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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特39条先願  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1122897
異議申立番号 異議2003-72315  
総通号数 70 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1999-03-05 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-09-17 
確定日 2005-06-22 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3387378号「高Mn鋼鋳片、その連続鋳造方法および高張力鋼材の製造方法」の請求項1ないし4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3387378号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3387378号の請求項1乃至4に係る発明についての出願は、平成9年8月28日に特許出願され、平成15年1月10日にその特許権の設定登録がなされたものである。
これに対して、JFEスチール株式会社より請求項1乃至4に係る発明についての特許に対し特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内の平成16年7月20日付けで訂正請求がなされたものである。

2.訂正の適否
2-1.訂正の内容
本件訂正請求の内容は、本件特許明細書を訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり、すなわち次の訂正事項a乃至kのとおりに訂正するものである。
(1)訂正事項a:請求項1の「Mn:0.8〜2.5%」を「Mn:0.8%以上1.7%未満」と訂正する。
(2)訂正事項b:特許明細書の段落【0014】の「Mn:0.8〜2.5%」を「Mn:0.8%以上1.7%未満」と訂正する。
(3)訂正事項c:特許明細書の段落【0020】の「Mn含有率が0.8〜2.5重量%の高Mn鋼」を「Mn含有率が0.8以上1.7重量%未満の高Mn鋼」と訂正する。
(4)訂正事項d:特許明細書の段落【0029】の「Mn:0.8〜2.5%」を「Mn:0.8%以上1.7%未満」と訂正するとともに、「Mn含有率の上限は2.5%とした。好ましくは2%未満、さらに好ましくは1.7%未満である。特に、造塊法に比べて中心偏析が生じやすい連続鋳造法によって鋳片を製造する場合には、1.7%未満にするのがよい。」を「Mn含有率の上限は1.7%未満とした。この範囲であれば、造塊法に比べて中心偏析が生じやすい連続鋳造法によって鋳片を製造することもできる。」と訂正する。
(5)訂正事項e:特許明細書の段落【0071】の「化学組成を備えた鋼8種類(本発明例、鋼番1〜8)」を「化学組成を備えた鋼6種類(本発明例、鋼番1、4〜8)」と訂正する。
(6)訂正事項f:特許明細書の段落【0073】の表1の鋼番2及び3を削除し、鋼番X8のMo含有率に*印を付す。
(7)訂正事項g:特許明細書の段落【0074】の表2の試験No.の欄の「1〜7、9〜21」を「1、4〜7、9〜21」と訂正する。
(8)訂正事項h:特許明細書の段落【0077】の「鋼材(試験No.1〜8。以下、本発明例の鋼材と記す)」を「鋼材(試験No.1、4〜8。以下、本発明例の鋼材と記す)」と訂正する。
(9)訂正事項i:特許明細書の段落【0084】の表3から、試験No.2及び試験No.3を削除する。
(10)訂正事項j:特許明細書の段落【0085】の「試験No.1〜8」を「試験No.1、4〜8」と訂正する。
(11)訂正事項k:特許明細書の段落【0086】の「試験No.1〜7」を「試験No.1、4〜7」と訂正する。
2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
上記訂正事項aは、請求項1の「Mn:0.8〜2.5%」を「Mn:0.8%以上1.7%未満」と訂正するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当する。
また、上記訂正事項b乃至kは、訂正事項aの訂正に伴って特許明細書の記載を請求項1の内容と整合させるためになされた訂正であるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。
そして、上記訂正事項aは、特許明細書の段落【0029】の「さらに好ましくは1.7%未満である」という記載に基づいて訂正するものであり、またこの訂正事項aに伴ってなされた訂正事項b乃至kも、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであるから、訂正事項a乃至kは、いずれも新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。
2-3.まとめ
したがって、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する特許法第126条第2項乃至第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件訂正発明1乃至4
訂正後の請求項1乃至4に係る発明(以下、「本件訂正発明1乃至4」という)は、訂正明細書の請求項1乃至4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】重量%で、
C:0.02〜0.1%、 Si:0.03〜0.6%、
Mn:0.8%以上1.7%未満、 P:0.015%以下、
S:0.003%以下、 Ni:0.3〜1.2%、
Nb:0.01〜0.1%、 Ti:0.005〜0.03%、
Al:0.004〜0.1%、 N:0.001〜0.006%、
Cu:0〜0.6%、 Cr:0〜0.8%、
Mo:0〜0.6%、 V:0〜0.1%、
B:0〜0.0025%、 Ca:0〜0.006%
を含有するとともに下記(1)式を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を備え、(鋳片中心部のMn含有率)/(鋳片の平均Mn含有率)として表されるMn偏析度が3以下であることを特徴とする高Mn鋼鋳片。
0.28≦Vs≦0.42 ・・・・ (1)
ここで、
Vs=C+0.2Mn+5P-0.1Ni-0.07Mo+0.1Cu
ただし、式中の元素記号は各元素の含有率(重量%)を表す。
【請求項2】請求項1に記載の化学組成を備える溶鋼を連続鋳造用鋳型に注入し、鋳型から引き抜かれた鋳片に対して、下記(a)および(b)のうちのいずれか、または両方の操作を加えることを特徴とする高Mn鋼鋳片の連続鋳造方法。
(a)鋳片にバルジングを生じさせ、鋳片の凝固完了前にバルジング量相当の圧下を加える。
(b)鋳片の凝固完了前に、電磁撹拌装置を用いて未凝固溶鋼に対して撹拌を加える。
【請求項3】請求項1に記載する鋳片または請求項2の方法で得られる鋳片を1000〜1250℃の温度に加熱し、950℃以下における累積圧下率が25%以上となる条件で熱間圧延し、700℃以上で熱間圧延を終了した後、700℃以上から、10〜70℃/sの冷却速度で100〜450℃の温度域となるまで冷却することを特徴とする高張力鋼材の製造方法。
【請求項4】さらに500〜675℃の温度域で焼き戻すことを特徴とする請求項3に記載の高張力鋼材の製造方法。」

4.特許異議申立てについて
4-1.特許異議申立ての理由
特許異議申立人は、証拠方法として甲第1号証乃至甲第12号証を提出して、次のとおり主張している。
(1)請求項1のVsを定義する(1)式、「Vs=C+0.2Mn+5P-0.1Ni-0.07Mo+0.1Cu」のMoの係数「0.07」については、甲第9号証(出願人が提出した意見書)を参酌しても甲第8号証(本願の当初明細書)には記載されていないから、本件発明1乃至4についての特許は、特許法第17条の2第3項の規定に違反してなされたものである。
(2)訂正前の請求項1乃至4に係る発明は、甲第1号証乃至甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1乃至4についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
(3)訂正前の請求項1のVsの上限値を0.42と規定する臨界的意義やMnの偏析度を3以下と規定する臨界的意義が明確でないから、本件発明1乃至4についての特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものである。
(4)訂正前の請求項1に係る発明は、先願の甲第10号証(特許第3387371号)の請求項1に記載された発明と同一であるから、本件発明1についての特許は、特許法第39条第1項の規定に違反してなされたものである。
4-2.甲各号証の記載内容
特許異議申立人が提出した甲第1号証乃至甲第7号証及び甲第10号証には、それぞれ次の事項が記載されている。
(1)甲第1号証:特開平8-199292号公報
(1a)「【請求項1】重量%で、
C :0.05〜0.10%、 Si:0.6%以下、
Mn:1.7〜2.2%、 P :0.015%以下、
S :0.003%以下、 Ni:0.1〜1.0%、
Mo:0.15〜0.50%、 Nb:0.01〜0.10%、
Ti:0.005〜0.030%、 B :0.0003〜0.0020%、
Al:0.06%以下、 N :0.001〜0.006%
を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、下記の式で定義されるP値が2.5以上、4.0以下の範囲にあり、さらに鋼のミクロ組織として見かけの平均オーステナイト粒径(dγ)が10μm以下の未再結晶オーステナイトから変態したマルテンサイトを体積分率で90%以上含有することを特徴とする低温靭性の優れた溶接性高強度鋼。
P=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+0.45(Ni+Cu)+2Mo
【請求項2】請求項1記載の成分に加えてさらに、重量%で、
V :0.01〜0.10%、 Cu:0.1〜1.0%、
Cr:0.1〜0.6%
の一種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の低温靭性の優れた溶接性高強度鋼。
【請求項3】請求項1または請求項2記載の成分に加えてさらに、重量%で、
Ca:0.001〜0.006%
を含有することを特徴とする請求項1または2記載の低温靭性の優れた溶接性高強度鋼。
【請求項4】Ac1点以下の温度で焼戻し処理した鋼からなることを特徴とする請求項1,2または3に記載の低温靭性の優れた溶接性高強度鋼。」(特許請求の範囲)
(1b)「【発明が解決しようとする課題】本発明は前記要望を充足すべく、強度と低温靭性のバランスが優れ、かつ現地溶接が容易な引張強さ950MPa以上(API規格X100超)の超高強度溶接用鋼を提供することを目的とするものである。」(段落【0004】)
(1c)「【作用】
以下、本発明の内容について詳細に説明する。
本発明の特徴は、(1)Ni-Mo-Nb-微量B-微量Tiを複合添加した低炭素・高Mn系であること、(2)そのミクロ組織が平均オーステナイト粒径が10μm以下の未再結晶オーステナイトから変態した微細なマルテンサイト組織(焼戻した後は焼戻しマルテンサイト組織)を主体とすること、である。」(段落【0007】)
(1d)「Mnは本発明鋼のミクロ組織をマルテンサイト主体の組織とし、優れた強度・低温靭性のバランスを確保する上で不可欠な元素であり、その下限は1.7%である。しかし、Mnが多すぎると鋼の焼入れ性が増してHAZ靭性、現地溶接性を劣化させるだけでなく、連続鋳造鋼片の中心偏析を助長し、母材の低温靭性をも劣化させるので上限を2.2%とした。」(段落【0015】)
(1e)「【実施例】つぎに本発明の実施例について述べる。実験室溶解(50kg、100mm厚鋼塊)または転炉-連続鋳造法で種々の鋼成分のの鋳片を製造した。これらの鋳片を種々の条件で厚みが15〜25mmの鋼板に圧延し、場合によって焼戻し処理を行い諸性質、ミクロ組織を調査した。」(段落【0029】)
(2)甲第2号証:特開平8-269545号公報
(2a)「【請求項1】 重量%で、
C :0.05〜0.10%、 Si:0.6%以下、
Mn:1.8〜2.5%、 P :0.015%以下、
S :0.001%以下、 Ni:0.1〜1.0%、
Mo:0.35〜0.60%、 Nb:0.01〜0.10%、
Ti:0.005〜0.030%、 Al:0.004%以下、
N :0.001〜0.006%、 O :0.003%以下
を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記の式で定義されるP値が1.9〜2.8の範囲にある鋼片を950〜1200℃の温度に再加熱後、900℃以下の累積圧下量が70%以上、かつAr3点〜Ar1点のフェライト・オーステナイト2相域の累積圧下量が15〜35%で圧延終了温度が680〜820℃となるように圧延を行い、その後10℃/秒以上の冷却速度で400℃以下の任意の温度まで冷却し、400〜650℃の温度で焼戻し処理することを特徴とする溶接部靭性の優れたMo添加超高強度鋼管用鋼板の製造方法。
P=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+0.45(Ni+Cu)+Mo+V-1」(【特許請求の範囲】)
(2b)「【発明が解決しようとする課題】本発明は溶接部および母材の低温靭性、現地溶接性などの諸特性を同時に達成できる引張強さ950N/mm2以上(API規格X100超)の超高強度鋼管用鋼板の製造技術を提供するものである。」(段落【0004】)
(2c)「Mnは強度、低温靭性を確保する上で不可欠な元素であり、その下限は1.8%である。しかしMnが多過ぎると鋼の焼入れ性が増加して現地溶接性、HAZ靭性を劣化させるだけでなく、連続鋳造鋼片の中心偏析を助長し、耐サワー性、低温靭性も劣化させるので上限を2.5%とした。」(段落【0019】)
(3)甲第3号証:特開平6-15424号公報
(3a)「【請求項1】溶鋼を連続鋳造するにあたり、モールド直下のクーリンググリッド部における長辺内壁の中央域において、鋳込み方向にわたって凹みを形成し、鋳片にバルジングを強制的に生成する一方で、鋳片のクレータエンド付近において、鋳片を挟んで対向配置されており、少なくとも一方が凸状のクラウンを施してなる一対のロールを複数設けた小径ロール群により、鋳片を軽圧下することを特徴とする連続鋳造方法。」(【特許請求の範囲】)
(3b)「【産業上の利用分野】この発明は、スラブの連続鋳造において、中心偏析を防止することのできる連続鋳造装置に関するものである。」(段落【0001】)
(3c)「そして、軽圧下のために圧下設備を大掛かりにする必要がなく、バルジングの生成とクラウンロールにより、タテワレやヨコワレという鋳片の表面疵を発生させることもなく、中心偏析を防止した連続鋳造を確実に実施できるようにしたものである。」(段落【0009】)
(4)甲第4号証:特開平1-178355号公報
(4a)「スラブの連続鋳造において、鋳型直下から引き抜き方向に配列されたガイドロールの鋳片厚さ方向の間隔を段階的に増加させてバルジングを生ぜしめ、スラブ鋳片の厚さを前記鋳型短辺の2乃至3倍とした後クレーターエンド付近において小径ロールにより軽圧下を行うことを特徴とする連続鋳造法。」(特許請求の範囲)
(4b)「[産業上の利用分野]この発明はスラブの連続鋳造において中心偏析を防止する方法に関する。」(第1頁左欄13〜15行)
(5)甲第5号証:特開平7-214262号公報
(5a)「【請求項1】最終凝固位置近傍に静磁場を印加する鋼の連続鋳造において、鋳片中心の固相率が80%未満の位置で、鋳造方向と直角に交わる鋳片断面に対して、鋳造方向と反対方向に電磁力を作用させることを特徴とする連続鋳造鋳片の中心偏析防止方法。」(【特許請求の範囲】)
(5b)「本発明では、連続鋳造鋳片の最終凝固位置近傍に、静磁場発生装置を設置して、鋳造方向と直角方向に静磁場を印加する。この結果、前述の狭い通路を通過する濃化溶鋼流動は、上記静磁場内を横切るので、印加磁場との相互作用によって誘導電流が発生する。この誘導電流と印加磁場により、鋳造方向と直角に交わる鋳片断面に対して、鋳造方向と反対方向に、即ち、吸引される濃化溶鋼に対して逆方向に電磁力による制動力(ローレンツ力)が働き、クレーター先端部への濃化溶鋼流動が抑制されるので中心偏析の生成を防止できる。」(段落【0014】)
(6)甲第6号証:特開平5-285594号公報
(6a)「【請求項1】連鋳鋳型内に鋳片の厚みを横切る方向の直流磁束を全幅に亙って付与し、該直流磁束によって鋳型鋳造方向に形成される静磁場帯を境界としてその上下に互いに組成の異なる溶鋼を供給しながら複層鋳片を連続鋳造して中心偏析特性の優れた鋼材を製造するに当たり、下側溶鋼中の偏析有害元素濃度が上側溶鋼中の偏析有害元素の濃度よりも小さくなるように各々の溶鋼を選定して複層鋳片を連続鋳造することを特徴とする中心偏析特性の優れた鋼材の製造方法。」(【特許請求の範囲】)
(6b)「【産業上の利用分野】本発明は、表層部と内層部の組成、すなわち化学成分の異なる複合鋼材を溶鋼から連続的に製造することで、中心偏析特性の優れた鋼材を製造する方法に関するものである。」(段落【0001】)
(7)甲第7号証:第153/154回西山記念技術講座「鋼のスラブ連続鋳造技術の最近の動向」平成6年5月11日発行、第105頁、第122頁、第161頁及び第182〜184頁
(7a)「鋳型内溶鋼流動制御は、交流移動磁界方式と直流静磁場方式が実機工程化のレベルにあり、鋳片の品質向上に寄与している。今後は、溶鋼流動の理想的な姿とその物理的意味を究明して制御の最適化を図ることが重要な課題と言える。」(第122頁3〜6行)
(7b)「(1)凝固収縮防止策
凝固収縮に伴う溶鋼流動を防止する方法としては、凝固収縮量に見合う分鋳片に圧下を加える様に鋳片をサポートする軽圧下方法がある。」(第182頁13〜15行)
(7c)「(4)凝固組織制御
凝固組織を制御する方法としては、従来から、電磁攪拌装置を用いて等軸晶生成を促進する方法が採られている。電磁攪拌強度を増加し柱状晶から等軸晶へと変化させると、偏析部分が分散する効果がある。」(第183頁下から14〜8行)
(10)甲第10号証:特許第3387371号明細書
(10a)「【請求項1】重量比にて、C:0.02〜0.1%、Si:0.6%以下、Mn:0.2〜2.5%、Ni:0.2〜1.2%、Nb:0.01〜0.1%、Ti:0.005〜0.03%、solAl:0.1%以下、N:0.001〜0.006%、B:0.0005〜0.0025%、Cu:0〜0.6%、Cr:0〜0.8%、Mo:0〜0.6%、V:0〜0.1%およびCa:0〜0.006%を含み、不可避的不純物元素のうちP:0.015%以下、S:0.003%以下で、下記の式で定義される炭素当量(Ceq)およびVsが各々0.42〜0.58%、0.28〜0.42%の範囲にある化学組成を備え、金属組織が、下部ベイナイトとマルテンサイトの混合組織の比率が組織全体の90%以上、該混合組織中での下部ベイナイトの比率が10%以下であり、かつ旧オーステナイト粒のアスペクト比が3以上であることを特徴とするアレスト性と溶接性に優れた高張力鋼。
Ceq(%)=C+(Mn/6)+{(Cu+Ni)/15}+{(Cr+Mo+V) /5}
Vs(%)=C+(Mn/5)+5P-(Ni/10)-(Mo/15)+(Cu/ 10)
ここで、元素記号はいずれもその元素の含有率の重量%を表示する。
(中略)
【請求項4】請求項1または請求項2に記載する化学組成を有する鋳片を、900〜1200℃に加熱後圧延し、オーステナイトの未再結晶温度域での累積圧下率を50%以上とし、Ar3点以上で圧延を終了し、Ar3点以上から10〜45℃/秒の冷却速度をもって冷却し、必要に応じてAc1点未満で焼戻すことを特徴とするアレスト性と溶接部特性に優れた高張力鋼の製造方法。」(【特許請求の範囲】)
(10b)「【発明の属する技術分野】本発明は、900MPa以上の引張強さ(以下、「TS」と記す)を有するアレスト性と溶接性に優れた高張力鋼に関するもので、天然ガスや原油輸送用のラインパイプ、各種圧力容器等への使用に好適な高張力鋼およびその製造方法に関する。」(段落【0001】)
(10c)「Mn:0.2〜2.5%
Mnは強度上昇に有効な元素であり、そのためには、0.2%以上が必要である。しかし、2.5%を超えると母材のアレスト性および溶接部の靱性が劣化するので、TSを900MPa以上とする本発明の場合には、Mnを2.5%以下に制限することが必要である。また、Mnを過剰に含むと鋳造時の中心偏析を助長するので、TSが900MPa以上の高強度鋼を製造するにあたっては避けなければならない。中心偏析を避けさらに一層アレスト性と靱性を向上させるためにはMnを1.7%未満とすることが望ましい。〔発明2〕の鋼は、小さな偶然から脆性亀裂が発生しても脆性亀裂の進展がきわめて起きにくい一層アレスト性を向上させるためにMnの上限を低下させたMn0.2%以上1.7%未満を含む高張力鋼である。」(段落【0025】)

4-3.当審の判断
(i)上記(1)の主張について
Vsの関係式中のMoの係数「0.07」は、審査の過程において、当初明細書に記載された「0.7」という誤記の訂正を目的として、平成14年3月15日付け手続補正書によって補正されたものである。そして、特許権者は、その審査手続きにおいて、「0.7」が「0.07」の誤記である根拠として発明者が共通する特願平9-193629号(特開平11-36042号公報)を提示しており、また特許異議意見書においても、発明者が共通する特開平10-237583号公報及び特開平10-244349号公報を提示しているから、これら証拠を検討すると、これら証拠には、「Vs(%)=C+(Mn/5)+5P-(Ni/10)-(Mo/15)+(Cu/10)」と記載されている。そして、この「Vs」の関係式も、本件発明の「Vs」と同様、連続鋳造鋳片の個々の元素の中心偏析に係る指標であることが上記証拠のその余の記載から明らかであるから、Moの係数は、正しくは「1/15」すなわち「0.0666」を四捨五入した「0.07」であると認められる。
してみると、Moの係数0.7を0.07とした上記手続補正は、誤記の訂正を目的としたものと云えるから、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものではなく、特許異議申立人の上記(1)の主張は、採用することができない。

(ii)上記(2)の主張について
(a)本件訂正発明1について
甲第1号証の(1a)には、「引張強さ950MPa以上(API規格X100超)の超高強度溶接用鋼」に関し、
「重量%で、
C :0.05〜0.10%、 Si:0.6%以下、
Mn:1.7〜2.2%、 P :0.015%以下、
S :0.003%以下、 Ni:0.1〜1.0%、
Mo:0.15〜0.50%、 Nb:0.01〜0.10%、
Ti:0.005〜0.030%、 B :0.0003〜0.0020%、
Al:0.06%以下、 N :0.001〜0.006%
を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、下記の式で定義されるP値が2.5以上、4.0以下の範囲にあり、さらに鋼のミクロ組織として見かけの平均オーステナイト粒径(dγ)が10μm以下の未再結晶オーステナイトから変態したマルテンサイトを体積分率で90%以上含有することを特徴とする低温靭性の優れた溶接性高強度鋼。
P=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+0.45(Ni+Cu)+2Mo」が記載されているが、この「高強度鋼」は、その成分組成の「Mn」含有量が「1.7〜2.2重量%」であるから、本件訂正発明1の「Mn:0.8%以上1.7%未満」とMn含有量の点で明らかに相違するものである。
また、本件訂正発明1は、本件明細書の段落【0020】の記載から明らかなように、「Vs」の関係式が「0.28≦Vs≦0.42」の範囲になるように成分組成を選択することによってMn含有量が0.8%以上1.7重量%未満の高Mn鋼を連続鋳造法によって製造する場合でも、Mnの中心偏析度が「3以下」の軽度な鋳片を得ることができるようにしたものであるところ、甲第1号証には、このMnの中心偏析度に関する記載は一切ない。甲第1号証の上記(1d)には、Mn含有量について、「Mnは本発明鋼のミクロ組織をマルテンサイト主体の組織とし、優れた強度・低温靭性のバランスを確保する上で不可欠な元素であり、その下限は1.7%である。」と記載されているだけであり、Mnの中心偏析を配慮するような示唆すら見当たらないし、その余の記載をみても、Mnの偏析を抑制する観点からその成分組成を調整するような記載は見当たらない。
してみると、甲第1号証には、本件訂正発明1の「0.28≦Vs≦0.42」と「Mn偏析度が3以下」という条件を満足する「高Mn鋼鋳片」については何ら示唆されていないと云うべきである。
そこで、その余の証拠について検討すると、甲第2号証には、「引張強さ950N/mm2以上(API規格X100超)の超高強度鋼管用鋼板の製造方法」に関する記載があるが、この鋼板も、そのMn含有量が「Mn:1.8〜2.5%」であるから、本件訂正発明1の「Mn:0.8%以上1.7%未満」とMn含有量の点で明らかに相違するものである。また、甲第2号証のその余の記載内容も、甲第1号証と同様のものであり、そこには、Mnの中心偏析を配慮するような示唆すら見当たらないから、本件訂正発明1の「0.28≦Vs≦0.42」と「Mn偏析度が3以下」という条件を満足する「高Mn鋼鋳片」については何ら示唆されていない。
甲第3号証乃至甲第5号証及び甲第7号証は、連続鋳造におけるバルジングと圧下の関係や電磁撹拌に関する一般的な証拠であるから、これら証拠にも、本件訂正発明1の具体的な成分組成や「0.28≦Vs≦0.42」と「Mn偏析度が3以下」という条件については何ら示唆されていない。
甲第6号証には、「中心偏析特性の優れた鋼材の製造方法」が記載されているが、この製造方法は、上記(6a)及び(6b)の記載から明らかなように、「表層部と内層部の組成、すなわち化学成分の異なる複合鋼材」という特殊鋼材を「下側溶鋼中の偏析有害元素濃度が上側溶鋼中の偏析有害元素の濃度よりも小さくなるように各々の溶鋼を選定して複層鋳片を連続鋳造」して、その特殊鋼材の中心偏析特性を改善するものであるから、本件訂正発明1のような複合鋼材ではない通常の「高Mn鋼鋳片」におけるMnの中心偏析特性の改善とは直接的な関係にはないと云うべきである。そして、甲第6号証にも、本件訂正発明1の具体的な「Vs」の関係式を示唆する記載はない。
してみると、甲第2号証乃至甲第7号証にも、本件訂正発明1の上記「0.28≦Vs≦0.42」と「Mn偏析度が3以下」という条件を満足する「高Mn鋼鋳片」について示唆する記載はないから、本件訂正発明1は、甲第1号証乃至甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
(b)本件訂正発明2乃至4について
これら発明は、「高Mn鋼鋳片の連続鋳造方法」や「高張力鋼材の製造方法」に係る発明であるが、いずれも「請求項1に記載の化学組成」又は「請求項1に記載する鋳片」という条件を特定事項とするものであるから、本件訂正発明1と同様、上記「0.28≦Vs≦0.42」を特定事項とするものである。
してみると、本件訂正発明2乃至4も、甲第1号証乃至甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないと云うべきである。
したがって、特許異議申立人の上記(2)の主張も、採用することができない。

(iii)上記(3)の主張について
特許異議申立人の上記(3)の主張は、要するところ、次の(a)及び(b)のとおりである。
(a)表1の比較例X1は、その組成のMo0.62%が本件発明1の上限0.6%を若干超えるものの、本件発明1と極めて近い組成である。また、そのVs値0.45が本件発明1の上限値0.42を超えるものの、Mn偏析度は1.3であって本件発明1の3以下より十分に低い値である。
そうすると、Vs値0.45の比較例X1でも、本件発明1と同様のMn偏析度を達成することができるのであるから、本件発明1において、そのVs値の上限を0.42に設定した臨界的意義が明確でない。
(b)表1の本発明例の場合では、そのMn偏析値が1.1〜1.9の範囲内のものであるから、本件発明1の上限値3から離れたものばかりである。また、比較例の場合でも、その殆どが1.0〜2.7の範囲内のものであるから「3」を示すものはない。唯一比較例X8が3以上の6.7であるが、本件発明1の上限値3からかなりかけ離れたものであるから、本件発明1のMn偏析度の上限値を「3以下」とした臨界的意義が表1のデータから明らかではない。
しかしながら、上記(a)の主張については、表1の比較例X1の「Vs」値を職権で計算したところ、「0.4276」であり、「0.45」ではないから、本件訂正発明1の上限値「0.42」にかなり近い値であり、したがって比較例X1の場合でも、そのMn偏析度が1.3であることを直ちには否定し得ないと云える。
そうすると、比較例X1は、そのMo含有量が本件訂正発明1の「Mo:0〜0.6%」の範囲外であるために「比較例」として扱われているとみるのが相当であるから、比較例X1のVsの値をもって本件訂正発明1のVs値の上限を0.42に設定した臨界的意義が明確でないとすることはできない。
次に、上記(b)の主張について検討するに、確かに表1中には本件訂正発明1のMn偏析度の上限値「3」に近い値を示す実施例や比較例は見当たらないが、少なくとも表1には本件訂正発明1の代表的な幾つかの実施例が明確に記載されていると云えるし、これら実施例と表3のデータ等を併せ勘案すれば、本件訂正発明1においてそのMn偏析度を3以下とする効果等も十分に把握することができると云えるから、表1中にMn偏析度の上限値「3」に近い値を示す実施例や比較例が開示されていればより好ましいことではあっても、その開示がないことをもって本件訂正発明1のMn偏析度の上限値「3以下」の臨界的意義が不明確であるとまでは云えない。
したがって、特許異議申立人の上記(3)の主張も、採用することができない。

(iv)上記(4)の主張について
甲第10号証(特許明細書)に記載されている請求項1に係る発明は、「重量比にて、C:0.02〜0.1%、Si:0.6%以下、Mn:0.2〜2.5%、Ni:0.2〜1.2%、Nb:0.01〜0.1%、Ti:0.005〜0.03%、solAl:0.1%以下、N:0.001〜0.006%、B:0.0005〜0.0025%、Cu:0〜0.6%、Cr:0〜0.8%、Mo:0〜0.6%、V:0〜0.1%およびCa:0〜0.006%を含み、不可避的不純物元素のうちP:0.015%以下、S:0.003%以下で、下記の式で定義される炭素当量(Ceq)およびVsが各々0.42〜0.58%、0.28〜0.42%の範囲にある化学組成を備え、金属組織が、下部ベイナイトとマルテンサイトの混合組織の比率が組織全体の90%以上、該混合組織中での下部ベイナイトの比率が10%以下であり、かつ旧オーステナイト粒のアスペクト比が3以上であることを特徴とするアレスト性と溶接性に優れた高張力鋼。
Ceq(%)=C+(Mn/6)+{(Cu+Ni)/15}+{(Cr+Mo+V) /5}
Vs(%)=C+(Mn/5)+5P-(Ni/10)-(Mo/15)+(Cu/ 10)
ここで、元素記号はいずれもその元素の含有率の重量%を表示する。」という先願発明であるから、本件訂正発明1と上記先願発明とを対比すると、先願発明は、本件訂正発明1の「(鋳片中心部のMn含有率)/(鋳片の平均Mn含有率)として表されるMn偏析度が3以下」を特定事項とするものではない。そして、先願明細書の記載をみても、先願発明が「(鋳片中心部のMn含有率)/(鋳片の平均Mn含有率)として表されるMn偏析度が3以下」という条件を満足すると断定できる明確な記載は見当たらないから、先願発明は、上記Mn偏析度の点で本件訂正発明1と相違していると云う他ない。
したがって、特許異議申立人の上記(4)の主張も、採用することができない。

5.むすび
以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては、本件訂正発明1乃至4についての特許を取り消すことはできない。
また、他に本件訂正発明1乃至4についての特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、上記のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
高Mn鋼鋳片、その連続鋳造方法および高張力鋼材の製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、
C:0.02〜0.1%、 Si:0.03〜0.6%、
Mn:0.8%以上1.7%未満、 P:0.015%以下、
S:0.003%以下、 Ni:0.3〜1.2%、
Nb:0.01〜0.1%、 Ti:0.005〜0.03%、
Al:0.004〜0.1%、 N:0.001〜0.006%、
Cu:0〜0.6%、 Cr:0〜0.8%、
Mo:0〜0.6%、 V:0〜0.1%、
B:0〜0.0025%、 Ca:0〜0.006%
を含有するとともに下記▲1▼式を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を備え、(鋳片中心部のMn含有率)/(鋳片の平均Mn含有率)として表されるMn偏析度が3以下であることを特徴とする高Mn鋼鋳片。
0.28≦Vs≦0.42 …‥▲1▼
ここで、
Vs=C+0.2Mn+5P-0.1Ni-0.07Mo+0.1Cu
ただし、式中の元素記号は各元素の含有率(重量%)を表す。
【請求項2】
請求項1に記載の化学組成を備える溶鋼を連続鋳造用鋳型に注入し、鋳型から引き抜かれた鋳片に対して、下記(a)および(b)のうちのいずれか、または両方の操作を加えることを特徴とする高Mn鋼鋳片の連続鋳造方法。
(a)鋳片にバルジングを生じさせ、鋳片の凝固完了前にバルジング量相当の圧下を加える。
(b)鋳片の凝固完了前に、電磁撹拌装置を用いて未凝固溶鋼に対して撹拌を加える。
【請求項3】
請求項1に記載する鋳片または請求項2の方法で得られる鋳片を1000〜1250℃の温度に加熱し、950℃以下における累積圧下率が25%以上となる条件で熱間圧延し、700℃以上で熱間圧延を終了した後、700℃以上から、10〜70℃/sの冷却速度で100〜450℃の温度域となるまで冷却することを特徴とする高張力鋼材の製造方法。
【請求項4】
さらに500〜675℃の温度域で焼き戻すことを特徴とする請求項3に記載の高張力鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、900MPa以上の引張強さを備えるとともに低温靱性に優れた高張力鋼材の製造に好適な高Mn鋼鋳片およびその鋳造方法ならびにこの鋳片から高張力鋼材を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ガス田や油田から採掘された天然ガスや原油を大量に、かつ長距離輸送する場合には、パイプラインが用いられている。このパイプラインは、僻地、寒冷地など自然環境条件の悪い場所に敷設される場合が多い。また、パイプラインは、パイプライン用の鋼管(ラインパイプ)を敷設現場まで搬送し、そこで溶接する方法で施工される。
【0003】
このパイプラインによる原油等の輸送には、輸送コストの節減が大きな課題となっている。その解決策として、操業圧力を高くすることにより、輸送効率を向上させる対策が採られてきた。
【0004】
操業圧力を高めるにはパイプの肉厚を厚くすればよく、この方法がもっとも簡単である。しかし、肉厚を厚くすると、敷設現場でのパイプ同士の溶接に時間を要するので、溶接施工能を著しく低下させる。さらに、パイプの重量が増加するので、現場までのパイプの搬送および施工作業能率の低下を起こすという問題がある。
【0005】
パイプの素材そのものを高強度化することができれば、パイプの肉厚および重量増加という弊害を伴うことなく、原油等の輸送の操業圧力を高くすることができるばかりでなく、前述の溶接、搬送、施工などの能率低下を防止できる。そのために、米国石油協会(API)において、X80グレード鋼と称する鋼が規格化され実用に供されている。なお、X80グレード鋼とは、降伏強さが80ksi(551MPa)以上の鋼を意味する。
【0006】
最近では、今後の需要に備えて、X80グレード鋼の製造技術を基にX100グレード相当の鋼またはX100グレード相当を超える鋼の開発が進められている。例えば、X100グレード相当を超える高強度鋼およびその製造方法として、強度を確保するためにCuの時効析出を利用する方法(例えば、特開平8-104922号、特開平8-209287号、特開平8-209288号各公報)、Mn含有率を1.7重量%以上とする方法(例えば、特開平8-209290号、特開平8-209291号各公報)などが提案されている。
【0007】
しかし、上記の鋼とその製造方法には、次のような問題点がある。Cuの析出強化を利用する方法では、マトリックス中にε-Cu析出物が存在しているので、寒冷地で使用される場合に問題となる低温靱性に劣ること、ε-Cu析出物が存在しない溶接部では硬度低下が起こり、強度不足などの問題が生じることといった欠点がある。
【0008】
また、一般にMn含有率が1重量%を超えるような鋼を連続鋳造法によって鋳造すると、鋳片中心部へのMnの偏析が著しくなるために、その鋳片から製造された鋼材は、低温靱性や耐水素誘起割れ性(耐HIC性)などの特性が悪くなることが知られている。したがって、Mn含有率が1.7重量%以上というように高い場合には、このような問題がいっそう顕著に現れるので、中心偏析に起因する低温靱性の低下および溶接性の低下を避けることができない。
【0009】
Mnを添加するための合金元素は比較的安価である。そのために、中心偏析の軽微な高Mn鋼鋳片を製造することができれば、高強度で低温靱性等に優れた鋼を安価に製造することができる。
【0010】
連続鋳造法で鋳片を鋳造する場合の中心偏析の防止対策としては、鋳型から引き抜かれた鋳片内の未凝固溶鋼に対して、凝固完了前に電磁装置によって撹拌を加える方法がよく知られている。また、本発明者のひとりは、鋳型から引き抜かれた鋳片に対してバルジングを起こさせた後、凝固完了前にバルジング量相当の圧下を加える方法を提案した(特開平9-57410号公報)。
【0011】
しかし、これらの中心偏析防止対策だけでは、Mn含有率が高い場合には十分に中心偏析を防止できないので、X100グレード相当または引張強さが900MPaを超えるようなX100グレード相当を超える性能をそなえるラインパイプ用鋼の製造は困難であった。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、中心部におけるMnの偏析が軽微で、引張強さ900MPa以上の高張力鋼の製造に適した高Mn鋼鋳片およびその鋳片の連続鋳造方法ならびにこの鋳片を用いた低温靱性および溶接性に優れた高張力鋼材の製造方法を提供することを目的としている。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明の要旨は、下記(1)の高Mn鋼鋳片、(2)の高Mn鋼鋳片の連続鋳造方法および(3)の高張力鋼材の製造方法にある。
【0014】
(1)重量%で、
C:0.02〜0.1%、 Si:0.03〜0.6%、
Mn:0.8%以上1.7%未満 P:0.015%以下、
S:0.003%以下、 Ni:0.3〜1.2%、
Nb:0.01〜0.1%、 Ti:0.005〜0.03%、
Al:0.004〜0.1%、 N:0.001〜0.006%、
Cu:0〜0.6%、 Cr:0〜0.8%、
Mo:0〜0.6%、 V:0〜0.1%、
B:0〜0.0025%、 Ca:0〜0.006%
を含有するとともに下記▲1▼式を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を備え、(鋳片中心部のMn含有率)/(鋳片の平均Mn含有率)として表されるMn偏析度が3以下である高Mn鋼鋳片。
【0015】
0.28≦Vs≦0.42 …‥▲1▼
ここで、
Vs=C+0.2Mn+5P-0.1Ni-0.07Mo+0.1Cu
ただし、式中の元素記号は各元素の含有率(重量%)を表す。
【0016】
(2)上記(1)の化学組成を備える溶鋼を連続鋳造用鋳型に注入し、鋳型から引き抜かれた鋳片に対して、下記(a)および(b)のうちのいずれか、または両方の操作を加えることによる高Mn鋼鋳片の連続鋳造方法。
【0017】
(a)鋳片にバルジングを生じさせ、鋳片の凝固完了前にバルジング量相当の圧下を加える。
【0018】
(b)鋳片の凝固完了前に、電磁撹拌装置を用いて未凝固溶鋼に対して撹拌を加える。
【0019】
(3)上記(1)の鋳片または上記(2)の方法で得られる鋳片を1000〜1250℃の温度に加熱し、950℃以下における累積圧下率が25%以上となる条件で熱間圧延し、700℃以上で熱間圧延を終了した後、700℃以上から、10〜70℃/sの冷却速度で100〜450℃の温度域となるまで冷却することによる高張力鋼材の製造方法。冷却後、さらに500〜675℃で焼戻し処理を施してもよい。
【0020】
本発明の鋳片では、上記(1)に記した化学組成を選択し、特に▲1▼式を満足させることによって、鋳片中心部におけるMnの偏析を抑制している。▲1▼式は、Mnの偏析を抑制する元素と促進する元素を抽出し、それらの元素の偏析に及ぼす影響度を考慮して作成されており、Mnの偏析のしやすさの程度を指数化した式である。この指数であるVs値を0.42以下とすることによって、Mn含有率が0.8%以上1.7重量%未満の高Mn鋼を連続鋳造法によって製造する場合でも、Mnの中心偏析が軽度な鋳片を得ることができるようにした。
【0021】
また、上記(2)の方法のように、上記の化学組成と、連続鋳造の際に中心偏析を軽減することができる鋳造条件との併用によれば、もっとも安定してMnの中心偏析の少ない鋳片を得ることができる。
【0022】
本発明の製造方法によって得られる鋼材(以下、単に本発明の鋼材と記す)は、このようなMnの中心偏析が軽微な鋳片を用いて、上記(3)の条件で製造するようにした。したがって、本発明の目標である引張強さが900MPa以上の高張力鋼材を商業規模の生産においても製造することができる。本発明の鋼材は、高張力であると同時に、マイナス40℃における衝撃エネルギーが120J以上で低温靱性(以下、単に靱性と記す)に優れている。また、入熱が3〜10kJ/mmという条件のサブマージアーク溶接部では、継手部の引張強さが900MPa以上、溶接熱影響部(HAZ)のマイナス20℃における衝撃吸収エネルギーが70J以上と溶接部の強度および靱性にも優れている。
【0023】
さらに、本発明の鋼材は、Mnの偏析が軽微な鋳片から製造するようにしたので、本発明の鋼材には、MnS等に起因する水素誘起割れが起こりにくく、溶接性への悪影響も少ないという特長を備えさせることができる。
【0024】
なお、本発明でいう鋼材とは、おもに鋼板、なかでも厚さが15〜30mm程度の厚鋼板を意味するが、それより厚さが薄い熱延鋼板、形鋼、鍛鋼品なども含んでいる。
【0025】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の鋳片とその鋳造方法および鋼材の製造方法について具体的に説明する。なお、合金元素の含有率に関する%表示は重量%を意味する。
【0026】
(A)化学組成
本発明における鋼の化学組成は、鋳造前の溶鋼、鋳片および鋼材間でほとんど変化しない。したがって、前述の化学組成は溶鋼から鋼材までを対象としている。各合金元素の含有率の範囲と、その範囲を選択した理由は次のとおりである。
【0027】
C:0.02〜0.1%
Cは鋼の引張強さ、降伏強さ等の強度(以下、単に強度と記す)を確保するのに有効な元素であり、その効果を得るためには、0.02%以上含有させる必要がある。しかし、0.1%を超えると鋼の靱性を低下させるほか、溶接性を著しく悪くする。さらに、鋳片の中心部におけるMnの偏析を助長するので、上限は0.1%とした。
【0028】
Si:0.03〜0.6%
Siは溶鋼の脱酸に有効な元素であり、その効果を得るためには、0.03%以上とするのがよい。しかし、0.6%を超えると、溶接熱影響部の靭性を低下させるだけでなく、熱間加工性を悪くするので、上限は0.6%とした。
【0029】
Mn:0.8%以上1.7%未満
Mnは、本発明の鋼材にとっては強度を上昇させるのに必須の元素であり、0.8%以上必要である。しかし、Mn含有率が高くなると、Mnの中心偏析が顕著になり母材や溶接部の靱性を低下させる。したがって、このMnの中心偏析は、本発明の鋼材の目標値である引張強さ900MPa以上の高張力鋼を製造する場合には、できるかぎり低く抑えなければならない。このような観点から、Mn含有率の上限は1.7%未満とした。この範囲であれば、造塊法に比べて中心偏析が生じやすい連続鋳造法によって鋳片を製造することもできる。
【0030】
P:0.015%以下、S:0.003%以下
PとSは鋼の靱性に著しく悪影響を及ぼす元素である。Pはそれ自身が鋳片の中心部に偏析するとともに、Mnの中心偏析を助長する作用を持っている。この中心偏析が鋼の靱性を低下させる。また、SはMnSとなって鋼中に析出し、このMnSが圧延により延伸され、靱性に悪影響を及ぼす。
【0031】
したがって、これらの元素はできるだけ少ない方がよい。商業的な規模での生産性も考慮して、Pは0.015%以下、Sは0.003%以下とした。
【0032】
Ni:0.3〜1.2%
Niは強度を向上させるのに有効な元素である。また、鋼の靱性を高め、脆性亀裂の伝播を停止する特性を向上させる作用を持っているほか、Mnの偏析を抑制する働きもある。これらの効果を発揮させるためには、0.3%以上含有させる必要がある。一方、Ni含有率が1.2%を超えると、高価なNiを添加するのに見合うだけの鋼の性能向上が得られない。鋼材の製造コストアップを防止する観点から、上限は1.2%とした。
【0033】
Nb:0.01〜0.1%
Nbは後述の方法で鋼材を製造する際に、オーステナイト結晶粒を微細化するのに有効な元素である。その効果を得るためには、0.01%以上含有させる必要がある。しかし、0.1%を超えると鋼の靱性が低下するほか、溶接性を悪くしNiと同様に敷設現場での溶接施工能率を低下させるので、上限は0.1%とした。
【0034】
Ti:0.005〜0.03%
Tiは、鋳片が加熱された際にオーステナイト結晶粒を微細化させる作用を持っている。この効果を得るためには、0.005%以上必要である。特に、上記のようにNbを含む本発明の鋳片の場合には、Nbに起因する連続鋳造鋳片の表面に発生しやすいひび割れを防止するために、0.005%以上程度の微量のTiを含ませることが有効である。一方、Ti含有率が0.03%を超えると、鋼中のNとの反応によって生成するTiNが粗大化し、オーステナイト結晶粒の微細化効果がなくなるので、上限は0.03%とした。
【0035】
Al:0.004〜0.1%
Alは、通常溶鋼の脱酸剤として用いられる。また、鋼材の組織の微細化作用を持っているので、鋼の靱性を向上させるのにも有効である。しかし、本発明においては、Alはこれらの効果以上に、溶接部のフュージョンライン部(ボンド部)の強度および靱性を向上させる元素として、欠かせない元素である。本発明の場合にはTiを含んでいるので、母材中に存在するTiNがボンド部でTiとNに分解し、生成したフリーNが鋼中のBと反応してBNを形成しやすい。BNが生成すると、固溶Bが減少するので焼入性の低下を招く。その結果、溶接継手部の強度および靱性が低下しやすい。生成したフリーNをAlNとして固定し、Bとの反応を防止するためには、Al含有率を0.004%以上とする必要がある。
【0036】
一方、Alの含有率が0.1%を超えると、粗大なクラスター状のアルミナが生成し鋼の清浄性を害するので、上限は0.1%とした。
【0037】
なお、溶接部の強度および靱性を確保する観点から、Al含有率の好ましい下限値は0.01%、さらに好ましくは0.02%である。
【0038】
N:0.001〜0.006%
NはTiとの反応によりTiN析出物を形成する。この析出物は、圧延のための鋳片の加熱時および溶接時に、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する作用を持っている。この効果を得るためには、Nは0.001%以上含有させる必要がある。一方、N含有率が0.006%を超えると、鋳片に横ひび割れ等が発生し品質を低下させ、また固溶Nが増加するのでフュージョンライン部の靱性を低下させる。したがって、N含有率の上限は0.006%とした。
【0039】
Cu、Cr、Mo、VおよびB:
これらの元素は、母材の強度を高くする作用を持っており、必要に応じて添加する元素である。
【0040】
各元素の効果を発揮させるのに必要な含有率は、Cuは0.2%以上、Crは0.3%以上、Moは0.3%以上、Vは0.01%以上、Bは0.0004%以上とするのが望ましい。一方、CuとMoの含有率がそれぞれ0.6%、Cr、VおよびBの含有率がそれぞれ0.8%、0.1%、0.0025%を超えると、いずれの場合も母材の靱性が低下するので、上限は上記の含有率以下とするのがよい。
【0041】
したがって、Cu、Cr、Mo、VおよびBの含有率は、0〜0.6%、0〜0.8%、0〜0.6%、0〜0.1%、0〜0.0025%である。添加する場合の好ましい含有率は、それぞれ0.2〜0.6%、0.3〜0.8%、0.3〜0.6%、0.01〜0.1%、0.0004〜0.0025%である。さらに好ましいCu、Cr、MoおよびVの含有率は、それぞれ0.2〜0.4%、0.3〜0.7%、0.3〜0.5%、0.01〜0.06%である。
【0042】
Ca:0〜0.006%
Caは、圧延によってMnSの形態が細長い形状になるのを防止する作用を持っているので、圧延後の鋼板等の圧延方向に対する直角方向の靱性を向上させるのに有効であり、本発明では必要に応じて添加する元素である。
【0043】
その効果を得るためには、0.001%以上含有させるのが望ましい。しかし、含有率が0.006%を超えると、母材中の非金属介在物が増加し内部欠陥の原因となる。したがって、Caの含有率は0〜0.006%、添加する場合の好ましい含有率は0.001〜0.006%とするのがよい。
【0044】
Vs:0.28〜0.42%
本発明では、上述の各合金元素の含有率の規定に加えて、鋳片中心部のMnの偏析を軽減するために、下記の式によりMnの中心偏析の起こしやすさを表す指数であるVs値を求め、Vs値に制限を設けることを特徴としている。
【0045】
Vs=C+0.2Mn+5P-0.1Ni-0.07Mo+0.1Cu
ただし、式中の元素記号は各元素の含有率(重量%)を表す。
【0046】
Vs値が0.42%を超えると、連続鋳造法で鋳片を鋳造する場合に、Mnの中心偏析が顕著になる。Vs値が0.42%以下であれば中心偏析が軽度であるので、900MPa以上の高張力鋼が得られ、靱性の低下もほとんどない。
【0047】
一方、Vs値が0.28%未満になると、本発明の目標である母材の強度および靱性が得られないので、Vsは0.28%以上とした。
【0048】
(B)Mn偏析度
本発明の鋳片では、Mnの偏析度を3以下とする必要がある。Mnの偏析度が3を超えると母材の靱性が著しく悪くなる傾向がある。好ましいMnの偏析度は1.5以下である。
【0049】
なお、Mnの偏析度は、(鋳片中心部のMn含有率)/(鋳片の平均Mn含有率)として表される値であり、鋳片の平均Mn含有率にはレードルMn分析値を用いるのがよい。鋳片中心部のMn含有率は、鋳片中心部について少なくとも5カ所のMn分析を行い、その平均値を計算することによって求めることができる。
【0050】
本発明の鋳片では、前述のように、各元素の含有率の規定に加えてVs値の制限を設けているので、比較的容易にMn偏析度を上記の範囲に収めることができる。さらに好ましくは、つぎに述べる連続鋳造方法との組み合わせを採用するのがよい。
【0051】
(C)連続鋳造方法
本発明の鋳片を連続鋳造法によって鋳造する場合には、本発明者らのひとりが、連続鋳造鋳片の中心偏析を軽減させる連続鋳造方法として、特開平9-57410号公報に開示した技術を採用するのがもっとも好適である。
【0052】
すなわち、前述の化学組成に調整された溶鋼を垂直型または湾曲型の連続鋳造機の鋳型に注入し、鋳型から引き抜かれた鋳片に対していったんバルジングを起こさせ、凝固完了直前に圧下ロールによって、鋳片に対してバルジング量相当の圧下を加える方法である。この操作によって、Mnのほか、Pなどの偏析を起こしやすい元素の中心偏析を著しく軽減することができる。
【0053】
鋳片にバルジングを起こさせるためには、鋳型の下流側に配列されたガイドロールの鋳片厚さ方向の間隔を下流方向に段階的に増加させることにより、鋳片の中心部の固相率が0.1以下の位置でバルジングを起こさせるのがよい。バルジング量は、鋳片の厚さが200〜300mm程度の場合、鋳片の厚さ(鋳型短辺の長さ)より20〜100mm厚くする量とする適当である。
【0054】
バルジング量相当の圧下は、鋳片中心部の固相率が0.8未満となる位置、すなわち凝固完了点の少し前で行うのが適当である。圧下ロールの数は1対でも複数対であってもよく、1対の圧下ロール当たりの圧下量は20mm以上とするのがよい。また、最終的な圧下後の鋳片の厚さは、目標の鋳片の厚さ(鋳型短辺の長さ)とするのがよい。
【0055】
なお、固相率とは、液相と固相からなる未凝固部における固相の比率(体積割合)を意味し、この固相率は、鋳片厚さ方向の1次元非定常伝熱解析により求めることができる。すなわち、溶鋼の凝固は液相線温度で始まって潜熱が放出され、固相線温度になると凝固が終了して潜熱の放出がなくなるので、この間の固液共存域における潜熱の放出比率から固相率を求めることができる。
【0056】
本発明の連続鋳造方法には、上記の中心偏析軽減法以外に、電磁撹拌装置を用いて、鋳片内の未凝固溶鋼に対して撹拌を加えることも有効である。この撹拌を加える場合には、固相率0.05〜0.7の範囲の領域で行うのがもっとも効果的である。
【0057】
(D)鋼材の製造方法
本発明の高Mn鋼鋳片から鋼板等の高張力鋼材を製造する場合には、つぎの方法によるのがよい。
【0058】
まず、鋳片を1000〜1250℃に加熱する。加熱温度が1000℃未満の場合には、Nbが十分にマトリックスに固溶しないので、次の熱間圧延においてオーステナイトの再結晶を抑制することができない。そのために、マルテンサイトおよびベイナイト変態後の金属組織の微細化が不十分となるばかりでなく、変態途中およびその後の焼戻し時のNb(C、N)の析出とそれによる硬化が不十分となる。したがって、目標とする高い引張強さが得られない。また、加熱温度が1250℃を超えると、鋳片の加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化して、板厚中心部だけでなく母材全体の靱性が低下する。このために、鋳片の加熱温度は1000〜1250℃とした。
【0059】
熱間圧延後、冷却時に生成するマルテンサイト組織や下部ベイナイト組織を微細化するために、950℃以下から圧延終了温度までの累積圧下率が25%以上となる条件で圧延する。このような条件で圧延するのはつぎの理由による。
【0060】
950℃以下になると、Nbを含有する本発明の鋳片では、オーステナイトの再結晶が著しく遅れるようになる。したがって、950℃以下の未再結晶オーステナイト域での圧延を行うと、加工の効果を累積させることができるので、マルテンサイトや下部ベイナイト組織を微細化するための加工歪を累積させることができる。累積圧下率の上限にはとくに制限を設けなくてもよいが、累積圧下率が90%を超えると、例えば平坦度不良等、鋼材の形状を目標の形状に仕上げにくい場合があるので、90%以下とすることが望ましい。
【0061】
なお、950℃以下での累積圧下率とは{(950℃での被圧延材の厚さ-圧延終了後の被圧延材の厚さ)/950℃での被圧延材の厚さ}をいう。
【0062】
圧延終了温度は700℃以上とするのがよい。700℃未満の場合には、鋼の変形抵抗が上昇するので、圧延後の鋼材の形状を目標の形状に仕上げにくいからである。圧延終了温度の上限は、累積圧下率25%以上を確保するために850℃とすることが望ましい。
【0063】
熱間圧延後、700℃以上から、平均冷却速度10〜70℃/sで、100〜450℃の温度域まで冷却する。
【0064】
冷却開始温度を700℃以上とするのは、700℃未満では圧延後冷却開始までに時間が経過し、鋼によっては後の冷却時に焼入性が低下し靱性が確保できなくなるからである。冷却開始温度の上限は、累積圧下率25%以上を確保する観点から850℃程度とすることが望ましい。
【0065】
100〜450℃までの平均冷却速度(以下、単に冷却速度と記す)が10℃/s未満の場合には、粗大な炭化物を伴う上部ベイナイト組織などが生成しやすいので、特に鋼材の中心部(鋼板では板厚中心部)の引張強さ900MPa以上というように良好な強度を確保することができない。一方、冷却速度が70℃/sを超えると鋼材の表層部近傍で焼きが入りやすいので、表層部の靱性が低下することがある。したがって、冷却速度は10〜70℃/sとするのがよい。
【0066】
なお、冷却速度は、鋼材の表面温度を測定し鋼材の表層部の温度で管理するのが実用的である。
【0067】
上記の冷却速度での冷却停止温度を100〜450℃とする理由は、つぎのとおりである。
【0068】
冷却停止温度が鋼材の表層部の温度で100℃未満の場合、鋼材内部の熱を利用した徐冷による脱水素や温間でのレベラーによる平坦度矯正が十分におこなえない。徐冷による脱水素を必要とするのは、高張力鋼で発生しやすい水素性欠陥を防止するためである。徐冷の際の冷却速度は10〜50℃/hrとするのがよい。一方、冷却停止温度が450℃を超えると、鋼材の中心部のみならず表層部でもマルテンサイト組織等の生成が不十分になるので引張強さが確保できない。
【0069】
上記の冷却停止後、鋼材の焼戻し処理を行ってもよい。焼戻し処理は室温まで徐冷した後でもよく、室温まで冷却する前に実施しても良い。焼戻し温度は500〜675℃とするのがよい。500℃未満では、圧延後の冷却過程で生成したマルテンサイトから析出する炭化物が薄片状のままで差し渡し径が大きいので、鋼材の靱性が確保できない。一方、焼戻し温度が675℃を超えると、マルテンサイトから析出する炭化物の凝集粗大化、転位密度の減少等が生じ引張強さが確保できない。
【0070】
なお、焼戻しを行う場合には焼戻し中に脱水素が進行するので、前の工程での徐冷を必要としない。そのために、生産時間の短縮に有効である。
【0071】
【実施例】
表1に示す本発明で規定する化学組成を備えた鋼6種類(本発明例、鋼番1、4〜8)および化学組成が本発明で規定する範囲を外れた鋼8種類(比較例、鋼番X1〜X8)の溶鋼を、中心偏析を抑制することが可能な連続鋳造法により幅2000mm、厚さ200mmの鋳片に鋳造した。中心偏析の抑制が可能な連続鋳造法とは、鋳型から引き抜かれた鋳片にバルジングを起こさせ、凝固完了直前にバルジング量相当の圧下を加える鋳造方法を意味する。それぞれの試験における連続鋳造条件を表2に示す。
【0072】
なお、鋼番8については、上記のバルジングを起こさせる中心偏析の防止対策に代えて、電磁撹拌装置を用いる方法(表2の試験No.8の条件)によって鋳造し、本発明で規定する化学組成の中心偏析の抑制に及ぼす有効性を確認した。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
得られた鋳片について、まずMnの偏析度を調査した。Mnの偏析度は、レードルMn分析値(表1のMn含有率)に対する鋳片中心部の分析値の値であり、鋳片中心部の分析値はつぎの方法によって求めた。鋳片の横断面のセンターラインを挟み鋳片の幅方向に5mm、同じく長さ方向に50mmの領域から、縦横5mmの試料計10個を採取し、各試料のMn含有率を発光分光分析法により分析しその平均値を算出した。
【0076】
表1には、このMn偏析度およびVs値についても併記した。
【0077】
これらの鋳片を幅1600mm、厚さ15〜30mmの厚鋼板に熱間圧延して供試用の鋼材とした。鋳片の熱間圧延条件および圧延後の鋼材の冷却条件については、表3にまとめて示した。本発明で規定する製造方法で得られた鋼材(試験No.1、4〜8。以下、本発明例の鋼材と記す)および本発明で規定する条件を外れた製造方法で得られた鋼材(試験No.9〜21。以下、比較例の鋼材と記す)を対象に、母材の強度および靱性を調査した。さらに、溶接継手部の強度、靱性および耐HIC性を調査した。
【0078】
母材については、引張試験によって強度を、シャルピー衝撃試験によって靱性を評価した。引張試験には、厚鋼板の板厚中心部から切りだしたJIS A2201に規定されている4号試験片を、シャルピー衝撃試験にはJIS Z2202に規定されている4号試験片(2mmVノッチ付き)を用いた。引張試験およびシャルピー衝撃試験は、それぞれJIS Z2241、JIS Z2242の規定に従って実施した。シャルピー衝撃試験の試験温度は、母材については-40℃、溶接部については-20℃とした。
【0079】
溶接継手部については、引張試験によって継手部の強度を、シャルピー衝撃試験によって継手部の靱性を、耐HIC性試験によって水素に起因する割れの起こりやすさを評価した。溶接継手は、厚さ25mmの鋼板に対して引張試験用にはV開先片面4層、シャルピー衝撃試験用にはレ形開先片面4層のサブマージアーク溶接(入熱4kJ/mm)を施すことによって作製した。なお、溶接用のフラックスおよびワイヤには100キロハイテン用の市販品を用いた。
【0080】
引張試験片としては、この溶接継手から採取したJIS Z3121に規定されている1号試験片を用いた。シャルピー衝撃試験片には、切り欠き底位置がマクロエッチによって現れるフュージョンラインに一致するように板厚1/2位置から採取したJIS Z3128に規定されている試験片を用いた。
【0081】
耐HIC性は、NACEに規定されている温度25℃のTM0177溶液(H2S飽和-5%NaCl-0.5%酢酸溶液)中に、4点曲げ支持具を用いて短冊状の試験片の中心部に公称耐力の80%がかかるように曲げた状態で96時間浸漬後、割れ率を測定することによって評価した。
【0082】
上記の試験のほかに、さらに、本発明の方法で製造された鋼材がラインパイプ等として用いられる場合の現地における溶接施工性を評価するために、y型溶接割れ試験(JIS Z3158)を行った。溶接ビードは、市販の100キロハイテン用の手溶接棒を用い、予熱なしで(気温25℃)溶接ビードを置く方法で調製した。なお、溶接ビード部の水素含有率は、ガスクロマトグラフ法による分析の結果、1.2CC/100gであった。
【0083】
表3に、鋼材の圧延、冷却条件および上記の調査結果をまとめて示す。
【0084】
【表3】

【0085】
表3から明らかなように、本発明例の鋼材である試験No.1、4〜8については、鋼の化学組成、Vs値およびMn偏析度が本発明で規定する条件を満足しているので、母材の強度(引張強さ)、靱性(シャルピー衝撃エネルギー)および現地溶接性に優れていた。溶接部についても、強度、靱性および現地溶接性のほか、耐HIC性に優れていることが確認された。特に引張強さは、母材、溶接部ともに900MPaを超えており、本発明で目標としている強度が十分に得られていることが分かった。
【0086】
これらの本発明例の鋼材の中で、試験No.8は、溶鋼の連続鋳造の際に鋳片にバルジングを起こさせ、その後圧下する処置を採らなかった例である。バルジングを起こさせた試験No.1、4〜7と比較すると、電磁撹拌を行った試験No.8は耐HIC性にやや劣る傾向が見られた。したがって、連続鋳造の際には、鋳片にバルジングを起こさせ、凝固完了前にバルジング相当量の圧下を加える本発明の連続鋳造方法がもっとも優れていることが分かった。
【0087】
これに対して、比較例の試験No.9〜13は、本発明例の鋳片をもとに製造された鋼材であるが、鋼材の製造条件が本発明で規定する条件を満足していないので、母材および溶接部の強度、靱性のうちの少なくともひとつの特性に劣っていた。
【0088】
また、比較例の試験No.14〜21は、化学組成、Vs値およびMn偏析度のうちの一つまたは二つが本発明で規定する範囲を外れる鋳片をもとに得られた鋼材に関する結果である。この場合にも、母材、溶接部ともに特に靱性に劣っていた。また、耐HIC性、現地溶接性に劣るものも多く、本発明で目標としている強度および靱性に優れた鋼材が得られないことが確認された。
【0089】
なお、比較例の試験No.9〜21に用いられた鋳片は、鋳片にバルジングを起こさせた後、凝固完了前にバルジング相当量の圧下を加える連続鋳造方法によって鋳造した。これらの鋼材の特性が劣るのは、試験No.9〜13は鋳片から鋼材に加工する場合の製造条件が、試験No.14〜21は鋳片の化学組成、Mn偏析度等が本発明で規定する範囲を外れているためと考えられる。
【0090】
これらの結果から、本発明の高Mn鋼鋳片または本発明の高Mn鋼鋳片の製造方法によって得られる鋳片を用いて、本発明の製造方法によって鋼材を製造することによってはじめて本発明で目標とする強度と靱性に優れた鋼材を得ることができることが裏付けられた。
【0091】
【発明の効果】
本発明の高Mn鋼鋳片および本発明の高Mn鋼鋳片の連続鋳造方法によって得られる鋳片は、Mnの中心偏析が軽度である。そのために、これらの鋳片をもとに、本発明の製造方法によって得られる鋼材は、母材、溶接部ともに900MPaを超える高い強度を備えるとともに、低温靱性、現地溶接性、耐HIC等の特性にも優れている。したがって、本発明の製造方法で得られる鋼材は、僻地、寒冷地等の自然環境条件の悪い場所で敷設されるパイプラインに用いられる鋼管用材料等に極めて好適である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-06-03 
出願番号 特願平9-231639
審決分類 P 1 651・ 536- YA (C22C)
P 1 651・ 537- YA (C22C)
P 1 651・ 4- YA (C22C)
P 1 651・ 121- YA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中村 朝幸奥井 正樹  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 綿谷 晶廣
平塚 義三
登録日 2003-01-10 
登録番号 特許第3387378号(P3387378)
権利者 住友金属工業株式会社
発明の名称 高Mn鋼鋳片、その連続鋳造方法および高張力鋼材の製造方法  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 穂上 照忠  
代理人 穂上 照忠  
代理人 河野 哲  
代理人 杉岡 幹二  
代理人 中村 誠  
代理人 杉岡 幹二  

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