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審決分類 審判 全部申し立て 判示事項別分類コード:81  B29C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B29C
審判 全部申し立て 2項進歩性  B29C
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  B29C
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  B29C
管理番号 1136187
異議申立番号 異議2002-72766  
総通号数 78 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1993-09-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-11-20 
確定日 2006-02-27 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3283563号「偏光膜作成用のポリビニルアルコール系フィルム及びその製造方法」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3283563号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第3283563号の請求項1ないし2に係る発明についての出願は、平成 4年 3月 4日に出願され、平成14年 3月 1日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、その特許について、日本合成化学工業株式会社(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、取消理由(起案日:平成16年 9月15日)(以下、「第1回取消理由」という。)が通知され、その指定期間内である平成16年11月25日付けで特許異議意見書(以下、「第1回特許異議意見書」という。)が提出されるとともに、訂正請求がなされ、次いで、訂正拒絶理由を兼ねる再度の取消理由(起案日:平成16年 2月17日)(以下、「第2回取消理由」という。)が通知され、その指定期間内である平成17年 4月20日付けで特許異議意見書(以下、「第2回特許異議意見書」という。)が提出され、先の訂正請求が取り下げられるとともに、再度の訂正請求がなされ、次いで、本件特許権者び申立人の双方に対して審尋がなされ、双方より回答書が提出され、さらに、訂正拒絶理由(起案日:平成17年10月27日)が通知され、その指定期間内である平成17年11月 4日付けで意見書が提出されるとともに、手続補正書(訂正請求書)が提出され、さらに、取消理由(起案日:平成17年11月30日)(以下、「第3回取消理由」という。)が通知され、その指定期間内である平成18年 1月26日付けで特許異議意見書(以下、「第3回特許異議意見書」という。)が提出され、先の平成17年 4月20日付け訂正請求が取り下げられるとともに、訂正請求がなされたものである。

2.訂正の適否についての判断
2-1.訂正請求に係る訂正の内容について

・訂正事項I:
特許査定時の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の発明の名称
「ポリビニルアルコール系フィルム及び偏光膜」を、
「偏光膜作成用のポリビニルアルコール系フィルム及びその製造方法」と訂正する。
・訂正事項II:
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1の
「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上であることを特徴とする、偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム。」との記載を、
「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であることを特徴とする、偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム。」と訂正する。
・訂正事項III:
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2の
「ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度で熱処理することを特徴とする請求項1記載の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。」との記載を、
「ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら60〜120℃の温度で乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理することを特徴とする請求項1記載の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。」と訂正する。
・訂正事項IV:
本件特許明細書の段落[0005]の
「すなわち、本発明は、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上であることを特徴とする偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムを提供するものである。
また、本発明に従えば、前記偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムは、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度で熱処理することにより製造することができる。」との記載を、
「すなわち、本発明は、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であることを特徴とする偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムを提供するものである。
また、本発明に従えば、前記偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムは、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら60〜120℃の温度で乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理することにより製造することができる。」と訂正する。
・訂正事項V:
本件特許明細書の段落[0020]の
「比較例4
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を90℃、熱風温度を90℃に設定し、実施例2と同じペレット用いてキャストし、乾燥のみを行って膜厚75μmの未熱処理PVAフィルムを得た。」との記載を、
「比較例4
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を90℃、熱風温度を90℃に設定し、実施例2と同じペレットを用いてキャストし、乾燥のみを行って膜厚75μmの未熱処理PVAフィルムを得た。」と訂正する。
(なお、上記下線部が、訂正箇所に相当する。)
2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項Iについて
訂正事項Iに係る発明の名称の訂正は、請求項の記載事項と整合させるためのもので、明りょうでない記載の釈明を目的とするものに相当するということができ、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2)訂正事項IIについて
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載の「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上」との記載を、「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下」と積T×W(℃・%)の下限値と上限値を限定するもので、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、上記下限値、上限値については、本件特許明細書の段落【0015】、段落【0016】に記載の実施例1、2に記載されているところであり、さらに、本件特許明細書の段落【0006】、【0014】及び段落【0017】ないし段落【0020】の比較例の記載によれば、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が当該範囲のものが存在し、偏光性能に優れることが実質上、本件特許明細書に記載されているものと認められる。
したがって、上記訂正事項IIは、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)訂正事項IIIについて
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2に記載の「請求項1記載の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法」において、訂正事項IIIは、実質上、(a)「乾燥工程」を「60〜120℃」の温度条件で行うとの要件を追加すること、及び(b)「乾燥工程」に引き続く「熱処理工程」の温度条件の上限を「140℃以下」と限定することにより、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、上記(a)の点について、本件特許明細書の段落[0007]には、「前記PVA系フィルムは、本発明の方法によると、まずPVA系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触(好ましくは、表面及び裏面を交互に回転加熱ロールに接触)させながら、通常は60〜140℃、好ましくは70〜120℃で乾燥処理して、PVA系フィルムを連続的に製膜し、」(本件特許公報第3欄36〜40行参照)と記載されているから、上記「60℃」との下限値及び「120℃」との上限値は本件特許明細書に記載されており、したがって、上記「60〜120℃」との乾燥温度に係る温度範囲についても、実質上、本件特許明細書に記載されている。
次に、上記(b)の点について、本件特許明細書の段落[0007]には、「ここで、熱処理温度は、乾燥温度より高い温度であれば特に制限はなく、様々な状況に応じて適宜選定すればよいが、通常は80〜140℃、好ましくは100〜130℃である。」(本件特許公報第3欄48〜50行及び第4欄30行参照)と記載されているから、「熱処理工程」を「140℃以下」で行うことが記載されている。
したがって、上記訂正事項IIIは、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4)訂正事項IVについて
上記訂正事項IVは、請求項1,2の記載と整合を図るためにするものと認められ、明りょうでない記載の釈明を目的としたものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(5)訂正事項Vについて
上記訂正事項Vは、誤記の訂正を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

2-3.まとめ
以上のとおりであるから、平成18年 1月26日付け訂正請求に係る訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例とされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件発明
上記2.のとおり、上記訂正が認められることから、本件特許の請求項1ないし2に係る発明(以下、順に、「本件発明1」、「本件発明2」という。)は、上記訂正に係る平成18年 1月26日付けでした訂正明細書(以下、単に「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】 熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であることを特徴とする、偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム。
【請求項2】 ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら60〜120℃の温度で乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理することを特徴とする請求項1記載の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。」

4.特許異議申立てについて
4-1.特許異議申立て理由の概要
申立人は、証拠方法として、甲第1号証(平成14年11月15日付けの、日本合成化学株式会社、中央研究所、機能材料研究室、室長 大野秀樹、外2名を「報告者」とする有印実験報告書)、甲第2号証(特開昭61-20003号公報)、甲第3号証(特開昭53-108458号公報)、甲第4号証(特開昭55-100510号公報)、甲第5号証(特願平2-298538号明細書(特開平4-173125号公報))、甲第6号証(特開昭64-84203公報)、甲第7号証(特開昭60-230606号公報)、甲第8号証(プラスチックフィルム研究会編「プラスチックフィルム-加工と応用-」(1989年11月25日、技報堂出版株式会社発行)、目次、第20〜21,37〜41,77〜78,227〜228,290〜291頁)、甲第9号証(長野浩一、外2名著「ポバール」(1987年3月20日、株式会社高分子刊行会発行)、目次、第374〜378頁)、甲第10号証(特許第468449号明細書(特公昭38-23037号公報))及び甲第11号証(特許第279229号明細書(特公昭35-17327号公報))を提出して、下記理由により、訂正前の本件発明1ないし2に係る特許は取り消されるべきものである旨、主張している。



[理由1]本件特許明細書の記載には不備があり、訂正前の本件発明1ないし2に係る特許は、特許法第36条第4項及び第5項第1号又は第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
[理由2]訂正前の本件発明1は、甲第2号証に記載された発明と同一であるから、訂正前の本件発明1に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。
[理由3]訂正前の本件発明1は、甲第5号証に係る他人の先願明細書に記載された発明と同一であるから、訂正前の本件発明1に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。
[理由4]訂正前の本件発明1は、甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、訂正前の本件発明1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
[理由5]訂正前の本件発明2は、甲第2号証及び甲第6号証ないし甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、訂正前の本件発明2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

4-2.甲各号証の記載事項
(1)甲第1号証(実験報告書)の記載事項
(甲第1号証は、平成14年11月15日付けの、日本合成化学株式会社、中央研究所、機能材料研究室、室長 大野秀樹、外2名を「報告者」とする有印「実験報告書」である。)「1.目的
(1)特許第3283563号公報の特許請求の範囲に記載される「熱水切断温度(℃)と重量膨潤温度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上」なる規定において、熱水切断温度(℃)の測定法について明細書中の記載が不十分で、当業者がT×W(℃・%)を正確に測定することができないことを証明する。
(略)
4.実験の内容
[I]試料(偏光膜の作成に用いるPVAフィルム)の調製
試料フィルム1
厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500
[当該フィルムが偏光膜作成用のフィルムとして本特許出願前に公知であることは特開昭61-20003号公報(甲第2号証)、特開昭53-108458号公報(甲第3号証)及び特開昭55-100510号公報(甲第4号証)等にて明らかである]
試料フィルム2
特開平4-173125号公報(甲第5号証)の実施例1の記載に従い、以下の手順で偏光膜作成用のポリビニルアルコールフィルムを製造した
[平均重合度3800、平均ケン化度99.5モル%のポリビニルアルコールを水に溶解し、8.0重量%濃度の水溶液を得た。該液をポリエチレンテレフタレートフィルム上に流延後、乾燥して膜厚80μのフィルムを得た。このフィルムを150℃で2分間熱処理して完溶温度72℃のフィルムとした。
尚、ここでいう完溶温度は2lビーカーに2000mlの水を入れ、30℃に昇温した後2cm×2cmのフィルム片を投入し、撹拌しながら3℃/分の速度で水温を上昇させ、フィルムが完全に溶解する温度を測定した]
[II]熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度(%)との積T×W(℃・%)の測定法
(略)
[III]熱水切断温度T(℃)測定時の設定条件要因
(1)重り(「0.5g/10μm」における「10μ」の解釈について)の変動による測定値の不正確さの検証
(略)
(2)水中吊り下げ時の試料の水中浸漬長さの変動による測定値の不正確さの検証
(略)
(3)系の撹拌力の変動による測定値の不正確さの検証
(略)
5.結果
(略)
6.結論
本特許公報に記載される[熱水切断温度T(℃)]の測定法である「幅5mm、長さ15cmの試料に0.5g/10μmの重りを取り付けて40℃の温度の水中に吊り下げ、その後水温を3℃/分の速度で昇温し、試料が切断する際の温水温度とする」の規定だけでは試料フィルムのT×W値が一義的に定められず、本特許は当業者が実施不可能である。」
(2)甲第2号証(特開昭61-20003号公報)の記載事項
(2a)「偏光素子を吸着・配向させたポリビニルアルコールまたはその誘導体のフィルムからなる偏光膜を耐久化処理剤で処理するに際して、55℃以上80℃以下の温度範囲で処理することを特徴とする偏光膜の耐久化処理方法。」(特許請求の範囲、第1項)
(2b)「ポリビニルアルコール又はその誘導体のフィルムが55℃以上130℃以下の温度範囲にある対をなす加圧ロールにより、一軸方向に圧縮延伸処理されたものである特許請求の範囲第1項記載の方法。」(特許請求の範囲、第4項)
(2c)「実施例1 厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)を縦一軸に90℃で4倍の延伸を施こし偏光膜基材とした。」(第3頁左上欄8〜12行。なお、前記「▼R▲」は、上付の丸囲み記号であることを意味する。)
(3)甲第3号証(特開昭53-108458号公報)の記載事項
「実施例1 ポリビニルアルコールフィルム(商品名、クラレビニロンフィルム#7500)をヨウ素濃度1%(略)に調整した水溶液中に3分間浸漬し、50℃中にて3〜4倍延伸し、その状態で水洗および乾燥して、偏光フィルムを作製する。」(第5頁右上欄13〜19行)
(4)甲第4号証(特開昭55-100510号公報)の記載事項
「実施例6 市販のポリビニルアルコールフィルム(株式会社クラレ製、#7500)を用いて(略)80℃の水中で一方方向に4倍延伸し、その後実施例1と同条件にて加熱乾燥して偏光フィルムを得た。」(第3頁右下欄9〜16行)
(5)甲第5号証(特願平2-298538号明細書(特開平4-173125号公報))の記載事項
(5a)「ポリビニルアルコール系原反フィルムを(略)偏光フィルムを製造するに当たり、原反フィルムとして厚みが30〜100μであり、且つ熱水中での完溶温度が65〜90℃のポリビニルアルコールを用いることを特徴とする偏光フィルムの製造法。」(特許請求の範囲、第1項)
(5b)「尚、本発明でいう完溶温度は2lビーカーに2000mlの水を入れ、30℃に昇温した後2cm×2cmのフィルム片を投入し、撹拌しながら3℃/分の速度で水温を上昇させ、フィルムが完全に溶解する温度で定義される。」(公報、第2頁右下欄1〜4行)
(5c)「実施例1 平均重合度3800、平均ケン化度99.5モル%のポリビニルアルコールを水に溶解し、8.0重量%濃度の水溶液を得た。該液をポリエチレンテレフタレートフィルム上に流延後、乾燥して膜厚80μのフィルムを得た。このフィルムを150℃で2分間熱処理して完溶温度72℃のフィルムとした。」(公報、第3頁左下欄9〜15行)
(6)甲第6号証(特開昭64-84203公報)の記載事項
(6a)「該溶剤を用いて得られたポリビニルアルコール製膜原液は、乾・湿式製造法にて、即ち、該溶液を口金スリットから一旦空気中、又は窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性雰囲気中に吐出し次いで凝固液中に導いて未延伸フィルムを形成せしめる。又は口金から吐出された製膜溶液は一旦ローラー、あるいはベルトコンベアー等の上で溶剤を一部乾燥した後で凝固液中に導入しても差し支えない。」(第2頁右下欄下3行〜第3頁左上欄5行)
(6b)「ポリビニルアルコールフィルムを得る方法としては、上記以外にいわゆるゲル延伸法と呼ばれている方法も採用可能である。即ち、ポリビニルアルコールを重合体濃度が30%以下になるように溶剤に溶解してポリビニルアルコール製膜原液を調製する。該溶液をスリット状口金を通して空気又は不活性雰囲気中に吐出させ、次いで表面が冷却されたローラーやベルトコンベアーの上に、あるいは凝固液中に導入してゲル化フィルムを形成させる。」(第3頁左上欄11〜19行)
(7)甲第7号証(特開昭60-230606号公報)の記載事項
(7a)「実施例1 分子内にカチオン基を1モル%含有するケン化度99.0%(略)の変性ポリビニルアルコール(略)水分率85重量%の水溶液を調整した。この水溶液をスリットから表面温度70℃のロール上に吐出し、乾燥させ厚さ75μmのPVA系フィルムを得た。」(第6頁左下欄8〜16行)
(8)甲第8号証(プラスチックフィルム研究会編「プラスチックフィルム-加工と応用-」(1989年11月25日、技報堂出版株式会社発行))の記載事項
(8a)「2.プラスチックフィルムの成膜加工(略)
2.1 キャスティング法(溶液流延法)(略)ポリビニルアルコールなどのフィルム,(略)
2.1.2 キャスティング法 ろ過,脱泡されたドープはキャスティングマシンに送られるが,この方法にはバンド式とドラム式がある.バンド式キャスティング法は図2.1に示すように,(略)この金属バンドの上にホッパーbのジェット口からドープaが均一に薄膜状に流延される.この成膜機内には乾燥風fが送られ,(略)溶剤の大部分が蒸発し,ドープはゲル状に変化して金属バンドgから剥離されて乾燥機iに移り,ここでさらにフィルムに残存する溶剤を熱風で蒸発させた後,フィルムはロール状に巻き取られ製品jとなる.(略)ドラム法は回転する(略)金属ドラムc上にホッパーbのジェット口からドープaが均一に薄膜状に流延され,それ以降はバンド法と大差はない(図2.2).」(第37頁1行〜第40頁末行)
(8b)第40頁の「図2.1 バンド式キャスティングマシン」及び「図2.2 ドラム式キャスティングマシン」には、「乾燥ゾーン」に複数のロールが図示され、製膜フィルムの両面を前記ロールに順次接触させた後、「巻き取り」される旨が図示されている。
(8c)「2.6.6 ポリビニルアルコールフィルムの成膜法 ポリビニルアルコールフィルムは溶液流延法と押出法により成膜され,(略)
(1)溶液流延法(略) 溶液流延法はポリビニルアルコール樹脂と,可塑剤や添加剤を水に溶解し(略)回転する金属ドラム上にスリットを通して流延し、水分を蒸発させてフィルムにする方法であるが、(略)
このようにして溶液流延法や押出法で成膜されたフィルムは,そのままでは耐水性がないので,フィルム成膜後150℃以上の温度で熱処理を行ない,結晶化して耐水性をもたせ」(第77頁11行〜第78頁1行)
(8d)「4.10.6 ポリビニルアルコールフィルム
ポリビニルアルコールフィルムは表4.4376)に示したように,(略)
水溶性ポリビニルアルコールフィルムは,水に溶解性のあるフィルムで,ポリビニルアルコールフィルムと比較すると耐油性,水分率,(略)などほとんど変わらないが,(略)柔軟なフィルムである.」(第227頁7行〜第228頁15行)
(8e)「5.11.6 ポリビニルアルコールフィルムの市場
ポリビニルアルコールフィルムは、日本では“ビニロンフィルム”の商品名で市販されている.水に溶解しないフィルムと水に溶解する水溶性フィルムとがある.
(a)ビニロンフィルム (略)偏光板などにも応用されている。(略)ピニロンフィルムは延伸配向してヨードで染色し,固定すると偏光板になるのでサングラス,ディスプレー,その他の偏光板材料として使用されている.」(第290頁10〜26行)
(9)甲第9号証(長野浩一、他2名著「ポバール」(1987年3月20日、株式会社高分子刊行会発行))の記載事項
(9a)「6-2-1 キャスティング方式 原料ポバールは濃度10〜20%に溶解され,製膜原液とされる。(略)この製膜原液は,回転する乾燥ドラム,または,ベルトの上に、スリットを通じて流延されるか,ロールコーターによって塗布される。塗布された原液はドラムまたは,ベルト上で水分を蒸発されて乾燥されたフィルムとなる。耐水性を要求される場合には,フィルムを120℃以上の温度で熱処理する。」(第375頁12行〜第376頁下5行)
(10)甲第10号証(特許第468449号明細書(特公昭38-23037号公報))の記載事項
(10a)「含有水分60%以下に調湿し、場合によっては可塑剤及び界面活性剤を含有したポリビニルアルコール系樹脂の溶融物を50〜160の間に湿潤せしめ、常温より100℃の間に表面温度を湿潤したロール面上にスリットより薄膜状に吐出せしめ、以下熱ロールを交互に通過せしめ、含有水分20%に乾燥する間に計算吐出速度の1.2〜5倍に延伸せしめることを特徴とするポリビニルアルコール系薄膜の製造方法。」(特許請求の範囲)
(11)甲第11号証(特許第279229号明細書(特公昭35-17327号公報))の記載事項
(11a)「本文に詳記せる如く可塑剤を含有或は含有せざるポリビニルアルコール薄膜を150℃以上融点以下にて平滑ロール面上にて短時間熱処理し、次に30〜90℃の温度で関係湿度70〜100%の調湿槽を短時間通過せしめ、更に35〜80℃の平滑ロール面上にて薄膜の含水率を薄膜平衡水分率の近くに調整すると同時に皺伸、艶出し処理を行うことを特徴とする極めて引裂強度の大きく透明、且美麗なるポリビニルアルコール薄膜の製造方法。」(特許請求の範囲)

4-3.取消理由通知について
4-3-1.第1回取消理由について
当審が通知した第1回取消理由の概要は、以下のとおりである。
「本件の請求項1、2に係る発明についての特許は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項及び第5項の規定に違反してされたものである。

1.本件の特許査定時の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲請求項1には、「熱水切断温度T(℃)」との記載があり、当該記載に関して、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、段落[0006]に「また、熱水切断温度T(℃)の測定法は次の通りである。すなわち、幅5mm、長さ15cmの試料に0.5g/10μmの重りを取り付けて40℃の温度の水中に吊り下げ、その後水温を3℃/分の速度で昇温し、試料が切断する際の温水温度を、熱水切断温度T(℃)として求める。」との記載がある。
上記段落[0006]に記載の上記「測定法」の記載事項について、
(1)本件特許に対する特許異議申立人である日本合成化学工業株式会社が提出した特許異議申立書の第12頁5行〜第13頁下から10行に記載の甲第1号証(実験報告書)の記載事項(前記特許異議申立書に添付された「甲第1号証」の記載事項を参照されたい。)に基づき本件特許明細書に記載の熱水切断温度の測定法に関する記載を検討すると、同申立書第19頁9行〜第20頁6行に記載のとおり(なお、同第20頁5行に記載の「特許法第36条第4項及び第5項第1項又は第2号の規定」は、「特許法第36条第4項及び同法同条第5項第2号の規定」と読み替えられたい。)本件特許明細書に記載の測定法では下記(2)に記載の理由により当業者が実施し得る程度に記載されているといえないとともに、特許請求の範囲に記載の請求項1に係る発明が特定できず、不明であり、特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではない。
(2)熱水切断温度の測定条件、測定状態が追試できる程度に開示されていない不備がある、すなわち、まず、「試料」に「重りを取り付け」るための「取り付け」構造および「取り付け」位置ないし寸法、が規定されておらず、次に、40℃の温度の水中に「幅5mm、長さ15cm」の「試料」を「水中に吊り下げ」るための「把持」構造および「把持」寸法が規定されておらず、また、水中に吊り下げた状態で水温を3℃/分の速度で昇温することから、昇温する水の温度を測定している状態で均一に昇温できる手段、及び測定中に試料に外因としての力が働かない条件であることが明らかにされる必要があるにもかかわらず、「水槽」の形状、構造および寸法ないし容量、「水槽」系を均一に昇温させる手段、試料の測定状態が特定されておらず、如何なる状態で測定されているのか特定できず、切断するときの温度の測定を再現できるに足る測定装置及び測定条件が不明である。
(3)したがって、本件特許明細書の「測定法」の記載に基づき、本件請求項1に係る発明を当業者が容易に追試することができると認めることができないから、及び、当該発明に係る構成は、上記「熱水切断温度T(℃)」を要件としていることから、請求項1に係る発明が特定できないから、本件発明は、特許法第36条第4項及び第5項第2号の規定により特許を受けることができない。
よって、当該発明についての特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
(なお、上記「熱水切断温度T(℃)」及びその測定法が、ポリビニルアルコール系樹脂ないしフィルムに係る当業者にとって、本件特許出願の時点で、周知・慣用の技術的事項であるのであれば、公知刊行物等を示してその旨を明らかにされたい。また、上記「試料が切断する際」の切断部位について、何らかの傾向があるのであれば説明されたい。)
2.本件特許明細書の特許請求の範囲請求項1には、「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上であることを特徴とする、偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム」と記載されていることから、本件請求項1に係るフィルムは、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上である物性を有することのみが構成要件のものであればよいこととなる。
一方、本件特許明細書段落[0008]には、「次に、本発明のPVA系フィルムを製造する好適な態様の一例について説明すると、まず流延キャスト法や押出キャスト法などの公知の方法によって第一回転加熱ロール上にPVA系樹脂水溶液膜を形成させる。このPVA系樹脂水溶液膜は直ちに乾燥処理工程に入り、まずロールに接しない水溶液膜面側の乾燥が先に進行する。次いで、第二ロールへ反転移動させ、この第二ロールでは前記第一ロールとは反対の水溶液膜面側の乾燥が促進される。同様にしてロールを反転する度に、ロールに接しない水溶液膜面側の乾燥が促進され、その結果、両外表層面付近は乾燥が進み、中央部は乾燥が遅れてくる。(略)」と記載され、また同段落[0009]には、「(略)本発明のPVA系フィルムが高偏光特性を発現する理由は次のように推定される。すなわち、該PVA系フィルムが乾燥工程から熱処理工程へ移る際のフィルム全体(全厚み平均)の水分率は2〜15重量%であるが、実状は外表面付近は乾燥が進んでいて水分はほとんどなく、大部分の水分は中央部に偏在している。このようなフィルムが熱処理工程へ入ると、水分率の高い中央部の結晶化は進むが、水分をほとんどもたない外表面付近の結晶化は進まない。その結果、本発明のフィルムは結晶性が低く、したがって重量膨潤度の高い外表面付近と、結晶性が高くて熱水切断温度の高い中央部を有することになり、この結果、PVA系フィルムの重量膨潤度と熱水切断温度との積が高くなったと推定される。(略)」と記載されている。
つまり、フィルムの厚さ方向に、低-高-低の結晶性分布を有するフィルムのみが開示されているのであって、その他のタイプの結晶性分布を有するものについては、本件特許明細書には、何ら記載されていない。
してみると、前記したように請求項1に係る発明は、フィルムの厚さ方向における結晶性の分布について何ら規定されていないから、本件特許明細書に開示されていない結晶性分布を有するフィルムをも包含しているものであると認められる。
したがって、本件請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件発明は、特許法第36条第5項第1項の規定により特許を受けることができない。
また、本件請求項1に係る発明が包含している、発明の詳細な説明に記載のない態様については、当業者が容易に実施することができないから、本件発明は、特許法第36条第4項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件請求項1に係る発明についての特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
3.本件特許明細書の特許請求の範囲請求項2には、「ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度で熱処理することを特徴とする請求項1記載の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。」と記載されている。
一方、本件特許明細書段落[0019]には、「比較例1」として、(a)「実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を70℃、熱風温度を70℃、熱処理装置の熱風温度を150℃に設定した。実施例1と同じペレットを第1金属回転ロールにキャストし、図1に示すような乾燥処理及び熱処理を連続して行い、膜厚75μmのPVAフィルムを作成した。」および(b)「また、乾燥装置と熱処理装置の中間で採取したフィルムの水分率は4.6重量%であった。」と記載され、更に、(c)「重量膨潤度と熱水切断温度との積は12210であった。」と記載されている。
該「比較例1」は、上記(a)および(b)の点からみて、請求項2に記載の「(前略)水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度で熱処理すること」との要件を満たしていると解される。
ところで、請求項2に記載の「請求項1記載の(中略)ポリビニルアルコール系フィルム」、即ち、「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上である(中略)ポリビニルアルコール系フィルム」が目的生成物であると解されるが、上記(c)のとおり、「比較例1」は前記目的生成物が得られていない。
してみると、「比較例1」は、特許請求の範囲に特定されている条件を満たす製造方法により製造されているにもかかわらず、本件発明の目的生成物を製造できていないこととなる。
したがって、本件特許明細書の特許請求の範囲請求項2の記載の構成要件のみでは本件発明の目的生成物を製造することができないことを裏付けていることになるとともに、特許請求の範囲請求項2に係る発明と本件特許明細書の記載とが整合していないものと認められるから、本件請求項2に係る発明は、特許法第36条第4項および第5項の規定により特許を受けることができない。
よって、当該本件請求項2に係る発明についての特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。」

4-3-2.第2回取消理由について
当審が通知した第2回取消理由の概要は、以下のとおりである。(なお、当該取消理由は、第1回取消理由の通知に対して、本件特許権者が平成16年11月25日付けでした訂正請求に係る訂正拒絶理由を兼ねるものであるが、前記訂正請求は、後に取り下げられたから、下記において、前記訂正の拒絶理由に相当する部分は、割愛してある。)
「3.刊行物及びその記載事項
刊行物:特開昭61-20003号公報(特許異議申立人である日本合成化学工業株式会社が提出した甲第2号証)
上記刊行物には、「実施例1 厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)を縦一軸に90℃で4倍に延伸を施し偏光膜基材とした。」(第3頁左上欄8〜12行。なお、前記「▼R▲」は、上付丸記号を意味する。)と記載されている。
4.特許法第29条第1項第3号違反について
(1)上記刊行物には、偏光膜の作成に用いる「厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)」が記載されているが、前記「ポリビニルアルコールフィルム」が、本件発明の構成要件である上記「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上であること」との条件を満足するものであるかどうかについては記載されていない。
(2)一方、本件特許に対する特許異議申立人である日本合成化学工業株式会社が提出した特許異議申立書に「甲第1号証」として添付された平成14年11月15日付けの有印「実験報告書」には、概略、以下のとおり記載されている。
「4.実験の内容
[I]試料(偏光膜の作成に用いるPVAフィルム)の調製
試料フィルム1
厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500)
(中略)
[II]熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)の測定法
[重量膨潤度W(%)]
試料フィルム3gを約3mm幅に裁断し、30℃の温水に15分間浸漬後、300rpmで5分間遠心脱水した後の試料重量を(W1)、それを105℃で16時間乾燥した後の試料重量を(W2)として、
W=(W1/W2)×100で算出
[熱水切断温度T(℃)]
幅5mm、長さ15cmの試料に0.5g/10μmの重りを取り付けて40℃の温度の水中に吊り下げ、その後水温を3℃/分の速度で昇温し試料が切断する際の温水温度とする
[III]熱水切断温度T(℃)測定時の設定条件要因
(中略)
(3)系の撹拌力の変動による測定値の不正確さの検証
(径7.5mm、長さ4.4cmの回転子を使用)
[A]回転子を480rpmで回転した時
[B]回転子を350rpmで回転した時
[C]回転子を100rpmで回転した時」
そして、「5.結果」の項に記載の表には、「試料フィルム1」について、「W(%)の測定値」が「199」であったこと、及び「(3)撹拌力▼3▲(rpm)」(なお、前記▼3▲は、丸数字を意味する。)の欄に、同じく「試料フィルム1」について、
T(℃) T×W
[A]480 65 12935
[B]350 66 13134
[C」100 67 13333
との結果が記載され、更に、前記表の脚注に「▼3▲重りは試料フィルム1では3.75g、・・・水中浸漬長さは1cmに固定」と記載されている。

5.当審の判断
上記実験報告書に「試料フィルム1」として記載され、実験に供されている「厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500)」は、一定の物性を有する市販製品であって、当業者が通常に入手できるものであり、且つ、上記刊行物に記載の上記「厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)」と同一であると認められる。
次に、上記実験報告書に記載された[重量膨潤度W(%)]及び[熱水切断温度T(℃)]の測定法は、本件特許明細書段落[0006]に記載の方法と同等である。
そして、本件特許権者が平成16年11月25日付けで提出した特許異議意見書(第8頁〜第23頁)の記載に徴し、「試料フィルム1」の[熱水切断温度T(℃)]の測定に際する上記「重り」(3.75g)の設定は適切であり、また、上記「水中浸漬長さ」(1cm)の設定は、実質上、測定結果に影響を及ぼさないと解されることから、妥当であると認められる。
更に、上記(3)の[C]の条件下では、上記[A]及び[B]の場合と比較して、「回転子」の回転速度が比較的遅く、試料に対する外因としての力が小さいものと解されるから、[熱水切断温度T(℃)]の測定条件として、より適切であると認められる。
したがって、「試料フィルム1」の[熱水切断温度T(℃)]として、上記[C]の条件下における測定結果である「67℃」を採用することが、妥当であると認められる。
そして、上記実験報告書によれば、上記[C]の条件下において、「試料フィルム1」の「T×W(℃・%)」は「13333」であり、当該測定結果に疑義を挟む余地はないものとすることができ、且つ、前記積の値が「13000以上」であるとする本件発明の構成要件を満足している。(なお、仮に、上記[C]の条件に係る回転子の回転速度(100rpm)を、より低下させることが望ましいとした場合であっても、[熱水切断温度T(℃)]は「67℃」を下回らないと解され、「試料フィルム1」の「T×W(℃・%)」の値は、前記と同様に「13000以上」の範囲内のものとなると認められる。)
6.むすび
以上のとおりであるから、上記刊行物には、偏光膜の作成に用いる「厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)」が記載されており、その熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)は13000以上の範囲にあると認められるから、本件発明は、実質上、上記刊行物に記載の発明に該当する。
よって、本件発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるから、取り消されるべきものである。」

4-3-3.第3回取消理由について
当審が通知した第3回取消理由の概要は、以下のとおりである。
「 本件特許に係る出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備なため、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。



・・・(省略)・・・
本件特許明細書に接する当業者において,ポリビニルアルコール系フィルムの熱水切断温度と重量膨潤度とが,XY平面において,式で表す画される範囲に存在する関係にあれば,従来の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムが有する課題を解決し,上記偏光膜としての特性を実現し得るポリビニルアルコール系フィルムであることが,上記6つの具体例(合議体注:2つの実施例と4つの比較例)により裏付けられていると認識することは,本件出願時の技術常識を参酌しても,不可能というべきであり,本件特許明細書の発明の詳細な説明におけるこのような記載だけでは,本件出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載しているとはいえず,本件特許明細書の特許請求の範囲の本件請求項1の記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。
ウ さらに、本件発明は,ポリビニルアルコール系フィルムが満たす熱水切断温度(T)と重量膨潤度(W)とが,本件請求項1に規定された,T×W≧13000の式で画定される範囲に存在する関係にあることにより,上記偏光膜としての特性を実現し得るポリビニルアルコール系フィルムであるというところ,少なくとも,上記範囲が,式を基準として画されるということが,本件出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はない。」

5.当審の判断
5-1.第1回取消理由についての判断
(1)上記取消理由1.(「熱水切断温度T(℃)」の測定法等の点)について
(1-1)特許権者は、平成16年11月25日付け第1回特許異議意見書において、乙第1号証(特開平2-244006号公報)、乙第2号証(長野浩一、外2名著「ポバール」(1987年3月20日、株式会社高分子刊行会発行)第377〜378頁)、乙第3号証(特開平1-229805号公報)、乙第4号証(特開平1-272814号公報)、乙第5号証(特開平2-210015公報)、乙第6号証(株式会社クラレ、ポバールカンパニー、倉敷事業所研究開発部、部長 床尾万喜雄、外1名により作成されたと認められる、平成16年11月19日付けの有印「実験報告書(1)(昇温速度が水槽内で均一に3℃/分となる装置)」)、乙第7号証(日本化学会編「新実験化学講座1 基本操作[II]」(昭和53年10月30日、丸善株式会社発行)第518〜519頁)、乙第8号証(日本化学会編「新実験化学講座1 基本操作[I]」(昭和53年3月20日、丸善株式会社発行)第102〜103頁)、乙第9号証(日本化学会編「第4版 実験化学講座1 基本操作I」(平成2年11月5日、丸善株式会社発行)第148〜149頁)、乙第10号証(特開平1-158016公報)、乙第11号証(プラスチック加工技術便覧編集委員会編「プラスチック加工技術便覧 新版」(1990年6月25日、日刊工業新聞社発行)第932〜934頁)、乙第12号証(報告者、日付が乙第6号証と同じである「実験報告書(2)(試験サンプルの浸漬長さによる熱水切断温度への影響)」)、乙第13号証(報告者、日付が乙第6号証と同じである「実験報告書(3)(重りの取り付け方法による熱水切断温度への影響)」)、及び乙第14号証(報告者、日付が乙第6号証と同じである「実験報告書(4)(試料の把持方法による熱水切断温度への影響)」)を提出して、概略、次のとおり主張している。
(a)乙第1号証ないし乙第5号証を引用して、「本件発明で採用している「熱水切断温度」の測定法は、PVA系製品の熱水に対する物性の測定法として、本件の出願前から当業界で広く採用されてきた周知・慣用の測定方法である」旨(前記第1回特許異議意見書第8下3行〜第11頁7行)
(b)乙第7号証ないし乙第9号証を引用して、「本件特許明細書の段落0006に記載されている熱水切断温度の測定方法に従ってPVA系フィルム試料の熱水切断温度を測定するに際し、試料を吊した水の温度を一定の昇温速度で均一に上昇させ且つ測定中に試料に外因としての力が作用しないような加熱方法、装置、手段、条件、撹拌手段などを採用するようなことは、広範な技術分野において本件出願前から広く採用されていた周知・慣用の液体の加熱技術(加熱方法、装置、手段、条件など)に基づいて当業者が容易に且つ適宜に行い得ること」である旨(同第11頁14行〜第12頁13行)、及び乙第6号証(実験報告書(1))に記載のとおり、「周知慣用の加熱技術を採用することによって(略)内槽の中の水を3℃/分という一定速度で昇温させることが可能」である旨(同第12頁14行〜第13頁5行)、並びに、乙第1号証ないし乙第5号証及び(申立人の出願に係る)乙第10号証を引用して、「PVA系試料を水中に入れて、その水中溶解温度を測定するに当たって、試料を入れた水槽内の水を試料に悪影響を及ぼす外因などを生ずることなく均一に昇温させるための加熱方法、装置、手段、撹拌手段などを採用することは当業者が容易に且つ適宜なし得ることであって明細書にその具体的な内容を特に記載する必要がない」旨(同第13頁6行〜第14行下2行)
(c)乙第11号証を引用して、「PVA系フィルム試料の熱水切断温度の測定に当っても把持具と重り(つかみ具)が試料から滑って外れないように、把持具や重り(つかみ具)の取り付け部分で試料の破損などが生じないように、さらに試料に均等またはほぼ均等な力が付与されないようにして、試料に把持具及び重り(つかみ具)を取り付けることは(略)当業者であれば容易に且つ当然のこととして行うこと」である旨(同第15頁6行〜第16頁16行)
(d)「試料に取り付ける重りの重量に係る、本件特許明細書における「0.5g/10μm」という記載は、試料の厚さ10μm当たり0.5gの重り(厚さ75μmの試料では3.75gの重り)を取り付けることを意味することは、当業者が直ちに且つ極めて容易に理解すること」である旨(同第20頁末行〜第22頁21行)
(e)乙第12号証(実験報告書(2))、乙第13号証(実験報告書(3))、及び乙第14号証(実験報告書(4))を引用して、「水中へのPVA系フィルム試料の浸漬長さが異なっても」、「PVA系フィルム試料への重りの取り付け方法が異なっても」、また「PVA系フィルム試料の把持の仕方が異なっても」、「PVA系試料の熱水切断温度の測定値は同じになり、水中への試料の浸漬長さ、試料への重りの取り付け方および試料の把持の仕方は、熱水切断温度の測定値に影響を」及ぼさない旨(同第16頁17行〜第23頁13行)
(1-2)そして、特許権者は、「本件特許明細書中に水中へのPVA系フィルム試料の浸漬長さ、PVA系フィルム試料への重りの取り付け方、PVA系フィルム試料の把持の仕方、水中に吊した試料に外因としての力が働かないようにして水槽内の水を均一に斑なく一定の昇温速度で昇温させるための装置や方法などの細部について直接記載されていないとしても、当業者は、本件特許明細書の段落0006の記載に基づいて、熱水切断温度を容易に且つ正確に測定することができ、しかもそれによって本件請求項1の発明に係る「熱水切断温度の内容は一義的に定まります。」(同第23頁14〜21行)と主張している。
(1-3)そこで、上記取消理由1.に関し、本件発明に係る熱水切断温度の測定法ないし条件の規定等について、特許権者が提出した乙第1号証ないし乙第14号証の記載事項、及び上記特許権者の主張を踏まえて、改めて検討してみるに、訂正明細書の記載に特段の不備ないし瑕疵があるとまではいえない。
(2)上記取消理由2.(本件発明1が、厚さ方向に結晶性分布を有するものとして規定されていない点)について
(2-1)特許権者は、乙第15号証(報告者、日付が、上記乙第6号証と同じである「実験報告書(5)(試験サンプルの厚み方向の結晶化度分布)」)、乙第16号証(高分子学会編「新高分子実験学 第7巻 高分子の構造(3)-分子分光法-」(1996年9月10日、共立出版株式会社発行)第42頁)、乙第17号証(“Infrared Spectroscopy of Semicrystalline Poly(vinyl alcohol) Networks”(Makromol.Chem.178,595-601))、及び乙第18号証(特許第3283564号公報)を提出して、次のとおり主張している。
(a)「本件特許明細書の段落0009の後段の記載は、PVA系フィルムの厚さ方向の結晶性分布を単に推定しているだけであり、理論的な根拠、実験結果、その他の事実などに基づいて、本件請求項1の発明に係るPVA系フィルムが厚さ方向に低-高-低の結晶性分布を有していると説明したり、断定している」わけではなく、また、「推定は、あくまで推定であって、事実と一致する場合もあれば、事実と異なる場合もあり、その内容は確定したものでない」旨(同第24頁18行〜第25頁15行)
(b)乙第16号証及び乙第17号証の記載に基づく乙第15号証(実験報告書(5))を引用して、「本件請求項2の発明によって製造した、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上であるPVA系フィルム」の「厚さ方向の結晶化度は、赤外線の照射位置や、サンプルの採取位置などにより、(略)種々の結晶分布状態になっており、低-高-低というような一定の統一された結晶性分布にはなって」いない旨(同第25頁16行〜第27頁下4行)
(c)乙第18号証を引用して、(本件請求項2に係る発明とは、製造方法が異なる)「乙第18号証に係る発明においても、そこで得られるPVA系フィルムの上記の積T×W(℃・%)が13000以上であって、本件発明と同じであることにより、偏光特性および耐久性に優れる偏光膜を作成できるPVA系が得られる」旨(第29頁下2行〜第30頁18行)
(2-2)そこで、特許権者が提出した乙第15号証ないし乙第18号証の記載事項、及び上記特許権者の主張を踏まえて、改めて検討してみるに、結局、本件発明1に係るフィルムが、その厚さ方向に、一定の結晶性分布を有するものであるとはいえないから、前記一定の結晶性分布を有することが、本件発明1の構成に欠くことのできない事項であるとすることはできない。
したがって、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載したものではないとはいえない。また、発明の詳細な説明の記載に、本件発明1を当業者が容易に実施し得ないとする不備があるともいえない。
(3)上記取消理由3.(「比較例1」に記載の製造方法の点)について
上記のとおり、本件発明2に係る製造方法は、乾燥する工程に次いで、「乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理すること」との工程を要件とするものである。
これに対して、訂正明細書段落[0017]の「比較例1」には、「実施例1と同じ製膜機を用いて、回転加熱金属ドラム温度を70℃、熱風温度を70℃、熱処理装置の熱風温度を150℃に設定した。」と明記されている。
したがって、該「比較例1」は、「140℃以下の温度で熱処理する」との本件発明2の要件を満足しないものであるから、本件請求項2の記載事項と整合しており、該「比較例1」に係る記載に関し、訂正明細書の記載に不備があるとはいえない。
(4)まとめ
以上のとおりであるから、訂正明細書の記載に取消理由通知において指摘した不備があることを理由として、本件発明1ないし2に係る特許が、特許法第36条第4項並びに同法同条第5項第1号及び第2号の規定に違反してされたものであるとはいえない。

5-2.第2回取消理由についての判断
(1)特許権者は、平成17年 4月20日付け第2回特許異議意見書において、乙第19号証(「クラレビニロンフィルム」に係るカタログ(発行日:昭和45年以前))、乙第20号証(「クラレビニロンフィルム」に係るカタログ(発行日:平成3年1月1日以降、平成11年3月23日以前))、乙第21号証(「プラスチックフィルムレジン材料総覧1997/98」(1997年12月18日、株式会社加工技術研究会発行)第309〜310頁)、乙第22号証(「クラレビニロンフィルム」に係るカタログ(発行日:平成11年3月23日以降))、及び乙第22号証(特願平5-287608号明細書(特開平7-120616号公報)、並びに、参考資料1(株式会社クラレの沿革を示す会社案内(同社のホームページより))、参考資料2(インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」の「市外局番」の項)、及び参考資料3(「The KURARAY TIMES 1999 4」第12頁)を提出して、次のとおり主張している。
(a)「刊行物1に記載されている「クラレビニロンR#7500」という商品名(品番)は、「一定の物性を有する特定のポリビニルアルコールフィルム」(単一のポリビニルアルコールフィルム)について付された品番ではなく、弊社(株式会社クラレ)が過去から現在にわたって製造・販売している、「厚さが75μm(略)のポリビニルアルコール系フィルム(ビニロンフィルム)」全般に対して共通して且つ継続して用いている表示(品番)であります。」(第2回特許異議意見書第3頁下5行〜第4頁2行)
(b)「要するに、「クラレビニロンR#7500」という品番(表示)であっても、そこには、物性、用途、製造・販売時期などが色々異なる、厚さが75μmのポリビニルアルコール系フィルム(ビニロンフィルム)が包含されており、その物性、種類、用途、その他の内容が画一なものではなく(一義的に定まったものではなく)、「クラレビニロンR#7500」という記載からは、「株式会社クラレ製の厚さ75μmのポリビニルアルコール系フィルム」であることが分かるだけであって、具体的な種類などは何ら特定され得ません。」(同第8頁10〜16行)
(2)上記「クラレビニロンR#7500」と称するフィルムは、特許権者が製造・販売している商品であるから、その商品名ないし品番の意味については、特許権者自身が詳しく承知していることは当然であると解されること、並びに乙第19号証ないし乙第22号証(及び、参考資料1ないし参考資料3)の記載事項、及び前記乙第19号証等についての特許権者による説明・主張(第2回特許異議意見書第4頁下3行〜第8頁9行)を検討してみると、特に矛盾がなく、自然であると解されることから、特許権者の上記(a)及び(b)に係る主張は妥当であると認められる。
(3)刊行物(特開昭61-20003号公報(申立人が提出した甲第2号証))には、上記のとおり、「実施例1 厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)を縦一軸に90℃で4倍に延伸を施し偏光膜基材とした。」と記載されている。
一方、申立人が提出した「実験報告書」(甲第1号証)には、以下のとおり記載されている。
「4.実験の内容
[I]試料(偏光膜の作成に用いるPVAフィルム)の調製
試料フィルム1
厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500
[当該フィルムが偏光膜作成用のフィルムとして本特許出願前に公知であることは特開昭61-20003号公報(甲第2号証)、特開昭53-108458号公報(甲第3号証)及び特開昭55-100510号公報(甲第4号証)等にて明らかである](略)」
(4)当審は、当該「実験報告書」について、次のとおり、申立人に審尋(起案日:平成17年 8月 5日)し、回答を求めた。
「(略)そこで、上記実験に使用した上記「試料フィルム1」(「厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500」とされている)について、試料を特定することのできる、各種証拠及び試料の入手ないし購入の時期(年月)について、回答されたい。
(上記「試料フィルム1」として用いたものの仕様、種別、ロット等について、分かる限りで回答されたい。発注書、納品書等があれば、その写しを提出されたい。特に、甲第2ないし第4号証等にて明らかであるとしている偏光膜作成用のフィルムと同じものであることを証する証拠を提出されたい。)」
これに対して、申立人が平成17年 8月23日付けで提出した回答書の内容は、次のとおりである。
「審判官殿は(略)かかる実験に使用した「試料フィルム1」(「厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500」)の試料を特定することのできる証拠を求めています。
しかし、残念ながら、かなりの時間が経過しており、発注書や納品書については残っておりません。
但し、事実として、本件特許の出願日より前であります1990年3月頃に入手したものであり、その後も社内でストックされていたものであります。
なお、かかる入手したフィルムの製品番号については、
53668261
として確認したものであります。」
つまり、上記実験報告書(甲第1号証)において「試料フィルム1」として、実験に供した「厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500」は、申立人が、1990年(平成2年)3月頃に入手したものであると認められる。
したがって、上記実験報告書は、上記刊行物に記載され、昭和59年(出願年)ないし昭和61年(公開年)当時に市販されていたと認められる「厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)」を実験試料として採用したものではないから、特許権者の上記主張(a)及び(b)からみて、上記実験報告書に「厚さ75μのクラレビニロン〔登録商標〕#7500」として記載されている上記「試料フィルム1」と、刊行物に記載の前記「厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)」とが、同一のものであるとはいえない。
よって、上記実験報告書は、刊行物に記載の事項を適正に追試したものに相当するとはいえないから、その記載事項を採用することができない。
そして、刊行物には、本件発明1の要件である「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であること」について記載がないことから、本件発明1は刊行物に記載された発明に該当しない。
(5)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1に係る特許が、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるとはいえない。

5-3.第3回取消理由についての判断
上記「2.訂正の適否」において記載したとおり、平成18年 1月26日の訂正請求に係る訂正は認められるから、本件発明1は、上記「3.本件発明」の請求項1に記載されたとおりのもので、熱水切断温度×重量膨潤度の積の数値範囲は13650以上14910以下で、発明の詳細な説明に記載された実施例1,2に基づいた下限値、上限値とする数値範囲に限定されたものであり、当該実施例に示される下限値、上限値に限定したことにより、発明の詳細な説明に記載された事項及び技術常識に基づいて、数式の関係を満足することにより熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が当該13650以上、14910以下の範囲のものが存在し、偏光性能に優れることが実質上、認めることができることから、請求項1の記載が、いわゆる、サポート要件に適合するといえるものであって、積T×Wが13650以上、14910以下という数値範囲の数値にも根拠があるので、本件発明1が本件特許明細書に記載されていないとした取消理由は解消した。

5-4.特許異議申立て理由についての判断
(1)[理由1]について
上記[理由1]は、当審が通知した上記第1回取消理由の取消理由1.(「熱水切断温度T(℃)」の測定法等の点)と同趣旨である。
そして、上記取消理由1.については、上記5-1.(1)に記載のとおりであるから、当該[理由1](特許法第36条違反)についても、上記5-1.(1)に記載の理由により、採用することができない。

(2)[理由2]について
上記[理由2]は、当審が通知した上記第2回取消理由と同趣旨である。
そして、上記第2回取消理由については、上記5-2.に記載のとおりであるから、当該[理由2](特許法第29条第1項第3号違反)についても、上記5-2.に記載のとおりの理由により、採用することができない。

(3)[理由3]について
甲第5号証(特願平2-298538号明細書(特開平4-173125号公報))には、上記摘示記載(5a)ないし(5c)のとおり、記載されている。
そして、甲第1号証(実験報告書)には、「4.実験の内容 [I]試料(偏光膜の作成に用いるPVAフィルム)の調製」の欄に、
「試料フィルム2
特開平4-173125号公報(甲第5号証)の実施例1の記載に従い、以下の手順で偏光膜作成用のポリビニルアルコールフィルムを製造した
[平均重合度3800、平均ケン化度99.5モル%のポリビニルアルコールを水に溶解し、8.0重量%濃度の水溶液を得た。該液をポリエチレンテレフタレートフィルム上に流延後、乾燥して膜厚80μのフィルムを得た。このフィルムを150℃で2分間熱処理して完溶温度72℃のフィルムとした。
尚、ここでいう完溶温度は2lビーカーに2000mlの水を入れ、30℃に昇温した後2cm×2cmのフィルム片を投入し、撹拌しながら3℃/分の速度で水温を上昇させ、フィルムが完全に溶解する温度を測定した]」
と記載されている。
しかし、上記「平均重合度3800、(中略)完溶温度72℃のフィルムとした。」との記載は、甲第5号証の上記摘示記載(5c)(実施例1)を、そのままなぞって記載しただけである。
また、上記「完溶温度」の説明に関する記載も、同様に甲第5号証の上記摘示記載(5b)を、実質上、そのままなぞって記載しただけである。
ここで、実験報告書(ないし実験成績証明書)は、第三者による追試や実験データの確認等が行える程度に、十分、具体的かつ詳細に、試料調製、実験機器、条件設定、実験方法、測定方法・機器等が記載されていなければならないことは当然である。また、そうでなければ、実験結果を客観的かつ適正に評価することができない。
しかし、甲第1号証には、例えば、「平均重合度3800、平均ケン化度99.5モル%のポリビニルアルコール」を用いた旨記載されているが、このものは調製したものか(そうであれば、原料、調製方法、平均重合度等の測定・確認等を明らかにする必要がある)或いは、市販品を用いたのか(そうであれば、商品名、平均重合度等のデータ等が記載されたカタログ類を示す必要がある)が明らかでない。
したがって、甲第1号証に記載の「試料フィルム2」が、甲第5号証の「実施例1」を追試して得た「ポリビニルアルコールフィルム」であると認めるに足りる根拠がないから、甲第1号証は、甲第5号証に記載の事項を適正に追試したものに相当するとはいえないので、その記載事項を採用することができない。
そして、甲第5号証には、本件発明1の要件である「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であること」について記載がないから、本件発明1は甲第5号証に係る先願明細書に記載された発明と同一であるとはいえない。
よって、本件発明1に係る特許が、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(4)[理由4]について
甲第2号証には、上記摘示記載(2c)のとおり、「厚さ75μのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロン▼R▲#7500)」を「偏光膜基材」として用いることが記載されているから、本件発明1(前者)と甲第2号証に記載の発明(後者)とを対比するに、両者は、「偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム」の点において一致し、一方、前者の要件である「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であること」については甲第2号証に記載されていない点において、前者と後者とは相違している。
そして、上記5-2.に記載のとおり、甲第1号証の記載事項を採用することはできないこと、及び、上記相違点について甲第2号証には、記載されておらず、示唆もないことから、本件発明1が、甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件発明1に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(5)[理由5]について
(5-1)甲第2号証には、上記摘示記載(2a)ないし(2c)のとおり、「厚さ75μmのポリビニルアルコール系フィルム(クラレビニロン[登録商標]#7500)」を用いて偏光膜基材を製造する方法が記載されていると認められる。
(5-2)そこで、本件発明2(前者)と甲第2号証に記載の発明(後者)とを対比するに、両者は、「ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜から偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムを製造する方法」である点において、一致し、一方、前者の構成要件である下記の点が、甲第2号証に記載されていないことで、前者と後者とは相違している。
(イ)(ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜の)「表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら」、「乾燥処理」する点、
(ロ)「乾燥処理」を、「60〜120℃の温度で」行う点、
(ハ)「乾燥処理」により「水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜」する点、
(ニ)次いで、「乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理する」点、及び
(ホ)「請求項1記載の」フィルム、即ち、「熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下である」フィルムを得る点
(5-3)上記相違点について検討する。
甲第6号証には、上記摘示記載(6a)及び(6b)のとおり、ポリビニルアルコール製膜原液をローラー等の上で製膜することが記載されているのみであるから、上記相違点(イ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件について、何ら記載されておらず、示唆もない。
甲第7号証には、上記摘示記載(7a)のとおり、ポリビニルアルコールの水溶液を「表面温度70℃のロール上に吐出し、乾燥」させる旨記載されているから、ポリビニルアルコールフィルムを乾燥するための乾燥温度を「70℃」とすることが記載されているものの、上記相違点(ニ)に係る熱処理温度との関係を示唆するものでない上、上記相違点(イ)、(ハ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件について、何ら記載されておらず、示唆もない。
甲第8号証には、上記摘示記載(8a)及び(8c)のとおり、「キャスティング法(溶液流延法)」により、ポリビニルアルコールの水溶液を金属ドラムの上に流延し、次いで乾燥させて成膜されたフィルムを得ること、及びこの成膜されたフィルムを150℃以上の温度で熱処理を行う旨、上記(8b)の図示のとおり、「キャスティング法(溶液流延法)」で用いる装置の「乾燥ゾーン」において、製膜フィルムの両面が複数のロールに接するようにしてされている旨、また、上記摘示記載(8d)及び(8e)のとおり、ポリビニルアルコールフィルムが偏光板材料に用いられる旨、記載されている。したがって、甲第8号証には、「1個の金属ドラムの上にポリビニルアルコールの水溶液を流延し,溶剤の大部分を蒸発させ,ゲル状に成膜し、次いで、隣接した乾燥機に移し,乾燥ゾーンにおいて製膜フィルムの両面を順次複数のロールに接触させて、フィルムを得た後、150℃以上の温度で熱処理を行う、偏光板材料等に用いるポリビニルアルコールフィルムの製造方法。」が記載されているものと、一応、認められる。しかし、前記「乾燥ゾーン」に図示された「複数のロール」が、上記相違点(イ)に係る「回転加熱ロール」であることについて、記載されておらず、示唆もない。また、上記相違点(ロ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件について、何ら記載されておらず、示唆もない。
甲第9号証には、上記摘示記載(9a)のとおり、ポリビニルアルコールの水溶液を乾燥して得たフィルムを「120℃以上の温度で熱処理する」旨記載されているので、乾燥フィルムの熱処理温度を120〜140℃とすることが記載されているものの、乾燥温度との関係については、何ら記載されていないから、結局、上記相違点(イ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件について、何ら記載されておらず、示唆もない。
甲第10号証には、上記摘示記載(10a)のとおり、「含有水分60%以下に調湿」した「ポリビニルアルコール系樹脂の溶融物」を「常温より100℃の間に表面温度を湿潤したロール面上にスリットより薄膜状に吐出」した後に「熱ロールを交互に通過せしめ、含有水分20%に乾燥する」ポリビニルアルコール系フィルムの製造方法が記載されていると認められ、「薄膜状」のフィルムを「熱ロールを交互に通過せしめ」る点は、上記相違点(イ)に係る本件発明2の構成要件と類似しているとみられるが、上記相違点(ロ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件について、何ら記載されておらず、示唆もない。
甲第11号証には、上記摘示記載(11a)のとおり、「ポリビニルアルコール薄膜」の熱処理等に係る発明が記載されているのみであり、上記相違点(イ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件について、何ら記載されておらず、示唆もない。
したがって、上記相違点(イ)、(ハ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件は、甲第6号証ないし甲第11号証の記載事項から、当業者が容易に想到し得るものとはいえないし、また、上記相違点(イ)ないし(ホ)に係る本件発明2の構成要件の組み合わせが、当業者にとって容易に想到し得るとは到底いえない。
そして、本件発明2は、上記相違点(イ)ないし(ホ)に係る構成要件によって、訂正明細書に記載のとおりの、偏光性能と耐久性に極めて優れる偏光膜の作成に良好なポリビニルアルコール系フィルムを容易に効率よく得ることができるという優れた作用・効果を奏するものと認められる。
したがって、本件発明2が、甲第6号証ないし甲第11号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
よって、本件発明2に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

6.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1ないし2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件発明1ないし2に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条に基づく、特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
偏光膜作成用のポリビニルアルコール系フィルム及びその製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であることを特徴とする、偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム。
【請求項2】ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら60〜120℃の温度で乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理することを特徴とする請求項1記載の偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は新規な偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム及びその製造方法に関するものである。さらに詳しくいえば、本発明は、偏光性能と耐久性に優れた偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム及びこのフィルムを効率よく製造する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、ポリビニルアルコールフィルムは、通常金属加熱ロールを使用し、実質上完全乾燥することにより作成されている。このような方法で得られるフィルムは、全厚みにわたって均質な物性を有するために、多くの用途において、形状安定性に優れたポリビニルアルコールフィルムとして利用されており、そしてその用途の一つとして偏光膜が知られている。該偏光膜は光の透過および遮蔽機能を有し、光のスイッチング機能をもつ液晶とともに液晶ディスプレイ(LCD)の基本的な構成要素として用いられている。このLCDは、近年、初期の頃の電卓や時計などの小型機器から、ラップトップ型パーソナルコンピューター、ワードプロセッサー、液晶カラープロジェクター、車載用ナビゲーションシステム、液晶テレビなどの高品位でかつ高信頼性の要求される機器へと拡大してきている。このような状況において、該偏光膜に対しても従来のものより一段と優れた偏光特性と耐久性とを併せもつ偏光膜が要望されている。したがって、このような要望に応えるために、これまで、例えば特殊な染料を用いる方法、有機溶剤溶液をゲル製膜して基材のポリビニルアルコールフィルムを製造する方法などが提案されている。しかしながら、これらの方法においては、染料作製が困難であったり、有機溶剤を使用する場合は安全面や設備保全面で費用が増大するのを免れないなどの欠点があった。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、このような事情のもとで、優れた偏光特性と耐久性とを併せもつ偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルム及びこのものを効率よく製造する方法を提供することを目的としてなされたものである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者は前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、熱水切断温度と重量膨潤度との積がある値以上のポリビニルアルコール系フィルムが高偏光特性と高耐久性を有する偏光膜の作成に適していること、及びこのものは、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜に特定の乾燥処理及び熱処理を順次施すことにより効率よく製造しうることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
【0005】
すなわち、本発明は、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13650以上、14910以下であることを特徴とする偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムを提供するものである。
また、本発明に従えば、前記偏光膜の作成に用いるポリビニルアルコール系フィルムは、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触させながら60〜120℃の温度で乾燥処理して、水分率が2〜15重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜し、次いで乾燥温度より高い温度であって且つ140℃以下の温度で熱処理することにより製造することができる。
【0006】
本発明のポリビニルアルコール系フィルム(以下、ポリビニルアルコールをPVA、ポリビニルアルコール系フィルムをPVA系フィルムと略称する)は、熱水切断温度T(℃)と重量膨潤度W(%)との積T×W(℃・%)が13000以上、好ましくは14000以上、より好ましくは15000以上であることが必要である。このT×Wの値が13000未満では、偏光膜にした際に高偏光特性又は高耐久性あるいはその両方の特性を十分に発現できないおそれがある。
ここでいう重量膨潤度W(%)の測定法は次の通りである。
すなわち、試料フィルム3gを約3mm幅に裁断し、30℃の温水に15分間浸漬後、300rpmで5分間遠心脱水した後の試料重量を(W1)、それを105℃で16時間乾燥した後の試料重量を(W2)とすると、重量膨潤度W(%)は次式により求められる。
重量膨潤度W(%)=(W1)/(W2)×100 ・・・(I)
また、熱水切断温度T(℃)の測定法は次の通りである。すなわち、幅5mm、長さ15cmの試料に0.5g/10μmの重りを取り付けて40℃の温度の水中に吊り下げ、その後水温を3℃/分の速度で昇温し、試料が切断する際の温水温度を、熱水切断温度T(℃)として求める。
【0007】
前記PVA系フィルムは、本発明の方法によると、まずPVA系樹脂水溶液膜を、その表面及び裏面を複数の回転加熱ロールに接触(好ましくは、表面及び裏面を交互に回転加熱ロールに接触)させながら、通常は60〜140℃、好ましくは70〜120℃で乾燥処理して、PVA系フィルムを連続的に製膜し、このPVA系フィルムの水分率が2〜15重量%、好ましくは3〜10重量%となった時点で、このものを乾燥温度より高い温度にて熱処理することにより、容易に製造することができる。
つまりこの方法によれば、得られるPVA系フィルムの水分率が2〜15重量%の範囲になるまで乾燥を行い、その後は温度を上昇させて熱処理することとなる。ここで、熱処理温度は、乾燥温度より高い温度であれば特に制限はなく、様々な状況に応じて適宜選定すればよいが、通常は80〜140℃、好ましくは100〜130℃である。
またこの際、装置としては様々なものが使用可能であるが、一般には回転加熱ロールを2本以上、通常2〜30本有する乾燥装置とそれに直結した熱処理装置が用いられる。該回転加熱ロールは、その周囲を熱風チャンバーで覆い、ロール加熱と熱風加熱を併用すると、乾燥効果が向上し有利である。また、該回転加熱ロールの代わりに回転加熱ベルトを使用することができ、一方、乾燥装置に直結した熱処理装置としては、通常加熱ロールや熱風炉などが使用される。
【0008】
次に、本発明のPVA系フィルムを製造する好適な態様の一例について説明すると、まず流延キャスト法や押出キャスト法などの公知の方法によって第一回転加熱ロール上にPVA系樹脂水溶液膜を形成させる。このPVA系樹脂水溶液膜は直ちに乾燥処理工程に入り、まずロールに接しない水溶液膜面側の乾燥が先に進行する。次いで、第二ロールへ反転移動させ、この第二ロールでは前記第一ロールとは反対の水溶液膜面側の乾燥が促進される。同様にしてロールを反転する度に、ロールに接しない水溶液膜面側の乾燥が促進され、その結果、両外表層面付近は乾燥が進み、中央部は乾燥が遅れてくる。
図1は本発明の方法における乾燥処理工程の一例を示す説明図であって、PVA系樹脂水溶液膜1が、その表面及び裏面を複数の回転ロール2に交互に接触させながら乾燥される状態を示している。
【0009】
このようにして、該PVA系樹脂水溶液膜(PVA系フィルム)全体の水分率が2〜15重量%、好ましくは3〜10重量%に達した時点で熱処理工程に入る。この熱処理工程におけるPVA系フィルム温度は、前記乾燥工程におけるPVA系フィルム温度より高くなるように、熱処理時の加熱温度を設定する必要がある。熱処理工程を経るとPVA系フィルムは通常絶乾に達するので、その後調湿処理を施すことにより、所望の水分が付与されたPVA系フィルムが得られる。前記乾燥処理工程から熱処理工程へ移る際のPVA系フィルムの水分率が2重量%未満や15重量%を超える場合は、いずれも高偏光特性及び高耐久性を有するものが得られず、本発明の目的が達成されない。
本発明のPVA系フィルムが高偏光特性を発現する理由は次のように推定される。すなわち、該PVA系フィルムが乾燥工程から熱処理工程へ移る際のフィルム全体(全厚み平均)の水分率は2〜15重量%であるが、実状は外表面付近は乾燥が進んでいて水分はほとんどなく、大部分の水分は中央部に偏在している。このようなフィルムが熱処理工程へ入ると、水分率の高い中央部の結晶化は進むが、水分をほとんどもたない外表面付近の結晶化は進まない。その結果、本発明のフィルムは結晶性が低く、したがって重量膨潤度の高い外表面付近と、結晶性が高くて熱水切断温度の高い中央部を有することになり、この結果、PVA系フィルムの重量膨潤度と熱水切断温度との積が高くなったと推定される。また、このフィルムから偏光膜を作成する際には、外表面付近の優れた染色性、延伸時配向性と、中央部付近の優れた耐熱水性すなわち、優れた高温延伸性とが相俟って、高偏光特性及び高耐久性が発現されるものと推定される。
【0010】
このようにして得られたPVA系フィルムを用いて偏光膜を製造するには、公知の方法、例えばPVA系フィルムに染色、延伸、ホウ酸化合物処理等を施したのち、乾燥して偏光膜を作成する方法などを利用することができる。染色は一軸延伸の前、延伸中、延伸後のいずれにおいて施してもよいし、また染料としては、例えばヨウ素-ヨウ化カリウムあるいは二色性染料などを使用することができる。延伸は温水中で行ってもよいし、吸水後のフィルムを空気中で行ってもよく、延伸温度は、通常30℃以上、好ましくは40℃以上、より好ましくは50℃以上が有利である。さらに、ホウ酸化合物処理においては、ホウ酸化合物浴中にヨウ素化合物を混合してもよい。このようにして得られた偏光膜には、通常その両外面に各種の支持体、例えば三酢酸セルロースがラミネートされる。
【0011】
本発明において使用できる原料のPVA系樹脂としては、酢酸ビニルを重合して得られるポリ酢酸ビニルをけん化して製造される、いわゆる通常のPVAのほか、不飽和カルボン酸又はその誘導体、不飽和スルホン酸又はその誘導体、炭素数2〜30のα-オレフィンなどで約15モル%未満共重合された変性ポリビニルアルコール、あるいはポリビニルホルマール、ポリビニルアセトアセタール、ポリビニルブチラールなどのポリビニルアセタールや、エチレン単位含量が20モル%以上のエチレン-ビニルアルコール共重合体等を挙げることができる。
【0012】
本発明におけるPVA系樹脂としては、重合度が500以上、好ましくは2400以上、より好ましくは4000以上のものが偏光特性及び耐久性に優れているので好適である。また、該PVA系樹脂のけん化度は90モル%以上、好ましくは95モル%以上、より好ましくは98モル%以上であるのが、耐久性に優れ望ましい。
本発明におけるPVA系フィルムを作成する際の溶媒としては、水、有機溶剤あるいはこれらの混合物のいずれも使用することができるが、本発明は水単独溶媒系で高偏光特性及び高耐久性のPVA系フィルムが得られる点に特徴があり、当然ながら安全面、経済面で優れる水溶媒の使用が有利である。
本発明のPVA系フィルムの厚みは、通常5〜150μm、好ましくは30〜100μmの範囲で選ばれる。
また、該PVA系フィルムには、グリセリンなどの各種のポリオール系可塑剤や、ノニオン性、アニオン性、カチオン性の界面活性剤などの添加成分を、所望に応じて適宜添加してもよい。
【0013】
【実施例】
次に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、実施例及び比較例において、フィルムの水分率はフィルムサンプルの乾燥前重量を(G1)、50℃で16時間真空乾燥後の重量を(G2)とすると、式
フィルムの水分率(%)=(G1-G2)/G1×100 ・・(II)
により求められる。
また、偏光膜製造工程における共通の製造条件などは次の通りである。
すなわち、染色浴の染料濃度はヨウ素/ヨウ化カリウム重量比を1/10に固定し、ヨウ素濃度を1〜20g/リットルの範囲内で適宜選択して、単体透過率43%近辺の偏光膜を採取した。ホウ酸浴のホウ酸濃度は4重量%とし、延伸浴にもホウ酸を4重量%濃度になるように添加した。乾燥は50℃の熱風で行った。
【0014】
本発明では偏光性能を表現するのに二色性比を用いた。この二色性比は偏光膜の光線透過率(単体透過率)Ts(%)と偏光度P(%)から式
二色性比=log(Ts/100-Ts×P/10000)/log(Ts/100+Ts×P/10000)
・・・(III)
で求められる。
また、耐久性の評価は、偏光膜の両面にPVA系接着剤を用いて厚さ80μmの三酢酸セルロースを貼り合わせて得た偏光板を、温度60℃、相対湿度(RH)90%の雰囲気下に200時間放置した後の単体透過率及び偏光度を測定して行った。
【0015】
実施例1
押出機、ダイ、周囲を熱風炉で覆われた12本の金属回転加熱ロールからなる乾燥装置及び熱風炉式の熱処理装置からなる製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を70℃、熱風温度を70℃、熱処理装置の熱風温度を120℃に設定した。重合度1500、けん化度99.5モル%のPVA42重量部、水53重量部およびグリセリン5重量部からなるペレットを、第一金属回転加熱ロールにキャストし、図1に示すような乾燥処理及び熱処理を連続して行い、膜厚75μmのPVAフィルムを作成した。得られたフィルムの重量膨潤度は210%、熱水切断温度は65℃、したがって重量膨潤度と熱水切断温度との積は13650であった。また、乾燥装置と熱処理装置の中間で採取したフィルムの水分率は4.6重量%であった。
次に、このフィルムに染色、延伸、ホウ酸処理及び乾燥を順次施して偏光膜を作成した。延伸が可能な上限の水温(以下、延伸時の上限水温と略記する)35℃、延伸が可能な上限の延伸倍率(以下、上限延伸倍率と略記する)5.4倍の条件にて一軸延伸した。得られた偏光膜の単体透過率は43.3%、偏光度は98.2%、二色性比は37.1で優れた偏光性能を有していた。
【0016】
実施例2
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を90℃、熱風温度を90℃、熱処理装置の熱風温度を120℃に設定した。重合度4000、けん化度99.6モル%のPVA35重量部、水61重量部およびグリセリン4重量部からなるペレットを、第一金属回転ロールにキャストし、図1に示すような乾燥処理及び熱処理を連続して行い、膜厚75μmのPVAフィルムを作成した。得られたフィルムの重量膨潤度は213%、熱水切断温度は70℃、したがって重量膨潤度と熱水切断温度との積は14910であった。また、乾燥装置と熱処理装置の中間で採取したフィルムの水分率は9.5重量%であった。
次に、このフィルムに染色、延伸、ホウ酸処理及び乾燥を順次施して偏光膜を作成した。延伸時の上限水温50℃、上限延伸倍率4.9倍の条件にて一軸延伸した。得られた偏光膜の単体透過率は43.7%、偏光度は99.6%、二色性比は46.5で優れた偏光性能を有していた。この偏光膜の耐久性テスト後の単体透過率は47.2%、偏光度は93.5%、二色性比は38.4で優れた耐久性を示した。
【0017】
比較例1
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を70℃、熱風温度を70℃、熱処理装置の熱風温度を150℃に設定した。実施例1と同じペレットを第一金属回転ロールにキャストし、図1に示すような乾燥処理及び熱処理を連続して行い、膜厚75μmのPVAフィルムを作成した。得られたフィルムの重量膨潤度は165%、熱水切断温度は74℃、したがって重量膨潤度と熱水切断温度との積は12210であった。また、乾燥装置と熱処理装置の中間で採取したフィルムの水分率は4.6重量%であった。
次に、このフィルムに染色、延伸、ホウ酸処理及び乾燥を順次施して偏光膜を作成した。延伸時の上限水温50℃、上限延伸倍率4.5倍の条件にて一軸延伸した。得られた偏光膜の単体透過率は44.2%、偏光度は93.6%、二色性比は22.9で偏光性能に劣るものであった。
【0018】
比較例2
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を80℃、熱風温度を80℃、熱処理装置の熱風温度を120℃に設定した。実施例1と同じペレットを第一金属回転ロールにキャストし、図1に示すような乾燥処理及び熱処理を連続して行い、膜厚75μmのPVAフィルムを作成した。得られたフィルムの重量膨潤度は212%、熱水切断温度は60℃、したがって重量膨潤度と熱水切断温度との積は12720であった。また、乾燥装置と熱処理装置の中間で採取したフィルムの水分率は1.2重量%であった。
次に、このフィルムに染色、延伸、ホウ酸処理及び乾燥を順次施して偏光膜を作成した。延伸時の上限水温30℃、上限延伸倍率4.7倍の条件にて一軸延伸した。得られた偏光膜の単体透過率は42.7%、偏光度は92.1%、二色性比は17.1で偏光性能に劣るものであった。
【0019】
比較例3
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を55℃、熱風温度を55℃、熱処理装置の熱風温度を120℃に設定した。実施例1と同じペレットを第一金属回転ロールにキャストし、図1に示すような乾燥処理及び熱処理を連続して行い、膜厚75μmのPVAフィルムを作成した。得られたフィルムの重量膨潤度は182%、熱水切断温度は66℃、したがって重量膨潤度と熱水切断温度との積は12012であった。また、乾燥装置と熱処理装置の中間で採取したフィルムの水分率は17.2重量%であった。
次に、このフィルムに染色、延伸、ホウ酸処理及び乾燥を順次施して偏光膜を作成した。延伸時の上限水温35℃、上限延伸倍率4.5倍の条件にて一軸延伸した。得られた偏光膜の単体透過率は43.0%、偏光度は94.3%、二色性比は20.6で偏光性能に劣るものであった。
【0020】
比較例4
実施例1と同じ製膜機を用いて、金属回転加熱ロール温度を90℃、熱風温度を90℃に設定し、実施例2と同じペレットを用いてキャストし、乾燥のみを行って膜厚75μmの未熱処理PVAフィルムを得た。このフィルムの水分率は9.5重量%であった。このフィルムを1日間放置後、実施例1と同じ熱処理装置を用いて、熱処理を行い熱処理ずみPVAフィルムを得た。得られたフィルムの重量膨潤度は175%、熱水切断温度は71℃、したがって重量膨潤度と熱水切断温度との積は12425であった。
次に、このフィルムに染色、延伸、ホウ酸処理及び乾燥を順次施して偏光膜を作成した。延伸時の上限水温50℃、上限延伸倍率4.5倍の条件にて一軸延伸した。得られた偏光膜の単体透過率は43.8%、偏光度は94.5%、二色性比は22.3で偏光性能に劣るものであった。
【0021】
【発明の効果】
本発明のPVA系フィルムを用いて作成した偏光膜は、偏光特性及び耐久性に極めて優れており、例えばパーソナルコンピューター、ワードプロセッサー、テレビ用など、従来の偏光膜以上の特性が要求されるLCD分野にも十分適用できる。
また、本発明の方法によると、前記の優れた特性を有する偏光膜を与えるPVA系フィルムを効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法における乾燥処理工程の一例を示す説明図である。
【符号の説明】
1 PVA系樹脂水溶液膜
2 回転加熱ロール
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2006-02-06 
出願番号 特願平4-46540
審決分類 P 1 651・ 531- YA (B29C)
P 1 651・ 113- YA (B29C)
P 1 651・ 121- YA (B29C)
P 1 651・ 534- YA (B29C)
P 1 651・ 81- YA (B29C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大島 祥吾  
特許庁審判長 石井 淑久
特許庁審判官 野村 康秀
石井 克彦
登録日 2002-03-01 
登録番号 特許第3283563号(P3283563)
権利者 株式会社クラレ
発明の名称 偏光膜作成用のポリビニルアルコール系フィルム及びその製造方法  
代理人 辻 邦夫  
代理人 辻 良子  
代理人 辻 良子  
代理人 辻 邦夫  

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