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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N |
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管理番号 | 1115706 |
審判番号 | 審判1999-4379 |
総通号数 | 66 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1996-10-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 1999-03-23 |
確定日 | 2005-04-21 |
事件の表示 | 平成 8年特許願第 40000号「繊維状菌類中に発現する異種ポリペプチドの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成 8年10月29日出願公開、特開平 8-280388〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯・本願発明 本願は、昭和61年8月29日(パリ条約による優先権主張、1985年8月29日 米国、1986年7月7日 米国)に出願された特願昭61-203552号の一部を、平成8年2月27日に分割出願したものであって、その発明の要旨は、平成11年4月22日付けで補正された特許請求の範囲に必須要件項として記載された請求項1、10及び11に記載された以下の通りのものと認める。 「【請求項1】 異種ポリペプチドの製造方法であって、 繊維状菌類を、該ポリペプチドをコードするDNA配列、シグナル配列をコードするDNA配列及び該シグナル配列をコードするDNAに機能的に結合するプロモーター配列であって該繊維状菌類によって機能的に認識されるプロモーター配列を含むベクターでトランスフォームし、よって該DNA配列が該ポリペプチドを発現すること且つ繊維状菌類からの該ポリペプチドの分泌が可能となり、及び 該ポリペプチドを発現させ及び分泌させる ことを含み、該シグナル配列が該異種ポリペプチドにとって本来のものであるか又は該異種ポリペプチドにとって外来のものである製造方法。」(以下「本願発明1」という) 「【請求項10】 異種ポリペプチドの製造方法であって、 アスペルギラスを、該ポリペプチドをコードするDNA配列、真菌類、細菌類又は哺乳類のシグナル配列をコードするDNA配列及び該シグナル配列をコードするDNAに機能的に結合する真菌類プロモーター配列であって前記アスペルギラスによって機能的に認識されるプロモーター配列を含むベクターでトランスフォームし、よって該DNA配列が該ポリペプチドを発現すること且つアスペルギラスからの該ポリペプチドの分泌が可能となり、及び 該ポリペプチドを発現させ及び分泌させる ことを含む製造方法。」(以下「本願発明2」という) 「【請求項11】 異種ポリペプチドの製造方法であって、 トリコデルマを、該ポリペプチドをコードするDNA配列、真菌類、細菌類又は哺乳類のシグナル配列をコードするDNA配列及び該シグナル配列をコードするDNAに機能的に結合する真菌類プロモーター配列であって前記トリコデルマによって機能的に認識されるプロモーター配列を含むベクターでトランスフォームし、よって該DNA配列が該ポリペプチドを発現すること且つトリコデルマからの該ポリペプチドの分泌が可能となり、及び 該ポリペプチドを発現させ及び分泌させる ことを含む製造方法。」(以下「本願発明3」という) 2.引用文献等の記載事項 これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された引用文献1、2、4、5及び平成10年12月11日付け拒絶査定の「備考」に参照文献として記載された「生化学、第53巻(1981) p.427-443」(以下「参考文献」という)には、次の事項が記載されている。なお引用文献5については、平成9年1月7日付け拒絶理由通知書では誤って記載されているが、請求人は、平成9年7月14日付けの意見書において、正しい文献を特定し、その記載内容に基づいて意見を述べている。 引用文献1:Gene, 36 (1985) p.321-331 (1-1)「Neurospora crassaのpyr4遺伝子は、オロチジン-5‘-フォスフェートデカルボキシラーゼをコードし、Aspergillus nidulansのpyrG変異体を染色体組み込みにより形質転換する能力を、導入遺伝子と受容ゲノムとの相同性が低いにもかかわらず有している。pFB6は、pyr4を運び大腸菌で複製可能なプラスミドであるが、その組み込みはpyrG部位においては観察されなかった。形質転換の効率は、A. nidulansの3.5-kb染色体配列ans1を形質転換ベクターに含めることによりかなり向上(50-100倍)した。この配列は、Saccharomyces cerevisiaeにおける複製活性に基づき単離された配列であるが、A. nidulansにおいてそのような活性を有するとの証拠はなかった。ans1断片の一部は、A. nidulansゲノムにおいて反復されているように思われるが、これが直接に高い形質転換効率に関係しているのか否かはまだ明らかではない。A. nidulansの、ans1を有するプラスミドの形質転換効率は、改良された手順によれば、プラスミドDNA1マイクログラム当たり約5×103の安定した形質転換体が得られるというレベルである。」(321頁要約) (1-2)「我々は、Aspergillusに対する形質転換システムとしてプラスミドpFB6について述べた(Balance et al., 1983)。これは、N. crassaのpyr4遺伝子、すなわちオロチジン-5‘-フォスフェートデカルボキシラーゼをコードしている染色体断片を有している(Buxton and Radford, 1983)。それ以来、類似宿主遺伝子を用いたAspergillusの形質転換の報告がなされてきている(Tilburn et al., 1983; Yelton et al., 1984)。これらの手法は、S. cereviciae (Hennen et al., 1978)やN. crassa(Case et al., 1979)のために開発されたものを元にしているが、A. nidulansに対しては十分に最適化されていなかった。」(321頁左欄最下行〜右欄11行) (1-3)「我々は、A. nidulansのDNAの配列であって、S. cerevisiaeにおいてARS(Stinchcomb et al., 1980)として選択されたものを含むベクターを構築することにより、N. crassaのpyr4遺伝子(Balance et al., 1983)を用いた形質転換の効率を向上させることができた。」(322頁左欄5〜9行) (1-4)「N. crassaのpyr4遺伝子は、pBR325において、以下のようにサブクローニングされた : pFB6はBgiIIにより完全に消化され、その後、HindIIIにより部分的に消化され、BamHI及びHindIIIで消化されたpBR325と連結された。該DNAは、E. Coli DB6656をApRに形質転換するために使用され、その後、形質転換体は、ウリジンの補充のない状態での成長能力をテストされた。期待された制限酵素切断パターンを有するプラスミドの一つはpDJB1と名付けられた(図2)。ans1断片は、pFB6-An2からpDJB1へ、pDJB2を提供するためのEcoRI断片として転移された(図2)。」(322頁左欄下から5行〜右欄7行) (1-5)「(d)A. nidulansからのARSの単離」(326頁左欄6行)と題し「何回かの試行のうち、ただ一つのプラスミドが、pFB6単独よりもA. nidulansを高度の効率で形質転換した。このプラスミド、pFB6-An2は、形質転換の効率を約2桁向上させた。……3.5-kbのA. nidulansの断片は、pBR325におけるpyr4遺伝子のサブクローンpDJB1に転移され、pDJB2を形成した(図2)。このプラスミドは、A. nidulansを非常に効率的に形質転換し、この現象を引き起こす配列はA. nidulansの断片上にあり、部位特異的な効果ではないことを示した。 (e) ans1の構造的分析 pdJB2の制限酵素地図は図2に示されている。該A. nidulansの断片は、ans1(Aspergillus nidulans sequence 1)と名付けられた。」(326頁左欄14行〜右欄18行) (1-6)「N. crassaのpyr4遺伝子を用いた、A. nidulansのウリジン非依存性への形質転換の効率は、A. nidulansのDNAであるans1を形質転換ベクターに含めることにより、劇的に向上され得る。」(329頁右欄10〜14行) (1-7)「pDJB2を用いたA. nidulansの形質転換は、今や高度に効率的である。図5は、1mlのプロトプロストが50-100μgのDNAで処理されると、数十万の形質転換体を生じることができることを示している。そのような数は、Aspergillus遺伝子の単離をA. nidulansにおける発現アッセイにより行うことを可能にするに十分である。」(330頁左欄22〜28 行) (2)引用文献2:Gene, 19 (1982) p.127-138 (2-1)「子ウシのキモシン(レニンとしても知られる)は、チーズ製造において商業的に重要な蛋白質分解酵素であり、それをコードするmRNAのコピーである全長cDNAがflバクテリオファージベクターにおいてクローニングされた。該cDNAの塩基配列が決定され、その配列のアミノ酸配列への翻訳から、前駆体プロキモシンが、実際には、イン・ビボで16アミノ酸配列からなるシグナルペプチドを有するプレプロキモシンとして合成されることが予想される。…」(要約) (2-2)プレプロキモシン、すなわちシグナル配列を含むポリペプチドのcDNA塩基配列及びそれに基づく推定アミノ酸配列(第4図) (2-3)「クローン化されたキモシンcDNAの塩基配列の調査は、イン・ビボで合成される該蛋白質が『プレプロキモシン』、すなわちプロキモシンのN末に16の付加的なアミノ酸配列を含むものであることを示した。この16アミノ酸配列からなるペプチドは、典型的なシグナル配列(Steiner et al., 1980)を構成するものと思われるが、通常、N末の近くの正に帯電するアミノ酸(2位のアルギニン)及び親水性のアミノ酸の長い腕を含んでいる。これは少なくとも2種の蛋白質処理が、活性を有するキモシン生産のために必要であることを意味し、現在調査中の、原核生物又は真核生物がこの処理を行う能力があるかという問題を提示する。」(136頁左欄12〜26行) (3)引用文献4:特開昭58-174396号公報 (3-1)「1.酵母菌有機体による発現、プロセシング及び分泌の生産物として、前記酵母菌有機体に対して異種構造であり、望ましくないポリペプチドの前配列または他の発現のアーチファクトを伴わない離散した形態のタンパク質。」(特許請求の範囲第1項) (3-2)「5.1)酵母菌有機体に対して異種構造のタンパク質をその異種構造の信号ポリペプチドと一緒に暗号化するDNAを機能的に収容する発現媒質で、形質転換された生存できる酵母菌細胞、および2)前記酵母菌細胞培養物を保持する培地、前記培地は前記酵母菌有機体の発現、プロセシング及び分泌の生産物として前記タンパク質を含有する、前記酵母菌有機体に対して異種構造のタンパク質を生産できる酵母菌有機体細胞培養物。」(特許請求の範囲第5項) (3-3)シグナル配列を有するインターフェロンをコードする遺伝子を含むYEpIPTプラスミド(preと記されたもの。遺伝子の構成No.II、IV、VI、VII)で形質転換された酵母菌は、細胞外の培地中に異種タンパク質であるインターフェロンを分泌していること(13頁の表1) (4)引用文献5:Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 77 (1980) p.3369-3373 (4-1)「我々は、ペニシリナーゼシグナル配列をコードするDNAの中にあるか、或いはその近辺のPst特異的な制限部位を持つ一連のプラスミドを作成した。挿入されたDNAは、そのシグナル配列内とその直後にある全ての3つのフレームを読むことができる。我々は、これらのプラスミド内でラットのプロインシュリン及びプレプロインシュリンの構造的情報のPst-終端DNAのコピーをクローン化して、ペニシリナーゼ(バクテリアのもの)とインシュリン(真核生物のもの)のシグナル配列の多くのハイブリッドを作成した。我々は、その後、大腸菌のペリプラズムにあるインシュリン抗原のレベルと細胞内にあるそれの比較を行った。我々は、バクテリア及び真核細胞のシグナルのいずれも、ラットのインシュリン抗原をペリプラズム間隙に運搬するのに十分であるとの結論に達した。」(3369頁の要約) (5)参考文献:生化学, 53 (1981) p.427-443 (5-1)「タンパク質には細胞外に分泌されたり、細胞膜系に組み込まれたりしているものがある。細胞内で合成されたタンパク質のうち、特定の物が膜を通過する機構は基本的な点では各種生物間で共通であるらしい。」(427頁要約) (5-2)「分泌タンパク質の合成は細胞質の遊離リボソームによって開始されるが、合成途上のポリペプチドのN末端には、約20個のアミノ酸配列から成る配列で、最終産物(成熟タンパク質、mature protein)にはみられない配列が存在し、これをシグナル配列(シグナルペプチド)と呼ぶ。シグナル配列はタンパク質局在化の信号となるものであり、疎水的性質を持つ。これによって新生ペプチドが膜に結合する。一方、膜にはシグナルペプチドやリボソームに対する受容体が存在し、これらの相互作用の結果、膜結合型ポリソームが形成され、また膜にはポリペプチド通過のためのタンパク質性の孔(tunnel、pore)が形成される。ポリペプチドはその合成と並行して(contranslationalに)この孔を介して膜を通過する(図2)。シグナルペプチドは、この過程の途中または直後に切断される。…シグナルペプチドを持つ前駆体は生化学的検出が容易なため集中的に研究され、次々と発見されてきている。」(429頁左欄3行〜右欄10行) (5-3)「タンパク質局在機構の基本は、各種生物間で共通である可能性が高いことが明らかになりつつある。例えば、in vitroの系において、mRNA、タンパク質合成系、小胞体膜胞を異なる生物から調製して組み合わせてみても、分泌タンパク質の膜小胞への取り込みが起こる。このことはショウジョウバエとイヌやネズミの間にも成り立つ。また、アフリカツメガエルの卵母細胞に種々の生物からのmRNAを注入した場合、mRNAから翻訳されたタンパク質は元の生物の細胞におけると同じ局在性を示す。例えば、分泌タンパク質はカエル細胞でも正しく分泌される。…種特異性の広さは、さらに原核細胞にまで及ぶ。遺伝子組換え法で大腸菌にクローン化された遺伝子から合成されるプレプロインシュリンや卵白アルブミンは、大腸菌でもペリプラズムに分泌され、またそのシグナルペプチドは正しい場所で切断を受ける。このような種間にまたがる共通性は、タンパク質局在機構が細胞にとって基本的なものであり、細胞やその膜系の起源と進化において一つの根本的な機構であることを示唆するものと思われる。」(440頁左欄下から9行〜右欄12行) 3.対比 次に、本願発明1と引用文献1に記載された発明(以下「引用発明」という)とを対比する。 引用文献1に記載された「A. nidulans」「形質転換」は、各々「繊維状菌類」「トランスフォーム」に相当する。したがって、本願発明1と引用発明とは、「繊維状菌類を、ベクターでトランスフォームする方法」である点で一致し、以下の点で相違している。 相違点: (1)前者は、使用するベクターが、異種ポリペプチドをコードするDNA配列、及びそれに機能的に結合するプロモーター配列であって線維状菌によって機能的に認識されるプロモーター配列を含んでおり、それにより異種ポリペプチドを製造する方法であるのに対し、後者は、単にベクターを用いてトランスフォームする方法に留まり、異種ポリペプチドを製造することまでは特定されていない点 (2)前者は、使用するベクターが、シグナル配列を含有しており、異種ポリペプチドが発現と同時に分泌されるものであるのに対して、後者はそのようなシグナル配列についての特定がない点 4.相違点(1)についての判断 引用発明で用いられているベクターは、A. nidulansの形質転換効率を高めた形質転換ベクターであり、最終的には、線維状菌類に外来遺伝子を導入・発現させることを目的としたものであることは明らかである。 また、本願明細書の「従来の技術」の欄に、 「生合成デヒドロクイナーゼを欠いたN.クラッサ(N.crassa) のaroD 変異体の相補性を含む繊維状菌類中でのトランスフォーメーション及び発現が報告されている(16)。それ以来、グルタメート・デヒドロジェネース欠損N.クラッサ(N.crassa) 変異体の相補性に基づくトランスフォーメーションも発展してきている(17)。各々の場合、相補性に使用されたデヒドロクイナーゼ(qaz)とグルタメート・デヒドロジェネース(am)遺伝子はN.クラッサ(N.crassa) 由来のもので、それ故同種発現も含まれている。繊維状菌類中での他の同種発現の例には、A.ニドゥランス(A.nidulans) 中の独立栄養マーカーtyp C(18)及び argB(19)の相補性や、アセトアミダーゼをコードするA.ニドゥランス(A.nidulans) 遺伝子の発現によるアセトアミド又はアクリルアミドの利用へのA.ニドゥランス(A.nidulans) のトランスフォーメーションが含まれる。繊維状菌類中での異種ポリペプチドの発現は、菌類及び細菌類のポリペプチドのトランスフォーメーション及び発現に限定される。例えば、オロチジン-5’-リン酸・デカルボキシレースを欠いているA.ニドゥランス(A.nidulans) は、N・クラッサ(N.crassa) 由来の pyr4遺伝子をコードするDNA配列を含むプラスミドによりトランスフォームされた。(21、32)A.ニガー(A.niger)もトランスフォームによりA.ニドゥランス(A.nidulans) 由来のアセトアミダーゼをコードする遺伝子を発現し、アセトアミド及びアクリルアミドを利用している。(22)繊維状菌類中での細菌のポリペプチドの異種発現の例には、N.クラッサ(N.crassa) (23)、デクチトステリウム・ディスコイデウム (Dictyostelliumdiscoideum)(24)及びセファロスポリウム・アクレモニウム (Cephalosporium acremonium)(25)中での細菌ホスホトランスフェラーゼの発現がある。同種及び異種の菌類中での発現のこれら例の各々において、その発現したポリペプチドはその繊維状菌類の細胞内に維持されていた。」(本願の公開公報である特開昭62-175183号公報の4頁左上欄16行〜左下欄16行) と記載され、同記載中の各参照文献は、すべて本願の優先日以前に発行されたものであるから、遺伝子工学分野では、繊維状菌類において異種ポリペプチドを含めた外来のポリペプチドをコードするDNA配列を発現させることは、本願の優先日当時、周知の技術的課題であり、異種ポリペプチドについてもすでにいくつかの発現例が知られていたものと認められる。 したがって、引用発明の方法で用いられているベクターに、さらに、異種ポリペプチドをコードするDNA配列及びその発現に当然必要とされる機能的なプロモータ配列を含ませること、すなわち、ポリペプチドを「コードするDNAに機能的に結合するプロモーター配列であって該繊維状菌類によって機能的に認識されるプロモーター配列」を含ませることは、当業者が容易に想到しうることである。 5.相違点(2)についての判断 シグナル配列がそのC末側に結合したポリペプチドの分泌をもたらすものであることは、参考文献の記載からも明らかなように周知である。そして、引用文献2には、繊維状菌類にとって異種ポリペプチドであってシグナル配列を有するもの及びそれをコードする塩基配列が記載されている。さらにこれ以外にも、シグナル配列がポリペプチドに機能的に結合したものは、参考文献の記載からも明らかなように周知である。 また、引用文献4には、酵母菌を宿主として、異種蛋白をシグナル配列と一緒に発現させることにより、シグナル配列が機能して異種蛋白が分泌されたことが記載されている。さらに、引用文献5には、バクテリア及び真核細胞のシグナルが、大腸菌においてペリプラズム間隙に異種タンパク質を運搬するために十分機能した(大腸菌はグラム陰性菌であり、外膜を有するため、シグナル配列が機能した場合でも、蛋白は、ペリプラズム間隙に留まることは技術常識である。)ことが記載されている。 そして、異種ポリペプチドを発現させるに際して、その分離、精製を容易にするために、該異種ポリペプチドを分泌させることは、遺伝子工学分野において周知の技術的課題であるから、引用発明の方法においても、異種ポリペプチドを発現させるだけでなく、さらに分泌もさせるために、異種ポリペプチドとしてシグナル配列が結合したものを選択することは、当業者であれば容易に想到しうることである。 そして、参考文献に記載されているように、シグナル配列の機能は、動物細胞から原核生物に至る広い範囲の各種生物間で共通しており、細胞や膜系の起源と進化において根本的な機構であることが技術常識であるから、繊維状菌類においても、異種ポリペプチドに結合したシグナル配列が機能して異種ポリペプチドの分泌がなされるであろうと予測するのが自然である。しかも、本願発明1の方法で用いられる「シグナル配列」は異種のものに限定されず、本来、宿主の繊維状菌類において機能しているシグナル配列も含まれるのであり、さらに、本願発明1の方法で発現させる異種ポリペプチド自体も、異種でありさえすれば近縁種の他の繊維状菌類由来のものでよいのであるから、このように宿主の繊維状菌類において、現に分泌されているポリペプチドとよく似た条件において、発現ポリペプチドの分泌がされることは容易に予測しうることである。 また、請求人の提出した参考資料7(Science, 228, (Aplil. 1985) p.21-26)には、繊維状菌の分泌蛋白であるグルコアミラーゼのシグナル配列が、宿主である酵母において発現された際に正しく処理され、グルコアミラーゼが分泌されたことが記載されている(その他、欧州特許出願公開第137280号明細書(April. 1985)にも、T. Reeseiのシグナル配列が酵母宿主中で機能し分泌が生じたことが記載されている)。とすれば、このように繊維状菌類ではない酵母宿主ですら機能した繊維状菌類のシグナル配列が、より近縁の繊維状菌類宿主において機能し、異種ポリペプチドが分泌されることは、きわめて自然に予想しうることである。 6.総合的判断 以上のことから、本願発明1は、引用文献1、2、4、5及び参考文献に記載された事項に基づき、当業者が容易に相当し得るものであり、また、その効果も、異種ポリペプチドが分泌されたという、本願発明の構成から当業者であれば容易に予測しうる程度のものに過ぎない。 7.むすび 以上のとおり、本願発明1は、引用文献1、2,4,5に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、本願発明2及び3については判断を示すまでもなく、本願発明は特許を受けることができない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2004-12-01 |
結審通知日 | 2004-12-03 |
審決日 | 2004-12-16 |
出願番号 | 特願平8-40000 |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C12N)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 滝本 晶子 |
特許庁審判長 |
鵜飼 健 |
特許庁審判官 |
種村 慈樹 長井 啓子 |
発明の名称 | 繊維状菌類中に発現する異種ポリペプチドの製造方法 |
代理人 | 大塚 文昭 |
代理人 | 今城 俊夫 |
代理人 | 宍戸 嘉一 |
代理人 | 中村 稔 |