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審決分類 |
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 訂正を認める。無効としない H01F 審判 全部無効 2項進歩性 訂正を認める。無効としない H01F |
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管理番号 | 1113864 |
審判番号 | 無効2003-35244 |
総通号数 | 65 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1993-05-18 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2003-06-16 |
確定日 | 2004-07-23 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第2895670号発明「鉄損の低い方向性電磁鋼板及びその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
I.手続の経緯 本件特許第2895670号の請求項1及び2に係る発明は、平成3年10月24日に特許出願され、平成11年3月5日にその特許の設定登録がなされたものである。 これに対して、新日本製鐵株式会社から平成15年6月16日付けで請求項1及び2に係る発明の特許について無効審判の請求がなされたところ、本件手続の経緯は、次のとおりである。 審判請求書 平成15年6月16日 答弁書 平成15年9月5日 訂正請求書 平成15年9月5日 弁駁書 平成15年11月17日 口頭審理陳述要領書(請求人) 平成16年2月6日 口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成16年2月6日 口頭審理 平成16年2月6日 上申書(請求人) 平成16年3月4日 上申書(被請求人) 平成16年4月5日 II.訂正の適否 1.訂正の内容 平成15年9月5日付け訂正請求の内容は、本件特許明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに、すなわち訂正事項a乃至iのとおりに訂正するものである。 (1)訂正事項a:請求項1の「圧延方向と交差する向きに線状溝」を「圧延方向と交差する向きにエッチングによる線状溝」と、「1/2以上」を「5/8以上」と、それぞれ訂正する。 (2)訂正事項b:請求項2の「鋼板対する」を「鋼板に対する」と訂正する。 (3)訂正事項c:特許明細書の段落【0007】の「圧延方向と交差する向きに線状溝」を「圧延方向と交差する向きにエッチングによる線状溝」と、「1/2以上」を「5/8以上」と、それぞれ訂正する。 (4)訂正事項d:特許明細書の段落【0008】の「鋼板対する」を「鋼板に対する」と訂正する。 (5)訂正事項e:特許明細書の段落【0012】の「D1/D0が1/2以上」を「D1/D0が5/8以上」と、「D1/D0を1/2以上」を「D1/D0を5/8(0.625)以上」と、それぞれ訂正する。 (6)訂正事項f:特許明細書の段落【0015】及び【0018】のそれぞれの「D1/D0≧1/2」を「D1/D0≧5/8」と訂正する。 (7)訂正事項g:特許明細書の段落【0022】の表1中の第4番目の「適合例」を「比較例」と訂正する。 (8)訂正事項h:特許明細書の段落【0027】の表3中の第4番目の「適合例」を「比較例」と訂正する。 (9)訂正事項i:特許明細書の段落【0029】の表4中の第2番目と第4番目の「適合例」をそれぞれ「比較例」と訂正する。 2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否 訂正事項aは、請求項1の「線状溝」を「エッチングによる線状溝」と特定すると共に、「1/2以上」を「5/8以上」とするものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当し、また、訂正事項b及びdは、「鋼板対する」を「鋼板に対する」とするものであるから、誤記の訂正に該当する。さらに、訂正事項c、e乃至iは、請求項1の減縮に伴って特許明細書の記載を整合させるためのものであるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。 そして、これら訂正は、特許明細書に記載した事項の範囲内でなされたものであるから新規事項の追加に該当せず、また当該訂正によって実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。 3.むすび したがって、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号、以下「平成6年改正法」という)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第134条第2項ただし書に適合し、平成15年改正前の特許法第134条第5項で準用する平成6年改正法による改正前の第126条第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。 III.本件訂正後の特許発明 本件無効審判請求の対象となった請求項1及び2に係る発明については、上記訂正を認容することができるから、本件訂正後の発明は、訂正された請求項1及び2に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件訂正発明1及び2」という)。 「【請求項1】圧延方向と交差する向きにエッチングによる線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の方向性電磁鋼板であって、該線状溝の断面形状が、溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内で、かつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上であることを特徴とする鉄損の低い方向性電磁鋼板。 【請求項2】方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回又は中間焼鈍をはさむ2回以上の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前又は最終仕上げ焼鈍後に、エッチング処理によって鋼板表面に線状溝を導入するに当たり、エッチング液の鋼板に対する相対流速を0.1m/s以上とすることを特徴とする鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法。」 IV.請求人の主張と証拠方法 1.請求人の主張 請求人は、証拠方法として下記2.の証拠を提出して、本件発明1及び本件発明2について、次のとおり主張している。 (1)本件発明1は、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明であるか、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 (2)本件発明2は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 2.証拠の記載事項 甲第1号証乃至甲第6号証と口頭審理後に提出された甲第7号証乃至甲第9号証には、それぞれ次の事項が記載されている。 (1)甲第1号証:特開昭62-86175号公報 (1a)「1.絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼帯の表面に多数の痕跡を形成し、しかるのち酸液で上記痕跡部の地鉄をエッチング後、絶縁皮膜を再塗布する方向性電磁鋼板の処理方法において、上記痕跡形成工程に引続いて酸液のスプレーノズルを多数配置すると共にスプレー後の酸液を循環使用する如く構成し、通板速度一定のもとで痕跡形成及びエッチングを連続的に行ない、上記酸液の循環使用によるエッチング能の変化に伴ない上記スプレーノズルの使用本数を選択することを特徴とする、方向性電磁鋼板の処理方法。」(特許請求の範囲) (1b)「したがって、本発明の主目的は、酸液のエッチング能が次第に低下しても、一方向性電磁鋼帯の通板速度を遅くすることなく、つまり通板速度を常に一定にして、レーザービーム照射条件及び皮膜焼付条件等を一定に保ちつつ、効率よく酸洗処理を行なうところにある。」(第2頁右上欄第19行乃至左下欄第4行) (1c)「レーザービーム照射装置2でのレーザー痕跡の形成は圧延方向に対して直角方向が良く、又痕跡は線状でも点状でも良い。・・・点状の場合には、点と点の間隔は0.7mm以下が望ましい。」(第2頁右下欄第11行乃至第15行) (1d)「本発明の特徴は上記の説明からも明らかな如く、通板速度を終始一定にして、レーザービーム照射装置2での痕跡形成条件並びに皮膜焼付条件等を一定にするところにある。そして例えばエッチング装置3でスプレーノズル8群から鋼帯Sにスプレーされた硝酸溶液の循環使用につれて鉄分が増加してエッチング能が低下して痕跡内の地鉄の溶解深さが所望値よりも浅くなってくると、硝酸溶液中の鉄分濃度の検出により又は製品サンプルの溶解深さの測定値により、バルブ9を操作して使用するスプレーノズル8の本数を通板方向に増加して痕跡内の地鉄の溶解深さを一定に保つものである。」(第3頁右上欄第2行乃至第14行) (1e)「(実施例) 本発明の実施例 張力絶縁皮膜(5g/m2)を有する高磁束密度一方向性電磁鋼帯(板厚0.23mm)を第1図に示したラインに通して表面をYAGレーザー照射処理して地鉄露出部(皮膜除去部)を形成させ、次いで多数列の硝酸スプレーを有するエッチング装置で地鉄露出部のエッチングを行ない、引続いて水洗、乾燥後地鉄露出部を補修するため張力絶縁皮膜(2g/m2)処理を行なう。 レーザー照射条件及びエッチング条件は次のとおり。 (1)ラインスピード 40m/min一定 (2)レーザー照射条件 (a)照射面:片面照射 (b)エネルギー密度:2mj/mm2(c)レーザー痕跡:(第3図参照) ・点状痕跡径0.2〜0.3mm ・点状痕跡C方向0.5mm 中心間距離 ・痕跡列L方向間隙5mm (3)エッチング条件 (a)エッチング方式:スプレー方式 (b)スプレー列数 :20列 (c)酸液 :硝酸濃度60wt%温度40℃ (d)スプレー処理時間:30sec以上 (e)エッチング深さ :25μ」(第3頁右下欄第2行乃至第4頁左上欄第8行) (1f)「しかも、本発明の如き特殊なエッチングに対しては、スプレー法では浸漬方式と異なりエッチング時痕跡からの気泡が洗い流され、又痕跡に絶えず新鮮な酸液の供給が可能となり、第2図に示す如く酸洗時間の短縮が計られるものである。」(第3頁左下欄第1行乃至第5行) (1g)「この様に処理した電磁鋼板を歪取り焼鈍(800℃×2hr in N2雰囲気)し、鉄損を測定した結果を第4図に併記した。鉄損測定は単板磁気測定器による。 これから判る様に、安定したエッチング深さが得られ、その結果極めて高位に安定した鉄損値が得られている。」(第4頁左上欄第13行乃至第19行) (2)甲第2号証:特開平1-279711号公報 (2a)「1.6.5%までの珪素を含有する珪素鋼ストリップの永久磁区微細化方法において、 (a)前記ストリップに最終高温焼きなまし処理を施し、 (b)前記ストリップの表面にガラス皮膜を施し、 (c)前記ストリップの少なくとも1面に約5〜20mmの間隔をもつ平行な、ストリップ表面が露出した幅約0.05〜3mmの線状領域をつくり、 且つ (d)浴中で前記線状領域を電気エッチングしてガラス表面より下の深さを約0.012〜0.075mmへ増加することを特徴とする珪素鋼ストリップの永久磁区微細化方法。」(特許請求の範囲) (2b)「応力除去焼きなまし後も持続する磁区微細化は通常の工業的ラインスピードでは従来得ることはできなかった。本発明は約30m/分(100フィート/分)以上のラインスピード、通常約90m/分(300フィート/分)のラインスピードで操作できる操作を使用して応力除去焼きなまし後に8〜10%の鉄損改善値を提供する。」(第3頁右上欄第17行乃至左下欄第3行) (3)甲第3号証:特開昭62-67114号公報 (3a)「1.仕上げ焼鈍済又は仕上焼鈍後絶縁被膜処理した電磁鋼板を50〜500℃の温度範囲で押圧により凹部を形成し、次いで750℃以上の温度で熱処理することを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。 2.電磁鋼板に70〜220kg/mm2の平均荷重で凹部加工を行う第1項記載の方法。 3.電磁鋼板に、圧延方向に対し、直角から45°の範囲内で、間隔が圧延方向に1〜20mm、巾が10〜300μm、地鉄部分の深さが5μm以上の凹部を形成する第1項記載の方法。」(特許請求の範囲第1項乃至第3項) (3b)「本発明は特に押圧によって凹部を形成する際、例えば前記特願昭59-236974号で記載している押圧加工法などで溝を形成する際に発生する双晶及び被膜の劣化を防止する事によって鋼板の品質向上を図ることを狙いとするものである。」(第2頁左上欄第11行乃至第15行) (3c)「従ってこの鋼板に局部加工を加えると歪みが導入されることはもとよりであるが常温においては双晶が発生し被膜の劣化を招き歪取焼鈍後の磁気特性の向上率も低い。発明者等はこれを解決するために種々検討した結果鋼板の温度を高めて加工する事が最も効果的である事を見い出した。」(第2頁左下欄第4行乃至第10行) (3d)「以下本発明を詳細に説明する。 Si4%以下を含むスラブを加熱し、中間板厚まで熱間圧延し、必要に応じてこの段階で熱処理を行ない一回或いは中間焼鈍をはさむ二回の冷間圧延を行なって最終板厚にし、得られた冷延板を脱炭焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布した後高温長時間の仕上げ焼鈍を施し・・・焼付けた鋼板に応力印加部分の平均荷重・・・が70〜220kg/mm2である加工を加える。」(第2頁右上欄第9行乃至左下欄第1行) (3e)第3頁左下欄には、「実施例1」に関する記載として、「Si:3.2%を含む板厚0.23mmの高磁束密度一方向性電磁鋼板製品(張力コーティング付)に・・・刃先形状平坦、刃の傾が歯車軸方向に対して15度である歯車型ロールにより荷重150kg/mm2で破線状の凹部を形成して歪導入を行なった。」(第3頁左下欄第12行乃至第18行)と記載されている。 (3f)「第3図は歪取焼鈍後の鋼板表面層に生成した微細再結晶粒をみたものである。同図(a)は加工時の鋼板温度が約300℃であり同図(b)は室温である。」(第2頁右下欄第8行乃至第10行) (3g)第6頁の図3(a)には、鋼板の溝形状の断面写真(×200)が示されている。 (4)甲第4号証:特開昭62-86182号公報 (4a)「1.絶縁皮膜を有する一方向性電磁鋼帯の表面に多数の皮膜除去部を形成し、しかるのちエッチングにより上記皮膜除去部の地鉄を除去する方法において、上記のエッチングに硝酸溶液のスプレー法を用いることにより均一な地鉄除去深さを得ることを特徴とする、一方向性電磁鋼帯の処理方法。」(特許請求の範囲) (4b)「本発明者らはこの浸漬酸洗法を用いて、予じめレ一ザービーム照射により多数の皮膜除去部が形成された一方向性電磁鋼帯をエッチングすることにつき種々実験した結果、一方向性電磁鋼帯の長さ方向及び巾方向で、又はコイル間で鉄損特性にバラツキが生じることが判った。 この理由を詳細に検討した結果、鉄損特性のばらつきは皮膜除去部の地鉄除去深さのバラツキが原因しており、更にこの地鉄除去深さにバラツキが生じる原因について鋭意検討した所、大略次のことが判った。 即ち、最良の鉄損特性を得るための条件としては、皮膜の除去を巾状又は点状の微小部分で行なうことであり、この微小皮膜除去部の巾或いは径は0.05〜0.5mm以下、地鉄除去深さは0.005〜0.1mmの範囲が望ましい。・・・而してかかる微小な地鉄除去のための地鉄のエッチングを浸漬酸洗法により行なうと、微小な地鉄除去部から気泡が激しく発生して酸液と各地鉄との接触が均一に行われないため地鉄の除去が安定せず、この結果、特に鋼帯の長さ方向及び巾方向で地鉄除去深さにバラツキが生じるものである。」(第2頁左上欄最下行乃至左下欄第4行) (4c)「レーザービーム照射装置2でのレーザー痕跡の形成は圧延方向に対して直角方向が最も良く又痕跡は線状でも点状でも良く詳細は前述のとおりである。」(第2頁右下欄第16行乃至第19行) (4d)「(実施例) 本発明の実施例 張力絶縁皮膜(5g/m2)を有する高磁束密度一方向性電磁鋼帯(板厚0.23m/m)の10tonコイルを・・・第1図に示したラインに通して表面をYAGレーザー照射処理して地鉄露出部(皮膜除去部)を形成させ、次いで多数列の硝酸スプレーを有するエッチング装置で地鉄露出部のエッチングを行ない、引続いて水洗、乾燥後地鉄露出部を補修するため張力絶縁皮膜(2g/m2)処理を行った。レーザー照射条件及びエッチング条件は次のとおり。 (1)レーザー照射条件 (a)照射面:片面照射 (b)エネルギー密度:2mj/mm2(c)レーザー痕跡:(第2図参照) ・点状痕跡径0.2〜0.3mm ・点状痕跡C方向0.5mm 中心間距離 ・痕跡列L方向間隙5mm (2)エッチング条件 (a)エッチング方式 :スプレー方式 (b)エッチング液 :硝酸濃度60wt%、温度40℃ (c)スプレー列数 :20列 (d)スプレー処理時間:30sec (e)エッチング深さ :25μ」(第3頁左下欄第11行乃至右下欄第17行) (4e)「本発明、実施例及び比較例におけるレーザー照射処理面の写真を第2図に示す。 第3図は本発明実施例におけるスプレーエッチング後の表面プロフィルを示したものである。この第3図からも判る様に、本発明により均一なエッチング面が得られている。」(第4頁左上欄第6行乃至第11行)と記載され、第5頁の第3図には、エッチングした一方向性電磁鋼板の表面プロフィルが図示されている。 (5)甲第5号証:特開昭63-76819号公報 (5a)「4.重量で2.0〜4.5%のSiを含有するけい素鋼スラブを、熱間圧延し、ついで1回または中間焼鈍をはさむ2回の冷間圧延を施して最終板厚としたのち、脱炭・1次再結晶焼鈍を施し、その後鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を施してフォルステライト被膜付きの方向性電磁鋼板としたのち、・・・ついで電解または化学エッチングを施して地鉄に線状の溝を形成させることから成る、低鉄損方向性電磁鋼板の製造方法。」(第1頁乃至第2頁の特許請求の範囲第4項) (5b)「ところで巻鉄心は通常、鉄心成形後、加工歪を除くため700〜900℃程度で歪取り焼鈍が施されるが、場合によっては局所的に1000℃以上の高温になることも予想され、したがって1000℃以上の高温焼鈍で特性が劣化する材料は巻鉄心用材料としては信頼性に欠ける。 また鋼板をひっかいたりナイフ等でけがきを導入した場合にはけがき周辺に激しい凹凸やカエリを生じ、鋼板積層時に占積率の劣化を招くという問題もある。 この発明は上記の問題を有利に解決するもので、従来材に比べ、800℃程度の通常の歪取り焼鈍後の鉄損特性に優れるのはいうまでもなく、たとえ1000℃以上での高温焼鈍を施した場合であっても鉄損特性の劣化を招くことがない低鉄損方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。」(第3頁右下欄第9行乃至第4頁左上欄第5行) (5c)「次に上述のようにして局所的に被膜を除去した鋼板にエッチングすなわち電解エッチングや酸洗などの化学エッチングを施して地鉄に線状の溝を形成する。形成する溝の深さは100μm以下が好適である。かかる溝の形状は連続した直線だけでなく非連続な直線あるいは曲線状であってもかまわないのは前述したとおりである。かかる溝の形成方法としては、エッチング以外の方法でもかまわないが,溝形成部に凹凸を生じないこと、歪取り焼鈍時に微細再結晶粒群をもたらすような歪を導入しないことを考慮すると、電解エッチングや化学エッチングが適している。」(第8頁右下欄第3行乃至第14行) (5d)「なお溝形成部に凹凸やカエリは見られなかった。」(第9頁左下欄第19行乃至第20行) (6)甲第6号証:解析証明書 甲第3号証(特開昭62-67114号公報)の第3図(a)及び甲第4号証(特開昭62-86182号公報)の図3に記載されている「溝形状」についての解析証明書である。 (口頭審理後に提出された証拠) (7)甲第7号証:「ASM INTERNATIONAL」1987年10月発行、第7頁乃至第8頁(訳文) (7a)「図18にはフォトエッチング法により作製した深い溝、および、浅い孔(ピット)の集合体による磁区細分化の効果が示されている。深い溝だけでなく、浅い孔の集合体も多数の反転副磁区[生成]の核[となる]サイトを形成している。これらの副磁区は磁化過程に寄与すると期待される。実機適用法のひとつとして、フォトエッチしたピットの効果について述べる。 試料は、高透磁率の3%Si-Fe方向性電磁鋼板である。厚さは0.20mmである。これらの表面の[絶縁]被膜とグラス[被膜]を部分的に除去するため、YAGパルスレーザーを試料に照射した。典型的なスポット径は直径0.3mmで、スポット同士の間隔は0.3mm、スポット線の間隔は5mmである。」(訳文第1頁) (7b)図18(c)には、溝の断面プロファイルが図示され、図19(b)には、化学エッチング後の断面プロファイルが図示されている。 (8)甲第8号証:甲第7号証の図18(c)及び図19(b)の解析結果が記載されている。 (9)甲第9号証:「鋼材の強制冷却」(社)日本鉄鋼協会発行、昭和53年、第2頁乃至第6頁 ・鋼材のスプレー冷却の条件に関し、溶滴速度が「10〜30m/s」、「10〜35m/s」及び「44m/s」の例が開示されている。 V.被請求人の反論と証拠方法 1.被請求人の反論 被請求人は、本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とするとの審決を求め、本件訂正発明1及び本件訂正発明2に係る特許には、請求人が主張するような無効理由は存在しないと主張している。 2.証拠方法 被請求人がこれまでに提出した証拠方法は、次のとおりである。 乙第1号証:特公昭61-15960号公報 乙第2号証:特公昭62-53579号公報 乙第3号証:本件特許発明の方向性電磁鋼板に形成した線状溝の断面拡大写真、図1(a)、(b)、及び(c)と、図1(a)において、その溝側壁部と板厚方向とのなす角度を測定した例が図2として示されている。 VI.当審の判断 1.本件訂正発明1について (1)新規性について (1-1)甲第3号証について 甲第3号証の上記(3a)には、「仕上げ焼鈍済又は仕上焼鈍後絶縁被膜処理した電磁鋼板を50〜500℃の温度範囲で押圧により凹部を形成し、次いで750℃以上の温度で熱処理することを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。」と記載されているが、この記載の「50〜500℃の温度範囲で押圧により凹部を形成し」については、実施例1の上記(3e)に「歯車型ロールにより荷重150kg/mm2で破線状の凹部を形成して」と記載され、その他の実施例2及び3にも、「歯車型ロールにより」と記載されているから、甲第3号証の製造方法によって得られた「鉄損の低い方向性電磁鋼板」は、「50〜500℃の温度範囲で歯車型ロールによる破線状溝を有する最終仕上げ焼鈍済の方向性電磁鋼板」であると云える。そして、この「破線状溝」は、上記(3a)の「電磁鋼板に、圧延方向に対し、直角から45°の範囲内で、・・・深さが5μm以上の凹部を形成する第1項記載の方法」という記載から、「圧延方向と交差する向きに」深さが5μm以上の凹部に形成されたものであることも明らかであり、また、凹部(溝)の平面視形状についても、甲第3号証に「凹部の平面視形状は線状、点線状又は破線状でも良い。」(第3頁右上欄第4行乃至第5行)と記載されているから、これら記載を本件訂正発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第3号証には、「圧延方向と交差する向きに50〜500℃の温度範囲で押圧による深さが5μm以上の線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の鉄損の低い方向性電磁鋼板」という発明(以下、「甲3発明」という)が記載されていると云える。 そこで、本件訂正発明1と甲3発明とを対比すると、両者は、「圧延方向と交差する向きに線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の鉄損の低い方向性電磁鋼板」という点で一致し、次の点で相違していると云える。 相違点(イ):本件訂正発明1では、その線状溝がエッチングによって形成されているのに対し、甲3発明では、50〜500℃の温度範囲で押圧によって形成されている点 相違点(ロ):本件訂正発明1では、その線状溝の断面形状が「溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内で、かつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上である」のに対し、甲3発明では、その線状溝の深さが5μm以上というだけで、その断面形状がどのようなものか明らかでない点 次に、これら相違点について、改めて甲第3号証を検討すると、甲第3号証の第3図(a)には、鋼板表面層の凹部写真が図示されており、そして、この図示された凹部形状は、請求人が提出した甲第6号証の解析結果を参照すれば、本件訂正発明1の上記相違点(ロ)の条件を満足する、いわゆる矩形状に近いものと認められるから、両者は、上記相違点(ロ)の点で形状的には差異はないと云える。 しかしながら、この甲3発明の線状溝は、上記相違点(イ)に示すとおり、50〜500℃に加熱しながら機械的な「押圧」により形成されたものであるから、本件訂正発明1の化学的な処理の「エッチング」により形成された線状溝と実質的に相違していることは明らかである。 また、甲3発明の「50〜500℃の押圧」については、上記(3c)等の記載からも明らかなように、押圧による線状溝(歪導入部)を形成すると微細な再結晶粒を発生させることができるという従来技術において、この押圧を常温において行った場合には双晶が発生し被膜の劣化を招くという問題が生じるために、その温度を常温から50〜500℃に高めたというものであるから、甲3発明の押圧は、第3図(a)の凹部形状を得ようとする目的でなされた「押圧」でないことは明らかである。これに対し、本件訂正発明1の「エッチング」による上記「線状溝の断面形状」は、本件特許明細書の段落【0005】及び【0006】に記載されているとおり、エッチングによる線状溝の断面形状によって鉄損低減効果が大きく変動するという知見に基づいてなされた創意工夫というものであるが、甲第3号証には、本件訂正発明1の上記知見や線状溝の断面形状(凹部形状)と鉄損軽減効果との関係については何ら示唆されていないと云える。 してみると、本件訂正発明1の「エッチングによる線状溝」は、甲3発明の「50〜500℃の温度範囲で押圧による線状溝」とその目的、構成及び効果の点で全く相違していると云うべきであるから、本件訂正発明1は、甲第3号証に記載された発明であるとすることはできない。 (1-2)甲第4号証について 甲第4号証の上記(4a)には、「絶縁皮膜を有する一方向性電磁鋼帯の表面に多数の皮膜除去部を形成し、しかるのちエッチングにより上記皮膜除去部の地鉄を除去する方法において、上記のエッチングに硝酸溶液のスプレー法を用いることにより均一な地鉄除去深さを得ることを特徴とする、一方向性電磁鋼帯の処理方法。」と記載され、また上記(4c)には、「レーザービーム照射装置2でのレーザー痕跡の形成は圧延方向に対して直角方向が最も良く又痕跡は線状でも点状でも良く詳細は前述のとおりである。」と記載されている。また、甲第4号証には、改善前の従来技術に関し、「上記提案の方法の要旨は、・・・仕上焼鈍後、絶縁皮膜処理を施した一方向性電磁鋼板の地鉄の一部を除去し、」(第1頁右欄第14行乃至第17行)と記載されているから、甲第4号証に記載の上記「処理方法」も、「仕上焼鈍後、絶縁皮膜処理を施した一方向性電磁鋼板」を対象としていると云える。 そうであるならば、これら記載を本件訂正発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第4号証には、上記処理方法によって得られた「圧延方向と交差する向きにエッチングによる点状溝又は線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の鉄損の低い方向性電磁鋼板」という発明(以下、「甲4発明」という)が記載されていると云える。 そこで、本件訂正発明1と甲4発明とを対比すると、両者は、「圧延方向と交差する向きにエッチングによる線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の鉄損の低い方向性電磁鋼板」という点で一致し、次の点で相違していると云える。 相違点:本件訂正発明1では、その線状溝の断面形状が溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内で、かつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上であるのに対し、甲4発明では、この点が明らかでない点 次に、この相違点について、改めて甲第4号証を検討すると、甲第4号証には、線状溝の断面形状に関する記載は一切ない。溝の断面形状に関し、甲第4号証の第3図には、エッチングした一方向性電磁鋼板の表面プロフィルが図示されているが、この表面プロフィルは、明らかに点状溝の断面形状を示すものであって、しかも、この点状溝の断面は、鋼板の幅方向に形成された「点状溝の幅方向の断面」であるから、本件訂正発明1のような幅方向に形成された「線状溝の圧延方向の断面」とは別異のものである。 また、甲第4号証には、そもそも、エッチングとして、硝酸溶液のスプレー法を用いることを特徴とする一方向性電磁鋼板の処理方法が記載されているだけであり、第3図のプロフィルも、スプレー法によって均一なエッチング面が得られていることを示すためだけのものにすぎないから、甲第4号証には、本件訂正発明1の上記知見はもとより、エッチングによる線状溝の断面形状と鉄損軽減効果との関係についても何ら示唆されていないことは明らかである。 してみると、本件訂正発明1は、甲第4号証に記載された発明であるともすることができない。 (1-3)小括 したがって、本件訂正発明1は、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明であるとすることができないから、本件訂正発明1の新規性に係る請求人の上記無効理由は、理由がない。 (2)進歩性について 本件訂正発明1は、甲3発明又は甲4発明と上記(1)のとおり相違しているから、以下、これら相違点について検討する。 (2-1)甲3発明との相違点について 本件訂正発明1と甲3発明との相違点(イ)は、本件訂正発明1では、その線状溝がエッチングによって形成されているのに対し、甲3発明では、50〜500℃の温度範囲で押圧によって形成されている点、というものであるから、以下、この相違点(イ)について検討する。 甲第3号証に記載の甲3発明は、前示のとおり、押圧による線状溝(歪導入部)によって微細再結晶粒を形成させる低鉄損化技術の改善に関するものであり、その改善策も、押圧を常温より高い50〜500℃の温度で行うことによって双晶の発生や被膜の劣化を防止するというものであるから、甲3発明は、技術思想的には、その押圧によって第3図(a)に図示された断面形状の線状溝を得ようとするものではない。また、甲第3号証には、第3図(a)の断面形状が鉄損軽減に及ぼす効果等についても何ら示唆されていない。 さらに、甲3発明では、その線状溝が「50〜500℃の温度における押圧」という機械的な処理により形成されているが故に、双晶の発生や被膜の劣化を防止して低鉄損化を図ることができるのであり、このような作用効果は、機械的処理と異なる化学的なエッチング処理による線状溝によっては得られるはずもないし、また、得られるとする何らの証拠も見当たらない。 してみると、甲3発明の上記「50〜500℃の温度における押圧」をエッチング処理に替えるべき動機が見当たらないと云うべきであるから、化学的なエッチング処理に関するその余の証拠について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲3発明と甲第1号証、甲第2号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 (2-2)甲4発明との相違点について 本件訂正発明1と甲4発明との相違点は、本件訂正発明1では、その線状溝の断面形状が溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内で、かつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上であるのに対し、甲4発明では、この点が明らかでない点、というものであるから、以下、この相違点について検討する。 甲第1号証には、上記甲第4号証とほぼ同様の「スプレー法による方向性電磁鋼板の処理方法」が記載されているが、この証拠にも、本件訂正発明1の上記知見やエッチングによる線状溝の断面形状と鉄損軽減効果との関係については何ら示唆されていない。また、甲第2号証及び甲第5号証にも、エッチングによって線状溝を形成することが記載されているだけであり、本件訂正発明1の上記知見はもとより、エッチングによる線状溝の断面形状と鉄損軽減効果との関係については何ら示唆されていない。 因みに、甲第5号証には、溝の形成方法について、「溝形成部に凹凸を生じないこと」(上記(5c)参照)と記載され、形成された溝についても、「なお溝形成部に凹凸やカエリは見られなかった。」(上記(5d)参照)と記載されているが、これら記載の「凹凸やカエリ」は、甲第5号証の上記(5b)の「また鋼板をひっかいたりナイフ等でけがきを導入した場合にはけがき周辺に激しい凹凸やカエリを生じ、鋼板積層時に占積率の劣化を招くという問題もある。」という記載の「けがき周辺に発生する凹凸やカエリ」に相当するものであり、線状溝の溝底部の凹凸に相当するものではないと云えるから、甲第5号証にも、本件訂正発明1の上記知見はもとより、エッチングによる線状溝の断面形状と鉄損軽減効果との関係については何ら示唆されていないと云うべきである。 さらに、甲第3号証について検討すると、甲第3号証に記載の「線状溝」は、上記(2-1)でも言及したとおり、「50〜500℃の温度における押圧」という機械的な処理によって形成されるものであり、本件訂正発明1のような化学的なエッチング処理によって形成されるものではないし、この線状溝の低鉄損等の効果も、この機械的な押圧によって双晶の発生や被膜の劣化を防止することによって達成されるものであり、線状溝の断面形状によって達成されるものではない。 してみると、甲第3号証の第3図(a)には、偶々本件訂正発明1の線状溝の断面形状とほぼ同様のものが図示されているとしても、甲第3号証には、この図示された断面形状とその効果等について何ら記載されていないのであるから、押圧による線状溝とほぼ同様の断面形状を有する線状溝をエッチングによって形成する動機が見当たらず、当業者であればエッチングで同じ線状溝を形成しようとするはずもないと云うべきである。 してみると、本件訂正発明1の上記相違点に係る「線状溝の断面形状」については、甲第3号証の記載から当業者が容易に想到することができたものとも云えないから、本件訂正発明1は、甲4発明と甲第1号証乃至甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 (2-3)小括 したがって、本件訂正発明1は、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明とその余の証拠に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないから、本件訂正発明1の進歩性に係る請求人の上記無効理由も、理由がない。 2.本件訂正発明2について (1)新規性について 甲第1号証の上記(1a)には、「絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼帯の表面に多数の痕跡を形成し、しかるのち酸液で上記痕跡部の地鉄をエッチング後、絶縁皮膜を再塗布する方向性電磁鋼板の処理方法において、上記痕跡形成工程に引続いて酸液のスプレーノズルを多数配置すると共にスプレー後の酸液を循環使用する如く構成し、通板速度一定のもとで痕跡形成及びエッチングを連続的に行ない、上記酸液の循環使用によるエッチング能の変化に伴ない上記スプレーノズルの使用本数を選択することを特徴とする、方向性電磁鋼板の処理方法。」と記載されているが、この処理前の「方向性電磁鋼板」の製造方法については記載がない。 しかしながら、本件訂正発明2の「方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法」は、周知の事項であり、甲第1号証に記載された処理前の「方向性電磁鋼板」も、この周知の製造方法で製造されていることが明らかであると云えるから、甲第1号証には、「方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼帯の表面に多数の痕跡を形成し、しかるのち酸液で上記痕跡部の地鉄をエッチング後、絶縁皮膜を再塗布するに当たり、通板速度一定のもとで痕跡形成及びエッチングを連続的に行なう方向性電磁鋼板の製造方法」が記載されていると云える。また、この方向性電磁鋼板の製造方法では、甲第1号証の「この様に処理した電磁鋼板を歪取り焼鈍(800℃×2hr in N2雰囲気)し、」という記載に徴すれば、エッチング処理を最終仕上げ焼鈍前に行っていると云えるし、製造された方向性電磁鋼板も「鉄損の低い方向性電磁鋼板」であることが明らかであるから、甲第1号証の上記記載を本件訂正発明2の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、「方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前に、絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼帯の表面に多数の痕跡を形成し、しかるのち酸液で上記痕跡部の地鉄をエッチングして鋼板表面に溝を導入するに当たり、通板速度一定のもとで痕跡形成及びエッチングを連続的に行なう鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法」という発明(以下、「甲1発明」という)が記載されていると云える。 そこで、本件訂正発明2と甲1発明とを対比すると、本件訂正発明2のエッチング処理は、特許明細書の「図3は仕上げ焼鈍後の鋼板表面をナイフ刃先でけがき、局所的に被膜を除いた後、エッチングすることにより溝を形成したものであり、」(段落【0014】)という記載に照らせば、電磁鋼板の表面にけがきで痕跡を形成し、その後エッチング処理によって鋼板表面に溝を導入するものであるから、本件訂正発明2の「エッチング処理によって鋼板表面に溝を導入する」は、甲1発明の「絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼帯の表面に多数の痕跡を形成し、しかるのち酸液で上記痕跡部の地鉄をエッチングして鋼板表面に溝を導入する」に相当すると云える。 そうであるならば、両者は、「方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前に、エッチング処理によって鋼板表面に溝を導入することを特徴とする鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法」という点で一致し、次の点で相違していると云える。 相違点(イ):本件訂正発明2は、エッチングにより「線状溝を導入する」のに対し、甲1発明は、エッチングにより溝を導入するものの、線状溝であるか明らかでない点 相違点(ロ):本件訂正発明2では、「エッチング液の鋼板に対する相対流速を0.1m/s以上とする」のに対し、甲1発明では、通板速度を一定としているだけで、エッチング液の鋼板に対する相対流速が明らかでない点 次に、これら相違点を検討するにあたり、まず、本件訂正発明2の「エッチング液の鋼板に対する相対流速を0.1m/s以上とする」という構成の技術的な意味について検討すると、訂正明細書には、この相対流速の臨界的な意味について、「図3より、エッチング液の流速を0.1m/s以上とした場合に、θ≦60°でかつD1/D0≧5/8の条件が満足されることが判る。」(段落【0015】)及び「このように液の流速に応じて溝形状が変化する理由は、以下のように推測される。電解エッチングの場合、液流速が0では、エッチングの進行にともない、溶出した鉄が溝部に残存し、次第に陰-陽極間の電子の授受を妨げるようになるため、溝側壁や溝底部で溶け残りを生じる。この点、液流速を次第に速くすると溶出鉄の溝中への残存が次第になくなり、好適な溝形状が得られる。一方、化学エッチングの場合は、酸によって地鉄が溶出するものであり、液流速0では、エッチングの進行に伴い、溝に不働体被膜を形成しやはり所望の溝形状が得られなくなるが、液流速をある程度大きくすると、それが防止される。」(段落【0016】)と記載されているから、これら記載によれば、本件訂正発明2の「相対流速0.1m/s以上」という構成は、本件訂正発明1の上記線状溝、すなわち「断面形状が溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内でかつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上」である線状溝をエッチングによって形成するための必須の条件であると認められる。 そこで、本件訂正発明2の上記相違点(イ)及び(ロ)について、改めて甲第1号証を検討すると、本件訂正発明2の上記相違点(イ)が「線状溝」という単なる語句どおりの意味であれば、甲1発明の「溝」については、甲第1号証に「線状でも点状でも良い。」(上記(1c)参照)と記載されているから、両者は、上記相違点(イ)の点で実質的な差異はないと云えるが、本件訂正発明2の上記相違点(イ)の「線状溝」は、相対流速に関する本件明細書の上記記載や本件訂正発明1及び2の目的・構成及び効果を参酌すれば、「断面形状が溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内でかつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上の線状溝」であると解するのが相当であると云える。 そうであるならば、甲第1号証には、線状溝については「線状でも点状でも良い。」と記載されているにすぎず、線状溝の具体的な断面形状については何ら記載されていないから、本件訂正発明2は、上記相違点(イ)の「線状溝」の点で甲1発明と実質的に相違していると云える。 また、上記相違点(ロ)についても、本件訂正発明2の「相対流速0.1m/s以上」の条件は、前示のとおり、「断面形状が溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内でかつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上」の線状溝を形成するためのものであるところ、甲第1号証には、線状溝を形成するための相対流速について何ら記載がない。甲第1号証に記載された具体例には、通板速度としてのラインスピード40m/minという数値が記載されているが、このラインスピードは、エッチング液の鋼板に対する相対流速を意味するものではなく、また、このラインスピードの数値から相対速度を間接的に推測することはできるとしても、甲第1号証に記載のラインスピードの数値は、本件特許明細書の上記「この点、液流速を次第に速くすると溶出鉄の溝中への残存が次第になくなり、好適な溝形状が得られる。」(段落【0016】)という記載に示されるように、好適な断面形状の線状溝を得るという技術的効果をねらって設定されたものでもないから、本件訂正発明2の「相対流速0.1m/s以上」は、甲1発明の「通板速度」、具体的にはラインスピード40m/minと実質的に相違していると云うべきである。 してみると、本件訂正発明2は、上記相違点(イ)及び(ロ)に係る構成の点で甲1発明と実質的に相違していると云えるから、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。 (2)進歩性について 本件訂正発明2は、甲1発明と上記(1)のとおり相違しているから、以下、これら相違点について、その余の証拠を検討する。 甲第2号証には、線状溝をエッチングで形成すること、また、ラインスピードを30m/分以上とすることが記載されているが、本件訂正発明1でいう線状溝の断面形状を得るための条件である「相対流速」については何ら記載されていない。甲第3号証には、線状溝を歯車型ロール等の機械的な押圧によって形成することが記載されているにすぎず、線状溝の断面形状と相対流速との関係については何ら記載されていない。甲第4号証には、甲第1号証の記載内容とほぼ同様のものが記載されているから、甲第1号証について言及したとおりである。また、甲第4号証の第3図には、点状溝の断面形状が図示されているが、この点状溝の断面形状は、本件訂正発明2の製造方法で得る上記線状溝と別異のものであり、また、甲第4号証にも、線状又は点状溝の断面形状を得るための相対流速については何ら記載されていない。 さらに、甲第5号証には、エッチングによる溝の形成方法について、「溝形成部に凹凸を生じないこと」(上記(5c)参照)等と記載されているが、この記載は、本件訂正発明1の進歩性の項で言及したとおり、線状溝の溝底部の形状について言及したものとは云えないし、この証拠にも、線状溝の断面形状を得るための相対流速について何ら記載されていない。 してみると、本件訂正発明2の上記線状溝の断面形状を得るための相対流速について、具体的には「断面形状が溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内でかつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上である線状溝」をエッチングによって形成するための「エッチング液の鋼板に対する相対流速を0.1m/s以上とする」という上記相違点(イ)及び(ロ)に係る構成は、その余の甲第2号証乃至甲第5号証には何ら記載されていないから、当業者がこれら証拠の記載から容易に想到することができたものとは到底云うことができない。 したがって、本件訂正発明2は、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともすることができない。 (3)小括 以上のとおり、本件訂正発明2も、甲第1号証に記載された発明であるとすることができないし、また、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともすることができないから、本件訂正発明2に係る請求人の上記無効理由も、理由がない。 VII.請求人の主張に対して 請求人は、口頭審理後の平成16年3月4日付け上申書において、甲第7号証及び甲第8号証を提示して、甲第7号証の図18及び図19を根拠に、エッチングによっても甲第3号証に記載された押圧による凹部と類似の溝形状を有する線状溝が得られることは周知の事項であると主張している。 請求人が提示する甲第7号証は、口頭審理後に遅れて提出された証拠であるから、本件訂正発明1の上記線状溝の断面形状がこの証拠から周知の事項であると云えるか否かについて、以下検討する。 請求人が引用する甲第7号証の図18(a)は、「図18にはフォトエッチング法により作製した深い溝、および、浅い孔(ピット)の集合体による磁区細分化の効果が示されている。深い溝だけではなく、浅い孔の集合体も多数の反転副磁区[生成]の核[となる]サイトを形成している。これらの副磁区は磁化過程に寄与すると期待される。」(訳文第1頁第17行乃至第21行)と記載されているように、浅い孔の集合体に続いて深い溝が途中から形成された溝模様を示す写真であると認められるが、この写真によれば、方向性電磁鋼板の圧延方向と交差する向きに形成されている線状溝らしき深い溝は、その溝模様の一部分にすぎず、本件訂正発明1のように圧延方向と交差する向きに(幅方向に)全長に亘って上記知見(鉄損低減効果の大きな変動)を解決するために(一様に)形成された線状溝というものではない。加えて、図18(b)の写真は、その断面形状を示すにかなり不鮮明なものであり、図18(c)は、作図されたプロファイルを示すものであるから、これら図18(b)及び(c)が本件訂正発明1のような線状溝の上記断面形状を示しているとまでは認められない。 また、仮に、甲第7号証の図18(b)及び(c)の深い溝が本件訂正発明1のような線状溝の上記断面形状を有するとした場合でも、エッチングによる溝の形状は、エッチング条件等によって大きく変動することは技術常識であり、またエッチングによって溝を形成すればどのような場合でもその溝がすべて図18(b)及び(c)のような断面形状の線状溝となるというものでもないから、甲第7号証の図18(b)及び(c)の深い溝については、偶々図18(a)の該当部分の線状溝がそのような断面形状を有していたにすぎないとみるのが相当であり、したがって、甲第7号証の図18の一事をもって本件訂正発明1のエッチングによる線状溝の断面形状が本件出願前に周知の事項であるとまでは到底云うことができない。 次に、甲第7号証の図19について検討すると、図19は、甲第7号証の「試料は、高透磁率の3%Si-Fe方向性電磁鋼板である。・・・YAGパルスレーザーを試料に照射した。典型的なスポット径は直径0.3mmで、スポット同士の間隔は0.3mm、スポット線の間隔は5mmである。 レーザー照射後、試料は硝酸(HNO3)溶液に浸漬[して溝加工]した。・・・図19はピットの断面プロファイルの例である。レーザー照射後、照射スポットの部分で、絶縁被膜とグラス[被膜]は除去され(図19(a))、40秒のエッチング後、20μm程度の深さのピットが形成される(図19(b))。」(訳文第1頁第21行乃至第2頁第3行)という記載から明らかなように、スポット間隔が0.3mmのスポット溝(点状溝)に関するプロファイルを図示するものであるから、本件訂正発明1の線状溝の断面形状を示すものではない。 してみると、本件訂正発明1のエッチングによる線状溝の上記断面形状は、甲第7号証の図18及び図19の事実だけから本件出願前に周知の事項であるとすることはできない。 なお、この点に関し、さらに言及するならば、甲第7号証の図18(b)及び(c)が仮に本件訂正発明1のような線状溝の断面形状であるとしても、上記甲4発明において、溝をエッチングすれば甲第7号証の図18(b)及び(c)に示す断面形状のような線状溝になると決め付けられるものでもないことは前示のとおりであり、また、甲第7号証には、本件訂正発明1の上記知見やエッチングによる線状溝の断面形状と鉄損軽減効果との関係についても何ら記載されていないし、甲4発明の線状溝の断面形状を図18(b)及び(c)に示す断面形状とする動機付けも見当たらないから、本件訂正発明1のエッチングによる線状溝の上記断面形状は、甲第7号証の図18及び図19の事実から当業者が容易に想到することができたとも云うことができない。 したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。 VIII.むすび 以上のとおり、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件訂正後の請求項1及び請求項2に係る発明についての特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 鉄損の低い方向性電磁鋼板及びその製造方法 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 圧延方向と交差する向きにエッチングによる線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の方向性電磁鋼板であって、該線状溝の断面形状が、溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内で、かつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上であることを特徴とする鉄損の低い方向性電磁鋼板。 【請求項2】 方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回又は中間焼鈍をはさむ2回以上の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、 最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前又は最終仕上げ焼鈍後に、エッチング処理によって鋼板表面に線状溝を導入するに当たり、エッチング液の鋼板に対する相対流速を0.1m/s以上とすることを特徴とする鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】 この発明は、歪取焼鈍後においても鉄損改善効果が消失しない低鉄損方向性電磁鋼板及びその製造方法に関し、とくに変圧器その他の電気機器用鉄心素材としての用途に供して好適なものである。 【0002】 【従来の技術】 方向性電磁鋼板は、変圧器その他の電気機器用鉄心として利用され、特性的には、とくに鉄損の低いことが要求される。 ここに鉄損は、概ねヒステリシス損と渦電流損の和で表される。従来、ヒステリシス損は、強い抑制力をもつインヒビターを用いることにより結晶方位をゴス方位すなわち(110)〈001〉方位に高度に集積させること、及び磁化したとき磁壁移動の際のピンニング因子の生成原因となる不純物元素を低減すること等により大幅に低減されてきた。一方、渦電流損については、Si含有量を増加させて電気抵抗を増大させること、鋼板板厚を薄くすること、鋼板地鉄表面に地鉄と熱膨張係数の異なる被膜を形成させることにより張力を付与すること、及び結晶粒の微細化により磁区幅を狭くすること等によって低減が図られてきた。 【0003】 近年では、さらに渦電流損を低減すべく、鋼板の圧延方向と垂直な方向にレーザー光(特公昭57-2252号公報)やプラズマ炎(特開昭62-96617号公報)等を照射する方法が提案されている。これらの方法は、鋼板表面に線状又は点状に微小な熱歪みを導入することによって磁区を細分化し、もって鉄損を大幅に低減しようとするものである。 ところがこれらの方法では、磁区細分化後、800℃程度の温度で熱処理を施すと鉄損低減効果は消失してしまう。従って、照射後800℃以上の歪取焼鈍を必要とする巻鉄心用素材として用いることはできなかった。 【0004】 そこで、800℃以上の歪取焼鈍にも耐える磁区細分化方法として、鋼板への溝形成を行う手法が種々提案されてきた。例えば、最終仕上げ焼鈍後すなわち二次再結晶後の鋼板に局所的に溝を形成し、その反磁界効果によって磁区を細分化させる方法があるが、この場合、溝の形成手段としては特公昭50-35679号公報に開示されている機械的な加工による方法や、特開昭63-76819号公報に示されているレーザー光照射等により絶縁被膜及び下地被膜を局所的に除去したのち電解エッチングする方法等がある。また特公昭62-53579号公報には、歯車型ロールで圧刻後、歪取焼鈍することで溝形成及び再結晶焼鈍を行い磁区細分化する方法が開示されている。さらに特開昭59-197520号公報には、最終仕上げ焼鈍前の鋼板に溝を形成する方法が開示されている。 【0005】 【発明が解決しようとする課題】 これらの方法により、確かに800℃以上での歪取焼鈍後でも鉄損が劣化しない場合が見られるものの、常に低鉄損化が達成されるとは限らないところに問題を残していた。すなわち、溝幅及び溝深さが同じであっても、鉄損低減効果にばらつきが生じていたのである。 この発明は、上記の問題を有利に解決するもので、歪取焼鈍後においても鉄損が劣化せず、安定して低い鉄損が得られる方向性電磁鋼板を、その安定した製造方法と共に提案することを目的とする。 【0006】 【課題を解決するための手段】 さて発明者らは、上記したばらつきをもたらす原因について鋭意、実験・検討を重ねた結果、鉄損低減効果には、溝断面の形状が強く関与していることを新たに見出した。すなわち、溝幅、溝深さが同じであっても、 ▲1▼鋼板を圧延方向に切断した際の溝側壁部の板厚方向となす角度、及び ▲2▼溝底部の凹凸状態、 によって鉄損低減効果が大きく変動することの知見を得た。 【0007】 この発明は、上記の知見に立脚するものである。 すなわちこの発明は、圧延方向と交差する向きにエッチングによる線状溝を有する、最終仕上げ焼鈍済の方向性電磁鋼板であって、該線状溝の断面形状が、溝側壁部と板厚方向とのなす角度が60°以内で、かつ溝底部の凸部における深さが溝最大深さの5/8以上である鉄損の低い方向性電磁鋼板(第1発明)である。 【0008】 またこの発明は、方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延後、1回又は中間焼鈍をはさむ2回以上の冷間圧延を施して最終製品板厚としたのち、脱炭焼鈍ついで仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、 最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前又は最終仕上げ焼鈍後に、エッチング処理によって鋼板表面に線状溝を導入するに当たり、エッチング液の鋼板に対る相対流速を0.1m/s以上とすることからなる鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法(第2発明)である。 【0009】 以下、この発明を具体的に説明する。 まず、この発明を由来するに至った実験結果について述べる。 板厚:0.23mmの最終冷延後の鋼板に、エッチングレジスト剤を塗布した後、電解エッチング又は酸洗することにより、幅200μm、深さ15μmの線状溝を圧延方向とほぼ垂直な方向に間隔3mmで導入した。しかるのちレジスト剤を除去し、通常の脱炭焼鈍及び仕上げ焼鈍を施した。 かくして得られた鋼板からサンプルを採取し、800℃,3hの歪取焼鈍を施した後の磁気特性を測定した。 このとき同時に、同一素材の溝形成処理を施さない部分からもサンプルを採取し、比較材とした。 【0010】 溝形成処理を行ったサンプルの鉄損W17/50(1.7T,50Hzでの鉄損)はいずれも比較材に比べ改善されたけれども、その改善代ΔW17/50は0.02〜0.12W/kgの範囲で大きくばらついた。 そこで発明者らは、このばらつきの原因を突き止めるため、得られたサンプルについて綿密な調査を行った。その結果、幅、深さが同じであっても溝の形状の違いによって鉄損改善効果に差が生じることが新たに見出されたのである。 【0011】 図1に、エッチングにより得られた溝の断面形状を模式で示す。 一般に、得られた溝は端部から板厚方向に向かってなだらかな勾配を描きながら地鉄が露出し、溝底部では特に中央付近において地鉄が凸状に溶け残る傾向が見られる。このような溝形状において溝側壁部が板厚方向となす角度(θ)及び溝の凸部での深さ(D1)と溝の最大深さ(D0)との比とが鉄損改善効果に大きな影響を及ぼすことを突き止めたのである。 【0012】 図2に、溝の最大深さD0に対する凸部での深さD1の比:D1/D0を横軸に、また溝側壁が板厚方向となす角度(θ)を縦軸にとった場合に、鉄損低減効果が大きくなる好適範囲について調べた結果を示す。 同図より明らかなように、D1/D0が5/8以上でかつ、θが60°以下である場合にΔW17/50≧0.05W/kgとなり、良好な鉄損低減効果が得られている。 そこでこの発明では、溝の最大深さD0に対する凸部での深さD1の比:D1/D0を5/8(0.625)以上でかつ、溝側壁が板厚方向となす角度(θ)を60°以下にである。 なおこの理由は、まだ明確に解明されたわけではないが、溝断面形状が矩形に近いほど反磁界効果が高まるためと推測される。 【0013】 次に、上記した好適形状の溝を形成するためのエッチング法について述べる。さて発明者らは、電解エッチング条件として、電流密度、液温、極間距離及び液流速等を、また化学エッチングの場合には液濃度、液温及び液流速等を広範囲にわたって変化させ、そのときの溝形状を調査した。 その結果、電解エッチング、化学エッチングともにエッチング液の流速をコントロールすることが、所望の溝形状を得る上で極めて有効であることの知見を得た。 【0014】 図3に、エッチング液の流速が、D1/D0及びθに及ぼす影響について調べた結果を示す。 なお、図3は仕上げ焼鈍後の鋼板表面をナイフ刃先でけがき、局所的に被膜を除いた後、エッチングすることにより溝を形成したものであり、また溝形状は幅200μm、深さ15μmとなるように導入した。 【0015】 エッチング処理は電解エッチングの場合、NaCl水溶液中で電流密度10A/dm2、液温40℃、極間距離30mmの条件にて処理したものであり、一方化学エッチングについてはFeCl3溶液中で液温35℃の条件で処理したものである。 図3より、エッチング液の流速を0.1m/s以上とした場合に、θ≦60°でかつD1/D0≧5/8の条件が満足されることが判る。 【0016】 このように液の流速に応じて溝形状が変化する理由は、以下のように推測される。 電解エッチングの場合、液流速が0では、エッチングの進行にともない、溶出した鉄が溝部に残存し、次第に陰-陽極間の電子の授受を妨げるようになるため、溝側壁や溝底部で溶け残りを生じる。この点、液流速を次第に速くすると溶出鉄の溝中への残存が次第になくなり、好適な溝形状が得られる。 一方、化学エッチングの場合は、酸によって地鉄が溶出するものであり、液流速0では、エッチングの進行に伴い、溝に不働体被膜を形成しやはり所望の溝形状が得られなくなるが、液流速をある程度大きくすると、それが防止される。 なお液の流動方向は、鋼板の圧延方向あるいはその直角方向いずれでも効果はかわらない。 【0017】 この発明による方法は、最終冷間圧後の鋼板であればいずれの段階でも適用可能である。すなわち最終冷間圧延後又は脱炭焼鈍後の鋼板の場合は、レジスト剤を塗布した後、エッチング処理を施せばよく、また仕上げ焼鈍後の鋼板の場合は、ナイフ刃先、レーザー光等により局所的に被膜を剥離した後エッチング処理を施す。 【0018】 エッチング方法としては、電解エッチング、化学エッチングのいずれもが適合することはすでに述べた通りであり、電解液として、NaCl,KCl,CaCl2,NaNO3等が、また化学エッチングの場合の処理液としては、FeCl3,HNO3,HCl,H2SO4等でよい。 このようにして導入する溝の形状は、幅300μm以下、深さ100μm以下、圧延方向の間隔1mm以上とするのが望ましいが、前述した通り、θ≦60°でかつ、D1/D0≧5/8の条件を満足することが肝要である。 なお、この溝の導入は鋼板の片面、両面のいずれであってもよい。 【0019】 【実施例】 実施例1 最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前の鋼板(板厚0.23mm)にマスキング剤としてレジストインキを非塗布部が圧延方向と垂直な方向に幅0.2mm、圧延方向に間隔3mmで線状に残存するように塗布したものを作製した。これらの供試材を用いて磁気特性が好適となる溝形状を形成し、それぞれについて、磁気特性を調べた。 【0020】 実験は、電解浴としてNaCl浴を用い、液温:40℃、極間距離:30mm、電流密度:10A/dm2、電解時間20秒にて、相対流速0〜3.0m/sで鋼板圧延方向と垂直な方向に流速を与えた。 このように電解エッチング条件を変えることによって、溝深さ、溝幅を同等とした上で、溝の側壁の角度及び溝底部の凹凸形状を種々に変化させることを試みた。 【0021】 得られた鋼板を、実験室にて脱炭焼鈍、ついで最終仕上げ焼鈍したのち、絶縁被膜を付与後、800℃で3時間の歪取焼鈍を施した。 なお、溝形成材と同一最終冷間圧延コイルの近隣箇所からサンプルを採取し、溝の形成を行わず、やはり実験室にて溝形成材と同様、一連の工程を施したものを比較材とした。 これらの歪取焼鈍後の鋼板について磁気特性を測定した結果を表1に示す。 【0022】 【表1】 【0023】 実施例2 最終冷間圧延後、最終仕上げ焼鈍を施す前の鋼板(板厚0.20mm)に、マスキング剤としてレジストインキを非塗布部が圧延方向と垂直な方向に幅0.2mm、圧延方向に間隔3mmで線状に残存するように塗布したものを作製した。これらの供試材を用いて磁気特性が好適となる溝形状を形成し、それぞれについて、磁気特性を調べた。 エッチング方式は、化学エッチングとし、浴としてFeCl3浴を用い、液温度:35℃、液濃度:50%、相対流速:0〜3.0m/sで鋼板圧延方向と垂直な方向に流速を与えた。エッチング条件を変えることによって、溝深さ、溝幅を同等とし、溝の側壁の角度及び溝底部の凹凸形状を種々に変化させることを試みた。 【0024】 得られた鋼板を、実施例1と同様、実験室にて脱炭焼鈍、ついで最終仕上げ焼鈍したのち、平坦化焼鈍した後、800℃で3時間の歪取焼鈍を施した。 なお、溝形成材と同一最終冷間圧延コイルの近隣場所から鋼板を採取し、溝の形成を行わず、やはり実験室にて溝形成材と同様、一連の工程を施したものを比較材とした。 これらの歪取焼鈍後の鋼板について磁気特性を測定した結果を表2に示す。 【0025】 【表2】 【0026】 実施例3 最終冷間圧延によって板厚0.20mmとした鋼板を、最終仕上げ焼鈍後、絶縁被膜をナイフ刃先によって圧延方向と垂直な方向に幅0.2mm、圧延方向に間隔3mmで線状に除去したものを作製し供試材とした。これらを用いて実施例1の方法と同様、種々の液流速にて電解エッチングを行い、種々の形状をもつ溝を形成し、その後再度絶縁被膜を形成し、しかるのち800℃で3時間の歪取焼鈍を行った。なお流速は鋼板圧延方向と同方向に与えた。 これらの歪取焼鈍後の鋼板について磁気特性を測定した結果を表3に示す。 【0027】 【表3】 【0028】 実施例4 最終冷間圧延によって板厚0.23mmとした鋼板を、最終仕上げ焼鈍後、絶縁被膜をナイフ刃先によって圧延方向と垂直な方向に幅0.2mm、圧延方向に間隔3mmで線状に除去したものを作製し供試材とした。これらを用いて実施例2の方法で種々の液流速にて化学エッチングを行い、種々の形状をもつ溝を形成し、その後再度絶縁被膜を形成し、しかるのち800℃で3時間の歪取り焼鈍を行った。 これらの歪取焼鈍後の鋼板について磁気特性を測定した結果を表4に示す。 【0029】 【表4】 【0030】 【発明の効果】 かくしてこの発明によれば、歪取焼鈍後でも特性の劣化を招くことなしに、線状溝なしに比してΔW17/50≧0.05W/kgという著しい鉄損低減効果が安定して得られる。 【図面の簡単な説明】 【図1】 溝形状を示す模式図である。 【図2】 鉄損低減効果に及ぼすθとD1/D0の影響を示した図である。 【図3】 液の流速とθ及びD1/D0との関係を示したグラフである。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審理終結日 | 2004-05-28 |
結審通知日 | 2004-05-31 |
審決日 | 2004-06-11 |
出願番号 | 特願平3-277802 |
審決分類 |
P
1
112・
121-
YA
(H01F)
P 1 112・ 113- YA (H01F) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 須原 宏光 |
特許庁審判長 |
沼沢 幸雄 |
特許庁審判官 |
平塚 義三 吉水 純子 |
登録日 | 1999-03-05 |
登録番号 | 特許第2895670号(P2895670) |
発明の名称 | 鉄損の低い方向性電磁鋼板及びその製造方法 |
代理人 | 杉村 興作 |
代理人 | 徳永 博 |
代理人 | 杉村 興作 |
代理人 | 内藤 俊太 |
代理人 | 来間 清志 |
代理人 | 来間 清志 |
代理人 | 田中 久喬 |
代理人 | 徳永 博 |