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審決分類 審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない C25D
審判 訂正 2項進歩性 訂正しない C25D
管理番号 1114017
審判番号 訂正2004-39028  
総通号数 65 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1991-12-18 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2004-02-06 
確定日 2004-10-29 
事件の表示 特許第3079311号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 I.審判請求の要旨
本件審判請求の要旨は、「本件特許第3079311号(平成2年4月4日出願、平成12年6月23日設定登録)の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という)を、本件審判請求書に添付した全文訂正明細書(以下、「本件訂正明細書」という)のとおりに訂正することを認める。」との審決を求めるものである。

II.訂正事項
本件訂正は、具体的には、以下の訂正事項a〜訂正事項eからなる。
(なお、訂正箇所には下線を付した。)
(1)訂正事項a
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に、
「冷延鋼板あるいはステンレス鋼板の鋼素地の少なくとも一方の表面に一定厚さの無光沢Niメッキ層と、該無光沢Niメッキ層の表面に一定厚さの光沢Niメッキ層の2層メッキ層を備えていることを特徴とする深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯。」とあるのを、
「冷延鋼板の鋼素地の少なくとも一方の表面に一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ層と、該無光沢Niメッキ層の表面に一定厚さの光沢Niメッキ層の2層メッキ層を備えていることを特徴とする深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯。」と訂正する。
(2)訂正事項b
同特許請求の範囲の請求項5に、
「冷延鋼板あるいはステンレス鋼板を搬送して、第1メッキ装置に通して鋼素地の少なくとも一方の表面に一定厚さの無光沢Niメッキを施した後に、第2メッキ装置を通して、上記無光沢Niメッキの表面に一定厚さで且つ上記無光沢Niメッキ層の厚さ以下の厚さで光沢Niメッキを施している深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯の製造方法。」とあるのを、
「冷延鋼板を搬送して、第1メッキ装置に通して鋼素地の少なくとも一方の表面に一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキを施した後に、第2メッキ装置に通して、上記無光沢Niメッキの表面に一定厚さで且つ上記無光沢Niメッキ層の厚さ以下の厚さで光沢Niメッキを施している深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯の製造方法。」と訂正する。
なお、訂正事項bについて、審判請求書第3頁第12行目には、“冷延鋼板あるいはステンレス鋼板を搬送して、第1メッキ装置に通”と記載され、また、同第14行目には、“・・、第2メッキ装置を通して、”と記載されている。
しかし、請求書に添付された全文訂正明細書の対応箇所の“冷延鋼板を搬送して、第1メッキ装置に通”、“・・、第2メッキ装置に通して、”との記載からみて、審判請求書第3頁第12行目、14行目の上記記載は、“冷延鋼板を搬送して、第1メッキ装置に通”及び“・・、第2メッキ装置に通して、”のそれぞれ誤記と認め、訂正事項bを前記のとおりのものとして認定した。
(3)訂正事項c
本件明細書(本件特許掲載公報(以下、単に「本件公報」という)第4欄41〜44行(審判請求書第3頁第18行目の記載「41〜43行」は、「41〜44行」の誤記と認める。)に、
「本発明は、冷延鋼帯あるいはステンレス鋼帯の表面に一定厚さの無光沢Niメッキを施した後に、該無光沢Niメッキの表面に一定厚さの光沢Niメッキを施すもので、」とあるのを、
「本発明は、冷延鋼帯の表面に一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキを施した後に、該無光沢Niメッキの表面に一定厚さの光沢Niメッキを施すもので、」と訂正する。
(4)訂正事項d
本件明細書(本件公報第5欄24〜25行)に、
「11は普通冷延鋼板あるいはステンレス鋼板からなる鋼素地で」とあるのを、
「11は普通冷延鋼板からなる鋼素地で」 と訂正する。
(5)訂正事項e
本件明細書(本件公報第9欄7〜10行)に、
「本発明によれば、鋼素地の表面に一定厚さで無光沢Niメッキ層を設け、その表面に一定厚さの光沢Niメッキ層を設けた2重メッキ構成としているため」とあるのを、
「本発明によれば、鋼素地の表面に一定厚さで耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ層を設け、その表面に一定厚さの光沢Niメッキ層を設けた2重メッキ構成としているため」と訂正する。

III.当審の判断
[1]訂正の目的、新規事項追加の有無、変更・拡張の存否
1.訂正事項a、bについて
(1)まず、上記訂正事項a、bのうち、「冷延鋼板あるいはステンレス鋼板」との記載を「冷延鋼板」とする訂正は、深絞り電池ケース用の鋼帯の鋼素地を「冷延鋼板」のみに限定したものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。
そして、本件明細書(本件公報第4欄41〜44行)に、「冷延鋼帯・・・の表面に一定厚さの無光沢Niメッキを施した後に、該無光沢Niメッキの表面に一定厚さの光沢Niメッキを施す」と記載されているように、深絞り電池ケース用の鋼帯の鋼素地を「冷延鋼板」とする訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものといえ、かつ、この訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2)次に、上記訂正事項a、bのうち、「一定厚さの無光沢Niメッキ」を、「一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ」とする訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。
そして、この訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
即ち、本件明細書の記載、例えば、「本発明によれば、深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯を簡単に製造することが出来ると共に、該光沢Niメッキ鋼帯は無光沢Niメッキ層の存在により耐食性および加工性を備え」(本件公報第5欄13〜16行)、「上記方法で製造された深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼板10は、鋼素地11に一定厚さの無光沢Niメッキ層12を介在して一定厚さの光沢Niメッキ層13を形成するため、無光沢メッキ層12の存在により耐食性および加工性を備えている」(同第6欄21〜26行)、「該光沢Niメッキ層13の下層にある無光沢Niメッキ層12によって耐食性がカバーされ、クラック発生により耐食性が損なわれることはない」(同第6欄44〜47行)、「無光沢Niメッキ層で耐食性および加工性を保持できると共に、」(同第9欄10〜11行)等からみれば、「無光沢Niメッキ層」の存在によって、自ずと、深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯の「耐食性および加工性」が保持されることが明らかにされている。
また、本件明細書の従来技術の欄(本件公報第3欄8〜10行)にも、「一般に、機能部品用途に供されるNiメッキ鋼帯は、その必要とする耐食性や加工性を保持するため、無光沢Niメッキによって製造される」と記載されているように、無光沢Niメッキ層が、その本来の機能としてNiメッキ鋼帯における耐食性および加工性を保持するものであることは、本件訂正に係る特許の出願前から当業者に広く知られている事項である。
したがって、「一定厚さの無光沢Niメッキ」を「一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ」とする訂正は、「無光沢Niメッキ」が本来有する機能・作用を明確に表現したものといえるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。
なお、請求人は、「訂正前の請求項1、同5における「一定厚さの無光沢Niメッキ層」に「耐食性および加工性を保持するための」との限定事項を付加する訂正は、特許請求の範囲の減縮に該当するものであり、耐食性及び加工性を保持する機能を有しない無光沢Niメッキ層が文言上も本件発明要旨に含まれる可能性を完全に払拭するもので、これにより特許請求の範囲を減縮することとなる。」旨の主張をする(審判請求書第5頁1〜11行参照)。
しかしながら、本件明細書又は図面には、前述のとおり、「無光沢Niメッキ層」の存在自体によって、深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯の「耐食性および加工性」が保持されるとされていたのであって、「無光沢Niメッキ層」として「耐食性及び加工性を保持する機能を有しない無光沢Niメッキ層」も存在するとされていたわけではない。つまり、本件明細書又は図面の記載から見る限り、「耐食性および加工性を保持するための」という訂正事項は、無光沢Niメッキ層が本来有する特性を明確に表現したにすぎないものであって、無光沢Niメッキ層のうちから、“特定の特性の”無光沢Niメッキ層を選択・限定したものであるとはいえないから、特許請求の範囲の減縮には該当しない。
よって、「耐食性および加工性を保持するための」との訂正は、特許請求の範囲の減縮に該当するという請求人の主張は採用しない。

2.訂正事項c〜eについて
訂正事項c〜eは、訂正事項a、bによる特許請求の範囲の訂正に伴い、これに対応する本件明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正するものであり、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載の整合を図るための明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

[2]独立特許要件
1.本件訂正発明
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1及び請求項5に係る発明(以下、それぞれを「本件訂正発明1」、「本件訂正発明5」という。)は次のとおりである。
「【請求項1】冷延鋼板の鋼素地の少なくとも一方の表面に一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ層と、該無光沢Niメッキ層の表面に一定厚さの光沢Niメッキ層の2層メッキ層を備えていることを特徴とする深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯。」
「【請求項5】冷延鋼板を搬送して、第1メッキ装置に通して鋼素地の少なくとも一方の表面に一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキを施した後に、第2メッキ装置に通して、上記無光沢Niメッキの表面に一定厚さで且つ上記無光沢Niメッキ層の厚さ以下の厚さで光沢Niメッキを施している深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯の製造方法。」

2.訂正拒絶理由の概要
平成16年6月29日付で当審から通知した訂正拒絶理由の概要は、
「本件訂正発明1、本件訂正発明5は、本件訂正に係る特許の出願前に頒布された刊行物である甲第11号証、甲第16号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。
したがって、本件訂正は、平成6年法律第116号附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる改正前の特許法第126条第3項の規定に適合しない。」
というものである。

3.刊行物の記載事項
本件訂正に係る特許の無効審判(無効2002-35246号)において提出された、本件訂正に係る特許の出願前に頒布された刊行物である甲第11号証(特開昭63-145793号公報)、甲第16号証(特開昭62-107094号公報)には、以下の事項が記載されている。

(1)甲第11号証(特開昭63-145793号公報)
記載事項(1-1)
「表面光沢を有するステンレス鋼上に、0.01乃至0.5μ厚の無光沢ニッケル薄めっきを施すことを特徴とする加工性及び表面光沢に優れ、かつ長期間低接触抵抗を保持し得るステンレスニッケルめっき材の製造方法。」(特許請求の範囲)、
記載事項(1-2)
「リチウム電池ケース用素材としては加工性に富んでいることが要求され、特に深絞り加工を受けた時にクラックや肌荒れが生じないことが必要であり、さらには接触抵抗も低く、光沢があって外観的にも優れていることが要求される。」(1頁右下欄2〜6行)、
記載事項(1-3)
「上述したとおり、本発明に従って、表面光沢を有するステンレス鋼上に、無光沢ニッケルめっきを0.01〜0.5μ厚の薄いめっきで施すことによって、加工性及び表面光沢に優れ、かつ長期間低接触抵抗を保持できるステンレスニッケルめっき材を低コストで得ることができる。また、ステンレスにおけるニッケルめっきでは、通常下地めっきとして薄いニッケルストライクめっきを施し、その上に更に薄いニッケルめっきを施すものであるが、本発明によると、上述のように、0.01〜0.5μ厚の薄いニッケルストライクめっきを施すのみで、その後のニッケルめっきを省略することができる利点もある。」(2頁右下欄8行〜3頁左上欄1行)、
記載事項(1-4)
「下地めっきとして下記〈1〉に示す組成のウッド浴とめっき条件により所定の厚さまでストライクニッケルめっきを施した。
〈1〉ストライクニッケルめっき 浴組成:
塩化ニッケル 240g/l
塩 酸 100ml/l
めっき条件:
電流密度 3〜5A/dm2
時 間 10秒
液 温 30℃ 」(3頁左上欄10行〜右上欄1行)
と記載されている。
なお、上記記載事項(1-4)においては、原文中の丸数字を、〈〉付数字で代替表示した。

(2)甲第16号証(特開昭62-107094号公報)
記載事項(2-1)
「ステンレス鋼は、・・・表面を美麗にする装飾の目的やはんだ付性を改善するためあるいは接触抵抗を改善する等のためにめっきを施す場合がある。
その例としてはリチウム電池のケースや太陽電池基板がある。リチウム電池のケースは加工性に富むことが要求され、深絞り加工を受けた際にクラックや肌荒れが生じないことが必要であり、・・中略・・このようなことから、上記のようなリチウム電池のケースや太陽電池の基板にニッケルめっきを施すことが提案されている。一方、ニッケルめっきの適用を考慮すると半光沢あるいは光沢ニッケルめっきで析出したニッケルの結晶は、一般に光沢剤を含まない無光沢浴から析出した結晶とは異なり、」(1頁右下欄3〜2頁左上欄3行)、
記載事項(2-2)
「本発明は、かかる現状に鑑み鋭意研究を行った結果、1μ程度の薄めっきでも光沢が良好でかつ加工性にも富むニッケルめっき皮膜を得る方法を見出したものである。」(2頁右上欄18行〜左下欄1行)、
記載事項(2-3)
「(実施例)
G.S10.0の再結晶組織を持つSUS304,0.2mmの素条にタングステンカーバイドの超硬ロール(ロール表面粗さRmax=0.12μ)を使用して無潤滑圧延,30m/minの低速圧延によりスキンパス加工を実施した後、通常の前処理により脱脂,酸洗処理後、ウッド浴によりストライクニッケルめっきを施し、その後、下記に示すめっき条件で半光沢ニッケルめっき及び光沢ニッケルめっきを1μ施した。また、比較としてスキンパス加工を加えないSUS304にも同様に半光沢ニッケルめっき及び光沢ニッケルめっきを1μ施した。さらに圧延率10%を超える条件で圧延加工を施したSUS304に半光沢ニッケルめっき及び光沢ニッケルめっきを1μ施し、深絞り性を調べた。
めっき条件は以下に示す通りである。
ストライクニッケルめっき条件
塩化ニッケル 240g/l
塩 酸 100ml/l
電流密度 3〜5A/dm2
浴 温 30℃
・・中略・・
光沢ニッケルめっき条件
硫酸ニッケル 280g/l
塩化ニッケル 50g/l
ほ う 酸 45g/l
YニッケルRH-1 1ml/l
(日鉱メタルプレーティング製)
YニッケルRH-2 10ml/l
(日鉱メタルプレーティング製)
浴 温 50〜60℃
電流密度 2〜8A/dm2
これらの結果を第1表に示す。
・・中略・・
本発明は、以上のように光沢性に著しく優れ、また深絞りの際にも割れや肌荒れがなく、優れたニッケルめっき材が得られる。」(2頁右下欄4行〜3頁右上欄20行)と記載され、3頁左下欄には、「第1表 30°正反射率及び深絞り性試験結果」として、光沢ニッケルめっきAのものについて、圧延率0の場合、正反射率は34(%)であるが深絞り性は○(良好)、また、圧延率0.1〜15の場合、正反射率は58〜65(%)であり、深絞り性も○(良好)であることが示されている。

4.対比・判断
4-1.本件訂正発明1について
甲第16号証の記載事項(2-1)、(2-2)によれば、リチウム電池のケースにニッケルめっきを施すことが提案されていること、そして、1μ程度の薄めっきでも光沢が良好でかつ加工性にも富むニッケルめっき皮膜を得る方法を見出したことが記載され、さらに、記載事項(2-3)によれば、その具体的な方法の一つとして、再結晶組織を持つSUS304にスキンパス加工を実施した後(あるいは、スキンパス加工を実施せず)、通常の前処理により脱脂,酸洗処理後、ウッド浴によりストライクニッケルめっきを施し、その後、光沢ニッケルめっきを施すことが記載されているから、甲第16号証には、「スキンパス加工を実施したオーステナイト系ステンレス鋼板の鋼素地の表面に、ウッド浴によりストライクニッケルめっきを施して第一層目のNiメッキ層を形成した後、該第一層目のNiメッキ層の表面に1μ程度の厚さの光沢Niメッキ層を設けた深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯及びその製造方法。」(以下、「引用発明」という。)が開示されているものと認められる。
そこで、本件訂正発明1と引用発明とを対比すると、両者は、
「鋼板の鋼素地の少なくとも一方の表面に、第一層目のNiメッキ層と、該第一層目のNiメッキ層の表面に一定厚さの光沢Niメッキ層の2層のメッキ層を備えていることを特徴とする深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯。」で一致する。
しかしながら、
(1)本件訂正発明1では、メッキ対象鋼板を「冷延鋼板」としているのに対して、引用発明では「スキンパス加工を実施したオーステナイト系ステンレス鋼板」としている点(以下、「相違点1」という。)
(2)本件訂正発明1では、第一層目のNiメッキ層が「一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ層」とされているのに対して、引用発明では、第一層目のNiメッキ層は、「ウッド浴によりストライクニッケルめっきを施して形成されたメッキ層(以下、このメッキ層を「第1Niメッキ層」という。)」である点(以下、「相違点2」という。)
で両者は相違する。

以下、相違点について検討する。
相違点1について;
引用発明では、メッキ対象鋼板を「スキンパス加工を実施したオーステナイト系ステンレス鋼板」としているが、“スキンパス”とは、通常、冷間圧延薄鋼帯の性質改善を目的として行われる処理であることは、本件訂正に係る特許の出願前から周知(例えば、地人書館発行「金属工学辞典」(昭和56年5月25日8版)297頁“調質圧延”の欄)である。
してみれば、引用発明の鋼板には、“スキンパス”が施されているのであるから、該鋼板が冷延鋼板であることは自ずと明らかである。つまり、甲第16号証に記載される鋼板は、材質からみればオーステナイト系ステンレス鋼板であるにしても、該鋼板に行われた処理からみれば、これは本件訂正発明1でいう「冷延鋼板」に他ならない。
そうすると、相違点1は、メッキ対象鋼板を、材質面からみて表現したか、行われた処理からみて表現したかという視点の相違に基づく単なる表現上の差異であって、実質的な相違にはあたらない。

請求人は、訂正拒絶理由に対して提出した平成16年8月2日付意見書において、
「本件訂正発明1における「冷延鋼板」とは、本件訂正明細書第5頁9行に「・・・11は普通冷延鋼板からなる鋼素地であって」と記載されているとおり、不動態化皮膜を有しない普通冷延鋼板であって、甲第16号証に記載の「オーステナイト系ステンレス」とは異なる鋼板である。・・・本件訂正は明確に「あるいはステンレス鋼板」の文言が削除されたことによって、ステンレス鋼板がメッキ対象鋼板に含まれないことを明瞭にした訂正である。」旨主張する。
しかしながら、「冷延鋼板あるいはステンレス鋼板」との構成は、鋼板の処理と鋼板の材質という別異の観点からメッキ対象鋼板を特定したものであることは前述のとおりであるから、「冷延鋼板あるいはステンレス鋼板」との記載から「あるいはステンレス鋼板」の文言を削除したとしても、(例えば、熱延ステンレス鋼板がメッキ対象鋼板から排除されることは明らかであるが、)冷延ステンレス鋼板はあくまでも冷延鋼板なのであるから、この冷延ステンレス鋼板までもがメッキ対象鋼板から排除されたとはいえない。また、本件訂正明細書中の上記「11は普通冷延鋼板からなる鋼素地」との記載も、本件訂正発明1に係るメッキ対象鋼板の一具体例の例示にすぎないから、かかる記載があることのみによって、本件訂正発明1の「冷延鋼板」を、普通冷延鋼板であると限定的に解釈すべき理由はない。さらに、本件訂正明細書(及び本件明細書)には、「冷延鋼板」とは不動態化皮膜を有しない普通冷延鋼板であると記載されているわけではなく、また、これが本件訂正に係る特許の出願前から当業者にとっての技術常識であるとも認められないから、本件訂正発明1の「冷延鋼板」を、不動態化皮膜を有しない普通冷延鋼板であると解すべき理由もない。
そうすると、請求人の前記主張は何れも失当であり、採用し得ない。

相違点2について;
本件訂正明細書には、無光沢Niメッキ層、光沢Niメッキ層の形成について、以下の事項(i)〜(iv)が記載されている。
(i)「ところで、光沢Niメッキを施して光沢Niメッキ鋼帯を製造する場合、使用する光沢Niメッキの大部分が有機添加剤によるものであるため、該有機添加剤(光沢剤)の作用でNiメッキが硬化(HV400〜500)したり、添加剤中の硫黄がNiと共析して皮膜の耐食性を損ねることが多い。・・・該光沢Niメッキ層は硬くて脆い為、製品化する場合に加工性に乏しく、かつ、加工を施した場合に剥離やクラックが発生しやすく、耐食性も著しく損なわれる欠点があった。」(本件訂正明細書第2頁15〜22行。本件特許掲載公報(以下、単に「本件公報」という)3欄19〜29行参照)、
(ii)「上記無光沢および光沢Niメッキ方法としては、電気メッキ方法が好適に用いられるが、他の適宜なメッキ方法、例えば、無電解メッキ方法、蒸着メッキ方法等も用いることが出来る。」(本件訂正明細書第4頁25〜27行。本件公報5欄8〜11行参照)、
(iii)「該無光沢電気Niメッキ方法としては、ワット浴、スルファミン酸等の通常のメッキ浴を使用した電気メッキを用いている。」(本件訂正明細書第5頁17〜18行。本件公報5欄35〜37行参照)、
(iv)「上記光沢Niメッキ層13の厚さは0.5〜3.0μ、好ましくは0.5〜1.5μであり、通常添加量の1/3の有機添加剤を加え、流速を150m/分〜200m/分に上げることにより、高速度光沢Niメッキ浴による電気メッキを行っている。」(本件訂正明細書第5頁25〜28行。本件公報5欄46〜50行参照)、

そして、上記記載事項(i)〜(iv)によれば、本件訂正発明1における無光沢Niメッキ層とは、電気メッキ方法により形成することができ、その際には、メッキ浴として、少なくとも有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないメッキ浴を使用することにより形成されるNiメッキ層であり、さらに、形成されたメッキ層中には、有機添加剤(光沢剤)、硫黄が含有されていない、或いは、含有量が少ないNiメッキ層であると理解される。
ところで、甲第16号証に記載されるストライクニッケルめっきを行うウッド浴は、「塩化ニッケル 240g/l及び塩酸 100ml/l」(記載事項(2-3))であるから、このメッキ浴が有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないメッキ浴であることは明らかであり、さらに、甲第11号証の記載事項(1-4)にも示されるように、いわゆるストライクニッケルめっきに用いられるメッキ浴が、その成分として有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないものであることは、本件訂正に係る特許の出願前から周知(必要とあらば、無効審判2002-35246号で提出された甲第3号証(丸山清著「めっき実務読本」昭和58年6月30日、日刊工業新聞社発行、第88頁の表10・1)、参考資料1(藤野武彦他著「めっき実用便覧」昭和53年3月5日、工学図書株式会社、第135頁表2・63)等参照)である。
そうすると、前記のとおり、本件訂正発明1でいう無光沢Niメッキ層とは、(電気メッキ方法により形成した場合には、)少なくとも有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないメッキ浴を使用することにより形成されるNiメッキ層であるところ、引用発明における第1Niメッキ層も、有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないメッキ浴を使用することにより形成されるメッキ層なのであるから、第1Niメッキ層中には有機添加剤(光沢剤)、硫黄は当然含まれておらず、その意味で、引用発明における第1Niメッキ層は、本件訂正発明1の「無光沢Niメッキ層」に相当するといえる。

また、本件訂正明細書には、光沢Niメッキ鋼帯の耐食性、加工性について、以下の事項(v)〜(viii)が記載されている。
(v)「本発明によれば、深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯を簡単に製造することが出来ると共に、該光沢Niメッキ鋼帯は無光沢Niメッキ層の存在により耐食性および加工性を備え」(本件訂正明細書第5頁1〜3行。本件公報5欄13〜16行参照)、
(vi)「上記方法で製造された深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼板10は、鋼素地11に一定厚さの無光沢Niメッキ層12を介在して一定厚さの光沢Niメッキ層13を形成するため、無光沢メッキ層12の存在により耐食性および加工性を備えている。」(本件訂正明細書第6頁18〜21行。本件公報6欄21〜25行参照)、
(vii)「該光沢Niメッキ層13の下層にある無光沢Niメッキ層12によって耐食性がカバーされ、クラック発生により耐食性が損なわれることはない。更に、一般にNiメッキ皮膜は硫黄含有量が多いほど自然電位が低いので、光沢Niメッキ層13を貫通する腐食孔(ピンホール)が無光沢Niメッキ層12に達すると、光沢Niメッキ層13と無光沢Niメッキ層12との間に電位差が生じ、下地無光沢Niメッキ層12は光沢Niメッキ層13によりアノード防食を受け、鋼素地11の方向への腐食を緩慢とすることが出来、耐食性をより良好に保持できる。」(本件訂正明細書第7頁7〜14行。本件公報6欄44行〜7欄3行参照)、
(viii)「無光沢Niメッキ層で耐食性および加工性を保持出来る」(本件訂正明細書第9頁12〜13行。本件公報9欄10〜11行参照)

そして、上記記載事項(v)〜(viii)によれば、本件訂正発明1においては、一定厚さの無光沢Niメッキ層が介在することにより耐食性、加工性が保持されるものであることが理解される。
ところで、甲第16号証の記載事項(2-1)〜(2-3)によれば、引用発明では加工性の改善をも一つの目的とし、第1Niメッキ層を設けたニッケルめっき材で良好な加工性が得られたことが示されているが、良好な加工性が得られた技術的な理由、第1Niメッキ層の耐食性についの明確な記載はない。
しかしながら、甲第11号証の記載事項(1-3)によれば、ストライクニッケルめっきにより得られた所定厚のNiメッキ層は、無光沢Niメッキ層と同等の加工性を有することが明らかにされており、そして、引用発明における第1Niメッキ層も、ストライクニッケルめっきを施して形成されたNiメッキ層なのであるから、引用発明で得られた良好な加工性は、第1Niメッキ層が介在することによるものであると当業者は当然に理解するといえる。
また、第1Niメッキ層の耐食性についても、第1Niメッキ層が有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有していないことは既述のとおりであるところ、無光沢Niメッキ層が有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないことによって光沢Niメッキ層に比し耐食性に優れることは、本件訂正に係る特許の出願前から周知(必要とあらば、無効審判2002-35246号で提出された甲第3号証(丸山清著「めっき実務読本」昭和58年6月30日、日刊工業新聞社発行、第92頁下から6〜1行)、甲第7号証(日本金属学会「新制金属講座 新版材料篇 表面処理」1961年、第56頁7〜11行)、甲第9号証(金属表面技術協会編「金属表面技術便覧 改訂新版」昭和51年11月30日、日刊工業新聞社発行、第288頁4〜14行)等参照)であるから、引用発明の第1Niメッキ層が耐食性に優れるという特性を備えることも、当業者であれば当然に予期し得ることといえる。
そうすると、引用発明における第1Niメッキ層は、有機添加剤(光沢剤)、硫黄を含有しないという点ばかりか、耐食性、加工性という作用効果の面からも、無光沢Niメッキ層に相当するといえるから、引用発明の第1Niメッキ層を、その成分、作用効果において何ら異なるところのない「一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ層」で置き換えることには、格別の困難性を要するものとはいえない。
よって、相違点2は、甲第11号証の記載及び周知技術から当業者が容易に想到し得ることと認められ、そして、これによる効果も、当業者が当然に予想し得る程度のものであり格別顕著であるとはいえない。

相違点1、2については前記のとおりであるから、本件訂正発明1は、本件訂正に係る特許の出願前に頒布された刊行物である甲第11、16号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

4-2.本件訂正発明5について
本件訂正発明5と引用発明とを対比するに、前記「4-1.本件訂正発明1について」に記載したように、甲第16号証には、「スキンパス加工を実施したオーステナイト系ステンレス鋼板の鋼素地の表面に、ウッド浴によりストライクニッケルめっきを施して第一層目のNiメッキ層を形成した後、該第一層目のNiメッキ層の表面に1μ程度の厚さの光沢Niメッキ層を設けた深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯及びその製造方法。」(引用発明)が記載されているから、両者は、
「鋼板を搬送して、鋼素地の少なくとも一方の表面に第一層目のNiメッキを施した後に、上記第一層目のNiメッキの表面に一定厚さで光沢Niメッキを施している深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯の製造方法。」で一致する。
しかしながら、
(1)本件訂正発明5では、メッキ対象鋼板を「冷延鋼板」としているのに対して、引用発明では「スキンパス加工を実施したオーステナイト系ステンレス鋼板」としている点(以下、「相違点3」という。)
(2)本件訂正発明5では、第一層目のNiメッキが「一定厚さの耐食性および加工性を保持するための無光沢Niメッキ」であるのに対して、引用発明では、第一層目のNiメッキは、「ウッド浴によりストライクニッケルめっきを施して形成されたメッキ」である点(以下、「相違点4」という。)
(3)本件訂正発明5では、「第1メッキ装置に通して、無光沢Niメッキを施し、第2メッキ装置に通して、上記無光沢Niメッキの表面に光沢Niメッキを施し」としているのに対して、引用発明では、第一層目のNiメッキ、光沢Niメッキをどのように行うのかが明らかでない点(以下、「相違点5」という。)、
(4)本件訂正発明5では、「無光沢Niメッキ層の厚さ以下の厚さで光沢Niメッキを施し」としているのに対して、引用発明では、「第一層目のNiメッキの表面に1μの厚さの光沢Niメッキ」を施しとされているのみであって、光沢Niメッキの厚さが第一層目のNiメッキ層の厚さ以下の厚さであるか明らかでない点(以下、「相違点6」という。)
で両者は相違する。

そこで、上記相違点3〜6について検討するに、相違点3、相違点4については、前記「4-1.本件訂正発明1について」で相違点1、相違点2として検討したと同様の理由により、甲第11号証の記載及び周知技術から当業者が容易に想到し得ることと認められる。

相違点5について;
鋼帯の表面処理の技術分野においては、多層メッキ等の複数の異なった処理を行うにあたり、それぞれの処理に応じた処理装置を設けることは、特に例示するまでもなく周知の技術であるから、引用発明において、第一層目のNiメッキを施す際に第1メッキ装置に通すこと、さらに、第一層目のNiメッキの表面に光沢Niメッキを施す際に第2メッキ装置に通すことは、当業者が容易になし得ることと認められる。

相違点6について;
光沢性、耐食性等の観点から、鋼表面に無光沢Niメッキ層と光沢Niメッキ層の2層構造のNiメッキ層を設けることは周知であり、また、その際、光沢Niメッキ層の厚さを、無光沢Niメッキ層の厚さのほぼ0.33〜1.4倍程度とすることも周知である(必要とあらば、無効審判2002-35246号で提出された甲第4号証(「金属表面技術」11巻10号、1960年、第87頁右欄2〜9行)、甲第7号証(日本金属学会「新制金属講座 新版材料篇 表面処理」1961年、第56頁7〜11行)、甲第9号証(金属表面技術協会編「金属表面技術便覧 改訂新版」昭和51年11月30日、日刊工業新聞社発行、第288頁4〜14行)参照)。
そして、本件訂正発明5における「無光沢Niメッキ層の厚さ以下の厚さで光沢Niメッキを施し」とは、光沢Niメッキ層の厚さを、無光沢Niメッキ層の厚さの1倍以下とするということであるところ、光沢Niメッキ層の厚さを、無光沢Niメッキ層の厚さのほぼ0.33〜1.4倍程度とすることは周知なのであるから、本件訂正発明5における光沢Niメッキ層と無光沢Niメッキ層の厚さの関係は、当業者にとって周知の厚さ比の範囲内のものにすぎない。
ただ、本件訂正発明5では、光沢Niメッキ層の厚さの上限値を、無光沢Niメッキ層の厚さの1倍と定めているものの、本件訂正明細書の記載全体からみても、その上限値を1倍と定めたことに特段の技術的意義があると認められないばかりか、これによって、特有の作用効果が奏されるものとも認められない。
そうすると、相違点6は、引用発明において、第一層目のNiメッキ層と光沢Niメッキ層の2層構造のメッキ層を設ける際に、光沢Niメッキ層の厚さを、第一層目のNiメッキ層に対して通常採用されている程度の厚さ比に定めたにすぎないから、当業者にとって格別の困難性を要することとはいえない。
結局、上記相違点3〜6は、いずれも当業者が容易に想到し得るものと認められ、そして、上記相違点3〜6をもその構成として備えた本件訂正発明5により奏される効果も、当業者が当然に予測し得る程度のものであって、格別顕著であるとはいえない。

したがって、本件訂正発明5は、本件訂正に係る特許の出願前に頒布された刊行物である甲第11、16号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

IV.むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は、平成6年法律第116号附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる改正前の特許法第126条第3項の規定に適合しない。

よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2004-08-31 
結審通知日 2004-09-02 
審決日 2004-09-16 
出願番号 特願平2-90890
審決分類 P 1 41・ 121- Z (C25D)
P 1 41・ 856- Z (C25D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 稲積 義登鈴木 毅  
特許庁審判長 影山 秀一
特許庁審判官 瀬良 聡機
市川 裕司
日比野 隆治
城所 宏
登録日 2000-06-23 
登録番号 特許第3079311号(P3079311)
発明の名称 深絞り電池ケース用の光沢Niメッキ鋼帯およびその製造方法  
代理人 松本 司  
代理人 岩坪 哲  

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