• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
管理番号 1137315
審判番号 不服2003-12160  
総通号数 79 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-02-21 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2003-06-30 
確定日 2006-05-31 
事件の表示 平成 6年特許願第 92212号「白黒及びカラーサーマルインクジェットペンのペン始動方法」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年 2月21日出願公開、特開平 7- 47684〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続きの経緯・本願発明の認定

本願は、平成6年4月28日(パリ条約による優先権主張1993年4月30日、アメリカ合衆国)の出願であって、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成17年9月14日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。

「 サーマルインクジェットプリンタのプリントヘッドカートリッジの始動方法であって、該プリントヘッドカートリッジが複数のインクジェットノズルとこれらのノズルにそれぞれ関連付けられたヒータ抵抗を有しており、該方法が、
(A)プリントヘッドカートリッジについて第1のノズル清掃手順を実行するステップと、
(B)各々のノズルを光学的にテストして、それが不動作か否かを判定するステップと、
(C)ステップ(B)において行なわれる光学的テストにより何れかのノズルが不動作と判定された場合に、第1のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第2のノズル清掃手順を実行して、ステップ(B)を繰り返すステップと、
(D)ステップ(C)により繰り返した場合にステップ(B)において行なわれる光学的テストにより何れかのノズルが不動作と判定された場合に、第2のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第3のノズル清掃手順を実行するステップ
とからなる方法。 」


2.当審の拒絶理由

一方、当審において平成17年3月15日付けで通知した拒絶の理由の概要は、本願発明は、本願出願の日前に頒布された「特開平3-244546号公報」(以下、「引用例」という。)及び「特開平2-194967号公報」に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。


3.引用例記載の発明

3-1 当審における拒絶の理由で引用した引用例には、以下の事項が図示とともに記載されている。

ア 「[従来の技術] 近年、熱エネルギーにより発生するバブルを使用してインクを吐出口から被記録材に向けて吐出して文字・画像等の記録を行ういわゆるバブルジェット式のインクジェットプリンタが開発されている。このプリンタは各吐出口内に設けた発熱抵抗体(ヒータ)のサイズが従来のインクジェットプリンタに使われている圧電素子と比べて格段に小さく、吐出口の高密度のマルチ化が可能であって、高品位の記録画像が得られ、高速、低騒音等の特色を有している。」(第2頁左上欄第6〜16行)

イ 「そこで、本発明の目的は、上述の点に鑑みて、インクジェットプリンタを備えたファクシミリ装置であって印字開始前にインクジェットヘッドの状態を自動的に回復でき、インクジェットヘッドの良好な吐出状態が確実に保証されるファクシミリ装置を提供することにある。」(第2頁右下欄第4〜9行)

ウ 「本図において、20はプラテン24上に送紙されてきた記録紙の記録面に対向してインク吐出を行うノズル群を具えたインクジェットヘッドカートリッジ(IJC)21のインクジェットヘッド(記録ヘッド)である。」(第4頁左上欄第13〜17行)

エ 「26はヘッド回復装置であり、・・(中略)・・、ヘッド回復装置26内に設けた適宜の吸引手段(例えば、吸引ポンプ)によるインク吸収・・(中略)・・を行い、これによりインクを吐出口から強制的に排出させることにより吐出口内の増粘インクを除去する等の吐出回復処理を行う。」(第4頁右上欄第4〜17行)

オ 「20は記録系の記録ヘッドであり、記録系として本例では第2図、第3図に示すようなバブルジェット式インクジェット記録装置が用いられている。」(第4頁右下欄第13〜16行)

カ 「また、不吐出検出センサ113は不吐出検出部120のロール紙あるいはホワイトボード等にBJヘッド20から吐出されて付着されたインクの有無をドツト単位で検知するホトセンサ等の光電変換素子アレイ113Aを有し、」(第5頁右上欄第6〜10行)

キ 「第6図(A)はCPU101が実行するメインルーチンを示し、第6図(B)はサブCPU100が実行する不吐出チェックのサブルーチンを示す。まず、第6図(A)の制御手順から説明する。メインCPU101はNCU105を通じて送信側から送られてくる16HzのCi信号(呼出信号)を検知すると(ステップS1)、サブCPU100に不吐出チェックの指示を行い(ステップS2)、不吐出の吐出口は全くない、すなわち非検出(OK)の旨の送信をサブCPU100から受けたときのみ通常の受信処理を行う(ステップS3)。しかし、不吐出の吐出口がある、すなわち検出(NG)の旨の返信をサブCPU100から受けたときには、後述の回復処理を行わせ(ステップS4)、回復処理が規定回数に達しない場合は(ステップS5)、再びステップS2に戻って上述の処理を繰り返し、規定回数を越えても不吐出の吐出口がある場合は、タイムオーバとして後述のエラー処理を実行する(ステップS6)。」(第5頁右下欄第11行〜第6頁左上欄第8行)

ク 「そこで、本例のステップS4における回復処理では、例えば記録ヘッド20を駆動モータ17を介してキャップ部26Aの位置に移動し、記録ヘッド20の各吐出口の発熱体の全てに同じように駆動パルスを印加することにより、各吐出口の全てに対し複数回、印字を目的としないインクの強制吐出をキャップ部26Aに向って行わせる。・・(中略)・・。この回復処理は目詰り防止用のいわゆる空吐出と同様な動作であるが、通常の空吐出よりもオーダが1つくらい上の回数(例えば100回)でインク吐出するとよいと考えられる。また、ステップS5における規定回数も許容時間(例えば15秒)内に処理ループが終了する回数に設定される。」(第6頁右上欄第4行〜左下欄第1行)

ケ 「また、上述のステップS6におけるエラー処理では、・・(中略)・・オペレータに記録ヘッド不良の旨を報知する。・・(中略)・・。なお、オペレータはこのエラー報知に応じて・・(中略)・・ヘッド回復処理装置26による強制吸収をさせてから不吐出チェックを行なわせ、それでも回復しない場合に新しいインクジェットカートリッジに交換することとなる。」(第6頁左下欄第5〜18行)

コ 「まず、サブCPUll0はメインCPU101から不吐出チェックの指示を受けると(ステップS10)、・・(中略)・・、記録ヘッド20の各吐出口の全てに対して駆動パルスを印加して印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出を例えば10回ほど行わせる(ステップS11)。」(第6頁右下欄第4〜11行)

サ 「次に、駆動モータ17およびキャリッジ16を介してBJヘッド20を不吐出検出位置へ移動し(ステップS13)、内部カウンタのカウント値nを0にセットする(ステップS14)。
次に、上記カウント値nがヘッド20の全吐出口の最終番号Nの値に達したか否かを判定して(ステップS15)、否定判定(NO)である場合は吐出口のn番目(従って最初は0番目)に駆動パルスを印加して1ドット分だけインク吐出をさせ(ステップS16)、内部カウンタの値nを“1”だけインクリメント(加算)した後(ステップS17)、駆動モータ17を駆動してBJヘッド20を1ピッチ分移動し(ステップS18)、再び上述のステップS15に戻り、n=Nとなるまで上述の処理を繰り返す。
BJヘッド20の最後の吐出口からインク吐出がなされると、不吐出検出部120の不吐出検出面には第5図(C)に示すような不吐出検出パターンが印字される。なお、第5図(C)は全ての吐出口に不吐出がない場合を示している。そこで、ステップS15でn=Nであると肯定判定(YES)した場合には、キャップ部26Aの空吐出位置へBJヘッド20を移動し(ステップS19)、続いて不吐出検出部120の不吐出検出位置へ不吐出検出センサ113を移動し(ステップS20)、内部カウンタの値nを0にセットする(ステップS21)。
次に、内部カウンタの値nがヘッド20の上記の全吐出口の最終番号Nの値に達したか否かを判定して(ステップS22)、まだ達していない場合は不吐出検出センサ113を介してn番目の1ライン分を読み取り(ステップS23)、全部白である、すなわちインクの吐出あとが検出されないと判定した場合は(ステップS24)、不吐出を検出した旨をメインCPU101に通知する(ステップS28)。」(第6頁右下欄第16行〜第7頁右上欄第9行)

3-2 上記記載事項ア、イ、ウ及びオからみて、「バブルジェット式インクジェット記録装置のインクジェットヘッドカートリッジ21の印字開始前の自動的な回復を行う方法であって、該インクジェットヘッドカートリッジ21がノズル群を具え、各ノズル内に発熱抵抗体(ヒータ)を有する」ことが記載されている。

上記記載事項ウ及びコからみて、「インクジェットヘッドカートリッジ21の記録ヘッド20の各ノズルの全てに対して駆動パルスを印加して印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出を10回ほど行わせる」ことが記載されている。

上記記載事項カ及びサからみて、「記録ヘッド20の全ノズルの各々に対して駆動パルスを印加して1ドット分だけインクを吐出して、このインクの有無をドット単位で検知するホトセンサ等の光電変換素子アレイ113Aによって検出することにより、不吐出のノズルの有無を検出する」ことが記載されている。

上記記載事項キ及びクからみて、「不吐出のノズルの有無を検出するステップで不吐出のノズルがあると判定された場合に、全てのノズルに対して駆動パルスを印加して空吐出を100回行わせ、ノズルの状態を回復処理し、続いて不吐出のノズルの有無を光電変換素子アレイにより検出することを繰り返すこと」が記載されている。

上記記載事項キには、「インクの不吐出チェック及び回復処理を規定回数繰り返しても不吐出のノズルがある場合にエラー処理を実行すること」が記載され、また、上記記載事項エ及びケからみて、「エラー処理では、ヘッド回復装置26に設けられた吸引手段によりノズルからインクを強制的に吸引排出する」ことが記載されている。

3-3 してみれば、上記事項をまとめると、引用例には、次のような発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。

「 バブルジェット式インクジェット記録装置のインクジェットヘッドカートリッジ21の印字開始前の自動的な回復を行う方法であって、該インクジェットヘッドカートリッジ21がノズル群を具え、各ノズル内に発熱抵抗体(ヒータ)を有しており、該方法が、
インクジェットヘッドカートリッジ21の記録ヘッド20の各ノズルの全てに対して駆動パルスを印加して印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出を10回ほど行わせるステップと、
記録ヘッド20の全ノズルの各々に対して駆動パルスを印加して1ドット分だけインクを吐出して、このインクの有無をドット単位で検知するホトセンサ等の光電変換素子アレイ113Aによって検出することにより、不吐出のノズルの有無を検出するステップと、
不吐出のノズルの有無を検出するステップで不吐出のノズルがあると判定された場合に、全てのノズルに対して駆動パルスを印加して空吐出を100回行わせ、ノズルの状態を回復処理し、続いて不吐出のノズルの有無を検出することを繰り返すステップと、
インクの不吐出チェック及び回復処理を規定回数繰り返しても不吐出のノズルがある場合に、ヘッド回復装置26に設けられた吸引手段によりノズルからインクを強制的に吸引排出するステップ
とからなる方法」


4.本願発明と引用発明との対比

本願発明と引用発明とを対比する。

引用発明の「バブルジェット式インクジェット記録装置」、「インクジェットヘッドカートリッジ」、「ノズル群」、「印字開始前の自動的な回復を行う方法」、「発熱抵抗体(ヒータ)」が、それぞれ、本願発明の、「サーマルインクジェットプリンタ」、「プリントヘッドカートリッジ」、「複数のインクジェットノズル」、「始動方法」、「ヒータ抵抗」に相当することは明らかである。

引用発明における「インクジェットヘッドカートリッジ21の記録ヘッド20の各ノズルの全てに対して駆動パルスを印加して印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出を10回ほど行わせるステップ」は、引用例の記載事項キ及びコより把握できるとおり、サーマルインクジェットプリンタの印字開始前に自動的に行われるインクジェットノズルの不吐出チェック工程で実行されるものであるが、引用例の記載事項サから明らかなように、インクジェットノズルの不吐出チェック自体は、不吐出検出部120の不吐出検出面に印字された不吐出検出パターンを不吐出検出センサを用いて検出することにより行われるものであるから、前記「空吐出を10回ほど行わせるステップ」は、不吐出チェックのための必須の工程ではなく、インクジェットノズルの不吐出チェックとは無関係のものと考えられる。
そして、引用発明の「印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出」が「ノズルの清掃」に当たることは明らかであるから(引用例の記載事項クにおける「目詰り防止用のいわゆる空吐出」という記載や、他に当審における拒絶の理由で引用した特開平2-194967号公報の第2頁右上欄第15行〜同頁左下欄第2行及び第4頁右上欄第17-19行の記載参照)、前記「空吐出を10回ほど行わせるステップ」は、明らかに本願発明における「プリントヘッドカートリッジについて第1のノズル清掃手段を実行するステップ」に相当するものといえる。

引用発明における「記録ヘッド20の全ノズルの各々に対して駆動パルスを印加して1ドット分だけインクを吐出して、このインクの有無をドット単位で検知するホトセンサ等の光電変換素子アレイによって検出することにより、不吐出のノズルの有無を検出するステップ」は、本願発明の「各々のノズルを光学的にテストして、それが不動作か否かを判定するステップ」に他ならない。

引用発明の「全てのノズルに対して駆動パルスを印加して空吐出を100回行わせ、ノズルの状態を回復処理」する動作は、「インクジェットヘッドカートリッジ21の記録ヘッド20の各ノズルの全てに対して駆動パルスを印加して印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出を10回ほど行わせるステップ」を経て、不吐出のノズルがあると判定された場合に実行されるものであるから「第2のノズル清掃手順を実行する」ものといえ、不吐出のノズルがあると判定されることは、何れかのノズルが不動作と判定されることと同意である。

引用発明の「ヘッド回復装置26に設けられた吸引手段によりノズルからインクを強制的に吸引排出するステップ」は、上述した「第2のノズル清掃手順」を実行した後行われるものであるから、「第3のノズル清掃手順」ということができる。

してみれば、本願発明と引用発明との一致点と相違点は以下のとおりである。

<一致点>
「サーマルインクジェットプリンタのプリントヘッドカートリッジの始動方法であって、該プリントヘッドカートリッジが複数のインクジェットノズルとこれらのノズルにそれぞれ関連付けられたヒータ抵抗を有しており、該方法が、
(A)プリントヘッドカートリッジについて第1のノズル清掃手順を実行するステップと、
(B)各々のノズルを光学的にテストして、それが不動作か否かを判定するステップと、
(C)ステップ(B)において行なわれる光学的テストにより何れかのノズルが不動作と判定された場合に、第2のノズル清掃手順を実行して、ステップ(B)を繰り返すステップと、
(D)ステップ(C)により繰り返した場合にステップ(B)において行なわれる光学的テストにより何れかのノズルが不動作と判定された場合に、第3のノズル清掃手順を実行するステップ
を含む方法。」

<相違点1>
第2の清掃手順について、本願発明では、「第1のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな」ものと特定されているのに対し、引用発明にはかかる特定がない点。

<相違点2>
第3の清掃手順について、本願発明では、「第2のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな」ものと特定されているのに対して、引用発明にはかかる特定がない点。


5.相違点についての判断及び本願発明の進歩性の判断

5-1
5-1-1 まず、本願発明の「第1のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第2のノズル清掃手順」及び「第2のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第3のノズル清掃手順」という記載は、以下に述べるように必ずしも明確とはいえないものである。

すなわち、本願発明においては、「第1のノズル清掃手順」、「第2のノズル清掃手順」及び「第3のノズル清掃手順」について、「プリントヘッドカートリッジについて第1のノズル清掃手順を実行する」、「第1のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第2のノズル清掃手順を実行して」及び「第2のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第3のノズル清掃手順を実行する」と規定するだけで、具体的な清掃方法については、何ら規定されていない。
そうであれば、「第1のノズル清掃手順」、「第2のノズル清掃手順」及び「第3のノズル清掃手順」は、各々同じ清掃方法を用いたものであっても、各々異なる清掃方法であっても、いずれでも良いと解される。
いま、複数のノズル清掃手順が全て同じ清掃方法を用いるのであれば、その清掃方法に関してプリントヘッドカートリッジに与えるダメージの大小を判別することは当業者に自明であり、ダメージの大小によりノズル清掃手順を区別することに何ら困難性は存しない。例えば、プリントヘッドカートリッジのノズルを空吐出により清掃するのであれば、ノズルからの吐出数を多くすれば、ヒータ抵抗の使用回数が増加し、ひいてはヒータ抵抗の劣化につながることは自明であるし(例えば、特開平5-57885号公報の段落【0003】、特開平5-4345号公報の段落【0008】参照。)、また、ノズルをワイピングするのであれば、ワイピング数を多くすることが、ノズルのワイピング面の摩耗の増大につながることは自明である。
しかし、複数のノズル清掃手順の清掃方法が各々異なる場合は、その清掃方法の相違により制御方法及び用いる部材が異なるのが通常であるから、各々の清掃方法がプリントヘッドカートリッジのどの部位に対してどのように作用するかが当然に異なってくる。つまり、例えば、空吐出による清掃であれば、プリントヘッドカートリッジ内のノズルのヒータ抵抗に清掃パルスを与えることによるノズルの清掃であって、特別な部材は用いないし、また、ワイピングによる清掃であれば、通常、インク出口であるノズルをブレード部材で直接拭き取るものであって、これはノズルのヒータ抵抗とは直接又は間接的にも全く関係がない。
そうすると、異なる清掃方法を採用した場合の「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージ」を比較するということは、例えば前述の例では、空吐出とブレードによる清掃を比較した場合、清掃パルスが与えられたヒータ抵抗の劣化等のダメージと、ブレードにより拭き取られるノズルの摩耗等のダメージとを比較することになり、プリントヘッドカートリッジの異なる部位のダメージの大小を判断しなければならないということである。
この点、プリントヘッドカートリッジの異なる部位のダメージを、どのように抽出し、かつどのような判定基準をもってその大小を判定するかは、当業者にとって技術常識と言えないばかりか、本願明細書においても、一切記載されていないから、プリントヘッドカートリッジに対して異なる清掃方法を採用する場合は、「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージ」の大小は一律に決定しえないものと言うしかない。
してみれば、プリントヘッドカートリッジに対して単一の清掃方法しか用いないのであれば、「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージ」の大小という考え方は一応理解できるものとしても、プリントヘッドカートリッジに対して異なる清掃方法を採用する場合は、「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージ」の大小は一律に決定しえないものであるから、本願発明の、「第1のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第2のノズル清掃手順」、及び、「第2のノズル清掃手順よりもプリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな第3のノズル清掃手順」との記載には、各種の概念が含まれているものといえる。

5-1-2 本願の明細書及び図面を参酌すると、そこには次のような記載がある。

【0025】
「肯定された場合、ステップ317においてプリントヘッドは、必要な場合には非核形成加熱パルスの印加に従って所定の清掃温度まで加熱され、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に供給される300のインク発射パルスの印加によって駆動され、そして制御はステップ307へと移る。」
【0026】
「肯定された場合には、ステップ321において、プリントヘッドは所定の清掃温度にまで加熱され、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対する7200のインク発射パルスの印加によって駆動され、そして制御はステップ307へと移る。」
【0027】
「ステップ319における判定が否の場合には、ステップ323において、RETRYが4に等しいかどうかに関する判定が行なわれる。肯定の場合は、ステップ325においてプリントヘッドはキャップされ、プライミング及びワイプされる。ステップ327において、プリントヘッドはスピットへと戻され、必要な場合には非核形成加熱パルスの印加に従って清掃温度に加熱され、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対する7200のインク発射パルスの印加によって駆動される。その後、制御はステップ307へと移る。」
【0030】
「上述したプリントヘッドノズル清掃手順においては、一連の異なったノズル清掃動作が、プリントヘッドについて、全てのノズルが清掃されるまで、或いは全ての動作が実行されるまで行なわれる。この動作は、プリントヘッドに対するダメージ及びカートリッジのインク供給の減少に応じて厳しさを増すものであり、より厳しい動作は、それよりも厳しくない動作によってはプリントヘッドの全てのノズルの詰まりを除去することができない場合にのみ実行されるようになっている。最も厳しくない清掃動作は、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対して、上述した300パルスのような限定された数のインク発射パルスを印加することを含んでいる。この限られたパルス数及び用いられるパルス周波数は、特定のプリントヘッド構成とインクの配合に合わせて調節され、また例えば厳しく詰まっていない殆どのプリントヘッドを清掃するパルス数及びパルス周波数を求めることによって設定することができる。厳しさの増加した次の動作は、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対して、上述した7200パルスの如き、より多くの数のインク発射パルスを印加することを含んでいる。この限られたパルス数及び用いられるパルス周波数は、特定のプリントヘッド構成とインクの配合に合わせて調節され、また例えば厳しく詰まっている殆どのプリントヘッドを清掃するパルス数及びパルス周波数を求めることによって設定することができる。最も厳しい動作は、プライミング、ワイプ、及びさらに多くの数のインク発射パルスを印加することを含み、最も厳しく詰まったプリントヘッドについてだけ用いられる。」

また、【図8】には、ステップ317として「必要ならプリントヘッドを加熱し、各々のヒータ抵抗に300パルスを供給」と記載され、ステップ321として「必要ならプリントヘッドを加熱し、各々のヒータ抵抗に7200パルスを供給」と記載され、ステップ325として「プリントヘッドをプライミングしノズルプレートをワイプする」と記載され、325に続く一連のステップ327として「プリントヘッドを位置決めし、必要なら加熱し、各々のヒータ抵抗に7200パルスを供給」という記載がある。

5-1-3 上記本願明細書及び図面の記載に基づけば、本願発明における「第1のノズル清掃手段」とは、「プリントヘッドを、必要なら所定の清掃温度に加熱し、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対して300のインク発射パルスを印加すること」である。
同様に、本願発明の「第2のノズル清掃手順」とは、「プリントヘッドを、必要なら所定の清掃温度に加熱し、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対して7200のインク発射パルスを印加すること」であり、また、「第3のノズル清掃手順」とは、「プライミング及びワイプした後、プリントヘッドを、必要なら所定の清掃温度に加熱し、プリントヘッドのヒータ抵抗の各々に対して7200のインク発射パルスを印加すること」である。

そうすると、「第1のノズル清掃手段」と「第2のノズル清掃手段」との対比、及び、「第2のノズル清掃手段」と「第3のノズル清掃手段」との対比から、本願発明の「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージ」を大きくするとは、複数のノズル清掃手順において、(1)同種の清掃方法のみを用いているときは、単に清掃のための回数を大きくすること、或いは、(2)共通する同一の清掃方法に加えてそれとは異なる清掃方法を追加すること、が把握できる。

以下、相違点を判断するにあたっては、本願発明の「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな」ものであることを、複数のノズル清掃手順において、(1)同種の清掃方法のみを用いているときは、単に清掃のための回数が大きいこと、或いは、(2)共通する同一の清掃方法に加えてそれとは異なる清掃方法が追加されること、と解する。

5-2 相違点1について

引用発明の「インクジェットヘッドカートリッジ21の記録ヘッド20の各ノズルの全てに対して駆動パルスを印加して印字を目的としないインクの強制吐出、すなわち空吐出を10回ほど行わせるステップ」が、本願発明の「プリントヘッドカートリッジについて第1のノズル清掃手順を実行するステップ」に相当し、また、引用発明の「全てのノズルに対して駆動パルスを印加して空吐出を100回行わせ、ノズルの状態を回復処理」することが、本願発明の「第2のノズル清掃手順を実行」することに相当するものであることは、上記「4.本願発明と引用発明との対比」において述べたとおりである。
してみれば、引用発明の、空吐出を100回行わせる第2のノズル清掃手順は、空吐出を10回ほど行わせる第1のノズル清掃手順よりも「プリントヘッドカートリッジに与えるダメージがより大きな」ものと言うことができる。
よって、上記相違点1に係る本願発明の構成は、当業者にとって実質的な相違点ではない。

5-3 相違点2について

引用発明は、インクの不吐出チェック及び回復処理を規定回数繰り返しても不吐出のノズルがある場合に、ヘッド回復装置に設けられた吸引手段によりノズルからインクを強制的に吸引排出するものであり、これは、ノズルに対して空吐出を行わせただけではインクの不吐出が回復しない場合に、第3のノズル清掃手順として、空吐出とは異なるインク吸引という方法によりノズルの回復処理を行うことを開示している。
また、引用例には「31はヘッド回復装置26の側面に配設され、シリコンゴムで形成されるワイピング部材としてのブレード(ワイパーとも称する)である。・・(中略)・・。これにより、・・(中略)・・ヘッド回復装置26を用いた吐出回復処理後に、ブレード31を記録ヘッド20の移動経路中に突出させ、ヘッド20の移動動作に伴なってヘッド20の吐出面における結露、濡れあるいは塵埃等をふきとる。」(第4頁右上欄第19行〜左下欄第11行)との記載があり、ヘッド回復装置26による吸引清掃とブレードによる清掃を併用することも示唆されている。
このように、インクジェットノズルの清掃を実行するにあたって、所定の手段だけではノズルの不吐出が回復しない場合に、それとは異なる他の清掃方法を採用してノズルの不吐出を回復しようと試みることは当業者であれば自然な発想であり、引用例以外にも、例えば、特開平3-267867号公報の第5頁左上欄第16行〜同左下欄第1行、特開平3-267864号公報の第5頁左上欄第16行〜同左下欄第1行に記載がある。

さらに、引用発明においては、記載事項キ、クに記載されているように、100回の空吐出を規定回数繰り返すものであり、規定回数を越えても不吐出の吐出口がある場合、ヘッド回復装置によるノズル清掃に移行するものであるが、規定回数を超える最後の100回の空吐出を第2のノズル清掃手段の一部と捉えるか第3のノズル清掃手段の一部と捉えるかは、当業者が適宜に設定し得る程度の事項であるから、当該最後の100回の空吐出とヘッド回復装置による清掃を合わせて第3のノズル清掃手順と捉えることに何ら困難性はない。

してみれば、引用発明において、100回の空吐出によるノズル清掃手順を実行するステップの後、続けて100回の空吐出を行うとともに、空吐出とは異なる清掃方法を採用するノズル清掃手順を実行するということは、当業者が容易に導くことができたものであり、これは、上記5-1-3で記載した「(2)共通する同一の清掃方法に加えてそれとは異なる清掃方法を追加すること」と何ら差異はない。

よって、相違点2に係る本願発明の構成は、格別のものではない。

5-4 本願発明の進歩性の判断

既に述べたように上記相違点1及び2に係る本願発明の構成は格別のものではなく、また、それらの構成を総体として採用したことによる格別の効果を認めることもできない。
したがって、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


6.むすび

以上のとおり、本願発明が特許を受けることができない以上、その他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-12-08 
結審通知日 2005-12-13 
審決日 2006-01-16 
出願番号 特願平6-92212
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 藤本 義仁  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 番場 得造
國田 正久
発明の名称 白黒及びカラーサーマルインクジェットペンのペン始動方法  
代理人 溝部 孝彦  
代理人 古谷 聡  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ