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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  B41J
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  B41J
管理番号 1098097
異議申立番号 異議2003-71860  
総通号数 55 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-04-18 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-07-18 
確定日 2004-05-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第3369632号「サーマルプリントヘッドとその製造方法」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3369632号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願から本決定に至るまでの主だった経緯を箇条書きにすると次のとおりである。
・平成4年4月21日 特願平4-128107号出願
・平成5年4月21日 上記出願に基づく優先権を主張して本件出願
・平成14年11月15日 特許第3369632号として設定登録(請求項1〜6)
・平成15年7月18日 特許異議申立人石井義章より請求項1,2に係る特許に対して特許異議申立
・同年9月30日付け 当審にて、請求項1,2に係る特許に対して取消理由を通知
・同年12月9日 特許権者より特許異議意見書及び訂正請求書提出
・同年12月17日付け 当審にて訂正拒絶理由を通知
・平成16年3月8日 特許権者より意見書提出

第2 訂正の許否の判断
1.訂正事項
平成15年12月9日付けの訂正請求(以下「本件訂正」という。)は、次の訂正事項1,2を含んでいる。
[訂正事項1]訂正前請求項1記載の「前記保護層は、少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されている」を「前記保護層は、少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されていると共に、前記通常のスパッタリング法により形成された層と前記バイアススパッタリング法により形成された層との間に、前記基板側の高周波電力を増加させながら形成された層を有する」と訂正する。
[訂正事項2]訂正前請求項2記載の「前記保護層として、少なくとも、通常のスパッタリング法による層と、バイアススパッタリング法による層とを、前記発熱抵抗体層側から順に積層する」を「前記保護層の形成工程は、少なくとも、前記発熱抵抗体層側から順に、通常のスパッタリング法により第1の層を形成する工程と、前記第1の層の形成後に前記基板側の高周波電力を増加させながら形成した層を介して、バイアススパッタリング法により第2の層を積層形成する工程とを有する」と訂正する。

2.訂正事項1,2に対しての判断
訂正事項1によれば、保護層は「通常のスパッタリング法により形成された層」及び「バイアススパッタリング法により形成された層」だけではなく、これらの層間に「基板側の高周波電力を増加させながら形成された層」(以下「中間層」という。)の3層構造になり、同じく訂正事項2によれば、これら3層を形成する3工程を有することになる。そして、これら3層のうち中間層とバイアススパッタリング法により形成された層は独立した層(組成の異なる層を含む。)であってもよいことになり、さらに中間層形成に当たってのターゲット側及び最終的な基板側の高周波電力とバイアススパッタリング法でのターゲット側及び基板側の高周波電力は無関係でよいことになる。
これに対して、願書に添付された明細書(以下「特許明細書」という。)には、次のア〜ウの記載がある。
ア.「通常のスパッタリング法で第1の層6を約1.5μm形成した。その後、ターゲット側の高周波電力を保ちながら、基板側の高周波電力を徐々に増加させ、最終的に基板上のバイアスによるエッチングレートが30オングストローム/minとなるように調整し、バイアススパッタリング法で第2の層7を1.5μm形成した。」(段落【0038】)
イ.「第1の層6を通常のスパッタリング法で約1.5μm形成した。その後、ターゲット側の高周波電力を保ちながら基板側の高周波電力を徐々に増加させ、最終的に基板上のバイアスによるエッチングレートが30オングストローム/minとなるように調整し、バイアススパッタリング法で第2の層7を1.5μm形成した。」(段落【0043】)
ウ.「SiO2からなる酸化防止層を通常のスパッタリング法で約0.5μm形成した。その後、ターゲット側の高周波電力を保ちながら基板側の高周波電力を徐々に増加させ、最終的に基板上のバイアスによるエッチングレートが18オングストローム/minとなるように調整し、バイアススパッタリング法で酸化防止層をさらに0.8μm形成した。・・・この後、高周波電力を印加するターゲットをSiO2からTa2O5に切り換え、ターゲット側の高周波電力を適宜調整し、ターゲット側のスパッタレートが100オングストローム/minとなるように調整後、上記酸化防止層の上にTa2O5からなる耐摩耗層をバイアススパッタリング法で2μm形成した。この際、基板側の高周波電力は0とした。」(段落【0047】〜段落【0048】)
これら記載ア〜ウによれば、せいぜい、ターゲット側の高周波電力を保ちながら、基板側の高周波電力を徐々に増加させてスパッタリングを行うことは、バイアススパッタリング法の一環として記載されているのであって、バイアススパッタリング法により形成された層とは独立した層を形成するために行われているのではない。仮に、基板側の高周波電力を徐々に増加させてのスパッタリングを中間層形成工程とみる余地があるとしても、中間層形成に当たってのターゲット側及び最終的な基板側の高周波電力とバイアススパッタリング法でのターゲット側及び基板側の高周波電力は同一でなければならず、かつ、中間層形成とバイアススパッタリングでのターゲットの変更があってはならない。さらにいうと、基板側の高周波電力を徐々に増加させることは、基板上のバイアスによるエッチングレートを所定値にするための調整である旨記載されているのだから、実験段階においては基板側の高周波電力を徐々に増加させてのスパッタリングが行われるとしても、基板側高周波電力とエッチングレートの関係が定まった後まで、基板側の高周波電力を徐々に増加させてのスパッタリングを行うかどうかすら明確でない。
なお、記載ウには、SiO2の「バイアススパッタリング法により形成された層」(訂正後の中間層に該当する層を含む。)形成の後に、Ta2O5からなる層をバイアススパッタリング法で形成する旨の記載があるが、同時に「基板側の高周波電力は0とした。」との記載もあるから、SiO2からなる酸化防止層を通常のスパッタリング法とバイアススパッタリング法(基板側の高周波電力を徐々に増加させることを含む)の組合せで形成した後に、それとは異なる組成のTa2O5からなる層をバイアススパッタリング法で形成することが明確に記載されているとまでは、認めることができない。特許明細書及び添付の図面全体を精査しても上記認定は変わらない。
加えて、訂正事項1は「サーマルプリントヘッド」という物の発明についての訂正であるから、訂正後の請求項1に係る発明にあっては、中間層がバイアススパッタリング法により形成された層とは別の層であることが、物の構成として明確であることになる。しかし、上記記載ア〜ウによっては、工程として基板側の高周波電力を増加させながら形成することは認識できても、形成された層において、中間層とバイアススパッタリング法により形成された層とが明確に区別できることまでは認めることができない。
したがって、訂正事項1及び訂正事項2は特許明細書(添付図面を含む)に記載されていない。

特許権者は、「「中間に存在する層」はバイアススパッタリング法の一環として同一ターゲットを使用して形成された層であり、独立した層として存在するものではありません。」(平成16年3月8日付け意見書5頁3〜5行)と主張するが、訂正事項1及び訂正事項2は訂正前の上記記載とは相当程度異なる表現がされているから、訂正後の請求項1及び請求項2の記載に基づかない主張である。特許権者の主張は採用できない。

3.訂正の許否の判断の結論
以上のとおりであるから、訂正事項1,2を含む本件訂正は、平成15年法律第47号附則2条7項が、同法の施行前に請求された特許異議の申立てについては決定が確定するまではなお従前の例によるとし、平成6年法律第116号附則6条1項が、同法の施行前にした特許出願に係る特許の願書に添付した明細書又は図面の訂正については、なお従前の例によるとすることにより、平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する同法126条2項が読み替えられて準用される平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書きの規定に適合しない。
よって、その余の訂正事項及びその余の訂正要件について検討するまでもなく、本件訂正を認めることはできない。

第3 特許異議申立についての当審の判断
1.本件発明の認定
訂正が認められないから、本件の請求項1及び請求項2に係る発明(以下、「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、特許明細書の特許請求の範囲【請求項1】及び【請求項2】に記載されたとおりの次のものと認める。
本件発明1:基板と、前記基板上に形成された発熱抵抗体層と、前記発熱抵抗体層を一部露出するように設けられた電極層と、前記発熱抵抗体層の露出部を少なくとも被覆するように設けられた保護層とを具備するサーマルプリントヘッドにおいて、前記保護層は、少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されていることを特徴とするサーマルプリントヘッド。
本件発明2:基板上に、発熱抵抗体層、この発熱抵抗体層を一部露出するための開口部を有する電極層、および少なくとも前記開口部を被覆する保護層を順次積層形成してサーマルプリントヘッドを製造するに際して、前記保護層として、少なくとも、通常のスパッタリング法による層と、バイアススパッタリング法による層とを、前記発熱抵抗体層側から順に積層することを特徴とするサーマルプリントヘッドの製造方法。

2.取消理由の骨子
当審における取消理由の骨子は次のようなものである。
本件発明1及び本件発明2の新規性進歩性の判断に当たっては優先権主張の効果を認めず、本件発明1,2は特開平5-50628号公報(以下「引用例1」という。)に記載された発明であるから特許法29条1項3号に該当し、また特開昭63-135261号公報(以下「引用例2」という。)記載の発明に前掲特開平5-50628号公報、特開昭61-9570号公報(以下「引用例3」という。)、特開昭61-153275号公報(以下「引用例4」という。)及び特開平3-180467号公報(以下「引用例5」という。)に記載の技術を適用することにより当業者が容易に発明できたものであるから特許法29条2項の規定により特許を受けることができない発明であると認定判断し、請求項1及び請求項2の特許は特許法29条1項及び2項の規定により拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令205号)4条2項の規定により取り消されなければならない。

3.優先権主張の当否
本件発明1が「保護層は、少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されている」との構成、及び本件発明2が「保護層として、少なくとも、通常のスパッタリング法による層と、バイアススパッタリング法による層とを、前記発熱抵抗体層側から順に積層する」との構成をそれぞれ有することは、請求項1及び請求項2の記載から明らかである。
これに対し、優先権の基礎となる特願平4-128107号の願書に最初に添付した明細書・図面には、ステップカバレージの良好なTa2O5薄膜をバイアススパッタリング法により形成する方法が記載されているにとどまり、上記本件発明1,2の各構成が記載されているわけではない。
したがって、本件発明の新規性及び進歩性の審理に当たっては、特許法41条2項の規定を適用せず、本件出願日を平成5年4月21日として扱わなければならない。

4.引用例1の記載事項及びそこに記載の発明の認定
引用例1には、次のア〜オの記載又は図示がある。
ア.「本発明は・・・サーマルヘッドの改良に関するものである。」(段落【0001】)
イ.「発熱抵抗体層3及び一対の導電層4a、4bの上面には保護層5が被着されており、該保護層5は接着層5a、イオン遮断層5b及び耐摩耗層5cの3層構造を有している。」(段落【0018】)
ウ.「前記保護層5の接着層5aは、窒化アルミニウム、炭化珪素等の第1部材と酸化珪素、酸化セレン等の第2部材との混合比率を第1部材/第2部材=1.5〜4.0としたものであり、従来周知のスパッタリング法を採用することによって発熱抵抗体層3及び一対の導電層4a、4bの上面に被着され、」(段落【0020】)
エ.「イオン遮断層5bはバイアススパッタリング法を採用することによって接着層5aの上面に被着される。」(段落【0024】)
オ.【図面の簡単な説明】欄には、符番1が基板であること、符番3が発熱抵抗体層であること、符番5が保護層であること、符番4a及び4bが導電層であること、符番5aが接着層であること、符番5bがイオン遮断層であること、並びに符番5cが耐摩耗層であることが記載されており、【図1】には基板側から順に、基板1・発熱抵抗体層3・導電層4a,4b(4a,4b間に導電層のない部分があり、その部分の発熱抵抗体層3が発熱することは自明である。)・接着層5a・イオン遮断層5b・耐摩耗層5cが積層されたものが図示されている。

上記記載又は図示を含む引用例1の全記載及び図示によれば、引用例1に記載のサーマルヘッドは、「基板に発熱抵抗体層・導電層・接着層・イオン遮断層・耐摩耗層がこの順に積層されたサーマルヘッドであって、前記導電層は一部欠落しており、接着層、イオン遮断層及び耐摩耗層全体は保護層であり、接着層は従来周知のスパッタリング法により導電層及びその欠落部分の発熱抵抗体層の上面に被着されたものであり、イオン遮断層はバイアススパッタリング法により接着層の上面に被着されたものであるサーマルヘッド。」(以下「引用例発明1-1」という。)であると認めることができる。
また、そのようなサーマルヘッドの製造方法は、「基板上に、発熱抵抗体層、一部欠落部を有する導電層をこの順に形成し、導電層及び一部欠落部の発熱抵抗体層の上面に保護層の一部である接着層を従来周知のスパッタリング法により被着し、接着層の上面に保護層の一部であるイオン遮断層をバイアススパッタリング法により被着し、イオン遮断層の上面に保護層の一部である耐摩耗層を被着させるサーマルヘッドの製造方法。」(以下「引用例発明1-2」という。)であると認めることができる。

5.本件発明1及び本件発明2の新規性の判断
引用例発明1-1の「導電層」、「従来周知のスパッタリング法」及び「サーマルヘッド」は、本件発明1の「電極層」、「通常のスパッタリング法」及び「サーマルプリントヘッド」に相当し、引用例発明1-1において導電層が一部欠落していることと、本件発明1において発熱抵抗体層を一部露出するように電極層を設けたことに相違はない。スパッタリング法による場合、「被着」と表現しようと「形成」と表現しようと相違はない。
引用例発明1-1の「接着層」及び「イオン遮断層」は、いずれも保護層の一部であるから、それぞれ本件発明1の「通常のスパッタリング法により形成された層」及び「バイアススパッタリング法により形成された層」に相当し、これら層が「発熱抵抗体層側から順に積層されている」点でも一致する。
引用例発明1-1において、保護層の一部として「接着層」及び「イオン遮断層」以外に「耐摩耗層」があることは、本件発明1の保護層について「少なくとも」と記載があることから、本件発明1と引用例発明1-1との相違点を構成しない。
したがって、本件発明1と引用例発明1-1とは、「基板と、前記基板上に形成された発熱抵抗体層と、前記発熱抵抗体層を一部露出するように設けられた電極層と、前記発熱抵抗体層の露出部を少なくとも被覆するように設けられた保護層とを具備するサーマルプリントヘッドにおいて、前記保護層は、少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されているサーマルプリントヘッド。」である点で一致し、両者に相違点は存在しない。
同様に、本件発明2と引用例発明1-2とは、「基板上に、発熱抵抗体層、この発熱抵抗体層を一部露出するための開口部を有する電極層、および少なくとも前記開口部を被覆する保護層を順次積層形成してサーマルプリントヘッドを製造するに際して、前記保護層として、少なくとも、通常のスパッタリング法による層と、バイアススパッタリング法による層とを、前記発熱抵抗体層側から順に積層するサーマルプリントヘッドの製造方法。」である点で一致し、両者に相違点は存在しない。
以上のとおり、本件発明1及び本件発明2は引用例1に記載された発明にほかならず、特許法29条1項3号の規定に該当する。

6.引用例2記載の発明の認定
引用例2には、「表面の一部に積層形成された電極からの通電により発熱抵抗体と、この発熱抵抗体及び電極上に耐摩耗層を形成したサーマルヘッドの製造方法において、前記耐摩耗層を高周波バイアススパッタリングにより形成することを特徴とするサーマルヘッドの製造方法。」(1頁左下欄特許請求の範囲)との発明(以下「引用例発明2-2」という。)が記載されており、同製造方法により製造されたサーマルヘッドは「表面の一部に積層形成された電極からの通電により発熱抵抗体と、この発熱抵抗体及び電極上に高周波バイアススパッタリングにより耐摩耗層を形成したサーマルヘッド。」(以下「引用例発明2-1」という。)ということができる。

7.本件発明1と引用例発明2-1との一致点及び相違点の認定
引用例発明2-1の「表面」が基板表面であること、「電極」及び「発熱抵抗体」が「層」といえること、及び電極が発熱抵抗体を一部露出するように設けられていることは自明である。引用例発明2-1の「耐摩耗層」は本件発明1の「保護層」に相当するものであり、「発熱抵抗体及び電極上に・・・耐摩耗層を形成した」とは、発熱抵抗体と耐摩耗層の関係が「発熱抵抗体層の露出部を少なくとも被覆するように設けられた保護層」であることと異ならない。(以上、必要なら引用例2の各図を参照のこと。)
引用例発明2-1の「サーマルヘッド」と本件発明1の「サーマルプリントヘッド」は同義である。
したがって、本件発明1と引用例発明2-1とは、「基板と、前記基板上に形成された発熱抵抗体層と、前記発熱抵抗体層を一部露出するように設けられた電極層と、前記発熱抵抗体層の露出部を少なくとも被覆するように設けられた保護層とを具備するサーマルプリントヘッド。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点〉保護層につき、本件発明1では「少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されている」のに対し、引用例発明2-1ではすべてが高周波バイアススパッタリング(これ自体は、本件発明1の「バイアススパッタリング法」と同一と認める。)により形成された層であること。

8.本件発明1と引用例発明2-1との相違点についての判断及び本件発明1の進歩性の判断
引用例3には、「基板を無バイアス状態としてターゲットからのスパッター粒子を基板に入射させて無バイアス薄膜を形成し、然る後基板に高周波バイアス電圧を印加してターゲットからのスパッター粒子を入射させて前記無バイアス薄膜の上にバイアス薄膜を形成することを特徴とする薄膜製造方法。」(1頁左下欄特許請求の範囲)、「バイアス電圧を印加して形成したMo膜やTi膜は内部応力が増加し、基板と膜との接合力より大きくなってしまう為に、製膜中に剥がれてしまったり」(1頁右下欄11〜14行)、及び「内部応力の小さい無バイアスMo膜12を・・・基板4上に形成し、その上にバイアスMo膜13を形成するので、この内部応力の大きいバイアスMo膜13の歪は、無バイアスMo膜12で緩和され、且つMo同士の積層となるので、接合力は十分高いものとなり、剥離することがないのである。」(2頁右下欄18行〜3頁左上欄4行)との各記載がある。
引用例4には、「この発明は、ステップカバレッジを改善したスパッタリング法による薄膜形成方法に関する。」(1頁右下欄17〜18行)、「ステップカバレッジを改善するものとして、バイアススパッタ法が従来から知られている。」(2頁左上欄18〜20行)、「バイアススパッタ法では、基板へのイオン衝撃によるダメージが大きいので、基板の表面性を低下させる問題があり」(2頁右上欄16〜18行)、「この発明は、バイアススパッタ法の長所を積極的に採用してステップカバレッジを改善する一方、バイアススパッタ法の短所を改善するようにしたスパッタリングによる薄膜形成方法の提供を目的にする。」(2頁左下欄13〜17行)、及び「上記の目的を達成するために、カソードとしての第1の電極と、この第1の電極からのスパッタリング原子によって被膜される基板を保持する第2の電極とを設け、第1段階として、第1の電極だけに電力を投入するか、あるいは第1の電極に電力を投入すると同時に、第2の電極に微弱なバイアス電圧を印加して薄膜を形成する一方、第2段階として、第1の電極に対する投入電力を第1段階より少なくするとともに、第2の電極には、第1段階よりは大きなバイアス電圧を印加して薄膜を形成するようにしている。」(2頁左下欄19行〜右下欄9行)との各記載がある。
引用例5には、「ターゲットだけでなく、ウエーハを取り付けるサセプタ自身にも高周波電力を加え、ウエーハ表面に膜の堆積を行なうとともに、ウエーハ表面に形成された自己バイアスによってスパッタエッチングを同時に行なうようにしたものがバイアス・スパッタ法と呼ばれる方法である。」(2頁左上欄6〜12行)、「基板503及びサセプタ504表面は、サセプタに加えられたRF電力のためにプラズマに対し負の自己バイアスがかかり、この電界で加速されたArイオンがぶつかるため、堆積膜の一部が再びスパッタされる。・・・基板に自己バイアスで加速されたArイオンが衝突するため、下地に損傷を与え素子の特性を劣化させるという・・・各種薄膜形成上の問題を生じている。」(2頁右上欄10行〜左下欄3行)、及び「最初の数10Å〜100Å程度の膜が形成される間はシリコン基板に供給するRF電力をゼロとして再スパッタしないでつけ、その後、バイアス・スパッタに切りかえる方式である。こうすれば・・・基板シリコン表面への損傷をほとんど0にすることが可能である。」(5頁左下欄14行〜右下欄2行)との各記載がある。
これら引用例3〜引用例5の記載(引用例3記載の「無バイアスMo膜12」及び「バイアス膜13」は本件発明1でいう「通常のスパッタリング法により形成された層」及び「バイアススパッタリング法により形成された層」であり、引用例4記載の「第1の電極だけに電力を投入」したスパッタ及び第2段階のスパッタは本件発明1でいう「通常のスパッタリング法」及び「バイアススパッタリング法」であり、並びに引用例5記載のRF電力をゼロとしたスパッタ及びバイアス・スパッタは本件発明1でいう「通常のスパッタリング法」及び「バイアススパッタリング法」であると認める。)によれば、バイアススパッタリングは段差のあるものに対するスパッタリングとして、ステップカバレッジを改善する上で有用であるものの、バイアススパッタリングでは内部応力の増加や基板・下地の損傷といった問題があり、これら問題を解決するため、スパッタリング初期はバイアス無しの通常スパッタリングを採用し、その後バイアススパッタリングに切り換えることが本件出願当時には周知又は少なくとも公知であると認められる。
引用例発明2-1では、電極が存在するため引用例4記載のもの同様に段差のある状態でのバイアススパッタリングとなるから、ステップカバレッジ改善の点では有用であろうが、バイアススパッタリング単独である以上、引用例3〜引用例5に記載の上記問題があることは明らかである。加えて、引用例1の「サイアロンから成る保護膜14をスパッタリング法により被着させる際、・・・保護膜14に大きな応力が内在され、・・・保護膜14が前記大きな応力によってクラックを発生したり、・・・」(段落【0005】)との記載によれば、大きな内部応力がサーマルプリントヘッドにおける問題点として指摘されている。さらに引用例発明1-1では、最初にスパッタリングにより形成される層を「接着層」と称しており、この接着層は通常スパッタリングで形成されている。すなわち、電極及び発熱抵抗体層に接する層には接着力が要求されること、及び接着力に優れた層を得るにはバイアススパッタリングよりも通常スパッタリングの方が好都合であることは引用例1の記載からも窺い知ることができる。
これらの状況を総合すれば、引用例発明2-1の有する優れた点を維持し、かつバイアススパッタリング単独の問題点を回避すべく、引用例1,引用例3〜引用例5記載の技術同様にスパッタリング初期には通常スパッタリングとし、その後バイアススパッタリングに切り換えて、保護層を形成することは当業者にとって想到容易といわざるをえない。そして、そのようにすれば、引用例発明2-1の保護層は「少なくとも、通常のスパッタリング法により形成された層と、バイアススパッタリング法により形成された層とが、前記発熱抵抗体層側から順に積層されている」との本件発明1の構成にならざるを得ない。
したがって、相違点に係る本件発明1の構成をなすことは当業者にとって想到容易であり、かかる構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
すなわち、本件発明1は引用例発明2-1及び引用例1,引用例3〜引用例5に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

9.本件発明2の進歩性の判断
本件発明2と引用例発明2-2とは、「基板上に、発熱抵抗体層、この発熱抵抗体層を一部露出するための開口部を有する電極層、および少なくとも前記開口部を被覆する保護層を順次積層形成してサーマルプリントヘッドを製造する方法。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点〉保護層の形成につき、本件発明2では「少なくとも、通常のスパッタリング法による層と、バイアススパッタリング法による層とを、前記発熱抵抗体層側から順に積層する」のに対し、引用例発明2-2ではバイアススパッタリング法のみにより形成する点。
この相違点に係る本件発明2の構成が当業者にとって想到容易であること、及び本件発明2に進歩性がないことは、8.で述べたと同様である。
すなわち、本件発明2は引用例発明2-2及び引用例1,引用例3〜引用例5に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本件訂正を認めることはできず、本件発明1及び本件発明2には新規性進歩性もないから、請求項1及び請求項2に係る特許は、特許法29条1項及び2項の規定により拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1及び請求項2に係る特許は、平成15年法律第47号附則2条7項が、同法の施行前に請求された特許異議の申立てについては決定が確定するまではなお従前の例によるとすることにより、平成6年法律116号附則14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令205号)4条2項の規定により取り消されなければならない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2004-03-18 
出願番号 特願平5-117724
審決分類 P 1 652・ 121- ZB (B41J)
P 1 652・ 113- ZB (B41J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 藤本 義仁  
特許庁審判長 砂川 克
特許庁審判官 中村 圭伸
津田 俊明
登録日 2002-11-15 
登録番号 特許第3369632号(P3369632)
権利者 東芝電子エンジニアリング株式会社 株式会社東芝
発明の名称 サーマルプリントヘッドとその製造方法  
代理人 須山 佐一  
代理人 須山 佐一  

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