業者が適宜に選択し得たことであるから、磁界を生じる情報記録用のワード線を第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じるようにし、第2垂直磁気異方性層が第1垂直磁気異方性層よりも保磁力が小さいものとすることは、当業者が容易になし得たことである。
[相違点2]について検討する。
引用例2に、スピン・トンネリング・メモリーにおいて、トンネル結合(スピン・トンネル接合)をなすための絶縁体としてAl2O3を用いることが記載されているから、後者において、上記の引用例2に記載された事項を適用して、スペーサ層の絶縁体としてAl2O3を用いるようにすることは、当業者が容易になし得たことである。
そして、本件請求項1に係る発明の効果も、引用例1、2に記載された発明及び周知の技術事項の効果から当業者が容易に予測し得た程度のものである。

4.むすび
以上のとおりであるので、本件請求項1に係る発明は、引用例1、2に記載された発明及び周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法等の一部を改正する法律(平成15年法律第47号)付則第2条第7号の規定によりなお従前の例によるとされる、平成15年法律第47号による改正前の特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
磁性メモリ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリにおいて、
前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スペーサ層が、絶縁体のAl2O3からなることを特徴とする磁性メモリ。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、磁性層の磁化の向きによって情報を記録する磁性メモリに関する。
【0002】
【従来の技術】
磁性層と非磁性層との積層膜が、磁性層の磁化の状態に応じて、その電気抵抗に大きな変化を生じる現象は、巨大磁気抵抗効果(GMR効果)と呼ばれている。特開平7-66033号公報には、この現象を利用した磁性メモリが提案されており、この磁性メモリにおいては、非磁性層を挟んで上下に形成された磁性層の磁化容易軸は、磁性層と同一面内に存在し、抵抗変化を検出するためのセンス電流は磁性層の膜面に対して平行に流れている。一方、十分なS/Nを得るために、磁化容易軸を情報記録時に電流を流すためのワード線と直交させることが一般的である。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記の磁性メモリにおいては、磁性層の膜面内に磁化容易軸を有するため、成膜過程でワード線と直交するように磁化容易軸の向きを制御する必要があるが、これは非常に困難である。例えば、磁性層の形状に異方性を与え、長手方向に磁化容易軸を有する形状磁気異方性を利用することなどが考えられるが、その場合は、記憶容量上の損失が発生するため実用的であるとは言い難い。さらに、このような磁性メモリの各セルは、同一のセンス線に対して直列に配置されているため、セル数が増せば同一のセンス線の全抵抗が増大する。したがって、同一センス線上の1個のセルの抵抗が変化したとしても、全抵抗に対する抵抗変化率は極めて微小であるために、検出感度が低下することは避けられないという問題がある。
【0004】
【課題を解決するための手段】
最近、GMR素子において、センス電流は、膜面に平行に流れる場合よりも、膜面に垂直に流れた場合の方が、大きな抵抗変化が得られることが理論的に推測されており、それを裏付ける実験結果が報告されている(日本応用磁気学会、第88回研究会試料、1〜6頁)。また、スピントンネル結合を利用することにより、センス電流を膜面に対して垂直に流し、各セルをセンス線に対して並列に配置したメモリが提案されている(日本応用磁気学会誌、Vol.20,No.2,369〜372頁、1996年)。このスピントンネル結合では磁性層間に介在されるスペーサとしての非磁性層は絶縁体によって形成されており、膜面に対して垂直方向の抵抗がある程度大きいため、センス電流を膜面に対して垂直に流すことが可能となる。
【0005】
本発明者は、かかる現象に着目し、非磁性層として絶縁体のAl2O3を使用し、非磁性層の上下両面に配置される磁性層として垂直磁気異方性を有する磁性膜を使用し、各層に垂直な方向に電流が流れるよう積層構造の上下に電極を配置すれば、従来のように、膜面内で磁化容易軸の向きを制御するという工程上の困難性を伴わずに、高いS/Nを達成することができ、しかも、センス電流を膜面に垂直な方向に流すことができるので、セルを並列に配置することによる感度向上も期待できるとの着想を得て本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリにおいて、前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スペーサ層が、絶縁体のAl2O3からなることを特徴とする磁性メモリが提供される。
【0006】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の磁性メモリの構成について、図1を参照しながら説明する。図1において、非磁性基板1上に、下部電極2、第1の磁性層3、非磁性層(以下、スペーサ層と称する)4、第2の磁性層5及び上部電極6が順次積層されている。第1及び第2の磁性層3、5を構成する材料としては、垂直方向に磁化容易軸を有するものであれば、どのようなものでもよく、例えば、CoCr合金、Co-γFe2O3、Baフェライトなどをあげることができる。そして、これらの磁性層3、5は、その保磁力に差が設けられており、例えば、第1の磁性層3の保磁力が大きく、第2の磁性層5の保磁力が小さくなっている。このような保磁力の差は、例えば、Co基合金の組成や成膜条件を変化させることによって容易に実現することができる。上記の積層体の側方には、情報記録用ワード線7が、各磁性層3、5の磁化容易軸と直交するように(紙面に垂直な方向に)配置されている。又、下部及び上部電極2、6はそのままセンス線として機能するか、又は、図示しない外部のセンス線に接続されている。又、スペーサ層4を形成する材料は、非磁性体であればどんなものであってもよく、さらに、このスペーサ層4を絶縁体によって形成すると、センス電流を膜面に対して垂直に流すことが可能となり、メモリの感度向上に一層有効である。
【0007】
このような構成の磁性メモリにおいて、ワード線7に電流を流すと、電流に応じた磁界が発生し、第1及び第2の磁性層3及び5の磁化の向きを反転させ、情報の記録が行われる。図2は、図1の磁性メモリにおいて、ワード線7に紙面の表側から裏側へ向けて、十分な電流を流した状態を示す。このとき、ワード線7から発生する磁界は紙面上で時計回りであるため、第1及び第2の磁性層3及び5の磁化の向きは図中矢線で示したように、共に下向きとなる。第1及び第2の磁性層3及び5の磁化の向きが平行であるため、この状態におけるセンス線の抵抗は低くなる。図3は、同じくワード線7に紙面の裏側から表側へ向けて、保磁力の大きい第1の磁性層3の磁化の向きは反転させず、保磁力の小さい第2の磁性層5の磁化の向きのみを反転させる磁界を発生させるような電流を流した状態を示す。このとき、ワード線7から発生する磁界は紙面上で反時計回りであり、図中矢線で示したように、第2の磁性層5の磁化の向きのみ反転して上向きとなる。第1、第2の磁性層3、5の磁化の向きが反平行であるため、前述したようなGMR効果が生じ、センス線の抵抗が高くなる。このようにして、センス線の抵抗の高低により情報を記録することが可能となる。
【0008】
【実施例】
図1において、基板1として、ガラス基板、電極2、6としてCr、スペーサ層4として、Al2O3、又、第1及び第2の磁性層3、5としてCoCr2Oを使用し、磁性メモリを作製した。第1及び第2の磁性層3及び5は、スパッタリング法による成膜中の基板加熱温度を変化させることにより、第1の磁性層の保磁力を大きく、第2の磁性層の保磁力を小さくしてある。この磁性メモリについて、前述したようにワード線7に2種類の磁界を発生させるような電流を流すことにより情報の記録を行ったところ、高い感度及び高いS/Nを有することが確認された。
【0009】
【発明の効果】
以上詳細に説明したとおり、本発明によれば、非磁性基板上に、第1電極と、第1垂直磁気異方性層と、スペーサ層と、第2垂直磁気異方性層と、第2電極とが順次積層され、外部に情報記録用のワード線を前記第1及び第2垂直磁気異方性層の磁化容易軸に直交するように配置して、前記情報記録用のワード線に電流を流すことによって生じる磁界が前記第1及び第2垂直磁気異方性層に対して垂直に生じる磁性メモリにおいて、前記第2垂直磁気異方性層は、前記第1垂直磁気異方性層よりも保持力が小さく、かつ前記スペーサ層が、絶縁体のAl2O3からなるので、磁性層の成膜過程における磁化容易軸の向きの制御が容易であり、また、抵抗の変化が大きく感度の高い磁性メモリを得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明の磁性メモリの構成を示す概略縦断面図である。
【図2】
本発明の磁性メモリの低抵抗状態を示す概略縦断面図である。
【図3】
本発明の磁性メモリの高抵抗状態を示す概略縦断面図である。
【符号の説明】
1 非磁性基板
2 下部電極
3 第1の磁性層
4 スペーサ層(非磁性層)
5 第2の磁性層
6 上部電極
7 ワード線
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-01-30 
出願番号 特願平8-302425
審決分類 P 1 651・ 121- ZA (G11C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 須原 宏光  
特許庁審判長 佐藤 伸夫
特許庁審判官 山本 穂積
村上 友幸
登録日 2002-09-20 
登録番号 特許第3351694号(P3351694)
権利者 日本ビクター株式会社
発明の名称 磁性メモリ  
代理人 金田 暢之  
代理人 伊藤 克博  
代理人 宮崎 昭夫  
代理人 石橋 政幸  

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