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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41J
管理番号 1125820
異議申立番号 異議2003-72249  
総通号数 72 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-09-09 
確定日 2005-09-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3384023号「インクジェット記録装置」の請求項1に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3384023号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件の出願から本決定に至るまでの主な経緯は次のとおりである。
・平成5年4月19日 本件出願(特願平5-91391号)
・平成14年12月27日 特許第3384023号として設定登録(請求項1)
・平成15年9月9日 特許異議申立人渡辺等(以下、「渡辺」という。)より、請求項1に係る発明についての特許に対して特許異議申立
・平成15年12月1日付け 当審にて請求項1に係る発明についての特許に対して取消理由通知(以下、この取消理由を「第1取消理由」という。)
・平成16年2月10日 特許権者より意見書及び訂正請求書提出
・平成16年10月15日付け 渡辺等宛て審尋
・平成17年6月9日付け 当審にて請求項1に係る発明についての特許に対して取消理由通知
・平成17年8月10日 平成16年2月10日付けの訂正請求書取下げ
・平成17年8月10日 特許権者より意見書及び訂正請求書提出(以下、この訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)

第2 訂正の可否の判断

1.訂正の内容

[訂正事項ア]
特許請求の範囲を、本件訂正前の
「【請求項1】底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口と前記圧力室を膨張収縮させる圧電材とを備えたインクジェットヘッドと、前記インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、
前記駆動手段は、前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に電界を印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、前記電界とは逆極性の電界を前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、前記第2の電圧波形の電圧値を制御する制御手段とを備え、
前記制御手段は、前記インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、前記制御手段は前記第2の電圧波形の電圧値を前記動作温度に適した値に制御することを特徴とするインクジェット記録装置。」から
「【請求項1】底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッドと、前記インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、
前記駆動手段は、前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に電界を印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、前記電界とは逆極性の電界を前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形であって、前記第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、前記第2の電圧波形の最大電圧値を制御する制御手段とを備え、
前記制御手段は、前記インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、前記制御手段は、前記第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、前記第2の電圧波形の最大電圧値を前記動作温度に適した値に制御することを特徴とするインクジェット記録装置。」と訂正する。なお、下線は訂正箇所を示す。

[訂正事項イ]
本件訂正前の発明の詳細な説明における【0016】に記載された
「【課題を解決するための手段】本発明は上記した課題の解決に向けて、底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と各々の圧力室に連通したインク吐出口と圧力室を膨張収縮させる圧電材とを備えたインクジェットヘッドと、インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、駆動手段は、インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に電界を印加して、インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、電界とは逆極性の電界をインク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に印加して、インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、第2の電圧波形の電圧値を制御する制御手段とを備え、制御手段は、インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、制御手段は第2の電圧波形の電圧値を動作温度に適した値に制御することを特徴とする。」から
「【課題を解決するための手段】本発明は上記した課題の解決に向けて、底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッドと、インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、駆動手段は、インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に電界を印加して、インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、電界とは逆極性の電界をインク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に印加して、インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形であって、前記第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、第2の電圧波形の最大電圧値を制御する制御手段とを備え、制御手段は、インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、制御手段は、前記第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、第2の電圧波形の最大電圧値を動作温度に適した値に制御することを特徴とする。」と訂正する。なお、下線は訂正箇所を示す。

2.訂正目的の適否、新規事項追加の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項アのうち、「底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口と前記圧力室を膨張収縮させる圧電材とを備えたインクジェットヘッド」を「底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッド」とする訂正は、あたかもインクジェットヘッドに「圧電材料からなる側壁」及び「圧電材」という2つの圧電材が存在するかのように記載した本件訂正前の請求項1を、インクジェットヘッドにおける技術常識に即した記載に訂正するものであり、明りようでない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項アのうち、「インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形」を「インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形であって、前記第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する第2の電圧波形」とする訂正は、第2の電圧波形を「第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項アのうち、「第2の電圧波形の電圧値を制御する制御手段」を「第2の電圧波形の最大電圧値を制御する制御手段」とする訂正、及び、「前記制御手段は前記第2の電圧波形の電圧値を前記動作温度に適した値に制御する」を「前記制御手段は、前記第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、前記第2の電圧波形の最大電圧値を前記動作温度に適した値に制御する」とする訂正は、制御手段による制御の対象を「第2の電圧波形の最大電圧値」と限定するとともに、第2の電圧波形の最大電圧値を制御するに当たっては「第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく」行うと限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項イに係る訂正は、訂正事項アによる特許請求の範囲の訂正と整合させるために発明の詳細な説明を訂正するものであり、明りようでない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項ア及び訂正事項イは、それぞれ願書に添付した明細書又は図面(以下、「特許明細書」という。)における次の記載に基づくものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内でなされた訂正である。

「ヘッド間の吐出特性の補正には、・・・充電信号のパルス幅Tcm、Tcsを変更することで調整できる。しかし、本発明による記録装置では特に、充電信号Tcsによって吐出インク量を補正する。・・・第2充電信号のパルス幅Tcsを増すと第2の電圧波形の電圧値Vsが上昇し、パルス幅Tcsを短縮するとVsは低下する(図7)。インクの粘度が低温度域で高く、高温度域で低下するため、インク滴吐出特性も温度によって大きく左右される。そこで、記録装置が動作温度にかかわらず高印字品質を保つためには、動作温度に応じた補正を実施するのがよく、・・・サーミスタ42の抵抗値に基づいて第2の充電信号のパルス幅Tcsを温度に応じて可変とするものである。」(【0047】〜【0049】)

「インク量を補正するとき、Vsを制御したほうが効果的であり、且つ吐出速度が適正値から大きく離れないことがわかる。このように、Vsで補正すれば電圧の補正幅が小さく、速度の変動も小さくできる。」(【0057】)

「吐出速度の増大には、Vmを大きく、Tcmを小さくすることが好ましいが、図11からわかるように、VmとTcmはクロストークの上から制限される。したがって、インク量補正に際しても、Vmを増大させることには限界があり(特に補正量によっては大きなVmの上昇があり得る)、電圧波形をまず最適化しておき、インク量の補正はVsによって行なうべきことが、このクロストーク問題からも理解されよう。・・・動作温度と電圧波形に関しては、室温時、クロストークを発生しない範囲で、且つ最大特性と安定吐出が得られる第1の電圧波形を設定し、動作温度に応じてVsをコントロールするよう構成することによって、室温において最大特性が発揮できるよう設定できるとともに、且つ動作温度に応じてクロストークを起こすことなくインク量を補正できる。」(【0062】〜【0063】)

そして、訂正事項ア及び訂正事項イが、特許請求の範囲を実質上拡張又は変更するものでないことは明らかである。

3.訂正の可否の判断の結論
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書き、第2項及び第3項の規定に適合するので、本件訂正を認める。

第3 特許異議申立についての判断

1.本件発明の認定
上記したとおり、本件訂正が認められるから、本件の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、訂正請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。
「【請求項1】底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッドと、前記インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、
前記駆動手段は、前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に電界を印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、前記電界とは逆極性の電界を前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形であって、前記第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、前記第2の電圧波形の最大電圧値を制御する制御手段とを備え、
前記制御手段は、前記インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、前記制御手段は、前記第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、前記第2の電圧波形の最大電圧値を前記動作温度に適した値に制御することを特徴とするインクジェット記録装置。」

2.申立て理由の概要
渡辺は、下記の甲第1号証乃至甲第4号証を提出し、本件訂正前の請求項1に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから取り消すべき旨主張している。
甲第1号証:特開平4-369542号公報
甲第2号証:特開昭63-153149号公報
甲第3号証:特開平4-176653号公報
甲第4号証:特開平4-175167号公報

3.引用刊行物記載の発明

(1)第1取消理由に引用された、本件出願前日本国内において頒布された刊行物である、特開平4-369542号公報(以下、「引用例1」という。渡辺の提出した甲第1号証。)には次の事項が記載又は図示されている。

ア 段落番号0001
「【産業上の利用分野】本発明は、圧力室の容積を増大させて負圧によりこの圧力室にインクを吸い混み、圧力室の容積を縮小して内部のインクを吐出させる形式のインクジェットプリンタヘッドの駆動方法に関する。」

イ 段落番号0009
「まず、インクジェットプリンタヘッドの構造について説明する。図1に示すように、例えば、ポリカーボネート系の合成樹脂等のように、非導電性及び非誘電性であり、さらに、メッキ処理や機械加工が可能で剛性の低い材料により形成された基板1の一面には電歪部材2が接合されている。この電歪部材2は圧電セラミックからなるピエゾ素子であり、板厚方向(矢印方向)に分極されている。これらの基板1と電歪部材2とには複数の圧力室3と複数の側壁4とが交互に配列されて形成され、個々の圧力室3の両側(側壁4)には断面がコの字形の電極5が形成されている。・・・さらに、電歪部材2の表面には天板6が接着されている。そして、基板1と電歪部材2との両端に端板7を固定することによりインクジェットプリンタヘッドが形成されている。なお、一方の端板7には圧力室3の一端に位置する複数のインク吐出口8が形成され、圧力室3の他端はインク供給部(図示せず)に接続される。」

ウ 段落番号0010
「次に、図1に基づいて駆動回路を示す。インクを飛翔させる圧力室3は常に変化するが、ここではインクを飛翔させるべく選択された圧力室3を中央に位置させて説明する。インクを飛翔させる圧力室3の電極5には、トランジスタQ1をL、トランジスタQ2をHにすることによりV1なる電圧が印加され、また、トランジスタQ1をL、トランジスタQ3をHにすることによりV2なる電圧が印加される。インクを吐出させるために選択された圧力室3を仕切る側壁4を間にして対向する他方の電極5には、トランジスタQ1’をL、トランジスタQ2’をHにすることによりV1なる電圧が印加され、また、トランジスタQ1’をL、トランジスタQ3’をHにすることによりV2なる電圧が印加される。」

エ 段落番号0011
「次に、図2のタイミングチャートを参照してインクジェットプリンタヘッドの駆動方法について説明する。ここでは、図1における中央の圧力室3からインクを吐出させる場合について述べる。図2のタイミングチャートにおいて、インクを吐出させるために選択された中央部の圧力室3の電極5に対する電圧の印加のタイミングをBにより示し、左右の圧力室3の電極5に対する電圧の印加のタイミングをAにより示し、中央部の圧力室3負圧(中心線より下側のカーブ)及び正圧(中心線より上側のカーブ)の変化をB’に示す。通常は、図3(a)に示すように、インク吐出口8においてインクは表面張力により凹状の形状に維持される。中央の圧力室3の電極5には、トランジスタQ1をL、トランジスタQ2Hとすることにより電圧が徐々に高められる経過aをもってV1なる第一の電圧パルスが印加される。これにより、中央の圧力室3はその両側の側壁4が外側に歪むために容積が増大されて負圧となり、これにより、中央の圧力室3にインク供給部のインクが吸い込まれ、図3(b)に示すように、インク吐出口8においてインクも内方に吸引される。この時、中央の圧力室3の容積が徐々に増大されるために左右の圧力室3は徐々に圧縮される。したがって、左右の圧力室3からインクが飛翔することはない。続いて、トラジスタQ1をH、トランジスタQ2をLにすると中央の圧力室3の電極5への第一の電圧パルスの給電が瞬時に遮断されるため、中央の圧力室3は急速に定常時の容積に変化する。これにより、中央の圧力室3の圧力が高められ、図3(c)に示すように、内部のインクがインク吐出口8から飛翔し始まる。この瞬間に中央の圧力室3の両側に位置する電極5に第二の電圧パルスを印加する。すなわち、トランジスタQ1’をLとし、トランジスタQ3’をHとすると、V2なる第二の電圧パルスが両側の圧力室3の電極5に印加され、中央の圧力室3の両側に位置する側壁4が内側に歪み、左右の圧力室3の容積が急激に増大され、中央の圧力室3はその容積が急激に減少されて内圧が高められる。これにより、図3(d)(e)に示すように、中央の圧力室3のインク吐出口8からのインクの飛翔動作が促進される。この時に、左右の圧力室3の電極5には図2のAに示すように、b-c-dなる一定長さの期間をもって印加されるため、インクの吐出に伴う圧力室3の圧力の減衰速度が遅くなリ、インク滴9の尾部側の飛翔速度の減衰が緩和される。また、トランジスタQ1’をH、トランジスタQ3’をLにすると、図2におけるdの時点で電極5への第二の電圧パルスが瞬時に遮断され、圧力室3の圧力が急激に低下するため、図3(e)に示すようにインク滴9の尾部の長さが短くなり、図3(f)に示すように、急激に圧力が低下した圧力室3のインクに対してインク滴9の尾部が速やかに分離される。したがって、インク滴9の飛翔方向を一定にすることが可能となる。図2におけるeの時点では1画素単位のインクの飛翔動作が終わる。」

オ 段落番号0012
「上述したように、側壁4を間にして対向する対の電極5に同一極性の第一の電圧パルスと第二の電圧パルスとが交互に印加されるため、圧力室3を仕切る側壁4を定常状態から両側に歪ませて圧力室3の圧力変化量を大きくすることができる。これにより、インクの吐出特性を向上させることができる。」

カ 図1
図1からは、圧力室3は、基板1と天板6及び対向する二つの電歪部材2に囲まれていること、圧力室3の側壁4は、基板1に設けられた凸部と電歪部材2から構成されていることが看取できる。

キ 図2
図2からは、インクを吐出させるために選択された圧力室3の電極5に第一の電圧パルスが印加されている間は左右の圧力室3の電極5に電圧が印加されていないこと、逆に左右の圧力室3の電極5に第二の電圧パルスが印加されている間はインクを吐出させるために選択された圧力室3の電極5に電圧が印加されていないことが看取できる。

引用例に記載されたインク吐出口と圧力室とが連通していることは自明である。また、前記オの記載及び前記キの図示に基づけば、第一の電圧パルスを印加したときに電歪部材に生じる電界と、第二の電圧パルスを印加したときに電歪部材に生じる電界とは逆極性であり、この電界を、インクを吐出させるために選択された中央の圧力室と当該中央の圧力室の両側に位置する左右の圧力室との間の電歪部材に印加することにより、インクを吐出させるために選択された圧力室3の容積を増大減少することも明らかである。
それ故、これらア〜キの記載及び図示を含む引用例1の全記載及び図示からみて、引用例1には、以下の発明が記載されているものと認める(以下、「引用発明」という。)。

「凸部を設けた基板と天板及び対向する二つの電歪部材から囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記圧力室の側壁は前記基板に設けられた凸部と前記電歪部材から構成されており、当該圧力室の側壁には断面コの字形の電極が形成され、前記電極への電圧パルスの印加により前記電歪部材に電界を印加して前記圧力室の容積を増大減少させてインクを吐出させるインクジェットプリンタヘッドと、
当該インクジェットプリンタヘッドを駆動する駆動回路であって、前記駆動回路は、インクを吐出させるために選択された中央の圧力室の前記電極に徐々に高められる第一の電圧パルスを印加することにより、前記中央の圧力室と当該中央の圧力室の両側に位置する左右の圧力室との間の前記電歪部材に電界を印加して前記中央の圧力室の容積を増大させた後、当該第一の電圧パルスを瞬時に遮断して前記中央の圧力室を定常時の容積に変化させ、前記第一の電圧パルスを遮断した瞬間に、前記中央の圧力室の両側に位置する左右の圧力室の前記電極に第二の電圧パルスを印加することにより、前記中央の圧力室と当該中央の圧力室の両側に位置する左右の圧力室との間の前記電歪部材に前記電界とは逆極性の電界を印加して前記左右の圧力室の容積を増大させ、前記中央の圧力室の容積を急激に減少させるようにした駆動回路。」

(2)第1取消理由に引用された、本件出願前日本国内において頒布された刊行物である、特開昭63-153149号公報(以下、「引用例2」という。渡辺の提出した甲第2号証。)には次の事項が記載又は図示されている。

ク 第1ページ左下欄16行〜同欄20行
「本発明はインクジェット記録装置の記録動作制御方法に関し、特に、圧電素子の駆動に、インク滴形成前のメニスカスを反吐出方向に後退させる第1の電圧パルスと、インク滴を吐出させる第2の電圧パルスを印加させる記録方法に関する。」

ケ 第2ページ左上欄4行〜同欄10行
「第1の電圧パルスの印加によりメニスカスが後退している状態で第2の電圧パルスを印加してインク吐出を行うので、第1の電圧パルスを印加しない記録方法に比べ、インク吐出量が少なくなり、しかも、メニスカス後退後のインク表面張力によるメニスカス前進力が加わることから吐出速度が高くなる。」

コ 第2ページ右上欄1行〜同欄16行
「しかし、通常この種のインクジェットヘッド記録装置では、使用環境温度の変化により、圧電素子の特性やインク物性値が変化する。一般に、圧電素子は、高温になるに従い一定電圧を印加したときの変位量が増加する。また、インクは高温になるに従い粘度が低下する。このため、第1のメニスカス後退用電圧パルスとして温度に関係なく一定の電圧パルスを印加すると、高温ではメニスカス後退量が増加し、低温ではメニスカス後退量が減少することになる。したがって、前述のような現象が顕著な場合には、高温では大きなメニスカス後退量により外部からの気泡取り込みが発生して吐出状態が不安定になり、低温ではメニスカス後退が少なくなるためインク滴の小径化および吐出速度の高速化などの本来の利点が失われることになる。」

サ 第2ページ右下欄18行〜第3ページ左上欄6行
「本発明のインクジェット記録方法は、インク滴を形成するエネルギー発生体として圧電素子を使用し、該圧電素子の駆動に、インク滴形成前のメニスカスを反吐出方向へ後退させる第1の電圧パルス(第1図中のA)と、該第1の電圧パルスに連続し、インク滴を吐出させる第2の電圧パルス(第1図中のB)を使用するに際し、前記第1の電圧パルスの波形を前記圧電素子駆動時の環境温度の変化により制御する方法である。」

シ 第3ページ左上欄15行〜同欄19行
「第1の電圧パルスAの電圧値(振幅)を温度制御するので、温度低下によるインク粘度の上昇および圧電素子5の変位量の低下があるにもかかわらず、第1の電圧パルスAによるメニスカス後退量を一定量に保持することができる。」

ス 第3ページ右下欄9行〜同欄15行
「第1の電圧パルスAの温度制御に加えてインク吐出用の第2の電圧パルスBの波形の温度制御を行えば、第4図に実線で示すインク吐出速度の温度変化を図示のものよりさらに安定化させることができ、その他の記録用のインク滴の大きさ(粒径)等の特性も温度変化に対し安定化させうることは明らかである。」

セ 第4ページ左上欄19行〜同ページ右上欄17行
「第7図は本発明によるインクジェット記録方法の他の実施例における各温度での圧電素子5駆動用の電圧パルス波形を示す。第7図において、記録用インク滴を吐出する前に印加されるメニスカス後退用の第1の電圧パルスAは、圧電素子5の分極方向と逆極性であり、圧力室・・・の容積を拡大する方向に印加される。本実施例においては、この第1の電圧パルスAのパルス巾が環境温度の低下に従って拡大するよう温度制御される。すなわち、第1の電圧パルスAの波形の環境温度による制御は、パルス巾を変化させることによって行われている。本実施例によっても、第1図の電圧値(振幅)を温度制御する場合と同様、温度変化によって駆動波形が制御され、温度低下によるインク粘度の上昇や圧電素子変位量の減少があるにもかかわらず、、第1の電圧パルスAによるメニスカス後退量を一定に維持することができる。」

ソ 第4ページ左下欄3行〜同欄8行
「本発明によれば、環境温度が変化する場合でもメニスカス後退量の温度変化を軽減させることができ、高温時および低温時のいずれでも正確で安定したインク吐出が得られるインクジェット記録方法が提供される。」

タ 第1図及び第7図
第1図及び第7図からは、第1の電圧パルスAと第2の電圧パルスBは極性が異なり、その絶対値をみても、第2の電圧パルスBの最大電圧値は第1の電圧パルスAの最大電圧値を超えていることが看取できる。

(3)第1取消理由に引用された、本件出願前日本国内において頒布された刊行物である、特開平4-176653号公報(以下、「引用例3」という。渡辺の提出した甲第3号証。)には次の事項が記載又は図示されている。

チ 第2ページ右上欄20行〜第3ページ左上欄13行
「第6図(a)は多数のインク室兼インク流路の溝を集積したせん断モード型ヘッドで、第8図の原理に基づき駆動するものであり、従来ならびに本発明の駆動の双方の説明において用いるものである。ここでは簡単のために、絶縁性基板1、インク室兼インク流路の溝101〜110、圧電性素材の隔壁200〜209のみを示し、隔壁に形成される電極、接着層、弾性部材、ノズル穴、分極方向の矢印等は省略した。
従来の駆動方法は、第6図(b)と第6図(c)の動作を交互に行うものである。すなわち、第6図(b)の第1のタイミングでは、第8図を用いて説明した溝82bからのインク吐出に相当する動作が、奇数番目の溝101、103、105、107、109において行われるものであり、第6図(c)の第2のタイミングでは、偶数番目の溝102、104、106、108、110において行われるものである。続いて第3のタイミングは前記第1のタイミングに戻り、以下この繰り返しとなる。このように、偶奇のタイミングで交互にインク吐出を行うのは、一度に全部の溝からのインク吐出ができないと言う本構造のヘッド特有の性質に半ば起因するものではあるが、この様な駆動では第7図に示すように、インク吐出を行わない溝において以下のような問題が生じるのである。第7図(a)は第6図(b)の部分拡大図であり、第7図(b)は第6図(b)から第6図(c)に到る中間状態での部分拡大図である。まず、第7図(a)での問題点であるが、この様な駆動により溝101、103からのインク吐出がなされた時に、インクを吐出しない溝102に注目すると、溝内のインク圧は隔壁201と202とがそれぞれ図のように変位する事から、大きな負の圧力となる。この負圧の大きさはインク吐出の溝101、103内のインク圧と絶対値がほぼ等しくなる程度の大きなもので、その結果として溝102内のインクにキャビティションによる気泡の発生が極めて起こり易くなるのである。そしてもし、このような気泡が発生すると、隔壁の変位によるインク圧上昇を図っても、この気泡が圧力上昇に対する緩衝作用を示し、最終的にはインク吐出が行われない等のトラブルとなるのである。次に第7図(b)での問題点であるが、隔壁201、202等が弾性体の性質を持つため、第7図(a)の後、隣の溝がインク吐出動作にはいるまでの短時間の間に、これらの隔壁は溝内のインクをも含めた弾性的性質で決まる固有振動数で減衰振動を起こす。第7図(b)は、この様な減衰振動のうち、隣の溝102側に隔壁201と202が最も大きな変位を示した瞬間に相当する図である。この時の変位量は上記弾性的性質で決まるものであるが、通常第7図(a)での変位量の1/2程度になる。このため、第7図(b)の状況においては溝102内のインク圧力が上昇し、インク誤吐出の可能性が増大するという大きな問題が発生するのである。」

(4)第1取消理由に引用された、本件出願前日本国内において頒布された刊行物である、特開平4-175167号公報(以下、「引用例4」という。渡辺の提出した甲第4号証。)には次の事項が記載又は図示されている。

ツ 第2ページ右上欄14行〜第3ページ左上欄8行
「第7図は第9図の原理に基づき、6ノズルを集積したせん断モード型ヘッドで、絶縁性基板1、溝2a〜2f、ノズル穴3a〜3f、圧電性素材の隔壁5ab〜5ef、電極4a2〜4f1、蓋6から構成されている。また8は接着層、9は弾性部材、7は隔壁の分極方向である。溝の間隔を十分に小さくとるならば、サーマルジェット型と同等の小型化が容易で、しかもカイザー型と同様に高熱による問題が全くない。第10図はこのようにして構成されたインクジェットヘッドの斜視図で特開昭63-252750号公報において開示されたものである。ここで、101は絶縁性基板、102はインク室兼インク流路の細長い溝、105は圧電性素材の隔壁、100はノズル板、103はノズル穴、104はインク滴である。
〔発明が解決しようとする課題〕
第7図のヘッドの駆動を考える。溝2b〜2eの4本は第9図で示した通りの機構でインク滴の吐出を行なうことができるが、溝2a、2fの両端の2本でのインク吐出は、それぞれ1つの隔壁5abまたは5efのみの駆動によっている。このため、隔壁5abまたは5efの駆動を他の隔壁5bc等と同じにすると、両端の溝での実効的な駆動力が小さくなり、インク滴体積とその吐出速度が低下し、極端な場合にはインク吐出そのものができなくなる。このことは、ドットサイズの不揃いやドット抜けにつながり、印刷品質の著しい低下を招来することになる。この様な駆動力の低下は、第8図のように、隔壁に印加する駆動電圧を、中央部と端部の隔壁とで異なるものにすることで防止できる。すなわち第8図において、隔壁5ab、5bc、5cdに印加される電圧波形が、それぞれ直線87、88、89を電圧0Vレベルとし、縦軸を電圧、横軸を時間として81、84などのように示される。この場合、第9図で説明したように、相隣合う隔壁には反対の位相の信号が印加される。又、インク吐出時には隔壁を急激に動かし、戻す時には穏やかに動かす必要があることから、波形は非対称の形とする。さてここで、重要なことは隔壁5abのみ他の81、83、84、85、86などの約2倍の絶対値の電圧波形82を印加しなければならないことである。このような波形をとることで、両端の溝に於ける上記の吐出力の減少を防止することが一応可能とはなるが、一方で次のような新たな問題を生じることになる。
(1)電圧波形82による隔壁5abの変位量が大きいために、溝2aの昇圧時に隣の溝2bの減圧が著しくなり、溝2b内のインクに気泡が発生してインク吐出がうまくできなくなるというトラブルが発生しやすい。
(2)電圧波形82による隔壁5abの変位量が大きいために、該電圧印加後の該隔壁の反動による溝2b側への変位量も大きくなり、ノズル3bからの誤吐出が起こりやすくなる。」

4.本件発明と引用発明の一致点及び相違点の認定
本件発明と引用発明とを対比する。
引用発明における「基板」、「天板」、「電歪部材」、「圧力室の容積を増大減少」、「インクを吐出」、「インクジェットプリンタヘッド」、「インクを吐出させるために選択された中央の圧力室」及び「中央の圧力室の両側に位置する左右の圧力室」は、それぞれ本件発明における「底壁」、「天壁」、「圧電材料」、「圧力室を膨張収縮」、「インク滴を吐出」、「インクジェットヘッド」、「インク滴を吐出させる圧力室」及び「隣接する圧力室」に相当する。
また、引用発明における側壁は、基板の凸部と電歪部材とで構成されているのに対して、本件発明における側壁は圧電材料からなるものであるが、両者は、側壁の少なくとも一部が圧電材料から構成されている点で一致する。
また、引用発明における「第一の電圧パルス」は、インクを吐出させるために選択された中央の圧力室の容積を増大させた後に、前記中央の圧力室を定常時の容積に変化させるものである。増大した圧力室の容積を定常時まで変化させるということは、圧力室の容積を増大した後にその圧力室の容積を減少させることであるから、引用発明における「第一の電圧パルス」は、本件発明における「第1の電圧波形」に相当する。
次いで、引用発明における「第二の電圧パルス」は、容積が減少された中央の圧力室の容積を更に減少させるものであるから、この限りにおいて本件発明における「第2の電圧波形」に相当する。
そして、引用発明における「駆動回路」は、第一の電圧パルス及び第二の電圧パルス(本件発明における「第1の電圧波形」及び「第2の電圧波形」に相当。)を発生してインクジェットプリンタヘッド(本件発明における「インクジェットヘッド」に相当。)を駆動するものであるから、本件発明における「駆動回路を備えたインクジェットヘッドの駆動手段」に相当する。
したがって、本件発明及び引用発明は
「底壁と天壁及び少なくとも一部が圧電材料から構成された対向する二つの側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッドと、
前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に電界を印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、前記電界とは逆極性の電界を前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形を発生させる駆動回路を備えた前記インクジェットヘッドの駆動手段。」
において一致し、少なくとも次の点で両者は相違する。

[相違点1]
本件発明では、第2の電圧波形の最大電圧値が第1の電圧波形の最大電圧値を超えない値であるのに対して、引用発明では、第1の電圧パルスの最大電圧値と第2の電圧パルスの最大電圧値の大小関係が不明な点。

[相違点2]
本件発明では、インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続された制御手段を備えており、当該制御手段は、前記温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、第2の電圧波形の最大電圧値を前記動作温度に適した値に制御するものであるのに対して、引用発明では、インクジェットプリンタヘッドの動作温度を検出するか否かが不明であり、それ故、第2の電圧波形の最大電圧値をインクジェットプリンタヘッドの動作温度に適した値に制御するか否かも不明な点。

5.相違点についての判断
引用例2には「第1の電圧パルスAの温度制御に加えてインク吐出用の第2の電圧パルスBの波形の温度制御を行えば、第4図に実線で示すインク吐出速度の温度変化を図示のものよりさらに安定化させることができ、その他の記録用のインク滴の大きさ(粒径)等の特性も温度変化に対し安定化させうることは明らかである。」(前記ス参照。)との記載がある。当該記載は、第1の電圧パルスの電圧値(振幅)を温度制御する実施例(前記シ参照。)の後であり、第1の電圧パルスのパルス巾を温度制御する実施例(前記セ参照。)の前に記載されているが、電圧値(振幅)及びパルス巾の双方を含む「波形の温度制御」を行うと述べていることからして、電圧値(振幅)又はパルス巾のいずれを温度制御する場合でも、第1の電圧パルスの波形を温度制御することに加えて第2の電圧パルスの波形を温度制御すれば、よりインク吐出速度の温度変化を安定化させ得ることが引用例2に開示されているといえる。
しかしながら、引用例2には、第1の電圧パルスの最大電圧値を変更することなく第2の電圧パルスの最大電圧値を温度制御することは記載されていないし、これを示唆する記載も見あたらない。確かに、引用例2記載の発明において、第1の電圧パルスはパルス巾を温度制御し、第2の電圧パルスは電圧値(振幅)を温度制御するとしたならば、第1の電圧パルスの最大電圧値を変更することなく、第2の電圧パルスの電圧値(振幅)を制御することになるので、相違点2に係る構成は引用例2に記載されていると解し得るかもしれないが、引用例2には、電圧値(振幅)の温度制御とパルス巾の温度制御とを組み合わせることが可能であるとの記載はなく、これを示唆する記載も見あたらない。それぞれの実施例が別個に記載されていることからみても、波形の温度制御の方法は第1の電圧パルス及び第2の電圧パルスにおいて共通であり、第1の電圧パルスの電圧値(振幅)を温度制御するのであれば第2の電圧パルスも電圧値(振幅)を温度制御すると解することが自然である。また、仮に電圧値(振幅)の温度制御とパルス巾の温度制御を組み合わせることが当業者にとって自明であったとしても、第2の電圧パルスの最大電圧値が、第1の電圧パルスの最大電圧値を超えない値とすることは引用例2に記載も示唆もない。
渡辺は、「甲第2号証(当審注:「引用例2」のこと。)において、・・・前記第2の電圧波形を環境温度により制御することが開示されている。ここで、甲第2号証では第2の電圧波形について電圧値を制御するとは明確に記載されていないが、その前文で第1の電圧波形については環境温度により電圧値を制御していることから、第2の電圧波形についても電圧値を制御することが実質的に記載されているものである。尚、環境温度により駆動波形の電圧値を制御することは、公知例を挙げるまでもなく極めて良く知られており、第2の電圧波形を制御することが甲第1号証(当審注:「甲第2号証」の誤記である。)に開示されている以上、その波形の制御として電圧を制御する程度のことは当業者にとって容易に想到し得るものに過ぎない。」(特許異議申立書第11ページ20行〜同ページ28行)及び「インク滴の大きさ、即ちインク吐出量を温度変化に対して安定化させるために、第2の電圧波形の電圧を温度制御することが記載もしくは示唆された甲第2号証に記載の技術を、甲第1号証(当審注:「引用例1」のこと。)に記載のインクジェット記録装置に適用することによって、本件請求項1に係る発明は当業者が容易に想到し得るものである。」(特許異議申立書第12ページ7行〜同ページ11行)と主張する。
しかしながら、本件発明は、単に第1の電圧波形の最大電圧値に加えて第2の電圧波形の最大電圧値を温度制御するものではなく、第2の電圧波形の最大電圧値は第1の電圧波形の最大電圧値を超えない値とされ、第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく第2の電圧波形の最大電圧値を温度制御するものであるから、当該主張を採用することはできない。
また、引用例3及び引用例4のいずれにも、第2の電圧波形の最大電圧値は第1の電圧波形の最大電圧値を超えない値とされ、第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく第2の電圧波形の最大電圧値を温度制御することは記載も示唆もない。
そして、本件発明は、相違点1及び相違点2に係る構成を備えたことにより、ヘッド間吐出特性の差や動作温度による吐出特性の差を解消するために第2の電圧波形の最大電圧値を温度制御しても、最大電圧は第1の電圧波形の最大電圧値で決まるので、電源電圧やパルスモータの電圧を高める必要がないことに加えて、ヘッド間吐出インク量のばらつきや動作温度に基づく吐出インク量の変動を電源電圧の上昇、吐出速度の変動幅の拡大又はクロストークの発生などの副作用を起こすことなく補正できるという特許明細書記載の効果(段落番号0050、0065)を奏するものである。
したがって、本件発明は、引用例1乃至引用例4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によっては請求項1に係る発明についての特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件発明についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、平成6年法律第116号附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
インクジェット記録装置
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と前記各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッドと、前記インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、
前記駆動手段は、前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に電界を印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、前記電界とは逆極性の電界を前記インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の前記側壁に印加して、前記インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形であって、前記第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、前記第2の電圧波形の最大電圧値を制御する制御手段とを備え、
前記制御手段は、前記インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、前記制御手段は、前記第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、前記第2の電圧波形の最大電圧値を前記動作温度に適した値に制御することを特徴とするインクジェット記録装置。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明はインク滴の吐出によって記録を行うインクジェット記録装置に関し、特に圧力室の側壁を圧電材で形成したインクジェットヘッドの吐出インク量補正技術に関する。
【0002】
【従来の技術】
圧力室の側壁を圧電材から成るせん断モードアクチュエータで形成したインクジェットヘッドは特開昭63-252750号公報に詳しく開示されており、本発明の記録装置に用いるヘッドはその基本構造を同一とする。
【0003】
前記公報ではヘッドの構造や吐出原理が説明され、また種々の特長が述べられている。特に、そのシンプルな構造とノズル配置の高密度化の可能性には優れたものがある。
【0004】
また、インクジェットヘッドの駆動方法として、特開昭57-59774号公報や米国特許第4697193号明細書に詳しく示された駆動方法がある。この駆動方法はこれら公報に詳しいように、高吐出応答性、高吐出速度など非常に優れた特長を持っている。そのため側壁にせん断モードアクチュエータを用いた本発明のインクジェットヘッドにおいても、この駆動方法を採用するのが好ましい。
【0005】
一方、インクジェットヘッドは流路の寸法や圧電材料の特性においてばらつきをもち、同一ヘッド内では各ノズルからの吐出インク量が揃うものの、ヘッド間ではインク量を補正する必要がでてくる。すなわちヘッドに合わせて駆動条件を補正した上で記録装置を出荷する必要がある。
【0006】
さらに、室温で吐出インク量を適正化したものであっても、吐出インク量はインク粘度の影響を受けて、動作温度によって変動する。動作温度によらず吐出特性を一定化させて印字品質を保つ方法が、例えば米国特許第4352114号明細書に記載されている。これは動作温度に応じて駆動電圧を変えるもので、低温域では室温より駆動電圧をアップさせ、高温域でダウンさせる。
【0007】
以上に従来技術について記したが、記録装置として実施例に後記したような記録ヘッドを使用し、また従来例として引用した先の駆動方法を採用するとき、インク量の補正方法として、単にパルスの電圧を加減するだけでは以下のような問題がある。
【0008】
一般的に、電圧に比例して圧力室の体積変化量が増減するが、吐出インク量も同様にほぼ比例して増減すると考えられている。しかし、該駆動方法を採用するとき、インク量を増補正するために駆動電圧をアップさせても、電圧アップがノズルに形成されたメニスカスの引き込み量をも増大させるため、電圧に比例してはインク量が増えないことが確認される。逆に言えば、インク量の増補正には電圧を必要以上に大きくアップさせる必要がでてくる。
【0009】
一方、電圧を上げれば、メニスカス引き込み量とその移動速度が大きくなり、吐出インク滴速度はほぼ電圧に比例してアップする。
【0010】
以上のような現象から推察できるように、インク量適正化のために、あるいは動作温度によらないインク量の均一化のために、電圧補正を実施したとき、インク量の増加が少なく、速度が大きくアップしたり、逆にインク量がわずかに減るのみで、速度は大きくダウンしてしまうことになる。
【0011】
通常、印字品質を確保するには吐出インク量を常に適正値に保つことが大事である一方、速度の過度な増大は圧力室内の正負インク圧力の増大を意味し、著しく吐出安定性を悪化させる。また速度の大きな低下はインク滴飛行の直進性を妨げる。
【0012】
さらに次の重要な問題がある。ここで使用するヘッドは、隣接する圧力室間で圧電材からなる側壁を共有する。したがって、ある圧力室を駆動するとき、隣接する非駆動圧力室からインク小滴が吐出することがあり、クロストークの問題としてこの種ヘッドの重要な課題となっている。インク量補正のために、電圧を上げることは圧力室内の正負インク圧力を増大させ、ますますこの種のクロストークの課題解決を困難とする。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
上記した従来技術の問題を要約すると、小幅のインク量の補正に対し駆動電圧を大幅に補正する必要があること、それによって吐出速度が大きく変わること、逆に言えば、予め駆動条件を設定した後にあっては、電圧や速度、クロストーク等の制約によって、インク量を補正しきれない、ことである。
【0014】
動作温度に関していえば、インク量をある一定範囲に保とうとするとき、低温域で電圧、速度共大きくなり、高温域で電圧、速度共小さくなってしまう。逆に、電源電圧やクロストークの制約があると、低温域でインク量を確保できない場合がでる。
【0015】
特に、本発明の記録装置は、圧力室の側壁の少なくとも一部が圧電材で形成されたヘッドを用いており、低温域での駆動電圧のアップはクロストークを悪化させる。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明は上記した課題の解決に向けて、底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と各々の圧力室に連通したインク吐出口とを備え、前記側壁を構成する圧電材料への電界の印加により前記圧力室を膨張収縮させるように構成されたインクジェットヘッドと、インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、駆動手段は、インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に電界を印加して、インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、電界とは逆極性の電界をインク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に印加して、インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形であって、前記第1の電圧波形の最大電圧値を超えない最大電圧値を有する第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、第2の電圧波形の最大電圧値を制御する制御手段とを備え、制御手段は、インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、制御手段は、前記第1の電圧波形の最大電圧値を変更することなく、第2の電圧波形の最大電圧値を動作温度に適した値に制御することを特徴とする。
【0017】
【実施例】
以下に本発明の実施例に沿って詳細に説明する。
【0018】
図1は本発明の記録装置に用いるインクジェットヘッドの斜視図で、一部を破断してその内部をも示したものである。図2は圧力室に垂直に切断したときの断面図を拡大して示したものである。
【0019】
図1において圧力室1は平行に多数配置され、その一端は端部に付設されたノズルプレート4のノズル2に連通する。圧力室1は底壁45と天壁44および対向する側壁5に囲まれた長方形断面の長い流路である。
【0020】
インクは図示していないインクカートリッジから天壁44上に設けた供給部64と天壁44に設けた穴を通じて圧力室1の他端部に補給される。符号60は引出し電極であって、図示していない駆動回路から引出し電極60を通じて、駆動信号が印加される。
【0021】
図2において、側壁20〜28は圧電材で作られた上部側壁、下部側壁からなり、上部側壁、下部側壁は矢印46のように互いに逆方向に分極されている。側壁および底壁45上には引出し電極60に通じる薄い電極膜30〜38が付設されている。
【0022】
側壁20〜28を挟む電極に対し、たとえば電極33、35を接地し、電極34を正電圧として電界を与えると、上部側壁、下部側壁は破線で示すようにくの字形に圧力室外に向かってせん断変形する。逆に、電極34を接地し、電極33、35を正電圧として電界を与えると鎖線のようにくの字形に圧力室内方にせん断変形する。
【0023】
駆動原理上隣接した圧力室は同時に駆動できないので、互いに隣接しない圧力室を一つのグループとして二つのグループに、あるいは三つ以上のグループに分けて駆動する。すなわち、同時駆動できる圧力室を、例えば、図2においては圧力室10、12、14・・のグループと圧力室11、13、15・・のグループに分けて交互に駆動(2相駆動)するか、圧力室10、13、16・・と11、14、17・・と12、15、18・・の三つのグループに分けて駆動する(3相駆動)、などである。
【0024】
図3に2相駆動の場合を例とした電圧波形を示した。符号7は、たとえば圧力室14の電極34に加える電圧波形、符号8は、たとえば圧力室14に隣接する圧力室15の電極35に加える電圧波形、また符号9は、圧力室14に隣接する圧力室13の電極33に加える波形、符号6は、圧力室15に隣接する圧力室16の電極36に加える波形を表す。
【0025】
インク滴の吐出は、一組の第1の電圧波形50と隣接する両圧力室の電極に印加される第2の電圧波形51よって行われる。すなわち、圧力室14からインク滴を吐出させる場合、圧力室14に付設された電極34に第1の電圧波形50を、続いてその両隣圧力室内の電極13、15に第2の電圧波形51を加える。このように、圧電材を挟む電極間に電界を印加して(時間Tcmで)圧電素子を充電して側壁を圧力室外方へ変形させ(このとき、圧力室内に負圧が発生し、インクタンクからインクが供給されると共にノズルではメニスカスが後退する)、次にTdm時間で放電して元に戻る(このときインクは加圧されてインク滴が吐出される)。Temは充電終了から放電開始までの時間である。さらに放電終了から極短いt時間後(tは通常ー数μs〜+数μsである)、Tcs時間逆電界を印加して充電させ(すなわち吐出圧力室の両側圧力室の電極を正電圧として電界を印加する)、側壁を内方へ変形させ(これで加圧がさらに継続され、インク滴が吐出される)、次のTds時間の放電後、待機状態に戻る。Tは繰り返し周期である。
【0026】
なお、当実施例では、ある印字タイミングにおいて、印字データが無い場合は第1の電圧波形はもちろん、第2の電圧波形も圧電材に印可されない。
【0027】
図4は駆動方法の他の実施例であって、インク滴の吐出は一組の第1の電圧波形150と第2の電圧波形151によって行われることは先の説明と同様であるが、ここでは印字データがない場合にも、全電極には印字タイミングに同期して常に第2の電圧波形151が印可される。すなわち、吐出時、吐出圧力室の電極には第1の電圧波形150が印可され、他の非吐出の圧力室の電極には第2の電圧波形151が印加され、印字データが無い場合は、印字タイミング毎、常に第2の電圧波形151が各電極に印加される。
【0028】
なお、第2の電圧波形が印加されても、側壁の両側に同時に印加される限り、圧電材には電界を生ぜず、変形は起こらない。
【0029】
図5は本発明の記録装置に適用される駆動回路の一実施例を示すものであって、図中上段は第1の電圧波形発生部で、符号IN5は印字タイミング信号入力端子、40は印字タイミング信号に基づいて各種パルスを発生するパルス発生回路である。このようなパルス発生回路はマルチバイブレータ等の回路を使用することで構成できる。IN1は充電信号出力端子、IN2は放電信号出力端子で、図6に示したように、パルス状の信号がそれぞれ出力される。符号Q1は、レベル調整用トランジスタで、これのコレクタ電極には第1のスイッチングトランジスタQ2のベース電極が接続されている。第1のスイッチングトランジスタQ2は、そのエミッタ電極を時定数設定用抵抗R1を介して端子VHを介して電源に接続され、またコレクタ電極が時定数設定用コンデンサC1を介して接地されている。Q3は、定電流トランジスタで、エミッタ電極が電源端子VHに、またコレクタ電極がレベル調整用トランジスタQ1のコレクタ電極に接続され、さらにベース電極が時定数設定用抵抗R1を介して電源端子VHに接続されている。
【0030】
出力端子IN2には第2のスイッチングトランジスタQ4のベース電極が接続され、コレクタ電極が時定数設定用コンデンサC1に、エミッタ電極は第2の時定数設定用抵抗R3を介して接地されている。
【0031】
Q6、Q7、Q8、Q9は、それぞれコンデンサC1の充電時および放電時の電流を増幅する電流バッファを構成するトランジスタで、記録ヘッドの駆動が可能な電流容量を備えている。
【0032】
図中下段部は第2の電圧波形発生回路部であって、上述の第1の電圧波形発生回路と同様の構成をとっている。IN3は第2充電信号出力端子、IN4は第2放電信号出力端子である。
【0033】
70は、スイッチング回路で、電流バッファの出力端子OUT1とOUT2に接続され、印刷信号によりオンオフして電流バッファを構成するトランジスタからの電流を圧電部材に選択的に供給できるよう構成されている。
【0034】
このスイッチング回路70は、スイッチング素子だけの軽量、小型であり、電圧波形発生回路から切りはなして、ケーブルを介して記録ヘッドまたは記録ヘッド搭載のキャリッジに載せることができる。
【0035】
次に上述の電圧波形発生回路の動作を図6に示した波形図に基づいて説明する。
【0036】
印字タイミング信号が入ると、これに同期して充電時間に相当して定められたパルス幅Tcmの充電信号が端子IN1に発生する。この信号が入ると、レベル調整用トランジスタQ1がオンとなるから、トランジスタQ2もオンとなる。これにより、電圧VHの電源電圧が時定数設定用抵抗R1を介してコンデンサC1に印可され、抵抗R1とコンデンサC1で決まる時定数でもってコンデンサC1が充電される。
【0037】
時定数設定用抵抗R1は、その両端に定電流用トランジスタQ3が接続されていて、その端子電圧がトランジスタQ3のベースーエミッタ電極間電位にほぼ等しい値に維持されるから、コンデンサC1に流れ込む電流は時間的に変動せず一定値となる。この結果、コンデンサC1の端子電圧の立ち上がり勾配t1は抵抗R1の抵抗値R1とコンデンサC1の容量C1と定電流トランジスタQ3のベースーエミッタ電極間電圧をVbe1とすると、t1=ABS(Vbe1)/(R1・C1)となる。ここでABSは絶対値を表す。
【0038】
このようにして充電信号のパルス幅Tcmに相当する時間経過すると、コンデンサC1の端子電圧はVmまで上昇する。そしてこの時点で充電信号がLowレベルに切り替わるからレベルシフト用トランジスタQ1がオフとなって第1のスイッチングトランジスタQ2がオフとなる。この結果、コンデンサC1は、電圧Vmを維持することになる。
【0039】
充電信号がオフとなってから所定時間Temが経過した時点で、端子IN2に放電信号が出力する。この放電信号は、コンデンサC1の電荷をほぼゼロ電位にまで放電させることができるパルス幅Tdmを有していて第2のスイッチングトランジスタQ4をオンとする。この結果、コンデンサC1に蓄積された電荷を時定数設定用抵抗R3を介して放電する。同時に定電流用トランジスタQ5がONとなるので、前述した定電流用トランジスタQ3の作用と同様の作用により第2の時定数設定用抵抗R3の端子電圧がトランジスタQ5のベースーエミッタ電極間電圧Vbe2となる。これにより、コンデンサC1の端子電圧は一定の勾配で直線的に低下する。
【0040】
すなわち、立ち下がりの勾配t2は、第2の時定数設定用抵抗R3の抵抗値R3とコンデンサC1の容量C1と定電流用トランジスタQ5のベースーエミッタ電極間の電圧をVbe2とすると、t2=-ABS(Vbe2)/(R2・C1)となる。
【0041】
時間Tdmが経過して放電信号がオフになると、第2のスイッチングトランジスタQ4がオフとなり、コンデンサC1の端子電圧の変化が停止する。
【0042】
このように時定数設定用抵抗R1、R3、およびコンデンサC1により所定の立ち上がり速度、および立ち下がり速度で変化する電圧は、電流バッファを構成するトランジスタQ6、Q7、およびQ8、Q9により増幅され、スイッチング回路70を介して記録ヘッドの圧電材に選択的に印加される。
【0043】
第2の電圧波形発生回路の動作も上述と同様である。41は記録ヘッドのインク量補正器で、補正信号に対応したパルス幅Tcsをもつ第2充電信号を端子IN3に出力するよう構成される。波形の立ち上がりの勾配は、第1の波形の立ち下がり勾配とほぼ同一に設定される。
【0044】
時定数設定用抵抗R11、R33、およびコンデンサC11により所定の立ち上がり、および立ち下がり速度で変化する電圧は、電流バッファを構成するトランジスタQ66、Q77、Q88、Q99により増幅され、スイッチング回路70を介して記録ヘッドの圧電材に選択的に印加される。
【0045】
以上の説明のように、駆動電圧波形発生回路からの電圧波形信号を、印刷信号に合わせてスイッチング回路70のスイッチング素子をオンオフすることにより、同一の電圧波形を複数の圧電材に選択的に印加することができる。なお、これら充電信号のパルス幅Tcm、Tcsおよび放電信号のパルス幅Tdm、Tdsは対象となる記録ヘッドの構造やインクの物性に左右されて設定される。
【0046】
本発明による駆動回路によれば、従来の駆動回路のように一定電圧に維持された電源回路を必要とせず、たとえば比較的電圧変動が大きなパルスモーター駆動用直流電源を電力を用いても、パルス幅Tcm、Tcsを設定することにより駆動電圧を設定できるから、記録ヘッド駆動用電源と、パルスモーター等の駆動用電源との共通化が可能となって、記録装置の小型化とコストの引き下げを図ることができる。
【0047】
ところで、同一ヘッドのノズル間のインク吐出特性は揃うものの、記録ヘッド間では圧力室の誤差などにより吐出特性に差異が生じる場合が往往にしてある。このようなヘッド間の吐出特性の補正には、上述した駆動回路によれば時定数設定用抵抗R1、R3、R11、R33により補正することができるが、また、コンデンサC1の最終到達電圧は、充電時間に依存するので、充電信号のパルス幅Tcm、Tcsを変更することで調整できる。
【0048】
しかし、本発明による記録装置では特に、充電信号Tcsによって吐出インク量を補正する。先述した説明からわかるように、補正器41を調整することによって第2充電信号のパルス幅Tcsを増すと第2の電圧波形の電圧値Vsが上昇し、パルス幅Tcsを短縮するとVsは低下する(図7)。
【0049】
インクの粘度が低温度域で高く、高温度域で低下するため、インク滴吐出特性も温度によって大きく左右される。そこで、記録装置が動作温度にかかわらず高印字品質を保つためには、動作温度に応じた補正を実施するのがよく、図8に本発明の記録装置に適用される駆動回路の他の実施例を示す。図中符号42は温度検出器であるサーミスタであって、サーミスタ42の抵抗値に基づいて第2の充電信号のパルス幅Tcsを温度に応じて可変とするものである。
【0050】
駆動条件は、まず第1の電圧波形を中心とするから、通常Vm>Vsであり、ヘッド間吐出特性の差や動作温度による吐出特性の差を解消するために、パルス幅TcsによってVsを補正しても、最大電圧はVmで決まり、電源電圧やパルスモータの電圧を高めなくてよい。
【0051】
さらに重要なことは、第2の電圧波形を印加するよう構成し、且つ第2電圧波形のVsを制御する本補正方法はインク滴吐出特性にとって非常に効果的である。以下に駆動電圧波形と吐出特性について詳しく説明する。
【0052】
充電信号の印可により圧電部材が剪断変形し、圧力室が拡大すると、インクタンク側から圧力室へインクの供給が行われる、と同時にノズルに形成されたメニスカスは圧力室方向へ後退する。次に圧力室を縮小してインク滴を吐出するわけだが、圧力室内に引き起こされた圧力波の振動の大きさ、および圧力室の縮小タイミングとインク滴吐出速度との間にはきわめて大きな相関があることがわかっており、したがって、前述した電圧波形の立ち上がり勾配t1、および圧力室を縮小させるタイミング(すなわち放電信号の印加タイミング)は、吐出速度が最大となるよう設定されねばならない。
【0053】
図9は、Vm=一定の条件下で、横軸に放電信号の印加タイミング(ここでは図3のTe)をとり、充電信号のパルス幅Tcm3種について(すなわち、立ち上がり勾配3種について)、インク滴吐出速度をプロットした実施例であるが、Teとしては最大速度が得られる10μs付近に設定される。また、Tcmは小さいほど吐出速度が上昇するため、後述するクロストークを回避できる範囲で、できるだけ小さく設定する。
【0054】
このようにして、第1の電圧波形による駆動方法がもつ高吐出速度、高応答性の特長を最大限生かすよう、第1の電圧波形を設定することができる。
【0055】
図10(a)(b)は駆動電圧と吐出速度、吐出インク量の関係をみたもので、予め駆動電圧波形をほぼ最適に設定し、そのときの第1および第2の電圧波形の電圧値をそれぞれVmo、Vsoとする。次に、Vs=Vso(一定値)のもと、電圧Vmを増減したときの、吐出速度と吐出インク量を示したのが同図(a)であり、Vm=Vmo(一定値)のもと、電圧Vsを増減したときの吐出速度と吐出インク量を示したのが同図(b)である。
【0056】
図からわかるようにあるインク量DWをVm値によって補正を行なうとすれば、VmはDVm変更する必要が生じ、そのときの速度変動幅はDhmである。一方、Vs値によって補正を行なうとすれば、VsはDVs変更する必要が生じ、そのときの速度変動幅はDhsである。
【0057】
すなわち、DVm>DVs、Dhm>Dhsであって、インク量を補正するとき、Vsを制御したほうが効果的であり、且つ吐出速度が適正値から大きく離れないことがわかる。このように、Vsで補正すれば電圧の補正幅が小さく、速度の変動も小さくできる。
【0058】
動作温度に伴う補正に関して言えば、サーミスタの抵抗変化を検知して、低温域でVsを上昇させ、高温域でVsを低下させるよう構成することにより、効果的にインク量を補正可能とし、しかも吐出速度は低温域から高温域にかけて大きく変動しないようにできる。
【0059】
これら現象は、Vmを大きくしたとき、吐出開始時(放電信号入力タイミング時)のノズル内のメニスカスの引き込み量が増大するため、インク量の上昇幅が小さくなり、しかし圧力室内インクの圧力振幅は大きくなって速度は上昇するためと推察できる。一方、Vs値は、吐出開始時(放電信号入力タイミング時)のメニスカス位置に影響しないため、Vsに対応した圧力室の容積変化量がそのまま比例して吐出インク量の増減に結び付き、速度もそれに応じた増減にとどまるものと推察できる。
【0060】
次にクロストークと駆動条件との関係について説明する。本発明に使用する記録ヘッドは隣接する圧力室間で圧電材をもつ側壁を共有するため、前述したように、クロストーク対策が最重要課題となっている。たとえば、図2において、圧力室13、15を同時に駆動し、それらの間に位置する圧力室14の駆動を中止するとき、駆動中止の圧力室14に連通するノズルからインク小滴が発生することがある。
【0061】
図11はこのインク小滴の発生有無とVm、Tcmとの関係を調査した結果を示したもので、横軸はVmを、縦軸はTcmを表し、非駆動圧力室からのインク小滴の発生限界および発生範囲を表したもので、斜線部が発生範囲である。
【0062】
前にも触れたように、吐出速度の増大には、Vmを大きく、Tcmを小さくすることが好ましいが、図11からわかるように、VmとTcmはクロストークの上から制限される。したがって、インク量補正に際しても、Vmを増大させることには限界があり(特に補正量によっては大きなVmの上昇があり得る)、電圧波形をまず最適化しておき、インク量の補正はVsによって行なうべきことが、このクロストーク問題からも理解されよう。なお、Vsの増大は非吐出圧力室にとっては圧力室の拡大を意味し、問題のインク小滴の発生を招くことはない。
【0063】
動作温度と電圧波形に関しては、室温時、クロストークを発生しない範囲で、且つ最大特性と安定吐出が得られる第1の電圧波形を設定し、動作温度に応じてVsをコントロールするよう構成することによって、室温において最大特性が発揮できるよう設定できるとともに、且つ動作温度に応じてクロストークを起こすことなくインク量を補正できる。
【0064】
【発明の効果】
以上説明したように本発明のインクジェット記録装置によれば、底壁と天壁及び対向する二つの圧電材料からなる側壁に囲まれた複数の圧力室と各々の圧力室に連通したインク吐出口と圧力室を膨張収縮させる圧電材とを備えたインクジェットヘッドと、インクジェットヘッドの駆動手段とを備えたインクジェット記録装置において、駆動手段は、インク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に電界を印加して、インク滴を吐出させる圧力室を拡大した後に該圧力室を縮小させる第1の電圧波形と、電界とは逆極性の電界をインク滴を吐出させる圧力室とその隣接する圧力室との間の側壁に印加して、インク滴を吐出させる圧力室をさらに縮小させる第2の電圧波形とを発生させる駆動回路と、第2の電圧波形の電圧値を制御する制御手段とを備え、制御手段は、インクジェットヘッドの動作温度を検出する温度検出手段と接続されており、該温度検出手段からの動作温度に基づき発生する信号に対応して、制御手段は第2の電圧波形の電圧値を動作温度に適した値に制御することにより、ヘッド動作温度、或いは環境温度に基づく吐出インク量のばらつきを、電源電圧の上昇に起因するクロストークや吐出速度の変動幅の拡大などの副作用を起こすことなく補正できる。
よってノズル配置が高密度で、高いインク滴吐出安定性と高印字品質のインクジェット記録装置を提供することができるという効果を有する。
【0065】
このことによって、すでにに説明したように、ヘッド間吐出インク量のばらつきや動作温度に基づく吐出インク量の変動を、電源電圧の上昇や吐出速度の変動幅の拡大、さらには、クロストークの発生などの副作用を起こすことなく、補正できる。そして結果として、高いインク滴吐出安定性と高印字品質のインクジェット記録装置を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明に用いるインクジェットヘッドの実施例の斜視図。
【図2】
本発明に用いるインクジェットヘッドの圧力室部分の断面図。
【図3】
本発明に用いるインクジェットヘッドの駆動電圧波形の実施例を示す図。
【図4】
本発明に用いるインクジェットヘッドの駆動電圧波形の他の実施例を示す図。
【図5】
本発明に用いる駆動回路の実施例を示す図。
【図6】
上記駆動回路の動作説明のための波形図。
【図7】
第2充電信号による電圧値変化の説明図。
【図8】
本発明に用いる駆動回路の他の実施例を示す図。
【図9】
第1電圧波形とインク滴吐出速度との関係を示す図。
【図10】
電圧値と吐出速度および吐出インク量との関係例を示す図。
【図11】
駆動条件とクロストーク発生範囲の説明図。
【符号の説明】
1 圧力室
2 ノズル
4 ノズルプレート
10〜18 圧力室
20〜28 側壁
30〜38 電極
41 吐出インク量補正器
42 温度検出素子
44 天壁プレート
45 底壁プレート
46 分極方向
50 第1の電圧波形
51 第2の電圧波形
60 引出し電極
70 スイッチング回路
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-08-25 
出願番号 特願平5-91391
審決分類 P 1 651・ 121- YA (B41J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大元 修二  
特許庁審判長 砂川 克
特許庁審判官 藤本 義仁
谷山 稔男
登録日 2002-12-27 
登録番号 特許第3384023号(P3384023)
権利者 セイコーエプソン株式会社
発明の名称 インクジェット記録装置  
代理人 名塚 聡  
代理人 岡田 淳平  
代理人 吉武 賢次  
代理人 永井 浩之  
代理人 岡田 淳平  
代理人 勝沼 宏仁  
代理人 吉武 賢次  
代理人 永井 浩之  
代理人 勝沼 宏仁  
代理人 名塚 聡  
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