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審決分類 審判 全部無効 特174条1項  C08L
審判 全部無効 2項進歩性  C08L
管理番号 1140376
審判番号 無効2004-80119  
総通号数 81 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2002-04-02 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-08-05 
確定日 2005-08-29 
事件の表示 上記当事者間の特許第3473842号発明「ゴム用可塑剤」の請求項1に係る特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求を認める。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由
1.手続の経緯
本件特許第3473842号は、平成12年9月25日に出願された特願2000-329644号の出願に係り、平成15年9月19日に特許権の設定登録がなされた後、その請求項1に係る発明の特許について審判請求人出光興産株式会社より平成16年8月5日に無効審判が請求され、平成16年10月29日に答弁書と共に訂正請求書が提出され、平成17年1月11日に弁駁書が提出され、平成17年3月15日に口頭審理が行われ、その後双方から上申書が提出された後、訂正拒絶の理由が通知され、その指定期間内である平成17年5月13日に被請求人から意見書が提出されたものである。

2.訂正の適否について

(1)訂正の内容
被請求人が求める訂正の内容は、以下のとおりである。
1)訂正事項1:特許請求の範囲の請求項1を「ナフテン系ベースオイルとナフテン系のアスファルトからなるゴム用可塑剤。」から「PCA3%未満基準をクリアしたナフテン系ベースオイルと、ナフテン系のアスファルトと、からなるゴム用可塑剤。」に訂正する。
2)訂正事項2:段落【0004】の「ナフテン系ベースオイル」を「PCA3%未満基準をクリアしたナフテン系ベースオイル」に訂正する。

(2)訂正の適否の判断
上記訂正事項1、2につき、被請求人は、「訂正事項1は、明細書の段落【0008】の記載を根拠に『ナフテン系ベースオイル』に『PCA3%未満基準をクリアした』という記載を付加して、『ナフテン系ベースオイル』を『PCA3%未満基準をクリアした』ものに限定するものであり、特許請求の範囲の減縮に当たり、また、新規事項の追加にも該当しない。訂正事項2は、請求項1の訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るため、明りょうでない記載の釈明を目的とする。」旨主張している。(訂正請求書2頁)

そこで、これについて検討する。
被請求人が訂正の根拠として主張する明細書の段落【0008】の記載は以下のとおりである。
「【0008】本発明に係るゴム用可塑剤のテストを行ったところ、従来のエキストラクトと同等の溶解性を確認できた。さらに、安全性においては、炭化水素の学問的見地からもこのゴム用可塑剤には発ガン危険性がないといった結果が得られ、さらには、米国のOSHA基準とEUのPCA3%未満という安全基準の双方をクリアしていることも分かった。」
被請求人の主張の根拠は、概ね「アスファルトについてPCA3%基準は適用されないことは当業者にとっては極めて自明の事であるから、明細書【0008】の記載の『PCA3%未満基準をクリアしたゴム用可塑剤』において『PCA3%未満基準をクリアした』ものはナフテン系ベースオイルであることは自明である。」というものである。(意見書)
しかし、訂正拒絶の理由で通知したとおり、本件明細書におけるPCA3%未満基準に関する記載は、上記段落【0008】の記載のみであり、当該記載において、「米国のOSHA基準とEUのPCA3%未満という安全基準の双方をクリアしている」ものは「このゴム用可塑剤」、すなわち「本件発明に係るゴム用可塑剤」であることは文脈上明らかであり、本件明細書に記載されているのは「ゴム用可塑剤がPCA3%未満基準をクリアした」ということのみであって、「ナフテン系ベースオイルがPCA3%未満基準をクリアした」ことは記載されていない。
そうすると、該「PCA3%未満基準をクリアしたゴム用可塑剤」という記載において、「PCA3%未満基準をクリアした」ものはナフテン系ベースオイルであることは当業者に自明であるかどうかが問題となる。
この点に関して、被請求人は意見書とともに下記証拠1〜5を提示して、「アスファルトについてはPCA3%基準が適用されないことは当業者に自明である。」と主張しているので、以下これについて検討する。

1.証拠1:「CONCAWE」(report no.95/59 、CONCAWE July 1995
I,IV,48,49,52-55,73,74頁)
2.証拠2:「POLYCYCLIC AROMATICS IN PETROLEUM FRACTIONS.IP 346」(346.1〜346.4頁)
3.証拠3:「IP346試験方法実施の手引書」(平成9年2月 社団法人潤滑油協会 1-1頁〜3-16頁)
4.証拠4:「CONCAWE」(report no.95/59 、CONCAWE July 1995
9頁)
5.証拠5:「石油製品安全データシート 作成の手引き 追補版」(平成9年2月 石油連盟)
証拠1には、73頁に「BITUMEN」に関して「Carcinogenicity」の項に、「ビチューメンについての研究では明らかな発ガン危険は認められなかったので発ガン危険物に分類すべきではない。」との記載があるが、ビチューメンにEUのPCA3%未満という安全基準が適用されないことについては言及されていない。
また、証拠2〜3には、PCAの測定法であるIP346法について「この試験方法は、5%留出時の大気圧下の沸点が300℃以上の未使用無添加の潤滑油基油で、多環芳香族(PCA)の濃度範囲が1〜15質量%の試料について規定する。この方法は、PCA濃度がこの範囲から外れたものや、他のアスファルテンを含まない石油留分についても適用できるが、精度については規定されない。」(証拠3、1-1)と記載されており、アスファルトを適用対象としていないことが理解できるが、アスファルトを含むゴム用可塑剤のような物について該測定法による測定ができない、あるいは適用されないことまでも記載されているものではない。
さらに、証拠4には、発ガン性物質を0.1%以上含有する混合物は、カテゴリー2の発ガン性物質に分類されること(証拠4、9頁)が、同証拠5には発ガン性基油を0.1%以上含有する混合油は、「発ガン性あり」と解釈されること(証拠5、10頁)が記載されているが、アスファルトに対してPCA3%未満基準が適用されないことを示すものではないし、アスファルトを含む混合物の場合については何ら言及されていない。
上記証拠1〜5を参酌すると、アスファルトは発ガン危険性の対象となっていないこと、すなわち、通常PCA3%未満基準の適用対象となっていないことは理解されるものの、アスファルトを含むゴム用可塑剤のような混合物に対しても該安全基準が適用されない、あるいはIP346法の試験ができないことまでも示すものとはいえない。
かえって、請求人の提示した甲第3号証(特開平11-302459号公報)には、ゴム組成物に使用する軟化剤(可塑剤)に対して、IP346法に準拠し、DMSO抽出量(重量%)を測定したことが記載されている(甲第3号証段落【0026】)。そして、その第3表-1、第3表-2には、アスファルトを添加した軟化剤(可塑剤)について、PCA(重量%)の測定値が記載されており、当該測定値が使用オイルのみの測定値(第1表)とは、異なる値となっている。(例えば、第1表において高芳香族系油の1は、PCA(重量%)は2.5であるのに対し、同油を配合した実施例1〜3のPCA(重量%)は、そのアスファルト添加量に応じて2.6、2.7、2.9と大きくなっており、アスファルト添加の影響が認められる。)
そうすると、たとえアスファルト自体が当該安全基準の対象とされないものであっても、アスファルトを含むゴム用可塑剤のようなものについてまでPCA3%未満基準が適用されないことが当業者に自明であるとまではいえない。
したがって、「『PCA3%未満基準をクリアしたゴム用可塑剤』という記載において、『PCA3%未満基準をクリアした』ものはナフテン系ベースオイルであることは当業者に自明である」とはいえない。
よって、上記訂正事項1、2は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものとは認められない。

(3)むすび
以上のとおり、訂正事項1、2は、特許法第134条の2第5項において準用する同法126条第3項の規定に適合しないから、上記訂正は認められない。

3.本件発明
上記のとおり訂正は認められないから、本件特許第3473842号の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」という。)は、特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】ナフテン系ベースオイルとナフテン系のアスファルトからなるゴム用可塑剤。」

4.当事者の主張
(1)請求人の主張
請求人は、「特許第3473842号の請求項1に係る特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」と主張し、その証拠方法として下記の甲第1号証ないし甲第17号証を提出しているところ、その理由の概略は以下のとおりである。

1)無効理由1
本件発明1は、本件出願日前国内において頒布された甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。
2)無効理由2
本件発明1は、本件出願日前国内において頒布された甲第1号証と甲第2号証、甲第1号証と甲第3号証、甲第3号証と甲第6号証、甲第1号証ないし甲第4号証、甲第1号証ないし甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
3)無効理由3
平成15年4月14日付け手続補正書による補正は、新規事項であるから、特許法17条の2第3項の規定を満たしていない。
4)無効理由4
本件特許は特許法第36条第4項、特許法第36条第6項1号あるいは同項第2号の規定を満たしていない。


甲第1号証:「MARKET MAGAZINE・Nr2・1994 NAPHTHENICS」 (2/94 1994発行、Nynas 10,11頁)
甲第2号証:「MARKET MAGAZINE・3・1995 NAPHTHENICS」 (3/95 1995発行、Nynas 10,11頁)
甲第3号証:特開平11-302459号公報
甲第4号証:「便覧 ゴム・プラスチック配合薬品〔改訂版〕」(ラバーダイジェスト社編 194〜203頁、 なお、奥付頁では「便覧 ゴム・プラスチック配合薬品」本山時彦編、ラバーダイジェスト社、昭和49年10月15日発行と記載されている。)
甲第5号証:「化学大辞典 7」(化学大辞典編集委員会編、共立出版株式会社、1987年2月15日発行、417,418頁)
甲第6号証:「化学大辞典 1」(化学大辞典編集委員会編、共立出版株式会社、1987年2月15日発行、93,94,471,472頁)
甲第7号証:特開2002-97369号公報(本件公開公報)
甲第8号証:「A/O Mix.」 ((NAPHTHENIC ASPHALT/OIL MIXTURE)カタログ 三共油化工業株式会社)
甲第9号証: Nynas社のホームページ
甲第10号証:「KENKYUSHA'S NEW ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY FIFTH EDITION」 fillerの項
甲第11号証:「改訂2版 化学便覧 応用編」(日本化学会編、丸善株式会社、1039,1040頁)
甲第12号証:「印刷インキ入門 増補版」(相原次郎著、印刷学会出版部第13,14頁、 なお、奥付頁では、1995年8月31日増補版第1刷発行、2002年9月15日改訂版1刷発行と記載されている。)
甲第13号証:「ADVANCES IN POLYMER TECHNOLOGY」(vol.8,No.4,431頁 1995.8.31)
甲第14号証:「潤滑油基油の「発がん性」指針の変更について」(石油連盟、(社)潤滑油協会、平成9年1月)
甲第15号証:「ゴム技術の基礎」(日本ゴム協会編、昭和58年4月1日発行、第114〜117頁)
甲第16号証:試験報告書
甲第17号証:「潤滑経済」('04 5月号 46〜51頁「ナフテニックベースオイルの精製の動向」岡本高之著)
なお、甲第7〜9号証は、参考資料として提出されたものである。

(2)被請求人の主張
被請求人は、平成16年10月29日に答弁書および訂正請求書を提出し、その訂正された明細書の請求項1に係る発明について「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」と主張し、証拠方法として下記の乙第1号証ないし乙第9号証を提出している。さらに、平成16年3月15日付けで口頭審理陳述要領書、平成17年3月29日付けで上申書及び下記の乙第10号証ないし乙12号証を提出し、平成17年3月31日付けで上申書を提出している。


乙第1号証:「印刷インキ入門 増補版」(相原次郎著、印刷学会出版部 42,43,72,73頁 なお、奥付頁では1995年8月31日増補版第1刷発行、2002年9月15日改訂版1刷発行と記載されている。)
乙第2号証:「KENKYUSHA'S NEW ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY SIXTH EDITION」((株)研究社、2002年3月発行、「compatibility」の項)
乙第3号証:IARCホームページ
乙第4号証:「アスファルト」(金崎健児 岡田富男著、日刊工業新聞社、昭和38年3月20日発行、114、115頁)
乙第5号証:「アスファルト 190」(第39巻第190号 社団法人 日本アスファルト協会、平成9年1月発行、25,28頁)
乙第6号証:「アスファルトの利用技術」(社団法人 日本アスファルト協会 平成9年11月28日発行 8頁)
乙第7号証:「石油のおはなし」(小西誠一著 日本規格協会 2002年11月8日発行 108,109頁)
乙第8号証の1:本件可塑剤の溶解性試験結果
乙第8号証の2:本件可塑剤 伸度(伸び)試験結果
乙第9号証:「大辞林 第二版 新装版」(株式会社三省堂 2002年1月1日第二刷発行 「かそざい」の項 )
乙第10号証:「MARKET MAGAZINE NYNAS NAPHTHENICS」(「SPECIAL ISSUE ON PLASTICISERS FOR RUBBER」NYNAS社)
乙第11号証:陳述書(平成17年3月15日付け 山下 勇)
乙第12号証:「BASE OIL HANDBOOK」(NYNAS社)

5.当審の判断

I.無効理由2について

(1)各証拠の記載事項
請求人の提出した甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証、甲第5号証には、以下のことが記載されている。

1)甲第1号証:「MARKET MAGAZINE・Nr2・1994 NAPHTHENICS」(2/94 1994発行、Nynas 10,11頁)
〈1-1〉「ビチューメンとオイル 印刷インキおよびゴム用の優れた組合せ」(10頁 タイトル)
〈1-2〉「オイルとビチューメンの混合物は非常に興味ある特性を有する。レオロジー特性はすべての所望の方向にも操作できる。例えばカーボンブラックのような充填剤および顔料の、オイルおよびビチューメンの混合物とのより良い濡れ性を達成可能である。ビチューメンとオイルの混合物は、印刷インキの製造における他の添加剤の代替物、およびゴム製造における他のオイルの代替物を提示できる。」(10頁左欄中段)
〈1-3〉「オイルとビチューメンの混合物は印刷インキ及びゴムの製造などの適用に対しいくつかの興味ある特性を有している。」(10頁右欄3〜5行)
〈1-4〉「しかし、オイルとビチューメンの混合物は他の有益な特性も有している。オイルへのビチューメンの添加は、例えばカーボンブラックのような充填剤および顔料の濡れ性改善する。ゴムの製造において、ビチューメンとオイルの混合物は、その他のオイルの代替を提供する。」(10頁右欄11〜17行)
〈1-5〉「ナフテン系オイルはビチューメンに高い溶解性を有している。」(10頁右欄18〜21行)
〈1-6〉「結論として、ビチューメンをオイルと、種々の方法で混合することによって、広い領域にわたりレオロジーを制御することは可能である。選択するビチューメンの種類とオイルの種類は、得られる結果を左右するが、ナフテン系オイルに対してはナフテン系ビチューメンが最高の親和性を与える。高度に精製したナフテン系分子、例えばNynas Nytexグレードは、ビチューメンと混合して望ましいレオロジーを付与するのに適している。」(11頁右欄下から10〜最終行)

2)甲第2号証:「MARKET MAGAZINE・3・1995 NAPHTHENICS」(3/95 1995発行、Nynas 10,11頁)
〈2-1〉「オイルおよびビチューメンはゴム製造においてエキストラクトと置き換えられうる」(10頁 タイトル)
〈2-2〉「オイル中のビチューメンは、非常に興味ある特性を有する。この混合物は、それ自身印刷インキの製造において優れた結果を示すことは既に示した。今回、Nynas社はゴム製造において、オイルとビチューメンの混合物が可塑剤として非常によく作用することを示す研究を委託した。この混合物はそれ自身エキストラクトの優れた代替物であることが示された。」(10頁左欄中段)
〈2-3〉「3種の試料を比較し、その中での可塑剤は、試料1のナフテン系オイル(Nytex 820)、試料2の芳香族エキストラクト、および試料3のビチューメン/オイル混合物(Nytex 431)から構成された。」(10頁右欄12〜16行)
〈2-4〉「芳香族エキストラクトが加工オイルとして使用される理由は、その非常に優れた溶解度特性にある。不運なことに、エキストラクトに存在する多環芳香族化合物の多くは発ガン性物質である。多くの場合、ナフテン系オイルは優れた溶解性を有する故にエキストラクトの代わりに用いられる。しかし、ナフテン系オイルの分子は芳香族エキストラクトの分子ほど極性を有しないので、常に所望の特性を与えるとは限らない。しかしながら、この問題は、ナフテン系オイルとビチューメンの混合物により解決されることが示された。」(11頁右欄4〜16行)
〈2-5〉「ビチューメンは幾つかの異なる種類の分子、すなわち、アスファルテン、レジン、芳香族、および飽和炭化水素の分子から成っている。これらの分子には共通点が1つあり、それは大きいことである。精製の第1段階である真空蒸留の後に最終的にビチューメン精留物となるのは、その大きさに起因する。オイル混合物中に使用されるであろうビチューメンは、その用途にとって望ましい特性を得るために、蒸留後に更に精製される。」(11頁右欄17〜27行)
〈2-6〉「ビチューメンを興味あるものにしているのは、大方の場合それがエキストラクトに存在するものと似た分子で構成されていることである。これは特に、多くの芳香環を持つ大きい分子から成るアスファルテンである。エキストラクトの分子とビチューメンの分子との重大な差異は、エクストラクト中の芳香族成分が発ガン性であるのに対し、ビチューメン分子は大きすぎるため生物学的活性がないことである。」(11頁右欄28〜37行)
〈2-7〉「ビチューメンとオイルの混合物は、エキストラクトと似ているが、健康上有害ではない。我々が使用するビチューメンとオイルは、両方とも同一の起源を有しているので、それらは相互に親和性を持ち、それらの間で分離しない。」(11頁右欄下から5〜最終行)

3)甲第3号証:特開平11-302459号公報
〈3-1〉「【請求項1】 天然ゴム及び合成ゴムから選ばれた少なくとも一種のゴム成分100重量部及びアスファルテン分を0.1重量%〜4重量%の範囲で含有する軟化剤1重量部〜120重量部からなるゴム組成物。
【請求項2】 略
【請求項3】 軟化剤が、プロセスオイルとアスファルトとを混合して得られたものである請求項1記載のゴム組成物。
【請求項4】 アスファルトが、ストレートアスファルトである請求項3記載のゴム組成物。」(特許請求の範囲)
〈3-2〉「【課題を解決するための手段】本発明者は、アスファルトを混合することにより、ゴム組成物の高ロス性能、及び破壊特性が改良される点につき鋭意検討した結果、特定量のアスファルテン分を含む軟化剤、特に芳香族系炭化水素含有量の多い軟化剤を用いることにより、より効率的にゴム組成物の物性が改良できることを見出し、本発明を完成するに至った。」(段落【0004】)
〈3-3〉「本発明の軟化剤は、環境上の理由からIP346法によるジメチルスルホキシド(DMSO)抽出物量、即ち、Polycyclic Aromatics( 以下PCAと略す)の含有量が3重量%未満であることが好ましい。」(段落【0011】)
〈3-4〉「プロセスオイルにアスファルトを予め溶解させる場合に用いられるプロセスオイルやアスファルトの種類は、特に制限されない。プロセスオイルとしては、高芳香族系油、ナフテン系油、パラフィン系油等、通常、ゴム業界で用いられるものを、単独又は混合して用いることが出来るが、%CA 及び高ロス性付与性能の観点より高芳香族系油の使用が好ましい。また、アスファルトとしては、高ロス性付与性能の強いストレートアスファルトを用いることが好ましい。」(段落【0013】)
〈3-5〉実施例1〜7、比較例1〜6において、使用した高芳香族系油、軟化剤についてIP346法に準拠し、DMSO抽出量(重量%)を測定した結果は、すべてPCA(重量%)が3以下であることが示されている。(第1表、第3表-1、第3表-2)

4)甲第5号証:「化学大辞典」(第7巻417,418頁)
〈4-1〉「ビチューメンはアスファルトと同義語で,おもにヨーロッパではビチューメン,アメリカではアスファルトとよばれるが,一般にビチューメンはアスファルトより広い意味で用いられることが多い.・・・」(417頁 ビチューメンの項)

(2)対比・判断

1)甲第2号証に記載された発明と本件発明1との対比
甲第2号証には、ゴム製造において、可塑剤として用いられるエキストラクトは発ガン性を有していること(摘示記載2-4、2-6)およびエキストラクトの代替物としてオイルおよびビチューメンが用いられること(摘示記載2-1、2-2、2-3)が記載されている。
また、エキストラクトは発ガン性物質である(摘示記載2-4)のに対し、ビチューメンとオイルの混合物はエキストラクトと異なり、有害でないことが記載されている。(摘示記載2-6,2-7)
そして、「ナフテン系オイルは優れた溶解性を有する故にエキストラクトの代わりに用いられるが、芳香族エキストラクトの分子ほど極性を有しないので、常に所望の特性を与えるとは限らない。しかしながら、この問題は、ナフテン系オイルとビチューメンの混合物により解決されることが示された。」(摘示記載2-4)と記載されているから、ナフテン系オイルとビチューメンの混合物がエキストラクトの代替物として優れていることが示されている。
さらに、ビチューメンとしては更に精製されることが記載されている(摘示記載2-5)。
なお、ここで、ビチューメンはアスファルトと同義である。(甲第5号証、甲第6号証、答弁書において被請求人も認めている。)

そうすると、本件発明1と甲第2号証に記載された発明とは、ともにゴム製造用の可塑剤として用いられるエキストラクトの発ガン性の回避という課題を有するものであるといえ、その課題解決の手段としてエキストラクトの代替物としてナフテン系オイルとアスファルトの混合物を提供する点で軌を一にするものである。

以上のことから、本件発明1と甲第2号証に記載された発明とは以下の一致点・相違点を有している。

【一致点】
「ナフテン系ベースオイルとアスファルトとからなるゴム用可塑剤」

【相違点1】
本件発明1ではナフテン系アスファルトに限定されているが、甲第2号証には更なる精製処理したアスファルトと記載されており、その種類については言及されていない点。

2)相違点に対する判断
そこで、上記相違点について検討する。
甲第1号証には、ビチューメンとオイルの混合物は、印刷インキの製造における他の添加剤の代替物、およびゴム製造における他のオイルの代替物を提示できることが記載されており(摘示記載1-1,1-2)、さらに、ナフテン系オイルはビチューメンに高い溶解性を有していること(摘示記載1-5)およびナフテン系オイルに対してはナフテン系ビチューメンが最高の親和性を与えること(摘示記載1-6)が記載されている。
そして、混合物において、その構成成分同士の親和性が悪い場合には、成分が均一に混合せず、分離などの不都合を生じることが予測されることから、成分同士の親和性は混合物の製造に際して当然に考慮する事項であるところ、甲第2号証には「ビチューメンとオイルの混合物は、エキストラクトと似ているが、健康上有害ではない。我々が使用するビチューメンとオイルは、両方とも同一の起源を有しているので、それらは相互に親和性を持ち、それらの間で分離しない。」(摘示記載2-7)と記載されており、ビチューメンとオイルとの混合物において両者の親和性や分離の有無が考慮されていることは明らかである。
また、アスファルトを得るための基原油としては、ナフテン基、中間基(混合基)、パラフィン基等が知られているのであって(乙第4号証ないし乙第6号証)、その選択肢は限られており、この中からいずれかを選択することに格別な困難は認められない。
そうであれば、ゴム製造用という同一の用途に用いられる甲第2号証のナフテン系オイルとアスファルトとの混合物のアスファルトとして、甲第1号証に記載されたナフテン系オイルと親和性の高いナフテン系アスファルトを採用してみることは当業者がまず最初に行う選択であるといえる。
そして、その際に甲第2号証には更なる精製処理したアスファルトを用いるべき理由が記載されているわけでもないし、これに代えてナフテン系アスファルトを用いることを妨げる事情があることを予測させる記載もない。
また、本件発明1の効果は、従来のエキストラクトと同等の溶解性、および、発ガン危険性がない、具体的には米国のOSHA基準とEUのPCA3%未満という安全基準をクリアする(本件明細書【0008】)というものであるが、甲第2号証には、「この混合物はそれ自身エキストラクトの優れた代替物であることが示された。」(摘示記載2-2)と記載されているように、従来のエキストラクトと同等の性能を有する、すなわち溶解性においても同等であることが予測されるものである。
さらに、甲第3号証にはゴム用の軟化剤について「本発明の軟化剤は、環境上の理由からIP346法によるジメチルスルホキシド(DMSO)抽出物量、即ち、Polycyclic Aromatics( 以下PCAと略す)の含有量が3重量%未満であることが好ましい。」(摘示記載3-3)と記載されているように、ゴム用の可塑剤には安全性が要求されるものであるところ、甲第2号証には「ビチューメンとオイルの混合物は、エキストラクトと似ているが、健康上有害ではない。」(摘示記載2-7)と記載されており、甲第2号証の混合物が甲3に記載されているPCA3%未満という安全基準をクリアするであろうことも予測される効果であり、格別顕著な効果とはいえない。

なお、仮に、上記2.おいて検討した訂正を認めたとしても、上記のようにエキストラクトが発ガン性物質であり(摘示記載2-4)、これに代わる代替物としては発ガン性のない物質が望ましく、発ガン性のない物質を選択することは当業者が当然に行う事項であるから、ベースオイルとして発ガン性危険物質の安全基準として周知のEUのPCA3%未満基準をクリアする成分を選択することに何ら困難性は認められない。

(3)被請求人の主張について

1)被請求の主張
被請求人は、「(a)甲第1号証は、おしなべて印刷インキのレオロジー調整についての文献であって、ゴム製造について当業者が容易に実施できる程度の具体的記載を含まない。・・したがって、甲第1号証に接した当業者は、これを実質的に印刷インキのみについての文献であると認識するのが自然である。」(答弁書17頁14行〜19行)、「(b)印刷インキのレオロジー調整に係る発明が記載された甲第1号証に接した当業者が、これにエクストラクトの代替を提供するという前者に無関係な甲第2号証記載の発明を適用して、本件特許発明に容易に想到できるということは到底あり得ない。・・・何ら技術的動機ないし技術的契機なく目的の違う発明同士を適用し、(この適用する容易でない)、本件可塑剤を容易に実施可能であるという請求人の主張には明らかに誤りがある。」(答弁書17頁20行〜28行)、「(c)甲第2号証には、ビチューメンは更なる精製が行われると記載されており、本件発明の蒸留からストレートランして得られるものであるナフテン系アスファルトとは異なるものである。」(平成17年3月15日付け口頭審理陳述要領書9頁II.2)旨主張している。

2)被請求人の主張(a)について
甲第1号証は、そのタイトルに「ビチューメンとオイル 印刷インキおよびゴム用の優れた組合せ」(提示記載1-1)と記載されており、さらに「オイルとビチューメンの混合物は非常に興味ある特性を有する。レオロジー特性はすべての所望の方向に操作できる。例えばカーボンブラックのような充填剤および顔料の、オイルおよびビチューメンの混合物とのより良い濡れ性を達成可能である。ビチューメンとオイルの混合物は、印刷インキの製造における他の添加剤の代替物、およびゴム製造における他のオイルの代替物を提示できる。」(摘示記載1-2)、「オイルとビチューメンの混合物は印刷インキ及びゴムの製造などの適用に対しいくつかの興味ある特性を有している。」(摘示記載1-3)と記載されており、印刷インキに限定される旨の記載は何ら存在していないから、印刷インキのみならずゴム製造における他のオイルの代替物の提示をも目的としていることは明らかである。
また、印刷インキ用のものをゴム製造用のものに適用できないという知見は何ら示されていないし、適用できないとする技術常識が存在することも認められないから、甲第1号証の「ゴム製造」との記載が誤記であると認めることもできない。むしろ、甲第1号証の続編と考えられる甲第2号証においてゴム製造用の用途が記載されていることからすると、両者は相互に適用可能と考える方が自然である。
また、甲第1号証にゴム製造用に使用することについての具体的な開示がないことが、ゴム製造用に使用できないことを示しているわけではなく、ゴム製造用に適用することを妨げる要因となるものではない。
したがって、甲第1号証にはゴム製造用に用いることが記載されているのであり、印刷インキのみについての文献であるとの被請求人の主張は採用できない。

3)被請求人の主張(b)について
上記で述べたように、甲第1号証にはゴム製造用に使用することが記載されているのであり、甲第1号証に記載されたオイルとアスファルト(ビチューメン)の混合物を甲第2号証に適用することへの阻害要因は何ら存在せず、これを結びつける技術的動機付けが存在することは明らかである。
したがって、被請求人の主張は採用できない。

4)被請求人の主張(c)について
被請求人の「本件発明ナフテン系アスファルトは、蒸留からストレートランして得られるものである」旨の主張は、特許請求の範囲に基づかない主張である。
また、甲第2号証のアスファルトが更なる精製処理をしたものであることが、これに代えて甲第1号証に記載されたナフテン系アスファルトの適用を阻害するような理由も格別認められない。

上記のとおり、被請求人の主張(a)〜(c)は、いずれも妥当なものではない。

(4)むすび
以上のとおり、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

II.無効理由3について
平成15年4月14日の手続補正書による補正後の段落【0008】、【0009】は、「本発明に係るゴム用可塑剤のテストを行ったところ、従来のエキストラクトと同等の溶解性を確認できた。さらに、安全性においては、炭化水素の学問的見地からもこのゴム用可塑剤には発ガン危険性がないといった結果が得られ、さらには、米国のOSHA基準とEUのPCA3%未満という安全基準の双方をクリアしていることも分かった。
【発明の効果】本発明によれば、従来から使われてきたエキストラクトに代わる安全で優れたゴム用可塑剤を提供することができる。」というものである。
これに対して、願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。甲第7号証参照)には、【特許請求の範囲】に「【請求項 1】 これまでゴムの可塑剤として使われているエキストラクトに代わる安全で、優れた性能のゴムプロセスオイル(A/O MIX.)」、【発明の詳細な説明】に「これまで溶解性が高く、ゴムの可塑剤として使われているエキストラクトは、とりわけ発ガン性が強いことが認識されているが、これに代わるゴム可塑剤として高圧・高温水素化精製製造装置により、米国及びEUの安全基準をクリアーした、溶解性の高いナフテン系ベースオイルと極性の高いナフテン系のアスファルトを混合することで、安全かつエキストラクトと同等の溶解性を持つゴムプロセスオイルとして使えることが外国の文献等で明らかになっている。」、同段落【0007】に「【発明の効果】A/O MIX.は、従来のエキストラクトと同等の溶解性を持ち、法的に米国及びEUの安全基準に合致し、且つ炭化水素の学問的見地からも発ガン危険性がないといった実験結果が、既に外国の文献でも紹介されており、従来のエキストラクトに代わる優れたゴム可塑剤として使用できる事が証明されている。」と記載されていた。
これを対比すると、補正前の明細書では、A/O MIX.、すなわち、当初明細書の特許請求の範囲請求項1に記載されたゴムプロセスオイルは、外国の文献に発ガン危険性がないという実験結果が示されていたというものであるのに対し、補正後の明細書では、その「本発明に係るゴム用可塑剤のテストを行った」の主語は明記されていないものの、文脈上、本件発明者と解される記載となっており、その結果として本発明に係るゴム用可塑剤の発ガン危険性がないという実験結果が得られたことになっている。
そうすると、当初明細書にはゴムプロセスオイルに発ガン危険性がないという効果は既に公知のものとして記載されていたのであり、該効果が本件発明者によって初めて確認された効果であることは何ら記載されていない。
また、当初明細書の記載において、「外国の文献に発ガン危険性がないという実験結果が示されていた」という記載が、明らかな誤記と認められる根拠となる記載もない。
そうすると、特許明細書の段落【0008】、【0009】に示された事項は、当初明細書に記載された事項の範囲内とはいえない事項であるから、特許法17条の2第3項の規定を満たしていない。

6.結び
以上のとおり、請求人の主張する無効理由1および4について判断するまでもなく、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、また、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第1号に該当し、無効とすべきものである。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-07-20 
結審通知日 2005-07-22 
審決日 2005-08-03 
出願番号 特願2000-329644(P2000-329644)
審決分類 P 1 113・ 55- ZB (C08L)
P 1 113・ 121- ZB (C08L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 中島 庸子  
特許庁審判長 一色 由美子
特許庁審判官 藤原 浩子
石井 あき子
登録日 2003-09-19 
登録番号 特許第3473842号(P3473842)
発明の名称 ゴム用可塑剤  
代理人 大谷 保  
代理人 新井 信昭  
代理人 東平 正道  

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