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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C21D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C21D
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 C21D
管理番号 1139351
審判番号 不服2003-10359  
総通号数 80 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-07-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2003-05-02 
確定日 2006-07-04 
事件の表示 平成 6年特許願第275455号「オーステナイト表面層をステンレス鋼に形成するための熱処理方法」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年 7月25日出願公開、特開平 7-188733〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 I.手続の経緯
本願は、平成6年10月4日(優先日 1993年10月5日 ドイツ国)の出願であって、平成15年1月22日付けで拒絶査定がなされ、これに対し平成15年5月2日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、平成15年6月2日付けで手続補正がなされたものである。

II.平成15年6月2日付け手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成15年6月2日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.手続補正の内容について
本件手続補正の内容は、特許請求の範囲の減縮を目的として、原査定時の次に示す特許請求の範囲の
「【請求項1】最終形状に近いステンレス鋼製部品を、窒素含有ガス雰囲気中において1000ないし1200℃の温度で窒化し、続いて窒化物の析出が回避されるような速度で冷却することにより、0.30重量%以上の溶解窒素を含むオーステナイト表面層をステンレス鋼に形成するための熱処理方法。
【請求項2】オーステナイトステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1に記載の熱処理方法。
【請求項3】マルテンサイトステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1に記載の熱処理方法。
【請求項4】フエライトステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1に記載の熱処理方法。
【請求項5】フエライトーオーステナイトステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1に記載の熱処理方法。
【請求項6】フエライトーマルテンサイトステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1に記載の熱処理方法。
【請求項7】窒化中にガス雰囲気の圧力を標準圧力とは相違させることを特徴とする、請求項1ないし6の1つに記載の熱処理方法。
【請求項8】続いて650℃以下の温度への再加熱により表面層を硬化することを特徴とする、請求項1ないし7の1つに記載の熱処理方法。
【請求項9】特に衝突摩耗、キヤビテーシヨン及び滴衝突により荷重を受ける際摩耗抵抗を改善するために使用することを特徴とする、請求項1ないし8の1つに記載の熱処理方法。」を、
「【請求項1】窒素含有ガス雰囲気中において所定時間の間1000ないし1200℃の温度で窒化することにより、最終形状に近いステンレス鋼製工作物に、溶解窒素を含むオーステナイト表面層を形成し、窒化中に表面層の窒素含有量を、窒化物析出により特徴づけられる上限より下に保つ熱処理方法において、プロセスパラメータとしての圧力、温度及び処理時間の選択により、窒素含有量を、0.3重量%の下限と窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限との間に設定し、続いて窒化物の析出を回避する速度で冷却を行うことを特徴とする、熱処理方法。
【請求項2】オーステナイトステンレス鋼、マルテンサイトステンレス鋼、フエライトステンレス鋼、フエライト-オーステナイトステンレス鋼又はフエライト-マルテンサイトステンレス鋼を使用することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】続いて650℃以下の温度への再加熱により表面層を硬化することを特徴とする、請求項1又は2に記載の熱処理方法。
【請求項4】窒化中にガス雰囲気の圧力を標準圧力とは相違させることを特徴とする、請求項1ないし3の1つに記載の熱処理方法。
【請求項5】衝突摩耗、キヤビテーシヨン及び滴衝突により荷重を受ける際工作物の摩耗抵抗を改善するために使用することを特徴とする、請求項1ないし4の1つに記載の熱処理方法。」
と補正するものである(以下、それぞれ「本件補正発明1乃至5」という)。

2.当審の判断
2-1.目的違背について
本件手続補正のうち、上記請求項1における「プロセスパラメータとしての圧力、温度及び処理時間の選択により、窒素含有量を、・・・との間に設定し、」という補正事項は、上記補正によって新たに追加されたものであって、しかも補正前の特許請求の範囲の請求項1乃至9に係る発明の構成に欠くことができない事項のいずれをも限定するものではないから、特許法第17条の2第3項第2号でいう「その補正前発明の構成に欠くことができない事項の全部又は一部を限定するものに限る。」という要件を満足するものではない。
したがって、本件手続補正は、改正前の特許法第17条の2第3項第2号の規定に違反してなされたものである。

2-2.独立特許要件違反について
本件手続補正が仮に改正前の特許法第17条の2第3項第2号の規定に違反していないとした場合でも、本件補正発明1乃至5のうち、少なくとも本件補正発明1は、次の理由により、改正前の特許法第17条の2第4項で準用する同法第126条第3項に規定する独立特許要件に違反するものである。
(1)本件補正発明1について
本件補正発明1は、上記手続補正によって補正された請求項1に記載された事項によって特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】窒素含有ガス雰囲気中において所定時間の間1000ないし1200℃の温度で窒化することにより、最終形状に近いステンレス鋼製工作物に、溶解窒素を含むオーステナイト表面層を形成し、窒化中に表面層の窒素含有量を、窒化物析出により特徴づけられる上限より下に保つ熱処理方法において、プロセスパラメータとしての圧力、温度及び処理時間の選択により、窒素含有量を、0.3重量%の下限と窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限との間に設定し、続いて窒化物の析出を回避する速度で冷却を行うことを特徴とする、熱処理方法。」

(2)引用例とその主な記載事項
原査定の理由で引用された引用例1乃至3には、それぞれ次の事項が記載されている。
(i)引用例1:特開昭51-10121号公報
(a)「約21乃至45%のマンガンと約10乃至30%のクロームとを含む鉄合金の固体の状態の表面を、少なくとも前記合金の表面の窒素含有を、約0.85%乃至約3%の範囲まで上昇させるに足る時間に亘り、少くとも927℃(1700F)の温度の窒素に露出することより成る、上記マンガンとクロームを含む鉄合金をオーステナイト化する方法。」(特許請求の範囲)
(b)「本発明の方法に於いては、外見的には、窒素が固体の合金面へ溶解し、然る後合金の実質内へ拡散するように考えられる。驚くべきことには、固体の合金へ拡散する窒素は、合金の構造に、それが凝固する以前に溶融合金の中に溶解していた場合と同一効果を生ぜしめる。このような訳で、分離したフェライト相を有する非均質合金は、次のような、本発明の方法を受けさせることによつてオーステナイト化することができる。即ち、合金の表面へ進入し、そしてその実質内へ拡散する窒素が一つのオーステナイト相を作り、ここで、0.85%以上、3%以下、そして成るべくは、1.05%乃至1.5%の量で溶解させるを可とする。」(第2頁右上欄8行乃至左下欄5行)
(c)「窒素は強力なオーステナイト化剤であり、従つて、本発明の一目的はこれを鋼へ導入することにある。そのオーステナイト化の効果のため及び、これが主要な鋼の強化元素であるが故に、少くとも0.85%が必要である。併し、3%以上の窒素は、鋼の強度と耐蝕性を低下させる窒化物を堆積させる傾向がある。本発明の処理法によつて作られる合金の表面に於ける窒素の含有量は、成るべくは、1.05乃至1.5%とするを可とする。」(第3頁右上欄12行乃至左下欄5行)
(d)「さて、次に、本発明の実施例を挙げて更にこれを明らかにしよう。先づ、第1表に示されるような4つの合金が溶解された。(第1表は省略)
第1表に示されている総ての合金は、同一方法で調製された。・・(中略)・・第2表に示すような温度及び時間に於いて、窒素焼鈍が行われた。何れの場合にも、合金に有害な作用を及ぼすシグマ相の形成を防止するため、982℃以上の温度が使用された。上記窒素焼鈍は、商用的に純粋な窒素のふん囲気の中で行われた。」(第3頁右下欄7行乃至第4頁右上欄14行)
(e)第4頁の第1表には、「合金 1」の組成が「マンガン:21.08、クローム:26.26、銅:0.09、モリブデン:0.01、ニッケル:0.23、窒素:0.85、炭素:0.11、シリコン:0.35」と記載され、第5頁の第2表には、この「合金 1」の窒素焼鈍の具体的な温度例が「982℃、1039℃、1093℃及び1149℃」であり、これら温度におけるそれぞれの焼鈍時間が「5分、10分及び15分」であると記載され、また、例えば1039℃の温度で窒素処理した後の「合金 1」の窒素含有量は、焼鈍時間5分で1.01%、10分で1.03%及び15分で1.06%であるとも記載されている。
(f)「第2表からは、総ての合金、1乃至4の窒素の含有が、982℃乃至1149℃の温度範囲で、比較的短期間処理されることによつて増大していることが注目される。」(第4頁右下欄2行乃至5行)
(g)「第1図では、断面に於いて、3つの異る帯域が見分けられる。外表面から出発して中心に向つて進めて見るのに、帯域1は、一つの酸化物の層で、稍々突然に線が終端を持つている。
酸化物の層の下には、オーステナイト相2があり、窒素焼鈍が行われた窒素のふん囲気からの窒素の吸収によつてオーステナイト化されたものである。中心帯域3は、オーステナイト及びフェライトの2相的組織である。ふん囲気からのそれ以上の窒素の吸収或はそれ以上の窒素の拡散は、オーステナイト帯域の深さを増大し、そしてオーステナイト・フェライトの2相帯域の厚さを低減し、遂には、合金1の全断面をオーステナイト相にする。」(第5頁左上欄1行乃至右上欄9行)
(h)「第2図に於ける写真に示された合金は、3.07%の窒素を含有して居り、そして写真に見えているように、堆積された、合金元素の窒化物を含む2相構造が形成され、これにより、3%の過剰な窒素含有が、好ましからぬ相を形成させることが分る。第2図の4に於いて、或る堆積窒化物が示されている。」(第5頁右上欄10行乃至左下欄1行)
(ii)引用例2:特公昭61-40750号公報
(a)「1 Cr:15〜26%、Ni:8〜35%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、N:0.25%未満を基本成分とし、残部が鉄及び不可避不純物から成る鉄合金管に対しその内面に窒素を浸入させ、該管の内表面推定窒素濃度を0.25%以上とすることを特徴とする耐高温水蒸気酸化性の優れたオーステナイト系合金管の製造法。」(特許請求の範囲)
(b)「本発明は耐高温水蒸気酸化性の優れたオーステナイト系合金管の製造法に係り、ボイラ等に用いられ高温水蒸気に曝されるオーステナイト・ステンレス鋼管をはじめとするオーステナイト系合金等において、その耐高温水蒸気酸化性を改善し、高温水蒸気によるスケールの生成を減少させた好ましい合金管を提供しようとするものである。」(第1頁第1欄10行乃至16行)
(c)「本発明においては上記したような成分の鉄合金管の内表面に窒素を浸入させ該内表面近傍のN量を高めて0.25%以上とするものであり、浸窒処理方法としてはアンモニア、N2ガスを用いたガス浸窒やソルト窒化などの何れによつてもよい。即ち通常のこの種ステンレス鋼の窒素含有量は工場設備で量産した場合において0.3%程度まで含有させ得るが、このような高窒素含有鋼をボイラー用などの高温水蒸気条件下の管材として使用する場合において、加工性と共に長時間クリープ試験値において安定したデータが確立しておらず実用的でないので、素材としては前記のように0.25%N未満の基本成分のものを用い、その内面を窒化し、この種管材に必要とされる内面付近のN含有量を増加させるものである。」(第2頁第3欄22行乃至36行)
(iii)引用例3:特公昭55-29137号公報
(a)「2相ステンレス鋼の表面部において、窒素を高濃度に含有したオ-ステナイト層が形成されていることを特徴とする耐食性の改善された2相ステンレス鋼。」(特許請求の範囲)
(b)「第3図は本発明に係る真空加熱と窒素冷却の1パターンを示したものであり、下記の実施例はこのパターンによる熱処理を行ったものであるが、合金の組成、目的とする表面部のオーステナイト層の厚み等によって処理温度、時間、真空度等を種々選ぶことができるのである。
実施例
下表に示す成分含有の2相ステンレス鋼の供試片・・・を第3図パターンのように加熱、すなわち真空度0.1〜0.2Torrで加熱し、900℃で30分間保持、1150℃で2時間保持後窒素ガスを噴射して冷却を行った。」(第2頁第4欄2行乃至13行)
(c)「本発明は以上の通りであって、従来の2相ステンレス鋼の表面部を、窒素濃度を高くして、窒素のオーステナイト相安定化作用と耐食性向上効果を共に利用して、耐食性のよいオーステナイト相のみの表面層を形成させ、その優れた耐食性と共に内部は2相のままとして2相ステンレス鋼のもつ優れた強さその他の機械的性質を維持して、従来の2相ステンレス鋼の欠点を解消している点において優れ、また前記オーステナイト層の形成に、真空加熱と窒素媒体による冷却とを用いることにより、表面層のCrの減少と窒素濃化を容易として、フェライトのオーステナイト化を極めて容易に、しかも数mm程度の深さにまで達せしめることが可能な点においてもまた優れており、・・・本発明の有する工業的価値は著大である。」(第3頁第5欄2行乃至21行)

(3)対比・判断
引用例1の上記(a)乃至(f)の記載や上記(e)の具体例を総合すれば、引用例1には、窒素含有ガス雰囲気中において所定時間の間、「982℃、1039℃、1093℃及び1149℃」という具体的な温度で窒化することにより、最終形状に近い鉄合金、具体的には「マンガン:21.08、クローム:26.26、銅:0.09、モリブデン:0.01、ニッケル:0.23、窒素:0.85、炭素:0.11、シリコン:0.35、残部鉄」という組成の鉄合金に、溶解窒素を含むオーステナイト表面層を形成し、窒化中に表面層の窒素含有量を「1.01%、1.03%及び1.06%」とした窒素焼鈍法が記載されていると云えるから、これら記載を本件補正発明1の記載ぶりに則って整理すると、引用例1には、「窒素含有ガス雰囲気中において所定時間の間、982℃、1039℃、1093℃及び1149℃の温度で窒化することにより、最終形状に近いマンガン:21.08、クローム:26.26、銅:0.09、モリブデン:0.01、ニッケル:0.23、窒素:0.85、炭素:0.11、シリコン:0.35、残部鉄という鉄合金製工作物に、溶解窒素を含むオーステナイト表面層を形成し、窒化中に表面層の窒素含有量を1.01%、1.03%及び1.06%に保つ窒素焼鈍法において、プロセスパラメータとしての温度及び処理時間の選択により、窒素含有量を1.01%、1.03%及び1.06%に設定する窒素焼鈍法」という発明(以下、「引用例1発明」という)が記載されていると云える。
そこで、本件補正発明1と引用例1発明とを対比すると、引用例1発明の「窒素焼鈍法」は、本件補正発明1の「熱処理方法」と言い換えることができるし、引用例1発明の上記組成の「鉄合金」も、本件補正発明1でいう「鋼」であると云えるから、両者は、「窒素含有ガス雰囲気中において所定時間の間、982℃、1039℃、1093℃及び1149℃の温度で窒化することにより、最終形状に近い鋼製工作物に、溶解窒素を含むオーステナイト表面層を形成し、窒化中に表面層の窒素含有量を一定量の範囲に保つ熱処理方法において、プロセスパラメータとしての温度及び処理時間の選択により、窒素含有量を、0.3重量%の下限より多い含有量に設定する熱処理方法」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:
(イ)本件補正発明1は、「ステンレス鋼製」であるのに対し、引用例1発明は、「マンガン:21.08、クローム:26.26、銅:0.09、モリブデン:0.01、ニッケル:0.23、窒素:0.85、炭素:0.11、シリコン:0.35、残部鉄」という組成の鋼製である点
(ロ)本件補正発明1は、「プロセスパラメータとしての圧力、温度及び処理時間を選択する」のに対し、引用例1発明は、プロセスパラメータとしての温度及び処理時間を選択するものの、圧力を選択しない点
(ハ)本件補正発明1は、窒化中に表面層の窒素含有量を「0.3重量%の下限と窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限との間に設定し、続いて窒化物の析出を回避する速度で冷却を行う」のに対し、引用例1発明は、1.01%、1.03%及び1.06%に設定するものの、続いて窒化物の析出を回避する速度で冷却を行うか明らかでない点
次に、これら相違点について検討する。
(i)相違点(イ)について
引用例1発明の上記組成の鉄合金(鋼)も、引用例1の従来鋼(オーステナイト不銹鋼)に係る記載や鉄合金におけるCrの含有理由等に照らせば「耐食性」を有する「ステンレス鋼」と云えるものであるから、単に「ステンレス鋼」と定義するだけの本件補正発明1とこの点で実質的な差異はないと云うべきである。仮に、この点に実質的な差異があるとしても、ステンレス鋼に対してもその表面層を窒化してオーステナイト化することは、上記引用例2及び3に記載されているように周知の事項であるから、引用例1発明の「鉄合金」をステンレス鋼に置換することも当業者が上記周知事項に基づいて容易に材料選択することができたと云える。
(ii)相違点(ロ)について
本件補正発明1がプロセスパラメータとして温度及び処理時間に加えさらに「圧力」を選択する点で、温度及び処理時間だけを選択する引用例1発明と相違するが、引用例1発明も、その表面層の窒素含有量を本件補正発明1の下限値以上、すなわち少なくとも0.3重量%より多くする点で相違はないし、しかも、この窒素含有量の条件を2つのプロセスパラメータによって達成しているのであるから、圧力を加えた3つのプロセスパラメータで達成する本件補正発明1よりその製造条件の点で有利であるとも云える。
そうであれば、本件補正発明1がさらに「圧力」をプロセスパラメータとして選択することにどのような優位な差異があるのか必ずしも明らかではなく、むしろ不利であると認められるが、鋼の熱処理方法において、「圧力」がプロセス条件の一つであることは、例えば引用例3の上記(b)の「目的とする表面部のオーステナイト層の厚み等によって処理温度、時間、真空度等を種々選ぶことができるのである。」という記載にもみられるように、当業者に周知の事項であり、加えて「圧力」が溶解度と関連するパラメータであることも技術常識であるから、この「圧力」をプロセスパラメータとしてあえて選択する程度のことも必要に応じて当業者が容易に想到することができたと云うべきである。
(iii)相違点(ハ)について
本件補正発明1に係る上記相違点(ハ)の「窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限」という特定事項の技術的な意味については、本願明細書の段落【0004】に「本発明による熱処理は、1000ないし1200℃の温度で窒素を含有するガス雰囲気内での窒化から成つている。処理の温度、圧力及び時間は、特定の厚さの表面層が形成され、その窒素含有量は表面で0.3重量%の下限と窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限との間にある。それに続く冷却は、その間に窒化物の析出が起らないように急速に行われる。」と説明されているだけであるから、「0.3重量%の下限と窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限との間に設定し、」た場合の、いわゆる本件補正発明1の窒素含有量の上限が定量的にどの程度であるか明らかではないが、図2の縦軸の「窒素溶解度」の目盛を参考とすればその上限は「2%」であると解するのが相当であると認められる。
そうであれば、引用例1発明も、その窒素含有量が「1.01%、1.03%及び1.06%」であり、本件補正発明1の「0.3重量%の下限と窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限との間に設定し」という条件を定量的に満足しているから、両者は、この窒素含有量の点で実質的な差異はないと云える。
加えて、引用例1の上記(b)には、窒素含有量について「0.85%以上、3%以下、そして成るべくは、1.05%乃至1.5%の量で溶解させるを可とする。」と記載され、また、この「3%以下」という上限値についても、上記(h)に「堆積された、合金元素の窒化物を含む2相構造が形成され、これにより、3%の過剰な窒素含有が、好ましからぬ相を形成させることが分る。第2図の4に於いて、或る堆積窒化物が示されている。」と記載されているから、引用例1には、窒素含有量の上限値が好ましくない窒化物の析出との関係で設定することも記載されていることが明らかである。
してみると、引用例1発明の窒素含有量の上限をその窒化物の析出との関係で「窒化中に始まる窒化物析出により与えられる上限」と設定することも、引用例1の上記教示に基づいて当業者が容易に想到することができたと云える。
また、その後に続く冷却についても、引用例1に窒化物の析出が好ましくないと教示されているのであるから、その窒化物の析出を回避することは当然の帰結であり、したがって「続いて窒化物の析出を回避する速度で冷却を行う」程度のことも、熱処理に係る技術常識や周知事項に基づいて当業者が容易に設計することができたと云うべきである。
(iv)小括
してみると、本件補正発明1に係る上記相違点は、引用例1のその余の記載や引用例2及び3に記載の周知事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるから、本願補正発明1は、引用例1乃至3に記載された発明や周知事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと云える。
したがって、本件補正発明1乃至5のうちの少なくとも本件補正発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件手続補正は、改正前の特許法第17条の2第4項で準用する同法第126条第3項に規定する独立特許要件に違反するものである。

(4)むすび
以上のとおり、本件手続補正は、改正前の特許法第17条の2第3項第2号及び同条第4項で準用する同法第126条第3項の規定に違反するから、特許法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

III.本願発明についての審決
1.本願発明1について
平成15年6月2日付け手続補正は、上記のとおり却下すべきものであるから、本願請求項1乃至5に係る発明は、当初明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】最終形状に近いステンレス鋼製部品を、窒素含有ガス雰囲気中において1000ないし1200℃の温度で窒化し、続いて窒化物の析出が回避されるような速度で冷却することにより、0.30重量%以上の溶解窒素を含むオーステナイト表面層をステンレス鋼に形成するための熱処理方法。」

2.引用例とその主な記載事項
原査定の理由で引用された引用例とその主な記載事項は、上記「II.2-2.(2)」で摘示したとおりであり、また、引用例1発明も、上記「II.2-2.(3)」で摘示したとおりの「窒素含有ガス雰囲気中において所定時間の間、982℃、1039℃、1093℃及び1149℃の温度で窒化することにより、最終形状に近いマンガン:21.08、クローム:26.26、銅:0.09、モリブデン:0.01、ニッケル:0.23、窒素:0.85、炭素:0.11、シリコン:0.35、残部鉄という鉄合金製工作物に、溶解窒素を含むオーステナイト表面層を形成し、窒化中に表面層の窒素含有量を1.01%、1.03%及び1.06%に保つ窒素焼鈍法において、プロセスパラメータとしての温度及び処理時間の選択により、窒素含有量を1.01%、1.03%及び1.06%に設定する窒素焼鈍法」という発明である。

3.対比・判断
本願発明1と引用例1発明とを対比すると、引用例1発明の「窒素焼鈍法」は、本願発明1の「熱処理方法」と言い換えることができるし、引用例1発明の上記組成の「鉄合金」も、本願発明1でいう「鋼」であると云えるから、両者は、「最終形状に近い鋼製部品を、窒素含有ガス雰囲気中において、982℃、1039℃、1093℃及び1149℃の温度で窒化し、1.01%、1.03%及び1.06%の溶解窒素を含むオーステナイト表面層を鋼に形成するための熱処理方法」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:
(ニ)本願発明1は、「ステンレス鋼製」であるのに対し、引用例1発明は、「マンガン:21.08、クローム:26.26、銅:0.09、モリブデン:0.01、ニッケル:0.23、窒素:0.85、炭素:0.11、シリコン:0.35、残部鉄」という組成の鋼製である点
(ホ)本願発明1は、「続いて窒化物の析出が回避されるような速度で冷却する」のに対し、引用例1発明は、このような冷却を行うか明らかでない点
そして、上記相違点(ニ)については、上記「II.2-2.(3)」の項における「(i)相違点(イ)について」で言及したとおりであり、上記相違点(ホ)についても、上記「(iii)相違点(ハ)について」で言及したとおりであるから、本願発明1も、引用例1乃至3に記載された発明や周知事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと云える。

IV.むすび
したがって、少なくとも本願発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願は、その余の発明について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
なお、審判請求人は、審判請求書において、特許請求の範囲に係る補正案を提示しているが、その補正案の内容は、上記結論に影響するものではないことを付記する。
 
審理終結日 2006-01-24 
結審通知日 2006-01-31 
審決日 2006-02-13 
出願番号 特願平6-275455
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C21D)
P 1 8・ 575- Z (C21D)
P 1 8・ 572- Z (C21D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 木村 孔一後藤 政博  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 高木 康晴
平塚 義三
発明の名称 オーステナイト表面層をステンレス鋼に形成するための熱処理方法  
代理人 中平 治  
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