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審決分類 審判 全部申し立て 特29条の2  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1137794
異議申立番号 異議2003-72676  
総通号数 79 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-02-10 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-11-07 
確定日 2006-03-20 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3402562号「高周波焼入れ部品」の請求項1ないし3に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3402562号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3402562号の請求項1〜3に係る発明についての出願は、平成8年7月19日に特許出願され、平成15年2月28日にその発明について特許の設定登録がなされたものである。
これに対し、愛知製鋼株式会社及び小矢崎杏二から特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成16年7月20日に訂正請求がなされたが、その訂正請求について訂正拒絶理由通知がなされ、その指定期間内に意見書が提出されたものである。

2.訂正の適否について
2-1.訂正の内容
平成16年7月20日付け訂正請求の内容は、本件特許明細書を訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり、すなわち次の訂正事項ア乃至サのとおりに訂正するものである(なお、訂正請求書における訂正事項gの「1種又は2種」、訂正事項rの「0.05%以下」、「0.17%以下」、訂正事項uの「ルテンサイト率」は、訂正明細書の記載等からみて、それぞれ、「1種または2種」、「0.05%未満」、「0.17%」、「マルテンサイト率」の誤記と認める)。
(1)訂正事項ア:特許請求の範囲の
「【請求項1】 重量%で(以下同じ。)、C:0.30〜0.60%、Si:≦0.50%、Mn:0.20〜1.50%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:≦0.10%を含み、Ti/Nが3.42〜8であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(有効硬化深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織の高周波焼入れ部を有することを特徴とする高周波焼入れ部品。
【請求項2】 Cr:≦1.0%、Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の高周波焼入れ部品。
【請求項3】 Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2記載の高周波焼入れ部品。」を、
「【請求項1】 重量%で(以下同じ。)、C:0.30〜0.50%、Si:≦0.50%、Mn:0.61〜1.50%、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:0.031〜0.10%を含み、Ti/Nが3.42〜8であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織の高周波焼入れ部を有することを特徴とする高周波焼入れ部品。
【請求項2】 Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1記載の高周波焼入れ部品。
【請求項3】 Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2記載の高周波焼入れ部品。」と訂正する。
(2)訂正事項イ:明細書段落【0005】の
「【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明の高周波焼入れ部品においては、C:0.30〜0.60%、Si:≦0.50%、Mn:0.20〜1.50%、Cr:≦1.0%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:≦0.10%を含み、必要に応じてCr:≦1.0%、Mo≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種以上を含み、更に必要に応じてPb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含み、Ti/Nが3.42〜8であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(有効硬化深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織である高周波焼入れ部を有するものとしたことである。」を、
「【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明の高周波焼入れ部品においては、C:0.30〜0.50%、Si:≦0.50%、Mn:0.61〜1.50%、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:0.031〜0.10%を含み、必要に応じてMo≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含み、更に必要に応じてPb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含み、Ti/Nが3.42〜8であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織である高周波焼入れ部を有するものとしたことである。」と訂正する。
(3)訂正事項ウ:明細書段落【0007】の
「C:0.30〜0.60%
Cは、機械部品の強度を確保するために必須の元素であり、高周波焼入れ後の部品表面部の硬さを50HRC以上とするためには0.30%以上含有させる必要がある。しかし、0.60%を超えて含有しても表面硬さは上昇せず、また高周波焼入れ時に焼き割れを発生するなどの問題があるために、その上限を0.60%とした。」を、
「C:0.30〜0.50%
Cは、機械部品の強度を確保するために必須の元素であり、高周波焼入れ後の部品表面部の硬さを50HRC以上とするためには0.30%以上含有させる必要がある。しかし、0.50%を超えて含有しても表面硬さは上昇せず、また高周波焼入れ時に焼き割れを発生するなどの問題があるために、その上限を0.50%とした。」と訂正する。
(4)訂正事項エ:明細書段落【0008】の
「Mn:0.20〜1.50%
Mnは、Siと同様に脱酸剤として、また、鋼の焼入性を高くする元素である。鋼の高周波焼入れ性を改善し、かつ、表面硬さを増加するためには0.20%以上添加する必要がある。」を、
「Mn:0.61〜1.50%
Mnは、Siと同様に脱酸剤として、また、鋼の焼入性を高くする元素である。鋼の高周波焼入れ性を改善し、かつ、表面硬さを増加するためには0.61%以上添加する必要がある。」と訂正する。
(5)訂正事項オ:明細書段落【0011】の
「Ti:≦0.10%
Tiは、鋼中のNと結合してTiNを生成することによってNを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる効果を有するため、N量に応じて添加する。Ti/N比率が3.42以上かつ8以下にする必要がある。なお、Tiを多量に添加しTi/N比が8を超えた場合には、鋼中への介在物の生成が顕著になり疲れ特性を低下させるため、Ti/N比は8以下にする必要があり、またTi含有量の上限を0.1%とした。」を、
「Ti:0.031〜0.10%
Tiは、鋼中のNと結合してTiNを生成することによってNを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる効果を有するため、少なくとも0.031%を含有し、N量に応じて添加する。Ti/N比率が3.42以上かつ8以下にする必要がある。なお、Tiを多量に添加しTi/N比が8を超えた場合には、鋼中への介在物の生成が顕著になり疲れ特性を低下させるため、Ti/N比は8以下にする必要があり、またTi含有量の上限を0.1%とした。」と訂正する。
(6)訂正事項カ:明細書段落【0011】の
「Cr:≦1.0%
Crは、Mnと同様に鋼の焼入性を向上する元素であり、必要に応じて添加することができる。高周波焼入れする部品の直径または厚さが25mm以下の場合にはCr添加は不要であるが、比較的大型の部品を高周波焼入れする場合には、焼入れ性を改善するために添加することが望ましい。しかし、1.0%以上添加すると被削性や熱間加工性などの製造性を悪化させるため、上限を1.0%とした。」を、
「Cr:0.05〜0.17%
Crは、Mnと同様に鋼の焼入性を向上する元素であるので添加する。その含有量が0.05%未満では効果がなく、0.17%を超えて添加すると被削性や熱間加工性などの製造性を悪化させるため、上限を0.17%とした。」と訂正する。
(7)訂正事項キ:明細書段落【0014】の
「マルテンサイト率を90%以上とすることが望ましい。」を、
「マルテンサイト率を90%以上とする。」と訂正する。
(8)訂正事項ク:明細書段落【0015】の
「焼入れ深さ(t)」を、
「50HRC以上の硬さが得られる深さ(t)」と訂正する。
(9)訂正事項ケ:明細書段落【0017】の表1、段落【0018】の表2、段落【0020】の表3及び段落【0023】の表4における鋼No.4、6、7及び8を削除する。
(10)訂正事項コ:明細書段落【0020】の表3の比較例鋼No.2の効果深さの比の欄の
「0.19」を「0」と訂正する。
(11)訂正事項サ:明細書段落【0023】の表4の比較例鋼No.2の効果深さの比の欄の
「0.15」を「0」と訂正する。

2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)上記訂正事項アは、特許請求の範囲に関するものであって、次の(a)〜(f)の訂正からなるものである。
(a)請求項1の「C:0.30〜0.60%」を「C:0.30〜0.50%」と訂正する。
(b)請求項1の「Mn:0.20〜1.50%」を「Mn:0.61〜1.50%」と訂正する。
(c)請求項1の「Ti:≦0.10%」を「Ti:0.031〜0.10%」と訂正する。
(d)請求項1の「B:0.0005〜0.0050%」の前に、「Cr:0.05〜0.17%、」を付加する。
(e)請求項1の「t(有効硬化深さ)」を「t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)」と訂正する。
(f)請求項2の「Cr:≦1.0%、Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種以上」を「Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種」と訂正する。
これらの訂正について検討するに、上記(a)(b)(c)の訂正は、実施例の含有量の数値に基づいて、C、Mn、Tiのそれぞれの含有量範囲をより狭くするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
上記(d)の訂正は、明細書段落【0011】の「Crは、・・・必要に応じて添加することができる。」等の記載や、実施例のCr含有量の数値に基づき、請求項1の高周波焼入れ部品において、Crを含有成分とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
上記(e)の訂正は、明細書段落【0016】の「高周波焼入れ試験機によって高周波焼入れした後、表面硬さ及び50HRC以上の硬さが得られる深さ(硬化深さ)を測定した。」という記載に基づいて、「t(有効硬化深さ)」が「t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)」であることを明確にするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
上記(f)の訂正は、請求項1におけるCrを含有成分とする訂正に伴い、請求項1を引用する請求項2において、Crを選択成分から除くものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
したがって、上記(a)〜(f)の訂正からなる訂正事項アは、特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、しかも、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(2)訂正事項イ〜カ、ク、ケは、訂正事項アによる特許請求の範囲の訂正に伴い、これに整合するように、発明の詳細な説明の記載を訂正するものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、しかも、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(3)訂正事項キは、特許請求の範囲の記載と整合していない発明の詳細な説明の記載を整合するように訂正するものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、しかも、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
(4)訂正事項コ、サは、明らかな誤記を訂正するものであるから、誤記の訂正を目的とするものであり、しかも、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

2-3.訂正の適否についてのまとめ
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項で準用する第126条第2、3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.特許異議の申立てについて
3-1.当審の取消理由の概要
当審が通知した取消理由は、要するところ、次の(1)〜(3)の取消理由を含むものである。
(1)本件請求項1〜3に係る発明は、本件特許の出願前に国内において頒布された刊行物1に記載された発明であるから、本件請求項1〜3に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである(取消理由1)。
(2)本件請求項1〜3に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1〜6、又は刊行物7〜11に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1〜3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(取消理由2)。
(3)本件請求項1〜3に係る発明は、本件特許の出願の日前の特許出願(以下、「先願」という)であって、その出願後に特開平10-8189号公報として出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「先願明細書」という)に記載された発明と同一であり、しかも、本件請求項1〜3に係る発明の発明者がその先願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本件特許の出願の時において、その出願人が上記先願の出願人と同一でもないので、本件請求項1〜3に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものである(取消理由3)。

3-2.本件発明
上記2.で述べたとおり訂正が認められるから、本件請求項1〜3に係る発明(以下、「本件発明1〜3」という)は、平成16年7月20日付け訂正請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載されたとおりのものである〔上記2-1.(1)参照〕。

3-3.引用刊行物とその主な記載事項
(1)刊行物1:特開平8-81733号公報(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した甲第1号証)
(1a)「【請求項1】合金元素の含有率が質量%で、
C :0.50〜0.80%、
Si:0.15%以下、
Mn:0.60%以下、
B :0.0005〜0.0050%、
Ti:0.05%以下であり、
残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする被削性に優れた高強度高周波焼入用鋼。
【請求項2】請求項1記載の合金元素に加えて、質量%で、
Cr:2.0%以下
Ni:3.0%以下、
Mo:1.0%以下、
Nb:0.10%以下、
V :0.05〜0.50%のうち1種または2種以上の元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする被削性に優れた高強度高周波焼入用鋼。
【請求項3】請求項1〜2記載の合金元素に加えて、質量%で、
S :0.20%以下、
Te:0.20%以下、
Ca:0.0050%以下のうち1種または2種以上の被削性向上元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする被削性に優れた高強度高周波焼入用鋼。」(特許請求の範囲)
(1b)「【産業上の利用分野】本発明は、機械構造用部品、例えば変速ギヤ、無段変速機用転動体、等速ジョイントアウターレース、その他の高周波焼入れを施して機械構造用部品に用いられる被削性に優れかつ静的強度や曲げ疲労強度および転がり接触疲労強度に優れた高強度高周波焼入用鋼に関する。」(段落【0001】)
(1c)「Ti:0.05%以下
Tiは鋼中のNを固定するために必要な元素である。TiN化合物の生成により、BN化合物の生成を抑制し、Bの焼入性向上効果を確保できる。しかし、多すぎると靭性の低下をきたすので0.05%以下に限定した。また、Tiの望ましい添加量は、Ti/N>3.4である。」(段落【0014】)
(1d)「Mn:0.60%以下、
Mnは溶製時の脱硫剤として作用する元素であり、また高周波焼入性を向上させる元素であるが、十分な焼入性を得るために必要な量を添加すると固溶強化元素であるため、素材の硬さを高め被削性および加工性を劣化させる。そのため、Mnの含有率を0.60%以下とする。Mn低下による高周波焼入性の不足は、Bの添加により補完する。」(段落【0012】)
(1e)「Cr:2.0%以下、Ni:3.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.10%以下、Cr、Ni、MoおよびNbは、硬化層部の靭性を高め、硬化層深さを深める元素なので、それぞれ2.0%以下、3.0%以下、1.0%以下および0.10%以下で単独に、または複合添加してもよい。
S:0.20%以下、Te:0.20%以下、Ca:0.0050%以下
被削性を特に高めたい場合に添加する元素であって、それぞれ0.20%以下、0.20%以下および0.0050%以下の範囲で単独に、または複合添加してもよい。ただしこれ以上添加すると機械的性質が劣化するので上限を定めた。」(段落【0016】〜【0017】)
(1f)「【実施例】
表1に示す化学組成をもつ各鋼材を2t溶製し、直径32mmおよび直径60mmの棒鋼に圧延した。この棒鋼の1/2R部の硬さを測定するとともに、下記試験条件にて転動試験、被削性試験および高周波焼入性試験を行った。」(段落【0018】〜【0019】)
(1g)「高周波焼入性を直径25mm、長さ100mmの丸棒試験片を加工し、、周波数:10kHz、電力:55kW、加熱時間:4sの条件で高周波焼入れし、表面からビッカース硬さで500HVになる硬さまでの距離を測定した。
以上の試験結果を一括して表2に示した。」(段落【0022】〜【0023】)
(1h)実施例の鋼材の化学成分(質量%)は、実施例1が、C:0.53、Si:0.05、Mn:0.25、P:0.011、S:0.014、Cu:0.04、Ni:0.05、Cr:0.14、Mo<0.02、V<0.01、s-Al:0.020、Ti:0.035、N:0.010、B:0.015である。(第4頁表1参照)
(1i)実施例1、2、4、6、10のN含有量は、それぞれ、0.010質量%、0.009質量%、0.010質量%、0.010質量%、0.005質量%であり、また、実施例1、2、4、6、10のTi/Nは、それぞれ、3.5、3.55、3.5、3.6、4である(第4頁表1参照)
(1j)実施例1、2、4、6、10の高周波焼入性試験は、それぞれ、5.6mm、6.7mm、8.2mm、6.6mm、6.0mmである。(第4頁表2参照)
(2)刊行物2:「電気製鋼」第63巻第1号、1992年1月15日、電気製鋼研究会発行、第59〜69頁(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した甲第2号証)
(2a)「誘導加熱を利用した高周波焼入れは代表的な表面硬化方法のひとつであり耐摩耗性、疲れ特性向上を目的として多くの機械構造用部品に適用されている。」(第59頁左欄第2〜5行)
(2b)「2. 冷鍛・高周波焼入用鋼の組成検討
2.1 実験方法
高周波焼入性と冷間鍛造性を検討するため・・・
熱処理後、直径25mm×長さ80mmの試験片に加工した。高周波焼入はTable2に示す条件で移動焼入れと定置焼入れを実施した。
またJISに基づくジョミニー試験を実施した。
・・・(中略)・・・
2.3 高周波焼入性
表面からHV450が得られる距離を硬化層深さと定義した。」(第60頁左欄第15行〜第61頁左欄第7行)
(2c)「3. 冷鍛・高周波焼入用鋼(HAC鋼)の特性
冷鍛・高周波焼入用鋼(HAC鋼)の特性を以下に示す。HAC48、HAC53鋼はそれぞれC量が0.48、0.53%のHAC鋼である。・・・
3.1 ジョミニー焼入性
・・・(中略)・・・
3.2 高周波焼入性
Fig.7(a)、(b)に高周波焼入試験結果を示す。前組織は球状化焼なまし組織である。移動焼入れ(a)、定置焼入れ(b)、いずれの方式においても表層からHV450までの距離は、HAC53>HAC48>S53C>S48Cの順でJIS炭素鋼よりもHAC鋼の方が焼入性は著しく高い。」(第63頁左欄第20行〜第64頁左欄第4行)
(2d)高周波焼入条件の示された表2には、高周波定置焼入条件について、周波数が10kHz、電圧が170V、時間が4s、電力が55kWである旨が示されている。(第60頁の表2参照)
(2e)グレードが「HAC53」の開発鋼の化学成分は、質量%で、C:0.53%、Si:0.05%、Mn:0.25%、Cr:0.15%、B:0.0015%である(第63頁表3参照)。
(2f)周波数10kHz、電力55kW、時間4sの条件での高周波定置焼入試験結果における表面からの距離(mm)(横軸)とビッカース硬度(縦軸)の関係を示したFig.7(b)には、HAC鋼53のビッカース硬度は、表面からの距離0mm〜約3mmにおいて、約800から約740まで非常に緩やかに減少し、表面からの距離約3mm〜約4.5mmにおいて、約740から約600まで緩やかに減少し、表面からの距離約4.5mm〜約5.0mmにおいて、約600から約350まで急減し、表面からの距離約5.0mm〜コアにおいて、約350から約250まで非常に緩やかに減少する旨が示され、また、他のHAC48、S48C、S53Cも同様に、ビッカース硬度は、表面から約3.5mm前後の所定の深さまで緩やかに減少し、それより深い所定の深さ範囲で急減し、それより深い部分では、また緩やかに減少する旨が示している。
(3)刊行物3:「鉄鋼工学講座8 鋼の熱処理技術」昭和49年11月15日、株式会社朝倉書店発行、第73〜77頁(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した甲第3号証)
(3a)「鋼は焼入れによって臨界冷却速度以上の速度で冷却されるとマルテンサイト組織となって飛躍的に硬くなるけれども、そのマルテンサイトの硬さ(完全硬化した場合)図2.54に示すように、ほとんど炭素量のみに依存し、合金元素にはあまり大きく影響されない。」(第73頁第11〜18行)
(3b)「各種のマルテンサイトを含む組織の硬さと炭素量との関係は図2.59に示される。」(第76頁第10〜20行)
(3c)焼入最高硬さ(マルテンサイトの硬さ)(縦軸)とC量(横軸)との関係に関する図2.54には、合金鋼、炭素鋼とも、炭素量(%)の増加と共に、焼入最高硬さ(HRC)が増加することが示されており、炭素量が0.2%、0.4%、0.6%における焼入最高硬さ(HRC)は、それぞれ、約49、約60、約64である。(第73頁図2.54参照)
(3d)種々なマルテンサイト量の組織の硬さ(縦軸)と炭素量(横軸)の関係に関する図2.59には、マルテンサイト量がそれぞれ99.9%、95%、90%、80%、50%である曲線A、B、C、D、Eは、炭素量(%)の増加と共に、硬さ(HRC)が並行的に増加するように図示され、また、炭素量が一定の場合、マルテンサイト量(%)の増加と共に硬さ(HRC)が増加し、炭素量が0.4%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約48、約50、約53、約56であり、炭素量が0.5%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約52、約55、約58、約60であり、炭素量が0.53%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約53、約56、約59、約62であり、炭素量が0.6%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約55、約58、約61、約63である。(第76頁図2.59参照)
(4)刊行物4:特開平5-320825号公報(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した甲第4号証)
(4a)「中実軸にセレーション軸部を有する駆動軸用中実軸において、
この中実軸を、C:0.38〜0.45重量%、Si:0.35重量%以下、Mn:0.8〜1.5重量%、B:0.0005〜0.0035重量%、Ti:0.01〜0.05重量%およびAl:0.01〜0.06重量%を含有し、N:0.01重量%以下であって、残部が実質上Feからなる合金組成物から成形すると共に、その表面に、高周波焼入れによる表面硬さがHRC55以上で焼入硬化層を、層厚/軸半径の比が0.45以上となるよう形成したことを特徴とする駆動軸用中実軸。」(特許請求の範囲)
(4b)「したがって、駆動軸用中実軸は、その全体に所要の捩れ強度が必要であり、かつセレーション軸部には、応力集中を招かないようにピッチ等を精密に加工する必要がある。
このため、従来の駆動軸用中実軸は、圧延用鋼AISI1541またはS40C等の中炭素鋼を成形材料として、焼なましを行なって機械加工性を高めて転造、切削等の加工を行なった後、最終工程にて高周波焼入れを行ない、その表面を硬化して所要の捩れ強度を確保していた。
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、S40C等の従来の中炭素鋼から成形され、高周波焼入れされた駆動軸用中実軸は、焼割れ感受性に問題があり、前記焼入れによる硬化層を充分な層厚で形成できないため、捩り強度が最大せん断応力(τmax)にて1.27GPa(130kgf/mm2)に止まり、このような中実軸では部品や装置の小型化、軽量化の要求に対応できないという問題点がある。
具体的には、中実軸の小型化を計るため、捩り強度を最大せん断応力(τmax)にて少なくとも1.47GPa(150kgf/mm2)以上とする必要があるが、このような捩り強度は、従来構造の中実軸では得られなかった。」(段落【0003】〜【0006】)
(4c)「チタン元素(Ti)、アルミニウム元素(Al)の前記含有量は、それぞれ0.01〜0.05%、0.01〜0.06%である。これらは共に材料中のNおよびOを固定する作用がある。たとえば、固溶したNがあると、窒化ホウ素化合物を形成してBの焼入れ性向上効果が阻害されるが、TiやAlがあれば、TiN、AlNの生成が優先して、Bの効果が効率よく発揮される。」(段落【0014】)
(4d)「この発明における合金組成物の被削性を更に改善する為、S、Pb、Te、Ca等の元素を含有させてもよく、また、焼入れ性を改善する為、加工性を著しく低下させない範囲でCr:0.5%以下、Mo:0.2%以下でそれぞれ、または両者併用して添加してもよい。また、Nb:0.1%以下を添加すれば耐衝撃性および焼割れ感受性が改善される。
上記の合金組成物から成形された中実軸には、高周波焼入れにより、表面硬さがHRC(ロックウェルC硬さ)55以上で焼入硬化層を、層厚/軸半径の比が0.45以上となるよう形成する。なぜなら、この比が0.45未満の場合には、中実軸の捩り強度が充分に改善されず、・・・中実軸の小型化を達成できないからである。なお、前記焼入硬化層は、JISGO559の測定法に従い、表面からビッカース硬さHV392(HRC40相当)までの距離とした。」(段落【0016】〜【0017】)
(4e)実施例番号1〜3は、表面硬さ(HRC)が62.0〜63.2、層厚/軸半径が0.564〜0.782である。
(5)刊行物5:特開昭7-242989号公報(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した甲第5号証)
(5a)「【産業上の利用分野】本発明は、冷間鍛造性、被削性およびねじり疲労強度のいずれにも優れた高周波焼入れ用鋼に関するものであり、この高周波焼入れ用鋼は等速ジョイントのドライブシャフトやアウターレース、ギヤ、ジョイント等の自動車の動力伝達系を構成する部品の素材として有用である。」(段落【0001】)
(5b)「C:0.2〜0.6重量%
Cは高周波焼入れによるマルテンサイト組織の強度を支配する元素である。その含有量が0.2重量%未満では、強度を支配するマルテンサイト組織の生成が不十分であり、十分なねじり疲労強度が得られない。」(段落【0011】)
(5c)「Mo:0.2〜1重量%および/またはNi:0.2〜1重量%
MoおよびNiは高周波焼入性の向上を図るのに有効な元素である。またMoは、結晶粒界強度の増大および表層部の圧縮残留応力の増大等に有効な元素である。更に、Niは切欠き靭性を向上させるのにも有効な元素である。・・・
Cr:0.2〜2重量%
Crは高周波焼入れ性を向上させる元素であり、・・・」(段落【0018】〜【0019】)
(6)刊行物6:特開平3-122219号公報(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した甲第6号証)
(6a)「まず、成分系であるが、本発明は、焼入れマルテンサイト組織による強化をめざしたもので、焼入れままのマルテンサイト組織の強度はC含有量によって決定される。変態の利用により過飽和に導入される固溶C量が支配要因となっていると考えられる。そこで、90%以上のマルテンサイト組織を得る前提で120kgf/mm2以上の強度を確保するためには、詳細に検討した結果、第3図に示す如くC量は0.15%以上必要であることが確かめられた。」(第2頁左下欄第5〜14行)
(7)特開平7-90484号公報(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した甲第1号証)
(7a)「【請求項1】 重量比として、
C :0.35〜0.70%
Si:0.01〜0.15%
Mn:0.2〜2.0%
S :0.005〜0.15%
Al:0.0005〜0.05%
Ti:0.005〜0.05%
B :0.0005〜0.005%
N :0.002〜0.02%
を含有し、
P :0.020%以下
Cu:0.05%以下
O :0.0020%以下に制限し、
残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記で定義される断面内平均硬さHVaが560以上であることを特徴とする高強度高周波焼入れ軸部品。断面内平均硬さの定義;半径aの断面を半径方向に同心円状にN個のリングに分割し、n番目のリング状部分の硬さをHVn、半径をrn、間隔をΔrnとした時、
【数1】・・・
【請求項2】 重量比として、
C :0.35〜0.70%
Si:0.15超〜2.5%
Mn:0.6〜2.0%
S :0.005〜0.15%
Al:0.0005〜0.05%
Ti:0.005〜0.05%
B :0.0005〜0.005%
N :0.002〜0.02%
を含有し、
P :0.020%以下
Cu:0.05%以下
O :0.0020%以下に制限し、
残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記で定義される断面内平均硬さHVaが560以上であることを特徴とする高強度高周波焼入れ軸部品。断面内平均硬さの定義;半径aの断面を半径方向に同心円状にN個のリングに分割し、n番目のリング状部分の硬さをHVn、半径をrn、間隔をΔrnとした時、
【数2】・・・
【請求項3】 鋼がさらに、
Cr:0.03〜1.5%
Mo:0.05〜1.0%
Ni:0.1〜3.5%
の1種または2種以上を含有する請求項1または請求項2記載の高強度高周波焼入れ軸部品。
【請求項4】 ・・・
【請求項5】 鋼がさらに、
Ca:0.0005〜0.010%
Pb:0.05〜0.5%
の1種または2種を含有する請求項1ないし4記載の高強度高周波焼入れ軸部品。」(特許請求の範囲の請求項1〜5)
(7b)「【産業上の利用分野】本発明は高強度高周波焼入れ軸部品にかかわり、さらに詳しくは、図1の(a)〜(c)に示したスプライン部を有するシャフト、フランジ付シャフト、外筒付シャフト等の自動車の動力伝達系を構成する軸部品として優れた捩り強度を有する高周波焼入れ軸部品に関するものである。」(段落【0001】)
(7c)「Sは鋼中でMnSを形成、これによる高周波焼入れ加熱時のオーステナイト粒の微細化および被削性の向上を目的として添加する・・・」(段落【0035】)
(7d)「Alは、1)Nと結合してAlNを形成することによる高周波焼入れ加熱時のオーステナイト粒の微細化を目的として、および2)脱酸元素として添加する・・・。
Tiもやはり鋼中でNと結合してTiNとなるが、これによる1)高周波焼入れ加熱時のオーステナイト粒の微細化、および2)固溶Nの完全固定によるBN析出防止、つまり固溶Bの確保を目的として添加する。」(段落【0036】〜【0037】)
(7e)「高周波焼入れ軸部品が上記の成分からなり、上記で定義される断面内平均硬さHVaが560以上とした理由を以下に述べる。高周波焼入れ材の捩り強度は、断面内平均硬さに比例して向上する。160kgf/mm2以上の優れた捩り強度を得るためには断面内平均硬さHVaを560以上とすることが必要であり、それ未満では捩り強度が不足する。以上の理由から、断面内平均硬さHVaが560以上とした。なお、本発明では硬化層深さは特に限定しないが、JISG0559で規定する高周波焼入れ硬化層深さ測定方法に基づく有効硬化層深さtと部品半径rの比t/rを0.3〜0.8とするのが望ましい。これは高周波焼入れ材のねじり強さは、高周波焼入れ深さを深くするほど向上するが、有効硬化層深さがt/rで0.3未満では、ねじり強さ向上効果が小さく、また0.8を超えると表層の圧縮残留応力が低下するため、軸部品製造工程で焼き割れ発生の危険性が増すためである。」(段落【0043】)
(7f)「本発明鋼では、被削性向上を目的としてCa、Pbの1種また2種を含有させることが出来る。・・・これらの含有量をCa:0.0005〜0.010%、Pb:0.05〜0.5%とした。」(段落【0049】)
(8)特開平4-285121号公報(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した甲第2号証)
(8a)「【請求項1】 重量比として
C ;0.38超〜0.50%、Mn;0.30〜1.0%、
Cr;0.30〜1.0%、
Al;0.01〜0.05%、Ti;0.01〜0.04%、
B ;0.0005〜0.003%を含有し、Si;0.05%以下、
N ;0.010%以下に制限し
さらにS;0.01〜0.07%およびPb;0.01〜0.02%の1種以上含有し、残部はFeと不可避の不純物からなる組成の鋼を用い、棒鋼圧延時の仕上圧延を700〜900℃で終了し、仕上圧延後700〜500℃の温度範囲において平均冷却速度0.05〜0.7℃/秒で冷却した圧延棒鋼を、圧延ままでドライブシャフト形状に切削加工、転造等の成形加工法により成形し、次いで高周波焼入による有効硬化層深さtと鋼部材半径rの比t/rを0.4〜0.7の値で表面を硬化することを特徴とする高強度ドライブシャフトの製造方法。」(特許請求の範囲の請求項1)
(8b)「Alは溶鋼中において脱酸剤として作用し、有害な非金属介在物を減少させ、かつ高周波焼入時にAlNとしてオーステナイト結晶粒の細粒化効果があり、耐衝撃性の向上、焼き割れの防止効果がある。・・・
TiはNをTiNとして固定し、BNの生成を抑制し、後に述べるBの効果を有効とするため、その効果が現れる0.01%を下限とし、他方高過ぎるとその効果が飽和するため、範囲を0.01〜0.04%とする。Sは切削加工時の被削性を確保するため0.01%以上必要であり、0.07%を超えると耐衝撃性に影響するので0.01〜0.07%とする。
Bは硬さを高めず、高周波焼入時の硬化深度を深める効果があり、0.0005%からその効果が現れ、多過ぎると割れが発生するので0.0005〜0.003%とする。Siは次に述べる棒鋼圧延時の条件と組み合わせて硬さを低下させるため少ない程好ましく、製鋼上不可避的に含有される範囲の0.05%以下とする。」(段落【0007】〜【0009】)
(8c)「高周波焼入により有効硬化層深さtと鋼部材半径rとの比t/rを0.4〜0.7の値で表面を硬化させる。高周波焼入の捩り強度は高周波焼入深さを深くするほど向上するが、有効硬化層深さが鋼部材半径rとの比t/rで0.4未満では、捩り強さ向上の効果が小さい。一方、t/rが0.7を超えると強さの増加は飽和し、かえって低下するため焼き割れが発生し易くなる。以上の理由で、有効硬化層深さtと鋼部材半径rとの比t/rを0.4〜0.7とした。
なお、断面が非軸対称な部位については、本発明では断面積より求められる円相当半径を用いて鋼部材半径rとする。また、有効硬化層深さは、JISG0559で規定する高周波焼入硬化層深さ測定方法に基づく有効硬化層深さである。」(段落【0014】〜【0015】)
(9)特開平7-90379号公報(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した甲第3号証)
(9a)「【請求項1】 C:0.30〜0.6%(重量%の意味、以下同じ),Si:0.01〜1%,Mn:0.60〜2%,Al:0.010〜0.05%,N:0.0030〜0.02%を夫々含有すると共に、下記(1)〜(3)の少なくともいずれかを含み(但し、下記(3)を単独で含む場合を除く)、
(1)Mo:0.20〜1%,Ni:0.20〜2%,Cr:0.3〜2%およびB:0.0005〜0.005%よりなる群から選ばれる1種以上の元素
(2)Nb:0.010〜0.5%,Ti:0.005〜0.2%およびV:0.010〜0.5%よりなる群から選ばれる1種以上の元素
(3)Pb:0.02〜0.30%,Bi:0.02〜0.30%,Te:0.001〜0.10%,Ca:0.0003〜0.01%,In:0.005〜0.1%およびS:0.1%以下よりなる群から選ばれる1種以上の元素
残部Feおよび不可避不純物からなり、且つ不可避不純物中のPを0.015%以下,Oを0.0020%以下に夫々抑制してなる鋼を素材とし、該素材を所定の軸物部品形状に成形加工した後、硬さがHVで450となる有効硬化層深さCDと高周波焼入れ軸物の半径Rとの比(CD/R)が0.3〜0.7となる様に高周波焼入れおよび焼戻しを行ない、引き続き該軸物部品に対してショット粒硬さHRC50以上、ショット粒径0.3〜1mm、ショット粒子投射速度60m/sec以上の条件下でショットピーニングを施し、更にショット粒硬さHRC50以上、ショット粒径0.03〜0.5mmの範囲で且つ一段目より粒径の小さなショット粒でショットピーニングを施し、部品の表面圧縮残留応力を700N/mm2以上にすることを特徴とするねじり疲労特性を向上した高周波焼入れ軸物部品の製造方法。」
(9b)「【産業上の利用分野】本発明は、セレーションを有する軸物部品、例えばドライブシャフト等の自動車の動力伝達系を構成する部品に要求される、静的ねじり強度および両振りねじり疲労限度で評価されるねじり疲労特性を向上した高周波焼入れ軸物部品を製造する為の方法に関するものである。」(段落【0001】)
(9c)「静的ねじり強度および両振りねじり疲労限度は、硬化層深さCDと高周波焼入れ品の半径Rとの比(CD/R)の値が0.3から0.7で最大値が得られることが分かった。」(段落【0012】)
(9d)「Pb:0.02〜0.30%,Bi:0.02〜0.30%,Te:0.001〜0.10%,Ca:0.0003〜0.01%,In:0.005〜0.1%およびS:0.1%以上よりなる群から選ばれる1種以上 これらの元素は被削性向上に有効な元素であり、その為には上記の範囲で添加する。」(段落【0026】)
(10)「電気製鋼」第67巻第1号、1996年1月30日、電気製鋼研究会発行、第12〜18頁(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した甲第4号証)
(10a)「硬化層比(t/R)が0.3、0.5、0.7、1.0の4水準となるように送り速度を調整した。ここでの硬化層比(t/R)は、切欠き底半径(R)に対する表層から400HVになるまでの距離(有効硬化深さ:t)の比である。」(第13頁左欄第12〜16行)
(11)大和久重著「焼入性」昭和54年9月25日、日刊工業新聞社発行、第41〜43頁(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した甲第5号証)
(11a)各マルテンサイト%に対するC%(横軸)と焼入硬さ(縦軸)との関係に関する図4.3には、マルテンサイト量がそれぞれ99.9%、95%、90%、80%、50%である曲線A、B、C、D、Eは、C(%)の増加と共に、ロックウェルC硬さ(HRC)が並行的に増加するように図示され、また、C(%)が一定の場合、マルテンサイト量(%)の増加と共に硬さ(HRC)が増加し、C(%)が0.4%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約48、約50、約53、約56であり、C(%)が0.5%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約52、約55、約58、約60であり、C(%)が0.53%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約53、約56、約59、約62であり、C(%)が0.6%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約55、約58、約61、約63である。(第43頁表4.5参照)
(12)特開平10-8189号公報(特願平8-187986号の公開公報、特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した甲第6号証)
(12a)「【請求項5】 合金元素の含有率が質量%で、C:0.30〜0.60%,Si:≦0.50%,Mn:0.20〜2.0%,B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.020%,Ti≦0.1%、かつ、Ti,Nの含有量の比率が3.42≦Ti/N≦8.0であり、残部Feおよび不可避不純物からなり、JIS G 0559に規定される高周波焼入れ焼もどし処理後の有効硬化深さtと部品直径または厚さrとの間にt/r≧0.3が成立し、かつ表面硬さが600Hv以上であることを特徴とする、曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。
【請求項6】 さらに、質量%で、Ni:≦1.50%,Mo:≦0.50%,V:≦0.50%,Cr:≦2.0%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項5に記載の曲げ特性に優れる曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。
【請求項7】 さらに、質量%で、Nb:≦0.20%,Zr:≦0.10%,Ta:≦0.20%,Al:≦0.10%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項5、または請求項6に記載の曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。
【請求項8】 さらに、質量%で、S:≦0.20%,Pb:≦0.20%,Bi:≦0.20%,Te:≦0.10%,Ca:≦0.05%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項5、または請求項6、または請求項7に記載の曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。」(特許請求の範囲の請求項5〜8)
(12b)「鋼中のNをTiと結合させるためには、少なくともTi/Nを3.42以上とする必要がある。これは、Ti,Nが1対1で結合すると仮定した場合、Ti,Nの重量比率から決定される値である。また、N量が0.015%以上の時、TiとNの比率を高くすると大型のTiNを生成し疲れ特性を劣化させる。また、Ti/N>8.0になるとその傾向が顕著に認められるため、Ti/Nの比率を3.42≦Ti/N≦8.0に規定した。」(段落【0015】)
(12c)「高周波焼入れ処理後に得られる有効硬化深さをt、部品半径または厚さをrとした時、t/rが大きいほど曲げ特性が向上することが確認された。しかしながら、t/rが0.3より小さい場合には、顕著な曲げ特性の改善効果が得られないために、t/rを0.3以上に規定した。」(段落【0016】)
(12d)「試験片中央部の横断面においてJIS G 0559に準拠して有効硬化層深さを測定し部品半径との比率を求めるとともに表面硬さを測定した。この測定結果を表2に示す。」(段落【0023】)
(12e)炭素含有量(%)が0.33以上0.43未満の発明鋼No.2〜9は、表面硬さ(HV)が655〜689であり、t/rが0.41〜0.49である。(第6頁の表2参照)
(13)「JISハンドブック 鉄鋼」1983年4月12日、財団法人日本規格協会発行、第1331〜1332頁(特許異議申立人小矢崎杏二が提出した参考資料1)
(13a)鋼のビッカース硬さに対する近似的換算値を示す表1において、ビッカース硬さ500、520、600、700、800は、それぞれ、ロックウェル硬さCスケールで49.1、50.5、55.2、60.1、64.0である旨が示されている。(第1332頁表1参照)
(14)JIS G 0559「鋼の炎焼入及び高周波焼入硬化層深さ測定方法」昭和52年8月1日、財団法人日本規格協会発行(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した参考資料1)
(14a)「有効硬化層深さ 焼入のまま、又は焼入れ焼戻しした硬化層の表面から、表1の限界硬さの位置までの距離。」(第1頁「2.用語の定義」の欄の第1行)
(14b)有効硬化層の限界硬さを示す表1において、鋼の炭素含有量(%)が0.33以上0.43未満、0.43以上0.53未満、0.53以上の場合、有効硬化層の限界硬さは、ロックウェルC硬さ(HRC)で、それぞれ、41、45、49である。(第1頁の表1参照)
(15)「鉄鋼材料便覧 第2版」昭和49年11月30日、丸善株式会社発行第1432〜1433頁(特許異議申立人愛知製鋼株式会社が提出した参考資料2)
(15a)硬さ換算表において、ビッカース硬さ500、520、600、700、800は、それぞれ、ロックウェル硬さCスケールで49.1、50.5、55.2、60.1、64.0である旨が示されている。(第1432〜1433頁の2.4硬さ換算表参照)

3-4.当審の判断
3-4-1.取消理由1、2について
(I)刊行物1を主引例として
(I-1)本件発明1について
刊行物1の上記(1a)の請求項1、2には、それぞれ、「合金元素の含有率が質量%で、C:0.50〜0.80%、Si:0.15%以下、Mn:0.60%以下、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.05%以下であり、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする被削性に優れた高強度高周波焼入用鋼。」、「請求項1記載の合金元素に加えて、質量%で、Cr:2.0%以下 Ni:3.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.10%以下、V:0.05〜0.50%のうち1種または2種以上の元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする被削性に優れた高強度高周波焼入用鋼。」と記載され、また、上記(1b)には、該焼入用鋼に関して、「本発明は、・・・高周波焼入れを施して機械構造用部品に用いられる・・・高強度高周波焼入用鋼に関する。」と記載されているから、該焼入用鋼を高周波焼入れして製造された高強度高周波焼入れ部品も記載されていると云える。してみれば、該焼入用鋼の選択成分Cr、Ni、Mo、Nb、Vのうち、Crを選択した場合について、これらの事項を整理すると、刊行物1には、
「合金元素の含有率が質量%で、C:0.50〜0.80%、Si:0.15%以下、Mn:0.60%以下、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.05%以下、Cr:2.0%以下であり、残部Feおよび不可避的不純物からなる焼入用鋼を高周波焼入れして製造された被削性に優れた高強度高周波焼入れ部品。」という発明(以下、「刊行物1発明」という)が記載されていると認められる。

本件発明1と刊行物1発明を対比すると、両者は、
「重量%で(以下同じ。)、C:0.50%、Si:≦0.15%、Mn、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.031〜0.05%を含み、残部Fe及び不純物からなり、高周波焼入れ部を有する高周波焼入れ部品。」である点で一致するが、次の点で一応の相違がみられる。
相違点:
(イ)本件発明1は、N:≦0.015%を含み、Ti/Nが3.42〜8であるのに対し、刊行物1発明は、Nの含有やTi/Nの数値が明りょうでない点。
(ロ)本件発明1は、Mnを「0.61〜1.50%」含むのに対し、刊行物1発明は、Mnを「0.60%以下」含む点。
(ハ)本件発明1の高周波焼入れ部は、「表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織」であるのに対し、刊行物1発明の高周波焼入れ部は、表面硬さ、硬化深さ比、マルテンサイト率等が明りょうでない点。

以下、これらの相違点について検討する。
(i)相違点(イ)について
本件発明1において、「Ti/Nが3.42〜8」と規定したのは、「Tiは、鋼中のNと結合してTiNを生成することによってNを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる効果を有するため、N量に応じて添加する」(段落【0011】)ためと認められる。
これに対し、刊行物1の上記(1c)には、「Tiは鋼中のNを固定するために必要な元素である。TiN化合物の生成により、BN化合物の生成を抑制し、Bの焼入性向上効果を確保できる。・・・Tiの望ましい添加量は、Ti/N>3.4である。」と記載されているから、刊行物1発明は、Tiの添加理由やT/Nの下限値の点で本件発明1と格別に相違するとは云えない。しかも、刊行物1の上記(1i)のとおり、実施例1、2、4、6、10のN含有量は、それぞれ、0.010質量%、0.009質量%、0.010質量%、0.010質量%、0.005質量%であり、実施例1、2、4、6、10のTi/Nは、それぞれ、3.5、3.55、3.5、3.6、4であり、刊行物1発明は、N:≦0.015%を含み、Ti/Nが3.42〜8であるものを包含しているから、相違点(イ)は、実質的な相違とは云えない。
仮に、実質的な相違であるとしても、BN化合物の生成を抑制してBの効果を確保するために、「Ti/Nが3.42〜8」を満足するようなTi量、N量とすることは、特開昭62-196326号公報、特公平6-17507号公報、特開平8-3681号公報等にみられるように、本出願前周知のことであるから、相違点(イ)で示される本件発明1の特定事項は、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。

(ii)相違点(ロ)について
本願明細書の「Mnは、Siと同様に脱酸剤として、また、鋼の焼入性を高くする元素である。鋼の高周波焼入れ性を改善し、かつ、表面硬さを増加するためには0.61%以上添加する必要がある。」(段落【0008】)という記載からみて、本件発明1において、Mnは、脱酸剤として、また、高周波焼入れ性を向上させ、表面硬さを増加するために用いられるものと認められる。
これに対し、刊行物1の上記(1d)には、「Mnは溶製時の脱硫剤として作用する元素であり、また高周波焼入性を向上させる元素であるが、十分な焼入性を得るために必要な量を添加すると固溶強化元素であるため、素材の硬さを高め被削性および加工性を劣化させる。」と記載されているから、刊行物1発明は、Mnを脱酸剤として、また、高周波焼入れ性を向上させるために用いる点で、本件発明1と共通している。
本件発明1は、刊行物1発明とそのMn含有量が若干相違しているが、訂正前のMn含有量は、刊行物1発明の「0.060%以下」を許容する「0.20〜1.50%」の範囲であり、訂正後のMnの下限値「0.61%」の根拠も、実施例中にその数値が存在していたというだけであって、その「0.61%」という下限値自体に格別の臨界的な意味が存在するとは云えないから、本件発明1の上記相違点(ロ)は、単なる数値変更というべきものであって実質的な差異ではないと云える。
仮に、この点が実質的な差異であるとしても、高周波焼入用鋼において、高周波焼入れ性を改善するために、Mnを0.61%以上を含む「0.61〜1.50%」の範囲で含有させることも、上記(4a)(7a)(8a)(9a)等にみられるように、本件特許の出願前において周知の事項であるし、また、刊行物1発明は、上記(1d)のとおり、被削性及び加工性を確保する観点からMn含有量を0.60%以下としているのであるから、刊行物1発明において、被削性や加工性がそれほど重要でない用途の場合に、Mn含有量を前示の周知事項に基づき「0.61〜1.50wt%」の範囲内とすることは、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。

(iii)相違点(ハ)について
まず、表面硬さ、硬化深さ比について検討するに、刊行物1の上記(1g)には、「高周波焼入性を直径25mm、長さ100mmの丸棒試験片を加工し、周波数:10kHz、電力:55kW、加熱時間:4sの条件で高周波焼入れし、表面からビッカース硬さで500HVになる硬さまでの距離を測定した。以上の試験結果を一括して表2に示した。」と記載され、該表2に記載された実施例1、2、4、6、10の表面から500HVになる硬さまでの距離(すなわち、深さ)は、上記(1j)のとおり、それぞれ、5.6mm、6.7mm、8.2mm、6.6mm、6.0mmであるから、『硬化深さ比t(500HV以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径12.5mm)』は、それぞれ、0.448、0.536、0.656、0.528、0.48であると云える。そして、500HVは、上記(13a)(15a)のとおり、49.1HRCに相当すると認められること、刊行物2の上記(2f)には、刊行物1の実施例1のものとほぼ一致した鋼組成HAC53からなる直径25mmの試験片〔上記(2b)(2e)参照〕を上記(1g)と同様の条件〔上記(2d)(2f)参照〕で高周波焼入れしたとき、ビッカース硬度は、表面の最大値約800から約3mmの深さの約750まで非常に緩やかに減少し、深さ約3〜4.5mmにおいて、約740から約600まで緩やかに減少し、深さ約4.5〜5mmにおいて、約600から約350まで急減する旨が示されていること、ビッカース硬度800、740、600、350は、上記(13a)(15a)のとおり、それぞれ、64.0HRC、61.8HRC、55.2HRC、35.5HRCに相当すると認められること、前記試験片における『61.8HRC以上の硬さが得られる深さ約3mm/r(半径12.5mm)』、『55.2HRC以上の硬さが得られる深さ約4.5mm/r(半径12.5mm)』は、それぞれ、約0.24、約0.36になること等を併せ考慮すると、刊行物1発明は、本件発明1における表面硬さが≧50HRCである旨及び硬化深さ比が0.2〜0.7である旨の特定事項を満足するものと認められる。
次に、マルテンサイト率等について検討するに、刊行物3の上記(3d)には、マルテンサイト量が一定の場合、炭素量(%)の増加と共に硬さ〔HRC(「HRC」は、「HRC」に相当すると認められるので、以下、引用文中のものも含め、「HRC」という)〕が増加すること、また、炭素量が一定の場合、マルテンサイト量(%)の増加と共に硬さが増加し、炭素量が0.53%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%のそれぞれの硬さ(HRC)は、約53、約56、約59、約62であることが示されているから、炭素量が0.53%の場合、HRC約56以上であれば、マルテンサイト量は90%以上であると認められる。そして、刊行物1発明は、前示のとおり、炭素量が0.53%の場合において、HRC約56以上の部分を有すると認められることを勘案すると、本件発明1におけるマルテンサイト率等の特定事項も満足するものと認められる。
仮に、マルテンサイト率等の点で本件発明1と刊行物1発明が実質的に相違するとしても、次の理由により、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。すなわち、刊行物4の上記(4d)の「表面硬さがHRC(ロックウェルC硬さ)55以上で焼入硬化層を、層厚/軸半径の比が0.45以上となるよう形成する。なぜなら、この比が0.45未満の場合には、中実軸の捩り強度が充分に改善されず、・・・中実軸の小型化を達成できないからである」、刊行物5の上記(5b)の「強度を支配するマルテンサイト組織の生成が不十分であり」、刊行物6の上記(6a)の「本発明は、焼入れマルテンサイト組織による強化をめざしたもので、・・・90%以上のマルテンサイト組織を得る前提で120kgf/mm2以上の強度を確保する」等の記載や、焼入れ硬化層の硬さとマルテンサイト量が前示の関係を有することを併せ考慮すると、ねじり強度等の強度の確保や焼入れ部品の小型化を課題として、マルテンサイト組織を十分に生成させ、マルテンサイト量を多くするようなことは、本件特許の出願前において周知の事項と云える。しかも、均一な組織が望ましいことも、本件特許の出願前において周知の事項と云える。してみれば、刊行物1発明において、強度の確保等を課題として、マルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織とすることは、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、相違点(ハ)は、実質的な相違とは云えないか、仮に実質的な相違であるとしても、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(iv)相違点についての検討のまとめ
本件発明1は、上記相違点(イ)〜(ハ)の検討からみて、刊行物1に記載された発明であるか、又は、刊行物1に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(I-2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1を引用し、「Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含有する」という特定事項を付加したものである。
これに対し、刊行物1の上記(1a)の請求項2には、「請求項1記載の合金元素に加えて、質量%で、Cr:2.0%以下、Ni:3.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.10%以下、V:0.05〜0.50%のうち1種または2種以上の元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる」と記載されているから、刊行物1には、刊行物1発明における焼入用鋼が、さらに、Mo:1.0%以下、Ni:3.0%以下のうち1種又は2種を含有した発明(以下、「刊行物1A発明」という)も記載されていると云える。
本件発明2と刊行物1A発明を対比すると、両者は、付加された前記特定事項の点で相違するとは云えないから、両者の一致点、相違点は、前記(I-1)で述べたとおりである。
してみれば、本件発明2は、本件発明1と同様の理由で、刊行物1に記載された発明であるか、又は、刊行物1に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(I-3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1又は2を引用し、「Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有する」という特定事項を付加したものである。
これに対し、刊行物1の上記(1a)の請求項3には、「請求項1〜2記載の合金元素に加えて、質量%で、S:0.20%以下、Te:0.20%以下、Ca:0.0050%以下のうち1種または2種以上の被削性向上元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる」と記載されているから、刊行物1には、刊行物1発明又は刊行物1A発明における焼入用鋼が、さらに、S:0.20%以下、Te:0.20%以下、Ca:0.0050%以下のうち1種または2種以上を含有した発明(以下、「刊行物1B発明」という)も記載されていると云える。
本件発明3は、S:≦0.10%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種又は2種以上を含有する態様を包含するから、そのような態様の本件発明3と刊行物1B発明を対比すると、両者は、付加された前記特定事項の点で相違するとは云えないから、両者の一致点、相違点は、前記(I-1)(I-2)で述べたとおりである。
してみれば、本件発明3は、本件発明1、2と同様の理由で、刊行物1に記載された発明であるか、又は、刊行物1に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(II)刊行物4を主引例として
(II-1)本件発明1について
刊行物4の上記(4a)には、「中実軸にセレーション軸部を有する駆動軸用中実軸において、この中実軸を、C:0.38〜0.45重量%、Si:0.35重量%以下、Mn:0.8〜1.5重量%、B:0.0005〜0.0035重量%、Ti:0.01〜0.05重量%およびAl:0.01〜0.06重量%を含有し、N:0.01重量%以下であって、残部が実質上Feからなる合金組成物から成形すると共に、その表面に、高周波焼入れによる表面硬さがHRC55以上で焼入硬化層を、層厚/軸半径の比が0.45以上となるよう形成したことを特徴とする駆動軸用中実軸。」と記載され、また、上記(4d)には、「焼入れ性を改善する為、加工性を著しく低下させない範囲でCr:0.5%以下、Mo:0.2%以下でそれぞれ、または両者併用して添加してもよい。」と記載されているから、Cr、Moの選択成分のうち、Crを選択して添加した場合について、これらの事項を整理すると、刊行物4には、
「中実軸にセレーション軸部を有する駆動軸用中実軸において、この中実軸を、C:0.38〜0.45重量%、Si:0.35重量%以下、Mn:0.8〜1.5重量%、Cr:0.5重量%以下、B:0.0005〜0.0035重量%、Ti:0.01〜0.05重量%およびAl:0.01〜0.06重量%を含有し、N:0.01重量%以下であって、残部が実質上Feからなる合金組成物から成形すると共に、その表面に、高周波焼入れによる表面硬さがHRC55以上で焼入硬化層を、層厚/軸半径の比が0.45以上となるよう形成したことを特徴とする駆動軸用中実軸。」という発明(以下、「刊行物4発明」という)が記載されていると認められる。

本件発明1と刊行物4発明を対比すると、刊行物4発明における「焼入硬化層」、「軸半径」は、それぞれ、本件発明1における「高周波焼入れ部」、「r(部品半径)」に相当し、また、刊行物4発明の「駆動軸用中実軸」は、「高周波焼入れ部品」と云えるから、両者は、
「重量%で(以下同じ。)、C:0.38〜0.45%、Si:≦0.35%、Mn:0.8〜1.50%、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0035%、N:≦0.01%、Ti:0.031〜0.05%を含み、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧55HRCである高周波焼入れ部を有する高周波焼入れ部品」である点で一致するが、次の点で相違する。
相違点:
(イ)本件発明1は、Alを含有することが規定されていないのに対し、刊行物4発明は、Al:0.01〜0.06重量%を含有する点。
(ロ)本件発明1は、Ti/Nが3.42〜8であるのに対し、刊行物4発明は、Ti/Nの値が明りょうでない点。
(ハ)本件発明1の高周波焼入れ部は、「硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織」であるのに対し、刊行物4発明の高周波焼入れ部は、焼入硬化層の層厚/r(部品半径)の比が0.45以上であり、また、マルテンサイト率等が明りょうでない点。

以下、これらの相違点について検討する。
(i)相違点(イ)(ロ)について
本件発明1において、「Ti/Nが3.42〜8」と規定したのは、「Tiは、鋼中のNと結合してTiNを生成することによってNを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる効果を有するため、N量に応じて添加する」(段落【0011】)ためと認められる。
これに対し、刊行物4の上記(4c)には、「チタン元素(Ti)、アルミニウム元素(Al)の前記含有量は、それぞれ0.01〜0.05%、0.01〜0.06%である。これらは共に材料中のNおよびOを固定する作用がある。たとえば、固溶したNがあると、窒化ホウ素化合物を形成してBの焼入れ性向上効果が阻害されるが、TiやAlがあれば、TiN、AlNの生成が優先して、Bの効果が効率よく発揮される。」と記載されているから、Bの効果を阻害するNを固定する点で、刊行物4発明は、本件発明1と軌を一にするものと云える。しかも、Nを固定するため、「Ti/N」を3.42〜8の範囲内の数値とすることは、刊行物1の上記(1c)、(1i)等の記載にみられるように、本件特許の出願前において周知のことである。
刊行物4発明では、Nを固定するため、Tiだけでなく、Alも含有しているが、鋼の溶製中に脱酸を目的としてAlを添加し、少量のAlが残存することは、通常のことであって、刊行物4発明は、残存する少量のAlをNの固定にも利用するものと云えるから、Al含有の点で、本件発明1と刊行物4発明とが格別に相違するとは云えない。仮に相違するとしても、刊行物4には、TiとAlは、Nを固定する均等成分として記載されているから、NをTiのみで固定するようにし、Alを脱酸剤としてだけ使用して、Alの残存量を不純物の範囲内とすることは、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、相違点(イ)(ロ)は、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(ii)相違点(ハ)について
まず、硬化深さ比について検討するに、刊行物4発明における「焼入硬化層の層厚」は、上記(4d)の「前記焼入硬化層は、JISGO559の測定法に従い、表面からビッカース硬さHV392(HRC40相当)までの距離とした。」という記載からみて、「40HRC以上の硬さが得られる深さ」であると認められる。そして、刊行物4発明の実施例では、上記(4e)のとおり、表面硬さ(HRC)が62.0〜63.2、層厚/軸半径が0.564〜0.782であること、半径方向の硬度は、刊行物2の上記(2f)等にみられるように、最大硬度の表面から所定の深さまで緩やかに減少し、以後、急減するような分布になると認められること等からみて、刊行物4発明は、本件発明1の硬化深さ比が0.2〜0.7である旨の特定事項を満足するものと認められる。
次に、マルテンサイト率等について検討するに、刊行物3の上記(3d)に示されているとおり、炭素量が一定の場合、マルテンサイト量(%)の増加と共に硬さ(HRC)が増加し、炭素量が0.4%の場合、マルテンサイト量80%、90%、95%、99.9%の硬さ(HRC)は、それぞれ、約48、約50、約53、約56であるから、炭素量が0.4%の場合、HRC約50以上であれば、マルテンサイト量は90%以上であると認められること、刊行物4発明は、前示のとおり、炭素量が0.38〜0.45%で、表面硬さ(HRC)が62.0〜63.2等であり、しかも、本件発明1における硬化深さ比の特定事項を満足すると認められることを勘案すると、本件発明1におけるマルテンサイト率等の特定事項も満足するものと認められる。また、仮に、マルテンサイト率等の点で本件発明1と刊行物4発明が実質的に相違するとしても、上記(I-1)の(iii)で述べたと同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、相違点(ハ)は、実質的な相違とは云えないか、仮に実質的な相違であるとしても、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(iii)Crに関する特許権者の主張について
特許権者は、刊行物4には、Crを0.5%以下添加してもよいと記載されているだけで、Crを含有させた実施例は全く記載されていないし、また、0.5%以下でも0.05〜0.17%が適当であることは記載も示唆もされていないので、本件発明1における「Cr:0.05〜0.17%」という特定事項は、当業者が容易に想到し得ないと主張している。
しかしながら、Crは、本件発明1、刊行物4発明のどちらも、焼入性向上のために添加されるものである。しかも、本件発明1の訂正前のCr含有量は、刊行物4発明の「0.5%以下」よりも広い「1.0%以下」であり、その上、訂正後のCrの上下限値「0.05〜0.17%」の根拠も、実施例中にその数値が存在していたというだけであって、その「0.05〜0.17%」という上下限値自体に格別の臨界的な意味が存在するとは云えない。したがって、Cr含有量は、前示のとおり、本件発明1と刊行物4発明の相違点ではないと云うべきである。
仮に、本件発明1において、焼入性向上のためのCr含有量「0.05〜0.17%」に技術的意義が存在するとしても、焼入性向上のために、「0.05〜0.17%」の範囲内のCr含有量とすることは、刊行物1(表1等参照)、刊行物2、刊行物7(表1、2等参照)等にみられるように、本件特許の出願前において周知の事項であるから、刊行物4発明において、Cr含有量を前示の周知事項に基づき「0.05〜0.17%」の範囲内とすることは、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。

(iv)相違点についての検討のまとめ
本件発明1は、上記(i)〜(iii)の相違点等の検討からみて、刊行物4に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(II-2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1を引用し、「Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含有する」という特定事項を付加したものであり、これらの成分の含有は、本件明細書の段落【0011】の記載からみて、焼入性の向上、靭性の向上などのためと認められる。
これに対し、刊行物4の上記(4d)には、「焼入れ性を改善する為、加工性を著しく低下させない範囲でCr:0.5%以下、Mo:0.2%以下でそれぞれ、または両者併用して添加してもよい。」と記載され、焼入性向上のためCr0.5%以下と共に、Mo:0.2%以下を含有することが開示されているし、また、刊行物1の上記(1e)、刊行物5の上記(5c)などにみられるように、高周波焼入れ鋼において、焼入性の向上、靭性の向上などのために、Ni、Moを含有することは、本件特許の出願前において周知のことである。
してみれば、付加された前記特定事項の点は、実質的な相違と云えないか、仮に実質的な相違であるとしても、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、本件発明2は、本件発明1と同様に、刊行物4に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(II-3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1又は2を引用し、「Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有する」という特定事項を付加したものであり、これらの成分の含有は、本件明細書の段落【0012】の記載からみて、被削性の改善のためと認められる。
これに対し、刊行物4の上記(4d)には、「被削性を更に改善する為、S、Pb、Te、Ca等の元素を含有させてもよく、・・・」と記載され、被削性の改善のため、Pb、S、Te、Caを含有することが開示されているし、また、刊行物1の上記(1e)、刊行物5の上記(5c)、刊行物7の上記(7c)(7f)、刊行物9の上記(9d)などにみられるように、高周波焼入れ鋼において、被削性の改善のために、Pb:≦0.20%、S≦0.10%、Te≦0.10%、Ca:≦0.01%のうちの1種以上を含有することは、本件特許の出願前において周知のことである。
してみれば、付加された前記特定事項の点は、実質的な相違と云えないか、仮に相違であるとしても、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、本件発明3は、本件発明1乃至2と同様に、刊行物4に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(III)刊行物7を主引例として
(III-1)本件発明1について
刊行物7の上記(7a)の請求項1、3には、それぞれ、「重量比として、C:0.35〜0.70% Si:0.01〜0.15% Mn:0.2〜2.0% S:0.005〜0.15% Al:0.0005〜0.05% Ti:0.005〜0.05% B:0.0005〜0.005% N:0.002〜0.02%を含有し、P:0.020%以下 Cu:0.05%以下 O:0.0020%以下に制限し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記で定義される断面内平均硬さHVaが560以上であることを特徴とする高強度高周波焼入れ軸部品。・・・」、「鋼がさらに、Cr:0.03〜1.5% Mo:0.05〜1.0% Ni:0.1〜3.5%の1種または2種以上を含有する請求項1または請求項2記載の高強度高周波焼入れ軸部品。」と記載され、また、上記(7d)には、「JISG0559で規定する高周波焼入れ硬化層深さ測定方法に基づく有効硬化層深さtと部品半径rの比t/rを0.3〜0.8とするのが望ましい。」と記載されているから、Cr、Mo、Niの選択成分のうち、Crを選択して添加した場合について、これらの事項を整理すると、刊行物7には、
「重量比として、C:0.35〜0.70% Si:0.01〜0.15% Mn:0.2〜2.0% Cr:0.03〜1.5% S:0.005〜0.15% Al:0.0005〜0.05% Ti:0.005〜0.05% B:0.0005〜0.005% N:0.002〜0.02%を含有し、P:0.020%以下 Cu:0.05%以下 O:0.0020%以下に制限し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、断面内平均硬さHVaが560以上であり、JISG0559で規定する高周波焼入れ硬化層深さ測定方法に基づく有効硬化層深さtと部品半径rの比t/rが0.3〜0.8である高強度高周波焼入れ軸部品。」という発明(以下、「刊行物7発明」という)が記載されていると認められる。

本件発明1と刊行物7発明を対比すると、刊行物7発明における「P:0.020%以下 Cu:0.05%以下 O:0.0020%以下」は、不純物と云えるから、両者は、
「重量%で(以下同じ。)、C:0.35〜0.50%、Si:0.01〜0.15%、Mn:0.61〜1.50%、Cr:0.05〜0.17、B:0.0005〜0.0050%、N:0.002〜0.015%、Ti:0.031〜0.05%を含み、残部Fe及び不純物からなり、高周波焼入れ部を有する高周波焼入れ部品。」である点で一致するが、次の点で相違する。
相違点:
(イ)本件発明1は、Sを含有することが規定されていないのに対し、刊行物7発明は、S:0.005〜0.15%を含有する点。
(ロ)本件発明1は、Alを含有することが規定されていないのに対し、刊行物7発明は、Al:0.005〜0.05%を含有する点。
(ハ)本件発明1は、Ti/Nが3.42〜8であるのに対し、刊行物7発明は、Ti/Nの値が明りょうでない点。
(ニ)本件発明1の高周波焼入れ部は、「表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織」であるのに対し、刊行物7発明の高周波焼入れ部は、「断面内平均硬さHVaが560以上であり、JISG0559で規定する高周波焼入れ硬化層深さ測定方法に基づく有効硬化層深さtと部品半径rの比t/rが0.3〜0.8」であり、また、表面硬さやマルテンサイト率等が明りょうでない点。

以下、これらの相違点について検討する。
(i)相違点(イ)について
鋼は、通常、不可避的な不純物として少量のSを含有するものであること、本件発明3は、被削性の改善のため、S:≦0.10%を含有することが規定されていること、本件発明1〜3の全ての実施例は、0.014〜0.051%の範囲内のSを含有すること、及び、刊行物7発明における「S:0.005〜0.15%」は、上記(7c)のとおり、被削性の向上等のために添加されることを併せ考慮すると、S含有の点で、本件発明1と刊行物7発明とが格別に相違するとは認められない。仮に、実質的な相違であるとしても、刊行物7発明において、Sの含有量を不純物レベルとすることは、必要とする被削性等に応じて当業者が容易に想到し得る程度のことと云うべきである。
したがって、相違点(イ)は、実質的な相違ではないか、仮に、実質的な相違であるとしても、当業者が容易に想到し得たものである。

(ii)相違点(ロ)(ハ)について
本件発明1において、「Ti/Nが3.42〜8」と規定したのは、「Tiは、鋼中のNと結合してTiNを生成することによってNを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる効果を有するため、N量に応じて添加する」(段落【0011】)ためと認められる。
これに対し、刊行物7の上記(7d)には、「固溶Nの完全固定によるBN析出防止、つまり固溶Bの確保を目的として添加する」と記載されているから、Nを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる点で、刊行物7発明は、本件発明1と軌を一にするものと云える。しかも、Nを固定するため、「Ti/N」を3.42〜8の範囲内の数値とすることは、刊行物1の上記(1c)、(1i)等の記載にみられるように、本件特許の出願前において周知のことである。
刊行物7発明では、Nを固定するため、Tiだけでなく、Alも含有しているが、鋼の溶製中に脱酸を目的としてAlを添加し、少量のAlが残存することは、通常のことであって、刊行物7発明は、残存する少量のAlをNの固定にも利用するものと云えるから、Al含有の点で、本件発明1と刊行物7発明とが格別に相違するとは云えない。仮に相違するとしても、刊行物7には、上記(7d)のとおり、TiとAlは、Nを固定する均等成分として記載されているから、NをTiのみで固定するようにし、Alを脱酸剤としてだけ使用して、Alの残存量を不純物の範囲内とすることは、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、相違点(ロ)(ハ)は、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(iii)相違点(ニ)について
まず、表面硬さ、硬化深さ比について検討するに、刊行物7発明の「有効硬化層深さtと部品半径rの比t/rが0.3〜0.8」における「有効硬化深さt」は、JISG0559に規定されるものであるところ、JISG0559に関する上記(14a)(14b)に示された規定からみて、鋼の炭素含有量が0.33%以上0.43%未満、0.43%以上0.53%未満、0.53%以上の場合の有効硬化層の限界硬さは、それぞれ、ロックウェルC硬さ(HRC)で41、45、49であると認められる。そして、刊行物7発明における断面内平均硬さHVaが560以上(ロックウェルC硬さに換算すると、53.0HRC以上)であり、焼入れ部の硬さは、断面内平均硬さ560HV(53.0HRC)よりも相当高いことが明らかであること、半径方向の硬度は、刊行物2の上記(2f)等にみられるように、最大硬度の表面から所定の深さまで緩やかに減少し、以後、急減するような分布になると認められること等からみて、刊行物7発明は、本件発明1における表面硬さが≧50HRCである旨及び硬化深さ比が0.2〜0.7である旨の特定事項を満足するものと認められる。
次に、マルテンサイト率等について検討するに、前述したように、炭素量が0.4%、0.53%の場合、それぞれ、約50HRC以上、約56HRC以上であれば、マルテンサイト量は90%以上であると認められること、また、刊行物7発明における焼入れ部の硬さは、前示のとおり、断面内平均硬さ560HV(53.0HRC)よりも相当高いことが明らかであること等を勘案すると、刊行物7発明は、本件発明1におけるマルテンサイト率等の特定事項も満足すると認められる。また、仮に、マルテンサイト率等の点で本件発明1と刊行物7発明が実質的に相違するとしても、上記(I-1)の(iii)で述べたと同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、上記相違点(ニ)は、実質的な相違とは云えないか、仮に実質的な相違であるとしても、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(iv)相違点についての検討のまとめ
本件発明1は、上記(i)〜(iii)の相違点の検討からみて、刊行物7に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(III-2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1を引用し、「Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含有する」という特定事項を付加したものである。
これに対し、刊行物7の上記(7a)の請求項3には、請求項1を引用し、「鋼がさらに、Cr:0.03〜1.5% Mo:0.05〜1.0% Ni:0.1〜3.5%の1種または2種以上を含有する」と記載されているから、刊行物7には、刊行物7発明における焼入れ部品が、さらに、Mo:0.05〜1.0%、Ni:0.1〜3.5%のうち1種または2種を含有した発明(以下、「刊行物7A発明」という)も記載されていると云える。
本件発明2と刊行物7A発明を対比すると、両者は、付加された前記特定事項の点で相違するとは云えないから、両者の一致点、相違点は、前記(III-1)で述べたとおりである。
してみれば、本件発明2は、本件発明1と同様の理由で、刊行物7に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(III-3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1又は2を引用し、「Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有する」という特定事項を付加したものであり、これらの成分の含有は、前示のとおり、被削性の改善のためと認められる。
これに対し、刊行物7の上記(7a)の請求項5には、請求項1乃至3を引用し、「鋼がさらに、Ca:0.0005〜0.010% Pb:0.05〜0.5%の1種または2種を含有する」と記載されている。また、刊行物1の上記(1e)、刊行物5の上記(5c)、刊行物7の上記(7c)(7f)、刊行物9の上記(9d)などにみられるように、高周波焼入れ鋼において、被削性の改善のために、Pb:≦0.20%、S≦0.10%、Te≦0.10%、Ca:≦0.01%のうちの1種以上を含有することは、本件特許の出願前において周知のことである。
してみれば、付加された前記特定事項の点は、実質的な相違と云えないか、仮に相違であるとしても、前示の周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。
したがって、本件発明3は、本件発明1、2と同様に、刊行物7に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-4-2.取消理由3について
(I)本件発明1について
上記(12)の特開平10-8189号公報として出願公開された先願明細書の上記(12a)の請求項5、6には、それぞれ、「合金元素の含有率が質量%で、C:0.30〜0.60%,Si:≦0.50%,Mn:0.20〜2.0%,B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.020%,Ti≦0.1%、かつ、Ti,Nの含有量の比率が3.42≦Ti/N≦8.0であり、残部Feおよび不可避不純物からなり、JIS G 0559に規定される高周波焼入れ焼もどし処理後の有効硬化深さtと部品直径または厚さrとの間にt/r≧0.3が成立し、かつ表面硬さが600Hv以上であることを特徴とする、曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。」、「さらに、質量%で、Ni:≦1.50%,Mo:≦0.50%,V:≦0.50%,Cr:≦2.0%のうちの1種または2種以上を含有する、請求項5に記載の・・・曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。」と記載されているから、Ni、Mo、V、Crの選択成分のうち、Crを選択した場合について、これらの事項を整理すると、先願明細書には、
「合金元素の含有率が質量%で、C:0.30〜0.60%,Si:≦0.50%,Mn:0.20〜2.0%,Cr:≦2.0%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.020%,Ti≦0.1%、かつ、Ti,Nの含有量の比率が3.42≦Ti/N≦8.0であり、残部Feおよび不可避不純物からなり、JIS G 0559に規定される高周波焼入れ焼もどし処理後の有効硬化深さtと部品直径または厚さrとの間にt/r≧0.3が成立し、かつ表面硬さが600Hv以上であることを特徴とする、曲げ特性に優れる高周波焼入れ部品。」という発明(以下、「先願明細書発明」という)が記載されていると認められる。

本件発明1と先願明細書発明を対比すると、先願明細書発明における「600Hv以上」は、上記(13a)(15a)からみて、「55.2HRC」に相当すると認められるから、両者は、
「重量%で(以下同じ。)、C:0.30〜0.50%、Si:≦0.50%、Mn:0.61〜1.50%、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:0.031〜0.10%を含み、Ti/Nが3.42〜8.0であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧55.2HRCである高周波焼入れ部を有する高周波焼入れ部品」である点で一致するが、次の点で一応の相違がみられる。
相違点:
本件発明1の高周波焼入れ部は、「硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.3〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織」であるのに対し、先願明細書発明の高周波焼入れ部は、「JIS G 0559に規定される高周波焼入れ焼もどし処理後の有効硬化深さtと部品直径または厚さrとの間にt/r≧0.3が成立」するものであるものの、マルテンサイト率等が明りょうでない点。

以下、この相違点について検討する。
まず、硬化深さ比について検討するに、先願明細書発明の「t/r≧0.3」における「有効硬化深さt」は、JIS G 0559に規定されるものであるところ、JISG0559に関する上記(14a)(14b)に示された規定からみて、鋼の炭素含有量が0.33%以上0.43%未満の場合、有効硬化層の限界硬さは、ロックウェルC硬さ(HRC)で41であると認められる。そして、先願明細書発明における表面硬さが、前示のとおり、55.2HRC以上であること、実施例における炭素含有量が0.33%以上0.43%未満の場合における「t/r」の値は、上記(12e)に示されているとおり、0.41〜0.49であること、半径方向の硬度は、刊行物2の上記(2f)等にみられるように、最大硬度の表面から所定の深さまで緩やかに減少し、以後、急減するような分布になると認められること等からみて、先願明細書発明は、本件発明1の硬化深さ比が0.2〜0.7である旨の特定事項を満足するものと認められる。
次に、マルテンサイト率等について検討するに、前示のとおり、炭素量が0.4%の場合、HRC約50以上であれば、マルテンサイト量は90%以上であると認められること、先願明細書発明は、前示のとおり、炭素量が0.33%以上0.43%未満の実施例を含み、表面硬さが55.2HRC以上であり、しかも、本件発明1における硬化深さ比の特定事項を満足すると認められることを勘案すると、先願明細書発明は、本件発明1におけるマルテンサイト率等の特定事項も満足するものと認められる。
してみれば、上記相違点は、実質的な相違とは云えないから、本件発明1は、先願明細書に記載された発明と同一であると云える。

(II)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1を引用し、「Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含有する」という特定事項を付加したものである。
これに対し、前記先願明細書の上記(12a)の請求項6には、請求項5を引用して、「さらに、質量%で、Ni:≦1.50%,Mo:≦0.50%,V:≦0.50%,Cr:≦2.0%のうちの1種または2種以上を含有する」と記載されているから、前記先願明細書には、先願明細書発明の高周波焼入れ部品が、さらに、Mo:0.50%以下、Ni:1.50%以下のうち1種または2種を含有した発明(以下、「先願明細書A発明」という)も記載されていると云える。
本件発明2と先願明細書A発明を対比すると、両者は、付加された前記特定事項の点で相違するとは云えないから、両者の一致点、相違点は、前記(I)で述べたとおりである。
してみれば、本件発明2は、本件発明1と同様の理由で、先願明細書に記載された発明と同一であると云える。

(III)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1又は2を引用し、「Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有する」という特定事項を付加したものである。
これに対し、前記先願明細書の上記(12a)の請求項8には、請求項5又は請求項6を引用して、「さらに、質量%で、S:≦0.20%,Pb:≦0.20%,Bi:≦0.20%,Te:≦0.10%,Ca:≦0.05%のうちの1種または2種以上を含有する」と記載されているから、先願明細書には、先願明細書発明又は先願明細書A発明における高周波焼入れ部品が、さらに、Pb:≦0.20%,S:≦0.20%,Bi:≦0.20%,Te:≦0.10%,Ca:≦0.05%のうちの1種または2種以上を含有した発明(以下、「先願明細書B発明」という)も記載されていると云える。
本件発明3と先願明細書B発明を対比すると、両者は、付加された前記特定事項の点で相違するとは云えないから、両者の一致点、相違点は、前記(I)(II)で述べたとおりである。
してみれば、本件発明3は、本件発明1、2と同様の理由で、先願明細書に記載された発明と同一であると云える。

(IV)発明者、出願人の同一性について
本件発明1〜3の発明者は、先願に係る発明の発明者の「紅林豊」、「中村貞行」以外に、「松村康志」を含むから、両者の発明者は、完全には一致しておらず、同一とは云えない。
また、本件特許の出願の時において、その出願人は、上記先願の出願人の「大同特殊鋼株式会社」以外に「日産自動車株式会社」を含んでいるから、両者の出願人は、完全には一致しておらず、同一とは云えない。

4.むすび
以上のとおりであるから、本件発明1〜3に係る特許は、特許法第29条第1項第3号、同条第2項、及び、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものである。
したがって、本件発明1〜3に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
高周波焼入れ部品
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】重量%で(以下同じ。)、C:0.30〜0.50%、Si:≦0.50%、Mn:0.61〜1.50%、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:0.031〜0.10%を含み、Ti/Nが3.42〜8であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織の高周波焼入れ部を有することを特徴とする高周波焼入れ部品。
【請求項2】Mo:≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1記載の高周波焼入れ部品。
【請求項3】Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2記載の高周波焼入れ部品。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、耐衝撃曲げ特性、耐衝撃ねじり特性などの衝撃特性に優れた高周波焼入れ部品に関する。
【0002】
【従来の技術】
自動車の動力伝達系を構成する部品、例えばアクスルシャフト、ドライブシャフト、等速ジョイント用アウターレースなどは、高周波焼入れ処理を施して使用されているものである。近年、自動車の高出力化の進行にともなってこれらの動力伝達系の部品の強度を確保し安全性を保証するために、従来の静的強度に加えて優れた疲れ特性、耐衝撃曲げ特性、耐衝撃ねじり特性などの衝撃特性が要求されており、また高強度の材料が要望されている。
【0003】
従来、上記の動力伝達系部品の多くは、JIS S40Cなどの機械構造用炭素鋼が主に使用されており、熱間鍛造、冷間鍛造、転造、切削加工などによって部品を製造した後、高周波焼入れすることによって要求される強度を得ていた。
また、静的ねじり強度を向上させるためには、部材の硬さを高くすること、高周波焼入れ時の焼入れ深さを深くすることなどが有効であることが知られており、炭素含有量を増加させ高周波焼入れ後の硬さを高くするか、焼入れ深さを深くすることで静的強度の改善が達成されてきた。しかし、従来の炭素鋼では、炭素量を増加し硬さを上昇させたり、または焼入れ深さを深くしたりすると、衝撃強度が大幅に低下し、静的強度と耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり強度を両立させることはできなかった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、アクスルシャフト、ドライブシャフト、等速ジョイント用アウターレースなどの自動車の動力伝達系の部品の静的強度を確保し、かつ、耐衝撃曲げ特性及び耐衝撃ねじり特性に優れた高周波焼入れ部品を提供することを目的とするのである。
【0005】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、本発明の高周波焼入れ部品においては、C:0.30〜0.50%、Si:≦0.50%、Mn:0.61〜1.50%、Cr:0.05〜0.17%、B:0.0005〜0.0050%、N:≦0.015%、Ti:0.031〜0.10%を含み、必要に応じてMo≦0.5%及びNi:≦1.0%の1種または2種を含み、更に必要に応じてPb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%のうちの1種または2種以上を含み、Ti/Nが3.42〜8であり、残部Fe及び不純物からなり、表面硬さが≧50HRCで、硬化深さ比t(50HRC以上の硬さが得られる深さ)/r(部品半径または部品厚さ)が0.2〜0.7であり、かつマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織である高周波焼入れ部を有するものとしたことである。
【0006】
【作用】
本発明は、C含有量を増加させて静的強度を高くした場合においても、B、Tiを添加することによって耐衝撃曲げ特性及び耐衝撃ねじり特性を向上させ、かつ、Mn、Cr、Bの効果よって焼入性を向上させて高周波焼入れ深さを十分確保するようにし、さらに、Mo、Niの添加によって静的強度及び衝撃特性を改善したものである。
【0007】
以下に各合金元素の組成範囲、高周波焼入れ処理後の表面硬さなどの限定理由について説明する。
C:0.30〜0.50%
Cは、機械部品の強度を確保するために必須の元素であり、高周波焼入れ後の部品表面部の硬さを50HRC以上とするためには0.30%以上含有させる必要がある。しかし、0.50%を超えて含有しても表面硬さは上昇せず、また高周波焼入れ時に焼き割れを発生するなどの問題があるために、その上限を0.50%とした。
【0008】
Si:≦0.50%
Siは、脱酸剤として、また、焼入性を高くする元素であるが、0.50%を超えて添加すると、熱間加工時に割れが発生しやすくなるので、その上限を0.50%とした。
Mn:0.61〜1.50%
Mnは、Siと同様に脱酸剤として、また、鋼の焼入性を高くする元素である。鋼の高周波焼入れ性を改善し、かつ、表面硬さを増加するためには0.61%以上添加する必要がある。しかし、1.50%を超えて添加してもその効果は飽和し、また熱間加工性を低下させるので、その上限を1.50%とした。
【0009】
B:0.0005〜0.0050%
溶解性のBは、高周波焼入性を向上させるとともに耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性を改善する効果を有する元素である。これらの効果を得るためには少なくとも0.0005%を含有する必要があるが、0.0050%を超えて含有してもその効果は飽和し、圧延や鍛造などの熱間加工で割れを発生しやすくなるなどの問題が生じるため、その上限を0.0050%とした。
【0010】
N:≦0.015%
Nは、鋼の溝型段階において入る不可避の元素であり、鋼中のBと結合してBNを生成し焼入性を低下するが、0.015%以下であれば、耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性に影響を及ぼさないので、その上限を0.015%とした。好ましくは0.005%以下である。
【0011】
Ti:0.031〜0.10%
Tiは、鋼中のNと結合してTiNを生成することによってNを固定し、鋼中の溶解性のB量を増加させる効果を有するため、少なくとも0.031%を含有し、N量に応じて添加する。Ti/N比率が3.42以上かつ8以下にする必要がある。なお、Tiを多量に添加しTi/N比が8を超えた場合には、鋼中への介在物の生成が顕著になり疲れ特性を低下させるため、Ti/N比は8以下にする必要があり、またTi含有量の上限を0.1%とした。
Cr:0.05〜0.17%
Crは、Mnと同様に鋼の焼入性を向上する元素であるので添加する。その含有量が0.05%未満では効果がなく、0.17%を超えて添加すると被削性や熱間加工性などの製造性を悪化させるため、上限を0.17%とした。
Ni:≦1.0%、Mo:≦0.5%
Ni及びMoは、鋼の靱性を向上するとともに、高周波焼入れ部、非焼入れ部の衝撃特性を改善し、耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性を向上させるため、必要に応じて添加することができる。なお、Niは1.0%、Moは0.5%を超えて含有させると、被削性や熱間加工性の悪化を助長させることなる。
【0012】
Pb:≦0.20%、S:≦0.10%、Bi:≦0.20%、Te:≦0.10%及びCa:≦0.01%
Pb、S、Bi、Te及びCaは、被削性を改善する元素である。しかし、Pbを0.20%、Sを0.10%、Biを0.20%、Teを0.10%及びCaを0.01%を超えて添加すると、疲れ特性や転動疲れ特性を低下させる。また介在物として鋼中に存在するため、多量に含有させると耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性を低下させる。
【0013】
高周波焼入れ部の表面硬さ:≧50HRC
高周波焼入れ部の部品表面硬さは、静的強度、耐摩耗性、疲れ特性、耐衝撃曲げ及び耐衝撃ねじり特性を決定するが、これらの特性を改善するためには少なくとも表面硬さを50HRC以上必要である。焼入れ硬さが、50HRCより低くなると疲れ特性や静的強度が低下し、耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性のバラツキが大きくなるため、焼入れ硬さの下限を50HRCとした。
【0014】
高周波焼入れ部組織のマルテンサイト率が90%以上の均一なマルテンサイト組織
特に、耐衝撃曲げ及び耐衝撃ねじり特性を改善するには、高周波焼入れ部の組織を均一なマルテンサイトとすることが重要であり、また90%以上をマルテンサイト組織とすることが必要である。マルテンサイト率が低くフェライト・パーライト組織を含む場合には、耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性が低下するため、マルテンサイト率を90%以上とする。
【0015】
高周波焼入れ部の硬化深さ比t/r:0.2〜0.7
高周波焼入れ部の硬化深さは、部品の強度特性に影響を及ぼすため、50HRC以上の硬さが得られる深さ(t)と部品半径または部品厚さ(r)との比、すなわち高周波焼入れ部の硬化深さ比を0.2〜0.7の範囲とした。t/rが0.2より小さい場合には、転動疲れ特性が低下し、静的強度も不足する。また、耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり強度も急激に低下するため、硬化深さ比t/rの下限を0.2とした。また、t/rを大きくすることによって耐衝撃曲げ、耐衝撃ねじり特性、静的強度などの強度は向上するが、0.7を超えて硬化深さを深くしても効果が飽和するとともに、高周波焼入れ処理時に焼き割れを生じやすくなるため、t/rの上限を0.7とした。
【0016】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施例を説明する。
下記表1に示した成分組成の鋼を通常の方法で溶製し、ビレットにした後このビレットを熱間圧延してφ30mmの丸棒にした。
この成分組成の鋼の高周波焼入性を評価するため、φ30mmの丸棒からφ25mm、長さ150mmの丸棒試験片を作製し、高周波焼入れ試験機によって高周波焼入れした後、表面硬さ及び50HRC以上の硬さが得られる深さ(硬化深さ)を測定した。なお、高周波焼入れは、周波数10kHz、出力55kW、加熱時間4秒とし、加熱後に水冷した。また、硬さ測定はロックウェル硬さ計を使用した。その結果を下記表2に示す。
【0017】
【表1】

【0018】
【表2】

【0019】
また、疲れ特性を評価するために、試験部直径22mmの平滑ねじり試験片を使用し、高周波焼入れ処理した後に油圧式ねじり試験機によって1500N・mトルクを負荷し、破断までの繰り返し数を評価した。なお、高周波焼入れは、周波数10kHz、出力55kW、加熱時間2秒とし、加熱後に水冷した。
その結果を下記表3に示す。
【0020】
【表3】

【0021】
また、衝撃曲げ特性を評価するため、高周波焼入れ処理された試験部直径10mmの平滑曲げ試験片を用い、3点衝撃曲げ試験において支点間隔100mmの中心点を100mm/sの速度で変位させ、破断までに示した最大荷重によって評価した。なお、高周波焼入れは、周波数10kHz、出力55kW、加熱時間1.5秒とし、加熱後に水冷した。
その結果を下記表4に示す。
【0022】
さらに、衝撃ねじり特性を評価するため、衝撃曲げ試験と同一形状の試験片を使用し、30度/sのねじり速度で衝撃ねじりトルクを負荷した場合の破断までに示した最大トルクによって評価した。高周波焼入れは衝撃曲げ試験片と同一条件である。
その結果を表4に示す。
【0023】
【表4】

【0024】
表2に示されるように、出力55kW、加熱時間4秒として一定条件で高周波焼入れをした場合、本発明鋼ではいずれの鋼種においても硬化深さ比(t/r)は0.5以上の値を示しているいるのに対して、比較例鋼では硬化深さ比が浅めになっていることが分かる。特に、C、Mn含有量が同一レベルであってもB量が異なる場合には硬化深さ比の差が顕著であり、Bが高周波焼入れ性に寄与していることが明確である。またC量が0.3%未満では表層部の硬さを50HRC以上とすることは困難であることが分かる。
【0025】
表3に示されるように、静的ねじり強度をみると、表層硬さが高く、かつ、硬化深さ比の高いものほど最大ねじりトルクが大きくなることが分かる。比較例鋼では、表面硬さが高くても硬化深さが浅いために、静的ねじりトルクは低い値を示している。また、疲労試験における破断寿命をみると、本発明鋼のほうが破断寿命が長い傾向を示しており、静的にも動的にも、本発明鋼のほうが優位であることが分かる。
【0026】
表4に示されるように、本発明鋼の硬化深さ比は0.25〜0.7の範囲において特性を確認したが、比較例鋼に比べて2倍以上の衝撃強度の改善が確認された。硬化深さ比が小さい場合には、衝撃強度も低下する傾向にはあるが、いずれも比較例鋼にくらべて高強度が達成されている。
【0027】
このように、本発明鋼は、比較例鋼に比べて高周波焼入性に優れており、静的強度を低下することなく、耐衝撃曲げ強度、耐衝撃ねじり強度の大幅な向上を可能とした。
【0028】
【発明の効果】
本発明は、上記構成にしたことにより、次のような優れた効果を奏する。
(1)本発明鋼の高周波焼入れ部品は、優れた高周波焼入れ性を有する。
(2)また、高周波焼入れ時の表面硬さと硬化深さ比を適正な範囲に選定することによって静的ねじり強度やねじり疲労強度を確保し、さらに、耐衝撃曲げ強度と耐衝撃ねじり強度の向上を図ることができる。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2006-02-02 
出願番号 特願平8-207624
審決分類 P 1 651・ 113- ZA (C22C)
P 1 651・ 16- ZA (C22C)
P 1 651・ 121- ZA (C22C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 奥井 正樹中村 朝幸  
特許庁審判長 綿谷 晶廣
特許庁審判官 酒井 美知子
平塚 義三
登録日 2003-02-28 
登録番号 特許第3402562号(P3402562)
権利者 日産自動車株式会社 大同特殊鋼株式会社
発明の名称 高周波焼入れ部品  
代理人 荒崎 勝美  
代理人 荒崎 勝美  
代理人 荒崎 勝美  

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