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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  C08B
管理番号 1147145
審判番号 無効2005-80277  
総通号数 85 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-07-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-09-21 
確定日 2006-11-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第3404435号発明「包接化合物、噛砕き-または発泡錠剤の製造方法、および顆粒、および噛砕き-または発泡錠剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3404435号の請求項1、2、5-10に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
本件特許3404435号に係る発明は,平成6年11月9日出願(パリ条約による優先権主張平成5年11月11日ドイツ),平成15年2月28日に特許権の設定の登録がされたものであって,その請求項1,2,5-10に係る発明は,その特許請求の範囲1,2,5-10に記載された次のとおりのものである。

【請求項1】(R)-チオクト酸およびシクロデキストリンまたは次のグル-プ:メチル-シクロデキストリン,エチル-シクロデキストリン,カルボキシメチル-シクロデキストリン,ヒドロキシアルキル-シクロデキストリン,ジアルキルアミノエチル-シクロデキストリン,スルホアルキル-シクロデキストリン,部分的にメチル化されたカルボキシアルキル-シクロデキストリン,二量化されたまたは分枝鎖のシクロデキストリンからなる1種以上のシクロデキストリンからなる包接化合物。
【請求項2】(S)-チオクト酸およびシクロデキストリンまたは次のグル-プ:メチル-シクロデキストリン,エチル-シクロデキストリン,カルボキシメチル-シクロデキストリン,ヒドロキシアルキル-シクロデキストリン,ジアルキルアミノエチル-シクロデキストリン,スルホアルキル-シクロデキストリン,部分的にメチル化されたカルボキシアルキル-シクロデキストリン,二量化されたまたは分枝鎖のシクロデキストリンからなる1種以上のシクロデキストリンからなる包接化合物。
【請求項5】シクロデキストリンとしてβ-シクロデキストリンを使用する請求項1から4までのいずれか1項記載の包接化合物。
【請求項6】 チオクト酸またはジヒドロリポ酸を水中に懸濁し,シクロデキストリンをさらに添加し,引続き冷却し,包接化合物を単離することを特徴とする請求項1から5までのいずれか1項記載の包接化合物の製造方法。
【請求項7】請求項1から5までのいずれか1項記載の包接化合物,場合により常用の矯味剤,甘味剤,芳香剤,ならびにチオクト酸の重量に対してそれぞれ0.001?1重量部の結合剤,0.001?0.1重量部の流動助剤を含有する噛砕き錠剤の製造のための顆粒。
【請求項8】請求項1から5までのいずれか1項記載の包接化合物,場合により常用の矯味剤,甘味剤,芳香剤,ならびにチオクト酸の重量部に対してそれぞれ0.001?1重量部の結合剤,0.001?0.1重量部の流動助剤,常用の生理学的に懸念のない発泡剤混合物0.05?30重量部を含有する発泡錠剤の製造のための顆粒。
【請求項9】チオクト酸が,請求項1,2又は5記載の包接化合物の形で存在する顆粒,噛砕き錠剤または発泡錠剤。
【請求項10】請求項1から5までのいずれか1項記載の包接化合物が,生理学的に認容性の,消化性の脂肪,非消化性の脂肪,ポリマ-および/または膨潤剤中に埋込まれた形で埋込まれて存在する顆粒,噛砕き錠剤または発泡錠剤または坐剤。

2.請求人の主張
これに対して,請求人は,以下A?Cの理由により,請求項1,2,5-10に係る発明についての特許は無効とすべきものである旨の主張をしている。

無効理由A
本件の請求項1,2及び5に係る発明は,甲第1号証に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

無効理由B
本件の請求項1,2及び5-10に係る発明は,甲第1号証?甲第8号証に記載された発明に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。
なお,請求人は「甲1?甲8に記載された発明に基づいて」と記載している箇所と,「甲1?甲7に記載された発明に基づいて」と記載している箇所とがあるが,「甲1?甲7」は,「甲1?甲8」の誤記であると認める。

無効理由C
本件の請求項1,2,5-10に係る発明に関して,発明の詳細な説明は,各請求項に係る発明を当業者が容易に実施することができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載していないから,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず,請求項1,2,5-10に係る発明についての特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。
なお,請求人は,本件特許は同法第123条第1項第3号に該当し,無効とすべきものであるとしているが第4号の誤記であると認める。

そして,証拠方法として,下記の書証を提出している。

甲第1号証: 特公昭3 7-7 9 7 0号公報,昭和37年7月11日発行
甲第2号証:欧州特許公開第427247号明細書,1991年5月15日発行
甲第3号証 : JOZSEF SZEJTLI, CYCLODEXTRIN TECHNOLOGY,Netherlands,1988,p87?89
甲第4号証:Speciality Chemicals,December 1987,p366,p370
甲第5号証:特公平3-36827号公報,平成3年6月3日発行
甲第6号証:特公平4-6705号公報,平成4年2月6日発行
甲第7号証:特公平5-3864号公報,平成5年1月18日発行
甲第8号証:特公平3-70705号公報,平成3年11月8日発行
参考資料1:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典9」,6 3 4頁「リポ酸」の項,共立出版株式会社,1 9 6 2年7月 31日初版第1刷発行
参考資料2:「マグローヒル化学技術用語大辞典」,1996年9月 30 日 第3版1刷発行,日刊工業新聞社,「包接化合物」の項
参考資料3:関 集三「分子集合の世界」,1996年1月 20 日,株式会社ブレーンセンター,127?147頁

3.被請求人の主張
被請求人は,特許法134条第1項の規定による答弁書を指定された期間内に提出しなかった。

4.当審の判断
<無効理由Bについて>
1)請求人の提出した証拠の記載事項
請求人の提出した甲第1号証?甲第3号証は本件優先日前に頒布された以下の刊行物であって,それぞれ,以下の事項が記載されている。

甲第1号証:特公昭37-7970号公報
(1-1)「チオクト酸は生体の代謝促進ビタミン様物質として近時頓に繁用されているが,その分子内にジスルフィド結合を有する関係上種々の物理的,化学的影響によって重合体を生成し易く,且つ特異の味と臭気を有する等の好ましからざる性質を有する。本発明者等はかかる欠点を改良せんが為鋭意研究を重ねた結果チオクト酸に炭水化物を反応せしめることによりその目的が達せられることを見出し本発明を完成した。」(第1頁左欄第5行?第12行)
(1-2)「本発明に使用される炭水化物としてはチオクト酸と付加物を形成するものであれば何れでもよいが最も好ましいものとしてシクロデキストリン,アミロ-ズを挙げることができる。シクロデキストリンにはα,β及びγシクロデキストリンの3種が知られているが本発明にはその何れを用いてもよく,またそれらの混合物であってもよい。」(第1頁左欄第13行?第18行)
(1-3)「本発明方法により得られた物質は稍々甘味があり無臭且つ安定である。」(第1頁右欄第7行?第8行)
(1-4)「実施例 β-シクロデキストリン1.8gを50%エタノ-ル水溶液16ccに加熱溶解し,これを45乃至40℃に冷却後チオクト酸300mgをエタノ-ル2ccに溶解せしめた液を一度に注入する。更に水2ccを加え同温度で45分間振盪し,一夜室温で放置した後氷室にて冷却し透析した結晶を分取する。これをエタノ-ル5ccで洗浄し未反応のチオクト酸を除き乾燥するとチオクト酸含量8.54%を示す淡黄色粉末状結晶のβ-シクロデキストリン-チオクト酸付加化合物を得る。」(第1頁右欄第16行?第25行))

甲第2号証:欧州特許公開第427247号明細書,1991年5月15日発行
(2-1)「更に,α-リポ酸-ラセミ体は,消炎,抗痛覚(鎮痛)並びに細胞保護特性を有する。さて,α-リポ酸の純粋な光学異性体(R-及びS-形,即ちR-α-リポ酸及びS-α-リポ酸)では,ラセミ体とは反対に,意外にもR-光学的対掌体は主として消炎作用を有し,S-光学的対掌体は主として抗痛覚作用を有しその際,同様に意外にもR-光学的対掌体の消炎作用はラセミ体の作用の10倍強いことが判明した。S-光学的対掌体の抗痛覚(鎮痛)作用は例えば,ラセミ体の作用の5?6倍強力である。従って,光学的対掌体は,ラセミ体に比べてはるかに特異的で強力な作用を有する作用物質である」(第2頁第1欄第8行?第29行)
(2-2)「作用物質としてR-α-リポ酸又はS-α-リポ酸を含有する医薬は,例えば錠剤,カプセル,丸剤又は糖衣錠,顆粒,ペレット,硬膏,溶液又はエマルジョンの形に調合することができ」(第5頁第8欄第34行?第44行)
(2-3)「溶液及び懸濁液を製造するために,例えば水又は生理的に認容性の有機溶剤が挙げられる」(第7頁第12欄第52行?第55行)

甲第3号証 : JOZSEF SZEJTLI, CYCLODEXTRIN TECHNOLOGY,Netherlands,1988年発行,p87?89
(3-1)「包接化合物の製造方法は単純である。最も普通の製法は,シクロデキストリンの水溶液を,ゲスト分子又はその溶液と,・・・攪拌するか振盪する方法である。この方法は,共通の溶媒,異なるが混和可能な溶媒,又は異なり混和しない溶媒を使用し,又は無溶媒で行うことができる。ゲスト分子は,普通,加温されたシクロデキストリン溶液に加えられる。強い攪拌と数時間かけた徐冷によって,平衡状態に到達する。・・・平衡に達した後,水が,凍結乾燥,噴霧乾燥,又はその他の適切な方法により除去される。母液は,また,濾過によって分離してもよい。」(p 87の「2.1.2.1. 溶液中における複合体の調製」の項第1?第12行)

甲第4号証 : Speciality Chemicals,December 1987,p370
(4-1)「スラリー混合法:シクロデキストリンと0.3-3.0重量倍の水から得られるスラリーにゲスト化合物(そのまま,又は例えば熱エタノールに溶解)の適量を加え,ホモジナイザー,モーターなどを用いて0.5時間ないし数時間十分に混合する。」(370頁左欄の下24?3行「Practical Methods of Inclusion-複合体調整」の項)

甲第5号証:特公平3-36827号公報
(5-1)該ランカシジン群抗生物質が「水に難溶性」であること(2頁3欄35?36行),
(5-2)「ランカシジン群抗生物質包接化合物は,例えば溶媒に一定量のシクロデキストリンを溶解した溶液に,対応する量のランカシジンを加え,攪拌し,必要により不溶物をろ去することにより製造することができ,固形物(粉末,結晶など)として得るときは,例えばこの包接化合物を, ・・・凍結乾燥することにより製造することができる。溶媒としては,通常水・・・が用いられるが,これに少量・・・のアルコール類,・・・を添加して用いることもできる。攪拌は,通常0℃?室温で行い,要する時間は加えたランカシジンが溶解すれば十分で,通常30分?24時間である。」(2頁4欄4?21行),
(5-3)「水およびシクロデキストリン・・・を含む水溶液中にランカシジンCの粉末を加え4mg/ml に調整した。混合液をミキサーで攪拌後5℃で2時間振とうした。ろ紙で混合液をろ過し,ろ液の227?229nmにおける吸光度を測定し,ランカシジンCの濃度を求めた。」(実施例1)

甲第6号証:特公平4-6705号公報
(6-1)「カルボスチリル誘導体は医薬への適用が期待されているが,該誘導体は水に対する溶解度がそれ程大きくなく」(1頁2欄15?17行)
(6-2)「カルボスチリル誘導体-シクロデキストリン包接化合物は,例えば次に示す方法で製造される。まず,シクロデキストリンを水に溶解するか又はスラリー状に懸濁させてシクロデキストリンの水溶液又は水懸濁液を調製する。次に該水溶液又は水懸濁液に上記カルボスチリル誘導体をそのまま添加するか又は該誘導体を水と相溶性のある有機溶媒に溶解した液を添加し,よく振盪又は混練すればよい。・・・水と相溶性のある有機溶媒としては,例えばメタノール,エタノール・・・等が挙げられる。」(2頁3欄30?44行)
(6-3)「本発明の包接化合物はそのままであるいは慣用の製剤担体と共に動物及び人に投与することができる。投与単位形態としては特に限定がなく必要に応じ適宜選択して使用される。斯かる投与単位形態としては錠剤,顆粒剤,経口用溶液等の経ロ剤 ・・・を例示できる。」(2頁4欄21?26行)
(6-4)「本発明において,錠剤,・・・等の経口剤は常法に従って製造される。例えば錠剤は本発明の化合物をゼラチン,澱粉,乳糖,ステアリン酸マグネシウム,滑石,アラビアゴム等の通常の製剤学的賦形剤と混合し,賦形される。」(2頁4欄32?36行)
(6-5)「更に必要に応じて ・・・香料,風味剤,甘味剤等 ・・・を医薬製剤中に含有せしめてもよい。」(3頁5欄13?15行)

甲第7号証:特公平5-3864号公報
(7-1)ビタミンK2-ジメチル-β-シクロデキストリン包接化合物を含有する錠剤及び顆粒剤の処方(製剤例1及び3)

甲第8号証:特公平3-70705号公報
(8-1)「ピロキシカムをα-,β-又はγ-型シクロデキストリンにより1:1?1:10の比率で複合化することにより得られる包接化合物」(特許請求の範囲)
(8-2)「本発明は更に上述の比率で,シクロデキストリン中に組み込まれて複合された有効成分としてピロキシカムを含み,薬剤学的に容認された賦型剤(excipients)と配合した薬剤組成にも関する。 ・・・経口的投与に適した用量単位での薬剤を製造する場合,有効物質は固形粉末賦型剤,例えばラクトーゼ,サッカローゼ,ソルビトール,マニトール,ポテトーコーン又はとうもろこし澱粉,又はアミロペクチン,セルローゼ又はゼラチン誘導体と混合される。そして滑潤油,例えばタルク,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸カルシウム,ポリエチレングリコール又はシリカを含んでもよい。」(10頁20欄15?30行)
(8-3)「腸への薬として投与するための単位用量剤型は,普通坐薬に代表される。そして中性脂肪薬剤(例えば脂肪酸のグリセリド)と混合するか,水溶性又は自動乳化剤(例えばポリエチレングリコール混合物)と混合した有効物質を含んでいる。」(10頁20欄39?43行)
(8-4)ピロキシカム/β-シクロデキストリンを含有する錠剤,発泡錠,及び坐薬の処方 発泡錠剤の処方としては,包接化合物のほかに,グリシン炭酸ナトリウム,クエン酸,安息香酸ナトリウム,ポリエチレングリコール 6000,モノアンモニウムグリチルリチネート,ミントフレーバー,及びサッカローズを含有するもの,坐薬の処方としては,包接化合物191.2mgのほかに,半合成固形グリセリド1600mgを含有するものが記載されている。(11頁21欄6行?22欄17行)

2)各請求項に係る発明についての判断

ア.請求項1,2及び5に係る発明について
甲第1号証には,β-シクロデキストリン-チオクト酸付加化合物が記載されている(上記摘示事項(1-4)。以下単に(1-4)のように記載する。)。上記付加化合物は単にβ-シクロデキストリンとチオクト酸を溶媒中で加温振盪した後,結晶として得られるものである(1-4)ところからみて,付加化合物と表現されていても通常の化学反応における付加反応が生じているものではなくてチオクト酸とβ-シクロデキストリンの包接化合物であると認められる。
そこで,本件の請求項1に係る発明と甲第1号証記載の化合物を対比すると,β-シクロデキストリンはシクロデキストリンの一種であるから,両者はチオクト酸とβ-シクロデキストリンからなる包接化合物である点で一致し,前者が,(R)-チオクト酸であるのに対し,後者はこの点の特定がなく,通常ラセミ体と解される点で相違する。
ところで,チオクト酸ラセミ体は消炎,抗痛覚並びに細胞保護作用を有するものであるが,特に,R-光学対掌体は主として消炎作用,S-光学対掌体は主として抗痛覚作用を有すること,R-光学対掌体,S-光学対掌体の作用はラセミ体に比べ強力であることが知られている(2-1)。
甲第1号証におけるチオクト酸とβ-シクロデキストリンの包接化合物は,生体の代謝促進ビタミンとして利用されるものである(1-1)が,チオクト酸の消炎,抗痛覚作用を利用しようとする場合は,R-体又はS-体が有利であることは当業者が容易に想到するところである。
そして,甲第1号証にはシクロデキストリンで包接することによりチオクト酸の味や臭気という製剤上の問題点が解決されることが示されている(1-1)のであるから,消炎の用途を意図し(R)-チオクト酸をβ-シクロデキストリンとの包接化合物として利用することは当業者の容易に行い得ることである。

請求項2に係る発明と甲第1号証に記載された発明との相違は,(S)-チオクト酸がβ-シクロデキストリンと包接されている点であるが,上記で述べたとおりS-光学活性体に強い抗痛覚作用があることはすでに公知である。そうするとチオクト酸の抗痛覚剤としての利用を意図する場合には,これをβ-シクロデキストリン包接体として使用することも格別の創意を要するものではない。

請求項5に係る発明は,請求項1,2に係る発明においてシクロデキストリンをβ-シクロデキストリンに特定したものであるが,β-シクロデキストリンを利用することは甲第1号証(1-2)(1-4)にすでに開示されている。

そして,請求項1,2,5に係る発明により奏される味改善の効果にしても甲第1号証の記載から当業者が予測し得る範囲のものである。

イ.請求項6に係る発明について
甲第1号証には,実施例として,β-シクロデキストリンを50%エタノ-ル水溶液に加熱溶解し,これを45乃至40℃に冷却後,チオクト酸をエタノ-ルに溶解せしめた液を一度に注入し,更に水を加え同温度で45分間振盪し,一夜室温で放置した後氷室にて冷却し透析した結晶を分取するβ-シクロデキストリン-チオクト酸付加化合物を製造する方法が記載されている(1-4)。
請求項5を引用する請求項6に係る発明は,シクロデキストリンとしてβ-シクロデキストリンを使用するものであり,この場合の請求項6に係る包接化合物の製造方法と甲第1号証に記載のβ-シクロデキストリン-チオクト酸付加化合物を製造する方法を対比すると,両者は,溶媒,チオクト酸,β-シクロデキストリンからなる溶液を冷却し,包接化合物を単離するチオクト酸の包接化合物の製造方法である点で一致し,前者では,チオクト酸が光学対掌体のいずれかであるのに対し,後者ではラセミ体である点(相違点1),溶媒,チオクト酸,β-シクロデキストリンからなる溶液を調製する方法が,前者ではチオクト酸を水中に懸濁し,β-シクロデキストリンをさらに添加するのに対し,後者では,50%エタノール水溶液に加熱溶解したβ-シクロデキストリンに,エタノールに溶解したチオクト酸を注入し,更に水を加えている点(相違点2)において相違する。
まず,相違点1について検討するに,上記アのとおり,チオクト酸に代えてその光学対掌体の一方を採用することは当業者が容易に想到し得ることである。
次に,相違点2について検討する。
請求項6に係る発明では,チオクト酸を水中に懸濁し,β-シクロデキストリンをさらに添加させているが,シクロデキストリン包接化合物の調製において,水を溶媒とすることは周知であり,甲第3号証?甲第6号証のいずれの刊行物においても,包接化合物の調製時における溶媒として水が使用されている((3-1),(4-1),(5-2),(6-2))。
そして,甲第3号証には,「最も普通の製法は,シクロデキストリンの水溶液を,ゲスト分子又はその溶液と,・・・攪拌するか振盪する方法である。この方法は,共通の溶媒,異なるが混和可能な溶媒,又は異なり混和しない溶媒を使用し,又は無溶媒で行うことができる。ゲスト分子は,普通,加温されたシクロデキストリン溶液に加えられる。」と記載されている(3-1)。すなわち,ゲスト分子の添加の態様は,そのまま又は溶液として加えるというものであるから,溶媒に不溶のゲスト分子の場合には,事実上懸濁状態で添加する態様が実質的に示されていることとなる。
甲第5証及び甲第6号証には,水に難溶性の化合物をゲストとするシクロデキストリン包接化合物の調製において,ゲスト化合物をそのまま加える手法,すなわち,水中に懸濁して加える手法が示されている((5-1),(5-2),(5-3),(6-1),(6-2))。
請求項6に係る発明は,チオクト酸の懸濁した水中に,「β-シクロデキストリンをさらに添加する」ものであるが,ホスト化合物のシクロデキストリンとゲスト化合物のどちらを先に添加するかという程度のことは,当業者が適宜変更しうる程度のことである。
以上のとおり,溶媒,チオクト酸,β-シクロデキストリンからなる溶液を調製する方法として,チオクト酸の光学対掌体のいずれか一方を水中に懸濁し,β-シクロデキストリンをさらに添加することは当業者が容易に想到し得ることである。
そして,請求項6に係る発明は格別予想外の顕著な効果を奏するというものでもない
したがって,請求項6に係る発明は,甲第1号証?甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ.請求項7?10に係る発明について
(請求項7に係る発明について)
甲第1号証には,β-シクロデキストリン-チオクト酸付加化合物が記載されている(1-4)。上記アに述べたとおり,ここでいう付加化合物は,包接化合物であると認められるから,本件請求項7に係る発明と甲第1号証記載の化合物を対比すると,両者は,チオクト酸とβ-シクロデキストリンからなる包接化合物に関するものである点で一致し,前者が,チオクト酸が光学対掌体の一方であるのに対し,後者はこの点の特定がなく,通常ラセミ体と解される点(相違点1),前者が,場合により常用の矯味剤,甘味剤,芳香剤,ならびにチオクト酸の重量に対してそれぞれ0.001?1重量部の結合剤,0.001?0.1重量部の流動助剤を含有する噛砕き錠剤の製造のための顆粒であるのに対し,後者はこの点の特定がない点(相違点2)で相違する。
相違点1については,上記アで述べたとおりチオクト酸を消炎剤,抗痛覚剤として利用しようとする場合は,それぞれチオクト酸に代えてR-光学対掌体又はS-光学対掌体を採用することは当業者が容易に想到し得ることである。
次いで,相違点2について検討する。
甲第6号証?甲第8号証には,有効成分をゲスト分子とするシクロデキストリン包接化合物を,通常の方法で適宜,錠剤等の経口剤とできることが記載されており((6-3),(6-4),(6-5),(7-1),(8-2),(8-4)),甲第6号証,甲第7号証には,経口剤の具体例として顆粒剤が記載されている((6-3),(7-1))。
請求項7に係る発明は,「噛砕き錠剤」という特定目的の錠剤の製造のための顆粒ではあるものの,噛砕き錠剤は周知の錠剤であり,顆粒の製剤方法は特に通常の顆粒剤の製造方法と異なるものではなく,そして,顆粒を成型して錠剤とすることも周知である。また,顆粒の製剤にあたり,結合剤や流動助剤の配合量は当業者が適宜選択する程度のことである。
以上のとおり,チオクト酸の鏡像体のシクロデキストリン包接化合物を,チオクト酸の重量に対してそれぞれ0.001?1重量部の結合剤,0.001?0.1重量部の流動助剤結合剤とともに製剤化し噛砕き錠剤の製造のための顆粒にすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

(請求項8に係る発明について)
請求項8に係る発明と甲第1号証記載の化合物を対比すると,両者は,上記の相違点1,及び,前者が,場合により常用の矯味剤,甘味剤,芳香剤,ならびにチオクト酸の重量部に対してそれぞれ0.001?1重量部の結合剤,0.001?0.1重量部の流動助剤,常用の生理学的に懸念のない発泡剤混合物0.05?30重量部を含有する発泡錠剤の製造のための顆粒であるのに対し,後者はこの点の特定がない点(相違点2’)で相違する。
相違点1については上述のとおりである。
相違点2’について検討するに,上述の甲第6号証?甲第8号証の記載に加え,発泡錠剤は甲第8号証に記載の公知の錠剤であり(8-4),顆粒の製剤方法は特に通常の顆粒剤の製造方法と異なるものではなく,発泡錠剤に発泡剤を含有させることは周知の技術である。また,顆粒の製剤にあたり,結合剤,流動助剤や発泡剤の配合量は当業者が適宜選択する程度のことであり,チオクト酸の鏡像体のシクロデキストリン包接化合物を,チオクト酸の重量部に対してそれぞれ0.001?1重量部の結合剤,0.001?0.1重量部の流動助剤,常用の生理学的に懸念のない発泡剤混合物0.05?30重量部とともに製剤化し発泡錠剤の製造のための顆粒にすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

(請求項9に係る発明について)
請求項9に係る発明と甲第1号証記載の化合物を対比すると,両者は,上記の相違点1,及び,前者が,顆粒,噛み砕き剤または発泡錠剤であるのに対し,後者はこの点の特定がない点(相違点2”)で相違する。
相違点1については上述のとおりである。
相違点2”について検討するに,上記のとおり,有効成分をゲスト分子とするシクロデキストリン包接化合物を,顆粒剤,錠剤,発泡錠剤とすることは公知である。噛砕き錠剤は周知の錠剤であり,チオクト酸の鏡像体のシクロデキストリン包接化合物を顆粒,噛み砕き剤または発泡錠剤とすることは,いずれも当業者が容易に想到し得ることである。

(請求項10に係る発明について)
請求項10に係る発明と甲第1号証記載の化合物を対比すると,両者は,上記の相違点1,及び,前者が,生理学的に認容性の,消化性の脂肪,非消化性の脂肪,ポリマーおよび/または膨潤剤中に埋込まれた形で埋込まれて存在する顆粒,噛砕き錠剤または発泡錠剤または坐剤であるのに対し,後者はこの点の特定がない点(相違点2"'で相違する。
相違点1については上述のとおりである。
相違点2"'について検討する。
甲第8号証には,有効成分をゲスト分子とするシクロデキストリン包接化合物であるピロキシカムのシクロデキストリン包接化合物の製剤に関し(8-1),(8-2),「腸への薬として投与するための単位用量剤型は,普通坐薬に代表される。そして中性脂肪薬剤(例えば脂肪酸のグリセリド)と混合するか,水溶性又は自動乳化剤(例えばポリエチレングリコール混合物)と混合した有効物質を含んでいる。」と記載され(8-3),実施例として,包接化合物191.2mgと半合成固形グリセリド1600mgを含有する坐薬の処方が記載されている(8-4)。当該処方における半合成固形グリセリドが「生理学的に認容性の(非消化性の)脂肪」であること,また,両成分の配合量からみて,あるいは坐薬の製剤上の特徴からして,包接化合物は該「(非消化性の)脂肪」中に埋込まれて存在することは明らかである。
したがって,チオクト酸をゲスト分子とするシクロデキストリン包接化合物を生理学的に認容性の,消化性の脂肪,非消化性の脂肪,ポリマーおよび/または膨潤剤中に埋込まれた形で埋込まれて存在する坐剤とすることは当業者が容易に想到し得ることである。

(小括)
そして,請求項7?10に係る発明は格別予想外の顕著な効果を奏するものでもない。
したがって,請求項7?10に係る発明は,甲第1号証?甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.むすび
以上のとおり,本件請求項1,2,5-10に係る発明は,本願優先日前に頒布された甲第1号証?甲第8号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものであるから,本件請求項1,2,5-10に係る発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり,同法第123条第1項第2号に該当する。
したがって,請求人が主張するその余の無効理由について検討するまでもなく,本件請求項1,2,5-10に係る発明についての特許は,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,特許法169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担するものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-05-30 
結審通知日 2006-06-02 
審決日 2006-06-27 
出願番号 特願平6-275065
審決分類 P 1 123・ 121- Z (C08B)
最終処分 成立  
特許庁審判長 塚中 哲雄
特許庁審判官 森田 ひとみ
横尾 俊一
登録日 2003-02-28 
登録番号 特許第3404435号(P3404435)
発明の名称 包接化合物、噛砕き-または発泡錠剤の製造方法、および顆粒、および噛砕き-または発泡錠剤  
復代理人 社本 一夫  
代理人 株式会社シールドラボ  
代理人 赤井 厚子  
代理人 土井 京子  
代理人 谷口 操  
代理人 鎌田 光宜  
代理人 村田 美由紀  
代理人 山本 健二  
復代理人 中田 隆  
代理人 桂 典子  
代理人 栗原 弘幸  
代理人 鈴木 智久  
代理人 高島 一  

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