ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01L 審判 一部申し立て 2項進歩性 H01L 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載 H01L |
---|---|
管理番号 | 1101111 |
異議申立番号 | 異議2002-70644 |
総通号数 | 57 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1997-11-18 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2002-03-15 |
確定日 | 2004-05-24 |
異議申立件数 | 2 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第3209082号「圧電体薄膜素子及びその製造方法、並びにこれを用いたインクジェット式記録ヘッド」の請求項1ないし5に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第3209082号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第3209082号の請求項1ないし21に係る発明の手続きの経緯は、以下のとおりである。 出願 平成8年3月29日 設定登録 平成13年7月13日 特許異議の申立て 平成14年3月15日 (請求項1ないし5について;松下電器産業(株)) 特許異議の申立て 平成14年3月18日 (請求項1について;大和田百合子) 取消理由通知 平成14年6月24日(起案日) 上申書(特許異議申立人)平成14年8月20日 意見書・訂正請求書 平成14年9月3日 第2 訂正の適否についての判断 (1)訂正の内容 特許権者が求めている、平成14年9月3日付け訂正請求書に添付された訂正明細書における訂正の内容は以下のとおりである。 訂正事項a.特許請求の範囲の請求項1を次のとおり訂正する。 「【請求項1】 基板上に形成され、かつ圧電体薄膜を備えてなる圧電体薄膜素子において、前記圧電体薄膜は、(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えたPZTであり、次の特性を有することを特徴とする圧電体薄膜素子。 厚さが1μm以上10μm以下 結晶粒径が0.1μm以上0.5μm以下 表面粗さがRmaxで1μm以下」 訂正事項b.特許請求の範囲の請求項3及び請求項4を削除する。 訂正事項c.特許請求の範囲の請求項5〜請求項21の項番号を順次繰り上げて、請求項3〜請求項19とする。 (2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否 ア.訂正事項aについて 訂正後の請求項1は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1中「前記圧電体薄膜は、次の特性を有する」を、より下位概念である「前記圧電体薄膜は、(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えたPZTであり、次の特性を有する」に限定するとともに、同項中、「結晶粒径が0.05μm以上1μm以下」を、より下位概念である「結晶粒径が0.1μm以上0.5μm以下」に限定するものである。 圧電体薄膜が「(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備え」る点は、訂正前の請求項3に記載されていたものである。また、圧電体薄膜が「PZT」である点は、特許明細書の例えば【0022】段落に記載されている。また、圧電体薄膜の結晶粒径が「結晶粒径が0.1μm以上0.5μm以下」である点は、訂正前の請求項4に記載されていたものである。 したがって、上記訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とした明細書の訂正に該当する。 イ.訂正事項bについて 訂正事項bについては、特許請求の範囲の請求項2及び3を削除するものである。 したがって、上記訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とした明細書の訂正に該当する。 ウ.訂正事項cについて 特許請求の範囲の請求項5〜請求項21の項番号を順次繰り上げて、請求項3〜請求項19とする訂正は、訂正後の請求項に係る発明の項番号を連続させるための訂正であり、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。 そして、訂正事項a〜cは、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内であり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (3)むすび 以上のとおりであるから、上記訂正は、平成11年改正前の特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する特許法第126条第2項から第4項までの規定に適合するので、当該訂正を認める。 第3 特許異議の申立てについて (1)申立の理由及び取消理由通知の概要 ア.申立の理由の概要 特許異議申立人松下電器株式会社は、いずれも本件出願前に頒布された刊行物である、甲第1号証(京都大学博士学位論文、論題「チタン酸鉛系薄膜の作製とその焦電的応用に関する研究」高山良一、平成元年12月、(1990年3月23日学位授与)、登録番号・11803、請求番号・新制工803 p.1-32、110)、甲第2号証(Appl.Phys.Lett.67(23)、4 December 1995 p.3411-3413)、甲第3号証(エレクトロニク・セラミクス ’91 7月号「粒子配向セラミクス特集」p.37-41)、甲第4号証(特開平6-181344号公報)を提示し、本件請求項1、2に係る発明は、上記甲第1号証〜甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができない。また、本件請求項3に係る発明は、上記甲第1号証〜甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、また、上記甲第1号証〜甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。また、本件請求項4に係る発明は、上記甲第1号証、又は甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができない。また、本件請求項5に係る発明は、上記甲第1号証〜甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。さらに、本件請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないので取り消すべきものである旨の主張をしている。 また、特許異議申立人大和田百合子は、本件出願前に頒布された刊行物である、甲第1号証(日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会編「弾性波素子技術ハンドブック」平成3年11月30日、第1版第1刷、オーム社 p.310-317)を提示し、本件の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであり取り消すべきものである旨の主張をしている。 イ.取消理由通知の概要 当審で通知した取消理由通知の概要は、以下の通りである。 「1.本件の下記の請求項に係る発明は、その出願前国内において頒布された下記の刊行物に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を取り消されるべきものである。 2.本件の下記の請求項に係る発明は、その出願前に国内において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有するものが、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 3.本件発明は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 したがって、本件の下記の請求項に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。 記 引用例1.京都大学博士学位論文、論題「チタン酸鉛系薄膜の作製とその焦電的応用に関する研究」高山良一、平成元年12月、(1990年3月23日学位授与)、登録番号・11803、請求番号・新制工803 p.1-32、110(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第1号証) 引用例2.Appl.Phys.Lett.67(23)、4 December 1995 p.3411-3413(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第2号証) 引用例3.エレクトロニク・セラミクス ’91 7月号「粒子配向セラミクス特集」p.37-41(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第3号証) 引用例4.特開平6-181344号公報(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第4号証) 引用例5.日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会編「弾性波素子技術ハンドブック」平成3年11月30日、第1版第1刷、オーム社 p.310-317(申立人大和田百合子の提出した甲第1号証) ・請求項1について ・理由1 ・引用例1、5 ・備考 引用例1には、特許異議申立人松下電器産業(株)による特許異議申立書「4 申立ての理由」「(4)具体的理由」「B.証拠の説明」「(1)甲第1号証」の欄(第6頁第23行〜第12頁第3行)に記載された発明が記載されており、また、引用例5には、特許異議申立人大和田百合子による特許異議申立書「3.申立ての理由」「(4)具体的理由」「b.証拠の説明」の欄(第4頁第6〜25行)に記載された発明が記載されている。 そして、本件請求項1に係る発明は、上記引用例1又は5に記載された発明と実質的に同一と認められる。 ・請求項2〜4について ・理由1 ・引用例1〜3 ・備考 引用例1〜3には、特許異議申立人松下電器産業(株)による特許異議申立書「4 申立ての理由」「(4)具体的理由」「B.証拠の説明」の欄(第6頁第23行〜第16頁第12行)に記載された発明が記載されている。 そして、本件請求項2に係る発明は、上記引用例1、2又は3に記載された発明と実質的に同一と認められ、本件請求項3に係る発明は、上記引用例1に記載された発明と実質的に同一と認められ、また、本件請求項4に係る発明は、上記引用例1又は3に記載された発明と実質的に同一と認められる。 ・請求項1について ・理由2 ・引用例5 ・備考 引用例5には、特許異議申立人大和田百合子による特許異議申立書「3.申立ての理由」「(4)具体的理由」「b.証拠の説明」の欄(第4頁第6〜25行)に記載された発明が記載されている。 そして、本件請求項1に係る発明は、同特許異議申立書「3.申立ての理由」「(4)具体的理由」「c.本件特許発明と証拠に記載された発明との対比」の欄(第4頁第26行〜第5頁第9行)に記載された理由により、上記引用例5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 ・請求項3、5について ・理由2 ・引用例1〜4 ・備考 引用例1〜4には、特許異議申立人松下電器産業(株)による特許異議申立書「4 申立ての理由」「(4)具体的理由」「B.証拠の説明」の欄(第6頁第23行〜第17頁第1行)に記載された発明が記載されている。 そして、本件請求項3に係る発明は、同特許異議申立書「4 申立ての理由」「(4)具体的理由」「C.本件特許発明と証拠の対比」の欄(第17頁第12〜17行)に記載された理由により、上記引用例1〜3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、また、本件請求項5に係る発明は、同特許異議申立書「4 申立ての理由」「(4)具体的理由」「C.本件特許発明と証拠の対比」の欄(第17頁第21〜27行)に記載された理由により、上記引用例1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 ・請求項1について ・理由3 ・備考 特許異議申立人松下電器産業(株)による特許異議申立書「4 申立ての理由」「(4)具体的理由」「D.記載不備の理由」の欄(第17頁第28行〜第19頁第20行)に記載された理由により、本件請求項1に係る発明が、不明瞭である。」 (2)本件請求項1ないし3に係る発明 上記「第2」で示したように上記訂正が認められるから、異議申立の対象となっている本件請求項1ないし3に係る発明は、上記訂正請求に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次のとおりのものである。 「【請求項1】 基板上に形成され、かつ圧電体薄膜を備えてなる圧電体薄膜素子において、前記圧電体薄膜は、(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えたPZTであり、次の特性を有することを特徴とする圧電体薄膜素子。 厚さが1μm以上10μm以下 結晶粒径が0.1μm以上0.5μm以下 表面粗さがRmaxで1μm以下 【請求項2】 前記薄膜素子に通電するため、この薄膜素子の上下に配置された電極を備え、この電極の内の下部電極が白金によって構成された請求項1記載の圧電体薄膜素子。 【請求項3】 前記上部電極の厚さが、前記圧電体薄膜の表面粗さ(Rmax)の0.5倍以上2倍以下である請求項2記載の圧電体薄膜素子。」 (3)引用刊行物に記載された発明 当審の取消理由通知で引用した引用例1(京都大学博士学位論文、論題「チタン酸鉛系薄膜の作製とその焦電的応用に関する研究」高山良一、平成元年12月、(1990年3月23日学位授与)、登録番号・11803、請求番号・新制工803 p.1-32、110(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第1号証))には、「複合酸化物であるチタン酸鉛PbTiO3,チタン酸ジルコン酸鉛PbZrxTi1-xO3(PZT),Pb1-xLax(ZryTiz)1-x/4O3(PLZT)などのペロブスカイト構造を示す強誘電体は、優れた焦電、圧電ならびに電気光学特性を備えた興味深い材料である。強誘電体材料は、誘電、圧電ならびに焦電特性を利用した電子部品として、工業の広い分野で応用されている。」(第1頁第3〜7行)こと、「その後、(111)配向および(100)配向のPLZTエピタキシャル薄膜がサファイアやSrTiO3等の単結晶基板上に、形成されるようになった。PZT薄膜は、電子ビーム蒸着法、高周波スパッタ法、イオンビームスパッタ法などにより多結晶薄膜が作製された。」(第3頁第20〜23行)こと、「(111)配向したPbTiO3薄膜」(第3頁第26行)、「これらの特徴をもつPbTiO3の薄膜化は、その応用素子において、素子の高性能化や集積化などの点から強く望まれる。しかし、試みられた例は、高周波二極スパッタ法により、Ptや石英上の多結晶PbTiO3薄膜、およびサファイアを基板とした(111)配向エピタキシャル薄膜のみであった。」(第13頁第1〜4行)こと、「PbTiO3薄膜・・・膜厚が0.5〜4μmの薄膜を作製した。」(第15頁第2〜11行)こと、「(100)配向した0.2μmのPt薄膜を形成したMgO基板上に、PbTiO3を作製した。」(第19頁第1〜2行)こと、「次に、走査電子顕微鏡により、薄膜表面と破断面の観察を行なった。 図2-11は、ガス圧1Paおよび10Paで作製した薄膜の表面と断面のSEM写真である。観察に用いた試料は、図2-6(b)と(c)のX線回折図形を示すものである。1Paで作製したc軸配向薄膜では、表面に一辺がほぼ0.2μmの正方形をした規則的なモザイクパターンが観察される。」(第20頁第5〜9行)こと、「(100)Pt電極上に作製したPbTiO3薄膜上に、スパッタ法によりPtあるいは蒸着によりNi-Cr電極(0.45×0.45mm2)を形成し、比誘電率εr,tanδ,焦電係数γおよびD-Eヒステリシス特性を測定した。」(第24頁第4〜6行)ことが、図2-6「PbTiO3のX線回折図形」、図2-9「(100)Pt薄膜上に作製したPbTiO3薄膜のX線回折図形」、図2-11「PbTiO3薄膜の表面と断面のSEM写真」とともに記載されている。 同引用例2(Appl.Phys.Lett.67(23)、4 December 1995 p.3411-3413(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第2号証))には、「圧電歪み率は、PbZrO3-PbTiO3(PZT)固溶体の薄膜構成の機能を表すものとして、2ビーム・レーザ技術を用いて測定されている。ゾルゲル法を用い、Zr/Tiの割合を変化させ、白金処理されたシリコン基板上に1μmの厚みに形成された構成に係わる圧電性・誘電性および強誘電性は、ドープ処理されていないPZTセラミックスの相境界に関する報告データに一致する。」(第3411頁上欄第6〜11行)こと、「(100)に配向したシリコン基板上の、熱成長したSiO2緩衝層0.5μmとTi粘着層0.02μm上に、白金電極を0.15μmの厚みにスパッタ処理する。なお、前記の各層は、連続する層における酸素の取り込みを防止するため、150℃で乾燥されて550℃で熱分解処理されている。前記の方法による4種類の蒸着処理後、多層構造体は700℃で1時間、アニール処理され、1μmの厚みを有するペロブスカイト薄膜となる。電気特性を向上させるため、白金電極が厚み0.8mmと1.5mmになるようにスパッタ蒸着処理されている。」(第3412頁左欄第13行〜右欄第2行)こと、「図1はPZT(52/48)薄膜の表面および断面に関するSEM写真を示し、」(第3412頁右欄第6〜9行)が、図1とともに記載されている。また、図1の断面写真から、スケール(1μm)に照らして、PZTの結晶粒径が、0.05μm〜1μm程度であることが、示唆されている。 同引用例3(エレクトロニク・セラミクス ’91 7月号「粒子配向セラミクス特集」p.37-41(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第3号証))には、「チタン酸鉛(PbTiO3)は、チタン酸バリウム(BaTiO3)等のペロブスカイト型の結晶構造(図1)を有する強誘電体である.ペロブスカイト型の強誘電体としては格子異方性(c/a)が1.064と最も大きく,長軸であるc軸の方向に大きな自発分極Ps,焦電性,圧電性を有することが知られている.」(第37頁左欄第2〜8行)こと、「c軸配向膜を形成するために,基板にはPbTiO3と結晶学的整合性の良いSrTiO3単結晶[100]板を用い,電極としては基板表面の溝に埋め込まれたPtパターンを使用した.」(第38頁右欄第13〜16行)こと、「Au(上部電極)/PbTiO3/Ptパターン/SrTiO3を一体とした複合共振子とみなして、」(第39頁左欄第17〜18行)が、図2とともに記載されている。 同引用例4(特開平6-181344号公報(申立人松下電器産業(株)の提出した甲第4号証))には、「【請求項1】 板状の圧電体と該圧電体の両表面に付着せしめた一対の表面電極とよりなる駆動部材と、該駆動部材を挟持するように配置された一対の板状の金属電極とよりなる圧電素子において、 圧電体または表面電極のうちの少なくともいずれかの表面粗さがRmax1μm以下であり、かつ圧電体または駆動部材のうちの少なくともいずれかの厚さの最大と最小との差が2μm以下であることを特徴とする圧電素子。」(特許請求の範囲【請求項1】)であり、「板状の圧電体11の両表面に一対の表面電極12を付着させた」(【0011】段落)こと、「【0016】圧電体の材質としては、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)、BaTiO3等のセラミックス等、圧電作用を呈するものであればどのようなものでもよい。 【0017】圧電体は、外径φ5〜20mm、厚さ0.2〜1.0mmの円板形のもがよい。 【0018】表面電極の材質としては、銀等が挙げられる。該表面電極の厚さとしては、3〜5μmの範囲がよい。」こと、「なお、比較例の圧電素子は、圧電体および表面電極の表面粗さがRmax2μm、圧電体および駆動部材の平行度が4μmのもの(試料No.C1)と、圧電体および表面電極の表面粗さがRmax5μm、圧電体および駆動部材の平行度が10μmのもの(試料No.C2)との2種類である。」(【0023】段落)ことが、図1〜4とともに記載されている。 同引用例5(日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会編「弾性波素子技術ハンドブック」平成3年11月30日、第1版第1刷、オーム社 p.310-317(申立人大和田百合子の提出した甲第1号証))には、「圧電材料はたくさんあるが,圧電性を保ったまま薄膜化できる材料は少ない.現在,圧電トランスジューサとして用いることのできる薄膜は限られており、作りやすさや材料の扱いやすさから酸化亜鉛(ZnO)薄膜と窒化アルミニウム(AlN)薄膜が代表的である.」(第310頁右欄第24〜28行)こと、「(a)c軸配向多結晶膜 ZnOは,2・3・1項の冒頭で述べたようにc軸が基板に垂直にできるだけそろったものでなければならない.一例として,わかりやすいように,表4.17(4)の方法でガラス基板上に作った約6μm厚でグレインサイズの大きな膜のへき開面の走査電子顕微鏡写真を図4.79(a)に,表面のレプリカ写真を同図(b)に示す.これらの図から,c軸が基板にほぼ垂直に配向した多結晶膜であることがわかる.」(第314頁右欄第9〜16行)ことが、図4・79(a)、(b)とともに記載されている。 そして、図4・79(a)には、その写真に添付のスケールから判断して、「0.27〜0.53μm程度の凹凸、すなわち表面粗さがRmaxで1μm以下のガラス基板上に作った酸化亜鉛薄膜」が示されており、図4・79(b)には、その写真に添付のスケールから判断して、「0.25〜0.75μm程度のグレインサイズ、すなわち結晶粒径が0.05μm以上1μm以下のガラス基板上に作った酸化亜鉛薄膜」が示されている。 (4)対比・判断 ア.特許法第36条についての判断 特許異議申立人松下電器産業株式会社は、特許法第36条についての主張として、請求項1は製法を限定していないのに、発明の詳細な説明には特定の製法による圧電体薄膜素子しか記載されていない旨の主張をしている。 しかしながら、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものか否かの判断は、請求項に記載された事項と対応する事項が、発明の詳細な説明に記載されているか否かによって行うものであり(特許審査基準第I部第1章「2・2・1第36条第6号第1号」(2)、(3)参照)、本件特許の明細書において、各請求項の構成要件は、すべて発明の詳細な説明に記載されており、請求項1に対応する説明も、本件特許明細書の段落【0007】〜【0011】に記載されている。そして、段落【0007】〜【0011】で詳細に説明されている発明が、特定の製法に限定された発明ではないことは明らかであるので、本件特許の明細書は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。 イ.特許法第29条第1項第3号、第29条第2項についての判断 a.本件請求項1に係る発明について 本件請求項1に係る発明と上記引用例1に記載の発明とを対比すると、上記刊行物1には、「PZT薄膜は、電子ビーム蒸着法、高周波スパッタ法、イオンビームスパッタ法などにより多結晶薄膜が作製された。」という記載があるが、上記引用例1は、「PbTiO3薄膜の作製」に関する発明であるため、本件請求項1に係る発明の構成要件である「前記圧電体薄膜は、(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えたPZTである圧電体薄膜素子」が記載されておらず、また、PZTである圧電体薄膜の、厚さ、結晶粒径、表面粗さについての記載もなく相違している。 この相違点について検討すると、上記引用例3と5には、PZTに関する記載が全くなく、また、上記引用例2には、PZT圧電体薄膜に相当し、その厚さが1μmであり、結晶粒径が0.05μm〜1μm程度のものは記載されているが、PZT圧電体薄膜が「(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えた」ことについては記載がなく、また、表面粗さについても、記載されていない。また、上記引用例4に記載のものは、表面粗さがRmax1μm以下のPZT圧電体ではあるが、その厚さが0.2〜1.0mmと厚く、本件請求項1に係る発明のような薄膜とは言えないものであるため、他の引用例1、2、3、5に記載の圧電体薄膜に関する発明と組み合わせができないものである。 してみると、上記引用例1〜5に記載のものを組み合わせても、本件請求項1に係る発明の、圧電体薄膜が(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えたPZTであり、圧電体薄膜素子の表面粗さがRmaxで1μm以下である点については、記載がない。そして、本件請求項1に係る発明は、この点で明細書記載の顕著な作用効果を奏するものである。 したがって、本件請求項1に係る発明は、上記刊行物1又は5に記載された発明であるとはいえず、また、上記刊行物1〜5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。 b.本件請求項2に係る発明について 本件請求項2に係る発明は、本件請求項1に係る発明を引用し、更に限定した発明であるので、本件請求項1に係る発明と同様の理由で、上記刊行物1、2又は3に記載された発明であるとはいえず、また、上記刊行物1〜5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。 b.本件請求項3に係る発明について 本件請求項3に係る発明は、本件請求項2に係る発明を引用し、更に限定した発明であるので、本件請求項1又は2に係る発明と同様の理由で、上記刊行物1〜5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。 (5)むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1ないし3に係る発明の特許を取り消すことができない。 そして、他に本件請求項1ないし3に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 圧電体薄膜素子及びその製造方法、並びにこれを用いたインクジェット式記録ヘッド (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 基板上に形成され、かつ圧電体薄膜を備えてなる圧電体薄膜素子において、前記圧電体薄膜は、(100)面あるいは(111)面に配向された結晶構造を備えたPZTであり、次の特性を有することを特徴とする圧電体薄膜素子。 厚さが1μm以上10μm以下 結晶粒径が0.1μm以上0.5μm以下 表面粗さがRmaxで1μm以下 【請求項2】 前記薄膜素子に通電するため、この薄膜素子の上下に配置された電極を備え、この電極の内の下部電極が白金によって構成された請求項1記載の圧電体薄膜素子。 【請求項3】 前記上部電極の厚さが、前記圧電体薄膜の表面粗さ(Rmax)の0.5倍以上2倍以下である請求項2記載の圧電体薄膜素子。 【請求項4】 基板上に形成され、かつ圧電体薄膜を備えてなる圧電体薄膜素子において、前記圧電体薄膜は微細な種結晶を核としてさらに結晶が成長した構造を備え、前記種結晶の粒径が0.05μm以上1μm以下である圧電体薄膜素子。 【請求項5】 前記圧電体薄膜は、PZTの種結晶を核として水熱合成法によって結晶が成長した構造の請求項4記載の圧電体薄膜素子。 【請求項6】 前記PZTの種結晶は、物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、スピンコート法のいずれかの方法で得られた請求項5記載の圧電体薄膜素子。 【請求項7】 下部電極が形成された基板上に、圧電体薄膜種結晶を物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、スピンコート法のいずれかの方法で形成する工程と、前記圧電体薄膜種結晶上に水熱合成法により圧電体薄膜を結晶成長させる工程と、を含む圧電体薄膜素子の製造方法。 【請求項8】 前記圧電体薄膜種結晶の結晶粒径が、0.05μm以上1μm以下である請求項7記載の圧電体薄膜素子の製造方法。 【請求項9】 前記圧電体薄膜種結晶の結晶粒径が、0.1μm以上0.5μm以下である請求項8記載の圧電体薄膜素子の製造方法。 【請求項10】 前記圧電体薄膜種結晶を、ゾルゲル法またはスパッタ法で形成する請求項7記載の圧電体薄膜素子の製造方法。 【請求項11】 前記下部電極を白金から構成し、前記圧電体薄膜種結晶をゾルゲル法で形成した場合には(100)面に、スパッタ法で形成した場合には(111)面に配向させる請求項7記載の圧電体薄膜素子の製造方法。 【請求項12】 前記圧電体薄膜上に、前記圧電体薄膜の表面粗さ(Rmax)の0.5倍以上2倍以下の膜厚で上部電極を形成する請求項7記載の圧電体薄膜素子の製造方法。 【請求項13】 インク室が形成された基板と、前記インク室の一方を封止すると共に、表面にたわみ振動モードの圧電体薄膜素子が固定された振動板と、前記インク室の他方の面を封止すると共に、インク吐出用のノズル口が形成されたノズル板と、を備えてなるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記圧電体薄膜素子は、物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、スピンコート法のいずれかの方法で形成されると共に、その結晶粒径が0.05μm以上1μm以下である圧電体薄膜種結晶上に、水熱合成法により結晶成長されてなる圧電体薄膜を備えたインクジェット式記録ヘッド。 【請求項14】 前記圧電体薄膜素子は、前記圧電体薄膜をチャージするための上部電極と下部電極とを備えると共に、上部電極を下部電極に対して相対的にプラス側電位となるようにチャージする手段を備える請求項13記載のインクジェット式記録ヘッド。 【請求項15】 薄膜圧電体を有する圧電体素子において、前記圧電体膜がゾルゲル法によって形成されたPZTを種結晶とし、さらに、水熱合成反応を利用してPZT結晶を成長させたことを特徴とする圧電体素子。 【請求項16】 薄膜圧電体の製造方法において、前記薄膜圧電体を形成するに際し、ゾルゲル法によって得られたPZTを加熱し得られたPZTを種結晶とし、これに水熱合成法を適用してPZT結晶を成長させたことを特徴とする薄膜圧電体の製造方法。 【請求項17】 薄膜圧電体を有する圧電体素子の製造方法において、基板上の白金電極上にゾルゲル法によってPZTを形成し、これを加熱してPZTの種結晶を得、さらに、水熱合成法を適用してPZTの結晶をさらに成長させることにより前記薄膜圧電体を形成したことを特徴とする圧電体素子の製造方法。 【請求項18】 基板上に下部電極を形成する工程と、この下部電極上にPZT形成用のゾルを塗布しこれをゲル化する工程と、このゲルを加熱してPZTの種結晶を形成する工程と、水熱合成法を適用してこの種結晶からPZT結晶を成長させる工程と、このPZT結晶の上に上部電極を形成する工程とを備え、前記PZT結晶と前記上部電極をパターニングしたことを特徴とする圧電体素子の製造方法。 【請求項19】 前記下部電極が白金電極である請求項18記載の方法。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、インクジェット式記録装置等に使用される圧電体薄膜素子、この製造方法、およびこの圧電体薄膜素子を用いたインクジェット式記録ヘッドに関するものである。 【0002】 【従来の技術】チタン酸ジルコン酸鉛(以下、「PZT」と称することとする。)に代表される圧電体薄膜は、スパッタ法等の物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、ゾルゲル法等のスピンコート法等で成膜され、次いで、700〜1000℃の高温熱処理を受けることにより形成される。しかしながら、その膜厚は1μm以下に限られるのが現状であった。そこで、この圧電体薄膜の膜厚を厚くするために、成膜のための堆積時間を増加させたり、成膜を複数回繰り返すことが行われていた。 【0003】その他、圧電体薄膜の膜厚を厚くする方法として、200℃以下の低温環境下で反応を進めることができる、水熱合成法を利用することが検討されている。この水熱合成法は、最近の研究報告である、日本セラミックス協会第15回電子材料研究討論会講演予稿集の「水熱合成法によるPZT結晶膜の作成とその電気特性」にあるように、チタン金属基板表面にPZT種結晶を析出させる種結晶形成プロセスと、PZT種結晶の上にさらにPZT結晶を析出・成長させる結晶成長プロセスとを備えている。 【0004】 【発明が解決しようとする課題】スパッタ法やゾルゲル法等による圧電体薄膜の製造方法は、高温熱処理を必要とするので、1μm以上の厚い膜を製造するには適当ではなく、成膜にかなり長い時間を要したり、厚膜化できてもクラックが発生する等の問題を有していた。 【0005】また、低温で厚膜化が可能な水熱合成法においても、結晶粒径が数μmにも大きくなるため、緻密で平滑な膜が得られなかったり、微細なパターニングができないという問題があった。圧電体薄膜を、インクジェット式記録装置等で使用される圧電体素子として用いる場合、1μmから10μm程度の膜厚が必要である。 【0006】本発明は、このような従来の問題点を解決することを課題とするものであり、水熱合成法による厚膜化が容易で、高い電圧ひずみ定数を持ち、微細なパターニングを行うことが可能な圧電体薄膜素子及びその製造方法、並びにこの圧電体薄膜素子を用いたインクジェット式記録ヘッドを提供することを目的とする。 【0007】 【課題を解決するための手段】この目的を達成するために、本発明は、基板上に形成された圧電体薄膜素子において、圧電体薄膜を備え、当該圧電体薄膜は、厚さが1μm以上10μm以下、結晶粒径が0.05μm以上1μm以下、表面粗さがRmaxで1μm以下、である圧電体薄膜素子を提供するものである。 【0008】結晶粒径が0.05μm以上であれば必要な圧電特性を発揮することができる。結晶粒径が1μm以下であれば、圧電体薄膜素子の微細なパターニングが可能になる。この数値は、圧電体薄膜の微細な種結晶を核として、さらに圧電体薄膜を成長させる構造によって実現される。 【0009】さらに、表面粗さがRmaxで1μm以下にすることにより、圧電体薄膜を上部電極が十分覆うことができる。 【0010】この薄膜素子の下部電極は、好ましくは、白金で構成される。圧電体薄膜は、(100)面あるいは(111)面に配向される。圧電体薄膜の結晶粒径は、0.1μm以上0.5μm以下であることが好ましい。上部電極の厚さは、好ましくは、圧電体薄膜の表面粗さ(Rmax)の0.5倍以上2倍以下である。 【0011】圧電体薄膜の厚さが1μm以上であれば、例えば、インクジェット式記録ヘッドにおいて必要な圧電特性が得られるとともに、10μm以下であれば、圧電体素子を高密度に形成することができる。好適には2乃至5μmであり、さらに好適には3μmである。 【0012】圧電体薄膜素子の他の発明は、基板上に形成され、かつ圧電体薄膜を備えてなることにおいて、この圧電体薄膜は微細な種結晶を核としてさらに結晶が成長した構造を備えることを特徴とする。好適な実施態様では、この圧電体薄膜がPZTの種結晶を核として水熱合成法によって結晶が成長した構造を備える。PZTの種結晶は、物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、スピンコート法のいずれかの方法で得られる。種結晶の粒径は、既述のように、0.05μm以上1μm以下であることが望ましい。 【0013】本発明の製造方法は、下部電極が形成された基板上に、圧電体薄膜種結晶を物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、スピンコート法のいずれかの方法で形成する工程と、前記圧電体薄膜種結晶上に水熱合成法により圧電体薄膜を結晶成長させる工程と、を含む圧電体薄膜素子の製造方法であることを特徴とする。圧電体薄膜種結晶は、具体的には、ゾルゲル法又はスパッタ法によって形成される。圧電体薄膜種結晶をゾルゲル法で形成した場合には(100)面に、スパッタ法で形成した場合には(111)面に配向させることが望ましい。 【0014】さらに、本発明は、インク室が形成された基板と、前記インク室の一方を封止すると共に、表面にたわみ振動モードの圧電体薄膜素子が固定された振動板と、インク室の他方の面を封止すると共に、インク吐出用のノズル口が形成されたノズル板と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、圧電体薄膜素子は、物理的気相成長法(PVD)、化学的気相成長法(CVD)、スピンコート法のいずれかの方法で形成されると共に、その結晶粒径が0.05μm以上1μm以下である圧電体薄膜種結晶上に、水熱合成法により結晶成長されてなる圧電体薄膜を備えることを特徴とする。好適な実施態様において、この圧電体薄膜素子は、圧電体薄膜をチャージするための上部電極と下部電極とを備えると共に、上部電極を下部電極に対して相対的にプラス側電位となるようにチャージされる。 【0015】 【発明の実施の形態および実施例】次に、本発明に係る実施の形態・実施例について説明する。 【0016】(第1の例) <種結晶の形成>酢酸鉛0.1モルを20ミリリットルの酢酸に溶かし、30分間還流した。室温に戻し、ジルコニウムテトラブトキシド0.052モル、チタンテトライソプロポキシド0.048モルを溶解させ、1モルの水と少量のジエチレングリコールを滴下し、充分に攪拌して加水分解させた。2-エトキシエタノールで希釈した後、ヒドロキシプロピルセルロースを複合金属酸化物の計算値に対し5重量%添加し、充分に攪拌して均質なゾルとした。 【0017】図1に圧電体薄膜素子の模式断面図を示す。この圧電体薄膜素子の製造工程を以下に説明する。先ず、単結晶シリコン基板101上に絶縁膜として二酸化シリコン膜201を熱酸化により形成する。次に、二酸化シリコン膜201上に白金下部電極104をスパッタ法で形成し、その上に前述した要領で調整したゾルをスピンコート法により塗布し、350℃で仮焼成する。 【0018】この工程により、クラックを生じることなく膜厚が0.4μmの非晶質な多孔質ゲル薄膜を形成した。なお、下部電極を白金から作成したのは、白金が高温熱処理によって変質しないためである。 【0019】次いで、前記仮焼成後の基板を拡散炉で550℃に加熱し、1時間保持することによりプレアニールし、膜厚が0.3μmの緻密な薄膜とした。この薄膜をエックス線解析したところ、ペロブスカイト型結晶ピークが検出された。また、この薄膜に反射型のFT-IR(フーリエ変換赤外吸収スペクトル分析)を行ったところ、3400cm-1付近の水酸基に起因する吸収は検出されなかった。 【0020】次に、拡散炉に酸素を流しながら700℃に加熱して1時間保持することによりアニールを行う。金属顕微鏡によって確認したところ、結晶粒径が0.5μmまで成長した、膜厚が0.3μmのPZT種結晶105(圧電体薄膜種結晶)が膜表面に得られていることが分かった。 【0021】このPZT種結晶の層105をエックス線解析したところ、ペロブスカイト型結晶の鋭く強いピークが検出された。なお、ゾルゲル法により得られたPZT種結晶を水熱合成法における種結晶として使用する場合は、圧電特性が得られるように結晶が(100)面に配向していることが望ましい。 【0022】<結晶成長>次いで、このようにして得られたゾルゲル法によるPZT種結晶105上に、水熱反応によりPZTの膜(層)106を成長させる。この水熱反応で使用する反応溶液は、硝酸鉛Pb(NO3)2水溶液、オキシ塩化ジルコニウムZrOCl2水溶液、塩化チタンTiCl4水溶液、及び水酸化カリウムKOH水溶液を混合することによって調整された。 【0023】PZT種結晶105を形成したシリコン基板101の裏面にフッ素樹脂をコーティングして、150℃の前記反応溶液に投入し、12時間水熱処理を行ったところ、PZT膜106が3μmまで成長した。 【0024】次いで、得られたPZT膜106上にアルミニウム電極を蒸着法で形成して積層し、(PZT膜106の)物性を測定したところ、比誘電率1200、電圧ひずみ定数90pC/Nと成る優れた特性を示した。 【0025】また、PZT膜106を王水で溶かしICP(プラズマ発光分析)で測定したところ、モル比は(Pb:Zr:Ti)=(1:0.52:0.48)であり、原料仕込組成と同一であった。 【0026】また、水熱合成により形成したPZT膜106の結晶粒の大きさは、PZT種結晶105にほぼ同一であり、表面粗さはRmaxで0.4μmと成る平滑な膜が得られた。このように、水熱合成法により得られたPZT膜106の結晶粒の大きさと表面粗さRmaxは、PZT種結晶105にほぼ同一にできる。 【0027】したがって、PZT種結晶105の大きさが小さいほど緻密で平滑なPZT膜106を得ることができる。そして、PZT種結晶105の大きさ(結晶粒径(直径))が0.05μm以上であれば、必要な圧電特性を確保することができる。 【0028】一方、PZT種結晶105の大きさが1μm以下であれば、表面の平滑性に優れ、上部電極がPZT膜106の全面を覆うことができる。前記結晶粒径を好ましくは、0.1μm以上0.5μm以下にすることにより、既述の特性をさらに高めることができる。ゾルゲル法により得られるPZT種結晶105の結晶粒の大きさは、焼成速度と時間により制御でき得る。PZT種結晶105の膜厚が基板全面を覆う厚さであれば充分である。 【0029】結晶粒径が異なるPZT種結晶の作り方(ゾルゲル法)を詳説する。PZTを結晶化させる際に、700℃で1時間の熱処理をするが、その際の昇温速度によって結晶粒径を変えることができる。図6は昇温速度、種結晶の粒径等の関係を示す図表である。 【0030】図6から分かるように、昇温速度が上がるにつれて結晶粒径が大きくなり、かつ表面粗さ及び電圧ひずみ定数(d31)が大きくなる。結晶粒径が大きくなるほど、電圧ひずみ定数が高くなって圧電特性が向上するが、微細なパターニングを達成するために、結晶粒径は1μm以下であることが良い。既述のように、圧電体薄膜の厚さが1μm以上10μm以下、結晶粒径が0.05μm以上1μm以下、表面粗さがRmaxで1μm以下であることを達成するためには、PZTの種結晶の昇温速度が3乃至53℃/minが良い。結晶粒径が0.1μm以上0.5μmであることにより、必要な圧電特性の確保と微細パターニングをより高いレベルで均衡させることができる。 【0031】なお、第1の例では、PZT膜106の組成を純粋な二成分系としたが、圧電特性を向上させるために、例えば、マグネシウムニオブ酸鉛-ジルコン酸鉛-チタン酸鉛のような三成分系にしたり、また、耐電圧向上のために鉄、経時変化を小さくする目的でクロムのような添加物を加えても良い。この場合、ゾル液の組成、水熱反応液の組成を目的とする組成に合わせて調整することにより対応することができる。 【0032】(第2の例)次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。この例においては、図1に示す圧電体薄膜素子を以下に示す方法で製造する。 【0033】すなわち、先ず、単結晶シリコン基板101上に絶縁膜として二酸化シリコン膜201を熱酸化により形成し、この二酸化シリコン膜201上に白金下部電極104をスパッタ法で形成する。 【0034】次に、モル比で(PbZrO3:PbTiO3)=(52:48)のターゲットを用いて、スパッタ法により膜厚0.3μmのアモルファスPZT膜を成膜する。その後、これに酸素雰囲気中で、750℃、1時間の熱処理を行い、結晶化させ、前記アモルファスPZT膜を、金属顕微鏡によって膜表面に観察される結晶粒径が0.4μmであり、かつ圧電特性を示すPZT種結晶105に変換させた。 【0035】このPZT種結晶105をエックス線解析したところ、ペロブスカイト型結晶の鋭く強いピークが検出された。なお、スパッタ法によるPZT種結晶105を水熱合成法における種結晶として使用する場合は、圧電特性が得られるように、結晶が(111)面に配向していることが望ましい。 【0036】このようにして得られたスパッタ法によるPZT種結晶105上に、第1の例と同様に、硝酸鉛Pb(NO3)2水溶液、オキシ塩化ジルコニウムZrOCl2水溶液、塩化チタンTiCl4水溶液、及び水酸化カリウムKOH水溶液を混合して調整した150℃の反応溶液に、前述したPZT種結晶105が形成され、裏面にフッ素樹脂がコーティングされた単結晶シリコン基板101を浸漬し、12時間水熱処理を行い、膜厚が3μmのPZT膜106を得た。 【0037】次に、このPZT膜106上にアルミニウム電極を蒸着法で形成し、物性を測定したところ、比誘電率1100、電圧ひずみ定数85pC/Nと、優れた特性を示した。また、PZT薄膜を王水で溶かしICP(プラズマ発光分析)で測定したところ、モル比は、(Pb:Zr:Ti)=(1:0.52:0.48)であり、原料仕込組成と同一であった。 【0038】また、水熱合成法により得られたPZT膜106の結晶粒の大きさは、PZT種結晶105と同一な0.4μmであり、表面粗さは、Rmaxで0.4μmである平滑な膜が得られた。 【0039】なお、第2の例では、スパッタ法により得られたPZT種結晶105を用いたが、化学的気相成長法(CVD)によりPZT種結晶を形成しても同様の効果が得られることはいうまでもない。 【0040】(第3の例)次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。図2(a)は、インクジェット式記録ヘッドの概略斜視図であり、図2(b)は、図2(a)のA-A’断面拡大図である。 【0041】図2(a)及び(b)に示すインクジェット式記録ヘッドは、単結晶シリコン基板101に形成されたインク室102と、このインク室102上に形成された二酸化シリコン膜201と、この二酸化シリコン膜201上に形成され、かつ白金下部電極(層)104、PZT種結晶の層(膜)105、PZT膜106及び上部電極(層)107からなる圧電体素子と、単結晶シリコン基板101の下面に接合されると共に、ノズル109が形成されたノズル板108と、を備える。インク室102とノズル109は、同一ピッチで配置されている。 【0042】このインクジェット式記録ヘッドの動作を説明する。白金下部電極104と上部電極107との間に電圧を印加し、白金下部電極、PZT種結晶105、PZT膜106及び上部電極107からなる圧電体素子と、二酸化シリコン膜201とを変形させることにより、インク室102の体積を減少させてインク室内を加圧し、インク室102内充満しているインクをノズル109から噴射させる。 【0043】インク室102は、その配列方向(図2(b)の紙面に対する左右方向)の長さを100μm、その奥行き方向(同図の紙面に対する直交方向)の長さを4mmとし、PZT種結晶105の配列方向(同図紙面の左右方向)の長さを80μmとした。 【0044】また、インク室102の配列方向のピッチを141μmとし、解像度180dpi(dots per inch)とした。ここで、PZT種結晶105及びPZT膜106が、インク室102の上部のみにあり、配列方向のインク室102の無い部分には、配設されないことにより、電圧を印加してインク室102を変形させる際に、低い電圧を印加しても同じ変位量が得られる。 【0045】<インクジェット式記録ヘッドの製造>次に、このインクジェット式記録ヘッドの製造工程について、図3を参照して説明する。図3(a)〜(c)は、インクジェット式記録ヘッドの製造工程の一部を示す断面図である。なお、この断面図では、紙面に垂直な(直交する)方向がインク室102の奥行き方向となるようにした。 【0046】先ず、図3(a)に示す工程では、面方位(110)を有する厚さ220μmの単結晶シリコン基板101を1200℃で湿式熱酸化し、単結晶シリコン基板101の両面に二酸化シリコン膜201及び202を同時に形成する。 【0047】次に、二酸化シリコン膜201上に、白金下部電極104、前述したゾルゲル法によるPZT種結晶105、水熱合成法によるPZT膜106、及び上部電極107を形成する。なお、ゾルゲル法によるPZT種結晶105及び水熱合成法によるPZT膜106は、第1の例と同様の製造方法で形成するが、各々の膜厚は、PZT種結晶105が0.3μm、PZT膜106が3μmとなるようにした。 【0048】実際には、二酸化シリコン膜201と、白金下部電極104との間に、密着力を向上させる中間層として、チタンを膜厚250オングストロームで、二酸化チタンを膜厚200オングストロームで、チタンを膜厚50オングストロームで順次形成した。ここで、中間層であるチタン(250オングストローム)、二酸化チタン(200オングストローム)及びチタン(50オングストローム)と、白金下部電極104は、直流スパッタリング法により、これら4層を連続形成し、酸化チタンは10%酸素雰囲気によるリアクティブスパッタリング法によって形成した。 【0049】次いで、PZT膜106上に上部電極107として、直流スパッタリング法により白金を3000オングストロームの膜厚で形成する。このように、上部電極107の膜厚をPZT膜106の表面粗さRmax(具体的には、0.4μm)の0.5倍以上2倍以下となるように構成することで、PZT膜106表面に存在する凹凸全体を覆うことができ、良好なカバレッジ特性を得ることができる。2倍以下であることによって圧電素子の変位を確保することができる(圧電素子の変位を妨げない)。 【0050】次に、二酸化シリコン膜202にフォトレジストを形成し、このフォトレジストの所定の位置に開口部を設ける。この開口部が形成されたフォトレジストをマスクとして、二酸化シリコン膜202を、弗酸と弗化アンモニウムの水溶液を用いてパターニングする。このようにして、二酸化シリコン膜202に開口部203を形成する。ここで、この開口部203の奥行き方向、すなわち、紙面に垂直な方向を単結晶シリコン基板101の(112)方向に設定した。 【0051】次に、図3(b)に示す工程では、上部電極107、PZT膜106及びPZT種結晶105を、イオンミーリングによりパターンエッチングする。ここで、このパターニングは、開口部203に対応した部分に上部電極107、PZT膜106及びPZT種結晶105が残るようにして行った。この時、PZT種結晶105及びPZT膜106の結晶粒径は、0.5μmと小さいため、良好なパターニング精度が得られた。 【0052】次いで、図3(c)に示す工程では、圧電素子が形成されている面を治具により保護し、これを80℃の水酸化カリウム水溶液に浸漬し、二酸化シリコン膜202をマスクとして、単結晶シリコン基板101を異方性エッチングし、インク室102を形成する。 【0053】この時、単結晶シリコン基板101の面方位が(110)であり、さらに開口部203の奥行き方向が(112)方向であるから、インク室102の奥行き方向の辺を形成する側壁の面を(111)面とすることができる。 【0054】エッチング液として水酸化カリウム水溶液を用いた場合、単結晶シリコンの(110)面と(111)面のエッチング速度の比は、300:1程度となり、単結晶シリコン基板101の厚み220μmの深さの溝を形成する際に生じるサイドエッチングを1μm程度に抑制することができるため、インク室102を高精度で形成することができる。 【0055】続いて、前記治具で保護したまま、二酸化シリコン膜202を弗酸と、弗化アンモニウム水溶液でエッチング除去する。その後、このようにして得られたインク室102の開放面側に、ノズル板を接合する等、所望の工程を行いインクジェット式記録ヘッドを完成する。 【0056】なお、第3の実施の形態では、PZT種結晶105、PZT膜106及び上部電極107を、イオンミーリングにより連続してパターニングした場合について説明したが、これに限らず、例えば、PZT種結晶105をイオンミーリングでパターニングし、PZT膜106を選択的に析出させ、上部電極107を成膜・パターニングすることも可能である。 【0057】<インクジェット式記録ヘッドの動作例>次に、図2に示すインクジェット式記録ヘッドの動作の具体例について説明する。先ず、発明者が得た知見について説明する。PZT膜105,106は成膜の過程で自発分極しており、一定方向に分極している。そこで、通常、20V/μmの電界をPZT膜に加えて、分極を所望方向に向かせる分極処理(ポーリング)を行う。しかしながら、特に、水熱法によって得たPZT膜では、この処理によっても自発分極の向きを特定方向に向けることができない。 【0058】この状態で上部電極107と下部電極の極性を何等制御しないと、電界の向きによっては、PZT膜の変位(変形量:インク室102への突出幅)が十分稼げないおそれがある。そこで、発明者が鋭意検討したところによると、上部電極の電位を下部電極の電位より高くすると、好適には、下部電極に接地電位を与え、上部電極に正電位を加えることにより、その逆(下部電極に正電位を加え、上部電極に接地電位を加える場合)に比較して2倍強の変位量が得られるとの知見を得た。 【0059】具体的には、図4に示すパルス状の電位(20V/μm)を上部電極に加えると、PZT膜の変位が150nmであった。これに対して、下部電極にこの電位を加え、上部電極を接地した状態では、PZT膜の変位が70nmに過ぎなかった。 【0060】図5は、合計で1μm厚のPZTの分極とd定数(d31:単位pC/ニュートン)の関係を示す特性図であり、PZT膜の変位はこの定数に比例して大きくなる。この図から明らかなように、上部電極を下部電極に対してプラス側にチャージする場合は、その逆の場合に比較してPZTの変位量を稼ぐことが可能と成る。 【0061】このように電圧を加えことは、公知の通電手段をそのまま利用すれば良い。 【0062】なお、上部電極を下部電極に対してプラス側にチャージする場合、上部電極の材料を、酸化還元電位が下部電極(高温プロセスでは、Ptに限定される)。以下であるアルミニウム、ニッケル、チタンのいずれかにすることにより、電極の電食を防ぐことができる。 【0063】なお、既述した内容は全て一例であり、圧電体薄膜種結晶の組成比や原料の種類等はこれに何等限定されるものではない。 【0064】 【発明の効果】以上説明してきたように、本発明によれば、水熱合成法により圧電体薄膜を形成する際に、結晶粒径や配向性を制御できるゾルゲル法やスパッタ法により得られる圧電体薄膜種結晶を用いるため、膜厚が1μm以上の緻密で平滑、かつ圧電特性に優れた圧電体薄膜を形成することができる。この結果、高い電圧ひずみ定数を持ち、微細なパターニングを行うことが可能な圧電体薄膜素子を、歩留まりよく提供することができる。また、このような圧電体薄膜素子を簡単に製造することができるため、微細化が要求される高性能な圧電体薄膜素子を用いたインクジェット式記録ヘッドを低コストで提供することができる。 【図面の簡単な説明】 【図1】本発明の第1の実施の形態及び第2の実施の形態に係る圧電体薄膜素子の模式断面図を示す。 【図2】(a)は、本発明の第3の実施の形態におけるインクジェット式記録ヘッドの概略斜視図である。(b)は、図2(a)のA-A’断面拡大図である。 【図3】本発明の第3の実施の形態に係るインクジェット式記録ヘッドの製造工程の一部を示す断面図である。 【図4】図2の記録ヘッドに加えられるパルス状電圧の波形図である。 【図5】PZT膜の電圧とd定数との関係を示す特性図である。 【図6】PZT種結晶を得るときの昇温速度と種結晶の粒径等との関係を示す図表である。 【符号の説明】 101 単結晶シリコン 102 インク室 104 白金下部電極 105 PZT種結晶 106 PZT膜 107 上部電極 108 ノズル板 109 ノズル 201、202 二酸化シリコン膜 203 開口部 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2004-04-28 |
出願番号 | 特願平8-77668 |
審決分類 |
P
1
652・
537-
YA
(H01L)
P 1 652・ 113- YA (H01L) P 1 652・ 121- YA (H01L) |
最終処分 | 維持 |
特許庁審判長 |
松本 邦夫 |
特許庁審判官 |
橋本 武 浅野 清 |
登録日 | 2001-07-13 |
登録番号 | 特許第3209082号(P3209082) |
権利者 | セイコーエプソン株式会社 |
発明の名称 | 圧電体薄膜素子及びその製造方法、並びにこれを用いたインクジェット式記録ヘッド |
代理人 | 大賀 眞司 |
代理人 | 稲葉 良幸 |
代理人 | 田中 克郎 |
代理人 | 稲葉 良幸 |
代理人 | 田中 克郎 |
代理人 | 坂口 智康 |
代理人 | 大賀 眞司 |
代理人 | 内藤 浩樹 |
代理人 | 岩橋 文雄 |