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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200235248 審決 特許
無効200480273 審決 特許
無効200580231 審決 特許
無効200680157 審決 特許
無効200580136 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効としない C07H
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備 無効としない C07H
管理番号 1117714
審判番号 無効2004-80060  
総通号数 67 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2005-07-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-05-28 
確定日 2005-06-08 
事件の表示 上記当事者間の特許第3459264号発明「結晶1-ケストースおよびその製造法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明

本件特許第3459264号は、平成8年12月11日に国際特許出願(PCT/JP96/03618、特願平9-521928;平成7年12月11日の特許出願である特願平7-321951、平成8年3月21日の特許出願である特願平8-64682及び平成8年3月29日の特許出願である特願平8-77534に基づく優先権主張)され、平成15年8月8日に特許権の設定登録がされたものであって、本件請求項に係る発明は、その特許請求の範囲請求項1-10に記載された事項により特定された次のとおりのものである。

「【請求項1】結晶1-ケストースの製造法であって、
(a)1-ケストース純度が80%以上である1-ケストース高純度溶液を、該溶液のBrixが75以上となるように濃縮し、種晶を加えた後、当該濃縮液の温度を60℃以上に加温して結晶を成長させる工程と、
(b)前記濃縮液を減圧濃縮し、結晶を成長させる結晶成長工程と、そして
(c)前記結晶成長工程の後に、前記濃縮液中に発生した微結晶を再溶解するために当該液の温度を加温し、なおかつ場合によって溶解しきらない場合は加水して微結晶を溶解する微結晶溶解工程と
を行った後、前記(b)結晶成長工程と、前記(c)微結晶溶解工程とを更に少なくとも1回以上繰り返し、その後、結晶1-ケストースを回収する工程を行うことを含んでなる、方法。
【請求項2】結晶1-ケストースの製造法であって、
(a’)1-ケストース純度が80%以上である1-ケストース高純度溶液を、該溶液のBrixが75以上となるように濃縮し、次いで当該濃縮液の温度を60℃以上に加温する工程と、そして
(b’)前記濃縮液を減圧濃縮し、当該液の温度を低下させて起晶させ、かつ該結晶を成長させる工程とを行った後、請求項1に記載の(c)微結晶溶解工程を行い、
その後請求項1記載の前記(b)結晶成長工程と、請求項1記載の前記(c)微結晶溶解工程とを更に少なくとも一回以上繰り返し、その後に結晶1-ケストースを回収する工程を行うことを含んでなる、方法。
【請求項3】前記(b)結晶成長工程において、前記濃縮液のBrixを75〜85の範囲において減圧濃縮を行う、請求項1または2記載の結晶1-ケストースの製造法。
【請求項4】前記(b)の結晶成長工程を、絶対圧40〜20mmHg、濃縮液の温度40〜70℃で実施する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の結晶1-ケストースの製造法。
【請求項5】前記(c)の微結晶溶解工程において濃縮液を70〜95℃に加温する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の結晶1-ケストースの製造法。
【請求項6】結晶1-ケストースの製造法であって、
(α’)1-ケストース純度が80%以上である1-ケストース高純度溶液を、該溶液のBrixが80以上となるように濃縮し、次いで当該濃縮液の温度を50〜60℃の範囲に置いて起晶させ、かつ該結晶を70〜95℃において成長させる工程を行った後、
(β)前記濃縮液の温度を前記工程における温度よりも5〜20℃低下させる冷却工程と、
(γ)前記冷却工程で低下させた温度に該濃縮液を置き結晶を成長させる結晶成長工程と
を更に一回以上繰り返し、20〜60℃まで温度を低下させた後、結晶1-ケストースを回収する工程を行うことを含んでなる、方法。
【請求項7】前記(α’)工程における1-ケストース高純度溶液の1-ケストース純度が90%以上である、請求項6に記載の結晶1-ケストースの製造法。
【請求項8】前記(a)工程、(a’)工程、または(d’)工程において、1-ケストース高純度溶液として、含まれるニスト-スの量が1-ケストースの10%以下であるものを用いる、請求項1〜7のいずれか一項に記載の結晶1-ケストースの製造法。
【請求項9】結晶1-ケストースの回収工程を常温で行う、請求項1〜8のいずれか一項に記載の結晶1-ケストースの製造法。
【請求項10】請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法によって結晶が回収された後の1-ケストースを含む糖溶液に対して更に請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法を適用し、結晶1-ケストースを回収し、場合によって結晶が回収された後の1-ケストースを含む糖溶液に対して更に請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法を適用し、結晶1-ケスト-スを回収する、結晶1-ケストースの連続製造法。」


2.当事者の主張

(1)請求人は以下の無効理由1、無効理由2をあげて、本件特許は特許法第123条第1項第2号及び第4号に該当するので、無効とされるべきであると主張し、証拠方法として甲第1号証-甲第18号証を提出している。

(無効理由1)本件特許の請求項1-10に係る発明は、本件特許の優先権主張日前に頒布された甲1-12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(無効理由2)本件特許の明細書には記載不備があり、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。(請求人は特許法第36条第6項の主張については口頭審理において取り下げている。)

(2)被請求人は、請求人が主張する無効理由はない旨を主張し、証拠方法として乙第1-11号証を提出している。


3.甲各号証

請求人が提出した甲各号証には、それぞれ以下の事項が記載されている。

(1)甲第1号証:特公平6-70075号公報

(1-1)「次に、これとは別に、1-ケストース純度70%以上の水溶液を70Bx以下に調整し、減圧濃縮器に入れ、70〜90℃にて85Bx以上まで濃縮する。以後、液温を80℃以上にした後、前記微細結晶のけん濁液を適量入れ、撹拌しながらゆっくりと65〜75℃まで液温を下げながら助晶する。析出した結晶は温度60〜80℃条件下で遠心分離し、通常の方法で乾燥した。乾燥させた結晶の純度は95〜99%であり、回収率は30〜40%であった。なお、本法によれば結晶を分離した後のいわゆる振密の1-ケストース純度が70%になるまで結晶回収が可能であり、即ち、最初の出発原料として、純度70%以上の1-ケストースの低純度〜高純度水溶液から1一ケストース結晶を製造することができる。1-ケストース純度85%以上の組成物から結晶の回収を始める場合は3回以上の回収が可能であった。」(第3頁第5欄第32-46行)

(1-2)「一方、1-ケストース90%組成物60Bxに調整したもの300gを1容ロータリーエバポレーターに入れ、80℃にて85Bx以上まで濃縮した。上記懸濁液を種結晶として1ml加え低速でフラスコをゆっくり回転させながら煎糖し、その後徐々に70℃まで液温を下げながら助晶した。充分晶析した所で回転を止め、すぐさま遠心分離機により70〜80℃を保ちながら結晶を分離した。分離した結晶は60〜70℃で乾燥させた。」(第3頁第6欄第40-48行)

(2)甲第2号証:特開平6-165700号公報

(2-1)図1に1-ケストース及びシュークロースの溶解度曲線が記載されている。

(2-2)「【0009】ところで、従来、糖類の結晶を得る方法として、有機溶媒を用いないで水溶液から直接結晶を得るには、次に述べる1、2、3、4の方法があった。
1 イオン交換樹脂や活性炭セライト等によるクロマトグラム法により、高純度に精製した糖類を調製し、その糖の溶解度以上に濃縮し、自然に結晶核を発生させる方法。但し、この方法では、結晶は大きく成長せず微細な結晶になりやすく、吸湿性の少ない結晶が得られにくい。さらに、糖液を高純度に精製しなければならないという難点がある。
【0010】2 一定の純度以上の糖液を、結晶化する糖の溶解度以上に濃縮した時点で、その糖の微細結晶、いわゆる種結晶を添加し、その後これに糖液を供給しつつ濃縮を続けながら、微細結晶を一定の大きさになるまで成長させる方法。この方法を以後、煎糖法と呼ぶ。
3 一定の純度以上の糖液を、その糖の溶解度以上に濃縮し、これに結晶化しようとする糖の微細結晶を添加し、その後ゆるやかに撹拝しながら温度を除々に下げ、温度による糖の溶解度差を利用して結晶を一定の大きさに成長させる方法。この方法を以後、助晶法と呼ぶ。
【0011】4 2と3を組み合わせた方法。即ち、2の方法で結晶を成長させた後、ゆるやかに撹拝しながら温度を除々に下げ、更に結晶を成長させる方法。この方法は、工業的にシュークロース溶液からシュークロースの結晶を得るのに広く採用され、助晶時間はシュークロースの純度が低くなるほど長くなるのが通例である。」(段落【0009】-【0011】)

(2-3)「シュークロースや1-ケストースは、温度差による溶解度の差が比較的小さいので、これらの糖の結晶による回収は、上記2の煎糖法か、4の煎糖法と助晶法を組み合わせた方法が有効であることがわかる。」(第3頁第4欄第3-7行)

(3)甲第3号証:製糖技術研究会誌,Vol.40,p17‐21(1992)

(3-1)Fig.4に1-ケストースとシュークロースの溶解度曲線が記載されている。

(4)甲第4号証:「製糖技術 上巻」第434頁〜第439頁、第458頁〜第459頁、表紙、奥付、昭和63年4月1日発行(北海道糖業株式会社)

(4-1)「結晶を析出させるには電位差と同様に結晶格子に分子を規則正しく配列させる原動力が必要である。この原動力に対し過飽和という表現が用いられてきている。このことからある成分を晶出するには、溶液はその成分に関して過飽和状態を保持しなければならないということがわかる。基本的にはいろいろな方法がある。化学反応によって、分離する成分を不溶性の形に変えることも可能である。例えば水酸化カルシウムに炭酸ガスを導入して、炭酸カルシウムの形でカルシウムを沈殿させることができる。このような沈殿反応を変形して、二番目の溶媒を混合することにより、もとの溶解相の性質を変えて、得ようとする物質を化学反応なしに不溶性にする方法もある。砂糖溶液にアルコールを添加して、砂糖を沈殿させるのはその一例である。
また蒸発によって溶媒の量を減少させて結晶化(蒸発結晶法)する方法、あるいは温度を下げて溶解度を低くして結晶化(冷却結晶法)する方法もある。
製糖工業における作業方法で工業的に重要なのは、蒸発結晶法と冷却結晶法の二つだけである。」(第434頁第14-30行)

(4-2)「しかしKNO3に比べてしょ糖の溶解度は低温でも極めて高く、更に溶液中のしょ糖は熱に対して敏感であるため出発温度を余り高くできないという二つの理から、冷却結晶法によるしょ糖の結晶化だけでは有利な歩留りは望めない。従って水を蒸発させ溶液を濃縮することが必要となる。この際、高温長時間作業に寸するしょ糖の敏感性のため真空下での作業が必要となる。工業的なしょ糖の結晶化法は、溶解度に対する考え方を使って既に十分に確立されている。
すなわち
a.真空下での水の蒸発下での結晶化。
b.真空装置から排出した製品の冷却による結晶化。」(第438頁下から2行〜第439頁8行)

(5)甲第5号証:「理化学辞典」1314頁、表紙、奥付、1995年9月8日第4版発行(株式会社岩波書店)

(6)甲第6号証:「シュガ一ハンドブック」第49頁、第191〜192頁、第390頁〜第391頁、表紙、奥付、昭和39年5月30日発行(株式会社朝倉書店)

(6-1)「偽晶(false grain)は既述のごとく母液の過飽和度が高くなりすぎて母液中に自然発生した微小な結晶で、煎糖の途中で偽晶が生じたら差し水を肖しておかないと母晶の成長がさまたげられる。水をさして偽晶を消す操作をwashingといっている。煎きあげのときに生じた偽晶は分蜜で母晶とほとんど分離でき、偽晶は母液(蜜)の方へゆく。」(第49頁第10-13行)

(6-2)「ii.起晶法起晶法は大別して3つの方法がある。
イ.目待(めまち)法(waiting method) 古い方法で必要な結晶数が自然発生により徐徐に晶出するのを待つ方法で、そのため、結晶は非常に不整一になり、長時間を要する。わが国の精製糖工場ではもちろんその他でもほとんどまったく採用されていない。
ロ.衝撃法(shock seeding method) (省略)
ハ.種糖法(seeding method) 結晶罐内の糖夜が起晶濃度に達したら粉糖と一緒に空気を吸込み、その衝撃で起晶する方法である。目待法,衝撃法に比べ比較的整一な結晶が得られるが衝撃による二次結晶が晶出するので起晶時にあらかじめ全結晶数を考慮し粉糖量を決めておく必要がある。現在ひろく採用されている方法である。
最も理想的な起晶法としてフルシーディング(full seeding)と呼ばれている方法がある。この方法は濃縮中の糖液が起晶濃度に達したら空気を吸込むことなく種糖を投入するので二次結晶の晶出がなく、種糖数のみ結晶として成長し整-な結晶が得られる。したがって、種糖数は煎上げ時の白下量、結晶の大きさ、および結晶の重量が予測できるならば、J.G.Thieme の示した方法で計算できる。」(第191頁第2-21行)

(6-3)「e.煎糖作業における留意点および煎糖管理装置
i.偽晶の発生 偽晶は煎糖作業中、真空度の急激な上昇、過度の濃縮などで母液の過飽和度が準安定域を越えるために発生する。偽晶が発生したら正常な結晶の成長を阻害し結晶の整一性を下げ、白下の分蜜性を悪化しかつ振蜜の純糖率を上昇させ、結果として煎糖歩留を低下させる。したがって偽晶の発生をみたらなるべく少量の差し水(balancing water)を行ない、また白下温度を上げてすみやかに偽晶を消す操作(washing)を行なう。ただしwashingは結晶の溶解ができるだけ少なくなるまで結晶を育ててから行わないと正常な結晶まで溶解するおそれがある。かかるやっかいな偽晶の発生を未然に防止するには、真空度の急激な変化を避け、過飽和度は準安定域の範囲に保持し白下温度より極度に低い糖液の吸込みを避けることが肝要であり、罐内の空気の漏れにも注意する必要がある。」(第192頁第17-27行)

(6-4)「通常製糖工業では固形物の濃度を表示する単位としてBrix(ブリックス度)を用いているが、これは溶液100g当りの固形物重量(g)である。」(第391頁第3-5行)

(7)甲第7号証:J.Ferment.Bioeng.,Vol.77,NO.4,p386‐389(1994)

(7-1)「1-ケストースの結晶化 上記で得られたシロップの300gを、真空制御装置とプログラムされた温度制御装置を持ったオートマティックロータリーエバポレータ(1l容フラスコ 柴田化学工業(株)、東京)によって80℃で85Bxに濃縮し、そして、0.3mlの種結晶懸濁液を加えた。そのフラスコを次いでゆっくりと回転させながら、温度を徐々に70℃まで下げて結晶を成長させた。遠心分離によって沈殿物を回収し、次いで、70℃で乾燥した後に、68gの最初の結晶を得た。結晶化を繰返すことにより残渣溶液から、各々41.0gの二番目の結晶、26.0gの三番目の結晶を得た。一番目、二番目、三番目の1-ケストースの純度は、各々、99.0、98.0、95.0%であった。1-ケストースの全収率及び平均純度は各々98.0%及び72.0%であった。
高純度の1-ケストースを製造するために、上記で得られた全ての結晶(130g)は水(約70ml)中に溶解され、約120mlの1-ケストース溶液が得られた。その溶液の4分の3(約80ml)がロータリーエバポレーターフラスコ中に収容され、フラスコをゆっくり回転させながら且つ1-ケストース溶液を絶えず供給して一定の濃度(約80Bx)を維持して、減圧下で80℃で結晶化した。」(第388頁第34-58行)

(8)甲第8号証:ケーンシュガーハンドブック(「甘薦糖ハンドブック」)第178頁、表紙、奥付、昭和48年3月1日発行(日本製糖工業会)

(8-1)「もし蒸発速度があまりにも早く、過飽和度あるいはB.R.Pが危険な点近くに上昇すれば、以下のような優先順位で処置する。
1. 約3インチだけ真空度をさげ、煎糖温度を19°Fだけ高める。こうすれば、過飽和度をより低い準安定域に保つことができる。これは2倍以上に結晶成長を早め、約1/3に蒸発速度を減少させ、目前の危険をさけうる。
2. 過飽和度の指示により、許容できるまで蒸発速度を低く保つため、結晶缶に水を供給すること。これはさし水(movement water)と呼ばれる。結晶表面が増加するにつれて水の量を少なくし、最後にはとめてしまうことができる。この方法は真空度を全く乱さない利点がある。蒸発させる少量のさし水はたいして重要ではない。この処置は、多くの場所で広く用いられている。」(第178頁第9-20行)

(9)甲第9号証:被請求人が本件特許の審査過程において提出した平成15年5月16日付意見書

(9-1)「すなわち、刊行物4で行われている減圧濃縮は、より純度の高いケストース結晶を得ることを目的としており、本発明のようにより大きい結晶を作製することは示唆していません。」(第3頁第3-5行)

(9-2)「母液から直接起晶することによってより大きな結晶が得られることは、むしろ先行技術に開示されていない顕著な効果であると言えます。」(第5頁第1-3行)

(10)甲第10号証:請求人が甲第1号証の特許出願の審査過程において提出した平成6年3月22日付意見書

(10-1)「1-ケストースの水溶液を単に濃縮しても、通常の糖のように結晶することはできません。1-ケストースの場合、その水溶液を濃縮すると極端に粘度が高くなり、ハードキャンディー状となって、蒸発罐の内壁に粘着して、それ以上は濃縮できず、かつ結晶も析出しません。これに対して、蔗糖のような通常の糖は、その水溶液を濃縮することによって簡単に結晶するので、その結晶化における方法は、下記に詳述するように1-ケストース結晶と異なります。」(第3頁第16-21行)

(10-2)「1-ケストースは水溶液から非常に結晶がしづらい糖ですので、微細結晶を添加することが必須です。添加時の液温は最初は高く80℃以上とし、徐々に温度を65-75℃まで下げながら助晶する点が特徴です。この条件がないと後の如何なる処理を行っても結晶を生成することはできません。これにたいして、一般的な糖であるシュークロースの場合には、水溶液の温度を60〜80℃の範囲内にある一定の温度として結晶化が行われ、結晶析出時に温度を下げる必要がありません。」(第4頁第19-25行)

(10-3)「これに対して写真IIの水溶液からの1-ケストース結晶は粒径がはるかに大きい(0.5mm前後、少なくとも0.3mm)」(第7頁下から6行-下から4行)

(10-4) 参考資料1の写真IIには、水溶液からの1-ケストース結晶の写真が示されている。

(11)甲第11号証:「BEET‐SUGAR TECHNOLOGY」第3版第466頁、表紙、奥付、1982年発行(BEST SUGAR DEVELOPMENT FOUNDATION 発行)

(11-1)「晶析装置からの最終産物は、約40℃の温度である。該材料は遠心分離により充分に分離するには余りにも粘性が強すぎるが、加熱は単純にその粘性を下げる。幸いにも冷えた白下において、結晶を包囲しているシロップは、過度に飽和される。したがって、粒子を溶融させること無しに、母液の飽和温度まで、その白下を加熱することができる。一般的に飽和温度は55℃〜60℃の間である。」(第466頁第18-24行)

(12)甲第12号証:「製糖便覧」第556頁、表紙、奥付、昭和37年6月30日発行(株式会社朝倉書店)

(13)甲第13号証:「北海道立図書館増加図書目録平成3.4年度」表紙、第161頁、奥付、平成7年3月31日発行(北海道立図書館)

(14)甲第14号証:「甘蔗糖の製造と精製」、第141頁、翻訳者 三日会・輪講会、印刷者 田中研精堂出版部、昭和47年6月25日発行

(14-1)「裾物白下を結晶罐から助晶機に落糖した場合、過飽和度が急激に上昇して、白下が偽晶を生じないように、強制的な冷却を行わないで数時間その儘にしておく。」(第141頁下から11行-下から9行)

(14-2)「助晶機での冷却の目的は、裾物白下の煎糖中及び結晶化中に結晶罐で維持されたとおり、母液の過飽和度を冷却工程中もずっと準安定領域に、維持する事にある。結晶化速度は、母液の脱糖にともなって相当減少する。」(第141頁下から5行-下から3行)

(15)甲第15号証:ケーンシュガーハンドブック(「甘蔗糖ハンドブック」)、第212頁、昭和48年3月1日発行、日本精糖工業会発行

(15-1)「自然発生的結晶(偽晶)を形成しないで最高結晶化速度を維持する冷却の最適状態は、一般に冷却速度と結晶化速度がほぼ歩調のそろったときに実現される。」(第212頁下から14行-下から12行)

(16)甲第16号証:「シュガーハンドブック」 第38,45頁、株式会社朝倉書店発行、昭和39年5月30日発行

(16-1)「効用罐で約60°Bxに濃縮されたシラップ(濃縮汁)はさらに真空結晶罐で濃縮して、溶解した蔗糖を晶出させる。この操作を煎糖といい、」(第38頁煎糖の項第1,2行)
(16-2)「種マグマに使う3番糖結晶の大きさおよび種マグマ使用量(容積)と煎き上る原料糖の大きさについて表I.18に示すようなジャワの実績がある。」(第45頁第4,5行)

(17)甲第17号証:「製糖技術 上巻」 第494頁、北海道糖業株式会社、昭和63年4月1日発行

(17-1) 甲第17号証第494頁5行〜8行には、「できるだけ細かい砂糖結晶が必要な時は多量の粉糖を用いるだけでなく、より高い過飽和度で操作する必要がある。反対に大きい結晶の白下にする場合は過飽和度を低く保たなければならない。」(第494頁第5-8行)

(18)甲第18号証:「砂糖技術の原理」 第112頁、翻訳者 三日会・輪講会、昭和52年4月15日発行

(18-1)「結晶缶煎糖は、基本的には、蒸発による水分の除去と、濃度上昇にともなう砂糖の結晶とからなる。」(第112頁第2,3行)


4.乙各号証
(1)乙第1号証:「シュガーハンドブック」 第200-201頁 昭和39年5月30日発行(株式会社朝倉書店)

(2)乙第2号証:本件発明における、結晶1-ケストースの常温における分離・回収に関する花村聡による実験報告書

(3)乙第3号証:乙第2号証の実験報告書の遠心分離器の全体写真

(4)乙第4号証:乙第2号証の実験報告書の遠心分離器において、ろ布が装着されていないものを上から撮影した写真

(5)乙第5号証:乙第2号証の実験報告書の遠心分離器において、ろ布が装着されているものを上から撮影した写真

(6)乙第6号証:METHODS IN CARBOHYDRATE ,VOL.1,p.362-365, ACADEMIC PRESS INC.

(7)乙第7号証:「化学大辞典 4」 第846-847頁 1960年12月30日発行 共立出版株式会社

(8)乙第8号証:「結晶工学ハンドブック」 第130-131頁 昭和46年5月10日発行 共立出版株式会社

(9)乙第9号証:「シュガーハンドブック」 第396頁 昭和39年5月30日発行 朝倉書店

(10)乙第10号証:「結晶成長ハンドブック」 第289頁 1995年9月1日発行 共立出版株式会社

(11)乙第11号証:「結晶成長のしくみを探る」 第3頁 2002年2月25日 共立出版株式会社


5.対比・判断
(1)無効理由1について
A)請求項1について
本件請求項1に係る発明と甲第1号証に記載された発明を比較する。
甲第1号証には、1-ケストース純度が70%以上の水溶液を用いることが記載されており(3.(1-1))、本件請求項1に係る発明の純度80%以上と重複する。
また、甲第1号証に記載されている1-ケストース水溶液を85Bx以上まで濃縮する(3.(1-1))点は、請求項1に係る発明におけるBrixが75以上となるように濃縮することに該当する。
そして、甲第1号証に記載されている微細結晶のけん濁液は明らかに種晶に相当し、助晶は結晶を成長させる工程である。
よって、両者は以下の点において一致する。
「結晶1-ケストースの製造法であって、
1-ケストース純度が80%以上である1-ケストース高純度溶液を、該溶液のBrixが75以上となるように濃縮し、種晶を加えた後、結晶を成長させる工程と、結晶1-ケストースを回収する工程を行うことを含んでなる、方法」

そして以下の点において相違する。
イ.相違点A1
種晶を加えた後、請求項1に係る発明では濃縮液の温度を60℃以上に加温して結晶を成長させるのに対し、甲第1号証に記載された発明においては撹拌しながらゆっくりと65〜75℃まで液温を下げながら助晶する点。

ロ.相違点A2
請求項1に係る発明では、減圧濃縮し結晶を成長させる結晶成長工程を有するのに対し、甲第1号証に記載された発明においてはそのような工程を有さない点。

ハ.相違点A3
請求項1に係る発明においては結晶成長工程の後に、濃縮液中に発生した微結晶を再溶解するために当該液の温度を加温し、なおかつ場合によって溶解しきらない場合は加水して微結晶を溶解する微結晶溶解工程を有するのに対し、甲第1号証に記載された発明においてはそのような工程を有さない点。

ニ.相違点A4
請求項1に係る発明においては、減圧濃縮し結晶を成長させる工程と、微結晶溶解工程とを更に少なくとも1回以上繰り返すのに対し、甲第1号証に記載された発明においてはそのような工程を有さない点。


イ)相違点A1について
1-ケストースの結晶化において温度を60℃以上に加温して結晶を成長させることは甲各号証のいずれにも記載されていない。
また、請求項1に係る発明における結晶の成長手法は、加温させるものであるのに対し、甲第1号証では液温を下げており、逆の操作を行っているのであるから、甲第1号証の記載からは甲第1号証における、液温を下げる助晶に代えて、加温して結晶を成長させるようにすることは当業者が容易に想到し得たものではない。
これに対し、請求人は、請求項1に係る発明の濃縮液の温度を60℃以上に加温して結晶を成長させる工程は煎糖であると主張し、結晶1-ケストースの製造において煎糖を行うことは甲第1号証に記載されており(3.(1-2))、相違点1に関しては相違点ではない旨を主張している。
煎糖とは、甲第2号証(3.(2-2))に「 一定の純度以上の糖液を、結晶化する糖の溶解度以上に濃縮した時点で、その糖の微細結晶、いわゆる種結晶を添加し、その後これに糖液を供給しつつ濃縮を続けながら、微細結晶を一定の大きさになるまで成長させる方法。この方法を以後、煎糖法と呼ぶ。」と記載され、甲第16号証(3.(16-1))「効用罐で約60°Bxに濃縮されたシラップ(濃縮汁)はさらに真空結晶罐で濃縮して、溶解した蔗糖を晶出させる。この操作を煎糖といい、」と記載され、甲第18号証(3.(18-1))に「結晶缶煎糖は、基本的には、蒸発による水分の除去と、濃度上昇にともなう砂糖の結晶とからなる。」と記載されていることからみて、糖液を濃縮し結晶化すること、を意味していると認められる。
ところで、 請求項1に係る発明の濃縮液の温度を60℃以上に加温して結晶を成長させる工程は、実質的に濃縮を伴わない工程であり(第1回口頭審理調書 陳述の要領 被請求人 3.)、明らかに煎糖とは異なる工程である。そして、1-ケストースの結晶化において実質的に濃縮を伴わずに温度の範囲を60℃以上に加温して結晶を成長させることについては甲各号証のいずれにも記載及び示唆されておらず、当業者にとって容易に想到できたものでもない。

ロ)相違点A2について
甲第4号証には蔗糖の結晶化法において減圧濃縮により煎糖することが記載されている。(3.(4-2))
しかし、結晶を成長させる(生成した結晶粒を大きくする)ことについてはなんら記載がなく、甲第10号証に記載されているように1-ケストースと蔗糖は結晶化においてかなり異なる挙動を示すのであるから(3.(10-1))、(3.(10-2))、甲第1号証記載の発明に当該工程を付加する動機付けがない。

1-ケストースと蔗糖は異なる化学構造及び物性を有しており、一般に化学構造や物性が異なればその溶液の物性が異なることは技術常識である。審判請求書の参考図5,参考図6によれば、Brix78、温度60℃において、蔗糖溶液の粘度が222.0cpであるのに対し、1-ケストース溶液の粘度は635cpであり、温度70℃及び温度80℃では蔗糖溶液において122.0cp、71.1cpであるのに対し、1-ケストース溶液では400.0cp、240.0cpであることが記載されている。すなわち、同じ濃度、同じ温度において1-ケストース溶液の方が蔗糖溶液より粘度が高くなることが示されている。
ところで、乙第11号証に
「界面への(あるいは界面からの)輸送過程としては
1.結晶化する物質を流体の流れや拡散によって遠方から運んでくる過程。
2.結晶化の潜熱を熱伝導や対流によって逃がす過程。
3.結晶の中に組み込まれない不純物や溶質などを排斥する過程。
がある。」(第3頁第8-13行)
「輸送とカイネティックスは継続的に起こり、結晶化の進行速度はこれらのうちで最も遅いもので決まってしまう。」(第3頁第16-17行)と記載されており、このことから見て、溶液の粘度が高いと、結晶化する物質を流体の流れや拡散によって遠方から運んでくる過程の進行が遅くなるから、結局、溶液の粘度が高いと結晶成長が抑制されるといえる。
そうすると、上述したとおり1-ケストース溶液は蔗糖溶液に比して粘度が高いのであるから結晶成長しづらいことは明らかである。
甲第4号証に記載の結晶化の手法は蔗糖における手法であるので、上記したように、1-ケストースと蔗糖は結晶化においてかなり異なる挙動を示すのであるから、たとえ甲第4号証に記載の減圧濃縮による煎糖によって蔗糖の結晶粒が大きくなることがあったとしても、結晶化において異なる挙動を示す1-ケストースの結晶化において同様の効果を有するかどうかは不明である。

一方、甲第7号証には、高純度の1-ケストースの結晶を得る工程で減圧濃縮を行うことが記載されている。(3.(7-1))
しかし、甲第7号証で行われている減圧濃縮は高純度の1-ケストースを得るためであって(3.(7-1))、必ずしも結晶成長(生成した結晶粒を大きくする)を伴うものとは言えないから、甲第1号証に当該工程を付加する動機付けがない。
この点に関し、請求人は、1-ケストース水溶液を一定の濃度の保ち減圧濃縮し、結晶化させると、結晶が大きく成長することは、自明にすぎないと主張している。
その根拠として、周知の結晶速度の式
V=β(CL-CS)
βは正の値 CLは溶液中の平均濃度 CSは飽和濃度 Vは結晶面に析出する結晶量を有効結晶表面あたり単位時間で表したもの

を示し、種結晶数と結晶時間を同一に設定すれば様々な条件において、「結晶化速度が早い」とは「結晶が大きくなる」ことと同義になる旨を主張している。
しかし、上記式における(CL-CS)は、過飽和度の程度を示すものであるところ、甲第6号証に「偽晶(false grain)は既述のごとく母液の過飽和度が高くなりすぎて母液中に自然発生した微小な結晶で、」(3.(6-1))と記載されているように、溶液の平均濃度CLが飽和濃度 CSより大きいいわゆる過飽和状態においては、微結晶が析出する、すなわち種結晶数が増加するものであり、種結晶数が一定であることを前提とする請求人の主張はこの点において既に間違っている。
ようするに、上記式によれば、「結晶化速度が速い」ことは過飽和度((CL-CS))が大きいということであり、過飽和度が大きいと微結晶が発生し、結晶粒子数が増えるので、必ずしも個々の結晶が大きくなって、大きな粒の結晶が得られることになるとは言えない。
上記したように、甲第7号証には、1-ケストース溶液を減圧濃縮し結晶を成長させる結晶成長工程について記載されておらず、甲第1号証記載の発明と組み合わせることは当業者が容易に想到し得たものではない。

ハ)相違点A3について
結晶化工程において、微結晶(偽晶)が発生した場合に、少量の差し水をするか、温度を上げて微結晶を消す操作をすること自体は単位操作として知られているものの(3.(6-3))、微結晶を消す操作は、正常な結晶まで溶解するために好ましくはなく、微結晶の発生を未然に防ぐように温度調整等をするのが一般的であると言える(3.(6-3))、(3.(8-1))のに対し、請求項1に係る発明は、従来好ましくないとされていた微結晶が発生することを前提として、微結晶溶解工程をあえて組み入れ、相違点A4の工程と組み合わせることにより、工程全体としての効率を向上させて大きい粒子の結晶を高い回収率で得ることができるようにしたものであり、当業者が容易に想到し得たものではない。

ニ)相違点A4について
微結晶溶解工程を少なくとも一回以上繰り返すことについては、甲各号証のいずれにも記載されていない。
この点について、請求人は、甲第6号証に、「したがって偽晶の発生をみたらなるべく少量の差し水(balancing water)を行ない、また白下温度を上げてすみやかに偽晶を消す操作(washing)を行なう」(3.(6-3))との記載があることから、微結晶(偽晶)の発生を見たらその都度微結晶を消すことが精糖工業での慣用手段であったとし、したがって、1-ケストース結晶を得るのに、繰り返し工程をもうけることは当業者が容易になしえた旨を主張している。
しかし、上記ハ)相違点A3について、において記載したとおり、結晶化工程において微結晶の発生は好ましくないため、微結晶の発生を未然に防ぐのが一般的であったと認められるため、相違点A3の工程と組み合わせて微結晶溶解工程を繰り返すことも当業者が容易に想到し得たものではない。

そして、請求項1に係る発明は、濃縮液の温度および濃縮率を規定した上で、種晶を添加し、その後減圧濃縮と微結晶溶解工程を繰り返し行う一連の工程を、この順序で行うことによって、
・均一で、大きな結晶粒の結晶1-ケストースを得る。
・固液分離の際、常温で結晶1-ケストースを得る。
・母液から結晶1-ケストースを高い回収率で得る。
という本件明細書に記載の格別の効果を奏するものである。

したがって、本件請求項1に係る発明は、甲各号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。


B)請求項2について
本件請求項2に係る発明と甲第1号証に記載された発明を比較する。
甲第1号証には、1-ケストース純度が70%以上の水溶液を用いることが記載されており(3.(1-1))、本件請求項2に係る発明の純度80%以上と重複する。また、甲第1号証に記載されている1-ケストース水溶液を85Bx以上まで濃縮する(3.(1-1))点は、請求項2に係る発明におけるBrixが75以上となるように濃縮することに該当する。
そして、甲第1号証に記載されている濃縮後に液温を80℃以上にする(3.(1-1))点は、請求項2に係る発明における60℃以上に加温することに該当する。
甲第1号証の助晶とは結晶を成長させる工程であるので、両者は以下の点において一致する。
「結晶1-ケストースの製造法であって、
1-ケストース純度が80%以上である1-ケストース高純度溶液を、該溶液のBrixが75以上となるように濃縮し、次いで当該濃縮液の温度を60℃以上に加温する工程と、起晶工程と、結晶を成長させる工程と、結晶1-ケストースを回収する工程を行うことを含んでなる、方法」

そして以下の点において相違する。
イ.相違点B1
本件請求項2に係る発明では、濃縮液を減圧濃縮し、当該液の温度を低下させて起晶させるのに対し、甲第1号証記載の発明においては微細結晶のけん濁液を適量入れる点。

ロ.相違点B2
上記A)請求項1について、の項で記載したロ.相違点A2と同じ。

ハ.相違点B3
上記A)請求項1について、の項で記載したハ.相違点A3と同じ。

ニ.相違点B4
上記A)請求項1について、の項で記載したニ.相違点A4と同じ。

イ)相違点B1について
甲第2号証には、「従来、糖類の結晶を得る方法として・・・・高純度に精製した糖類を調製し、その糖の溶解度以上に濃縮し、自然に結晶核を発生させる方法」(3.(2-2))が記載されている。結晶核の発生とはいわゆる起晶のことであることは明らかである。
しかし、甲第2号証には糖類として1-ケストースについて具体的に記載されていないし、減圧濃縮することや温度を低下させることも記載されていない。そして、甲第10号証に記載されているように、1-ケストースは水溶液から非常に結晶がしづらい糖なので、微細結晶を添加することが必須だと考えられていた(3.(10-2))、(第1回口頭審理調書 陳述の要領 請求人 2.)ことを勘案すると、上記の手法を1-ケストースに適用することを当業者が直ちに想到し得たとは言えない。
加えて、甲第2号証には、糖を溶解度以上に濃縮することにより、自然に結晶核を発生させることについて、「この方法では、結晶は大きく成長せず微細な結晶になりやすく、吸湿性の少ない結晶が得られにくい。さらに、糖液を高純度に精製しなければならないという難点がある。」(3.(2-2))と、記載されており、結晶を大きく成長させたいときには不適切な手法である旨が記載されている。
よって、1-ケストース結晶の製造方法である甲第1号証の記載の発明において、微細結晶の懸濁液を適量入れるの代えて甲第2号証の手法を用いることは当業者が容易に想到し得たとは言えない。

一方、甲第7号証には、「高純度の1-ケストースを製造するために、上記で得られた全ての結晶(130g)は水(約70ml)中に溶解され、約120mlの1-ケストース溶液が得られた。その溶液の4分の3(約80ml)がロータリーエバポレーターフラスコ中に収容され、フラスコをゆっくり回転させながら且つ1-ケストース溶液を絶えず供給して一定の濃度(約80Bx)を維持して、減圧下で80℃で結晶化した。」(3.(7-1))ことが記載されている。しかし、甲第10号証に記載されているように、1-ケストースは水溶液から非常に結晶がしづらい糖なので、微細結晶を添加することが必須だと考えられていた(3.(10-2))(第1回口頭審理調書 陳述の要領 請求人 2.)ことを勘案すると、いわゆる目待法による起晶が起こってるのかどうか必ずしも明らかではない。
しかも、甲第7号証には温度を低下させる点は記載されていないし、高純度の1-ケストースを製造するために行うのだから、必ずしも結晶成長(生成した結晶粒を大きくする)を伴うものとは言ず、甲第1号証の記載の発明において、微細結晶の懸濁液を適量入れるの代えて甲第7号証記載の手法を用いることは当業者が容易に想到し得たとは言えない。

よって、甲第1号証記載の発明において、微細結晶のけん濁液を適量入れることに代えて、濃縮液を減圧濃縮し、当該液の温度を低下させて起晶させるようにすることは当業者が容易に想到し得たとはいえない。

ロ)相違点B2について
上記ロ)相違点A2について、の項で記載したのと同様の理由により当業者が容易に想到し得たものではない。

ハ)相違点B3について
上記ハ)相違点A3について、の項で記載したのと同様の理由により当業者が容易に想到し得たものではない。

ニ)相違点B4について
上記ニ)相違点A4について、の項で記載したのと同様の理由により当業者が容易に想到し得たものではない。

そして、請求項2に係る発明は、濃縮液の温度および濃縮率を規定した上で、減圧濃縮により起晶させ、その後減圧濃縮と微結晶溶解工程を繰り返し行う一連の工程を、この順序で行うことによって、
・種結晶を添加する工程を有しないので、意図しない汚染を防止できる。
・均一で、大きな結晶粒の結晶1-ケストースを得る。
・固液分離の際、常温で結晶1-ケストースを得る。
・母液から結晶1-ケストースを高い回収率で得る。
という本件明細書に記載の格別の効果を奏するものである。

したがって、本件請求項2に係る発明は、甲各号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。


C)請求項6について
本件請求項6に係る発明と甲第1号証に記載された発明を比較する。
甲第1号証には、1-ケストース純度が70%以上の水溶液を用いることが記載されており(3.(1-1))、本件請求項6に係る発明の純度80%以上と重複する。
また、甲第1号証に記載されている1-ケストース水溶液を85Bx以上まで濃縮する(3.(1-1))点は、請求項6に係る発明におけるBrixが80以上となるように濃縮することに該当する。
そして、甲第1号証の助晶とは結晶を成長させる工程であるので、両者は以下の点において一致する。
「結晶1-ケストースの製造法であって、
1-ケストース純度が80%以上である1-ケストース高純度溶液を、該溶液のBrixが80以上となるように濃縮する工程と、起晶工程と、結晶を成長させる工程と、結晶1-ケストースを回収する工程を行うことを含んでなる、方法」

そして以下の点において相違する。

イ.相違点C1
請求項6に係る発明においては、濃縮液の温度を50〜60℃の範囲において起晶させるのに対し、甲第1号証では、微細結晶のけん濁液を適量入れる点。

ロ.相違点C2
請求項6に係る発明においては、結晶を70〜95℃において成長させる工程を有するのに対し、甲第1号証に記載された発明においては撹拌しながらゆっくりと65〜75℃まで液温を下げながら助晶する点。

ハ.相違点C3
請求項6に係る発明においては、相違点C2の結晶成長工程の後、濃縮液の温度を前記工程における温度よりも5〜20℃低下させる冷却工程と、前記冷却工程で低下させた温度に該濃縮液を置き結晶を成長させる結晶成長工程とを更に一回以上繰り返すのに対し、甲第1号証にはその点について記載されていない点。

ニ.相違点C4
請求項6に係る発明においては、20〜60℃まで温度を低下させた後、結晶1-ケストースを回収するのに対し、甲第1号証では、結晶を温度60〜80℃の条件下で遠心分離し、1-ケストースを回収している点。

イ)相違点C1について
1-ケストースの結晶化において、温度を50〜60℃の範囲において起晶させることは甲各号証のいずれにも記載されていない。
この点に関し、請求人は、当該起晶は、周知の起晶法である目待法を適用したに過ぎない旨を主張している。そして目待法の説明として甲第2号証の記載「高純度に精製した糖類を調製し、その糖の溶解度以上に濃縮し、自然に結晶核を発生させる方法」(3.(2-2))を指摘している。
しかし、甲第10号証に記載されているように、1-ケストースは水溶液から非常に結晶がしづらい糖なので、微細結晶を添加することが必須だと考えられていた(3.(10-2))、(第1回口頭審理調書 陳述の要領 請求人 2.)のであるから、種晶(微細結晶)を用いずに起晶される方法を適用できるものと理解されていたとは言えず、しかも、その温度を50〜60℃の範囲において行うことは甲各号証のいずれにも記載及び示唆されていない。
加えて、目待法は甲第2号証に「この方法では、結晶は大きく成長せず微細な結晶になりやすく、吸湿性の少ない結晶が得られにくい。」(3.(2-2))、甲第6号証に「目待(めまち)法(waiting method) 古い方法で必要な結晶数が自然発生により徐徐に晶出するのを待つ方法で、そのため、結晶は非常に不整一になり、長時間を要する。わが国の精製糖工場ではもちろんその他でもほとんどまったく採用されていない。」(3.(6-2))と記載されており、結晶を大きく成長させたいときには不適切な手法である旨が指摘されている。
よって、甲第1号証記載の発明において、微細結晶のけん濁液を適量入れるのに代えて濃縮液の温度を50〜60℃の範囲において起晶させるようにすることは当業者が容易に想到し得たものではない。

ロ)相違点C2について
1-ケストース結晶を70〜95℃において成長させることは、甲各号証のいずれにも記載されていない。
また、請求項6に係る発明における結晶の成長手法は、直前の起晶工程が50〜60℃であるので、70〜95℃に加温しているものと認められるが、甲第1号証では液温を下げており、逆の操作を行っているのであるから、甲第1号証の記載からは甲第1号証における、液温を下げる助晶に代えて、70〜95℃において結晶を成長させるようにすることは当業者が容易に想到し得たものではない。
これに対し、請求人は、請求項6に係る発明の、結晶を70〜95℃において成長させる工程は煎糖であると主張している。
煎糖とは、甲第2号証(3.(2-2))に「 一定の純度以上の糖液を、結晶化する糖の溶解度以上に濃縮した時点で、その糖の微細結晶、いわゆる種結晶を添加し、その後これに糖液を供給しつつ濃縮を続けながら、微細結晶を一定の大きさになるまで成長させる方法。この方法を以後、煎糖法と呼ぶ。」と記載され、甲第16号証(3.(16-1))「効用罐で約60°Bxに濃縮されたシラップ(濃縮汁)はさらに真空結晶罐で濃縮して、溶解した蔗糖を晶出させる。この操作を煎糖といい、」と記載され、甲第18号証(3.(18-1))に「結晶缶煎糖は、基本的には、蒸発による水分の除去と、濃度上昇にともなう砂糖の結晶とからなる。」と記載されていることからみて、糖液を濃縮し結晶化すること、を意味していると認められる。
ところで、 請求項6に係る発明の結晶を70〜95℃において成長させる工程は、実質的に濃縮を伴わない工程であり(第1回口頭審理調書 陳述の要領 被請求人 3.)、明らかに煎糖とは異なる工程である。そして、1-ケストースの結晶化において実質的に濃縮を伴わずに結晶を70〜95℃において成長させることについては甲各号証のいずれにも記載及び示唆されておらず、当業者にとって容易に想到できたものでもない。

ハ)相違点C3について
濃縮液の温度を前記工程における温度よりも5〜20℃低下させる冷却工程と、前記冷却工程で低下させた温度に該濃縮液を置き結晶を成長させる結晶成長工程とを更に一回以上繰り返すことは甲各号証のいずれにも記載されていない。甲第1号証には「65〜75℃まで液温を下げながら助晶する」(3.(1-1))ことは記載されているものの、どのような条件で液温を下げるのか記載されていないし、冷却工程と結晶工程を一回以上繰り返すことも記載されていない。
本件請求項6に係る発明は、この工程を有することにより工程全体としての効率を向上させて大きい粒子の結晶を高い回収率で得ることができるようにしたものであり、甲第1号証にこの工程を付加することは当業者が容易に想到し得たものではない。
この点に関し、請求人は、周知の結晶成長の手法である助晶法を行ったに過ぎない旨を主張し、一回以上繰り返すことについては、以下の点を主張している。
甲第14号証の記載「助晶機での冷却の目的は、裾物白下の煎糖中及び結晶化中に結晶罐で維持されたとおり、母液の過飽和度を冷却工程中もずっと準安定領域に、維持する事にある。」(3.(14-2))及び甲第15号証の記載「自然発生的結晶(偽晶)を形成しないで最高結晶化速度を維持する冷却の最適状態は、一般に冷却速度と結晶化速度がほぼ歩調のそろったときに実現される。」(3.(15-1))は、冷却速度と結晶化速度の歩調を揃えて冷却による結晶成長を行うことが最適な冷却であることを示している。本件発明のように冷却工程を多段階で行うことは、滑らかで連続した冷却すなわち、冷却速度と結晶化速度の歩調を揃える冷却に近づけているにすぎないものである。
しかしながら、請求人の主張では、冷却を滑らかで連続したように行う方がより好ましいのであって、本件請求項6に係る発明のように段階的な冷却にする動機付けがない。それに加えて、1-ケストースにおける準安定領域について、甲各号証のいずれにも記載されておらず、本件出願当時に公知であったとの証拠も示されていないのだから、準安定領域に維持するという甲第14号証の記載に基づく冷却条件は不明であったと認められ、当業者が容易に想到し得たものではない。

ニ)相違点C4について
20〜60℃まで温度を低下させた後、結晶1-ケストースを回収することについては甲各号証のいずれにも記載されていない。
一般に、粘度は温度依存性があり、温度が低いと粘度が高くなり、粘度が高いと結晶回収がやりにくくなるものであるから、甲第1号証記載の発明おいて温度範囲60〜80℃を20〜60℃に低下させることは当業者が容易に想到し得たものではない。
この点に関し請求人は、1-ケストースの結晶回収を20〜60℃で行うことは、高粘度の状態での結晶の分離となり、事実上結晶回収は困難であるため、温度範囲の限定は技術的な根拠もなく単に任意に付加したに過ぎない旨を主張している。
しかし、乙第1号証に「遠心分離機の能力はバスケットの直径、高さ、回転数の2乗、操作回数に比例するが、蜜の粘度、結晶の大小および整一度、電動機の加速性能に影響される。」(第200頁第22-26行)、「蔗糖の結晶は相似形であると考えた場合結晶間隙の容積は一定であるが、結晶が大きければ蜜の通過は容易であり、結晶の大きさが整一であれば結晶間隙は多く蜜の抜けは良好であり、分離時間は短縮される」(第201頁第1-4行)と記載されており、結晶の回収にあたっては、粘度のみではなく、結晶の形や大きさ等が影響するものである。結晶が大きければ蜜の通過は容易すなわち結晶回収が容易であり、本件発明は大きな結晶が得られるのだから、粘度のみを検討して結晶回収が困難であるとすることはできない。
そして、20℃の温度でも遠心分離により結晶1-ケストースを回収できることは被請求人が提出した乙第2-5号証及び平成16年11月12日付上申書に記載されており、20℃の温度で結晶1-ケストースを回収できることが示されている。
また、請求人の主張するような、1-ケストースの結晶回収を20〜60℃で行うことは、高粘度の状態での結晶の分離となり、事実上結晶回収は困難であると考えられていたとすると、当然、20〜60℃まで温度を低下させた後、結晶1-ケストースを回収することは当業者が容易に想到し得たものではない。

そして、請求項6に係る発明は、濃縮液の温度および濃縮率を規定した上で、特定の温度範囲で起晶させ、その後温度を上昇させて結晶成長させ、次いで段階的に冷却しながら更に結晶成長させるものであるが、その一連の工程を、この順序で行うことによって、
・種結晶を添加する工程を有しないので、意図しない汚染を防止できる。
・均一で、大きな結晶粒の結晶1-ケストースを得る。
・固液分離の際、常温で結晶1-ケストースを得る。
・母液から結晶1-ケストースを高い回収率で得る。
という本件明細書に記載の格別の効果を奏するものである。

したがって、本件請求項6に係る発明は、甲各号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。


D)請求項3-5,7-10について
請求項3-5,7-10に係る発明は、請求項1,2,6に係る発明のいずれかに構成要件を付加することによって、請求項1,2,6に係る発明のいずれかの発明を更に限定したものであるので、上記した、A)請求項1について、B)請求項2について、C)請求項6についての項で述べたのと同様の理由により、甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。


(2)無効理由2について
請求人は特許法第36条第4項の記載不備について以下の点を主張している。

A)本件請求項6の「20〜60℃まで温度を低下させた後、結晶1-ケストースを回収する工程」及び本件請求項9の「回収工程を常温で行う」ことは高粘度の状態での結晶の分離となり、事実上結晶回収は困難であり、当業者が容易に結晶1-ケストースの回収を行うことができないから、請求項6及び請求項9が、当業者が容易に実施することができない部分を含むので、特許法第36条第4項に規定の要件を満たさない。

A)について
被請求人が提出した乙第1号証には、「遠心分離機の能力はバスケットの直径、高さ、回転数の2乗、操作回数に比例するが、蜜の粘度、結晶の大小および整一度、電動機の加速性能に影響される。」(第200頁第22-26行)、「蔗糖の結晶は相似形であると考えた場合結晶間隙の容積は一定であるが、結晶が大きければ蜜の通過は容易であり、結晶の大きさが整一であれば結晶間隙は多く蜜の抜けは良好であり、分離時間は短縮される」(第201頁第1-4行)と記載されている。すなわち、結晶の回収にあたっては、粘度のみではなく、結晶の形や大きさ等が影響するものである。結晶が大きければ蜜の通過は容易すなわち結晶回収が容易であり、本件発明は大きな結晶が得られるのだから、粘度のみを検討して結晶回収が困難であるとすることはできない。
そして、被請求人が提出した乙第2号証には、本件発明の結晶1-ケストースを回収する溶液と同等の粘度である11,500cpの粘度を有する溶液から、20℃の温度において遠心分離器を用いて、結晶1-ケストースを回収できたことが記載されており、平成16年11月12日付上申書及び乙第3-5号証には、乙第2号証で用いた遠心分離器、粘度計、それらの使用条件等について記載されている。
上記の理由及びこれらの資料によれば、本件請求項6の「20〜60℃まで温度を低下させた後、結晶1-ケストースを回収する工程」及び本件請求項9の「回収工程を常温で行う」ことは高粘度の状態での結晶の分離となり事実上結晶回収は困難である、とは言えず、請求人の主張には理由がない。

また、これに付随して請求人は、以下の点を主張している。
本件明細書には、「結晶1-ケストースを含む結晶化終了後の濃縮液は低粘度であるため、結晶回収を加温することなしに実施することができる」(本件特許公報第6頁第11欄第16-18行)と記載されているが、これに対して、被請求人が提出した乙第2号証には、結晶1-ケストースを含む結晶化終了後の濃縮液の粘度が11,500cpであることが示されている。該粘度は、一般的な汎用の分離器では結晶の分離が困難とされる高い粘度であり、到底、低粘度といえるものではなく、本件特許発明において、「低粘度」とはどのようなものをいうのか不明確である。
しかし、本件明細書に記載されている、「低粘度」とは、結晶回収を加温することなしに実施することができる程度の粘度という意味であり、乙第2-5号証及び平成16年11月12日付上申書によれば、11,500cpの粘度のものが、加温なしに一般的な汎用の分離器で分離できることが示されているから、本件明細書に記載の「低粘度」が不明確とは言えない。


したがって、本件明細書には、請求人が主張するような記載不備はない。


6.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-03-31 
結審通知日 2005-04-05 
審決日 2005-04-20 
出願番号 特願平9-521928
審決分類 P 1 112・ 536- Y (C07H)
P 1 112・ 121- Y (C07H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中木 亜希  
特許庁審判長 竹林 則幸
特許庁審判官 横尾 俊一
亀田 宏之
登録日 2003-08-08 
登録番号 特許第3459264号(P3459264)
発明の名称 結晶1-ケストースおよびその製造法  
代理人 宮嶋 学  
代理人 紺野 昭男  
代理人 吉武 賢次  
代理人 光来出 良彦  
代理人 伊藤 武泰  
代理人 横田 修孝  

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