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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て一部成立) A47C
審判 全部無効 1項2号公然実施 無効とする。(申立て一部成立) A47C
管理番号 1098794
審判番号 無効2002-35398  
総通号数 56 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1999-04-20 
種別 無効の審決 
審判請求日 2002-09-24 
確定日 2004-06-15 
事件の表示 上記当事者間の特許第3142518号発明「椅子」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3142518号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。 特許第3142518号の請求項4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判費用は、その4分の1を請求人の負担とし、4分の3を被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
本件特許第3142518号に係る出願は、昭和62年4月10日(パリ条約による優先権主張1986年4月10日、米国)に出願した特願昭62-88558号(以下、「原出願」という。)の一部を平成2年11月20日に新たな特願平2-317623号(以下、「親出願」という。)として特許出願し、さらにその一部を平成5年7月16日に新たな特願平5-199135号(以下、「子出願」という。)として特許出願し、さらにその一部を平成10年7月22日に新たな特願平10-223667号(以下、「本件出願」という。)として特許出願したものであり、平成12年12月22日に設定登録されたものであって、その請求項1ないし4に係る発明(以下、「本件発明1ないし4」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、次のとおりのものと認める。
「【本件発明1】 支持体6と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレーム8とを含むベース組立体と;
着座者の尻を支持する座後部48と、着座者の大腿部を支持する座前部47とを有する座14と;
座後部48をバックフレーム8の基部80、81に対して支持せしめる後部支持手段7aと、座前部47を支持体6に支持せしめる前部支持手段7bとを備えた座支持手段7とから成る椅子において、
前記座支持手段7の後部支持手段7aは、バックフレーム8の傾動時に、座後部48をバックフレーム8の基部80、81に対して前後方向かつ上下方向に移動せしめる制御機構92、95、96を備え、該制御機構によりバックフレーム8の後方傾動角度αと座14の傾動角度βを、α>βに制限するシンクロチルト機構を構成して成ることを特徴とする椅子。
【本件発明2】 支持体6と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレーム8とを含むベース組立体と;
着座者の尻を支持する座後部48と、着座者の大腿部を支持する座前部47とを有する座14と;
座後部48をバックフレーム8の基部80、81に対して支持せしめる後部支持手段7aと、座前部47を支持体6に支持せしめる前部支持手段7bとを備えた座支持手段7とから成る椅子において、
前記座支持手段7の前部支持手段7bは、バックフレーム8の後方傾動時に、座前部47を支持体6に対してリフトせしめるリフト機構66、147を備えて成ることを特徴とする椅子。
【本件発明3】 支持体6と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレーム8とを含むベース組立体と;
着座者の尻を支持する座後部48と、着座者の大腿部を支持する座前部47とを有する座14と;
座後部48をバックフレーム8の基部80、81に対して支持せしめる後部支持手段7aと、座前部47を支持体6に支持せしめる前部支持手段7bとを備えた座支持手段7とから成る椅子において、
前部支持手段7bは、支持体6に設けられた案内手段66と座前部47に設けられた前部支持具130とを備え、前部支持具130を案内手段66に対して摺動自在とする後退機構300を構成して成り、
該後退機構300により、バックフレーム8の後方傾動時に、案内手段66に対する前部支持具130の後方移動を介して、座後部48をバックフレーム8から離れることなく追従せしめるように構成して成ることを特徴とする椅子。
【本件発明4】 支持体6と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレーム8とを含むベース組立体と;
後端を起立せしめた屈曲部28と、着座者の尻を支持するシェル後部26aと、着座者の大腿部を支持するシェル前部26bとを有する可撓性合成樹脂から成る座部支持インナーシェル26を含む座14と;
バックフレーム8の後方傾動角度αと座14の傾動角度βをα>βに制御するシンクロチルト機構とから成る椅子において、
屈曲部28は、起立部をバックフレーム8に取付固着されており、シェル後部26aは、水平面に対して角度変更可能となるように後部支持手段7aを介してバックフレーム8に連結支持されており、シェル前部26bは、水平面に対して角度変更可能となるように前部支持手段7bを介して支持体6に連結支持されており、
座部支持インナーシェル26は、バックフレーム8の傾動時に変形可能なフレキシブルなシート状に構成されると共に、屈曲部28の起立部と後部支持手段7aとの間に位置する部位に切欠部31を形成し、バックフレーム8の傾動にならって切欠部31を変形自在に構成して成ることを特徴とする椅子。」
なお、特許請求の範囲の請求項3には、「前部支持部130を案内手段66に対して摺動自在とする後退機構300」と記載されているが、これは「前部支持具130を案内手段66に対して摺動自在とする後退機構300」の誤記と認められるため、本件発明3を上記のように認定した。

2.請求人の主張
これに対して、請求人は、以下の(1)及び(2)の理由を挙げ、本件発明1ないし4の特許は特許法第123条第1項に該当し、無効とすべきである旨主張している。
(1)本件特許に係る特許出願は、特許法第44条の分割要件に違反しているので、本件特許の出願日は少なくとも、子出願の提出日である平成5年7月16日まで繰り下がる結果、本件発明1ないし4は、いずれも、本件特許出願日より前に公然実施された甲第8号証の椅子と同一の発明であり、特許法第29条第1項第2号の規定により特許を受けることができないものである(以下、「無効理由1」という。)。
(2)本件発明1ないし3は、本件特許出願前に頒布された文献である甲第11号証又は甲第13号証に記載された発明に基づき、あるいは、甲第13号証及び甲第15号証に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである(以下、「無効理由2」という。)。

3.被請求人の主張
一方、被請求人からは、平成15年1月15日付けで上申書が提出されているが、具体的な反論はなされていない。

4.無効理由1について
まず、無効理由1について検討する。
(1)分割要件違反の理由の要約
請求人の主張する分割要件違反の理由を要約すると以下のとおりである。
A.請求項1の「前記座支持手段7の後部支持手段7aは、バックフレーム8の傾動時に、座後部48をバックフレーム8の基部80、81に対して前後方向かつ上下方向に移動せしめる制御機構92、95、96を備え、該制御機構によりバックフレーム8の後方傾動角度αと座14の傾動角度βを、α>βに制限するシンクロチルト機構を構成して成ること」という要件(以下、「要件a」という。)は、親出願に記載されない事項である。
B.請求項1の「基部80、81」という要件(以下、「要件b」という。)は、子出願にも、親出願にも記載されない事項である。
C.請求項1の「制御機構92、95、96」という要件(以下、「要件c」という。)は、親出願にも、子出願にも記載されない事項である。
D.請求項2の「前記座支持手段7の前部支持手段7bは、バックフレーム8の後方傾動時に、座前部47を支持体6に対してリフトせしめるリフト機構66、147を備えて成ること」という要件(以下、「要件d」という。)は、親出願に記載されない事項である。
E.請求項2の「基部80、81」という要件(以下、「要件e」という。)は、子出願にも、親出願にも記載されない事項である。
F.請求項2の「リフト機構66、147」という要件(以下、「要件f」という。)は、親出願に記載されない事項である。
G.請求項3の「前部支持手段7bは、支持体6に設けられた案内手段66と座前部47に設けられた前部支持具130とを備え、前部支持部130を案内手段66に対して摺動自在とする後退機構300を構成して成り、該後退機構300により、バックフレーム8の後方傾動時に、案内手段66に対する前部支持具130の後方移動を介して、座後部48をバックフレーム8から離れることなく追従せしめるように構成して成ること」という要件(以下、「要件g」という。)は、親出願に記載されない事項である。
H.請求項3の「基部80、81」という要件(以下、「要件h」という。)は、子出願にも、親出願にも記載されない事項である。
I.請求項4の「後端を起立せしめた屈曲部」および「切欠部」という要件(以下、「要件i」という。)は親出願に記載されない事項である。

(2)分割要件違反についての判断
(2-1)要件aについて
(i)親出願の明細書(甲第4号証参照)には、次の事項が記載されている。
・「制御装置3は、椅子背部5を支持する直立溶接物組体75(第5図)を含む。直立溶接物組体75は一対の剛性でS字状の直立支柱76、77を含み、・・・一対の後方伸長部材80、81が直立支柱76、77の各下端に固着され、それぞれの前端にクレビス型ブラケット82を含み、ここに制御装置ハウジング8の対向側壁63が受け入れられる。クレビス型ブラケット82は・・・横方向の貫通孔83を含み、そこに・・・軸ピン84(注:「軸ビン84」は誤記)が軸受65を介して受け入れられ、直立溶接物組体75を制御装置ハウジング8へ旋回可能に取り付ける。」(明細書第22頁第6行〜第23頁第1行)
・「後方伸長部材80、81(第5図)は上向きに開いた弧状の支持領域90を含む。・・・弧状の横断伸長部材91が後方伸長部材80、81の支持領域90上に受け入れられ、溶接など適切な手段でそこに固定される。」(同書第25頁第8〜12行)
・「第16〜19図に最も明瞭に示すように、担持パッド95、96はほぼ同一の形状で、各々横断伸長部材91の上方担持面92と係合する弧状の下面119を有する。担持パッド95、96はさらにそれぞれの上面に弧状の溝つまりチャネル120を有し、これらが後方アームストラップ100の中央リブ108用のクリアランスを与える。各担持パッド95、96は外側に延びた耳部121を含み、細長い貫通スロット122が前後方向を向いている。担持パッド95、96の一体形成されたガイド部123が、パッド耳部121の下面119から下方に突出して内向きのスロットつまり溝124を形成し、第19図(注:「第19」は誤記)に最も明瞭に示してあるように横断伸長部材91の両端縁がそこに把持される。」(同書第27頁第7行〜第28頁第1行)
・「担持面92とこれに係合する担持パッド95、96の下面119両方が弧状の形状である結果、後方アームストラップ100の前後移動により、後方アームストラップ100とこれに取り付けられた椅子座部6はともに、共通または同期傾斜軸7と同心円状つまり一致したほぼ水平向きの軸を中心として回転せしめられる。」(同書第28頁第19行〜第29頁第6行)
・「本発明の運動力学を最も明瞭に理解するため、椅子背部5の椅子座部6に対する運動を模式的に示した第31及び32図を次に参照する。・・・図示の運動力学モデルにおいて、椅子背部5の背部ピボット軸10を中心とするギリシャ文字アルファで表した設定角度量の回転は、椅子座部6を座部ピボット軸12を中心としてギリシャ文字ベータで表した異なる角度量で回転させる。図示の例において、椅子背部角度アルファと椅子座部角度ベータの間の関係は約2:1である。・・・上記2:1の同期傾斜作用は、背部ピボット軸12(注:「座部ピボット軸12」が正しい。)を共通軸7から、背部ピボット軸10の共通軸7からの距離の2倍に等しい距離だけ離して配置することによって達成される。共通軸7、背部ピボット軸10及び座部ピボット軸12間のこの空間関係を変えることで、異なった同期傾斜比率が得られる。」(同書第38頁第14行〜第40頁第10行)
・「椅子背部5が後方に傾斜されると、背部ピボット軸10は椅子座部6の中央つまり中間部の下側に位置するので、椅子背部5全体及び椅子座部6の後部31は背部ピボット軸10を中心に回転するにつれ下方且つ後方に移動する。」(同書第43頁第14〜18行)
(ii)これらの記載事項及び図面に示された内容を参酌すれば、親出願の明細書において、「後方アームストラップ100」は、椅子座部6の後部31の下方に取り付けられているものであるから、「座支持手段の後部支持手段」と捉え得るものであり、「直立溶接物組体75」は、椅子背部5を支持するものであるから、「バックフレーム」と捉え得るものであり、また、直立溶接物組体75(バックフレーム)の直立支柱76、77の各下端に固着された「後方伸長部材80、81」の「ブラケット82」は、軸ピン84が挿入される貫通孔83を有するものであるから、該直立溶接物組体75(バックフレーム)が該軸ピン84を中心に回動する際の「基部」と捉え得るものである。
そして、同明細書において、「担持面92、担持パッド95、96」は、椅子背部5が後方に傾斜されて、椅子背部5全体及び椅子座部6の後部31が背部ピボット軸10を中心に回転するにつれ下方且つ後方に移動する際に、後方アームストラップ100とこれに取り付けられた椅子座部6を共に、前後及び回転移動せしめるべく案内制御するものであるから、「制御機構」と捉え得るものであり、また、下方且つ後方の移動とは、背部ピボット軸10を有する直立溶接物組体75(バックフレーム)のブラケット82(基部)に対しての移動と捉え得るものであるから、結局、かかる制御機構は、「バックフレームの傾動時に、座後部をバックフレームの基部に対して前後方向かつ上下方向に移動せしめる」ものであることが窺える。
さらに、同明細書には、直立溶接物組体75(バックフレーム)の椅子背部角度アルファと椅子座部角度ベータの関係を約2:1にした実施例が記載され、かつ、共通軸7、背部ピボット軸10及び座部ピボット軸12間の空間関係を変えることで、これと異なった同期傾斜比率が得られることも記載されているところ、「椅子背部角度アルファ」及び「椅子座部角度ベータ」が、「後方傾動角度α」及び「座の傾動角度β」に対応し、かつ、「椅子背部角度アルファ」が「椅子座部角度ベータ」よりも大きな関係に制限されることは親出願の第32図からも明らかであり、また、同期傾斜する機構をシンクロチルト機構と称し得ることも明らかであるから、「制御機構によりバックフレームの後方傾動角度αと座の傾動角度βを、α>βに制限するシンクロチルト機構を構成して成ること」が開示されているといえる。
したがって、上記要件aは、親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-2)要件bについて
(i)子出願の明細書(甲第6号証参照)には、次の事項が記載されている。
・「バックフレーム8は、図5に示すように、一対の剛性を有するほぼS字形の起立支柱76、77を有する。両支柱76、77は、図6に示した背部支持インナーシェル27におけるリブスロット45、45に嵌入され、両支柱76、77の後部を上下の横桟78、79により連結されている。両支柱76、77の各下端には、枢結部材81、80が固着されており、該枢結部材の前端に二股状のブラケット82が形成され、該ブラケット82の二股部分に支持体6の側壁63が受入れられる。一対の枢結部材80、81のブラケット82、82は、同軸上に位置する貫通孔83を有し、該貫通孔83を前記軸受孔64に位置合わせした状態で、前記軸受65を挿入すると共に、該軸受65に拡軸ピン84を挿通せしめ、該軸ピン84の端部85をカシメにより拡開せしめる。これにより、図11に示すように、バックフレーム8のブラケット82が支持体6に軸ピン84を介して枢結され、図13に示すように、バックフレーム8の傾動支点46が前記軸ピン84により形成され、この支点46は座席体2の座14における前部47と後部48の間に位置する。」(段落【0032】)
(ii)この記載事項及び図面に示された内容を参酌すれば、子出願の明細書において、バックフレーム8の起立支柱76、77の各下端に固着されている「枢結部材80、81」に形成された「ブラケット82」は、拡軸ピン84が挿入される貫通孔83を有するものであるから、該バックフレームが該拡軸ピン84を中心に回動する際の「基部」と捉え得るものである。
また、上記要件bは上記要件aに含まれるものでもあるから、上記「(2-1)」の項での検討内容を踏まえれば、上記要件bは、子出願及び親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-3)要件cについて
(i)子出願の明細書(甲第6号証参照)には、次の事項が記載されている。
・「後部支持手段7aは、剛性の後部支持具100を備え、該後部支持具100は、中央領域において下方に膨出するリブ108を形成し、両端翼部にそれぞれ二つのファスナ孔112、113を有すると共に、前記リブ108の両端に位置してねじ切り孔111を有しており、前記一対のねじ切り孔111を介してスライダ95、96を取付けられる。一対のスライダ95、96は、相互にほぼ同一の形状とされ、前記スライド面92に合致する円弧状の下面119を有する。このスライダ95、96は、上面に形成した円弧状の支持面を、前記ねじ切り孔111の近傍において後部支持具100の下方に膨出するリブ108の下面に重合され、該スライダ95、96の長孔122より挿入したねじ125をねじ切り孔111に螺着することにより取付けられる。図11に示すように、スライダ95、96の端部には、円弧状の下面119の下方に折返されるガイド部123を備え、このガイド部123と円弧状の下面119との間に前記受部材91の両端縁を挿入せしめる。従って、後部支持具100は、一対のスライダ95、96を介して受部材91のスライド面92にスライド可能に支持される。即ち、後部支持具100に固着されたスライダ95、96の円弧状の下面119と、受部材91のスライド面92とは、相互に円弧面を介して前後にスライド自在である。」(段落【0039】)
・「座部支持インナーシェル26が後方に引っ張られると、スライダ95、96は受部材91のスライド面92に沿って後方に移動される。この場合、スライド面92の円弧中心は座部支持インナーシェル26上方の軸線16に一致するので、背部支持インナーシェル27に対して図示時計針方向に回動する。従って、後部支持具100は、バックフレーム8の傾動により生じる座部支持インナーシェル26の後向き引張力に追従して姿勢変更することにより、座後部26aを好適に支承し、該座後部26aによる着座者の尻を安定状態で支持する。尚、図例の場合、このスライダ95、96を介して行われる後部支持具100の姿勢変更は、座部支持インナーシェル26の屈曲部28に撓み変形を求めるが、この撓みによる歪みは切欠部31により吸収できる。」(段落【0049】)
(ii)これらの記載事項及び図面に示された内容を参酌すれば、子出願の明細書において、「スライド面92、スライダ95、96」は、バックフレーム8の傾動時に、後部支持具100の姿勢を変更せしめるべく案内制御するものであるから、「制御機構」と捉え得るものである。
また、上記要件cは上記要件aに含まれるものでもあるから、上記「(2-1)」の項での検討内容を踏まえれば、上記要件cは、親出願及び子出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-4)要件dについて
(i)親出願の明細書(甲第4号証参照)には、次の事項が記載されている。
・「制御装置ハウジング8(第5及び10図)は、一体形成されたベース60、前壁61、後壁62、及び対向側壁63を有する剛性で、カップ状の成形金属構造からなる。・・・一対のストラップ様の弧状レール66が、ハウジング側壁63の前部上縁に沿って一体形成されている。レール66は制御装置ハウジング8の前縁からわずか前方に延出つまり突出している。図示の例において、レール66はほぼ短形の垂直断面形状を持ち、約4.5〜5.5インチ(約11.4〜14.0cm)の半径を有する下向きアークに沿って成形つまり湾曲され、該アークの中心は第6及び34図に示すようにレール66の前端67とほぼ垂直方向において一致する。レール66の上下両面は比較的滑らかで、その上に椅子座部6をスライド可能に支持する。」(明細書第21頁第5行〜第22頁第5行)
・「スライド組体129(第5図)が、椅子座部6の前部37を制御装置3に、両者間で前後のスライド移動を可能とするように結合する。図示の例において、スライド組体129は前方アームストラップ組体130を含み、その実質上剛性で成形金属からなるブラケット131がほぼ平面状のベース領域132(第21図)と、その両端から外側へ突出したオフセット翼133、134とを有する。・・・一対のZ状ブラケット137、138が前方ブラケット131の下面に取り付けられ、各々垂直脚139と水平脚140(第30図)を含む。」(同書第29頁第7行〜第30頁第3行)
・「第22〜30図を参照すると、前方アームストラップ組体130はさらに、前方ブラケット131に結合されたバネ145も含む。」(同書第30頁第4〜6行)
・「板バネ145の両端は、一対のガイド147で把持される。・・・ガイド147は各々のブラケット137、138内に支持される。」同書第30頁第13行〜第31頁第1行)
・「第37図に最も明瞭に示したように、後方傾斜姿勢において、・・・ガイド147はレール66上で最後方位置に移動する。ここで、バネ145を介して得られる前部たわみにより、使用者は椅子座部6の前縁で実質上リフト作用を全く感じることなく、椅子座部6は使用者の腿に望ましくない圧力を加えず、使用者の足が最直立姿勢に椅子があるときに取る位置から移動を強いられることはない。すなわち、図示の例において、椅子背部5を最後方に傾斜したときに椅子座部6の前縁で生じる上昇量は、バネ145を介して得られる最大の垂直移動にほぼ等しい。」(同書第45頁第11行〜第46頁第7行)
(ii)これらの記載事項及び図面に示された内容を参酌すれば、親出願の明細書において、「ブラケット131」、「ガイド147」、「バネ145」からなる「前方アームストラップ130」、及び、「制御装置ハウジング8」に含まれる「レール66」は、下方から座の前部を支持する配置関係にあるから、座支持手段の前部支持手段を構成するものとして捉え得るものであり、さらに、椅子背部5を後方に傾斜した時に、「レール66」及び「ガイド147」を介して、椅子座部6の前縁を、制御装置ハウジング8からなる支持体に対して実質上リフトさせるものであるから、「レール66」及び「ガイド147」は、バックフレームの後方傾動時に、座前部を支持体に対してリフトせしめるリフト機構と捉え得るものである。
したがって、上記要件dは、親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-5)要件eについて
上記要件eは上記要件bと同様であるから、上記「(2-1)」の項及び「(2-2)」の項での検討内容を踏まえれば、上記要件eは、子出願及び親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-6)要件fについて
上記要件fは上記要件dに含まれるものであるから、上記「(2-4)」の項での検討内容を踏まえれば、上記要件fは、親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-7)要件gについて
(i)親出願の明細書(甲第4号証参照)には、次の事項が記載されている。
・「制御装置ハウジング8(第5及び10図)は、一体形成されたベース60、前壁61、後壁62、及び対向側壁63を有する剛性で、カップ状の成形金属構造からなる。・・・一対のストラップ様の弧状レール66が、ハウジング側壁63の前部上縁に沿って一体形成されている。レール66は制御装置ハウジング8の前縁からわずか前方に延出つまり突出している。図示の例において、レール66はほぼ短形の垂直断面形状を持ち、約4.5〜5.5インチ(約11.4〜14.0cm)の半径を有する下向きアークに沿って成形つまり湾曲され、該アークの中心は第6及び34図に示すようにレール66の前端67とほぼ垂直方向において一致する。レール66の上下両面は比較的滑らかで、その上に椅子座部6をスライド可能に支持する。」(明細書第21頁第5行〜第22頁第5行)
・「スライド組体129(第5図)が、椅子座部6の前部37を制御装置3に、両者間で前後のスライド移動を可能とするように結合する。図示の例において、スライド組体129は前方アームストラップ組体130を含み、その実質上剛性で成形金属からなるブラケット131がほぼ平面状のベース領域132(第21図)と、その両端から外側へ突出したオフセット翼133、134とを有する。・・・一対のZ状ブラケット137、138が前方ブラケット131の下面に取り付けられ、各々垂直脚139と水平脚140(第30図)を含む。」(同書第29頁第7行〜第30頁第3行)
・「第22〜30図を参照すると、前方アームストラップ組体130はさらに、前方ブラケット131に結合されたバネ145も含む。」(同書第30頁第4〜6行)
・「板バネ145の両端は、一対のガイド147で把持される。・・・ガイド147は各々のブラケット137、138内に支持される。」(同書第30頁第13行〜第31頁第1行)
・「椅子背部5が後方に傾斜されると、背部ピボット軸10は椅子座部6の中央つまり中間部の下側に位置するので、椅子背部5全体及び椅子座部6の後部31は背部ピボット軸10を中心に回転するにつれ下方且つ後方に移動する。・・・この動きは椅子座部6の前部37を後方に引っ張り、ガイド147をレール66に沿って後方にスライドさせる。・・・椅子背部5が後方に傾斜するにつれ、椅子座部6の前部37は弧状経路に沿って下方且つ後方に移動する。」(同書第43頁第14行〜第44頁第6行)
・「第37図に最も明瞭に示したように、後方傾斜姿勢において、・・・ガイド147はレール66上で最後方位置に移動する。ここで、バネ145を介して得られる前部たわみにより、使用者は椅子座部6の前縁で実質上リフト作用を全く感じることなく、椅子座部6は使用者の腿に望ましくない圧力を加えず、使用者の足が最直立姿勢に椅子があるときに取る位置から移動を強いられることはない。すなわち、図示の例において、椅子背部5を最後方に傾斜したときに椅子座部6の前縁で生じる上昇量は、バネ145を介して得られる最大の垂直移動にほぼ等しい。」(同書第45頁第11行〜第46頁第7行)
(ii)これらの記載事項及び図面に示された内容を参酌すれば、親出願の明細書において、「前方アームストラップ130」は、下方に配置されて椅子座部6の前部37を支持するものであるから、前部支持手段と捉え得るものであり、「レール66」は、「制御装置ハウジング8」からなる支持体に設けられた案内手段と捉え得るものであり、「ブラケット131」は、下方に配置されて椅子座部6の前部37を支持する部材であるから、前部支持部と捉え得るものである。
そして、前方アームストラップ130(前部支持手段)は、制御装置ハウジング8(支持体)に設けられたレール66(案内手段)と椅子座部6の前部37(座前部)に設けられたブラケット131(前部支持具)とを備えていることは明らかである。
また、「ガイド147」と「レール66」は、前方アームストラップ130(前部支持手段)をレール66(案内手段)に対して後方に移動するものであるから、摺動自在な後退機構を構成していると捉え得るものである。
さらに、ガイド147及びレール66(後退機構)は、椅子背部5の後方傾斜時、即ち、バックフレームの後方傾動時に、レール66(案内手段)に対するブラケット131(前部支持具)の後方移動を介して、椅子座部6の後部31(座後部)をバックフレームから離れることなく追従せしめるように構成していることは明らかである。
したがって、上記要件gは、親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-8)要件hについて
上記要件hは上記要件bと同様であるから、上記「(2-1)」の項及び「(2-2)」の項での検討内容を踏まえれば、上記要件hは、子出願及び親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(2-9)要件iについて
(i)親出願の明細書(甲第4号証参照)には、次の事項が記載されている。
・「椅子背部5と椅子座部6も単一つまり一体状のシェル2a’に型成形され、・・・椅子シェル2a’は通常その型成形時の形状を保持する弾性、半剛性の合成樹脂材料で構成されるが、後で詳述するようにある程度の屈曲を可能とする。」(明細書第14頁第4〜12行)
・「第11及び12図に最も明瞭に示されているように、椅子シェル2a’は、型成形された一体状のユニットであるため、屈曲領域50が椅子背部5を、椅子座部6に対し同期傾斜軸7に沿って旋回するのを可能とする必要がある。図示の例において、屈曲領域50は所定のパターンで椅子シェル2a’を貫いて延びた複数の細長いスロット51を有して成る。各スロット51が椅子シェル2a’を屈曲領域50で選択的にくり抜き、同期傾斜軸7を中心とした回転に倣らって屈曲するのを可能とする。」(同書第18頁第18行〜第19頁第8行)
・また、第6及び7図には、椅子2の屈曲領域50の後端が椅子背部5に連続するように起立しているものが示され、第11及び12図には、屈曲領域50に複数のスロット51が切り欠かれているものが示されている。
(ii)これらの記載事項及び図面に示された内容を参酌すれば、椅子2の「屈曲領域50」は、後端を起立せしめた屈曲部と捉え得るものであり、「スロット51」は、切欠部と捉え得るものである。
したがって、上記要件iは親出願の明細書又は図面に記載されていた事項というべきである。

(3)甲第8号証に係る発明について
一方、甲第8号証は、「ステイールケース製センサーチェア(1988年納入)」と称する椅子の撮影写真であるが、この写真に基いて当該椅子の具体的な詳細構成及び動作態様を把握することは困難であるため、甲第8号証に係る発明を本件発明1ないし4と対比判断し得る程度に明確に特定することができない。
したがって、本件発明1ないし4が甲第8号証に係る椅子の発明と同一であるとは到底いえない。
また、他に、本件発明1ないし4が甲第8号証に係る椅子の発明と同一であることを証明するに足る証拠は提出されていない。

(4)無効理由1についてのまとめ
上記「(2)」で検討したように、本件特許に係る出願の分割が適法でないことの根拠として挙げた事項(「A.」ないし「I.」)はいずれも容認することができないものである以上、本件特許に係る出願の分割は適法になされたものであり、その結果、本件特許に係る出願は、原出願の出願日である昭和62年4月10日(注:パリ条約による優先権主張日は1986年4月10日)にしたものと解するのが相当である。
そうであれば、仮に、本件発明1ないし4が甲第8号証に係る椅子の発明と同一であることが証明されたとしても、分割要件違反を前提とし、甲第8号証に係る発明品が1988年(昭和63年)に納入されたとすることを根拠に、本件発明1ないし4がその出願前に公然実施された発明であるとする旨の主張は、その前提自体に誤りのあるものであって、到底認められるものではない。
したがって、無効理由1を容認できない。

5.無効理由2について
つぎに、無効理由2について検討する。
(1)甲第11号証記載の発明
甲第11号証(実願昭59-125958号(実開昭60-170151号)のマイクロフィルム)には、椅子に関し、図面と共に以下の事項が記載されている。
・「背もたれ支持体2の横ステー5は下向きに直角に曲げられた端部と該端部に接続された旋回軸17とでもつて張出アーム1に旋回可能に接続されている。背もたれ支持体2の上方範囲には別体の背もたれ6が固定されている。 張出アーム1の前方のフォーク端部は、旋回軸としての案内ロッド8を介して互いに不動に結合されている。この案内ロッド8は座板23の下面に固定されたばねケーシング22の縦スリット7を通つて案内されている。縦スリット7は滑り案内部を形成している。」(明細書第8頁第14行〜第9頁第5行)
・「座板23の前端部がばねケーシング22と一緒に座平面の方向に移動可能に、かつ案内ロッド8を中心として付加的に傾斜調節量に応じて旋回できるように支承されているのに対して、座板23は該座板23の後部範囲に固定された支承部25でもつて、背もたれ支持体2の2つのアームの間に固定された軸10を中心として旋回可能に支持されている。」(同書第9頁第10〜17行)
・「本考案の効果は、座部が前部範囲で回転可能にかつ滑動可能に支承されていることと背もたれ支持体が旋回可能に支承されていることとによつて、同期的な水平方向の振動又は傾斜運動が生じることである。この場合、ばね軸線の水平状態は影響されない。とりわけ、座板の前縁部に与えられる傾斜運動は心地よいものとして感じられる。背もたれと座板との間のずれは害にならない大きさに保たれる。」(同書第12頁第15行〜第13頁第3行)
・また、第1図及び第2図には、支脚3に張出アーム1が固定され、背もたれ支持体2がその前端部の旋回軸17で張出アーム1に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結される構成、座板23の前部は、ばねケーシング22の縦スリット7と旋回軸8が構成する移動機構により、張出アーム1に支持される構成、座板23の後部は、旋回支承部25により背もたれ支持体2の旋回支承軸10に支持される構成、張出アーム1の旋回軸8と座板23の旋回支承部25間の距離が、背もたれ支持体2における旋回軸17と旋回支承軸10間の距離よりも長い配置構成、及び、後傾時の動作が、背もたれ支持体2の回転に応じて、座板23の前部が後方に移動しつつ張出アーム1の旋回軸8に対して回転し、同時に座板23の後部が旋回支承軸l0を中心として回転しつつ旋回支承軸l0を介して背もたれ支持体2と共に背もたれ支持体2の端部に対して旋回移動させる機構を構成して成る椅子が示されている。
上記記載事項及び図示内容によれば、甲第11号証には以下の発明(以下、「甲第11号証発明」という。)が記載されているものと認められる。
「支脚3に固定された張出アーム1と、該張出アーム1に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能にその端部で枢結された背もたれ支持体2と、後部と前部とを有する座板23と、座板23の後部を背もたれ支持体2に対して支持せしめる旋回支承部25及び旋回支承軸10と、座板23の前部を張出アーム1に支持せしめるばねケーシング22及び旋回軸8とから成る椅子において、張出アーム1の旋回軸8と座板23の旋回支承部25間の距離が、背もたれ支持体2における旋回軸17と旋回支承軸10間の距離よりも長い配置構成とし、前記旋回支承部25及び旋回支承軸10は、背もたれ支持体2の傾動時に、座板23の後部を背もたれ支持体2の端部に対して旋回移動せしめる回転機構を備え、前記ばねケーシング22及び旋回軸8は、背もたれ支持体2の後方傾動時に、座板23の前部を後方に移動しつつ張出アーム1の旋回軸8に対して回転させる移動機構を備え、前記ばねケーシング22及び旋回軸8は、縦スリット7を有するばねケーシング22を張出アーム1に設けられた旋回軸8に対して後方にスライド自在とするスライド機構を構成して成る椅子。」

(2)対比・判断
A)本件発明1について
本件発明1と甲第11号証発明とを比較すると、後者における「張出アーム1」がその作用・機能からみて前者における「支持体」に相当し、以下同様に、「背もたれ支持体2」が「バックフレーム」に、「座板23の後部」が「座後部」に、「座板23の前部」が「座前部」に、「座板23」が「座」に、「旋回支承部25及び旋回支承軸10」が「後部支持手段」に、「ばねケーシング22及び旋回軸8」が「前部支持手段」に、「旋回支承部25及び旋回支承軸10」と「ばねケーシング22及び旋回軸8」が「後部支持手段」と「前部支持手段」「とを備えた座支持手段」に、「背もたれ支持体2の端部」が「バックフレームの基部」に、それぞれ相当する。
また、甲第11号証発明において、「座板23の後部を背もたれ支持体2に対して支持せしめる」ことは、「座板23の後部を背もたれ支持体2の端部に対して支持せしめる」ことと等価であるから、本件発明1における「座後部をバックフレームの基部に対して支持せしめる」ことに相当する。
さらに、甲第11号証発明において、「座板23の後部」は、「着座者の尻を支持する」ものであり、「座板23の前部」は、「着座者の大腿部を支持する」ものであることは明らかである。
そして、甲第11号証発明における「座板23の後部を背もたれ支持体2の端部に対して旋回移動せしめる回転機構を構成し(た)」ことと本件発明1における「座後部をバックフレームの基部に対して前後方向かつ上下方向に移動せしめる制御機構を備え(た)」こととは、「座後部をバックフレームの基部に対して移動せしめる制御機構を備え(た)」との概念で共通している。
したがって、両者は、
「支持体と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレームと;
着座者の尻を支持する座後部と、着座者の大腿部を支持する座前部とを有する座と;
座後部をバックフレームの基部に対して支持せしめる後部支持手段と、座前部を支持体に支持せしめる前部支持手段とを備えた座支持手段とから成る椅子において、
前記座支持手段の後部支持手段は、バックフレームの傾動時に、座後部をバックフレームの基部に対して移動せしめる制御機構を備えて成る椅子」
である点で一致し、次の点で相違している。
[相違点a]
本件発明1が、支持体とバックフレームと「を含むベース組立体」を備えたものであるのに対し、甲第11号証発明は、支持体とバックフレームは有しているものの、かかるベース組立体を備えることについては明確にされていない点。
[相違点b]
バックフレームの傾動時に、座後部をバックフレームの基部に対して移動せしめる制御機構に関し、本件発明1が、「前後方向かつ上下方向に移動せしめる」ものであり、かつ、「バックフレームの後方傾動角度αと座の傾動角度βを、α>βに制限するシンクロチルト機構」を構成して成るものであるのに対し、甲第11号証発明は、「旋回移動せしめる」ものであるものの、かかるシンクロチルト機構については明確にされていない点。
上記相違点について検討する。
・相違点aについて
本件発明1における「ベース組立体」とは、特許明細書の段落【0024】の「支持機構3は、キャスタ4を備えた支持脚5と、該支持脚5の支柱上に取付けられた支持体6と、該支持体6の上に配設された支持手段7と、該支持体6に傾動可能に枢結されたバックフレーム8とを備えたベース組立体を構成する。」なる記載によれば、支持体やバックフレームの他にキャスタ付の支持脚、支持体上の支持手段を含めた支持機構を総称する用語であると捉えることができる。
そして、甲第11号証発明においても、支持体、バックフレーム、支持脚(支脚3)及び支持手段(旋回支承部25、旋回支承軸10、ばねケーシング22及び旋回軸8)は既に備えられており、また、キャスタ付の支持脚は椅子の構成として通常備えられているものといえるから、甲第11号証発明において、支持体やバックフレームの他にキャスタ付の支持脚、支持手段を含めた支持機構とすること、即ち、ベース組立体を備えるようにすることは当業者が容易に想到し得るところである。
・相違点bについて
甲第11号証の傾動前後の椅子の状態を示す第1図及び第2図を参酌すれば、甲第11号証発明において、バックフレームの傾動時に、座後部をバックフレームの基部に対して旋回移動せしめる「制御機構」(旋回支承部25及び旋回支承軸10)により、座後部は、該基部に対して傾動前よりも、前後方向に関しては後方の位置へ、かつ、上下方向に関しては下方の位置へ移動するものであることが窺える。
そうすると、甲第11号証発明において、「制御機構」は、バックフレームの傾動時に、座後部をバックフレームの基部に対して「前後方向かつ上下方向に移動せしめる」ものといえる。
また、同じく上記第1図及び第2図を参酌すれば、甲第11号証発明において、張出アーム1の旋回軸8と座板23の旋回支承部25間の距離が、背もたれ支持体2における旋回軸17と旋回支承軸10間の距離よりも長い配置構成と相まって、上記「制御機構」により、「背もたれ支持体2の後方傾動角度が座板23の傾動角度より大きくなるようにした機構」を構成していることが把握でき、かかる機構が、本件発明1における「バックフレームの後方傾動角度αと座の傾動角度βを、α>βに制限するシンクロチルト機構」に相当するものであるといえる。
これらのことから、相違点bは、実質的な相違点とはいえない。
そして、本件発明1により奏される効果も、甲第11号証に記載された内容から当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって、本件発明1は、甲第11号証発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

B)本件発明2について
甲第11号証発明における「座板23の前部(座前部)を後方に移動しつつ張出アーム1(支持体)の旋回軸8に対して回転させる移動機構」と本件発明2における「座前部を支持体に対してリフトせしめるリフト機構」とは、「座前部を支持体に対して移動せしめる移動機構」との概念で共通している。
上記「A)」の項で比較検討した内容をも踏まえた上で、本件発明2と甲第11号証発明とを比較すると、両者は、
「支持体と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレームと;
着座者の尻を支持する座後部と、着座者の大腿部を支持する座前部とを有する座と;
座後部をバックフレームの基部に対して支持せしめる後部支持手段と、座前部を支持体に支持せしめる前部支持手段とを備えた座支持手段とから成る椅子において、
前記座支持手段の前部支持手段は、バックフレームの後方傾動時に、座前部を支持体に対して移動せしめる移動機構を備えて成る椅子」
である点で一致し、次の点で相違している。
[相違点c]
本件発明2が、支持体とバックフレームと「を含むベース組立体」を備えたものであるのに対し、甲第11号証発明は、かかる構成が明確にされていない点。
[相違点d]
バックフレームの後方傾動時に、座前部を支持体に対して移動せしめる移動機構に関し、本件発明2が、「リフトせしめるリフト機構」を備えたものであるのに対し、甲第11号証発明は、「後方に移動しつつ回転させる移動機構」を備えたものである点。
上記相違点について検討する。
・相違点cについて
相違点cは、上記「A)」の項で検討した相違点aと実質的に等価であるから、同様の理由により、甲第11号証発明において、相違点cに係るベース組立体を備えるようにすることは当業者が容易に想到し得るところといえる。
・相違点dについて
甲第11号証の傾動前後の椅子の状態を示す第1図及び第2図を参酌すると、甲第11号証発明において、バックフレームの後方傾動時に、座前部を支持体に対して「後方に移動しつつ回転させる移動機構」は、座前部を支持体(張出アーム1)に対して旋回軸8を中心に回転させることにより、座前部は、支持体に対して傾動前よりも、上方の位置へ移動するものであることが窺える。
したがって、甲第11号証発明も、リフト機構を備えていることになるため、相違点dは、実質的な相違点とはいえない。
そして、本件発明2により奏される効果も、甲第11号証に記載された内容から当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって、本件発明2は、甲第11号証発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

C)本件発明3について
本件発明3と甲第11号証発明とを比較すると、後者における「旋回軸8」がその作用・機能からみて前者における「案内手段」に相当し、以下同様に、「縦スリット7を有するばねケーシング22」が「前部支持具」に、「スライド自在とするスライド機構」が「摺動自在とする後退機構」に、それぞれ相当する。
そして、上記「A)」の項で比較検討した内容をも踏まえると、両者は、
「支持体と、該支持体に起立姿勢と後傾姿勢の間で傾動可能に枢結されたバックフレームと;
着座者の尻を支持する座後部と、着座者の大腿部を支持する座前部とを有する座と;
座後部をバックフレームの基部に対して支持せしめる後部支持手段と、座前部を支持体に支持せしめる前部支持手段とを備えた座支持手段とから成る椅子において、
前部支持手段は、支持体に設けられた案内手段と座前部に設けられた前部支持具とを備え、前部支持具を案内手段に対して摺動自在とする後退機構を構成して成る椅子」
である点で一致し、次の点で相違している。
[相違点e]
本件発明3が、支持体とバックフレームと「を含むベース組立体」を備えたものであるのに対し、甲第11号証発明は、かかる構成が明確にされていない点。
[相違点f]
後退機構に関し、本件発明3が、「バックフレームの後方傾動時に、案内手段に対する前部支持具の後方移動を介して、座後部をバックフレームから離れることなく追従せしめるように構成」したものであるのに対し、甲第11号証発明は、かかる構成について明確にされていない点。
上記相違点について検討する。
・相違点eについて
相違点eは、上記「A)」の項で検討した相違点aと実質的に等価であるから、同様の理由により、甲第11号証発明において、相違点eに係るベース組立体を備えるようにすることは当業者が容易に想到し得るところといえる。
・相違点fについて
甲第11号証の傾動前後の椅子の状態を示す第1図及び第2図を参酌すると、甲第11号証発明において、後退機構(スライド機構)は、バックフレームの後方傾動時に、案内手段(旋回軸8)に対する前部支持具(縦スリット7を有するばねケーシング22)の後方移動を伴うものであり、これにより座後部の旋回支承部25及びバックフレームの旋回支承軸10はバックフレームの基部に対して一体的に旋回移動できるようになるため、座後部をバックフレームから離れることなく追従せしめる作用を生じさせるものである。
そうすると、相違点fは、実質的な相違点とはいえない。
そして、本件発明3により奏される効果も、甲第11号証に記載された内容から当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって、本件発明3は、甲第11号証発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

6.むすび
以上のとおり、本件発明1ないし3は、いずれも甲第11号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
一方、本件発明4に係る特許は、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては無効にすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定を適用する。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-01-16 
結審通知日 2004-01-21 
審決日 2004-02-03 
出願番号 特願平10-223667
審決分類 P 1 112・ 112- ZC (A47C)
P 1 112・ 121- ZC (A47C)
最終処分 一部成立  
前審関与審査官 二宮 千久阿部 寛石川 好文  
特許庁審判長 田中 秀夫
特許庁審判官 西村 泰英
藤原 直欣
登録日 2000-12-22 
登録番号 特許第3142518号(P3142518)
発明の名称 椅子  
代理人 森田 耕司  
代理人 大野 聖二  
代理人 中野 収二  
代理人 加藤 真司  

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