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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1109533
異議申立番号 異議2003-70872  
総通号数 62 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1999-07-09 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-04-06 
確定日 2004-10-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3332834号「リチウムイオン電池」の請求項1ないし5に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3332834号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3332834号の請求項1〜5に係る発明についての出願は、平成9年12月17日になされ、平成14年7月26日に、その発明について特許の設定登録がなされ、その後、その特許について日立マクセル株式会社により特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成15年8月25日に訂正請求(後に、取り下げられた。)がなされ、さらに、取消理由通知の手交がなされると同時に、平成16年9月28日に訂正請求がなされたものである。

2.訂正請求の訂正の適否についての判断
2-1.訂正の内容
(1)訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1の「エチレンカーボネートとが含まれており」を、「エチレンカーボネートとが添加されており」に訂正する。
(2)訂正事項b
【0006】の「本発明に係る」を、「第1の態様の本発明に係る」に訂正する。
(3)訂正事項c
【0006】の「エチレンカーボネートとが含まれており」を、「エチレンカーボネートとが添加されており」に訂正する。
(4)訂正事項d
【0006】及び【0007】の「化3」を、「化1」に、【0006】及び【0008】の「化4」を、「化2」に、それぞれ訂正する。
(5)訂正事項e
【0009】の「二重結合を有する環状カーボネートが有機電解液に含まれていれば」を、「二重結合を有する環状カーボネートが有機電解液に添加されていれば」に訂正する。
(6)訂正事項f
【0011】の「請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において」を、「第2の態様の本発明は、上記第1の態様の発明において」に訂正する。
(7)訂正事項g
【0012】の「請求項3記載の発明は、請求項1又は2記載の発明において」を、「第3の態様の本発明は、上記第1または第2の態様の発明において」に訂正する。
(8)訂正事項h
【0015】の「請求項4記載の発明は、請求項1、2又は3記載の発明において」を、「第4の態様の本発明は、上記第1、第2、または第3の態様の発明において」に訂正する。
(9)訂正事項i
【0016】の「請求項5記載の発明は、請求項1、2、3又は4記載の発明において」を、「第5の態様の本発明は、上記第1、第2、第3、または第4の態様の発明において」に訂正する。
(10)訂正事項j
【0025】の「本発明電池A2〜A5」を、「本発明電池A3〜A4、及び参考電池A2、A5」と訂正する。
(11)訂正事項k
【0027】の「本発明電池A1〜A5」を、「これらの電池A1〜A5」に訂正する。
(12)訂正事項l
【0028】の【表1】、及び、【0030】の「本発明電池A2」、「本発明電池A5」を、それぞれ「参考電池A2」、「参考電池A5」に訂正する。
(13)訂正事項m
【0029】の「本発明電池A1〜A5」を、「電池A1〜A5」に訂正する。
(14)訂正事項n
【0031】(2箇所)、【0032】(3箇所)、【0033】(2箇所)、【0034】(3箇所)、【0037】(2箇所)の「比較」を、「参考比較」に訂正する。
(15)訂正事項o
【0035】、及び、【0036】の【表2】(4箇所)の「比較電池」を、「参考比較電池」に訂正する。
(16)訂正事項p
【0050】の【表5】の「A15」、及び、【0051】の「A13」を、「A14」に訂正する。
(17)訂正事項q
【0053】の「本発明電池B2〜B5」を、「本発明電池B3〜B4、及び参考電池B2、B5」に訂正する。
(18)訂正事項r
【0055】の「本発明電池B1〜B5」を、「これらの電池B1〜B5」に訂正する。
(19)訂正事項s
【0056】の【表6】、及び、【0058】の「本発明電池B2」、「本発明電池B5」を、それぞれ「参考電池B2」、「参考電池B5」に訂正する。
(20)訂正事項t
【0057】の「本発明電池B1〜B5」を、「電池B1〜B5」に訂正する。
(21)訂正事項u
【0061】の「表3」を、「表7」に訂正する。
(22)訂正事項v
【0063】の「Y6」を、「Y2」に訂正する。
(23)訂正事項w
【0071】の【表9】の「B15」、及び、【0072】の「B13」を、「B14」に訂正する。
(24)訂正事項x
【0072】の「Y7、Y8」を、「Y3、Y4」に訂正する。
2-2.訂正の目的の適否・新規事項の有無及び拡張・変更の存否
訂正事項aは、【0019】に「〔有機電解液〕体積混合比率が30:70の割合で混合したエチレンカーボネート(EC)とメチルエチルカーボネート(MEC)に、エチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとの総重量に対してビニレンカーボネート(VC)を1重量%の割合で添加して混合溶媒を作製し・・・有機電解液を調製した。」と記載されるとおり、有機電解液の溶媒成分は添加されたものであることに基づいて、請求項1の「エチレンカーボネートとが含まれており」を、「エチレンカーボネートとが添加されており」と訂正するものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。
訂正事項c、eは、訂正事項aに伴い、該当する発明の詳細な説明の記載を訂正事項aと整合させるものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。
訂正事項b、f〜iは、特許請求の範囲の各請求項に記載された発明と、発明の詳細な説明の記載との間で不整合が生じることをことを避けるために、単に表記を変えたものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書に訂正に該当する。
訂正事項j〜m、q〜tは、「二重結合を有する環状カーボネートの割合が0.1〜5重量%である」本発明電池と、二重結合を有する環状カーボネートの割合がこの範囲をはずれる電池を参考電池として区別するための訂正であるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。
訂正事項n、oは、対称鎖状カーボネートを用いた比較例及び比較電池を、参考比較例及び参考比較電池と訂正することにより、本発明の実施例及び本発明電池と一層明確に区別するためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。
訂正事項d、p、u〜xは、誤記の訂正を目的とした明細書の訂正に該当する。
そして、上記訂正事項a〜xは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
2-3.むすび
したがって、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項で準用する特許法第126条第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.特許異議申立てについての判断
3-1.異議申立人の申立ての理由、及び、取消理由の概要
(1)特許異議申立人は、証拠方法として甲第1号証〜甲第5号証を提出して、請求項1〜5に係る発明は、甲第1〜5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである旨、主張している。
当審による取消理由の概要は、請求項1〜5に係る発明は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、また、本件明細書には記載不備があるから、請求項1〜5に係る特許は、特許法第36条第4項及び第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるというものである。

3-2.本件発明
上記訂正は、上記2で示したとおりこれを認めることができるから、請求項1〜5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明5」という。)は、上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】 正極と、格子面(002)面におけるd値(d002 )が3.40Å未満の黒鉛系炭素材料を負極材料とする負極と、有機電解液とを備えるリチウムイオン電池において、前記有機電解液の溶媒(プロピレンカーボネートを除く)として、下記化1に示す非対称鎖状カーボネートと、下記化2に示す二重結合を有する環状カーボネートと、エチレンカーボネートとが添加されており、且つ、前記二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液に対する前記二重結合を有する環状カーボネートの割合が0.1〜5重量%であることを特徴とするリチウムイオン電池。
【化1】
R1-O-C-O-R2

O
〔但し、R1 及びR2 はアルキル基を表し、且つR1 ≠R2 である。〕
【化2】


【請求項2】 前記化1におけるR1 及びR2 は、炭素数1〜3のアルキル基である、請求項1記載のリチウムイオン電池。
【請求項3】 前記非対称鎖状カーボネートの前記有機電解液中に占める割合が10〜80体積%である、請求項1又は2記載のリチウムイオン電池。
【請求項4】 前記非対称鎖状カーボネートがメチルエチルカーボネート又はメチルプロピルカーボネートであり、前記二重結合を有する環状カーボネートがビニレンカーボネートである、請求項1、2又は3記載のリチウムイオン電池。
【請求項5】 前記二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液中の前記エチレンカーボネートの割合が20〜90体積%である、請求項1、2、3又は4記載のリチウムイオン電池。」

3-3.引用刊行物に記載された事項
当審が通知した取消理由において引用した刊行物1〜6には、次のとおりの事項が記載されている。
刊行物1:特開平8-45545号公報(特許異議申立人の提出した甲第1号証と同じ
(摘示1-1)「【請求項1】 カソードと、結晶度>0.8の炭素材料を含有するアノードと、高誘電定数を有する第1の溶媒及び低粘度を有する第2の溶媒を含む少なくとも2種の非プロトン性有機溶媒の混合物とリチウム塩からなる電解液とを含むリチウム蓄電池であって、前記電解液が、少なくとも1個の不飽和結合を含み且つ不動態化層を形成するためにリチウムよりも1V高い電位で前記アノードにおいて還元可能な、前記溶媒の少なくとも1種と同一種の可溶性化合物を更に含有することを特徴とする蓄電池。」(特許請求の範囲の請求項1)
(摘示1-2)「【請求項2】 前記溶媒混合物が、不飽和結合を有する少なくとも1種のカーボネートを含有しており、前記化合物がビニレンカーボネート・・・から選択されることを特徴とする請求項1に記載の電池。
【請求項3】 前記溶媒混合物の0.01〜10重量%の割合で前記化合物を加えることを特徴とする請求項2に記載の電池。」(特許請求の範囲の請求項2、3)
(摘示1-3)「【請求項4】 前記第1の溶媒がエチレンカーボネート・・・から選択されることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の電池。」(特許請求の範囲の請求項4)
(摘示1-4)「【請求項5】 前記第2の溶媒が・・・ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート・・・から選択されることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の電池。」(特許請求の範囲の請求項5)
(摘示1-5)「炭素材料の結晶度あるいは黒鉛化度dgは、黒鉛面間の距離(黒鉛の完全結晶では0.3354nm)から関係式dg=(0.344-d002)/0.0086(式中、d002は慣用X線スペクトル分析手段により得られる黒鉛面間の距離である)により定義される。」(【0008】)
(摘示1-6)「高結晶度の炭素材料を使用すると、炭素材料の剥離が観察され、現象の程度に従って多少の容量の不可逆的損失が生じる。剥離は、電解液中で溶媒分子により溶媒和されたリチウムイオンの挿入に主に起因する。これらの分子は黒鉛面間にリチウムイオンと同時に挿入し、材料の剥離をもたらす。」(【0003】)
(摘示1-7)「電池の初充電時に、電解液に加える可溶性化合物は溶媒和したリチウムイオンの挿入電位よりも高い電位で還元する役割を有する。該化合物は還元により、リチウム挿入前に炭素材料上に不動態化層を形成する。この層はリチウムイオンの周囲の溶媒分子の挿入を阻止する物理的バリヤーを構成する。従って、リチウムイオンは単独で炭素に侵入し、剥離が阻止される。」(【0009】)

刊行物2:特開平4-171674号公報(同じく甲第2号証と同じ)
(摘示2-1)「(1)リチウムイオンを吸蔵・放出できる炭素材からなる負極と、非水電解液と、リチウム含有化合物からなる正極とを備え、上記非水電解液の溶媒に環状カーボネートと鎖状カーボネートを含むことを特徴とする非水電解液二次電池。
(2)電解液の溶媒成分である環状カーボネートにエチレンカーボネートを含んでいる特許請求の範囲第1項記載の非水電解液二次電池。
(3)電解液の溶媒成分である鎖状カーボネートに、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネートのうち少なくとも一つを含む特許請求の範囲第1項記載の非水電解液二次電池。」(特許請求の範囲第1〜3項)
(摘示2-2)「鎖状カーボネートも・・・メチルエチルカーボネートなどでも良く」(第3頁右下欄第5〜7行)

刊行物3:特開平5-13088号公報(同じく甲第3号証と同じ)
(摘示3-1)「【請求項1】 正負両極と、これら両極間に介装されたセパレータと、溶質及び溶媒からなる非水系電解液とを備えてなる非水系電解液電池において、前記溶媒が、環状炭酸エステルと非環状炭酸エステルとの混合溶媒であることを特徴とする非水系電解液電池。
・・・
【請求項3】 前記非環状炭酸エステルがジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、メチルエチルカーボネートよりなる群から選ばれた少なくとも1種の炭酸エステルである請求項1記載の非水系電解液電池。」(特許請求の範囲の請求項1、3)

刊行物4:特開平7-45304号公報(同じく甲第4号証と同じ)
(摘示4-1)「【請求項1】リチウムイオンを吸蔵放出する物質からなる正極と、リチウムイオンを吸蔵放出する炭素材料からなる負極と、有機電解液とから構成される有機電解液二次電池であって、電解液はエチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とメチルエチルカーボネート(MEC)との混合溶媒からなり、かつ、EC、DMCおよびMECの組成比率は、溶媒全体に対してそれぞれ30〜50vol%、10〜50vol%および10〜50vol%であることを特徴とする有機電解液二次電池。」(特許請求の範囲の請求項1)

刊行物5:特開平2-148665号公報
(摘示5-1)「リチウム塩を溶解させた溶媒からなるリチウム二次電池用電解液であって、前記溶媒が次式で示す鎖状炭酸エステル
R1-O-C-O-R2

O
(但しR1≠R2.R1,R2は炭素数1〜4のアルキル基)
を含むことを特徴とするリチウム二次電池用電解液。」(特許請求の範囲)
(摘示5-2)「R1=R2で炭素数1の炭酸ジメチルは構造的に対称(「対象」は「対称」の誤記と認められる。以下同じ。)性が良く、融点が0.5℃と高く、実際にリチウム二次電池の溶媒としては使い難い。また炭素数2の炭酸ジエチルは炭素数が多いだけ構造的自由度が高く融点も低くなるが逆に誘電率が低くなり、電解質の溶解度が低くなるため溶媒としては使い難い。・・・これらに対し、本発明の溶媒は炭酸ジメチル、炭酸ジエチルと同等以上のサイクル寿命を示し、かつ構造が非対称であるため、融点も低く、リチウム二次電池用の溶媒としては非常に有用である。」(第3頁右上欄第3〜15行)

刊行物6:特開平4-104468号公報
(摘示6-1)「(1)正極と、リチウムを活物質とする負極と、溶媒と溶質からなる非水系電解液とを備える電池であって、前記溶媒が、非対称(「非対象」は「非対称」の誤記と認められる。以下同じ。)の非環状炭酸エステルを含有していることを特徴とする非水系電解液電池。
(2)前記非対称の非環状炭酸エステルが、メチルエチル炭酸エステル、メチルプロピル炭酸エステル、エチルプロピル炭酸エステル、メチルブチル炭酸エステルからなる群より選択された少なくとも1種であることを特徴とする請求項(1)記載の非水系電解液電池。」(特許請求の範囲第1、2項)
(摘示6-2)「電解液の分解反応が生じやすく、これが種々の電池特性を劣化させる主因となっている・・・。しかしながら、溶媒に非対称の非環状炭酸エステルを用いると、保存特性に優れ、サイクル特性も良好な電池が得られることを知得し・・・。即ち、電解液の溶媒に非対称の非環状炭酸エステルを使用すると、それ自体化学的に安定であるため、分解反応が起こりにくくなる」(第2頁右上欄第19行〜左下欄第7行)

3-5.当審の判断
(1)明細書の記載不備について
記載不備に係る取消理由は、以下の(イ)、(ロ)である。
(イ)本件明細書の実施例及び比較例の記載を検討しても、非対称鎖状カーボネートを用いた本発明電池と、対称鎖状カーボネートを用いた比較電池との間で、電池特性に大きな差があるとは認められないから、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないか、又は、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確に記載されていないものである。
(ロ)Journal of Power Source ,Vol.68,No.2,(1997年10月発行) 第311〜315頁(異議申立人の提出した甲第5号証)の記載によると、非対称鎖状カーボネートと対称鎖状カーボネートはともにエステル交換反応を生じるものであるから、「メチルエチルカーボネートが炭素材料から成る負極表面上でエステル交換反応を起こすため、負極表面上に不動態皮膜が形成される。このため、保存特性やサイクル特性が低下するという課題を有していた。」(本件明細書【0004】)という、エステル交換反応に起因する課題は、メチルエチルカーボネート(非対称鎖状カーボネート)に特有のものではなく、対称鎖状カーボネートにもあてはまるものと解されるが、この点について、発明の詳細な説明は明確かつ十分に記載されていない。
まず、(ロ)について検討すると、上記文献には、MEC(メチルエチルカーボネート:非対称鎖状カーボネート)、DMC(ジメチルカーボネート:対称鎖状カーボネート)、DEC(ジエチルカーボネート:対称鎖状カーボネート)は、ともにエステル交換反応が生じることが記載されているが、エステル交換反応の副反応として、MECの場合には不動態皮膜形成反応が生じることは、記載も示唆もされてはいない。そして、上記2の訂正事項n、oにより、「比較電池X2〜X5」、「比較例2〜5」はそれぞれ「参考比較電池X2〜X5」、「参考比較例2〜5」に訂正されたが、MECには不動態皮膜形成反応が生じるのに対し、DMCやDECには不動態皮膜形成反応が生じないことは、溶媒にMECが添加されている比較電池X1と、溶媒にDMCが添加されている参考比較電池X3、及び、溶媒にDECが添加されている参考比較電池X5のそれぞれの高温保存後電池容量を対比することにより示されている。すなわち、比較電池X1(EC/MEC、VC:無し)の高温保存後電池容量は800mAh(表1参照)であるのに対し、参考比較電池X3(EC/DMC、VC:無し)と、参考比較電池X5(EC/DEC、VC:無し)の高温保存後電池容量はそれぞれ、1190mAh、1090mAh(表2参照)である。このように参考比較電池X3、X5の高温保存後電池容量が、比較電池X1のそれより優れているのは、参考比較電池X3、X5は、エステル交換反応が生じるものの、「負極表面上に不動態被膜が形成され、このため、保存特性が低下するという課題」(本件明細書【0004】)を有していないと推察することができる。
よって、エステル交換反応に起因する課題は、メチルエチルカーボネート(非対称鎖状カーボネート)に特有のものであって、この課題は、対称鎖状カーボネートにはあてはまらないと云えるから、(ロ)は、明細書の記載不備には該当しない。
次に、(イ)について検討すると、非対称鎖状カーボネートを用いた電池は、対称鎖状カーボネートを用いた電池と比較して、保存特性とサイクル特性に劣るという課題を有していたところ、本件発明はこの課題を解決したものであって、本発明電池は、対称鎖状カーボネートを用いた参考比較電池と同程度の電池特性を得ることができたものであると云えるから、本発明電池と、参考比較電池との間に大きな特性上の差がないことを指摘した(イ)は、明細書の記載不備には該当しない。

(2)進歩性について
(2-1)本件発明1について
刊行物1の摘示1-1には、カソードと、結晶度>0.8の炭素材料を含有するアノードと、高誘電定数を有する第1の溶媒及び低粘度を有する第2の溶媒を含む少なくとも2種の非プロトン性有機溶媒の混合物とリチウム塩からなる電解液とを含むリチウム蓄電池であって、前記電解液が、少なくとも1個の不飽和結合を含み且つ不動態化層を形成するためにリチウムよりも1V高い電位で前記アノードにおいて還元可能な、前記溶媒の少なくとも1種と同一種の可溶性化合物を更に含有する蓄電池が記載されており、摘示1-2によると、「少なくとも1個の不飽和結合を含み且つ不動態化層を形成するためにリチウムよりも1V高い電位で前記アノードにおいて還元可能な、前記溶媒の少なくとも1種と同一種の可溶性化合物」は、ビニレンカーボネートであって、溶媒混合物の0.01〜10重量%の割合で加えられるものである。そして、第1の溶媒は、摘示1-3によると、エチレンカーボネートであり、また、第2の溶媒は、摘示1-4によると、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート(対称鎖状カーボネートに相当)から選択されるものである。さらに、摘示1-5には、炭素材料の結晶度dgは、黒鉛面間距離d002(黒鉛の完全結晶では0.3354nm)から関係式dg=(0.344-d002)/0.0086により定義されることが記載されているから、摘示1-1の「結晶度>0.8」の条件を満たすd002を、(0.344-d002)/0.0086>0.8から求めると、d002<0.337nmとなり、結晶度>0.8の炭素材料は、d002<0.337nm(=3.37Å)の炭素材料であると云える。そして、摘示1-1の「第1の溶媒及び第2の溶媒を含む少なくとも2種の非プロトン性有機溶媒の混合物とリチウム塩からなる電解液」は、有機電解液であるから、これら摘示1-1〜1-5に記載される事項を本件発明1の記載ぶりに則って整理すると、刊行物1には、「カソードと、格子面(002)におけるd値(d002)が3.37Å未満の黒鉛系炭素材料を含有するアノードと、有機電解液とを備えるリチウム蓄電池において、前記有機電解液の溶媒として、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネートから選択される対称鎖状カーボネート(第2の溶媒)と、ビニレンカーボネートと、エチレンカーボネート(第1の溶媒)とが添加されており、且つ、前記ビニレンカーボネートの割合が、溶媒混合物の0.01〜10重量%であるリチウム蓄電池」の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されていると云える。
そこで、本件発明1と刊行物1発明を対比すると、刊行物1発明の「カソード」、「アノード」、「リチウム蓄電池」、「ビニレンカーボネート」は、それぞれ本件発明1の「正極」、「負極」、「リチウムイオン電池」、「化2に示す二重結合を有する環状カーボネート」に相当し、本件発明1の「化1に示す非対称鎖状カーボネート」及び刊行物1発明の「ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネートから選択される対称鎖状カーボネート」は、ともに「鎖状カーボネート」と云えるものであるから、両者は、「正極と、格子面(002)面におけるd値(d002 )が3.40Å未満の黒鉛系炭素材料を負極材料とする負極と、有機電解液とを備えるリチウムイオン電池において、前記有機電解液の溶媒として、鎖状カーボネートと、化2に示す二重結合を有する環状カーボネートと、エチレンカーボネートとが添加されているリチウムイオン電池」で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:鎖状カーボネートが、本件発明1は、「化1に示す非対称鎖状カーボネート」であるのに対し、刊行物1発明は、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネートから選択される対称鎖状カーボネートである点。
相違点2:二重結合を有する環状カーボネートの割合が、本件発明1は、二重結合を有する環状カーボネートを除く有機電解液に対して0.1〜5重量%であるのに対し、刊行物1発明は、溶媒混合物の0.01〜10重量%である点。

次に、相違点について検討する。
本件発明1は、「炭素材料〔特に、格子面(002)面におけるd値(d002 )が3.40Å未満の黒鉛系炭素材料〕を負極材料として用い、且つ、メチルエチルカーボネートを有機電解液の溶媒として用いた場合には、長期保存或いは充放電サイクルを繰り返した際、メチルエチルカーボネートが炭素材料から成る負極表面上でエステル交換反応を起こすため、負極表面上に不導体皮膜が形成される。このため、保存特性やサイクル特性が低下するという課題を有していた。」(本件明細書【0004】)という非対称鎖状カーボネートに特有の課題を解決するために、「非対称鎖状カーボネートの他に二重結合を有する環状カーボネートが有機電解液に添加されていれば、二重結合を有する環状カーボネートと炭素材料から成る負極とが優先的に反応して、負極表面に良質の皮膜(Li2 CO3 )が生成される。したがって、非対称鎖状カーボネートの存在に起因する負極表面上の不導体皮膜の形成が抑制されるので、保存特性やサイクル特性を向上させることができる。」(本件明細書【0009】参照)という、二重結合を有する環状カーボネートが有機電解液に添加されているという手段を、採用するものである。
これに対し、刊行物1発明は、「高結晶度の炭素材料を使用すると、炭素材料の剥離が観察され、現象の程度に従って多少の容量の不可逆的損失が生じる。剥離は、電解液中で溶媒分子により溶媒和されたリチウムイオンの挿入に主に起因する。これらの分子は黒鉛面間にリチウムイオンと同時に挿入し、材料の剥離をもたらす。」(摘示1-6参照)という課題を解決するために、ビニレンカーボネート(二重結合を有する環状カーボネート)が有機電解液の溶媒として添加されているという手段を採用することにより、「電池の初充電時に、電解液に加える可溶性化合物(ビニレンカーボネート)は、還元により、リチウム挿入前に炭素材料上に不動態化層を形成する。この層はリチウムイオンの周囲の溶媒分子の挿入を阻止する物理的バリヤーを構成する。従って、リチウムイオンは単独で炭素に侵入し、炭素材料の剥離が阻止される。」(摘示1-7参照)ものであるから、刊行物1には、非対称鎖状カーボネートに特有の上記本件発明1の課題、及び、ビニレンカーボネート(二重結合を有する環状カーボネート)が有機電解液の溶媒として添加されていることにより、上記非対称鎖状カーボネートに特有の上記課題を解決することは、記載も示唆もされていない。
また、刊行物2、3には、有機電解液(非水電解液)の溶媒の鎖状カーボネートとして、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート等の対称鎖状カーボネートと、メチルエチルカーボネート等の非対称鎖状カーボネートが用いられることが記載され、刊行物4には、ジメチルカーボネート(対称鎖状カーボネート)とメチルエチルカーボネート(非対称鎖状カーボネート)が併用された有機電解液も記載されている。
さらに、刊行物5の摘示5-1、及び、刊行物6の摘示6-1には、メチルエチルカーボネート等の非対称鎖状カーボネート(非対称鎖状炭酸エステル、非対称非環状炭酸エステル)が記載され、このような非対称鎖状カーボネートは、摘示5-2、6-2によると、ジメチルカーボネート(炭酸ジメチル)、ジエチルカーボネート(炭酸ジエチル)と同等以上のサイクル寿命を示し、かつ構造が非対称であるため、融点も低く、リチウムイオン電池(リチウム二次電池)用の溶媒としては非常に有用であり、また、それ自体化学的に安定であるため、分解反応が起こりにくいので、これを有機電解液の溶媒として用いると、保存特性に優れ、サイクル特性も良好な電池が得られるという優れた効果を奏するものである。
しかしながら、刊行物2〜6には、非対称鎖状カーボネートに特有の上記本件発明1の課題、及び、ビニレンカーボネート(二重結合を有する環状カーボネート)が有機電解液の溶媒として添加されていることにより、上記非対称鎖状カーボネートに特有の課題を解決することは、記載も示唆もされていない。
そうであれば、刊行物2〜6には、有機電解液の溶媒である鎖状カーボネートとして、対称や非対称のものが使用され、非対称のものはリチウムイオン電池用の溶媒として非常に有用であることが記載されているとしても、刊行物1〜6には記載のない非対称鎖状カーボネートに特有の上記問題点を解決するために、刊行物1発明において、対称鎖状カーボネートに代えて、非対称鎖状カーボネートを適用することは、当業者にとって容易であったということはできない。
よって、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項は、刊行物2〜6に記載される事項からは導くことができないから、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2-2)本件発明2〜5について
本件発明2〜5は、いずれも本件発明1をさらに特定するものであるから、「(2-1)本件発明1について」に記載したと同様の理由により、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

4.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては本件発明1〜5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
リチウムイオン電池
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 正極と、格子面(002)面におけるd値(d002)が3.40Å未満の黒鉛系炭素材料を負極材料とする負極と、有機電解液とを備えるリチウムイオン電池において、
前記有機電解液の溶媒(プロピレンカーボネートを除く)として、下記化1に示す非対称鎖状カーボネートと、下記化2に示す二重結合を有する環状カーボネートと、エチレンカーボネートとが添加されており、且つ、前記二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液に対する前記二重結合を有する環状カーボネートの割合が0.1〜5重量%であることを特徴とするリチウムイオン電池。
【化1】

〔但し、R1及びR2はアルキル基を表し、且つR1≠R2である。〕
【化2】

【請求項2】 前記化1におけるR1及びR2は、炭素数1〜3のアルキル基である、請求項1記載のリチウムイオン電池。
【請求項3】 前記非対称鎖状カーボネートの前記有機電解液中に占める割合が10〜80体積%である、請求項1又は2記載のリチウムイオン電池。
【請求項4】 前記非対称鎖状カーボネートがメチルエチルカーボネート又はメチルプロピルカーボネートであり、前記二重結合を有する環状カーボネートがビニレンカーボネートである、請求項1、2又は3記載のリチウムイオン電池。
【請求項5】 前記二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液中の前記エチレンカーボネートの割合が20〜90体積%である、請求項1、2、3又は4記載のリチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、リチウムイオン電池に係わり、詳しくは保存特性及びサイクル特性の改善を目的とした、有機電解液の改良に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】
近年、コークス、黒鉛等の炭素材料が、可撓性に優れること、樹枝状の電析リチウムの成長に因る内部短絡の虞れが無いことなどの理由から、従前の金属リチウムに代わるリチウムイオン電池の新しい負極材料として提案されている。
【0003】
このように、負極材料として炭素材料を用いた電池では、有機電解液の種類により電池特性が大きく変化することが知られている。この場合、有機電解液にメチルエチルカーボネート等の非対称鎖状カーボネートを用いると、初期特性を向上させることができる。
【0004】
しかしながら、炭素材料〔特に、格子面(002)面におけるd値(d002)が3.40Å未満の黒鉛系炭素材料〕を負極材料として用い、且つ、メチルエチルカーボネートを有機電解液の溶媒として用いた場合には、長期保存或いは充放電サイクルを繰り返した際、メチルエチルカーボネートが炭素材料から成る負極表面上でエステル交換反応を起こすため、負極表面上に不動態皮膜が形成される。このため、保存特性やサイクル特性が低下するという課題を有していた。
【0005】
本発明は、以上の事情に鑑みなされたものであって、初期特性を低下させることなく、保存特性とサイクル特性とを向上させることができるリチウムイオン電池を提供することを目的としている。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するための第1の態様の本発明に係るリチウムイオン電池は、正極と、格子面(002)面におけるd値(d002)が3.40Å未満の黒鉛系炭素材料を負極材料とする負極と、有機電解液とを備えるリチウムイオン電池において、
前記有機電解液の溶媒(プロピレンカーボネートを除く)として、下記化1に示す非対称鎖状カーボネートと、下記化2に示す二重結合を有する環状カーボネートと、エチレンカーボネートとが添加されており、且つ、前記二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液に対する前記二重結合を有する環状カーボネートの割合が0.1〜5重量%であることを特徴とする。
【0007】
【化1】

〔但し、R1及びR2はアルキル基を表し、且つR1≠R2である。〕
【0008】
【化2】

【0009】
上記構成の如く、非対称鎖状カーボネートの他に二重結合を有する環状カーボネートが有機電解液に添加されていれば、二重結合を有する環状カーボネートと炭素材料から成る負極とが優先的に反応して、負極表面に良質の皮膜(Li2CO3)が生成される。したがって、非対称鎖状カーボネートの存在に起因する負極表面上の不動態皮膜の形成が抑制されるので、保存特性やサイクル特性を向上させることができる。
また、二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液に対する前記二重結合を有する環状カーボネートの割合が0.1〜5重量%に規制されているので、二重結合を有する環状カーボネートの割合が少な過ぎることによる保存特性やサイクル特性の低下を招来せず、且つ、二重結合を有する環状カーボネートの割合が多過ぎる(非対称鎖状カーボネートが少な過ぎる)ことによる初期容量の低下を招来しない。
【0010】
更に、炭素材料のd002が3.40Å未満の結晶性の高い高容量の炭素材料を用いた場合には、エステル交換反応が特に生じ易くなるので、本発明の効果が十分に発揮される。かかる結晶性の高い炭素材料としては、天然黒鉛及び人造黒鉛等が例示される。
【0011】
また、第2の態様の本発明は、上記第1の態様の発明において、前記化1におけるR1及びR2は、炭素数1〜3のアルキル基であることを特徴とする。
このように、化1におけるR1及びR2が炭素数1〜3のアルキル基であれば、上記効果が一層発揮される。
【0012】
また、第3の態様の本発明は、上記第1または第2の態様の発明において、前記非対称鎖状カーボネートの前記有機電解液中に占める割合が10〜80体積%であることを特徴とする。
このように規制するのは、非対称鎖状カーボネートの有機電解液中に占める割合が10体積%未満では、添加効果が不十分であるため初期容量の低下を招来する一方、80体積%を超えた場合にも、やはり初期容量の低下を招来するからである。
【0013】
【0014】
【0015】
また、第4の態様の本発明は、上記第1、第2、または第3の態様の発明において、前記非対称鎖状カーボネートがメチルエチルカーボネート又はメチルプロピルカーボネートであり、前記二重結合を有する環状カーボネートがビニレンカーボネートであることを特徴とする。
但し、これらに限定するものではなく、その他、非対称鎖状カーボネートとしてはエチルプロピルカーボネート等が例示され、二重結合を有する環状カーボネートとしてはプロペンカーボネート等が例示される。
【0016】
また、第5の態様の本発明は、上記第1、第2、第3、または第4の態様の発明において、前記二重結合を有する環状カーボネートを除く前記有機電解液中の前記エチレンカーボネートの割合が20〜90体積%であることを特徴とする。
このように規制するのは、有機電解液中のエチレンカーボネートの割合が上記範囲を逸脱すると、高温保存後の電池容量や充放電サイクル後の電池容量が小さくなるからである。
【0017】
【発明の実施の形態】
本発明の実施の形態を、図1に基づいて、以下に説明する。
〔正極〕
正極活物質としてのLiCoO2と導電剤としての炭素とを重量比9:1で混合して得た混合物を、ポリフッ化ビニリデンの5重量%N-メチルピロリドン(NMP)溶液に分散させてスラリーを調製し、このスラリーをドクターブレード法にて正極集電体としてのアルミニウム箔の両面に塗布した後、150°Cで2時間真空乾燥して正極を作製した。
【0018】
〔負極〕
黒鉛粉末(d002=3.37Å)を結着剤としてのポリフッ化ビニリデンの5重量%NMP溶液に分散させてスラリーを調製し、このスラリーをドクターブレード法にて負極集電体としての銅箔の両面に塗布した後、150°Cで2時間真空乾燥して負極を作製した。
【0019】
〔有機電解液〕
体積混合比率が30:70の割合で混合したエチレンカーボネート(EC)とメチルエチルカーボネート(MEC)に、エチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとの総重量に対してビニレンカーボネート(VC)を1重量%の割合で添加して混合溶媒を作製し、更に、LiPF6を1M(モル/リットル)の割合で溶かして有機電解液を調製した。
【0020】
〔電池の作製〕
以上の正負両極及び有機電解液を用いて本発明電池(円筒形で、直径:18mm、高さ:65mm)を作製した。なお、セパレータとしては、ポリプロピレン製の微多孔膜を使用し、これに先の有機電解液を含浸させた。
【0021】
図1は作製した本発明電池を模式的に示す断面図であり、図示の本発明電池は、正極1、負極2、これら両電極を離間するセパレータ3、正極リード4、負極リード5、正極外部端子6、負極缶7などからなる。正極1及び負極2は、非水系電解液を注入されたセパレータ3を介して渦巻き状に巻き取られた状態で負極缶7内に収容されており、正極1は正極リード4を介して正極外部端子6に、また負極2は負極リード5を介して負極缶7に接続され、電池内部で生じた化学エネルギーを電気エネルギーとして外部へ取り出し得るようになっている。
【0022】
尚、本発明は、炭素材料を負極材料として用いた場合に問題となっていた負極表面上でのエステル交換反応を、当該有機電解液に二重結合を有する環状カーボネートを含有せしめることによって抑制し、もって保存特性及びサイクル特性の改善を実現したものである。それゆえ、正極材料、有機電解液の溶質などについては従来リチウムイオン電池用として提案され、或いは実用されている種々の材料を特に制限なく用いることが可能である。
【0023】
正極材料(活物質)としては、上記LiCoO2の他に、LiNiO2、LiMnO2、LiFeO2が例示され、また非水系電解液の溶質としては、上記LiPF6の他に、LiClO4、LiCF3SO3が例示される。
【0024】
【実施例】
〔第1実施例〕
(実施例1)
実施例1としては、上記発明の実施の形態に示す電池を用いた。
このようにして作製した電池を、以下、本発明電池A1と称する。
【0025】
(実施例2〜5)
ビニレンカーボネートの添加割合を、各々0.05重量%、0.1重量%、5重量%及び10重量%とする他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、それぞれ本発明電池A3〜A4、及び参考電池A2、A5と称する。
【0026】
(比較例1)
ビニレンカーボネートを添加しない他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、比較電池X1と称する。
【0027】
(実験1)
これらの電池A1〜A5及び比較電池X1について、初期の電池容量、高温保存後(60℃で20日間)の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表1に示す。尚、充放電条件を下記に示す。
充電条件:所定の電流で充電終止電圧4.1Vまで充電した後、電圧を4.1Vに維持しつつ電流値を徐々に低下させ、電流値が27mAになった時点で充電を終了した。但し、3時間経過しても電流値が27mAを超えている場合には3時間で充電を終了した。
放電条件:所定の電流で放電終止電圧2.75Vまで放電した。
【0028】
【表1】

【0029】
表1から明らかなように、電池A1〜A5は比較電池X1に比べて、初期容量は略同等であるが、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量は格段に大きくなっていることが認められる。したがって、有機電解液の溶媒にビニレンカーボネートを含有させることが望ましいことを確認できる。
【0030】
ただし、ビニレンカーボネートを除く有機電解液に対するビニレンカーボネートの割合(以下、単にビニレンカーボネートの割合と略する)が0.1重量%未満の参考電池A2及びビニレンカーボネートの割合が5重量%を超える参考電池A5は、ビニレンカーボネートの割合が0.1〜5重量%の本発明電池A1、A3、A4に比べて高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が若干小さくなることが認められる。したがって、ビニレンカーボネートの割合は、0.1〜5重量%であることが望ましい。
【0031】
(参考比較例2)
メチルエチルカーボネートの代わりにジメチルカーボネート(DMC)を用いる他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、参考比較電池X2と称する。
【0032】
(参考比較例3)
ビニレンカーボネートを添加しない他は、上記参考比較例2と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、参考比較電池X3と称する。
【0033】
(参考比較例4)
メチルエチルカーボネートの代わりにジエチルカーボネート(DEC)を用いる他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、参考比較電池X4と称する。
【0034】
(参考比較例5)
ビニレンカーボネートを添加しない他は、上記参考比較例4と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、参考比較電池X5と称する。
【0035】
(実験2)
上記参考比較電池X2〜X5について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表2に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、比較の容易のために、本発明電池A1の結果についても表2に併せて示す。
【0036】
【表2】

【0037】
表2から明らかなように、参考比較電池X2、X4は、参考比較電池X3、X5に比べれば、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっているが、本発明電池A1に比べると両電池容量とも小さいことが認められる。したがって、メチルエチルカーボネート等の非対称鎖状カーボネートの代わりにジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート等の対称鎖状カーボネートを用いた場合には、本発明の効果は十分に発揮されないことが確認できる。
【0038】
(実施例6)
有機電解液として、体積混合比率が30:40:30の割合で混合したエチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとジメチルカーボネートに、これらの総重量に対してビニレンカーボネートを1重量%の割合で添加したものを用いる他は、前記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、本発明電池A6と称する。
【0039】
(比較例6)
ビニレンカーボネートを添加しない他は、上記実施例6と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、比較電池X6と称する。
【0040】
(実験3)
上記本発明電池A6及び比較電池X6について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表3に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、比較の容易のために、本発明電池A1の結果についても表3に併せて示す。
【0041】
【表3】

【0042】
表3から明らかなように、本発明電池A6は、比較電池X6に比べて、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっており、本発明電池A1と略同等の性能を有することが認められる。したがって、有機電解液にジメチルカーボネート等の対称鎖状カーボネートを含んでいても、メチルエチルカーボネート等の非対称鎖状カーボネートを含んでいれば、本発明の効果は十分に発揮されることが確認できる。
【0043】
(実施例7〜13)
エチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとの体積比率を、それぞれ10:90、20:80、50:50、70:30、80:20、90:10、95:5とする他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、それぞれ本発明電池A7〜A13と称する。
【0044】
(実験4)
上記本発明電池A7〜A13について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表4に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、本発明電池A1の結果についても表4に併せて示す。
【0045】
【表4】

【0046】
表4から明らかなように、本発明電池A1、A8〜A12は、本発明電池A7、A13に比べて、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっていることが認められる。したがって、エチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとの体積比率は、20:80〜90:10であることが望ましいことを確認できる。
【0047】
(実施例14)
負極材料として、格子面(002)面におけるd値(d002)が3.35Åの黒鉛系炭素材料を用いた他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、本発明電池A14と称する。
【0048】
(比較例7、8)
負極材料として、格子面(002)面におけるd値(d002)がそれぞれ3.40Å、3.45Åの黒鉛系炭素材料を用いた他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、それぞれ比較電池X7、X8と称する。
【0049】
(実験5)
上記本発明電池A14及び比較電池X7、X8について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表5に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、本発明電池A1の結果についても表5に併せて示す。
【0050】
【表5】

【0051】
表5から明らかなように、本発明電池A1、A14は、比較電池X7、X8に比べて、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっていることが認められる。したがって、格子面(002)面におけるd値(d002)は、3.40Å未満であることが望ましいことを確認できる。
【0052】
〔第2実施例〕
(実施例1)
メチルエチルカーボネートの代わりに、メチルプロピルカーボネート(MPC)を用いる他は、前記第1実施例の実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、本発明電池B1と称する。
【0053】
(実施例2〜5)
ビニレンカーボネートの添加割合を、各々0.05重量%、0.1重量%、5重量%及び10重量%とする他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、それぞれ本発明電池B3〜B4、及び参考電池B2、B5と称する。
【0054】
(比較例1)
ビニレンカーボネートを添加しない他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、比較電池Y1と称する。
【0055】
(実験1)
これらの電池B1〜B5及び比較電池Y1について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表6に示す。尚、充放電条件は前記第1実施例の実験1と同様の条件である。
【0056】
【表6】

【0057】
表6から明らかなように、電池B1〜B5は比較電池Y1に比べて、初期容量は略同等であるが、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量は格段に大きくなっていることが認められる。したがって、有機電解液の溶媒にビニレンカーボネートを含有させることが望ましいことが確認できる。
【0058】
ただし、ビニレンカーボネートを除く有機電解液に対するビニレンカーボネートの割合(以下、単にビニレンカーボネートの割合と略する)が0.1重量%未満の参考電池B2及びビニレンカーボネートの割合が5重量%を超える参考電池B5は、ビニレンカーボネートの割合が0.1〜5重量%の本発明電池B1、B3、B4に比べて高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が若干小さくなることが認められる。したがって、ビニレンカーボネートの割合は、0.1〜5重量%であることが望ましい。
【0059】
(実施例6)
有機電解液として、体積混合比率が30:40:30の割合で混合したエチレンカーボネートとメチルプロピルカーボネートとジメチルカーボネートに、これらの総重量に対してビニレンカーボネートを1重量%の割合で添加したものを用いる他は、前記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、本発明電池B6と称する。
【0060】
(比較例2)
ビニレンカーボネートを添加しない他は、上記実施例6と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、比較電池Y2と称する。
【0061】
(実験3)
上記本発明電池B6及び比較電池Y2について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表7に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、比較の容易のために、本発明電池B1の結果についても表7に併せて示す。
【0062】
【表7】

【0063】
表7から明らかなように、本発明電池B6は、比較電池Y2に比べて、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっており、本発明電池B1と略同等の性能を有することが認められる。したがって、有機電解液にジメチルカーボネート等の対称鎖状カーボネートを含んでいても、メチルプロピルカーボネート等の非対称鎖状カーボネートを含んでいれば、本発明の効果は十分に発揮されることが確認できる。
【0064】
(実施例7〜13)
エチレンカーボネートとメチルプロピルカーボネートとの体積比率を、それぞれ10:90、20:80、50:50、70:30、80:20、90:10、95:5とする他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、それぞれ本発明電池B7〜B13と称する。
【0065】
(実験4)
上記本発明電池B7〜B13について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表8に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、本発明電池B1の結果についても表8に併せて示す。
【0066】
【表8】

【0067】
表8から明らかなように、本発明電池B1、B8〜B12は、本発明電池B7、B13に比べて、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっていることが認められる。したがって、エチレンカーボネートとメチルプロピルカーボネートとの体積比率は、20:80〜90:10であることが望ましいことを確認できる。
【0068】
(実施例14)
負極材料として、格子面(002)面におけるd値(d002)が3.35Åの黒鉛系炭素材料を用いた他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、本発明電池B14と称する。
【0069】
(比較例3、4)
負極材料として、格子面(002)面におけるd値(d002)がそれぞれ3.40Å、3.45Åの黒鉛系炭素材料を用いた他は、上記実施例1と同様にして電池を作製した。
このようにして作製した電池を、以下、それぞれ比較電池Y3、Y4と称する。
【0070】
(実験5)
上記本発明電池B14及び比較電池Y3、Y4について、初期の電池容量、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量を調べたので、それらの結果を表9に示す。尚、充放電条件は前記実験1と同様の条件である。また、本発明電池B1の結果についても表9に併せて示す。
【0071】
【表9】

【0072】
表9から明らかなように、本発明電池B1、B14は、比較電池Y3、Y4に比べて、高温保存後の電池容量、及び500サイクル充放電した後の電池容量が大きくなっていることが認められる。したがって、格子面(002)面におけるd値(d002)は、3.40Å未満であることが望ましいことを確認できる。
【0073】
【発明の効果】
以上説明したように本発明によれば、負極表面上に不動態皮膜が形成されるのを抑制することができるので、初期特性を低下させることなく、保存特性とサイクル特性とを飛躍的に向上させることができるといった優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明電池の断面図である。
【符号の説明】
1 正極
2 負極
3 セパレータ
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-09-29 
出願番号 特願平9-347778
審決分類 P 1 651・ 121- YA (H01M)
P 1 651・ 536- YA (H01M)
P 1 651・ 537- YA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 天野 斉  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 吉水 純子
酒井 美知子
登録日 2002-07-26 
登録番号 特許第3332834号(P3332834)
権利者 三洋電機株式会社
発明の名称 リチウムイオン電池  
代理人 大前 要  
代理人 祢宜元 邦夫  
代理人 大前 要  

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