• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 無効とする。(申立て全部成立) C09K
管理番号 1117339
審判番号 無効2003-35286  
総通号数 67 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-07-19 
種別 無効の審決 
審判請求日 2003-07-11 
確定日 2005-05-23 
事件の表示 上記当事者間の特許第2965229号発明「液晶組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2965229号の請求項1ないし請求項7に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1 手続の経緯
本件特許第2965229号発明についての出願は、平成4年12月28日に出願され(特願平4-360271号)、平成11年8月13日に特許権の設定の登録がなされたもので、平成14年5月15日に訂正審判が請求され(訂正2002-39120号)、その平成14年11月6日にした訂正認容審決は、平成14年11月18日に確定している。
本件審判事件は、メルク パテント ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフトング及びメルク株式会社が、この特許第2965229号の請求項1〜7項に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求めて平成15年7月11日に提起したものである。
2 本件特許発明
本件特許発明は、訂正2002-39120号の審判請求書に添付された訂正明細書の請求項1〜7に記載されたとおりの以下のものである。
「【請求項1】下記一般式(I)で表される非カイラルな化合物と、吸着剤に対する吸着性が一般式(I)で表される非カイラルな化合物より大きくない下記一般式(II)または一般式(III)で表されるカイラルな化合物からなり、液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合、らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい、シアノ基含有化合物を含まないアクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物(ここで、P0は25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり、Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである。)。
【化1】

(I)
{一般式(I)において、六員環 A、B、CおよびDは、それぞれ独立に、トランス-1,4-シクロへキシレン、1-シクロヘキセン-1,4-ジイルまたは1,4-フェニレンを示し、 g、hおよびiは0または1を示し、(g+h+i)≧1であり、X、YおよびZはそれぞれ独立に単結合、-CH2-CH2-、-OCH2-または-CH2O-を示し、R1およびR2はそれぞれ独立にH、CnH2n+1-、CnH2n+1O-もしくはCnH2n+1-O-CkH2k-(ただし、nおよびkはそれぞれ独立に1ないし18の整数である)、またはCnH2n-1-、CnH2n-1O-、CnH2n-1-O-CkH2k-、CnH2n-3-、CnH2n-3O-もしくはCnH2n-3-O-CkH2k-(ただし、kは上記と同じ、nは2ないし18の整数である)を示し、(n+k)≦18であり、該式における少なくとも一つのH原子はF原子で置換されていてもよい。}
【化2】

(II)
{一般式(II)において、六員環 a、b、cおよびdはそれぞれ独立に、トランス-1,4-シクロへキシレン、1-シクロヘキセン-1,4-ジイルまたは1,4-フェニレンを示し、 g、hおよびiは0または1を示し、(g+h+i)≧1であり、x、yおよびzはそれぞれ独立に単結合、-CH2-CH2-、-OCH2-または-CH2O-を示し、R3およびR4はそれぞれ独立にH、CnH2n+1-、CnH2n+1O-もしくはCnH2n+1-O-CkH2k-(ただし、nおよびkはそれぞれ独立に1ないし18の整数である)、またはCnH2n-1-、CnH2n-1O-、CnH2n-1-O-CkH2k-、CnH2n-3-、CnH2n-3O-もしくはCnH2n-3-O-CkH2k-(ただし、kは上記と同じ、nは2ないし18の整数である)を示し、(n+k)≦18であり、該式における少なくとも一つのH原子はF原子で置換されていてもよく、R3、R4、x、yおよびzの少なくとも一つは不斉炭素原子を有する。}
【化3】

(III)
{一般式(III)において、R5は、H、F、CnH2n+1-、CnH2n+1O-、CnH2n+1COO-もしくはCnH2n+1OCO-(ただし、nはそれぞれ独立に1ないし18の整数である)、またはCnH2n-1-、CnH2n-1O-、CnH2n-1COO-、CnH2n-1OCO-、CnH2n-3-、CnH2n-3O-、CnH2n-3COO-もしくはCnH2n-3OCO-(ただし、nはそれぞれ独立に2ないし18の整数である)、あるいはCnH2n+1-Ph-COO-もしくはCnH2n+1-Ph-OCO-(ただし、nはそれぞれ独立に1ないし18の整数である)を示し、Phは1,4-フェニレンを示し、R6はH、CnH2n+1-(ただし、nは1ないし18の整数である)もしくはCnH2n-1-(ただし、nは2ないし18の整数である)であり、環Eは唯一つの二重結合を他の環とは共有せずに有する縮合環であるか、または、5-位または6-位が炭素数1ないし18のアルキル基またはアルコキシ基で置換されても良い縮合環である。}(ただし、下記の組成物Aあるいは組成物Bに1重量%の4-[トランス-4-(トランス-4-プロピルシクロヘキシル)シクロヘキシル]-1-(1-メチルヘプチルオキシ)-2,6-ジフルオロベンゼンをカイラル剤として添加した液晶組成物を除く。)

【請求項2】 前記カイラルな化合物が、一般式(II){ただし、六員環a、b、cおよびdと g、hおよびiとは前記と同じであり、x、yおよびzはそれぞれ独立に単結合、-CH2-CH2-を示し、R3およびR4はそれぞれ独立にH、CnH2n+1-、CnH2n+1O-もしくはCnH2n+1-O-CkH2k-(ただし、nおよびkはそれぞれ独立に1ないし18の整数である)、(n+k)≦18であり、六員環 a、b、cおよびdの少なくとも一つが1,4-フェニレンを表すとき、そのフェニレン環の側位のH原子はF原子で置換されてもよい。R3およびR4の少なくとも一つのH原子はF原子で置換されてもよく、R3、R4の少なくとも一つは不斉炭素原子を有する。}で示される化合物である請求項lに記載の液晶組成物。
【請求項3】 カイラルな化合物が下記一般式(V)で表される化合物である請求項1記載の液晶組成物
【化4】

(V)
{一般式(V)において、六員環SおよびTはトランス-1、4-シクロへキシレンまたは1、4-フェニレンを示し、pは0または1の整数を示し、UおよびVは単結合または-CH2-CH2-を示すが同時に-CH2-CH2-であることはなく、R9はCnH2n+1-を示し、nは1ないし18の整数を示し、R10は下記の部分式(VI)で示され、
【化5】

(VI)
〔一般式(VI)において、qおよびrは独立に0または1の整数を示し、mは2ないし12の整数を示し、RはF-またはCH3-を示す。式(V)において、環Tが1、4-フェニレンであるときはその2-位または3-位のHはFで置換されていてもよい。〕}。
【請求項4】一般式(I)で示される非カイラル化合物が下記一般式(IV)で表される化合物である請求項1、2および3のいずれか1項に記載の液晶組成物
【化6】

(IV)
{一般式(IV)において六員環 A’、B’、C’およびD′はそれぞれ独立に、トランス-1,4-シクロへキシレン、1-シクロヘキセン-1,4-ジイルまたは1,4-フェニレンを示し、 g、hおよびiは0または1を示し、(g+h+i)≧1であり、X’、Y’およびZ’はそれぞれ独立に単結合または-CH2-CH2-を示し、R7はCnH2n+1-(ただし、nは1ないし18の整数である)もしくはCnH2n-1-(ただし、nは2ないし18の整数である)または CnH2n+1O-CkH2k-(ただし、nは1ないし18の整数である)を示し、R8は、CmH2m+1-またはCmH2m+1O-(ただし、mは1ないし18の整数である)、F、CHF2O-もしくはCF3O- を示し、kは1ないし17の整数を示し、(n+k)≦18であり、X’、Y’およびZ’の中、少なくとも一つは単結合である。また環 D’が1,4-フェニレンであり、かつ、R8がF、CHF2O-またはCF3O-であるときは1,4-フェニレンのR8に関してオルト位のHはFで置換されていてもよく、また、gが1であり、かつ、環B’もしくは環C’が1,4-フェニレンであるときは該環の側位のHはFで置換されていても良い。}。
【請求項5】 吸着剤に対する吸着性が一般式(I)で表される非カイラルな化合物より大きくない化合物が一般式(III)で表される光学活性化合物である請求項1に記載の液晶組成物 。
【請求項6】 一般式(III)で表される光学活性化合物が一般式(VIII)で表される化合物である請求項5に記載の液晶組成物
【化7】

(VIII)
{式(VIII)において、R11はH、F、CnH2n+1-、CnH2n+1O-、CnH2n+1COO-もしくはCnH2n+1OCO-(ただし、nはそれぞれ独立に1ないし18の整数である)、またはCnH2n-1-、CnH2n-1O-、CnH2n-1COO-もしくはCnH2n-1OCO-、(ただし、nはそれぞれ独立に2ないし18の整数である)を示す。}。
【請求項7】請求項1〜6のいずれか1項に記載の液晶組成物を含む液晶表示素子。」

(以下、請求項1〜7に係る発明を、それぞれ、「本件発明1」〜「本件発明7」といい、それらをまとめて「本件発明」という。また、請求人の分説に倣い、本件発明1を以下のように(A)〜(F)に分説して、それぞれ、構成要件(A)〜(F)という。
(A)下記一般式(I)で表される非カイラル化合物と、
(B)吸着剤に対する吸着性が一般式(I)で表される非カイラル化合物より大きくない下記一般式(II)または一般式(III)で表されるカイラル化合物とからなり、
(C)液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合、らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい(ここで、P0は25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり、Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである。)
(D)シアノ基含有化合物を含まない、
(E)アクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物
(F)ただし、下記の組成物Aあるいは組成物Bに1重量%の4-〔トランス-4-(トランス-4-プロピルシクロヘキシル)シクロヘキシル〕-1-(1-メチルヘプチルオキシ)-2、6-ジフルオロベンゼンをカイラル剤として添加した液晶組成物を除く。
(一般式(I)〜(III)、「組成物A」、「組成物B」は前記のとおり。))

3 請求人の主張する無効理由の概要
請求人は、本件発明1〜7についての特許を無効にする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求めて、以下の無効理由1〜5を主張している。
(1)無効理由1
本件発明1、4〜7は、本件出願前に日本国内において公然実施をされた発明であるから、特許法第29条第1項第2号に該当し、同法第123条第1項第2号に該当する。その証拠方法として、以下の甲第1号証〜甲第15号証を提出している。
甲第1号証:フラットパネル・ディスプレイ 1991
甲第2号証:シャープ液晶カラーテレビ総合カタログ「LIQUID CRYSTAL TELEVISION CRYSTALTRON」(1991年3月)
甲第3号証の1:井上晴男の宣誓書(2000年8月31日)
甲第3号証の2:シャープ液晶カラーテレビ(形式6E-H1SL、製造番号312595)保証書控(1991年3月18日購入)
甲第4号証:シャープ製液晶カラーテレビ「6E-H1-SL」の写真(平成12年10月31日撮影)
甲第5号証:ゲオルグ・ウェーバーの宣誓書(2000年8月30日)
甲第6号証:液晶カラーテレビ(6E-JD1-BK、製造番号313223及び6E-H1-SL、製造番号312296)の外観及び分解途中の写真
甲第7号証:シャープカラーテレビ(6E-JD1-BK、製造番号313223及び6E-H1-SL、製造番号312296)の分析結果レポート(ボルフガング・ゲッツマン、2001年10月9日)
甲第8号証の1:井上晴男の宣誓書(2000年8月31日)
甲第8号証の2〜7:井上晴男の宣誓書(甲第8号証の1)の付属書類(メルク・ジャパン株式会社青木誠からシャープ株式会社宛の書簡、H.INOUEの訪問報告書、シャープ株式会社宛の出荷記録)
甲第9号証の1〜4:製造記録(EFO.NO.P219)及び鈴木智夫、河本清彦、出口美保の宣誓書
甲第10号証の1〜3:液晶混合物MS89530の製造報告書及び保田利邦、河本清彦の宣誓書(2000年9月1日)
甲第11号証の1〜3:液晶混合物MS89530Aの製造記録及び関戸美栄子、河本清彦の宣誓書(2000年9月1日)
甲第12号証の1〜3:液晶混合物MS89530Aの製造記録及び関戸美栄子、河本清彦の宣誓書(2000年9月1日)
甲第13号証の1、2:メルクジャパン株式会社からチッソ株式会社宛てに出された液晶材料の注文書(1989年11月6日、1989年12月16日)
甲第13号証の3、4:チッソ株式会社からメルクジャパン株式会社宛てに出されたコレステリルノナノエート(CN)の検査表(1990年1月8日、1990年2月6日)
甲第14号証:シャープ株式会社民谷博史からメルク・ジャパン株式会社トーマス・ゲハール宛書簡(2001年7月6日)及び船田文明の宣誓書(2001年7月4日)
甲第15号証:ブリジット・シューラーの実験報告書(MS89530及びMS89530Aのピッチ測定データ)(2003年6月18日)

(2)無効理由2
本件発明1、4〜7は、本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたので、同法第123条第1項第2号に該当する。その証拠方法として、以下の甲第16号証〜甲第22号証、甲第27号証、甲第30号証を提出している。
甲第16号証:チッソ株式会社の液晶LIXONのパンフレット(1990年9月15日)
甲第17号証:特開平3-85518号公報
甲第18号証:特開平4-161924号公報
甲第19号証:「Helical Twisting Power of Chiral Dopants in Nematic Liquid Crystals」(1989年7月)
甲第20号証:「New Chiral Dopants With High Helical Twisting Power in Nematic Liquid Crystals」(1989年7月)
甲第21号証の1〜3:谷野友哉の宣誓書(2003年3月5日)、荒川清一の宣誓書(2003年3月6日)及び船田文明の宣誓書(2003年2月21日)
甲第22号証:ブリジット・シューラーの実験報告書(LIXON5041XX、5047XXにコレテリルノナノエートを添加した液晶組成物のピッチ測定データ)(2003年6月23日)
甲第27号証:特表平5-501735号公報
甲第30号証 松本正一の証明書(平成15年8月20日)

(3)無効理由3
本件発明1〜4、7は、本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたので、同法第123条第1項第2号に該当する。その証拠方法として、前記甲第16号証、甲第27号証と以下の甲第22号証〜甲第26号証を提出している。
甲第23号証:特開昭59-10540号公報
甲第24号証:特開昭63-22893号公報
甲第25号証:特開昭63-48239号公報
甲第26号証:チッソ株式会社からメルクパテントGmbHラインハルト・シュットラー宛の書簡(2000年9月4日)

(4)無効理由4
本件特許明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載に不備があるので、本件発明の特許は、特許法第36条第4項、第5項及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当する。その証拠方法として、以下の甲第28号証及び甲第29号証を提出している。
甲第28号証:ブリジット・シューラーの実験報告書(2003年10月16日)
甲第29号証:平成14年(ワ)第25697号事件原告第4準備書面

請求人が指摘した具体的な記載不備の理由は、下記のとおりである。
ア 吸着剤が不明である。
本件請求項1では、要件(C)で、「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合、らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい」と規定しており、らせんピッチの変化P/P0の測定は、当業者に明確であるが、「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合」が、不明確である。すなわち、液晶を精製する吸着剤として通常使用されるものには、活性炭、アルミナ、シリカゲル等があり、液晶化合物の吸着性は吸着剤の種類によって大きく異なるし、同じ種類、例えば同じシリカゲルタイプであっても吸着性が大きく異なるにもかかわらず、請求項1では吸着剤が全く特定されていない。本件明細書段落【0036】には、吸着剤処理に関して、「カイラルネマチック液晶混合物A-1およびA-2に吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)を・・・添加して処理した後、25℃においてそのらせんピッチPを測定」と記載されているが、「吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)」という記載では、シリカゲルが50%の場合もあるし、100%の場合もある。シリカゲル50%であるときに、残りが活性のない単なるキャリア物質である場合もあるし、さらに活性の強いアルミナの場合もある。本件明細書段落【0080】に「シリカゲル等」と明確に記載されているように、一般に用いられているアルミナ(100%)をも明らかに含む。要するに、請求項1の要件(C)の記載は、どのような条件で処理したときの吸着性を問題にしているのか不明りょうである。
甲第28号証から明らかなように、P/P0は一般的なシリカゲルの間であっても大きく異なり、乾燥処理をしたかどうかでも異なる。RP-18というシリカゲルを用いたときには、本件の比較例の組成物ですらピッチの延長がない。
本件発明は組成物の特許であるから、要件(C)は組成物を特定するための基準でなければならないが、基準が明確でないために発明の範囲が不明確であり、実施品が発明の技術的範囲に属するか否かの判断が全くできない。したがって、請求項1における「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合」との規定では、発明の外延が不明りょうであるから、本件請求項1には、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されていないから、平成6年改正前特許法第36条第5項第2号の規定に違反する。

イ カイラル化合物と非カイラル化合物の吸着性の大小の比較とP/P0<1.10の関係が矛盾する。
本件特許請求項1には、要件(B)として、「吸着剤に対する吸着性が一般式(I)で表される非カイラルな化合物より大きくない下記一般式(II)または一般式(III)で表されるカイラルな化合物からなり」とあり、これは、液晶組成物中の個々の非カイラル化合物より、カイラル化合物の吸着性が小さいことを規定したものであるから、液晶組成物全体ではP/P0≦1という関係が成立する。ここで、「非カイラル化合物」とは、混合物ではなく単一の化合物を意味することが、その文言上明らかである。「非カイラル化合物」という文言を「非カイラル化合物の混合物」と解釈することができないことは明らかである。個々の非カイラル化合物すべてとの比較においてカイラル化合物の吸着性が大きくないという関係が成り立つと、そのような液晶組成物のP/P0が理論的に≦1となること(要件(B))は、被請求人も認めている(甲第29号証)。
一方、要件(C)は液晶組成物全体についてP/P0<1.10を規定したもので、もともとP/P0≦1と規定されていたところに(要件(B))、重ねてP/P0<1.10の要件が付加されたもので、そうすると、P/P0<1.10の要件は全く不要な要件であるから、本件特許請求の範囲の記載は、必須要件のみを記載すべしとした第36条第5項第2号の規定に違反する。もし、P/P0<1.10が必須要件であるとすると、「非カイラル化合物よりカイラル化合物の吸着性が大きくない」という要件、すなわちP/P0≦1の要件と矛盾し、発明が不明りょうである。吸着性に関し、組成物全体についてのP/P0<1.10だけで本発明を特定するのであれば、「非カイラル化合物よりカイラル化合物の吸着性が大きくない(要するにP/P0≦1)」という要件(B)の方が必須要件ではないことになり、同様に第36条第5項第2号の規定に違反する。

ウ 要件(B)を満たす液晶組成物を実施することができない。
前述のとおり、要件(B)は、液晶組成物中の個々の非カイラル化合物より、カイラル化合物の吸着性が大きくないことを規定したものであるが、本件明細書の発明の詳細な説明には、個々の非カイラル化合物の吸着性と、カイラル化合物の吸着性との比較が全くされておらず、「個々の非カイラル化合物よりカイラル化合物の吸着性が大きくない」という要件を満たす発明が記載されていない。したがって、本件請求項1の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という第36条第5項第1号の規定に違反する。
また、「個々の非カイラル化合物よりカイラル化合物の吸着性が小さい」という要件を満たす発明をどのようにして実施するか、すなわち、どのようにして「吸着性が、非カイラル化合物の吸着性より大きくないカイラル化合物」を選ぶかが発明の詳細な説明の欄には全く記載されていないから、発明の詳細な説明の欄には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえないので、本件特許の明細書の記載は、第36条第4項の規定に違反する。

エ P/P0<1.10を満たす発明が本件発明の効果を奏するか不明である。
本件の要件(C)「P/P0<1.10」は、訂正審判によりより加入されたものであるが、平成14年5月15日付け訂正審判請求書にも記載されているとおり、比較例1、2のP/P0=1.10をその根拠としたものである。確かに、「比較例」の趣旨からして、P/P0が1.10では本発明の効果を示さないことは理解できるが、P/P0が1.10より小さいければ効果があるとする記載は明細書には一切ない。P/P0が例えば1.09でも、1.08でも効果があると見なければならないことになるが、明細書からは一切読み取ることができない。実施例でのP/P0は最大で1.04である。したがって、P/P0<1.10を満たすすべての範囲において、本発明の効果を奏することが明細書に記載されていないから、発明の詳細な説明の欄には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえない。本件特許の明細書の記載は、同法第36条第4項の規定に違反するものである。

オ 本件発明が全体として容易に実施できない。
請求項1の式(I)は極めて広範な定義であり、シアノ基、エステル結合を含まない条件のもとでほとんどの非カイラル液晶化合物が含まれる。カイラル化合物が式(II)で表される化合物の場合、式(II)も式(I)と同様、極めて広範な定義である。この場合、カイラル化合物として式(II)の中からどのようにして適当な化合物を選択し、また非カイラル化合物として式(I)の中からどのようにして適当な化合物を選択したらよいのか、当業者であっても全くわからない。本来、要件(B)がその選択の基準を示しているはずのものであるが、明細書にはどのようにしてカイラル化合物及び非カイラル化合物を選ぶのかは全く記載がない。そうすると、途方もない膨大な組合せがある中から、何の指針もない状態で適当にカイラル化合物と非カイラル化合物を選んで液晶組成物を作り、そしてピッチを測定し、本件の要件を満たす組成物かどうかを判断しなければならないとしたら、本発明を実施するに当たり当業者に過度の試行錯誤を強いることになる。したがって、本件明細書の詳細な説明の欄には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえない。
一方、カイラル化合物として式(III)の化合物を選んだときも、式(I)で表される膨大な化合物の中から、どのような観点で非カイラル化合物を選んだらよいのか全く記載がなく、当業者が容易に発明を実施することができない。したがって、本件明細書の詳細な説明の欄には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえない。

(5)無効理由5
訂正審判(訂正2002-39120号、平成14年5月15日審判請求)による訂正で加入された「精製によるピッチ変化P/P0が1.10より小さい」という事項は願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてされたものではなく、また、その訂正は実質上特許請求の範囲を変更するものであり、平成6年法律第116号による改正特許法附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる同改正前の特許法第126条第1項ただし書きの規定及び同条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第7号に該当する。

4 被請求人の主張の概要
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、請求人の主張する無効理由1〜5に対し、以下のように反論している。
(1)無効理由1について
ア 請求人は、シャープ製のLCカラーTV Crystaltron 6E-JD1-BK 製造番号313223(「223テレビ」)及びCrstaltron 6E-H1-SL 製造番号312296(「296テレビ」)は、それぞれ1990年7-12月期及び1991年1-6月期に日本国内で製造され、本件特許出願日より前に販売されていたことの証拠として甲第1号証〜甲第6号証及び甲第14号証を引用するが、甲第1号証〜甲第6号証及び甲第14号証は、請求人主張を立証し得るような確実な証明力を有するものではない。

イ 甲第7号証の組成分析に関する情報は、ガスクロマトグラフイーによる成分分離のクロマトグラムと、各成分についての質量分析に基づいた推定構造であるが、223テレビについては甲第7号証の3、4頁の表に、296テレビについては甲第7号証の8、9頁の表に、それぞれ推定の結果だけしか記載されておらず、その推定の根拠となる各成分の質量スペクトル及びそれに基づく推定過程は示されていないので、第三者がその推定の当否を検討することは不可能であるから、このようなものが両テレビの液晶組成物の組成の証明として不十分であることは明らかである。各成分の質量スペクトルさえも添付されてない甲第7号証の情報から、223テレビあるいは286テレビについての組成の推定さえできない。

ウ 請求人の主張は、MS89530及びMS89530Aを液晶組成物として用いたテレビが本件特許出願前に市販されていたら、それら組成物の発明の公然実施が当然に成立するとの独断によっているが、物の発明の公然実施が成立するためには、その物が市販されたというだけでは足りず、当業者がその物の発明の具体的内容を本件特許出願前に認識可能であったことが必要である。請求人は、当業者による発明の具体的内容(MS89530及びMS89530Aという液晶組成物の組成)の認識可能性を主張しておらず、その公然実施の主張は、主張自体失当である。

エ 請求人は、液晶製品MS89530及びMS89530Aは、追試してみれば、本件発明の吸着性に関する要件(構成要件(B)の一部と構成要件(C))も満たしているから、要件(B)と(C)を満たす発明が本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明であるという趣旨の主張をするが、(B)と(C)の特性は、吸着剤による精製処理によって液晶組成物のピッチ長が大きく変化しないという課題を解決するために本件発明で初めて見いだされた特性であるから、本件出願前に当業者が認識するような構成要件ではない。
よって、仮に、出願後の現在になって、液晶組成物が結果としてその特性を有することを確認できたとしても、本件出願前にそのような技術思想としての発明が公然実施されていたわけではない。

オ 以上、本件発明の請求項1、4、5、及び6に係る液晶組成物が本件特許出願前に公然実施されていたとの請求人の主張は、失当で、本件発明の液晶組成物が公然実施されていたものでない以上、本件請求項7の液晶表示素子についての請求人の主張も失当である。

(2)無効理由2について
ア 請求人は、甲第16号証のFB-01は、本件発明の実施例で使用された混合物Aと同一であること、甲第16号証にはカイラルドーパントとしてコレステリルノナノエート(以下、「CN」と略すことがある。)を使用できることが記載されていること、甲第17号証、甲第18号証からCNは、アクティブマトリックス用カイラル剤として慣用されていることなどをあげて、本件発明の混合物A-4は、甲第16号証に基づいて何らの創作力も必要とせず創製することができたもので、本件発明は、甲第16号証から当業者が容易になし得た発明であると主張するが、甲第16号証は、秘密保持契約を結んでいる顧客に対して手渡したものであるから、日本国内外において頒布された刊行物ではない。
よって、甲第16号証を基にする進歩性欠如の主張が採用されるべきものでないことは明らかであるが、さらに、甲第16号証には、本件発明の特徴であるCNをどのような非カイラル化合物と組み合わせて液晶組成物を構成するかについては、何ら記載も示唆もされていない。請求人は、甲第17号証や甲第18号証を挙げて、CNはアクティブマトリックス用カイラル剤として周知であるというが、本件発明は、カイラル化合物と非カイラル化合物との組合せに特徴を有するものであるから、単に、CNがアクティブマトリックス用カイラル剤として用いられているというだけでは、進歩性欠如の理由にはならない。

イ 請求人は、甲第16号証が、LIXON5041XXなど、多くのフッ素化液晶化合物からなるアクティブマトリックス用液晶組成物を開示していること、カイラルドーパントは、C15であってCNではないが、甲第16号証の2頁にはC15とともにCNが記載されていること、甲第19号証、甲第20号証においてもC15と並んでCNが記載されていること、甲第22号証のLIXON5041XXなどに1%CNを添加した組成物の吸着実験によるとP/P0≦1及び/又は<1.10を満たすことから、甲第16号証及び必要により甲第19号証、甲第20号証を参照することにより、本件発明と同一の液晶組成物を容易に創製することができたものであると主張するが、前項で述べたとおり、甲第16号証は本件出願前に頒布された刊行物ではないので、甲第16号証に基づく進歩性欠如の主張はそもそも失当である。
また、甲第16号証の2頁は、CNとC15とをコード付与の規則を説明するために並べたに過ぎず、LIXON5041XXなどのドーパントとして両者が置換可能であることを示しているわけではない。甲第16号証は、吸着剤を用いた精製処理においてらせんピッチの延長に関して問題が起こるということも示唆していないから、本件発明のような吸着剤添加で起こる問題を回避するためC15をCNに置き換えてみようという動機付けがない。
そもそも、LIXON5041XXの組成は、甲第16号証に記載されているわけでもないし、被請求人は、その他の文献などにその組成を開示したことはない。LIXON5041XXが本件発明の一般式(I)に相当する非カイラル混合物であることが当業者に公知でないから、本件発明と同一の液晶組成物を当業者が創製できるわけがない。
また、甲第19号証及び甲第20号証は、ヘリカルツイストパワーがドーパントの種類に依存することを論じたもので、どちらにも本件発明の一般式(I)及び(II)又は(III)の組合せについて記述はなく、CNとC15とが並べられているだけで、吸着剤の影響について何も述べられていない以上、当業者は吸着剤と混ぜたときピッチ長が延長することがほとんどない組成物に到達するため液晶組成物を変更しようという動機付けを得ない。
よって、本件発明が、甲第16号証及び必要により甲第19号証、甲第20号証を参照することにより、当業者であれば容易であるという請求人の主張は成り立たない。

ウ 請求人は、甲第16号証に記載された液晶組成物に限らず、その他、フッ素化された液晶化合物を含む液晶混合物にCNを添加したアクティブマトリックス用液晶組成物は全て容易に創製しえたものであると主張し、その理由として、甲第16号証にシアノ基を含まないフッ素化された液晶化合物を含む組成物がアクティブマトリックス用として好ましいことが示唆され、フッ素化された非カイラル液晶化合物の混合物は、甲第27号証等に多数記載されており、いずれもアクティブマトリックス用でシアノ基を含まない方が好ましいことが記載されていると主張する。
しかし、甲第16号証が本件出願前に頒布された刊行物ではないのであるから、それに基づく進歩性欠如の主張はできないし、甲第27号証等に記載される非カイラル液晶化合物の混合物に、CNを添加することの動機付けは何らないし、甲第27号証等には、シアノ基を含まない方が好ましいということは示されていない。例えば、特表平4-501581号公報は、MLC用媒体を提供するものであるが、実施例7、10、11にはシアノ基含有液晶組成物が記載されている。
よって、甲第16号証に記載された液晶組成物に限らず、その他、フッ素化された液晶化合物を含む液晶混合物にCNを添加したアクティブマトリックス用液晶組成物はすべて容易に創製しえたものであるという請求人の主張には根拠がない。

(3)無効理由3について
ア 請求人は、甲第23〜25号証には一般式(II)で表されるカイラル化合物を添加した液晶組成物が記載されていると主張する。
甲第23号証の実施例2には、一般式(II)に相当するカイラル化合物を液晶組成物リクソンGR-63に添加することが記載されているが、リクソンGR-63はシアノ化合物のみを含有する組成物であるので、カイラル化合物を添加した液晶組成物は、本件発明の液晶組成物に該当するものではない。甲第24号証の実施例3に記載されるカイラル化合物B-5及び実施例5に記載されるカイラル化合物B-9は、本件発明の一般式(II)に相当するが、カイラル化合物B-5を添加する液晶組成物D100及びB-9を添加する液晶組成物Aは、いずれもシアノ化合物を含有するもので、これらを添加した液晶組成物は本件発明の液晶組成物に該当するものではない。甲第25号証には、本件発明の一般式(II)に相当するカイラル化合物が記載されているが、この化合物を添加した組成物(混合液晶(A))は13重量%のシアノ化合物を含有するもので、本件発明の液晶組成物に該当するものではない。
以上のとおり、甲第23〜25号証には、本件発明の一般式(II)に相当するカイラル化合物が記載されているだけで、これらに、本件発明の液晶組成物が記載されているという請求人主張は誤りである。

イ 請求人は、甲第23〜25号証に記載されたカイラル化合物を甲第16号証、甲第27号証等に記載された液晶混合物に添加することを妨げる要因はないので、添加することは容易であると主張する。
しかしながら、本件発明は、一般式(II)又は(III)で表される特定のカイラル化合物に、一般式(I)で表される特定の非カイラル化合物を組み合せて、吸着処理によるピッチ変化がほとんどないという特性を有する液晶組成物を提供したもので、甲第23〜25号証、甲第16号証、甲第27号証等には、吸着処理によるピッチ変化を少なくするという課題を解決するために、特定のカイラル化合物と特定の非カイラル化合物を組み合せようとする動機は開示も示唆もされていないから、それらを組み合わせることが容易であるとはいえない。
また、請求人は、リバースドメイン発生防止のために甲第23〜25号証を甲第16号証又は甲第27号証に組み合わせてみるのは容易だと主張するが、これらの文献のどこをみても、リバースドメイン発生防止のために、これらの文献に記載の発明を組み合わせようとする動機を見いだせない。

ウ 甲第16号証が本件出願前に頒布された刊行物でないこと、甲第16号証に記載されるLIXON5041XXなどの組成も公知ではないことは、前に述べたとおりで、甲第23〜25号証に記載されたカイラル化合物を甲第16号証に添加すると本件発明の組成物になり本件発明は無効であるという請求人の主張は、その前提が間違っている。

エ 甲第23〜25号証のカイラル化合物を甲第27号証等の公知のその他の液晶混合物に添加して本件発明の組成物を構成することが当業者に容易といえないことは、前記イに述べたとおりである。請求人は、さらに、本件明細書の【0040】の記載からみて、甲第23〜25号証のカイラル化合物を含む容易に創製しえた液晶組成物は固有の性質として、必然的に本件の要件(C)を満たすことになると主張するが、甲第27号証その他の液晶混合物に甲第23〜25号証のカイラル化合物を添加すること自体が当業者に容易であるといえない以上、その吸着性が固有の性質であると主張しても意味がない。

(4)無効理由4について
ア 請求人は、本件発明の構成要件(C)に関して、吸着剤が特定されていないこと、及びその純度も規定されていないことを理由に、構成要件(C)の記載は、どのような吸着剤で、どのような純度のもので処理したときの吸着性であるのか不明りょうであるとし、さらに、吸着剤が変わると吸着性が大きく変化するとするデータを示している。請求人データでは、吸着剤としてKG40、KG100、RP-18、KG40乾燥物、KG100乾燥物が用いられ、本件明細書の混合物Bに、エステル基を有するカイラル化合物(S-811)あるいは一般式(II)に該当するカイラル化合物(IS-11348)を添加した液晶組成物を吸着処理したところ、用いたシリカゲルによって、P/P0が大きく変化すると主張している。
しかしながら、本件発明の一般式(II)に該当するカイラル化合物(IS-11348)を添加した液晶組成(組成物D-2)のP/P0の値は、吸着剤がRP-18である場合を除けば、むしろ、ほぼ一致している。ちなみに、KG40、KG40乾燥物、KG100乾燥物を用いる場合、いずれもP/P0の値は同じである(P/P0=1.07)。
RP-18は、表面をオクタデシル基で化学修飾させたシリカゲルであり、分離法として逆相クロマトグラフィーを適用する場合に使用される。逆相クロマトグラフィーは、一般的には非極性の化合物を分離する場合に適用される手法で、液晶組成物の製造工程上から混入するイオン性不純物を吸着剤による処理やカラムクロマトグラフィーにより取り除く場合には、順相クロマトグラフィーと呼ばれる手法で使用されるシリカゲルが用いられる(乙第2号証:実験化学ガイドブック、乙第3号証:実験化学講座1)から、当業者は、本件発明のようなイオン性不純物を吸着処理によって取り除く目的に、RP-18のような逆相クロマトグラフィー用の吸着剤は使用しない。
KG100のときP/P0=1.04で、KG40、KG40乾燥物、KG100乾燥物のときのP/P0=1.07と少し異なっている。KG100とKG100乾燥物の違いが不明であり、P/P0の値の異なる理由も不明であるが、KG100のときの若干の差異は問題にならない。
請求人の実験データによっても、本件発明の組成物に該当するD-2では、いずれの吸着剤を用いてもP/P0<1.10であるし、本件発明の組成物に該当しないD-1では、P/P0が1.10を超えている(ただし、RP-18を除く)。
被請求人が同様の実験を行ったところ、やはり、吸着剤を変えても、P/P0に差異は認められなかった(乙第4号証)。乙第4号証の表1は、本件発明の液晶組成物についての吸着実験、表2は、本件発明に該当しない液晶組成物についての吸着実験の結果で、この実験結果から分かるとおり、本件発明の組成物であれば、いずれの吸着剤を用いても、P/P0に差異はない。
吸着剤の種類及び組成物の種類を増加した追加実験(乙第6号証)によっても、被請求人の主張は裏付けられている。
よって、「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合」という規定では発明の範囲が不明確であるという請求人の主張は理由がない。

イ 請求人は、要件(B)は、液晶組成物中の個々のカイラル化合物より、カイラル化合物の吸着性が小さいことを規定したものであるから、液晶組成物全体ではP/P0≦1という関係が成立すると述べ、一方、要件(C)は、P/P0<1.10を規定したものであるから、両者は矛盾し、本件特許請求の範囲の記載は、特許法36条5項2号の規定に違反すると主張する。
しかしながら、カイラル化合物と非カイラル化合物の吸着性との大小の比較の要件(B)とP/P0<1.10の関係を示す要件(C)とは矛盾するものではなく、本件特許請求の範囲の記載は、特許法36条5項2号の規定に何ら違反するものではない。
請求人は、原告第4準備書面(甲第29号証)から被請求人主張の一部を恣意的に抜粋して、「尚、個々の非カイラル化合物すべてとの比較においてカイラル化合物の吸着性が大きくないという関係が成り立つと、そのような液晶組成物のP/P0が理論的に≦1となること(要件(B))は、被請求人も、侵害差止め及び損害賠償請求訴訟において認めている」などと主張しているが、被請求人は、正確には、「もし仮に、被告のいうように、個々の非カイラル化合物すべてとの比較においてカイラル化合物の吸着性が大きくないという関係が必要であるとすると、そのような液晶組成物のP/P0は理論的には≦1である。」(甲第29号証5頁下から8〜5行)と述べたのである。
(ア)構成要件(B)は、P/P0≦1を意味しない。
本件発明の一般式(I)で表される化合物の中には、それ単独では液晶状態になく、吸着性の比較ができない場合もあることは当業者の常識である。化合物と混合物とが厳密には異なる概念ではあっても、本件の請求項1の記載を読んだ当業者は、請求人の言うように個々の非カイラル化合物すべてとカイラル化合物との吸着性の比較が必要であるなどとは考えない。
また、請求人のいうように、個々の非カイラル化合物すべてとの比較においてカイラル化合物の吸着性が大きくないという関係が必要であるとすると、そのような液晶組成物のP/P0は理論的には≦1であるが、そうすると、P/P0<1.10と規定した構成要件(C)の存在意義が全くなくなってしまう。構成要件(C)の存在も考慮すれば、請求項1を読んだ当業者が、請求人の言うように個々の非カイラル化合物すべてとカイラル化合物との吸着性の比較が必要である、などと考えることはあり得ない。
発明の詳細な説明を見ても、実施例では、個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性を測定・対比していないし、その結果のP/P0が1を超えているものも示している。
このように、本件明細書中には、特許請求の範囲にも発明の詳細な説明にも、個々の単一非カイラル化合物とカイラル化合物の吸着性の大小を問題にしているような記載は全く存在せず、当業者の技術常識もあわせ考慮すれば、請求人の主張は失当と言わざるを得ない。
本件発明は、明細書に、「本発明の目的は・・・カイラル化合物の濃度が大きく変化しないような液晶組成物を提供することにある」(【0004】)、「表1から明らかなように本発明の液晶組成物である混合物A-1においては、らせんピッチの延長は殆どないが、本発明に規定されていないカイラル剤を用いた液晶組成物である混合物A-2においては著しいらせんピッチの延長が生じている」(【0038】)、「以上に述べたように、本願発明の液晶組成物は・・・ピッチが延長することが殆どない液晶材料である」(【0080】)、と記載されているように、カイラル化合物の濃度のわずかな変化、ピッチ長のわずかな延長(すなわちP/P0が1を超えること)を許容している。このことは、構成要件(C)がP/P0<1.10という要件を定めていることからも自明のことである。
(イ)構成要件(B)と構成要件(C)とは矛盾していない
構成要件(B)は、「液晶組成物中の個々の非カイラル化合物より、カイラル化合物の吸着性が小さいことを規定したもの」という前提が誤りであること、構成要件(B)がP/P0≦1を意味するという請求人の主張が失当であることは、前記のとおりである。
請求項1の「大きくない」とは、「ほぼ同程度であるかもしくはより小さい」(明細書【0029】)ということであり、本件発明の目的、効果、さらには実施例におけるP/P0の数値を見れば、本件発明の技術的思想には、P/P0が1を超える液晶組成物が含まれていることは明らかである。
以上であるから、構成要件(B)と構成要件(C)に矛盾がないことも明らかで、構成要件(C)は、P/P0について外延がなかった構成要件(B)を規定したことに相当するものである。
(ウ)以上であるから、構成要件(B)と構成要件(C)は矛盾するものではなく、本件特許請求の範囲の記載は、特許法36条5項2号の規定に何ら違反するものではない

ウ 請求人は、本件明細書には、個々の非カイラル化合物の吸着性と、カイラル化合物の吸着性との比較が全くされていないので、本件明細書の記載は、特許法36条5項1号の規定に違反すると主張する。
しかし、本件発明の意義を正しく理解すれば、個々の化合物の吸着性の比較が必要でないことは前記から明らかである。すなわち、液晶ディスプレイに使用可能な液晶組成物は、その要求特性に応じて10〜20種程度の非カイラル化合物をブレンドすることが当業者の常識であり、また、一般式(I)で表される非カイラル化合物単独では、室温でネマチック液晶の状態になく、カイラル化合物との吸着性の比較ができない場合がほとんどであること、さらに、そのような化合物であったとしても、それ以外の非カイラル化合物との混合により液晶状態を呈し、カイラル化合物との吸着性との比較が可能となることも当業者の技術常識である。かかる当業者の技術常識に基づいて本件発明の特許請求の範囲を読めば、「非カイラル化合物」という文言を「それが複数であれば非カイラル化合物混合物」と解釈できることは明らかである。本件明細書には、実施例などにおいて、カイラル化合物を非カイラル化合物混合物に添加した液晶組成物のP/P0を記載し、P/P0<1.10であることを示している。P/P0<1.10であれば、「吸着剤に対する吸着性が一般式(I)で表される非カイラルな化合物より大きくない一般式(II)または一般式(III)で表されるカイラルな化合物からなり」という要件(B)を自ずから満たすことは明らかである。請求人の主張は、当業者の技術常識を無視した主張であり、失当である。
また、請求人は、「個々の非カイラル化合物よりカイラル化合物の吸着性が小さい」という要件を満たす発明をどのようにして実施するか、すなわち、どのようにして「吸着性が、非カイラル化合物の吸着性より大きくないカイラル化合物」を選ぶか発明の詳細な説明の欄には全く記載されていないとして、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえないと主張する。
しかし、本件発明は、一般式(I)で表される非カイラル化合物と一般式(II)又は(III)で表されるカイラル化合物からなる液晶組成物であって、P/P0が1.10よりも小さいアクティブマトリックス用液晶組成物である。本発明において、一般式(I)で表される非カイラル化合物は、例えば本件明細書の【0017】〜【0028】の記載を参考にして選択すればよく、選択された非カイラル化合物と一般式(II)又は(III)から選ばれたカイラル化合物とを混合した結果、P/P0<1.10という特性を満たせばよいのである。一般式(I)で表される非カイラル化合物の具体的な選択、組合せは、当業者である実施者が、その技術常識に基づいて、求められる液晶組成物の特性に応じて行えばよいのであり、当業者であればその実施に何ら困難を伴うものではない。

エ 請求人は、本件明細書の比較例からみてP/P0=1.10では、本件発明の効果を示さないことは理解できるが、P/P0が1.10より小さければ効果があるということは、本件明細書から一切読み取ることができないので、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえないと主張する。
しかし、本件発明は、そもそも、吸着性に関して、カイラル化合物の吸着性が非カイラル化合物の吸着性より大きいという構成要件(B)を有することで登録されたものである。つまり、構成要件(B)を満たすことで、吸着処理又はこれらを充填剤としたカラムクロマトグラフィーによる精製処理によってそのカイラルピッチが延長することがほとんどないという効果(本件明細書の【発明の効果】)が奏されることが認められた結果、登録されたものである。言い換えれば、本件特許明細書によって、P/P0<1.10という限定のない発明(つまり、P/P0の上限の限定のない発明)に関して、既に、吸着処理によってカイラル化合物の濃度が大きく変化しないという効果が読み取れていたのである。
その後の訂正で、P/P0<1.10という構成要件(C)を追加したのは、比較例であるP/P0が1.10以上の組成物を除外したということに過ぎず、この訂正要件を追加したことと、例えば、1.09や1.08での効果が不明であるという請求人の主張とは何ら結びつくものではない。よって、本件明細書には、P/P0<1.10を満たす発明の効果が記載されているとはいえないという請求人の主張には理由がない。

オ 請求人は、一般式(II)も一般式(I)と同様、極めて広範な定義で、この場合、カイラル化合物として一般式(II)の中からどのようにして適当な化合物を選択し、また非カイラル化合物として一般式(I)の中からどのようにして適当な化合物を選択したらよいのか、当業者であっても全く分からない、カイラル化合物として式(III)の化合物を選んだときも、式(I)で表される膨大な化合物の中から、どのような観点で非カイラル化合物を選んだらよいのか全く記載がないなどとして、本件明細書の詳細な説明の欄には、当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえないと主張する。
しかし、例えば、一般式(I)で表される非カイラル化合物については、本件明細書の【0017】〜【0028】の記載を参考にして選び、一般式(II)で表されるカイラル化合物については、【0030】〜【0032】の記載を参考にして選べば良いのであって、本件明細書には当業者がその発明を容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているのである。
(5)無効理由5について
ア 請求人は、訂正審判により追加された構成要件(C)に関して、比較例の趣旨からして、P/P0=1.10の液晶組成物が本件発明ではないということは理解できるが、だからといって、例えばP/P0=1.09又は1.08をもって本件発明の範囲であるとすることは、その根拠がどこにもないから、明細書から一義的に導くことはできないと主張する。
しかし、本件発明は、吸着性に関して、登録時の明細書では、カイラル化合物の吸着性が非カイラル化合物の吸着性より大きくないという構成要件(B)を規定していただけであったが、この規定は、P/P0についてその上限の数値を限定してなかったということであって、訂正によって、比較例であるP/P0が1.10以上の組成物を除外するために、P/P0<1.10という構成要件を追加しただけであるから、そのような訂正が、特許明細書に記載した事項の範囲内のものであることは明らかである。
しかも、本件発明で、吸着処理によりピッチが大きく変化しないこと、すなわち、P/P0が1に近いのが望ましいことは、特許明細書に記載される本件発明の目的・効果から明らかである。したがって、比較例であるP/P0が1.10を除外するとすれば、残る範囲がP/P0<1.10であることは当然のことであって、P/P0<1.10にする訂正は、特許明細書に記載した事項の範囲内のものである。

イ 請求人は、構成要件(B)からはP/P0≦1が導かれ、構成要件(C)のP/P0<1.10の関係とは矛盾すること、構成要件(C)が構成要件(B)を無視するために付加されたのであれば、それは特許請求の範囲の変更又は拡張するものであるという旨の主張をする。
しかしながら、構成要件(B)と(C)とが矛盾するものでないこと、構成要件(C)の追加が特許請求の範囲を減縮するものであり、実質上特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないことは以下のとおり明らかである。
構成要件(B)と(C)とが矛盾するものでないことは、前述した。
本件発明の技術的思想は、P/P0が1を超えるものを許容するものであり、構成要件(B)はP/P0≦1を意味しないことも前章で述べた。また、構成要件(C)はP/P0の上限を限定したものであるから、構成要件(C)を追加した訂正は、特許請求の範囲を拡張しようとするものには当たらない。
構成要件(C)を加える前の構成要件(B)は、その意味が不明確であったわけではなく、外延に限定がなかっただけである。
この構成要件(C)の追加による訂正は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

ウ 請求人は、訂正前の発明は、構成要件(B)に基づいて、P/P0≦1なる作用効果を奏するのに対して、訂正後の発明は、追加された構成要件(C)により、P/P0≦1を越えてP/P0<1.10の範囲も含むという作用効果を奏することになり許されるものではない旨主張する。
しかし、訂正前の発明が、構成要件(B)に基づいて、P/P0≦1なる作用効果を奏するという請求人の主張は、請求人が本件発明を正しく理解していないことに基づく誤りであることは、既に述べたことから明らかである。よって、構成要件(C)を追加する訂正が、ピッチの延長を許容するという、より劣る効果も付加することになり、実質上特許請求の範囲を変更するものであるという請求人の主張が誤りであることは明らかである。

5 当審の判断
本件発明1の構成要件(C)に係る無効理由4について検討する。
訂正明細書の請求項1には、「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合、らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい(ここで、P0は25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり、Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである。)」と記載があり、さらに、訂正明細書には、液晶組成物の吸着剤による処理に関して、
「この液晶材料には通常カイラル剤が含まれている。これ等のカイラル剤を添加した液晶組成物は、その製造工程上から混入するイオン性不純物を取り除くためには、吸着剤等による処理やカラムクロマトグラフィによる精製が効果的である。従来好ましく用いられているカイラル剤をフッ素系の非カイラルな液晶化合物に、混合した液晶組成物を吸着剤処理もしくはカラムクロマトグラフィーにより精製する場合に、フッ素系の非カイラルな液晶化合物は従来のカイラル剤化合物よりも吸着剤或いはカラム充填剤に対する吸着性が小さいためにカイラル剤が選択的に吸着され、液晶組成物中のカイラル化合物の濃度が減少し、その結果得られる液晶材料のらせんピッチが所望の値より長くなり、素子の表示不良の原因となることがあった。」(段落【0003】)、
「【発明が解決しようとする課題】以上に述べたことから明かなように、本発明の目的は比抵抗が高く、液晶素子に使用した場合にその消費電流が小さく、また高い電圧保持率を有するような液晶材料で、吸着剤処理等による精製において材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないような液晶混合物を提供することにある。」(段落【0004】)、
「次ぎに、例をあげて本発明を説明する。・・・この混合物A-2の25℃におけるらせんピッチP0および電圧保持率はそれぞれ8.6μmおよび98.3%であった。カイラルネマチック液晶混合物A-1およびA-2に吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)を混合物重量に対してそれぞれ1.0%、3.0%、および10.0%添加して処理した後、25℃においてそのらせんピッチPを測定し、らせんピッチの精製処理による変化をP/P0にて表1に示す。精製処理は吸着剤を添加した後室温で約24時間攪拌した後、吸着剤を濾別する方法で行った。」(段落【0036】)、
「表1から明らかなように本発明の液晶組成物である混合物A-1においては、らせんピッチの延長は殆どないが、本発明に規定されていないカイラル剤を用いた液晶組成物である混合物A-2においては著しいらせんピッチの延長が生じている。・・・次ぎに、従来使用されているカイラル剤化合物bは本発明の主成分をなす(I)の化合物に混合した場合には精製処理によりらせんピッチの延長が起きるが、式(I)の化合物以外の非カイラルな液晶化合物に混合した場合には吸着剤による精製処理によってもかかるピッチの延長は生じないことを参考に示そう。」(段落【0038】)、
「表2の結果から、シアノ系混合物B-1及びエステル系混合物C-1はフッ素系混合物A-2に比べて電圧保持率の低下が著しく大きいが、吸着剤処理の精製操作によってらせんピッチが延長することは殆ど生じていない。フッ素系混合物におけるらせんピッチの延長は、ネマチック混合物Aに比べてカイラル剤化合物bが極めて吸着性が大きいために生じたものである。混合物Bや混合物Cの成分化合物はカイラル剤化合物bに比べて吸着性に大きな違いがないかまたは化合物bよりも大きな吸着性を持つために得られるネマチック混合物のらせんピッチが殆ど延長しないものと判断できる。」(段落【0040】)、
「本発明は、電圧保持率の極めて高い混合物Aの成分化合物ならびにこれと同様に高い電圧保持率を示す化合物の特徴を生かし、かつシリカゲル等の吸着剤に対してこれらの電圧保持率の極めて高い非カイラルな化合物よりも吸着性が大きくないカイラル剤化合物をこれらの非カイラルな化合物に組合わせることにより、吸着剤による精製処理にも好適なカイラルネマチック混合物を提供しようとするものである。」(段落【0041】)、
「実施例 1・・・この液晶混合物A-5の電圧保持率および吸着剤により処理した後のらせんピッチの変化を表4に示す。このカイラル剤化合物cに代えて、前記式(V-09)で示される化合物、さらにより吸着性の小さい式(II)の化合物を使用して液晶混合物A-5に準じた本発明の液晶組成物を得ることができる。」(段落【0046】)、
「比較例 1 実施例1におけるカイラル剤化合物cに代えて以下の式で示される光学活性化合物dを1重量%ネマチック液晶混合物Aに添加して混合物A-6を調製した。この混合物の電圧保持率および吸着剤処理後のらせんピッチを表4に実施例1の結果と共に示す。」(段落【0049】)と記載があり、段落【0050】に実施例1及び比較例1の結果が表4に示され、実施例2(段落【0052】)以下にも同様の液晶組成物の調製と吸着剤処理後のらせんピッチの変化についての記載がある。
これらの記載によると、本件発明の吸着剤の処理は、液晶組成物に含まれるイオン性不純物を取り除くための処理であることがわかり、訂正明細書には、液晶組成物を処理するための吸着剤については、具体的な例としてシリカゲルが挙げられていて、シリカゲルを50%以上含有する吸着剤であることについて記載はあるが、シリカゲルのうち、どのような品番(グレード)のものを使用したかについて記載はされていない。請求項1では、らせんピッチの精製処理による変化P/P0を測定する際、どのような種類の吸着剤を使用して精製処理するのかについて、規定されておらず、発明の詳細な説明にもそのことについて記載はない。請求項1においては、吸着剤の種類以外の処理条件についても、液晶組成物に対する吸着剤の重量割合しか特定されていない。
一般に、物の発明において、機能、特性等によってその物を特定する場合、機能、特性等が標準的なもの以外のものによるとき、その機能、特性等の定義や測定方法は、明細書において明確に記載されていなければならず、特に、数値によって物の機能、特性等を限定したような場合には、その機能、特性等の定義や測定方法を明確にし、特定の物がその発明に含まれるものか否かが明確になるようにしなければならない。
本件発明1の構成要件(C)についてみると、「らせんピッチの精製処理による変化P/P0が1.10より小さい」ものが本件発明1に包含される範囲であるという規定であるが、らせんピッチをその処理の前後で測定する精製処理の条件については、液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理することのみ規定され、吸着剤の種類等に関しては特定されていないことは前記のとおりである。
化学物質の精製、分離のための吸着剤として使用される物質としては、シリカゲルをはじめ、アルミナ、活性炭、粘土鉱物等数多くのものが広く知られており、また、吸着剤の種類・品番により、特定の物質に対する吸着力に差があることも当業者にとって常識である。ある物質を他の物質から分離、精製しようとするとき、その吸着力の差が大きくなるように多くの吸着剤の中から適当な吸着剤を選択することは当業者が普通に行っていることである。
吸着剤の種類の相違による精製処理前後のP/P0の変化を調べた被請求人の実験(乙第6号証)によると、本件明細書記載の液晶混合物A99.0重量%にカイラル化合物としてカイラル化合物e(本件明細書の実施例2で用いた化合物)、カイラル化合物c(本件明細書の実施例1で用いた化合物)、カイラル化合物k、

(カイラル化合物k)
カイラル化合物b(本件明細書で比較のために用いられた化合物b)

(カイラル化合物b)
を1.0重量%添加した組成物について、吸着剤を7種類(乾燥シリカゲル100(100%)、シリカゲル40(100%)、シリカゲル100(100%)、シリカゲル100(75%)+アルミナ(25%)、シリカゲル100(50%)+アルミナ(50%)、シリカゲル100(75%)+活性炭(25%)、シリカゲル100(50%)+活性炭(50%))変えて行った実験結果は、表1のとおりであり、P/P0は、カイラル化合物eを添加した液晶組成物の場合、吸着剤の種類により異なって1.00〜1.01であり、カイラル化合物cを添加した場合1.00〜1.03、カイラル化合物kを添加した場合1.00〜1.01、カイラル化合物bを添加した場合1.07〜1.14であった。

表1 乙第6号証の実験結果(P/P0の値)


この実験結果を見ると、吸着剤の種類・品番が変ったとき、P/P0の値が一定であるといえないことは明らかであり、それは、被請求人の他の実験(乙第4証)による結果(1.00〜1.01)、請求人の実験(甲第28号証)による結果(被請求人が、逆層クロマトグラフィー用であり、本件発明の処理には使用するものではないとするシリカゲルRP-18を除く吸着剤について1.04〜1.07)によっても同様で、このことから考えると、吸着剤の種類を特定することなく、単にP/P0によってある液晶混合物が本件発明1の範囲に含まれるかどうかを決めることはできるとはいえない。
被請求人は、P/P0の値が吸着剤の種類により少し異なっているが、請求人の実験(甲第28号証)においても、本件発明の液晶組成物に該当するカイラル化合物(IS-11348)を含む場合は、いずれもP/P0<1.10の範囲であり、本件発明の液晶組成物に該当しないカイラル化合物(S-811(注.上記カイラル化合物b))を含む場合は、シリカゲルRP-18を除いて、いずれもP/P0が1.10を超えており、被請求人の実験(乙第4号証)によっても同様で、いずれの吸着剤を用いてもP/P0に差異はないと主張するが、被請求人の実験(乙第6号証)によると、前記表1にあるとおり、カイラル化合物bを含む場合にP/P0が1.10を超える場合と、1.10未満になる場合があり、被請求人の主張は実験事実に裏付けられているものとはいえない。
また、被請求人の行なった実験(乙第6号証)で使用した非カイラル液晶混合物は、訂正明細書にある液晶混合物Aのただ1例について、それと、本願発明1の一般式(II)に該当する2種類のカイラル化合物についてP/P0を求めたものであり、乙第4号証の実験も乙第6号証と重複する液晶組成物に係るもので、そのような少数の実験のみから、一般式(III)のカイラル化合物を用いた場合、一般式(I)に包含される広範な非カイラル化合物のうち、液晶混合物A以外のものを用いた場合、一般式(II)に包含される広範なカイラル化合物のうち、カイラル化合物e,c,k以外のものを用いた場合においても、吸着剤の種類を特定することなく、同一の液晶組成物についてP/P0が一定の値をとるものであることを裏付けているとすることはできず、P/P0の値が吸着剤の種類により変わるものであるから、P/P0<1.10という規定が、一般式(I)で表わされる非カイラル化合物と一般式(II)又は(III)で表わされるカイラル化合物を成分とする液晶組成物全体について、それが本件発明に包含されるものか否かを規定することができるものとは認めることができない。
さらに、構成要件(C)では、「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤」とされているが、その規定の根拠となっているのは、訂正明細書の段落【0036】以下の吸着実験であり、そこでは、「カイラルネマチック液晶混合物A-1およびA-2に吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)を混合物重量に対してそれぞれ1.0%、3.0%、および10.0%添加して処理した後、25℃においてそのらせんピッチPを測定」するとの記載がある。この記載によると、吸着剤はシリカゲルを50%以上含有するものであることはわかるが、他に吸着成分以外のもの(キャリア等)を含有するのか、シリカゲル以外の吸着成分を含有するのかは不明であり、ひるがえってみると、構成要件(C)の「吸着剤」が吸着成分を100%含有するものであるのかどうかも不明である。訂正明細書の吸着剤添加割合を1.0%、3.0%、10.0%と変化させた実験結果(段落【0037】表1)をみると、液晶混合物A-1の場合、それぞれ、1.04、1.06、1.25であり、液晶組成物に対する吸着剤の添加割合がP/P0の値に影響を与えることは明らかであるから、液晶組成物に対する吸着剤の重量割合(実質的な吸着成分100%のものとして)はP/P0の値に対して重要な要件である。しかしながら、吸着剤の内容(吸着剤の種類等、吸着剤の吸着成分の量等)が不明である以上、前記「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤」のもつ意味は発明の詳細な説明によっても明らかになっているものとは認められない。
被請求人の実験は、特定の場合に本件発明に含まれる組成物のときP/P0<1.10を満足し、本件発明に含まれない組成物のときにP/P0<1.10を満足しないということを示しただけであり、構成要件(C)以外の本件発明の構成要件を満足する組成物あるいは液晶組成物一般について、吸着剤の種類等、吸着剤の吸着成分の量等を定めなくても、P/P0<1.10を満足するものと満足しないものを明確に区別できることを立証できているものではない。
よって、本件構成要件(C)を明確な構成要件とするためには、少なくとも吸着剤の種類(あるいは、さらに品番(グレード))を特定することが必要であり、そして、吸着剤中の吸着成分の純度(含有量)を特定することが必要であると認められるが、本件構成要件(C)については、それが特定されていない。
以上、本件発明1の構成要件(C)のうち、吸着剤で処理する方法、すなわち、「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合」について、その特定方法が不十分であるから、構成要件(C)は不明確であり、本件請求項1の記載及び実質的に請求項1を引用する請求項2〜7は、特許法第36条第5項第2号に規定する要件を満たしていない。

6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1〜7に係る特許は、特許法第36条第5項及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効にすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定を適用して、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-12-24 
結審通知日 2004-12-27 
審決日 2005-01-11 
出願番号 特願平4-360271
審決分類 P 1 112・ 534- Z (C09K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 渡辺 陽子  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 脇村 善一
後藤 圭次
登録日 1999-08-13 
登録番号 特許第2965229号(P2965229)
発明の名称 液晶組成物  
代理人 伊藤 克博  
代理人 高橋 隆二  
代理人 生沼 徳二  
代理人 高橋 淳  
代理人 生田 哲郎  
代理人 宮崎 昭夫  
代理人 大友 啓次  
代理人 伊藤 克博  
代理人 木▲崎▼ 孝  
代理人 生田 哲郎  
代理人 吉見 京子  
代理人 高橋 隆二  
代理人 大友 啓次  
代理人 生沼 徳二  
代理人 高橋 淳  
代理人 宮崎 昭夫  
代理人 花岡 巌  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ