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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1129008
異議申立番号 異議2003-73680  
総通号数 74 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1999-04-20 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-26 
確定日 2005-12-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第3434180号「溶接熱影響部のクリープ特性に優れたフェライト系耐熱鋼」の請求項1ないし4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3434180号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続きの経緯
本件特許3434180号の請求項1乃至4に係る発明についての出願は、平成9年9月30日に特許出願され、平成15年5月30日にその特許権の設定登録がなされたものである。
これに対し、住友金属工業株式会社より本件請求項1乃至4に係る発明について特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内の平成16年11月15日に訂正請求がなされたが、この訂正請求に対し訂正拒絶理由通知がなされ、平成17年7月27日付けで手続補正がなされたものである。

2.訂正の適否についての判断
(1)平成16年11月15日付け訂正請求書の内容
上記訂正請求書の内容は、本件特許明細書を訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり、すなわち次の訂正事項a乃至eのとおりに訂正するものである。
(a)訂正事項a:請求項1のNb量「Nb:0.01〜0.05%」を「Nb:0.01〜0.048%」と訂正する。
(b)訂正事項b:請求項4を削除する。
(c)訂正事項c:特許明細書の段落【0009】、【0010】、【0017】、【0040】、【0045】のNb量の上限値を0.05%から0.048%と訂正する。
(d)訂正事項d:特許明細書の段落【0024】を削除する。
(e)訂正事項e:請求項1のMo量「0.71%以下(0%を含む)」を「0.7%以下(0%を含む)」と訂正する。また請求項1の「MoとWの量が、0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」を「MoとWの量が、0.7%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」と訂正する。
なお、訂正事項eは、訂正請求書の「(3)訂正事項」の欄に記載されていないが、訂正請求書に添付した訂正明細書の請求項1の記載を上記訂正事項eのとおりに訂正するものであるから、「請求の趣旨」に鑑み、「訂正事項」の一つとして取り扱うものである。
(2)訂正拒絶理由通知の概要
上記訂正事項eの「Mo:0.71%以下」を「Mo:0.7%以下」とする訂正は、その「0.7%」という数値の根拠が特許明細書には記載されていないから、願書に添付した明細書の範囲内においてなされたものではない。また、上記訂正事項eの下限値を「0.75%」から「0.7%」とする訂正も、その数値範囲を拡張するものであるから、特許請求の範囲の拡張である。
したがって、上記訂正は、特許法第120条の4第3項において準用する特許法第126条第2項及び第3項の規定に違反するから、当該訂正は認められない、というものである。
(3)平成17年7月27日付け手続補正書の内容
上記訂正拒絶理由通知に対して提出された平成17年7月27日付け手続補正書の内容は、平成16年11月15日付け訂正請求書に添付した訂正明細書を誤記の訂正を目的として、次のとおり補正するものである。
(a)訂正明細書の請求項1の「Mo:0.7%以下(0%を含む)」を、誤記の訂正を目的として「0.71%以下(0%を含む)」と補正する。
(b)訂正明細書の請求項1の「MoとWの量が、0.7%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」を、誤記の訂正を目的として「MoとWの量が、0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」と補正する。
(c)訂正明細書の段落【0010】の「Mo:0.7%以下(0%を含む)」を、誤記の訂正を目的として「Mo:0.71%以下(0%を含む)」と補正する。
(d)訂正明細書の段落【0010】の「0.7%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」を、誤記の訂正を目的として「0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」と補正する。
(e)訂正明細書の段落【0039】の「Mo当量が0.7%未満の」を、誤記の訂正を目的として「Mo当量が0.75%未満の」と補正する。
(f)訂正明細書の段落【0039】の「0.7%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」を、誤記の訂正を目的として「0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%」と補正する。
(4)当審の判断
(4-1)平成17年7月27日付け手続補正について
訂正請求における訂正事項の補正は、訂正事項の削除及び軽微な瑕疵の補正等が認められるにすぎず、新たに訂正事項を加える、又は訂正事項を変更することは請求書の要旨の変更に該当するものとして取り扱われるところ、平成17年7月27日付け手続補正の上記(a)乃至(f)の補正は、訂正事項の削除及び軽微な瑕疵の補正等に該当するものではなく、新たに訂正事項を加えることに該当するから、請求書の要旨を変更すると云うべきである。
したがって、上記手続補正は、特許法第120条の4第3項で準用する同法第131条第2項の規定に違反するものであるから、採用することができない。
(4-2)平成16年11月15日付け訂正請求について
特許権者が求める上記手続補正は、これを採用することができないから、平成16年11月15日付け訂正請求書において求める上記(1)に示す訂正事項のうち、上記訂正事項(e)については、上記(2)に示す訂正拒絶理由が解消されていない。
(5)むすび
したがって、上記訂正請求は、特許法第120条の4第3項において準用する特許法第126条第2項及び第3項の規定に違反するから、当該訂正請求は認められない。

3.本件発明
特許権者が求める上記訂正請求は、これを認めることができないから、本件請求項1乃至請求項4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1乃至4」という)は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】質量%でC:0.05〜0.15%、N:0.015%以下(0%を含む)、Mn:0.05〜0.5%、Ni:0.5%以下(0%を含む)、Cr:7.0〜10.0%、Mo:0.71%以下(0%を含む)、W:1.0〜2.5%、V:0.1〜0.6%、Nb:0.01〜0.05%からなり、かつ、MoとWの量が、0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%と、(%W)/(%Mo)≧3.5を同時に満たし、残部がFeおよび不可避不純物元素からなるフェライト系耐熱鋼。
【請求項2】さらに、Bを0.01質量%以下含有する請求項1記載の溶接熱影響部のクリープ特性に優れたフェライト系耐熱鋼。
【請求項3】さらに、Siを0.1質量%以下含有する請求項1又は2記載の溶接熱影響部のクリープ特性に優れたフェライト系耐熱鋼。
【請求項4】リアクター、ロータ等の大型の高温用部材に用いられることを特徴とする請求項1又は2又は3記載の溶接熱影響部のクリープ特性に優れたフェライト系耐熱鋼。」

4.特許異議申立てについて
(1)取消理由の概要
当審による平成16年9月3日付け取消理由の概要は、特許異議申立人の提出した特許異議申立書第5頁第1行乃至第13頁第4行に記載の理由、すなわち本件発明1乃至4は、引用刊行物2(「鉄と鋼」vol.76、No.7、JULY1990、平成2年7月1日、第1124頁乃至第1130頁:甲第2号証)に記載された発明と引用刊行物1(特開平2-232345号公報:甲第1号証)及び引用刊行物3(特開平8-325669号公報:甲第3号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1乃至4についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、また本件発明4についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである、というものである。
(2)引用刊行物とその主な記載事項
(2-1)引用刊行物1:特開平2-232345号公報(甲第1号証)
(a)「この発明は、高温強度が高く、耐酸化性、および高温耐食性に優れ、ボイラ、原子力、化学工業などの分野で、高温耐圧、耐酸化材料として使用するのに好適な高クロム鋼に関する。」(第1頁右欄第6行乃至第9行)
(2-2)引用刊行物2:「鉄と鋼」vol.76、No.7、JULY1990、平成2年7月1日、第1124頁乃至第1130頁、「ボイラ管用9Cr-0.5Mo-1.8W鋼の開発と実用化」の項(甲第2号証)
(a)「このため、超臨界圧ボイラ、さらには600℃以上で使用される超超臨界圧ボイラ用材料として高Crフェライト系鋼に対する要求が高まっている。・・・(中略)一方、著者の一人は9〜12Cr-Mo系フェライト鋼のMoの一部をWに置き換えることにより、オーステナイト系ステンレス鋼と同等以上の高温強度が得られることを明らかにしている。
このような高強度フェライト系鋼に対する要請に応えるために、著者らは9Cr-2Mo-Nb-V鋼のMoの一部をWで置き換えることによりボイラ用高強度9Cr-0.5Mo-1.8W-Nb-V鋼を開発した。開発鋼により製造したボイラ鋼管の実缶試験を行い、開発鋼がオーステナイト系ステンレス鋼に替わって実用可能であること確認した。」(第1124頁左欄第10行乃至第1125頁左欄第8行)
(b)「2・2 合金成分と製造条件の決定
MoとW量を変化させた鋼の約1000hまでの応力-クリープ破断時間線図を直線外挿し、600℃の105hσrを求めた。その結果をFig.1に示す。σrは斜線部分で高くなる傾向にあり、その中でも0.5Mo-1.8Wで最大となる。この値を本鋼の最適Mo、W量に決定した。」(第1125頁左欄第27行乃至右欄第2行)
(c)Fig.1には、合金成分例の「0.05C-9Cr-0.2V-0.05Nb-0.005B」における600℃の105hクリープ破断強度に及ぼすMoとW量の結果が図示されている。
(d)「以上の結果より9Cr-0.5Mo-1.8Wを基本成分とし、δフェライトの低減によるσrと靱性の向上、および溶接性の改善を目的としたボイラ用鋼の成分を検討した。すなわちこれまでの9Cr-2Mo鋼の知見も参考として加えて、Siを低減させ、V、Nb、Bを添加し、Nを増量させて開発鋼の目標成分を決定し、規格成分を設定した。同時に引張性質についてもT91と同等として規格を設定した。これらをTable1、Table2に示す。」(第1125頁右欄第12行乃至第20行)
(e)第1126頁のTable1には、「SteelD」として「(mass%)C:0.088、Si:0.06、Mn:0.45、P:0.005、S:0.002、Cr:9.01、Mo:0.50、W:1.77、V:0.20、Nb:0.050、B:0.004、N:0.048」という合金成分組成が開示されている。
(f)「3・3 溶接部の性質
小型斜めy型溶接割れ試験では、本鋼は100℃の予熱で溶接割れは停止しており、溶接割れ感受性の低いことがわかる。溶接継手部の600、650℃における応力-クリープ破断時間線図をFig.7に示す。・・・溶接後740℃で1hの後熱を行っているが、溶接部も母材と同じく直線的な関係を示しており、長時間まで母材と同等の安定した強度を有していると言える。」(第1129頁左欄)
(2-3)引用刊行物3:特開平8-325669号公報(甲第3号証)
(a)「本発明は、550℃以上の高温でのクリープ破断強度が高く、且つ常温以下での低温靱性に優れ、ボイラ、化学工業、原子力用などの分野で熱交換器管や配管用管、耐熱バルブ、接続継手などの鋳鍛鋼品として使用するに好適な極低Mn低Crフェライト耐熱鋼に関する。」(段落【0001】)
(b)「【従来の技術】
ボイラ用、化学工業用、原子力用等の高温耐熱耐圧部材に使用される材料としては、オーステナイトステンレス鋼、Cr含有量が9〜12%の高Crフェライト鋼、Cr含有量が3.5%以下の低Crフェライト鋼あるいは炭素鋼が用いられている。これらは対象となる部材の使用温度、圧力などの使用環境と、経済性を考慮して適宜選択される。」(段落【0002】)
(c)「N:0.02%未満
Nは固溶状態で存在した場合、鋼の靱性およびクリープ強度を著しく損なう。VやNbと結合した場合、微細な窒化物、またはCとの複合析出で炭窒化物を生成し、クリープ強度の向上に寄与するが、N量が高くなると窒化物が粗大化し、強度、靱性、溶接性、加工性を損なう。さらに、過剰のNは、ベナイト、マルテンサイト、およびパーライト組織を高温で不安定にする。このため、N含有量はできるだけ抑制する必要がある。この許容上限が0.02%である。」(段落【0042】)
(3)当審の判断
A:理由その1
(i)本件発明1について
引用刊行物2は、その題名や上記(a)の記載等からみて、「ボイラ用高強度9Cr-0.5Mo-1.8W-Nb-V鋼」という「フェライト系耐熱鋼」に関するものであり、そして、その上記(b)及び(c)の記載には、「0.05C-9Cr-0.2V-0.05Nb-0.005B」というフェライト系耐熱鋼において、600℃の105hのクリープ破断強度σrが「0.5Mo-1.8W」で最大となると教示されているから、引用刊行物2には、「0.05C-9Cr-0.2V-0.05Nb-0.005B-0.5Mo-1.8W」という成分組成の高クリープ強度を有するフェライト系耐熱鋼という発明(以下、「引用発明1-1」という)が記載されていると云える。
そこで、本件発明1と引用発明1-1とを対比すると、引用発明1-1も、フェライト系耐熱鋼という「鋼」であるから「残部がFeおよび不可避不純物元素からなるフェライト系耐熱鋼」と表現することができると云える。また、引用発明1-1も、本件発明1の式「(%Mo)+0.5×(%W)」の値が「1.4%」であり、また式「(%W)/(%Mo)」の値も「3.6」であるから、本件発明1の「0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%と、(%W)/(%Mo)≧3.5」を同時に満たすことは明らかである。
そうすると、本件発明1が「N:0%」及び「Ni:0%」である場合には、両者は、「質量%でC:0.05%、Cr:9%、Mo:0.5%、W:1.8%、V:0.2%、Nb:0.05%からなり、かつ、MoとWの量が、0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%と、(%W)/(%Mo)≧3.5を同時に満たし、残部がFeおよび不可避不純物元素からなるフェライト系耐熱鋼」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:
(イ)本件発明1は、「Mn:0.05〜0.5%」含有するのに対し、引用発明1-1は、Mnを含有しない点
(ロ)本件発明1は、Bを含有しないのに対し、引用発明1-1は、「B:0.005%」含有する点
次に、これら相違点について検討する。
(a)相違点(イ)について
「フェライト系耐熱鋼」に「Mn:0.05〜0.5%」含有させることは、引用刊行物2の上記(e)に示す他の具体例や引用刊行物1及び3に記載された「フェライト系耐熱鋼」の例から明らかなように、周知の事項であるから、本件発明1に係る上記相違点(イ)は、「フェライト系耐熱鋼」に係る上記周知事項から当業者が容易に想到することができたと云える。
(b)相違点(ロ)について
「B」については、本件発明2もその一成分として含有する元素であるから、本件発明1は、この「B」の含有を阻害しているものではないと云うべきである。そして、この「B」は、例えば引用刊行物1に記載された「フェライト系耐熱鋼」にみられるように、必要に応じて含有される選択成分の一つとして周知の元素であるから、この「B」の取捨選択も、合金の所望の性質に応じて当業者が容易になし得たことであると云うべきである。
してみると、本件発明1は、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
(ii)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に「さらに、Bを0.01質量%以下含有する(請求項1記載の)溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という特定事項を追加するものであるが、引用発明1-1も、「B:0.005%」含有するから、両者は、この「B」の点で実質的な差異はなく、したがって本件発明2と引用発明1-1とを対比すると、両者は、次の点で相違していると云える。
相違点:
(イ)本件発明2は、「Mn:0.05〜0.5%」含有するのに対し、引用発明1-1は、Mnを含有しない点
(ロ)本件発明2は、溶接熱影響部のクリープ特性に優れているのに対し、引用発明1-1は、溶接熱影響部のクリープ特性に優れているか明らかでない点
次に、これら相違点について検討する。
(a)相違点(イ)について
この相違点(イ)については、上記「(i)本件発明1について」の項で言及したとおりである。
(b)相違点(ロ)について
本件発明2の「溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という効果は、本件特許明細書の記載によれば、N、Cr、Mo、W等の含有量の規制によって達成されたものであって、脱酸や焼入性を確保するための「Mn」の含有によってではないと認められるから、その成分組成が本件発明2とこのMn成分の有無の点でのみ相違する(Mn以外では一致する)引用発明1-1も、本件発明2と同様に、「溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という効果を奏すると云うべきである。そして、この事実は、引用刊行物2の上記(f)の「溶接部の性質」に関する記載、すなわち引用発明1-1とその成分組成が極めて類似する他の具体例の「フェライト系耐熱鋼」の溶接部のクリープ破断強度に関する確認実験の結果について、「溶接部も母材と同じく直線的な関係を示しており、長時間まで母材と同等の安定した強度を有していると言える。」という記載によっても裏付けられていると云える。そうすると、本件発明1に係る上記相違点(ロ)も、引用刊行物2の上記(f)の教示に基づいて引用発明1-1の溶接部の性質を確認しただけのことであり、この程度のことは当業者であれば容易になし得たことであると云うべきである。
してみると、本件発明2も、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
(iii)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1又は2に「さらに、Siを0.1質量%以下含有する(請求項1又は2記載の)溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という特定事項を追加するものであるから、本件発明3と引用発明1-1との対比において新たに相違する点は、「Siを0.1質量%以下含有する」点であるところ、引用刊行物2の上記(e)に示す他の具体例や引用刊行物1及び3に記載された「フェライト系耐熱鋼」の例から明らかなように、「フェライト系耐熱鋼」に「Siを0.1質量%以下」含有させることは周知の事項であるから、本件発明3に係る新たな上記相違点も、「フェライト系耐熱鋼」に係る上記周知事項から当業者が容易に想到することができたと云える。
してみると、本件発明3も、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
(iv)本件発明4について
本件発明4は、本件発明1又は2又は3に「リアクター、ロータ等の大型の高温用部材に用いられることを特徴とする(請求項1又は2又は3記載の)溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という特定事項を追加するものであるから、本件発明4と引用発明1-1との対比において新たに相違する点は、「リアクター、ロータ等の大型の高温用部材に用いられる」点であるところ、これら用途は、ボイラや原子力、化学工業などの分野で高温耐圧材料等として使用される「フェライト系耐熱鋼」の周知の用途であるから、本件発明4に係る新たな上記相違点も、「フェライト系耐熱鋼」に係る周知の用途を限定することによって当業者が容易になし得た程度のことである。
してみると、本件発明4も、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

B:理由その2
(i)本件発明1について
引用刊行物2の上記(e)には、「SteelD」として「(mass%)C:0.088、Si:0.06、Mn:0.45、P:0.005、S:0.002、Cr:9.01、Mo:0.50、W:1.77、V:0.20、Nb:0.050、B:0.004、N:0.048」という「高クリープ強度を有するフェライト系耐熱鋼」が開示されていると云えるから、この記載を本件発明1の記載ぶりに則って整理すると、「質量%でC:0.088%、Si:0.06%、Mn:0.45%、P:0.005%、S:0.002%、Cr:9.01%、Mo:0.50%、W:1.77%、V:0.20%、Nb:0.050%、B:0.004%、N:0.048%からなる高クリープ強度を有するフェライト系耐熱鋼」という発明(以下、「引用発明1-2」という)が記載されていると云える。
そこで、本件発明1と引用発明1-2とを対比すると、引用発明1-2も、フェライト系耐熱鋼という「鋼」であるから「残部がFeおよび不可避不純物元素からなるフェライト系耐熱鋼」と表現することができると云える。また、引用発明1-2の「P:0.005%、S:0.002%」は、鋼の不可避不純物元素として通常取り扱っている元素であるし、引用発明1-2も、本件発明1の式「(%Mo)+0.5×(%W)」の値が「1.385」であり、また式「(%W)/(%Mo)」の値も「3.54」であるから、本件発明1の「0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%と、(%W)/(%Mo)≧3.5」を同時に満たすことも明らかである。
そうすると、本件発明1が「Ni:0%」の場合には、両者は、「質量%でC:0.088%、Mn:0.45%、Cr:9.01%、Mo:0.50%、W:1.77%、V:0.20%、Nb:0.050%、Nからなり、かつ、MoとWの量が、0.75%≦(%Mo)+0.5×(%W)≦2.0%と、(%W)/(%Mo)≧3.5を同時に満たし、残部がFeおよび不可避不純物元素(P、S)からなるフェライト系耐熱鋼」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:
(イ)本件発明1は、SiとBを含有しないのに対し、引用発明1-2は、「Si:0.06%、B:0.004%」含有する点
(ロ)本件発明1は、「N:0.015%以下(0%を含む)」であるのに対し、引用発明1-2は、「N:0.048%」である点
次に、これら相違点について検討する。
(a)相違点(イ)について
「B」と「Si」は、本件発明2と本件発明3もそれぞれその一成分として含有する元素であるから、本件発明1は、これら「B」と「Si」の含有を阻害しているものではないと云うべきである。そして、この「B」は、例えば引用刊行物1に記載された「フェライト系耐熱鋼」にみられるように、必要に応じて含有される選択成分の一つとして周知の元素であり、また、「Si」も、例えば引用刊行物1及び3に記載されているように、脱酸や耐酸化性の改善成分として周知の元素であるから、これら「B」と「Si」の取捨選択も、合金の所望の性質に応じて当業者が容易になし得たことであると云うべきである。
(b)相違点(ロ)について
フェライト系耐熱鋼の母材や溶接熱影響部のクリープ破断強度の改善のために、その「N」成分の含有量を制限することは適宜行われている周知の事項である。すなわち母材のクリープ破断強度の改善のために、例えば引用刊行物3には「0.02%未満」に規制すること、特開平4-268040号公報には「0.005%未満」に規制すること、また溶接熱影響部のクリープ破断強度の改善のために、例えば特開平8-134584号公報には「0.001〜0.06%」に制限すること、特開平7-238347号公報には「0.01〜0.03%」に規制すること、特開平5-43986号公報には「0.001〜0.1%」に規制すること、特開平4-224657号公報には「0.015%以下」に規制することがそれぞれ記載されているように、「N」の規制理由はともかくもフェライト系耐熱鋼の母材や溶接熱影響部のクリープ破断強度の改善のために、その「N」成分の含有量を「0.015%以下」に制限することは周知の事項である。
そうであれば、引用発明1-2の「N:0.048%」という含有量自体も周知の範囲であると云えるから、本件発明1に係る上記相違点(ロ)は、引用発明1-2の「N」含有量をその周知の数値範囲内で溶接熱影響部の効果を実験で確認しつつ適宜加減することで当業者が容易に設定することができたと云うべきである。
してみると、本件発明1は、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項及び「N」に関する周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(ii)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に「さらに、Bを0.01質量%以下含有する(請求項1記載の)溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という特定事項を追加するものであるが、引用発明1-2も、「B:0.004%」含有するから、この「B」の点で両者に実質的な差異はなく、したがって、本件発明2と引用発明1-2との対比において新たに相違する点は、「溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という点であるところ、引用刊行物2の上記(f)の「溶接部の性質」に関する「溶接継手部の600、650℃における応力-クリープ破断時間線図をFig.7に示す。・・・溶接後740℃で1hの後熱を行っているが、溶接部も母材と同じく直線的な関係を示しており、長時間まで母材と同等の安定した強度を有していると言える。」という記載によれば、引用発明1-2も、「溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という性質を有していると云える。
してみると、本件発明2も、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項及び「N」に関する周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
(iii)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1又は2に「さらに、Siを0.1質量%以下含有する(請求項1又は2記載の)溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という特定事項を追加するものであるが、引用発明1-2も、「Si:0.06%」含有するから、この「Si」の点で両者に実質的な差異はなく、したがって、本件発明3と引用発明1-2との対比において新たに相違する点は、本件発明2と同様「溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という点である。
そして、この相違点については、前示のとおりであるから、本件発明3も、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項及び「N」に関する周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(iv)本件発明4について
本件発明4は、本件発明1又は2又は3に「リアクター、ロータ等の大型の高温用部材に用いられることを特徴とする(請求項1又は2又は3記載の)溶接熱影響部のクリープ特性に優れた」という特定事項を追加するものであるから、本件発明4と引用発明1-1との対比において新たに相違する点は、「リアクター、ロータ等の大型の高温用部材に用いられる」点であるところ、この相違点については、上記「A:理由その1」の「(iv)本件発明4について」の項で言及したとおりである。
してみると、本件発明4も、引用刊行物2に記載された発明と例えば引用刊行物1及び3に記載された周知事項及び「N」に関する周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと云えるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

5.むすび
以上のとおり、本件請求項1乃至4に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、上記のとおり決定する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この決定に対する訴えは、この決定の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
異議決定日 2005-10-18 
出願番号 特願平9-266835
審決分類 P 1 651・ 121- ZB (C22C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 中村 朝幸  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 平塚 義三
酒井 美知子
登録日 2003-05-30 
登録番号 特許第3434180号(P3434180)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 溶接熱影響部のクリープ特性に優れたフェライト系耐熱鋼  
代理人 杉岡 幹二  
代理人 梶 良之  
代理人 穂上 照忠  

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