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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680258 審決 特許
無効2007800191 審決 特許
無効200480070 審決 特許
無効2007800043 審決 特許
無効200580025 審決 特許

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審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  C22C
審判 一部無効 2項進歩性  C22C
管理番号 1134286
審判番号 無効2005-80170  
総通号数 77 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1996-01-16 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-05-31 
確定日 2006-04-12 
事件の表示 上記当事者間の特許第2864348号発明「高強度高溶接性プレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線ならびにその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2864348号の請求項1〜2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
特許出願(特願平 6-165783号) 平成 6年 6月27日
特許査定 平成10年11月 2日
設定登録 平成10年12月18日
無効審判請求(無効2005-80170号) 平成17年 5月31日
答弁書 平成17年 9月 9日
口頭審理陳述要領書(請求人) 平成17年11月29日
口頭審理(特許庁審判廷) 平成17年11月29日

II.本件発明
本件特許第2864348号の請求項1及び2に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのものと認める。
「【請求項1】重量%で、C:0.15から0.40%、Si:0.3から2.0%、Mn:0.4から1.6%、Mo:0.08から0.35%を含有し、かつSi量とMo量についてSi+4Moが1.0%以上の関係を満足し、残部はFe及び不可避的不純物であり、かつオーステナイト結晶粒度番号が9.0以上の微細組織を有することを特徴とする高強度高溶接性プレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線。
【請求項2】鋼棒または鋼線はさらにTi:0.01から0.05%およびB:0.0005から0.005%を含有することを特徴とする請求項1記載の高強度高溶接性プレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線。」(以下、本件発明1及び2という)

III.請求人の主張及び証拠方法
1.請求人の主張
請求人は、本件発明1及び2についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め、無効理由として、審判請求書において、次のとおり主張している。
(1)無効理由1
本件発明1及び2は、本件の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証乃至甲第2号証に記載された発明と実質的に同一であるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきである。
(2)無効理由2
本件発明1及び2は、本件の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証乃至甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきものである。
(3)無効理由3
本件発明1及び2は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許を受けようとする発明が明確でもなく、さらに、発明の詳細な説明が当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
したがって、本件発明1及び2は、特許法第36条第6項第1号、2号さらには同条第4項第1号に違反して特許されたものであり、本件特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。

2.証拠方法
請求人が提出した証拠方法とその主な証拠の記載事項は、次のとおりである。
(審判請求時に提出されたもの)
(1)甲第1号証:特開平3-151445号公報
(甲1a)「1)鋼棒または鋼線を連続的に走行せしめつつ急速加熱と急冷により焼入れし、次いで所定焼戻温度まで急速加熱した状態で2%以下の曲げ歪を付加した後に急冷する工程に付される当該鋼棒または鋼線素材成分が、重量%でC:0.10〜0.40,Si:0.15〜2.0,Mn:0.6〜2.0,Mo:0.08〜0.35を含有し、残部が鉄および不可避不純物よりなり、かつ上記Si含有量の減少とMo含有量の増加を対応させるようにしたことを特徴とする溶接作業性の改善されたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線。...
3)鋼棒または鋼線を連続的に走行せしめつつ急速加熱と急冷により焼入れし、次いで所定焼戻温度まで急速加熱した状態で2%以下の曲げ歪を付加した後に急冷する工程に付される当該鋼棒または鋼線素材成分が、重量%でC:0.10〜0.40,Si:0.15〜2.0,Mn:0.6〜2.0,Mo:0.08〜0.35を基本とし、さらにTi:0.01〜0.05%とB:0.0005〜0.005%を含有し、残部が鉄および不可避不純物よりなり、かつ上記Si含有量の減少とMo含有量の増加を対応させるようにしたことを特徴とする溶接作業性の改善されたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線。...」(特許請求の範囲)
(甲1b)「(産業上の利用分野) 本発明は遅れ破壊特性および機械的性質、特に一様伸びと高温リラクセーション値の優れたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線(以下、PC鋼棒・線という)の溶接作業性を改善するにある。」(2頁左上欄3〜8行)
(甲1c)「(従来の技術)PC鋼棒・線を製造する一方法として、素材鋼棒・線の高強度化手段を熱処理に依存する場合があり、例えば特許発明(特許第493400号:特公昭41-13363号)が示す如く、素材鋼棒・線を連続的に走行せしめつつ急速加熱と急冷により焼入れし、次いで所定焼戻温度まで急速加熱、急冷する方法が周知技術となつている。」(2頁左上欄9〜16行)
(甲1d)「PC鋼棒・線が有する遅れ破壊特性および機械的性質、特に一様伸びと高温リラクセーション値に優れた点をさらに向上せしめつつ、溶接作業性の改善されたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線を提供することを目的とする。」(2頁右下欄11〜16行)
(甲1e):「本発明は素材鋼棒・線へMoの添加,さらにはMoおよびTiとBの微量添加により、これまで多量に添加されていたSi量を減ずることでMoをSiに置換させて通電性を向上せしめ、従つて印加電圧を敢えて高めることなくして良好な溶接状態を得ることを可能とし、溶接作業性の飛躍的な改善を果たしつつ、先行発明が達成した遅れ破壊特性および機械的性質、特に一様伸びと高温リラクセーション値に優れた点をさらに向上する作用がある。」(3頁右上蘭1〜10行)
(甲1f)「本発明の要旨(1)に従う同一熱処理工程、即ち急速加熱・急冷による焼入れおよび所定焼戻温度までの急速加熱と当該温度下で微少曲げを付加した後に急冷する工程に付し、JIS規格の異形種D種に相当する本発明に従つた供試体ならびに先行発明に従つた供試体を作成した。」(3頁左下欄6〜12行)
(甲1g)「同図(注:第1図)から、Mo:0.1%を含有する供試体系列Bは比較品供試体系列系Aに対し、Si含有量が多くなるに従って差値は小さくなるものの、確実に高温リラクセーション値を改善し、Si:1%以下では1%を超える大幅な差値を示すことが明らかにされる。」(4頁右上欄4〜9行)
(甲1h)「本発明が特徴とする点は当該SiとMoとの量的相関関係である。即ち、Siは前掲先行発明の概説中で述べた如く、焼戻加熱温度下での微少曲げ加工をすることによる高温リラクセーション値の改良に顕著に寄与する成分要素である反面、通電性を阻害する要素でもある。それ故に、従来PC鋼棒・線と同一設定電圧条件で溶接をする場合には、Si量を減ずるのに対応させてMo量を増加させることで所定高温リラクセーション値を確保しつつ、通電性を得て付着力を同等に維持する。」(5頁左上欄6〜15行)
(甲1i)「而してTi,Bの微量添加により、溶接時の通電電流値の高め安定が得られ、従って付着力の強化とばらつきの抑制に資する。」(5頁左下欄3〜6行)
(甲1j)第2表に記載された「発明品」のうち、Si含有量が1%未満の供試体10〜12は、「Si+4Mo」の値がそれぞれ、「1.13」、「1.08」及び「1.53」であって「1%以上」を満足し、他の発明品13〜22は、すべてSi含有量が1%以上であるから、当然に、「Si+4Mo」の値が「1%以上」を満足している(6頁左上欄)
(2)甲第2号証:特開平3-285045号公報
(甲2a)「1)鋼棒または鋼線を連続的に走行せしめつつ急速加熱と急冷により焼入れし、次いで所定焼戻温度まで急速加熱した後に急冷する工程に付される当該鋼棒または鋼線の素材成分が、重量%でC:0.10〜0.40,Si:0.15〜2.0,Mn:0.6〜2.0,Mo:0.08〜0.35を含有し、残部が鉄および不可避不純物よりなり、かつ上記Si含有量の減少とMo含有量の増加を対応させるようにしたことを特徴とする溶接作業性の改善されたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線。」(特許請求の範囲)
(甲2b)「(産業上の利用分野) 本発明は遅れ破壊特性および機械的性質、特に一様伸びと高温リラクセーション値の優れたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線(以下、PC鋼棒・線という)の溶接作業性を改善するにある。」(2頁左上欄1〜6行)
(甲2c)「本発明は素材鋼棒・線へMoの添加、さらにはMoおよびTiとBの微量添加により、これまで多量に添加されていたSi量を減ずることでMoをSiに置換させて通電性を向上せしめ、従つて印加電圧を敢えて高めることなくして良好な溶接状態を得ることを可能とし、溶接作業性の飛躍的な改善を果たしつつ、遅れ破壊特性および機械的性質、特に一様伸びと高温リラクセーション値に優れた点をさらに向上する作用がある。」(2頁右下欄末行〜3頁左上欄8行)
(3)甲第3号証:JIS G 0551
(甲3a)「1.適用範囲 この規格は、鋼のオーステナイト結晶粒度(以下、粒度という。)を測定する試験方法について規定する。
2.用語の意味 この規格で用いる主な用語の意味は、次のとおりとする。(1)粒度 鋼を焼なまし・焼ならし・焼入れ・浸炭その他の目的で変態点(Ac3,Ac1又はAccm)以上又は固溶化熱処理の温度に加熱したとき、その温度及び保持時間によって定まるオーステナイト結晶粒の大きさをいい、これを粒度番号で表す。(2)粒度番号 粒度を規定の方法によって測定したのち、表1によって区分した番号。...(5)細粒鋼と粗粒鋼 粒度番号5以上の鋼を細粒鋼、5未満の鋼を粗粒鋼。...」
(口頭審理時に提出されたもの)
(4)甲第4号証:「PC鋼材の熱処理」”熱処理”第20巻第4号(昭和55年(1980)6月)
(甲4a)「(a)オーステナイト結晶粒度と機械的性質の関係
焼入れ焼もどしされたPC鋼棒のオーステナイト結晶粒は粒度番号6〜7あるいはそれ以上である。特に誘導加熱焼入れの場合は加熱時間が短かいため最高加熱温度が1000℃近傍と高くても結晶粒の粗大化の心配はほとんどなくほぼ10程度の粒度番号になっている。…」(186頁左欄下から3行〜187頁左欄1行)
(5)甲第5号証:「短時間加熱による鋼のオーステナイト化」”熱処理”第20巻第6号(昭和55年(1980)10月)
(6)甲第6号証:「誘導加熱を用いた鋼線材の全体加熱熱処理」”電熱”No.28(1986年)
(甲6a)「このPC鋼材には、主に次のような基本特性が必要とされている。
(1)引張り強さが高く、降伏比が大きいこと。
(2)リラクセーション(応力緩和)が小さいこと。
(3)適度な延性と靱性をもつこと。
(4)遅れ破壊を起こしにくいこと。
これら要求に対して、誘導加熱焼入れ焼もどしPC鋼材は、結晶粒が極めて微細であること(量産品の標準の結晶粒度はNo.10程度)などの組織的特徴をもつことから優れた特性を示すことが明らかにされている。」(19頁右欄)
(7)甲第7号証:JIS G 3109 PC鋼棒(JISハンドブック 鉄鋼1987)

IV.被請求人の反論と証拠方法
1.被請求人の反論
被請求人は、本件発明1及び2についての特許を維持する、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、本件発明に係る特許には、請求人が主張するような無効理由は存在しない旨主張している。
2.証拠方法
被請求人が、答弁書とともに提出した証拠方法とその主な証拠の記載事項は次のとおりである。
(1)乙第1号証:特公昭41-13363号公報
(乙1a)「ところで従来このピアノ線、高張力硬鋼線を製造するにはその使用鋼材にC:0.7〜0.95%の高炭素鋼材を使用し、これにパテンチング作業を行って高抗張力化を行い、しかる後引抜き作業を行つて鋼材の抗張力降伏点強度をさらに向上せしめ、しかして最終工程のブルーイング(ル)工程を経て始めて製品が得られるものであり、かかる従来の方法によるものはその工程が非常に複雑であり、各個に分断された各工程を順次に行つて機械的性質を確保するという頗る不経済な方式が踏襲されている。
本発明者は上記したような実情に鑑み検討の結果低炭素鋼の高周波焼入方式を採用し、しかもこれを工業的に甚だ経済的な手段により高抗張力鋼線の具備すべき条件を適切に満足せしめ得る方法を確立することに成功した。
」(1頁左欄下から8行〜右欄8行)
(2)乙第2号証:特開昭51-57622号公報
(乙2a)「鋼材を誘導加熱などによる急速加熱によつて、当該鋼材の焼入れ温度以上の適当な温度に加熱した状態で、...。」(特許請求の範囲)
(乙2b)「本発明においては、誘導加熱などの急速加熱(当業界では被加熱材のマスによつて異なるが、通常鋼材を所定温度に迄加熱するのに要する所要時間が約1分以内のものを急速加熱と称している。)を用いることにより、膨大な装置を要することなく、加工速度を極端に向上せしめることができる効果もある。
本発明において用いられている誘導加熱などによる急速加熱方法に代えて、従来、線材の加熱方法として、一般に用いられている炉加熱を利用することも考えられるが、...」(3頁左下欄15行〜右下欄6行)
(乙2c)「本発明において用いられる急速加熱方式としては、誘導加熱方式の他、直接通電方式等を用いても良い。」(3頁右下欄下から2行〜4頁左上欄1行)
(3)乙第3号証:吉藤幸朔著「特許法概説 第6版」(昭57.3.30発行)有斐閣
(乙3a)「数値限定と臨界的意義 ...このような出願発明の数値限定に臨界的意義を求めることは、本来不必要な要求であるばかりでなく、不当な要求であるということができる。」(96〜97頁)

V.当審の判断

1.無効理由1について

(1)本件発明1について
(a)甲第1号証記載の発明
(甲1a)によれば、甲第1号証に係る発明の鋼の組成は、
「重量%でC:0.10〜0.40,Si:0.15〜2.0,Mn:0.6〜2.0,Mo:0.08〜0.35を含有し、残部が鉄および不可避不純物」よりなるものである。
甲第1号証には、「Si+4Mo」そのものに関する記載はないが、(甲1a)と(甲1h)には、「Si含有量の減少とMo含有量の増加を対応させる」及び「Si量を減ずるのに対応させてMo量を増加させる」ことがそれぞれ記載されると共に、かつ、その具体的実施例である第2表の発明品の組成は(甲1j)に摘記したとおり、供試体No.10〜22の全13実施例において、「Si+4Mo」の値が1%以上を満足している。
そこで、甲第1号証に記載された発明を、本件発明1の記載ぶりに則って記載すると、
「重量%で、C:0.10から0.40%,Si:0.15から2.0%,Mn:0.60から2.0%,Mo:0.08から0.35%を含有し、かつSi量とMo量についてSi+4Moが1.0%以上の関係を満足し、その他Feおよび不可避不純物を有し、かつ、溶接作業性の改善されたプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線」(以下、「甲1発明」という)が示されているといえる。
また、甲第1号証の(1a)の請求項3によれば、「甲1発明」の構成要件をすべて具備し、その組成を基本として、「さらに、Ti:0.01から0.05%,B:0.0005から0.005%を含有」したもの(以下、「甲1’発明」という)も、開示されている。

(b)本件発明1と甲1発明との一致点、相違点
本件発明1と、甲1発明とを対比すると、両者は、
「重量%で、C:0.15から0.40%、Si:0.3から2.0%、Mn:0.6から1.6%、Mo:0.08から0.35%を含有し、かつSi量とMo量についてSi+4Moが1.0%以上の関係を満足し、残部はFe及び不可避的不純物であり、かつオーステナイト結晶の微細組織を有するプレストレストコンクリート用鋼棒」である点で一致するが、次の点で一応相違する。
・相違点
(イ)本件発明1は、「高強度高溶接性」の鋼棒または鋼線であるのに対して、甲1発明は、「溶接作業性の改善された」鋼棒または鋼線である点。
(ロ)本件発明1は、「オーステナイト結晶粒度番号が9.0以上の微細組織」を有するのに対して、甲1発明は、同結晶粒度番号に関して、記載がない点。

(c)相違点の検討
(i)相違点(イ)について
本件発明1において、「高強度高溶接性」に関して、明細書には、以下の記載がある。
・「引張強さ1420N/mm2以上といった高強度のPC鋼棒において溶接性を損なうことなく、高温リラクセーション特性が優れ、高靱性のものを提供する。」(【0007】)
・「本発明においてはPC鋼棒にMoを添加することにより、高温リラクセーション特性の向上のために添加しているSiの溶接性に対する害を低減し、溶接電圧を高くしなくても良好な溶接ができるようにしたものである。」(【0010】)
すなわち、本件発明1においては、高靱性で、1420N/mm2以上の引張強度を有し、Moを添加して、Si添加による溶接電圧の上昇を抑制した鋼棒または鋼線を、「高強度高溶接性」のプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線としている。
これに対して、甲1発明では、強度と溶接性に関して以下の記載がある。
・「本発明は素材鋼棒・線へMoの添加、さらにはMoおよびTiとBの微量添加により、これまで多量に添加されていたSi量を減ずることでMoをSiに置換させて通電性を向上せしめ、従って印加電圧を敢えて高めることなくして良好な溶接状態を得ることを可能とし、溶接作業性の飛躍的な改善を果たしつつ、先行発明が達成した遅れ破壊特性および機械的性質、特に一様伸びと高温リラクセーション値に優れた点をさらに向上する作用がある。」(甲1e)
・甲第1号証の第6頁右上欄に記載された第3表において、発明品10〜22の引張強さとして、150.1〜151.1kgf/mm2なる値が記載されている。1kgf=9.8Nであるから、上記引張強さ範囲は、1470.98〜1480.78N/mm2となり、全ての実施例が、本件発明1の引張強さ範囲である「1420N/mm2以上」なる条件を満足しているから、甲1発明においても、本件発明1と同程度以上の強度を具現しているといえる。
さらに、甲1発明においても、高温リラクセーション値改善のために添加されていたSiをMoに置換することで、Si多量添加による溶接電圧(印加電圧)の上昇を抑制して、溶接作業性を向上させている。
以上のことから、甲1発明に係るPC鋼棒・線も、少なくとも本件発明1と同程度に、「高強度高溶接性」であるということができる。
よって、相違点1は実質的な相違点ではない。
(ii)相違点(ロ)について
本件発明1においては、「オーステナイト結晶粒度番号」に関して、明細書に以下の記載がある。
・「本発明のPC鋼棒の製造方法は冷間引抜きなどの方法で所定の直径とし、必要に応じて表面にコンクリート付着力向上のための模様をつけた後焼入れ焼戻しを行なう。焼入れの加熱は20秒以内に850〜1050℃の焼入れ温度に加熱する。本発明の材料をこのように急速に加熱することに再結晶の核生成の箇所が多くなり、オーステナイトを粒度番号9.0以上の細粒とすることができる。急速加熱の手段としては高周波誘導加熱により行なう。焼入れ温度まで加熱する時間が20秒より長いと昇温途中で発生した少ない数の再結晶核が成長する結果、本発明が目的とする微細な結晶粒が得られない。」(【0021】)
・「鋼棒の焼入れ温度での保持時間は均一なオーステナイト組織が得られる最小限の時間にする。本発明の材料はMoの炭化物が析出しているためオーステナイト結晶粒は急には大きくならないが、あまり長時間は保持せず、20秒以内が好ましい。その後焼入れを行なうが100℃/秒以上の急冷を行ない完全なマルテンサイト組織とする。
これに引き続いて焼戻しを行なうが焼戻しも均一な焼戻しマルテンサイト組織を得るため焼戻し温度まで25秒以内の急速加熱が望ましい。焼戻し温度は所定の引張り強さ、たとえば1420N/mm2以上が得られる温度にするが、通常400℃から550℃の範囲にする。なお焼戻し後の冷却はたとえば10秒程度焼戻し温度に保持し、その後は比較的速やかに冷却した方が組織の粗大化により強度が低下することなく好ましい。」(【0021】〜【0023】)
要するに、本件発明1では、高周波誘導加熱などにより、急速加熱して焼入れ温度まで20秒以内で加熱し、その後急冷し、焼戻しにおいても25秒以内の急速加熱と10秒以内の短時間保持後に比較的速やかに冷却することで、オーステナイト結晶粒度番号を9.0以内にするものであるが、Moが添加されているのでその炭化物が析出しているから、オーステナイト結晶粒が急速に大きくなることはないのである。
一方、甲1発明においては、その製造方法に関して、明細書に以下の記載がある。
・「本願発明が基本とする要旨は、
(1)製造工程が鋼棒または鋼線を連続的に走行せしめつつ急速加熱と急冷により焼入れし、次いで所定焼戻温度まで急速加熱した状態で2%以下の曲げ歪を付加した後に急冷することからなるPC鋼棒・鋼線であり、...」(2頁右下欄18行〜3頁左上欄3行)
すなわち、甲1発明においても、鋼棒素材に対して、急速加熱と急冷により、焼入れ後に、再度急速加熱した後、速やかに冷却することで焼戻しを施しており、本件発明1と同じ熱処理を施しているが、甲1発明の明細書には、「オーステナイト結晶粒度番号」に関する記載はない。
一般に、鉄鋼材料は、その成分組成が同一であっても、結晶構造などの組織や、引張強度、伸びなどの性状は、熱処理によって大きく変化することが知られているが、本件発明1と、甲1発明とを対比してみると、上記一致点の項に記載したように、その成分組成において一致し、また、引張強度や伸びといった性状においても一致する上、それらに大きく影響する熱処理においても同様の処理が実施されていることから、本件発明1と甲1発明とは、その組織においても一致しているとするのが相当である。
したがって、甲1発明のものも、オーステナイト結晶粒度番号9.0以上を満たしていると考えられるから、相違点(ロ)は実質的な相違点ではない。

(d)まとめ
以上のとおり、相違点(イ)、(ロ)は、何れも実質的な相違点ではなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一というべきである。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成要件に、さらに「Ti:0.01から0.05%およびB:0.0005から0.005%を含有すること」を特定事項とするものであるが、そのような特定事項は、甲1’発明として、甲第1号証に記載されているのであるから、本件発明1に関して、上に述べた理由と同じ理由により、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明と同一というべきである。

2.無効理由2について

(1)本件発明1と甲1発明との相違点(イ)、(ロ)について
続いて、無効審判請求人は、本件発明1、2は、甲第1〜3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張しているので検討する。
本件発明1と甲1発明との相違点は、前項1.で述べたとおり、相違点(イ)、(ロ)であるが、このうち、相違点(イ)については、甲1発明のものも明らかに高強度高溶接性といえるものであって、実質的に相違するとはいえないことが明らかである。
そこで、相違点(ロ)が実質的な相違点であると仮定して、その容易性について検討する。

(2)相違点(ロ)の容易想到性について
本件出願当時以前の周知技術ないしは技術水準を示す資料として請求人が提出した甲第4号証の(甲4a)には、PC鋼材の製造における焼入れ焼戻し加熱と機械的性質に関して、
・「焼入れ焼戻しされたPC鋼棒のオーステナイト結晶粒は粒度番号6〜7あるいはそれ以上である。特に誘導加熱焼入れの場合は加熱時間が短かいため最高加熱温度が1000℃近傍と高くても結晶粒の粗大化の心配はほとんどなくほぼ10程度の粒度番号になっている。」
と記載されている。
また、同甲第6号証の(甲6a)にも、PC鋼材に必要とされる基本特性として、
・「(1)引張り強さが高く、降伏比が大きいこと。(2)リラクセーション(応力緩和)が小さいこと。(3)適度な延性と靱性をもつこと。(4)遅れ破壊を起こしにくいこと。」を列挙するとともに、これらの要求に対して、
・「誘導加熱焼入れ焼もどし鋼材は、結晶粒が極めて微細であること(量産品の標準の結晶粒度はNo.10程度)などの組織的特徴をもつことから優れた特性を示すことが明らかにされている。」旨記載されている。
つまり、甲第4,6号証に記載された事項を鑑みると、本件特許出願の10年以上前である昭和55年当時、既に、PC鋼材に対して、その引っ張り強さ、降伏強度、リラクセーションの抑制、適度な延性と靱性の確保などの機械的性質の向上を目的として、誘導加熱による焼入れ焼もどし処理が実施されていたことが明らかである。そして、そのようにして製造されたPC鋼材は、オーステナイト結晶粒度番号が、量産品においてもNo.10以上であったのである。
そうであれば、甲1発明において、オーステナイト結晶粒度番号を計測した上で、従来の量産品と同程度のNo.10以上、あるいはそれよりも1段階粒径の大きい9.0以上などと規定することは、当業者であれば容易に想到し得たといえるものであり、その作用効果にも格別のものは見いだせない。
したがって、本件発明1は、甲第1号証記載の発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(3)本件発明2について
本件発明2は 、本件発明1の構成要件に、さらに「Ti:0.01から0.05%およびB:0.0005から0.005%を含有すること」を特定事項とするものであるが、そのような特定事項は、甲1’発明として、甲第1号証に記載されており、本件発明1に関して、上に述べた理由と同じ理由により、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたといえるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

3.無効理由3について

請求人は、本件特許明細書に関して、
(1)オーステナイト結晶粒度番号の数値限定9.0以上の臨界的意義が不明、
(2)成分組成に関して、特許請求の範囲に記載された範囲と実施例が開示する範囲の不一致、
(3)図1,2の内容が表1〜3の試験結果と整合せず、甲第2号証の第1,2図と同一であることによる明細書の記載内容の不明瞭性、
(4)請求項1を引用する請求項2が、請求項1で含有を許さないTi,Bを加えていることによる発明の不明確性
を挙げて、特許法第36条第6項第1,2号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない旨主張しているので、以下、検討する。

(1)オーステナイト結晶粒度番号の数値限定の臨界的意義について
本件特許明細書【0020】には、「オーステナイト結晶粒度は本発明の工程における焼入れ加熱条件におけるオーステナイト相のものでこれを微細化することにより焼入れによって極めて微細なマルテンサイト組織が得られ、従来の9.0未満のものに比してより少ない添加元素量で高強度、高靱性のPC鋼棒を得ることができる」と記載され、また、明細書の表2を参照すると、本件発明の実施例に係るNo.1A〜No.9Aの材料については、オーステナイト結晶粒度番号が10.1〜10.7で、かつ一様伸び(%)が3.5〜3.8であるのに対し、急速加熱を行っていない比較例1C、3C、5Cにおいては、オーステナイト結晶粒度番号が8.5〜8.7で、かつ一様伸び(%)が2.9〜3.1となっていることから、前記明細書の【0020】の記載が裏付けられている。
したがって、オーステナイト結晶粒度番号9.0以上と規定することは、十分合理性があるから、臨界的意義がないとはいえない。

(2)成分組成について
特許請求の範囲に記載された成分組成範囲と、実施例に記載された成分組成範囲の上限値及び下限値の間に、請求人が指摘する差異が存在することは事実であるが、例えばMoに関してみると、特許請求の範囲では0.08〜0.35%であるのに対して、実施例が張る範囲は、0.11〜0.31%である。
特許請求の範囲に記載した成分範囲の上限値及び下限値について、明細書の発明の詳細な説明の項には、その限定理由が述べられている以上、上記上限値及び下限値について、実施例がないことをもって、「発明の詳細な説明に記載されていない発明を請求項に記載している」とはいえないことは明らかであるから、請求人の主張は採用できない。

(3)図1,2と表1〜3の不整合について
本件明細書の「図面の簡単な説明」の項によれば、図1は「Si,Moの含有量と高温リラクセーションの関係の例を示すグラフ」であり、図2は「Si,Moの含有量と溶接電流値及び溶接継手強度の関係の例を示すグラフ」である。
一方、本件明細書中に記載された表1は、本発明と比較例の熱間圧延鋼棒の素材の化学成分であり、表2,3は「オーステナイト結晶粒度、機械的性質、高温リラクセーション試験、溶接継手強度等の各種試験結果」を示しているのであるから、図1,2と表1〜3に直接的な関連性はなく、図1、2はそれぞれ、明細書の記載中で合理的意味を有している。
したがって、図1,2と表1〜3の試験結果が整合しなければならない理由はなく、これを理由として、明細書の記載が不明りょうとなるわけではないから、請求人の主張は採用できない。

(4)請求項2が請求項1の従属項であることによる発明の構成の不明りょう性について
請求項2が、いわゆるクローズドクレーム形式で記載された請求項1を引用して、さらに新たな元素であるTiとBを添加したものとして記載されていることは事実であるが、その構成要件は、請求項1に列記した元素に加えて、文字通りTiとBとをさらに含有するものであって、明確に把握できるものであるから、単に請求項1を引用した従属形式で記載されているとの理由のみで、請求項2の構成要件が不明りょうであるとの請求人の主張は採用することができない。

以上のとおりであるから、本件出願が、特許法第36条第6項及び第4項に規定する要件を満たしていないという、請求人が主張する無効理由3は、採用することができない。

4.被請求人の主張に対して

被請求人は、甲第1号証に記載された「急速加熱」は、周知技術として引用された特公昭41-13363号公報(乙第1号証)の技術を指すのであって、単に「高周波誘導加熱を行なう」と言っているのと同じであり、甲第1号証に「急速加熱」なる字句があるからといってオーステナイト結晶粒度番号が9.0以上であることが開示されているのではない旨主張しているので検討する。
まず、「急速加熱」は、本件発明1に係るプレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線なる物の発明において、特定事項とはなっていないのであるから、甲第1号証における「急速加熱」の意味を斟酌して、本件発明1に関する発明の詳細な説明の項中に記載された「急速加熱」との違いを主張することは当を得たものではない。
一方、甲1発明においては、「急速加熱」が特定事項となっているから、当該「急速加熱」は、甲1発明の目的が達成され得る程度に、「急速」な「加熱」であることは明らかであり、無効理由1についての項で前示したとおり、成分組成、引っ張り強度や一様伸びなどの機械的性質及び熱処理が一致している以上、オーステナイト結晶粒度においても一致していると解するのが妥当である。
仮にそうでないとしても、本件出願以前の昭和55年発行の甲第4号証刊行物には、誘導加熱による熱処理を採用したPC鋼材の結晶粒度番号がほぼ10程度であることが記載され、また、昭和61年発行の甲第6号証刊行物には、当時の量産品の標準的な結晶粒度番号がNo.10程度であることが記載されており、すなわち、標準的なPC鋼材としてオーステナイト結晶粒度番号が10程度の製品が大量生産されていた程に周知のものであるから、同様に、PC鋼材の熱処理に誘導加熱を採用した甲1発明に、オーステナイト結晶粒度番号が9.0以上なる特定事項を付加することは、上記周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に想到し得た事項である。
したがって、被請求人の主張は採用できない。

5.むすび

以上のとおりであるから、本件発明1乃至2に係る特許は、特許法第29条第1項第3号及び第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第1
23条第1項第2号に該当するから、無効理由1及び無効理由2により無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-02-13 
結審通知日 2006-02-15 
審決日 2006-03-01 
出願番号 特願平6-165783
審決分類 P 1 123・ 113- Z (C22C)
P 1 123・ 537- Z (C22C)
P 1 123・ 536- Z (C22C)
P 1 123・ 121- Z (C22C)
最終処分 成立  
特許庁審判長 徳永 英男
特許庁審判官 平塚 義三
沼沢 幸雄
登録日 1998-12-18 
登録番号 特許第2864348号(P2864348)
発明の名称 高強度高溶接性プレストレストコンクリート用鋼棒または鋼線ならびにその製造方法  
代理人 萩原 康弘  
代理人 太田 隆司  
代理人 山崎 徹也  
代理人 北村 修一郎  
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