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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1120961
審判番号 審判1997-8227  
総通号数 69 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-07-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 1997-05-19 
確定日 2005-07-28 
事件の表示 平成 5年特許願第502933号「自在なドナー細胞」拒絶査定不服審判事件〔平成 5年 2月 4日国際公開、WO93/02188、平成 6年 7月28日国内公表、特表平 6-506604〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、1992年7月14日(パリ条約による優先権主張1991年7月15日、1992年6月29日、米国)に国際出願されたものであって、その請求項1〜17に係る発明は、当審が平成13年3月30日付で行った拒絶理由通知に対して提出された平成13年10月12日付手続補正書により補正された本願明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1〜17に記載されたとおりのものと認められる(以下、これらをそれぞれ本願発明1〜17という。)ところ、当該請求項1および2の記載は以下のとおりである。
「1.別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、操作された細胞に対して補体を介する攻撃に対する抵抗性があり、かつ、Tリンパ球を介する攻撃を誘引しない、遺伝学的に操作された内皮細胞であって、
該細胞が、該細胞に対してTリンパ球を介する反応を誘引する、主要組織適合性複合体クラスI遺伝子群または主要組織適合性複合体クラスII遺伝子群のいずれかによりコードされるタンパク質を、その表面上で発現せず、そして別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を、その表面上で発現し、
ここで、該細胞は、表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、細胞。
2.別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、補体を介する攻撃に対する抵抗性がある、遺伝学的に操作された内皮細胞であって、
該細胞が別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を発現し、ここで該補体を介する攻撃を阻害するタンパク質がCD59であり、そして細胞あたり103より多いかまたは等しいCD59分子、あるいは、原形質膜表面の1μm2あたり1分子より多いかまたは等しいCD59抗原を、その細胞表面上で発現し、
ここで、該細胞は、表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、細胞。」

2.当審が通知した拒絶理由
一方、当審が平成13年3月30日付で通知した拒絶理由の一つは、
「(1)本件請求項1〜20に係る発明は、下記刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

刊行物1:WO91/01140
刊行物2:WO91/05855
刊行物3:特開平3-201985号公報
刊行物4:特表平2-502021号公報
刊行物5:Eur.J.Immunol.1990,20;87-92
刊行物6:Eur.J.Immunol.1991,21;847-850
刊行物7:特開平3-41948号公報
刊行物8:Proc.Natl.Acad.Sci.USA Vol.89,pp.33-37 January1992」
というものである。

3.引用刊行物に記載された技術的事項
当審の上記拒絶理由で引用した、本願優先日前に頒布された刊行物1、2および4〜6には、下記の事項が記載されている。

刊行物1:WO91/01140 (国際公開日1991年2月7日)
「普遍的なドナー細胞及びキメラ性哺乳類宿主のための相同性組み換え」という名称の発明に関するPCT出願の国際公開パンフレットであり、請求の範囲には、「少なくとも1つのDNA構造体による哺乳類細胞の形質転換により組織適合複合体(MHC)抗原の1つのサブユニットの個々の遺伝子座での損傷の導入及び前記遺伝子座での前記構造体の組み込みの結果として少なくとも1つの主な前記MHC抗原を欠く哺乳類細胞であって、前記DNA構造体は前記遺伝子座及び前記損傷の一部と相同である配列を含んでなることを特徴とする哺乳類細胞」(上記パンフレットに対応する国内公表公報である特表平4-501510号公報の請求の範囲の請求項1)、「前記MHC抗原がクラスI抗原である請求の範囲1項記載の哺乳類細胞」(同、請求項2)、「前記MHC抗原がクラスII抗原である請求の範囲1項記載の哺乳類細胞」(同、請求項3)、「少なくとも1つのDNA構造体による哺乳類細胞の形質転換により個々のβ2-ミクログロブリン遺伝子座での損傷の導入及び前記遺伝子座での前記構造体の組み込みの結果としてクラスIの主要組織適合性複合体(MHC)遺伝子を欠く哺乳類細胞であって、前記DNA構造体が前記遺伝子座及び前記損傷の一部と相同である配列を含んでなることを特徴とする哺乳類細胞」(同、請求項4)、「クラスIの主要組織適合性複合体抗原を欠くことを特徴とする非-ヒト動物」(同、請求項37)「前記動物が哺乳類である請求の範囲37項記載の動物」(同、請求項38)と記載されている。
また、明細書には、「本発明の分野は、キメラ性非ヒト哺乳類を創造するために、遺伝子を変性し、そして不活性化し、すなわち移植を含む細胞療法において、普遍的なドナーとして、作用することができる細胞を生成するために相同性組換え法の使用である」(同、3頁左上欄10〜13行)、自己対外来性の認識のためのシステムの一部として、表面膜蛋白質の主要な組織適合性複合体(MHC)抗原が重要な役割を演じる。個々の宿主は、その宿主と他の宿主を区別するために作用する個人の1対のクラスI及びクラスII MHC抗原を有する。リンパシステムは、自己としてそのようなMHC抗原の存在の認識に基づかれる。他の同種宿主からの移植が生じる場合、その移植物が宿主と適合せず、又は宿主が免疫適合されないなら、その移植物は免疫システムにより攻撃され、そして破壊される。…受容体宿主の細胞が欠失し、損傷を受け又は機能不全である場合、その受容体宿主に細胞を移植したいかもしれない多くの状況が存在する。宿主が免疫保護される場合、特定のwhite cell、特に種々の疾病から宿主を保護することができるT-細胞をトランスフューズすることに興味がある。…糖尿病の場合、ランゲルハンス島が欠乏し、パーキンソン病の場合、ドパミンを分泌する細胞が欠乏し、…網膜上皮細胞が欠乏する他の状況においては、所望する機能を有する細胞を供給できることが所望される。細胞を効果的にするためには、それらは宿主による攻撃から安全であるべきであり、その結果、それらは免疫システムにより破壊されないで機能することができる。従って、受容体の免疫システムによる攻撃から安全に存在しながら、適切に機能し、増殖し、そして分化することができる細胞を生成するための効果的な手段を見いだすことに興味がある。」(同、3頁右上欄6行〜左下欄10行)と記載されている。また、形質転換に用いられる特定の興味ある細胞として内皮細胞が例示され(同、4頁左下欄12〜19行)、そして、上記事項を説明するものとしてクラスIMHC抗原に係る「β2-ミクログロブリン遺伝子発現の不活性化によりMHC抗原を欠く上皮ケラチン細胞の増殖」の実験、および、胚の幹細胞をβ2-ミクログロブリン遺伝子の1つとの相同組み換えにより変性し、キメラ性マウスを生成し、ホモ接合性動物を生成する実験が、具体的に記載されている(同、6頁右下欄下9行〜10頁左下欄下3行)。
そして、上記実験の結果として、「クラスI MHC抗原の存在の結果として免疫破壊を受けないであろう細胞が供給されうる。その細胞は広く使用されうる。なぜならば、それらは同種宿主中に導入される場合、免疫攻撃を受けず、そしてそれらはさらに、それらの生来の態様で機能することができるであろうからである。この方法においては、細胞の数及び/又は機能の損失に起因する広範囲の疾病が治療され得、ここでその導入される細胞は生存し、増殖し;そして機能することができる。従って、熱傷、擦過傷、病原体又は同様なものの結果としての疾病が治療され得るだけでなく、また遺伝子の欠損の結果としての疾病も治療されうる。また、胚の幹細胞は、キメラ性哺乳類宿主を生成するために相同組換え法により変性され得る。キメラ性哺乳類宿主は、次に選択され、そして不活性化された遺伝子を欠くホモ接合性宿主を生成するために繁殖のために使用され得る。」と記載されている(同、10頁左下欄下2行〜右下欄13行)。
クラスII抗原については、「特定のMHC抗原の1つの又は両方のコピーを不活性化するために使用する方法は類似し、配列、使用される選択可能なマーカー及びMHC抗原の不在を同定するために使用される方法の選択において主に異なり、但し、類似する方法が特定の抗原の発現の不在を確保するために使用されうる。その方法は類似するので、β2-ミクログロブリン遺伝子の不活性化が例として使用されるであろう。実質的に同じ方法(但し、他の遺伝子配列を有する)がクラスII MHC抗原のα-及びβ-サブユニットのために十分であろうことが理解される。」(同、4頁右下欄9〜17行)ことが記載されている。

刊行物2:WO91/05855 (国際公開日1991年5月2日)
「改質生物学的材料」という名称の発明に関するPCT出願の国際公開パンフレットであり、請求の範囲には、「レシピエントとは異なる種であり、レシピエントに対して不調和種であるドナーに由来する動物組織をレシピエントに移植する方法において、レシピエントに組織を移植し、移植組織と共に、補体の完全活性化を阻止するためにレシピエント種において活性である1種以上の相同的補体制限因子(HCRF)を供給することを含む方法」(上記パンフレットに対応する国内公表公報である特表平5-503074号公報の請求の範囲の請求項1)、「組織が器官である請求項1の方法」(同請求項2)、「器官が心臓、肺、…である請求項2の方法」(同請求項3)、「組織が血液、もしくは造血細胞、ランゲルハンス島、脳細胞、又は内分泌器官からの細胞を含む請求項2記載の方法」(同、請求項4)、「HCRFが下記要素…p-18(HRF-20、CD59又はMIRLとしても知られる);…である、又は上記要素の活性を有する請求項10記載の方法)」(同請求項11)と記載され、「レシピエント種がヒト」(同請求項15)、「ドナー種がブタ」(同+請求項16)と記載されている。
また、明細書には、「本発明で用いる「組織」なる用語は、器官(特に、心臓、肺…のような重要な内部器官)、角膜、皮膚、血管、その他の結合組織、血液細胞と造血細胞、ランゲルハンス島、脳細胞、内分泌腺及びその他の器官からの細胞を含めた細胞並びに体液(例えばPPF)(これらの全てが1つの種から他の種への移植の候補でありうる)を含む移植可能な生物学的な材料を意味する。」(同3頁左下欄下11〜6行)、「HCRFをドナー組織上の細胞膜に結合させるように、HCRFを供給することが一般に非常に便利である。適当な表現を生ずる、移植組織の良好な感染症が生ずることがあるが、この目的を達成するために最も好ましいルートは、ドナー組織がレシピエントに移植されたときにレシピエント種中で活性な1種以上のHCRFをコードする核酸を含み、表現する点でドナー組織がトランスジェニックであることである。このようなトランスジェニック組織はHCRFを無限に表現し続ける。HCRFは発生的にレシピエント種に又はこれより好ましくなくは、調和異種移植片が可能であるような密接に関連する種に由来しうる。原則としてトランスジェニックドナー組織は細胞培養から得られるが、ドナー組織がトランスジェニック動物から得られることが好ましい。」(同5頁左上欄1〜10行)と記載されている。

刊行物4:特表平2-502021号公報
「血管内面を再内皮化する方法」という名称の発明に関する特許公表公報であり、「血管の内皮層は、きわめて複雑な多機能細胞表面である。これらの細胞は血液および下地の血管壁成分と相互作用して、生理学的な動的平衡状態を維持する。」(同公報2頁右上欄下7〜5行)、「明らかに、内皮細胞は血管機能障害の病因論においてきわめて重要な役割を果たす。損傷に引き続き直ちに内皮細胞を修復することによって、損傷のすぐ後に起きる事態を抑制しまたは変化させ得るであろうことが期待される。従って、本発明の一つの目的は、内皮細胞が実質的に剥離されている血管通路の内面を再内皮化する方法を提供することである。」(同2頁右下欄1〜6行)、「この方法において、内皮細胞は患者自身の微小血管から分離される。患者の損傷した血管通路を通る血流は阻止される。患者の血管通路の剥離された部分の表面に、患者の微小血管から分離された内皮細胞を、前記剥離された部分の少なくとも約50%の被覆を提供する密度で塗布する。塗布された細胞が、血管通路を通る再開した血流によって生じる専断に耐えるに充分な血管内面への付着を形成するに充分な時間だけ、血管通路を通る血流の阻止は維持される。」(同3頁右上欄3〜10行)、「本発明の方法に用いるための内皮細胞は、好ましくは血管処置を受けている患者から採取される。しかし、脳死したが心臓は鼓動している死体提供者、または患者以外の手術中の提供者から、ヒト腎周囲の脂肪組織を採取してもよい。…微小血管内皮細胞は体組織中に豊富に存在し、従って本発明で用いる内皮細胞の好ましい供給源である。…細胞の供給源としては脂肪組織を用いるのが好ましい。」(同3頁右上欄下3行〜左下欄9行)と記載されており、また、「関連出願」の項には、「…米国特許出願第742086号には、患者における移植を目的とした、合成のまたは天然に存在する移植材の処理方法が開示されている。この方法は、その患者から微小血管内皮細胞に富んだ組織を得る工程と、この微小血管内皮細胞を前記移植材に塗布し、処理すべき前記移植材の表面に少なくとも約50%以上の前記細胞の集合または融合を提供する工程とを具備している。…米国特許出願第848453号には、患者における移植を目的とした合成のまたは天然に存在する移植材の、下記のような処理方法が開示されている。この方法は、合成基材を提供する工程と、該基材をIV/V型コラーゲンで処理し、ヒト内皮細胞の付着、増殖および形態を改善する工程とを具備している。」(同2頁左上欄10〜23行)と記載され、「近年、内皮細胞(EC)を分離し、これを培養成長させる方法が進歩した。…培地中で長期間の培養を行うことによって、ヒト微小血管ECもルーチンに且つ大量に分離されている。」(同2頁右下欄7〜19行)と記載されている。

刊行物5:Eur.J.Immunol.1990,20;87?92
「CD59抗原は、マウスLy-6抗原と構造的に相同なものであるが、インターフェロン誘発性は有さない」という表題の論文であり、87頁上欄1〜3行に、「ヒト白血球抗原CD59をコードするcDNAが、赤芽球セルラインK-562から単離され、COS細胞における発現により同定された。」と記載され、また、89頁の図1に、そのヌクレオチド配列とアミノ酸配列が示されており、当該図1に成熟タンパクに当たる部分として示されている配列は、本願明細書に記載されたCD59のアミノ酸配列(配列番号3)およびそれをコードするcDNA配列(配列番号4)と同一の配列である。

刊行物6:Eur.J.Immunol.1991,21;847?850
(1991年3月号;1991年4月15日JICST受け入れ)
「ヒトCD59cDNAのラット細胞へのトランスフェクションはヒト補体への抵抗性を授ける」という表題の論文であり、847頁の上欄に、「我々は、補体を介する細胞溶解を阻止する際のヒトCD59抗原の役割を、CD59cDNAをラット細胞へ移転し、発現させることにより、調べた。CD59をコードするcDNAが、発現ベクターpSFSVneo中にサブクローニングされ、ラットT細胞ラインNB2-6TGへ安定にトランスフェクトされた。抗CD59モノクローナル抗体YTH53.1を用いた間接的免疫蛍光染色により、ヒトCD59抗原が形質転換細胞上に存在すること、また、当該抗原がラットの糖脂質アンカーにより細胞表面に付着していることが示された。形質転換細胞は、CD59のmRNAの単一の3.3kb種を有することが、ノーザンブロットハイブリダイゼーションにより見出された。イミュノブロッティングは、これがヒトの赤血球細胞に見られるのと同じサイズの蛋白質のバンドをコードするものであることを示した。ヒトCD59のラット細胞での発現による生物学的な影響を調べるために、ヒト補体および細胞溶解性のモノクローナル抗体の存在下において、形質転換された細胞の細胞溶解を形質転換されていないものと比較して計測するアッセイが案出された。CD59により形質転換されたラット細胞はヒト補体による細胞溶解をより受けにくいこと、また、この効果はYTH53.1のF(ab’)2フラグメントにより阻害されることが観察された。これらの実験は、CD59が有核細胞に対して相同的補体制限因子として機能することができることを、直接的に証明するものである。」と記載され、また、「1.イントロダクション」の項に、「ヒト赤血球は、極めて近いところで補体が活性化されるとき、自身が障害を受けることから保護する、膜結合蛋白を発現する[1]。最近同定された18-20kDの一つの糖タンパク質であるCD59抗原[2-9]は、補体膜攻撃複合体の形成をC5b-8に対するC9の結合の段階で阻害することにより、相同的補体による細胞溶解を制限することが明らかである[9,10]。」(847頁左欄2〜8行)と記載されており、当該箇所で引用する刊行物[8]は、850頁の「5.参照」によれば、上述の刊行物5である。そして、CD59の発現量などに関しては、「…(ヒトCD59の)1.1kbのcDNAが、真核発現ベクターpSFSVneoのスプリーン・フォーカス形成ウイルスプロモーターとSV40ポリアデニレーション・シグナルの間に挿入された。構築されたpSFSVneo-CD59は、ラットT細胞ラインNB2-6TG中に形質転換され、安定な形質転換物がG418含有培地中での生育により選択された。高レベルのCD59を発現するG418抵抗性の形質転換細胞が、FCMにより単離された。CD59抗原の細胞表面における発現が、間接的免疫蛍光により検出され、選り分けられた形質転換細胞の90%以上が平均蛍光645の陽性であった(図1A)。」(848頁左欄下2行〜右欄10行)、「CD59抗原の形質転換細胞表面における発現が、間接免疫蛍光により、ヒト赤血球上の発現と比較された。以前に計測された、25000CD59分子/赤血球という値を用いて、我々は、CD59の発現量/形質転換細胞の値がこれに類似するものであると推定した。それゆえ、形質転換細胞が赤血球より有意に大きいと仮定すると、抗原はより低い細胞表面密度で存在したことになる。」(849頁左欄12〜19行)と記載されている。

4.当審の判断
本願発明1〜17は、当審の上記拒絶理由通知に対して提出された手続き補正書により補正されたものである。
以下、補正後の本願発明1および2が上記拒絶理由により拒絶すべきものか否かを、それぞれ検討する。
4-1.本願発明1について
(4-1-1)本願発明1は、上述のとおり、
「別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、操作された細胞に対して補体を介する攻撃に対する抵抗性があり、かつ、Tリンパ球を介する攻撃を誘引しない、遺伝学的に操作された内皮細胞であって、該細胞が、該細胞に対してTリンパ球を介する反応を誘引する、主要組織適合性複合体クラスI遺伝子群または主要組織適合性複合体クラスII遺伝子群のいずれかによりコードされるタンパク質を、その表面上で発現せず、そして別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を、その表面上で発現し、ここで、該細胞は、表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、細胞。」
というものである。
(4-1-2)これに対して、刊行物2には、上述のとおり、「レシピエント(移植さき)とは異なる種であるドナー(移植もと)由来の動物組織をレシピエントに移植する際に、移植組織と共に、補体の完全活性化を阻止するためにレシピエント種において活性である1種以上の相同的補体制限因子(HCRF)を供給する」ことが記載され(請求項1)、「レシピエント種がヒト」である場合が記載され(請求項15)、また、当該HCRFを移植組織と共に供給する態様として、「HCRFをドナー組織上の細胞膜に結合させるように、HCRFを供給することが一般に非常に便利である」ことが記載され、「この目的を達成するために最も好ましいルートは、ドナー組織がレシピエントに移植されたときにレシピエント種中で活性な1種以上のHCRFをコードする核酸を含み、表現する点でドナー組織がトランスジェニックであることである」ことが記載され、また、補体の完全活性化を阻止するためにレシピエント種において活性であるHCRFの由来について、「HCRFは発生的にレシピエント種に…由来しうる。」と記載されている(対応する特表平5-503974号公報の5頁左上欄1〜10行)。
そして、「補体の完全活性化が阻止」されれば、「細胞に対する補体を介する攻撃が阻害」され、当該細胞は「補体を介する攻撃に対する抵抗性」を有するものとなるから、「HCRF」は「補体を介する攻撃を阻害するタンパク質」であるといえ、また、ドナー組織のHCRF表現はドナー組織に含まれる細胞のHCRF表現によるものであるから、刊行物2のこれらの記載から、刊行物2には、「別の種の動物へ導入されたときに、操作された細胞に対して補体を介する攻撃に対する抵抗性がある、遺伝学的に操作された細胞であって、該細胞が、別の種の動物へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を、その表面上で発現する、細胞。」について記載されているといえる。
そこで、本願発明1と刊行物2に記載された発明を対比すると、両者は、「別の種の動物へ導入されたときに、操作された細胞に対して補体を介する攻撃に対する抵抗性がある、遺伝学的に操作された細胞であって、該細胞が、別の種の動物へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を、その表面上で発現する、細胞。」に関するものである点で一致するが、本願発明は、上記細胞が、「表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、内皮細胞」であり、また、該細胞が、「該細胞に対してTリンパ球を介する反応を誘引する、主要組織適合性複合体クラスI遺伝子群または主要組織適合性複合体クラスII遺伝子群のいずれかによりコードされるタンパク質を、その表面上で発現しない」「Tリンパ球を介する攻撃を誘引しない細胞」であるのに対し、刊行物2には、このようなことが記載されていない点で相異する。
(4-1-3)しかしながら、上記拒絶理由で引用した刊行物4には、上述のとおり、「内皮細胞が実質的に剥離されている血管通路の内面を再内皮化する」こと(2頁右下欄1〜6行)、より具体的には「患者の血管通路の剥離された部分の表面に、患者の微小血管から分離された内皮細胞を塗布」して、「血管内面への付着を形成する」こと(3頁右上欄3〜10行)が記載されており、内皮細胞が「表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る」ことが記載されているといえる。
また、刊行物4には、関連技術として、合成基材の表面に微小血管内皮細胞を塗布して移植材として用いることについても記載されており(2頁左上欄10〜23行)、刊行物4のこれらの記載は、内皮細胞を移植に用いることが本願優先日前に公知であったことを示すものに他ならない。
そして、刊行物4には、上記再内皮化に用いる内皮細胞は好ましくは患者本人から採取されるが、患者以外の提供者から採取してもよいとも記載されている(3頁右上欄下3行〜左下欄9行)ところ、内皮細胞においても、移植に用いる細胞としては、患者以外の提供者のもの、あるいは、入手が容易な、ブタ等の動物由来のものも利用できることが有利であることは明らかであり、そのような内皮細胞を提供することは自明の課題というべきである。(刊行物1にも、上述のとおり、内皮細胞が他の宿主からの移植用の細胞の一つとして例示されている(4頁左下欄12〜19行)。)
そして、刊行物4には、内皮細胞は、長期間培養することにより、大量に得られる旨が記載されている(2頁右下欄7〜19行)。また、本願明細書にも記載されている(公表公報4頁左下欄下10行〜右下欄3行)とおり、レトロウイルスベクターを用いて内皮細胞に異種遺伝子をトランスフェクトし、当該遺伝子を発現させる手法、並びに、当該手法により得た形質転換内皮細胞が合成血管移植片上へ接種された後も当該異種遺伝子を発現し続けたことは、例えば、Science,243:220-222(1989年1月発行)にも記載されており、本願優先日当時、当業者によく知られていた。
これらのことからすれば、刊行物2に記載された上記発明において、「別の種の動物へ導入されたときに、補体を介する攻撃に対する抵抗性がある」ように、遺伝学的に操作される対象の「細胞」として、内皮細胞を用いることは、当業者が容易に想起し得ることであり、そのように遺伝学的に操作された内皮細胞が「表皮剥奪された血管を再内皮化するに使用され得る」ものであることも、予想できる範囲のことである。
(4-1-4)また、刊行物1には、「少なくとも1つのDNA構造体による哺乳類細胞の形質転換により組織適合複合体(MHC)抗原の1つのサブユニットの個々の遺伝子座での損傷の導入及び前記遺伝子座での前記構造体の組み込みの結果として少なくとも1つの主な前記MHC抗原を欠く哺乳類細胞であって、前記DNA構造体は前記遺伝子座及び前記損傷の一部と相同である配列を含んでなることを特徴とする哺乳類細胞」が記載され(請求項1)、「前記MHC抗原がクラスI抗原である請求の範囲1項記載の哺乳類細胞」(請求項2)、「前記MHC抗原がクラスII抗原である請求の範囲1項記載の哺乳類細胞」(請求項3)が記載されている。そして、刊行物1における上記哺乳類細胞は、MHC抗原を欠くことによりTリンパ球を介する反応を誘引しないものであると認められ、MHCクラスI抗原およびクラスII抗原は、主要組織適合性複合体クラスI遺伝子群または主要組織適合性複合体クラスII遺伝子群のいずれかによりコードされるタンパク質であり、通常は上記哺乳類細胞の表面上で発現するものである。
してみると、刊行物1のこれらの記載から、刊行物1には、細胞に対してTリンパ球を介する反応を誘引しないために、「細胞に対してTリンパ球を介する反応を誘引する、主要組織適合性複合体クラスI遺伝子群または主要組織適合性複合体クラスII遺伝子群のいずれかによりコードされるタンパク質を、その表面上で発現しない」ことが記載されているといえる。
そして、刊行物1に記載された上記技術的事項は、刊行物2に記載された技術的事項と同じく、細胞が移植された際に、移植先の動物による免疫作用を受けにくくすることを目的とするものであるが、その手法は、刊行物1のものがTリンパ球を介する反応を誘引しないことによるものであるのに対し、刊行物2のものは補体を介する攻撃を阻害することによるものであり、それぞれ同一系統の免疫反応の異なる段階、あるいは別系統の免疫反応に関するものであるから、移植先の動物による免疫反応がより受けにくくなることを期待して、哺乳動物細胞にこれら両方の技術的事項を適用することは、当業者が容易に想起し得ることである。そして、刊行物1及び2によれば、これらの技術的事項は、共に、哺乳動物の受精卵、胚幹細胞等に遺伝物質を導入し、トランスジェニック動物を得る手法により実施し得ることであるから、これら両方の技術的事項を哺乳動物細胞に適用することも、同様のトランスジェニック動物を得る手法により実施し得るものと認められる。また、上述のとおり、内皮細胞を異種遺伝子によりトランスフェクトし、当該遺伝子を安定に発現させることは、本願優先日当時、当業者によく知られていたことであるから、刊行物1記載の技術的事項に基いて得られたトランスジェニック動物の内皮細胞を採取して、これを上記常法によりトランスフェクトすることによっても、本願発明1の細胞を作製することができるものと認められる。
そして、本願明細書をみても、「細胞に対してTリンパ球を介する反応を誘引する、主要組織適合性複合体クラスI遺伝子群または主要組織適合性複合体クラスII遺伝子群のいずれかによりコードされるタンパク質を、その表面上で発現させず」、かつ、「別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を発現」させた、具体的な実施例は記載されておらず、これによってどの程度の効果が得られるかも不明であって、これにより予期しがたい格別の効果が得られたものとは認められない。
(4-1-5)してみると、本願発明1は、上記刊行物1、2に記載された技術的事項、ならびに本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4-2.本願発明2について
(4-2-1)本願発明2は、上述のとおり、
「別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、補体を介する攻撃に対する抵抗性がある、遺伝学的に操作された内皮細胞であって、該細胞が別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質を発現し、ここで該補体を介する攻撃を阻害するタンパク質がCD59であり、そして細胞あたり103より多いかまたは等しいCD59分子、あるいは、原形質膜表面の1μm2あたり1分子より多いかまたは等しいCD59抗原を、その細胞表面上で発現し、ここで、該細胞は、表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、細胞。」
というものである。
(4-2-2)これに対して、上述のとおり、上記拒絶理由で引用した刊行物2には、「別の種の動物へ導入されたときに、補体を介する攻撃に対する抵抗性がある、遺伝学的に操作された細胞であって、該細胞が別の種の動物へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質をその細胞表面上で発現する細胞。」について記載されているといえる。
したがって、本願発明2と刊行物2に記載された発明を対比すると、両者は、「別の種の動物へ導入されたときに、補体を介する攻撃に対する抵抗性がある、遺伝学的に操作された細胞であって、該細胞が別の種の動物へ導入されたときに、該操作された細胞に対して補体を介する攻撃を阻害するタンパク質をその細胞表面上で発現する細胞。」に関するものである点で一致するが、本願発明が、上記細胞が、「表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、内皮細胞」であり、また、補体を介する攻撃を阻害するタンパク質が、「CD59」であり、当該CD59を「細胞あたり103より多いかまたは等しいCD59分子、あるいは、原形質膜表面の1μm2あたり1分子より多いかまたは等しいCD59抗原を、その細胞表面上で発現」するものであるのに対し、刊行物2には、このようなことが記載されていない点で相異する。
(4-2-3)しかしながら、上述のとおり、刊行物2に記載された上記発明において、「別の種の動物または別の個体へ導入されたときに、補体を介する攻撃に対する抵抗性がある」ように、遺伝学的に操作される対象の「細胞」として、「表皮剥脱された血管を再内皮化するに使用され得る、内皮細胞」を用いることは、上記拒絶理由で引用した刊行物4、1、および本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に想起し得ることである。
そして、上記拒絶理由で引用した刊行物5には、ヒトCD59のDNA配列とアミノ酸配列が記載され、同じく上記拒絶理由で引用した刊行物6には、当該ヒトCD59が相同的補体制限因子として機能すること、また、ヒトCD59cDNAをラット細胞へ移転し、発現させることにより、当該ラット細胞がヒト補体を介する細胞溶解を受けにくくなったことが記載されているから、補体を介する攻撃を阻害するタンパク質として、刊行物2に列挙されている相同的補体制限因子の中から、「CD59」を採用することは、当業者が容易になしえたことである。そして、その際に、その細胞表面での発現量を「細胞あたり103より多いかまたは等しいCD59分子、あるいは、原形質膜表面の1μm2あたり1分子より多いかまたは等しいCD59抗原」とすることは、本願発明2の目的である「補体を介する攻撃に対する抵抗性」を得るために必要なCD59の細胞表面における発現量を定めたにすぎず、このような必要発現量は当業者がこの発明を具体的に実施するに当たって当然に調べるべきものであり、また、上記刊行物6において、実際に得られた形質転換細胞表面におけるCD59抗原の発現量が赤血球における2.5×104分子/赤血球という値に類似するものと推定されていることからみても、当該「細胞あたり103より多いかまたは等しいCD59分子、あるいは、原形質膜表面の1μm2あたり1分子より多いかまたは等しいCD59抗原」という発現量を得ること自体は格別困難なことであるとは認められないから、実際に十分な保護が得られた細胞を分析することにより容易に知り得たことであると認められる。
そして、本願明細書をみても、これにより予期しがたい格別の効果が得られたものとは認められない。
(4-2-4)してみると、本願発明2は、当審の拒絶理由通知で引用した刊行物1、2および4〜6に記載された技術的事項、ならびに本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5.むすび
以上のとおり、本願発明1および2は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その他の本願発明について検討するまでもなく、本特許出願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-02-24 
結審通知日 2005-03-01 
審決日 2005-03-14 
出願番号 特願平5-502933
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 植野 浩志滝本 晶子  
特許庁審判長 種村 慈樹
特許庁審判官 佐伯 裕子
鵜飼 健
発明の名称 自在なドナー細胞  
代理人 山本 秀策  
代理人 山本 秀策  

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