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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B65H
管理番号 1107896
異議申立番号 異議2003-73106  
総通号数 61 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-01-16 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-09 
確定日 2004-09-29 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3439569号「圧胴または中間胴」の請求項1乃至4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3439569号の請求項1乃至4に係る特許を維持する。 
理由 【1】手続の経緯
本件特許第3439569号(以下、「本件特許」という。)は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成7年4月25日(優先日:平成6年4月25日、出願番号:特願平6-86999号)に出願した特願平7-101515号に係り、平成15年6月13日に設定登録(請求項の数4)されたものであるが、本件特許に対して、石田さゆりより全請求項に対して特許異議の申立てがあったので、当審において、当該申立ての理由を検討の上、当審より平成16年6月8日付けで特許取消理由を通知したところ、その通知書で指定した期間内の平成16年8月16日に、特許異議意見書と共に訂正請求書が提出されたものである。

【2】訂正請求の可否
1.訂正の要旨
(1)訂正事項a
特許明細書における特許請求の範囲の【請求項1】に記載される、
「【請求項1】 印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、多孔質のセラミックス溶射層と前記セラミックス溶射層の表面上および孔部内に形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。」

「【請求項1】 印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。」
と訂正する。
(b)訂正事項b
特許明細書における段落番号【0011】に記載される、
「【0011】
【課題を解決するための手段】
上記諸目的を達成するために、本発明の圧胴または中間胴は、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、多孔質のセラミックス溶射層と前記セラミックス溶射層の表面上および孔部内に形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有するものである。」

「【0011】
【課題を解決するための手段】」
上記諸目的は、印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴により達成される。」
と訂正する。
2.訂正の目的、新規事項の有無及び特許請求の範囲の実質的拡張・変更の存否
(1)訂正事項aについて
訂正事項aは、訂正前の【請求項1】に係る発明を特定する、「多孔質のセラミックス溶射層と前記セラミックス溶射層の表面上および孔部内に形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有する」を「気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有する」と限定するものであり、特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
また、この訂正事項aの「気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有する」については、特許明細書の段落番号【0016】及び【0018】の記載に基づくものであり、特許明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
(2)訂正事項b
訂正事項bは、訂正事項aの【請求項1】の訂正によって生じる齟齬を解消しようとするものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とするものといえ、特許明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
3.訂正請求の認容について
上記のとおりであるから、上記の訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書及び第2項の規定に適合するので、当該訂正は認める。

【3】本件特許発明
上記のとおり、平成16年8月16日付けの訂正請求は認容されるので、本件特許の請求項1乃至4に係る発明は、平成16年8月16日付けの訂正請求書に添付された全文訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された次のとおりのものといえる。
「【請求項1】 印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。
【請求項2】 前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で存在するものである請求項1に記載の圧胴または中間胴。
【請求項3】 前記金属製ローラ基材と、前記複合被覆皮膜との間には、金属溶射層が形成されているものである請求項1または2に記載の圧胴または中間胴。
【請求項4】 前記低表面エネルギー性樹脂が、シリコーン系樹脂である請求項1〜3のいずれか一つに記載の圧胴または中間胴。」

【4】当審で通知した取消理由について
(1)刊行物の記載事項
(ア)刊行物1(実公平4-18857号公報:異議申立人が提出した甲第1号証)
刊行物1の実用新案登録の請求の範囲、公報第4欄第31〜34行、及び第5、7図の記載によれば、刊行物1には、
「印刷中に印刷紙の印刷された面が接する胴あるいは圧胴の周面に対して、高耐食・高耐摩擦性材料を溶射して凹凸溶射面を形成するとともに、該溶射面に研磨加工及びショットブラスト加工を施した微細でなめらかな凹凸面を形成し、胴表面の粗さがRmax30〜60μmまたはRmax15〜25μmとした裏写り防止装置。」という発明が記載されているものと認める。
(イ)刊行物2(実公平5-12203号公報:異議申立人が提出した甲第2号証)
刊行物2の実用新案登録の請求の範囲の記載によれば、刊行物2には、
「印刷された紙、プラスチックフィルム等の基材をガイドするのに使用されるガイドローラーにおいて、金属ローラ1の表面2にセラミック3を溶射して同表面2を凹凸の粗面に加工し、同表面2の凹部5にテフロン4が充填されるように同表面2にテフロン4をコーティングしてなるガイドローラー。」という発明が記載されているものと認める。
(ウ)刊行物3(実願平2-82946号(実開平4-40934号)のマイクロフィルム:異議申立人が提出した甲第3号証)
刊行物3の実用新案登録の請求の範囲の記載によれば、刊行物3には、
「両面刷兼用印刷機の第2圧胴または中間胴に用いるシリンダーにおいて、前記シリンダーの表面に裏移り防止用の多数の凹部を形成し、これらの凹部上にゴム性状の非粘性樹脂によるコーティング層を形成したシリンダー、及び両面刷兼用印刷機の第2圧胴または中間胴に用いるシリンダーにおいて、前記シリンダーの表面に、アルミナ系で酸化チタンを含むセラミックスをコーティングした後、研削を施したコーティング層を形成したシリンダー。」という発明が記載されているものと認める。
(エ)刊行物4(ドイツ国特許出願公開第2914255号明細書:異議申立人提出の甲第4号証)
刊行物4のクレーム及びFig.1,2の記載から、刊行物4には、
「印刷機のシリンダー(2)の表面に、表面形状が凹凸の耐摩耗性外層(3)を設けるとともに、同表面の凹部(6)にテフロン(7)を充填してなる単層または多層皮膜。」という発明が記載されているものと認める。
(オ)刊行物5(特開平5-195185号公報:異議申立人提出の甲第5号証)
刊行物5の特許請求の範囲の請求項1の記載から、刊行物5には、
「ロール芯金の表面に溶射皮膜を形成する被覆ロールの製造において、ロール芯金の表面に金属100%の溶射皮膜を形成し、この皮膜の表面に金属を減少させ、セラミックスを増加させた溶射皮膜を順次形成する被覆ロールの製造方法。」という発明が記載されているものと認める。
(カ)刊行物6(特開平1-139297号公報:異議申立人提出の甲第6号証)
刊行物6の特許請求の範囲の記載から、刊行物6には、
「印刷機のローラー表面に、フッソ系樹脂・シリコーン樹脂の塗膜およびフッ化黒鉛の分散メッキ層等の低表面エネルギー物質よりなるインキ反撥性層を設けた印刷機ローラー表面のインキ汚れ防止方法。」という発明が記載されているものと認める。
(キ)刊行物7(特開平3-120048号公報:異議申立人提出の甲第7号証)
刊行物7の特許請求の範囲及びFig.2の記載から、刊行物7には、
「表面に凹凸を形成した層の上に、シリコーン層を設けた圧胴用シート。」という発明が記載されているものと認める。
(2)対比・判断
本件請求項1に係る発明は、少なくとも
「金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有する」を構成の一部として有するものであり、これにより、「表面にインキが付着し難く、連続して多量ないし長時間の印刷操作を行なう場合に、洗浄操作を施す必要もなく、汚れのない良好な印刷品質の印刷物を提供できるものとなり、かつその耐久性も優れたものである。さらに、表面に付着したインキも乾式にて容易に除去できるものであることから、従来、非常に危険でかつ重労働であったローラの洗浄操作も極めて容易なものとなり、また非常に簡単な構成の洗浄装置を装置内に組込むことで、自動的に清浄化することも可能であり、清掃に費す時間と労力、またイニシャルの削減の上でも非常に高い効果を与えるものである。」という訂正明細書記載の効果を奏するものである。
一方、刊行物1には、本件請求項1に係る発明と同様な、インキの付着汚染を少なくした圧胴に関する発明が記載されているものの、刊行物1に記載のものは、セラミック溶射層の凹凸表面を研磨及びショットブラスト加工することによってその表面形状を滑らかな凹凸を有するように構成するものであって、本件請求項1に係る発明の如く、セラミックスの凹凸表面層上および孔部内に低表面エネルギー樹脂をコーティングすること、及びセラミック溶射層が気孔率5〜20%を有する多孔質であることに関する何等の開示をなすものではない。
ここで、本件請求項1に係る発明と刊行物1に記載される発明とを比較すると、少なくとも、本件請求項1に係る発明が上記構成である「金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有する」の点で、刊行物1に記載された発明と相違している。
そして、本件請求項1に係る発明は、上記構成を有することにより、上記効果を奏するものであるから、その点を設計上の事項に属するとすることはできず、しかも、その点が周知技術であるとの証拠も見受けられず、自明な事項であるとも認められない。
したがって、本件請求項1に係る発明を、その構成の一部である「金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有する」を開示又は示唆しない刊行物1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。そして、上記構成及び効果は、刊行物2乃至7に記載された発明を参酌しても補うことはできない。
また、本件請求項2乃至4に係る発明は、請求項1を引用することにより、上記構成をその一部とするものであるから、上記構成を開示又は示唆しない刊行物1乃至7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

【5】異議申立の主張
異議申立人は、甲第1乃至7号証を提示して、訂正前の請求項1乃至4に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1乃至4に係る発明は取り消すべきである旨を主張しているが、異議申立人が提示した甲第1乃至7号証のいずれにも、上記請求項1に係る発明と刊行物1に記載された発明の相違点に係る構成については、記載も示唆もされていないので、当該異議申立人の主張は採用できない。

【6】むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び当審で平成16年6月8日付けで通知した取消理由によっては請求項1乃至4に係る発明についての特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1乃至4に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
圧胴または中間胴
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。
【請求項2】 前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で存在するものである請求項1に記載の圧胴または中間胴。
【請求項3】 前記金属製ローラ基材と、前記複合被覆皮膜との間には、金属溶射層が形成されているものである請求項1または2に記載の圧胴または中間胴。
【請求項4】 前記低表面エネルギー性樹脂が、シリコーン系樹脂である請求項1〜3のいずれか一つに記載の圧胴または中間胴。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、各種印刷装置における圧胴または中間胴(渡胴をも含む)の改良に関するものであり、特にオフセット印刷機における圧胴、中間胴などといったローラの改良に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
印刷技術は、文字、その他の図形情報を、紙その他の被印刷体面上に、同質画像を形成したハードコピー(印刷物)として大量に複製する技術である。このような印刷技術において、印刷版に色材(インキ)を付着させ、被印刷体面に圧着転移して印刷物を作成するのに用いられる印刷装置としては、周知のように、印刷版の形式および印刷版からの被印刷体面へのインキの転移形式(直接印刷あるいは間接印刷方式)の相違によって、オフセット印刷機、凸版印刷機、フレキソ印刷機、グラビア印刷機、スクリーン印刷機等の各種のものがある。
【0003】
これらの印刷装置においては、印刷版を直接に被印刷体に圧着させるか、あるいは印刷版に付着したインクをいったん転移したゴムブランケット等の中間媒体を被印刷体に圧着させるかの相違はあれ、このような印刷要素(印刷版または中間媒体)上のインキを被印刷体に転移するという大きな概念においては同じであり、被印刷体をこれらの印刷要素に圧着し、その後移送する被印刷体の圧着・移送系の構成としては、共通するところも多い。
【0004】
図4は、オフセット印刷機における印刷機構の概略的な構成を示す図面である。オフセット印刷機においては、インキは版胴1からゴム胴(ゴムブランケット)2に転写された後、ゴム胴2と圧胴3の間に送入された被印刷体4面上へと圧着転移し、インキ像(印刷物)5を形成する。
【0005】
従来、オフセット印刷機の圧胴としては、金属シリンダー表面を通常、クロムメッキにより表面仕上げしたものが使用されているが、このような構成の圧胴を備えた印刷機で、両面印刷を行なった場合、第一面印刷後の被印刷体4が次工程において図5に示すように上記と同様の構成のゴム胴2と圧胴3の間に送入される(すなわち、インキ像5が形成された被印刷体の第一面が圧胴3側に接する)と、第一面に印刷されたインキ像5が、圧胴3面上に転写インキ像6として転写され、続いて送られてくる被印刷体4の同面にこの転写インキ像6が再度転写される結果、印刷面が汚染される(以下、「裏汚れ」と称する。)という問題が生じていた。両面印刷を繰返せば、この傾向は更にひどくなり、印刷ムラを発生させることとなった。
【0006】
また、片面印刷の場合においても、図6(a)、(b)に示すように、使用する被印刷体4の大きさは、幅広のものから幅狭のものまであり、図6(a)に示すように幅狭の被印刷体4に印刷する場合には、被印刷体4の存在しない幅部においてはゴム胴2と圧胴3が直接接触する(強い印圧がかけられているため被印刷体4の厚さ相当分はゴム胴2がへこむ。)こととなり、版胴1上のわずかな汚れインキがゴム胴2を介して圧胴3へと転写され、圧胴汚れとなる。次に圧胴が汚れたまま幅広の被印刷体4が通過すると、この圧胴の汚れが被印刷体4へと付着して印刷物汚れが生じるという問題があった。
【0007】
従って、上記したような両面印刷を繰返す場合、あるいは幅狭の印刷から幅広の印刷へと変更する場合においては、必ず圧胴3の洗浄を行なわなければならず、しかもこの圧胴3の洗浄は、圧胴3の表面に付着したインキが、容易に除去困難であるため、印刷機を停止し、非常に不安定な姿勢で狭小な部位へと手を延ばし、有機溶剤を含ませたウェス等を用い、圧胴3を逐次手動にて回転させながら拭き取るという極めて危険かつ困難な手作業を強いられるものであった。
【0008】
このような問題を解決するために、特開昭62-94392号公報においては、金属シリンダー表面を特定のシリコーン系樹脂により被覆してなる圧胴が提唱されている。
【0009】
しかしながら、このように金属シリンダー表面に、単にシリコーン系樹脂を被覆した場合、得られるシリコーン系樹脂皮膜の硬度が低いため、傷、磨耗による性能低下が著しく、オフセット印刷機の圧胴のように取替えの困難な部品として使用することは実用的でないことが判明した。加えて、金属シリンダー表面に直接このようなシリコーン系樹脂皮膜を形成した場合、その表面性状は極端に滑らかで平坦なものとなるが、このような表面形状を有するものであると、被印刷体4と完全に密着接触することとなるため、シリコーン系樹脂が表面エネルギーの低い非粘着性の表面物性を示すにもかかわらず、被印刷体4からのインキの移行がかなり多いことが判明した。
【0010】
従って本発明は、各種印刷装置において使用される改良された圧胴または中間胴を提供することを目的とするものである。本発明は、またインキの付着汚染が少なくかつ洗浄の容易な耐久性の高い圧胴または中間胴を提供することを目的とするものである。本発明はさらに、両面印刷時の裏汚れ、片面印刷時の被印刷物幅変更に起因する印刷物汚れといった問題の発生の少ないオフセット印刷機用圧胴および中間胴を提供することを目的とするものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記諸目的は、印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20〜40mで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴により達成される。
【0012】
この圧胴または中間胴の表面性状は、代表的には、表面粗度Rmaxが20〜40μmであることが望ましく、滑らかな凹凸を有するものである。さらに、前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在するものであることが望ましい。
【0013】
また前記金属製ローラ基材と、前記複合被覆皮膜との間には、前記複合被覆皮膜のより強固な接合のために、金属溶射層が形成されているものであることが好ましい。
【0014】
さらに前記低表面エネルギー性樹脂は、シリコーン系樹脂であることが好ましい。
【0015】
【作用】
このように本発明に係る圧胴または中間胴は、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材表面上に、多孔質のセラミックス溶射層と前記セラミックス溶射層の表面上および孔部内に形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜を形成してなるものである。図1は、このような本発明に係る圧胴または中間胴の一実施態様における断面構造を模式的に示す図、図2は、本発明に係る圧胴または中間胴の断面構造をさらに拡大して模式的に示す図、また図3は、本発明に係る圧胴または中間胴の製造過程における断面構造を模式的に示す図である。なお、これらの図において縦横の縮尺比は誇張して描かれている。
【0016】
本発明の圧胴または中間胴を得るには、まず図3に示すように脱脂・ブラスト処理して粗面とした金属製ローラ基材10表面上に、セラミックス溶射層12を形成する。なお、この図に示す例においては、金属製ローラ基材10表面上に金属溶射層11が形成され、その上にさらにセラミック溶射層12が形成されている。このようにして形成されたセラミックス溶射層12表面は、図示するように非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸(ピッチ波状凹凸)と、さらにより長周期的な凹凸(うねり状凹凸)とが複合して形成した粗面、代表的に好ましくは、Rmax30〜50μm程度の粗面であり、かつセラミックス溶射層12は多孔質、好ましくは0.1μm〜数十μmの微細な気孔を気孔率5〜20%で有するものである。
【0017】
ここで、このセラミックス溶射層12の上部から、例えばシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂を含浸コーティングして乾燥固化させると、図1および2に示すように、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層13が形成される。低表面エネルギー性樹脂13は、前記したようにセラミックス溶射層12がピッチ波状凹凸を有することおよび多孔質であることから、これらの部位に入り込むことによるアンカー効果によってセラミックス溶射層12との密着性がよく複合皮膜化し、セラミックス溶射層12と低表面エネルギー性樹脂層13とで複合被覆皮膜14を構成する。
【0018】
さらに低表面エネルギー性樹脂13は、セラミックス溶射層12の表面を実質的に全面的に覆うが、そのうねり波状凹部には厚く、一方うねり波状凸部には薄く付着する。このため、セラミックス溶射層12のみを形成した状態と比較すると滑らかな表面性状となるが、セラミックス溶射層12に起因する凹凸が完全に埋没してしまうものではなく、前記うねり状凹凸は概ね維持され、滑らかな凹凸を有する粗面が形成できるものである。なお、最終的な表面粗度Rmaxは代表的には20〜40μm程度とすることが望ましい。また最終的な滑らかな凹凸における凸部(前記うねりの凸部)は、例えば20μm×20μm平方〜100μm×100μm平方、特に30μm×30μm平方〜60μm×60μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在することが望ましい。なお、ここで言う凸部は、被測定物表面を長さ20mm×幅20mmにわたり2次元的に走査して測定し、この測定領域内における最高凸部の高さの70%以上の高さを有する凸部を指すものである。
【0019】
このため、本発明に係る圧胴または中間胴が、被印刷体と接触する際には、ローラ表面全体で接触することなく前記したような滑らかな突起においてのみ接触し、かつその表面には低表面エネルギー性樹脂が存在するために、被印刷体からのインキの移行は起りにくく、かつ移行したインキも、表面が低表面エネルギー性樹脂によるものであることと滑らかな凹凸のプロフィールを有することが相俟って、乾燥した布材等で軽く触れるだけで容易に除去できるものである。
【0020】
また、前記したように低表面エネルギー性樹脂層13はセラミックス溶射層12と複合化されて表面に付与されているために、極めて長期間使用されたとしても全体的に磨耗剥離してしまうといったことは生じず、前記うねり状凹凸の凸部という極めて小さな部位で磨耗が生じるのみである。このため長期間にわたってロール表面の低表面エネルギーが維持され、特性の劣化が生じにくいものである。なお、このうねり状凹凸は、より微細なピッチの凹凸との比較のために「うねり」と表現したが、目視的には全くわからない程度のものであり、従ってその凸部の表面の樹脂層13が磨耗してセラミックス溶射層12が露出し、この部位でインキの付着、逆転移が生じたとしても、印刷品質上全く問題とならないものである。
【0021】
以下、本発明を実施態様に基づきより詳細に説明する。本発明の圧胴または中間胴における金属製ローラ基材としては、鋳鉄、ステンレス鋼、アルミニウム合金等のパイプ、シリンダーからのロールなどからなるものがその用途に応じて適宜選択される。例えば、ローラがオフセット印刷機の圧胴である場合には、FCD(ダクタイル鋳鉄)等のシリンダーが好ましいものであるが、もちろんこれらに何ら限定されるものではない。
【0022】
このような金属製ローラ基材は、まず切削または研磨加工して所定の径精度を有するものとされる必要がある。すなわち、本発明に係る圧胴または中間胴は、最終仕上としてこのような切削研磨が行なえないためである。
【0023】
そして、その上部に形成されるセラミックス溶射層との密着性を向上させるために、周知の手法により金属製ローラ基材表面に脱脂・ブラスト処理を行ない表面を粗す。
【0024】
次に、必要に応じてこの金属製ローラ基材に、Al、Ni、Cr等の金属あるいは金属合金、好ましくはNi-Cr等の溶射層を、プラズマ溶射、アーク溶射、ガス溶射等の手法により形成する。この金属溶射層は、金属製ローラ基材表面とセラミックス溶射層との密着性をより高めるためのものであり、特に圧胴などのような使用時に高い負荷が加わるローラにあっては、このような金属溶射層を形成することは非常に望ましいが、ガイドローラのように負荷の比較的かからないローラにあっては、経済性等を考慮して省略することが可能である。なお、この金属溶射層の厚さとしては平均膜厚30〜70μm程度であればよい。30μm未満であると金属溶射層を形成したことによる密着性向上効果が得られない虞れがあり、一方70μmを越えてもそれ以上の効果は望めず経済的に不利であるからである。
【0025】
次いで、この金属製ローラ基材表面または金属溶射層表面上に、例えばプラズマジェット溶射法等の公知のセラミックス溶射法を用いることにより、セラミックス溶射層を形成する。セラミックス材料としては、Al2O3、TiO2、Al2O3-TiO2、Cr2O3、ZrO2、WC、WC-Co、Cr3C2、TiC等あるいはこれらの混合物、さらには導電性をもたすためにセラミックスと金属を同時溶射した複合皮膜、サーメット類等が例示されるが、これらに限定されるものではない。セラミックス材料の選択は、金属製ローラ基材または溶射金属との密着強度、耐磨耗性、ならびに得られるセラミックス溶射層が数μm〜数十μmの微細な気孔(連続気孔)を気孔率5〜20%で有しかつその表面粗度がRmax30〜50μm程度となること等の点に、経済性を考慮して行なえば良い。一般的には、ホワイトアルミナ(W-Al2O3)およびグレーアルミナ(G-Al2O3)(Al2O3-TiO2)、クロミア(Cr2O3)などが望ましい。
【0026】
なお、セラミックス溶射層が数μm〜数十μmの微細な気孔(連続気孔)を気孔率5〜20%で有することが望まれるのは、セラミックス溶射層に後述する低表面エネルギー性樹脂層を安定して複合形成可能とするためであり、気孔率が5%未満では表面活性樹脂がセラミックス溶射層内部に十分に入り込めず剥離性が高まる虞れがあり、一方、気孔率が20%を越えるものであると、複合皮膜の骨格構造となるセラミックス溶射層の強度が低下する虞れがあるためである。また、その表面粗度がRmax30〜50μm程度を有することが望まれるのは、セラミックス溶射層表面上に後述するような低表面エネルギー性樹脂を堆積した際に、該低表面エネルギー性樹脂が安定に付着しかつ最終的に必要かつ十分な大きさの滑らかな凹凸が形成され易い範囲であるからである。
【0027】
さらに、このセラミックス溶射層の厚さとしては、平均膜厚30〜200μm、より好ましくは40〜80μm程度であることが望まれる。すなわち、平均膜厚が30μm未満では、均一でかつ密着性、強度および耐磨耗性等の特性が十分な溶射層を得ることができない虞れがあり、一方、平均膜厚が200μmを越えるものであるとコスト面で不利となるからである。更に、ロールが圧胴の場合におけるように高い径精度を必要とされる態様においては、膜厚は150μm以下であることが望ましい。すなわち、圧胴の場合、最終的な仕上げ径をD±0.02mm以下、円筒度0.020mm以下に抑える必要があるためである。
【0028】
また、セラミックス溶射層の表面粗度は、前記したように一般にRmax30〜50μm程度であることが望まれるが、最終製品として必要とされる最適な表面粗度は、ローラの種類によって異なる。
【0029】
このようにしてセラミックス溶射層が形成されたら、その上部から低表面エネルギー性樹脂を例えば、スプレー、ディッピング、ハケ塗り、ローラ塗布等の方法で含浸、コーティングし、所定の温度で乾燥固化させ、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層を形成する。低表面エネルギー性樹脂としては、使用されるインキに対する濡れ性が低くかつインキ組成中等に使用される薬剤に対し安定な皮膜、望ましくは高硬度皮膜を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、通常、シリコーン系樹脂およびフッ素原子含有樹脂が望ましく、さらにその硬度、施工性、化学的安定性等の面からシリコーン系樹脂が望ましい。
【0030】
シリコーン系樹脂としては、施工後に、高分子化、三次元化してSi-O-Si結合と有機基、望ましくはメチル基および/またはフェニル基、より望ましくはメチル基を主体とする骨格構造を有し、安定な硬化皮膜を形成できるものであればよい。側鎖としてのメチル基が多くなるほど、インキに対する濡れ性は低いものとなるが、その硬度の向上面からはフェニル基、あるいはビニル基などの官能基に起因する架橋構造の含有割合を高めることが望まれる。
【0031】
なお施工時の形態は特に限定されるものではなく、例えば、オリゴマー、モノマー等の液状のもの、あるいは樹脂状のものを適当な溶媒に溶解した溶液状のものなど、例えば、シリコーンワニス、シリコーンゴム等に分類され市販される公知の各種の組成のものを適宜選択して使用することができるが、例えば、ワニス系シリコーン離型剤として市販されている組成物、ないしこれに類似する組成物が、施工性および得られる皮膜特性の面から好ましいものが多い。シリコーン離型剤としては、例えば、一般式(I)で示されるような構造を有するシリコーンポリマーないしコポリマーを主成分とするものが市販品として入手できる。
【0032】
【化1】

【0033】
(但し、式中、Rはそれぞれ独立に水酸基、アルキル、アリール、アルケニル、ハロゲン置換アルキル、ハロゲン置換アリール、ハロゲン置換アルケニル、好ましくはメチル基を表し、nは1〜30000である。)しかしながら、もちろん使用されるシリコーン系樹脂組成物としては、このようなシリコーン離型剤に何ら限定されるものではない。
【0034】
また、このようなシリコーン系樹脂組成物中には、必要に応じて、皮膜硬度を高めるためのシリカ微粒子等の充填剤を配合することも可能であるが、セラミックス溶射層の空孔部および凹部に十分侵入し得る程度の粒径のものである必要がある。
【0035】
また、フッ素原子含有樹脂としては、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル等といった熱可塑性フッ素原子含有樹脂を用い、適当な溶剤に懸濁ないし膨潤させて塗布し、溶融温度以上に加熱して成膜するといったディスパージョン加工法を用いることも可能であるが、セラミックス溶射層の表面上および孔部内により確実に皮膜を形成するためには、分子鎖内に少量の水酸基、カルボン酸基等の官能基を有し、液状にて塗布可能でかつ常温または加熱して架橋硬化する熱硬化性フッ素原子含有樹脂の方が望ましく、例えば、フルオロエチレンとアクリル酸、メタアクリル酸との共重合体などが例示される。
【0036】
形成される低表面エネルギー性樹脂層のセラミックス溶射層表面上における厚さは、前記したようにセラミックス溶射層のうねり波状凹部には厚く、一方うねり波状凸部には薄く付着するため、平均膜厚として規定することは困難である。しかしながら、溶射層の表面を実質的に全面的に覆い、かつセラミックス溶射層のうねり状凹凸を維持したものとなるように、全体を通じて0.5〜20μm程度の厚さにおいて付着することが望ましい。
【0037】
このようにして得られる本発明の圧胴または中間胴は、最終的な表面性状が滑らかな凹凸を有するものとなり、代表的にはその表面粗度Rmaxが、20〜40μm程度であることが望ましく、また最終的な表面における滑らかな凹凸の凸部は、例えば20μm×20μm平方〜100μm×100μm平方当りに1ケ程度、より好ましくは30μm×30μm平方〜60μm×60μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在するものことが望ましい。そしてその全表面は、複合被覆皮膜として前記セラミック溶射層に保持された緻密な低表面エネルギー性樹脂層よって形成されており、使用されるインキに対する濡れ性の低いものである。
【0038】
このため本発明のローラは、各種の印刷機における被印刷体圧着・移送系に配される各種のローラとして好適に使用でき、具体的には例えば、オフセット印刷機における圧胴、または中間胴として好適に使用できるものである。
【0039】
【実施例】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0040】
参考例1
ダクタイル鋳鉄製の金属シリンダーの表面を最終仕上げ径-0.200mmに研磨加工し、径精度(円筒度0.01)を出した後、脱脂、ブラスト処理して表面を粗した。なおこの際の表面粗度Rmaxは約35μmであった。
【0041】
その後、粉末粒径10〜55μmのNi-Cr合金を用い、プラズマ溶射にて前記シリンダー表面に膜厚約30μmのNi-Cr溶射層を形成し、続いて粉末粒径10〜44μmのG-Al2O3を用い、同様にプラズマ溶射して膜厚約70μmのセラミックス溶射層を形成した。このセラミック溶射層の表面粗度Rmaxは約40μmであり、図2に図示するように非常にシャープな突起を有しながらうねる粗面であった。またセラミックス溶射層は0.1〜数十μmの大きさの空孔を有しており、空孔率は約16%であった。このようにして得られた圧胴を以下のような印刷試験に供した。
【0042】
実施例1
上記参考例1と同様の手順を行なった後、セラミックス溶射層の上から、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KS776L)100部、トルエン300部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT-PL8)1部を混合攪拌した溶液を、スプレー方式で含浸塗布した後、150℃の乾燥炉で1時間乾燥固化させてセラミックス溶射層の表面にシリコーン系樹脂皮膜を形成した。このシリコーン系樹脂皮膜は、セラミックス溶射層の連通空孔部を完全に閉塞し、かつ溶射層の表面において、うねり波状凹凸の凹部には厚くかつ凸部には薄く付着しその全面を完全に覆っているものであり、その膜厚は各部位によって相違するが2〜20μmの範囲にあった。そしてこのシリコーン系樹脂皮膜形成後における表面粗度Rmaxは約30μmであり、図1に図示するように滑らかな凹凸を有する粗面であった。このようにして得られた圧胴を参考例1と同様に以下のような印刷試験に、更に以下のような耐傷性試験に供した。
【0043】
印刷試験1
上記参考例1および実施例1において作成した圧胴を、オフセット印刷機((株)小森コーポレーション製、菊全両面機)に取付け、紅インキ(東洋インキ(株)製、ハイプラス)を使用して、コート紙3万枚に対し、両面印刷を行なった。なお比較対照のために、通常のクロムメッキ後研磨した圧胴を使用して同様の印刷試験を併せて行なった。その結果、参考例1の圧胴を使用した場合には、圧胴の表面が砂目状の凹凸形状となっている分、通常のクロムメッキの圧胴と比較すると、圧胴表面のインキ汚れは少ないが、紙通し枚数が増えるとどんどん汚れがひどくなり、約3000枚を越えるころには、この圧胴のインキ汚れに起因する印刷物の裏汚れが顕著となり、実用上採用出来ないことが判明した。またセラミックス溶射層の表面の鋭利な突起部で、印刷物のベタ部のインキを取り去ることによって、数μmの微細な素抜け(白抜け)が無数に出来、目視によっても明らかに印刷の鮮明性が劣るものとなっていた。
【0044】
一方、実施例1の圧胴の場合、3万枚の印刷を行なった後でも、圧胴表面の微細な凸部に極わずかなインキが付着しているのみであり、しかもこのインキ付着量はさらに紙通し枚数を増やしてもほとんど変化なくインキ付着が成長しないものであった。さらに、印刷物のベタ部に当接する部位においても圧胴表面の突起部にインキがほとんど転写されておらず、素抜けも非常に少なくかつ小さいものであり、印刷物の印刷品質上ほとんど障害にならず、良好な印刷物を得ることができた。
【0045】
また、印刷試験終了後、圧胴表面に付着したインキの除去を試みたところ、実施例1のものにおいては、乾いた布で軽く拭き取るのみでわずかに付着したインキを完全に除去できたが、比較対照のクロムメッキの圧胴の場合、このような処理で取除くことは困難で、白灯油を用いて洗浄しないと除去することができず、さらに参考例1の圧胴の場合、このような有機溶剤を用いても表面の微細な凹部に入り込んだインキが完全には除去できず、かつ溶剤に溶解し流動性の生じたインキが気孔内へと浸み込んでいくために洗浄困難であった。
【0046】
耐傷性試験
実施例1で得られた圧胴の表面硬度を、鉛筆硬度試験により調べたところ4Hであり、しかも、鉄製の工具(ドライバ)を強く押しつけてこすっても、圧胴上には一旦は金属色の傷状の跡が付くが、その上を指先で拭くとこの跡はきれいに消失した。すなわち、実施例1の圧胴表面に傷が付いたのではなく、工具が削れてその滓が圧胴上に付着しただけのものであった。これは、前記工具とは、圧胴表面微細な突起部のみが工具と接触するだけであり、この突起部は耐磨耗性の高いセラミックス溶射層の上に極薄くシリコーン系樹脂皮膜が付着しているのみであって実質的に前記溶射層の硬度の影響が強く生じるためであると考えられる。なお、この突起部においてはシリコーン系樹脂皮膜が直接的には、工具と接触するものの、非常に微細な点として接触しているのみであり面として接触していないため、これらの非常に微細な突起部のみにおいてシリコーン系樹脂皮膜が磨耗除去されるのみであり、シリコーン系樹脂皮膜が面として剥ぎ取られることはない。
【0047】
一方、比較対照のために、実施例1で使用したシリコーン系樹脂、あるいは特開昭62-94392号で開示されるいくつかのシリコーン系樹脂を、ブラスト処理前の滑らかな表面性状の鋳鉄シリンダー表面に直接コーティングして得られた試験体の表面硬度を、鉛筆硬度試験により調べたところB〜2Hであり、工具等の硬いもので軽く擦るのみで簡単に傷が付いた。
【0048】
実施例2
低表面エネルギー性樹脂被膜を、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KNS316)100部、トルエン100部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT-PL56)3部を混合攪拌した溶液を用いて形成する以外は実施例1と同様にして圧胴を作製し、前記と同様に印刷試験、耐傷性試験を行なったところ実施例1と同様に優れた結果が得られた。
【0049】
実施例3〜6
低表面エネルギー性樹脂被膜を、シリコーン系樹脂としてKR2046(実施例3)、X-40-2141(実施例4)、X-41-9710H(実施例5)、またはX-40-201(実施例6)(いずれも信越化学工業(株)製)を用いて形成する以外は、実施例1と同様にして圧胴を作製し、前記と同様に印刷試験を行なった。印刷試験終了後の圧胴面上の汚れの度合に若干の相違が見られたものの、いずれのものにおいても、実施例1と同様に良好な印刷品質が保たれ、かつ印刷終了後の圧胴の汚れも乾式にて完全に除去できるものであった。
【0050】
【発明の効果】
以上述べたように、本発明の圧胴または中間胴は、その表面性状が微細で比較的滑らかな凹凸を有するものであり、耐磨耗性に優れたセラミックス溶射層と表面エネルギーの低いシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合皮膜で基材表面を被覆しており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20〜40μmで滑らかな凹凸を有しているものであるため、表面にインキが付着し難いものである。このため各種の印刷機における被印刷体圧着・移送系に配される各種のローラ、例えば、オフセット印刷機における圧胴または中間胴として好適に使用できるものであり、連続して多量ないし長持間の印刷操作を行なう場合に、洗浄操作を施す必要もなく、汚れのない良好な印刷品質の印刷物を提供できるものとなり、かつその耐久性も優れたものである。さらに、表面に付着したインキも乾式にて容易に除去できるものであることから、従来、非常に危険でかつ重労働であったローラの洗浄操作も極めて容易なものとなり、また非常に簡単な構成の清浄装置を装置内に組込むことで、自動的に清浄化することも可能であり、清掃に費す時間と労力、またイニシャルコストの削減の上でも非常に高い効果を与えるものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明に係る圧胴または中間胴の一実施態様における断面構造を模式的に示す図、
【図2】 本発明に係る圧胴または中間胴の断面構造をさらに拡大して模式的に示す図、
【図3】 本発明に係る圧胴または中間胴の製造過程における断面構造を模式的に示す図、
【図4】 オフセット印刷機における印刷機構の概略的な構成を示す図、
【図5】 オフセット印刷における両面印刷時の圧胴のインキ汚れを説明する模式図、
【図6】 オフセット印刷機における圧胴およびゴム胴と被印刷体の関係を示す図であり、(a)は幅狭の被印刷体に印刷している状態、(b)は幅広の被印刷体に印刷している状態をそれぞれ示す図、
【符号の説明】
1…版胴、
2…ゴム胴、
3…圧胴、
4…被印刷体、
5…インキ像、
6…転写インキ像、
10…金属製ローラ基材、
11…金属溶射層、
12…セラミックス溶射層、
13…低表面エネルギー性樹脂層、
14…複合被覆皮膜。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-09-06 
出願番号 特願平7-101515
審決分類 P 1 651・ 121- YA (B65H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 千葉 成就  
特許庁審判長 松縄 正登
特許庁審判官 渡邊 豊英
溝渕 良一
登録日 2003-06-13 
登録番号 特許第3439569号(P3439569)
権利者 新日本製鐵株式会社
発明の名称 圧胴または中間胴  
代理人 藤井 敏史  
代理人 野上 敦  
代理人 宇谷 勝幸  
代理人 藤井 敏史  
代理人 奈良 泰男  
代理人 野上 敦  
代理人 齋藤 悦子  
代理人 齋藤 悦子  
代理人 八田 幹雄  
代理人 宇谷 勝幸  
代理人 八田 幹雄  
代理人 奈良 泰男  

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